「医学校」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 医学校とは

2018-08-28

朝日新聞野球害毒論

新渡戸稲造 第一高等学校校長(連載1回目)

野球という遊戯は悪くいえば巾着切りの遊戯、対手を常にペテンに掛けよう、計略に陥れよう、ベースを盗もうなどと眼を四方八方に配り神経を鋭くしてやる遊びである。ゆえに米人には適するが、英人やドイツ人には決してできない。野球は賤技なり、剛勇の気なし」

川田正澂 府立第一中学校校長(連載2回目)

野球弊害四ヵ条。一、学生の大切な時間を浪費せしめる。二、疲労の結果勉強を怠る。三、慰労会などの名目の下に牛肉屋、西洋料理等へ上がって堕落の方へ近づいていく。四、体育としても野球は不完全なもので、主に右手で球を投げ、右手に力を入れて球を打つが故に右手のみ発達する」

乃木希典 学習院

「対外試合のごとき勝負に熱中したり、余り長い時間を費やすなど弊害を伴う」

金子魁一 東京大学医科整形医局

「連日の疲労は堆積し、一校の名誉の為に是非勝たなければならぬと云う重い責任の感が日夜選手の脳を圧迫し甚だしく頭に影響するは看易い理である

磯部検三 日本医学校幹事

あんなにまでして(ここでは渡米試合のことを指す)野球をやらなければ教育ができぬというなれば、早稲田慶應義塾はぶっつぶして政府請願し、適当なる教育機関を起こして貰うがいい」「早稲田慶應野球万能論のごときは、あたかも妓夫や楼主が廃娼論に反対するがごときもので一顧の価値がない」

松見文平 順天中学校校長

「手の甲へ強い球を受けるため、その振動が脳に伝わって脳の作用を遅鈍にさせる」

2018-08-03

女子医大においでよ

東京医大の件、医学部志望者の中では女子に厳しいとか、多浪に不利と言われていた大学はあったので、そこまで驚きには値しなかった。まさかこういった形で明らかになるとは思っていなかったが。

公正だと思っていたペーパーテストの一次試験の時点で結果に手が加わっていたのは残念だ。面接小論文評価する二次試験では、受験生属性に応じて点数を調整することはあると思っていたが。

私は東京女子医大に通っている。

今まで、女性でも医学部に入り、医師になることが当たり前な時代に、女子医大存在意義疑念を感じていた。そもそも女子医志望ではなかったが、浪人なんてするよりは…という不本意入学だったからというコンプレックスも多分にあったからだけど。

しかし、今日ニュースを知って女子医大には今でも社会役割はあると思った。

これからは、あんまり女子医のことをdisりすぎないようにしたい。

女子医が建学された理由は、創設者卒業した医学校が風紀紊乱を招くとして女子入学を禁じたことがきっかである。その頃からもう100年以上が経つが、あんまり変わらないんだなあ。

2018-07-14

anond:20180714113453

なにか問題でも?

(1)外国医学校卒業し、又は外国医師免許を得た者であって、厚生労働大臣適当認定したもの 詳細はこちらへ

(2)旧中等学校令(昭和18年勅令第36号)による中等学校卒業者又は旧専門学校入学者検定規程(大正13年文部省令第22号)により専門学校入学資格を有するものとして検定された者以上の程度を入学資格とする修業年限3年以上の医学の教習を目的とする学校(医師法第11条第1号及び第43条の規定による大学及び専門学校を除く。)を卒業した者

(3)昭和20年8月15日以前に、朝鮮総督台湾総督樺太庁長官南洋庁長官若しくは満洲国駐剳(さつ)特命全権大使医師免許を受け、又は領事官の医業免許を受けた日本国民

(4)昭和20年8月15日以前に、朝鮮総督の行った医師試験の第1部試験合格し、又は満洲国の行った医師考試の第1部考試に及格した者

(5)沖縄の復帰に伴う厚生省関係法令適用特別措置等に関する政令(昭和47年政令108号)第17条第1項の規定により医師法の規定による医師免許を受けたものとみなされる者であって、厚生労働大臣認定したもの

2017-09-13

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.buzzfeed.com/jp/seiichirokuchiki/kenkobon-04

これは教科書と同じでな、社会科学分野(特に歴史学)でデマが横行してから自然科学分野でもデマが横行するパティーンなんだわ。実は歴史修正主義がこうしたデマの元締めでなw

歴史修正主義批判する人間歴史修正する事例というよりは歴史修正主義批判の持ち上げすぎなんだろうが、単純に歴史的事実に反する。

そもそも人類科学ベース医療をするのが当たり前になったのは1910年にフレクスナーレポート1910年に当時有名な教育者として知られていたアブラハム・フレクスナーとカーネギー財団が、医学部教育レベル独自基準を作り全国の大学が満たしているかどうかを調査したもの)によって医療標準化がはじまって以降の話である。それまでアメリカには155の医学校があったが1920年には85にまで淘汰された。廃校に追いやられた学校ほとんどが、薬の投与によって病気を治すのではなく、カウンセリングなどによって治す代替治療を行う学校だった。

インチキ医療に対する批判はそれ以前からあって、アメリカ医師会設立から 2 年後の 1849 年にインチキ療法やインチキ薬について調査する委員会 を開設している。1906 年にはアメリカ連邦議会に強く働きかけ、粗悪な食品医療品を取り締まるための初の連邦法、純正食品医療品法を可決させた。1913年にはアメリカ医師会宣伝局が設置され、インチキ医療について調査を本格化させている。

1952年出版マーティンガードナーの「奇妙な論理」によると、アメリカでは1920年代には新聞エキセントリック科学話題が大変もてはやされたことがあった。記述をそのまま引くと『日刊新聞のあちこちに、巨大なウミヘビに関する根拠のない報告や、古代建築物の土台石の中に生きて発見されたカエル、金歯を通してラジオを聞くことのできる人などと言った物語が見られた。』それに対してアメリカ医師会インチキ医療に反対するキャンペーンを展開し、同僚の適切なチェックを受けていない研究解説公表した会員を懲罰した。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん