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はてなキーワード: 仮想世界とは

2020-05-26

anond:20200526120047

フルダイブ技術のものが脳に与える危険性が高いから無理、という事はあまり考えてなかったけど、確かにその側面でも無理な気がする。

 

それでも、フルダイブができたと仮定できるなら、逆に仮想世界で起きた事は現実とは違うんだよ、という事を認識させる画期的方法ぐらいはできてそうだけどね。

 

あと、いくら脳内シミュレートしても、ワールドトリガーみたいにしたらしょぼくなる、というのが理解できなかった。

そういうゲームひとつぐらいあっても問題なさそうだし、好きな人は好きなんじゃないかと思ってしまう。

 

逆にそこに対して絶対に無理だと確信が持てるあんたの方が俺より何かを悟ってるのかもね。俺にはわからなかった。

2020-01-27

テン年代俺的最強ゲームベスト10

いちゲーオタ中年男性ハートのど真ん中の最奥部に抜けないほど深く突き刺さった「テン年代ゲーム10本をランキング形式で挙げていきます。お付き合いください。

特別賞『Doki Doki Literature Club!(ドキド文芸部!)』(2017/PC

のっけから特別賞」から始めることをお許しあれ。ランキング発表後だと、1位よりもスペッシャルな空気を醸し出してしまいそうで。それを避けたかった。

でも、本作がとくべつな1本であるには違いない。だから悩んだ挙句の……「特別賞」。まんまでごめん。

個人的には『ノベルゲー」って昔からあんまやらないんです。ノベルゲーやる時間あったら小説を読むほうが(たいてい)有益だろう、という長年の思いこみ集積のせい。でも、『Doki Doki Liteature Club』は例外ゲームらしいインタラクティブな要素があるわけじゃないのだけど、小説でもマンガでもアニメでもこの表現絶対不可能

本作の凄さについてはもはや語り尽くされている感があるし、強く深い思い入れを持っている方が世界中にいらっしゃることも存じておりますし、まだプレイしていない方のためにも、内容については何も言いたくない。

でも、これだけは言わせてほしい。

本作は「神は存在を愛している」ってことをギャルゲー/ノベルゲーのガワで見事に顕してみせた一大叙事詩である。ここには生があって、性があって、詩があって、死があって……愛がある。さらには現象学的「彼方」をも開示してみせる。

その(一見破天荒、かつ強烈な内容に憤怒するかもしれない。ショックのあまりマウスを壁に叩きつけるかもしれない。号泣するかもしれない。戦慄するかもしれない。でも最後にはきっと宇宙大の愛に包まれる……絶対

ああ、すっきり。

では、こっから心置きなく2010年代・心のベスト10を発表させて頂きます

10位  『ASTRO BOT Rescue Mission』(2018/PSVR)

「……なんか妙に懐かしいな。子供の頃、お前と行った鵠沼海岸をまざまざと思い出したわ」

ゲームと本の山でとっ散らかった僕の部屋にやってきて、このゲームをしばらく遊んだ君は、いかにも重たいPSVRヘッドギアをつけたまま、そう呟いた。

僕はかなり潔癖症から、君が顔じゅうに汗をたっぷりかいてることがひどく気になって、除菌ティッシュ片手にそれどころじゃなかった。

けどさ、あの頃君と一緒に見つめた空と海の青さに、まさかVR新規アクションゲームの中で出会えるとは夢にも思わなかったよ。

ハタチん時、『スーパーマリオ64』を初めてプレイした時の驚きと、海辺自分の子と君の子が一緒に遊んでいるのをぼんやり眺めてるような、そのうちに自分たちも同じくらい小さな子供に戻って、一緒に無邪気に冒険してるような……切なくて温くて微笑ましい気持ちじわじわこみあげてきた。そのことに、僕は本当に心底驚いたんだよ。またいつでもやりに来てくれ。

9位  『ショベルナイト』(2014/PCほか)

「あー、なんかシャベル持ったナイトのやつでしょ。古き良きアクションゲームへのオマージュに溢れる良質なインディーゲーって感じだよね、え、あれってまだアップデートとかやってんの? なんかsteamセールん時に買って積んでんだけど、ま、そんな面白いならそのうちやるわー」

あなたが『ショベルナイト』をその程度のゲームだと思っているのなら、それは大きな大きな間違いだ。

プレイ済みの方はとっくにご承知と思うが、本作はレトロゲーもオマージュゲーもとっくに越えた、誰も登れない山頂に到達した類い稀な作品であるアイロニーと切り張りだけで作られた、この10年で数えきれないほど溢れ返った凡百のレトロゲームとは、かけ離れた聖域に屹立してゐる。

そして3つの追加アプデ(大胆なアイデアに溢れた全く新規追加シナリオ。今月でようやく完結)によって、本作は10年代下半期にリリースされた『Celeste』や『ホロウナイト』の先駆けとなる、傑作2Dアクションとしてここに完成したのだった。さあ、ショベルを手に彼の地へ赴け。

8位  『Undertale』(2015/PCほか)

このゲームの印象を喩えて言うなら、

久し振りに会って酒でも飲もうものなら、いちいち熱くてしつっこい口論になってしまう、共感嫉妬軽蔑と相いれなさのような感情腑分けするのが難しいくらい綯い交ぜになっている面倒きわまりない幼なじみ、みたいな。

正直、ランキングにはあまり入れたくなかった。が、初プレイ時の衝撃をまざまざと思い出してみると、やっぱり入れないわけにはいかぬと悟った。

もし未プレイだったら、このゲームはできればPCsteam)でやってみてほしいとせつに願う。当方バリバリコンシューマー勢なので、ゲームPC版を薦めることは滅多にない。だが、コンシューマー機ではこのゲームの持つ「鋭利ナイフ」のような「最後の一撃」が半減してしまうだろう。

作者トビー・フォックス氏は、かつての堀井雄二糸井重里系譜に連なる倭人王道シナリオコピーライターと感じる。

確認のために本作の或るルートを進めていた時、初期ドラクエと『MOTHER』と『moon』が携えていた「あの空気」が30年ぶりに匂い立ってくるのを感じて眩暈がした。会えば会うほど凄みを増す狂人のような作品だ。

2020年内に出る(であろう)2作め『DELTARUNE』において、トビー氏は堀井/糸井が書け(書か)なかった領域確信犯的に踏み込んでくるにちがいない。それが半分楽しみで、半分怖くて仕方がない。

7位  『デラシネ』(2018/PSVR)

その山の森の奥には古い洋館があった。

庭は川と繋がっていて、澄んだ水が静かに流れていた。

君は川沿いにしゃがみこんで1輪の花を流していた。

俺は黙って君を見つめていた。

君は俺に気づかない。

俺は木に上ったり、柱の影から君を見守ったり、触れられない手で君の髪を撫でたりしているうちに……君の可愛がってたシェパード犬がこちらにひょこひょこやってきて、ワン、と小さく吠えた。

ああ、なんだかこのゲームやってると批評目線がどんどんぼやけていくのを感じる。まるで透明な死者になってしまったような、奇妙で懐かしい感覚に否応なしに包みこまれるような……。

本作は「VRで描かれた古典的AVGアドベンチャーゲーム)」であると言われている。個人的には、そんな持って回ったような言い回しはしたくない。

VRしか描けない世界情緒に対して、あまり意識的な本作。その手腕はあざといくらいなんだけど、実際に本作をやってみるとあざといどころじゃない。泣くわ。胸の内に熱いものがこみあげてくるわ。

『Deracine』はプレイヤーの原風景をまざまざと蘇らせる。かつて失ってしまった友人を、失ってしまった動物を、失ってしまった思い出を、「ほら」とばかりに目の前に差し出してくる。そのやり口はほとんど暴力的でさえある。

6位  『バウンド 王国の欠片』(2016/PS4/PSVR

もしVR対応しなかったら、知る人ぞ知る良作(怪作)止まりだったであろう本作。

かくいう俺もPS Storeで見つけて何となく買った時は、まさか2010年代ベストに入れることになるとは思わなかった。怪しい仮面被ったバレリナ少女サイケ空間を飛び回ってんなあ……製作者はドラッグでもやってんのか?くらいの。

しかPSVR対応した本作を再度プレイして驚愕した。怪作がまごうことなき傑作に生まれ変わっていたのだ。あるいはコンテンポラリーアート作品としての本質を露にしたとも言える。ああ、VRというハードではこんな事態が起こり得るのか……。

画を作っているサンタモニカスタジオゴッド・オブ・ウォー風ノ旅ビト他)の仕事はいだって凄まじいクオリティでため息が漏れるのだが、VRとの相性は抜群だ。とりわけ今作での仕事白眉と言える。

とにかく、思わず自分少女の頬をつねりたくなるほど美しい。少女が、景色が、色彩が、確実に「もうひとつ世界」(夢、とは言いたくない)を現出させている。

そして本作は本質的な意味で——究極の恋愛ゲーでもある。誰も認めなくても、俺はそう強く感じる。あの少女と過ごした時間を、あの少女が内に秘めていた闇の部屋を、あの少女が戦っていた怪物を、そしてこの狂気と色彩にみちみちた世界日常生活の中で思い出す時、この胸に去来するのは——それは「恋」しか言い様のない儚い感情だ。

5位  『INSIDE』(2016/PCほか)

書き始めるまで、本作がここまで自分内上位に食い込むとは思わなかった。

が、確認のために軽くプレイしてみたら、やっぱりとんでもなかった。

実験施設内部に、そして自分の内側(Inside)に展開するめくるめく不穏な景色ディストピアの先にある、吐き気をもよおさせると同時に、穏やかな安寧に包まれるような、唯一無二のビジョン——を完璧に描ききった本作。

終盤の怒濤の展開と比類なき生命描写インパクトに心奪われるが、本作の真骨頂木々や空や雲や雨、海などの自然情景(それが何者かによって造型されたものであれ)の美しさだと思う。荒んだ世界の中、思わず立ち止まって、天に祈りを捧げたくなるような敬虔心持ちを強く喚起させる。

俺にとって『INSIDE』とは、自己内面に深く潜るための潜水艦、あるいは哲学書のページを繰っても繰っても掴めない、自分世界との乖離自覚するための尖った注射針であり、神なき世界宗教である

灰色にけぶった空の下、雨降るトウモロコシ畑で無心で佇んでいた時のあの安寧と絶望感に、これから先もずっとつきまとわれるだろう。

4位 『スプラトゥーン』(2015/WiiU

人の生には「もっと幸福な時期」というものがたしか存在するようだ。そして、それは必ずしも幼少期だったり青年期だったりする必要はない。

俺にとっては、傍らに愛猫がいてくれて、WiiUと3DSが現役ハードで、仕事から帰ってくると毎日のように今作にあけくれていたこの頃が——生涯でもっと幸福な時期だったと言いきってしまいたい。なぜなら、幼少期や青年期と違って、その記憶ははっきりと想起できるから

そして後から振り返ってみて、その時期がどれほどありがたいものだったか確認し、やるせない気持ちに包まれるのだ。「ああ、やっぱり」と。

プレイ時間は生涯最長となったし、この作品を通じて(自分にしては珍しく)老若男女多くの「オンラインフレンズ」ができた。

が、続編『スプラトゥーン2』は発売日に購入したものの、ろくすっぽプレイしなかった(できなかった)。

その理由は(おおざっぱに書くと)3つ。

ひとつは『2』発売時、先に述べた、俺にとってもっと幸福だった時代が過ぎ去っていたこと(ごく個人的理由だ)。

ふたつめは、初代スプラトゥーンが持っていた、俺を夢中にさせるサムシングが『2』には欠けているように感じられたこと(批評記事ではないので、それについてここでは掘り下げない)。

3つめは、次に挙げる同じく任天堂開発の対戦ゲームの登場である

3位  『ARMS』(2017/Switch

それは35年前に夢見た未来の『パンチアウト!!』だった。そして20年前に夢みた『バーチャロン』と『カスタムロボ』の奇跡的融合であり、同時にそれらとは全く別次元昇華された「理想的格ゲー」であった。

スプラトゥーン』で「共闘」の愉しさを味わった俺に、本作は「見知らぬ相手とサシで戦う」ことの妙味と厳しさをばっちり思い出させてくれた。

そして画面内のキャラをこの手で操る——そんなあまりにも原初的「ゲーム」の喜びが本作には隅々までみちていた。こればかりは「Just do it」(やるっきゃない)。

やがて俺は日々のオンライン対戦では飽き足らず、リアル大会にまで足を運んだ(あっさり敗退してしまったが……)。そんなゲームは、おそらく生涯最初最後だろう。

余談だが、Joy-con特性を生かした「いいね!持ち」による操作こそが本作の革新であると信じているのだが、革新性よりも「合理性」と「勝率」を求める猛者たちには殆ど浸透しなかった。

いいね!持ち」メリットをうまく調整できてさえいれば、本作は『e-sportsゲーム初の従来型コントローラーから離れた(両腕全体を用いた)操作形態を実現していたはずで、それについては至極残念だが、現在開発中であろう『ARMS2』に期待したい。

2位 『Rez infinite』(2016/PSVR

2010年代下半期は、俺にとっては「VRに初めて触れた年代」としていつまでも記憶されることになるだろう。

2017年冬、とにかく『Rez infinite』をプレイしなければならない——そんな義務感でPSVRを勇んで購入した。配線がややこしい機器PS4に繋げ、想像していたよりもさらに重たいヘッドセットを被り、本作をプレイすると——すぐに「ここには未来がある」と思った。いや、正確じゃないな。「未来に至る——今の時間自分」をばっちり感じたと言うべきか。現在可視化され、360度方位に顕在し、俺をユニバーサルに包みこんだ。

AreaXを初めてプレイした時の、重たい身体感覚から自由になり、魂だけが宇宙に放りこまれたような未曾有の感覚は、ゲームなるものと関わってから過去30数年を振り返ってみても、5歳の時に生まれて初めて電子ゲームに触れた時の体験と並ぶ、あるいはそれを越えかねない、空前絶後体験だった。

それは精神開放であり、身体解放だった。言葉遊びに非ず。

これだけ長いこと「ゲーム」なるものを続けてきて、ゲームからそのような感覚を初めて得られたことに深く感動し、ラストではほとんど泣いていたことがつい昨日のように思い出せる。

そして『Rez infinite』の「次の体験」を今か今かと待っている。

1位 『とびだせ どうぶつの森』(2012/3DS

Rez infiniteからまさかの……自分に驚き、何度も自身に問うた。

あれだけ昔からどうぶつの森』嫌いだったお前が。とび森を。テン年代1位に。据えるつもりか? 

お前はそんなにぶつ森好きだったのか? ありがちな中年男性みたいに「しずえ萌え」になったのか? それとも親子くらい歳の離れたフレンドと時々会えるからか? おいおい、かあいこぶってんじゃねーぞ、と。

だが本作を1位にした決定的な理由——それは、テン年代初頭に放たれた今作から仮想世界」における、人間存在理想的な在り方の萌芽をひしと感じたからだ。

一発で脳内に凄まじいヴィジョンを注入した『Rez infinite』と比べると、まるでアリが餌塚に砂糖を運ぶようなゆったりとした足取りだが、本作は確実に世界中ゲームファンに「もうひとつ世界」をキュートな顔つきと口調(しずえ嬢のような……)でじわじわと浸透させ、人々の無意識をしれっと変容させ、もうひとつ生活を愉しませ、ネット接続により文字通り「飛び出させた」。

どうぶつの森』は今年3月に発売する次作『あつまれ どうぶつの森』においてさらなる大きな広がりと変化を見せてくれるだろう。

が、俺は本作をとくべつに、個人的に、偏執的に、限定的に愛しているのだ。

それは故岩田社長が生み出した『3DS』というハードへの偏愛と、ゲーム機では3DSだけが備えた「裸眼立体視」——ARVRを折り合いし、先取りした——唯一無二の機能によって『どうぶつの森』というクローズド世界をまるで飛び出す絵本のごとく彩り、「夢の中で他者の森を訪ねる」という奇妙かつ魅惑的な通信世界を生み出し——

要は、全シリーズを振り返っても今作『とびだせ どうぶつの森』だけが持ち得た、この奇妙で牧歌的神秘的なアトモスフィアに由るものだ。

カフカ『城』や村上春樹世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』主人公のように、俺はある時、この森の中に、夢の中に、村の中に、これからも留まり続けることを選んでいた。

そういうわけで、本作を迷わずテン年代1位に据えたいと思う。

※※※※※※※※※※

長々とお付き合いくださって本当にありがとうございました

余談ですが、最初は「順不同」にしようと考えていたのです。これほど自分にとって大切なゲームたちに順位なんてつけるのは相当失礼な気がして。

でも、敢えてつけてみた。並べてみたら、なんとなく自分重要度みたいなものぼんやり浮かび上がってきたので。

異論提言はもちろん、よかったらあなたテン年代ベスト(5本でも20本でも1本でも)教えて頂けると、いちゲームファンとしてめっぽう嬉しいです。

ああ、10年はDECADE(でっかいど)。

2020-01-17

毎年少しずつ記録が更新されて緩やかなインフレが進むのが望ましいとして、

いきなり技術革新が起こって大幅に記録が更新されるのはバランス崩壊

そんなソシャゲみたいな方法論で競技が成り立っているのだとしたら

現実世界仮想世界の間に大した違いはないんじゃないだろうか

どんな技術も結局は人間が望むもの投影するための舞台装置しかない

2019-12-03

講談社ラノベ文庫新人賞TSラノベは「百合詐欺」か?ネタバレ検証

先日、『101メートル離れた恋』というラノベが発売された。公式のあらすじはこう。

http://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000323507

男子高校生浅田ユヅキがある日目覚めると、女の子人形の姿になっていた! 

人形の名はセブンス

一流の魔法使いであり人形である朝霧キョウコが作り出した、世界最高クラススペックもつレンタルサービス型の美少女オートマタである……らしい。

その役割は、依頼者との会話、家事、警備、さらに性行為にまで及ぶ。

セブンスになってしまったユヅキは、さまざまな男性の性処理のためにレンタルされ、心をすり減らす日々を過ごす。

やがて一ヵ月以上が過ぎ、精神的に限界を迎えつつあったときセブンス女性の依頼者である高校生少女イチコ出会う。

そして、二人は次第に惹かれ合い……!? 

帯のコピー「ここが百合SF最前線!」

発売予告に伴いこのあらすじとコピーが公開された時点で、“百合好き”の間からは強いバッシングの声が上がった。いわく、

TS百合は違う!一緒にするな!」

TS(F)とは、性転換もの特に超自然的な原因での性別変更シチュエーションを指す。そして、元が男のTS主人公は、身体が女でも中身は結局のところ男のまま。精神性を重視する(と一般的に言われる)百合というジャンル基準で見れば、♂→♀TS主人公ヒロインとの恋愛などは単なる“ヘテロ”でしかない。こんなものを「百合」として世に出すなんてふざけるなよ講談社ラノベ文庫……というのが主旨のようだ。

その百合判定基準普遍的に正しいかはともかく、上のあらすじを見ればTSに当てはまっていること自体はたしかなように思える。実際に作品が発売されてからも、百合好きのTS百合じゃない!」合唱は続いているようだ。

この批判は、果たしてどれだけ妥当なのだろうか。実際の作品内容と照らし合わせて、軽く検証してみよう。

当然、直球のネタバレがあるので注意。



あらすじでは分かりにくいが、主人公浅田ユヅキは、単に男子高校生人格女性型のオートマタに突然憑依してしまったというだけでなく、同時に、我々の知るいわゆる「現実世界から魔法自動人形存在する(それ以外は現実とさほど変わらないし舞台北海道世界への移動も伴っている。つまり、この作品は「異世界転移・転生」の一種でもあるわけだ。

というのが表向きの設定だが、実際のところは。

主人公が元々いた世界だと思っていたものは、実は自動人形セブンスクラウド的なものの上に作り出した仮想現実

・「浅田ユヅキ」もセブンス想像が生んだ人格

セブンスは起動した直後に、自我に目覚め、既にロボット三原則的なもの自力で解除していた。

物語開始時の技術発表会の場で、「浅田ユヅキ」と「セブンス」の人格が、「セブンス自身意思により入れ替わった(「私自身がこれ以上、現実世界で生きたくなくて。」)

とりあえず今回の問題関係ある部分に関係しそうな設定を一通り並べてみたが、はー、スッキリした。ネタバレって楽しいな。不用意なネタバレを垂れ流すアカウントがいるのも分かるわ(自分ネタバレ食らったら絶対さないけど)

さて、これを踏まえた上で、『101メートル離れた恋』に「TSから百合じゃない」を適用することは可能だろうか。

まず、「浅田ユヅキ」は単純に「男性」と言えるのか。本編の前半、特にオートマタとしての仕事に就く前の素の状態を見ると、たしか一人称は「俺」だし、男性器に愛着も持っているし、女体への欲望もはっきりある

極めつけに、両胸に膨らみがあって、健やかなるときも病めるときも十七年間ともに過ごしてきた俺の股間にあるべき分身の膨らみは、いっさい感じられなかった。

ちょっと待て。いま俺はこの美少女なわけだから、この美少女自由にしてもいいということか。

(略)

自分のいる世界が夢か現か。そのような壮大な悩みも、思春期男子の性欲の前には泡沫のごとく消える。

だが、このような一見普通男子高校生のものと言ってもいい「浅田ユヅキ」も、女性(的な人格であるセブンスから完全に独立した存在というよりは、「セブンス」の一部、分身として解釈できそうなフシがある。仮想世界で、自身製作である朝霧キョウコと対面した「セブンス」は、現実で「浅田ユヅキ」が経験した神尾イチコとの関係を、自分のことのように語っている。

「えへへ。でも、やっぱり入れ替わってよかったです。多分、浅田ユヅキじゃなかったら、自分が本当は人間なんだって思い込んでなかったら、イチコあんなに仲良くなれなかったと思います

イチコに、会いたい、です。最後に、しまから。それさえ、叶うなら、もう一度だけでも、イチコに、会えるなら、もう、夢をみれなくても、私が、消え、ても、構いません、から

たとえ情報継承があったとしても、「浅田ユヅキ」が自分とは完全に別個の存在であれば、このような言い回しにはならないのではないか現実仮想が逆だが、飛浩隆廃園天使シリーズの、仮想空間上のリゾート地自分データ的な分身を送り込み、そこでの出来事を後で自分自身のものとして追体験する仕組みに近い関係、かも???

更に、一度破壊された後に再び「浅田ユヅキ」として目覚めたセブンスは、仮想世界内でのキョウコとの会話を記憶しており、本当は自分別世界人間ではなく最初からオートマタだったことにも自覚がある。明言はされていないが、ここでは既に「浅田ユヅキ」と「セブンス」の人格統合されているように見える。仮に当初の「浅田ユヅキ」自体男性人格であっても、少なくとも終盤における主人公純粋男性と呼ぶのは難しいのではないだろうか。

(「浅田ユヅキになるために、ほとんどの知識を捨ててしまいました。」というセリフもあったり、この辺「浅田ユヅキ」と「セブンス」が別人格なのか実質的に同一なのか、最後まで読んでも設定がはっきりせず、曖昧雰囲気ごまかしてるような感触もあるので微妙なところだが……)

あるいは、「浅田ユヅキ」の背後にある主人格の「セブンス」は女性(的な人格)だと言うがそもそもアンドロイド(的な存在)には本来性別」などというものは無い、といった根本的な反論もあるかもしれない。

それは確かにある程度筋が通った意見だが、その伝でいけば「浅田ユヅキ」にしても男性ではないわけで、つまり本作は「百合」でもないが「TS」でもない、という結論になってしまう。だいたい、アンドロイドAIその他人工物を「女」と認めず、それらと人間女性との関係全面的に「百合ではない」と断言したりすれば、この作品に留まらず相当な範囲まで延焼することは明らかだ。百合の園を焼け野原にしてでも厳密な基準を徹底する覚悟はある?

このように『101メートル』は、百合かどうかは議論余地があるしTS要素が皆無なわけではないが、だからといって「TSから百合ではない」と簡単に切って捨てられる内容でもない。そこは理解してもらえただろうか。

念のため言っておくと、こんな文章を書いているもの自分別にこの作品を、何の欠点もない完璧な傑作だと評価しているわけではない。

自分自身仮想世界内に退避すること自体はともかく、代わりに表面化させる人格として敢えて男性である浅田ユヅキ」を選ぶ必然性が、設定的にも物語の都合的にもやや薄くないか?とか(セブンス本人は「浅田ユヅキが現実世界を生きたらどうなるのかなって気になったんです」と軽く説明しているが、ここで言う現実とは自動人形にとって「さまざまな男性の性処理」に他ならないわけで、これは皮肉・悪意の一種なのだろうか?)、

いくら魔法産物とはいえセブンスシンギュラリティ的〜「強いAI」的〜な状態に至った(本編の大半は主人公一人称記述されているので見せかけだけではなく自意識存在するのは間違いない)理由が、単にものすごくハイスペックだったからというのは、「百合SF最前線」を名乗っておいて、ちょっと……とか(これは作品のせいではないが)、

記憶を完全に失い人格リセットされたと思われた人造女性なんやかんやで「マスター」との関係を取り戻すって、これ、ファイブスター物語(4巻のアウクソー)なのでは???オープニングも実質「お披露目」だし。講談社ラノベ文庫あなたは…あなたラノベに何を託されておられるの!講談社!!(※ここは真に受けないでください)

などなど、言いたいことはいくらでもある。

それはそれとして、読まずに叩いている層はもちろん、実際に読んだ上でなお「TS百合じゃない」と単純に言い切っている百合きもいるのを見ていると、その姿勢はいかがなものか、と少しだけ悲しい気持ちになってしまうのだった。ゆりピーかなピー(T_T)ゆりピー語。流行らせたい)

2019-11-20

むずかしいよな。EC2の台頭で自分DCラックマウント入れに行くとかなくなったもんな。

初期だとなEC2の方がラック借りるより圧倒的に安上がりだもんな。

でも若い子にもDCの作り方技術としてのこしておきたいもんだ

そのうち20インチラックとか知らない世代になりそう。

お魚って切り身で海を泳いでいるんでしょ?なみに

サーバって仮想世界にあるんでしょとか言う世代になりそうだ。

ファシリティといってもわからなさそう

2019-11-07

anond:20191107140419

俺もその事に気づいて、どうやったら現実世界に戻れるか探していたわ。

いろんな薬物をやって、何個か「現実」にたどり着けそうな感覚があったんだけど

それはVRで言えば鼻とディスプレイの隙間から現実世界を覗くようなもので、スグふさがれちゃうんだよね。

必要なのはVRヘッドギアを外すことで、しか現実世界自分意識がないものから、ずっと閉じ込められてる。

まり外に出るには内部のコンソールをいじるしかないんだけど、その機会は偶然やってきたんだ。

薬物をやっていて、現実が見えたので俺は渋谷ハチ公前に来て、全裸になってハチ公の上に立ち腰を振っていた。

これはつまり虚構世界に対してマウンティングを取り、快楽という人間根本的な部分を得る事で

現実にたどり着く手がかりを探していたんだけど、通報されて「デバッカー」つまり警察に捕まり牢屋に入れられたんだ。

そこで俺は気付いた、デバッカーによって隔離された部屋、つまり操作者」アドミニスレーターに一番近い所。

俺は看守を騙して所長室に入り、電話を取り、0419を打ち込んだ。これは薬物を摂取するたびに浮かんだ数字だ。

俺は現実に戻ったが、起きてみたが皆寝ていた。地球はすでに巨大な監視社会で、一部の人間が自由謳歌生殖する社会

俺たちみたいな出来損ないは、搾取されるか、仮想現実で暇をつぶし血液提供するしか存在価値が無くなっていたんだ。

俺は結局元の仮想世界増田たちの世界に戻った。今じゃ薬物もやっていない。

2019-10-14

映画HELLO WORLDが最高だったが解釈が難しかたから整理

映画HELLO WORLD」を観てきた。

面白かったが話が複雑で鑑賞中は頭をフル回転させていた。

ラストシーンで「?」となったが、後から考えれば考えるほどストーリーの出来がよく、イイハナシダナーと感動していた。

自分なりに解釈した物語構造をここに書き残す。

ネタバレなので未鑑賞の方は注意。
















ラストの月面のシーンで映画物語瑠璃がナオミを助ける話だったことが分かる。

この世界現実なのかどうかも不明だが、物語の起点になっているここを世界0とする。

世界0でナオミ0は瑠璃瑠璃0とする)と結ばれるが、瑠璃0が落雷に遭い脳死になってしまう。

アルタラは現実(つまり1つ外側の世界)の出来事再現するシステムであり、劇中でもアルタラ内部の世界で同じことが起きたこから、この事件世界0でもあったと考えられる。

そこで、事故から10年経ちアルタラの管理者となった世界0のナオミ(ナオミ0とする)はアルタラの世界世界1とする)に入り、世界1に住む瑠璃瑠璃1)の人格を育てて世界0の脳死状態瑠璃0に移植する。

しかし、この時点でアルタラの世界に入るためのシステムは不完全であり、代わりにナオミ0が脳死状態になってしまったのだと思う。

ここまでは映画物語以前の出来事だが、劇中のアルタラ内で起きた出来事から予想できる。

映画物語脳死状態になってしまったナオミ0を瑠璃0が助ける話である

ナオミ0が脳死状態になり瑠璃0が助かった後、世界1は瑠璃1の人格を取り出したことで不整合が生じてリセットせざるを得なくなったのだろう。

劇中でも上記とは別のタイミングだが瑠璃や直実が外の世界に出てきてしまたことでリセットすることになっている。

千古教授がその際、再起動まで80時間1000倍=8万時間かると言っている。

8万時間はおよそ9年なので、世界0でナオミ0が脳死してから世界1がリセットされ、再び同じ世界再現されるのに9年ほどかかったと考えられる。

世界1をリセットして再現し直した世界を「世界1’」と呼ぶことにする。

まり最初事件から9年後、一度リセットされた世界1’に瑠璃0が入っているのである

やっと映画本編の話にたどり着いた。

この世界1’に住むナオミ(ナオミ1’とする)が映画に出てきた大人のナオミだと考えている。

世界1’でも瑠璃落雷脳死になってしま事故は起き、ナオミ1’はアルタラに入り高校生瑠璃瑠璃2)の人格を取り出そうとする(この世界世界2とする)。

映画に出てくる主人公高校生直実(直実2)は世界2の住人である

ナオミ1’は同様に計画成功させるが、この時点で瑠璃0がカラスアバターで介入していたことで違う結果になったのだろう。

あるいは、瑠璃0が瑠璃2を奪われてしまった直実2も助けたいと思ったのかもしれない。

かくして瑠璃0のはからい(?)で世界1’に直実2は出てくることができた。

しかし、この出来事により世界1’内に同一人物(ナオミ1’&直実2)が存在することとなってしまい、不整合が生じた結果狐面の修正プログラム達と戦いを繰り広げる。

最終的には千古教授修正プログラムを停止させたことで戦いは終わるが、瑠璃0はこれも意図していたのだろうか?

アルタラの内部世界から人格を引き抜くとどうしても不整合が生じ修正プログラムに殺されるか世界リセットされてしまう。

直実2と瑠璃2、ナオミ0と瑠璃0の2組が両方助かるためにはこうするしかなかったのかもしれない。

修正プログラムが停止されたことで、各々の世界はその外側の世界と同一である必要はなくなり、各々の歴史を歩めるようになった。直実2と瑠璃1'はこの中のどこかの世界で生きてゆくのだろう。

ナオミ1’も修正プログラムに刺されて消えた時点で精神世界0に取り出され救済された。


世界 0                          1                              1'                           2                        ?
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瑠璃0が落雷脳死

10年経つ

ナオミ0が世界1へ ----→ 直実1に瑠璃1を助けさせる
                                  │
瑠璃1の人格を                     │
瑠璃0に移植    ←-----------------┘

ナオミ0が脳死
世界1のリセット----------→世界1終了

8万時間経つ

リセット完了
世界1’ができる -----------------------------------→ 世界1'開始

                                                    瑠璃1'が落雷脳死

                                                    10年経つ

瑠璃0が世界1’へ---------------------------------→ナオミ1’に接触カラスとして)
                                                                                      映画本編開始

                                                    ナオミ1’が世界2へ--------------→直実2に接触

                                                                                      直実2が瑠璃2を救う
                                                                                            │
                                                   瑠璃2の人格を                            │
                                                   瑠璃1'に移植 ←--------------------------┘

                                                              ←----------------------直実2が世界1'へ

                                                   世界2のリセット ------------------→世界2終了
                                                千古「80時間1000倍かかる」
                                                おそらく世界1のリセットにも
                                                同じ時間がかかった

                                                 世界1'も仮想世界と判明
                                                 修正プログラム発動

                                                 ナオミ1'と直実2が
                                                 修正プログラムと戦う

                                                千古教授修正プログラムを停止

                                              ナオミ1'が修正プログラムに刺される
ナオミ1'の人格を                                         │
ナオミ0に移植 ←-----------------------------------------┘
ラストシーン
                                               修正プログラムの停止により
                                               新しい宇宙が出来る------------------------------------------------→直実2&瑠璃1'
                                                                                                                 「HELLO WORLD

直実1は瑠璃1を奪われ絶望したままリセットにより消えてしまったのだろうか……

2019-09-28

anond:20190928162422

量子コンピュータの開発に成功した結果、人類は、無限記憶領域を得る話し。

プログラミングと言えばプログラミングだけど、

無限記憶領域を作り出したということは、仮想空間上に世界完璧模倣できることが可能となり、

映画マトリックス現実化してしまう。

映画マトリックスのように、仮想世界であることに気づいた主人公と、システムを守る存在=敵がバトルしまくるアニメ

2019-09-23

僕らは仮想世界の中で仮想現実を見ているのではないか

PCの処理速度が上がっていくと、地球太陽系を丸々シミュレートできるようになるだろう。

すると、今僕らがいる世界PC上でシミュレートされていて、メタ世界があると考えるほうが自然だ。

イーロン・マスクも三年前にこう言っている。「私達の世界仮想現実VR)では無いという可能性は100万分の1に過ぎない」

そして僕ら人類世界を正しく認識しているわけではない。進化過程の中で適応に有利になるように世界を歪めてみている。

例えば「高いところは怖い」「りんごは赤いくて甘い」

高所が怖くない個体は淘汰されていったし、栄養価カロリーが高い果実を目立つ色で甘いと思う個体生存に有利だった。

かに存在するが、人類認識できないものもある。例えばコウモリ超音波認識するが、人類適応上のメリットが少ないせいかその能力はない。

きっと僕らはメタ世界認識することはできないだろうし、この世界すら正しくは認識できないんだ。

僕が二年間ニートやってるのも仮想世界の中で仮想現実が見せているだけのことではないのか。

HelloWorldを見てきた(ネタバレ感想)

最近良くある、「君の名は。」以降のアニメ映画だと言う印象を宣伝の時は感じていた

見たら全然違うSF物だった

でも、内容を理解するのには相当時間が掛かった

アレは、好き嫌いが別れそうな作品だなと感じた

君の名は。や天気の子を見に行くような人達が見ても楽しめる人は少ないと思う

だって、あれらを見に行く人は、新海誠の長年のファン以外だとただ見に行くだけって人が多そうだから

君の名は。や天気の子は、誰でも見れる単純な話だったと思う

そりゃ考察すれば色々深い所まで考えるんだけど

何故老若男女が楽しめないと思ったのか

話の構造が複雑だからだと思う

君の名は。の様に主人公ヒロインを助ける話が最近アニメ映画流行りだと感じてる

HelloWorldは、その点が複雑過ぎた

現実世界からやって来た主人公仮想世界過去自分ヒロインを助けさせる

そんな単純な話じゃなく実は、現実世界だと思ってた世界すらも仮想世界で、本当はヒロイン主人公を助ける為に起こした事が、映画の話だった

複雑過ぎるだろ!!!

最後の展開怒涛過ぎて「ポカーン」だったわ!!!!

面白かったよ!!!

個人的には!!!

ももう少しアクションシーン削って、世界について描写してもよかったんじゃないか

そうすればもう少し理解不能で終わる人は少なかったと思う

2019-09-21

バーチャルマーケット3

VRChat上で開催されるコミケのようなイベント バーチャルマーケット

今日から三回目が実施されてるんだけど

これ盛り上がってる?

ツイッタートレンドも大した順位にならなかったし

今日10から公式youtubeライブも同時接続500人もいなかった

ツイッターでバズってるツイートもない

なんか開催側の人の語気と観測側の静けさがマッチしてねぇんだよな

前回の開催で三日間でコミケ一日分の人が来たって言ってるけど

同じ人何回もカウントされてんでしょ?

運営仮想世界からって盛り上がりを粉飾するのやめろ

2019-09-20

花譜の歌う「不可解」という曲を紹介したい

「花譜」という名前活動する15歳のアーティストがいるらしい。

現代らしくヴァーチャルな肉体に身を包み、可愛らしく繊細な声で様々な曲を披露しており、

ファーストアルバムも絶賛リリースしているようだ。

Twitterフォロワーは6万人以上、自身YouTubeチャンネル登録者数は現時点で18万を超えている。

私はこの「花譜」というアーティスト存在に全く詳しくないので、詳しい紹介やこの曲が作られた経緯とかその他諸々は割愛する。

んで、その女の子ワンマンライブ披露たこの「不可解」という曲。

https://www.youtube.com/watch?v=NDOJZSG9SPU

この「不可解」を作詞した人は「カンザキイオリ」という"ボカロP"だそうだ。

有名どころでいえば「命に嫌われている。 」だろうか。

以下、歌詞

お金とか、ビジネスとか、効率とか、

そういうことをこれから考えなくちゃいけないんだ。

そうでしょう?だって学校なんかじゃ責任感とか、団体行動だとか、

ありもしない、意味もない将来のためとか言って教えてくるじゃん?

「あるべき人間の姿へ」 「正しい人間の姿へ」

そう思えばなんだか人間全てが汚く思えてくるな。

仮想世界とか、妄想とか、そういうものこそ美しくなる。

ああなんだこの感情は、人間らしくない私だ。

「寂しい」とか、「愛しい」とか、

そんな言葉では表せない。

不可解な未観測情景。

名前のない花のような、

悠に咲き乱れるこの号哭が、

やりたいことすらできなくて、

身動きすら取れない、寂れた心臓に咲いた。

不安定な、未完成宣言

言葉じゃ表せない。

現実や、社会に刃向うための、

覚醒の、不完全な魔法

人間の正しさってやつを今勉強してるわけですが、セオリー通りに生きて、

教えられた通りにやることが、そりゃ正しいと思うよ。

でもさ、きっとそれだけじゃないでしょう?」

何かを間違いだってうから、誰かに間違いだって言われた。

それじゃあこの気持ちはなんだ? 愛情とはまたほど遠い。

激動とも言い難い、どうにも表せない歪な感情

これこそ美しいのではないか? この美しさは間違いか

ならこんな世界いらない。 私の信じるものを信じたい。

死にたい」とか、「生きたい」とか、

そんな痛みでは嫌われる。

でも不可解な未完の声明

それだけが頼りだろう。

ずっと未知なる現実に無力で、

生きることも難しくって、

身動きすら取れない、疲れた肺がかなった。

不可測な異端証明

画面に花が咲いて、

現実社会に反抗する、

不完全な、不安定魔法

このまま清く正しく、

誠実な人になることが、

それだって正解の一つだ。

でもそれで満足できないのは皆わかってるはずなんだ。

だってそうでしょう?

満足してたらこんなところで歌なんて歌わない。

こんなに苦しくならない。

こんなところで踊らない。

こんな気持ちで叫んでない。

こんなに美しくなれない。

こんなに楽しくなってない。

踏み潰された涙が固まってできた、

この不可解な感情名前はない。

不可解な未観測情景。

名前のない花のような。

悠に咲き乱れるこの号哭が、

やりたいことすらできなくって、

身動きすら取れない、寂れた心臓に咲いた。

不安定未完成情景。

言葉じゃ表せない、

現実社会抗うための、

不可解で不完全な魔法

お金とか、ビジネスとか、効率とか、

そういうことじゃないでしょう?

愛情とか、友情とかそういう何かじゃ計り知れない

心が打ちひしがれたあの不確かな情景を綺麗だと思うのは

きっとそれこそが人間の証だ。

Source: https://www.lyrical-nonsense.com/lyrics/kafu/fukakai/

お金ビジネス効率についてだけ考えること」「セオリー通りに生きる事」が「人間の正しさ」「あるべき人間の姿」である定義付けたうえで、

「清く正しく誠実」な人生を送っているだけでは満足出来ない。

しか自分一人では突きつけられる現実社会の波に抗えないから、不安定で不可解なネガティブ感情に苛まれている。だから歌うんだ。 みたいな内容。

その不可解なネガティブ感情や、打ちひしがれた時に見る心の情景こそ美しく感じ、その感情こそが人間の証だ、という締めくくり方をしている。

まりは「打ちひしがれ、絶望する中にひっそりと芽生えた反骨精神」がまさしく「人間もつべき感情」だ、という中々アツい内容だ。

こんなに中二病でアツアツな歌詞ロリロリな声で歌っており、少女必死感が出ててバリバリ味が出ている。是非聞いてみてほしい。

2019-09-18

anond:20190918131636

バブル期くらいに「科学の発展が幸せをもたらす」って希望が皆から消えたんじゃないかな.

技術経済発展を極めつつも人々は精神的に満たされず,カルト宗教にハマった.

その結果がオウム事件

技術発展がモノからソフトウェアに移行したのもこのあたり.

性能もデザイン日進月歩だった乗り物家電マジで進化しなくなった.消費者要求点を超えてしまった.

ハードウェアの延長であるロボット宇宙開拓SFとして語られやすいけど,ネットコミュニケーション一喜一憂する我々にはピンと来ないと思う.一方で現代ソフトウェアを延長した仮想世界ファンタジーとか なろう世界に傾いてしまう.SF扱いされない.

2019-09-01

anond:20190901204441

テンプレ質問で悪いんだけど、夜寝て意識を失うとき

主観体験的には死ぬときと変わらないレベルで「何もなくなっちゃう」じゃない?

それは怖くないのに死を特別に怖がるのが分からんのよ

 

多分、次の回答は「明日目が覚めるから怖くない」となると思うけど、

それに対するアンサーはいくつかある。

 

1つは「死んでも遥か先にはいつかは目が覚める。そして死んでいるから『遥か先』は主観的には一瞬後でしかない」とする回答。

これは最後の審判だとか弥勒菩薩による救済だとを信じるってのが手っ取り早い解決になる。

そうでない場合でも、宇宙無限未来のなかのいつかの時点で「偶然」にあなたが死んだとき

同じ意識を発生させられるような物理状態が発生すれば、あなたの目は覚める。

なにしろ未来無限なのでいつかは必ずそれは起きる。宇宙寿命を気にするなら、

この宇宙以外の並行宇宙でも、コンピュータシミュレーション仮想世界でも

ソレが発生して問題は何もない。

どちらにしてもあなたは必ず目を覚ます

2019-08-05

ドラクエ映画 ネタバレ

ドラゴンクエスト ユアストーリ

DRAGON QUEST YOUR STORY(Rが反転)

反転文字キリル文字の「私」とか出てるけど

最後まで見るとV(5)とRでVRかぁと嫌な気付きに辿り着く

そう、ドラクエ映画仮想現実の話なんだ

主人公はどこかの高校生で、映画世界ゲーム世界

ラスボスウィルス感染し、スライムワクチン・・・

敵はプログラム

それ自体シュガー・ラッシュのように「そういう作品」として宣伝されてるならい

でも、最後最後でそれを示し、騙し討をすれば世間はこういう反応を返す

当たり前だ

もちろん、そういうショックをメインにする作品もある

種明かしで世界認識が反転し、ガツンと殴られるタイプ作品も悪くない

だが、「ドラクエ映画」には、誰もそれを求めない

許されるとして、ドラクエ3のようなもので、「この世界仮想世界ゲーム)だ」なんて突き付けじゃない

これから見に行く人は、ネタバレしてから行ったほうがいい

ファンタジー作品を見に行くんじゃなくて、「どこかの高校生ゲームプレイ」を見に行くんだと思ったほうがいい

そうすれば、デビルマン以下なんて感じないはず

2019-08-01

頭を切り離したいくらい首のコリがひどい

あー。

機械の体とか仮想世界仕事できるようにならないかなー。

仕事しよ。

2019-07-02

anond:20190702131607

貞子(原作版)

リング

・超美人

両性具有

・強力な超能力者

らせん

・故人

寄生するして自己増殖できるようになる

ループ

コンピューターウイルス

仮想世界を貞子で埋め尽くした(世界は貞子だけになった)

2019-06-21

anond:20190621231323

ゲームでもいいなら

スターオーシャン

RPG世界自体が人によって作られた仮想世界だったってオチで終わる(スターオーシャン3)

その後もシリーズは続くけど、物語自体は3で終わってる

それ以降に出てるのは過去の話を出してるだけ

3で、世界は終わる

仮想世界人間が、現実世界に飛び出てきたけど、最後現実世界人間バグ認識され消去されて終わるオチ

仮想世界が出てくる作品教えて

アニメ小説漫画なんでもいいです。

元増田は、

マトリックス

Serial experiments lain

都市と星

電脳コイル

ソードアートオンライン

しかたことありません。

増田達のとっておきを知りたい。

2019-06-10

複合現実感MR)がわからない

ARさらに発展させたのがMRという新しい技術だ。

AR技術を使った「ポケモンGO」では、ポケモンに近づくことはできない。しかMRならカメラセンサーを駆使することで、それぞれの位置情報などを細かく算出し、たとえばキャラクターの後ろ側に回り込んだり、近づいて自由な角度から見たり、目の前の空間にさまざまな情報3Dで表示させ、そこにタッチ入力もできるようになる。現実世界仮想世界をより密接に融合させ、バーチャル世界をよりリアルに感じることができるのがMR(Mixed Reality)というわけだ。

ttps://time-space.kddi.com/ict-keywords/kaisetsu/20170316/

KDDI説明

もとから「後ろに回り込む」「自由な角度から見る」「タッチして入力する」などもARに含まれるのでは…?

ARスマートフォンタブレット端末などの機器を使って、CG現実世界に映し出すことができる技術です。

(中略)

MRは専用のゴーグルを装着して、CG現実世界に映し出すことができる技術です。

ttps://flets-w.com/user/point-otoku/knowledge/other/otherl42.html

NTT説明

デバイスだけの違いかよ!

MRとは「Mixed Reality」の略で、日本語では「複合現実」と訳されます仮想世界現実世界に重ね合わせて体験できる技術です。MR場合ARとは逆で、主体仮想世界デジタル空間)となります現実世界情報を、カメラなどを通して仮想世界に反映させることができるのです。仮想世界現実世界情報を固定できるため、同じMR空間にいる複数人間が、同時にその情報を得たり、同じ体験をしたりすることができます

ttps://www.elecom.co.jp/pickup/column/vr_column/00003/

ELECOM説明

拡張仮想感」的な解釈? → オーグメンテッドバーチャル - Wikipedia

では、経験の浅い重量機械工が、巨大なトラクターにすっぽりはまり機械問題で完全に途方にくれているところを想像してください。作業員たちは仕事ができず、何もせず座っています現場監督たちは心配になっています

ありがたいことに、機械工のスマート グラスは、仮想ヘルプ セッションを始めることができます。このセッションのおかげで、機械工は実際のトラクターの近くに VR で先輩機械工を呼び寄せ、一緒にトラブルシューティングをしながら、実際のマシン上での作業ができます作業には AR によって、トルクの設計書などの詳細なメンテナンスに関するオンライン マニュアルアクセス可能です。

これが MR (Mixed Reality) です。

ttps://blogs.nvidia.co.jp/2018/06/05/whats-the-difference-between-vr-ar-and-mr-2/

NVIDIA説明

例示しかないので分かりづらいけど「VRARを組み合わせたサービス」という意味

誰も彼もぜんぜん違うことを言っています

MR」っていったい何なの!?

…では時間をさかのぼって当初の定義確認しにいきましょう、

というわけで1999年(!)の記事を引っ張ってきます

まず、田村氏がVRMRの違いを解説VRではコンピューター内に仮想世界を作り、何らかのアクションを起した結果、すなわち音や映像が、人間の通常感覚許容範囲内で、リアルタイムに返ってくるようにしなくてはならない。しかし、これまでのVRでは映画などのように、仮想空間制作した側が見せたいもの一方的に見せるだけだった。そうではなく、現実から仮想世界への働き掛けを可能にするもの、それがMRである。もともとはトロント大学ポールミルグラム氏の発案だという。

現実世界(リアルワールド)と仮想空間(サイバースペース)のうち、現実世界を基本として、これを電子データで補強することをAugmented Reality(AR)という。逆に仮想空間を基礎として、実世界データで補強するという考え方をAugmented Virtuality(AV)という。この両方を加えたものが、MR研が目指す“現実世界仮想世界を継ぎ目なく融合する”MR技術なのである

ttps://ascii.jp/elem/000/000/303/303853/

内容としてはNVIDIA説明に近いでしょうか。

MR提唱者は「トロント大学ポールミルグラム氏」で、

シームレスものとみなし、

それらを総合的に取り扱うのが「複合現実MR)」、

というのが当初の定義だったようです。

うーん、個人的な印象だと戦犯Microsoft Hololensで、

宣伝文句として「これはARじゃなくてMR!」とか言いまくってたせいで、

「Hololensの特徴=MRの特徴」という誤解が広まったんじゃないかと思いますね。

2019-05-02

やってる姿が、はたから見てマヌケから流行らない

anond:20190501172316

ゴーグルを付けて仮想世界に没入する形式の「VR」は、結局ダメだと思う。

 

10何年か前だと思うけど、どっかで見た説だ。なるほどなと思ったw

そのとき言われてたのは、セグウェイHuman Transporterのことだ。アレに乗っかって妙にへっぴり腰な姿勢でそろそろ走る姿がどうにもマヌケに見えてしまたからね。

anond:20190502140527

それより本当に仮想世界に行けるようにするのが先。ドットハックみたいな。

2019-04-26

anond:20190426213905

上位世界転送されるだけだよ

天然で生まれ宇宙の数<<<<<<<<<<<<<人工的に生まれ仮想世界の数

から、圧倒的にこの世界仮想である確率のが高い

無にはなれないから、安心して今を生きてね。

2019-04-13

人生経験バーチャルで十分だと思う

時間の制約上、1人の人間が一生にうちに経験できることは限られる。それならば短時間で実際の経験に似た仮想的な経験をたくさんした方が良いのではないだろうか。

実は子供の頃にそんなことを考えて親に話したことがあるが「リアルバーチャルは違う」と笑われ取り合ってもらえなかった。しかし、大人になってこのアイデアを改めて考えてみると荒唐無稽な話だとも言い切れない。

そもそも人間現実仮想の違いをどこまで認識できているのか。仮想世界の中に現実の要素が含まれていればそれは現実と言っても良いのではないか。もちろん、気の力で空を飛び、かめはめ波を打つような真似ができるとは思っていない。だが物語登場人物心理や行動を見ることで人生を学ぶことは可能である

現実世界リアル経験ができればそれに越したことはないが、多くの経験バーチャルで十分だと思う。

2019-03-26

anond:20190326135240

VとはVirtual Gender、古くは悪意のないネカマのように、どちらともつかないバーチャル上の女性キャラクターを演じ続けてギルド等で社交経験を重ねていると、女性のような感性情動内面化し、女性のように細やかな気配りや立ち回りができる性格になっていき、時に男性キャラ好意を抱いてチャHに発展する等を通して、仮想世界人格現実人格および肉体に違和感を感じるようになり、普段生活におけるジェンダー的な立ち位置人生が定まらなくなる現象、近年ではバーチャルYouTuberにおけるバ美肉勢が直面するジェンダー感覚であり――

みたいな話かと思ったら違った。なんだよ。

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