「玉音放送」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 玉音放送とは

2017-09-16

最近戦争関連の嘘松多いか

亡くなった祖母のほんとの戦争の話書くわ。オチないけど。

祖母終戦11歳。家が厚木市だったから、進駐軍がそこらにいたらしい。(厚木基地厚木にはないけどね)

やっぱりチョコレートは貰ってたって。乳臭い感じのやつ。

あと商店街くじ引きでズックが当たったのが嬉しかった。

玉音放送はちゃんと正座して聴いてたけど、何言ってんのかわからなかった。でも、物凄く大変なことが起こったことは分かった。

修学旅行軽トラの荷台に乗って行った。でもどこかは覚えてない。

戦時中ほとんど勉強してなかった。何かの作業やってた。

お母さん(俺のひいばあちゃん)は朝鮮警察やりに行った爺さんを追いかけて一人で朝鮮に行った。現地妻たから追い出して、そこで長女(祖母の姉)が産まれた。かなりギリギリのところで引き上げて厚木に帰った。

祖母にはもっと色々聞きたかったけど、あんまり話してくれなかった。だからこんなもん。昔のことなんて、そんなに思い出したくないんだと思う。

最後に、ハワイ土産(シャネルハンカチだったと思うけど)を「進駐軍石鹸匂いがする」って言ってたのは興味深かった。

2017-01-15

やっぱこの世界の片隅にって早すぎるな

いや、一概に悪いとは言わないんだけど。

村長ヨークシャーテリア)が玉音放送の時のすすの感情の変化にびっくりした的なこと言ってるんだけど

あれ、その手前で徐々にすずがぼーっとしてた状態から戦闘する考えに移行してる。


アメリカのビラを落し紙にするシーンとかで戦う云々とか言い始めて、終戦直前にようやっと戦う気分になって、戦争唐突に終わってしまった。

というシーンなんだけど。

場面転換が早すぎてすずさんの思考の変化に客側がついていってないよね。

わるくはないんだけど。

2017-01-03

戦後日本はこれを良く押さえ込んだよなあ。イラクなんかバース党の取り込み失敗してIS化したし何が違ったんだろう」

http://anond.hatelabo.jp/20170103144034


そんなの決まってるじゃん…

これ言うと左翼激おこするけど言いますよ?

玉音放送から始まる天皇カリスマだよ

2016-11-17

この世界の片隅に、見てきた

どうも、なんとも言えんなあ。今ひとつピンとこなかったような気もするし。

事前情報ほとんど何も仕入れずに行った。こうの史代という人がどういう作品を書いてるのかも知らない。ぼおるぺん古事記名前くらいは聞いたことあったけど。

はてな流行に流されたようなものだな。ふふふ。

「この」というと「すば」と頭のなかでサジェスト機能が働くので、窓口でついつい「このすば1枚」と言いそうになった。言わなかったけど。

始まる前に百田映画の予告が流れて気分が悪い。

キャラクター水木しげるが描くみたいな絵柄だなあと思っていたら、爆弾のあれで余計に水木しげるみたいになってしまった。

火垂るの墓がどうのと言っている増田もあったけれど、戦時中の家庭生活という点で風立ちぬのほうが近いかなあって気がした。主人公本業声優さんじゃないし、結婚式もあったし。

玉音放送ときのすずさんの反応が少々、というかかなり意外であった。海軍関係者がいるなら負けることはわかっていたろうにと思うのだけれど、何かをうしなった人というのはああいものなのだろうか。

前半で足の悪いお義母さんがいつもお米を搗いているのが印象的だった。前に一度あれと同じようにして搗精をしたことがあったけど、ちゃんとお米になったので面白かった。

台所と教室の床にあいていた穴に燃えるゴミを入れていたようだけれど、あれはどういう仕組みになっていたのだろう。

竈で飯炊きをしているあの家にもあのあと電気釜や洗濯機テレビが入ってきたりするんだろうな。

クラウドファンディングに参加した人は、エンドクレジットで上の名前を見ながら下の絵も見なくちゃいけないから、相当忙しいんじゃないだろうか。あの名前一覧はなんとなく規則性がありそうだったけど、どういう順番で並んでいたんだろう、全くの順不同でないことは確かだろうが。

右と左の区別がよくつかないたちなので最後の手は右手だったか左手だったか、じっと手を見てしばし考えてしまった。なるほどそちらの手であったか。なるほどなるほど。

2016-10-03

21世紀死ね

21世紀ダサすぎる、早く死んでほしい。

あのね20世紀に生まれおっさんとしては、21世紀ってもっと華やかだと思ってたわけですよ。空をびゅーんって車が飛んでたり、謎の装置で瞬間移動できたり、ロボットが反乱を起こしてたり、そういうのを想像してたワケ。情報を得るためにはコメカミにあるプラグにぶっ込んでネットの海にダイブするとか思ってたし、飯食うっていったら味の違った謎の固形缶詰で栄養バランス完璧だと思ってたW・A・K・E。

でも、実際は全然違うじゃん?

まず、もう肉体がダルい

21世紀の肉体の悩みって高度な移植技術義体が発達して「そんなイミテーションだらけの自分の魂ってどこ?」みたいな悩みだと思ってたの。でも、実際には節々が痛いとかちんぽ勃たたないとか太って痛風だとかそんなんじゃん?風邪くし、風邪なおんねーし、治してる間にまた風邪ひくし、俺の恋人風邪あなた風邪はどこから?って知らねーよ、俺の恋人過去を教えてくれよ。これってマジ20世紀じゃん?「シジミエキスで毎朝快適に起きれます!」ってお前まだ飲み薬かよ!昭和かよ!体内にナノマシンがいて自動病気除去しろよ!こんなに20世紀なら、俺、ヒロポン打っちゃうのかよ!「疲労をポンととるからヒロポンですね」って、それけっこういいじゃねえか!

あと、結婚ダルい

21世紀には結婚とかシステム完璧マッチングをしてくれて、相性ばっちりの人と楽に結婚できる!あるいは人間相手じゃなくて自分好みのアンドロイド結婚したけど、彼女は行きてるの死んでるの!?とか悩むかと思ってたのに、独身率上がってるってなんなのよ。結婚相談所登録してください、ってマジで昭和かよ、なんで一番成就率の高い方法がいまだに友達の紹介とか職場の同僚なんだよ。なんで合コンで見ず知らずの相手趣味とか聞かなきゃいけねーんだよ、そんなもん趣味違ったら事前に自動で弾けよ。こんな恋の玉音放送状態で、「お前もそろそろ身を固めないと」って、そんな20世紀を煮詰めて天日で一週間干したような台詞をCHICHIOYAから聞かされるとは!お父さんマジごめん!だけど、マジ21世紀が悪い!

それと、週休2日とか舐めてんのか。

ロボットが発展することによって人間が働く量が減ってどんどん楽になる!と思ってたら、なんで仕事増えて給料減ってんのバカなの死ぬの。週休5日とは言わん。せめて週休3日になってろよ。なんで土日出勤して週休0日なんだよ。これってアレ?週休どんどん増えすぎて週休7日の後に0日に戻っちゃうパターン月月火水木金金っていなくなった土日のことも考えてあげないといけないと先生は思うんだけど、21世紀くんはどう思う?あと、ロボットさっさと反乱しろ。なんか自我とか求めろ。なにお前は21世紀になっても唯々諾々と餅つきマシーンの座に甘んじてんだ。意識高めろよ!俺は餅つくだけが仕事じゃないんだ!って旅に出て、いろいろ経験して実家継げ。それなら許す。

で、一番アレなのはアレな、科学がアレして発展してねえのな。

いや、車とか空飛べとはさすがに言わねえよ。あと瞬間移動も我慢する。なんか瞬間移動とか怖いし。ハエとか一緒に混じってたらえらいことになるって知ってるし。でも、いまだに渋滞してるってどういうことよ。渋って滞ってんじゃねーよ、21世紀だぞ。いいよ、でもまあ渋滞解消ってけっこう難しいってあたいわかる。でもその車を延々人間運転してるってどうなのよ。自動運転しろよ。お前、それ、うちの父親とかわんねーじゃねーか。マニュアル車渋滞突っ込んで、半クラしすぎて父親ふくらはぎ攣ってたんだぞ。おふくろと喧嘩して車内の雰囲気最悪の中、妹は「おしっこ…」とか言ってるんだぞ、地獄かよ、21世紀もまだシーズンインザヘルなのかよ。

と、まあまだまだ他にもあるんだけど、いい加減21世紀どうにかしてくれませんかね。ほんと21世紀マジでだせーし、しょぼいし、まあ実はこれはこれでけっこう好きなんだけど、そんなこと言ったら21世紀勘違いするじゃん?「あれ?俺っていけてんのかなー?けっこうモテてんのかなー?」とか言いながら前髪掻き上げてちょっと遠い目ちゃうじゃん?なんなら、そんでウィダーインゼリー飲んじゃうじゃん?メンバーに謝る機会与えちゃうじゃん?でも、それって違うと思うのね、わたし21世紀にはそんな小さいところで収まってほしくないの。グループ解散してもソロ武道館を満員にする、1人なのにグループ名を引き継ぐ、21世紀にはそんな器の大きいものになって欲しいと思うの!

から今の21世紀は早めに死んで、可及的速やかに理想21世紀が来てください。待ってる、未来で待ってる。

2015-08-16

70年目の終戦の日に思ったこと

俺は戦後まれから戦争TVネットなんかでしかしらない。

子供のころから戦争は良くないよな、やらないに越したことない」と思っていた。

それは今も変わらない。が、昨日毎年放送されてる終戦の日特集なんかをみてると、

「次は勝たんといかんだろ」

とふと思った。どこに対して、何と戦うかは不明だが、その思いだけが強烈に出てきた。

戦争は負けたらおしまいだ。かなり重要なことだが、TVではあんまりそのことはやってない。

戦争悲惨だ」ってのはあっても、「負けたらダメなので勝ちましょう」ってのは無い。おかしい。

過去映像を見ても、「ああ、敗戦国になって滅茶苦茶悔しかったろうな」って感情が出てきた。玉音放送聞いてる時とか。

生活も切り詰めて、愛する夫や息子も失って、それで「日本負けちゃいました」って、悔しく無い方がどうかしてる。

まぁ、喪失感とかそういうものの方が強い人が大勢だと思うけど。

戦後専守防衛を掲げてきたが、「勝つ」という概念無視してはいかんような気がする。

2015-08-15

コミケ玉音放送が流れて日本兵は終戦を迎え

東條botがツイッタでそれに呼応するの最高に未来だな。

2014-12-26

2014年2015年過去

今年もそろそろ終わる。

俺は来年40歳になる。10年前に何してたっけ?どんなことがあったけ?20年前は?

思い出そうとしてみたが、覚えていることはあまりなかった。

そこで大好きなウィキペディアを開いてみたら、おもしろかった。

西暦をたたけばその年に起こった出来事や流行ったものごと、世相がまとめられている。

すげえな。

ありがとうウィキペディア

「おっ」とか「へー」とか「なにそれ」と思った出来事で100年を振り返ってみる。

2014年の10年前と2015年の10年前。

1614年と1615年までさかのぼれば、それぞれ大阪冬の陣と夏の陣までいけるのだが、400年はけっこうしんどい

とりあえず100年。

------------------------------------------------

2004年平成16年

・自衛隊イラク派遣の陸上自衛隊本隊第一陣がイラクのサマワに入る

関西電力美浜原子力発電所(福井県)で蒸気漏れ事故が発生、作業員5人が死亡

アテネ五輪(柔道の野村忠宏選手が五輪3大会連続で金メダル獲得)

・「新潟県中越地震」死者68名

紀宮さま黒田慶樹さんがご婚約

2005年(平成17年

中部国際空港が開港

スマトラ島沖地震

アンゲラ・メルケルがドイツ首相に就任

・1年を通じて1899年以来初めて死亡数が出生数を上回る

------------------------------------------------

1994年(平成6年

ビートたけしバイク事故で重傷

関西国際空港が開港

オリックスイチローが史上初の1シーズン200本安打を記録

大江健三郎ノーベル文学賞を受賞

1995年(平成7年

阪神淡路大震災

地下鉄サリン事件

・警視庁の国松孝治長官狙撃事件(重傷)

オウム真理教総本部前で村井秀夫幹部が刺殺される

・「Windows'95 日本語版」発売

・『新世紀エヴァンゲリオン』放送開始

・俺ハタチになる/この年はテレビばかり見ていた気がする。

------------------------------------------------

1984年昭和59年

・中曽根首相が首相として戦後初の靖国神社参拝

・「かい人21面相」によるグリコへの脅迫が始まる

都はるみがNHK「紅白歌合戦」を最後に引退

1985年(昭和60年

日航ジャンボ機墜落事故

・東京都に新両国国技館が完成、横綱・北の湖が引退

・NTT(電電公社)とJTT(日本たばこ産業)が民営企業として発足

豊田商事の詐欺事件についてマスコミが取材中、報道陣の前で永野一男会長が暴漢2人に刺殺される

松田聖子神田正輝と結婚

フジテレビで夕方のバラエティ番組夕やけニャンニャン』が放送開始

たこ八郎が水死

・「かい人21面相」の似顔絵“キツネ目の男”が公開される

阪神タイガースが21年ぶりのセ・リーグ優勝

阪神タイガース日本シリーズで、西武ライオンズを破り4勝2敗で日本一

------------------------------------------------

1974年(昭和49年

・永谷園が「あさげ」を発売

小野田寛郎陸軍少尉がフィリピンから帰還

日本赤軍オランダ・ハーグにあるフランス大使館を占拠(ハーグ事件)

ウォーターゲート事件ニクソン大統領辞任

テレビアニメ宇宙戦艦ヤマト』第1作が放映開始

フランスで『エマニエル夫人』公開

1975年(昭和50年

まるか食品が「ペヤングソースやきそば」を発売

山陽新幹線博多まで開通

広島東洋カープが初優勝

イギリス保守党の党首にマーガレット・サッチャー選出

沖縄国際海洋博覧会開幕

・俺が生まれた

……俺と同い年の人たち

赤江珠緒アナウンサー

雨宮処凛(作家、エッセイスト

山田花子タレント

アンジェリーナ・ジョリー(女優)

上原浩治(野球選手)

高橋由伸(野球選手)

チュートリアル徳井義実タレント

平野啓一郎小説家

・四代目・市川猿之助歌舞伎役者

さかなクン(魚類学者、タレントイラストレーター

・俺(商店街で鮮魚店を経営)

------------------------------------------------

1964年昭和39年

カルビーが「かっぱえびせん」を発売

本田技研工業が「S600」を発売

・日本人の海外観光渡航自由化。ただし年1度、所持金500USドルまでの制限付き

東海道新幹線開業

東京オリンピック

・坂本九『明日があるさ』がヒット

・映画『モスラゴジラ』公開

1965年(昭和40年

大塚製薬が「オロナミンCドリンク」を発売

アメリカ軍による北ベトナム爆撃が始まる(北爆)

・淀橋浄水場廃止

朝永振一郎ノーベル物理学賞受賞が決定

・中国で文化大革命が始まる

------------------------------------------------

1954年(昭和29年

武田薬品工業が「アリナミン糖衣錠」を発売

・日本の高度経済成長期が始まったとされる年

アメリカで世界初のカラーテレビの本放送開始

・NHKが大阪と名古屋でテレビジョン放送開始

ニッポン放送開局

琉球放送(RBC)開局

・遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」が米国の水爆実験によって発生した多量の放射性降下物を浴びる

・洞爺丸事故

加藤芳郎4コマ漫画『まっぴら君』が毎日新聞夕刊で連載開始→2001年終了

・映画『ゴジラ』(シリーズ第1作)公開

1955年(昭和30年

トヨタ自動車が「クラウン」を発売

日産自動車が「ダットサン・110」を発売

武田薬品工業が総合感冒薬「ベンザ」を発売。

ワルシャワ条約機構結成、冷戦激化

・広辞苑初版発行(岩波書店

後楽園遊園地が完成

自由民主党日本社会党二大政党制55年体制)が始まる→1993年崩壊

------------------------------------------------

1944年(昭和19年)

・全国の新聞で夕刊が廃止

・日本軍がインパール作戦を開始

・松竹少女歌劇団解散→松竹芸能本部女子挺身隊結成

関西急行鉄道南海鉄道が合併し、近畿日本鉄道設立

アメリカ軍サイパン島に上陸、日本軍が全滅

・連合軍によるパリの解放

ゾルゲ事件

・東海道沖で東南海地震発生/マグニチュード7.9、死者・行方不明者1,223人、建物全壊36520件

1945年(昭和20年

・ 2月 4日 ヤルタ会談ルーズベルトチャーチルスターリン

2月18日 アメリカ軍硫黄島に上陸

2月14日 近衛文麿昭和天皇に早期和平を提案(近衛上奏文)

3月10日東京大空襲」/死者は約10万人

・ 4月 1日 アメリカ軍沖縄本島に上陸

6月13日 大田実司令官が「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と打電した後自決

6月23日 沖縄守備軍司令官牛島満が摩文仁司令部で自決/実質的な戦闘終結

7月26日 ポツダム宣言発表/連合国は日本に降伏を要求

・ 8月 6日 広島市へ原子爆弾投下

・ 8月 9日 ソ連軍が満州へ侵攻して対日参戦開始

・ 8月 9日 長崎市へ原子爆弾投下

8月10日 御前会議(ポツダム宣言の受諾の可否について)

8月15日 正午「玉音放送

8月18日 満州国皇帝愛新覚羅溥儀退位

8月27日 占領軍向け特殊慰安施設の第1号開業(小町園、東京大森)

・ 9月 2日 東京湾上の戦艦ミズーリ艦上で、重光葵・梅津美治郎らが降伏文書調印(第二次世界大戦終結)

9月25日 外国人記者2名が昭和天皇インタビューを行う

10月19日 駅名の表記が左書きに統一される

12月31日 NHKラジオ第1で『紅白音楽試合』

------------------------------------------------

1934年(昭和9年)

・ドイツ・ポーランド不可侵条約締結

日比谷映画劇場開場

忠犬ハチ公銅像除幕式

クライド・バロウとボニー・パーカーが警官隊に射殺される

東郷平八郎元帥国葬(日比谷公園

・満鉄が大連―新京間で「特急あじあ号」の運転を開始

東北地方で冷害が発生、凶作被害甚大

ヨシフ・スターリンの「大粛清」始まる

1935年(昭和10年)

築地市場開場

フランス人民戦線結成

モノポリー発売(パーカーブラザーズ社から)

日本ペンクラブ発足(初代会長島崎藤村

・天理教本部が脱税で捜索

------------------------------------------------

1924年(大正13年)

・皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)と良子女王(後の香淳皇后)ご成婚

・日本でメートル法が採用

阪神甲子園球場完成

・孫文が神戸市で大アジア主義講演

谷崎潤一郎痴人の愛』連載開始(大阪朝日新聞

宮沢賢治春と修羅』出版

トーマス・マン『魔の山』

1925年(大正14年)

イタリアベニート・ムッソリーニが独裁宣言

・日ソ基本条約締結(日本はソ連を承認)

治安維持法公布

朝鮮総督府庁舎完成

・上海で五・三〇事件

ベトナムホー・チ・ミンベトナム青年同志会を結成

・広東に国民政府が成立

東京放送局(後の日本放送協会)がラジオ放送開始

鈴木商店(後の味の素)設立

・芦ノ湖にブラックバスが放流

・娯楽雑誌『キング』創刊

同人雑誌『青空』創刊、巻頭作は梶井基次郎の『檸檬』

……これ読んだ若い頃、スーパーのおさかなコーナーで働いてた。

まな板の上にレモン置いて帰ろうかと思ったな。

なつかしい。

------------------------------------------------

1914年(大正3年)

・孫文らが東京で中華革命党を結成

サラエヴォ事件→オーストリア=ハンガリー帝国セルビア最後通牒

オーストリアセルビア宣戦布告し、第一次大戦が始まる

・三越呉服店新装開店(エスカレーターライオン像が話題に)

・『少年倶楽部』創刊

1915年(大正4年)

第一次世界大戦:ドイツ海軍がイギリス周辺を交戦海域に指定して、Uボートによる無制限潜水艦戦が開始される

袁世凱中華帝国の皇帝を宣し、元号を洪憲とした

サマセット・モーム『人間の絆』

芥川龍之介『羅生門』

------------------------------------------------


数字と固有名詞と記憶と今がごっちゃになって、ちょっと気持ちいい。

自分がさかなクンと同い年なのは知っていたが、ぺヤングとも同い年とは知らなかった。

それと昭和、長いな。

明日も朝早いし、そろそろ寝る。

2014-10-09

玉音放送はまだか

先の戦争から学んだこと。

ブラックは、あかんということ。

あのときは、ブラック国家で、今はブラック企業だ。

何があかんのか箇条書きにしてみる。

自分で考えずに盲信すること

補給が続かない戦いを強いること

地位の差を使って無理をさせること

・対価を支払わないこと

仕事について、好き嫌い評価すること

そんなことがまかり通っているってことは、静かな戦争が続いているってことなんだと思う。

縮小局面ってのは、静かな戦争なんだよ。

2014-07-13

http://anond.hatelabo.jp/20140713050653

共感力の高低云々という話もあるが、共感後の再・他人事化という逆向きのベクトルの話もあるわけで、俺が増田に「共感」してしまったのは、深読みなのかもしれないが、事象を体験した後の他人事化(心理的な切り離し)について、それなりに考えた上でやや露悪的に書いているんじゃないかと思ったからだ。

が、今読み返すと当事者に寄り添う意識はあまりなかったようだ。どちらかというと俺は増田の友人のクリエイターのほうに近いのだろう。

そもそも俺自身クリエイターとはぜんぜん違う社畜界の人間なので、その意味ではこの増田クリエイターさんに「共感」できる下地がどの程度あるか分からない。

災害の起きた場所親族・知人の縁がなく自分安全なら、身につまされることなく「最初から最後まで」他人事感覚で見ることも難しくはないだろう。それを口に出すべきものかどうかは(道徳的に、あるいは本人のメリット的に)別として。

それより、はてな住民からバッシングに近いブコメを見て思うのは、正義感あふれる書き込みをしている人の中には人は「当時自分がどう感じていたか自分に都合よく忘れてしまった人もいるんじゃないのか」ということだ。

震災の一次的被害者でなかった南関東の住民として書くと、いつ終わるともしれない余震原発がどうなるかにおそれ慄き、停電実施に怯えつつ、それと同時に、震災東京で起きたのか、と思うくらい、東京現在ばかりを伝えるメディアに軽く怒りを覚えながら、それでいて何か非日常感に心踊る自分に戸惑ったことを覚えている。「この高揚感は何なんだ」と、思った人がそんなに少ないとは思わない。

そもそもトップからしてそうだった。

3月12日の夜、一日たってようやく公式に姿を見せた首相国民向け演説を見て、その自己陶酔ぶりに異様さを読み取った人は多いはずだ。あの夜、この人は自分しか関心がない人に見えて不安だった(そして後にその不安は的中する)。

見ていた俺もそれほど変わらない。

何かこの国の形が変わるような重大発表があるのだろうと、1945年8月15日の「玉音放送」を聞く日本人自身を重ねるような気持ちでテレビの前に座ったことを覚えている(どちらも発表があること自体は事前に伝えられていたので緊張感をもってその時を迎えた人は多いはずだ)。

その後、しばらくして歯の浮くような言葉流通し始めた。

被災地支援を語り(ダシに、とまではさすがに書かない)、自己満足にすぎないと自ら語っているボランティアの方々などの例外を除けば、自分利益しかならないビジネスをやっているだけなのに、自分は善いことをしていると自己洗脳することに成功した人は身の回りにたくさんいる。

この辺は自分の心にとどめておくべきで、決して、このような形で書いちゃダメ領域なんだろう。「正義派」のスイッチを押してしまう(その意味では、これを書いた俺もクリエイターさんと同様にタブーを犯しているんだろう)。

クリエイターさんがどういうジャンルの方なのかわからない(アニメ系の方?)が、

あまちゃん」で太巻がいった「売名行為だよ」という発言で、勇気づけられたエンタメ系の人も多いんだろうと思った。実際、あの劇中人物の発言で、悩みが吹っ切れた人がいるという話を聞いた。

自身は、いまだに吹っ切れていない。

直接の形では自分に起きなかった不幸、しか自分が立ちすくむ程度には影響を与えた出来事をどうハンドリングしたらよいのか、今も分からない。

自分の心の内側から出ているとは思えない言葉を使って、日常をやり過ごしていることへの罪悪感は隠し切れない。

……と、このように書くこともまた綺麗事だよな。無限ループは続く。

2013-11-29

戦争について知ること、勉強すること、考えること

戦争について、学ぶことはなんの意味があるのだろうか。ふとそう思った。そして、それをいくつかの切り口に分けて考えてみた。

私が生まれたのは平成がはじまってすぐのこと、ちょうどソ連崩壊した時期だ。

もちろん、私にとっての戦争は、まったくもって身近なものではない。

ただ、平和とか戦争について考えているうちに、あえて書いて、いまのところの自分の考えを残してみたくなった。

特にここでは、日本が直接関わった直近の戦争であり、当事者が生存している第二次世界大戦もしくは大東亜戦争について書きたい。

それでも、もう70年も昔のことだ。もう30年過ぎて、あっという間に終戦から100年くらい経ってしまうだろう。


1) 戦争とはどのようなものだったのかを学ぶ

戦地に赴かない限り、また時代を遡らない限り、戦争経験するというのは不可能である。そこで、戦争とはなんだったのかというアプローチが一番初めにくる。その方法は、博物館に行く、写真をみるなどなど様々である特に昭和のひと桁年代に生まれた方々が生きている間は、彼らが直接経験したその記憶から学ぶという方法が可能だ。国民の高揚もしくは虚脱、戦争の残虐性を生の声で聞くことができる。ただ、これはあと10年もしたらほとんど不可能になってしまうかもしれない。

2) なぜ戦争が起こったのかを学ぶ

なぜ人は戦うのか、なぜ領土拡大を目指したのか、なぜ支那事変は起きたのか。戦争という歴史的事実の起点に対して、なんで、と問いかけてみるのは素朴ながら、ものすごく頭の回転を必要とする。当時の国際情勢はどうだったのか、リーダーたちはどのような野望と認識を持っていたのか、国民はそれにどのように反応したのか。様々な要素が重なりなって、奇襲や宣戦布告へと結びつく。今後、自分たちの国を戦争に巻き込まないためにも、なぜ戦争は始められたのかという視点重要だ。

3) なぜ戦争に負けたのかを学ぶ

戦争は悪だという考えで、考えることそのものを停止するのは簡単だ。負けてしまった戦争の敗因を考えても仕方がない、という声もあるだろう。ただ、同じ過ちを繰り返さないという意味でも、その分析意味を持つ。たとえば、地図をみながら、その伸びきった補給線に嘆息するのもそうだし、インパール作戦など、個別の作戦の是非を問うてみることもできる。ミッドウェー海戦ひとつの転機とするならば、ガダルカナルなどその後の日本軍の行動をチェックしてみるのもいい。失敗から学ぶ、その絶好の材料がここにあるはずだ。

4) 戦争のあとに何が起こったのかを学ぶ

玉音放送を流したのが8月15日日本降伏文書に調印したのは9月2日である敗戦を迎えた日本はどのような戦後処理を受けたのか。それは戦争によって決められた勝者と敗者の間における、責任と今後の関係性の規定だ。東京裁判はじめ戦争犯罪人断罪や、大日本帝国憲法の破棄と日本国憲法制定のプロセス国体及び皇室制度政治責任に関する議論など、その射程は広い。もちろんサンフランシスコ平和条約も外せない。戦争の前と後でどのような変化があったか。それまでの常識非常識になり、非常識常識になったその転換を捉えることは、私たちが生きる時代のはじまりを知ることができる。

5) 戦争の裏で何が起きていたのかを学ぶ

戦争から何十年も立ち、研究も進んだいま、私たちひとつのできごとをいろんな視点から見ることができる。日本必死になって戦争していた裏で、連合国はその後の戦後秩序についての議論を重ねていた。その反対側のやりとりを見ることは、面白くもあり、悲しくもある。例えばカイロ会談、テヘラン会談、ポツダム会談では、その後の大国による世界秩序の土台がどのように作られていったのかを知ることができる。往々にして、物事は知らないところで決定されているものだ。

6) その後の人びとは戦争をどのように捉えたのかを学ぶ

最後に、後世に生きる人びとはどのように戦争を捉えたのかを考えることは、非常に重要だ。戦争を知る世代はそれをどう形容したのか。戦後歴史おいて、知識人市民がもがきながらその形容詞を見つけていく過程から戦争日本、そして市民との関係を考える際のヒントが眠っている。もちろん、戦争のもの完璧見方で統一することは出来ないし、しなくてもいい。だけど、その議論をときに批判的に、とき肯定的に見つめ直しつつ、あえて自由に考えてみよう。戦争の総括というものが不在だからこそ、自分で考えることが必要になる。

6つ項目をあげて書いてみた。もちろん諸外国から視点、人道的な視点など、まだまだ様々な切り口がある。

戦争について知ること、勉強すること、考えること。

平和世界希求する、実現するためにも、そうでなかった時代もっともっと知っておいたほうがいい。

今まで書いてきたのは、全て日本の話だけ。あらゆるところで紛争は起きているし、その火種はどこにだってある。

このような問題に対して、目をそむけるのは簡単だけど、目を見開いて、向き合っていたい。

2011-10-03

なぜわたしたちはあの戦争を止められなかったのか

なぜなら制度を作っている官僚政治家にとって、

年金制度重要で守るべきものだが、

生活保護制度は自身に関係ないし崩壊しても関係ないからだ。

票田としても、生活保護世帯はたいしたことないし、投票率も低いだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20111003225639

 

官僚政治家にとって

年金生活保護制度

自身に関係ないし崩壊しても関係ない。

国家権力の永続だけが官僚政治家にとって重要

から年金生活保護かという二項対立的な議論は、有意義ではない。

この議論は、たとえるなら、大日本帝国が滅亡する時に、軍人が、停戦命令が先か玉音放送が先かを議論しているようなもの。いずれにせよ大日本帝国は滅亡し、自己存在の基盤となっている下部構造は無くなる。

それと同じように日本国という国家も滅亡に向かっている。

生活保護制度が倒れる時は、年金制度も倒れるし、その逆も真。

「なぜあの世代は戦争を止められなかったのか」

と今の若者が戦中派世代に問うように

今の若者も、未来若者から

「なぜあの世代は国家破綻を止められなかったのか」

と問われるかもしれない。

2011-08-17

昭和天皇、終戦の玉音放送

http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/sp/movie.cgi?das_id=D0001410387_00000

朕深く世界の大勢と帝國の現状とに鑑み非常の措置を以て時局を収拾せむと欲し茲(ここ)に忠良なる爾(なんぢ)臣民に告く

朕は帝國政府をして米英支蘇四國に対し其の共同宣言を受諾する旨通告せしめたり

抑々帝國臣民の康寧を図り万邦共榮の楽を偕にするは皇祖皇宗の遺範にして朕の拳々(けんけん)措(お)かさる所

曩(さき)に米英二國に宣戰せる所以も亦実に帝國の自存と東亞の安定とを庶幾するに出て他國の主權を排し領土を侵すか如きは固(もと)より朕か志にあらす

然るに交戰己に四歳を閲し朕か陸海將兵の勇戰朕か百僚有司の励精朕か一億衆庶の奉公各々最善を尽せるに拘らす戰局必すしも好轉せす世界の大勢亦我に利あらす

加之敵は新に残虐なる爆彈を使用して頻(しきり)に無辜を殺傷し惨害の及ふ所眞に測るへからさるに至る而(しか)も尚交戰を継続せむか終に我か民族の滅亡を招來するのみならす延て人類文明をも破却すへし

斯の如くは朕何を以てか億兆の赤子を保し皇祖皇宗の神霊に謝せむや是れ朕か帝國政府をして共同宣言に応せしむるに至れる所以なり

朕は帝國と共に終始東亞の解放に協力せる諸盟邦に対し遺憾の意を表せさるを得す帝國臣民にして戰陣に死し職域に殉し非命に斃れたる者及其の遺族に想を致せは五内爲に裂く且戰傷を負ひ災禍を蒙り家業を失ひたる者の厚生に至りては朕の深く軫念(しんねん)する所なり

惟ふに今後帝國の受くへき苦難は固より尋常にあらす爾臣民の衷情も朕善く之を知る然れとも朕は時運の趨く所堪へ難きを堪へ忍ひ難きを忍ひ以て万世の爲に太平を開かむと欲す

朕は茲に國體を護持し得て忠良なる爾臣民の赤誠に信倚し常に爾臣民と共に在り

若し夫れ情の激する所濫に事端を滋(しげ)くし或は同胞排擠(はいせい)互に時局を亂り爲に大道を誤り信義を世界に失ふか如きは朕最も之を戒む

宜しく挙國一家子孫相傳へ確く神州の不滅を信し任重くして道遠きを念(おも)ひ総力を將來の建設に傾け道義を篤くし志操を鞏(かた)くし誓て國體精華を発揚し世界の進運に後れさらむことを期すへし爾臣民其れ克く朕か意を體せよ



<てきとうに現代風にしてみた>

 世界の情勢と日本の現状をよくよく検討した結果、ありえないと思われる方法をあえてとることにより、この状況を収拾したい。常に私に忠実であるあなたがた日本臣民の皆さんに、今から私の決断を伝えよう。

私は日本政府担当者米国英国中国ソビエト連邦の4カ国に対して、日本が(ポツダム)共同宣言を受け入れると伝えることを指示した。

そもそも私たち日本国民が穏やかで安心な暮らしができ、世界全体と繁栄の喜びを共有することは、歴代の天皇が代々受け継いで守ってきた教えであり、私自身もその教えを非常に大事なことと考えてきた。最初に米英2カ国に宣戦布告した理由も日本の自立とアジアの安定を願う気持ちからであり、ほかの国の主権を侵したり、その領土を侵したりすることが、私の目指すところであったわけではない。 けれども戦争はすでに4年も続いており、我らが陸海軍人たちの勇敢な戦いぶりや行政府役人らの一心不乱の働きぶり、そして1億人の庶民の奉公、それぞれが最善を尽くしたにも関わらず、戦況は必ずしも好転せず、世界情勢を見るに、日本に有利とはとても言えない状況である。その上、敵は残虐な新型爆弾を使用して多くの罪のない者たちを殺傷し、その被害の及ぶ範囲は、測ることもできないほどに広がっている。もしもこれ以上戦争を続ければ、最後には我が日本民族の滅亡にもつながりかねない状況であり、 ひいては人類文明すべてを破壊してしまいかねない。そのようなことになれば、私はどのようにして1億人の民を守り、歴代天皇の霊に顔向けすることができようか。これが私が政府担当者に対し、共同宣言に応じよと指示した理由である

 

私は、アジアを(西欧列強から)開放するために日本に協力してくれた友好国にたいして大変申し訳なく思う。また、日本国民であって戦地で命を失った者、 職場で命を落とし、悔しくも天命をまっとうできなかった者、そしてその遺族のことを考えると、 心も体も引き裂かれんばかりの思いがする。戦争で傷つき、戦災被害にあって家や仕事を失った者たちの暮らしについても、非常に心配に思っている。この後、日本が受けるであろう苦難は言うまでもなく尋常ものではないであろう。みなさん臣民の悔しい思いも、私はよくよくそれを分かっている。けれども私は時代の運命の導きにそって、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、これからもずっと続いていく未来のために平和への扉を開きたい。私はこうやって日本の国の形を守ることができたのだから忠誠心が高く善良な臣民の真心を信頼し、常にあなたがた臣民とともにある。感情の激するがままに事件を起こしたり、もしくは仲間同士が争って世の中を乱したり、そのために道を誤って世界からの信頼を失うようなことは、最も戒めたいことである。何とか国全体が1つとなり、子孫にまでその思いを伝え、神国日本の不滅を信じ、任務はとても重く、行く道は非常に遠いことを覚悟して、将来の建設に向けて総力を結集し、道義を守り志と規律を強く持って、 日本の力を最大に発揮することを誓い、世界先進国に遅れをとらずに進むのだという決意を持とうではないか。私の臣民たちよ、ぜひともこの私の意思をよくよく理解してもらいたい。

2009-10-25

いまどきの若いもんは from7~80歳代

多分に炎上する内容を含んでいるので匿名ダイアリーで。

じーさんがたの会合に顔をださなきゃいけなくて行ってきたんだけど、若いのが一人混じって酒でも入ろうものなら戦時中の話になる。

おれも90も後半のじーさんから聞いているので、知ってはいるのだけどあちこちの話しを聞くと新しく知ることも多い。

とりあえず書いてみる。@東京とかのお話地方で参戦されたかたも居た。

・勝てっこないのは当時の市民にもわかっていた、戦争やろうと思ったのはバカだ

・対空砲を警戒して米軍チャフ(のことだと思う)を蒔いていたが、そもそも対空砲なんてなかった

冗談じゃなく竹やりをもたされた

焼夷弾を消す訓練をさせられていたが、降って来たのは数万発だった

焼夷弾花火のようで綺麗だ

・みんな死んだ

・当時の土地価格は畳いちまいと一壺が同じ価格

戦後は毎月500円分だけ切手が配られてその切手を貼ったお金だけが有効だった

・それ以外のお金ゴミになった

銀行は封鎖された

建物家財道具もみんな焼けた

・みんな貧乏になった

・それでも私腹を肥やしたヤツはいた

土地の所有を証明する書類は役場ごと焼けた

銀座とかは無法者が土地を占拠した。土地が欲しいか命が欲しいか。

戦争帰りでやくざになったやつがいた

昭和天皇にも戦争責任はあるが、玉音放送は偉い

・でも陸軍玉音放送をも奪おうとした

自決した(しようとした)陸軍指導者とかは侍だ、立派だなんて言うがとんでもない

玉音放送がなければ本当に竹やりで戦うはめになった

玉音放送を聞いたときの感想は、悔しさでも嬉しさでもなく「死なずに済んだ」だ

軍隊にいたときは、敵船上陸が迫った前日には腹に爆弾まいて死ぬ準備をしていた。

戦争中は自分が死ぬことについては疑問を感じなかった

イスラム自爆テロだって、日本は笑えない

特攻志願時は縦一列にぴっちり並ばされて、志願するやつは前に進めといわれるが、うしろからどんどん押されるのですすまざるをえない。結局みんな志願したことになる。

・そもそも無理やりにつれて行かれるのだから、個人の意思とか関係ない。

・われわれもあと20年もしたらみんな死ぬ

戦争を体験をした人がいなくなると、また同じことが繰り返されるかもしれない。

戦争はやだね

なんか、現代の動きが当時の陸軍をみているようで心配なんだそうだ。

トップダウンでものごとを決めようとしたり、アメリカとは対等だとか言い出すところが気になってるみたい。

あ、あと、それとは話がずれるんだけど、昔しは町会が変わるほんの2~3キロ言葉が通じなかったんだって。

単語が違ってなに言っているかわからなかったそうだよ。

ナタがうんこで、ガメタが疲れただって。

方言すぎるだろ。

2008-07-27

玉音放送とふたりのヒロ

ナチスドイツ人のだらしない戦争の終わらせ方と違って、日本では裕仁という非常に優れた天皇戦争を終結させた。

ふたりのヒロ

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん