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はてなキーワード: 民宿とは

2019-06-17

anond:20190617213633

とりあえず民宿に泊まれば?

俺は普段は社交的じゃないけど一人旅の時はさびしんぼうになって民宿みたいなとこばっかり泊まるよ。

2019-05-11

世紀末名探偵伝説 京極真 紺青の拳

箇条書きで名探偵コナン京極真について説明する

2019-05-03

anond:20190503233245

寂れた町の寂れた民宿みたいな旅館みたいなとこでやってくれ。宿帳にウソ名前書いて頼むから

2019-04-07

一人旅がしたい

現在40代半ば。

最後に一人で旅行に行ったのは、たぶん20代後半、中途入社した会社ではじめて賞与が出たときだったか

その後結婚して、子供も産まれて、仕事も忙しくなり。

経済的にも時間的にも余裕はなくなり、頑張って旅行に行くとしても当然家族旅行で、一人旅なんて選択肢はあり得なかった。

今でもそうだ。

でも、たまに考えるんだよ。

大雑把な行先だけ決めて、バックパック一つとカメラを持って。

ローカル線にゴトゴト揺られて、気が向いた駅で降りる。無人駅だとなおいい。

カメラ片手にぶらぶらと歩き、目についた店で食事して。

観光名所に行ってもいいし、なければ地元の人たちの生活が感じられるような商店街を歩くだけでもいい。

宿も予約などせず、行き当たりばったりで決めるんだ。

安いビジネスホテルでもいい。ぼろぼろの民宿でもいい。

見知らぬ土地の見知らぬ宿で一人過ごす。

そんな旅行がしたい。

子供独立して、今の会社定年退職して。

お金を貯めておいたら、何とか行けるかなぁ。

10年先か、もっとか。

いつかそんな旅行がしたいなぁ。

------

追記

気がついたら沢山コメントついててびっくりした。

「すぐ行け」的なご意見が多かったですが、うちは嫁さんが専業主婦で、自分の稼ぎもそんなに多くないため貧乏なのです。

なのでたった数万でも、自分の楽しみだけに使うのは気が引けます・・・

安く上げる方法提案してもらったので、まずは近場で日帰りとか、なるべくお金のかからない方法を考えて嫁さんに相談してみようと思います

夫婦で交代でやりたいことをやる時間を作るとかもいいと思いました。

みなさんありがとう

2019-02-12

沖縄ヘルパー制度って知ってる?介護の話じゃないよ。

最近新しい奴隷制度ができたとかで盛り上がっているけど、沖縄にはヘルパー制度っていう奴隷制度があるんだよ。

主に民宿で行われていて、大学生と病んでる子が狙われやす

家あり飯あり自由ありそれでいてお小遣いももらえる、極楽さぁといって目をつけた客を勧誘する。

しかし、現実は違う、私がみたのはベニヤで囲われた部屋のフローリングの上に布団がひかれているだけ。エアコンすらない。

しかロビーの隣なので、チェックインとチェックアウトお願いするさぁといわれ、会計を間違うと、お小遣いから引いとくさぁ、そのお小遣いも月5万円程度。

(新しい奴隷制度より良心である

チェックインが終わればほぼ寝る時間、朝早くからチェックアウト、昼まで清掃。自由時間(飯込み)16時からチェックイン

プライバシープライベート金もほぼほぼない。

休日宿泊客がいない日のみ。夏は無しだね。

ホテル住み込みバイトの方がいいよ。

それでも、沖縄サイコ~と雄たけびを上げる若者が耐えない。

2019-01-09

オー・ヘンリー怪作選

マドレーヌ専門雑誌

人類初の十字架

暮らし芸者

風に飛ばされない研磨剤

色あせた成長記録

トイレ洗剤の父

奈良漬ガンマン

メスシリンダートイレ

点字で書かれたランボルギーニ

鉄粉コーティングしたNo.1アメリカン

総務様来訪中

スケルトンカフェオレ

日本海武器輸送

続・CM

大衆爆薬

指導者計測機

神父の見抜き方

タイツ診断書

自動ドア用水

溶接タイプ表現者

画材病室

プロペラをまわす素数

屋台奮戦

ガイガーカウンターフェスティバル

卵をあたためる釣り

消火栓タイマー

交付金navi

洪水のような金屏風

会員限定どんぐり

むにむに神社

ちゃんとしている移民

飛行場民宿

ズボンしか履かない面接

田舎ゴルフ会員権

心霊音叉

せせらぎ委員長

食器演算子

ベビーカー生誕の地

マッサージチェア上手

ロレックス合唱

母性添加剤

促進センターはどこへ?

土俵ティンパニ

金曜研修

空一面を覆うスーツケース

逆利きミニ四駆

地の果てアップルパイ

コーンポタージュ商品券

闘争経験

辞表見張りサービス

人材育成センター

棋士

ドイツ仕込みの水銀

本格派の二人組

しおりを挟んだブルドーザー

イヤリング型の宇宙ステーション

来店検知震度計

記事劇場

カーネーションバレエシューズ

介護養蜂

経験信号機

かつお旅人

落武者の周辺が騒がしい

毛筆時間です

デートで使える修正ペン

ネクタイ宇宙ステーション

砂漠新聞

引き出しがついた基準

愛犬シロップ

未亡人剥製

地図入り大論争

襟と灯台

裁判官経済特区

マリア品評会

防塵試写会

路線図教習

組み込み内閣

アドバルーン製本機

実業家鹿鳴館

歌姫出生届

後味の悪い船旅

多摩平団地を支える南京錠

石油王派遣会社

マインド祭列

通電稼業

宣教師部品

インベーダーフェア

煉瓦猟師

恐縮仕様書

埼京線地球儀

うなぎ従事

イオン裁判官

水かきはしご

トーク(西フランスより)

地下水くみあげ方程式

女子忘年会肌着

借用書今川焼

半月スポンサー

編集部員大画面時代

通り雨コピー機

ビジュアル系渡り廊下

スカーフ島耕作

決定戦3級

生々しいアパート

広告代理店短冊

怖すぎるネット書店

ランニング相場

ゴマだれ選挙

少数民族日記帳

高等学校別料金

美人スクワット

拝みソムリエ

背中を支えるセメント

丸腰試作車

ボウリング球御膳

VR体験する渡り

パノラマ勉強会

夜の海

なりすまし祭り

働き者競争

売り切れ上司

三本足がついた発光体

貢献アトム

一家揃って漁港

中身を隠す深呼吸

立地羊飼い

富士山貸金庫

ストーン重量挙げ

ヤシの実ショートムービー

リンパ慕情

朝ドラインターホン

日光杉の乾物

異常をメールで知らせる応接セット

年度末電力

極貧レスキュー

勝ち逃げ同窓会

上げ底ホームパーティー

蚊取りパーツショップ

鉱山ティー

年功序列入会申込書

もも課長

心拍ハイライト

個人向けモンローウォーク

海外視察ツアー重唱

横須賀海軍ゼミナール

ビギナー向け討論番組

ベーカリー住民投票

とうがらし合宿

焼き色をつけたショッピングカート

9つの機能を備えたトンネル

解毒作用のあるレシピ

スタジオ列島

落語家生活

一億総ガンマン

桜田門観光バス

自らを育てる体育館

産卵さら

グラフィック投票所

YMO狩り

世渡りミニバン

ヒッチハイク進行中

女将重量挙げ

タイヤホイール講師

岩肌ロータリー

わかりやす企業案内

カプセル型の卒業アルバム

宙返り商談

サッカー部印鑑証明書

感想抽出

見よう見まねコンデンサ

職場に設置したルー

家賃ステッキ

おかえり鍾乳洞

CG格納庫

エアコンつきの外車

インベーダー消しゴム

三三七拍子POP

ファシスト接待

忘れ物が減るTシャツ

世俗心理カウンセラー

テレビ支援センター

担当役員ファッションショー

世界最古のスコアラー

鉄道業界向けホットケーキ

残念なスイートルーム

ドリンクチキン

交通ルー睡眠

助言を求めてくる合格発表

神経細胞楽譜

粒貝Gメン

未亡人の正体

インクを使った処理

お宿デー

よろしく採用活動

アフィリエイト馬主

から吹き矢

ふりがなアイシング

遠征の胃袋

氷再配布

見世物ペットボトル

のぞきブログ

環太平洋コピー機

社会栽培キット

似たものハンドブック

離婚調停兵士

ぐっすりくじ

正体不明の売買

索引まとめサイト

瀬戸内定食屋

バレエ猛虎

宅配便で送れる特急

ピコ宿泊

部屋の半分が担架

ダビングできる土佐犬

未来都市促進剤

ストライクゾーンの広い学長

損益分岐12ヵ月

手品難民

2018-12-17

田舎自然も大嫌いだ

私は田舎が大嫌いだ。

東京から電車で1時間、駅から自転車で5分の住宅地で育ち学生時代都心大学で過ごした。もともと田舎なんで大嫌いだったし、キャンプBBQ、土いじりなどもってのほかだと思う。一生田舎になんて住むつもり無かったし、ずっと都会で生きていくつもりだった。

それが、就職に失敗して酷い田舎仕事するハメになった。はじめから田舎なんて嫌いだ、そしてこれからも嫌いだ。

自然が多い

正直に言う。子供ときから自然が怖い。動物が怖い。小さな動物でも噛み付かれ、牙で殺されるのではないかと思うと怖い。ほとんど恐怖症と言っていいくらいに虫が怖い。小さなときからあらゆる虫を見つけると絶叫し涙を流し暴れた。深夜にゴキブリが出たときには朝まで帰れなかった。植物が怖い。虫がいるから。気味の悪い芳香と奥に何かいるかもしれないと思うと花やゆらゆらする葉っぱをみて戦慄する。

そんなわけで私にとっては、田舎地獄だ。蛙が煩いセミ不快。蛾やカメムシが大量に発生して襲ってくる。その他、見たこともない虫がうじゃうじゃといた。あるとき、呑んで散歩をしていたら猪に出会った。野犬にも追いかけられた。もう、夜は徒歩で出歩るけない。治安悪すぎ。

トイレ

先進国である日本でいまだに下水道が整備されていない地域があることに驚いた。外出先で出会ボットン便所はもうイヤじゃ。

あと便器和式率の圧倒的高さは生きる希望を打ち砕く。2連の便所で2つとも和式だったとき絶望感を君は知っているか個人経営飲食店役所和式率が高い。パチンコ店でさえ和式で、昭和田舎で息づいていることがわかる。

実は、小学生ときキャンプ和式ボットン便所でクソをズボンにぶち撒けてから和式は怖くて使えないんだ。セミ爆音発酵した腐臭、薄暗い室内、茶色に染まった半ズボン、全部忘れられないぞ。

刺激が少ない

本屋がない。買い物できるところもない。図書館日焼けした昭和書籍申し訳程度に陳列しているだけだ。

しかに、目的をもって買い物するなら通販でいいかもしれない。でも、買い物に求めるのは合目的的な商品の入手じゃない。こんなものがあるのか、こんなことができるのかという驚きと発見が欲しいんだよ。

夏が過ぎ、秋が来て、冬を越えると春を迎える。そんな山と海で景色が変わらない永遠で平坦な日常なんていらない。

商店カフェ

知り合いでなければ塩対応だ。カフェコーヒーを一杯飲むのに世間話スキルを求められつらい。君はコーヒーを淹れる、僕は黙ってそれを新聞を読みながらゆっくりと飲む。そして代金を払う。それでいいじゃないか

古民家

古民家の何がいいのか。あんもの爆破してこの世界から一掃してしまえ。古民家民宿古民家カフェetc. どこからか虫が入ってくるのではと思うとまったく安らげない。あんもの森の中にいるのと同じだ。

下品な老人

確率で老人に話しかけられると下品シモネタ武勇伝として語られる。曰く、「田舎はオメコくらいしか楽しみがないらのぉ〜」だそうだ。オメコに溺れて息絶エロ

顔見知りでなければ人間ではない

田舎では、「顔のない他人」ではいられない。どこでもどこの誰かを問われる。いつ、どこにいたか筒抜けだ。こんなことな集団ストーカーに襲われたほうが100倍マシだ。

やれ溝さらいだの自治会だの消防団だの運動会だの例大祭だの、ボランティアという名の強制が多い。田舎の人は時間の希少さをわかっていない。カネを払うから休みの日ぐらい好きにさせてくれ。

田舎に来て、時間を供出して生き方を合わせることで根を張っていった人達もいる。だけれど私は変われなかった。

2018-11-25

anond:20181125184941

ホテルときもあれば民宿ときもあるし、装備によってはテントときもある

流石に冬場はキツイのでテント泊はあまりしないけど

ぼくが自殺を決行した話をする

今だからあんまり気負わずに言えるけど、当時は人生に対して切実な思いを持っていた。もちろん自殺には失敗したから今生きている。

当時、ぼくは20歳ニート生活をしており、よくわからないまま何の目的意識もないまま、とにかくこの先の人生絶望しながら生きてきていた。

ぼくはそのとき大学中退してそれなりの年月が経過していた。大学に行ったのも特に目的は無かった。働きたくないし勉強もしたくなかったが、親が金を出してくれるということで、自分人生に対して責任というものがなく、ただ言われるがままに進学をしていた。受験勉強は全くせず高校時代は家で勉強したことはなかったが、学校の授業を高校1年生から2年生まではしっかり受けていたこともあって、受験成功し、ランクは落としたが大学に進学した。それでもそこそこの国立大学には進学したので、ぼくは同級生ほとんどを見下していたように思う。

大学に入ったときは「遊びまくれる」という意識があって、いままでの家庭内での抑圧が弾けるかのようにぼくは遊び回った。当時隆盛していたモバゲーやらGREEやらでメンヘラ漁りをしたり、ネトゲにハマったりPCゲームにハマったり映画を見たり、一般的パラサイト大学生として過ごしていた。大学ははじめのころは新鮮でおもしろいと思って通っていたが、慣れてくると結局勉強をしなければいけないことに気づきだんだん卒業後の現実が見え始め、やる気がなくなった。勉強をしてなんになると思い始めて学校に行く頻度が落ちた。卒業して働くということに絶望を感じていた。就活というもの意味がわからなかった。

「少なくとも残り38年、あるいはそれ以上、奴隷として働かなければいけない」という絶望感があった。ぼくはそこまでして生きたいと思っていなかった。好んで死にたいわけではなかったが、人生目的が本当に何もなかった。ただ言われるがまま、子ども学校に行くもんだという指令のもとに生きていた。こうした呪縛から解き放たれて自由を得た代わりに、選択肢が何もないように感じていた。「働いて、生きて、それでその後は?」「何十年も生きて、それでその後は?」「生きていれば楽しいこともあるだろう。それでその後は?」「たとえば何かしら名声を得るとして、それでその結果何が得られるのか?」という風に感じていた。すべての物事人生最後にどう意義深くなるのかを考えていた。こういう考え方は、防衛機制の知性化というらしい。

ひとまず2年生に進級した。必修単位だけはなんとか落とさなかったが、そのほかの単位ものすごく落としていた。状況は何も変わっておらず、相変わらず特におもしろいとは感じないながらも、まだおもしろさが比較的マシなゲームや女遊びに没頭していた。しか現実逃避に過ぎないと考えてぼくは自殺を考え始めた。「死」が選択肢に入ってくると、おもしろいほど転がり落ちるのが早い。ただの堕落した大学から、終わり始めていった。

ふつう人間は、何か行動を選択するときに「死ぬ」という考えは浮かばない。「おなかすいたかコンビニに行こうかな。めんどくさいな。まぁ食わなきゃ死ぬしいいか」というふうにはならない。どんな選択でも死ぬことが関わってくる。死神に呪われているがごとく。「窓が汚れてるなぁ。窓ガラスに首を突っ込んだら死ぬだろうか」「料理はめんどくさいな。包丁を刺すのは痛いだろうなあ」と、だんだん普通の行動を取れなくなる。完全に何かしらの病気なのだが、金がないし「この状況が薬で改善されるとは思わない」と思っていた。

当たり前だが大学には行かなくなった。大学をやめてバイトだけやろうと考えた。当たり前だがうまくいくはずもない。そもそも働きたくないのだから、すぐにバイトにも行かなくなった。身分学生なだけの人間に成り下がった。ぼくは大学も行かず、バイトで貯まっていた20万円を使って、「起きる→ゲームする→眠くなると寝る→腹が減ったとき、朝や昼なら近くのスーパーに行き、夜なら近くのコンビニへ行く」という生活をしていた。ゴミは出たらそのまま放置し、いよいよ虫が出てきたときゴミ捨てをするという、現実逃避以外の何物でもない生活をしていた。

何度も「餓死しようかな」と考えて飯を抜いては「限界。無理」と考えてがっつり食べたりしていた。「3日食べない」「たくさん食う」「2日食べない」「たくさん食う」の繰り返しをしていた。この食べるという行為けが幸福だった。コンビニの同じような弁当ばかり食べていたが、ただただ「うまい」と感じていた。脱水症状手前の状態から飲むポカリは格別だった。体全体が食物を欲している中で食べるハンバーグは絶品だった。ある種中毒になっていたのだと思う。

そうした生活によって金が尽きる前に、母親が迎えに来た。ぼくが携帯電話の電源を切っていたので心配になって見に来たということだった。ぼくは「失敗した」と思うと同時にそれを拒絶した。「現実がやってきた」というふうに感じていた。未来への思考をしないようにしていたところに現実を考えなければいけないトリガーが出た。死を保留することがもうできなくなったと考えて、ぼくはすぐさま死ぬことを考えた。急いで財布だけ掴んで家を飛び出し、ネカフェに3日ほど滞在したあと、富士山樹海で首を吊るのがいいんじゃないかということで、なけなしの金をはたいてぼくは中央線に乗り込み、最後の晩餐として、いくらかの酒やお菓子食べ物ビニール紐と睡眠導入剤を買い込んで、残金がほぼないような状態で、河口湖駅へついた。そこからバス民宿方面へ向かった。民宿の予約はしていない。

ついたのは夜だった。ぼくは民宿の前の道路から少し離れたところで樹海に入った。樹海は街とは比べ物にならないほど暗く、岩は月あかりのせいか血のように光っていた。懐中電灯などというものは持ってきていない。飛び出したおかげか携帯電話も持ってきていなかったので、でたらめに移動した。引き返すつもりもなかったので、財布の中に入っていたお札や小銭を取り出して、破いて樹海の中にばらまいた。そうして移動した。怖くはあったが「動物に襲われたくない」という怖さだった。死にたいが痛いのは嫌だったからだ。樹海は暗すぎて木に紐を結びつけることができなかったので、一夜を明かさざるを得なかった。当時は雪が降る時期で、異常に寒くまともに眠れなかった。「寝たら凍死できればいいのに」「寝たら死んでいますように」と考えていて、必死で寝ようとしては起きてという繰り返して、朝を迎えた。何時だったのかは全くわからない。薄明かりで木に紐をくくりつけられるぐらいになった。

ビニール紐というのは何度も巻き付けて首に巻くとものすごく痛い。そもそも数秒耐えることもできない。睡眠導入剤や酒など飲んだが何の効果もない。意識はかなり明瞭で「死ぬ」という恐怖心と戦わなければいけなかった。「死ぬ。これから死ぬ。なぜ死ぬのか。そもそも死ぬ必要があるのか。これで本当に死ねるのか。考え直した方がいいのではないか。死ななくてもいい方法があるのではないか」と考えた。痛いし寒いし死のうという決意も薄いしで、結局ぼくは死ぬことを諦めた。

朝を迎えた樹海景色が綺麗だった。樹海の中にある道を探すと、あっけなく道が見つかった。その道をまっすぐ進むとすぐ道路にたどりついた。全然道路から離れていなかったらしい。

道路に出て、ぼくは適当に歩き始めた。明らかに変なところを歩いているのに誰も話しかけることはない。それはそれでよかった。変に話しかけられても困るだけだった。道路をまっすぐ進むと甲府方面看板が出てさらにまっすぐ進むと、幸運なことにお店があって、横に公衆電話があった。あとで調べると12kmほど歩いていたらしい。何のためらいもなく110番をする。「自殺に失敗したんですけど」といって、ぼくはいろいろあって実家に帰ることになった。おまわりさんには「いろいろ人生つらいこともあるけど死ぬのはダメだよ」みたいなことを言われてぼくはひととおり泣いていた。ただ、そんな言葉で心変わりするぐらいならここまで悩んでいない。泣いて「ちゃんとした方がいい」と思ったのはほんの数瞬だった。

実家に戻ってまず思ったことは「状況が何ひとつとして良くなっていない」という絶望感がただそこにあるだけだった。死の保留が再びできて安堵していただけだった。当時の家庭環境もよくなかった。父母の仲はぼくが家を出たあとでいっそう最悪になったらしく、父は仕事に没頭しており、そもそも母と情報共有できていなかったので、ぼくが樹海に行ったことを知らないようだった。今も知らないだろう。ぼくも積極的に言うこともなかった。「自殺を図った」という言葉の上っ面では、他者にそこに至った経緯など伝わるはずもなく、その理由理解され難かった。

ぼくはそのまま自堕落生活を送った。

堕落生活で、ぼくはひたすらネット動画を見ていた。「動画を見る・起きる・夜目覚めて冷蔵庫にあるものを漁って食う・眠くなったら寝る」というクズ生活を送っていた。その一般的クズニート状態のまま1年がたって、当時の「死ぬことの怖さ」みたいな思いが風化して、ぼくは再び死ぬことに決めた。「親に迷惑をかけている」とは思っていなかった。「今まで虐待みたいなことを散々してきて育ったのだから当然の報いだろう」と思っていた。申し訳無さではなくて、この先どうすればいいのかを延々と考えていた。未来がない。「奴隷か・死ぬか」という二分的な思考の中で揺れ動いていた。いま思えば思考があまりに先鋭化しすぎているが、周りの環境がそう簡単に変わるわけでもない。むしろぼくの存在によって周りの環境がぼくの闇に引きずり込まれるように悪化し始めた。

死ねなかったのは、前回のプランが悪かったのだ」「そもそもプランをたてる暇がなかったのだ」と考えるようになっていた。「そもそもビニール紐で死ねるわけがないではないか」などと思って事前調査することにした。実際にはビニール紐ではダメで、ロープが良いのである死ぬというのは勇気というか、一大決心がいるものであるが、準備ができていないと死ぬことはできない。感情的であればあるほどめちゃくちゃなことができるが、めちゃくちゃゆえに準備不足で失敗することもある。ぼくの場合死にたい!!」という一撃の思いではなくて、ずっと心にためていた漫然とした「このまま生きていたくない」という学習無力感だったので、痛い思いもしたくなかった。

着々と準備を進めてぼくはやっぱり首吊りをすることにした。何度も首吊り選択している理由がわからいかもしれないが、首吊りリーズナブル苦痛が少ないという合理性からだ。ただし実際には苦痛は他の死に方と比べて少ないというだけで、ものすごくあることもあるし、一般的生き方での「痛い」と比べるべきものではない。基本的にはほぼすべての死に方について、死ぬほど痛い。幸運にも苦痛なく死ぬことができる人もいるはずだけど、最悪の場合永遠に苦痛を味わいながら生きることになる。

ともかく、ぼくはロープを買い、痛くないようにハンカチなども買って準備を万全にした。睡眠導入剤や酒も以前と同じく買った。

夜、ぼくは家を飛び出して近くの山に向かった。田舎だったので山には困らなかった。白昼堂々山に入って通報されたらたまったものではない。夜に行動するのは基本だった。

樹海ときと同じように外で寝た。犬の鳴き声が聞こえて不安を煽られたが、地元ということもあったのかそれはそこまで気にならなかった。今回は夏で、じゃっかんの肌寒さしかなかった。準備は万全で、今回は変に目が覚めることはなく、いったいどういう神経をしているのか、熟睡できた。

明け方ロープを準備した。ネットで調べてきたとおりにハングマンノットという結び方で、枝に結んだ。ぼくは最後の晩餐だとして、買い込んできたご飯を食べた。睡眠導入剤をすべて飲んで水やお茶を飲み、酒を飲みまくり最後ファミリーマートで買ったエクレアを食べた。食べ終わると猛烈な不安が込み上げてきた。「死ぬのか」という感情が心をとにかく揺さぶった。

ぼくは木に登った。木に登って、太い枝に立ち、丸く結んだロープ首にかけ「ジャンプすれば死ぬ」というところまで準備した。猛烈な恐怖が体を襲った。ぶるぶる震える。ジャンプする。ジャンプしさえすれば死ねる。足はとにかくすくむ。今でも怖いと思う。思い出すだけで恐怖心が現れる。

それで、どうやったかよくわからないけど、ぼくは自殺を決行した。枝からジャンプした。

しばらくするとぼくは暗闇の中にいた。そこにはものすごい多幸感があった。眠りから覚める以上の幸せがあった。何かの扉が見えて、眼の前には光があった。あとで「この世に生まれてくる」とはああいうことかというように表現できるたぐいのものだった。ぼくは目を覚ました。ぼくは何をしているんだろう。ここはどういう世界なんだろうか。不可思議感覚だった。

次の瞬間、全身に激痛が走る。人生で生きてきた中で最も痛い激痛だった。ぼくは理解した。死のうとしていたのだった。ぼくは痛さで発狂していた。ぼくは痛いのをなんとかしたいという一心で、自動的ロープから必死に首を脱出させようと試みた。痛い。とにかく脱出しなければ。痛い。ロープから首を。痛いの嫌だ。ロープに手でぶら下がれば首は締まらない。痛さが軽減した。

ぼくはロープから首を出してそのまま枝から落ちた。体がドスッと地面に落ちたがそんなことはどうでもよく、首が熱を持っていた。喉がひたすら痛かった。それどころか頭まで痛かった。どれくらいそこにいたかからなかったが、ぼくは死ねないことに深い辛さを感じていた。鋭い痛みと「死ぬことはできないのだ」という選択肢がなくなったことでぼくはずっと泣いていた。

この経験以来、ぼくは「あのとき実はすでに死んでいて、今も実は死んでいるんじゃないか」という感覚がある。いつかあるとき、今生きていることは夢だということで目が覚めて、あの飛び込んだときに戻るのではないかという感覚がわけもしれずある。当時の体験2chの関連スレにそっと書いていたが、あまりまれることもなくひっそりとスレの中に埋もれていった。基本的にみんな他人には興味が無いのだ。

どのくらいそうしていたか覚えてないが、ぼくは家に帰った。太陽はもう高くあがっていた。どのくらいぼくは首を吊っていたのか全く判然としない。数秒だったのか数時間だったのかわからない。現実的におそらく長くても十分も経っていなかったのではないかと思うが。家につくと母はぼくの首の痣にびっくりしていた。とにかくぼくは生きる選択肢を選んだ。痣は1ヶ月ほど消えなかった。

その後お寺に連れて行かれてカウンセリングを受けた。なぜお寺なのかは理解できなかったが、言われるがままについていった。自分でもカウンセリング必要だと感じていたからだ。話を聞いてて思ったのは「ありきたりな話の集合のくそくらえ」ということで、ぼくが考えていたのは「こいつは使い物にならねえ」ということと、今後の指針だった。幸いにもカウンセラーの口がそこまで達者ではなかったので、ぼくが宗教にハマることはなかった。精神的にだいぶ弱ってはいたが、ぼくが欲していたのは「現実的に機能する今後の指針」であって、よくわからんスピリチュアル的なものではなかった。ましてや自殺決行後の人に、死のうか悩んでいる人向けのカウンセリングをしたところで何の効果もないだろうと、ことここに至ってもまだ人を見下していた。逆にぼくではなく、母がスピリチュアルに頼るような人種になっていた。

自分正当化するようだが、母も別に聖人君子ではない。こうなるまでぼくは小さい頃、虐待とともに生きてきた。第三者から見ればただぼくが悪魔のように見えて、切り捨てたい汚物のようだと思うだろうが。ぼくは今になってようやく、母も祖母祖父からめちゃくちゃな教育を受け、育児嫁姑問題や父との不仲、父のめちゃくちゃさ等でストレスがたまっていたということを理解して客観的に見ることができるようになった。いわゆる毒親というやつだろう。今は遠く離れて住んでいるため、適切な距離を保てていると思う。

まぁそれは置いておき、死ぬという選択肢が消えたことで、ぼくは図書館にいって本をただ読んだり、ぐだぐだと生きていた。結局保留する癖は死ぬ目に遭っても治っておらず、相変わらず親同士は喧嘩が絶えない状態だった。ぼくはとにかくグダグダとしていた。前よりは安穏としているものの、結果的にそんなに状況が好転していないのだった。

そこで東日本大震災が起こった。ずっとテレビを見ていて思ったのは「いとも簡単に人がたくさん死ぬ」ということだった。

ぼくがずっと考えていたことは自然にとってはありふれたことで、一生懸命自分人生を生きてきた一人の人間が、人生を無理矢理終了させられ、大して深い意味もなく死んでいくという「人間ゴミのように死んでいく」光景が新鮮だった。可哀想などと思う人間気持ちを持つ余裕はまだ無かった。失礼な話だが、人が一人死ぬのを見るたび希望が湧きあがってきた。震災はぼくの死生観に強い影響を及ぼした。「人間が生きる意味などない」というのをかなりポジティブに感じた。

「そんなに簡単意味もなく死ぬなら深く考えるのはバカバカしい」と考えた。文字通り死ぬほど悩んだ結果、ありふれた結論に達するという虚無感に、絶望ではなくて乾いた笑いが出た。「死ぬことについて死ぬほど深く考えた結果、死ぬほど深く考えるのはバカ」という結論に達した人はそうそういないだろう。つまり思考停止なのだが、死に関しては思考停止するのが「生きる上で正しい」のだった。

よくよく考えれば奴隷にならない道もあるはずだと思って、ぼくは震災から数週間経つと、金もないのに家を飛び出して都会に出た。都会に出たあとは、世間知らずと社会不適合者が混ざった状態で、その後もまぁ紆余曲折あったのだが、今は生活好転し、ふつう人間のようにして日々を暮らしている。

いま、ぼくは当時を懐かしい思い出として、あるいはいささかの教訓を含む昔話として扱うことができるようになった。

そして、こうした日々に何の意味価値もないことをはっきりと知覚しながらも、さりとて刹那的にもならず、二律背反的だが、人生意味価値があると思いながら、未来を考えて前向きに生きることができるようになったと思う。ニーチェのいうところの超人というやつらしいけど、そんな上等なものではない。現代では一般的なありふれた考え方だと思う。

まぁ、自殺の決行がなんだとかって話だけど、何かの参考程度に受け止めてもらえれば嬉しいと思っています

追記

長すぎて最後の方の行が弾かれたのでこちらに書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20181126040934

2018-09-13

いつになったらこどもできるかな

母が亡くなってから1か月が経った。

夏コミサークル参加ホテルに前泊してる、その日の深夜に「母が亡くなりました」と父からLINEが入っていたので、起きて身支度をして、人の流れに逆らいながら国際展示場駅を後にした。

結婚して3年が経った。

子どもが欲しいと思ってから2年4カ月、不妊治療をし出してから1年4カ月。今日また生理が来た。腹が痛い。

母がガンになったのは4年前のGWだった。

母のために孫の顔を見せたいと思ったが、最後までかなわなかった。

不妊外来先生に、母のガンがいよいよ末期であと3か月しか持たないかもしれない。高額でも問題いから、確率が一番高い方法を取りたい。体外受精がしたい。と言ってみたけれど、「年齢的にもまだ今はやる時期ではない」といわれて子宮内体内受精しかしていない。

母の主治医最後に予告していたとおり、母はちょうど3か月で逝ってしまった。

亡くなる10日前まで、自分トイレに行けたし、話もできたし、奇跡的な元気さだった。最後最後まで「何言ってんの、治すに決まってるでしょ」と完治を疑わず、「最期に言いたいことは、伝えたいことは」みたいな雰囲気にはできなかった。どう見たって治らないということが分かったところで、「信ずれば治る」と、信じて疑わない本人に「絶対治らない」とは言えなかった。でも無理やりにでも、生きてるうちに「あなたの子供に生まれることができてよかった、素晴らしいお母さんだった、あなた子育てをしたかった」とか、直接伝えられたらよかったのかなあ。

物心ついてから親族が亡くなるのは初めてだったので、人が亡くなった後の流れをよくわかっていなかった。

実際は、病院でお風呂に入れてもらい、服を私服に着替えさせてもらい、葬儀場に運ばれ、エンゼルケアをしてもらって、棺に入れてもらったみたいだった。

自分がいない間に葬儀場の予約から式次第から至るものが準備されていて、香典返しには母の名前印刷されているし、遺影だって古い写真を取り込んでトリミングしてぼかしていい感じに作ってくれていたし、お花もたくさん飾られていて、この業界スピード感があるなあとか、親族多くてありがたいなあとか思った。

亡くなってから再開した母は顔がふっくらしており、スターみたいなヘアスタイルと、普段とは全然違う化粧をしていて、なんだか別人みたいになっちゃったなと思った。

親戚がおおいうえにみんな近くに住んでいて仲が良いので、告別式だというのに結婚式かと思うような設置をいとこたちがしてくれた。当日来た方がメッセージカードカラーペンコメントを書き入れて、模造紙に貼り付けられるようにしてくれたし、旅行写真を飾り付けたり、色紙を持ってきて寄せ書きを作ったりしてくれた。

通夜から葬儀まで一夜あったというのに、こちときたら手紙の1枚もこさえることをしなくて、葬儀場の遺族控室は大きな民宿みたいだなとかのんきなことを思いながら過ごしてしまっていて、反省した。

通夜葬式で450人くらいの来場者数があった。葬儀場に入りきらない人数で、改めてすごい主婦だなあと思った。自分葬式にはどれほどの人が来てくれるんだろうな。

葬儀が終わって、香典のまとめやお返しも終わって、納骨はまだだけど実家にいる理由もなくなったので、実家からは遠い自分の家に帰ってきて3週間くらい経った。

1か月前の今頃はこういうことをしていたなと思うと、夜泣けて寝付けなくなってしまうことが増えた。こういうのは直後より、少し時間を置いた方が来るものがあるんだな。

母が亡くなった直後というのは、覚悟があったからかもしれないけどあんまり絶望みたいなのはなくて、悲しいけど失意のどん底っていう感じでも無い状態だったから、葬式の翌々日は普通に仕事をしてしまった。その後はなんだかんだしばらく休みをもらったけど家族も同じように割と元気で、淡白かなあと思ったけど、どうだろう。

しばらく帰省していた間におばあさんと朝ドラ見ていたので、今でもお昼に見ている。

そしたら主人公の母もガンになっちまった。は~~~よくある話ですわなほんま

それで寝付けない日が増えてきたなというとき生理ですよ。

は~~、な~~にが「治療やめたら案外すんなりできることもあるしね」じゃ

母が亡くなったから転生してくるみたいなオカルトにもちょっと期待したけどそんなことはなかったわ。

朝ごはん食べてなかったから昼にご飯作ったけど、口に飯を入れたら味覚からいろんな感覚が刺激されて泣けて泣けてのどが絞まってものが飲み込めねえ。

は~~~せめて早くこどもできねえかな~~~~~~

なんて仕事さぼって文章殴り書きしてたらだいぶ気持ちが落ち着いてきた。

チラシの裏です。

anond:20180913114533

違うだろ

一般人がきちんと金落とせば良かったんだよ

それを福祉寄付国家の補助に頼るってことは、他人事ってわけだ

その口が、「可哀想」とか、偽善丸出しだな


いっときの補助でなにが変わるんだよ

日本全国が「汚染」だ「危険」だ言ってる中で、オタクけがポジティブ情報発信したんだよ

大洗の味方、だったんだよ

民宿の刺し身をうまいうまいと食ったんだよ

2018-09-09

一人旅

私は今、埼玉にある、一人暮らしをしている会社の寮に帰るため、中央本線を上っている。

――いや、正確には、明日会社の出社時刻に間に合わせるために、帰っている。

金曜の夜、同期と終電間際まで飲んだ。一次会は和食コース二次会適当大衆居酒屋で騒ぎ通した。飲みすぎた後悔を心内にしまい込み、三次会へ向かうまだ元気な彼ら、彼女を見送った。今日はここまで飲むつもりじゃなかったのに…、まだ明日の準備ができていない。帰りの電車の中で日付が代わり、4時半起きという事実が、吊り革に掴まったまま立ち尽くしている、酔いの覚め始めた私の頭にのしかかってくる。

4時間眠ることができた。5時に起きて、まだうす暗い外へ目をやる。アルコールがまだ残る体を引っぱたき、すぐさま荷造りを始める。荷造りと言っても大した量じゃない。それからぱっぱとシャワーを浴び歯を磨き、合計して30分ほどで準備が終わった。

1泊分の着替え、タオル歯ブラシを詰め込んだバックパックを背負い、青春18きっぷを手に握りしめ、まだ日が昇りきっていない外の世界へ繰り出した。

社会人1年目は、あっという間に6ヶ月が過ぎた。

まれから大学卒業まで、私は東京で両親と住んだ。入社と共に両親が自身実家に帰り、私は埼玉で寮を借りて一人暮らしを始めた。

それから今日まで、特に苦も楽もなく、上り坂も下り坂もない平凡な毎日を送っている。

土日はたまに遠くに出かける。

完全週休二日制の、どちらかといえば優良企業の弊社に感謝をしながら、週末の旅の予定を立てるのがこの虚しい日々をやり過ごす唯一の楽しみだ。

周りの同期はみんな一生懸命に見えて、賢く見えて、社会人を楽しんでいるように思える。

なにが私と違うのか、最近考えているけれど、まだ答えは出ていない。

22、3歳、の同期、もしくはマスターならそれ以上。彼らと私の過ごしてきた時間等価であるはずなのに。

劣等感だろうか。何に対する?わからない。きっとこれまで過ごした人生の重ね方だろう。

10時間列車を乗り継いだ。小田原熱海沼津静岡浜松豊橋岐阜

不思議とあまり眠気は襲って来なかった。やはり鈍行の旅は好きだ。途方もなく長い間に意識が引き伸ばされながら、少しずつ近づいていく。そして、気付くとそこにいるのだ。

下呂に着いた。予約しておいた民宿にお世話になる。

浴衣に着替え、下駄に履き替える。温泉街をぶらぶらして、たまに気に入ったものがあれば食べ歩き、たまに宿に帰って酒を飲み、湯船に浸かる。この繰り返し。

一人はいものだ。誰にも気を使う必要がない。もし私が、ふと道端に、使われなくなった昔の煙草自販機があって、それをまじまじと見ていても、誰も文句を言わない。サビの具合や、今はもう売っていない銘柄に関心を寄せて、私が私自身で解決できる。

こんな調子で夜も適当ご飯を食べて、適当に酒を飲んで寝た。もちろん朝も適当に起きて、朝風呂に出かけ、朝飯を食べた。

正直、どこに行ったかなんてここに書くことについてはどうでもいいのだ。ただ単に、私が言いたいのは、"社会がひどく七面倒臭い場所であること"についてのみだ。

それに反して、旅とはどれほどいいものか。自由象徴だよ、一人旅は。

きっと私は、縛られることになれていないだけなのだろうな。そしてこれから慣れていくのだろう、いや、嫌でも慣らされていくのか。

帰りは美濃太田から多治見、そして中央本線上り、帰路につく。こんな旅程、ほとんどの人間は呆れてしまうだろう。

そして私は今、大月にいる。酒を片手に、明日に向かう。

2018-08-15

ヤミ民泊の現状、最前線から情報共有

ヤミ民泊現在の実情です。できれば内容を精査した上で拡散・共有していただきたい。

まず最初お断りをさせていただきます

なぜアノニマスダイアリーを使うのかという事に関してですが、身の安全のためです。

違法民泊事業者利益を守るために平気で卑劣手段を使ってきます

実際に私も、詳細は言えませんが、事業者から攻撃を受けました。

今は私は表向きは鳴りを潜めている状況ですので、こういった場で情報共有させていただく形となり申し訳ありません。


ご存知の方も多いと思いますが、今年の6月15日に民泊新法が施行されました。

これは具体的には、今まで法的にグレーとなっていた民泊事業旅館業法では完全に黒)を

オリンピックインバウンド需要を踏まえて、届出制許可制ではない)にして、誰でも自由民泊が行えるようにする、という内容です。

いくらか遵守しないといけない事項もありますが、施行前はとても低いハードルであると言われていました。

これは法律ですので、国が民泊を認め推進している、という状況が出来上がってしまったわけです。

(国の考えとしてはヤミ民泊特定やすくするために届け出をさせて管理するのが目的ではあったそうです)


これを受けて、多くの地方自治体が反発を行い、それぞれにて条例を制定しました。

具体的には法律上は、条件をクリアすれば『どこでも』民泊をして良いということになっていますが、

これを住居専用地域は認めない等、それぞれの自治体によって異なりますが、ハードルを高く設けるようにしました。

私の住む地域もこれにあたります


この辺で、一度整理をしておきたいですが、ヤミ民泊とはどの状況のことを指すのか、です。

よく、民泊反対を表明すると「民泊反対に反対の勢力」が出てきて三つ巴になります

これはみなさん、何が問題で何が問題でないかが混乱してしまっているためです。

※すでに理解されている方は飛ばしてください

まず、宿泊施設運営するには旅館業法を守る必要があります

ホテル旅館、また簡易宿所と呼ばれる民宿などはこの法律を遵守しており、

ハードルは当然高いです。

また、旅館業法管轄保健所に定められています

これは、宿泊者の安心安全を守るためと、衛生環境安全に保つための法律なのです。

防火設備があるのか、非常口が規定数あるのか、伝染病を防ぐことができるか、など、

目的は多岐に渡っています

ここを理解してない人が多いため、「民泊別にいいじゃん、安く泊まれるし」とのんきなことを

言う人が後を絶ちません。

※静かに泊まってくれてたら問題がないという意見の人が多いですが、そうではありません。

誰が泊まっているのかもわからない、衛生環境も守られておらず伝染病などが蔓延する元となりうる、

また犯罪を行うにも適した場所となる、法律を守っていないというのはそういうことです。

なので、まず民泊として認められてない限りは旅館業法を守らない限り法律違反となります

(当然守ってるだけではいけなくて、認可が必要です)

この状況に対する規制緩和民泊新法と呼ばれる住宅宿泊事業法です。

これは前述しました通り、届け出さえ出せば、後は一定ハードルを越えれば宿泊施設運営できます

また、届け出制ですから基本的には自己申告です。

後になってもし問題があれば罰則なりがあるよ、という物になってます

(実際には届け出を出す時に少し厳しいチェックが入るという話も聞いているのでそこまで簡単ではないという意見もあります

この上記つの状況に当てはまらないものは「ヤミ民泊」になります

ちなみに、なぜ「ヤミ民泊」をするか、ですが

これは簡単理論で「とても儲かるから」です。

上記つの法律を遵守するにはそれなりのコストが必ずかかります

ヤミ民泊はそれらのコストをまったくかける必要がなく、言い値で宿泊費をもらえるのですから

ほぼ丸儲けですし、真面目に法律を守ってる人たちからしたらたまったものじゃありません。

前振りが長くなりましたが、このヤミ民泊に対する行政対応に関する情報共有になります

まず、私が住んでいる地域にて、ヤミ民泊を行っている人がいます

差別になりかねないので、詳しくは言いませんが、日本人ではありません。察してください。

最初にどうして発覚したかというと、近隣住人の方の不審目撃情報と、民泊法施行前に

実際にAirbnb掲載されていたことで発覚しました。もう2年前くらいになると思います

別にただ泊まっているだけなら、そこまで問題にならなかったかもしれませんが、

宿泊客のモラルがなさすぎました。

夜中に窓全開で大声で騒ぐ、近隣で写真動画をたくさん撮ってSNS等にアップする、

裸で近隣をうろつく、ゴミ不法投棄、などなど。

また事業者白タクも行っていて料金をとって、車で送迎もしていました。

なにより法律違反で衛生環境も守られていない状況が近所で続いていることは問題です。

そこから色々調べていって、用途地域としてもアウトだし、法律的にもアウトであるということが

わかりましたので、保健所役所に対して通報を行いました。

マンションではないので管理規約で縛るということも難しいのが原因です。

ここで豆知識になりますが、お住まい市町村政令指定都市場合

市役所内に保健所が設置されており、市役所管轄になります

そうでない場合は、都道府県からの出向で保健所役所とは別に設置され

管轄都道府県になります

後者場合保健所役所情報共有は非常に乏しいです。

id:gamil 本題とはずれるけれど、政令指定都市ではなくても、保健所政令市であれば市が保健所管轄している。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D%E5%81%A5%E6%89%80%E6%94%BF%E4%BB%A4%E5%B8%82





肝心の保健所役所対応ですが、とても鈍いのです。

特に政令指定都市でない場合相互の取り組みがしにくいので、保健所としても

民泊対応しきれる人手がない事を理由に、断り文句を言ってきます

役所としては、査察権などは保健所にあるので、こちらも手出しができないということで

断ってきます

それでは警察にということで、地元警察署の課長レベルまで話を持っていきましたが

こちらも事件性がなければ動けないとのこと。

しかし、再三お願いをしていくうちに、一人の担当者の方が、熱心に聞き入れてくれるように

なり色々動いてくれるようになりました。

民泊事業者聞き取り調査まで行ってもらったのですが、事業者本人の言い分としては、

本土にある会社社員を泊めているだけ」→社員証を見せてほしい→「社員じゃない、友達を泊めているだけ」

Airbnbには載せてない」→実際に見せると→「知らない自分登録してない」

日本人文化おかしい、海外だと民泊は当たり前にやってる」

などなど、とにかく言い逃れしかしてこない様子だったそうです。

なにより、保健所に出向いてきたときには氏名すら偽るという徹底ぶりです。

その聞き取り調査があった直後に、Airbnbホスト情報が書き換わりました。

(変更前はホスト本人の顔写真まで掲載していたが、別人の写真にすり替わる)

担当者の方のしつこい働きかけでAirbnbから物件が削除されましたが、

それでも民泊客は減らない状況でした。

おそらく海外Webサイト海外の方向けに宿泊情報を載せているものだと思われます

役所保健所管轄警察には再三そうした状況も共有し対応を求めましたが

Airbnbから削除されたし、民泊新法が施行されたらヤミ民泊はなくなるから、それで様子をみるしか

という反応のみでした。

また、熱心に動いていただいた担当者の方の上司からは、「こんなことで担当者を使わないでください」と怒られましたし

当の担当者の方は人事異動で、別の保健所に飛ばされてしまう有様でした。

そして、民泊新法が施行され、当該地域は県の条例により民泊が行えない地域となりましたが

状況はまったく変わらないまま今を迎えています

我々も業を煮やして、議員を通じて、それぞれの管轄上層部とも接見しましたが、それぞれの対応としては

警察事件性がないので動けない

保健所:(ホスト宿泊客に)日本語が通じないので対応できない

役所権利がないので動けない

と、相変わらずの状況です。

これは逆に言うと、日本語がわからないふりをしたり、

とぼけながら営業を続けても、行政対応をしないということです。

こうした情報はすでに広く知れ渡っていってるのではないかと思います

一方で日本人民泊をしていた人は多くが撤退したり、廃業していっています

最終的には、そうした日本語の通じない民泊事業者日本全国に

どんどん進出してくるのではないかと思っています

なにせ行政が何も対応をしないのですから、やりたい放題です。

自分の所は関係ないやと思っていても、どこかでだめになったら、別の場所でやってを

繰り返していくのではないかと思います

実際に不動産に詳しい人に聞くと、外国人中古マンションを買い漁っているとの

情報もあります

まだこれからどう対応をしていけば良いのかはわかりませんが

被害が拡大しないためにも、多くの方に情報を共有していかないといけないというのと

良い対策案があったら教えていただきたいという所があります

また、間違っている箇所などもご指摘いただければ幸いです。

みなさんの近隣で同じような問題が起きた時に、まずどう判断したら良いのか。

どこに働きかけをしたらよいのか。その際に、事前に私共の状況を知っていれば

もっと先を見越した対策が打ち出せるのではないかと思います






みなさんたくさんの反応ありがとうございます

ブコメへの一部、返答を追記させていただきます


id:kuippa税務署 or 入国管理局 とは言え、マンションでもないなら簡易宿泊所とればいいだけだから正業としてやられたら受け入れざるを得ないんじゃないの。地域力の問題

こちらに関してですが、我々の地域用途地域制限によって、旅館業法でも認可がおりない場所となっています



id:nentaro 保健所に何人か複数名で繰り返し通報東京都なら認可番号が掲載されているか民泊サイト確認する。認可されていないなら、保健所警察に連絡を繰り返す。

ありがとうございます。とにかくこれをやるしか我々には力がないですね。

ちなみに、認可に関しては役所に調べてもらって、ないことを確認済みです。




id:Lhankor_Mhy ほうほう。無許可民泊は一応、旅館業法違反で6ヶ月以下の懲役と100万円以下の罰金だったと思うが、個人レベルだと意外と行政対応がぬるいのね。参考になったわ。


この点、保健所には我々も口うるさく言ったのですが、「そもそも取り締まったことがないのでやり方がわからない」ということでした・・・



id:m_h 届け出番号を申請しないと6/5ごろ?からairbnb掲載してくれなくなってるよね?その届け出番号も偽ってるってこと?→と、おもったら2年前はの話ですね。2015年頃は多かったね、違法民泊。いまは闇は困難では??

そうですね、Airbnbはかなり登録が減った状況みたいです。

ですが、どうも、海外無許可民泊サイトのようなもの仲介をしているらしく、

もう日本では探せないけど、海外の客だけ日本に呼び込む図式が成り立っているそうです。

そして、行政は取り締まらないのでやりたい放題です。




id:e_pyonpyon21 市議会議員さんなどで話を聞いてくれそうな人は?


市議会議員、県会議員には相談していますが、皆始めてのケースで、なにをやったらいいのか、というレベルです。

行政との取り次ぎにはなっていただいています

やはりマスコミに内情をバラしかないのでは、という意見も聞いています


id:garage-kid 111: ブログにわざわざこの増田リンクが付された書き込みがあった。作為的ものを感じたのだがこれは真実であると信じてよいものなのだろうか。

迷惑をおかけして申し訳ありません。

広め方がわからなかったので、民泊関連のブクマをされてるかたになんとか知らせようとしてコメントなどで

書かせていただきました。

削除していただいて構いません。



id:hyoutenka20 書いてあることが事実だとして、身の危険を感じるから増田で、という案件では、物理攻撃に対する抵抗手段を持たず、訓練もしてない行政職員が取り締まるのは難しいような もはや外国人からかい問題じゃない

保健所には査察権があたえられているため、立ち入り操作や、法律を守っているかどうかを

調べる権利が有されていると聞いています

ただ保健所に関しては、民泊対応に関していきなり降って湧いてきた話なので、

立ち入り検査などもやったことがないし、どうしたらいいのかわからない、というようなニュアンスでした。

保健所行政警察三者を引き合わせて会議も行い、共同戦線を張ってほしいと訴えましたが

警察は我関せずで、保健所がやれという一点張りでした。

2018-08-05

外国人なんかが泊まる民宿みたいな

民宿のオシャレな言い方みたいな

なんだっけ?

2018-07-25

anond:20180209215009

もう見てないと思うけど報告。

結局4月に予約して今年はとうとう郡上踊り初参戦!。会場近くの民宿は既に埋まり出していた。

予想外に同行人数増えたので民宿基地にしつつ車中泊組み合わせて踊り明かすつもり。楽しみ。春駒もめっちゃ予習していくわ。

2018-06-18

anond:20180618100521

自分民宿だと電気容量がやばそうだなとは思った。

ホテルドライヤーコンセントだけ別扱いだったりするのは他に影響がないように別系統にしているのだろう。

修学旅行のように大人数が同じ時間帯に一斉に同じことをするような場合ときついだろうな。

まあそれくらい想定して対策しとけよとは思うけど。

anond:20180618013333

学校修学旅行で「ヘアドライヤーヘアアイロン」などを禁止するのは、子供たちが一斉に使用するとまず間違いなく電気の容量がもたないせいです。それなりの格のホテルでさえそうなのですから、まして民宿などに宿泊する際に許可するのは無理です。しかし逆に言えば、それは単に「電気の容量」「旅館の都合」の問題に過ぎません。倫理的不道徳とかではなく、あなたがそれを「悪いことをした」と気に病む必要はありません。どうか気に病まず。あなたあなたにできる精一杯で自分を守ろうとしたに過ぎません。

その上で、対応方法があったとすれば、ここに書かれたような内容を、親ごさんから学校に伝え、相談できていたら…ということでした。もしそうしていれば、あるいは「教員が持ち込み、教員の部屋でこっそり使わせる」などの対応をすることもできたかもしれません。しかし、それ自体が当時のあなたには難しかったのだろうと想像します。

幼かったあなたにとって、引っ越しを早め、卒業アルバムにも写りたくない…というのは相当のことだったのでしょう。周囲の大人もその前の段階で配慮してあげられればよかったのでしょうが、内心の、コンプレックスに関わることというのは、なかなか踏み込めない部分でもあります指導した教員100%悪いとも言いづらいところがあります。結局、どうしようもなかったのかもしれません。

ただ、今後もしあなたがそういうことで困っていそうな子供に関わる機会があれば、あなたがその配慮をできる大人になってあげていただければありがたいとは思います自分も(もっとささやかな似たようなケースで)、周囲から顰蹙を買いながらも自分の今となっては「そんなことぐらい」と思うようなプライドを頑なに守ろうとした記憶があります。そんなことを思い出しました。

修学旅行でのヘアアイロンの持込み

なんかふと思い出したんだけどわざわざ友達に言う内容でもないし、でもちょっと聞いてほしかったのでかきます。長文書くのなんて読書感想文以来だから支離滅裂だけど良かったら読んでください。

中学三年生の修学旅行でこっぴどく怒られた。理由ヘアアイロンの持ち込み。同室の子に見られてちくられた。

私は酷い天パで、小学生ときそれはそれはいじられた。子どもならではの無邪気な言葉でも深く傷付いたし、耐えられなくて不登校になったことも、自分で髪の毛をうなじくらいまで切ったこともある。みんなは忘れていても、その瞬間の相手の顔も言葉も、私だけは鮮明に覚えている。ある時どうしても欲しいとねだって誕生日クリスマス、お正月分のプレゼントとしてちょっと高いヘアアイロンを買ってもらった。これは私にとっていわば革命で、思い通りにまっすぐになる感動で泣いてしまった。余談だけど天パのままの自分が写った卒アル写真を見るのが耐えられなくて、まとめて箱に入れて神社で燃やしてもらった。

修学旅行を迎える頃には既に縮毛矯正を2回、ストパーを6回していた。風呂ときはまっすぐになる(と聞いた)シャンプー、コンディショナー、トリートメントをし、温風と冷風を交互にしながら乾かし、髪が枕に擦れないよう座ったまま就寝。毎朝5時に起きて1時間かけて丁寧にブロー、その後も軽く1時間ヘアアイロンを使ってうねった髪を伸ばし、急いで支度して7時20分には家を出る生活をしていた。

修学旅行まであと1ヶ月くらいになってから配られた修学旅行のしおりを見ると「ヘアアイロンの持込、使用禁止」の文字があり絶望した。どうしようどうしようどうしよう。夜どれだけ気を使っても朝起きると大惨事ヘアアイロンで伸ばさないと天パが目立ってしまう。私にとってそれは苦痛以外の何物でもなく、死んだほうがマシなのではと思うくらいだった。たった一文で修学旅行に行くのを本気で躊躇った。

ちなみにキャンプときはお風呂に入らなかったため、ケープガチガチに固めたら3日間そのまま保つことができたので事なきを得た。ケープすごい。

担任の説得、そして修学旅行の代金の積立を支払っていたのもあり、修学旅行には参加することになった。けれど頭にあったのは天パがバレてしまった時の屈辱だけだった。

そして修学旅行1週間前、偶然クラスメイトの会話が聞こえてきた。内容は携帯を持っていくか否かだった。しばらく盗み聞き(?)していたが、満場一致で持っていくことになったらしい。携帯ももちろん禁止だったが、クラスメイトが当たり前のように持っていくと聞いた瞬間、私の中で何かが弾け、同級生ルールを破って携帯を持っていくのなら私もヘアアイロンを持っていこうと決意した。

荷物検査はあったが生理用品や歯ブラシハンドタオルなどを詰めたポーチに隠して入れた。生理用品が入っていたら遠慮して奥まで見られないだろうと考えたからだった。

1日目の夜は民宿だった。体内時計を駆使していつも通り5時に起床。私はすぐに寝落ちしまったが他のみんなは夜遅くまで起きていたらしく、5時の時点では全員爆睡していた。何故か布団をしまう押入れの中にコンセントがあったため、押入れの戸を閉め、埃っぽくむせそうになるなか必死に髪を伸ばし続けた。本当はブローもしたかったが音で周りを起こしてしまいそうだったのでやめた。実はドライヤー禁止だったが、濡れたまま寝ては風邪をひいてしまうと民宿の方がこっそり貸してくれていた。

一通り終えて腕時計を見ると7時前だった。9時にはホールのようなところに集合していないといけないので7時ぴったりにみんなを起こし、民宿の方の手作りの朝食(すごくおいしい)を食べてから各自準備をしてホールに向かった。

2日目の夜はホテルだった。民宿とは班が違い、もっと少人数になる。疲れがあったこと、そして先生独断で決まった班だったから仲良い子がいなかったことなどが重なりあまり会話もせずに就寝。

朝起きたら5時半だった。ベッドの上のコンセントを使い、班の子達に見られないよう床に座り込み必死に伸ばし続けた。だが6時半になるかならないかとき、ひとりが目覚めてしまった。何か(電源がついていることを示すライト)が光っていたのが不思議だったのかゆっくり近づいてきて、突然の事だったので隠すこともできず見られてしまった。終わったと思った。でもその子は何も言わず準備を始めたので心の底からほっとした。ヘアアイロンは元のポーチしまった。だんだんの子も起きはじめ、おはよう挨拶を交わして顔を洗いに行く。しばらくして生徒が起きているか見回っていた先生がドアを開けて入ってきた。するとヘアアイロンを見た子がよく通った声で「この子ヘアアイロン持ってるんですけど」と言った。頭が真っ白になった。奇しくもそれは携帯を持ち込んでいた子だった。

朝食はホテルの大きなホールで学年全員でとった。だが見せしめのように入口に置かれた私のヘアアイロンが気になって気になって何も喉を通らなかった。

それからは何も覚えていない。いつのまにか駅に着いていた。どうしたらいいかからなくて立ちすくんでいると担任に呼ばれた。当たり前だが怒られた。声が大きい先生なので生徒に限らず通行人にも全部聞こえていたと思う。とてつもなく恥ずかしかった。正直持込みがバレたことより、ヘアアイロンを使わないといけない髪だということが知られてしまたことのほうが恥ずかしくてたまらなかった。親が迎えに来るまで20分くらい説教されたあと、ヘアアイロンは返された。帰りの車の中で泣いた。母親は私がどれだけ髪に執着しているか知っていたからか、乗った瞬間のおかえり以外は何も言わなかった。

ルールを破った私が全面的に悪いって分かってたけど本当に本当にしんどかった。

私はその後父に頼み込み、卒業してからするつもりだった引越し夏休み中になるよう早めてもらった。卒アルを受け取らないようにするためだった。転校前の学校にも転校先の学校にもお願いをし、卒アル個人写真には私が写らないようにしてもらった。(かなり経ってから友達が持っていた卒アルを見せてもらうと集合写真には多少入っていた。)すると業者さんが気を使ってくれたのか私専用の写真集を作ってくれた。私も写っていてがどれも小さく、どちらかというと友達写真がメインだった。思い出の写真は1枚も残らないものだと思っていたので本当にありがたかった。

転校先で友達はできなかったけど、高校ちゃんと通えてるし、卒アルを受け取らなかったのは正解だと思っている。

また、中途半端タイミングでの転校だったから内心ズタボロでいい高校には入れなかった。

悪いことをしたので自分に返ってきたのかなと思っています自業自得です。

それと努力甲斐あってか今はかなりまっすぐになっていますが、それでも気を抜くとすぐうねります。笑

天パに限らずコンプレックスを持っている子、たくさんたくさんいると思いますコンプレックス簡単には直せないし、本人の気持ち次第で短所になったり長所になったりするものだと思います。気にしないようにって言われても余計気にしちゃうとか、そういうのも痛いほど分かります。だけどこれは逃げなんかじゃないので、自分の納得のいくまで整形でも何でもして気持ちを和らげて、強く生きてくれると嬉しいです。いい話風に終わりたかったけど私のルール違反がいい話になるわけないのでここで終わります。脱字修正しました。長々と読んでくれた方ありがとうございました!

2018-06-09

anond:20180609085215

銀行だってマネーロンダリング対策であれだけ縛られてるのに

なんで密室人殺し可能AirBnBだけお目こぼしもらえると思ってるんだ

だってオレオレ詐欺の受け取り住所やら密輸の受け取りやらに悪用されてんのに

ホテル民宿ではできないように対策されてるから

AirBnB悪用されてんだぞ

民泊新法でのAirbnb叩きは無茶苦茶。さすが島国根性炸裂ジャパン

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/press.atairbnb.com/ja/supporting-travelers-injapan/

過去海外Airbnb使ってたオイラからしたらここで批判コメばっか注目されてて、ムカつくと同時にやっぱみんなよくわかってないんだなって。

トップコメの中で「法律は制定されてから施行まで半年準備期間があるのに何もしてこなかったなんで馬鹿なの?」的な内容があるけど、問題は今回の民泊新法があまりに厳しくてまともにやってたら今まで部屋かしてた個人の大半が対応できないってことよ。Airbnbにしたら「よその国では問題ないことがなぜここまで禁止されるのか?」って島国根性炸裂のジャパンカルチャーショック受けたんじゃないかな。

んで民泊新法で何がどう変わるってのは軽く検索したらでてくるけど

https://minpaku.yokozeki.net/minpaku-hourei-hikaku/#i-4

これの何がきついって今後民泊新法にそって民泊するなら「民泊で貸す部屋には常にだれか一人はスタッフとして駐在する」か「スタッフ皆無なら他の宿泊施設レベル自動火災報知設備をする」のどっちかを選ぶ必要があるんだけど、これだと個人で自宅の部屋やら使ってない不動産を貸し出したいっていう大半の個人事業主が締め出されるってことだよ。だってまともにやってたら全然うからないものAirbnbにあった物件の8割以上が削除されたらしいけど、残りの2割はおそらく昔から民宿を営んでてairbnbにも掲載してたとか、家が豪邸で常に誰か家族の一人が在住して対応できるとかの富裕層だけでしょ。

あと「旅館業法無視してた違法操業してたくせに」っていっている人いるけど、ここに島国ジャパンの病魔が垣間見れるよね。そもそもこれまでの旅館業法ではairbnbのような民泊ビジネス想定外だったからずっと「グレーゾーン」だったんだよ。これまでだって遠くの親戚や友人が住む家に数日泊まるなんて普通だったし、その際に電気代やら掃除やら謝礼こめて手間賃を払うことだって普通だったでしそんなの法律規制するのオカシイって思うでしょ。(コミケ東京ディズニーランドいくためにその辺に住む友人宅に泊まったこととかないの?)それがSNSが発達して「友人」とか「知り合い」やら「謝礼」の境界曖昧になって、それを仲介するビジネスが始まって、既存旅館業法では対応できなくなっただけだよ。

問題はこのグレーゾーンをなぜかお役所じゃなくて一般市民までもが拡大解釈して「違法行為ふざけるな!」ってバッシングはじめる。頭おかしいよね。今後先進国で生まれるであろう新ビジネスって規定法律では想定してなかった分野でのビジネス比率が多いのに、そのグレーゾーンを「違法行為」なんてバッシングしてたら新しいビジネスなんて生まれるわけない。民泊だってうまくいけば普通一般人でも自宅の空き部屋を月に何回か民泊で使えば副収入つくれるっていう素敵なチャンスだったのに、今回の新法である程度の規模の事業者しかビジネス回せない仕組みにしちゃった。結局日本って既得権益マンセーな国で、金のない一般人もそれをなぜか望んでるってことだね。貧困層ネトウヨに走って自民党支持してるようなもんだな。

ほんと面白いね。こんなクソ規制作ったら正規ビジネス死滅して、届け出すら出さな闇民泊けが残って誰も得をしない世の中になるだけなのに。衰退する国ってやっぱ国民全員の脳が腐っていくんだね。

2018-02-17

民宿的な、一部屋に二階建てベッドが何個かあるパターンの宿だとわりと昔から男女の区別はなかった気がする

ベッドの上とか下の段に女子が寝てるとか、カーテンで区切られた隣の二段ベッドに女子が寝てるとかわりとあったか

それはそれで気になって眠りにくかったりする

2017-11-22

他人の家の布団が苦手だ

最近テレビで「他人のお母さんが握ったおにぎりが食べられない」とか「よその家で炊いたごはんが苦手」とか聞くけど、(有吉なんかがそうらしい)あれって潔癖と言うよりは恐怖症に近いと思うんだ。

他人の家」というテリトリー自分が踏み込んでるという恐怖。

私の場合ご飯はないけど、他人の家の寝具が苦手。

子供の頃、友達の家に遊びに行った時友達が干して取り込んだ布団にゴロゴロ転がって遊んでて、私もやろうよと言われたけど乗れなかった。

気持ち悪い、というよりは恐い。

なんていうか布団に上がるとアウェー感を覚えるんだ。

寝具でも段階があって、他人の家の寝具がでも綺麗にしてあるベッドならさほど嫌悪しなかった。

ぐちゃぐちゃでシーツを使い込んでるベッドはむり。

一番キツイのが使い込んでる毛布やタオルケット。一番肌に触れるからだと思う。

しつこいようだけど、臭いからだとか汗がついてるからだとかではない(少しはあるかもしれないけど)。

家族空気がそこに詰まってる気がするから

もちろん自分の布団は大好きだし(何ならこの記事布団から書いてるし)旅館ホテルの布団は当然余裕。

ただ、一度だけいかにも民家な民宿に泊まった時の、恐らく家族の使い古しであろう布団で寝た時はしんどかった。

何はともあれ自分ちの布団サイコー

2017-10-09

今朝は久々に楽しい夢を見られた

楽しいといってもそんな大したものじゃない

みんなで鄙びた観光地行って、その辺を意味もなく歩き回って、夜は民宿みたいなとこで雑魚寝

本当にどうでもいい夢なんだけど、見ていて満足感のある、とても幸せな夢だった

ただひとつ、夢を見ているはずの俺自身が、「いや現実の俺はこうじゃないだろ」って

ウザいツッコミ入れてくるの以外は

全くこれさえなければ完璧な夢だったのに

前にも何回かこんなことがあった

このくだらない自意識さえ夢の中で捨てられれば、100%楽しい夢を見ていられたのに

どうして俺の意識は俺の邪魔をするんだ

2017-10-05

https://anond.hatelabo.jp/20171005021318

金を払うとまずいのラインが上がる

例えば海辺民宿で水っぽいくたっとした解凍刺身が出てきたらまずいと思う

イタリアンで茹ですぎパスタママーのパスタソースかかったようなのが出てきたらマズイ二度と来るかと思う

家庭なら普通に食えるしまずいとは思わない

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