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はてなキーワード: 武道とは

2018-04-17

anond:20180416110619

いやいや、助け舟来てるよ。まずは精神科医の言う通り武道でもやって心身鍛えてみろよ。武道じゃなくて格闘技でも球技でも筋トレでもランニングでもいい、ちゃん身体鍛えてみろって話よ。要するに運動不足をまず改善すれば精神状態も変わるよって事なんだよ。助言を素直に聞かずに嘆くから甘えてんなと一喝喰らうんだよ。

2018-04-16

悲鳴を上げるのにも才能が要るということ(追記 #1)


増田人生の悩みを打ち明けても、ブクマトラバに助けられる人ばかりではない。
多くの場合無視か、正論で殴りつけて日々の憂さ晴らしに使われるだけだ。

匿名で面識のない人を親切にも救おうとする人は少ない。
それでも救いたくなるとすれば、その悲鳴に聞き覚えがあったからだと思う。
きっと、たまたま過去自分や大切な人の叫び声に似た周波数だったのだ。
私も自分に合う悲鳴を耳にした時は、わざわざ長文で応えてしまったりもする。
他人様にアドバイスできるほど自分人生はうまくいっていないくせに。

このあいだ、増田悲鳴を上げた。
もう生きていられないと思って、
どうせ死ぬのなら最後に何か書き残そうと思いついて、
自分の状況や何がどう苦しいのかを書き殴った。
もう消してしまったけれど、吐瀉物のようで見るに堪えなかっただろう。

結果、数行のトラバで2発殴られた。
「甘え」「自己責任」「さっさと死ね
よくある内容だ。自分でもそう思う。
ブクマはなく、プリントアウトを勧められ、ログの深くに沈んでいった。
それ以上の声をあげることはできなかった。

しばらく前に精神科に行った時も同じだった。
対面で話すと匿名文章みたいに心の内を明かしきることができないから、
ずっとヘラヘラと笑いながら、他人事のように語ったと思う。

「こうなっちゃうんですよ、あはは
 こうしなきゃいけないのはわかってます、でもだめなんですよ、
 やっぱ自分発達障害か何かなんですかねえ?あははは。」

精神科として助けられることはない、と伝えられた。
武道でもやって心身を鍛え直してみては、と諭された。
渡された薬は特に効かず、3ヶ月でやめてしまった。

そういえば診察の席で、
過呼吸おかしくなって通勤電車から逃げ出したのを言いそびれてた。
自責の念に襲われて職場トイレシャープペンシルを腕に突き刺していたことも。

こんなことを繰り返すうち、自分には助けを求める才能がないのだと悟った。
本当に助けが必要とき、なりふり構っていられない状態では、
他人のことを考えないめちゃくちゃな文章になってしまうはずだ。
そんな状態でも誰かの心を射抜けてしまう、鋭い周波数文章が出せるということ。
悲鳴を上げる才能ってそういうことだ。

私にはそんな才能がないから、こういう取り繕った文章を作ってしまう。
自分増田で運良くブクマが伸びたケースは
自分語りをせずに最後まで取り繕えた文章ばかりだ。
悲鳴なんて伝わらないものだ、そう考えている。

結局プライドが高いのが悪い。
ネットでもなりふり構わず全てぶちまければいいのに、
下手にバズって過去の知人に知られたらだとか、
どうせ笑い物になるだけだとか、そうやってうやむやにしてしまう。
5chで相談できなくなったのも、増田で具体的な話ができないのも、
頭が悪い上に臆病なせいだろう。

いくら悲鳴でも、読みやす文章、伝わりやすい話し方でないと人は動かない。
構成をきれいにまとめて、小粋なレトリックを添えて、
読む人の共感を誘うように書かなければ助けは来ない。
でも、そんな風に整理できる状態なら、そもそも苦しんではいないはずだ。

から悲鳴を口の中で噛み潰してしまう。
噛み潰して飲み込むことに慣れてしまう。
そうしていずれ死んでいく未来がいつも網膜に小さく張り付いていて、
どれだけ顔を洗っても剥がせない。
崖へと続くトロッコに乗っていて、降りることができない。
いずれ落ちていく。

でも今日はまだ死なずにいられる。
今のうちに、悲鳴を上げるのが下手な人について残しておこうと思った。
いつか自分が他の誰かの悲鳴を聞き逃してしまわないように。

追記(2018年04月18日 00:51)


皆さん、聞いてくれて本当にありがとうございます
返信+αを作っていたのですが、
長くなりそうなので後ほど別記事にて失礼いたします。

まずお伝えしたいのは、今の私は大丈夫で、
この増田自体悲鳴ではないということです。
境遇自体はそれほど変わりないですが、気の持ちようとして堪えられる範囲です。
これは悲鳴ではなくどうにか取り繕いきれた方の文章です。
心配をかけてしまった皆さん、本当にごめんなさい。

また、主に時系列でいくつかフェイクを入れていました。
件の精神科には当時のつらさを箇条書きで書き殴ったメモ印刷して持ち込みました。
その上で「あなたが何をうちに求めているのか分からない」との回答を頂いております
(次の増田で後述しますが、メモの時点で不十分だったはずです)

医者に甘えられる問題ではない、自力でなんとかするしかない。
そう痛感して、今のところ平均して当時よりはマシな状態になっています

また、処方されたのはサインバルタでしたが
「しいていえばこの新薬だが、
 あなた状態が劇的によくなる薬などない」
と伝えられて、私自身もそうだろうなと感じております

喉が弱い体質のせいか飲む度に軽い吐き気があり、
その副作用の割に当時の症状の改善は見られなかったので、
自分の気の持ちようで生まれ変わるしかないと考えて、
通院をやめて現在に至っております

元増田は、伝わってほしくて、でも伝わらないだろうなと諦めてて、
それでもせめて未来自分を救えるようにと書き残したものだったので、
望外なほど通じてくれたことが純粋にありがたいです。
まずはこの感謝を伝えさせてください。

2018-04-04

anond:20180404095317

とある武道には「半眼」という概念があって、要するに視線を動かさずに視野の隅から情報を得るという手法なんだが、これがチラ見に役に立つんだ。

2018-03-29

男女問題での腕力

未だに男女の問題で「腕力」を持ち出すやつ、頭悪すぎ。

男は全員武道の達人とでも思ってんの?

私はセガールじゃないぞ。

吉田沙保里とかそういうレアケースを持ち出すまでもなく、女性より弱い男性もいるのだ。

腕力あるのが男性の標準ではない。

そもそも、これまでの人生で何回腕力振るうことがあった?

中学までならいざ知らず、社会人になってから使うことなんて全くない。


使いも使えもしない、望んでもいない「腕力」を持ち出されて一方的被害者ヅラされる、

これはもう男性に対する「暴力」ですよね。都合よすぎ。

女性が好きな言い方なら「ハラスメント」。

望んでない「腕力」にかこつけて、女性専用車両を通したり「守られたい」を押し通す女性は、

全員「ハラスメント加害者」。

というわけで、#metoo

2018-03-24

anond:20180323162850

必要かどうかじゃなくて、日本文化の一つとして維持する価値はあると思うよ。

歌舞伎とか、茶道とか、武道とかと同じ伝統文化だよ。

おれ自身天皇信者じゃないし、

途切れることなく二千年続く血筋とか信じてないけど、

「二千年続く本物の皇族」という体裁日本看板の一つとして維持する価値はあると思ってる。

2018-03-13

スポーツ健全精神を育む、というのは大きな嘘

相撲野球サッカーボクシング武道・・・選手ファン管理協会学生教師もくだらない問題起こしてばっかりだな?

いつまでも効率精神論根性論が幅を利かせるし。スポーツ新聞なんか低俗の極みだけど、なんだあれ。

 

競技事が駄目なんかな。

個人技で黙々と鍛えるみたいなのはあんまり健全な話を聞かない気がするが。

2018-03-05

何で金玉潰す技は発達してないのだろう

ラオウでも金玉攻撃されたら悶絶するだろうし、サウザーでも玉を潰して怯んだ所で首でも切れば勝てるのに何で狙わないのだろう。

拷問金玉を狙うのが一番手っ取り早いのでは。

金玉潰しに特化した武器武道が無いのも不思議だ。

2018-01-26

https://anond.hatelabo.jp/20180126113447

もし女だけの町があったとすれば、犯罪が激減するのは間違いないね

これは犯罪者の9割が男だからではなくて、男だけの町でも同じこと。

犯罪が「強い者が弱い者を襲う」ものである以上、女-女の関係や、男-男の関係では発生しにくく、男-女の関係で発生しやすいから。

女は腕力重要性を軽視しすぎている。そういうと女はすぐに「原始時代かよ」と嘲笑するけど、犯罪者原始時代文明もあるまい?

弱肉強食、ただそれだけのこと。

普通に考えればこれを是正するには、女が物理的な防衛能力を拡充させて抑止力を強化する以外にないのは分かり切った話。

なぜ被害者である女が努力しなければならないのかと女はすぐに言うけれど、被害者からしなければならないのではなくて、弱いから強くならなければならないのだ。

それで言うならば被害者である女でもなければ、加害者である犯罪者でもない圧倒的多数の男にとっては、なおのこと自分たちには関係が無い話である

てめえの無能のせいで関係のない俺たちを巻き込むなよ、というのが大多数の男の言い分であり、本音である

そもそも仮に本当に女だけの町があったとしよう。

犯罪者からすれば格好の標的である。入り込みさえすれば、通常の町のように、男たちから嬲り殺される危険性も少ない。

女だけの町があったとして、女だけの町が存続するためには外敵や侵入者から防衛する機能必要で、それは結局、外部の腕力、つまり原始的な男の暴力」に依存するしかない。

本当の意味で、男たちを滅ぼさない限り女だけのユートピアなんてものはあり得ないし、いざ殺し合いになれば男は片手で女を制圧できるし奴隷化もできる。

それをしていないのは、大多数の男たちの理性と人間性によるのであって、女はつまるところ、この大多数の男たちに守られている存在に過ぎない。

その保護者である大多数の男たちに喧嘩を売っている時点で、親に憎まれ口をたたいている中学二年生並みの未熟さが露呈するのだ。

男たちはその未熟さを指摘し、嫌悪しているに過ぎない。

本当の意味で一人前と扱われたいならば、マーシャルアーツを必修化して、抑止力を強化するしかない。

これは男内部でもよくあることなのだ。

アメリカ高校でどうしてアジア系男子はかなりの割合で、費用時間を潰して格闘技を習っているのか、その理由を女は少しでも考えたことがあるのだろうか。

抑止力重要性を言えばフェミニストは、「毛むくじゃらの熊男に日本人の優男が蹂躙されても受け入れるってことだよね?」とか頓珍漢なことを言うが、まさにそれが嫌だから武道を習うのだ。

むろん熊男も武道を習う可能性もあるし、いざ殺し合いになれば体格に劣るアジア系は勝てないかもしれない。でも、殺される前に相手の腕一本くらいは持っていく。

その気概があるから抑止力になって「犯罪被害者にならないで済む平和」が担保されるのだ。熊男だって腕の一本も持っていかれるのは嫌だからだ。

成績が悪ければ、成績がいい者たちを批判しても始まらないだろう?

自費で、学習塾に通って成績を上げるしかない。

それとまったく同じことだ。

2018-01-24

マイナースポーツって面白そうなの多いよな

https://anond.hatelabo.jp/20180124063643

フィールドアーチェリーとか絶対楽しいだろ。危険だけど。森の中に分け入って的を射っていくとか楽しそうすぎる。

同じくフィールドビームライフルとかも楽しいと思う。技術的にできるのかわからんけど、数km距離のスナイピングとかしてみたい。

あと意識高い連中が好みそうなコーフボールってのもあるな。男女人数揃えてやるスポーツらしい。

太極拳は爺さんばあさんのイメージだけど、太極剣とか太極刀とかはかっこいいよな。

別に打ち合い斬りあいするわけじゃなくて型稽古から格差とか関係ないし。

っていうか体育でやる武道柔道じゃなくて空手にすべきだろ。

柔道とか危険すぎるから空手の型稽古オンリーでやりゃいいんだよ。

2018-01-22

anond:20180121152257

他の武道に比べると極真は野蛮なイメージがある。極真の道の精神関係者を頼るのはうまくいかない気がする。法律を盾にすることを考えたほうが良いと思う。踏み出して失敗してもそこでやめないで、ちゃんとあがききってほしい。あなた自身子どもを守れるのはあなたしかいない。守ってやってください。

まともな極真道場があるのは知ってる。まともじゃないところも多いよ。極真のひとごめんね。

anond:20180121152257

私のお父さんは柔道黒帯で、柔道で人を負かすのが大好きな人で、

ちょっとADHDの気があって、心は弱虫で、子どもたちを見下すことでしか

自分のことを守れないような、弱い人だった。

口癖は「俺が本気出したらこんなもんやない」。似てるね。

 

それでも、私や母親柔道を振るったことはないよ。

どれだけムカついても、怒っても、たたいたことも、なぐったことも一度もないよ。

 

妹は体も大きくて強いし暴れるからよく押さえつけられてたけど、

一度だけ、お父さんの方がこんがらがって無抵抗の妹を殴ってたことはあるけど、

それも一度だけ。

 

その人は、武道じゃないよ。暴力だよ。

あなた子ども可哀想

とりあえず、旦那仕事中とかでもいいから、

子ども連れていったん、実家(頼れるところ)にかえんなさい。

ダメなら、施設シェルター

 

これから家族でいられるなら、一度や二度の家出ぐらい数年後笑い話にできるから

母親はよく泣きながら何度も家出してたけど、10年経った今は過去の話としてみんなで話すよ)

笑い話にできないなら、その人とはもう家族やめた方がいい。

2018-01-05

anond:20180105181412

選択余地はなかったと思い込むことももちろん自由選択の結果だよ

今の時点でも選択余地はどこにでも潜んでいると信じている選択をしている俺と

そうは思わず選択余地がないと信じているそちらで選択分岐してるじゃん

選択結果が複数存在する、選ばなかった場合の結果が存在する(実在する、ではない)ということは選択余地があったということ

結果的にたどる歴史は1本道しかないのはそりゃ当たり前の話で

分かれ道があったということは、そこで左道を選ぼうが選ばなかろうが右道の選択を行ったということ

分かれ道に差し掛かったとき自動的に右に進むと予め決定するという選択の結果で右を自動的に進むのもそれは選択

タイピングがまさに予め設定した自動選択行動

分かれ道に差し掛かって選択した後であの時は選択余地がなかったと理由づけできることそのもの

その分かれ道でどちらに進むのかを持てる情報感覚を全て消費した故の結果であり

それを積み重ねた先で片方を除外してもう片方を選ぶしかない状況になったのならまさしく完全に自由なる意志的な選択行動の結果

ただそれにしても人間現実認識しきる能力というのはどこか欠けているのが常なので結局何かしらどこかしらに情報不測による選択余地は付きまとう

原子力発電所安全神話で信じていた選択100%余地のない選択だったが現実の方は許してくれなかったわけだ

なるようになるしかないというのは生来自分価値観による自動行動選択に委ねるっていう選択をして思考的な労力を無くしたいという願望選択だろう

ラットでさえ経験迷路の道を選ぶが同じ影響を与えても同じ反応を全くたどるわけではない

まりそこでラット個体間に思考の際が生じているということでラットは各々別の思考を持ってして選択しているわけだ、これは自由だな

なお、この実験は結果を人間が予期しているので強制させられている、という見方はそれこそ傲慢

実験する研究員コンマ何秒後にラットがどのルートをたどるとか完全な予測なんてしてない

単にデータからこうなるだろうなと予測をしてこうなったらいいなくらいの感覚で行っている、研究者の大半はこうなってくれ頼むくらいで実験結果を待ってる

なお本能に基づく習性とか反射とかは個人努力経験からはどうしようもないことが多いのでその領域に関しては君のように自由選択余地もないだろうな

呼吸を止め続けるとか心臓意識的に止めるとか無理だし自由はないだろう、

だけど顔面に物が迫ってきて目をつぶる反射的行動は訓練で抑えられたり本能領域のものでも自動化を解除する方法はある

それを訓練しない人にとっては選択余地がないように思えるけど格闘技武道をやるやつにとっては自力で主導権を握れる選択権のあるものだと認識するわけだ

極論を言うと全能感のあるマッチョほど選択権が増えていき、そうでないクソ雑魚ナメクジほど世界は狭く不自由になっていく

なにせ自分の選びたい選択結果にどうやってもたどり着けないんじゃ、経験を重ねるたびに自分の無力さと不自由さを重ねるだけだから

仮に産まれてこのかた自分第一希望しか叶わなかったような人間世界選択はなく、全てがこうするしかなかったんだと言い聞かせて信じ込む必要なんてないんだから

だいたいそういうやつは自分の無力さを呪いながら別の選択をできなかったことを何らかのせいにして自責の念や後悔を払しょくさせたいだけ

しか実際問題として自分能力値さえ足りているならその問題解決でき別の選択行動に移れたと仮定できた時点で自分がそこまで到達しなかったという選択をしたとも認識できる

テスト赤点取るのはなるようになったんじゃなくて、単純に学力が足りないのに勉強サボった選択の結果

ただし現実死ぬほど強いのでどれだけマッチョでも選択を誤るときがくる、問題は同じことがあったとき自分がどう次の選択をするか考えて備えることだ

それが歴史を学ぶことの本質

2017-10-01

古代[ソース編集]

日本における相撲の記録の最古は、『古事記』の葦原中国平定の件で、建御雷神(タケミカヅチ)の派遣に対して、出雲建御名方神タケミナカタ)が、「然欲爲力競」と言った後タケミカヅチの腕を摑んで投げようとした描写がある。その際タケミカヅチが手を氷柱へ、また氷柱から剣(つるぎ)に変えたため掴めなかった。逆にタケミカヅチタケミナカタの手を葦のように握り潰してしまい、勝負にならなかったとあり、これが相撲起源とされている。

人間同士の相撲で最古のものとして、垂仁天皇7年(紀元前23年)7月7日 (旧暦)にある野見宿禰と「當麻蹶速」(当麻蹴速)の「捔力」(「すまいとらしむ・スマヰ」または「すまい・スマヰ」と訓す)での戦いがある(これは柔道起源ともされている)。この中で「朕聞 當麻蹶速者天下之力士也」「各擧足相蹶則蹶折當麻蹶速之脇骨亦蹈折其腰而殺之」とあり、試合展開は主に蹴り技の応酬であり、最後宿禰が蹴速の脇骨を蹴り折り、更に倒れた蹴速に踏み付けで加撃して腰骨を踏み折り、絶命させたとされる。これらの記述から、当時の相撲は打撃を主とする格闘技であり、既に勝敗が決した相手トドメの一撃を加えて命までをも奪った上、しかもそれが賞賛される出来事であった事から見ても、少なくとも現代相撲とはルール意識も異なるもので、武芸武術であったことは明確である[2]。宿禰・蹶速は相撲の始祖として祭られている[3]。

さらに『古事記』の垂仁記には、

ここをもちて軍士の中の力士の軽く捷きを選り聚めて、宣りたまひしく、その御子を取らむ時、すなわちその母王をも掠取れ。髪にもあれ手にもあれ、取り穫む隨に、掬みて控き出すべし。とのりたまひき。ここにその后、かねてかその情を知らしめして、悉にその髪を剃り、髪もちてその頭を覆ひ、また玉の緒を腐して、三重に手に纏かし、また酒もちてその御衣を腐し、全き衣の如服しき。かく設け備へて、その御子を抱きて、城の外にさし出したまひき。ここにもの力士等、その御子を取りて、すなはちその御祖を握りき。ここにその御髪を握れば、御髪自ら落ち、その御手を握れば、玉の緒また絶え、その御衣を握れば、御衣すなはち破れつ。

とあり、初めて「力士」(ちからひと・すまひひと と訓す)の文字が現れる。以降の記紀六国史においても、相撲に関する記述散見される。

相撲節会」を参照

奈良時代から平安時代にかけて、宮中行事の一つとして相撲節会が毎年7月頃に行われるようになる。毎年40人ほどの強者近衛府により選抜され、宮中で天覧相撲をとった。最初の記録は天平6年(734年)のものであるが[4]、節会を統括する相撲司の初見養老3年(719年)であることから8世紀初頭に定着したものと思われる。相撲節会は当初は七夕宮中行事の余興としての位置づけであったが、後に健児の制が始まると宮中警護人の選抜意味を持つようになる[5]。時代が下るにしたがって相撲節会重要宮中行事となり、先例が積み重なるとともに華やかさを増した。然し同時に、健児選抜という本来趣旨は次第に忘れられていった。12世紀に入ると律令制の衰退、都の政情不安定とともに相撲節会は滞るようになり、承安4年(1174年)を最後に廃絶となる[6][7]。

神事相撲」を参照

一方、神社における祭事として相撲をとる風習が生まれた。これを神事相撲という。農作物の豊凶を占い、五穀豊穣を祈り、神々の加護感謝するための農耕儀礼であり、これは一貫して現代にまで続いている[8]。

中世[ソース編集]

武家相撲」を参照

相撲節会に求められていた実践的な意味での相撲は、組み打ちの鍛錬として、封建制を成立させた武士の下で広まった。これを武家相撲という。武士棟梁となった源頼朝特に相撲を好み、鎌倉を中心に相撲が盛んに行われた[9]。

日本礼儀と習慣のスケッチ』より、1867年

土地相撲」を参照

続く足利幕府は、相撲奨励には消極的であったが、戦国大名は熱心に相撲人の養成に力を注いだ。また、応仁の乱以降都落ちをした貴族とともに京都相撲文化地方に伝わり、民衆の間に相撲が定着、相撲生業とするものが現れる。これを土地相撲、または「草相撲」という。[10]。

近世[ソース編集]

「勧進相撲」を参照

江戸時代に入ると武家相撲はその存在意義を失い、土地相撲興行化して民衆一般に広がる。興行主はこれを神事相撲の「勧進」にことよせて勧進相撲と称し、また武家相撲力士大名の抱えとすることでその名残をとどめた[11]。

近代[ソース編集]

相撲を取る皇太子時代昭和天皇

大相撲」を参照

明治文明開化相撲をはじめとする伝統芸能は軒並み危機に陥るが、明治天皇の天覧相撲が繰り返されるなどによりその命脈を保つ。大正14年1925年)には幕内最高優勝者に授与される天皇賜杯が下賜され、また東京相撲大阪相撲合併することにより日本相撲協会誕生、勧進相撲大相撲に一本化された。

平成に入って、日本ビーチ相撲連盟というアマチュア組織が結成された。また、義務教育武道必修化の必修科目として、相撲剣道柔道の三種を基本として加味された。

https://ja.wikipedia.org/wiki/相撲

兎に角臭そうなので相撲は撲滅するべき

殺人競技ルーツにする相撲人権違反で即刻廃止するべき

そう言う事を言いだしたらオリンピック競技殺人競技ルーツにする種目がたくさんあるのでオリンピックを即刻廃止するべき

2017-09-30

みそ煮込みうどん

朝夕がちょっぴり肌寒くなってきたこの季節、FBフィードに誰かが食べた味噌煮込みうどん写真がアップされていた。

それで、はっと昔のことを思いだした。


わたしは当時うつ病で、通院するほかはほとんど外出もせず一人で暮らしていたマンションに引きこもっていた。

夜な夜なネット徘徊していろいろな人ととりとめもない会話をしていて、2ちゃんスレで十歳下の男の子と知り合った。

彼も引きこもりだった。

中学時代からずっと引きこもっていて、当時は18歳だった。

お互いずいぶん遠くに住んでいたのだが、メンヘラどうしで話が盛り上がり、彼はわたしの住んでいるところまで新幹線バスを乗り継いでやってきてくれた。

彼にとっては大冒険だったはずだが、生まれて初めての長距離移動がうまくいったことはずいぶん彼の気持ちを前向きにしたように思えた。

それからそのまま、うちで一緒に暮らした。


ある日、病院から帰ってきたら彼が興奮気味で話してくれた。


少しでも外に出てみようと思い、住んでいるマンション通路部分で見晴らしのよい場所を見つけて長いこと外の景色を眺めていた。

そこが、よそのお部屋の玄関ドアの真ん前だったらしい。

そのお部屋の奥さんが、仕事中の旦那さんに携帯で「ドアの外に不審者がいる」とSOSを送り、駆けつけた旦那さんに彼は声をかけられた。

しどろもどろになりながらも、決して怪しい者ではない、同じマンションに住んでいる者で、たまたまここが眺望がよかったので立ち止まって景色を眺めてしまっていた、と説明したところ何とかわかってもらえた。


という話をしてくれた。


慌ててそのおうちに伺ってお詫びをした。

旦那さんは最初に彼を見たときに「何か事情がある子なんだろう」というのはわかったらしく、「よければ詳しく話を聞かせてほしい」とおっしゃった。

疑っているわけではなく純粋に親切心から言われているのがわかったが、どちらにしてもご迷惑をおかけした以上説明はしなければならないだろうと思って、彼の現状やわたしと知り合って一緒に暮らすようになったいきさつなどをかいつまんで話した。

そこからどういう話でそうなったのかは覚えていないのだが、別日に改めて旦那さん、奥さん、彼、わたしの4人で、近くのうどん屋に食事に行った。

「何が食べたい?なんでも食べたいもの食べろよ」

と気さくにすすめてくださる旦那さんの言葉に甘えて、彼が頼んだのは味噌煮込みうどんだった。

おいしいです、本当においしいです、と彼はすごくうれしそうに食べていた。

その旦那さんは、とある武道師範資格を持っているそうで、彼を練習に誘ってくれた。

彼も「行ってみたい」と言っていた。

それで何かが変わるかもしれない、と。

でも結局タイミングが合わなくて、練習に参加させていただくことはできなかった。

彼が自殺したとき、そのおうちにも連絡した。

わたしは半狂乱になっていて当時のことをよく覚えていないのだが、事情を知る知り合いが代わりに行ってくれたようにかすかに記憶している。

旦那さんと奥さんが、すぐにうちに来てくれた。

立派な体格の旦那さんが、小さく小さく体を折りたたみ、言葉一生懸命に選びながらわたしを気遣ってくれていたのを覚えている。

彼が味噌煮込みうどんをごちそうになっているときには、確かに何かが変わる予感がした。

そのときの、かすかな希望、明るい見通し、のようなものを、錯覚だったのだけれど、ふいに思いだした。

2017-09-17

嘘松もとい創作実話研究

①冒頭

・聞いて!

ちょっと待って!

登場人物

女性=お姉さん

男性=オッサンorオジサン

イケメン=お兄さん

人物の特徴

・スラッとした美人女性

若い男二人組は大小

・すぐ悪漢の背後に回る

・オジサンガチムチで優しそう

書き手立ち位置

・盗み聞き

第三者(レジ店員等)

・知り合いの話

書き手ちょっとした自分語り

クラスでの評判、経歴について

・一目置かれている

クール

・達観系

・寡黙な美人

腐女子

武道有段者

⑥心の中でツッコミ

ちょっと待って!○○だから

・いやいやいや!○○でしょ!それ○○だから!?

ギャグアニメの独特なツッコミ

⑦周りのリアクション

拍手喝采

・思わず握手した

・一同感動

・ドッと笑う

葬式、お通夜ムード

現在形と過去形

現在

「↑いまここ」(シュール光景に用いる)を付け足す

例:○○

  ↑

  いまここ

過去形

「って話聞いていま○○してる」カラオケ爆笑、壁殴る等

場所

病院の待ち合い室

・駅のホーム

電車

マクドナルド

スタバ

図書館

自分が一人でいられる(証人がいない嘘をつける)場所に限る

⑩応用例

さら自分思想社会風刺をいれる

例えばイケメンお兄さんに昨今の女性叩きに対する反論を言わせたり

タコ外国人日本労働環境おかしさを指摘させる

2017-06-03

体を動かすこと自体はそんなに嫌いじゃなかったけれども、小中高の体育・武道の授業は本当に嫌いだった。

小さい頃は単純な運動、例えば走るとかでさえ腕と足の動きがバラバラになってしまっていた自分にとってバスケ柔道などの複雑な動きが要求されるスポーツは致命的だ。

頭のなかでも周りの人からの動きを真似てシミュレートして、失敗しないように至って真面目にやっているのに、うまく動けず周りからはフザケているように見えるらしい。

同級生から笑われるのは嫌じゃなかったが、教師から怒られるのが辛かった。

そのうち真面目にやるのがバカバカしくなって、サボることばかり考えるようになる。こうなると、教師から怒られても悪いのはこっちだし仕方がないかなと納得ができる。

ただ、開き直ってそういうスタンスをとってもなお戦犯が生まれしまうような競技負けず嫌い運動部員と一緒にやるのは本当に苦痛だった。温度差が全く違って、普段はそれなりに仲良く付き合えているのにもかかわらず白い目で見られるのはかなり応えた。

多分こういう人は他にもいるだろう。運動音痴勉強と違って集団で行うため露見しやすい上に授業外での努力がやりづらい上、また、体育教師バカが多い。

集団で行うのはどうしようもないだろうし、レベル別に分けるというのも40人程度のクラスではなかなか難しいだろう。運動ができないことに理解のある体育教師を連れてくるしかない。

2017-05-19

葉隠』(はがくれ)は、江戸時代中期(1716年ごろ)に書かれた書物肥前国佐賀鍋島藩士・山本常朝が武士としての心得を口述し、それを同藩士田代陣基(つらもと)が筆録しまとめた。全11巻。葉可久礼とも。『葉隠聞書』ともいう。

目次 [非表示]

1 概要

1.1 「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」

1.2 書名の由来

2 脚注

3 刊本

4 参考文献

5 関連項目

6 外部リンク

概要[編集]

「朝毎に懈怠なく死して置くべし(聞書11)」とするなど、常に己の生死にかかわらず、正しい決断をせよと説いた。後述の「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の文言は有名である。同時代に著された大道寺友山『武道初心集』とも共通するところが多い。

文中、鍋島藩である鍋島直茂武士理想像として提示しているとされている。また、「隆信様、日峯(直茂[1])様」など、随所に龍造寺氏と鍋島氏併記しており、鍋島氏龍造寺氏の正統な後継者であることを強調している。

当時、主流であった山鹿素行などが提唱していた儒学武士道を「上方風のつけあがりたる武士道」と批判しており、忠義山鹿の説くように「これは忠である」と分析できるようなものではなく、行動の中に忠義が含まれているべきで、行動しているときには「死ぐるい(無我夢中)」であるべきだと説いている。赤穂事件についても、主君浅野長矩切腹後、すぐに仇討ちしなかったこと[2]と、浪士達が吉良義央を討ったあと、すぐに切腹しなかったことを落ち度と批判している。何故なら、すぐに行動を起こさなければ、吉良義央病死してしまい、仇を討つ機会が無くなる恐れがあるからである。その上で、「上方衆は知恵はあるため、人から褒められるやり方は上手だけれど、長崎喧嘩のように無分別相手に突っかかることはできないのである」と評している。

この考え方は主流の武士道とは大きく離れたものであったので、藩内でも禁書の扱いをうけたが、徐々に藩士に対する教育の柱として重要視されるようになり、「鍋島論語」とも呼ばれた。それ故に、佐賀藩朱子学者・古賀穀堂は、佐賀藩士の学問の不熱心ぶりを「葉隠一巻にて今日のこと随分事たるよう」と批判し、同じく佐賀藩出身大隈重信も古い世を代表する考え方だと批判している。

明治中期以降アメリカ合衆国出版された英語の書『武士道』が逆輸入紹介され、評価されたが、新渡戸の説く武士道とも大幅に異なっているという菅野覚明の指摘がある。

また「葉隠」は巻頭に、この全11巻は火中にすべしと述べていることもあり、江戸期にあっては長く密伝の扱いで、覚えれば火に投じて燃やしてしま気概覚悟が慣用とされていたといわれる。そのため原本はすでになく、現在はその写本(孝白本、小山本、中野本、五常本など)により読むことが可能になったものである。これは、山本常朝が6、7年の年月を経て座談したものを、田代陣基が綴って完成したものといわれ、あくまでも口伝による秘伝であったため、覚えたら火中にくべて燃やすよう記されていたことによる。2人の初対面は宝永7(1710年)、常朝52歳、陣基33歳のことという。

浮世から何里あらうか山桜    常朝

白雲やただ今花に尋ね合ひ    陣基

武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」[編集]

葉隠記述の中で特に有名な一節であるが、葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈されてしまっている事が多い。実際、太平洋戦争中の特攻玉砕自決時にこの言葉が使われた事実もあり、現在もこのような解釈をされるケースが多い。

しか山本常朝自身「我人、生くる事が好きなり(私も人である。生きる事が好きである)」と後述している様に、葉隠は死を美化したり自決を推奨する書物と一括りにすることは出来ない。葉隠記述は、嫌な上司からの酒の誘いを丁寧に断る方法や、部下の失敗を上手くフォローする方法、人前であくびをしないようにする方法等、現代でいうビジネスマナー指南書や礼法マニュアルに近い記述ほとんどである。また衆道男色)の行い方を説明した記述等、一般近代人の想像するところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。

戦後軍国主義書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士生活に根ざした書物として再評価されている。先述したように『葉隠』には処世術マニュアル本としての一面もあり、『葉隠』に取材したビジネス書出版されている。

戦後も、葉隠を愛好した戦中派文学者で、純文学三島由紀夫は『葉隠入門』を、大衆文学隆慶一郎は『死ぬことと見つけたり』を出している。両作品は、いずれも葉隠入門書として知られ、各新潮文庫で再刊された。

書名の由来[編集]

本来葉隠」とは葉蔭、あるいは葉蔭となって見えなくなることを意味する言葉であるために、蔭の奉公大義とするという説。さらに、西行山家集葉隠和歌に由来するとするもの、また一説には常長の庵前に「はがくし」と言う柿の木があったからとする説などがある。

2017-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20170513073018

うん。役に立つから桑田投手転用して取り入れたって話してたじゃん。

事実誤認しちゃいかんだろ。

別に成績に優位な変化は現れなかったし、

桑田投手のあとに続く人もいませんでしたね

スポーツトップ中のトップであるプロ野球ピッチャー

革命的に有益技術スルーするほど怠惰だと?


なんでそんな帰結になるのかがわからないし、本気で頭が悪いと思う。

俺の通っていた道場において、現代体育的な論法と離れてる方法講道館とも違う崩しを行ってる先生がいた、

という体験談を踏まえた上での見解なんだがねえ。

現代体育的な論法」って簡単におっしゃるには

現代体育的な理論(って具体的に何のこと?適当言ってるっしょw)について一通り体得してる必要があると思います

あなたスポーツ歴はどんなもんですか? 現代体育についてどれほどのご経験と見識がおありで?


何もないっしょ?

あなたの口走る「現代体育」っていうのは

自分がやってる神秘主義武道を持ち上げるための比較物として言ってるだけの

内容空虚概念なわけですよ。

そうじゃないっていうなら現代体育についての自分レベル体験を語って。


もう一つ、仮にそういった体の使い方が体育に還元されるようになった暁には、「現代的」の名前を冠しても良いと思ってるよ。

武道身体」ではあまりにもイリュージョンすぎると感じるのであれば変えればいい。

から還元されるほどの何かがどれほどあったんですか?と言ってるんだけど

「ぼくのどうじょうのおじいさんのはなし」はもう結構ですよ

見てないから甲野さんの動きのように否定はしないけどその一方で肯定もしようがないです

って最初に断ってるんだから何度も同じ話しなくていいよ

特定状況下でおじいさんが若者を転がすぐらいのことな可能性を否定しませんとも言いました

変な練習しただけの小男がワンパンで人を空に飛ばすとかは聞いただけで「有り得ない」と言いますけど、とも


しらんがな。武道から遠ざかってるし、お前みたいな決めつけ野郎のためにそんな時間裂きたくないわ。

だって腹が立つから相手してるけど、基本的時間無駄だし。

自分の主張を撤回するかどうかに「しらんがな」はないでしょう

都合が悪くてちゃぶ台がえししてるようにしか見えません

武道との距離とかも関係ない話ですよねー


甲野ageなんかしてないけど。一例としてあげただけで。

この同じ文の序盤だけでも

「甲野の技術吉田をひっくり返すほどすごい!総合格闘家の誰にも出来ないことを軽々やった!」

って話をしてるのはあなたです

腹は勝手に立てたらいいけど自分発言には責任持ってください

「腹が立つの発言責任を持たないのだ!」とか言い出すなら負け犬の遠吠えってやつです


甲野善紀に助けられた増田TVの実演、スポーツ選手採用なんかを拠り所として、お前なんかより実証があってよほど認められる、って話しかしてないだろ。

TVの実演なら龍飛雲先生ですらやってます

龍飛雲先生NHK教養講座すらお持ちでした

人柄的には面白いおっさんでしたが、彼の「武術」はどんなものでしたか

堀部正史先生の話もしましょうか?

さまざまなメディア露出して持ちあげられてたし

たくさんの有名人が彼に弟子入りしていましたね

じゃあ堀部正史さんの技術はまともなものでしたか


「TVに出ていた」「あの有名人も褒めた」「世間に認められている」

こんなもん

龍飛雲先生弟子

堀部正史先生弟子

麻原彰晃尊師弟子が言うレベル根拠ですね



要するにあなたは変な新興宗教にも気をつけるべきだし

もしご家族がガンになった時は怪しい代替医療お金を取られる危険性大の人なので気をつけてくださいっつーことです

少なくとも視聴者の俺の目線的には「あり得る」程度の肯定感はあるよそら。

納豆ダイエットに傾倒するババアみたいな肯定感ですね

おめでとうございます

2017-04-02

銃剣道報道に騙された」に騙されるな

銃剣道報道に騙された

http://anond.hatelabo.jp/20170401111105


絶賛拡散中の上記内容についていくつか


1.「銃剣道」は「旧指導要領から存在し、新指導要領でも残った」というのはガセ

上記ブログでは、

銃剣道」は9種目の一つなので、旧指導要領から存在し、新指導要領でも残った。

要するに元からあったもの残留の決定

とあるが、現行の学習指導要領中学校保健体育解説では下記のようにある

武道」については,従前どおり,「柔道」,「剣道」,「相撲」の中から選択して履修できるようにすることとした

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2011/01/21/1234912_009.pdf

また、

地域学校実態に応じて,なぎなたなどのその他の武道について も履修させることができる

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2011/01/21/1234912_009.pdf

ともある。実はこの記述で現学習指導要領で「銃剣道」を教えることも抜け道的に可能なのだ

(逆に言えば、正式学習指導要領に書き込むことで例外的ではなく、大手を振って「銃剣道」を教えられるともいえるだろう)

一応、「銃剣道」は「巻末参考資料」には「日本武道協議会加盟団体実施種目」として掲げられているが、

この種目の内容を行うようにという記載はない。あくまでも参考資料しかない


2.「武道日本武道協議会の種目」ではない

まず学習指導要領武道というのは、日本武道協議会という団体正式採用9種目そのまま

とあるが、別に学習指導要領の「武道日本武道協議会の種目」という規定はない

実際、政治的な背景から協議会の種目が採用されたのは推測に易しいがそれが既定路線であるような書きぶりはかなりのミスリードを誘う。

ちなみに日本武道協議会自体、各種団体の寄り集まりの連絡団体から、「正式採用種目」という表記も誤り。

これだとまるで日本武道協議会という権威日本武道としてふさわしい競技議論して採用したみたいな書き方になっている。


3.槍術を残したければ銃剣道ではなく槍術のものを残せばいい

スポーツ化された「銃剣道」と軍隊格闘術としての「銃剣格闘」は別物で、

日本では古来の槍術フランスから伝来した西洋式銃剣術と融合して銃剣道になってる。

槍術が廃れまくってるので文化としても銃剣道は残すべき。

この説明全日本銃剣道連盟がもとか

http://www.jukendo.info/jukendo-tankendo/jukendo

これは単純に論理破綻していて、槍術を残したければ銃剣道ではなく槍術のものを残せばいい、で片付いてしまう。

たとえば、空手中国南方武術が源流とされるが、

中国南方武術を残すために空手を普及しようなんて論理が成立するだろうか?


総括

これを「復活」「新たに追加」という見だし表現で報じるのは限りなくイメージ操作意図報道だと思う。

これのせいで騙された人間がすごく多い。

イメージ操作云々というか、事実誤認オルタナファクトを垂れ流している書き手行為自体がかなりまずい

事実確認もできていないし、論理破綻も甚だしいし・・・

なんというか、ひどいとしか言いようがない。騙してるのはあんただよとしか言えない


もしかして4月バカ・・・なのか?

2017-04-01

ブコメ元増田デマ扱いされてるが

現行指導要領に「明記」はされていないというだけ。銃剣道文字が出てこない!デマだ!てバカブコメに100以上のスターが付いてる様は、はてな民リテラシーを疑わざるを得ない。

朝日代表される新聞記事誘導性に比べたら微々たるものだよ。

まず承前として、

⑴現行指導要領では「柔道剣道相撲以外にも履修可能もの」として挙げられたその他の武道については、「なぎなたなど」として明記はされていなかった。

 (明記されていないという点では、空手道弓道合気道少林寺拳法銃剣道の5種目はすべて同じ)

⑵ところが「修正前の」改訂案では、その明記されていなかった6種目(空手道弓道合気道少林寺拳法なぎなた銃剣道)について、

 銃剣道を除く5種目のみが明記された(銃剣道競技人口の少なさを理由に落とされた)。

⑶そこへ来て右派の皆さんがパブコメなどを通じてやいのやいの言い、修正改訂案では銃剣道「も」明記されるに至った。

さて、朝日記事では、

中学武道銃剣道を追加 体育で「異性への関心」は残る:朝日新聞デジタル

http://www.asahi.com/articles/ASK3Z31FPK3ZUTIL005.html


本来、「中学武道銃剣道を『追加』」をタイトルにした記事であるから、主旨としては、

パブコメを踏まえた新改訂案では、『それら既出武道5種目に加え、一度は落とされた』銃剣道『も』追加された」とするしかないのだが、

中学武道に新たに「銃剣道」を加え、武道9種目を示した。


と、「⑵修正前の改訂案で、すでに銃剣道以外の5種目が明記されていること」を示唆するものが、すべて省かれている。

字数問題があるにせよ、わざととしか思えない。

記事全体を眺めても「修正前の改訂案がパブコメによって修正されましたよ」という内容であるから、「⑵修正前→⑶修正後」の比較こそが不可欠であるにも関わらず。

こうして当然のように、読者は「追加」された客体の、元の5種目の扱いがまったく分からず、

何もないところに、右派によって唐突銃剣道けが追加された印象を持ってしまった。

ブコメにも、⑴には銃剣道など明記されていない!新たに追加は間違ってない!増田デマだ!という書き込みが目立ったが、問題はそこではない。

⑵に触れていないのが問題なのだ

右派政権ですら一度は落とそうとした銃剣道が、さらなる右派運動で復活してしまった⑶が問題だというなら、

尚更⑵の報道が不可欠となるはずだ。


銃剣道の特異性は分かるが、おそらく今回の件は、⑴の武道必修化の問題を超えるものではないだろう。

いずれにしても、<⑴から見れば>明記されずにいたものが明記された、<⑵から見れば>一度は落とされたものが復活したという、

正確な報道がなされないことが最大の問題だ。

http://anond.hatelabo.jp/20170401111105

これはデマ事実誤認だが議論は深まるかも?

http://anond.hatelabo.jp/20170401111105

事実誤認があるが、変な方向の反応が多いのは同意。それが朝日のせいだと俺は思わないけど。

簡潔に言えば今回の改訂空手など5項目も新たに明記されており、当初案で銃剣道の項目が無かったのを銃剣道連盟が「不公平だ(意訳)」と反発(武道協議会加盟団体の中での不公平?)

したせいかはわからないけど、銃剣道指導要項に明記されたって話。

●まず、事実関係確認

中学の保健・体育指導要項

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/chu/hotai.htm

現行の学習指導を「銃剣道」で検索してなにも出てこない。

・また、銃剣道連盟が「銃剣道学習指導要項に明記して欲しい。」と要望書を出している

http://www.jukendo.info/wp-content/uploads/MX-4140FN_20170309_112723.pdf

よって増田の『「銃剣道」は9種目の一つなので、旧指導要領から存在し、新指導要領でも残った。』は間違い。明記されてるなら、明記するよう要望書なんか出さな

●もう少し細かい

・現行の学習指導要項における武道

今まで武道に関して 柔道剣道相撲、と例外として「なぎなたなどの武道

記載されてた

・次期 学習指導要項 改訂案(草案)での武道

http://www.jukendo.info/wp-content/uploads/MX-4140FN_20170309_112723.pdf

銃剣道連盟要望書を信じるなら、他の武道8項目が明記されたのに銃剣道は明記されてなかった(と読める)

・発表された次期学習指導要項

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/__icsFiles/afieldfile/2017/03/31/1383995_3_1.pdf

柔道剣道相撲空手道なぎなた弓道合気道少林寺拳法銃剣道などを通して』

とあり、銃剣道空手なぎなた弓道合気道少林寺拳法

など5項目と一緒になって指導要項に明記された。と

個人的見解

経緯を見ると、当初案で忘れらていたようにも見える「銃剣道」に大きな力が働いていたにしても、働くのに時間差があってウケるw

て感じ。

http://anond.hatelabo.jp/20170401111105

結局、教育としての武道って竹槍で飛行機落とす訓練と大差ない役立たず。

銃とかミサイルとかバズーカとかスティンガーとか撃たせろよ。

銃剣道報道に騙された

ウヨい爺の戦前懐古趣味暴走で、これから中高生が保健体育で銃剣道をやらされるのかと思った。

というか昨日の報道ブコメたらみんなそう思ったはず。

http://www.asahi.com/articles/ASK3Z31FPK3ZUTIL005.html

http://www.asahi.com/articles/ASK3063F4K30UTIL058.html

今朝調べたらインチキ報道だと判明したので

自戒のためにまとめておく。


中高生銃剣道をやらされるようになるんでしょ!?

まず学習指導要領武道というのは、日本武道協議会という団体正式採用9種目そのまま。

9種目とは「柔道剣道弓道相撲空手道合気道少林寺拳法なぎなた銃剣道」。

ご存知のように普通学校の保健体育で行われている武道はほぼ柔道のみ(お金からないしね)。

次点剣道柔道より危険性少なくていいと思うけど道具揃えるのが大変なんだろう)。

銃剣道教える学校なんか旧指導要領時代でも1校だけ。


「でもわざわざ復活させたってことは銃剣道を増やすつもりなんでしょう!?

今回の話は学習指導要領案で銃剣道のみ削除されかかったのがやっぱ残っただけの話。

銃剣道」は9種目の一つなので、旧指導要領から存在し、新指導要領でも残った。

要するに元からあったもの残留の決定。

これを「復活」「新たに追加」という見だし表現で報じるのは限りなくイメージ操作意図報道だと思う。

これのせいで騙された人間がすごく多い。

というか自分も昨日仕事中にスマホはてな見て騙されて適当ブコメを書いてしまった。


「そもそも銃剣道なんて武道でもスポーツでもない!まがまがしい!」

スポーツ化された「銃剣道」と軍隊格闘術としての「銃剣格闘」は別物で、

日本では古来の槍術フランスから伝来した西洋式銃剣術と融合して銃剣道になってる。

槍術が廃れまくってるので文化としても銃剣道は残すべき。

体育で教える必要特にないと思うが。

(そして現行でも授業で教えてる学校はほぼない)


どうでもいいトリビア

これを調べてるうちに拾った話で本旨と関係ないが誰かに話したくて書く。

銃剣って現代軍隊でも装備され使われてる。

英軍は今世紀に入ってから30回以上銃剣突撃実施してるという。

イラクアフガン銃剣つけた米兵普通に報道写真に見られる。

おそろしいおそろしい。戦争反対

でもいちいちせっこいイメージ操作報道するメディアはしね。

2017-03-31

銃剣道自体否定することはないけど、誰が教えるの?

はっきり言えば、銃剣道自体剣道柔道空手なんかと変わらないただのスポーツだ。

武道と言ったほうがいいのか。

今回、ネット銃剣道のものに対するネガティブコメントが増えたが、まあ殆どは……

人を殺す技術というのなら剣道柔道も当てはまる。

実戦で意味がないというのはもっと謎で、実戦とは何を想定しているのか。

銃剣道銃剣突撃練習などない。

日常のとっさの時に剣道柔道空手より役に立たないものでもない。

特殊剣道とみれば薙刀に近い。

と、いうわけで、それ自体を貶める必要はない。


しかし、学校で教えるのは無理があるだろうとも思う。

まず、教師経験者が皆無だろう。

どうも記事を読むと「選択体育の武道銃剣道を選んでもいいように項目を追加した」というようなことが書いてある。

また、「銃剣道が盛んな地域で」ともある。

どこにそんな地域があって、誰が選ぶのだ。

銃剣道はほぼ十割の競技者自衛隊関係者だ。

教員経験者は皆無だろ。

となると、指導法研究会が開催され、指導要領が整備され、かなりの人手が割かれることになる。

その上で、ほとんど選択されることがない。

なぜなら民間少年銃剣道部なんかないから。

学校は培った指導ノウハウと道具がそろっている昔からの種目を選びたいだろう。

ここで官僚主義弊害が発生する。

銃剣道を導入した人物面子問題』だ。

結構予算を投入して、人手も割いて鳴り物入りで導入した銃剣道が全国で採用ゼロとなれば、責任問題にもなるし、単純に裁可した人物は恥ずかしい。

ここで、各県教委に圧力がかかる。

ここで考えられるオーダーは次の通り。

『各県で少なくとも3校は銃剣道実施できるように推進すること』

実績次第で、様々な飴と鞭を用意して、どうにかそろえば全国で150校の実施となり、まあ顔は立つ。

そんな理由文科省現場担当教職側に多大な不満を植え付け、一部の人間は満足し、時間が流れれば忘れられるだろう。

ていうか、自衛隊学校以外で『盛んな地域』ってどこだよ。

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