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はてなキーワード: シフトチェンジとは

2022-06-30

最近読んだ日常オブ日常系のBL二つ。(ネタバレあり)

 すごく何も事件が起こらない日常系BLと、やたら評判のいい日常系BLを読んだ。ストーリーをどったんばったんさせないで描く漫画家技量が高いというから期待しつつ、コケていた場合がっかり感が凄そうなので、びくびくしながら購入ボタンぽちった。


ジョークスタートルームメイト』(くらのね吉)



あらすじ

 サラリーマン野間は、家が職場から遠い事と最近恋人にフラれた事を十年来の友人・相良に愚痴った。そして冗談で相良にルームシェアを持ちかけたところ、あっさり承諾されておののく。

 ルームシェア野間が新しい彼氏を見つけるまでという期限つき。だが、面倒臭がりな野間彼氏探しは捗らず、しかも相良との暮らしは心地よく、ずるずるだらだらと共同生活は延長されてゆくのだった。

 ところが、そんな野間に相良はいっそルームシェア同棲に切り替えるかと提案してくる。つまり付き合っちゃおうということ。約十年の付き合いの中、最初から互いにゲイであることをカミングアウトはしていたものの、そういう意味での好意を持っている素振りを全く見せなかった相良が、同棲した途端に容易く恋人モードを出してきたので、野間困惑してしまうのだった。

増田感想

 まず、突飛な事件が何一つ起きない事に驚いた。何か特別なアビリティがある訳でもないごく普通大人日常恋愛物語。いやこれ恋愛っていうのかな? それくらい恋愛感情の盛り上りもない。でも、現実にはこう、お互いに相手を熱烈に好きな訳ではないが、なんか気が合うし歳も歳だし結婚ちゃう? みたいな感じで結婚する人って、たまにいるよね……。このお話舞台現代日本でありつつ渋谷区ではないのか、結婚というかパートナーシップ宣誓書を出すまでには至らないけれど、事実上結婚生活(付き合いが長すぎるせいで既に熟年ふうふの貫禄がある)のような漫画となっている。

 強いて特異な点を挙げるならば、カプの片方(受け)が極度のものぐさ太郎であるにも関わらず、家事が片方に押し付けられはしないということだろうか。そんな関係性はある意味理想だ。たいてい『おっさんずラブ』みたいに、いつの間にか攻めが家事を一手に引き受けて地味なスパダリ化してしまうのが、最近BLあるあるだと思うのだが(偏見)。

 すごく何も事件が起こらないのだが、主人公野間の心情のわかりみが深い。とても仲が良すぎて「親友」と言うのも恥ずかしいくらいの相手恋人の前でどう振る舞うのかなんて、出来る事なら知りたくないし見たくない……それな! 付き合ったからっていきなり恋人っぽい事しなくてもよくない?……それな! いわゆる「ぬいペニ」問題にかすりそうでかすらないくらいの所で野間悶々とするところが、読んでいてたのしかった。

 一方、付き合った途端に恋人モード出して野間にべたべたくっつこうとする相良というのも、野間視点では急にどうした!? と思えるんだろうけど、でもまあ「恋人」という言葉の枠に囚われてそれっぽい事をしてみたくなってしまうのは、にんげんだものそういう事もあるさって感じで解らなくもない。ストーリーの終盤辺りで相良の内心が明らかになるんだけど、やっぱり別に前々から野間に対してめちゃめちゃ恋患っていたという訳ではなかった、というのがリアルっぽくてよかった。

 濡れ場もまためちゃめちゃ地味。恋人になるかならないかの決定打が欲しいというので、付き合う前に致すという慎重さが大人恋愛物語っぽくていい。濡れ場2回目の翌朝「寝坊しない」って最中に言ってた方が寝坊して朝ごはんがやや雑になり、平日の夜は致さなルール決めをする所がほほえましい&もう若いとは言えない大人のくたびれ感があって趣き深い。ちなみに、濡れ場にアクロバットな事をしないで雑談とかするシチュエーションが私は好き。

 男女の恋愛でもあり得そうな話だけど、男女カプだと周りがけじめを着けろだのその人でいいの? だのと口を挟んできがちで、二人の間だけで方向性が決まるという事にリアリティーがないかもしれない。そこを、男同士のカプだからパッと見ただの友達同士で、他人の下世話な好奇心には引っ掛からない関係性で描くというのは上手いなと思った。まあでも、もしも漫画の下手な人が描いたら目も当てられない作品になっただろう。なので、ジャンルとか問わずシンプル面白い漫画を読みたい人にもおすすめ作品だと思う。

 友達関係から恋人同士にシフトチェンジすることに苦労するBLというと『リカー&シガレット』(座裏屋蘭丸)もある。


『となりのメタラーさん』(マミタ)




あらすじ

 大学院生の遣斗は、安さ最優先でガス栓の壊れた物件引っ越しして凍死しかけた所を、隣人の壮志に助けられ、しか朝ごはんまでご馳走になった。

 壮志の手料理にがっつりと胃袋を掴まれしまった遣斗は、それ以来ずっと壮志にご飯を作ってもらっており、気付けば丸一年暮らしていた。

 何故かほとんど喋れない寡黙な壮志は筋金入りのメタラー。遣斗はつい壮志の気を引こうとして壮志の「遠征」に着いていってしまう。メタルライブを楽しんだ二人だったが、酔い潰れてしまった壮志に対して、遣斗は恋心を自覚。だが遣斗は壮志にまだ自分ゲイだということをカミングアウトしていなかった。壮志はおそらくストレートであるが、性的指向がどうとか以前にほとんど口が利けないので、遣斗には壮志の意思の確かめ様がない。

 翌朝、壮志が目覚めると遣斗は既にホテルを出た後で、以来音信が途絶えてしまい……。

増田感想

 表紙絵に惹かれて購入。半袖で過ごせるほど暖かくしたお部屋で炬燵にあたりながら朝ごはんを食べている二人の図。背景にはメタラーの極まった感じの本棚CDDVDラック。画面右側のメタラー・壮志さんの傍らには編み物道具。青みがかった日差しが雪の積もった朝の光って感じで、室内の暖かさを引き立てる。

 メタル雪国日常の融合したイラストというのは、メタルの本場が北欧であるという事を知っている人にはなるほどなーと思われるらしいが、全然知らない私には奇跡の融合・ギャップ萌えに見えた。

 この漫画もまた、事件という事件は冒頭で遣斗が凍死しかけたのを壮志が助けた事と、後に遣斗が別に起こさなくてもいいような最低な別れ話を引き起こすくらいしか起きない。前述の『ジョークスタートルームメイト』の感想の中で、私は男同士の関係性には他人横槍が入り難いというような事を書いたけれども、この『となりのメタラーさん』は遣斗の友人もまたゲイなので、恋愛相談で遣斗が〆られる展開あり。

 メタラーさんこと壮志は明らかに吃音症か緘黙か何かを患っているが、彼の抱えた困難は生まれ持った何かというだけで病名はつけられていない。へたに病名を着けてしまうことで同じ病気を持った人への偏見を植付けてしまわないような配慮なのか、読者が病名で検索して知った風にならないようにする為なのだろうか。まあとにかく、病名のないことで壮志というキャラを見る時に変なバイアスがかからないのでいいなと私は思った。

 ところが、病名を明記していない事でそれを「病気」だと思わずに、壮志の性格を「ムカつく」といって非難したレビュアーもいたりするので、何でも物事は良し悪しなのかなあ。それくらい読み取れよとも思うけど。表現って難しいな。

 壮志の「自分の思いを言葉にするのが難しい」という性質は治るようなものではないらしく、しか家族職場人間関係には恵まれており、過去には辛い事もあり、今でも世間に出れば嫌な思いをする事が多々あるということが描かれている。

 彼の身近な人々は、言葉の出ない事にイラついたり急かしたりはしない。しかし彼のような人に対しての最適な関わり方を知っているというわけでもないようだ。(例えば壮志の職場店長言葉に詰まる壮志を、自分自身が焦りながら落ち着かせようとしている→壮志は余計に焦ってしまう)

 だが、遣斗だけが壮志の言葉を「待つ」というのをさりげなく、だが明確に態度で示した。それは遣斗が幼児教育研究する大学院生であり、実際にバイトという形で保育に携わっている人だからである

 そういう、文章によらない漫画描写が繊細な作品。人の言葉当意即妙の返しは出来ない壮志に合わせるかのように、ストーリー恋愛ゆっくり進む。舞台雪国でもっぱら季節は冬なんだけどハートウォーミングな話だった。

 そしてこれ、商業BLレビューサイトではかなり評価が高い作品。実際良いと私は思うけど、他のレビュワーの「泣いた」っていうのは言い過ぎかな。私的にはほっこりするって感じ。

2022-05-07

アラフォーおっさんだけど鼻の黒ずみが減った件

コンビニホットスナックとか惣菜食べる毎日だったけど

GW中に一念発起してクリーン食事シフトチェンジ

基本的には素材そのものを頂く。

さっき鏡見て気づいたけど鼻の角栓が明らかに減っている。

いつもは真っ黒いのがビッシリイチゴ状態だったのに薄いのが点在してるくらいに改善

このまま続ければ完全消滅も夢ではないかもしれない。

マスク社会が終わる前におっさんは生まれ変わろうと思う。

イチゴ鼻を気にして風俗敬遠していたけど冬くらいに行ってみようと思う。

目標があるだけで生きるのが楽しくなってきたぞ。

2022-04-19

性的消費みたいな言葉がなかった時代フェミニストの言い分って「性犯罪を誘発するからエロ規制しろ」じゃなかった?

で、当然性犯罪発生件数全然比例してないやら裏付けがないやら理系的な文脈で突っ込まれまくって理系的な文脈なだけに反論ごにょごにょってしてて、

データとか度外視して文系的な文脈いくらでも適当理由つけられるポリコレ流行してからエロ規制したいっていう目的そのままに

理由だけを「性的消費」なるものシフトチェンジしたみたいな流れじゃなかった?

二次ロリ規制も「ロリコンポルノ規制することで犯罪者予備軍から児童保護したい(実際の被害が減る根拠は何もないけど」からロリコンポルノ存在自体が”政治的に正しくないよね”」っていうのにしれっと変えたイメージ

エロ漫画愛好家で2000年代ニュー速エロ規制スレとか結構見てたけどこんな空気だったよなぁっていう記憶。多分間違ってないよね?

2022-04-10

レクサス 新型NXを購入した話。

 ちょうど車の買い換えの時期が来るな、と意識したのが令和3年の8月。何かと維持費がかかる某輸入車精神衛生上よろしくなく、たまたまティザー広告が目に付いたNXに乗り換えた。今回が初めてのレクサスである最近半導体不足やプーちゃん大暴れにより随分と納車は遅れたが、先日なんとかうちのNXは納車された。しかし、現状としてもっと長くかかる方が多いようである

 

 

 自身SNSアカウントであれこれ書いてもいいんだけど、何かとNXについて発信する車好きのアカウントは変な人が多い、というか、レクサスファンに変な人が多い。既に納車された層も変な偏りがある印象で、普通人間によるものとみられるレビューが少ない。絡まれたくないし、言いっぱなしにしたいこともあり、匿名ダイアリーに記すことにした。正直に言えば、せっかく新車を買ってウキウキしているので何か言いたいだけだし、こうやって何か書く私も彼らと実際変わらない。

  

 ただでさえまとまりに欠けるので、いくつかの項目に分けて記載したい。なお、納車3週間目の感想である。長期はわからん

 

 これから購入を検討される方が知りたいであろうオプションに関することは後半に記載するのでスキップを推奨する。

 

 購入グレードはNX350h AWD Ver.Lである。なお、特定を避けるためボディカラー記載は避ける。

デザイン

 

 もともと個人的に見た目は欧州趣味なのだが、今回のNXは十分に食指が動いた。先行受注のため実車を見ずに広告カタログのみで評価して購入したのだが、国産車ありがちなガチャガチャ感(例えば、トヨタならどこかのプリウスからヤンキー顔、ホンダなら少し前のガンダム顔)が和らぎ、詰め込まれる要素の数が小さくなったことにまず驚いた。先代のNXヘッドライトの下の「隈取り」的なウインカーが頗る嫌いであの(クソダサいアヴァンギャルドから見向きもしなかった。あれを欲しいと思ったことは今も含めてない。今回もフロントグリルは過剰なインパクトがあるが、ヘッドライト内にだいたいの光る物は収まり眺めたとき視線が散らず落ち着いた印象になった。また、線よりは面の構成が主になったことでゴロンとした、金属の塊から削り出されたような存在感のあるデザインに変化した。スピンドルグリルは残ったが、アイコンとしての機能は十分で、全体的に「良い取捨選択がなされたな」と思った。車の印象というものはボディカラーによって大きく変化するので納車されるまでは不安が大きかったが、初見でそれは吹き飛んだ。ちゃんとかっこいいのである。なお、ここまで書いたらおわかりかもしれないが、グリルの加飾が好きではなくそれだけの理由でFスポは避けた。NAVI-AVSパフォーマンスダンパーは魅力的であったが、本当にただそれだけの理由で見送った。見た目は大事

 

 

内装

 

 やたらとデカいナビ画面が最初に目に付くが、それ以外は概ねシンプル構成になっている。以前のモデルアナログ時計や様々な加飾があったようだが、必要ものに目がいくような、チラチラ余計なものが見えず実用の上で快適だ。契約前にディーラーで現行RXと初代NXを見たが、現行RX居住空間の余裕からラグジュアリーで加飾が多くとも伸びやかな印象で違和感がなかったが、NXでは少し小さくなるだけでゴチャゴチャして狭さを感じていたので、なんとなく「広くなったな」という印象である。TAZUNAコンセプトとして必要ものにすぐ手が届くように設計されているとのことで、確かに必要スイッチ類にはすぐに手が届いてそれも快適である構成もさることながら、リアルフェイク織り交ぜた全体としてのレザーの品質やその他部品工作精度など、全体的な製品としてのクオリティも高く「なんかいもの買ったな」と素直に思える仕上がりになっている。世間で実写をまだ見かけることが少ないのでわかりにくいが、カタログ写真よりも圧倒的に実物の印象が良いことは特筆しておきたい。

 

 

運動性能・燃費など

 

 そもそも、そんなに車の性能について詳しくないことを事前にお断りしたい。Ver.Lは標準のサスペンションモードエコノーマルスポーツに限られるが、そもそも私はスポーツ走行がわからないので十分である。前者はディーゼルターボで小型のわりに強大なトルクを発生する仕様であったために、単純に街乗りでは頗る速かった。信号が青になったときなんか、油断するとドカーンである。それと比して随分と「ジェントル」になったのだが、静かで振動が少なく、発進時はモーターの比率が高いので、遅いとか、重たいとかと感じることはまずない。ハンドリングを含めて車の挙動としてはスッスと動くので気兼ねなく車を流すのには快適だ。ある程度の余裕を以て機敏に動く印象で、峠を限界まで攻めるとかサーキットを走るとかで無い限りは全く問題にならないだろう、というか、そんなことはしたことがないのでわからない。また、見た目よりも車重が軽い印象で、剛性の高さも動かしたらすぐにわかる。私は車について素人なのだが、素人が動かす街乗りの車で言えば最強なのではないかと思わせてくれる感がある。車の素性がいいとはこういうことなんだろうなと思う。

 燃費については先代程度だろうなと思っていたが、8km程度の渋滞を含めた通勤路で14km/L、信号渋滞の少ない郊外路では20km/Lにも到達するので想像以上に良かった。また、走行データ確認すると、60-70%はEV走行しているそうだ。ラバーバンドフィールはごくわずかにないこともないが、注意を向けなければアクセルの反応は良好だし、ハイブリッドカーも以前とは比べものにならないくら進化したと思うし、ハイブリッドからこそ得られる走行妙味もある。主にエコモードで動かしているが、燃費優先というわけではなく、回生ブレーキ挙動や速度コントロールが非常に楽なので積極的にそうしている。特に説明書などに記載はないが、GPS地図情報から法定速度情報を得たり、ITSで他車の速度情報を得たりしてコントロール干渉している気はする。実際は不明だが、そんなに運転中はゴリゴリ感覚を研ぎ澄ませているわけではないので、なにかと気を抜けて(抜くな)ありがたい。なお、なんとなくウェイウェイしたいときノーマルにするし、めっちゃウェイウェイブーンしたいときにはスポーツにしている。そうするとだいたい気分に合う走りになってくれる。

 今回は個人的に初めてAWD設定にしたのだが、普段はわからないが、大雨の中で高速入り口カーブが続くなかで加速を行うシチュエーションで圧倒的な接地感を感じた時にはうっかり爆笑した。「なんだこれ、全然滑らねぇ。」と。むしろこれまでのFF車が低μ路でいかに浮くように滑っていたか、を思い知らされることになった。とても安心感がだが、これが新型NXからいいのか、AWDからいいのかどうかは私にはわからない。だが、AWDにして良かったと既に満足している。

 

 

#静粛性

 

 前車と比して随分と静かになった。ディーゼルと比べたら当たり前なのだが、ただ、それ以上に風切り音や外音の遮断がよく効いていてふと窓やルーフを開けたときに「外こんなにうるさかったの?」と驚くことが多い。極端な遮音がなされると自身の体内から発生する音が気になったり、どことな不安になる感覚経験したことがあるが、絶妙不快な音だけをフィルタリングしているかのようで自然かつ快適である。また、若干のエンジン音やモーター音は入るようになっているが、それがないと車の動きが把握出来なくなって個人的には不安になるので丁度いい。もしかしたら、音というよりはハンドルアクセルペダルから伝わる振動からよく把握できるという方が正確かもしれない。この点はパフォーマンスダンパーが入ったりすると少し違ったりするだろうか。乗り比べる機会がなかなか無いのは残念だ。

 

 

運転支援装備について

 

 今回は外付けドライブ以外の実質フルオプションとしたので走行支援に関する装備も全て装着している。新世レクサスとして特盛になっているので全てに対して記載をするとキリがないし、良いと思った機能について記載する。まず、街乗りのシチュエーションではプロアクティブドライビングアシストPDA)は意外によく働く。先行車の車速などを関知して車速を調整したり、車線からの逸脱を防いだりなど、注意がふと切れるタイミング作動してくれる印象だ。初期設定では過剰な介入を感じたので設定から「遅め」を選択しているが、慣れれば程よいと感じる程度になった。

 今回の目玉装備であるアドバンスパーキングだが、期待せず面白そうだからという呑気な気持ちで導入したが、意外に使える仕様になっている。正確な画像認識のため駐めたい場所の周辺に近付いたら可能な限り徐行する、車が十分に動けるスペースを確保して周辺に柱などの障害物がないことを確認するといった多少のコツさえ身につければバシッと綺麗に駐車してくれる。そりゃ自分で入れたほうが速いのだが、自分であくせくとハンドル切り返しシフトチェンジする必要がないので気持ちは楽である。一部から怒られるかもしれないが、最近は駐車をNXに任せている間に降車の準備としてマスクを装着していることが多い。また、リモートパークも入れたら出られない駐車場使用したが、さすがに不安だったもののきちんと駐車してくれた。どちらかと言えば駐車している間に隣の車両が変な幅寄せをしてきたときに乗り込むために車をスペースから出す目的で使うシチュエーションが多そうだと思った。

 高速道路ではオートクルーズコントロールとレーントレーシングアシストでほぼ走ることにはなるが、基本的機能として問題なく軽くハンドルの一部を握っているだけで作動してくれるので感覚的には自動運転に近い。また、レーンチェンジアシストオプションで装備しているが、ウインカー一定時間保持することで周囲を認識自動車線変更してくれる。ただ、3-4秒かけてじわぁ...と車線変更するので横向きのGが発生しにくいので主たる同乗者である妻には好評だが、若干じれったく、この間に道路状況が変わらないか少々不安にもなる。そのために急な障害物や割り込みなどに対して車線変更による回避への対応もできないのでそこからLTAが作動している状況で車線変更しようとすると車が抵抗するし、その後に「もしかしてぼんやりしてますか」とナビに煽られるのは少しイラッとする。自身車線変更する際にはLTAを切る癖をこれからつけなくてはならないだろう。ただ、ネガティブな点はそれくらいで総じてよくできており、未来が来たなぁ、と感じた。

 

 

コネテッドカーとしての魅力

 

 今回のNXに限らないんだろうけど、車自体モバイルネットワーク接続できるのって使ってみると相当に便利。離れてても車の施錠などの状況が確認できたりエアコンを事前に動かしたりすることもできる。地味に楽しいのがマイカーログで、運転経路や燃費なんかも確認できる。これまでは車で直接ナビをいじってみることはできたけど、面倒くさくて見ることは正直なかった。これならどこでも手元で確認できるのはお手軽でついつい見ちゃう。あと、これはいいなと思ったのは事前にスマホで経由地や目的地を設定して車に送っておける機能。車に乗ってからナビ設定するのって時間がかかるしすぐに車出さなきゃならない時とかにうんざりするけど、例えば出先のお店で食事を摂りながら次はどこに行って...みたいな話をしながら入力して、あとは車に乗り込むだけというのは実際に使ってみると実に心地良い。ちなみにまだオーナーデスクにお世話になったことはないのでそのうち使ってみたい。

 

 

オプション装備について

 

 運転支援については記載した通りなので、パノラマルーフプレミアムオーディオマークレビンソンについて。パノラマルーフはツートン調になることに若干の抵抗があり、特に必要性も感じなかったが換気やリセール意識した際の人気オプションである説明され導入した。実際には「開けると楽しい気持ちになる」程度であるが、朝の日差しが心地よい時や、ふと信号待ちで天井からの町並みを見上げた時には良い開放感があって装着してよかったなと思える。

 ちょっとだけオーディオ趣味なのもあってマークレビンソンの装着はあまり迷わなかった。自分オーディオ装置を選定するととんでもない手間と金銭がかかることは目に見えていたので、お手軽にメーカー純正オーディオシステム最初から入ってること自体が魅力的だった。納車まで試聴する機会はなかったのだが、カーオーディオに詳しくはないもの20万円程度のオーディオシステムとしては十分良いレベルを確保していた。具体的には解像度や定位感が良好でノイズレスダイナミクス表現にも優れており小さい音量の楽器までしっかりと表現する「普通に良い音」だった。過剰なサラウンドや低音をブーストするような安っぽい演出ではなく、どこの座席に座っても2chオーディオらしく自然に聴けるというのは実はそんなに簡単な事ではない。とてもよく練られたDSPが入っていると思う。音量を上げた時にありがちな内装共振は抑えられてる印象で、キックドラムや超低域のシンセベースフレーズでもスピード感があって無駄残響がなくキレがいい。難点があるとすれば、ピュアオーディオ的な良い音の作り方でもあるので音源に左右されがちなこと。当初はiPhoneからBT接続にしていたんだけど、有線でのApplCarPlayや、妻のXperiaでのLDAC接続では歴然とした差があったし、録音自体が良質なものは心地よいけど、そうでないものは荒が目立って気になってしまう。聴くものを選ぶようにはなってしまうけど、それはオーディオ世界では普通のことだと思うので「スピーカー自体に金をかけたことがある」層のためのオプションなのかもしれない。ただ、この音を自分であれこれ買って再現しようと思ったら3倍出しても得られない可能性はあるし、ある意味コスパには優れているし私個人では大満足で、これ以上はいらないと思ってる。キリがないから。

ネガティブポイント

 完璧な車なんてないと思ってるけどネガティブポイントは新型車なのもあってないことはない。例えば、ナビの音声認識。初期設定ではヘイレクサスで起動してあれこれ操作やナビ設定ができたりするんだけど、エアコンルーフ、窓の操作はだいたい失敗する。AlexaGoogle Assistantほど賢くもなく、反応も最近音声認識端末で経験するよりは圧倒的に遅い。なんとか使えるのは目的地設定でこれはわりと精度高くできるんだけど、まぁ時間かかるのでオーナーデスクに繋いだ方が早く設定できる可能性すらある。いや、どうせならそっち使えばいいんだけど、人間の手を直接煩わせるのに若干の抵抗があるのでナビ側でなんとかならないかなと。

 あと、エアコンやナビの地図を動かしたりという場面でナビは見やすい高い位置にあって、更に巨大なので意外に操作していると手が疲れる。リモートパッドが評判悪かったみたいで廃止されたようだけど、あっちの方が楽だとも思う。見やすさや表示範囲は圧倒的に良いのでもっと音声操作スムーズで高精度だと手を伸ばさなくとも使えて本来開発者意図した形になるのではないか。あと、再生中の楽曲情報については小さい窓でいいので地図と同時に表示できたらいいのになと思う。

 あと、デジタルキー。実は初期登録がうまくいかず、使用できていない。ただ、使う状況もいまのところないのでそのままにしてる。もうこのままでいいと思ってるくらいにどうでもいい機能だったのかもしれない。うちは運転するのが私ひとりなので共有する相手もいないからこれでいいんだけど。まぁ、いらなかったな。

 

 

 

#総じて

 イマイチな面もあるが車の素性が大変良いので吹き飛んでしまう、というのは素直な感想。なんだかんだ走らせてナンボなので現状では大変満足している。内装においてはこれまでのレクサスと比してスイッチが多い高級感とかアナログ時計とかの特徴は廃されたけど、要素を絞って現代的でシンプルに徹した品の良さは所有していると好ましく思えてくる。ただ、こう書くと北欧テイストなのかと思われそうだけど、そんなにデザインコンシャスなわけでもなく、日本的な割り切り方や合理性をうまく良い形に落とし込んだ、という感じです。まぁ、前車はボ○ボだったんだけど、正直なところ内外装はボ○ボのほうが好きだった。あれは良すぎるんですわ。でもNXはこれでいいんですよ。マイナー輸入車のあれこれに正直なところ懲りた僕は、天下のトヨタ様がパッケージングした車を買ったんです。

 これまで乗ったトヨタ車や、代車で乗ったレクサス車と比べると乗り味が欧州車っぽくなった印象だけど、個人的にはそっちの方が好ましい。メルセデスGLCと購入検討していたけど、やや世代が古めになるのとシートベンチレーターやらの欲しいけどあまり装着例がないオプション在庫車もあまりないし、注文者納期未定で値引きもないし、なんだかんだお高いんですよね。その点でNXはずいぶんとコストパフォーマンスは良いと思います。まぁ、高いんだけど。

 輸入車はそれなりにブランド力があって、レクサスイメージ的に御三家に及んでないところはあるかもしれない。ただ、実車が明らかに劣っているかと言われたら全くそんなことはなく、総合しての商品力はすごく高い。とくにNX価格でみれば価格以上の出来だと思う。トレンチコートを買うときバーバリーアクアスキュータムの名門の定番を買うのか、三陽商会の百年コートを買うのかを迷ったときに、GLCやGLBを買う層は前者だと思うし、Permalink | 記事への反応(1) | 23:58

2021-08-30

育児漫画の傾向

いろいろ育児漫画を読んでみて、一口に「育児漫画」と言っても様々なジャンルがあることがわかった。

普通育児漫画

子供面白いことした、育児のココが大変、でも子供かわいいよねーという普通の内容。漫画エッセイが上手な人の育児記録は面白いが大して面白くない人のは面白くない。子供ニックネーム気合いが入っているものよりそうでないほうが面白い場合が多い。例えば「コマちゃん、ホシくん」より「いちえ、じろう」くらいの気の抜けたニックネームが力が抜けててエピソードがわかりやすい。

障害育児漫画

主に発達障害と診断されるまでという内容が多い。行政手続き療育関係、発達支援ノウハウなど専門的な話が多い。よく下記の愚痴漫画自己嫌悪漫画を併発する。

愚痴育児漫画

子供かわいいよねを主体にしながら裏に夫や社会への恨みが隠しきれてない漫画最近は「夫も付き合いで疲れてるのよね」というカウンター的な内容も見られなくもないが、「私が大変なのは基本的に世の中が悪い!」という風潮。子供主体ではなく母親視点が多いとこのジャンルになりがち。

自己嫌悪育児漫画

普通育児漫画のフリをして「自信のなかった私だけど育児をして視野が広がりました!」という自己啓発に近い内容のもの。いわゆる白ハゲ的な話題になりがち。そのまま毒親体験記にシフトチェンジしてもおかしくない内容。常に昔の自分いかダメ人間か語るところからまりがち。

ノウハウ育児漫画

家事は分担、合理化しましょうという愚痴漫画自己嫌悪漫画昇華タイプ。やたらと「うちはホワイトボードタスク確認」「消耗品管理もお互いに」「苦手なことはしない、得意な人がやる」などキラキラした家事育児内容が展開されるが、上手に書かないと「意識高い系(笑)」と紙一重なのでかなりの技量必要ジャンル。「ズボラ」という言葉が大好き。ここでのズボラは大抵謙遜意味で使われがち。冷凍食品ベビーフードの宣伝をしがち。

プロ育児漫画

元々漫画家だった人が育児漫画を書くもの。書く人が漫画家なので大体面白い

架空育児漫画

架空人物子育てをしながら社会に立ち向かう漫画。義両親などの胸糞展開をスカっとさせる系の話になりがち。子育てメディアで連載しがち。

ヤバい育児漫画

普通育児漫画を装い、過度にネタを放り込んだり子供キャラを過度に作っていたりと育児エッセイと言うよりアクセス数のために子供エピソードを使っている感じがぷんぷんするブログブログ周りがやたらとごちゃごちゃしがち。絵に力は入っているのにあまり面白くないことが多い。

2021-05-02

コロナ対応改憲必要」57%、一理あるかもしれない

コロナ対応改憲必要」57% 共同通信世論調査

https://news.yahoo.co.jp/articles/7ec1d495b848a971128aff7c5fc0dedf1a2c92ee

共同通信社は30日、憲法記念日5月3日を前に憲法に関する郵送方式世論調査結果をまとめた。新型コロナウイルスなどの感染症や大規模災害対応するため、緊急事態条項を新設する憲法改正が「必要だ」とした人が57%、「必要ない」は42%だった。内閣権限強化や私権制限が想定される緊急事態条項新設を容認する声が反対意見を上回った。長引くコロナ禍が影響したとみられる。

ちょっと長めになってしまったので、はじめに要約すると、

改憲なくとも法を生かせば緊急時行政権限をフル活用できるはず、と思ってきたが、過去公害の教訓を思い起こしてみると立法行政不作為が目立つ。

憲法の制約で権限がないのではなく、あっても使わないのが問題だった。そこにメスを入れるには、行政立法指導する上位の規律必要で、「今まさに緊急時シフトチェンジしろ

行政立法に促す仕組みが必要なのでは。それはひょっとすると憲法役割なのかもしれない。

という趣旨


+++++++

改憲の是非でいえば、基本的スタンスはノーだ。

内閣権限強化」、これは橋本行革の結果、小泉政権内閣官房の強化の恩恵を受け、その後、安倍がめちゃくちゃにした経緯から

これ以上の内閣官房の強化などナンセンスだと思うし、

現行の制度運用できないのか?と言われれば、

公害立法歴史を振り返っても、現行の規制権限は決して弱くはない。立法余地もある。

実際60年代から70年代にかけて、深刻化した公害に山ほど立法を制定、70年はとりわけ公害国会などと呼ばれた時代もあった。

そうやって公害を克服しようとしてきた歴史の教訓をみても、現在感染症コントロール問題が、憲法改正でしか解決しえないとは思えない。

から問題はできることをしない、立法不作為行政権限の不行使のほうで、それを改憲論議にすり替えるのはおかしい、という意見も納得できる。

しかし。

それこそ公害の教訓を振り返れば、という話なのだが、

改憲世論が盛り上がるのは、だからこそ逆に、一理あるのかもしれない、とも思う。

もちろん、行政立法性善説に立てば。。という留保はつくが。

というのも、水俣病を例にとって、公害被害を振り返ってみると。

なぜ今日に至るまで長年、放置されてきたか。長年の放置もさることながら、振り返ると、初期の対応のまずさが際立つ。

チッソ工場への排水をやめさせる権限のある水質二法の適用

漁業法による禁止措置漁民への補償食品安全法による有機水銀汚染された可能性のある魚類販売禁止

すべて見送られた。つまりすでに対応可能な法的ツールがあったにも関わらず、被害が拡大した。

こうした行政権限の不行使が最終的に裁判で争われ、最終的に結審したのは2004年

国は高度経済成長をとめたくないがゆえに、規制権限行使しなかった、というのが結論

これは初期の対応が間違っていたことを指摘したものだ。

1970年代公害社会問題の深刻化を受けて山のように公害立法が制定されたが、それ以前の問題として

そもそも1950年代、すでにある水質二法等で権限行使できただろが、という。

法の不備ではなく、繰り返すが、すでにある法を使いこなせなかった行政責任が厳しく断罪されたわけだ。

ここから導き出される本当の教訓というのは、規制権限があったにもかかわらず

なぜ初期の対応がこれほどまでに、被害者をないがしろにしたものになったか、という問題

それは経済を優先した政治意思決定メカニズムだ。

そこには、何か異常な事態が発生したときに、立ち止まって物事を考え直す、

シフトチェンジの仕組みが欠落していたともいえるのではないか

かつて辺見庸は、地下鉄サリン事件の際に、丸ノ内線駅構内で、人々がバタバタと倒れているなか、

通勤している乗客枕木でもまたぐかのように出口へ向かった光景について

日常的なことを目の前にしても、脳が適切に処理できず、

惰性で日常論理で動こうとする「慣性イナーシャ)」が働いているといったが、

ここ一年を振り返ってみると、そういう政治的な意思決定がかなりよくみられた気がする。

この問題解決されない限り、改憲による緊急事態条項検討など、全く意味をなさない。

日本は、意思決定の仕方、会議の仕方を根本から見直したほうがいい。


いや、だけど一方で、

緊急事態条項のようなシフトチェンジトリガーがないからこそ、漫然と経済優先で動いてしまうのか?という疑問も頭をもたげる。

どっちなのだろう。

そんなことを思い出したのは、さっき、尾身会長インタビュー記事を目にしたからだ。

尾身茂氏が語った「マスクを外せる日」「3回目の緊急事態宣言なんて聞く気になれねぇ」への意見 | 文春オンライン

――東京都墨田区長野県松本医療圏など、基幹病院支援に回る地域病院医師連携が回っている地域の取り組みも報じられているが、厚労省は、こうした体制づくりのため各地の医師民間病院に強い指示が出せないものか。

尾身 医師病院に対して国が強い指導力を発揮する英国のような仕組みとは違い、日本厚労省というのは公立民間などさまざまなステークホルダー意向尊重する必要があって、上から目線はいわない。平時はそれも大切ですが、危機局面ではどうなのか。この機会に考えてみる必要はあります

――医療提供体制の拡充やワクチン接種準備で、国民が納得するだけの結果を示せないことに国民は苛立ちを感じている。強権的なイメージが強い菅義偉首相だが、結果を示せない理由は?

尾身 それは政治のことだから、私にはわかりません。ただ、総理大臣は、いろいろなことを今、四方のことを考えなければいけない立場にあるんでしょう。そう思います



平時から非常時へのシフトチェンジ

これが明確な意思決定メカニズムとして組み込まれていないことが、水俣病の初期対応問題もつながっているように思えた。

それを可能にするのは、規制権限の強化と行使、という既存立法行政機構のあり方の、もうひとつ上段の制度として構築する必要があるのかもしれないといえなくもない。

改憲への渇望というのは、案外、そういった視点で考えることも可能ではないかとふと思った。

しかし、憲法踏み込むのではなく、

危機対応専門の省庁を創設する、というのもひとつ方法。非常時のガバナンス体制を整備する。

米国FEMAアメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁)、CDCアメリカ疾病予防管理センター)のように。

現在のように、菅、西村田村河野小池、、、、、みたいに

船頭多くして船、山に登る、という問題への処方箋となろう。

そうすれば、現在河野太郎のような感染症素人新型コロナウイルスワクチン接種推進担当大臣として奮闘する、といった話もなくなるはず。

彼はおそらく、急に任命されて困っただろうが、実質やれることを模索した結果、

ロジ担当となり下がってしまっているように見受けられる。住民心配に答えるのは基礎自治体役割だ。

大臣仕事じゃない。本当の危機管理はそういうことではない。

危機管理のプラットフォームができれば、アメリカのファウチ博士のように、

集団免疫獲得に向けた仮説を立て、何%の接種があればOKで、ワクチン効果が切れる前の接種完了を逆算してスケジューリングする。

目的ロードマップ国民に示したうえで協力を仰ぐという、専門家による意思決定ベースとなったリーダーシップ重要だ。

今は「高齢者の接種」そればっか。もっと全体の話をすべき。

ガバナンスの基本は、法、規則基準科学的な予測を明示した意思決定を行うことだ。

これは世界銀行の借用だが、世銀では途上国行政改革支援の際に、ガバナンスを以下の4要素で因数分解して

能力評価している。

説明責任財政リソース)、予測可能性(法的枠組み)、透明性(情報公開)、参加(連携)の4つ。

テーマ出しした瞬間、近年の日本がどの分野でもガタガタになっていることがわかる。

いずれにしても、緊急時ガバナンスの訓練を積んでゆくことが大切で、こうした組織を立ち上げることには意義があるだろう。

現在菅政権は、こうしたガバナンスの観点から落第点であり、

首相が何を考えているかからず、結局、リーダーの一挙手一投足に注目が集まる意思決定となっている。

急に決心して、緊急事態宣言を発出したりやめたりする。このように国民から予測可能性を奪うやり方は国民から自由を奪うのも同然だ。


国民からすれば、知らず知らずに国のリーダーシップ注視せざるを得なくなり、いつの間にかリーダーシップ問題錯覚してしまうが

本当は危機管理はリーダーシップの欠如の問題ではなくて、ガバナンス問題だ。リーダーが誰であれ、ある程度、やるべきこと、基準が決まっていて

どのように対応するかが決まっていること、この予測可能性が確保されることが大切。

国民にとって予測可能でなければ、国民自身計画を立てられず、急に決断されても、ついていけいけない。

水木しげる漫画で、上官が急に玉砕を決心したので部下の大半が付いていけず、結果として敗残兵として生き残った兵士に、すでに全員立派に玉砕したことになっているのだ、として、ラバウル本部が改めて玉砕を命じる、という話がある。日本人のリーダーシップ象徴する話だと思う。)

しかし、一方、リーダーシップ問題は残る。

緊急時へのシフトというのは、なにかしらリーダーとして発動するトリガー必要なのではないか

憲法、というのも、民主的意思決定の根源として、

そこに非常時へのシフトチェンジ記載されることにも意義があるのかもしれない、という考えに傾いてゆく、そういう世論の動きもわかる。

もちろん、そんな非常時に平和ボケして判断の鈍いおっさん首相だったらなんの意味もなさないが、誰かがシフトチェンジを発動しなければならない、

それが立法危機管理のプラットフォームづくりだけでうまく機能しないのであれば、ある意味大統領的な権限を期待する傾向が出てくるのは自然なことのように思う。大統領権限というと、合衆国建国当時まで振り返ると、当時の議論のなかで、リーダー聡明さ(アリストクラシー)というのは、欠かせない条件だったように思う。

日本政治社会にそんなことを期待できるのか、と考え始めた瞬間、改憲には激しく首を横に振らざるを得ないのだが。

そんなことをインタビューの印象として持った。

2021-03-31

anond:20210330140838

自分の車も珍しい場所故障したことあるの思い出した。

インプレッサMT乗ってた頃、走行中にクラッチ踏んだらバチン!ってデカい音がして、クラッチの踏み心地がおかしくなった。

シフトチェンジはできるんだけど、スカスカというか支えがなくなった感じ。

幸い1km先にちょうどディーラーがあったのでそのまま乗りつけてすぐ見てもらった。

やはりクラッチの支え部分が外れたとかで、ここが壊れるのははじめて見たと作業員の人は言っていた。

本来壊れる場所じゃないのでお代は要りませんと言われてタダだったけど、高速走行中に起きたら危なかったよなあと今思い出すと思うわ。

2021-03-30

メイプルストーリーの思い出(追記)

小学生の頃、狂ったようにMMORPGで遊んでいた。

自分には所謂お金持ちの友人がいて、彼は自分専用のデスクトップを3台所有していた。

彼は自分を自宅に招き、そのPCであらゆるゲームを紹介してくれた。

ぱどタウンからまり(これはゲームではなかったが)、ハンゲームメイプルストーリー天上碑(だったと思う)、REDSTONEDJMAXなどなど。

その中でも彼はメイプルストーリーにハマっており、ジャブジャブ課金をしていた。

彼はどのゲームにおいてもゲーム内フレンドを作るのが怖いらしく、そこで「現実の友人をゲーム内に連れてきてフレンド登録しよう」と考えたそうで、それで選ばれたのが自分しかった。

自分は家にPCどころかインターネット回線もなく、フレンドというにはかなり心許ない気もしたのだが、彼は自分毎日自宅に招くことで解決を図った。

実際ゲームはどれも面白く、かなり不健康光景ではあったが、「友人宅で毎日PCに張り付き隣に座る友人とゲームチャットで会話をする」ということをかなり楽しく感じていた。

しかし、彼の一番熱の入っていたメイプルストーリーを進めるうちに、課金しまくっている彼とのレベル差や装備差がかなりある事が気になってしまった。

そこで自分祖父にねだってノートPCインターネット回線を用意してもらい、彼とは違うサーバーで新しくメイプルストーリーを始めた。

彼に言われるがままにスキルを上げ、モンスターを狩る生活から、なにもかも手探りで文字通り冒険する生活へとシフトチェンジしたのだ。

正直言って、彼と一緒にゲームをするよりもはるかに楽しかった。

自分ゲーム内で知らない誰かに声をかけてフレンドになることを特段苦痛に思わなかったので、積極的に声をかけてはフレンドを増やし、さまざまな狩場でさまざまなメンバーと一緒に遊んだ

その中のどこかのタイミングで、自分は柊シミヒロ(仮名)というプレイヤー出会った。

その隣には柊シミコ(仮名)というプレイヤーがいつもいて、2人はどうも姉弟しかった。

そしていつしかその柊姉弟と、あとアスタリック(仮名)というプレイヤー自分の4人だけで、メイプルストーリーは完結するようになっていた。

かいことはもう忘れたが、毎日他愛無い話をしながら狩場を巡り、ジョブチェンジする時もみんなでバランス良くなるよう話し合いをしながら慎重に決定した気がする。

そうして遊ぶうちに、自分は柊姉と文通をするようになった。

柊姉は受験が終わり無事志望した大学合格したことや、一人暮らしが始まることを、とても丁寧な細い字で記していた。

一方自分が何を書いたかは覚えていない。ただ、大学入学を目前にした彼女にとっては、小学生の書く手紙などとてもつまらなく稚拙な内容だったに違いない。

そのうち自分は別のゲームに移ってしまい、メイプルストーリーにはログインしなくなってしまった。それでも柊姉との文通は続いた。

しかしある日、彼女からの返事は来なくなってしまった。

きっと大学が忙しいんだろう、と思いそれ以上もう踏み込むことはなかった。

それから数年が過ぎ、自分MMORPGを完全に引退し、いつかの柊姉と同じように、志望する大学合格した。

その時ふと彼女や弟のことを思い出し、自分はそのハンドルネーム検索をしてみた。

当時のハンドルネームいつまでも使うとは思ってもいなかったので、なんの情報も出てこないことに特別落胆はしなかった。

けれどあれほどにまで熱中した日々がどこにも残っていない事にはすこし寂しさを感じて、検索結果をどこまでも潜っていった。

すると、柊弟と似た名前ユーザブログが見つかった。

記事は数年前に更新が止まっていたが、そこには家族が亡くなったことと、姉が精神的に参ってしまたことが書かれていた。

そして多分その記事投稿されたタイミングと、柊姉との文通の止まったタイミングも合っていた。

柊弟のブログだと確信した。

それ以上のアクションは何も起こしていない。

彼の捨てたブログコメントをするつもりは一切なかったし、彼女自分に伝えた住所に再び手紙を送るつもりもなかった。

名前を変え、インターネットから消えていった姉弟に縋り付くつもりもない。

けれど心のどこかでは、「20年近く前に遊んだ小学生が今もあなたたちのことを覚えていて、再び何かのきっかけで出会えて話ができたら嬉しいと思っている」ということを伝えたいと思っている。

そして姉弟過去にあったさまざまなことを乗り越えて、今元気でいてくれたら、もっと嬉しいと思っていることも伝えたいと思っている。

(追記)

コメントありがとうございます

お金持ちの友人は中学受験合格し、丁度柊姉と文通を始めたくらいのタイミング地元を離れていった。

何度か年賀状の交換はしたがあまり楽しそうな雰囲気は伺えなかったうえ、大学合格した頃、風の噂で彼がもうお金持ちの友人ではなくなってしまたことを耳にした。

アスタリックについては、彼も大切な思い出を構成するメンバーではあるものの、姉弟と比べあまり個人間でのエピソード存在しない。

というのも自分は当時柊弟に恋をしており、柊姉もそれとなく察して色々と配慮をしていてくれたため、彼と個で会話することは少なかった。

いただいたコメントを読み、再び柊弟のブログを探してみたものの、もうどこにもなかった。

また自分も度重なる引越しで当時やりとりしていた手紙を紛失していたようで、柊姉弟との繋がりは完全に途絶えていることがわかった。

それでもふと何かの拍子に彼女らのことを思い出して、連絡ができたらなと思うことがあるかもしれない。

そう考えると少し寂しくはあるが、でもそれで良かったのだと思う。

自分人生ドラマチックを求める材料彼女らを利用したくはないし、彼女らもきっとそれを求めていない。

2021-03-13

日本卓球界って「中国以外には勝ってポイント稼ぐ日本から中国にも勝てる日本」にシフトチェンジするため

小学生からエリート育成を始めて

それで出てきたのが伊藤美誠平野美宇世代なんだけど

福原世代から間が飛んでるだよね、石川佳純がいるくらいで。

その間の微妙な育成しかされず世界に出れなかった世代の事を考えると

氷河期はもう諦めて次のフェイズを目指すしかない日本少子化問題と同じ構図で何か怖いものを感じる。

2021-03-01

大学は働きながら通う形態シフトすべき

今、大学という仕組みは崩壊しつつある。その一因は少子高齢化だろう。学費を払う子どもは減り、高齢化国家予算社会保障費に回され研究費は枯渇する。高いスキルを持つ筈の教授達は雑用研究時間を失い、論文の被引用数は減り続ける……。日本大学未来は暗い。今の大学に持続可能性はない。

しかし、大学必要だ。高等教育を受けた大量の人材日本科学技術を、国際競争を支える力となるはずだ。国力は教育から

そのために、大学の在り方は変わるべきだ。

 

そこで私は、『大学は働きながら通う形態シフトすべきだ』と主張したい。

社会人が働きながら自分の稼ぎで通えるような場所シフトチェンジする事で、教育格差を是正し、少子化時代においても幅広い年齢層から学費を集めて、子供を産む親の学費負担を軽減することで少子化を解消し、持続可能性を高めることができるはずだ。

手始めに、大学は5〜6で通える社会人学生部を設置すべきだ。

※夜間や通信の強化も良いが、あれは負担が大きすぎて普遍化するには厳しいと思う。

そして、国が音頭をとって、大企業に「大学に通いながら働ける雇用形態」で高卒を雇う枠を作らせるべきだ。(障害者雇用のように一定雇用率に対して給付金を出すといいかもしれない)

国や企業からの一部学費の補助などもあったほうがいい。初めは高卒20代30代を対象として、徐々に17〜18歳を対象にすることを考えると、受験就活が被らないようにギャップイヤーを長く設けることなどが必要かもしれない。

ともかく国が全面的支援して、新しい形の大学大学生、そして働き方を作り出していくべきだ。

 

もちろんこれは増田の考えた一意見に過ぎない。現状の大学のあり方に疑問を持つ大学職員が沢山いるはずだ。大学の在り方の議論もっと活発化すれば、より良い意見が出てくるはずだ。大学には是非、日本未来を明るくして照らして欲しい。

2021-01-04

anond:20210104173827

緊急事態宣言が効かなかった時のB案はあるのか

なんだかまた4,5月頃の、具体的な根拠や明確な基準がないまま緊急事態宣言出そうな雰囲気あるけど、個人的にはもうそういう段階じゃない気がしていて、世間空気モヤモヤしている。

しか医療は切迫していて何かしら手を打たないといけないのは確実だけど、ハンマーダンスとかは初期の話であって、現実的ワクチンじゃ終息しなさそうな気配あるし、そろそろもっと長期戦に備える準備をすべきじゃないのと思う。

何より、GoToオリンピックに対しては「失敗した時のB案を考えろ!」と憤っている人たちが、緊急事態宣言や一斉休校については、それをしてもなお感染が収まらなかった時のB案を全く考えていなさそうに見えるところが引っかかる。

で、エッセンシャルワーカーとか含め、あらゆる人が一斉に引きこもるのはあまり現実的じゃないとした時に、変異株の感染力とかも考えると、緊急事態宣言出しても感染まらない、さてどうする?となる可能性が高い気がしてる。

そうなったとき緊急事態期間の延長や三度目の宣言みたいな話になると、もう世間ほとんどはついてこないと思う。クラスターが影に隠れるだけなのが目に見えてるし、海外郊外違法レイヴ感染増えたりしてるのと同じ道をたどりそう。

はてなーの皆さん方とは違って、世間の人って長期的な禁止とか制限に耐え続けられるほど強くないよ。

じゃあ何をすべきなのというと、制限補填ではなく、もう社会需要供給バランスを変えていくしかないと思ってる。

恐らく新型コロナウイルスはもう、今年中にワクチンとか自粛で終息するといいね、というレベル災害ではない。何をやってもたぶん2019年以前に戻ることはない。

となると、みんなもう忘れてるけど本気出してニューノーマルのための仕組みを作っていくしかないと思う。

具体的には、自宅で仕事とか娯楽が楽しめるような製品サービステイクアウトなどに対して支援金出すとか、宿泊観光業に関しては、止めてる間の補填というよりもむしろ、店じまいや別業態へのシフトチェンジに対してお金を出すべきじゃないかな。

北風と太陽的にいうと、外に北風吹かせ続けるより、家の中での生活を充実させて温めた方が人は籠るよ。

印鑑廃止のためにハンコ屋にお金払い続けたってキリがないのと同じで、今後ガッツリ変わるであろう需要供給バランスを変えていく最初ステップに対して支援補填した方が、長期で見ると現実的だと思うけどなあ。

なんか、政治グダグダへの不満が募ってるのはわかるけど、緊急事態宣言を出させることが最終目的になってる人が多くなりすぎてる気がして不安しかない。

これでダメだった時、あの時法改正をサボったからだ!とか、GoTo失策だった!とか過去への文句に切り替えて何も進まなくなる未来しか見えない。

追記野党は対案〜とか書かれてるけど、別に政権擁護でもないし緊急事態宣言に反対!というわけでもなく、緊急事態宣言発出を急ぐ人たちに一旦立ち止まって欲しいだけだよ。

立ち止まるって、反対ってことじゃねえのか?

何か科学的又は合理的理由があるのか?

示していただければ助かるのだが。

 

記事についているコメント見ても

何か根拠のないお気持ち表明や

飲み屋の与太話みたいなコメントが多いし

何をそんなに自信があるのか不思議だな?

これにも何か科学的又は合理的理由があるのかな?

 

anond:20210104173827

本気出してニューノーマルのための仕組みを作っていくしかないと思う。

具体的には、自宅で仕事とか娯楽が楽しめるような製品サービステイクアウトなどに対して支援金出すとか、宿泊観光業に関しては、止めてる間の補填というよりもむしろ、店じまいや別業態へのシフトチェンジに対してお金を出すべきじゃないかな。

北風と太陽的にいうと、外に北風吹かせ続けるより、家の中での生活を充実させて温めた方が人は籠るよ。

こういう頭いい人がふえれば社会はよくなる

完全に同意しかない

緊急事態宣言が効かなかった時のB案はあるのか

なんだかまた4,5月頃の、具体的な根拠や明確な基準がないまま緊急事態宣言出そうな雰囲気あるけど、個人的にはもうそういう段階じゃない気がしていて、世間空気モヤモヤしている。

しか医療は切迫していて何かしら手を打たないといけないのは確実だけど、ハンマーダンスとかは初期の話であって、現実的ワクチンじゃ終息しなさそうな気配あるし、そろそろもっと長期戦に備える準備をすべきじゃないのと思う。

何より、GoToオリンピックに対しては「失敗した時のB案を考えろ!」と憤っている人たちが、緊急事態宣言や一斉休校については、それをしてもなお感染が収まらなかった時のB案を全く考えていなさそうに見えるところが引っかかる。

で、エッセンシャルワーカーとか含め、あらゆる人が一斉に引きこもるのはあまり現実的じゃないとした時に、変異株の感染力とかも考えると、緊急事態宣言出しても感染まらない、さてどうする?となる可能性が高い気がしてる。

そうなったとき緊急事態期間の延長や三度目の宣言みたいな話になると、もう世間ほとんどはついてこないと思う。クラスターが影に隠れるだけなのが目に見えてるし、海外郊外違法レイヴ感染増えたりしてるのと同じ道をたどりそう。

はてなーの皆さん方とは違って、世間の人って長期的な禁止とか制限に耐え続けられるほど強くないよ。

じゃあ何をすべきなのというと、制限補填ではなく、もう社会需要供給バランスを変えていくしかないと思ってる。

恐らく新型コロナウイルスはもう、今年中にワクチンとか自粛で終息するといいね、というレベル災害ではない。何をやってもたぶん2019年以前に戻ることはない。

となると、みんなもう忘れてるけど本気出してニューノーマルのための仕組みを作っていくしかないと思う。

具体的には、自宅で仕事とか娯楽が楽しめるような製品サービステイクアウトなどに対して支援金出すとか、宿泊観光業に関しては、止めてる間の補填というよりもむしろ、店じまいや別業態へのシフトチェンジに対してお金を出すべきじゃないかな。

北風と太陽的にいうと、外に北風吹かせ続けるより、家の中での生活を充実させて温めた方が人は籠るよ。

印鑑廃止のためにハンコ屋にお金払い続けたってキリがないのと同じで、今後ガッツリ変わるであろう需要供給バランスを変えていく最初ステップに対して支援補填した方が、長期で見ると現実的だと思うけどなあ。

なんか、政治グダグダへの不満が募ってるのはわかるけど、緊急事態宣言を出させることが最終目的になってる人が多くなりすぎてる気がして不安しかない。

これでダメだった時、あの時法改正をサボったからだ!とか、GoTo失策だった!とか過去への文句に切り替えて何も進まなくなる未来しか見えない。

追記野党は対案〜とか書かれてるけど、別に政権擁護でもないし緊急事態宣言に反対!というわけでもなく、緊急事態宣言発出を急ぐ人たちに一旦立ち止まって欲しいだけだよ。

追記2:ウッこれは自分の書き方が完全に悪いのだけど市井の人たちにB案を考えるべきと思ってるわけでもないよ

追記3:B案はより強制力のある外出規制に決まってんだろ的なコメントについては、

・娯楽とか会食は潰せても、エッセンシャルワーカーを中心に現実的に篭るわけにはいかない層は生じる

・それで終わりが見えなかった時/規制解除が即再拡大に繋がるような状況になった時の対策をすべき

と思う(ていうか本文で書いてる)

ただ冷静になって長期戦の覚悟をした方がいいよ、と書いてるだけなのにこんな斜めの方向からコメントがいっぱい来るとは思わなんだ。

いくつかのコメントについて:https://anond.hatelabo.jp/20210105013158

2020-12-13

anond:20201212143415

お姉「ちゃん」て言うのが嫌なんかね

弟はおばあちゃんって呼ぶのが嫌でばーさんにシフトチェンジしてたけどそういうこと?

2020-12-10

君らそのうちケツの毛まで抜かれるぞ

アクロバティック政権擁護厨の主張が 「GoTo中止で観光業が氏んでもいいのか」 からGoToだけ批判してればよい状況ではないだろ」 にいつのまにかシフトチェンジしてて笑う

2020-10-11

ホロライブの魅力が相対的に減っているように感じる

多分急激に有名になりすぎて、するべきシフトチェンジが追いついていないというか。

要は、演者自分数字しか見ていない=自分数字にならないことは一切やらない。

そして運営も、演者数字を伸ばすためのアシストに特化しすぎて、コンプラやら法務的な業務ダメダメ

まるでガリ勉とその親みたいな構図で、そりゃ嫌われるだろうよ。

一応、ファン同士が対立しないよう、同じ事務所演者の話をするときコラボするときもかなり気を遣っていて、それが箱推しにつながっていた時期もあった。

でも今はもう、各自活動タコツボ化している感がハンパない


まあ、事務所ブランドや人気演者とのコラボというゲタはあるものの、基本他の誰にも頼らないで数字を取っていければ、周りで何が起ころうがファン絶対についてくるという強みはある。

塾や進研ゼミという手段であっても、勉強したことは何があっても自分財産なるみたいな。

それににじさんじみたいな、メンバーシップを通じた売名行為推奨みたいな営業方針と違って、コミュ障陰キャであっても活動可能というメリットもある。

これも勉強さえできれば…に似ている。

とはいえ、そういう独り善がりが透けて見えるようになると、手放しでの応援は難しい。

ノブレス・オブリージュじゃないけど、「無償で何かをあげてしまう」ムーブみたいな、勝ち組ゆえの余裕を見せられればと思う。

それだって偽善というツッコミはありそうだけど、金の亡者みたいな叩きよりは遥かにマシな状況になりそうだし。


陰キャコミュ障という単語が出たからついでに言うと、にじさんじ陽キャコミュ路線は、それはそれでホロとは別の意味炎上の温床になるので(武勇伝まがいの犯罪自慢とか)、事務所がその運営清廉潔白にこだわるのも当然である

そういうリスク回避もあってか、今夏デビュー新人ユニット(セレ女)は全員陽キャでありつつも下品さや粗野っぽさとは無縁で、イキるムーブするときも十分に節度をわきまえた、中学受験頑張った系の優等生キャラばかりだったり。

(唯一国語力に難がある西園チグサであっても、女学園入学後は無勉低空飛行な遊び人路線の「設定」と思えるレベルに留まっている)

この人選は今の所、数字こそ勝っている反面、デビューから僅か2ヶ月でイメージを大いに損なってしまっているホロライブ5期生とは対照的な、堅実さが光る結果となっている。

まあ見た目に関しちゃ、同じガッコの制服ベースな「パーカー少女と4人のニーソたち」以外に、なにか際立った特徴はない。

それに配信内容も、上述のおチグ以外のニーソ4人については、わかりやす面白みに欠ける(とはいえ件の4人は配信経験からの出発なので仕方ないのだが)。

でもクレバー彼女らのこと、いずれ好転すると思うので、長く応援していけそうである

2020-10-03

anond:20201002184712

アジ子のやつがクネクネから巧くシフトチェンジできずにいろんな話題に難癖つけてどうにか人気を取り戻そうとしている姿が微笑ましい

2020-09-24

「○○なの生きづらそう」とかいぶぶ漬け構文

本当に生きづらそうと思うなら本来同情して寄り添うような行動をとるべきなのである

しかし実際は、「お前は普通じゃないアブノーマルなお前は邪魔、愚か」という中傷である場合が多い。そのため寄り添うような言動は見られず、できるだけ婉曲に相手を貶し続ける。

それが咎められても「いや、ただの感想だし」「同情しただけ」と逃げる。それどころか「そう受けとるということは~」と追い中傷までするのである

それなら「お前嫌い、死ね××(差別用語が入る)」の方がよっぽど正直であり健全である

結局相手に直って欲しいとかそういうことはなく、ただ自分攻撃されないようにうまく相手の心が傷つく攻撃をできれば良いのである

そんなことを容認しながら、一部の言葉だけマルキンワードにして「それを言ったら終わり」とする世の中は絶対に間違っている。

監視不可能から真の悪人容認悪人らしきものを吊るす今の世の中は、コミュニケーションに乗っ取られた人間の末路だ。情報化社会は、今の万倍は成長しなければならない。「できる」の追求からそろそろシフトチェンジしなければならない。

2020-07-21

追記オタク人格が手術で変わった

追記

コメ色々ありがとう。そういえば手術では大量輸血が必要だったのだがそれで人格が入れ替わったのか…。

よく臓器移植ドナー記憶が、みたいなオカルト話があるけどあながち間違いではない…のか?

推しは本当に急に変わったので加齢ではないとは思う。

変わった人格でも楽しく生きてるよ。

あと、そもそもオタク治療するために手術した訳ではないからね!オタクは治る病気ではありません。



5年前、ある病気入院しそこそこの規模の手術を受けた。産まれて初めての全身麻酔、そこから目覚めて入院生活リハビリをしているうちに色々なもの自分の中で変わっていったので記録しておく。

推しキャラの傾向の変化


まず前提として私はオタクなのだが、推しの傾向が180度変わった。急に。

それこそ小学生くらいから「黒髪・太眉・熱血主人公キャラ」なら無条件に好きになっていたものだったが、術後どうも食指が動かなくなったように思う。代わりに「金髪or銀髪中性的・どっちかというと敵役」に急激にシフトチェンジしていった。コペルニクス的転回ってこういうこと?多分違うな。残念ながら頭の出来は変わらなかったらしい。

Twitterアカウントも変えた。友人からジャンルで何か嫌なことでもあったのか、と心配されたが「手術を受けたら推しキャラが変わったんだよね〜」とは口が裂けても言えないのでなんとなくね、でお茶を濁した。正直に話したところで今度は頭の心配をされかねないので…。

漫画ばかり読んでいたがこれ以降ゲームも出来るようになった。

読書傾向


術後のリハビリは「痛い・グロい・怖い」の三拍子だったが、詳しい内容は気分を悪くする可能性が多分にあるので割愛する。

病気をする前の私は所謂リョナ物が何より好きだったのだが、自分が実際痛い目にあってから全く読めなくなった。

今は多少は平気になったので楽しく購読している。嫌いになったというよりは読んでいて「イテテテテ!!」と当時の痛みを思い出してしまうからだったろう。好みが変わったからといって否定する気は全くなく、一つのフェチに特化した読み物は今でも良いものだと思う。

入院生活の間で実際に死や痛みと闘う患者さんや、それを懸命にケアする医療スタッフの方達を間近でずっと見ていたことも影響を受けたように思う。

それに以前の私はとにかく尖ったサブカル系ばかり読んでいた。流行り物なんてクソだと思っていた。

今では尖ったもの面白く読むが、流行り物も積極的に読んでいる。面白いか流行るんだよね…。

嗜好が変化したというか、受け入れる世界が広がった。

これは病気と一緒に中二病が治ったということになるのだろうか?

服装・その他生活


元気な頃はとにかく体系は細ければ細いほど美しいことに取り憑かれていた。ロリータファッションに傾倒し、毎月結構金額が飛んでいった。軽自動車くらいなら一括で買えるくらいだっただろうが、可愛いものに囲まれ生活は本当に幸せだった。

今にしてみるとまるで他人のことのように思えるのだ。今通う店、GU。そんぐらい。バッグや靴はちょっといい物を買って、あとは周りに浮かない程度にトレンドを追い、ファストファッションを季節ごとに使い回す。

ロリータや裏原系は見るのは未だに大好きだがもう二度と袖を通すことはないだろう。これは加齢や太ったこともあるのかな。「ロリータはまず精神から!」という風潮があるが、精神がガラッと変わってしまったのが一番大きいかもしれない。

ロリータを着始めた切っ掛けにはまず私が熱狂的なバンギャルだったという事もある。

ヴィジュアル系は今でも聴く。これもやはり読書傾向と同じで、以前好きだったものも変わらず好きだが世界が広がりジャニーズ坂道系やEXILE系も好んで聴くようになった。アイドルソングガチガチのその道のプロが創ってプロモーションしている訳で、いい曲なのは当たり前なのである

アニメグッズなんかもそれ程買わなくなった。代わりに画集フィギュア一期一会なので買ってしまうが。

もし、5年前にタイムスリップが出来て、当時の私に「私は未来貴女なんだよ」と告げたら、泡を吹いて倒れるだろう。精神的に脆い人だったので、世を儚んで命を絶ってしまうかもしれない。

からタイムマシンが出来ても私はきっと使わないだろう。当時の私は、本当に幸せで、毎日楽しく過ごしていた。

今の私も、本当に幸せに楽しく気楽に生きている。GUの服を着て、流行りのギャグ漫画を読んで、たまにヴィジュアル系を聞きながら。

書きながら気になったのだが、もしかして知らないうちに臨死体験というものでもしたのだろうか?

とりあえず上記を50倍ほどに希釈した内容を長年の友人に話したら帰って着た言葉が、

麻酔で寝てる間に脳みそいじられたんじゃねえの?」

その発想は、なかったな…

2020-06-06

ジャンプ(的作品)の王道鬼滅の刃について

思いついたことを書くだけ。

旧来のジャンプ少年漫画王道文法と呼ばれる要素の一つに、社会性のない獣のような主人公が成長して(ある程度は)人間的になっていくというものがある。ドラゴンボールスラムダンクキングダムとかチェンソーマンとか色々。約ネバもかな?

成長前の主人公がそういう風に書かれるのは、少なくとも文法成立の初期の頃は、子ども(クソガキ)のふるまいを誇張して描いていたからだと思う。

元はそういう子ども向けのコンテンツで、読者は主人公のふるまいや考え方に感情移入していた。

具体的な対象者は、まずは小学校低学年くらいの階級構造あやふやな時期の子ども全体。彼らの世界は上も下も決まってなくて、全員がわがままで、ボスザルになれる可能性を秘めている。

次に、小学校高学年くらいの、ボスザルに憧れることができるレベルの、ガキ大将文化圏強者群。ここでナードや賢しらぶった子ども(=ガキ大将文化圏における弱者)はふるい落とされる。

中学校以降となると階層構造はどんどん細分化されていって、真の意味感情移入できる人間はごく一部である

その頃には二次性徴とか諸々により価値基準が変わってきて、ガキ大将主人公感情移入できてる奴の方がやばいわけだが、それはここでは置いとく。

中学生以降になっても(むしろなったからこそ)そういうガキ大将主人公漫画を楽しめるのは、他人事フィクションとして楽しめるようになるからである。だから女子中学生ジャンプを楽しめるわけだ。

感情移入はいかないまでも、まぁ話は面白いしいいか、ってなものである

ところで、鬼滅関連の記事Twitter投稿か何かで見たのだが、今の小学生ジャンプを読まないそうである。何を読んでいるのかというと、コロコロとかだそうだ。ジャンプ中学生のお兄さんやお姉さんが読む雑誌らしい。

個々の能力にもよるだろうが、小学生くらいだと感情移入できないと物語を楽しめない子が多いだろう。(感情移入ほとんど無くとも物語を楽しめる小学生は、漫画雑誌など読まなくても他のフィクションを楽しめるのだ)

まり、今の小学生ジャンプ主人公感情移入できないのである

ジャンプ王道(やエロ)を楽しくありがたく読んでいるのは、中学生中年のお兄さんやおっさんなのであるしかし、彼らも感情移入して読んでいるわけではない。(そういう人間いるかもしれないが・・・

ちなみに、ナードと賢しらぶったガキと女の子、お姉さん、おばさんは、名探偵コナンを読んだ。基本は頭脳であるコナンアンチガキ大将な者たち(今やそちらの方が多数派である)を取り込んで覇権を取れたのだ。

また同時に、お姉さんやおばさん、爽やかな男子諸君スポーツをやる作品を好んだ。乱暴ではないが、パワーが正義であり、勝ち負け目標がはっきりさせやすい。そういえばコナンボールを蹴ることがある。

不幸なのはスポーツものが今どきのほとんどの人間にとってファンタジーであることだ。とりあえず野球やろうぜってな時代ではないので、真っ当なターゲット食指を伸ばさず、結果としてスポーツもの非公認ソフトBLとして扱われることになった。

ここで鬼滅である

炭治郎(主人公)は作中で関わった人物のほぼ全員から愛され慕われている。

主人公普通に頑張っていたらみんなにモテモテ、などというとまるでなろう小説のようだが、炭治郎は精神性も行動も実に真っ当であり、納得感があるのだ。

炭治郎は無知田舎者だが(そこが"王道でありながら"と言われる所以かもしれない)普通社会性はあって、道徳面では模範的とすら言える。人として備えているべき慈愛に満ち、努力家で、真面目ながら寛容。

彼は人間としてシンプルに魅力的で、そばにいてほしいタイプなのである

不思議なことに、フィクション特に少年漫画)において最初から人間として魅力的な主人公というのは中々いない。なぜか。

主人公はどこかしらに問題を抱えていて(社会常識がないとか非モテであるとか)、それを解消していくことが成長であると、文法によって決められたからだ。漫画ではなくとも、物語というのはそういうものである

良い映画主題は「自分は何者なのか」という問いかけに収束すると何かで読んだ。これは人々が普遍的に感じている(感情移入できる)哲学的命題であって、映画の中では様々なドラマを経て主人公なりに「自分は何者なのか」という答えを見いだす。

それに依ると、鬼滅にこの主題はほぼ存在しない。主人公の家に伝わる教えによる未知の能力というフックは途中に入るものの、その話題は全く重視されていない。

炭治郎は、そんな大げさな悩みを持ったりしない。「俺はこんなものだ」と割り切って「自分にできることを真面目にやろう」なんて考えている。目的は常に「妹を人間に戻すこと」という、哲学的でも何でも無い現実的な物でしかない。

インターネットの影響は大きい。宣伝だとかバズだとかの話ではなく、インターネットが人々に与えた影響だ。

今やネットによって全世界基準自分順位のようなもの何となく分かってしまうようになった。自分より強い奴は山ほどいて、社会に向かって怨嗟の声を垂れ流している情けない大人もいっぱいいる。

自分は何者なのか」が主題として機能しなくなってしまった。「俺はこんなものだ」と思わざるを得ない社会なのだ

の子ども達にとって、どうあがいても未来は暗いのだ。それがもう嫌と言うほど目に見える今の世界で、獣が人間になり大望を成し遂げるというフィクションファンタジーに過ぎるのである

一方で、目標に向かって自分ができるだけのことを精一杯やっている炭治郎の愚直さは真似できそうである。そして、作中ではその姿がひねくれた大人(柱)たちを無言のうちに説き伏せ、主人公応援する側にシフトチェンジさせる。

今の時代大人子どももみんな人間関係に疲れている。努力が報われ、ついでに周辺環境を居心地良く改善していく姿は誰にとっても魅力的に映るだろう。

慈愛に満ち、努力家で、真面目で、他者に寛容な人間というのは、既存作品では大体理不尽な目にあってきた。

それがモブであれば理不尽死ぬ役だし、ネームドであればトラウマを負って冷笑系とか陰のあるタイプになった。それらの作品主人公わがままであり、理不尽に負けない強い者であって、慈愛や寛容は弱さであった。

炭治郎は、物語最初最初理不尽な目にあって復讐を誓うわけだが、それでも慈愛と寛容、真面目さを失うことはなかった。むしろ、それしか持っていないと自分で言っている。

炭治郎の師匠たる鱗滝さんは、初見の炭治郎のことを評して「こいつは優しすぎてジャンプ主人公にはなれない」というようなことを言っている。(曲解ではないと思う)

その鱗滝さんの薫陶を受けた最も優秀な弟子であるところの錆兎は、炭治郎とは真逆で非常にマッチョジャンプ主人公思考である。「男なら死ぬ気でやれ!優しさな不要!」みたいな感じのことを言いながら急に殴りかかってくる。

炭治郎はその錆兎に努力の上で勝利して修行編は終わり、かくして時代に即した新タイプ主人公が生まれたのである

彼は修行の後の最初の試練で打ち潮(修行によって身につけた特殊な技)を繰り出し、「俺にもできた。修行無駄じゃなかった」と涙する。いい話である

アニメ派の人にはネタバレになって申し訳ないのだが、錆兎が死んだ理由他者を生かすためであった。古い主人公時空に生きる錆兎は、慈愛と優しさを持っていたが故に理不尽な死を遂げたネームキャラだったのである

鬼滅が女性人気を得たのもむべなるかな。

自分の子どもでも彼氏でも旦那でも父親でも、乱暴で直情的な猿よりも真面目で優しい男の方がいい。(比較である個人趣味は置いておく)

男は猿だった時代を楽しむこともできるわけだが(何なら郷愁を感じもする)、ほとんどの女の子は猿に迷惑をかけられたこしかないだろう。なお、一応言っておくとワイルド系とかオラオラ系と猿は違う存在である

旧来の主人公的な存在といえば、伊之助はまさにソレである。どうやって感情移入するんだと思うかもしれないが、たぶん昔の子どもは彼に感情移入できていたのだ。

実際、伊之助はサブキャラとして一つの人気を確立している。普遍的人間的成長のカタルシスを端々で見せるからであるほわほわ

ただし、伊之助には旧主人公的でないところもある。それは顔が良いことである

伊之助は全く以て迷惑嫌われ者の要素しかないキャラなのだが、顔の良さがギャップになるのか、女性人気が結構高い。実際、アニメの実況では14話で顔が出た瞬間に手のひらを返して興味を持ち始めた人を結構見かけた。

顔がいいだけの生意気なガキが、成長して徐々に素直になっていくのである。そりゃ人気もでる。

一方で、旧来の猿型主人公というのは特段美少年だったりはしない。たぶん、見た目は本質的な魅力ではないという思想があるんだろう。男はロマンチストなのである

炭治郎は今のネット時代に即して「自己を保ち、できることから愚直に始めなさい」と示した。そうすれば、今の自分なりに良いところまでいけるはずだし、周辺環境をよくできる(かもしれない)というわけだ。

元々時代に即しておらずいびつだった"王道"にメスを入れて見事解体して見せた鬼滅であるが、果たして続く作品は出てくるだろうか。

視野が広くなったが故に個人レベルではむしろ可能性が閉塞されたネット時代である。この時代に生きる子ども達に未来への希望を与える作品が現れれば良いと思う。

2020-02-20

anond:20200220175653

ゾーニングはきっちりやっている」

から

「誰がやっても感染は避けられない状況だった」

シフトチェンジしてるんだろうけど

乗客接触する必要がない事務担当職員にまで感染が広がっていた時点で論外レベルダメダメだったのは明らかなのよ

岩田教授の言うとおり

本部は外に置くべき」

だったのよ

2020-01-11

anond:20200111100112

int i=3+4;

こんな命令

コンパイル時にi=7

最適化されることがある。是非はある。良い場合と悪い場合があるからなんともいえないけれど、

コンパイラ最適化することがある、または、最適化してしまうことがある(バグの原因になる)というのは覚えておく必要がある。

普段はある一定範囲コンパイラ最適化してくれるということに頼って、・・・まぁ、マニュアル自動車オートマ自動車みたいな感じで

シフトチェンジオートマに任せる感覚最適化されることを前提にCのコードを書くこともある。

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