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2020-05-25

アニメひぐらしのなく頃に感想

ひぐらしのなく頃に」は原作PCゲームにドハマリして、アニメ放送当時は、ダイジェスト過ぎて「こんなのひぐらしじゃない」と思って1話切りしたんだけど

最近久々にPC版をやってみたら、長いしテキスト読むの面倒でゲームを中断し、アニメを見ることにした

「やっぱダイジェストすぎるなぁ」、「ここのセリフアニメでは描かれてないシーンも知らないと重みがないよなぁ」とか思いながら見たが、まあ、要所は掴んでると思うし

PC版やってる人間だと、ダイジェストでもその間のシーンを思い出して補完して楽しめるので、なかなか長い原作ゲームをやれない今となってはアニメが丁度いいのかもしれないと思った。

ひぐらしと言ったら感染症ですよ。

鬼ヶ淵沼からウイルスが発生して、村人に感染オヤシロさまは医者的な存在だった。被害を拡大させないために「村から出てはいけない、外から入れてはいけない」という掟を作った。

村を封鎖し感染して錯乱した村人を宿主ごと殺すことでウイルスと相性のいい種だけを残らせた。

とかそんな感じで、今改めて見ると結構ウイルスネタ作品だったんだなーって思った。

あと、レナ学校ガソリン巻くやつ、昨年のあの事件を思い出したよ。

そういや、ひぐらし放送当時に、女の子父親を斧で殺す事件があって放送中止になった記憶があるな。

僕は当時1話切りしたからしらんけど、中盤以降は結構エグいシーンもあったけど、あれテレビ放送出来たんだろうか。

でも僕はあのエグいシーンこそひぐらし真骨頂だと思うね。アニメでもこの辺はちゃんと描けてたなって思った。

なんだかんだでひぐらしはいアニメだったと思う。

Feteもそうだけど、スタジオディーン結構いいと思うんだよね。

2020-05-18

anond:20200518004632

良い結果が出れば日本人性質論を持ち出し、悪い結果が出ればアベガー言う。

これこそ正に増田真骨頂

2020-05-10

標準語? ジオン弁の間違いやろ

今や敵は焦っておるのであります、敵の焦っておる今こそ敵を徹底的に叩いて、これを破局に追込むに逸すべからざる好機であります。(1944年東条首相施政方針演説

司馬遼太郎 ともかくあの調子演説、いまでもありますけど、蔭でひとが「アホかいな」と……。

桑原武夫  いうとる、いうとる(笑)。などというひやかし方もありますね。

以前、『進撃の巨人』の大阪言葉版が爆笑さらったけど

あいう進撃ノリ、ジオンノリを現実にやってしまうのが関東地方やで?

あちらの『戦犯弁』特有の陰惨な空間が成立せえへんとこが、上方(かみがた)の真骨頂

講談社さん、『関西弁』やのうて『上方言葉』『畿内語』です

関西』などと、関東自分位置まで引き下げようとせんように

2020-05-05

ジークジオン

今や敵は焦っておるのであります、敵の焦っておる今こそ敵を徹底的に叩いて、これを破局に追込むに逸すべからざる好機であります。(1944年東条首相施政方針演説

司馬遼太郎 ともかくあの調子演説、いまでもありますけど、蔭でひとが「アホかいな」と……。

桑原武夫  いうとる、いうとる(笑)。などというひやかし方もありますね。


「以前、『進撃の巨人』の大阪言葉版が爆笑さらったけど……」

公式は『関西弁版』言うてるけど、あれ間違いなく大阪語やんな」

「ああいう進撃ノリ、ジオンノリを現実にやってしまうのが関東地方。あちらの『戦犯弁』特有の陰惨な空間が成立せえへんとこが、上方(かみがた)の真骨頂やわ」

講談社さん、『関西弁』やのうて『上方言葉』『畿内語』やで? 『関西』などと、関東自分位置まで引き下げようとせんように」

2020-05-04

岡村本田翼口説くコント拒否したっていい

いまさら岡村謝罪ラジオを聞いた。発言問題点や公開説教の是非について色んな意見ネットで読んだけど、全然言及されてない「本田翼口説くコント拒否すんな、ダサい」「20歳女優岡村デートするなんて真骨頂やん」という部分が自分はかなり疑問に思った。

矢部結婚恋愛を勧めたことへの批判もあるけど、相手を一人の人間として尊重してしっかり向き合え、そのためには今まで怖がって避けてきた彼女を作るのがひとつ手段だ、というのはアドバイスとしてはまぁ頷ける。ただ、それはあくまプライベートな部分であって、タレントとしてテレビでどのように振る舞うかということとはまた別だと思う。

岡村過去交際相手とのセックス体験アプローチしてきた女性タレントの裏切等のトラウマから女性不信になったというのは、熱心なリスナーではない自分でも、テレビで見聞きしてきた。「合法的セックスする相手恋人結婚相手)がいないか風俗に行って性処理する」トーク自虐としてできても、モテないキャラ恋愛下手キャラとして拙い口説き文句やぎこちないデート姿をカメラの前に晒すのに抵抗があるのは仕方ないことではないか

そうした小さなプライドが積み重なった結果がいまの岡村をこじらせ、がんじがらめにさせてると思うけど、「笑われる/笑わせるにこだわるな」「モテないおっさんキャラを受け入れろ」「偉くなったからってスタッフに求められる役割放棄するな」という発言は聞いていてかなり辛かった。「既婚者のノブよりも独身岡村がやる方が滑稽で面白い」というのもお笑いセオリーとしては理解はできるけど、本人が触れられたくない恋愛絡みの演出拒否する権利はあるだろう。共演NG家族の話NGバンジーNG、辛いものNG……というタレントだっていくらでもいるだろうに。

そこを打破することで景色が変わる、一皮むける、という言い分もわかるけど、みんなが見たいタレント岡村押し付けず、本人が折り合いつけられる部分を見つけてまた笑わせてほしい。

2020-04-30

新型コロナ練習だと思う

新型インフルエンザパンデミックこそが真骨頂だと思う。

それに対して事前に体制整備を促すコロナウイルスの慈悲ではないか

2020-04-16

赤い公園』の3年ぶりのアルバム『THE PARK』が発売されたので全曲短評

[説明]

赤い公園2010年結成の4人組ロックバンド。3年前に結成からボーカルが脱退、その半年後に新しいボーカルが加入(自分調べ / リーダー津野米咲天才自分感じ

石野理子2018年解散したアイドルグループアイドルネッサンス』のメンバー解散した2ヶ月後に赤い公園ボーカルとして加入(自分調べ / うたがうまい自分感じ

自分おっさん邦楽聴き。赤い公園歴はメジャーデビュー以降。アイドルには疎い。

[前置き]

どうしたって邦楽においてボーカルバンドの顔なのですよ。

その顔が変わってしまってアワアワしていたいちファン新体制での最初のフルアルバムを聴いたのですよ。

まだ10回ずつくらいしか聴けてないけど、なるべく初期のインパクト文章化したかったのでカキコ()するですよ。

夜だしスピーカーで音量出せないのでオーバーヘッド我慢ですよ・・・

[01.Mutant]

新体制になって最初のフルアルバムの記念すべきオープニング曲

今までの赤い公園にはない曲調のナンバーをここに据えたのはやはり確信犯的なものなのだろうか。

1曲の中で代わる代わる別のメロディが現れてボーカルが大変そうと思ってしまった。

1番の後の溜息と2番の後のボソボソとした語りがよい。

[02.紺に花]

1曲目とは打って変わってこれぞ正統派赤い公園!な疾走感のあるポップナンバー

なので前のボーカルがこれを歌ったら・・・という余計な想像をしてしまいそうになるのだけど、ところがどっこい、

既に天才津野米咲は新ボーカル石野理子の元気ではっきりとした高域の使い方を完璧に心得ているんだなこれが。

かっこいいピアノとかっこいいストリングスがよい(語彙ィ

なんとしてもMVを作って頂きたい一曲

[03.ジャンキー]

ベースというかリズム隊フロントに出ずっぱりな縦ノリ曲。イコライザバスブースト確認してしまった。

途中のバンド楽器の音が無くなってバックがコーラスのみになったところでボーカルに浮遊感が生まれるところがよい。

[04.絶対零度]

既にシングルで発売されているタイアップ曲で、可変拍子が癖になる変態曲。それがよい。

ボーカルリバーブが強めな気がするが曲の世界観に合っているとも言えるかも。

なお、これのMVアイドルネッサンスの『17才』あたりのMVを交互に見てると50回目くらいから娘を持った親の気持ちになれるぞ(誤爆

[05.Unite]

ピアノギターやら出たり入ったりするところがよい。音色を変えまくってるのか何が鳴ってるのかよくわからなくなるのがずるい。津野米咲ずるい。

ループして聴いていたらなぜか泣いていた・・・

[06.ソナチネ]

ボーカル石野理子現在歌声ストレートに味わえるバラード

アイドルネッサンス時代の石野はリアルタイムではベボベ繋がりで軽く聴いた程度だったが赤い公園加入発表後にDVD付きベスト盤やらシングルやらを買いYouTubeチャンネル登録されてる(石野関係ないものを含む)1700超の動画を全部観たので完全に理解した(してない

アイドル時代から落ち着いたトーンで歌うのが得意な歌い手さんだと思っていたがどんどん成長していっているのが判っておじさん嬉しい(まるで駄目

[07.chiffon girl feat. Pecori]

iTunesでこのアルバムを取り込んだときに、曲情報アーティスト欄が違うせいでこの感想を書き始めるまで聴けなかった曲(^^;;

サビのボーカルの高音のコントロールが圧巻でよい。

この曲やシングルに入っていた「Yo-Ho」のようなGroovyな曲調のものだけ詰めたものも聴いてみたいと思ったけどそれはもう赤い公園では無いかなぁ(>_<

[08.夜の公園]

アイドルの時に提供されてソロで歌っていても違和感のない甘酸っぱいミディアムナンバー

ひとり若い石野に歌わせて他のメンバーがニマニマしている絵が浮かんでしまうがそれは只のおじさんの妄想です。

[09.曙]

こちらはこちらでまたアイドルグループ曲かな? と思ってしまうくらい静かだけど明るくて熱い曲。

澄んだハイトーンの抜けが気持ちよい。声質がいいんだよねー。

[10.KILT OF MANTRA]

ちょっとドキッとする歌詞なのだけど楽しげな曲調と全員のコーラスがそれを感じさせず、逆に元気を貰える唄になっている。

コーラスが多かったせいか一番ボーカルが溶け込んでいた様に感じた。

[11.yumeutsutsu]

アルバムエンディングリード曲となるハイテンポナンバーMV出てた。

アルバムで一番ドスをきかせてるボーカルは迫力があって何か覚悟のようなものが伝わってくるし、

ギターベースの見せ場がそこいら中にあるし、ドラムまで殺気立っているように激しく感じる豪華な3分間。

これが赤い公園の新しい真骨頂となっていくのだろう。

ありがとうありがとう

[総評]

優勝!!!

[補足]

とまあ自分には新体制赤い公園はかなり肯定的に感じられたのですよ。例えて言えばGTM版のFSS

このまま継続して全力推しですよ。

などとタラタラ書いていたら寝落ちして朝ですよ。もう出勤します(リモート

2020-03-10

anond:20200309191622

まり擁護もしたくないんだけど、あの人の真骨頂コピックイラスト(実物)にあるのでデジタル画だと良さの40%も発揮されていないと思う。デジタルに手を出したのはここ1年ぐらいの話のはずで、ずっと手探りで試行錯誤してるなとは思ってた。ただ俺はあの絵をデジタルで再構築するのは無理だと思う。使ってる画材コピックだけじゃなくて油絵のようにこってりしたものも多用してるしあの立体感は無理だよ

2020-01-27

テン年代俺的最強ゲームベスト10

いちゲーオタ中年男性ハートのど真ん中の最奥部に抜けないほど深く突き刺さった「テン年代ゲーム10本をランキング形式で挙げていきます。お付き合いください。

特別賞『Doki Doki Literature Club!(ドキド文芸部!)』(2017/PC

のっけから特別賞」から始めることをお許しあれ。ランキング発表後だと、1位よりもスペッシャルな空気を醸し出してしまいそうで。それを避けたかった。

でも、本作がとくべつな1本であるには違いない。だから悩んだ挙句の……「特別賞」。まんまでごめん。

個人的には『ノベルゲー」って昔からあんまやらないんです。ノベルゲーやる時間あったら小説を読むほうが(たいてい)有益だろう、という長年の思いこみ集積のせい。でも、『Doki Doki Liteature Club』は例外ゲームらしいインタラクティブな要素があるわけじゃないのだけど、小説でもマンガでもアニメでもこの表現絶対不可能

本作の凄さについてはもはや語り尽くされている感があるし、強く深い思い入れを持っている方が世界中にいらっしゃることも存じておりますし、まだプレイしていない方のためにも、内容については何も言いたくない。

でも、これだけは言わせてほしい。

本作は「神は存在を愛している」ってことをギャルゲー/ノベルゲーのガワで見事に顕してみせた一大叙事詩である。ここには生があって、性があって、詩があって、死があって……愛がある。さらには現象学的「彼方」をも開示してみせる。

その(一見破天荒、かつ強烈な内容に憤怒するかもしれない。ショックのあまりマウスを壁に叩きつけるかもしれない。号泣するかもしれない。戦慄するかもしれない。でも最後にはきっと宇宙大の愛に包まれる……絶対

ああ、すっきり。

では、こっから心置きなく2010年代・心のベスト10を発表させて頂きます

10位  『ASTRO BOT Rescue Mission』(2018/PSVR)

「……なんか妙に懐かしいな。子供の頃、お前と行った鵠沼海岸をまざまざと思い出したわ」

ゲームと本の山でとっ散らかった僕の部屋にやってきて、このゲームをしばらく遊んだ君は、いかにも重たいPSVRヘッドギアをつけたまま、そう呟いた。

僕はかなり潔癖症から、君が顔じゅうに汗をたっぷりかいてることがひどく気になって、除菌ティッシュ片手にそれどころじゃなかった。

けどさ、あの頃君と一緒に見つめた空と海の青さに、まさかVR新規アクションゲームの中で出会えるとは夢にも思わなかったよ。

ハタチん時、『スーパーマリオ64』を初めてプレイした時の驚きと、海辺自分の子と君の子が一緒に遊んでいるのをぼんやり眺めてるような、そのうちに自分たちも同じくらい小さな子供に戻って、一緒に無邪気に冒険してるような……切なくて温くて微笑ましい気持ちじわじわこみあげてきた。そのことに、僕は本当に心底驚いたんだよ。またいつでもやりに来てくれ。

9位  『ショベルナイト』(2014/PCほか)

「あー、なんかシャベル持ったナイトのやつでしょ。古き良きアクションゲームへのオマージュに溢れる良質なインディーゲーって感じだよね、え、あれってまだアップデートとかやってんの? なんかsteamセールん時に買って積んでんだけど、ま、そんな面白いならそのうちやるわー」

あなたが『ショベルナイト』をその程度のゲームだと思っているのなら、それは大きな大きな間違いだ。

プレイ済みの方はとっくにご承知と思うが、本作はレトロゲーもオマージュゲーもとっくに越えた、誰も登れない山頂に到達した類い稀な作品であるアイロニーと切り張りだけで作られた、この10年で数えきれないほど溢れ返った凡百のレトロゲームとは、かけ離れた聖域に屹立してゐる。

そして3つの追加アプデ(大胆なアイデアに溢れた全く新規追加シナリオ。今月でようやく完結)によって、本作は10年代下半期にリリースされた『Celeste』や『ホロウナイト』の先駆けとなる、傑作2Dアクションとしてここに完成したのだった。さあ、ショベルを手に彼の地へ赴け。

8位  『Undertale』(2015/PCほか)

このゲームの印象を喩えて言うなら、

久し振りに会って酒でも飲もうものなら、いちいち熱くてしつっこい口論になってしまう、共感嫉妬軽蔑と相いれなさのような感情腑分けするのが難しいくらい綯い交ぜになっている面倒きわまりない幼なじみ、みたいな。

正直、ランキングにはあまり入れたくなかった。が、初プレイ時の衝撃をまざまざと思い出してみると、やっぱり入れないわけにはいかぬと悟った。

もし未プレイだったら、このゲームはできればPCsteam)でやってみてほしいとせつに願う。当方バリバリコンシューマー勢なので、ゲームPC版を薦めることは滅多にない。だが、コンシューマー機ではこのゲームの持つ「鋭利ナイフ」のような「最後の一撃」が半減してしまうだろう。

作者トビー・フォックス氏は、かつての堀井雄二糸井重里系譜に連なる倭人王道シナリオコピーライターと感じる。

確認のために本作の或るルートを進めていた時、初期ドラクエと『MOTHER』と『moon』が携えていた「あの空気」が30年ぶりに匂い立ってくるのを感じて眩暈がした。会えば会うほど凄みを増す狂人のような作品だ。

2020年内に出る(であろう)2作め『DELTARUNE』において、トビー氏は堀井/糸井が書け(書か)なかった領域確信犯的に踏み込んでくるにちがいない。それが半分楽しみで、半分怖くて仕方がない。

7位  『デラシネ』(2018/PSVR)

その山の森の奥には古い洋館があった。

庭は川と繋がっていて、澄んだ水が静かに流れていた。

君は川沿いにしゃがみこんで1輪の花を流していた。

俺は黙って君を見つめていた。

君は俺に気づかない。

俺は木に上ったり、柱の影から君を見守ったり、触れられない手で君の髪を撫でたりしているうちに……君の可愛がってたシェパード犬がこちらにひょこひょこやってきて、ワン、と小さく吠えた。

ああ、なんだかこのゲームやってると批評目線がどんどんぼやけていくのを感じる。まるで透明な死者になってしまったような、奇妙で懐かしい感覚に否応なしに包みこまれるような……。

本作は「VRで描かれた古典的AVGアドベンチャーゲーム)」であると言われている。個人的には、そんな持って回ったような言い回しはしたくない。

VRしか描けない世界情緒に対して、あまり意識的な本作。その手腕はあざといくらいなんだけど、実際に本作をやってみるとあざといどころじゃない。泣くわ。胸の内に熱いものがこみあげてくるわ。

『Deracine』はプレイヤーの原風景をまざまざと蘇らせる。かつて失ってしまった友人を、失ってしまった動物を、失ってしまった思い出を、「ほら」とばかりに目の前に差し出してくる。そのやり口はほとんど暴力的でさえある。

6位  『バウンド 王国の欠片』(2016/PS4/PSVR

もしVR対応しなかったら、知る人ぞ知る良作(怪作)止まりだったであろう本作。

かくいう俺もPS Storeで見つけて何となく買った時は、まさか2010年代ベストに入れることになるとは思わなかった。怪しい仮面被ったバレリナ少女サイケ空間を飛び回ってんなあ……製作者はドラッグでもやってんのか?くらいの。

しかPSVR対応した本作を再度プレイして驚愕した。怪作がまごうことなき傑作に生まれ変わっていたのだ。あるいはコンテンポラリーアート作品としての本質を露にしたとも言える。ああ、VRというハードではこんな事態が起こり得るのか……。

画を作っているサンタモニカスタジオゴッド・オブ・ウォー風ノ旅ビト他)の仕事はいだって凄まじいクオリティでため息が漏れるのだが、VRとの相性は抜群だ。とりわけ今作での仕事白眉と言える。

とにかく、思わず自分少女の頬をつねりたくなるほど美しい。少女が、景色が、色彩が、確実に「もうひとつ世界」(夢、とは言いたくない)を現出させている。

そして本作は本質的な意味で——究極の恋愛ゲーでもある。誰も認めなくても、俺はそう強く感じる。あの少女と過ごした時間を、あの少女が内に秘めていた闇の部屋を、あの少女が戦っていた怪物を、そしてこの狂気と色彩にみちみちた世界日常生活の中で思い出す時、この胸に去来するのは——それは「恋」しか言い様のない儚い感情だ。

5位  『INSIDE』(2016/PCほか)

書き始めるまで、本作がここまで自分内上位に食い込むとは思わなかった。

が、確認のために軽くプレイしてみたら、やっぱりとんでもなかった。

実験施設内部に、そして自分の内側(Inside)に展開するめくるめく不穏な景色ディストピアの先にある、吐き気をもよおさせると同時に、穏やかな安寧に包まれるような、唯一無二のビジョン——を完璧に描ききった本作。

終盤の怒濤の展開と比類なき生命描写インパクトに心奪われるが、本作の真骨頂木々や空や雲や雨、海などの自然情景(それが何者かによって造型されたものであれ)の美しさだと思う。荒んだ世界の中、思わず立ち止まって、天に祈りを捧げたくなるような敬虔心持ちを強く喚起させる。

俺にとって『INSIDE』とは、自己内面に深く潜るための潜水艦、あるいは哲学書のページを繰っても繰っても掴めない、自分世界との乖離自覚するための尖った注射針であり、神なき世界宗教である

灰色にけぶった空の下、雨降るトウモロコシ畑で無心で佇んでいた時のあの安寧と絶望感に、これから先もずっとつきまとわれるだろう。

4位 『スプラトゥーン』(2015/WiiU

人の生には「もっと幸福な時期」というものがたしか存在するようだ。そして、それは必ずしも幼少期だったり青年期だったりする必要はない。

俺にとっては、傍らに愛猫がいてくれて、WiiUと3DSが現役ハードで、仕事から帰ってくると毎日のように今作にあけくれていたこの頃が——生涯でもっと幸福な時期だったと言いきってしまいたい。なぜなら、幼少期や青年期と違って、その記憶ははっきりと想起できるから

そして後から振り返ってみて、その時期がどれほどありがたいものだったか確認し、やるせない気持ちに包まれるのだ。「ああ、やっぱり」と。

プレイ時間は生涯最長となったし、この作品を通じて(自分にしては珍しく)老若男女多くの「オンラインフレンズ」ができた。

が、続編『スプラトゥーン2』は発売日に購入したものの、ろくすっぽプレイしなかった(できなかった)。

その理由は(おおざっぱに書くと)3つ。

ひとつは『2』発売時、先に述べた、俺にとってもっと幸福だった時代が過ぎ去っていたこと(ごく個人的理由だ)。

ふたつめは、初代スプラトゥーンが持っていた、俺を夢中にさせるサムシングが『2』には欠けているように感じられたこと(批評記事ではないので、それについてここでは掘り下げない)。

3つめは、次に挙げる同じく任天堂開発の対戦ゲームの登場である

3位  『ARMS』(2017/Switch

それは35年前に夢見た未来の『パンチアウト!!』だった。そして20年前に夢みた『バーチャロン』と『カスタムロボ』の奇跡的融合であり、同時にそれらとは全く別次元昇華された「理想的格ゲー」であった。

スプラトゥーン』で「共闘」の愉しさを味わった俺に、本作は「見知らぬ相手とサシで戦う」ことの妙味と厳しさをばっちり思い出させてくれた。

そして画面内のキャラをこの手で操る——そんなあまりにも原初的「ゲーム」の喜びが本作には隅々までみちていた。こればかりは「Just do it」(やるっきゃない)。

やがて俺は日々のオンライン対戦では飽き足らず、リアル大会にまで足を運んだ(あっさり敗退してしまったが……)。そんなゲームは、おそらく生涯最初最後だろう。

余談だが、Joy-con特性を生かした「いいね!持ち」による操作こそが本作の革新であると信じているのだが、革新性よりも「合理性」と「勝率」を求める猛者たちには殆ど浸透しなかった。

いいね!持ち」メリットをうまく調整できてさえいれば、本作は『e-sportsゲーム初の従来型コントローラーから離れた(両腕全体を用いた)操作形態を実現していたはずで、それについては至極残念だが、現在開発中であろう『ARMS2』に期待したい。

2位 『Rez infinite』(2016/PSVR

2010年代下半期は、俺にとっては「VRに初めて触れた年代」としていつまでも記憶されることになるだろう。

2017年冬、とにかく『Rez infinite』をプレイしなければならない——そんな義務感でPSVRを勇んで購入した。配線がややこしい機器PS4に繋げ、想像していたよりもさらに重たいヘッドセットを被り、本作をプレイすると——すぐに「ここには未来がある」と思った。いや、正確じゃないな。「未来に至る——今の時間自分」をばっちり感じたと言うべきか。現在可視化され、360度方位に顕在し、俺をユニバーサルに包みこんだ。

AreaXを初めてプレイした時の、重たい身体感覚から自由になり、魂だけが宇宙に放りこまれたような未曾有の感覚は、ゲームなるものと関わってから過去30数年を振り返ってみても、5歳の時に生まれて初めて電子ゲームに触れた時の体験と並ぶ、あるいはそれを越えかねない、空前絶後体験だった。

それは精神開放であり、身体解放だった。言葉遊びに非ず。

これだけ長いこと「ゲーム」なるものを続けてきて、ゲームからそのような感覚を初めて得られたことに深く感動し、ラストではほとんど泣いていたことがつい昨日のように思い出せる。

そして『Rez infinite』の「次の体験」を今か今かと待っている。

1位 『とびだせ どうぶつの森』(2012/3DS

Rez infiniteからまさかの……自分に驚き、何度も自身に問うた。

あれだけ昔からどうぶつの森』嫌いだったお前が。とび森を。テン年代1位に。据えるつもりか? 

お前はそんなにぶつ森好きだったのか? ありがちな中年男性みたいに「しずえ萌え」になったのか? それとも親子くらい歳の離れたフレンドと時々会えるからか? おいおい、かあいこぶってんじゃねーぞ、と。

だが本作を1位にした決定的な理由——それは、テン年代初頭に放たれた今作から仮想世界」における、人間存在理想的な在り方の萌芽をひしと感じたからだ。

一発で脳内に凄まじいヴィジョンを注入した『Rez infinite』と比べると、まるでアリが餌塚に砂糖を運ぶようなゆったりとした足取りだが、本作は確実に世界中ゲームファンに「もうひとつ世界」をキュートな顔つきと口調(しずえ嬢のような……)でじわじわと浸透させ、人々の無意識をしれっと変容させ、もうひとつ生活を愉しませ、ネット接続により文字通り「飛び出させた」。

どうぶつの森』は今年3月に発売する次作『あつまれ どうぶつの森』においてさらなる大きな広がりと変化を見せてくれるだろう。

が、俺は本作をとくべつに、個人的に、偏執的に、限定的に愛しているのだ。

それは故岩田社長が生み出した『3DS』というハードへの偏愛と、ゲーム機では3DSだけが備えた「裸眼立体視」——ARVRを折り合いし、先取りした——唯一無二の機能によって『どうぶつの森』というクローズド世界をまるで飛び出す絵本のごとく彩り、「夢の中で他者の森を訪ねる」という奇妙かつ魅惑的な通信世界を生み出し——

要は、全シリーズを振り返っても今作『とびだせ どうぶつの森』だけが持ち得た、この奇妙で牧歌的神秘的なアトモスフィアに由るものだ。

カフカ『城』や村上春樹世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』主人公のように、俺はある時、この森の中に、夢の中に、村の中に、これからも留まり続けることを選んでいた。

そういうわけで、本作を迷わずテン年代1位に据えたいと思う。

※※※※※※※※※※

長々とお付き合いくださって本当にありがとうございました

余談ですが、最初は「順不同」にしようと考えていたのです。これほど自分にとって大切なゲームたちに順位なんてつけるのは相当失礼な気がして。

でも、敢えてつけてみた。並べてみたら、なんとなく自分重要度みたいなものぼんやり浮かび上がってきたので。

異論提言はもちろん、よかったらあなたテン年代ベスト(5本でも20本でも1本でも)教えて頂けると、いちゲームファンとしてめっぽう嬉しいです。

ああ、10年はDECADE(でっかいど)。

2019-11-28

自民の中でさ、ことここに至って

安倍に引導渡す動きが未だにない(ように見える)のすごくない?

跳ねっ返りで反安倍で目立とうとする若手もいないし、派閥争いとか政局とか暗躍とか、自民真骨頂はどこへ行ってしまったんだよ。

2019-08-13

https://anond.hatelabo.jp/20180812200713

牛タン以外だと喜久福が旨い。仙台で食えるもののなかで一番旨い。

もしずんだ嫌悪感が無いのなら喜久福をやっている喜久水庵ことお茶の井ヶ田が一番町店だけでやってるタピオカずんだシェイクを飲んでみてはどうだろうか。

タピオカならではの食感はかなり息絶えているが、普段タピオカを飲んだことがないという人間でも気軽に飲める味がする。

一番町まで行ったらすぐ近くに閣がある。牛タンの店だ。肉厚かつやわらかく非常に旨い。

しかし、仙台の旨いもの真骨頂仙台駅だ。仙台駅と周辺のエスパルを回れば旨いものはたいてい食える。

 

仙台駅二階で西口から東口に行く最中にある伊達の小道には笹かまの鐘崎がバーカウンター風の店を出している。

ここで鐘崎の肉厚で旨い笹かまである大漁旗などを炙ったものとアラ汁を食わせてくれる。

すぐ後ろを振り向けば100円で地酒が飲めるコーナーもある。

こっちで酒を引っ掛けて笹かまを食うのは非常に旨い。

 

二階のお土産処とかい場所には笹かま店舗がいくつか並んでいる。

ここの笹かまはどれも旨いので試食だけでもしてみて損はない。

季節限定かまぼこが大量にある。

かまぼこの中にチーズボールが入ったやつや牛タンが練り込まれもの明太子が入ったのなんかもあったはずだ。ここのあたりの店になかったらごめん。

酒のつまみに最高だから適当に買って新幹線で食うと旨い。

 

笹かまもっとしかったら地下がある。エスパル地下一階にはこれでもかというほどの笹かまがある。仙台に住んでいても知らない笹かまだらけだ。

掘り出し物が多いので時間があるなら適当に歩き回って試食して好みの笹かまを探すと良い。大量にある。

旨いと思ったら店舗名前メモしておいたほうが良い。一文字違いの店と間違えることがよくあるからだ。

 

笹かまが好きなのでひたすら笹かまの話をしてしまったが、エスパル地下に来てもし甘いものが嫌いじゃなかったら伊達の極味もいい。

小分けされたガトーショコラだ。土産物にも抜群だ。

仙台の旨いものは要冷蔵のものが多すぎる。常温保存できる伊達の極味は土産にぴったりだ。

 

萩の月も有名な仙台銘菓だ。だが、萩の月を作っている菓匠三全洋菓子であるロワイヤルテラッセの生パイも捨て置け無い。

食っているとパイ生地がこぼれやすい、要冷蔵消費期限が翌日など難点はあるが、とにかく旨い。甘いものが嫌いじゃないなら自分用に買って食え。

季節限定の味もある。この間見たときマンゴーがあった。美味かった。

 

和菓子派なら九重本舗玉澤もおすすめだ。

冬季限定霜柱と晒よし飴は量が多いが旨い。甘い。口の中で物体が溶けて消え去る味わいを知れる。

今の時期なら琥珀物語だ。

玉澤総本店黒砂まんじゅうも見過ごせない。

 

エスパル地下まで来たのだから、もう少し奥の食事処まで行けば、今度はいたがきがある。フルーツ系のデザート店だ。

パフェケーキがどれもフルーツ盛りだくさんで光り輝いている。パフェクリームよりもフルーツのほうが多いぐらいだ。

話は笹かま伊達の小道へ戻るが、この向かい側にあるエスパル2に行けばカズノリイケダもある。

仙台の誇る洋菓子屋らしい。

常温保存できるマカロンキャラメルなどもあるし、ケーキも旨い。

土産か今食うかで選べる。

ついでに隣はイートインスペースはないがいたがきだ。2店舗見比べ好きなケーキを買ってほしい。

 

甘いものの話ばかりしていたが、どうせならしょっぱいものも食ってほしい。

仙台居酒屋であるぼんてんだ。ぼんてんは良いぞ。

チェーンのくせに刺し身が異様に旨い。新鮮。とりあえず食っとけ。ランチもある。

仙台駅に一番近いのは東口店か。ヨドバシの近く、太い通りから一本内側に入ったあたりで見つけづらいかもしれないがマップを見ればわかる。なんなら牛タンの司の列を目印にしてもいい。司に入れなかったら行っても良い。

 

甘いしょっぱいからはずれるが、コーヒーはホシヤマ珈琲が良い。仙台から直結のアエルにある。

気に入ったらドリップ土産に買っていってくれ。

そういやひょうたん揚げも仙台駅構内にあったな。

 

ぶっちゃけ仙台駅の牛タン通りで食うぐらいだったら利久西口本店行ったほうがいいよ。利久じゃ嫌だ、仙台しかない店舗が良いならごめんな。

西口本店ならそこそこ座れる。

2019-07-22

Twitterのせいで民主主義は死んだ

自民党民主主義を唄っているが、民主主義ではない。江戸時代から引き継がれる世襲権力関係ズブズブで、帝国主義真骨頂

それが完全に悪いとは言い切れない。この世は結局金とコネ、行ってしまえば江戸時代から続くコネ人間関係によって、自然災害その他諸々への早急な対応

規律の取れた行動が(他国よりかは)とれる。日本という国の特殊な所が、権力が腐っても腐りきらないところ。ブラジルメキシコみたいにならず、

上に全部任せておけば、それなりの倫理観とそれなりの行動力近代化も全部お上がしてくれた。フランスが成し遂げられなかった事を日本簡単にやった。

民主主義と言えるのは、民主党くらいだった。まぁそこも世襲華族の残りカスが沢山いたけど、少なくとも国民の味方ではあった。

全部上に任せていた国民らしく、政治を知らず夢を語り、あっけなく、なにも出来ず砕け散った。まぁでも少なくとも、国民が初めて選んだ党だったわけだ。

自民党権力を得ているのは、自民党を選んだのではなく、民主党ダメだったからだ。消去法だ。

自民党もその間に成長した。テクニカル的な不景気時代民主党に任せ、後は中国に学びコネ権力を使い、相場操縦をし始めた。

中国ほどの強権性は無くても、コネを使って機関投資家情報操作をある程度防げた。民主主義ではない、独裁に近いけれど、昔と同じく独裁でそこそこの政治が出来た。

ネットデータ分析して科学的に動いてる。

一方民主党は何をしたかネットを操るのではなくネットに飲まれたという方が正しい。

閉鎖的で先鋭化しがちな意見しか見ず、常識はずれの言説を世の中にまき散らし、ドン引きされるようになった。

これは凄い事だ。10数年前までは自民党応援してます、何て言ったら「右翼や」なんて言われたものだけど、今は民主党応援してると「左翼だ」とドン引かれる。

民主主義真骨頂であるtwitterは民の声であり、衆愚であることを世の中に知らしめた。

結局政治お上に任せた方が良いのだ。それでいいのだ。……。

2019-06-12

深見東州といえば

みすず学苑広告最近きぐるみだけでなく3DCGも多用したキテレツキャラクター達が思い思いにその個性を発揮させているんだけど、3DCGになってもなおキグルミを着込んでるテイで実写の人間の顔がはめ込んであるのには中々こだわりを感じる。

それにしても数年前まで主流だった歴史上の人物名に引っ掛けたダジャレコスプレがここのところとんと見かけなくなってしまった。寒いオヤジギャグこそが深見氏の真骨頂だと思っていたので、寂しい限りであるネタが枯渇したか、はたまた予算問題か。知るべくもないし、特に知りたくもないけど。

2019-05-25

anond:20190525200945

満員電車って解消できないんじゃなくて、自分たち負担が増える解決しかいか解決したくないだけなんだよな

から痴漢痴漢冤罪も満員電車に押し込んでうやむやにして目を逸らす。

まさに先送り大国日本真骨頂

2019-05-14

anond:20190514095819

みんな効率性とか費用対効果とか余暇時間といった点でしか議論していないが、それ以外に”政治的立場”も重要ポイントだと思う。

まり自分左派だと自認するのであれば、食洗機積極的に導入すべきだろう。

女性家事負担軽減、また削減された家事時間を勉学や趣味に振り向ける事による女性地位向上といった効果はまさにリベラル真骨頂と言える。

一方で、右派を自認する者は立ち止まって考えるべきだろう。

食洗機の導入により、食器を洗うという従来の古き良き見慣れた光景がなくなる事は本意ではないだろうし、家事という行為それ自体家族を繋いでいたと考えれば、中長期では家族制度の崩壊さえ引き起こしかねない。

以上のことから機能面以外の側面から食洗機の可否を慎重に考えてもらいたい。

2019-04-24

遅れまくって贅沢な鑑賞をした結果

2週かけて傑作アニメを2本、ほぼ毎日1話ずつ見るというのは、十分贅沢に含まれると思うのだがどうだろう。

なんでそんな事になったのかは今でもよくわからないが、とにかくゾンビランドサガとケムリクサを同時並行で見始め、昨日見終わった。

てか、リアルタイム話題になる程度に人気だった両作を、1~2シーズン遅れで見ることになった理由の一端は、半年前にこれまたふと始めたアズールレーンに、通勤時間と家で起きている時間の多くを取られたことにあるのは間違いない。

現代人のオフタイムアニメゲームがごたまぜになって、ユーザ時間の取り合いでしのぎを削るという現実証左かも知れない。

ちなみにアズレンもずいぶん遅れて始めたあたり、自分が筋金入りの流行遅れなのは確かである

ともかく、熱心にやりこんでいて気がつけば寒さも緩み、お陰様でゲームも9章まで行って個人的に一段落したタイミングで、魔が差したかのように上述のアニメに見入った次第。


その感想一言で言い表すなら、とにかくすげー疲れたに尽きる。

出遅れて見始めたアニメを一気見する人は多いと思うが、傑作の理由の1つである密度の濃い作品を、しかも全くジャンルが違う作品を2つ立て続けに見るのは、相当にエネルギーが要ることを思い知らされた。

もちろん、仕事の疲れや駄作につきあわされる徒労に比べたら、遥かに心地よい疲れだったが。

しろめったに出来ない贅沢な経験という意味で、ここまで素晴らしく心地よい疲れを提供してくれてありがとうと言うべきかも。


以下、ネタバレ有りの各論

いきなり笑った、どんどんアツくなった、そして続きが気になった絶許

なんでゾンビランドサガを見ることになったのかは、今以てよくわからない。

からないが、当初は物凄い事故に遭ったかのような衝撃、いや笑撃だった。主人公もいきなり衝撃を受けて死んだわけだし。

マジで冒頭の軽トラ、あれ初見で笑わない人なんているのだろうか。

興味はあれど全く楽しむ気ゼロ状態で見て、それでも初っ端から声を上げて笑った作品なんて、もしかすると、ハルヒのみっくるんるん以来かも知れない。

その時点で、個人的には良作確定である

ちなみに2周目もう1回あのシーンを見たら、今度はしっかり悲しかったので一安心である本来人が死ぬのは悲しいことだし。

さすがは傑作。


ただし、じゃあ2018年アニメとして、宇宙よりも遠い場所ゆるキャン△はたらく細胞より凄いかといえば、そこは微妙

気になったのはラスト3話。ラブライブ!第1期でやらかしたことまんまじゃねーか。

ラブライブ!でもラスト3話は当時から評価微妙だったのに、また繰り返すってどういうこと?

問題は、あの話を描くことで主人公さくらファンが増えるのか?という疑問。

この展開の先行者たるラブライブ!主人公高坂穂乃果は、件の展開が原因かはわからないが、特に女性ファンからの人気がワーストだったと聞く。

ゾンビランドサガの源さくらは、そこら辺どうなるんでしょうね?


でも、それ以外は本当に面白かった。

1話からどんどん盛り上がるその勢いは、間違いなく2018年アニメでは最高のアツさだったと思う。

そして一番の山場が中盤の6話7話。アイドル経験者の純子と愛、pixivでは純愛コンビと言われている2人のエピソードまさかアイドルアニメで「尊い気持ちにさせられるなんて思ってもみなかった。

多くのファン同様、自分もこの2人に最も惹き込まれた次第。

特に純子の可憐ルックスにお淑やかな喋りと、低くパワフルな歌声ギャップにはやられた。

対する愛の、今となっては懐かしいゼロ年代JKルックスキャラに、種田梨沙氏のキャスティングは本当に見事。


無理矢理まとめるなら、これは正しくラブライブ!2.0になるかもと思った(サンシャイン何それ美味しいの?)。別にそれが一番言いたいことじゃないけど。

ともかく2期は見逃せない。今から楽しみにしておこう。

平成の終わりと令和の始まりを、天才の出現で祝う喜び

けもフレという「他人の褌」から決別し、ケムリクサを作ったたつき監督はまさしく天才現るという形容が相応しい。

たつき監督作風の根幹は優しさであるとは各所で言われてきたが、その真骨頂は会話劇だろう。

どうやったらこんなに、不快なキツさのない会話が展開できるんだ?と思わずにいられない。もはや異能という他ない。

赤い木の発端も、その根っこには真剣な想いが流れていることを、誰の言動にも怒りを感じることなく見進められたのは、今振り返るととんでもない完成度と言わざるを得ない。

てか、個人的にはこういう展開を途中で白けず、逆にかなり真剣に見入ってしまったのは、実は色々アニメを見てきて初めてかも知れない。ちゃんと作られてれば面白いんだね。


もちろん、絵も素晴らしい。

物凄いディストピア感溢れる世界なのに、不思議と見ていて退屈だったり辛かったりというのがない。

これまた逆に「ここって、元々こういう場所かな?」と思いを巡らせたのだが、これも個人的には滅多にないことである

そこに来てラストのあの光景、まさに「驚きの白さ」であり、絵だけで喜びと安らぎが余すことな表現されていたと思う。

ちなみに最終回といえば最後の歌、エモかった。あんなに歌が神々しく聞こえちゃっていいの?みたいな。


というわけで、たつき監督未来宮崎富野押井レベルに到達するまで、頑張って生きてみようと決意した次第。

最後に忘れちゃいけないこと

作品共通点、それは男性声優さんの素晴らしすぎる演技。

宮野真守氏・野島健児氏ともに、あんなに難しい人物完璧に演じていた。

どちらも一歩間違えれば、かなりサムいイタいキャラになりかねないし、そうなったら作品としておしまいと言っていいくらい、物語重要ポジションである

それを見事にやってのけたことが、ご両人の役者としての厚みなのだろうと思った。

見終わった今、両作品を声でイメージしたとき最初に浮かんでくるのはこのお二方の声だったり。

2019-04-10

anond:20190410155022

それは知らんけどNFCキャリアというか仕様というかそういうものが違うことによる決済速度の違いはQRコードの決済の利便性とは比較対象にはならんで。

何より「お店側に決済端末置かないでいい」ことがQR決済の真骨頂やし。

2019-03-07

anond:20190307171126

権力勾配があって女性絶対的弱者から女性のいうことを聞かないのは差別

「女の問題社会全体の問題


弱者男性はオナニーして死ね

「男の穢れ、男のうちに」

フェミニストはお前らのママじゃない」



ダブルスタンダードこそフェミ真骨頂だろ?

2019-01-05

anond:20181225224942

よくできたまとめ。

かくいう自分はロストメビウスあたりで離れた組(※と、いいつつ結局今でもどこか目の端で作品群を追いかけている)

このあたりの解説もまさに増田の言うとおりで、作品テーマが難解になって、作者の言わんとしているところと作品読了後の自分の得たいカタルシスが一致しなくなったため。

自分ブギーポップに求めていたのは第一に『笑わない』のような多重構造ミステリーを通して語られる世界というものの複雑さと適当さに圧倒される閉塞感。

第二に『パンドラ』『ホーリィ&ゴースト』『冥王と獣のダンス』『ビートのディシプリン』『ナイトウォッチシリーズ』で示されるような、閉塞的な世界において個々の人生という名の運命=<試練に立ち向かう戦士>の話。

第三に、前項ふたつの要素が組み合わさって終幕を迎えた物語におけるカタルシス

初期作品は間違いなくこの三つの要素で形作られていたといっても過言ではない。

そして著者のあとがきで語られる分析考察独白みたいな結論通称上遠野節と言われる)がこのカタルシス絶妙な味を与えてくれて、二週目以降の読破にも興が乗る。

このカタルシスだが、二期後半以降かなり薄れる、

具体的にはまさに増田が触れているとおりで、ロストメビウスとそれ以降の作品群。

世界の謎要素』が強くなった二期以降のブギーポップにおいて、ロストメビウスは作品群として重要位置づけにはなりえても『戦士』よりも『世界の謎』を優先したために作品単体としての完成度が低い。

そのわりにロストメビウス以降も大筋でブギーポップ世界観に進行があったということはないので、かなり肩透かし感がある。

そして二期作品以降はこの傾向が加速して、世界観に一切進行のない肩透かし感(「結局あれはなんだったのか」)が続く。

その原因について、ブギーポップを含む作品群についてを含めてこのblogがすばらしい考察を書いているのでリンクを張っておく。

http://gentleyellow.hatenablog.com/entry/2019/01/03/135038

もともと上遠野氏の作風ストーリー自体がもともとスタンドアローンで、ストーリー同士をつなぎあわせることで全体が見えてくるというミステリーみたいなスタンスだった。

まり最初期における『笑わない』で用いられていた手法が、今度は作品群全体において用いられるというスケールアップが面白かった。

したがって、巻が進むごとに世界の謎が徐々に解き明かされるというミステリーっぽさが熱狂的なファンを生んだ。

しかし二期後半くらいから過剰になってきたために、年単位放置されてきた伏線が増えてきたことで、作者の中でネタ賞味期限が切れてきた、というのが正直なところではないだろうか。

この賞味期限の切れ具合から起こったネタ在庫整理が、そのまま上遠野氏における二期、三期の切り替えの時期に一致している感じがある。

したがってこの賞味期限切れの結果、世界の謎要素は徐々に手仕舞いしなければならなくなる。この手仕舞いが「ヴァルプルギスの後悔である

ではそれ以降のブギーポップはどうなるのかというと、作品全体を覆う世界の謎がなくなってしまったので、あとにはスタンドアローンになったストーリーしか残らない。

筆者が特にこの傾向を感じたのは「沈黙ピラミッド」あたりであり、確信したのが「化け猫めまいスキャット」あたりである

この辺になってくると、もはや世界に謎がないのでスタンドアローン作品を見ていく以外に楽しみ方がない。

もともと外伝作品スピンオフのかたまりだけで構成されていたブギーポップシリーズが、それでもシリーズの体を保っていたのはブギーポップ存在世界の謎だったのだが

世界の謎がなくなったことで(※まぁ、振り返ってみるともともとそうではあったのだが)ブギーポップシリーズが明確に単純なスピンオフの塊シリーズとなった。

類似作品としては「地獄少女」みたいなものだと思ってもらうと分かりやすいだろうか。

ブギーポップの魅力が一番詰まっているのはやっぱり原点である「笑わない」とそこに連なる初期9作品、ロストメビウス手前までの二期前半だと思う。筆が載ってた時期が一番面白かった。

個人的には「ビートのディシプリンシリーズこそ真骨頂だと思っている。<世界>と<戦士>の構図をカタルシスと共に描くことにかけては著者の作品でいまだ右にでるものがない。

時系列的にも世界の謎がもっとも沸騰していた頃だったので、ここまでは大きな流れが見えて面白かったように思う。

二期後半以降から作者はたぶんブギーポップ関係とは別作品を書き始めて、ブギーポップ位置けが自分の中で変わってしまったんだと思う。

やりたいことをやるために別の枠が用意されているなら、ブギーポップではもはやそれをやる必要はない。特にヴァルプルギスの後悔>という大仕事を終えてからはそれが顕著である

したがって初期作品に見られたカタルシス二期作品と並行で書かれた著者の別作品できちんと得ることができる。

たとえば<戦士>と<世界>の構図の代表作であれば『冥王と獣のダンス』や『ビートのディシプリン』『ナイトウォッチシリーズ

そして<世界の謎>=ミステリーであれば『しずるさん』『ソウルドロップ』があげられる。

まりこの辺から上遠野さんは、やりたいことがいろいろとできちまってブギーポップについてはとっちらかし始めた感じがあり、最終的にもともとそうであったようにスピンオフスタンドアローンストーリーの寄せ集めに落ち着いた感じがある。




アニメ化について

すでに二話まで見てみたが、まぁこんなもんなのか?という感じ。

個人的演出が惜しい。

もっとカットを多様してキーワードとなる台詞にはキャラクターの口元を映したり、必要なシーンを瞬間的な回想で一瞬だけ挿入させるなど、雰囲気を出すためにシャフト演出必要なのではないか

シーンごとのつながりは見た人に分かりやすいつくりにはなっていると思う。

ただ木村君を出さないのはどうかと思う。「笑わない」を読んだことがある人にはわかると思うが、通しで読むと途中までは単なる青春ストーリーしかなかったもの

木村君のチャプターから徐々にストーリーの肝へと近づいていく、いわば切り返しのチャプターなのだ

というよりそもそも三話か四話程度で「笑わない」をやってしまう今回の計画自体に無理があると思うのだがどうなのか。

聞くところによると中盤から後半は「vsイマジネーター」をやる予定らしい。

上遠野氏にとって間違いなく重要存在だったイマジネーターだが、多分筆者の雑感ではおそらくまだこのテーマは著者の中ですっきり終わってないまま放置されている。

原作がまだすっきりと終えていないものアニメ化したところで面白い話になるはずもない。

個人的監督に対する批判としては、アニメ化するなら上遠野氏の作品のなかでもスタンドアローンできれいに完結しているものを選ぶべきだった、と言いたい。

何かと話題になる『笑わない』とか『イマジネーター』ばかりに目をやるのではなく、形としてワンクールに綺麗に収めやすい初期の作品なら

ペパーミント魔術師』『ホーリィ&ゴースト』『エンブリオ侵食炎上』『パンドラ』があったではないか

初期作品の趣を正当に継承しつつ、ワンクールという短い話数でまとめやすくきちんとカタルシスを与えられるストーリー強度を持っているのは間違いなくこの四作品だ。

監督はこの中から映像化する作品を選ぶべきだった。

■三期以降の作品ブギーポップシリーズについて

三期以降の著者の作品は手にとっていないので分からないというのが正直な感想だが

懸念していることとして何点かあげておきたい。

第一に、90年代の閉塞感というものはもはやない。

少なくとも現代ジュブナイルにそういう感情はない。

成熟期~衰退期にある現在日本は、当時の熱狂からの急速の冷却時期をある種越えて、落ち着いた感じがある。

またITの広がりを受けて知識を得ることが一般かつ容易になったために、今まで知らなかった社会の謎や不満、不安が解き明かされつつある。

少なくとも「自分の感じていること」が何なのかを社会的な構造論理できちんと説明できるようになった。「何がなんだか分からなかったものから、少なくとも「原因はこれなんじゃねえか」と言えるような、手触りのあるものにまで落ち着いてきた。

そしてエヴァで示されるような自分自身の心理的問題や、ガンダムのような社会自分との対決ではなく、もっと普遍的なある種受け入れざるをえないような構造上の問題として理解されつつある。

働き方も人生に対する考え方も将来に対する展望も、今の若い人たちはよりリアル現実的だ。

自己実現の形も身近で多様になってきた今、閉塞感を主要な題材として手探りで作品を作る事は普遍的とはいえやや共感が難しい。

ある種のカウンターカルチャーから始まっているとはいえストーリー路線もっと王道的なもの回帰する必要があるのではないか

■第二に、<世界>と<戦士>の関わり方もまた時代を経て変わってきたように思う。

いまの若い子たちのほとんどは迷いがない。情報がたくさんあり、そのことに慣れているので、彼らのほとんどは過去90年代存在していたような迷いや苛立ち、先行きの見えなさというものからきちんと卒業している。

先行きが見えないレールとして見るのではなく、多くはレールを立派に相対化して統合評価し、少ない選択肢のレールの中から自分の納得のいく選択を手にして自分人生を生きている。

平凡ではあるが、意思ある存在としてその平凡さを選んでいるのだ。わけもわから梯子を登り続けた90年代を背後から俯瞰して「だいたいこんなものだ」という感覚を肌で分かっているのが00年代だ。

したがって、振り落とされて振り回される世代ではない。また将来に対する不安はあれど、道しるべや指標、解析ツールは探せば手に入る時代に、無理をして多くを手に入れようとはしない。

したがって、ピート・ビートが感じていたような不安感は、物語の没入のためには役立つが、そこに共感を感じさせる要素は見つけにくいだろう。

過去SF現実社会を映すものであり、社会の謎を解き明かす鍵があると考える読者も多かった。それがカルト信者を生んでいた一面もあった。

しか現在の若年層にとって、SF提供する社会の謎はエンターテイメントの一部でしかない。

したがって<世界>と<戦士>の構図も同様に、エンターテイメントとしての構図に終始するか、あるいはこの時代における新たな<世界>と<戦士>の構図を再度見つけなおさなければならないだろう。

一言で言ってしまえば、セカイケイはもう終わってしまって古くなった。

人々は自意識というものについての興味を、以前ほどにはもっていない、ということだ。

したがって、意識というもののあり方が大きく変わってしまった以上、<世界>と<戦士>のあり方も本質は変わらずともあり方を変えて描かざるを得ないのではないか

第三に、引用するサブカルチャーの変遷である

知っての通り、上遠野氏はジョジョ熱狂的なファンであると同時に、洋楽から多数の引用を行う。

これはあとがきに書かれている通りだ。

これはこれで悪くない選択だとは思うし、古典に学ぶことが創作の近道なのだが、現代サブカルチャーとその源流についてももう少し学んでいいのではないか

現代っ子が引用するサブカルチャーほとんどはpixivニコニコ動画が主流である

そして引用のされ方にも傾向がある。

売れ筋に寄せろといいたいわけではないが、そもそも戦場ライトノベルであるからハードな戦い方(※つまり正統的なSFミステリ)をしていても遠巻きに眺められる終わるのがオチではないか

たまにはもうすこしライトなことをやってもいいのではないか

もう立派な大御所なのだから売れるための本を書く必要はないのかもしれないが、もっとキャラクターがきちんと動くストーリーを書いてくれたっていいのではないか

ファンサービスのありかたも商業小説のあり方も変化してきたのだから、もうちょっと寄せてくれてもいいのではないか

そんな気がする。

2018-12-17

ドラゴンボール超 ブロリー ネタバレ感想

作品最後の話までネタバレしてるので注意。


すばらしかった。

もちろん多少の賛否はあるだろうけど、日本アクション超大作は名実共にアニメ映画になったのだと確信しました。

100分の上映時間の内、前半でサイヤ人達のストーリーの掘り下げが行われて、その後におそらく40分以上も戦闘シーンが延々と続く。

戦闘シーンはあまりにもひたすら続くので人によっては集中力が切れるかもしれない。しかし、超ハイクオリティなバトルシーンはすさまじい出来だった。

この映画体験マーベル映画にも負けていないと自信を持って言える。

プロレス興行系の格闘技試合のように背景BGMチャントブローリー!!!とかゴジータゴジータ!とか)が流れるのも面白い演出だった(笑) すこし気になってる人もいるようだけど。


ストーリー自体シンプルでわかりやすい。

しかし話のテーマ自体最近時代の流れをきちんとつかんでおり、鳥山明真骨頂を見た感じだ。鳥山明は元々映画好きでドラゴンボール香港映画カンフーとかターミネーターから着想を得たような話がある。

まりグローバルな流れの中の映画の潮流をわりと掴んでいるように見える。

その中で鳥山が選んだ今回の話のテーマ

サイヤ人アイデンティティ肯定

だ。

これはすばらしい選択だったと思う。

今年最大のヒット作の一つ、ブラックパンサー批評する際に

アメリカ黒人アフリカアイデンティティ肯定という点について言及していた人もいたと思う。

その流れを見事に掴んでいる。

同じ年にこのテーマ選択できたのは凄い。脚本を考えた時はまだ公開されていなかったはずだ。


原作におけるサイヤ人は非常に冷酷で戦闘的であまり我々地球人肯定できるキャラクターとしては登場してこなかった。

どちらかというと酷いキャラとして描かれてきたように思える。

しかし、今回のドラゴンボールサイヤ人をより深堀し、その解釈否定する。

フリーザやコルド大王に付き従うしかなかったサイヤ人ベジータ王。

まりに高い戦闘力を危惧され追放されたブロリー及びパラガス。

そして、罪滅ぼしのようにゴクウ地球避難させるバーダック

三者三様ではあったが非常に人間臭い描写散見された。

以前「なぜ黒人ドラゴンボールに嵌るのか」という記事があった。

そこでは移民であるゴクウが大活躍したり、異文化になじめないベジータ葛藤など移民共通する悩みが描かれていたからだという理由があげられていた。

今作ではその点を更に深堀している。

ただ単純に戦闘力が強いだけの民族ではないのだと。

映画全体をこのテーマが芯として支えている。

フリーザブルマちょっとしたギャグシーンは今回も健在であったがこの裏のテーマがあるおかげで気にならないのだ。

素直に単なるギャグシーンだと受け取ることが出来る。

ここにこの映画の凄みがある。


特に最後ゴクウセリフ象徴的だ。

あん・・・名前は?」

と聞かれてゴクウはこう答える

孫悟空。それと・・・カカロット


ついにゴクウサイヤ人としてのアイデンティティ肯定したのだというメッセージだ。

サイヤ人がただ単にマッチョ冷酷非情なだけではないのだと、我々と同じ人間であるのだと。

どこまで鳥山明が考えたのかはわからないがこのタイミングでこのテーマ天才的だ。

アメリカでもまず間違いなく受けるだろうと確信したのはこの最後の瞬間だった。


まりにも長すぎる戦闘シーンなど人によってあわない部分はあると思う。

フリーザーのドラゴンボールの願い事などのギャグシーンもシリアスさを求める人には不評だろう。

しかし、今回はそれをおぎなってあまりあるアクション超大作であり娯楽作であった。

監督インタビュー等を見ても親子で見れる作品を目指しているのは見て取れる。今までは子供向けに振り切りすぎていた感触もあったが、今作のバランスは神がかっていた。

アクション物が好きな人にはまず間違いなくお勧めできる映画であった。

2018-12-08

近頃の外人二次エロ絵の進歩は凄まじいものがある

かつての、如何にも海外コミック風、ディズニー風なバタ臭さ100%作風は、

適度にジャパニーズヘンタイと混じり合い、

十分に実用に耐えうる画風となってきている

質量を感じさせる肉感表現させれば、既にジャップなど足元にも及ばない領域に到達してる絵師さえいる

ギリシャ彫刻に見られるように肉感表現こそ西洋人真骨頂であることを思えば、

しろそれも当然かという感さえある

ジャップが描く肉体は、浜辺に打ち上げられだらしなく膨らんだ軟体生物のようで情けない限りだ

エロ絵の変遷について、最近になってようやく美術表現史的整理を行おうという動きが見えてきたが、

まだまだ外人二次絵の文脈については考慮されているとは思えない

しかし、今後世紀の単位で見たときに、重要になってくるのは、

日本国内の瑣末な様式の変遷ではなく、海外絵師様式ではないかと思う

2018-12-05

anond:20181203202524

そもそも化学調味料使って合理的にうま味を加える事が真骨頂中華に対して、そういうお気持ちナチュラル&手間暇至上主義バカ批判って本当に下らない。そんな連中は、ドモホルンリンクルの水滴が落ちるのでも、ずっと見て居ろ。

2018-10-21

ビ・ハイ騒動考察

私はT式コーチングというものが本物かどうかを入念に調べながら実践し、それに関わるコーチング理論にも徹底的に手を出し、当然一月万冊にも辿り着いた。

彼らが主催するセミナーのようなものにも時々顔を出していたので、ビ・ハイアの従業員も知っていた。

私自身はコーチとしての資格などは持ってはいないが、T式コーチング理論はそれ自体は決して悪いものではない。

私は100%盲信している訳でもないが、本来の使い方をすれば素晴らしい効果を発揮するものであると感じている。

しかし、S社長(以下S)の解説するコーチング理論を精査したところ、T式のものとは少し違い、独自解釈理論で展開されている。

だがそれ自体コーチング理論からすれば大きな勘違いという程でもなく、本人すらも気づいていないかもしれないが、根源がT式とは違うコーチングをやってるなーといった感じだ。

実際、いまいち腑に落ちなかった部分をSの解説理解できた事もあり、彼にネット経由で直接感謝を述べたのだが、私の予想とは違うリアクションが返ってきた。

それは異様なまでの自画自賛である

これを機に、その内容とは裏腹に、私は彼に対し人格的な違和感を抱く事になった。

私の見解では、Sはめちゃくちゃ外ヅラは良いのたが、その本性は超自己中心的人間

自分天才だと思い込んでいる人物であり、普段から発言は嘘と本当の事を混ぜ込んであるので、非常に巧妙にまるで全てが本当の事だと思わせる話術もある。

更に、上手いことをやれば何をやっても許されると思っている。

知識人コーチ連中も含め、恐らく周りのほぼ全ての人間が彼を信用し、凄く良い人だと思っていた事だろう。

よって知識人と言えども、今回の事態を受け入れられず、混乱したまま擁護に回ってしまったのではないか

その点、コーチのU氏のスタンスはとても冷静で、元々今回の騒動の主要な人間関係を知っていた私は、彼の主張によりほぼ全容を理解できた。

この度の大下氏の主張は、恐らく社内でのSは彼の言う通りの人物なのだろう。

コーチング知識があるにも関わらず、事実それとはかけ離れた非人道的なSの振る舞いは、決して許されるものではない。

相互監視などはストックホルム症候群を応用した手法にすら思えるし、他にも読書で学んだ洗脳手法従業員に多用していたのだろう。

また、報道はされていないが、Sと大下氏は大学時代から20年来の友人でもあるはずなのにこのような仕打ちとは、Sの非道さが際立つ。

そして、ただでさえ怪し気な雰囲気が付き纏うコーチング業界にとっては、これは大変な痛手であり、大きな誤解も生まれる。

もちろん世の中にはコーチングと謳ってはいるが、インチキ紛いの連中も実際にいる。

たが、Sのやっていた事は当然それ以下で、彼が勝手に師と仰ぐT氏にとっても大きな迷惑である

事実独自理論を称えていたのでT式とも呼べないのだが、彼の巧妙さの真骨頂はそこではない。

本物のT式のコーチ交流を持っていた事にある。

Sにとっては権威付けのようなものだろう。

その並外れた営業スキル(外ヅラの良さ)で彼らに近づき、友人としてすっかり信用させていた。

私はそのコーチの方々とも会った事があるが、人間的に信頼もできる方達だと感じた。

私が唯一違和感を覚えたのは、やはりSだけだ。

また、T氏の一番弟子と言われるAコーチが、ビ・ハイアへコーポレートコーチングを行っていたという。

しかし、その最中従業員自殺が起きた。

残念ながら防ぐ事はできなかったが、これを機にA氏は流石にSの本性を見抜き、離れたのではないかと推察する。

しかしたらそれに加え、Sがコーポレートコーチング契約に反した行動なども露見したのかもしれない。

A氏のコーチングを受けていたにも関わらず従業員自殺するなど、その通りに実践していればどう考えても起き得ない状況だからである

今回の件で、A氏以外のSに関わったコーチ公式認定コーチから排除された問題は、T氏からすれば謹慎のようなものではないかと思う。

勿論除名は謹慎と比べるまでもなく重い処分ではあるが、やはりT氏としては動かない訳にもいかないだろうと、同情の余地もある。

とは言え、私は関わったコーチにも非があったとは思えない。

やはりSがずば抜けて良い人を演じるのが上手いのだと思う。

表向きには良い人、裏の顔は冷酷、もしかしたら本物のサイコパスなのかもしれない。

それを見抜けなかったコーチ知識人ある意味被害者でもあるが、それに反し彼らの社会的影響責任は大きい。

ただ、その現実を受け入れられず擁護に回っているとしたら、そこには同情の余地はない。

今回の騒動は、本来民事裁判などではなく刑事事件となるべきだと私は感じるのだが、その行く末を見届けたい。

それとともに、他のコーチング理論ならいざ知らず、少なくとも利他的である事を取り入れているはずのT式のコーチングには罪がない事も加えて主張したい。

2018-10-19

なんで先進国の男は戦争という「義務から目を背けるの?

ぶっちゃけ、男のジェンダーロールって戦争だろ?

異民族と戦って、下して、領地を広げ、国益を得ること

それが生物としての本能だろ

 

ハッキリ言うが肉体労働以外の仕事は女でも代替できるんだよ

ヘラヘラ媚びながら客に営業かますなんて

無駄話が好きな女のやることだろ

 

じゃあ男の真骨頂は何かっつったらそら「戦争」だよ

 

馬車馬のように働けば徴兵から逃れられるとでも思ってたか

おまえら役割は国の為に戦う事

役割放棄するな 軍隊に行ってこい

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