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2019-02-03

宮城周遊

郡山は雨だ。

文字通り真っ暗な車窓に、水滴が張り付いている。

新白河行きの列車は、郡山10分ほど停車するらしい。

ホーム上の喫煙所煙草を吸って、戻ると間もなく発車した。

少しでも遅れると困る。このまま大宮まで在来線を乗り継いでいかなければならない。

グーグルからの通知で、宇都宮から遅れているとの情報を受け取る。

日付が変わる頃には家に着いていたい。

明日仕事だ。

土曜の7時過ぎ、平日なら都内方面へ向かう大宮駅の在来線ホームにいるはずだが、この日は打って変わり、新幹線ホームにいた。

手には仙台行きのやまびこ号の特急券

金曜の夜のうちに、鳴子温泉の宿を取っていた。

昨晩熟睡できたおかげか、頭はすっきりしている。

少なくとも午前中には宿に着いてしまう、余裕を持ちすぎた旅程だった。

出発の5分前に新幹線は入線した。構内のブックエクスプレスで買った本を読みながら発車を待つ。

宇都宮福島を通り過ぎ、あっという間に仙台駅に着く。

雪が降っていた。

西口ペデストリアンデッキの隅々には黒く汚れた雪がそこかしこに避けてあった。

本来なら、鳴子温泉にまっすぐ向かうのであれば、古川行きの特急券を用意するのが一般的だが、気分の変わりやすい私は、なんとなく先のことを見越して仙台行きでやめておいた。

別に仙台から東北本線陸羽東線を乗り継いで行っても問題ない。

また、結果的にその通りになったのだが、仙山線に乗り迂回しながら鳴子温泉にも行ける。

コートポケットの中には行き先指定乗車券ではなく、乗り降り自由周遊券が収まっている。

これでふらふらと時間の許す限りどこまででも行ける。

宿には、17時にチェックインを予約していた。

雪を見たら必ずどこかに行きたくなる。

仙台に降った雪にそそのかされ、仙山線山寺を目指すことにした。

山形県境を超えると、雪が濃くなった。

車窓には白色が占める割合が高くなり、車輪が雪を踏みしめる音が聞こえる。

1年前も、ほとんど同じ時期に山寺へでかけた。

大学卒業を控えた、卒業論文を書く合間の旅だった。

私は学生身分から社会人になったが、仙山線のこの風景は何も変わってはいない。

立石寺までの道のりや、参道茶屋雰囲気、何もかもそのままだ。

昔のことを考えていたらなぜか気恥ずかしくなり、1時間滞在した後、すぐに山形方面を目指した。

あの頃は、貧乏学生新幹線なんて使えず、全て鈍行での旅程だった。

羽前千歳新庄と乗り継ぎ、ようやく鳴子温泉に着いた。

駅前では旅館のおかみさんボートを手に掲げ、待っていてくれた。

一晩お世話になる宿は、とても素晴らしいものだった。

ネット口コミ通りのご飯、こじんまりとした雰囲気

なによりも、お湯が最高であった。

鳴子の湯は、湧き出る箇所によってその特色が全く異なる。

今回の宿は、これでもかというほど白く濁りきり、硫黄匂いで脱衣所どころか、宿全体が溢れていた。

2階建てですべてが和室こたつストーブ。更には湧き出る源泉の温度を利用したヒーターが備えてあった。

夕食後は湯に浸かり、酒を飲んで、気付くと朝を迎え、あっという間にチェックアウトをしていた。

駅前喫茶店コーヒーを飲み、列車を待った。

小牛田行きの気動車に乗り込む。目指すは女川だ。

かつての震災実家青森の私は、知っておくべきことではないかという観念があった。

女川駅前からまっすぐに海岸まで伸びる道。

整然としている。真っ先に思い浮かんだ感想

列車の中で見た女川までの車窓は、やはり想像していたとおりだった。

テレビで見た光景がそのまま拡がっていた。

しかし、女川駅前は違っていた。

復興の力とはすごいものだ。震災直後の町の有り様は、詳細には私にはわからないが、一つだけ言えるのは、さっきまで見ていた車窓とは全く異なっていた、ということだ。

地元の人、観光客公共施設、そこで働く人たち。

これこそが活気だと感じた。

もちろん、横目には未だに復興前途の痛ましい風景がある。

だか、確実にここには人が住んでいる。そういう気分にさせた。

私はその後、今日何度目かの温泉に浸かり、土産を買い、ただの観光客という身分でそこにいた。

観光客でいられるということは、よく考えてみれば、それはもう立派な町だ。

間違いなく東北は立ち直ってきている。一部分の一瞬を切り取っただけを見た私が言うのは甚だ軽薄で軽率であるが、そう思わずはいられなかった。

一年前、仙台から鈍行で東北本線を上ったことがやけに懐かしくなり、私は300km超の道のりをゆったりと列車に揺られている。

この文章を書いている間に、すでに新白河に到着した。

残りの時間は少し眠ろうと思う。仙台で少し買いすぎてしまった酒がもう底を尽きた。

なんとまあ奔放で堕落した2日間だっただろう。

明日二日酔いがやってこないことを祈る。

2018-08-11

ヨドバシ橋の愛称決まる

JR大阪駅の目の前にありながら、以前は梅田ダンジョンクリアしないとたどり着くことができなかった『ヨドバシカメラ マルチメディア梅田』。

そのヨドバシ梅田と駅を結ぶペデストリアンデッキが開通した際、店内では『淀橋開通記念セール』が開催されたこからカンテレと都商研がデッキ愛称は『淀橋であると報じた一方、他のメディアヨドバシ公式ツイッターは『ヨドバシ橋』と称しており、結局どう呼べばいいのかはっきりしなかった。

そこで、ヨドバシカメラ広報確認してみると、その返答は――「社内でも愛称が決まっておりませんでしたので、『ヨド橋』とさせて頂きました。」

2014-07-27

夢の記憶7.27

中学校の仲良しグループと、縁あって再会した。(再会した経緯は覚えてない)

バスで一緒に乗って、中学校のあった街に行く。

退屈な風景が続いていたけど、懐かしい景色にかわって「うわー、懐かしい!懐かしい!」と叫んだ。街は雪が積もっていた。

気づいたらひとりになっていた。

中学生の頃に住んでいたアパートの目の前に立っていた。だいたい日の沈む直前、薄紫色の空で、部屋には明かりが見える。

そこには見知らぬ車が止まっており、知らない誰かが住んでいるようだった。

近づくと、ドアが開く。まずいと思い、陰に隠れる。

誰かがいるが、姿が見えない。

ただ、いてはならないという気がして、逃げるように走った。

夜、雪が吹雪いている中を、駅に向かって歩く。

たくさんの人の行列に混じって、駅に向かって歩く。

途中、列が交差点などで分かれる。なんとなく分かれたあと不安になり、「こっちでいいんだっけ?」と誰かに向かって話しかける。

「こっちで大丈夫」と、仲良しグループのひとりが答える。安心する。(夢の中でも、安心した「実感」があった)

そうやって吹雪の中一歩一歩街の中を踏みしめていくと、ライトに照らされた駅が姿を見せた。人通りも多い。(見覚えのない駅。ペデストリアンデッキがあるので、モデルとしては仙台駅に近い)

仲良しグループのみんなもいつの間にか揃っていた。雪を払って、新幹線に乗る。(住んでいた街に新幹線は通っていない)

下車して、みんなで晩御飯を食べた。(新幹線なのに)

別の新幹線に乗り換えた。

その次の駅で、私は、間違って駅に降りてしまった。間違いに気づいたもののすでに遅く、新幹線は去っていった。



そこで、目が覚めた。

過去記憶

最初に書きだしたもの

http://anond.hatelabo.jp/20110813090446

二回目にに書きだしたもの

http://anond.hatelabo.jp/20110915172542

三回目に書きだしたもの

http://anond.hatelabo.jp/20111224131459

前に書きだしたもの

http://anond.hatelabo.jp/20130407064159

2012-04-22

小手指ウォッチング 三日目

実に二年越しの更新である

一日目(http://anond.hatelabo.jp/20100517171401)、二日目(http://anond.hatelabo.jp/20100518161547)と連日更新したが、正直書くべきものはあまりなかったのが実情である

二年も経つと変化がある。

まず、駅通りの西友改装した。

これは近隣にお住まいの方はご存じの方も多いと思うが、小手指西友は近隣で一番大きい。かつ改装したことで中もキレイになった。改装するだけ売上もいいのだろう。所沢駅や新所沢駅隣の西友はボロくて店も小さい。近隣で唯一まともに家電を扱っているのが小手指である家電量販店には品数で見劣りするものの、安いものはやはり安い。どうしても高いなら期間中のチラシを持ってくれば安くなるそうだ。私はそこまでする気にはならないが。

ちなみに、ここの西友改装前は「B館」と呼ばれる別棟があり、そちらも西友の扱いだったが、改装を機に管理会社が変わったようだ。そこにあった無印良品現在、店の3階に移っている。さすが元西武同士。現在B館はハナプラかい建物に変わっており、アウトレットショップTSUTAYA美容室が増えた。ただし、ここのTSUTAYA書籍の品揃えが悪すぎて、お話にならない。レンタルがずっと100円になったという価値はある。

次に、駅前のでかいマンション、すなわち「小手指タワーズ」がそろそろ完成しそうである

一日目の記事で、なか卯オリジン弁当がかわいそうだということを書いたが、あすこは潰れた。というか、立退きに応じたのだろう。小手指駅前にペデストリアンデッキができるということで、ちょうどそこの下に当たる店はすべて立ち退きにあった。このデッキが開通することで、マンションと駅が直通する。このマンションの一回部分には商業施設も入るということで、何が入るか楽しみであるが、ここに店が入ると駅反対側の商店街は大打撃であろうということだけは指摘しておきたい。

最後に、交通アクセスの変化をあげたい。

ここ、小手指西武池袋線であり、今後の東横線直通で少なから恩恵を受ける地域でもある(http://www.nikkei.com/life/gourmet/article/g=96958A9C93819499E3EAE2E38B8DE3EAE2E6E0E2E3E0E2E2E2E2E2E2;p=9694E0E4E3E0E0E2E2EBE1E3E3E7

これを見越してマンション建設を見越していたのは当然であろうが、私はこの記事を拝読するまでその事実を知らなかった。

直通した折には元町・中華街駅まで乗ってみたいものだ。

2011-12-10

茅ヶ崎市記者発表資料

茅ヶ崎商工会議所青年部では、これまで皆さまから義捐金寄付等さまざまなご支援・ご協力により、東日本大震災被災された、宮城県南三陸町の方々に対する支援活動を行ってきました。この度、当青年部では南三陸町復興支援プロジェクトチームを結成し、新たな支援の取り組みとして、ご家庭などで不要となった「金属・金券」の寄付を募ることといたしました。寄付いただいた「金属・金券」は後日市内リサイクル業者により現金化して、市内和菓子業者にお餅を発注します。そして、年末プロジェクトメンバー南三陸町を訪問し、同町内の仮設住宅で暮らす被災者の方々へお正月用のお餅としてお贈りいたします。皆さまのご協力をよろしくお願いいたします。

金属・金券の寄付の受付

日時平成23年12月17日土曜日10から15時まで会場茅ヶ崎駅北口ペデストリアンデッキバス電車公共交通機関をご利用の方)

茅ヶ崎商工会議所 (車・自転車をご利用の方)物品1

金属 銅、真鍮、アルミ、金、銀、プラチナ製品(※)

2

金券 商品券テレフォンカード図書券切手、はがき、ビール券など(未使用のもの

(※)ボランティア運動の性質上、今回の募集は換金率の高い上記金属に限らせていただきます。鉄・ステンレス等の金属は運搬・処理等にコストが多くかかるため募集はいしません。

問い合わせ

経済産業振興課 課長 秋津伸一

電話0467(82)1111内線2639

茅ヶ崎商工会議所青年部 会長 中村陽介

電話0467(58)1111

2009-05-26

屋上庭園と人工地盤

 屋上庭園はまっている。別に緑あふれる庭園でなくても良いのだが屋上にあるオープンスペースというだけでもうたまらん。新宿伊勢丹マルイ本館、各地デパート屋上etc

首都高水道橋付近を通ると北側に見える大きな壁ビル、あそこにもベランダ状の緑のスペースがある。むしろ屋上でなくとも良いかもしれない。高さのある場所での人工的な緑地というか広場というか空間に魅力を感じるらしい。

 人工地盤は?これも近いものがある。身近な人工地盤を想像してみると新宿サザンテラス新宿高層ビル街、大宮ペデストリアンデッキ西日暮里上野の線路上構造物などなど、遠くでは京都駅建設中だけど大阪駅なんかもすごい。

何が言いたいかというとこの感覚ニッチすぎて誰にもわからないんじゃないかということ。合掌。

2009-02-13

絵を描くとき、あたりを取ったりする。棒人間とかにちょっと肉付けしたようなあれ。

あの方法を、現実に見ている光景に対してやってみた。ちょっと川越駅行って、アトレ-クレアモール間の、やたら人通りのないペデストリアンデッキ(?)から、下を歩く人を眺めて、頭、肩位置、肋骨、腰、腕、足などの配置と動作情報を素早く抽出、更に、背の高さ、髪の長さや色、体型情報から典型的キャラクター像をイメージし、脳内で置き換え現光景に重ねてイメージする。

上手くいけば二次元世界に。

……行けるかと思ったのだが、事象に対し作業が追いつかない。ちょっと粘ってみたけど無理。しかも一人が限界で、複数人に対してこれを行うと、混乱してしまってイメージが作れない。あと、どうしてもステレオタイプに陥ってしまって、ゴミのようにわいてくる人々に対し各々個性的キャラクターを割り当てることが難しい。西又・べっかんこう状態。

どうやら、人間進化は文化に追いついていないようだ。となると、やっぱり、AR的なコンピュータ置き換えによる二次化が本命なんだろうか。

 
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