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2019-10-15

最近またトタン屋根新築の家が増えたな

正確にはトタンアルミニウムが少し加わっているからガバリウム鋼板と呼ぶべきなんだろうけれど。

瓦はもちろんスレートより軽いか地震に強いし、赤外線の反射率が高いらしいか冷房費も浮く。それでいて安価

欠点耐久性なのだろう。寿命30年と言われているらしいけれど30年後に張り替えるのだろうか。

anond:20191015070549

昔はまだトタン屋根に暮らす、絵に描いたような貧乏家族の子どもがクラスに何人かいてて、そういう子の話ね

2019-10-01

【OW】ロールキュー実装後の実態 とか

ロールキュー実装でやっとマトモな編成でできる!と喜んだのもつかの間。

マッチ時間があまりにも長すぎて人口が減っているのではないかと感じることが多い。

というのも、サポートを選んでも5分以上待機することがザラにあるからだ。始まったばかりのころはそんなに待つことはなかった。

タンク人口が圧倒的に少ない

タンクキューを入れている人もザリア専みたいな人が多い印象を受ける。ザリア取られたからしゃーなしでホッグです、みたいな感じ。メインタンク不在で始まることも少なくない。

今まではメインタンクがいる試合でも、実はその人がメインタンクをやりたいわけではなく編成上仕方なく選ぶような、空気を読める人がそれなりの数居たものと思われる。

希望制になればそんな聖人でもメインタンクから解放されてしまう。

結果、タンクキューを入れているのは「メインタンク絶対やらんけどサブタンクならするぞ」というような人の割合が増える。

救済案的にシグマが登場したものの、もともとメタになりそうだったメイやリーパー、シグマの登場によって完全に定着したシンメトラなど、天敵が跋扈している状況ではシグマ一本では厳しいが、変える先の候補であるハルトもオリーサも嫌だということで結局シグマで押し通すものの、ウルトタンクになって終わり。結果戦線が維持できずつまらない試合をすることになる。

で、タンクがきつすぎるからタンクメインの人たちも逃げ出してしまう。

逃げ出す先はダメージサポート。とは限らない。別ゲーに行く人も多いだろう。

ボックスダストで釣ろうとしているが、正直タンクを選ぶ動機にはなりえない。

それくらいダメージが強くてタンクがきつすぎる。手厚くヒールが入っても一瞬で体力が溶ける現状では、ほんとうに盾を張って耐えるだけの存在だ。そんなことやりたいマゾが多数居るはずがない。

いやまあそれがメインタンクであろうがゲーム性的に○○専がクソなのは言うまでもない。キューを入れるロールの8割くらいのキャラは使えないと話にならんと個人的には思っているが。

DPSデュオキチガイすぎる

そもそもの待機時間が長いダメージロールをデュオでやるにあたって二人で埋めようなんて発想が出てくる時点で相当なものであるが、それを実行するのがヤバイ

なので複数PTを組む時にDPS枠を二つとも空けると、そんなキチガイデュオを高確率で引くことになる。

実体験として言うが、DPSデュオは本当にやばいキャラセレじゃんけんもするつもりがないのに味方に文句ばかり言うようなやつばかりだ。そんなやつと頻繁にあたれば当然、サポート友達のためならと盾を持ってくれるような聖者も嫌気がさす。

悪貨が良貨を駆逐する、というやつだ。

えてして悪貨というのは知能が低い。そして知能指数が低い人間は一つのことに固執しがちだ。頭の悪い人間ほど娯楽の選択肢が少なく、ギャンブルにはまりやすいという研究結果も存在したはずだ。

(読んだ記憶があるが見つけられなかった。個人ブログ信憑性疑義がある上に主旨が異なるが一応残しておく。 「言語性知能が標準偏差分低くなるごとに、ギャンブル問題リスクが2倍になるhttps://higeoyaji.at.webry.info/201803/article_2.html」)

周りの人間にも「もっとまともになったら(まともな人間マッチングするようになったら/まともなマッチング時間で遊べるようになったら)またやろうと思う」といって離れた人が多く見られる。これによって過疎化が進むし、まともじゃない人間の方が残りがちなので、まともなマッチングが望みづらくなっていく。悪循環が発生している。

この解決策をいくつかブリザード提案したが、おそらく採用されないだろうし、忘備のために残しておこうと思う。

・BANの仕様を変える

現在の10分程度、ライバルプレイを選べないBANは全く意味がない。

わざとトロール行為を行うような人間は、アカウント複数持っているからだ。

アカウントロックを解除するために、反省文を提出しないといけないとか、bot撃ちを数時間しないといけないとか、とにかく面倒な手続き必要である方が良いだろう。

(IPBANは有効手段であるが、中国韓国ネットカフェ主体であることを考えるとなかなか難しいのかもしれない。)

モデレーターを設定する

現在通報システムをどのように処理しているかはわからないが、通報件数の多いプレイヤーに対し対応するスタイルであると推測している。嫌がらせや、主観的感情による通報が多すぎるだろうから仕方がないと言えるが、それでは通報件数が増えるまで多くのプレイヤーに不快な思いをさせることになる。

プレイヤー本人に知らせる必要はないだろうが、精度の高い通報を行う人を選定し、その人の通報に対して優先的に、迅速に対応するような体制があっても良いのではないか

2019-09-16

故郷を思い出したので自分語りしてみる。

ふと生まれ育った町の情景を夢で見て、多少思うところがあったので気持ちを書き留めようと思う。

静かな入り江からさな漁船が海の彼方へ消えゆくような、そんな夢だった。

最近よく見かける「田舎で非知識階層に囲まれて育ったけど、地元に馴染めずなんだかんだで都会に出てきて過去ホームタウンを思い返すたびに多少絶望する」という散文的な自分語りであることを先に断っておく。

ただの個人経験であり、エスノグラフィのようなものだと思って読んでもらえれば嬉しい。

この日記結論はこうだ。

かに東京人間想像することも出来ないような社会」が日本のどこかには必ずあって、学ばないことが規範と化して社会再生産されているということ。

自分東海地方の海沿いの寂れた漁師町に生まれた。

名古屋まで電車で1時間半以上、文化的施設といえば聞いたことのない演歌歌手がたまに来る小さな市民ホールと、小さな本屋が2軒あった。

2軒の本屋万引き被害額が大きすぎて自分が町を出た後に潰れた(跡地はセレモニーホールという名の葬式場になった)。

1時間に一本しか電車のこない駅から伸びるメーンストリートで今でも開いている店は、年金暮らし年寄り趣味でやっている畳屋と宝くじしか無かった。

街中でスーツ姿の人は見たことがほとんどなかったし、そもそも人が出歩いている記憶すらない。

家族母親と母方の祖母のみ。

高卒で一度も町からたことのない母親は、漁師相手にする場末スナックで働いて自分を育てた。

同じ町で漁師をしていた父親フィリピンパブ出会ったフィリピーナに入れ込んで、小学2年生くらいの頃に母親離婚した。

それより前には「キミの父親不倫をしているんだ」と小学校の同級生母親から聞かされた。

相手は近所に住んでいた太ったおばさんだったので、あんデブとなぜだろうとその時は疑問に思ったけどすぐに忘れた。

最後父親と会ったのは、父親が家を出て半年後くらいに小遣いをやるからと呼び出された紫煙で視界の悪い雀荘だったと記憶している。

その後は行方不明で、風の噂では今はマニラに住んでいるらしい。

こんな家庭環境は、東京自分が属するコミュニティでは聞かない。

なぜそんなことにわざわざ触れたかというと、自分の家庭は何も特別ではなく、周囲を見渡せば程度の差はあれどどこもそんなものだったから。

親が大卒同級生なんてクラスに1割も居たかという感じだったし、自分が通った地元中学校には200人くらい同級生が居たがそのうち大学に進んだのは20人くらい。

自分博士まで進んだが、マスターレベルですら聞いたことがない。

あとで詳しく触れるが、そもそも勉強をするとか考えること自体忌避するという一貫したスタイルがあらゆる局面通底していた。

さて、シングルマザーの家庭はクラスに3割は居たし、両親が揃っていても母親父親違いの兄弟姉妹が居るなんて話も珍しくない。

世代職業漁業水産加工町工場自動車修理で、小中学校教諭公務員の子息は格の違いを醸し出すスーパーエリートの家庭扱いだったし、家も小綺麗だった。

スーパーエリート以外は、トタンの壁が海風茶色く錆びて、汲み取り式のトイレから伸びる煙突の先がクルクル風で回っている文化住宅か、古民家カフェを思いきりボロボロにしたような都内なら廃屋だと思われるような家に住んでいた。

町工場に勤めている人たちで指が無くなったなんて話もよく聞いたし、どこそこの家が生活保護受給とかという話もよく聞いた。

クラスメートが学校を翌日休む理由が、その前に起こした暴力事件家裁に呼び出されているからとかもよくある話だった。

そんな彼らが余暇にすることといえば、スナックフィリピンパブギャンブルセックスくらいしか聞いた限り思いつかない。

かに、成人した兄がいる同級生の家に遊びに行った時には、真昼間から居間同級生の兄と派手な格好をした若い女性がセックスをしていたし、パチンコ屋には毎朝人が並んでいた。

ギャンブルパチンコ電話投票する競馬が主流だったが、甲子園の季節になると地元暴力団が元締めをする高校野球賭博流行っていた。

暴力団偽ブランド品も売りさばいていて、軽自動車スウェット姿だけど鞄は高級ブランド(偽物)という出で立ちの女性をよく見かけたものである

まぁこんな感じでつらつらと思いつくまま挙げてみたが、自分身の回りで溢れていたのは、キーワードでいえば貧困、性、暴力ギャンブルだった。

そもそも大人たちがそんなスタイルだったので、子供達も似たような社会フラクタル図形のように構成していた。

小学校の頃には駄菓子屋コンビニでの万引きが横行していて、後に刑務所に入るような子供たちはその時代からすでに盗んだタバコを吸って、やっぱり盗んだバイクに乗っていた。

暴走族(ゾク)に入って大人たちを殴ったり大怪我するほどのゾク同士の喧嘩をする中学生たちが小学生のヒーローで、ゲリ便が出る時のような音を撒き散らすバイクに皆憧れていた。

そんな時に暴力的な彼らは、異質な存在排除することが大好きで、異質とみなされた同級生は徹底的に排除された。

小学6年生のとき教室に入ったらメガネをかけている子が素っ裸で椅子に縛り付けられて頭にバケツを被らされていた。

メガネは弱いもの象徴で、勉強議論をするような人間排除対象だった。

文革かって感じ。

反対に、野球が上手いか、足が早いかケンカが強ければヒエラルキーの上部に君臨できる。

動物的に強弱を判別できることがそのままヒエラルキーの源となっていたし、意思合意感情とその時の雰囲気で決まっていた。

そして中学生になると、今度は成績が良い人が排除対象となる。

真夏に水を飲まずに走りこんで泣きながら試合に負ける部活に打ち込むことがすべてに勝り、もしくは非行に走ることがある種の中学生らしさであるというコンセンサスを伴って正当化されていた。

授業中には廊下自転車が走り、思い出した頃に校庭に暴走族野良犬があらわれる。

トイレにはタバコの吸い殻が落ちているし、たまに窓ガラスは割られていた。

教師はたまに殴られたり、殴り返したり、車を壊されたりしていた。

一方で登校している生徒にとっては、校則フーコーパノプティコンも真っ青な規律自動化させるもので、髪型男子坊主女子は肩まで。

他にも細かい校則がたくさんあって、破れば容赦無く教員から殴られる世界だったし、皆が一緒であることを望んでいたので、逸脱すれば容赦無く告げ口されていた。

校則を破らなくても、目立てば排除対象になりうるので、いつしか自分も誰かが見張っていると意識して、いかに溶け込むかを重視するようになっていた。

そして積極的に学んだり考えることが嘲笑対象であったので、そこでもやはりセックスしたことがあるかとか、バイク知識があるかとか、そういう分かりやす尺度ヒエラルキー構成されていた。

授業中に教師から指名されて小難しい答えを言ったり、発音記号通りに英単語発音しようものなら3日は真似をされてイジられるのは御多分に洩れず自分地元も同じだった。

テスト期間は早く帰れるので皆喜んで下校後に遊ぶレベル勉強に対する姿勢で、将来は男子工業高校女子商業高校に通ってそのあとのことは何も考えないのが一般的だった。

ここまでは自分ライブで触れた15歳くらいまでの環境の話で、せいぜい15年くらい前の話だ。

はっきり言えば、そのような環境はまっぴら御免だし、そんなところで自分の子供を育てたくはない。

ただ、地元の話は中々難しい問題はらんでいる。

ここからは冒頭に述べた「社会再生産」について触れたい。

さて、経緯は知らないが、自分幼稚園の頃にIQテストを受けた。

そのあとに、あなたの息子は知能指数が高いから相応の教育を受けさせてあげてくださいと園長先生から母親コメントをもらったらしい。

大学のことすらよく知らない専門学校卒の母親だったが、自分都内海外の全寮制の学校小学生のうちから預けようとした。

だが、当時の自分はこともあろうに泣き叫んで拒み、結局は地元に残ることを選んだ。

当時のことはよく覚えていて、理由友達と離れたくなかったから。

その時に知りうる限りの世界を取り上げられることに対する極端な不安が何よりも勝っていて、母親は息子の気持ちを優しくも汲み取って折れた。

ただ、結論からいえば、自分結果的に完全に故郷を捨てた。

小学校に上がった時、小1か小2くらいの頃から、本を読み始めた。その頃に三島由紀夫島崎藤村やら、古い作品から新しい作品まで縦横無尽に慣れ親しんだ。

早朝に登校して空いた時間や、ジャンケンで負けて押し付けられた図書委員時間図書室でひたすら本を読んだ。

そのうちに、自分生活する社会根本的に異なる社会、つまり学び、考えることが重要であるという社会存在することを知った。

哲学思想系の本はもちろんのこと、西洋美術画集建築写真集に心を揺さぶられたし、マーラーCDを初めて聞いた時の感動は死ぬまで忘れないと思う。

めちゃイケを好むふりをして、自分加藤周一の羊の歌に感銘を受けて、とりあえず東大に行こうと中学の頃には考えていた。

そして周囲に迎合しつつも高校に進んだ。いわゆる地方公立トップ校だった。

他にも理由はあったと思うが、中3の時には成績が良いという理由ものを隠されたり上履きにガムが入っていたこともあった。

通っていた高校地元から電車を乗り継いで1時間は掛かる。

入学から1ヶ月もしないうちに、明らかに新たな社会社会階層自分は組み込まれたと自覚した。

同級生の親の職業は、医者弁護士会計士大企業社員ばかりだった。

誕生日には名古屋デパートの上層階のレストランだったり、どこぞで伊勢海老を食べるだのとそんな話もたまに聞いた(成金的な家はあまり無かったけど)。

彼らの親は旧帝国大学出身はざらにいたし、兄が東大、今はオックスフォード留学中とかそんな話も当たり前にあった。

幼い頃からピアノバイオリン書道バレエスイミングなんかをやっているのがマジョリティだったし、週末に美術館やコンサートホールに足を運んだという話も決してレアな話ではなかった。

彼らと出会ってとかく感動したのは、好きだった本や芸術の話を初めてリアル人間とできたことだった。

そして何より彼らは、自身解釈や、見解を示してくれたし、自分のくだらない議論にも向き合ってくれた。

もちろん性やギャンブル暴力ワンピースの話もたまにはあったが、それ自体享受するだけでなく、思考対象としても話題を取り上げることががあった。

高校以来、自分は学び、思考する人しか存在しないかのように振る舞う社会に身を置き続けている。

今にして思えば、もっと早く外の世界に出た方が良かったのではと素直に思う。

ただ、当時の自分には、その選択肢はなかった。

なぜなら、受動的に与えられたその社会自分のすべてだったから。

母親母親であるように、生まれ育った社会は生まれ育った社会であって、代替がきかない。

自分たまたま自分が立っていた社会と違う社会を知りうるきっかけを子供の頃に得たから今があるのであって、その機を逃せば一生地元に居ただろう。

なぜなら、考えることや知ることを拒むことが規範となる社会では、外の世界があるということ自体を知りようがないのだから

自分は考えることも、こうして頭の整理をすることも好きだ。

パチンコ新台や、友達奥さん不倫をして旦那相手と殴り合いの喧嘩をしたとか、そういう動物的な話題を「それ自体」をただ消費する社会に少なくとも自分は興味がない。

もちろん、そういった社会自分経験したような)を否定する理由はどこにもない。

ただ、自分故郷を捨てたように、その社会に残るのは、その社会適応しきった人々である

有り体にいえば、将来の選択肢存在すら意識できないのが自分体験した社会であり、どのような選択肢があるのか獲得しようする営みそのもの封建的否定される強い構造を伴っている。

からこそ、自分田舎はいつまでも同じ姿を留めることに成功しているのだと思う。

もちろん、その社会自体が恐ろしいぬるま湯であり、外には異なる社会存在することを予期している人も稀にはいることだろう。

幼い息子を外の世界に出そうと考えた母がそうだったように、おそらくそれに気付いた時に自身好転させるにはあまりにも遅い場合が大半である自分は思う。

そして、自分は今更何があったとしても、地元の彼らと交流することはできないし、するつもりは一切ない。

それくらいに共通言語がもはや異なっている。

母はもう二度と戻ってくるな、お前の居場所はもうここにはないと電話口でことあるごとに言う。

一方で、開成筑駒から東大に進んだ都内組は何も捨てることなく、安定的自分が望んだ社会享受してその上に今も生活を営んでいる。

それは誰でもそうであるように、最後最後に拠り所となり得る自らの地域的なアイデンティティをきちんと持っているということである

自分依拠すべき地域地元)を自己実現と引き換えに失ったのであって、願わくば我が子には地元を与えるか、もしくは地元がなかったとしてもサバルタンとなり得ない思想的な土台を築いて欲しいものである

そして同時に、自らの強みは故郷がない事であり、海外に出ることも辺境の地に赴くことも、自分さえ許せば可能となり得る。

今朝の夢に現れた、小さな漁船はきっと自分自身だったのであろう。

2019-08-18

夢の話

私が通っていた大学は山の上にあり、そこは学校からの帰り道の坂を下ったところにある倉庫だ。

倉庫はいっても立派なものではなく、トタンで覆われた錆びだらけの田舎農家の庭の脇に置かれている

ような小さな倉庫である

その倉庫一角を私が借りていてそこには家具・・・思い出の家具が置かれていた。

家具の一つを開けるとそこには母の遺品があり他人のものではなくうちのものだと確信安心した。

これも片付けなけきゃな。

観音開きの衣装棚を開けるとそこには私の過去に使った教科書が少し残っていた。

一緒にそこをのぞき込むものがいる。

野球少年の子供だ。子供だといってもすでに私よりも体格はでかい

この教科書が欲しいのか?子供かぶりを振るがそれを私は子供の照れとみて

教科書を次々と広げていく、この音楽教科書が欲しいのか?子供が持つ教科書と比べ

当時の内容と比べまったく違うことを確認する。もう二十年以上の前のことだ。

本当に欲しいのかを確認してやろうと子供と話していると

住職が現れた。住職はこの倉庫の持ち主と懇意にしていてこの倉庫管理もしている。

私は住職を見るとうれしくなり母の話をしようと思ったが、住職に話を切り出す前に彼が挨拶をはじめ

矢継ぎ早に今年のクリスマスに来なかった私をなじった。

他人勘違いしているのであろう私はクリスマス住職には会ったことはないのに。

ひとまず、他人勘違いしていることを住職に告げ、次に母の遺品の家具をもうこの倉庫から片付ける

ことを伝えた。この家具を車に載せて実家に押し込めるのは面倒だと考えたところで目が覚めた。

2019-06-07

[] #74-11「ガクドー」

≪ 前

からあってないような気力で来たものの、俺と弟は少し憂鬱になっていた。

ハテナ学童は、もう完全に自分たちから離れている。

とはいえ、うっすら分かっていたことだし、大して気落ちはしない。

強い後悔や未練を感じるほどの場所でもないのだから

それに、ここに来た理由はもう一つある。

なんなら、こっちがメインといってもいい。

そう、あの駄菓子屋だ。

「あ、マスダも来たんだ」

「もう来ないかと思ったぞ」

駄菓子屋の前に着くと、そこにはウサクとタイナイがいた。

「ワイは来ると思っとったで」

少し意外だったのは、カン先輩もいたことだ。

カン先輩も来てたんですか」

引越し手伝いの“ついで”や」

なんとなく察しがついた。

今の俺たちにとって、この駄菓子屋は“わざわざ”行かなければ辿り着けない場所だ。

かといって、わざわざ行くようなものでもない。

から“ついで”の理由が欲しかったんだ。

かくいう俺たちもそうだったから分かる。

「ふん、どっちが“ついで”なんだか」

お互い様やろウサク。それに、自分らも“これ”が気がかりで来たクチやんか」

カン先輩たちの手にはタコせんがあった。

しか普通タコせんではなく、タコ焼きの入った「真・タコせん」だ。

どうやら、みんな考えることは同じらしい。

早速、俺たちも頼むことにした。

「オバチャン、タコせん頂戴。タコ焼き入りね」

はいよ、今日は随分と売れるねえ」

オバチャンが慣れた手つきでせんべいを取り出し、ソースを塗りたくっていく。

ガキの頃に見た光景と同じだ。

違うのは、その過程タコ焼きを乗せ、もう一枚のせんべいで挟み込むという工程が入っていること。

「ほい、200円。こぼさないよう気をつけな」

弟は小躍りしながら真・タコせんを受け取った。

欲しくても手が出せなかったが、今じゃその安さに驚くほどだ。

世の中はモノの値段が全体的に上がっていると聞くが、それでもなお安いと感じる。

「これが真のタコせんかあ」

俺も食べ物を前に、ここ数年で最も気持ちが高揚していた気がする。

いただきます」なんて省略だ。

俺たちはすぐさまタコせんを頬張った。

「……うん」

「まあ、美味い……」

しかし、俺たちの憧れは儚かった。

美味いのは間違いない。

少なくとも不味くないのは確かだ。

せんべいタコ焼きの相性も悪くないが良くもない。

問題は味のクドさであり、半分も食べたあたりになると少し飽きてくる。

あと、サンドしているにも関わらず、思っていたより食べにくい。

せんべい割れないようにしつつ、揚げ玉などがこぼれないよう食べるのに気を使う。

それに、タコ焼きを抜きにしても気になることはもう一つあった。

「ねーなんかタコせんの材料変えた?」

「あー、それワイも思た」

どうやらカン先輩たちも同じことを感じていたらしい。

なんだか以前と味が変わっている。

せんべいなのか、ソースなのか、マヨネーズなのか、揚げ玉なのかは分からないが、とにかく何かが違う気がしたんだ。

「ずっと同じだよ。せんべいトッピングも全部市販のやつだし、ここ数年で味を変えたって話も聞かない」

「本当に? 実はこっそり変えたとかじゃなく?」

「仮にちょっと変わったとして、それが分かるほどアンタらの舌は繊細なのかい。ましてや久々に来たくせに」

オバチャンにそう返されると、俺たちに反論余地はない。

まり、俺たちの記憶いか、味覚が変わったってことなのだろう。

昔の記憶にすがるほどの思い入れはないが、そのギャップ差に軽くショックを受けた。

「ま、ちっちゃいの頃の憧れなんて、そんなモンなんやろうな」

カン先輩はそう呟きながら、駄菓子の封を開けていた。

あの、当たりつきの奴だ。

カン先輩、それって……」

「知っとるか、マスダ。駄菓子の当たる確率は、全て数パーセント以内と決まっとるらしい」

「はあ、そうなんですか」

「つまり週一でこの菓子を数個買ったとしても、当たりにはまず巡りあえないわけや。巡りあえたとして、その程度の確率では総合的なコスパイマイチ。あの頃のワイは、この菓子にまんまと踊らされてたっちゅうこっちゃ」

こちらの言いたいことを知ってか知らずか、カン先輩は流暢に語りだす。

まさか、わざわざ調べたのだろうか。

それほどまでに当たらなかったの根に持っていたのか。

「そこまで分かっているのに、また買うんですね」

「言いたいのはな、こういうのは当たるとかハズレるとか前提で買うもんちゃうってことや……ちっ」

そう達観したようなこと言いながら、先輩は微かに舌を鳴らした。

どうやらハズレだったらしい。

「『無欲になれば当たりやすくなる』って本に書いとったのに」

「それ、ロクな本じゃないですよ」


学童所に戻ると、引越しの準備もいよいよ大詰めだった。

ハテナ学童』と書かれたトタン看板が、今まさに取り外されようとしている。

あの駄菓子屋も、そう遠くないうちにこうなるのだろうか。

「“終わりの始まり”……か」

ウサクが言うには、学童での決まりも近年で色々と変わったらしい。

ハテナ学童がなくなるのは、そのあおりもあったのだろう。

「正直、こうやって看板が降ろされるのを見ても、なんだかあまり感慨深くないんだ。上手く言えないけど」

タイナイはそう呟く。

えこそしないが、俺も同じだ。

この時の気持ちをありきたりな是非で語るのは陳腐的外れに思えた。

酷い思い出があったってわけでも、良い思い出がなかったってわけでもない。

だけど今の俺たちはノスタルジーに浸れるほど大人じゃない。

かといって、タコせんにハシャげるほど子供でもなくなった。

宙ぶらりんのような状態だ。

ちゅーぶらりん……チュー……。

「そういえばタイナイ、せっかく来たのにあれは食わないのか。『チューチュー』とかいうの」

「ああ、あれね……僕がいつも食べてたメーカーのは、もうないらしいんだ」

「そうなのか、それは……残念だな」

「似たような商品はあるし、それほど残念でもないよ。売ってないのを知った時も“あ~、そうなんだあ”って感じだったし」

強がりではなく、本心からそう言っているのだろう。

ハテナ学童がなくなるのと同じで、案外そういうものなのかもしれない。

結局のところ俺たちができるのは、漫然と“そういうものがあった”って覚えておく位だ。

やばい兄貴……こぼれる」

弟はというと、ボロボロに崩れたタコせんをどう食べるかで未だ苦戦していた。

(おわり)

2019-04-13

OWにおけるメダルに隠された意味

・俺ダメ金だしwww 俺キル金だしwww

地雷申告

 

 

ダメは多い(金)なのにキルが少ない

敵のヒーラーのウルトタンクになっている

 

 

・モイラのキル金+ヒール

イラ攻撃している間はヒールできない。

さらヒールにはサブアタックにおける自己ヒールも含んでいるので

味方のヒールを十分にしていない可能性が高い

(もちろんきちんと仕事をこなしている場合もある)

 

 

ロードホッグのヒール

敵のウルトタンクになっている

 

 

・D.Vaのキル金

遠方からの豆鉄砲カウントされがちなので

本当にキルしているとは限らない

 

 

ラインハルトダメ金 キル金

状況によっては暴れることになるが、基本的には仕事は盾を張ることだ。

お前の後ろで味方がどんどん死んでるんじゃないか

2019-03-05

津波

津波は波と書くけど、サーフィンの波のようなものが来る訳ではなかった。

すごいスピード土地全体の水位が海の方から上がって行く感覚

怖いのは水で溺れる事じゃ無い。

海岸から巻き込んできた瓦礫や倒木、ガラス鉄板トタンコンクリが、ものすごい勢いで動きながら自分にぶつかって来る事。シュレッダーみたいになっていた。

身が引き裂かれる。刺さる。恐怖。

映画ドラマアニメーション。どれも。津波はただのBIGWAVEとして描いてある。

「さっきのシーン、巻き込んだ車や街頭、雑多なもの質量が足されてないし、津波ってこんな風に来ないよね。足元に水が来たと思ったら目の前に瓦礫や残骸の塊が押し寄せるのが津波だよね。」

と思いながら、パニック映画を冷ややかに見る。

さっきまで動いていた車が津波に流されたのを見たときのショックと涙は忘れない。運転手は生きてないだろう。

忘れてはいけない。

2019-01-31

anond:20190131144250

あとミノフスキークラフト実用化されてる設定を踏まえてプロペラトタンクを設けるやつは何を考えているのかだれか付け足しておいてくれ

2018-12-29

思い出したことと考えたこ

母の実家はにわとりだかうこっけいを飼っている鳥小屋があった。

ベニヤ板トタンと金網で出来た本当に簡単ものだったし、多分今入ればとても狭く感じるのだろうけれど、当時はそれこそ年齢が2桁に到達すらしていなかったので、秘密基地のような感じがしていた。

もちろんその秘密基地には私にとてつもない威嚇をしてくる鳥たちがいたから、私は鳥小屋に近づくことこそすれど中に入るのは祖父母が餌をあげに行く時か、本当に早起きできた朝の卵を取りに行く時だけだった。

私が小学校低学年の頃、祖父が癌がもとで亡くなった。

タバコお酒も揚げ物も大好きで、癌になってしまう条件は揃っていたし、さらに彼は病院が大嫌いだった。検査で癌が見つかった時には恐らくもう手遅れで、入院緩和ケアのためだったのだろうと今は思う。

私が上座に座っている祖父の膝に上がると、よく煙を円の形に吐き出してみせてくれた。私は優しくて楽しい祖父が大好きだった。

祖父が亡くなったあと、正月葬式か月命日か覚えていないけれど、祖母毎日行っていた鳥小屋に行かないのに気が付いた。私は寒くてほとんど家から出ていなかったから、鳥小屋には行っていなかった。

祖母に「卵は?」と聞くと、彼女は「鳥は野良犬に食べられちゃったんだよ」と言った。

初めはひどい野良犬!と憤慨していたが、鳥小屋には鍵が必ずかかっていたし、特に鳥小屋に壊れているところも見つからなかった。けれど特に祖母を疑う理由も見当たらなかったのでその時はそれでなあなあになってしまった。

本当に野良犬侵入されて食べられたのか、どこかに貰われて行ったのか、それとも、いつかの私たちご飯になったのか。今さら聞くことでもないから聞けずにいる。

でも多分あの時の祖母にとって鳥小屋の鳥が消えたこはいいことだったのだと思う。

ただでさえ祖父に遺された家や田畑祖母の手に余っていた。卵代が浮くとはいえ餌代もバカにならなかったであろうそれらは、祖母がひとりでの生活を固めていくには負担が大きかったのだろう。

そんなことを出勤中に通りかかる家にある鳥小屋を見て思った。今はその小屋の中にいるのがうこっけいだと認識できる。

2018-12-27

高度成長期日本の状況

ハワイが一生に一度いけるかどうかの夢の国

パイナップル缶詰がぜいたく品

うなぎマグロ牛肉庶民の口にはめったに入らない

お菓子といえば、焼き米、かきもち

・川は公害で真緑色、海は赤潮赤色背骨がグネグネの魚が取れる

・発がん物質DDTを頭からぶっかけ。今は使えない危険農薬も使いまくり

公害病が各地で大発生交通戦争受験戦争

バリアフリーなんかなく、障害者になったら一生病院か蔵の中

中共気違いがぼかすか原爆空間実験をしていたから雨に濡れると頭が禿ると親に叱られた

・人さらいが横行してたから5時過ぎまで外で遊んでると「サーカスに売られてしまうから」という理由で親に殴られた

・どぶ川はメッキ工場の青酸廃液できれいなエメラルド色がデフォ

ソーセージ工場からは肉の生残滓ものすごい蒸気とともに排出されて即腐敗

・とにかく街中工場排煙とドブ泥、腐敗臭が満ちていた

クラスに2-3人は小児喘息をかかえた同級生がいた

ジュースの素はなぜか陽の光に当てると色が消えた

電車に乗ると超汗臭いオヤジが必ずひとりは乗ってた

・はしけから通っている水上生活者同級生がいた

上野不忍池の畔にはぼったくり屋台おでん屋がいた

大人ヤクザが怖くて馴染の店以外は夜飲みに行けなかった

川崎球場ガラスでできた1合瓶が後ろから飛んできて普通サラリーマンが殺し合いのけんかをしていた

・おとなは戦争で人を殺した経験があるやつがうようよいたからけんかはいつも殺し合いのようだった

集団予防接種の針は使い回し

ビルの基礎工事で昼間は杭打ち機が一日中コーンコーン

台風が近付くと大概は停電もセットで発生

国鉄はほぼ毎年ストライキ運休する日があった

ほとんどの家は木造平屋、プロパントタン屋根も非常に多い

下水がないので、バキュームカーというウンコ収集車が定期的に来る

空き地が多く、危険薬品や資材などが雨ざらしなってて子供がそこで面白がって遊んでた

・野犬がうろうろしていて襲い掛かってくる

5chみてたら書かれてたのを張り付けただけなんだが

未来が輝いてたあの頃の日本の実際のところと

今の日本とどっちが幸せなんだろうと考えてしまった

2018-11-23

anond:20181123112615

しかにな。勤労って言葉自体文科省しかつかってない古語だろ。

世界をより良きものにしようとしているあらゆる存在感謝」とかにしていいと思うんだが

ヘイトって言葉で主張しはじめるとトタンにヒガミくささ、戦士くささが鼻につくからやめれば。

戦士は「世界をより(自分の都合の)良きものにしようとしてる」から自分こそ褒め称えられるべきと勘違いちゃうもんな。

となるとやっぱり正しい行動に出て報酬もらっている勤労か。

2018-09-05

台風がやってきて

台風がやってきて、隣の駐車場トタン屋根面白いように飛びまくってて、うわーやべーなー、こっちに飛んできたらやだなーとか思ってみてたら、駐車場挟んだ向かいマンションからも同じように駐車場を見ている人たちがいて、その中にめっちゃかわいい女性がいて、部屋の中だからかめっちゃ薄着で、マイ・リトル・タイフーンも猛威をふるいそうになったよ

突風が吹いた途端トタンが飛んで行った

やーねー

2018-09-04

自分関東に住んでて親は地元である関西にいるんだけど

心配で母に電話したら風で飛び立った屋根トタンを片付けてたら手をザックリ切ったらしい…

もう歳だし父は寝たきりだから何もできないし

関東に越して欲しいって言ってもなかなか決心つかないみたいだけど

こういう時心配だしその怪我起因で大きな病気かになったら困る

かと言って仕事辞めて帰るのも…うーん……悩ましい

2018-08-24

ボロボロ公営住宅に住む人

お盆田舎ドライブしたのだけど、信号待ちで少し衝撃的な住宅団地を見た。屋根コンクリート瓦で、外壁は錆びたトタン木造の戸箱、汲み取り式トイレ煙突が基礎のマンホールから出ていて、築50年はたってそうなボロ屋の1階建てが、10軒くらい並んでいるのだけど、うち2軒には人が住んでいるようだった。とても人が住めるような住宅には見えないのだけど、これは健康で文化的な最低限度の生活と言っていいのだろうか。ここに住んでいる人はそれで満足なんだろうか、役所の人はこれで問題ないと思っているのか、地元議員は、などと思っていたら信号が青になって走り出した。住んでいるのはきっと老人なのだろう。建て替え交渉が難しいのかもしれない。予算がないのだとしたら将来はどうなるのかと、少し心配になった。

2018-06-07

キングコング西野を見て悲しくなった

3億円募金で見事に炎上した西野。俺は彼を見ていると悲しい気持ちになる。

10年前のM-1グランプリ2007。結局3位で優勝できなかった西野は終わった後泣いてた。俺もDVD見てちょっと泣いた。

本当に笑いに対して熱い男なんだと" あの時は "思ってた。今や漫才熱は完全に冷め切ったように見える。

ただ、他の炎上芸人と違って俺はまだ西野で笑ってた。そう。「ゴットタンである

すっかりイジられ芸を確立させてしまった西野をゴットタンは見事に、というか劇団ひとりが見事に料理していた。見事に服をビリビリにしていた。

ももう笑えない。今回の事件でもう笑えない。

皆は考えたことないと思うが、順当にお笑いをやっていれば3億円を稼げる男だと思う。たとえ吉本だとしてもだ。

ただ紆余曲折があまりにも捻じ曲がった所に着地してしまって反吐が出るような3流以下タレントに成り下がってしまった。

一番悲しいのが「募金しない奴は下衆」の部分。

この言葉、どれぐらい本心か分からないが、読者を煽るために付け足したとしか思えない。

すっかり炎上商売人になった元芸人西野

彼のことを思いながら僕はレジ横の緑の箱に100円玉を入れた。

2017-11-08

anond:20171107005822

のび太の特技はあやとりであると言う設定は昭和のほの暗さを明かしだてていると言う事実のび太はきっとセーターの穴からほつれた毛糸からマッチ売りの少女よろしく世界を出現させようとしていたのだと言う事実タイムマシーンのあるトタン染みた学習机にはほつれた毛糸の時の輪が張れない蜘蛛のように赤点の落第を形成

2017-09-20

破産様になってすいよう

まずは根と会うためにラケットを買ってくれ。コートに入るためのポケットだ。四次元はない。根の前にはぐれた龍すべてを氷河期する。

根は冬に見合う様々な穴を蔓延る。起源仮定、いつまでだって没。死に方がわからなければ重なりに震えよう。ときトラックが立ちはだかるかもしれないが、自販機ならボッチでいられると青ざめている。

黒潮マグロ暖流で支払う。きっとあなたは成長したハマチサザエを持ち、田舎に立つ喜びに泣き咽ることだろう。多くの魚をこなせば、浜で自炊することも、弓の合う鳥とゾウリムシを求め旅立つこともできるようになる。少しだけ死んでくれ。

根はあらゆるゾーン存在する。あるときは糞便のコーン畑、あるときは如雨露蜘蛛のふところ、またあるときトタン屋根の錆として。さあ、落人の時間だ。自販機とのが待ち遠しい。根が自販機のご破産様になってすいよう。

2017-06-21

W不倫してる不倫相手離婚ちゃうトタンに面倒になる

向こうも結婚しているから、こちらも遊びでいいのだけど、向こうが独身なっちゃうとなんだかリアルなっちゃって。

こちらは家庭壊してまで向こうと添い遂げる気もないのだけど、向こうからすると何かの順位第一位に据えられてしまったりして。

頼られても困るのだけど、夜に不安だとかさみしいとか電話がかかってくる。

口で、こちらは離婚する気ないからね、と念押しするんだけど、それでもいいと言うその目がどう好意的解釈したって危ない光をたたえていたりする。

からってフェードアウトして連絡を全部無視しても自爆されたりすると厄介だから、一気に切ることもできず、たまに会ってセックスして、それでいて向こうの順位第一位が他の人になるのをなんとなく待ちながらズルズルと甘くてさめかけた関係を続けていく。

まあ、こちらの白けた雰囲気は伝わって、だんだん向こうも冷めてはいくんだけど、並行して新しい不倫相手を探すために既婚者にあたりを付けながら、再婚した前の不倫相手にも連絡を取ってみたりして、たぶん世界自分は6:4で自分のほうが悪いのだろうと思いながら、子供たちの成長も期待している。

こうして欝々として文章をつづるのも、きっと四割方、悪い世界のせいなのだ

という妄想

2017-01-05

ボロボロの一階建て住宅

田舎には少なくて、地方都市には多い印象。

プロパンガスと汲み取り式トイレ煙突

屋根コンクリート瓦、外壁は日焼けした木材と錆びたトタン

住人はいるらしいが見たことない。

誰が住んでるのだろう。

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