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はてなキーワード: 陸上部とは

2020-04-05

あー びぶん

あー びぶん

あー びぶん

あー ちぇっ

あのね

中学とき

桜木くんと

同級生だった

渡部篤郎です

あー ちぇ

おばさん

久しぶりです

いやね

ほら桜木

あのー

死んだって聞いたからね

線香の一本でも

二本でも

ないし 三本?

あげにきたんだけど

いやね

ほんとはもっと

早くにさ

たかったんだけど

なんだか

面倒くさくって

ほら

なんつうんだっけ

ほら

おばさん

こういうとき

ほら

なんだっけ

ほら

あっ

おじゃましますだ

ちぇっ

はあ

おばさん

桜木は?

なんで死んだの?

うん

冬山で遭難したんだ?

なんだっけ

ほら

こういうとき

ほら

そのほら

あれだよ

ほら

へーそうなんだ

あ、そうだ

あの

おばさんさ

桜木の部屋入っていいかな?  

あー

一人で大丈夫

子供じゃないんだから

ね?

あー

どっち?

はぁ

あぁ

中学とき

あんまり

変わってねえなあ

桜木

勝手に死にやがって

おまえ

覚えてる?

おれさ中学とき

陸上部でさ

夏の大会まえに

足、捻挫しちゃって

あぁん

うぅん

ダメかなって思ったけど

無理してでてさ

もちろん

ろくな

記録はでなかったよ

でもさ

今になったら

それが

いい記録になったんだな

ふぅふは

この話

お前関係ねぇや

俺が頑張ったんだもんな

なぁ?

なんだっけ

お前は

ほら

ほら

そうだよ

ほら

お前にさ

給食食べ終わって

休み

真っ先にさ

グラウンド出てってさ

走り回ってさ

こっから

ヨダレ垂らしてさ

みんなに威張ってさ

お前がピタって

止まったな

と思ったら

そこでいきなりさ

くそしてさ

ふふん

あぁ

これ犬だ…

よく

校庭に入ってきてたもんな

お前じゃないわ

お前誰だ

お前どんなやつだっけ?

俺覚えてないよ

悪いなあ桜木

昔っから

思い出はすぐ忘れるようにしてんの

ほら

思い出ってさ

すげえ

くだらねえよな

人間ってさ

過去おかした過ち

必ず繰り返すんだよ

真珠湾攻撃

浅間山荘?

ボキャブラブーム

くだらねえよな

そんなのな

なんで

人間ってさこんなにくだらないの

やれ

宗教とか

人種とか

カス座布団とか

なんなのあれ

誰もがさ

遅れてきたルーキーじゃないの?

しか

それに審判を下したのは誰だ?

神でもない

民でもない

大島渚だよ?

それこそさ

御法度じゃないの?

あれ

俺今なんの話してた?

涙の訳がわかんないよ

あ、いやなんか忘れてたな

なんだっけな

邪魔しましただ

2020-04-01

anond:20200401125535

それを表すのに特定符丁つける必要ないだろ?

しろプロフィールムービーなんて出席者に見せるんだから

陸上部メンバー」「テニスサークル」とかでいいはず。

そもそもそういうことじゃなくて、

本人たちにしかからない名前を、その集団につけてるんだよ。

7人組だったから「SEVEN」とか、

サイゼリヤでいつもだべってたから「フォカッチャ族」みたいな、

正直本人たち以外が見ても?ってなる名前がついてるんだよ。

2020-03-25

いやなことを思い出したので書く

anond:20200320173115

↑こいつのおかげでいやなことを思い出したので書く



俺の幼なじみ。俺を見事にオタクにした張本人なんだけどさ、こいつ、すげえ美人非オタ奥さん結婚して子ども4人いるんだよね。

で、奥さんすげえオタ趣味理解あってさ。今でも家族旅行冬コミに併せてくれたりとかすげえ家族仲いいんだよな。

同中つうか同級生

彼女陸上部、俺らは美術部という名のオタサーで、同級生という以外に特に接点も何にもなかったんだけど、そんな俺らにも気さくに話しかけてくれるみたいなすごいひとで、同時に当時は苦手だった。

成人式にも出なかった俺なのに、何故か彼女は覚えてたんだよなあ。バスタ新宿でいきなり話しかけてきてさ。

俺は正直記憶になかったのに、彼女は覚えててさ。ヒマだしとかいって隣に席移ってきて話して、メルアド交換して…。

久しぶりに帰省するからみんな集まるし、俺も友達誘えって言われて奴も誘ったのさ。

なんかすげえ気遣いができて、ボッチの俺らにも話しかけてくれて、なんかこう。ほら、アレだよアレ。女性と話した経験がない奴はちょっと優しくされただけで惚れちゃうっていうアレ。アレよ。



で、見事にバウムクーヘンエンド(笑)

(↑この言葉はじめて聞いたとき笑いが止まらなかったwww)

奴ら、私たちを引き合わせてくれたキューピットとか言いやがるのでキューピットコスプレして場をあらしてやったわ(笑)

仕事蹴って時間作って、仕事なら100万ぐらいもらわないと駄目ぐらい金と時間かけて動画作ってやったわ。本人の次ぐらいに頑張って結婚式盛り上げてやったぜ。



何の話だっけ?

ああ、そうだ。

奴にさっき、奥さんにオタ趣味の事どうやって言ったの?ってLINEした。

なんか奥さんにはライトなやつから見せたらしい、普通に分かってくれたらしいぞ。すごいすごいって大げさにリアクションする姿が目に浮かぶわ。



お前も彼女できたの?とか言われたわ。ははは…。んなわけねーじゃんな。はは。



ちょっと横になるわ…。

夕飯はカレー鍋にする。できるだけ辛い奴

2020-03-22

ゴリさんと言われていた同級生女子中学生

 いい大人になると急に中学の頃を思い出したりすることがある。

 なので、中学時代に隣の席にいたゴリさんというあだ名が定着してしまった女子中学生の話をしよう。

 ゴリさんというのは勿論、あだ名である

 ゴリさんは成績優秀、スポーツ万能、陸上部エースである。足はすごい太い短距離走者だった。

 しかし、身体がごつくてゴリラっぽい顔した女子だった......。

 そういう女子クラス男子がいつからゴリさんと呼び始め、そのあだ名は定着してしまった。

 ゴリさんはきちんとした女子である人間である。心優しい人であった。

 そういうあだ名をつけられて、女子から男子からゴリさんと呼ばれても平気な顔をしていた。

 自然にふるまっていた。

 中学1年の途中から卒業までずっとゴリさんと呼ばれていた。

 卒業式ですら、ゴリさん卒業おめでとうー ゴリ先輩って言われてた。

 女子なのに。。。

 ゴリさん地元で一番レベルの高い公立高校受験して見事に受かっていた。私も同じく受かっていた。

 そして、京大に見事に現役で受かっていた。

 そこからは、あんまりしらない。。。

 でも、いっつも気になるのは、女子中学生ゴリさんというあだ名をつけるのはどうなんだ?

 しかも、それが定着して 毎日毎日 ゴリさんと呼ばれる女子中学生

 もしも、自分の娘がそういう目にあっていると思うと、胸が痛む。

 でも、そういうことが平気で起こるのが中学校という魔窟である

 4月から中学に通うであろう 小学6年生。

 変なあだ名をつけるんじゃない!

 きっと、その子は傷つくぞ!

 と、そんなことを思った今日でした。

2020-02-02

陸上部女子出会いたい

ただし短距離に限る。

やっぱ競技場に紛れ込むしかない?

筋肉質な脚を1日中デッサンしてみたい。

顔はどうでも良い。

2019-12-11

こういうの好き

2019-11-21

息子が永遠にホモ拷問でヤられる小説架空)を書くんだ!

会社でパワハラしてくる社員のインスタ見つけて息子の学校まで特定した

有効悪用法とか物騒な事書いてあるがちょと待て欲しい。ヤル気が無くても日常に考える事がフッとしたタイミングで爆破し警察のお世話になるとかニュースでよく見られるかも知れない。

それと法律屋などに相談した方がいいが、それでも法的に復讐が難しいのであれば、すまんが堪え欲しい。

奥さん宛に郵送やらインスタ印刷して郵便受けにうんたらもちょと待てって欲しい。

そいつから離れるべきだが、生活上難しいかもしれんし離れたタイミングで怒りが暴走する恐れもある(自分の機嫌は自分で取れ)

あとお怒りすまんが、息子さんに攻撃もあとパワハラ会社攻撃も(訴訟など合法的攻撃は良し)絶対ダメ申し訳無いがNGだ。堪えてくれ。

そのかわりフィクション世界復讐してやれ!もちろん架空人間でな。

相手増田太郎という息子で部活陸上部なら『減畑二郎部活水泳部』などモデルが分からいくらいの架空人物を作り出すんや。

そんな架空人間の息子が永遠にホモ拷問される小説をどっかのネット小説投稿に出すんや。章の終わりにホモセ受けた息子がホモ死させるのも良しまホモ化した息子を見て親(これも架空キャラ作れ!)が発狂憤死させるも良し。そして次の章には何故か復活でまた死ぬ復讐小説ダメか?異世界レベル架空世界架空人間を殺しても罪にはならん。(だと思う…)

あと足の付かない方法なら小説作品コメントなどで(たとえば現実は『沖縄会社員で働いてる』場合など)「北海道ニートしながら小説書いてます!」な作者特定避けのウソコメントを書いてもう作者すらも架空存在しろ

そんな個人ヲチして楽しむくらいにすぐらいはどうか?

2019-11-13

anond:20191113121325

生理が止まるレベルガリガリにしてると、胸はほぼ無くなるのは事実なんですが、

例えば中高生陸上部マラソン選手レベルになるとお胸はそれなりにあります

ただ、その胸の揺れは専用のスポーツブラでがっちり止まります

スポーツブラか普通のブラかどうかで、走行時の揺れ具合はまったく変わるので、

揺れて痛くて困ってる人はマジブお勧め

2019-11-02

数学オリンピック日本代表6人中5人が筑駒だったときの、そのうちのひとりと同級生だったけど、あのなかでも陸上部のやつとかい運動部やってなおかつ数オリに出てたわけで、

いっぽうでぼくはハンドボール部で開成との練習試合ですら太刀打ちできなくてヒーヒーいってて、しか数学もよくわかんねえなあ、鉄緑いってる奴ら出木杉くんでこええなあ、とか思ってて

どっちも筑駒から東大理系に行って、という点だけみれば外から見ればおんなじなんだけどさ、中からみるとトップボトムの差があまりに大きすぎるんよ、あれはやべえよ

たぶん日本で一番卒業生バリエーションやばい学校だよあそこ、東大数学教授とか官房長官かいるとおもえば、ドラえもんレギュラー声優とか人気AV男優とかもいるんだもん

2019-10-29

借り物競争であの憧れの彼と手を繋いで、やだときめくどうしよう、心

先日SPOTさん主催罵詈雑言運動会に行ったのですね。

埼玉VS千葉で私は埼玉軍。

いくつか競技があって借り人競争があったのですよ。

めくったカード指定してカードワードに書かれている人を手を繋いで連れて行く

(例、キティちゃんグッズを付けている人)

一番最初の回でヨッピーさん含め4人で走ったのですが

いきなりヨッピーさんが私の元に来て手を引いて走ったのですね

身長155cm、ヨッピーさん180over

歩幅が違うから私はヒィヒィ言いながら走るんです

一瞬でしたが怒涛の動きでした

それでワードは(すみません、SPOTさんレポートが書かれてからここは書きます

だったのですが

審判の方に「これはたしかにXXXですー」と言われても

(ふぁぃ、そーれぇぇすrねねねねんえええええええ)



みたいにしてラリって私はまともに返せないんですよ

走った距離トラック半周ですよ


まぁそれで

(コレ、少女漫画にある借り物競争で偶然彼と手を繋いで…とか死ぬじゃん

彼が同じ位の身長じゃないと死ぬじゃん

もしくは彼女陸上部スポーツ関連で相当で走り込んでないと死ぬじゃん)

と思いました


その後

埼玉軍で(XXXをしている人)というカードを引いた方がいらっしゃったので

もう一度私は走ったのですが、同じくらいの身長の方だと全然違います

ガンガン走れます





そして帰宅してから気がついたのですが、博多座前の鈴懸の牛タンシチュー

福岡に行くならオススメですよー!とヨッピーさんにお伝えするの忘れました

多分もう1000人位が言っていると思います

来年に向けてさらジム身体を鍛えます

2019-09-07

女子校時代に出来なかった片思いの恋バナを5年経った今だから

私は中高が一貫の女子校で、その間ずっと恋する乙女だった。恋した相手の数は4人。すべて片想いだった。それでも楽しかった。しかし女でありながら女の人を好きだと言うのを周囲にバレるわけもいかず、恋バナなんてしたことがなかった。高校卒業してから何年も経ち、多くの友人は共学の大学に通うようになったり、バイト先や職場で新しい出会いがあるらしく、日々好きな異性のことを沢山話してくれるようになった。聞いていて楽しいけれど、自分も中高の頃隠さずにこんな風に片想いの話を彼女達と共有できていたらさぞかし楽しかっただろうなと思うので覚えている思い出を放出する。前置きが長くなってしまって申し訳ない。とても長い内容のうえに素人文章なのでご注意

中学の時に好きになったのは、同じ陸上部の三個上のA先輩だった。一年生でまだまだガキだった私はそれが恋とは知らなかったけれど、校内で見かけるたびにドキドキしてしまうのでうまく挨拶ができなくて先輩方に叱られた。一年として学年全体で怒られた後に、私に「うちらも怒りたくて怒ってるわけじゃないよ。悲しまないでね。現状を良くしたいだけなの」とフォローしてくれた。一年は居残り時間が30分短く、先輩よりは下校時間が早くて一緒に変えることはできなかった。何かと理由をつけて部活後も校内に残って待ち伏せしたけど話しかけることはできなかった。きもいな。恋だとはわからないままでも自分はすごく乙女だった。部活の汗の匂いが気になって近寄って欲しいけど近寄れなかったり、少しでも可愛くなりたくてスキンケア用品もお小遣い貯めて買ってみたりした。(とはいっても洗顔料化粧水だけ)。部活中は一つ結びしか許されていなかったから、無礼講の部内クリスマスパーティでは髪型を少し変えて気づいてもらえるか試したりした。気づいてはもらえなかった。

中2の時に好きになったのは当時仲が良かった友達Bちゃん体育祭の時に疲れた愚痴ると膝枕をしてくれた。その子自身は体育の男性教員が好きだったからいつも胸がモヤモヤしていた。夏休み家族ハワイ旅行に行った時に友達用にお土産を大量買いしたけれど、彼女にはちょっと特別ものを他の子にバレないようにあげた。その時の笑顔が忘れられないほど綺麗だった。でも恋だとは自覚しないまま終わった。

高一の時に好きになったのは同じクラスのcさんだった。すごく仲がいいわけでもなく、勝手に好きになっていた。席替えで隣の席になれた時にすごく嬉しくて、夏休みに入る目前、恋だと自覚した。自覚してしまうといろいろ早くて(思春期なのもあって)キスしたい、ハグしたい、裸で触れ合いたいとか思うことが増えたけど、そんなことは顔に出すわけにはいかない。夜1人で妄想して、朝になったら忘れて何事もなかったかのように隣の席に座った。挙動不審にならないようにわざと冷たく当たってみたりもした。それでも彼女は優しくて、廊下とかですれ違っても「よっ!」と肩を叩いたりしてくれた。久しぶりに私からしかけると、「やっと話しかけてくれた…無視されて辛かった」と言ってくれたけれど、彼女のそれが恋愛感情からくるものじゃないのは明らかだった。誰にでも優しくて、他人に注意を払うのがとてもうまかった。夕暮れで視界が悪いのに下校途中で私に気づいて手を振ってくれるのはすごく嬉しかった。

高3になってもcのことが好きだった。毎年クラス替えがあったけれど、また同じクラスになった。すごくすごく辛かった。クラスの中心的なその子と話す機会は減った。でもまた奇跡的に隣の席になれた。天にも昇る心地だった。脳内お花畑だったからこれはもう運命では?とさえ思った。調理実習で作ったクッキーを食べて欲しかったけど、スムーズに渡せなくて、席が近隣の子達におすそ分けって苦しい名目で周りに配ったら別の子Dに全部食べられてしまってCの手に渡ることはなかった。Dには怒りが湧いたけれど「美味しかったご馳走さま」と言ってくれたので許した。

しばらくして漫画みたいな出来事が起こった。Dが同じ町内にひっこしてきた。歩いて五分くらいの距離に。私の高校私立で、近所に同じ学校の人がいるという感覚がこれまでなかったので純粋に嬉しかった。これによって謝恩会の準備や話し合いが放課後に近所でできるようになって純粋に楽だった。実は、もともとDの印象はすこぶる悪かった。Dは中3のとき、離れ離れのクラスになったBが新しいクラスで仲良くしていた子だったから。当時Bが好きだった私は勝手にBを取られたような気でどうしてもDを好きになれなかった。

高3になるとみんな受験で忙しくて、委員会なんてする人はいなくなった。でもクラスに必ず数人いなくてはならない卒業式後の謝恩会委員というポジションがあった。これがなかなか決まらないため、ホームルームが終わらない。Dが一緒にやろうと言ってきた。お前は受験はいいのか、と思いながらほかに立候補者もいないし、なんとなくすることにした。私のクラス私たち2人だけだった。謝恩会委員はやることが意外に多くて、Dの受験純粋心配になった。私はAO推薦でほぼ確定だったので積極的作業していた…と思う。ある日、Dの分である作業をなんとなく勝手に進めているととても感謝されて腰のあたりに抱きつかれた。cの前だったから恥ずかしくて腕を振りほどいた。CとDは髪型がとてもよく似ていた。うちの高校キリスト教だったので、全員強制参加の式典が年に何度かあった。秋のある日の式典で、私はどうしても暇でCを目で追ってしまった。それに偶然気づいたDが小さく手を振ってきた。お前じゃない、と思いながらも実はちょっときゅんとした。

ある日の放課後雑談をしながら謝恩会作業中、何気もなしに部活の後輩が好きだったことがあると言ってきた。とてもびっくりした。自分女子校内で片恋ばっかしている人間だったけれど、それを他人に話すということが異文化すぎた。気が動転してそれからしばらくはDのことを避けてしまった。

冬になってまた別の校内式典があった。それは義務ではなくて、行きたい人が行くものだった。99.9%の人が大学進学を希望するのでクラスの中では本番の迫る受験のために欠席する人、気休めと文字通り神頼みのために参加する人の二分だった。CもDもとても頭が良かったから参加するかどうかなんとなく気になった。Cは来ないというのを教室内の会話で知ってがっかりしたが、Dは来ると言っていた。なぜかとても嬉しかった。もしかたらこれが終わって三学期になれば自由登校で友達に会えなくなるからかもしれないと勝手に納得した。

それからしばらくしてDに放課後に呼び出された。理由は私が避けすぎたためだったらしい。Dは私が最近は目も合わせてくれないと言って泣いた。とても驚いた。避けている自覚はあったけれど目を合わせていないなんて自覚はなかった。だから今度は目を見て話を聞こうと思った。でも出来なかった。そこで初めて私はDが好きなんだと自覚した。目を合わせられないのはあの有名な歌詞通り、見つめ合うと素直におしゃべりできないからだった。急に恥ずかしくなって帰りたくなった。でも帰ったら一緒にいられないと思うとどうすれば良いのかわからなくなって、とりあえず適当に謝ってから家が近所なこともあって一緒に帰った。

謝ったと言ってもそれでまたDとおしゃべりなんてできるようになるわけがなく、言いたいことは全部紙に書いて伝えるようになった。本当に恥ずかしくて会話ができない。でもDと交流したい。Dは手紙にして返事をくれたりした。とても嬉しかった。それから冬休みに入って、三学期になって学校に行くことがなくなっても手紙のやり取りは双方にとって近所の公園に貼り付けるという約束になって続いた。

バレンタインになった。何か渡したいけれども渡す時間を取らせるのも申し訳ない。公園手紙と一緒に食べ物を置くのも憚られる。代わりに手作り学業成就のお守りを使って置いておいた(重い上にキモい)。お世辞だろうとも喜んでくれた旨が手紙に書かれていた。嬉しくて家でニヤニヤしていたら家族キモいと叱られた。

その後、彼女第一志望の受験前日は3つも神社をお参りしてクジを引いたら大吉だった。うれしくなって、おみくじのことと、明日受験頑張れと書いた手紙を貼った。結果発表の日が過ぎてもDから連絡は来なかった。催促するのもよろしくないのでそれから次の登校日まで待った。

合格者発表から日経った次の登校日、学校に行くとほぼ全員受験ストレスから解放されていた。教室ではDが他の子達となんと恋バナをしていた。他のクラスメートたちが、受験期中に同じ塾の男の子相手に密かに恋をしていたこととかを話していた。D自身はどうなんだろうか、不安になった。聞きたいけど怖くて聞きたくないので「いいなぁ楽しそう。もっといろいろ聞かせて?」と他の子に聞いた。するとDが「じゃあ〇〇も恋バナすればいいじゃん。好きな人いないの?」と聞いてきた。胸がとても痛かった。その日のうちにD本人から、実は第一志望に合格していたと聞いた。嬉しかったけれど、どうしてすぐに伝えてくれなかったんだろう。そんなこと話す間柄とすら思ってもらえてないのかと、また胸が痛くなった。

卒業式の帰り、謝恩会も無事終わり、クラス打ち上げ解散に近づいた頃、Dに、今日は一緒に帰ろうと言ってもらえた。とても嬉しかった。私の大学地方だったから多分これがDに理由もなく会える最後だと思うと泣きたくなった。帰り道は何も話さなかった。誤差の範囲だけれどDの家に先についた。お別れの時だ、と思ったら、Dがマンションの共有スペースまで上げてくれた。一緒にケーキを食べた。告白するべきかしないべきか、すごく悩んでケーキを食べ終わってもずっと無言で泣いてしまった。Dは私が何かいうのを待っているようだった。その時、母親からもう帰って来いと電話が来たので仕方なくさよならを言った。Dは地方でも頑張ってと応援してくれた。私は泣きながら短い距離を帰った。

本当のところはわからないけれど、おそらくDは私がDを好きだと気付いていたんだと思う。でもわたしには告白する勇気もなければ、このあと地方自分は行くのに、Dが大学彼氏を作るのを見ているのは辛くて無理だった。大学に入ってしばらくして、私は、自身では記憶にないが飲み会で盛大に酔っ払ったらしく、ライン電話でDに泣きながら告白していたらしい、というのは飲み会に参加していた別の友人に聞いた。Dのリアクションはわからない。電話口だったので私にしか聞こえていなかったし、私本人が酔って忘れてしまった。そのうち、私が1回目の帰省をする頃には風の噂でDに年上の彼氏ができたことを聞いた。私は泣いた。多分もうDとも関わることなんて、同窓会以外ないだろう。私はいつまであの時に囚われているのかわからないけれど、あれ以来人を好きになったことがない。もう22だけれど、中高で経験した以上の恋愛ができる気がしない。それでもいいと思っている。後悔もない。充実した青春だったし。これが私が学生時代、仲の良かった友人としてみたくても出来なかった恋バナの内容。

2019-09-02

anond:20190902091044

俺にもあんな頃があったなぁって懐かしくなってさあ

ほら俺昔陸上部だったか

2019-08-31

小学生の時のこと

小学生の3年生くらいから仲良くなった友達がいた。

お互いの家を行き来したり、駄菓子屋行ったり、他の友達も交えてたくさん遊んだし、一番の親友だった。

5年生だったか6年生のころ、いつものように一緒に学校から帰っている時、

増田くんの真似してやろっか?

と言って、変な顔をされた。そんな顔してないと言ったが、よくしてるよ、ほらっ。と、しつこくそ変顔をされた。

まりにもしつこかったので、思わず頭をひっぱたいてしまった。友達は泣き出した。痛かったのではなく、いきなり叩かれたことを避難された。

もう、増田くんとは友達やめた、絶交だ。

と言われ、その子は去っていった。

親友に手を上げてしまたことが悲しく、その後泣きながら家に帰った。

絶交だといった時のその子の恨めしそうな目が、脳裏から離れなかった。多分、人生で感じた初めての罪悪感だったのだと思う。

次の日学校でその子にすぐに謝りに行ったけど、無視された。それでもしつこく謝り続けたけど無視された。それでも謝っていると、だんだんの子もニヤニヤし始めた。

あぁ、許してもらえたんだと、とても嬉しかった。

ただ、その変顔理由が分からなかったので、冷静に確認してみると、

増田くんはよく鼻の下をすごく伸ばしてる顔してるんだよ、変だよすごく、

と言われた。自分では気がついていなかったけど、鼻炎持ちだったので鼻がむず痒いときにしていたクセだったようだ。

後で鏡を見て確認したら、確かに変な顔だったので、意識してクセを直すようにした。

その友人とは中学卒業するまで、ずっと仲良しだった。部活陸上部で一緒になり、自分は長距離、友人はハードルを得意にしていて、共に切磋琢磨した。

中学卒業後、別々の高校に進んでからは、全く会わなくなったし、その後その友達がどうなったのかは今でも分からない。

ただ、自分にとっては、もう会うこともないかもしれないけど、一生忘れることのない、かけがえのない友達と思ってる。

2019-06-24

いじめ被害者はどうしてイジメに反撃しないの?

野球部員に自転車体当たりしたり陸上部員の頭をステンレスボトルで殴るのがどうして難しいの?

anond:20190623200513

2019-06-13

anond:20190611194633

それは離婚して正解。あと数十年も耐え続けるのは地獄だよね

俺は逆に同棲したおかげで彼女ズボラな部分が垣間見れて結婚には至らなかった

俺38歳、彼女25歳だったんだけど炊事洗濯できるかのような発言で匂わせておいて実際は全部親に頼ってた

FF14っていうオンラインゲームが大好きで、ほぼ毎日時間は遊んでる

俺は結婚相手専業主婦でも食べさせていける余裕はあるから問題ないつもりだったんだけど

彼女FF14に熱中すると食事お菓子で済ませるし、シャワーも3日くらい浴びないで平気だし

バイト睡眠不足遅刻常習犯だし、税金等の当たり前な知識が皆無


ただ、それでも付き合い続けてたのは可愛くて胸がデカかったか

本田翼みたいなボーイッシュな顔とサラサラの髪と張りのあるFカップと元陸上部の名残りなのか細かった

んで、メッチャクチャ性欲があって望むことをなんでやってくれたか

今まであん美人エロくてスタイルが良い女を見たことがなかったくらい衝撃だった


ただ、それ以外が全部駄目な人だったから結局別れた

同棲しなきゃわからないことって多いけど、とにかく結婚前に見抜くことが大事だよね

今はただただFカップが恋しい

2019-06-04

決して黒ギャルが好きなんじゃない

褐色肌は好きなんだけど、エロマンガだと褐色肌はロリ相場が決まっており、

結局、黒ギャルで擬似的な褐色肌を摂取せざるを得ないのでござるよ。

あとは、ダークエルフとか。

もっと、こう、「17歳陸上部テニス部でも可)、健康的に焼けたスポーティショートカット」みたいなの増えてもいいと思うんですけど、増田はどう思う?

2019-03-29

子宮頚がん検診

子宮頸がんの検診に行ってきた

エコー検査でついでに卵巣も見して〜やとのことだったので見してきた

検査室に入ったら、下を脱いでね〜って言われたので銭湯の脱衣場の時のように下をぱっぱと脱いでそのまんま検査台に座ろうとしたら

バスタオル近くにあるからそれで前覆って来てねって言われた

恥じらいが少し足りなかった

そんで検査されたんだが

膣に入れられるというのは聞いていたのでまあいいんだけどこれがめちゃくちゃ痛かった

セックスどころかオナニーしたことなかったからしんどかった

そんでそのあと膣だけでなく肛門にも機械入れられるとは思わなんだ

肛門の方が普段ウンコしたりしてる穴だからいくらかは楽だったけど、キレが悪いでかいウンコがずっと尻に留まっている感じがしてこれもしんどかった

そんなこんなで己の恥部晒し私の女としての器官が今どうなってんのか見てもらったんだが、どうやら卵巣が腫れているらしい

今度は採血MRIをとる

献血とかで慣れたるから採血はまだましで良かった

そんで、なんか卵巣腫瘍について少し調べて、どうしよ〜〜今後なんかあったら不安〜〜と少し落ち込んでしまった

あと病院体重測ったら4キロくらい太っててこれもがっかりポイントだった

からさっき30分くらい音楽大音量で聴きながらランニングしてきた

ドラクエ5ボス戦のテーマは本当名曲だなぁと感じながらリズムに合わせて走ってたらなんか全てどうでもよくなった

運動神経がないか球技関連は全くできないんだが、中学の頃陸上部だったおかげで走ることに抵抗がないため、

こんな感じに落ち込んだり不安になったりしたら走るようにしている

そんでシャワー浴びてさっぱりして寝たらだいたいどうでもよくなってる

そんな感じでずっとてきとうにどうでもいい人生を生きてきたか

この度なんか不具合があって最悪死ぬことになっても別にいいんじゃないかなって少し思っちゃったのが切なかった

2019-02-14

女子高生好きだけど、援助交際なんてするやつの気が知れない

別に女子高生ならなんだっていいってわけじゃないじゃん。

学業優秀で生徒会長も務める清楚な黒髪ロングのお嬢様女子高生とか、

ショートカット健康的に日焼けしている陸上部女子とか、

高身長でがさつな性格だけど実はスタイルがよくて男女交際にも興味津々なバレー部女子とか、

家では弟や妹のめんどうをちゃんとみている地味な雰囲気の真面目系女子とか、

そういうのじゃん?

俺が高校時代に付き合いたかった、でも会話することすらろくにできなかったような女子高生が心に刻まれているって話であってさ。

アラフォーおっさんにカネ目当てでホイホイついてくるような、見た目も中身もだらしがない女子高生なんて何が楽しいんだよ。

それだったらちゃんと、ホスピタリティあふるる大人の女性が出てくる普通の店に行って遊んだほうが全然いいだろ。アホか。

……と、バレンタインデーの昼休みにこんなところに書き込んでいる俺って、なんなんだろうな。

決めた。今日仕事帰りに、バニーガールの格好で接客してくれるガールズバーに寄ーろうっと♪ ルンルン♪

2019-01-05

本当の自分さらけ出すのが怖い

身バレ防ぐために、フェイク混ぜてます

学生時代を振り返ると、割とイケてる方だったと思う。

顔がイケメンなのかっていうと、よくわからないけど、少なくともブサイクではないと思う。

子供の頃から、足が速かった。

特に距離ではすごくて、小学校マラソン大会では毎年一桁台だった。

親も陸上関係でメシ食ってる両親で、俺の才能っていうよりかは、親の影響が大きかった気がする。

親父のジョギングに、保育園の頃からついていって走っていて、いつの間にか俺も走るのが好きになってた。

小学五年生ときマラソン大会で一位をとった。

俺は特に感動しなかったけど、周りの狂喜乱舞を覚えている。

俺にしてみれば、一位という結果は本当にたまたまだった。

周りが喜んでいるのを見て、俺も「自分がすごいことをしたんだ」と嬉しくなった。

そういえばその後、学校女子告白されたことがあった。

一ヶ月付き合って、なんかよくわからないまま関係消滅した。

まあそれは、そんなもんだ。

で、そのまま中学では陸上部入って、県大会まではいけた。

大会ではじめて挫折を味わった。

周りが全然俺よりはやい。

俺が全力で走ってるのに、周りがどんどん俺を離していく感覚を、生まれてはじめて味わった。

甲斐ない成績だった。

それでも家族部活の皆は優しかった。

でもその頃から、たぶん俺の心の中で、走ることに対して、迷いが生まれたんだと思う。

この挫折きっかけに、もっと速くなる奴が、きっとプロになったり、駅伝ランナーになったりするんだろう。

でも俺はたぶん違う。

14歳や15歳のガキでも、自分に対してそのぐらいのことはわかる。

俺は単に周りに褒められたくて、長い距離を走ってただけなんだ。

走ることそのものに、深いところで情熱を持てていなかった。

特に大会に出て、ホンモノたちに会ってしまうと、俺がいかダサい存在かはよくわかった。

親が何とか連盟の何とかさんだとか、そんなの関係なくて。

その親と5歳から近所のコースジョギングしてました、とか、関係なくて。

ホンモノは違うんだよ。

なんていうか、オーラでわかる。

正直スタートライン立った時点で、もうホンモノとニセモノははっきりわかった。

ニセモノだったのは俺だけじゃない。

俺の感覚だと、ホンモノなのは1割ぐらいの連中。

ほとんどはニセモノ。

俺はそっち側だった。

でも、もう、マジで感覚的に全然違うのがわかったから、どうしようもなかった。

その後、走り始めたら、自分感覚が正しいのがわかった。

努力? 才能? なんなの? 何が違うんだ?

マジでわかんないけど、全然違う。

仮に俺が途中でぶっ倒れてもいいから、全力ダッシュしたとしたら、

何人かは抜かせただろうけど、それでも抜かせない選手っていうのが、結構な数いた。

あいう奴はなんなの?

意味がわかんなかった。

いや、今もわかんないけど。

箱根駅伝とか絶対見ねーもん。怖くて。

実際その場で一緒に走んないとわかんねーよ。そういう奴らと走る感覚って。

まあその話はいいや。

で、俺は陸上の成績でスポーツ推薦をとれて、高校行くわけ。

地元ではかなりいい高校

普通に受験したら、俺の頭では間違っても入れないような私立高校

そこの陸上部入ったら、まあ、周りは全然したことなくて、すぐエースになった。

俺みたいに陸上スポーツ推薦だった奴いたけど、長距離は3人しかいなくて、俺以外の2人は全然ショボかった。

てか、このレベルで推薦とれるのか、って失望するレベルだった。

エース扱いで、相当チヤホヤされてたと思うけど、心の中ではどんどん冷めていった。

俺は県大で、自分のショボさを思い知って、自分限界を感じたのに、周りの奴らは俺を神かなにかみたいに崇めてるわけ。

なにこれ?

は?

お前らはバカ

偏差値xxあって何を見てるの?

とか思ってた。

当時俺みたいな中途半端な奴って学校結構いて、自然とそういう連中とつるむようになった。

特待生学校入ってきたけど、周りのレベル低すぎてうんざりしてる優等生とか、

すげーサッカー上手かったのに部活顧問とか先輩とかと合わなくて帰宅部になった奴とか、そんな連中。

高二になってからは、そいつらといるのがとにかく楽しくて、練習サボって遊ぶくらいになった。

マラソンってくだらなくね?」

とか俺に向かって言っちゃうような奴らだった。

はじめて聞いたとき、本当に新鮮だった。

だって家族友達で、陸上否定する人間なんて、それまでの人生で会ったことがなかった。

陸上=すばらしいは当然の感覚で、それで15年間生きてきた。

いろいろ悩みながら陸上部を続けてきた俺だったが、遂に決意する。

「ごめん。陸上部辞めさせて」

家に帰って、俺は親に言った。

親が買ってくれた、1万円以上するランニングシューズエナメルバッグに入れたまま。

スポーツ推薦で部活辞めると色々大変で、揉めに揉めた。

けど俺の決意は固かった。

たくさん説教された。

俺の陸上の才能を認めてくれて、もったいないって言ってくれる人もいた。

それが一番心が痛かった。

でも俺はもう決めていた。

本当の自分で生きたい、って思っていた。

陸上は、俺が本当にやりたいことじゃないんだよ、親父、お母さん、先生

そんなことを何回も言った。

陸上の成績でスポーツ推薦を決めた奴が、陸上辞めるなんて前代未聞だろうな、と思っていたが、それはそうじゃなかった。

スポーツ推薦で入っても、挫折する奴は結構いる。

心が折れなくても、ケガでそのスポーツ続けられなくなる奴も多い。

から、俺の陸上辞めるという選択で、退学になるようなことはなかった。

俺はそこから、本当にやりたかたことにうちこむようになった。

俺が本当にやりたかたこと。

それは音楽だった。

あるとき、いつもつるんでる友達から、「バンドやりたくね?」と言われた。

最初冗談みたいだったが、いつの間にか皆楽器を買っていて、本気でやることになった。

俺はボーカル

休みの日に、皆で県で一番賑わってる駅のスタジオに行って、死ぬほど練習した。

スタジオの人がいい人で、ホントは2時間料金なんだけど、何時間でも練習させてくれた。

これが本気で楽しかった。

陸上とは全然違った。

あ、これだ、って思えた。

陸上がつまんない、っていうことはない。

だって、それなりに走るのは楽しかった。

でも、心のそこから楽しんでるか? と言われたとき、即答はできなかった。

親の影響でやってるんじゃないのか? 自分が脚速くなかったら続けてたのか?

長距離走について、そんな質問をされたら、俺は答えれないと思う。

音楽は違う。

親は音楽なんて聞かなかった。

俺は特に歌がすごく上手いわけじゃない。

それでもめちゃくちゃ楽しい

時間でもやっていたい。

どんどん上手くなりたい。

俺の他にもっと上手い歌手がいても、そいつよりも上手くなりたい。

どうして県大会とき、こんな感覚になれなかったのかは、今でもわかないけれど。

たぶん、陸上をやってる俺は、本当の自分じゃなかったんだと思う。

親が望む、自慢の子供を演じていた。

親に褒められるのはたしかに嬉しかった。

けど、俺が本当に嬉しいことじゃなかった。

俺は親の喜ぶ顔で喜んでただけだ。

音楽は、俺に直接喜びをくれた。

最高の友達が、楽器演奏する。

全員初心者からミスも多いし、リズムだってひどいもんだ。

けど、その三人が生み出すグルーヴの上に、俺の歌を乗せる。

それで曲が完成する。

時間にしてみれば、ほんの数分。

それまで長距離を走破してきた俺にしてみれば、ほんの一瞬だ。

その一瞬に、陸上の何倍もの喜びがあった。

で、忘れもしない文化祭

俺の高校文化祭は、応募制の野外ライブというのが何年か前からあった。

軽音楽部とかフォークソング部とかのバンド演奏するステージだったが、

他にも教師が組んだバンドとか、有志で組んだバンドとかが応募して、出演していた。

俺たちもそこに出ることにした。

はじめてのステージだった。

その頃になると、もう俺たちの演奏レベルもかなりのものだった。

実際その後、ドラム叩いてた奴は音楽関係に進んで、今は有名ミュージシャンのバッグで叩いて飯を食ってる。

結局そいつが一番すごかったのかも。

野外ライブで、俺らの番が来た。

バンド名はさすがに恥ずかしいので秘密だが、司会が俺らのバンド名を呼んだときちょっと肌が粟立ったのを覚えてる。

ここから将来ミュージックステーション出たり、紅白出たりしたらめちゃくちゃカッコいいな、と一瞬思った。

観客は結構集まってた。

ボーカルを俺がやっていたので、陸上とき同級生・後輩が結構いた。

ギターサッカー部の人気者だったので、それ目当ての女子結構な数いるのが見えた。

けど俺は全然ビビってなかった。

自信があった。

後輩も、もしお前らが俺を尊敬してるとしたら、単に足が速いか尊敬してるだけだろ、

でも、これから音楽を通じて、尊敬してくれ、と本気で思っていた。

それまで偽りの自分評価を得ていた人間が、本当の自分で戦うのは、本当に気持ちいいものだった。

MCで何を喋ったかもよく覚えてるが、これはマジでイタいことを言ったので、敢えて記載はしない。

四人で目を合わせて、軽く頷いて、ギターイントロを弾いた。

演奏してすぐに、違和感に気づいた。

俺が想像していた観客の表情ではない。

なんか笑いをこらえているというか、笑ってる奴もいる。

俺が想像していたようなステージじゃなかった。

当時はビジュアル系全盛期で、俺たちが選んだ曲は、L'Arc~en~Cielの『花葬』だった。

俺はHydeに全力で心酔していた。

ていうかHydeよりカッコいい人間は今でもこの世にいないと思っている。

けど俺はHydeじゃなかった。

俺の裏声は、皆の失笑を誘った。

俺はそれまで自分のことを正直カッコいい部類だと思っていたが、Hydeではなかった。

結局演奏微妙な感じで終わった。

バンド活動も、それをきっかけに終わってしまった。

それから俺は、高校卒業して、親のコネがあった地銀就職した。

数年前に結婚して、あと何ヶ月かで子供生まれる。

今年はじめて箱根駅伝を見た。

もうずっと長距離は走っていないから、落ち着いて見れた。

駅伝CMで、バンプの『ロストマン』が使われていた。

それで内心「うわああああああああああ」となったが、嫁に気取られることはなかった。

俺は生まれてくる子供に、何を伝えたらいいだろう?

俺が人生で学んだ人生訓は、「本当の自分とか言ってねーで、人から褒められることをひたすらやっとけ」だった。

でも、そんなこと子供に言う訳はない。

願わくばの子供が、ホンモノの才能を持っているか、ニセモノの自分に何の疑問も抱かないウスノロのどちらかでありますように。

こんな中途半端ダサい存在は、俺だけで十分だ。

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