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はてなキーワード: ソクラテスとは

2021-03-23

聞くは一時の恥だが聞かぬは一生の恥

それを実践したのがソクラテス

2021-03-17

anond:20210317192339

かの古代ギリシア哲学者プラトンレスラーとして名を馳せたと言うし、その師であるソクラテス従軍経験があったという

まり古代ギリシア哲学者は、哲学だけじゃなくて筋肉大事だってしっかり理解していたんだよな

2021-02-11

本が読みたい。逆ソクラテス読みたい。なんとなく私の勘が面白そうだって言ってるんだよ。

2021-01-29

倫理無視した法は形骸化するので、法をある程度倫理に沿わせる必要はある。

しか倫理を法に合わせる必要は無い。

ソクラテスから一歩も進歩していない愚鈍が多すぎる。

2020-11-18

anond:20201118095623

BLMとは関係なく、そういう「俺以外の人間バカで何も考えてない」みたいな態度まじでやめとけよ。

お前は、なんで、自分自分の頭で考えているって自信がそんなにあるんだよ。

何一つ自分で見た訳じゃなくて、誰かに聞いた話を繰り返しているのに?

 

ソクラテス先生はいいました。無知の知

俺は本当に自分の頭で考えているんだろうか? と疑ってるぐらいじゃないとやべーぞ。

2020-10-26

anond:20201026212616

満足した🐷より不満足なソクラテスでありたい派ですからなぁ😆

2020-10-06

anond:20201006011404

まれることはゼロじゃないだろうけど (実際、人類はさほど近親交配に抵抗がある種じゃないみたいだし)

無条件で認めることによって被る児童被害の方が圧倒的に大きいからじゃないですか?

 

少なくとも自分が反対する理由はそれ。そしてさほど特殊感覚ではないと思ってるよ

割とカジュアルに近親交配してきた割には大昔からダメって言ってるでしょ?多くの国で

人権が怪しい時代から家族性的対象にするのは人としてダメなヤツだったんじゃないですかね?

 

プラトン(紀元前427年 - 紀元前347年)の書いた、『饗宴』にも、

ソクラテス夜這いをかけたけど何もなかったよのシーンにこう書かれてますやん

自分の父または兄と一緒に寝たときと何の変わったこともなく、起きたのである (久保翻訳

 

 

別々に暮らしてお互いを兄妹と知らなかったのなら、それを証明出来るなら近親婚してもいいよ

 

あとセックスしないでも死なないぞ

2020-09-24

anond:20200924221738

正しいことは豊かであることよりも尊いと思うので、個人的には不満足なソクラテスでありたいと思う。

ただ、本当にその二択しかなく、その選択で多くの人の命が救われるならば竹内平蔵がでかい顔をしていることくらいは許容する。

初心者オススメ哲学書

哲学というと難解な用語と訳の分からないレトリックだらけの本をイメージする人が多いけどそんなこたぁない。なんならセンター試験の方がムズい、たぶん。

初心者といっても普段本を読まない人をここでは対象にする。本を読む人は偉いのでそのまま自分流に頑張って下さい。

まず、知識として学びたいなら哲学用語図鑑でいいと思う。パッと見れるし漫画チックだし。で、ここで気になった哲学者とかの本読めばいいいじゃん(完結)

で、それもめんどくせーという人間に向けて三冊。

パイドン-プラトン

やっぱりギリシャ哲学読まなきゃ始まらんでしょ!という方はこちら。対話形式で読めてプラトン流のソクラテスの考え(所謂イデアってやつ)が書かれてるぞ!でもやっぱりメノンの方がサッと読めるからメノンの方がいいかもしれんわ、選べ。

方法序説-デカルト

えっ、あの我思うゆえに我ありの本!?と思うであろう本書、デカルト自ら寓話だと思って読んでくれと言ってるので内容も難しくなく読めちゃう!なんてったって訳を除けば100頁もない!

共産党宣言-マルクス

おいお前マルクス主義者か?と思うのも待って欲しい。というのも第二次世界大戦後の哲学者というのは大抵は資本主義問題に直面せざるをえなくなっている。そこでやっぱりマルクスが与えた影響というのは大きすぎるわけで、重要古典でもあるわけです。だからこれからニューアカとか読んでみて~となるなら読んどくべきなんですなぁ。(いかんせん頁数が少ないのでいい)

と、紹介したけど結局は気になる哲学から読め。あと90分で分かる~とかそういうシリーズもいいとは思うけど原本も読むべき。まぁ、やっぱり頁数が少ないのは正義だよなぁ。

2020-09-04

人種差別は大嫌いだけど、銅像を倒すのって器物損壊罪じゃない?

ニュースを見ていると、そんな疑問が浮かぶのだけれど、いくら空気を読まない私だって、それを口に出す勇気はなかった。これは、そんな私が一冊の新書によって、正義のために物を破壊するのにも、道徳的理論根拠があるのかもしれない、と知った経緯だ。

増田正義

増田に入りびたっていると、世の中にはいろいろな立場があって、さまざまな正義があることがわかる。残念ながら、複数正義の間でぶつかり合いがあることもまれではない。表現の自由と見たくないものを見ない権利で、レスバトルが毎日のように起きている。あるいは、外国人移民権利尊重したら、女性安全をないがしろにしてしまったケースもある。2015年ケルン大晦日集団暴行事件なんかがその例だ。弱者をいたわろう、財産はみんなで公平に分けよう。そうした基本的原理では同意できるのに、個別のケースでは意見の一致が見られることはめったにない。工学部出身の私としては、実験すればすぐに答えの出る理系学問勝手が違い、社会の複雑さに戸惑うばかりであった。

正義への懐疑

そうするうちに、結局のところ正義根拠ってかなり曖昧でいい加減なんじゃないか、みたいなことを思うようになった。正義論理的根拠がわからなくなったのである。もともと正義についてはサンデル教授の本くらいしか読んだことがなく、哲学は専門外だ。

たとえば、大日本帝国中国北東部傀儡政権を作るのが悪だとすれば、アメリカイラクアフガニスタン空爆したり、親米政権樹立したりするのとどう違うのか。アメリカ中東派兵するのならあまり気にならないが、ロシアクリミア占領併合したときに動揺してしまったのはなぜなのか。本質的な違いはほとんどないのに。

日韓関係だってそうだ。たとえば、国家の間で解決済みであるはずの補償問題を、個人請求することは可能なのだろうか。それとも、個人権利が拡大する世界的な流れのなかでは、必ずしも不合理な話ではないのか。大統領が変われば民意が変わったことを意味するので、前政権約束反故にすることは許されるのか。

他にも、裁判員制度で、発達障害のある犯人に厳しい判決が下されたことがあるけれど、市民感覚医学最先端知識乖離していることも多い。専門家ではなく、偏見もある市民を本当に裁判に参加させていいのか、心配だ。

倒される銅像

で、直近の例で特に印象的だったのが、冒頭に述べたように、BLMで無残に引き倒される銅像だった。革命直後に独裁者の像が倒されるのには全く違和感がなく、それどころかほとんど何も感じない。しかし、歴史上の偉人がこうして再評価されるのを見ると、これは正しいのかどうか、よくわからなくなった。現代価値観からすれば、彼らの過ちは確かに明白だが、こうして公衆面前侮辱に近い目に合わせていいのか。法の不遡及原則、という聞きかじった知識を思い出してしまう。

道徳的には、人種差別絶対的な悪であるしかし、それに抗議する過程で必ずしも公共のものを壊す必要はないのではないか撤去を求める署名運動を起こせば十分なのではないだろうか。銅像破壊する意図は正しいが、間違いなく違法な行動だ。違法であるならば、BLM運動正当性に傷がつくのではないか。結局、正しさには根拠などやはり存在せず、その場の大衆熱狂しかないのではないか。そんな次々と浮かぶ懐疑に苦しめられた、反差別運動に対しての恐怖まで感じるようになってしまった。

書籍に救いを求める

そんな自分困惑しつつ、久々にリアル書店に足を運ぶと、「あぶない法哲学」という新書を見つけた。法哲学の本らしい。つまり、どうして法律道徳が正しいのかを理論的に分析する学問だ。

これだ! と私は膝を打った。私のもやもやはこれで解決するかもしれない。早速購入し、一気に読了した。著者はオタクらしく、ところどころ漫画アニメのたとえが出てくるのでわかりやすい。しかし、レベルを下げたり読者に媚びたりするようなことはしていない。そして、実在の事例や過激思考実験を見せることで、常識を疑ってかかることを、私に教えてくれた。

実証主義自然法論。法律根拠って何よ?

この本で学んだ重要概念として、法実証主義自然法論がある。

実証主義というのは、ざっくりまとめると、法律正当性を持つのは、定められた手続きに従っているからという理由しかなくて、そこに道徳的価値判断は介在しない、というものだ。そして、どれほど内容がおかし法律であっても、正当な手続き撤廃されない限りは、それは守られるべきものだ、とする。

もう一つの自然法論は、大まかにいえば議会で定めた法律よりも優先すべきルールがある、というものだ。さっきと違って道徳がかかわってくる。もちろん、人間良心常識は、時代地域で一貫したものではありえない。しかし、法律が追い付かないほど変化の激しい現代にあっては、法が整備されていない状態での一つの指針・根拠とすべきではないか、と著者は述べていた。

ここで大事なのは法律正当化するのは手続きのみであり、それが人道に則っているかどうかは、実は関係がない、という考え方が存在することだ。

で、ぶっちゃけた話、法律って守る必要ある?

ソクラテス最期はよく知られている。アテナイ若者堕落させたという不当な罪を着せられ、死刑となった。弟子たちはソクラテスに逃亡をすすめた。というか、当時は死刑判決を受けたらその都市国家から逃亡するのが当然だった。しかし、ソクラテスはあえてその判決に従った。悪法であろうともそれを守る義務がある。私はここで死ぬ悪法を制定した市民はその結果を引き受けよ。ソクラテスは命を賭して法を制定した市民たちに、自分たちがどれほど愚かな法律無自覚に作ってしまたか、を訴えたのである

一方で、市民不服従という考えもある。キング牧師アラバマでの激しい抗議活動のゆえに逮捕された。彼の方法は、多くの人々の抗議の模範となった。つまり自分良心ゆえに受け入れることのできない法律自覚的に破るが、国家尊重しているという姿勢を示すために、甘んじて法の罰も受ける。これを繰り返すことで、逮捕している国のほうがおかしいのでは? と多くの人が考え、行動するようになる。確かに法律を破ってはいるが、法律に従って罰を受けることで、遵法とは別の手段正義への敬意を示しているわけである

法律を守るだけが正義を貫く手段ではない。

この二つから導き出せること

道徳とは関係なく、法律を制定することは可能である。そして、不正法律や、放置された不正義に抗議する手段として、法律を破るという方法理論化されている。よって、違法手段正義を追求することは可能である。この結論は、良くも悪くも定められた手続きを重んじるタイプの私としては、非常に大きな驚きであった。

結論

人種差別に抗議する方法として、銅像を引き倒すのは、確かに器物損壊罪だ。しかし、それが正しいと考える人々は、単純な感情で動いている暴徒とは限らない。正しいかどうかはともかく、彼らの立場サポートする理論化された法哲学が、実際にあるのだ。

自分は、法学部一年生が学ぶことを、この年齢になってやっと知ったのだろう。だが、こうして知識が増えたことで、自分の感じていた違和感を少しだけ言語化できた。今後は、何らかの形で国際法とその背景の思想について学び、先ほどの例に挙げた、大国軍事行動の背後にある理論理解したい。

なお

本論では法律有効性に対して一定の疑問を投げかけているが、積極的法律を破ることを推奨する文章ではまったくない。また、法に関しては無知も同然なため、誤解があるかもしれない。ご指導ご鞭撻のほどを乞う。

2020-09-01

白井氏の件がまじウケるので書いておく

ユーミンに対するコメントをみてシンプルにひどい思ったし、敵側にはなんでもアリかよと憤りもした。

だが白井氏の以前のツイッター発言と今回のフェイスブック発言を並べて貼ったツイートを見つけ、「ああ、もっと深刻な、むしろレベル事態なんだな」と思ったので書いておく。

以前のツイッター発言とは要するに、「芸能人や熟知しない人でも政治的表明をしていいじゃないか」「人権に含まれる」「それを避難する人は軽蔑されて然るべき」という内容だ。探すと出てくると思う(以前の検察ときハッシュタグの時期のツイートだろう)

この直近数ヶ月のツイートは、今回のユーミンに対する発言と、あまりに真っ向から矛盾する。

ユーミン歌手だ。発言自体政治的発言といえるかも議論ある程度な踏み込んでいないものだ。しかし、「その者、死すべし。」といって憚らない白井氏が、人権尊重しいないこと・軽蔑されて然るべきことはもはや言を俟たない。

ただ、どうにも気持ち悪いのが、同一人格の中にこれが成立するということだ。どうにも不可なの解だ。言語表現生業としているにも関わらず、この矛盾となぜ共存できるのか。

ここまでいくと、単にブーメランというよりも、もう少し根深く低レイヤーで、もう少し低次元なことだなと気付かされる。

彼にとって、理念とか思想とかは、表層なのだ

もっとプリミティブに、言辞を弄して場を制圧すること(=マウンティング)にこそ向き合っているのだ。

から彼は理念の人ではない。赤旗への寄稿していた過去もあるようでどちらかといえば左派の人なんだろうが、そんなのは些細なことだ。

第一義的には彼は詭弁なのだ。つまりソクラテスに嘲り笑われたソフィストしかないのだ。

コンテクストを自らに定めることすらままならず、場当たり的な優越快楽にひたあるのみであれば、その者の語りは特段敬聴に値しない。

彼はさほど特別ではない。ソクラテス先生ウンザリするくらいにはギリシアに居たし、歴史は繰り返すので世界中に沢山のソフィストがいる。

居続ける存在から言論界の自浄作用が問われる。

ソクラテス先生を想起することでしか自らを律せないし、厳しく眼を光らせることでしか言論界からは遠ざけられない。

白井氏は干されるだろう。差別的であること以上に、社会への道義心もなく社会言辞を弄した点において。

2020-08-27

最近フェミニズム界隈にいる人

過激言論が注目されがちなフェミニスト界隈だけど、一枚岩ではないので本当に色んな人がいる。

十把一絡げに「フェミニストはこう!」と扱うにはあまりにも幅が出てきたので、ちょいとどんな人がいるのかまとめてみた。

 

・単純に理不尽が嫌な人

 基本的にこのタイプが一番多い。「人間性能力ではなく、女性というだけでまず足切りされる」といったような事に理不尽を感じ、「嫌だね、変えていきたいね」という感じの人達だ。

 男性だったとしても、「もし逆だったら」という仮定家事業などの女性優位の世界での差別から、「能力ではなく性別足切りされる」という問題を捉えることができる。

 フェミニストであるという自覚すらない人もいるので数が多いが、普通の考え方という認識をしているのであまり声がデカくない。

政治哲学実践としてフェミニズムをやっている人

 例としては「リベラリズムをやるからには、自由について考えなければならない。性別などよって自由制限されるのはどうなんだ。」

 という感じで思想としてフェミニズム領域も扱う、学者タイプの人だ。

 正義>善のリベラリストや、正義<善のコミュタリアリストなど、当然スタンスの違いが存在するので彼ら自体仲がいいわけではない。

・ひどい被害を受けすぎて憎しみだけになった人

 完全に被害者の人で、運や環境が最悪すぎてとにかく悪い男性に当たり続けた結果、「男性像」がそういう酷い人で固定されてしまい、男性を憎み倒している人だ。

 男性のありとあらゆる行動が加虐に転じる生活をしてきたので、男性の言うことを信用できるわけがない。不幸すぎるとしか言いようがない。理不尽の極みである

正義感に溺れちゃった人

 ラディカルで目立つタイプだ。

 思想実践の中、正義行使自己補完を繰り返して過激派になった人で、ラディカルなタイプの中では一番多い。

 明らかに議論批判不足のまま突っ走って思想を完成させてしまっており、枝葉末節にとらわれている人が多い。ソクラテスおっちゃんが言うとったけど具体例は本質ではないんよ。

偏見の補完として使っている人

 これもまたラディカルで目立つタイプだ。

 「生理的嫌悪感になんとか理由をつけたい」という感じで、目立つタイプの中ではまあまあ数が多い。

 「オタクキモい」とか「最近若いやつは…」みたいな言いたくてもちょっと言いづらい思想を持ってるところにこれまた便利な正義が舞い降りたという感じだ。

 どれだけしっかり反証されても「キモw」とか「進んでいない」で片付けるので、フェミニズムを通して平等をやりたいというよりは、単純に偏見持ちが便利な道具として使っているという感じ。

 

・最新のイケてる思想をやっている自分に酔っている人

 出羽守アクセサリー自分を語る人。

 「アクセサリー似合ってないっすね」とか「付け方間違ってますよ」と言うとプライドがズッタズタになるのでめちゃくちゃにキレてダルい

 善にしろ悪にしろ中身がなさすぎるのでこれ以上書くことがない。

 

どれか一つに所属するというよりは、必ずどれかを兼任している感じ。

2020-08-20

anond:20200820204626

クッソwwwwww

やってたやってたw ソクラテスは兎も角プラトンは…方式とか言ってたわ。

おめーそれバラしたら読書感想文粗製濫造で溢れるぞ。

2020-08-13

フラット化した世界へようこそ

『この割れ切った世界の片隅で』を読んだ。クソだった。主体性がない。思考停止だ。何が統計だ。

アレは与えられた自我だ。存在しない役を演じようとする愚者に違いない。良く言ってあの文章は何も変えられないし、下手をすれば誤ったメッセージになるだろう。

彼女の本当の仇打ち相手長崎にも東京にも求めるべきではない。

おめでとう。彼女(君)は偉大なるあの割れ世界の壁(境界)を踏破したのだ。あの誰も越えることの出来ないはずの地域差の壁、格差を。そして熱にうなされた君は他の都会の連中や馬鹿には見えない、触れも出来ないあの透明な壁を崩すことに躍起になっているのかもしれない。だが、本当はわかっているだろう。それは幻想だ。

Welcome to the flattened world.

あなたの好みの小学校生活はどれですか?

A. 「友達の家で朝から晩までゲームをする生活

B. 「刑務所友達を待つ生活

C. 「国連憲章を暗唱する生活

けんじゅうのほうが楽しいーー!!」とAを選んだあなたはきっと正解です。身の丈にあった生活を選びましょう。拳銃の方が楽しい人はBを選びましょう。大陸間弾道ミサイルを打ちたい方はCを選びましょう。

キトーな話は追いておいて、彼女格差象徴として提示たこの三つの世界は、フラット化した世界では同じ条件の同じ戦場であり、国連職員を目指す上でも本質的には何も違わない。

チャンスと試験場所に関わらず平等だ。そのことにどうして気づいていないのだろうか。そうした話をした上で世界社会ではないところに論点があることを示したい。

周囲のみなさま、お疲れ様です。

いびきの鳴り響く会場。眠りこけてよだれを垂らす隣のおじいさん。「誰も聞いていないだろう」と適当な話を繰り広げる講師。たった一人聞いている私。全てが嫌になって、アンケート評価項目すべてに1をつけてワンワン泣きながら外に飛び出した。』

『私のこの「別世界コンプレックス」の決定打となったHLABであった。HLABとは全国から集まる高校生が集まり寮生活体験するサマーキャンプだ。そのほぼ100%が有名私立高校出身である。』

全然学ばないのな。 いや、悲劇のヒロイン症候群やってるのか。よくもまぁそんなに無駄にできる時間があったものだ。よく調べれば事前にわかることで話は終わっているし、その機会をさら活用できなかった、しなかったのは君に執念、目的がなかったからだろう。

君の「周り」の人間はさぞかし大変だろう。君はいつも「周り」に大量の支援要求するくせに、君はツラくなる度「周り」や「身近」が悪いと君の全責任を被せ断罪する。救いの手を差し伸べたつもりのクラウドファンディング支援者も近いうちに全員断罪されるだろう。「どうして半端な希望なんて抱かせたの?」と。

挙句、「お前の成果はお前の努力の成果だと思うな。東京人間本屋電車、塾、ぜんぶがぜんぶに支えられてるたけだ」だと? なるほど、東京に来た君が断トツ最下位になるわけだ。他の奴等は他人の手じゃなく2本の足で支えられてるからな。

君が東京に来ても本屋電車も塾も君には手を貸さないだろう。東京人間が君とは異質なままだったように。長崎大学が君を見限ったように。君が同級生を見捨ててきたように。

そもそも世界は既にフラット化している。情報は誰でも大抵の情報無料で公開されており、ググれば出てくる。SNSを使えばどういうやつが、どういうことをしているか顔写真も見つかるしコンタクトも取れる。

フラット化した世界では東京長崎の間には境界情報格差存在しないと見なされているし、対等に競争しなくてはならないし、残酷だがそれが可能時代だ。可能である以上、これは魂の問題だ。

少なくとも東京の敵が長崎から討てる今、あなたの失敗を「周り」や地域格差帰着させるべき道理はない。

親の資本同級生社会階層を東京金持ち学校の生徒の持つそれと比べたときに有利不利は発生したかもしれないが、それも地域格差問題ではない。

情報が無いなんて甘えだ」とでも言うのか?

そうでしょ。それこそ『甘えwww』でしょ。スマホあんじゃん。学校パソコンあんじゃん。執着があったんでしょ。ならそれを実現する手段を探すなんて当然の行動じゃん。っで君も最初は当然の行動したじゃん。最初だけ。すぐに悲劇のヒロインぶって話を逸らしたけど。

君が現実逃避して望んだように、誰しもが受動的に機会や情報が与えられるようになった世界存在するならば、君はきっと英語地方大会予選落ちだろうし、君が見下していたクラス内ですら君は上位を取れなくなるかもしれない。

君が享受した意欲的な人限定教育リソースの配給量は減り、凡人間の差が消え帰国子女文化資本の持ち主だけが圧倒的優位を築くことになるかもしれない。まぁでも君がそれを望むなら、どうか人の邪魔にならない世界の片隅とかでそれを祈っていてくれ。

あと「人の努力環境のお陰で、帰国子女じゃない私の英語努力正義」ってよく言えたね。「格差言い訳思考停止してるの甘えwww」だし「クラウドファウンディングかめっちゃくちゃ甘えwww」だよ。

東京人間は君と違って地方予選の一回戦から格上との対決も避けられない。その状況下で上を目指すなり、優位性を見つけるなり、撤退するなり、貧困に落ちつくなり自身のあり方が規定される。残酷だね。

一方、半端な君は自分より出来る人間観光先に見つけては「アイツらは卑怯なだけ」と悪態を付いては逃げ出す。競争による規定から逸脱した上で、地元他人責任なすりつける。幸福だね。

他人競争するスタートに立ててないし、本当は参加資格もないよ。ヌルさが許容される土地に生まれたことを幸せに、そして誇りに思うべきなのに。

この袋小路の不幸は、君が自身のあり方を君自身決断する重要な機会を奪った、あの「国連職員」が招いたものだ。

不幸の種

国連職員の方に会った瞬間、涙が止まらなかった。こんなにちっぽけな自分に、雲の上の存在の方が目を合わせてくださっている。

頭を撫でてくださっている。その事実だけで嗚咽が止まらなかった。「遅くとも大学から、できるなら高校から海外に出たほうがいいよ。」その一言で、心は決まった。

はい、皆さん。これが不幸の種です。希少な現物です。高級品です。粉末にして牛乳に混ぜてコネクリまわすと国連憲章を暗唱する小学生とか作れます。地面に植えたら不幸の木が育ちます

これはただの社会的地位を悪用した生き方の押しつけだ。どうしてこんな酷いことを言うのだろう。中学校教師が生徒に「君の実家の都合は知らないし興味ないけど、高校アメリカ学校に進むと英語が得意になるよ。大学からでも良いよ。でもそれしか君の夢は叶わないから。」と言うだろうか。

国連職員は確かに海外生活問題なく送れる程度の語学力修士号必要だが、現実的方法として国内大学長期留学するか、成績取って海外大学院に進学すれば良いじゃん。

この国連職員フィリピン少年院訪問しても言えよ。『遅くとも大学から、できるなら高校から海外に出たほうがいいよ。』と。

東京まで行って参加したコンペに関して、受賞歴数バトルしてる世界観なら勝った数だけが大事だが、(もし)執着があったなら心の傷とか言って逃げてないで君は何もわからないなりに参加し続けるべきだったよね。

勝ち方は選べないが、負け方はそれなりに選べる。観光気分で参加した「なんとかチャレンジ」は負けれてよかったね、恥かけてよかったね。次はもっと本質的な醜く哀れな負け方ができたら良いね、そしたらそのうち勝負スタートに立てたかもね、だ。もう手遅れだが。

これで『私は運命の流れを変えた。』と自称しているのは非常に片腹痛い。君のその薄っぺら努力で変わる運命ってなんなんだよ。

鞭とわずかな餌で踊りを仕込まれた一匹の動物には、面白おかし運命の綱渡り芸くらい見せて欲しかった。それが派手に失敗して落下したなら滑稽だった。でも残念ながら差し込んだ光明にも目を背ける君の主体性植物未満だった。

これから格差の話をしよう

ヒッピーもどきには難しい話になるかもしれないが、「ある種の」格差是正の担保の仕組みとして公正性・透明性ってあるじゃんクラウドファウンディングって結構な歪みだよね。あれは君の大好きな格差社会が生み出した富める者の道楽だよ。

他人人生を、雲を挟んだ安全からラジコン操作する道楽より悪いのは相続税100%ではないことかもしれないし、ソクラテスの『国家』が未だ実現されていないことかも知れないし、共産主義革命が実現されてないことかもしれませんが。

クラウドファウンディング資金は、カンボジアの人跡未踏の山奥の誰にも見つからないところに井戸を掘ったり学校を建てるのに使うのがよい使い道なのではないでしょうか。

へぇ~、コロナは君にとって前向きに作用したんだ。そうなんだ、よかったね。「ふつう」の人はコロナ所為教育格差が広がって苦しんでるよ。

格差についてもっと言うなら、君が戦うべき、憎むべきは東京謙虚さの足りないあのおぞましい連中なのだろうか?

声なき声を上げても助けてもらえなかった「君の同級生」は君が主張するように社会当事者全員で憐むべき対象だったのだろうか?

どうして英語勉強してるの?

EFチャレンジという動画スピーチコンテストで何故か決勝に勝ち進み、東京へ母と向かった。

結果は惨敗だった。発音の悪さから能力を見限られたのか、審査員から質疑応答でも聞かれたのは"Why do you study English?"の1問だけだった。

"Why do you study English?" この質問が全てで、君にはそれ以上の質問必要ないだろう。っていうかこの質問はあまりに高尚すぎる、勿体ない問いだ。

それに君の周りの「ふつう」はこの質問まで辿りつかないらしいじゃないか。君はこの質問の答えを準備出来ていたのかい

英語民間試験大学受験必須英検受験料が皆払えると思ってるんですか? 思考力や文章力が重視される? 現代文得点が、触れる情報量の差から圧倒的に地方のほうが低いのをご存知ですか?

留学プログラム書類。今まで「自分アピールする」経験なんて一度もしたことない、本当にいちばん海外から遠い子たちは応募書類を書くのもままならないこと、知っていますか?

あなたが見ている社会は、本当に「社会」ですか?

大好きな統計を持ち出すなら長崎県の大学進学率は45%だ。50%未満だ。(クラウドファンディングを抜きにしても)君は君が所属していると思っている世界の分断の象徴になるのは本当は相応しくないのかもしれないし、君自身の「ふつう」のポジショニング見直し検討するべきではないだろうか。

君は格差問題当事者ではなく明確に加害者側だよね。

あなた社会を、本当に「見ています」か?

その分断の壁って本当に越えられないものなんですか?

その壁って誰もが越える必要があるものなんですか?

あなたに越えられてあなた同級生が越えられない程度の壁ってなんなんですか?

あなたが出来なかった理由は分断の壁のせいなんですか?

全ての原因は地方東京の壁のせいなんですか?

どうして平然と英語なんて学んでいられるの?

『どうせ地元英語先生をするくらいが限界なんだろうな』と思っていた。でも外国の『不条理のせいで牢獄に囚われている恵まれない子ども達のために、人生を捧げようと思った。』

しかし、周りのサポートのお陰で「大好きな人に囲まれてここまで来た自分」にアイデンティティを持てるようになった。ようやく、「未来自分の手の中にある」と思えるようになった。』

いや~流石、雲の上の存在から目をかけてもらえる人間はやっぱ違うわ。選択肢も目のつけどころも「ふつう」とは異なるんだね。きっと雲の上にいる自分自身の明るい未来けが想像出来ているのだろう。その格差から降って湧いたその貴重なお金で是非フィリピンジャニーズ少年とお友達になって来てほしい。

でも地元英語先生する方が私は向いてると思うよ。東京私立高の高層ブルジョアジーと戦う長崎自由の女神像を無理なく演じられているようだし、その役回りを続ければよいのではないでしょうか。

あの記事がそうだったように駄目な大人子供はそれで騙くらかせる。(ついで次世代呪い継承出来るかもしれない。)

まぁ君が見捨てようとしている君の地元、「世界の片隅」はその地方消滅まであと何年間猶予があるかは知りませんが。

かに地元に残るのが良くないのもわかる。きっと君はただの社会被害者で、君の言うところの「社会を創る」側に値しないのだ。これまでも「周り」の友人、「周り」の社会、「周り」の不条理すら変えられなかったのだから。 (そういう「運命ww」だったのだろう。可哀想に。)

ならば君は「選ばれし側に立つ、想像力が不足した遠くのご友人」とやらに一生祈り続けていれば良い。

ふつう」なんてわざわざ背負うものではない

「君」と二人称を使ったが、この文章に作者を中傷する目的はない。ただ、あの未熟な文章を読んで世の中をわかった気になってる大人が許せなかった。

人には人の執着、才覚、生まれがある。他人意見や「周り」にしばられる必要なんてないし、不平等な世の中ならば好き勝手に生きてなんぼだ。

「身の丈に合わせてもらえれば」この言葉が生まれる背景には、「社会を創る層」「そうでない層」の分断があるのではないでしょうか。

地元が恋しいなら君は「国連職員呪い」とジャニーズ男子を忘れて地元に残って「社会を創る層」になればよい。

そうでないなら、これまで周囲の不条理に目をつむり地元という鉄格子の中で暮らす人々の苦労に沈黙し続けてきた君は帰属意識も捨て、地元未来も見限って「そうでない層」として海外救世主を演じればよい。誰しも、お好きな方を「自由に」選んでよいのだから

ただそこに迂闊に何か大きな意味を背負おうとしてはいけない。君は日本不条理と戦う、清く正しき人口の半数を代表する「ふつうの」正義の味方ではない。

まず、そんな大層なものは背負う必要はない。それこそ誰の身の丈にも合わないものだ。奨学金という「ふつう」の努力競争を踏みにじって得たそのあぶく銭で自分のことだけ考えていればよい。

人口の大半が持つであろう「ふつう」の感覚があるというのはどうやら貴重だそうだ。

どれだけしつこくても、「この社会には分断がある」ことを主張していかいかぎり、分断は見えないもの扱いされるんだと思う。

そもそも何が大多数だ、何が日本の「ふつう」の感覚だ。東京圏に人口の三割が住んでいるんだぞ。三大都市圏で5割超だ。それに長崎佐世保も中核都市であり「ふつう」の田舎町ではない。

地方間の貧富格差改善より地方都市消滅が先で、情報格差インターネット活用すればネックにはならない時代だ。東京に住んでいれば、全員が英語を話せるようになる訳でもないし貧困都市にも存在する。

都市部で行われる資本投下による激しい教育リソースの奪い合いに敗北した先の安定した貧困に落ち着くより、地方ぬくぬく運良く進学校に進めたことを幸せだと思えないのだろうか。

君は大多数の代表ではないし、そもそも一体、何を代表するんだ?君がちゃらんぽらんな態度で東京に目を向け見放した、(端から見捨てていた)生まれから死ぬまで「ふつう」と日常(地元)の牢獄に縛りつけられる人達と君はもう既に別の視点価値観を有してるだろう。

君が「地方で苦労している大多数である私達を東京人間は憐め」「地方で苦労した私の努力を人は重んばかれ」と語るのははっきり言って不快だし、そんなのにシンパシー感じてる大人反省しろ。お前も「国連職員」、ラジコン観劇趣味かよ。

彼女に理性と人生を取り戻させてやれよ。あんなクソ以下のつまらない押しつけられた呪われた"社会的な"生き方を本当に演じるなら、祈祷室に籠って一生祈り続けるだけの方がまだマシだ。出て来ないで欲しい。

きっと彼女大学で学ぶ間に、悲劇のヒロイン役を辞めて自分自身と向きあえれば目が覚めるだろう。社会個人は違うのだ。覚められればよいが。

2020-08-10

完全に理解した」と「無知の知

無知の知」って、単体だと直観的じゃない言葉だけど、「完全に理解」した人が「まだ知るべきことがあった。やっぱり自分はまだ甘い」となることを「無知の知」と呼ぶんだったら凄く分かる言葉になると思う。

ということは、「無知の知」とは「完全に理解した」の次の段階のことだと定義した方が世の中の知性の向上に資するのではないだろうか?と思う。有用な展開であればソクラテスも許してくれる気がするのだが、どうだろうか。

この着想についての評価がどの程度されるべきかをエロい人に教えてほしい。

2020-07-26

ソクラテスの「悪法もまた法なり」の毒盃を仰ぐってやつを刑死って言うのはどうなの?

悪法に従わないための尊厳死じゃないの?

2020-07-25

anond:20200725053002

"ソクラテスが語ったとされる言葉にこのようなものがある。「ぜひ結婚しなさい。よい妻を持てば幸せになれる。悪い妻を持てば私のように哲学者になれる」。"

時間あるいは高頻度で接する物事の質は大事だと思うのよ。

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