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2017-06-24

和を以て貴しとなす

https://anond.hatelabo.jp/20170624022831

古き良き日本ですな

日本的精神日本人の大多数に染み込んでいるということですかね

はてなーインテリとは思わなかったが、

2.昨今の底辺ガキの使う「批判」の意味

にはなるほどと感心した。

言葉の使い方が違うから永遠に理解できないのだな

だが、今井絵理子共感する若者子育て世代はたくさんいる、と。

2017-06-18

海外では絶対受けないと思ってたんだけど

夜明けを告げるルーのうた。これはもう発表された段階で海外視野は見えていた。

多分日本では厳しいが、きっと海外とくにヨーロッパ圏では受けるだろうなと。ただし脚本に一抹の不安はあったが杞憂だったようだ。

エイプリルフール公式利用されたうえにちょっと滑ってしまったルー大柴も喜んでいるだろう。

ただしやはり日本での評価は厳しくなると思う。どんな世界映画でも国内国外評価は分かれるものだ。その国の気質があるのだから邦画に限ったことではない。

結果的湯浅監督次回作が見られる(しか予算あがる)ということだけで嬉しいものがある。

驚いたのが「この世界の片隅に」で、エンタメ色はあるといえばあると思うが無いと言えば無いし、日本の歴史にある程度精通してないと理解できない部分も多い。

今回の公式上映中も「盛り上がるクライマックスはどこ?」という質問監督に飛んでいた。(国内外アニメファンがその質問同意したり失笑していたが、エンドロールだと監督は答えていた)

あとWW2の日本映画というのも不利だ。

例えば「火垂るの墓」なんかは国外アニメファンジブリブランドも手伝って多くの人が見ているらしいのだが

海外評価されたかというと、時代もあるが一部の無名賞でしか評価されていない。

出来が気に入らなかったのか、といえば多分違っており、昨今では見ておくべきアニメ映画の一つとして海外に広がっている。

これはなにを意味するかというと「賞を与えるべきでは無い」という心理があるからだ。

実際「この世界の片隅に」もアジアからの反応は複雑なものが時折見受けられている。どこまで理解しているのかは謎だが、のんさん効果映画祭りには呼ばれているようだ(のんさんアジア人気あるわ)

が、しかし今回のアヌシーでは発表前の予想段階からレビューサイトの点数を見ても有力候補だった。(ゴッホアニメとの競合。多分ルーは観客賞の雰囲気だったが、これはサプライズ

次点という扱いだが審査員賞というと百日紅もとっているので、国外に出ると知識を持ったちょっとインテリ向けなのは否定しないし

オープニング作品にも選ばれていたので、審査員に本作激押しの人が居たのかもしれないと睨んでいるのだが

個人的サプライズだった。日本的であり日本人が好んだストーリー極右極左は嫌ってたの笑ったが)であまりにも日本人が辛いだけの映画

外国人に届く。というのは、作品構成だったり熱意だったり出来だったりが良かったのは間違いないし

火垂るの墓以降20数年経って、「日本」の印象が少し変わっているというのも分かる。

アニメだけではなく、実写も舞台も本も漫画も、この先きっともっと自由に作って海外の人に届く日が来るのかもしれない。

この世界の片隅にはこのあとそのままLA映画祭に行くようだけど(監督スケジュールめちゃくちゃ大変だな?)

断言しよう。ギブミーチョコレート批判があるから受賞しない!

2017-06-10

決められない人

就活内定を二つもらったが、あまりにも企業風土真逆で決められない。事業領域ほとんど被っている。

ばんばん仕事して稼いで成長していくが雇用安定性は低い(いわゆる外資系)方か、終身雇用年功序列休みはほどほどに取れてほどほどに仕事する方か。

なにがやりたいのかによると言われるけど、別にどちらでも順応できるだろうしなぁ。決め手に欠ける。

前者はそもそもついていけるか、常に競争するプレッシャーを心地よいと思えるかどうかが未知数。

後者は、堅い日本的企業って、体質変化させなくても今後何十年と生き抜いていけるものなのかしら。変わっていくつもりもなさそうだし。などと考え、後者は将来性が不安

困った。

2017-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20170606102015

任天堂ってジェンダー的な取り組みにも遅れてることがホッテントリでも時折上がるくらいには度々批判されてる、良くも悪くも古き良き日本的ネトウヨ好みの企業っぽいのに

2017-05-24

何で白人日本人茶髪にあれこれ言うのか

美しいストレート黒髪のままがいいのにとかヤイヤイ言ってるのをたまに見るが、ヒラリーパリス・ヒルトンデーブ・スペクターマリリン・モンロー等々金髪に染めている有名人は数多く、そもそも大人になっても自前で金髪ほとんど居ないとかで白人の方が高頻度で髪を染めている。

白人の毛染めは信頼を得るためだったりファッションだったりで社会人でもごく自然に受け入れられている。

では何故日本人茶髪には反発するのか。

それは多分白人自意識過剰からではなかろうか。

例えばアニメキャラを見たら日本人の作るアニメは何故白人的特徴のキャラばかりなのかと疑問を持つらしいが、私からしたら鼻が低く顔が平たい日本風キャラ白人的な顔をしているようには見えない。

宇宙人的な顔の方が近い気がする。

白人イメージする日本人的なデザインムーランのような黒髪ストレートで肌が黒く目が小さく釣り目一重まぶた、そんなステレオタイプ以外は全て白人に見えるようだ。

そして日本人白人に憧れているか日本的な特徴ではなく白人的なキャラを作っているのだと勘違いしているらしい。

日本人はくせ毛も二重瞼もたれ目も多いしそこまで肌は黒くないが白人には日本人多様性は解らない。

日本人からしたらムーランステイシーヒラノのような顔がお前達の顔だと言われても全くしっくり来ない。

多分茶髪に反発するのも、俺達白人に憧れて日本人らしさを捨てている見苦しい人種だと勘違いしているからだと思う。

しか日本人アニメキャラも髪の毛も白人はさほど意識してない、自分達がいいと思うように自由にやっているだけだ。

白人に混ざっている他人種はその人種らしさのステレオタイプにはまらなければ白人コンプレックスを持っていると馬鹿にされるが、日本ではそうではないだけなのだ

そもそも白人の思う日本らしさは中国イメージごっちゃなあやふやな物だし、白人は髪の色やキャラ造形等々で自由に出来るけどアジア人ステレオタイプアジア人らしくしろよーと言うのは傲慢だ。

2017-05-21

日本型大企業上級ソフトウェア技術者がいない理由

日本型大企業の多くは、その中に構造矛盾を抱えていることが多い。

例えば職位ピラミッドいびつだったり、評価が建前主義だったり、ものすごく非生産的だったり。

そうしたものは、日本的価値観で非常に大人数を組織するための必要悪かもしれない。

ところで、ソフトウェア世界では、コーディングより重要概念として、「構造」がある。

ソフトウェア構造は直接眼には見えないが、要は「目的効率よく達成する要素の成り立ち/仕組み」のことだ。

構造を考える作業設計と呼ばれる。また、特にプロダクトの骨格となる構造アーキテクチャといい、それを作る人をアーキテクトという。

構造特にアーキテクチャが良くないと、そのプロダクトの構築に多大な困難が発生する。崩れた基礎の上に家を建てるようなものだ。

からソフトウェア技術者世界ではコーディングよりも構造を考えることを大切にしているし、必要とされている。


ここでタイトルに立ち返ってまとめると、次のように言える。

まり大企業というものは、「その組織的構造アーキテクチャ」に問題が多いのである

そして、ここで仕事をする設計者/アーキテクトは、常に改善見込みのない歪な環境に身を置くことになる。

構造」の把握・改善を得意とする人間は、歪んだ構造に居続けると精神的苦痛を受ける。優秀であれば優秀であるほど。

そうして、日本型大企業からは、優秀な設計者/アーキテクトが去って行く。

残れるものは、例外なく「ある特定の側面にしか着目できない程度」の技術者しかない。

2017-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20170512145328

日本飲酒運転に厳しすぎる。

呼気中アルコール濃度0.15mg/リットル以上という基準があるのに、一滴でも飲んでいたらアウトな風潮はどうにかならないものか。

料理にもアルコールは使われているし、アルコールが含まれている消毒液などに触れても皮膚を通して体内に少しは取り込まれると思うけど、それはOKなのか。

ちなみにアメリカは血中アルコール濃度0.08%以上が法律違反となるが、それ未満なら何も問題ないし(車社会ということもあるが)みんな飲んでも運転している。

血中アルコール濃度0.08%というのは呼気中アルコール濃度でいうと0.40mg/リットルで、日本の酒酔い運転基準0.25mg/リットルはるかに超える(日本なら免許取り消しだ)。

その代わり、アメリカでは酷く酔っ払っていると判断されると警察に捕まり留置所送りになる。血中アルコール濃度など関係なく、正常な判断ができなくなっていると判定されると飲酒運転だし、歩いているだけでも違法だ。

日本でも警察が認めれば酒酔い運転とすることはできるようだが、現実的には呼気中アルコール濃度が基準を超えている必要がある。いかにも日本的お役所仕事(世間の風潮も含めて)といった感がある。

2017-05-12

痴漢線路から逃亡するのは最適解

冤罪にせよ、本当に痴漢したにせよ、女性に「触りましたよね?」と言われて駅に降ろされた場合、スキを見て線路から逃げるのは最適解である

理由は2つ。

1:線路からの逃亡は、追いかけられにくいし安全

駅構内を走って逃亡する場合、周囲の男性客や駅員に捕獲されるリスクが大きい。

また東京近辺の場合駅構内は非常に混雑しており、逃げようにも上手く逃げられないだろう。

さらに走って他人にぶつかって怪我をさせれば、取り返しのつかない事になる。

階段でぶつかって人を殺めてしまえば、最悪、傷害致死罪に問われるだろう。

一方、線路からの逃亡なら、逃亡成功率は飛躍的にアップする。

駅員は職業上、線路に立ち入ることは出来ない。

自身が遅延の原因になってしまうし、たとえ正義から行った行動であっても上層部から絞られることは間違いない。

駅員というのは保守的である日勤教育というものがあるように、規則絶対

日本的組織なので、がんじがらめだ。

規則を破ってまで個人的正義を貫けるほど自由ではない。

よって駅員はおってこない。それよりも安全確保を優先する(そうすれば、自分会社から責められないから)

一般人もまた、線路に立ち入ってまで痴漢を追いかけるリスクは小さい。

線路上に立ち入れば、電車にひかれるかもしれない…という恐怖は誰だって持っている。

実際には、緊急停止ボタンが押され、上記の通り駅員が全力で安全を確保するため電車に衝突するリスクは低い。

しかし、線路立ち入りは、例え道義的理由があっても法律違反になり、警察に拘束されることは間違いない(厳重注意処分で終わるだろうが、その日は会社はいけなくなる)

死のリスクと、警察に拘束されるリスクを考えれば、いくら正義感の強い一般男性でも、なかなか追跡するのは心理的に難しいだろう。

駅で痴漢を拘束するくらいなら、やってもいいが、そこまではしたくない…というのが現実である。もし、上記のリスクを背負ってまで痴漢を追いかける男性がいたら、それは痴漢された女性に下心を持っていて痴漢を捕まえたあと、女性の連絡先を聞いてストーカーをする…といった事が予想され、むしろ痴漢より危ない。

時間に余裕があり、かつ失うものも少ない無職であれば問題なく追跡出来るが、無職ラッシュ時には寝ている。よって一般男性による追跡の可能性は低い。

くわえて言えば、集団心理もまた、追跡をやめる要因になる。

線路というオープンで皆が注目する場所容疑者が移動することで

「誰かが捕まえるだろ」

という心理が働く。

その際、駅員にやじを飛ばす人がいれば、さら当事者意識は薄れ、追いかけるよりも皆Twitterで実況し始めるだろう。

要するに、

「駅員なんとかしろよおい!もうモノ売るってレベルじゃねえぞ!」

といった心理である

そして興味関心は痴漢よりも『遅延』にいってしまうため、今度は駅員に怒りの矛先が向くという理不尽ジャパニーズカルチャーが起こるのを見て失笑を禁じ得ない。

2:警察に捕まりにくい

線路から逃亡すれば、鉄道会社の損失は明らかであり、冤罪であっても法律違反は目を見るより明らかだ。

しかし、痴漢という犯罪は明確な証拠スマホムービーなど)がない限り逮捕は難しい。

逮捕できても、相手弁護士を立ててくれば、証拠を出せあーだこーだと言われて立件が非常にめんどくさくなる。

よって、本音を言えば警察痴漢とき現行犯以外で捕まえたくないのである

日本には推定無罪という原則が有るため、現行犯を除いて、被害者供述のみによる立件は非常にめんどくさい。

もしそれが冤罪示談目的でっち上げだった場合警察のやる気がグッと低くなるのはペプシコカ・コーラに一生勝てない事より明らかである

実際、あまり知られていないが示談目的での痴漢でっち上げは非常に多い。でっち上げ詐欺恐喝に当たるが、勘違いだったと言われればそれまで。これもまた証明が難しい犯罪だ。

線路立ち入りが重大な法律違反であれば警察もやる気を出すが、現状、線路立ち入りはそこまで重罪ではない。子供がお遊びで線路に入って刑務所行きになったらスタンド・バイ・ミー永遠黒歴史になってしまう。

線路立ち入りは鉄道会社からの莫大な請求が~」

というのは事実だが、現実問題、莫大な請求をされても一般人が払えるとは限らず、痴漢で捕まって社会的地位を失うことと天秤にかければ逃げたほうがマシである

鉄道会社線路内に防犯カメラをつけて、スイカID個人情報を結びつけるなどの独自捜査網を作り特定を容易にすれば別だが、ラッシュすら解決できない鉄道会社にそんなリテラシーが無い。そんな事に金をかけるくらいなら飛び込み自殺を防ぐゲート設置を優先するだろう。あと鉄道会社は男社会なので「痴漢で騒ぐな、ガッハッハ」と笑ってそう(これは私の個人的恨みによる発言なので忘れて欲しい)

以上の理由から痴漢による線路立ち入り逃亡ルートは最適解としてファイナルアンサーとする。

痴漢には役人公務員も多く、社会的地位を失いたくない男性が多い。人間合理的な生き物なので、社会的地位ワンチャン逃亡の可能性を天秤にかければ、やはり痴漢から線路立ち入り逃亡は最強と言わざるをえない。

この解答が世に知れ渡れば、警察鉄道会社どちらかが重い腰を上げるだろう。

この問題によって根本問題である都内通勤ラッシュが緩和されることこそ、日本的イノベーションではないか小池都知事改革に期待したい。

2017-05-11

http://anond.hatelabo.jp/20170511141323

まあ日本的慣行だったら「経営者目線!」とか言って部下に考えさせるところだろうけども、

そもそもその部下の仰るとおりそういうことを考えるのが上司仕事だよね。

から非常識ってよりは非論理的だなあと思いました。

なので、家で考える必要が無いような聞き方をすればいいと思います

2017-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20170510090422

彼女たちは創作物一時的享楽のためのささやかな娯楽とみなしていて、なおかつフィクション現実を明確に区別できる、そんな分別のついた人間だという自負を持ってる。

多分そう。

から絵本みたいな作風のものを好んで鑑賞も、それは暇つぶしにツムツムをやるようなものであって、幼児的嗜好の兆候だなんて言われる所以はないと考えている。

ではなぜディズニー好きな女子の中にはアニメ漫画というサブカルチャーの愛好家を貶す者がいるのだろうか。

僕が思うに彼女たちは愛好家が好むアニメ漫画ラノベ等をみた際に、作品舞台設定やキャラクター描写現代日本の流俗や現代日本人の嗜好を見て取れることからフィクション現実社会世界観の違いを上手く分けることができず混乱する。

そして愛好家たちが作品世界観現実社会モラルギャップに戸惑わずに鑑賞を続けられるのは、フィクション現実社会を混合しているために違いないという判断を下しているのではないだろうか。

彼女たちは創作物に対するメディアリテラシー能力に長けていると自負しているために、自分理解出来ない物を愛好する人々を分別のない愚劣な者とみなして半ば強引にアイデンティティを守るのである

古典的名作や純文学といったアカデミックな扱いをされがちな物は、読み解くためには予備知識が多大に必要であり、理解出来ずとも自分知識不足のせいにできる。

テレビドラマ実写作品は非現実的ビジュアルなり辛いうえ、全ては俳優を引き立たせる装飾であるという鑑賞スタイルも成り立つために、フィクション現実社会の違いを意識せずとも楽しむことができる。

アニメ漫画ラノベ等を含む日本的サブカルチャーでは、基本的に、ハイコンテキスト世界観テーマローコンテクスト文法世俗的な媒体に落とし込んだ作品評価される。

サブカルに関心がなく、作品を読み解く気がない人からすればそれらはとても奇々怪界な物なのかもしれない。

ワンピース進撃の巨人ティーン向け少女漫画が、サブカル愛好家を下に見る人にも受け入れられるのは、ハイコンテキスト主題がない、もしくはローコンテクストなわかりやすメッセージで包み込んでいるからだと思う。

2017-05-09

http://anond.hatelabo.jp/20170509142626

すれ違いはここだな。

ただし「敵ではない」というだけだ。敵ではないということと味方であるというのは全く別。味方になりたかったら「私は役に立ちます」ってことを言え。無害のアピールのために時間を奪うな。

メンバーシップ社会においては、「敵ではない」ということが重要であって、役に立つかどうかというのは二の次になる。能力よりも集団に対する忠誠心重要だし、無害アピールのほうが組織内で生きていく上で有効になる。

社会人経験はある、と言っているけど、増田日本的メンバーシップ社会には馴染めていなかったんじゃないかな?

日本都市より現代日本を読む

言語文化市場など基本的に「閉じた社会である日本において、お上承認されることにより連中の視野が広がったように見えているだけです。精神鎖国はむしろより強固になりますし、実際特に文化的側面において取り残されているのは、諸君もよく指摘されるとおり。

大衆の反発ごときでは微動だにしない強固な権威構造がこの国にはあって、原住民はそれに阿諛追従し、おこぼれを頂戴することによって生かされているということです。

近代的ではない自我原住民)が結合することによって、全体主義が出来上がるのは歴史が教えるところ。相互監視同調圧力といった悪しき伝統も剥き出しですから危機感持たないといかんでしょうね。

この国では公共交通公共性を捨ててしまい、東洋社会国民蔓延する我欲の増幅装置に堕してますからね。あん低俗ガス抜きに煽られる大衆相手なら、企業は楽に稼げますし、権力者もやりたい放題でしょう。その行き着く先が何かということなんですが。

そんなカタストロフィを予期して自分らの取り分を確保し、逃げる準備をしている連中が散見されますね。連中は昭和時代危機をそうやって乗り切った奴らの後裔ですから、やることは同じです。欧州各国のように軟着陸できればいいんですが、困難としか言いようがない。

大したことは言えませんが、個人が抱く企業権威に対する生々しい危機感当事者意識日本外国では段違いだなとは思っています日本大衆疲弊しているとかよく言われますが、それは言い訳にはなりません。例えば韓国なんか日本どころではないくら生活(たとえば通勤)は大変なので。

それはたぶん、自己や現状に対する肯定感の違いでしょう。何だかんだ言って日本人は今の日本都市が好きで、韓国人アメリカ人祖国があまり好きではない。日本人にとっての「日本」は社会臭の希薄共同体で、日本人はこれにぶら下がりますが、外国場合はかなり決定的に違います

機関民間共同体自国民を養育し、中心から片隅まで面倒を見ていた時代、あるいは国民一人一人がそう信じることができる時代がいつまで続くかでしょうね。おそらくそろそろ限界外国最初から(良くも悪くも)そういう国ではなかったんです。

私は最近特に顕著な「日本満員電車離れ」「日本鉄道離れ」に注目しました。あれは、これまで日本都市の信頼を約束してきた共同体裏切りに対する訣別宣言です。そんな彼ら彼女らの受け皿として道路交通機能するかが日本復権勝負の分かれ目でしょう。

とりあえず昔とは違い、日本国日本民間共同体ハードクラッシュしたら困る人達日本の外にもいるので、決定的な事件災害戦争などが起こらない限りは軟着陸するんじゃないかなとは思ってます(それが良いかは判りませんが)。

日本場合日本人の「日本的共同体幻想」と言語の壁のせいで精神鎖国が続いてますから、常に「まずい」状況なんだと思います日本私鉄社会車社会国鉄破滅させながら自分らの権益を確保した連中の残りカスですから卑怯なのは当然。そして同じように危険でしょうね。

韓国しろアメリカしろ日本ほど懐の深い国ではないですし、引き籠っていたら生きられなかったので外に目が向くんです。国際都市インフラガラパゴスではお話になりませんし、国内市場が完結したら大国になりませんしね。当然、資源流出しがちになるので、移民外資在外国民を受け入れたり、中国主要先進国に学ぶ方向に舵を切ったということです。

日本人日本未来中国韓国になぞらえるのはそのへんの文脈欧米やその既得権益支配によってもたらされた貧困で食い詰めて切羽詰った原住民が、革命を起こして、エスタブリッシュメントになりましたよね。さすがに日本人はそこまでになれるかわかりませんが。(笑)

2017-05-07

ラ・ラ・ランド』のように、もっと日本映画世界でヒットするには

http://president.jp/articles/-/21969?page=1

ラ・ラ・ランド』のように、もっと日本映画世界でヒットするには

読んでみた感想→内容ないまま終わった。。

茂木健一郎ララランドを見た後に、監督セッションと同じだと気づきセッションララランドの違いを説いている。

茂木氏いわく、

セッション→低予算ジャズのコアな内容

ララランド予算があり、大きな見せ場からはじまる。

      物語目標も高く、はじめから世界対象にし、成功を収めている。

ララランドを見ながら、世界という大きなテーマの話なので、世界でもヒットしている。日本もそうするべきでは?と述べているのだが、つかみに入る文章がなく、具体性のないまま話が終わってしまっていた。

茂木さんが過去どういう話を読んで微妙だと思い、日本世界に出ないことでどういう欠点が生まれ、その結果今回の文章を書くに至ったという経緯がまるで書かれていないので、なんだか不完全燃焼である

個人的な考えだが、

日本世界テーマにした話を作らないのは、

・単民族→自前で労働力を用意すると絵面が日本的

アクションCG予算が取れない

とかが理由であると思う。

アニメーションはどちらかといえば世界向きだが、日本という土壌の居心地のよさが、日本成功したい!という気持ちを強くし、製作段階で世界まで至らない場を考えない環境をつくりだしている気がする。(ただの私の主観だけなら申し訳ない)

ガンダムから始まるロボット文化とか、マンガ文化とかのサブカルチャー文化が深く根付いていて、日本の歴史作品との対抗、あるいはオマージュという形で話を作り上げているように感じられるのだ。

あともう一つ、言葉問題もあると思う。日本語英語などと違い、「俺」「私」「僕」のように一人称が多数存在することは知られている。表現とは気持ちを伝えることだ。日本人気持ち表現するときに、小さなニュアンス感情を正確に伝えるのに、そのベース日本語しか詳細を語ることができず、であれば、自分気持ちを寸分なくくみ取ることができるのは日本人だけなので、日本というフィールドベースになるということではないのだろうか。

最後この文章では日本ではなく、世界という広い視野でモノを見る必要、またその一環としての英語重要さに触れている。

ネット環境の中で多くの人と触れ合うには英語というコミュニケーションツールは不可欠である

しかし、映画という表現物の世界を上げ、グローバリゼーションを持ち出した行為は愚行というほかない。

ラ・ラ・ランド』のように、もっと日本映画世界でヒットするには

http://president.jp/articles/-/21969?page=1

ラ・ラ・ランド』のように、もっと日本映画世界でヒットするには

読んでみた感想→内容ないまま終わった。。

茂木健一郎ララランドを見た後に、監督セッションと同じだと気づきセッションララランドの違いを説いている。

茂木氏いわく、

セッション→低予算ジャズのコアな内容

ララランド予算があり、大きな見せ場からはじまる。

      物語目標も高く、はじめから世界対象にし、成功を収めている。

ララランドを見ながら、世界という大きなテーマの話なので、世界でもヒットしている。日本もそうするべきでは?と述べているのだが、つかみに入る文章がなく、具体性のないまま話が終わってしまっていた。

茂木さんが過去どういう話を読んで微妙だと思い、日本世界に出ないことでどういう欠点が生まれ、その結果今回の文章を書くに至ったという経緯がまるで書かれていないので、なんだか不完全燃焼である

個人的な考えだが、

日本世界テーマにした話を作らないのは、

・単民族→自前で労働力を用意すると絵面が日本的

アクションCG予算が取れない

とかが理由であると思う。

アニメーションはどちらかといえば世界向きだが、日本という土壌の居心地のよさが、日本成功したい!という気持ちを強くし、製作段階で世界まで至らない場を考えない環境をつくりだしている気がする。(ただの私の主観だけなら申し訳ない)

ガンダムから始まるロボット文化とか、マンガ文化とかのサブカルチャー文化が深く根付いていて、日本の歴史作品との対抗、あるいはオマージュという形で話を作り上げているように感じられるのだ。

あともう一つ、言葉問題もあると思う。日本語英語などと違い、「俺」「私」「僕」のように一人称が多数存在することは知られている。表現とは気持ちを伝えることだ。日本人気持ち表現するときに、小さなニュアンス感情を正確に伝えるのに、そのベース日本語しか詳細を語ることができず、であれば、自分気持ちを寸分なくくみ取ることができるのは日本人だけなので、日本というフィールドベースになるということではないのだろうか。

最後この文章では日本ではなく、世界という広い視野でモノを見る必要、またその一環としての英語重要さに触れている。

ネット環境の中で多くの人と触れ合うには英語というコミュニケーションツールは不可欠である

しかし、映画という表現物の世界を上げ、グローバリゼーションを持ち出した行為は愚行というほかない。

2017-05-01

http://anond.hatelabo.jp/20170430140809

つーか提示しないで後からゴネる糞クレーマー無視すればあのうざい声かけもなくなるんだけどねえ。

一部の人間の些細な利得のために無関係人間無駄な手間隙をかけさせるっていかにも日本的

2017-04-28

男女同権・男女平等日本には無理

とか書くとその手の人がボロックソに叩きに来るだろうなぁと思いつつ。

ぜひそういう方も最後まで読んでほしい。……多分無理だろうなぁ。

平等という考え方には大きく2種類あると思っていて、「スタートライン平等」と「ゴールライン平等」の二つがそれだと思う。

スタートライン平等というのは機会均等の考え方で(どちらかというと欧米的な思想)、ゴールライン平等というのは結果平等の考え方。

日本で「平等」というとどちらかというと後者の結果平等を指すことが多くて、そのうえで男女平等を考えるとおかしなことになる。

男女平等において、機会平等大事である

どういうことかというと、「女性から」という理由で何らかのアクションをする機会すら奪うのはよくない、男性と同じようにチャンスくらいはくれ、という考え方である

具体的な例でいえば、「女性から」という理由高等教育機関への入学を断られるとか、選挙権制限されるといったようなことだ。

これはおそらくほぼすべての資本主義国家においてはクリアされている……と思われる(ちゃんと調べてないので確定的なことは言えない)

しかし、ここで日本的な「結果平等」で男女平等を考えるとおかしなことになる。

(そもそも「結果平等」がなんで日本的平等観なのかという説明はここでは省略する)

男性女性にはそもそもの生物学的な「性差」が存在して、それを乗り越えるのは一般的には不可能である。すごくざっくばらんに言うのであれば、男性は子を成せないし、母乳は出ない。

逆に女性男性のような強靭な肉体は特別トレーニングを行わない限り基本的に得られない。

さらえぐい話をするのであれば、本能的に男性女性身体で興奮するようにできており、そうでないと子孫はつないでいけない。もちろん人間には「理性」というものがあるので時と場所を選ぶことができ、そして時と場所を選ぶ必要がある。他の生物を見ても、基本的に雄が雌に求愛行為をする生物が多いだろう。そういうことである

まり平等という秤に乗せる二つのものがもともとそれぞれ欠けたものがあって、結果平等にしようとするとどちらかに引いてもらうしかないのだ。

例えば、男性は子を成せないし、子供を産んだ後の育児女性は不可欠であるから必然的出産から育児過程では女性の方がそちらにリソースを割くことになるだろう。

この時、「男女平等男性育児しろ!」となるとどうなるかというと働く人がいなくなる。二人で子育てをしようとしたところで男から母乳が出るわけではない。

そういう意味では「男は仕事、女は家庭」というのは、なるほど、生物の仕組みに沿った考え方だと思う。

もちろん、これを基にして「だから女が仕事をするとは何事だ」という文脈にとるのは間違っている。女性だって仕事をしたって良い。そういう機会は与えられるべきだ。

そもそも、女性にも結婚をせず自分ひとりで生きて、そのために仕事をする、という選択肢保証されるべきで、そういう意味では先ほどのフレーズ女性を縛る悪魔言葉であるというのも理解はする。

さて、機会平等と結果平等について簡単お話をしたが、どうも日本において各所で見られる「女性の権利」を謳う方々の意見は結果平等の方の男女平等を求めているように見える。

だがそれは無理だ。そもそも形の違うもの平等にするためには、ハンデを持っている方に合わせる必要があり、それは機会平等を奪う。

まり機会平等観点からみると逆差別が発生するだけなのである。実際にそういったことが現在進行形で進められ、さぞかしそれが正しいことのように進んでいる。

しかし、ちょっと待ってほしい。それは結果としてまた別のひずみを生むだけなのである

タイトルで私は「男女同権・男女平等日本には無理」と述べたが、日本でもちゃんと「機会平等」という考えが浸透し、結果平等と違うんだということが分かってもらえれば可能性があるだろう。

しかしながら、声の大きい方々の多くは結果平等しか見えてない気がしてならない。もしくは機会平等と結果平等意図的もしくは理解せずに混同している。

そういった現状で、「機会平等としての」男女平等や男女同権が実現されるのは、日本においてははるか未来になるだろう。


……それこそ、日本において「機会平等」という意味での男女平等戦後になるまでまともに行われなかったように。

そんなことを、いろいろなニュースや、話を聞きながら思うのであった。

2017-04-21

http://anond.hatelabo.jp/20170421164118

急なものへの反発、そうだよね、結局それなんだよね

新しい物を受け入れるのは抵抗があります!っていうおかたい表明でしかないよね

まらないよね、なんかさ

恵方巻きは、巻き寿司だし、中身にそんなバリエーションないし、だいたい一本食べるとか多すぎて微妙じゃん

その点、イースターは卵だよ?

世界一バリエーション付けやす食材じゃん

なんて優しいことか!

モアイコスプレいいね

個人的には、一体イースターがどんな日本的風習進化していくのか楽しみでならないよ

モアイコスプレ流行るようになったら、前増田伝説になるんだろうな

楽しみだな

2017-04-15

私は公共交通社会の現状に苦しむ人の救世主である

 交通社会に囚われのみなさん。

 私は、現在ネット上で文筆・出版作家活動している、高山直人という者です。

 私の仕事仲間の書籍が飛ぶように売れるのを横目で見ながら、昨日はひたすら2ちゃんねるに専念していました。

 それでは、本題に入りたいと思います

 交通社会に囚われの身となっているみなさんが公共交通の現状に怒りを感じているのはよく知っています

 本当の意味での交通弱者は仕方ありませんが、そうでない方々の大人まで巻き込ませるというのは理屈に合いません。この国の公共交通おかしなことばかりです。

 実は私も、2014年まで鉄道定期を持っていた人間です。ここ日本大都市圏鉄道は、民営企業ばかりだと聞いています。私はJR私鉄で、この国の公共交通のろくでもなさを、みなさんに比べるとわずか6年でしたが、身をもって体験しました。

 満員の車内の中や駅や居酒屋でいろんな方々の話を聞いた上で、私は、公共交通に対するの不信率は、40パーセントくらいはあるなと感じています。つまりみなさんの中にも、5人に2人くらいは、公共交通についてよく思っていない方もいると思います。この国の公共交通制度は本当にろくでもない。

 もちろん、自動車オートバイ…、中には自転車すら嫌いな日本人の方々の方が多いでしょう。

 しかし、そういう方々に対しても、現在社会処遇のあり方はやはりろくでもない。

 何も知らないマスコミバカ連中や、何の苦労もなく支配層の道を歩んできた連中どもは、日本人車社会侮辱しすぎているなどとデタラメを垂れ流していますしかし私は、自らの身をもって車社会をだしにしたいじめ体験し、その実態を知っています

 日本公共交通特に鉄道は、たしかに諸外国と比べて、死亡事故などの問題は少ない。もちろん多少はある。

 日本公共交通の独特のつらさは、別のところにあります

 それは、日本的商業精神時代錯誤で、縄張り競争にやたらうるさく、拝金主義的な日本独特の商業精神に、一般国民24時間、365日、えんえんと付き合わされるというつらさです。

 近所の町に出かけるのに、1000円かかることもざらです。

 外国公共交通などが公によって保護されていたり、道路交通の整備で、大都市でも、オートバイなら通勤できるというのに、なんという非効率でしょうか。

 似たような問題は、他にもたくさんあるはずです。それはみなさんの方がよくご存知でしょう。

 私はわずか8年ですみましたが、こんなろくでもない社会に、10年も20年も、30年も40年も付き合わされるみなさんは、本当に大変だと思います

 私は今、ネット上で多数の電子書籍を発表していますが、成功するかしないか二の次でやっています

 それよりも、私はこのように、言いたいことを自由に言うために発表した次第です。最近は、紙媒体での出版でこんなふうに社会問題を提起したりすると、すぐにクレーマーがやってきて、過激だなんだと屁理屈をこねて、表現修正をさせられたり、下手すると絶版させられてしまますしかし、電子媒体ならこんなふうにやりたい放題、言いたい放題です。私はこれをやるために電子書籍をやっているんだ。

 こら公共交通ども。日本人民度が低いのにつけこんで、てめえらの遊牧民根性を温存させるんじゃない。運動の暁には立場逆転させてやるからな。

 てめえら公共交通は、公に全部くれてやる。とくに都市私鉄は全て公営化だ。私が万が一都会の長になったときは、今のと違って、公共性配慮するが、その際に見て見ぬふりをした鉄道ファンどもに対して、非難活動をやる。てめえらがどんなにろくでもないことしてきたか、わが身でもって体験させてやるからな。

 それがいやなら、今日からでも彼らの待遇改善公共交通に奔走しろ。少しは利用者の身になって生きろこの野郎

 最後に、公共交通社会に囚われている都会人のみなさん。テロ通り魔迷惑行為といったいじめだけはやめてください。私は2008年まで社会人ですらなかったので詳しくは知りませんが、とくに列車内での性犯罪は今でもすさまじいと聞いています。みなさん。敵は運営側です。利用者同士はお互いにいたわり合って、助け合って過ごしてください。

 それから公共交通ども。公共交通にはそういう深刻な問題もあるんだよ。てめえらも気づいてるだろうが。

気づいてて放置してんのは大問題だぞ。ことなかれの根性を少しは改めろこの野郎

 今のままのろくでもない現実を続けるなら、ほんとに造反運動起こして都会の道路自転車バイク自動車バスの海にするぞ。

 以上、元満員電車ユーザー左翼ジャーナリスト高山直人の第一声でした。

 都会人のみなさん、一日も早い出世を祈っています。体に気をつけて、がんばってください。

 公共交通どもは、深く反省するように。

2017-04-10

夜は短し歩けよ乙女』を観たけどさぁ

なんというか2017年にやる時代性を感じなかったな。

マインド・ゲーム』の頃は内容は良くわからないけど、なんかスゴイという感じで目新しかった。『四畳半神話大系』・『ピンポン THE ANIMATION』で適度に、原作パワーでお気軽に評価されてしまって、どんどん手持ち無沙汰なのに、話は舞い込んできてる感あるある

シャフト×新房監督物語シリーズだって最初の1~2年は面白かったけれど、途中から演出意味どうでも良くなって、みんな興味失ってるのと同じ。

星野源は、最初早口滑舌は良くないなーと思ってたけど、途中から大して気にならなかったけど、また最後の方で気になった。

去年夏にやってた『ちえりとチェリー』でも、前川みく役の人とダブル主演格だったけど、あちらは落ち着いたキャラだった。ユーロスペースなのに朝から情操教育やってそうな親子連れが沢山居たけど、土着的な日本的ストーリー解決で小規模公開も納得な感じだった。ちょっと作品に恵まれてない。

流し見するなら、P.A.Works有頂天家族2は最適だね。絵はすごく綺麗だし。

2017-03-30

東芝株主総会へ行ってきた。

暇だったから。そう、無業者ゆえ。

今年になって株価がずいぶん下がったところで「もうそろそろ上がるんじゃないの?」と思って買ったクチだからギャンブル一種といって差し支えない。つまり経営者には何の文句もない。ちなみに株主総会自体、行くのが初めて。問題のある会社株主総会からこそ、面白そうで行ったのだ。

株主総会とは、株主と称される人が経営者と称される人に対する愚痴を言い、通り一遍説明やおわびを返して受け流す儀式なのだな、と理解した。

株主の主な意見ひとつは、「経営者側の再建に対する意気込みが感じられない」というもの。まあ、俺にとってはそんな精神論はどうでもいい。

他に「経営者無能だが、従業員責任はないので、雇用は守ってほしい」という意見も多かった。従業員の持株会がまあある程度議決権をもっているので仕方がない。これも俺にとってはどうでもいい。確かに経営者無能なのだろうが、生え抜きの元従業員経営者にしてしま日本的慣行の結果なのだから従業員を路頭に迷わせないため雇用を守れという話と根は一緒である経営者バンバン切って外部の経営プロを入れ、従業員バンバン切って経営再建してくれたほうが俺にはありがたい。雇用を守る社会からこそ、無能経営者も生まれているのである。まあ、ムダに従業員をクビにして社会不安助長されたりするのは嫌だけど。

俺の経営者に対する希望は、株価を上げることだけ。高度な技術防衛技術海外流出する懸念があるとかなんとか言って、モラルハザード的な政府支援でも勝ち取ってくれれば万々歳。以上、株主総会見学レポート

2017-03-29

2次元コンテンツ興隆が、邦画の演技を更に稚拙なモノにする可能

 アニメ漫画などの二次元コンテンツにおいて、目に飛び込んでくる情報

漫画なら僅か1~2ページ

アニメなら秒間8枚程度と「制約されたコンテンツなのは言うまでもない

現実世界には当然の、ボディランゲージ、顔の微細な表情等の動きが抑制される

(アニメ表現できなくもないが、秒間24枚も絵を描いたのでは採算に合わないだろう)

したがって、仕方なく演技や声色をオーバーにし

読者、視聴者感情を伝えるという合理的意味合いがある

 だが、映画などのハイエンドコンテンツにおいて二次元のような感情表現をすれば

世界からは当然、チープなものとして一笑に付されるは言うまでもない

ハリウッドではトーキーに移り変わった時点で(つまり、音声という新たな表現方が加わった時だ)

「制約された」コンテンツ大仰な表現方法時代遅れ認識され、

メソッド演技などで明確に否定された

 しかし、邦画において二次元コンテンツ原作作品は無情にも増えつつあり、

二次元的演技への抵抗も少なくなっている

 そこに2.5次元など、二次元的演技と三次元的演技の境界を崩そうというコンテンツが追い打ちをかける

2.5次元声優や生身の俳優が演じ、低予算である以上、舞台との親睦性が高いが

舞台演技もまた客との距離カメラアングル表現が出来ない等の「制約」が課されるコンテンツであり

二次元的演技を受け入れる土壌が整っている(藤原竜也など、舞台俳優の演技が大仰なのを鑑みれば当然だ)

 もう既に手遅れに近いが、どこかで一線を引くべきだろう

とりわけ、邦画界は舞台俳優の影響力が大きい

今後、2.5次元出の俳優などが成長し、日本的マンガ演技メソッドの影響を受けたまま地位を得れば、

日本の演技が世界通用することは金輪際なくなる

http://anond.hatelabo.jp/20170328225956

どれだけ忖度しても分配が得られない下層労働者日本的労働観を捨てる日は近いと思う。

2017-03-19

ひるね姫観た?

昨今の劇場アニメブームも落ち着いたかと思ったところに、先月公開した『劇場版SAO オーディナルスケール』がこれまた日本らしいエンタメ快作だった。伊藤智彦監督は、スポーツ紙にどうでも良いゴシップ解説してるだけの人じゃなかったんだと安心した。アインクラッド編以降のハーレムっぽい展開が好きになれなくて、監督代表作は『世紀末オカルト学院』(水瀬いのり新人)のデビュー作)と所在なげに言わなくて済むようになった。

それに引き換え神山健治の新作は、予告編をみてると、ヒロインの魅力が伝わってこないし、何より癪に障るのが主題歌の「デイドリームビリーバー」。

タイマーズやザ・モンキーズ神聖視するわけじゃないが、自分にとっては3度のCMソングは呆れるほどの商業主義権化みたいな存在劇場セブンイレブンCMで清志朗の歌声聴くたびに、おにぎりが上手いとか、鮮度管理がどうとか真面目にナレーション付けてる時点で、音楽に対してまともに向き合っているとは思えない。正気の沙汰じゃない。死者に鞭打っていると思わないのだろうか。期待値は下がる一方だった。


本当は『モアナと伝説の海』の字幕版を観たかったけれど、時間が合わなくて、何故か『結城友奈は勇者である。-鷲尾須美の章』と『ひるね姫 ワタシが知らない物語』を連続でみた。

偶然だったけれど、どちらも瀬戸内アニメだった。尾道舞台アニメはあるし、『この世界の片隅に』『うどんの国の金色毛鞠英語タイトル Poco's Udon World)』とか流行ってんのか?


鷲尾須美は、相変わらず結界封絶+エヴァ戦闘作画は良いけど、20年経っても日常パート戦闘パート整合性を考えることを放棄したセカイでおめでたいなという感じです、はい終了。

唯一良かったのは花守ゆみり演じる三ノ輪銀が予想を裏切ってきた。以下は声オタの戯れ事なので飛ばして良い。

(昨日もテレ東10時の『リルリルフェアリル妖精のドア~』第1期最終話直前の第58話「アンチューサの花言葉」で1年演じてきたりっぷ(花咲ゆみり)の集大成の泣きの演技がやばかった。三ノ輪銀は、デレマス佐藤心(しゅがーはぁと)や他の深夜アニメとは違って、完全にボーイッシュというかマニッシュな声だった。最近ポニキャン以外の作品が増えて推すのやめたのかと思ったけど、声オタなら劇場版はチェックしておくべき。)


それで本編のひるね姫。これは完全に申し訳ありませんでした。


予告編ミスリードだった。アレは一般向けにメカを見せずに毒を抜いてたと確信した。

途中3D映像が粗いところはあったけれど、現代日本2020年)をテーマにして、現実世界物語世界リンクさせる点、日本の各地を進むロードムービーな点、神山作品の特徴でもあるメカを動かして活躍させた点、そして何より自動運転というテーマですよ。


現代日本IT総崩れの中、日本が誇る最後希望である自動車メーカー(あと投資会社ソフトバンクくらい)の致命的な弱点である、オートパイロット表現することによって、嫌というくらい課題を突きつけてくる。あくまストーリー世代間や親子での話を軸に、オーソドックスにちゃんと動かしながら、ここまでロジカルストーリー映像表現できたのは神山監督ならでは。

個人的に『君の名は。』『この世界の片隅に』のあの暴力的な(ブルートフォース動画枚数によって、ロジカルよりも情動を刺激する感覚は確かに、日本的アニメ真骨頂ではあるけれど、そんなセンスオブワンダーにあまり頼ってほしくない。

そして主題歌デイドリームビリーバー」がちゃんと原曲と同じ意味作品に使われていて泣いた。

ヒロインの飾らない性格も本編見ると見方が変わる。


本当誰だよ。『ポッピンQ』並みだとか言ったやつ。

あれは最初予告編の想定から何一つ突き破らなかったよ。

(追記)

原画磯光雄かいたけど、確かに作画リソース勝負している感じじゃなかった。

あくま神山監督の画づくりというか、過去作品との演出比較で見る方が楽しい

2017-03-15

交差点に人が多くて混雑増田酢魔津算個テク大賀と否認手差鵜子(回文

春の交通安全運動なのかしら?

やったら、

交通安全黄色い旗を持った人たちが

交差点大勢いて、

逆になんか危なっかしいわねって思っちゃったわ。

どう見ても通行人よりもはるかに多いの、

その交通安全見守り隊のシルバーの方々、

交差点にあふれていたわ。。

点滅信号で走って渡ったら怒られちゃうし。

んもーって感じ。

でも、いつもより交差点が賑わってる感じがしてたのでよかったわ。

交差点に出店も出てたし、

もうお祭りってレヴェルよね。

ヨーヨー吊りしてたら、

朝の時間に遅れちゃうわ。

からこんなに賑やかだったかしらね?

春の交通安全祭り

お祭りから揚げカップに

お祭りビールも買っちゃったわ。

お祭り騒ぎよっ!


今日朝ご飯

ミックスサンド

タマゴ、ツナハムヴァリエーションに富んでて

美味しさの定番よね。

朝のサンドイッチは止められない止まらない、かっぱ的なえびせん級よ。

デトックスウォーター

今日カリフォルニア産のダブルマーコット一択ウォーラー

これって、

まるで日本コタツみかんみたいな小ささで、

ほんと日本的みかんなのよね。

今朝もついついそのまま2~3個食べちゃったわ。

これ完全日本市場向けなのかしらね

うふふ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

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