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2020-06-27

anond:20200627193046

不思議でも何でもない。猿にボタンを与えると、

 (1)ボタンを押すと「全く」何も出ない → すぐに飽きる。

 (2)ボタンを押すと「必ず」エサが出る → すぐに飽きる。腹が減ったときだけ押すようになる。

 (3)ボタンを押すと「ランダムで」エサが出る → 狂ったように押し続けてそのうちエサを食うのも忘れて押し続ける……

…となることが知られている。射幸心を煽るというのはそういうことで、本能に訴える。だから過剰なものには法的な規制がかかるのよ。ガチャは、報酬価値ゲームをやってる人間しか実感できないようなものにすることで、過剰な期待感煽りながらも規制されないというかなり際どいところを攻めてる。(簡単に言えば、普通は賭け金に対して報酬がだいたい5倍を超えると過剰に射幸心を煽るとして規制されるんだよ。ゲーセンクレーンとかはそんな感じ。でも、RMTないゲームガチャの景品報酬価値って、ゲームやってる奴には軽く100倍くらいの期待感じゃね? でもその「価値」は金銭に交換できないから、規制もしようがないんだよね。)だから、出現率不正とかしなくてもガチャにはまるやつはどうせはまる。

から、いつか社会問題になって規制が入るまで、当分ガチャ無双は続くだろう。そりゃゲーム会社儲かって仕方ないだろ。

2020-06-18

ASD診断出そう

2歳半息子。目は合うし笑うし反対のバイバイはしないしクレーンはたまにするけど場面転換も苦手っぽいけど言葉殆ど出てないけどまあ2歳児だしそんなもんでは?っつってたら普通に診断出そうでスッとじゃあお母さん療育デイサービス行ってみようかみたいな。目、合ってないんだって。そうですか合ってると思ってました。そもそも私が目が合うをわかってない。

そっかー。

新しいことで見通しが立たないのが落ち着かなくて今色々ググったりここに書いたりしている。どうなるんだろなー。

アトピーときよりもソワソワしている自分失望しているよ。やることは一緒だのにねえ。

2020-01-29

anond:20200129110904

道路工事おじさんがつかってる、アスファルトを均す(ならす)奴とか

コンクリを砕く電動工具と同じような運動量筋肉で叩きだす、

異世界オーガ

フォークリフトと同等の力のトロール

走るダンプカーと同等のエント

破砕レッキングボールクレーンと同等のジャイアント

みたいな感じなんじゃね

2020-01-04

私と、FtM親友のはなし

私(シス女性ヘテロ)にはFtM親友がいる。これから、私から見たその親友について、彼と初めて出会ったときから順番に時系列で書いてみようと思う。

この記事を書こうと思ったのは、ツイッターネットには、ジェンダーについていろんな意見が飛び交っているけれど、LGBT(この言い方は性自認と肉体の問題であるトランスを性志向問題であるLGBと一緒くたにしていてあまり良い言い方ではないと思うが)の当事者ヘテロの人との関わりについて、ヘテロから書いた記事が少ないなあと思い、そういう視点からの話があったら何かしらの意義はあるかもしれないと思ったかである

最初に断っておくが、私は「性別なんて結局関係なくて全ては人間同士の問題だ」といった浅はかな話を伝えたいわけではない。私の親友現在進行形社会トランスジェンダーの人々への不理解不寛容による様々な不利益を被っている。そのような不利益はなるべく早くこの世から無くすべきだし、そのためには多くの人々がジェンダーにまつわる問題自分事として、リアルに考えられるようになることが必要である。そのために、この記事が少しでも世の中のジェンダーにまつわる問題考える人の参考になったら幸いである。

↓以下自分語り↓

私(シス女性ヘテロ)にはFtM親友がいる。

彼とは中学出会ったけれど、初めて出会たこからしばらくは彼はまだ「彼女」として生きていた。お堅い私立女子校に入った割には少しやんちゃタイプで、4月早々の初めて一緒に帰った日に寄り道禁止校則を破って一人で新宿電車を降りようとした私に、彼女は「面白そう!」と言って付いてきてくれた。

一緒に帰ってる子がいるのに勝手に寄り道しようとするところから察せられると思うが、当時の私は集団行動がとにかく苦手だった。あと、謎のプロフィールカードを回して(書くのが地味にめんどくさい)、趣味とか性格とかをやたらと自己開示して同じ雰囲気の人同士で固まっていく、女子特有のあの謎の雰囲気にも全然なじめなくて、あんまり友達ができてなかった。彼女は一緒にいても無理に私のことを聞き出したり、自分のことを話したりもしなくて、そういうサッパリしたところがすごく楽で私たちはすぐに意気投合した。

毎日一緒に新宿で降りてその日のノリで無意味アルタとか世界堂とかを気が済むまで一緒にぶらついた。私は可愛いアクセとか服とかをよく買ったけど、彼女は最新のごついボールペンとか、銀粘土という私が知らない謎の粘土(それを使ってクロムハーツっぽいかっこいい系のシルバーアクセを作っていた)とかを買っていた。お金がない日はパックのジュースコンビニで買って地元駅のベンチで座ってずっとだらだらどうでもいいことを喋っていた。彼女も私もあんまり家に帰りたくないタイプだったので、無意味に夜の9時くらいまでベンチで喋っていた記憶とかあるけど、何をしゃべっていたのか全然思い出せない。多分最近やったおすすめゲームとかそういう他愛もないどうでもいい話をずっとしていたんだろうと思う。中二の頃は二人してゲーセン通いにハマって、大金をつぎ込んでハウスオブザデッドをラストまでクリアしたり(金の無駄すぎる)、夏休みを全てクイズマジックアカデミーに溶かしたりした。マジアカに関しては昔は1クレで2回遊べるような気前のいい設定のゲーセン結構あって、二人で交互にお金を出すと1000円もかからずに一日中遊べた。答えるジャンル彼女理系学問歴史担当で、私はアニメゲーム芸能担当だった。あと彼女クレーンゲームを一度やると取れるまで諦められないという悪癖があり、月のお小遣いを一瞬で溶かしてどうでもいい景品を取ったりしていた。いつだったか彼女クレーンで私のために戦国BASARA伊達政宗フィギュアを取ってプレゼントしてくれた時はすごくうれしかった。

中学二年生できっちり中二病になった私が突然ロリータに目覚めてピンクのフリフリドレスを着だしたときも、「似合ってるしいいんじゃね」の一言でそれ以上特に何も突っ込んでこなくて、その雑さがかえって楽でありがたかった。

とまあとにかくこんな感じで彼女と遊ぶのはとても楽しかったけれど、仲良くなるにつれてだんだんと、そして確信的に、私は彼女が他の「女の子」とはどこかが違うということを感じつつあった。何が違うのかはまだはっきりとはわからなかったけど、とにかく彼女は他の女の子と何かが決定的に違っていて、そして、違っているからこそこんなに気が合うんだろうなあと漠然と思っていた。

中学二年の終わりごろのある日、彼女が急に長かった髪をバッサリ切って学校にやってきた。私服服装も、ワンピースカーディガンみたいな感じからTシャツジーパンみたいな男の子っぽい服装に変えた。他の子は「すごい大胆にイメチェンしたね~!」とか言ってたけど、私は彼女のそれが「イメチェン」なんかじゃ絶対ないことが何となく分かっていた。自分性別についてとか、そういう話を彼女したことは無かったけど、その時は漠然と「多分彼女本来自分の姿に戻ろうとしてるいるんだろう」と思った。私がロリータを着だしたとき、「うちのお母さん宝塚とか好きだからさ、そういうの着て欲しそうにするんだけど、嫌なんだよね。」とポツリと言っていたことを、何となく思い出した。髪の毛は、お母さんはもったいないから切るのやめなよ!そんなに短くしたら男の子みたいだよ!って言って反対したらしいけど、自分勝手美容室に行って切ったと言っていた。「そっちのほうがしっくりくるじゃん!」って彼女に伝えた。

中三の頃から、お母さんとの折り合いが悪いとかで、彼女の元気がない日が多くなっていった。私はそういうことに無理に相談に乗ろうとするタイプじゃなかったし、彼女も多分それを望んでないだろうと思ったので、元気がない日はとりあえず一緒に遊んで、彼女が家に帰らずに済むようになるべく長い時間一緒にいるようにした。ジョナサンドリンクバーで追い出されるまで粘って、彼女が授業を休んだ分を一緒に勉強したりした(完璧に教えられるほど私が頭が良くなかったのは申し訳なかった)。一緒に夜遅くまでいると彼女携帯にお母さんからしょっちゅう電話がかかってきていたけど、そうなると彼女携帯の電源を切っていた。確か彼女携帯ストラップも何もついていない、青いシンプルソニーのやつだった。

高校生になると、彼女だんだん学校に来なくなる日が増えた。学校になじめないとかそういうことじゃなくて、多分、彼女が「彼女」でいることが限界を迎えつつあったんだと思う。たまに学校に来られる日はむしろ楽しそうにしていたし、学校はすごく楽しい全然嫌じゃないって言っていた。今にして思えば、女子校性別が一つの空間だったから、自分男の子に対する女の子だっていうことをことさらに考える必要が逆に無くて、彼女を苦しめる色んなものから解放される場所だったんだと思う。

けど、そういうことを彼女のお母さんはどうやら絶対にわかってくれないようだった。学校先生も「何でいじめもないのに来ないんだ」って感じだったし、周りの大人は誰もかもが、何か彼女根本的な何かを理解してなさそうだった。私もその時はまだはっきりと彼女の苦しみを理解できていたわけではないけど、ただの思春期の悩みとか親子関係もつれとかではないだろうことはぼんやりと感じていたし、そして多分、私が彼女のことを根本的に救うことは出来ないだろうということを感じていて、何とも言えない気持ちになっていた。私にできることはただ今までと変わらず仲良くすることだけだよな~と思って努めてそうしようとしていたけど、先生かに「〇〇さんと仲良くしてあげてね~」といかにも不登校の子ケア的な感じで言われるたびに、そんなことずっと昔からとっくにしとるわ!と白けた気持ちになった。

彼女は結局高二高三と結局ほとんど学校に来られなかった。私はアホなりに頑張って何とか大学合格したけど、彼女はそんな調子だったから、何とか卒業はできたけど当然現役で受験するのは無理で浪人することになって、春休みに会ったとき予備校に通うことにしたと言っていた。大学に入ってからは私も忙しかったし、彼女も親と一緒にいるのが限界一人暮らしを始めたりした関係で、初めて半年くらい会わない期間があった。その半年の間に、私は女子校を出て男という存在に実に小学校ぶりに接触し、この世界には男と女がいてそうやって社会が成り立っていることを久方ぶりに思い出した。何なら初めての彼氏まで出来た。

そんなある日、サークルの部室でスマブラでもみんなでやろっか~ってなったときに「ゲームとかやったことある?」って何気なく男の子に聞かれて、その瞬間、「ああ、「男の子」と「女の子」っていう、こういう感じの雰囲気、あったな」という感覚自分の中に鮮烈に蘇ってくるのを感じた。私は小学校の頃からゲームが大好きで結構いろいろなソフトを遊んでいたけど、女の子ゲームが好きな子小学校クラスに一人もいなかった。男の子が新作ゲームの話で盛り上がって「今日俺んちで一緒にやろうぜ!」って言ってるのを聞いて、混ぜて欲しいなあって思っていたけど、何故か言えなかった。そういう小さいころほのかに感じていた違和感とさみしさが心の中にバーッと思い出されてきた。小学生までの私はずっと一人でゲームしていてすごくさみしかったし、一緒に気兼ねなくゲームしてくれる友達がいればいいのにな~ってずっと思っていた。だから、男だからとか女だからとか考えずにとりあえず一緒にゲーセンに通って、アホほどマジアカやれたのが、あんなに楽しかったんだなあってことがようやくしっくりきたのだった。

夏の終わりころ、「引っ越し終わったから会おうよ」って連絡が来て、家に遊びに行って半年ぶりに会った。一人暮らし始めたてだという部屋はめちゃくちゃ殺風景で、唯一あるデカめな本棚河合塾とか駿台テキストに混ざって横光三国志とかジョジョかいろいろな漫画がたくさん詰まっていた。プレステがない事にちょっとがっかりしたが、「浪人してるので親に止められた」って言われてまあそりゃそうかって納得した。けれど、親に干渉されない空間で前よりだいぶ生き生きしているようで安心し、それからちょくちょくまた一緒に遊ぶようになった。

最近はよくそういう話もするけれど、どういうタイミング性同一性障害とか、FtMとか、そういう話を彼から聞くようになったかを私は何故かはっきり覚えていない。大学生になってからだというのは覚えているが、はっきりとしたカムアウト的なことを受けたのがいつだったか記憶あいまいなのである。もしかしたらそういうはっきりしたカムアウトも無くて、「男なんだよね~」「そっか、まあだろうね~」みたいな感じで、ダラダラ喋ってるときにノリで言われたのかもしれない。どのみち、私は大学に入って自分の中で「男」という概念を思い出した時点で、ああ、彼女はやっぱり完全に「男」だったなという確信を持っていた。肉体の上での性などどうでもよく、長年一緒にいて相手のことを知りつくした結果、彼女が「女」では絶対にないということが理性を超え出でて感覚レベルでしっくりくるものがあったのである性別というものは全くもって不思議ものだなあと思う。とにかく、大学生になってからは私の中では彼女だったあいつは完全に「彼」になった。もっとも、私は中学生のころからきっと、もともと彼のことを特別に彼「女」とも思っていなかったけれど。

けれど、「彼」として彼と一緒に過ごすようになってから、私は何回か彼のことを配慮のない言葉で傷つけてしまたことがある。例えば、「久々にプールでも一緒に行かない?」って何気なく誘ったとき。中高のときは家も近かったし、ゲームの合間にたまに区民プールに一緒に行って泳いだりしていたのだ。彼は泳ぎがとてもうまかった。けど彼は「水着が着られないから行けないよ。もうずっとプール行ってないな。」って、ちょっと悲しそうな顔をして答えた。私は、ああそうか、まだ一緒の更衣室で着替えていたあの時も、彼はずっと気まずい思いを抱えて過ごしていたんだなあと思って、そういうことにひっそりと苦しみながら誰にも言わずにずっと耐えていたことを思い、ものすごくつらい気持ちになると同時に、無神経に誘ってしまって申し訳なく思った。あとは、彼が中高の共通の友人の結婚式に出るのを断ったと聞いて、行けばいいのに!って言ってしまったとき。なんで行かないのって聞いたら、まだオペしていないから男物のスーツを着て行って浮きたくないし、何より「女子校時代の友人」って言われるのがつらいって言われて、ああそうかごめん…と思った。私の結婚式ドレスコード何でもOKで、「昔からの超マブダチ」みたいな感じでぼんやり紹介するから来てよって言ったら、それは行くわと言ってくれてうれしかった。

とにかく女として見られることがつらいので、彼は大学生になってから名前漢字男の子っぽい名前に名乗り変えて(予備校事情説明して対応してもらったらしい)、高校を出てから基本的に男として過ごしていた。だから予備校で知り合った友人に私を紹介してくれたときも「高校友達だとだけ言っといて!どこの学校か聞かれたら適当ごまかすから」と私に言った。何でわざわざぼかすの?って聞いたら、女子校出身だってバレたくないから、ごめん!って言われて、なるほどそうか…と思い、私はよく分からない共学出身の人としてその彼の友人とよく遊ぶようになった(ちなみにその人はすごく理解のあるいい人だったので、最終的には彼がFtM女子校出身ということもきちんとカムアウトしてすっきり過ごせるようになった)。

とにかく、彼と友人として共に過ごしていく中で、私は世の中がいかトランスジェンダーに対して無関心で配慮が無いかということを、図らずも身に染みて思い知ることが出来た。私は元々ジェンダーに対してあまり意識が高くなかったけど、彼は大学に無事合格してからはそういうジェンダーにまつわる問題に取り組むサークルに入って、この社会が抱える色々な、特にトランスジェンダーに関する問題について、私に色々と教えてくれた。「病院保険証出してあれ?みたいになるときマジ困るんだよね~ここばっかりは女っていうよりしょうがないけどでもやっぱ嫌なんだよね~」みたいな、彼の身近な問題から分かりやす説明してくれて全然押しつけがましくないのが、彼らしくて良いなあとよく思う。

つい最近、彼が昔の話になったときに、「一度だけ学校先生に『自分は男なんだ』と相談したけど、その時『言ってる意味が分からない』と言われて否定されてすごくつらかった。それから中高の時にはそういうことを言えなくなってしまった。けど、お前に自分が男なんだってことを言ったとき、『やっぱそっか、私にとって〇〇は〇〇で男でも女でも変わらないけど、今度から男って思っとくわ!』とあっさり言われたのが、すごく気楽で救われた。自分性別について否定されるのはつらいけど、逆に気を遣われすぎるのもついから。」と彼に言われた。私はマジで思ったことをそのまま言っただけで意識してそう言ったわけではなかったけど、そう言ってもらえたのはすごくうれしかった。これからもずっと、大切な友人として、過ごせたらいいなあと思っているし、彼を取り巻くあらゆる不利益が一刻も早くなくなるよう祈り自分ができることをやっていきたいと思っている。

2019-11-15

650tクレーンってどんなんだよと思って調べたらデマーグ製だった。

MANとかヘンシェルとか、ナチスドイツ下で軍用車両作ってたブランドって結構現存してるのな

2019-11-07

おいなんか世の中待った無しの状況が多くないか

ニュース9パンツ一枚で観てたんだけど世の中なんか問題だらけじゃねえか。

仕事終わってひと段落してたのにこんな状況で明日も俺はスピーカーの音を良くする仕事してる場合なの?

胎児の親がこんな切羽詰って自分の子供をあやめるか自殺するかの状況だったなんて会見で涙流してるならもう国力総動員で解決せなあかん気がするけど、いや、名古屋城スプリンクラーつけるのが先か、いや、首里城の再建が先?

いやまって任命責任発言が49回も溜まってる安倍の吊し上げが先?とりあえず文科省にまともな議事録取らせるのが先?

あるいはグレタちゃんの言う通り原始人みたいな生活シフトするのが先?それとも徳井の代わりにテラハモテ目線解説してくれる人探すのは別に後でもいいんだけど、台風19号被災地の泥かき出しが先?あのゴルフ打ちっ放しの支柱が倒れて来て徐々に家が潰れてるとこの支柱をとりあえず費用負担誰がするにしてもクレーンでどかすのが先?

ごめん何が言いたいのかと言うと民主主義資本主義は何も解決しないのかなとは思ってきた。このままでは反知性が日本でも興って日本トランプが生まれるんじゃないかね。

そんなことないかな。でも1000年後には民主主義やってないよねきっと

2019-10-09

昭和天皇を燃やすやつなんだけど(あとあいトリ2019の感想

 昭和天皇写真が燃やされて「日本国民が傷つく」とか思ってる人、実際よくわからんのだけど。

 昭和天皇写真燃やされてウケる〜とか思っちゃいかんのだろうか、そのひとたちにとっては。

 少なくとも私は昭和天皇写真燃えてるのを間近で見ると興奮すると思うので、「傷ついた日本国民」に勝手カウントしないでほしい。T田さんとかH田さんとかK村さんのことね。

 私のそういう発想が不愉快なら私のことをべつに「非国民」とか呼んでくれてもいいけど、私にとって昭和天皇写真燃えるのは、後醍醐天皇肖像画燃えるのとあんまり大差ないよ(ウケるのは昭和天皇写真燃える方だけど)。

 なんにせよ、自分所属するカルトを飛び越えて主語を大きくするのはよくないよね。ここに存分に罵倒リーをぶら下げてもいいから、「昭和天皇写真燃やされても別に不愉快でなくむしろウケる」と思うやつが標本1個ぶんいることは、その罵倒の中でさらに明らかにしていってほしい。ついでに言えば伊藤真美大塚英志JAPAN』(全3巻)とか読んでラスト昭和天皇クローンで憤死しておいてほしい。

 昭和天皇やす上でそれをアートとするかどうかは、見た上で判断たかったのだけど、その楽しみは現場享受できなかったなあ。再開しても抽選ならしょうがないもんね。まあ、最初ガソリン脅迫した奴がクソクソクソ悪いんだから、私はあくまガソリン脅迫したやつにピンポイントでF**kと言っておくよ。

 ちなみにあいトリ2019でよかったのを書いとくね。トヨタ美術館の方は行けなかったので他の人に任せた。

桝本佳子五重塔/壺 ほか」(@名古屋市美術館

:マジかっこいい。かっこいいから見にいってくれ。これだけで名古屋市美に行く元は取れる。茶碗展と動物園の両方好きなやつはいっとけ。両方が入ってるから。私はメロンカジキマグロが好き〜。

パスカレハンドロ(アレハンドロ・ホドロフスキー&パスカル・モンタンドンホドロフスキー)「サイコマジックアレハンドロ・ホドロフスキーへの手紙アレハンドロ・ホドロフスキーソーシャルサイコマジック』」(@名古屋市美)

:うさんくさーい、けどこれIbとかラヴクラフトとかSCP好きな人にはたまらない空間だと思うよ。会場に手紙抜粋があるから受け取っていくといいよ。

村山悟郎「Decoy-walking」(@愛知芸術文化センター

:これ、本来なら科学技術未来館かにあってもおかしくない展示なんだけど、そういうものも「情(報)」ということでアート展示に収められるのはこの展示会のコンセプトのいい部分だなと思います人間下半身を模した機械がなめらかに動いているのを注視させてもらうだけでコーフンしちゃう

dividual inc.「ラストワーズ/タイプトレース」(@愛知芸術文化センター

自殺する直前に書かれた遺言書タイプする映像を暗闇の中に陳列した部屋。血と肉を人体から剥ぎ取った後もなお残る死の匂いって、もしかたらこういうものかなと思った。

モニカメイヤー「The Clothesline」(@名古屋市美)&#YOurfreedom(@愛知芸文)

:行った時には表現不自由展中止にあわせて展示自体が止まっていたモニカメイヤー作品は、 「女性差別経験」を来場者に書かせるという非常に生-政治的なコンセプトなのだけど、展示が止まってしまたことによってそれらのピンクメモ自体封殺されてしまたかような風景になっていた。これについてはむしろ展示中止中もまたひとつ芸術になっていたと思う。あと、モニカメイヤーのこの手法を借用して、表現不自由展前のブースで行われていた #YOurfreedom も、女性に限らない不自由差別的待遇について来場者の一人ひとりが強烈なメモを書き残していて、重苦しい気持ちになった。我々が取り除くべき不自由はまだあるんだという決意が漲った。ただ、それを「表現不自由展」中止の再開にむけたメッセージのようにも取れるような物理的配置はちょっと狙いすぎであざといなと、(再開を期待しており、不自由批判論者をわりとバカにしている私ですら)萎えるところはあったけれど。

今村洋平「tsurugi」「peak」(@愛知芸術文化センター

:今回見たあらゆる展示の中でもっと純粋に“何がどうなってるのかわけわかんない凄み”があった。生きてる時代が同じなのに、存在自体オーパーツ、みたいなのを作るのに挑戦してくれてありがとうってかんじ。今後いろんな展覧会でもういちど見られるといいな。

加藤翼「Woodstock2017」「2679」(@愛知芸術文化センター

ロープに逆らわないとバンド演奏もできない男たち。ウケる。でも弾いている曲だったり場所だったりの文脈によって政治風刺として立ち上がる、という作品愛知芸術文化センターの地下の端っこにひっそりとあるので余計じわじわ来た。

洪松明(ソンミン・アン)&ジェイソンメイリング「本当に存在する架空ジャンル

:合計10架空音楽ジャンルが、PowerPointちょっとしたオリジナルサウンドと共に表示される。一番ウケたのが「Neo liberal Adult Contemporary」と共に表示される$¥£などの通貨表示。「ネオリベを表すパワポ芸wwwwwwww」ってなっちゃった。他のジャンルも「言われてみればありそう」という気もしないでもなかった。近過去近未来SFアート一種としてこういうやり方はもっと聴いてみたい。

弓指寛治「輝けるこども」@円頓寺商店街

クレーン車で事故死した6人のこどもの人生を追跡しながら狭い回廊を逆時計回りにめぐらせると、うざったい現代車の垂れ幕に遭遇させられ、それをくぐっている間にいつのまにかくり抜かれた穴が右側に出現し、鑑賞している自分の側が「子供を轢きうる運転手の視界」に組み込まれる……という仕掛けになっている。前半の子供の記憶を掘り起こす温かみとはまた別の角度から刺してくる、順路コミのアート展示だった。円頓寺商店街をめぐるなら優先的に行っておいたほうがいい候補の一つ。ただ、並んで歩いてたひとの多くがその車の穴に着目していたかと言うと、よくわからん誘導ないほうが嬉しいけど伝わってない可能性も高いかもね。

岩崎貴宏「町蔵」

:蔵の中に展示された圧迫感ある古物ガラクタアート感が一方の魅力でありつつ、正直言って円頓寺商店街中屈指の瞬間的デートスポットである(作者の狙いは知らんよ)。カップルは並んでいっとけ。できれば内部に明かりのある夕方がいい。

その他めし事情

あと名古屋新幹線在来線駅構内きしめんを食べてから行くべし。駅出てからきしめん屋探すくらいなら松坂屋南館10階のあつた蓬莱軒でひつまぶし食っとけ。

2019-10-06

ゲーセンバイト新興宗教の話

個人的体験したブラックバイトNo.1大手ゲーセンでのアルバイトでのお話

最初に勤めていたゲーセンの同僚がここで働いていたという話を聞き、それを頼りに応募した。

同業での接客経験もあるため、即採用された。

 

研修はまぁ普通だったと思う。私はメダルゲームコーナー担当になった。

フリーターになって初めて同世代が多い職場に来たということもあり、契約書を書きに来た日は皆歓迎してくれた。

ここならしばらくやっていけそうだし、正社員登用もあるから正社員もアリかな。と考えていた。

アイツがくるまでは。

 

正式に配属されてから数日後、副店長と初めて会った。挨拶をした所、こちらの顔をじっと見た後何も言わず自分デスクへと向かっていった。

それからこの副店長の正体を知ることになる。

 

私の働いていたゲーセンには大きく分けて2つのコーナーがあり、クレーンゲームコーナーとメダルゲームコーナーの2つに分かれていた。

店長クレーンゲームコーナーを担当しており、メダルゲームコーナーで働く人間のことは下に見ていた。

それだけではない、副店長は何よりも自分仕事を優先する人間であり、客に呼ばれても他のクレーン担当スタッフ対応させ

自分接客を行うということはほとんどなかった。

また、クレーンゲームコーナーは自分領域なので自分お気に入りスタッフだけで構成したいという思いがあったようだ。

私が入社した翌月、新たにクレーンゲームコーナーに配属された女性がいたが

よほど気に入らなかったのか、スタッフ同士での連絡に使うインカムの使い方を教えてもらおうとしたら目の前にいるにもかかわらず

インカム越しで大声で怒鳴られその女性だけならず全スタッフの耳にダメージを与えた。

そういったパワハラめいた行為が繰り返された結果、女性は治りかけていた精神疾患が再発し退職余儀なくされた。

 

こんなのが副店長でいいのか、と思われるかもしれないが、スタッフ間ではなぜか一定の支持を集めていた。

店長女性であるが、人をひきつけるカリスマ性がある。また良い言い方をすればパワーに溢れている。

そんな姿に惹かれるのだろう。スタッフ内で1番の常識人とも言える人でさえ辞めた女性に対して"もう少し我慢してくれればね"と漏らしていた。

そういう私はどうなのかというと、基本的相手にされなかった。

面接をしたのがメダルゲーム担当の方だった影響もあるのだろう。クレーンゲームコーナーには1、2回しか入ったことがなく

ほとんどメダルゲームコーナーにいたため勤務中副店長と顔を合わせる機会がほとんどなかったのだ。

そのため、入社してから1年は平穏な日々を過ごしていた。

 

2年目になり、状況が変わった。

まずはアルバイトリーダー退職である

店長はこのリーダー特に気に入っていた為、しばらくの間職場はかなり荒れていた。

次に、私がカードゲーム大会運営管理を任されることになった。

リーダー退職により、前述した常識人スタッフリーダーになることになった。

このスタッフが今までカードゲーム大会運営管理を行っていた為

リーダーになるとこの業務が出来なくなり、スタッフ内で1番カードゲーム知識があると言われていた

私にバトンが回ってきたのだ。(実際、休日はよく同僚と遊んだりしていた。)

信頼している同僚からの頼みでもあるため、快く引き受けた。

だが、この仕事を引き受けたことが退職へのきっかけへとなった。

 

まず、2年目になりカードゲームメダルゲームの売り上げがかなり落ち込んでいた。

その責任を背負うのは私達ではないと思うが、メダルゲームコーナー担当スタッフへの風当たりは強くなり

両替トラブルなど、社員でないと対応できないトラブル対応をお願いしても来ない。ということが起こるようになった。

また、カードゲーム大会の日程について店長相談すると「もう大会やめない?」と言われるようになった。

こっちとしてはいつやめても別に構わないのだが、自分に決定権があるわけじゃない。

「決定権は自分にはないので。」と告げて日程の調整を続けた。

極めつけは、職場内での新興宗教の発生である

冗談に聞こえるかもしれない。しかし実害が出ているのでここでは新興宗教として扱う。

今まで仲良くしていたある同僚(以下A)は、副店長の事を尊敬していた。

その尊敬の念が暴走し、「私はN(副店長名前)教を作る。」「私、N教の信者から」と口走るようになった。

自分はもちろん、周りも冗談で言っているものと思っていた、が、数週間後にその本気度を知らしめることになる。

 

突然、同僚が退職すると言い出した。普段から店長に嫌われていた同僚だ。

帰り道が一緒なので、建物からある程度離れたところで理由を聞いてみた。

すると、1つミスしたことで副店長とAから休憩の時間を割かれてまでずっと説教されていたというのだ。

それだけでは終わらず、それから退職を決める日まで毎日店長とAから怒鳴られ続け、

精神的に限界が来たのでやめようと決心したらしい。

 

実際、Aの立ち振る舞いはN教を作ると言った日からがらりとかわっていた。

店長の真似をし、常に副店長といたいから持ち場を離れ副店長がいる事務所仕事をしていた。

Aはメダルゲームコーナーの担当もしていたが、私と一緒にメダルゲームコーナーを担当する日は

Aがメダルゲームコーナーのフロア接客をする事はほとんどなかった。

開店準備を終えたら即事務所に戻り、副店長と話をしながらパソコンでなにやら作業をしてる。

その間、メダルゲームコーナーのフロアは私のワンオペだ。

お客の対応もあるので目の届かないところもあるだろう。

Aは時折フロアに戻っては「~が汚れているんだけど。」と文句だけを言いに来る。

反論すると逆上する、副店長の立ち振る舞いそのものだ。

埒があかないとわかると舌打ちしながらまた事務所へと戻っていく。

Aの気分の問題だろうと思っていたが、事態は予想より深刻だった。

 

そして、退職を決心するある出来事が起こる。

ある日、翌日の大会の準備を行っていたところその翌日が休みである事に気づいた。

大会の進行自体は翌日担当できるスタッフがAを含め複数いたため

準備だけを行い、社員の人に明日休みなのと大会の進行を他の人にお願いして欲しい旨を伝えてその日は帰宅した。

 

翌々日、朝礼が終わると副店長から呼び出される。

何の用かと思い行ってみると壁際に追いやられ、店長、副店長社員、Aと4人に囲まれる。

「何で昨日大会があるのにこなかったの?」

休みから来ないのは当然だ。「休みだったので、準備だけして○○さん(引継いだ社員)にお願いしてました。」

すると、「大会やるなら休みでも来るのが普通なんじゃないの!?」と大声で怒鳴る副店長

周りも同調し全ての責任を私に押し付けてくる。別に大会が開催できなかったわけではない。準備もしていたので。

ただ、大会担当の私が公休だから休んでいたのに大会の進行をしにこなかったという理不尽理由だった。

この時よく心が壊れなかったなと思う。ただ思っていたのは"もうこんなところ辞めよう"という一身だった。

この出来事きっかけで、全ての大会は終了。私は「大会の日にサボった人間」という謂れのない濡れ衣を着せられたまま

N教の信者から毎日集中砲火を浴びていた。

 

しばらくして、今度は常識人リーダー退職する。と言い出した。

お互い時間があったので、食事に誘ってみたところ快く来てくれて、

一緒に信頼できる数少ない後輩も同席してご飯を食べに行くことになった。

 

退職理由としては、N教が原因のようだった。

「あの人が全てを狂わせている。これ以上ここにいても腐ってしまうだけだ」とのことだった。

せっかくなので、先日自分が受けた大会催事件のことも伝えた。絶句していた。

一緒にいた後輩もややN教よりの人間だったが、リーダーと私の話を聞いて目が覚めたようだ。

「これからは周りに注意してみます。」とまだ働く意思は見せていた。

 

そしてリーダー退職し、私もその年の年末退職した。

退職意思を伝えてから職場対応のひどさはかわらずだった。

私が退職意思を示した時点で、職場人手不足だったのだ。

引き止められたものの、この時も転職するという理由拒否した。嘘ではないが。

しかし、これまで残っていた有給の消化は認められず、最後最後まで搾り取ろうと

週休2日制なのに6連勤を何度もシフトに組み込んできた。

制服をそのまま置いて勤務中に帰ろうかと何度思ったことか。

お人よしが過ぎる性格が災いし、そのまま最後まで働き制服クリーニングして返した。

クリーニング代を払うのが1番惜しかった。

 

その後、異端者が居なくなった職場では異端者を作り上げることが横行したという。

後輩がその異端者として作り上げられ、行き場を失い退職したと連絡をもらった。

しか異端者狩りをやりすぎたのだろう。求人を出しても人が来ず、

ついにはハローワークにまで求人を出すようになった。

 

-時は流れ現在、私は実家を離れ他県で正社員仕事をしている。

当時親交があった同僚や後輩とも今でも連絡を取り合っていて

地元に戻った時は一緒にご飯を食べに行ったり遊んだりしている。

 

肝心のゲーセンはというと、人手不足が深刻化しメダルゲームコーナーが閉店した。

店長にとっては喜ばしいことだろう、きっと。

しかしそんな副店長やN教信者と顔を合わせることはもうないかもしれない。

大型商業施設の中にあるゲーセンなので、寄ったついでに覗きに行くが

当時のスタッフはもうだれもいないのである

 

残ったのは、教祖として祭り上げられた副店長によって破壊され

見る影もなくなったゲーセンクレーンゲームコーナーだけだ。

2019-10-03

anond:20191003131547

ピアノは専門の業者でないと配送されないよ 見た目すごいじじいでもしっかり運べて尊敬するわ

ちなみに二階窓からクレーンで入れたあとの室内移動の話ね

2019-07-22

トーキョー・ミッドナイトレイン

 

愛の情動肥大し、同一化を強いる時、その欲望一時的に鎮静する。

拡張を禁じられたそれは行き場を無くす。ただし、その状況においてのみ、幻想と共に永遠享受できるのかもしれない。

自分が無条件で受け入れられる存在さえいれば良いんだって

あるいは、僕はもはや幻想と共に生きるしかないのかもしれない。

 

 

 

 

 

真夜中の中でも特に25時は、ひどく孤独にさせる魔力を帯びていると思う。そんな時、僕はiPhoneを手にとって、LINE友達リストを繰り返し眺めるのだけど、目的もなく連絡を取ることが苦手な僕は、ただ彼らのアイコン画像から今の状態を推察して、理解に努めようとすることしかできなかった。

それではいけないと思って、ほんの少し勇気を絞り、旧友をご飯に誘った。一緒に地元浪人をしていた同級生は、4月から福岡に転勤になったから、LINEでのやり取りだけだったけれど。

彼は今クレーンを売る会社営業をやっている。向いていない仕事も数年もすれば、彼の人格に少なくない影響を与えているようで、当時から想像もつかない調子で言った。

「本当に連絡をくれて嬉しいよ。いきなり電話をかけてごめんね。でも本当に嬉しかったんだ。リュウも元気にしてるのか?仕事は順調か?きっとお前は今も活躍活躍を重ねていて、回りに感謝されて仕方ないんだろうな。お前は昔から、誰よりも頑張ってたもんな。」

意外な反応だった。僕はきっと妬ましく思われているのだろうと思っていたけど、そうは思っていない人もいたのだ。彼は僕の孤独がただの思い込みだったと教えてくれた。

今の僕は周りに感謝されるというよりも、文字通りお荷物のような存在だと思うけれど、彼が力強く伝えてくれた「嬉しい」という言葉は僕を前に進めてくれた。残すのはきっと、あと一人。

 

 


 

「本当にごめんね。今仕事の方が炎上していて、ずっと会議だったの。トイレに行かせてくださいって言って、ようやく連絡できる状態だったから、待ち合わせのギリギリ時間にかけることになっちゃったけど・・」

2年ぶりだった。彼女が待ち合わせに遅れると言ったので、僕は新宿紀伊国屋小説を買って、それから近くのスタバアイスコーヒーを買って時間を潰していた。

「実はこの本、ずっと読みたかったんだけど、なかなか読む時間が作れなくて。ちょうどよかったよ。冒頭からすごい面白いんだ」

「誰の本?」

村上龍だよ。五分後の世界っていうんだ。パラレルワールド日本の話。」

「そう言ってくれてよかった」

「予約してたお店、さっきキャンセルしちゃったんだけど、行ってみようか。」

そう言って僕は氷が溶けきった残りのアイスコーヒーを流して、不燃物ボックスに捨てた。

 

予約をキャンセルしてしまったワインのお店は新宿3丁目にあった。幸い、予約をしていなくても入れるくらい穴場だったから、僕はホッとした。

「今職場新宿からは近いんだよね?仕事はどんなことしてるの?」僕は聞いた。

営業だよ。営業って言っても、クライアントヒアリングに言った内容を社内各所で調整するだけだけど。これできる人いませんか〜?って。そのアサインで今難航しててね。」

「いろんな人に迷惑かけてない?大丈夫?笑」

「かけまくりだよ!もうはわはわしてる笑 まあ、だいぶ慣れてきたけどね」

仕事楽しい?」

「私は仕事楽しいとかそういうの、全くわからいからね、早く帰りたいよ笑」

 

仕事に楽しさを見出そうとすることはもしかしたら部分的な偏りで起きていることなんだろうなと僕は思った。

 

 

 


24時を回った。大学時代の話から社会人になってからの話、趣味の話や最近聴く音楽の話、好きな小説の話。そういう話をひとしきりしていたと思う。

彼女は僕が誕生日プレゼントに買った香水を、毎晩寝る前に部屋に振りまくようになって、そこから香水が好きになったと言っていた。

「この前ドライブに行った時に、こんなことがあってね」

あいちゃんはもう少したわいもない話とかできないの?笑」

「全く、手応えを感じたくなるとダメだね。議論始めちゃうから笑。そういえば俺たちってドライブしたことあったっけ?」

「あったじゃない。ほら、猪苗代湖見なかった?楽しかったよ」

「あ、そうかあの時か。あの時は楽しかったな。なんの目的も決めなかったけど」

「そうだね」

 

・・・他にもさ、実は特に印象に残ってて、こびりついて離れないことがいくつかあってさ。」

「どんな?」

「うん、誕生日か何かを祝ってくれた時、俺なんでか覚えてないんだけど、怒って帰るって言い出しちゃってね。会計して、改札でお別れする時に、今日あいちゃんと一緒に居たかったって言われて」

「・・そんなこと言ったね」

「あれとか、なんで俺・・・いかけなかったんだろうって。」

「うん」

「他にもね、ゴムが破けて一緒に朝一で病院行ったじゃん。あの後ガストでさ。今でも鮮明に覚えてるよ。俺はメロンソーダを飲んでた。もうあいちゃんとはエッチしないって。どうして?って言ったら、だって責任取れないでしょう?って。なんであの時、何も言わなかったんだろうって。」

あいちゃん友達だよ。」

「うん。じゃあ、ずっと居てくれない?」

「いいよ。とりあえず、飲もう!」

「ええ、まだ飲むの?笑」

「そうだよ?グラスワインオススメってついてるやつ、下まで全部飲むの!」

「ええ、もう結構、無理なんだけど笑」

僕はきっと、あの時の後悔をずっと引きずって生きてきた。大学2年生の冬だったと思う。

なぜずっと会えずにいたか、そしてなぜ今会いたいと思ったのか。

その答えは、いまだ僕にもまだわかっていない。

その日の会計は2万円を超えた。最高新記録だった。

 

 

 

 

 

 

25時を過ぎた新宿は、僕たちを阻むように雨を降らしている。

彼女が行こうと言って立ち上がった。傘を持っていなかった僕は、彼女の小さな折りたたみ傘に入れてもらいながら、近くのコンビニビニール傘を買うと、彼女の折りたたみ傘を畳み、それをバッグにしまった。そうして左手彼女の左肩を寄せて、互いに小さくなりながら歩き出した。

新宿通りの3丁目の交差点を渡る途中、僕は込み上げてきた何かをぶちまけるように、ごめんねと言った。

「あの時、好きって言えなくてごめん。」

交差点渡りきった時、僕は彼女と向き合って言った。

「好きだよ」

「どうしてそういうことを言うの?どうして・・・

「どうしても、言いたかったんだ。」

「どうして今になって言うの?」

「どうしても、今伝えたかったんだ。」

「私どうしたらいいの」

「どうもしなくていい。ただわかってくれていさえすればいい」

「ねぇ、チューして。」

僕は傘を放り投げると彼女の頬を両手でそっと包み込んで、顔をほんの少し上向きにした。僕は少しだけ前かがみになって、少しだけ顔を右に傾けて、優しく目を閉じた。

25時を過ぎた新宿の雨は、僕らを包みこむように汚していった。

 

 

 


 

金曜日。外はもう白んでいる。

彼女の首筋から指をつたっていると、胸元に消えかかった痣を見つけた。

僕はクスっと笑って、その痣をふわりと撫でると、彼女が言った。

あいちゃんは今、どんな気持ちなの?」

その鋭い一言は全てを見透かしているように感じられた。僕はおもわず閉口してしまった。

「う〜ん。複雑な気持ちがするね」

苦し紛れ言葉だった。

「なにそれ笑。複雑な気持ちかあ」

「うん。複雑な気持ち

僕はその跡を見て見ぬフリをすることもできた。でも、その時に僕が彼女発見したこと示唆したことは、確かに不可解な行動に映ったと思う。

「さっき俺は複雑な気持ちがするって答えたじゃない?その時のことを思い返していたんだけど」

「うん」

「今までは、自分のことを無条件で受け入れてくれる存在必要とした。その時は、相手意思関係なく、自分が受け入れてもらえていると感じられさえすれば良いと思った。でもそうではなくて。自分が無条件で受け入れられる存在さえいれば良いんだって。思えた」

「なんだか急に哲学的だね」

「うん。だから、今のは忘れていいよ。」

そう言って、僕は彼女の白い背中を後ろからそっと抱きしめた。

 

本当の事を言えば、僕はその質問意味理解していた。

彼女は僕に「マナー違反だよ」と言ったのだ。

でも僕があのとき伝えたかったのはそういうことじゃない。少なくとも僕が失礼な事をしたわけではないことだけでもわかってほしかったのだと思う。

僕がその時伝えたことは、僕がじっくりと時間をかけて大切にしなければならないことだと思った。

 

 

 

 

新宿の雨はすっかり止んでいた。歌舞伎町を抜けて東口に向かう道すがらは、以前よりも静寂だった。

信号が青になるのを待つ。僕の左手彼女右手を握り、寂しそうに爪を撫でている。綿よりも軽く、だらんとした右手をそれ以上強く引くことはしない。きっと、これからも。

改札を抜けた僕たちは「じゃあね」と言ってそれぞれのホームに向かおうとする。僕が中央線の方を向こうとするも、それができなくてほんの一瞬立ち往生したのを逃さなかった彼女は、まるで子供をあやすような表情で、手を振ってきた。

「そういうところだよ」と思った。相変わらず、君は僕のことを知っている。

僕は仕方なく手を挙げて、力なく振り返した。彼女ホームに向かうのを確認してから背中を向けて、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

2019-05-31

タイトーオンラインクレーン

ヤフープレミアム会員特典で1日1回できるってんで数日やってみたけど、まあ当たり前だけど1回じゃ全然とれない

あとこれに限らずクレーンゲームの内容がどんどん変わってるのほんとどうにかしてほしいわ

ふつうにつかんでもってきて落として取らせろよって思う

クレーんをおしあてて落とすとか、何回もかけてずらして落とすとか、

あ、ここまでかいておもったけど、だからUFOキャッチャー つかむゲームってよばなくなってんのか

2019-05-02

タイトーオンラインクレーン

ずーっとタイトーオンラインクレーン見て勉強してた(つもり)だったんだけど、

見ていた景品が10回中10回ともスタッフアシストによってのゲットだった。

だいたい20分するとスタッフアシストが入るけれど、

パッパッと進めれば1分に2回できるので、

1PLAY150円×1分あたり2回×20分 = 6,000円。

まあ、5,000円投入でスタッフアシスト前提、ってことなのかな…。えげつねぇ…。

2019-03-26

高い場所にある荷物を取るのは男の仕事

脚立「やあ」

クレーン車「元気?」

2019-02-08

anond:20190208024350

アーケードガチャしなきゃいけないゲームとかあるのか…(無知

基本無料スマホゲームユーザーから金とるならわかるけど、アーケードって最初に金払ってプレイするじゃん

自分クレーンゲーマーなんだけどどんどん取れなくなってて、ゲーセン自体に嫌気がさしてきたよ

自分も本当に欲しい物以外やらないようにしま

2019-02-04

anond:20190204202610

首吊りは、高所からの落下による頚椎脱臼なら即心停止なので痛み無しですが、

動脈、頸静脈だけを圧迫しても死に至らない。痛いだけ。


動脈、頸静脈に加え、頚椎動脈を圧迫すれば死に至るが、失神するまで10数秒かかる。

この10数秒が、耐え難い痛みなわけです。

よく、クレーンを使う絞首刑がありますが、吊られた人がバタバタともがいているのは、激痛が走っているから。


こんな激痛を、自分は選べない。

2018-12-07

5日午後、東京オリンピックパラリンピック選手村建設現場で、内装工事の51歳の男性作業員が転落し死亡しました。

選手村では、ことし1月にも31歳の男性作業員クレーン車に挟まれて死亡する事故が起きていて

つの現場一年で2人は、ちょっと死にすぎでは?

2018-12-04

anond:20181204165536

いやだから水輸出自体は既にビジネスとして存在するんや。飲料用水のみならず。

分水ビジネス重要な部分は安定した客先への供給からタンカーチャーターとか呼んだタンカーに水を運ぶクレーンとか港まで水を運ぶトラックとかそういうのをまず用意しなきゃいかんので参入障壁は激高やで。

2018-11-28

中学3年まで特別支援学級だった自閉症児の息子が大学合格した

 参考になるか知らないが、適当に綴ることにする。

 語尾がバラバラなのは許せ。(気が向いたら編集するが)

まずは生い立ちから

 3歳になっても言語を全く話せず、クレーン動作を始めとした典型的自閉症状を示していたため、児童センターを介して専門機関受診したところ、聴力も問題なく知的障害自閉症)との確定診断。

 そのまま知的障害者の扱い(療育手帳交付)。

 応募した私立保育園には全て断られたものの、自宅から少し離れた市立保育園へ無事入園

 「知的障害児」ということで、ほぼ専任のような保育士さんを増員していただき、時々奇声を上げて脱出を企むながらも、最後まで追い出されることなく何とか卒園

 保育園の間は、ずっと会話は不成立。

まずテレビを捨てました。

 3歳でビデオデッキ操作(VHSカセットの交換・スロー再生・逆再生等々)をマスターしていたものの、毎日テレビの前でビデオ操作しながら、全く同じシーンを延々繰り返しながら奇声を上げて踊ってる有様。

 確か「お母さんと一緒」のビデオだったと思いますが、キメのポーズのところで一緒にキメて、そりゃ見てて可愛いわけですが、親からの会話は理解できていない。

 テレビに映った、いわゆる芸人さんの笑いを(意味も分かってないくせに)オウム返しし始めたあたりで、これはヤバいと感じ、(当人は知らない)裏のコンセントをコッソリ抜いて「テレビさん壊れちゃったみたい」ってやってやりました。

 しばらくは寂しそうにしていたのですが、何ヶ月かしたら、直ったか試すこともしなくなったので、未練がなくなったのだろうとテレビごと廃棄。

 たしか4歳か5歳の頃だったと思いますが、この時から自宅からテレビがなくなりラジオだけの生活になりました。寝る時に子守歌かわりの童謡CDを流す習慣にしていたのですが、高校1年くらいまでは寝る時に自分操作して鳴らしてましたね。(ずっと川の字です)

 テレビがなくなると空いた時間を埋めるべく、絵本をめくったり、オモチャを手にしたり、パソコンに興味を示したりするようになりました。テレビは捨てて正解だったと今でも確信しています。(モニターDVDは視聴可)

小学校先生に恵まれました

 発語はあるが会話は成立しないのですから小学校は当然にしてストレート特別支援学級です。

 集団登校には親の同伴を求められたので、6年間ずっと同伴通学でした。(とは言え、後半は列の後方から見守る程度ですが)

 「環境の変化」と「予想しない事態」に極度のストレスを感じるのが自閉症児の特徴なのですが、特別支援学級の1年生~5年生まで、担当教諭の異動がなかったことが幸運安心すると精神状態が落ち着くんですね。

 特別支援学級教諭って、ナニかワケありで左遷ポストみたいな雰囲気があると思うんですが、1年生~5年生まで担当して下さった教諭は全く違ってました。

 言葉で書き尽くせないのですが、自閉症児では健常児以上に苦手なところが多いのですが、無理矢理に克服させようと正面突破させるのでなく、苦手なところを避けて歩く方法みたいなことを息子に伝授してくれたように感じます

 予期しないことが起きるとパニックに陥って奇行が始まるのですが、先に予定が分かっていて、その予定どおりに進行すればパニックは起きにくく、そういう特性最初から見抜いて下さって、本当に上手に導いて下さいました。

 伊藤先生、今でも感謝しきりです。(年賀状は欠かさず(息子に)出させてます

ほぼ毎週のように外出しました

 息子にはとにかく外界からの刺激が必要だと思って、ほぼ毎週、公園だの何だの、とにかく外へ連れ出しました。200キロ距離にある実家へは毎月通ったり、とにかく土日2日とも家に籠もっていたことは年に数えるほどだろ、という位に連れ出しました。

 電車が好きだったので、環状線一周(全ての駅で降りて看板写真を撮る)みたいな、そんなオタッキーなこと喜ぶ児童がいるのか?みたいなことやってました。時効から打ち明けますが、1区分切符でずいぶんと遠回りさせて頂いたこともあります

 地名や駅名とかはすぐに覚えましたね。

 実家へは(下道で行くと)幾つものトンネルをくぐるのですが「このトンネル最後」みたいなこと言ったり、いついつにこういうことがあった、みたいな何年も前のことを年月日まで揃えて呟いたり、とにかく記憶力だけは半端ない

 ちなみに息子と年子の妹(健常児)がいるのですが、彼女存在も大きかったように思います。友だちのいない息子にとって、唯一の同年代の子どもが妹だったのですから

 特に小さい頃の妹は兄の障害のことが分からないので、時々は手を繋いだり引っ張ったり(兄のほうは照れて逃げ回ったり)、それはそれは友だちのように接してくれたのですから

JRウォーキング企画に連れ出しました

 家族での外出のほか、JR沿線企画するウォーキングに猛烈に参加しました。

 参加するとスタンプが貰えるのですが、有効期限内にフルコンプリートして最上位の景品を貰えるくらい、1級障害者じゃないので運賃は安くならず、相当お金はかかりましたが。

 他の子達と同様、かならず電車最前列に張り付いて、運転手さんの呟き(点呼)をオウム返し。運転席に手が届くような、どこぞのローカル線に乗った時は、運転手さんが息子の点呼(出発シンコー)に合わせてマスコン操作してくれたりで、電車が大好きになったようです。

 あと英語ナレーションも覚えたみたいで、英語が流れないローカル線でも自分英語で This train ・・・ Bound for ××× Thank you! って大きな声で「通訳」すると、周囲の大人が褒めるもんだから、より調子に乗って・・・みたいな。

 10キロとかの健脚向けコースに参加しているときなんかは、おばちゃん達が「小さいのに偉いねぇ~」って飴ちゃんくれたりするものの、会話が成立しない(がんばって1往復)うえに当人は飴なるものを口に入れたがらず。

 食へのこだわりが強烈で、少しでも怪しいものは決して口に運びません。妥協なんてありえないのです。

パソコンに息子用のアカウントユーザー権限)を作って使わせました

 ヤフーキッズブラウザデフォルトにしたのと、使用時間制限(夜の9時だかを超えると使えなくなる)したくらいで、基本的にノンフィルターで使いたいように使わせました。

 パスワードはかけてなかった(息子も自分でかけようとしなかった)ので、時々何をしてるか監査してましたが、Youtube で馬鹿映像を見てるほかは名探偵コナンを追いかけてる風。あとドラえもんプリキュア(笑)

 年頃の男の子が興味を示すサイトへは立ち寄った形跡もなし。アニメ芸能関係Wikipedia更新もやってたみたい。

 基本的には「泳がせながら監査」という状態を続けましたが、ずっとパソコンで遊べるわけじゃありません。

 時々妹がやってきて「私もパソコンを使いたい」って言う話になれば、兄に勝ち目はないので、みすみすパソコンを奪われることに。

 まぁずっとパソコン漬けはよくないし、時々はパソコンを奪われたほうがいい(占有じゃなくて分け合う)と思うので、パソコンを追加することな喧嘩させる選択(妹相手喧嘩練習をしておけ、と)

5年生くらいか運動会で息子が見つけれなくなりました

 3年生か4年生くらいになると、少しずつ会話が成立し始めました。

 その奇行ゆえ、運動会では常に、どんな遠くからであっても、あれが自分の息子だ、って識別できていたのですが、5年生の運動会くらいからでしょうか、一生懸命に探さないと見つけれなくなりました。

修学旅行に息子だけで行けました

 小学校入学当初は「修学旅行へは親さんも同行してもらうことになりますから(同行できないなら修学旅行は無理です)」って言われていたのですが、伊藤先生の後任の女性教諭も「大丈夫でしょう」と。

 無事に一人で(同級生と)行ってきました。

 プラスチックの刀を土産に買って帰ってきましたが、どこが気に入ったのか今でも理解不能。

卒業式

 養護教諭フォローなしに壇上で卒業証書を受け取る息子を見て涙が出ました。

中学特別支援学級

 奇行も減って落ち着いてきたので、普通学級でも辛うじて何とかなるかも?って言われつつも、他の生徒さんに迷惑がかかるといけないと思い特別支援学級希望

 2人の学級で、これまでは異学年の混合授業だったのが、初めての同級生が出来ました。

 しか女の子! だけど家庭の事情引っ越し)で1年で転校して行ってしまいましたが、別れの日は私物を整理して親と一緒に帰る時間見送りに行ったようです。買って持たせた花束の中に、コッソリ前年の年賀状の余り(自宅の住所が印刷されている)を忍ばせておいたのは私なのですが、お礼状と共に今でも年賀状の往復だけ続いています

 その子もワケありなんだけど、息子とは特性が違う(不得意分野が違う)ので、嫁さんになってくれるといいんだけどなぁ~とは心の中の声。

同学年の女の子を好きになる

 気に入った女の子が出来たみたいなのですが、息子の挙動があまりキモかったらしく、当人から拒絶されたうえに親にも厳重注意

性的なことをやったわけじゃありません)

 当人は加減を知らないし、女の子のほうも自閉症児につきまとわれるのは嫌でしょう、分かります

混合授業を希望する

 中学校の特別支援学級担任は、父兄の間で評判の良くなかったらしい教諭が着任して翌年に異動とか、産休予定の教諭が数ヶ月だけ担当して交代とかアレな風でしたが、本人には良い意味で刺激になったよう。

 3年生になり進路が気になるころ、どこへ進学するかはともかく、特別支援学級という超少人数学級じゃなくて普通学級にも慣れておかないと選択肢がないと思い先生相談

 数学理科は進度が全く違うという理由NG が出たものの、それ以外は何とかなるだろうと(授業の妨げになるなら追い出す条件で) OK

 7割は同じ小学校から上がってきた生徒で一応は幼なじみ。1学年50人ちょっとギリギリ2クラス)という少人数な学校だったこともあり、先生の目が行き届きやすいという判断もあってのことだろう。

 JRウォーキング企画を始めとして外にばっか連れ出したおかげか、地名都市位置関係)に関しては健常児を超えていたと思う。

 理科小学校から全く履修していなかった(見込みなしと見捨てて他の教科に割り振られた)のだけど、履修してない教科があったのに卒業できてしまうとは。

偏差値40弱の普通高校合格する

 その下は定時制しかないというランクのところではあるものの、「荒れてない」という理由だけで選択した公立高校に無事に合格

 たまたま定員割れしていた年で、落ちた生徒はいなかったと思うのですが、翌年は定員超えしていたので1年ずれてたらヤバかったかも。

義務教育期間・無遅刻無欠席を達成

 9年間、無遅刻・無欠席ということで学校と市から表彰されました。

 ちなみに一つ下の妹のほうも同じく9年間無遅刻無欠席。

 4歳だか5歳の頃に妹のほうがキャンプに行きたいというので「キャンプ場は遠いよ」って言って大正池から徳沢まで歩かせたり、お山に行きたいと言われれば「山小屋売店であって泊まるとこじゃない」と諭してテント背負ってガチ登山に連れて行ったり、ロープウェイに乗ってみよう!って誘っておいて「入り口は上にあって登らないと乗せてくれない」って登らせて下りだけロープウェイとか、とにかく欺しまくりました。

 温泉に行きたいって言われて湯俣温泉に連れて行った(吊り橋の先の河原で掘って「これが温泉だ」って)のが最凶だったと自覚してます(小2+小1)

 よって、うちの子たちは本当に頑丈です。

高校普通学級で頑張る

 中学までの26~27人学級と違って、40人近い教室で、一人も知り合いのいない学校。つまり他の生徒も息子の特性を知らない。

 小学中学は通しの生徒が多いせいもあって、息子がワケありってのは全校生徒のみならず、その親にまで知れ渡っていて、わざわざ寄りついてくる奇特子どもはいなかったのだけど、高校では最初のうちは先入観なく普通に接してくれたみたい。

 同級生から寄りついて来られたことのあまりなかった息子は話しかけられただけで「友だちができたかも」って思い込んで家に帰ってニコニコ自慢してましたが、それが「ぼく友だちいない」に変わるのはそう遅くはありませんでしたけど。

 とはいえ、友だちが出来ないまま15歳まで過ごしてきてるので、全く気にならないようではあります

 年に数回、学校開放みたいな行事があって親も観に行っていい日には出かけたのだけど、偏差値が低い=ガラの悪い生徒が多い という先入観を見事に打ち破ってくれました。いやほんと、殺伐感の全くないノンビリした校風の良い高校で良かった。

 迷惑をかけるのだからせめてもの恩返しということで、学校保護者委員?(PTAに近いと思うが、もっとイージー)は進んでお受けし、時々校門にたって挨拶運動かに参加したわけだけど、先生命令に従って渋々挨拶してるような感じはなく、どの子自分言葉挨拶してくれて、挨拶運動に参加するのはとても楽しかった。

JRウォーキング企画に一人で参加するようになった

 高校になってから自我が芽生えたか、親と出かけるのを嫌がるようになり(本気で拒絶するほどでもないが)、親としても自立する方向に誘導しないといけないため、JRウォーキング企画に一人で参加することを許可

 前日までに行程(電車の乗り継ぎを含む)と予算を紙で提出すれば金は出すという条件で。

 コンビニの外ベンチにDSを置きっぱなしのまま買い物に行って、案の定その間に置引きされたときがあるんですが、ちゃん自分交番に行って遺失物届を出してきたり、普通じゃないながらも何とかなる次元には成長

大学見学会大学進学に目覚める

 学校行事か何かで、家から最も近い私大偏差値40~50クラスか?)の見学に行って、学食としてマクドナルドみたいなバーガー屋を含む何軒もあったりで感動したのか、コンビニなんてもの学内にあることに恐れ入ったのか、コナンに出てくる大学生のイメージと重なったのか、どういう訳でか知らないが大学なるものに興味を持った模様。ただし、最初に見に行ったそこだけが気に入ったみたいで、他の大学へは見学すら行かない。

最後文化祭の劇で一躍ヒーロー

 高校になると授業参観なるものが滅多にないのですが、高校3年の最後文化祭(平日)へは仕事を休んで観覧。

 劇で何の役をやるのか教えてくれなかったので、観に行くことも言わずに黙ってビデオ回しながら見てたのですが、ステージの袖からナレーター(司会だったらしく)として登場したところで目を疑う。

 名探偵コナンナレーション意識しているとハッキリと分かるのですが、恐らくは普段の息子と全く違うキャラだったこともあってか、会場の体育館は大爆笑の渦に。適度なアドリブ(意外性に沸く観客生徒に向かって「ありがとう!」って言ってみせたり)を交えたり、完全に自分世界に没入していたのだろう、とにかく凄かった。

 審査表彰式まではいなかったのだけど、息子のクラス最優秀賞を、息子は最優秀個人賞を、それぞれゲットした。

指定校推薦という優遇枠でありながらも大学合格しました

 進路指導先生からの「なりたい職業に応じて学科を絞って学校を選ぶべきだ」という助言を無視する形で、第一希望~第三希望まで全て前述の大学にある学科で、文系理系おかまいなく・・・という風に進路希望を出していたので三者懇談では「本当にいいのか?」って迫られたけど、「息子が大学に行きたいと思ったキッカケは、そこの大学出会たからです」なのだから仕方ない。

 いわゆる進学校ではないため、一般入試での合格絶望的だろう、と先生から言われ、最初最後のチャンスということで指定校推薦に応募

 そもそも、その下には定時制しかないような、こう言うと悪いんだけど学力的には良くない生徒の集まる学校だったのだけど、挨拶運動で感じたようにガラの悪い生徒はおらず、確かに当たりは少ないけど外れはいない、そんな学校ゆえにか「指定校推薦」という枠が設けられていたのは凄い幸運だった。(誰しも外れを引くことを恐れるわけで)

 第一希望学科(息子はパソコンが好きだったのでそういう系)は成績が足りないと言われ、第三希望くらいのパソコンとは無関係なところだったら・・・みたいなこと提案に乗って応募。ちょまどさんだって文系大学なのにプログラマやっててマイクロソフト行かれたんだから、その気があればどこの学科であってもパソコン仕事はできるのよ。

 劇のナレーターで最優秀個人賞をゲットした余韻もあってか、上手に面接をこなしてきたのと指定校推薦で落ちるのは難しいという条件が重なって、無事に合格の通知。

 

社会で自立できるか知らないが

 高校3年でやっと中学生?ってくらいの状態なので、大学卒業できるか知らないが、ちょうど卒業時点で高校生くらいの状態になるかもしれない。

 完治は無理、喋らなければバレない、くらいが限界なんだけど、健常児を遙かに超える得意な分野があるので、そこだけ見て、ダメなところは諦め。

 ただ普通の子に近づいたせいか、幼少期に感じた「ありえない記憶力」とかの特殊能力は徐々に衰え、ヒゲも生えだして、すぐに忘れる平凡なオッサンに近づいてることに寂しさも。

 仕事に就けるかどうかは分からないが、とにかく社会に出るまで大学生の身分に甘んじて時間稼ぎしてろよ、と

2018-11-20

クリスマスの装飾を飾る増田寿丸坂をくょ市ウソの済ます陸(回文

母上様お元気ですか?

夕べ杉の梢に明るく光る星一つ見つけました。

って一休さんかーい!!!って

おはようございます

クリスマスシーズンにはまだちょっといかしら?

イエナリエが点灯よ!

ひっそりと輝く小さなクリスマスツリーが置いてあるベランダ可愛いのよ。

から見るとちょっとだけ光って見えるのがいいわね。

それにもうみかん花咲く丘公園駅前の広場なんか装飾もクリスマスチックな感じで

この迫り来るロマンチックさがクリスマスにかけて止まらない!

クレーン車が駅前の噴水を電飾で飾り付けていたわ。

なんかイスラム圏のお友だちに

そっちのクリスマス事情どうよ?って聞いたら

なんか普通に私たちが見慣れている

あのクリスマス風景が街に広がっていて、

なんだ!普通にクリスマスムード賑わい祭り開催中じゃないって。

KFCだとか竹内まりやさんの曲が流れてそうなイキフンなのよ。

イスラムの人たちもクリスマスには寛容なのかな?と思ったりもするけど、

実際はどうなのかしらね

ピリついてる人たちもいるかも。

そういう話題ナイーブよね。

からないけど、

まあとにかく私は来年手帳を探しに行くわ。

でさ

酷いのよ!

お気に入りでずっと毎年同じ手帳を使ってたんだけど、

今年もその来年手帳を今年のうちに買おうと探したんだけどお店に置いてないの!

メーカーに聞いたら廃番だって

廃番で来年にはその同じ手帳が手に入らないのよ!

おちこむわー!

サンタさんに同じ手帳をちょうだい!ってNORADにお願いしたいわ。

うふふ。


今日朝ご飯

野菜サンドタマサンドです。

乳製品取り忘れたのでヨーグルト飲むタイプのやつもグビっと行きました。

乳製品は摂った方がいいわよ。

ヨーグルトとかそういうの。

デトックスウォーター

梅ホッツウォーラー

熱々のお湯をふーふーしながらゆっくり冷まして飲みます

もうちょっと今朝は早く起きて優雅に余裕ぶっこきたかったわね。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2018-10-30

https://anond.hatelabo.jp/20181030203511

現状では、利潤フェチズムが暗黙の前提になっています

利潤=売上-費用、ですから、利潤を増やしたければ費用を削ろうとします。

賃金機械も「費用」です。

常に機械賃金を経年積算して比較しているんだと思います

利潤を上げるのに、労働者負担軽減は必要条件ではありません。機械同義なので。

労働者が「人間らしく」不満を訴えることで増える「費用」が、機械化よりも高価なら、解雇して機械化を進めるでしょう。

社会機械化によって生産性が上がり、労働者負担が軽減されていても、ニッチ産業では人海戦術の方が費用を抑えられる場面もあります

その場合は、フォークリフトクレーンで持ち上げる1トン近い荷物人間が持ち上げます

そういう現場は、いわゆる「風通しの悪い」職場なので表に出ることが稀ですが、ヤミに働かされている労働者は相当数います

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