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はてなキーワード: 医療保護入院とは

2017-09-21

anond:20170921011046

精神科関連の発言を見てるとトンデモが多いし、措置入院医療保護入院区別すらついてないから、まず医療福祉系の人間ではないと思う

2017-09-20

anond:20170920021842

その元増田の書いた情報だけで他科のお医者さまが「入院家族に協力をもらって医療保護入院精神保健指定医!」などと“ 経験に基づいて ” 仰ってるので反論しているまでですが。

anond:20170920012328

えっとですね、まず自殺念慮自殺企図定義について。

自殺をしたいと考えることが「自殺念慮

自殺念慮により自殺するため具体的な行動を行うことが「自殺企図

(「精神科救急医療ガイドライン3(自殺未遂対応)」より)

漠然と「死んでしまいたい」「消えてしまいたい」と思うのは、希死念慮といって自殺念慮の前の段階です。

なので、

(1)自殺企図・切迫した自殺念慮のある場合

には当てはまりません

(2)療養・休息に適さない家庭環境

についてですが、彼氏一人暮らしですので親との関係が悪くなければ実家に帰るか、親御さんに来てもらうという手段が考えられます

(3)病状の急速な進行が想定される場合

これについては元増田に書かれた状況だけでは分かりませんよね。

精神病性の特徴が見られたり、昏迷状態に陥ってるとかならまだしも、抑うつ状態であることしか分かりませんので、今後病状が急速に進行するかどうかは分からないはずです。

なぜあなたはこれに当てはまると思ったのか知りたいくらいですね。

そしてガイドライン15〜16ページ

自殺リスク評価に際して、最も注意すべき点が、 自殺企図が切迫しているか否か(Holma et al, 2010) の判断である自殺念慮が強く、自殺企図の切迫しているような場合は、家族に十分注意して見守ることを伝えた上で、入院治療考慮する必要がある。自殺計画を具体的に考えている場合は、特に切迫性が高いと考えられるので、非自発的入院も含めて本人の保護に重点を置いた対応をとるべきである

元増田記事の内容からは「自殺計画を具体的に考えている」ようには読み取れません。

よってあなたの言うように、彼氏は非自発的入院医療保護入院)相当である、という根拠は薄いと思いますが、いかがでしょうか。

任意入院であれば精神保健指定医である必要はありませんし、なんでそんなに精神保健指定医にこだわるのか、私には分かりかねます必要であれば任意入院から医療保護入院に切り替えることもできますし)。

少なくともガイドライン元増田記事を参考にする限りでは、入院必要であるとも、家族間の信頼関係にヒビが入る可能性が高い非自発的入院最初から考慮にいれるほど切迫した状況だとも思えません。

私は他科の医師経験に基づいた意見よりは、最新のガイドラインのほうがよほど信頼できると考えております

まだなにかご意見はありますか?

【追記読みました】

病識がないことがうつ病が重い証拠だとお考えなのですね。

ですが病識がないこと、またはうつ病であることの否認医療機関受診消極的であることはかなり典型的なうつ病の症状です。

ガイドライン20ページより

多くのうつ病患者が適切な医療を受けていない (Kessler et al, 2007)という知見の背景には、うつ病に伴う否定的認知によって、「自分状態改善させる上で、医療は役に立たない」という発想が生じがちで、それが医療受診に対する消極さにつながっていると考えられる。「医療機関受診消極的なうつ病患者であるが故に、「治療者-患者関係形成」がうつ病診療において、とりわけ重要といえる(American Psychiatric Association, 2000, 2010)。

からこそ、うつ病ではそのような考えに陥りやすいんですよ、という心理教育(疾病教育)が重要になってくるんです。

病識がない、病気否認しているというだけでは入院適応にはなりません。

ガイドライン21ページに書いてあることも元増田記事に書かれてるまんまですよね。

例えば「仕事へのやる気が失せ、注意も集中できず、業務がはかどらない状態では、『みんなに迷惑をかけている』と自分を責めてしまうことも、無理のないことだと思います」といった「承認である関係が構築できた上で、「やる気が失せること」、「注意の集中ができないこと」「自責感」もうつ病の症状であることを説明 し、「何が症状か」を伝え、患者うつ病客観化してとらえることを促すことも重要である

2)診断確定後の治療導入時での配慮

抑うつ相では「病気ではなく怠けである」「性格であるから治らない」「どうせ薬なんか効かない」、「こんな状況(例:身体病気を持っているから、職場問題があるから)では医療は助けにならない」といった、 否定的認知に傾きがちである(Hirano et al, 2002)。 うつ病の診断が確定した後は、この否定的認知がある ことを念頭に置きながら、治療へ導入する必要がある。

こういうのってうつ病典型的な症状なんですよ。

外来通院で心理教育などを行いつつ病気の受容を促すことも治療ひとつです。

繰り返しますが病識がないこと、それだけでは入院適応にはなりません。

2017-09-19

anond:20170919235559

外来じゃダメ入院必要と思う根拠は?

うつ病患者には自殺リスクがあるから入院がいいってこと?

自殺リスクがあるってだけのうつ病患者を全員入院させてたらいくら病床数があっても足りねーよ

まして強制入院ひとつである医療保護入院でしょ

彼氏からしたら「は?なんで?」って感じで家族に対して不信感が芽生えるだけだよ

ほんと他科の医者は黙ってろよ

こういうアホがエビデンス無視して軽症うつ病適応障害の人にホイホイ抗うつ薬出してるんだろうなぁ……

anond:20170918230437

精神科生業としている。

もし心配なら、彼氏の親と連絡を取って、彼氏宅に突撃が吉。

親に連絡がまず最初精神科的に危険状態精神保健指定医判断されれば、本人の意思がなくとも、家族同意入院させることはできる。(精神保健福祉法医療保護入院

外来については、強制的受診は、家族警察以外にはさせられない。

警察官職務執行法3条による、精神障がい者保護によって、警察が連れていくことは可能

家族特に法的な根拠はないが、危害を加える目的が明白でない限りは、親族相盗になると思われ、病院受診が本人の不利益になることはないので、極端な話、取り押さえて担ぎ込んでも恐らくは大丈夫

入院しろ外来しろ、この家族の中には婚約者は入らない。よって、受診させたければ家族に連絡。

元増田はむしろ、そこまでする状態かどうかで迷っていると思われる。彼氏への進め方として、食欲不振や不眠など、うつによくある症状がないかきいて、それの改善目的に、受診を進めるのがセオリーかも。

現状は変わらないが、ゆっくり休むこともよい考えをするためには重要。落ち込んでいるときは、良いアイデアは浮かばない。

健闘を祈る。

追記

うつ病かどうか」判定するためには、精神科受診するしかないので、入院外来とどういう枠組みで治療するかはおいておいて、彼氏家族とは状況を共有しておいたほうが良い。

精神科医療への批判は甘んじて受けなければならない。診断にあたって生物学的マーカーを持たないために、診断の妥当性を真に検証することができず、治療への反応性という診断的治療に関してもプラセボ効果が大きいために、確証を得ることができない。このようなあいまいさは、治療がうまくいかなかった場合に容易に不信を招くだろう。

うつ病については治療によく反応する人としない人がいて、常に100%の良い結果を残せるわけではもちろんない。ただしこのことは、病態が明らかにされ診断と治療確立されているほかの身体的な疾病に関しても、同様であろうと考える。

現実的に、メンタルヘルスにかかわる問題が起こったときに、家族以外で真剣にかかわってたよれる機関は、精神科医療以外に選択肢がないことが多い。

手の届かない状況で、大切な人が苦しい思いをしているかもしれないという状況は、とても苦しい心情と察する。もし、精神科など医療機関受診することになったとしたら、信頼できる精神科であることを祈る。

2017-09-01

https://anond.hatelabo.jp/20170831173534

頓服リスパダール液を飲むように勧める

対話に応じずリスパダール液を飲まない、飲んでも暴れ続ける場合警察を呼ぶ

警察を呼んでも大人しくならず暴れ続ける場合は、措置入院または医療保護入院視野に入れる

精神科病棟入院後も暴れ続ける場合保護室に入ってもらう

保護室内でも暴れ続ける場合は筋注する

⑥ 筋注しても大人しくならない場合ECT身体拘束も視野に入れる

以上は、児童思春期専門の単科精神科病院に通院していた家族が身近にいる、私の経験に基づくものです。

私の家族の当時の病名は強迫性障害でした。

それから18年経った現在統合失調症に病名が変わりました。

手打ちくらいで暴走が止まる子供は、まだいいほうです。

力で取り押さえると余計に興奮して暴走が止まらなくなる印象があります

2017-06-14

https://anond.hatelabo.jp/20170614162240

なんだよ、隔離病棟って。閉鎖病棟隔離室(保護室)がお前の頭の中で合体したのかよ。

隔離ってことは開放処遇が基本の任意入院ではなく医療保護入院させたいんだろ?

そのくらいは書けよ。描写薄っぺらすぎてペラペラもいいところやないか

発狂」の描写も具体性に乏しい。

単に奇異な言動があったというだけでは、幼い年齢であればありうることで、発狂という言葉から連想される幻覚妄想興奮状態とは程遠いではないか

この連作については何も知らんが、この「娘が発狂した」を書いた書き手は、精神疾患精神科医療についてまったくの無知で、創作するにあたって調べるということをしない人間だ、ということは分かる。

なんかもう最高に頭悪そうな書き手だし、それでも訳知り顔のブクマカたちがこぞってブクマしてホッテントリ入りしちゃうのとか、ため息しかでねぇよ。

2017-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20170510152617

 措置入院を減らすべき、というのはもう何十年も言われていて、治療者側からは、治療のための要求として、地域治療への移行を求めてきたのに対し、おっしゃるとおり、行政側は医療費削減の文脈で、医療保護入院等への移行を進めてきたので、措置入院が約10分の1になっても、その分以上に医療保護入院が増えているので結局措置入院を減らす、という数値目標のために治療性格無視した措置入院、そこから拙速退院となっているのでしょうと思います

 イタリアだけでなく、基本的精神保健支出入院医療から地域治療へと変更していく方向はオーストラリアカナダでも勧められているようです。オーストラリアのMental Health Strategyによって、地域治療への支出入院治療への支出がほぼ均衡するようになって、利用者満足度が大きく向上したというような報告がでているようですね。(National mental Health report 2013)

 アメリカは州によって大きく異なるようですが、少なくともカリフォルニアフィラデルフィアニューヨークなどの主要な州では、措置入院のような入院(involuntary treatment)を2週間とか1ヶ月とか継続するには、医師裁判所に出向いて、人権抑制必要性説明せねばならないというような制度が整備されているようです。しかしそれでも、必ずしも患者家族QOLが低下しているということもないようですし、実際に人口あたりの精神病床数はドイツイギリスよりも相当低くなっているようです。。

 措置入院件数の違いは精神保健指定医の偏在ももちろんそうでしょうし、彼らのポリシーによっても大きくかわるだろうということはそのとおりだと思いますが、他の先進国と同様に、精神治療に関わるケアワーカー等への投資を進めていくべきなんだろうと思います。もちろんリソースの拡大も必要でしょうし、病院(1兆円)から地域ケア(500億円)へと移行していくべきだと思いますオーストラリアでは、配分を変えたことで、ケアワーカーの数は2倍以上になったようですし、イギリスでも医師よりも患者家族ケアワーカーがより多く増加しているようです。海外先進国にできて、日本にできないということはないように思うんですが。

http://anond.hatelabo.jp/20170510152617

措置入院に至るような精神障害者病識のない人が多いです。

故に、本人意思や本人の代理人による権利擁護担保された状態での選択性にしたら制度実効性がなくなるし、実効性のない制度意味をなさないでしょう。

日本精神病院他国とくらべて圧倒的に平均入院日数が高いということも問題だと思っています

これはもうすでに対策が進んでいて、退院したくても地域に受け皿がなく退院できないような長期入院高齢患者なんかを除けば、新しく入院した患者はだいたい3ヶ月未満で退院させられます。まだ治ってなくても。

イタリア基本的入院治療は行わない、という制度意向によって、地域社会でのインクルージョンが大幅に進んだ

でた!イタリア

この手の人って本当にイタリア大好きだよね。私はイタリア実態について詳しくないので踏み込んだ意見は言えないのですが、イタリアについては「いい話しか聞こえてこない」のと、その素晴らしいイタリア追従する国が出てこないことに懸念を抱いていますアメリカとかならやりそうだけどね。主に医療費削減のために。

措置入院可能な限り減らしていくことが望ましいのではないかと思っております

そうですね、措置入院公費負担ですし、国としてはできる限り措置入院制度よりも医療保護入院制度活用してほしいところでしょうね。

ちなみに年間措置入院件数都道府県格差精神保健指定医の偏在とも大いに関係してると思いますが、いかがでしょうか。

参考人質疑の中でも、障害者権利を専門とする弁護士が、強制的医療によって、患者治療拒否状態になり、治療効果がでない、というようなこともおっしゃっておりました。また通院を義務化したことによって、自殺者も顕著に増えたとおっしゃっておりました。

強制的移送治療トラウマになり、その後のスムーズ治療につながらなくなるケースは多々あるようですので、強制的治療介入が必要になる前に早期に手を打てればいいんですけど、それが出来たら苦労しませんよね。ちなみに通院義務化で自殺者が顕著に増えたというのは何かソースがあるのでしょうか?

リソースを増やそうよというのは大正論だと思うんですけど、今後の情勢的にはどう考えても厳しいですよね。精神科入院治療で最も手厚い人員が確保されてるのが精神科救急病棟スーパー救急病棟)ですけど、あれ入院10割で月額100万円近くかかるんですよ。

措置入院するようなタイプ精神障害者を、隔離ではなく地域生活させるために増税しますっていって国民の支持が得られるとはちょっと思えませんけど、まあ希望を持つの自由ですからね。

2017-05-09

国会ウォッチャーならぬ印象操サー

(もうアップアップになっている)だとか、ありのままを書き出すのではなく増田主義主張によって印象操作されている駄記事

私の家族措置入院歴5回で今は医療保護入院中なんですけど、この法案には賛成です。

もともと精神保健福祉法は大きな事件が起こるたびに改正されてきました。

というか大きな事件が起こらないと改正されないんですよね。

かい点はこれから詰めていけばよろしい。これを機に現行の措置入院制度存在する様々な問題点クリアしていきつつ、このまま改正案を通していただきたい。期待大。

http://anond.hatelabo.jp/20170509181133

2017-03-23

男だけど、メンヘラ不倫OL気持ちが痛いほどわかった

長くなるので短くまとめるが、今年初めに自殺未遂病院医療保護入院をした。

家族離婚し、一人暮らしになり色々悲観した結果だった。結局生き残ってしまったが


その前から少し精神科看護師都内病院でどこがいいか相談した事があった。

過去高校時代から6年間付き合っていた女性がその人なのだが、どっちかと言うと相談よりも会話自体が懐かしくて嬉しかった。

その女性学校卒業して東京に行ってから振られたので、ずっと「東京いって邪魔になった」ものだと思ってずっと恨んでいた。

彼女友達と悔しくて付き合ったり(最悪ですね)、色々それでも気になってネットでどこに居るか調べたこともあった。


Facebook経由で相手と繋がり、そしてそこで彼女は「鬱病になりどうしようもなくて逃げてしまった」という事をつい先日知ってしまった。

相手自身申し訳なく思っており、私の過去記事会社HPPR写真)とか色々見ていたようで、ずっと思ってくれたようだった。

けど恨んでいた私は母の死に焦り、当時付き合っていた彼女結婚子供を作っていたため、彼女は諦めて別の男性結婚した。


長くなったがここからが本題だ。

私はこの15年以上(妻には申し訳ないけど)忘れる事ができず、そんな状況でこんな話を聞いて色々と過去感情が蘇ってきた。

一人になってしまっていたし、またよりを戻したいと思った。しか彼女子供ができたばかりでそれはできないと言う。

しかし「親友として居たいし、カフェランチで一緒に過ごす事はできないかな?生きているって感じあえないかな?」と言う。

私はもうどうしようも無くてまた自殺未遂をした。今回は本当に本気だった。離婚のことも含めすべてに疲れてしまった。悔しくて彼女にはメール遺書だけ送った。

けど冗談のようで笑えるようだが、吊った紐がベルトだったので見事に切れて結局生き残ってしまった。

自殺未遂で吊った人はわかるかもしれないが、落ちた瞬間?は自分自殺した状況も何が起きているかもすっかり忘れている不思議状態だった。

その後メールを見ると、彼女は今入院中のようだった。詳しくは省くが「そんな状況の私を苦しめないで」という内容だった。

本当に申し訳無かった。そして見舞いに行けないか?という事でOKだったので5時間かけて行ってきた。

15年以上前彼女だったが何も変わってなかった。小さな子供と一緒だったけど、昔見た彼女のままだった。

本当は抱きしめたかったけどできなかった。私はこれからどうすれば良いのだろうか。

カフェランチ」をして満足できるのだろうか。

旦那がいる相手とそんな事をしてもいいのだろうか。本当は奪いたい。けど自殺未遂入院するような私に相手が付いてきてくれるとも思えない

そんな事を考えている時に、冒頭の「メンヘラ不倫OL」を思い出した。


「私にするの、それともその女(と家族)どっちがいいの!!(ナイフラー

では無いか。私はどうしようもなく悲しくなった

2017-02-04

http://anond.hatelabo.jp/20170203210406

医療保護入院させても、だいたい3ヶ月以内に退院させられることになると思います

医者はもう退院させても大丈夫と言いますが、家族から見るとまったく治っていない状態退院することになります

あと、お母様は統合失調症としては発症年齢が遅めのようですが、脳のMRIなどで器質性精神障害などがないか確認してらっしゃいますか?

2017-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20170203210126

ちょっとはみ出た、つづき

入院が決まった直後に、入院時に必要ものを買い込みレンタカーで母の元に向かった。

徘徊が多く、連絡手段も無い為、朝、荷物だらけの新居に迎えに行っても空振りになってしま可能性があったからだ。

荷物だらけのアパートに一晩泊まって見張るつもり位でいた。

破たんした呪い言葉を一晩聞き続ける程度だったら何とかなるだろうと踏んで寝袋を持って家を出た。

アパートにいた母を、最後の晩餐さならが母を食事に連れ出し、禊を済ませるが如く、深夜営業温泉に連れて行った。

これまで母の病気が進行してから、弟を含め3人で食事をすることは何度かあったが、

私が成人してから母と二人で食事をしたり、温泉に行ったりしたのは初めての事だったと思う。

しかし、あのアパートで母と二人きりで一晩を過ごすのはやはり心理的に無理だった。

そこで、仕事徹夜を強いられる彼女がいる自宅に、彼女に無理を言って連れて行く事にした。

自宅に母を招いたのも初めてだし、彼女に合わせるのも初めての事だった。

彼女も親に対してトラウマを抱えており、軽くパニックにさせてしまったのは本当に申し訳ないと思っている。

しかし、この母親に対して、親孝行らしい親孝行を始めてしたのかもしれない。

母は何度も夜中に起きて二人の息子が襲われる、警察に助けを呼ばないと、言った事を不安になってしゃべっていた、

うとうとすることもあるが、眠りかけた際は幻聴として聞こえる言葉をそのまま声に出してしゃべっていた様だ。

母にとってみれば、もう25年間、四六時中不安な時を過ごしているのだ。

翌日、車で病院に向かう途中、母は、私が子どもの頃、家族ドライブに行って以来車に乗れて楽しいと語った。

富士山山間から見えてとても綺麗だった。

医師に診断してもらいその場で医療保護入院が決まった。

家族同意があれば、本人の意思に関わらず強制的入院可能制度だ。

その際、思わず、ここまでとても長かったです。と医師に話した。医師も私の苦労を察してくれたようだ。

診断時、私から事情を話す際に、精神科へ行っても結果的治療が受けられない件を話したくだりで、

やっぱりそうか、といったニュアンスだろうか、ため息を漏らしていた。

法律上定まった手順であろう医師保護入院説明をを本人に読み上げる際も、

聞きはするが当人になにが起こるのか 理解していない様子だった。

閉鎖病棟に送る際、持ち込み禁止となる物が母の身に付けたものからいくつも出てきた。

不安からか何枚も重ね着した一張羅ポケットや、鍵だらけのウエストポーチからは、

刃物であるハサミや安全ピン、 南京錠などの金属、ワイヤー錠等のひも状のものが、

わんさと出てきた。しかし、 体を傷つける可能性のあるこれらのもの閉鎖病棟内には一切持ち込めないそうだ。

手続きを済ませ、病院に母を預け、弟や彼女に報告をし、帰路に向かう際は、

涙も出なかったし、ざまあみろ、といった感情にもならなかった。

これでひと段落ついたんだな。という感慨はあったが、正直、いまだに母への気持ちは整理がつかないし、

私が多分死ぬまでこのもやもやした気持ちに整理はつかないのかもしれない。

ともかく、これで弟にかかる負担も減るし、母の不安もいずれは多少なりとも解消されるかもしれない。

本人がいつか病識を持つようになって、まともに話せる日がくれば、また母に対して憎しみの感情が沸くかもしれないし。

そんな日は来ないかもしれないが、ともかくこれで一区切りついた事になる。

繰り返しになるが、「こんな長い期間なんで放っておいたんだ」「お前の責任でもあるだろう」という

声もあるだろうが、自分気持ちを整理する意味でもこれまでの経緯を書いた。

自分を棚に上げてなにか説教じみた一言を添えて終わりたい気持ちを抑えてこれでこの長文は終わります

ここまで読んでくれた人がいたらありがとう

追記:少しだけ文章校正しました。多くの読んでくれた方、改めてありがとうございます

乱筆乱文、誤字脱字、事実誤認、諸々失礼。

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追記

たくさんのコメントいただき感謝に耐えません。

とても参考になる知見も多くいただきました。

これで終わりではないので、是非、今後に生かしたいと思います

この話は私の人生のある側面の、ある時間だけをバッサリ切り取ったもので、

別の面では幸せであり、大半の時間は、苦労はありますが、それなりに恵まれ生活を送っています

悲劇性や誘因性の強い文章になりましたが、自分自身を奮い立たせるために自己演出した部分も多分に含まれていますし、

それなりに珍しい経験をしたので「保育園落ちた日本死ね」位の話題にならないかなー、と。

助平根性で書いた面もあった事は表明しておきます

ただ事実と異なる事柄は書いていないつもりですが、母の性格を受け継いだせいか感情基準での記憶をする傾向があり

事実認識に多少の誤りがあるやもしれない事を明記しておきます

特に地元総合病院精神科医師が話してくれた、治療可能性や、相談内容、他の施設の紹介といった、

具体的な情報のくだりは、今思うと当時の余裕のない状況で色々思い違いをしていたり、

その時点で必要情報だけを記憶に留めようとした傾向があるので、もしかしたらきちんとした説明を受けていたのかもしれません。

心理面での負担や苦労をねぎらってくださるコメントも多くいただきましたが、

母の事で本当に辛いと感じていたのは母の病気発症するよりも前の方がはるかに多く、

病気が進行してからは、母の事であまり辛いと感じたことはなく、やっかい毎が面倒だ。

調べ物が面倒だ、なかなかうまい方法が見つからないで面倒だ、事務処理が面倒だ、

と、いったような仕事での面倒毎に近い感覚だったかもしれません。

もやっとした問題に対して、検索するには言葉あいまいで、答えも方法論も様々過ぎるし制度もたくさんあるしで、

的確な道順や回答を出せる所にいつまでも辿り着けず、情報迷子になった側面は多分にあります

普段Googleさんをそれなりに使いこなし問題解決の為のITリテラシーはそれなりに自信がありますが、

実は 『ケースワーカー』さんという言葉存在はかなり最近になってから人づてに知りました。

それまでは地元総合病院電話した際や行った等、もしかしたらそれに気づかず『受付の人』という認識相談をしたこともあったかもしれません。

本文には書きませんでしたが、昨年末あたりから精神科のある病院への電話問い合わせの窓口や、福祉センター精神保健福祉担当で、

ケースワーカーさんと相談したい』とわざわざ言ってから色々相談する様になって、

ここには書かなかった世帯分離の手続き等に対しての答えにも、光が見え始め徐々に事態好転してきた次第です。

ケースワーカー』さんはここ数年認知され始めたマジックワードで『当番弁護士を呼んでください』

という言葉を知っているか否か、みたいなものかもしれませんね。

もし、私と似たような境遇でどうしてよいかからない場合は、役所病院等へ電話をかけ、

まず『ケースワーカーさんと私の〇〇の問題について相談したい』と言うのが良いのかもしれません。

最後に、本文で書かなかったエピソードを一つ

地元総合病院精神科の待合室で、母と初めての診断を待つ際の事。

待合室の傍に、精神科病棟への通路があり、おそらく統合失調症の方が、看護師に連れ添われ、

意味不明な話しをしながら歩いて行くのを見て言った母の一言が最高でした。

『かわいそうにねー、頭がおかしいのねー』

今では母の相談をする際に、緊張を和らげる意味で使う鉄板ネタになっています

統合失調症の母をついに入院させた話

先日、独居状態の高齢者である統合失調症の母をついに入院させた。

発症から入院までおよそ四半世紀程かかった。

ここ1年程で近隣とのトラブルが増え、ここ数カ月は週に一度のペースで警察からトラブル報告の電話が来て謝罪に行く日々だった。

そこで「医療保護入院」という形で、本人の了解なしに家族同意により強制的入院を行った。

「こんな長い期間なんで放っておいたんだ」「お前の責任でもあるだろう」という声もあるだろうが、

自分気持ちを整理する意味でもこれまでの経緯を書く。

母は兼ねてより気性の激しい性格で、自分の行動が間違っていると思う事がなく、謝罪したことを見たことがない。

興奮すると激しく怒鳴り散らし、強い言葉で他人を攻撃する人であった。

日常的に暴力を振る事はあまりなかったが、私は10歳になるまではかなり厳しく躾をされ、

時間以上正座状態で延々怒鳴りつけられ、時に激しく叩かれて育った記憶がある。

母は父方が信仰している宗教を激しく嫌っていた。

父が私と弟を連れ、父方の実家や親戚宅に遊びに行く際に、母がついて行くことは殆ど無く、

「もし宗教の勧誘があっても絶対に断れ!」「あれは怖い宗教だ!」と念押しをされていた。

たまに母も父方の実家に来たことがあるが、その際は私も母の影響で、事件が起こることを恐れずっと緊張していた。

夏休みの子どもだけの楽しい父方の親戚宅の滞在は、いつも怖い出来事が起こるのではないかという思いとセットだったが、

母が懸念するような出来事は一度も起きた事が無かった。

そのうち父の浮気を母が疑う様になり、夫婦喧嘩が絶えなくなり、別居となったのが私が10歳の頃

別居寸前の激しい言い争いの末、兄弟二人に「お前らは父と母、どっちに付いて行くのか」と問われた際、

「両親が分かれて暮らすことが嫌だ」と泣きながら主張した事を覚えている。

しかしその頃、私は母の影響を強く受け、父を慕いつつも、母の想像上の悪人である父を恐れていた事もあり、

母方の祖母宅傍に、母と二人で移り住む事となった。そして弟は父に付き、これまでの家に残る事になる。

専業主婦だった母は別居後、販売員仕事を始め親子二人の生活が数年続いた。

そして事あるごとに父の悪口とありもしない怖さを母から聞かされて育った。

余談だが、私は小学1年生から激しいいじめを受けており、別居で引っ越した後もいじめは続き、当時はかなりつらい人生だった。

ある日、私の学校開校記念日と、母の休日が重なった日に、思いつきで弟に会いに行こうか?

という話になり、離婚調停最中に、小学校の校門から出てきた弟をそのまま家に連れてきてしまった事がある。

再開を喜んだ夜になって慌てて父が家にやってきたが、母は玄関の鍵を開ける事なく、父を激しく責め

自分の非は一切認めずそのまま追い返してしまった。結局、その日から狭い借家に母と弟で3人で住むことになり後に離婚が決定する。

中学生の頃、私に激しい反抗期が起こる。これまで母の言いなりであった状態から、徐々に物事を相対的に見れる様に

なってきてから、今までの反動もあり様々な出来事から私は母を強く嫌う様になった。そしてこの感情はいまだに消えることが無い。

対照的に母は会えない期間のあった弟へ強く愛情を注ぐようになる。

私の事には無関心ながらも「高校を出たら最低限の勉強だけして就職して早く家に金を入れる様にしろ。」と言われていた。

しかし弟はスポーツに才能を見出し、なんとか母が体育系の大学に行かせていた。私は母を恨み、弟を羨んでいた。

母が徐々におかしくなっていったのはこの頃だったろうか。

仕事上での人間関係トラブルの話は祖母しょっちゅうしていたが、相変わらず対立する相手を悪くいう事がほとんどだった。

その内、「誰かと話をしている際に、嫌な同僚が盗み聞きをして事情を知っているのでは?」と言い出し、

次第に「盗聴しているんじゃないか?」と言い始めた。そして話の中で彼女の敵になる人間が徐々に増えて行った。

しかし私は「元々の激しい性格と強い猜疑心が招いたいつもの奴だろう」位にうんざりする程度で聞いており、

しばらくは家族親族の誰もが病気可能であることを疑う事はなかった。

就職してしばらくは生活費を払っていたが、とにかくそんな母と一緒に生活をしたくなかったので、

近所に一人暮らしをする事になった。母は「今の仕事がどうなるかわからいか一人暮らしはしないでくれ」と言っていたが

自分性格が招いた結果だと思い、無視して家を出た。そして私は実家生活費を払う事をしなくなった。

近所ではあるが、母と弟と会う事や話すことを極力避けた生活が続く。

母は仕事を辞めパートをするようになった、この頃から私は近所に住んでいた弟や祖母や親戚とも疎遠になる。

しばらくしてカートを引いて歩く母と会う事たまにがあったが、嫌っていたこともあり

まり会話をすることもなかった。

しかし、あれは確実に症状が進行し言動おかしくなり、徘徊をする様になった異常な母だった。

私が母の異常性を指摘すると激高して怒り、頑なに否定した。また、私自身も子供の頃からの嫌いな母と向き合う事になり、

落ち着いて説得することができず感情的しか対応できなかった。

その様な事実に気付きながら、私は再就職先が通勤で遠かった事もあり、実家の傍を離れる事となる。

弟や親戚が母をなんとかしてくれる。自分はあの家族とは関わりたく無い、という思いがあった。

おそらくこの頃の弟の絶望感は想像をするに余りある。体の故障体育大学中退した彼は、徐々に壊れて行く母と二人暮らしを続け、

アルバイトをしながら、母の生活費もまかなっていた。

兄や父には頼れない、母の兄弟である親戚の中でも、母は鬼の子の様な扱いだった為か、親戚にも相談できなかったのだろうと思う。

そして次第に彼も家に帰る事を避ける様になったという。 昼夜の境無しに恨み事と自分が狙われている妄想を、

弟が寝ていようがお構いなしに呪詛の様に話し続けるのに耐えられなかったのだろう。

彼は一時はカルト宗教に通った事もあったそうだ。

その頃私は都内仕事好調彼女もできたが、人間関係の立ち回りで失敗し、今思えば鬱の症状を発症し、結果解雇される事になる。

その後も自営業再就職をするが、運が悪いのか、決定的に欠けた何かがあるのか。最初は順調に勤めても何故か数年すると

上手く行かない状態が何度も続き今に至っている。

幼少期から自己肯定感は低い方だったが、今では自己肯定できる理由さらに少ない人間になってしまい、死を考える日も増える様になった。

しかしこんな私を慕ってくれるパートナーをこれ以上悲しませたく無いというのが、生きる理由になりつつある。

この頃は母の症状もかなり進行しており、必要のないものを買い込み家が物で溢れ、荒れ放題であった。

何年かすると賃貸住宅を出ないといけない状況が何度か続く、弟に頼まれ引っ越しの手伝いをしたこともあった。

普段弟は殆ど家に寄り付かず、母は近所では有名人であった様だ。

しかし何故か日常生活を一人で行うことには支障がなく、買い物や家事などは全て一人でこなせる状態で、

支給された年金と弟の援助で生活を続けていた。風変りな半独居老人しかなかった。

徘徊を行い細かなトラブルはあったではあろうが、周囲に大きな迷惑をかけることはなかったらしい。

ただし、自分が襲われ被害に遭う妄想は常にある為、頻繁な110番通報派出所に入り浸り被害妄想を延々しゃべり続ける事は

しょっちゅうだった様だ。たぶん地域警察官の中でもやっかい有名人であったと思う。

その点では心あたりのある警察官の方には大変申し訳なく思ってる。

仕事はい私たち同様、制度の穴で苦労を強いられる人々であることに変わりはない。

ラバラの家族に転機が訪れたのは、今から数年前に弟に彼女が出来た事がきっかけだった。

母の住む家に通える距離にある、彼女の家で生活を始め、近く家庭を持つ事を報告してくれた。

彼女は大きな困難を乗り越え成功を収めた家で育ち、弟にはもったいない程の素敵な相手だった。

そして彼の子どもが授かった事をきっかけに、母を何とかしなければ、という兄弟での協力体制が築かれる事になった。

これより以前に、弟が役所や医師に相談したこともあったそうだが、散々たらい回しにされ出てきた結論は、

本人に自分病気だという意識病識)が無いと、精神科への通院もできないし治療もできないとの事だった。

そして母の症状は強い猜疑心が伴う為「薬に毒が混入している」「過去に薬で体をおかしくされている」

という妄想を持っており、通院・投薬が難しい状態だった。

入院させるにも費用が高額な為、ワーキングプア状態では結局どうにもならなく何もできない、という結論に達していたようだ。

私も色々調べたが、実際、統合失調症がある程度進行した状態で、病識は無いが日常生活可能しかし治療を拒む状態だと、

いわゆるグレーソーンとなり、周囲の人間お金が無いとどうにもならない状態だった。

そしてこの結論はここ数年、兄弟二人で対処した際にも全く同じ結論にしかならなかった。

いくつかの精神科を兄弟で相談に回ったが、どこもまず本人を連れてこないと話にならない、という結論だった。

また、症状が出てから経過年数が長く比較的症状が重い為、どこも受診を嫌がる兆候があった。

そこで「健康診断に行こう」と言いつつ近くの総合病院に連れて行き、そこにあった精神科も同時に始めての受診をさせた。

はらはらしながらの受診だったが、精神科医統合失調症と病名を告げられても理解が出来ていない様子だった。

母無しで医師に相談した際、入院相談等もしたが、否定的な答えしか戻って来ず、投薬しても発症から長期経過している為、

回復はほとんど見込めない旨。どこも満床ベットが空くまで場合によって半年以上待つことになる旨。

入院には大変お金がかかる。月30万位は行く、生活が苦しいと難しいよねという旨を伝えられ。まるで軽くあしらわれているかの様だった。

今ならわかるが、この医師からケースワーカー存在を紹介されることもなく、国立や県立病院可能性を教えてもらう事もなかった。

自分の事を棚に上げてあえて言うが、面倒事を何とか避けようとしかしなった、この医師の仕事に対する姿勢を私はいまだに腹立たしく思っている。

それでもこちらから持ち掛けた話で、弟が与える健康ドリンクに密かに混ぜて飲ませるという事で薬を出してもらった。

薬は数週間飲ませ続ける事が出来た、その期間は明らかに普段と変わった状態になり、何らかの良い作用が出ている様だった。

僅かに希望が見えたが、次第に蓋が空いた状態で渡される健康ドリンクを疑い出した。

飲むと頭がぼーっとしてだるくなると言い、健康ドリンクを飲む事を拒否し始めた、

毎日離れた母の家まで通う弟の負担もあり、 投薬はそこで終了となった。

同時に[精神障害者保健福祉手帳]の取得を検討したが、結論としては現状で必要が無いものであった。

取得しても得られるメリットは通院をすることで受けられる医療費対象であること。

医療費負担が3割→1割だが、既に母は年金生活者で、医療費1割負担対象者であること。

そして手続きが煩雑という事を事前情報として聞いていたこと。

これらの判断から通院ができない母には不要であった。

今後母がトラブルを起こした際、持っておいた方が無いよりもマシでしょう。

という免罪符程度のものしか無い。という結論になった。

また、通院と同時に市役所への相談介護申請を行い、定期的に家に来てくれるヘルパーさんと信頼関係を築き、

ゆくゆくは薬を飲ませてもらう事も計画したがこれも実現できなかった。

まず、加齢により体の不調があることも理由介護申請を行ったが、統合失調症等の精神疾患介護認定の判定要素に

大きく加味されることが無く、介護度2となった。

ヘルパーさんが定期的に母の自宅に訪れて買い物の連れ添いや、身の回りの世話等をしてくれることになった。

母も最初は喜んでいたが、次第にヘルパーさんが物を盗んでゆくと言い出し、やはり疑う様になった。

そしてヘルパーさんを避ける為か、ヘルパーさんの訪問予定時間に外出することが増えた。

そうなると、介護サービスを受けた事にならなくなる。介護事務所も国にに介護をした事実の申請が出来なくなる為、

実費の人件費が発生するようになる。その費用がは当然私が持つ事になる。(1時間約3000円程度だったろうか?)

そしてヘルパーを家に寄こさないでくれ、と強く言い出し、これも結局お手上げとなった。

結局この時も出てきた結論は、もうちょっと病気が進行しないとどうにもならないね。ということだった。

そして、去年あたりになってから、私の元に警察から頻繁に電話がかかるようになる。

過去にも真面目な新人と思われる警官から、母の妄言を真に受け私の元に安否確認の電話がかかることがあったが、

今回はついに近所の方とトラブルを起こし始めた。アパート近隣の住民迷惑をかけ遂に警察沙汰となった。

どうも明らかな幻聴が聞こえる様になり、彼女人生で登場した嫌な奴をののしったり、

幻聴で助けを求める困った人を助けようとしたり、私たち子供危機を救おうとしたりした結果、大きなトラブルに発展している様だった。

以前より持たせて携帯電話も、しょっちゅう警察通報したり、私たちに電話をし、

一方的にしゃべり続けたりする大事必須アイテムだったが、いつしか持ち歩かなくなり、荷物だらけの部屋に紛れてしまった。

近隣のトラブルはついにアパート不動産屋に伝わり、大家が嫌がり、アパート契約更新一方的拒否され、退去を迫られた。

ヤクザの様な不動産屋に電話口で恫喝され、あなたが面倒を見ないと駄目だろ、引っ越すにしても老人一人を

入れてくれる所なんてどこにもないよ。とまったくもって他人の家庭事情に土足で踏み入る様な事を言われる。

要は親を引き取って面倒を観るなり施設に入れるなりしろ、という訳である。それが出来ればこんな苦労はしていない。

親を引き取って一緒に生活することになったら、私の気が狂うか、母を殺めてしまいかねない。と思ってる。

さら警察や近隣住民からの電話が続く様になる。その都度、謝罪の電話や訪問に向かう事が短い期間に連続するようになった。

これまで半世紀近く、おそらく二番目に被害を受けた人間が、その加害者のしでかした事の為に謝罪に回るという罰ゲームである

しかし、このトラブルの増加あたりから、状況は徐々に好転を見せ始める。

トラブル頻発の経緯からか、独居老人を見て回ってくれる地域高齢者支援センターの方がたまに母の様子を見てくれていたそうなのだ

この頃になると母の症状もだいぶ進み、自分の事を自分ですることが出来なくなりつつあり、言動が破たんしている頻度や時間

長くなってきた。支援センターの方は、そんな母を外部に連れ出し入浴をさせてくれたり、

家の手伝いや話相手になってくれることがあったそうだ。

長く孤独だった母に対し、支援センターの方が母との信頼関係を築いてくれた。

母が病気になってから知り合った人間名前を覚えて良い人物として会話に登場することになった。

この支援センターセンター長さんには感謝しきれない思いだ。

センター長さんの案で母を健康診断に連れ出す事ができた。

そこに私も同行し、その流れで精神科のクリニック紹介してもらい、再度精神科受診させることもできた。

しかし、入院施設もなく、通院投薬が前提のクリニックで紹介された入院施設のある病院は、

かつて散々嫌な思いをした地元の総合病院だった。ウェブサイトで調べた所、当時の担当医師は既にいなかったが、

入院をさせても高額になり、治療をするにも、これまでと同じ結論にたどり着くのは明らかだった。

でも、これ以上トラブルを抱えた状態ではどうにもならない、そこでセンター長さんは老人ホームへのショートステイ提案してくれた。

何度かショートステイを行って次第に慣れてもらい将来的にはそこで生活を、というニュアンスだったと思う。

まず2泊3日で滞在させることになった。滞在時には私も同行し、旅行にでも来たと思って楽しんでくれと言って置いていった。

けっこう喜んでいた様子だったが、結局、最後は自ら老人ホームを抜け出そうとしたそうだ。

怖い何かがいてここにはいられないとの事。母は予定滞在期間より少し早く、自宅に送り戻された。

老人ホームの事も調べた。経済的には何とかなる様になっているが、それにはアパートを引き払い、完全にホームで暮らすことが前提になる。

しかホームでは看護サービスは受けられるものの、やはり薬を強制的に飲ませる事は出来ないそうだ。

また、本人の意思尊重することが前提なので、無理矢理家に帰ろうとする母を拘束することはできない。

また周囲とトラブルを起こした際はやはり退去を求められる可能性がある為、現状での長期滞在は難しいという結論だった。

ここで進退窮まった。引っ越しは迫られる、トラブルは頻発する、治療には金がかかる。同居は実質不可能

正直にいうと少しだけ真剣完全犯罪を考えた事もある。

しか殺人容疑者比率で最も多いのは家族や近親者という事を知って、実現不可能であることを認識した。

こうなったら、母と絶縁状態の親戚を頼りにするしかない。という事になり、自らの恥を含め事情を話し、

母のきょうだいである叔母に当面の入院費を工面してもらった。

その際、医療関連の仕事をかつてしていた母の弟にあたる叔父から

県立の精神病院存在を教えてもらう。あそこなら比較的安くすむかもしれない。ということだった。

アパート引っ越し先を何とか見つけ、ゴミ屋敷引っ越しを済ませ、恫喝をされた不動産アパートの引き渡しを済ませた。

殴りたかったし文句の一つも言いたかったが、こちらは加害者なので、なにも言える状況ではなかった。

翌日、筋肉痛で疲労困憊の状態で県立の精神病院に電話をかけた。

事情を話し、入院費について尋ねると、これまで問い合わせた病院のどこよりも費用が安く入院できるとのことだった。

状況で費用も変わるが、約8万程度だという。さらにこれまで受診した病院と連絡を取ってもらい、事情を把握してもらった。

そして遅くとも2週間位で入院ができるとの事だった。

電話した日の夕方、再び病院から電話があり、明日入院キャンセルになった関係で、

母を連れてくれば、明日そのまま入院できる。と連絡があったのが、つい一昨日の事だ。

正直、すこし拍子抜けをした、これまでの苦労は何だったのかと。

最初に誰かが県立の精神病院存在制度費用についてしっかり教えてくれれば、自分自身できちんと全て調べていれば、

こんな苦労はしなかった。私自身、最初問題から逃げようとしていたし、問題に向き合ってからも苦労の方向性

間違っている事に気付けなかった、しかし、役所介護福祉医療警察、の現場であった人も親類も、

これまで誰もそのアドバイスをくれなかった。いや、耳を傾けようとしなかった部分も多分にあるだろう。

正直、母の病気は隠したい恥という部分もあり、これまで親しい関係の人にしか、打ち明けた事が無かったが、

自分の不甲斐なさと共に、制度の穴に対しても恨み言の一つは言いたいと思ってこれを書いている。

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あと少しだけ以下に続きます

http://anond.hatelabo.jp/20170203210406

2017-01-11

日本男尊女卑でも女尊男卑でもない

健尊障卑だよ

健常者男女がヌクヌク平和暮らしてた時期にハンセン病患者は半世紀隔離されて今も障碍者作業所で時給100円で働かされ措置入院医療保護入院なんて人権侵害もされてる

国会議員障碍者なんてほとんどいない

ホームレス男性風俗店勤務女性障碍者が多いらしい

原罪のように男女対立を煽るなら健常者男女自ら死ね

2017-01-06

http://anond.hatelabo.jp/20170106103435

一人暮らしをしている私の兄弟が今まさに大家さんと不動産管理会社から退去勧告を出されている。

退去勧告と言っても

引っ越し代金は払うから出ていってもらえないか

という強制力のない「お願い」だが、おそらくもうそこの賃貸に住み続けることは不可能だろうから実質的には退去勧告だ。

私の兄弟はもう何年も前から幻聴被害妄想により隣人に対して罵声暴言を浴びせかけたり(バカヤロウ!死ね!殺すぞ!)、穴を開けるほどの勢いで壁を殴ったり蹴ったり、自宅の玄関ドアを蹴り続けたりと大暴れしており、何度となく警察沙汰にもなったし、一度は措置入院までしたのに、なぜか契約更新は滞りなくできていた。

だが、今回の大暴れでは夜中に隣人の家のドアを蹴り続けるという、今までにない直接的な攻撃行動に至り、ついに今回の退去勧告あいなった。

住民の方は相当怯えておられたようである

なお本人はその直後に医療保護入院しており、帰る家がないため現在入院中だ(生活保護受給しているため入院費用はかからない)。

統合失調症は厄介な病気である。何故なら本人に病識がないからだ。

普通賃貸に住むとこのように迷惑をかけてしまうので、次はグループホームに住んだほうがいいんじゃないかと思っている。

人種対立や男女対立って最終的に障碍者に対する集中攻撃になるのか

アメリカ黒人女性らが白人知的障碍者監禁拘束し数日間に渡って暴行拷問を繰り返したらしい

日本ツイッターとやらでもツイッターレディースかい右翼女性所謂鬼女?)の人達障碍者男性へのヘイトスピーチを繰り返してるらしい

自分より弱い社会的弱者を狙うのは古今東西変わらないけど 特に日本ハンセン病隔離歴史もあり 原爆症水俣病認定もやる気ないし

今でも国連拷問禁止委員会から非難されてる措置入院医療保護入院などという人権侵害を続けているし 障碍者作業所で時給100円で働かせ

相模原サリン事件を超える大量殺戮もすぐ報道が少なくなったし

ネットには「ガイジ」「池沼」「糖質」「アスペ」などという差別用語が並び

統計によると弱者を助ける必要がないと答えた人間が最も多い国

未来心配

2016-10-17

http://anond.hatelabo.jp/20160107235944

過量服薬とかしちゃってる時点で診断名が糖質ADHDかなんてどっちでもいい感じ。

自傷などの問題行動があるから、そのような任意入院という形での実質医療保護入院必要とされたんでしょう。

2016-07-18

都道府県知事病識のない精神疾患発症した場合についての思考実験個人用メモ

 都道府県知事が、自らの病識のない精神疾患発症し、不適切が疑われる専決処分等を頻発するようになったらどうなるかという架空の想定につき思考実験をしてみる。

 なお、あくまメモなので、根拠条文等は記さない。後述の指定に従って使ってみようかな、という人は、自力でしらべるように。つかこ記事自体間違ってるかもよ?

 ではまず、前提として、病識のない精神疾患治療にあたっては、当該患者人権に対する制限は最小限度にとどめられなければならないことは言うまでもないであろう。「四の五の言わせず座敷牢へぶちこめ」的な乱暴な意見には、筆者は断固反対する。

 しかし、都道府県知事の職責は重大、かつ職権も非常に強いことから専門医および一般人殆どがその発症を疑うような状況下であれば、既に地方行政は混迷著しい状態におかれているであろう。かかる事態においては、当該患者から知事の職責を剥奪することもやむを得まい。本人の精神衛生においても恐らく負荷軽減の必要があるケースが多いのではないか

 さて、この場合、まず、「都道府県知事事故がある場合」として、副知事等がその職務代理することが考えられる。(副知事存在しない場合も考えられるので、「等」としておく。)

 だが、その「事故」の認定は誰がするのであろうか?

 疾患であるのだから、その認定医師専門医)によるべきであろう。

 ところが、患者本人が同意しなければ、そもそも専門医の診断を受けることはできない。

 例外的に、自傷他害のおそれがある場合不適切公権力行使を間接的な「他害」と呼びうるかについては不知)であれば措置診察が可能であり、その結果措置入院必要ならそうすることになるであろうが、自傷他害のおそれがない場合には措置診察に付するわけにもいくまい。

 あるいは、他の疾病に罹患入院治療必要としているにもかかわらず、本人が(精神疾患に由来する愁訴を前提として)診察は受けるが入院を拒むといった場合においては、精神保健指定医の同席による医療保護入院可能であろう(さすがに家族等も同意するであろうし)。入院は「事故あるとき」であろうから精神疾患であると否とにかかわらず、副知事等が議会と一体になって粛々と不信任手続を進めればよい。

 ただし、あくま医療保護入院必要な期間に限られるから、当該他の疾病によっては時間との戦いになる。

 しかし、そうした特殊事態でもなければ、本人の同意を経ずして確定診断名を出す(しかも、本人の同意くその診断結果を公表しなければならない!守秘義務!)というのはほぼ絶望である

 「成年被後見人の申立ではどうか」…残念ではあるが、それでどのような結果が出ようが、直接に知事の職位に影響はない。わが国では成年被後見人であるか否かに関わらず被選挙権が認められている以上、公職選挙法に基づく自動的な失職はないし、形式的には後見人権限財産に関することに限定されているはずであるもっとも、判断能力を欠く常況にあると家裁が認めた人物の名において下される行政処分に対しては、不利益を被る側から当然山のように異議申立てがなされることとなろうが、これとても知事の失職には足りない。

 結局、地方自治法の本則に立ち戻って、リコール議会による不信任決議、とならざるを得ないであろう。

 では、リコールだが、こちらは地域事情もあるためなんとも言えない。

 鳥取県東京都では集めるべき署名の数に差がありすぎるし、署名有効確認のための事務手続に至ってはもうなんというか。

 とくれば、議会による不信任だが、この場合患者たる知事が黙っているだろうか?仮に地方公共団体吏員が、「対抗する方法はないものか」と問われたら、職務に忠実に「議会解散という方法があります」と言わざるを得まい。ということで、議会は刺し違える覚悟で不信任を突きつける格好になる。

 ところが、議会解散に伴う選挙からといって、解散前と同一人物が再選されるとは限らない。その辺はフツーの地方議員選挙である。とくれば、前回薄氷を踏んだような議員は、正直いって議会解散には及び腰にならざるを得ないだろう。その中であえて知事首に鈴をつける議員(団)がいるか?という話であろう。

 …結局、住民圧力に耐えかねた議会が不信任を突きつける(それもそうとう及び腰で)しかない気がするが、その間に失われるヒト・モノ・カネ・労働力行政への信頼たるや…

考えたくない。

#本記事は、フィクションネタ、または学術論文ネタとしての使用自由です。但し、直接リンクはご勘弁ください…。また、上記目的以外の目的での利活用禁止します。引用に名を借りた部分的全面的転載禁止しますので、

2016-03-20

SSRI程度でガチメンヘラ扱いなの?

ガチメンヘラというなら最低でも以下の4つのうち2つ以上は満たしていないといけないだろ!

SDA、MARTA、DSS服用歴あり(CP換算600mg/day以上が望ましい)

緊急措置入院措置入院応急入院医療保護入院歴のいずれかがある

統合失調症あるいは双極I型障害と診断されている

幻覚妄想などの精神病エピソードがあった

2016-01-07

行って言って見た精神保健福祉法違反


私が実際に精神保健福祉法違反実体験したのは10代後半のときだった。

過量服薬で近所の病院に運ばれ処置を受け、

そこの病院には精神科がなかったので転院することになった。

このとき転院した先の私立精神科病院児童思春期病棟マジでクソだった。

任意入院」という形態入院したのだが

任意入院同意書と引き換えに看護師から手渡された「入院に際してのお知らせ」という書面に

あなた入院は、あなた同意に基づく、精神保健法第22条の3に規定による任意入院です」との記載がある)、

これなら精神保健法にもとづき任意入院自由退院ができるはずである

任意入院者が退院を申し出た時は退院としなければならない(21条2項)のが原則であるが、

精神保健指定医の診察のもと一定場合に72時間を限り(特定医師の診察のとき12時間

退院制限することが可能である(21条3項、同条4項後段)。

通常、この規定は病状悪化等のため措置入院医療保護入院等に切り替える準備として利用される

( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%BB%E6%84%8F%E5%85%A5%E9%99%A2 )



なので入院1カ月目に退院主治医に申し出た。

任意入院者が退院を申し出た時は退院としなければならない。ただ例外として指定医必要と認めれば72時間に限って入院制限できる。これは

精神科病院管理者は「入院継続に際してのお知らせ」

患者本人へ退院制限を行う旨や患者請求権に関する事項を記載した書面)で告知し、

任意入院患者が退院意思を明らかにした時点から72時間以内に限り退院制限を行うことができます

この72時間以内に、継続して入院治療する必要性患者説明し説得を行うことや、医療保護入院へ移行するため家族から同意を得ること、

退院について家族等との連絡調整に充てることになります

( https://www.e-rapport.jp/law/welfare/welfare_2014/welfare_2014_2.pdf )



とあるように、「任意入院患者が退院意思を明らかにした時点から72時間以内に限り」「入院継続に際してのお知らせ」で告知して行わなければならない。

さて私の場合

退院させてください」

「うーん、まだ」

一蹴された。


えっ。えっ。じゃあ

任意入院患者が退院意思を明らかにした時点から72時間に限り入院が延長され」「医療保護入院へ移行する」のかな、と思った。


72時間経ったけど何もなかった。書面も告知もクソもなかった。

なにかがおかしい。


ちなみにこのあいだ、クソ狭い病院建物の外に出たことがない(鍵のかかった閉鎖病棟(はーと))。

余計にメンがヘラりそうだぜははーって感じだった。


さらに1カ月後、言葉の強さが足りなかったかなと思い言葉を変えて診察(週1)に主治医に言った。

退院します」

「まだダメかな」


やはり72時間経ったけど何もなかった。書面も告知もクソもなかった。

なにかがおかしい。


この病棟にいるのは9歳から19歳までの子ども。6カ月以上入院している患者も全体の1/3(ベッド数30)くらいはいただろうか。

ちなみに都立児童思春期精神科の平均入院日数は

平均入院期間は90日程度です。病状が改善すれば、できるだけすみやかに家庭等へ復帰することを目指しています

( http://www.byouin.metro.tokyo.jp/shouni/section/seisin.html )



だそうだ。この病院病棟真逆を行っていた。

そんな押し問答を繰り返し4カ月目、ようやく手に入れた一人での外出許可でそのまま脱走した。

いや、「無断離院」した。


このときは外泊扱いになり、帰って来いとの話になったが無視した。

退院できた。


えっ!?

医療保護入院に移行しないの!?


入院中疑問に思ったことがある。ナースステーションで覗き見した名簿では9割方の人が任意入院

中には病院から学校に通う人まで。みな長期入院している。1年以上いる人も。居住施設じゃんそれは。はやりの社会的入院ですか。


そして入院中同い年の任意入院患者から聞いた言葉。その人もやはり学校に通いながら入院する長期入院者。

「親さえ説得すれば退院できる」


実質医療保護入院じゃないですか!?

病院保護者同意がないと退院できない医療保護入院では!?

  1. 精神保健指定医による診察の結果、精神障害者であり、かつ、医療及び保護のため入院必要がある者であつて当該精神障害のために任意入院が行われる状態にないと判定されたものであること(33条1項1号)または34条1項の規定により移送された者であること(33条1項2号)
  2. 家族等のうちいずれかの者の同意があること(33条1項柱書、33条2項)または居住地市町村長同意があること(33条3項)
  3. 入院の告知(33条の3第1項)

( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%BB%E7%99%82%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E5%85%A5%E9%99%A2 )



要するに家族指定医の間でこうなんかうまい具合にされちゃってる入院形態じゃないですかね!?


そして別の任意入院患者が興奮し保護室隔離)に連行されていく(それはまさに連行だった)シーンを見て疑問に思った。

任意入院患者って、保護室に入れられたっけ?」

その患者は3日間保護室に入れられていた。もちろん同意などない。


あれ!? 任意入院患者隔離12時間に限ってできるんじゃないですかね!?

主治医に診察で疑問を直撃!すると……


指定医判断いくらでも延長できる」


えーーーー!!!!本当にーーーー!?

そんなザル法なの精神保健福祉法ってーーーー!?


病院医療保護入院にしたがらない理由を私はこう推測する。

医療保護入院にすると医療保護入院にしたこと、

あとは「定期病状報告書」を都道府県に定期的に出さなければいけないのだ。

これのチェックが意外と厳しいのではと思った。

任意入院場合こういった届け出は病院側に必要ない。


退院制限隔離拘束を行うなら医療保護入院、もしくは措置入院(→都道府県命令による入院)に移行すべきだ。

でも医療保護入院

当該精神障害のために任意入院が行われる状態にないとは、単に任意入院同意しないことを指すのではなく、病識がないとか判断力が低下しているといった、入院治療の当否を自己決定するについての能力不足を必要とする。逆に、こうした能力不足があれば、たとえ表面的に同意ととれる行動があっても任意入院を行うことはできない

( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%BB%E7%99%82%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E5%85%A5%E9%99%A2 )



ハードルが高い。たぶん。


あのクソ病院!私の人生を返せ!

統失だって診断したくせに、県立病院に変えたらADHDだったじゃん!


絶対に許さなから!!!

児童思春期精神科閉鎖病棟を持つ某松本病院さんよォ!?

おわり。

2015-05-23

http://anond.hatelabo.jp/20150523004217

福祉職をしているが、この手の相談はそのまま長期化して数十年後に発覚するパターンが多い。

本人のためにも家族のためにも、早めに医療機関に繋ぐことが何より大切になる。

はいえ、病気という意識のない本人に受診は促せないと思われるので、何かしらの外部からきっかけが必要になる。

精神科への入院には大きく措置入院医療保護入院任意入院と3種類が存在し、任意入院以外は本人の同意不要

ただし、医療保護入院病院までは本人が自主的に出向く必要があるので、そこはうまい理由付けをしないといけない。

病院医師も交えて今後の相談に乗ってもらおう、病院ゆっくり寝食を得て休息しよう…等)

措置入院であれば本人の同意なしに自宅から病院まで強制的連行することができるが、そのハードルは極めて高い。

少なくとも、他害行為が生じて警察沙汰になった段階でないと運用がなされないことがほとんどである

もし自宅内で暴れているのであれば、その最中警察を呼んで、到着後もなお収拾がつかないといった状況でないと措置入院は難しい。

実際のところ、警察が到着したら怯んでおとなしくなる人がほとんどなので、家族が大怪我でもしてなければ説教だけして帰るパターンが多い。

こんなことは実際の現場では勧められないが、もしなるべく被害を最小限に措置入院に繋げたいのなら、増田が身体を張るという手もある。

警察にすぐ側で待機してもらっている状態で本人を興奮させて一、二発殴られれば、警察も緊急に動く大義名分ができる。…増田にとっては痛いけど。

ただ、この手の話は長期化すればするほど本人にとっても家族にとっても不幸が増すだけなので、早く何かしらの手は講じた方がいい。

入院して医療にさえ繋がれば障害者福祉サービス年金だって利用しうるし、本人の状態もある程度は安定に向かうだろう。

まだ弟は若くやり直せる年齢なのだし、ゆくゆく破裂することが目に見えている爆弾があるのなら、対処は早めの方がいいと思われる。

ちなみに、措置入院公費負担なのでほぼ金銭負担はない。

ただし、本人の状態によって入院後に医療保護入院任意入院に切り替わった際は、通常の医療保険範囲での自己負担が発生する。

2012-06-11

1984年生まれの自分障害者になってしまった

http://anond.hatelabo.jp/20080620191355

小学校低学年(1991-1992年度)

ばーちゃんにファミコン買ってもらう。今はボケてもう僕のことはわからない。

モテ期チョコレート5個ぐらいもらった。でももらった女の子の顔を覚えていない。

アニメ三つ目がとおるボルボックがむっちゃ怖かった気がする。

学校うんこ漏らしてトイレで着替えた気がする。

恥ずかしくて大の方に入れないから、男子も全員個室にすべきである

小3(1993年度)

担任の男の先生優等生Iちゃんから下の名前で呼ばれていた。

「男の人はホースがついていて良いわね」とIちゃんが発言したのをまだ覚えている。

「そういうことは言うのやめなさい」と先生こどものじかんの主人公教師のようなポジションである

3年は自分の成績も良かった。とうもろこしの絵でなんか賞とった。

ジャスコの2Fのゲームコーナーにハングオンとバーチャファイターが置いてあって

1回200円だったけどやらせてもらった。もっと事細かに書きたいけどやめる。

小4(1994年度)

先生が変わり事務的な女先生へ。

成績が下がりオール2とかだった気がする。スーファミ買ってもらったのもこの辺。

小5(1995年度)

2年に一度のクラス替え。このクラス友達グループが一番遊んだ

漫画クラブに入る。学校漫画持ってきてよかったから。スト24コマ流行ってたなぁ。

トレースを校内の掲示板に発表してたwトレース疑惑ってレベルじゃない。

ゲームではクロノトリガーとか。友達に「未来世界ダンジョンクリアしてやんよ」と言われクリアしてもらうが、今思うと自分でやった方が良かったなぁなんて。

小6(1996年度)

みんなポケモンやってた。ゲームボーイも買ってもらった。ケーシィ交換して進化させた。

友達の家でマリオカート64と、スト2ぷよぷよやった。対戦相手がいて一番楽しかった時期。

早く縦何列もびしり積んで、偶然連鎖を狙うやり方とか。

そいつの家にコミケカタログがあった。多分妹のだろう。

ある背伸びしたSくんはアパートに住んでいて、セガサターン持っていた。

ペパルーチョとかやってた。

そいつの家でエロ本を見せられて、自分の顔を手で隠したのを覚えている。俺もシャイだったんです。

学校か何かの行事で、みんなで風呂に入った時があって。生えてる生えてないとか色々言い。

あとTくんがプレステFF7持ってた。ボスを倒してくれって言われてて。

そして、この夏休み明けの2学期から学校をまったく行かなくなる。

中1(1997年度)

始業式は1日だけ行った。

買ってもらったプレステサターンそればっかやる。

深夜にエヴァTVシリーズの放送をビデオに撮って見てた。

この辺りから深夜放送にハマりビデオに撮りだす。

トゥナイト2とか見てたよ。

中2(1998年度)

2年の学校の思い出何もない。

ゲームばっか。鉄拳3はよくやったなぁ。チョコボの不思議なダンジョンとか。

中3(1999年度)

ドリームキャストまで買ってもらう。

ソニックとかやったなぁ。

校長先生が推薦してくれた私立の高校の面接にも行かなかった。

高1(2000年度)

プレステ2も買ってもらう。

プレステ2ゲームは買わず、GameWaveって本についてたDVDを見てた。

PSOβテストとかやってた。

高2(2001年度)

PSOどハマり。電話代の請求が何万とか来た。

両親がプチ切れる。

テレホーダイに変えて、23時が楽しみだった。

日曜朝のギャラクシーエンジェルが楽しみだった。

トラックで父の現場の手伝いをしていた。

高3(2002年度)

FF11の為にBBUNITを親のカネで購入。でも半月ぐらい立っても届かない。

ソフトはあるのに出来ないもどかしい状況。

ずっとそれ。

大1-大3(2003-2005年度)

ちょっとメンタルクリニックに行ってたんだけれど、

被害妄想で母の職場まで自転車で行き、交番にも行って助けを求めたけど、「住所は?」と聞かれ助けてくれなかった。なんどか警察沙汰になり。車から飛び出したり、かなり状態が悪くなり

年初め精神病院医療保護入院する。入退院を繰り返す。

いつもイライラしていた。

病棟で知り合った同い年の女の子から電話が来たりして仲良くなる。

現在(2005-2012年度)

その女の子死ぬ家電電話したが、その子のお母さんから詳しい原因までは勇気がなくて聞けず。

自分の親父も脳出血死ぬ

その後、生活訓練施設に3年入り、去年退所した。

今は援護寮で障害年金生活。

毎日病院デイケア通い。

料理したりカラオケ歌ったり、運動とか、作業でカーテンレールの組み立てとかをする。

何人かの太り気味な女の子から告白される。俺と付き合うと不幸になるぞ。

最近パソコン職業訓練でも受けようかなと思って訓練校に行って試験を受けるが、数学は1問も解けなかった。

そのせいではないにしても落選してしまう。

職業センターに行ってみると、委託訓練が良いと勧められてハロワで申込んだ。

新しい生活習慣に慣れるつもりで、受かったら通うつもりである

そして、色々あって全経簿記3級をとって(なにも履歴書資格欄に書かないと何も出来ないと思われるから

なんと2011年26にして初めてバイトをする。掃除バイトだけれど…

受かるの半年ぐらいかかった。求人の9割高卒以上だもん。

改めて見ると、一人っ子からゲーム機良く買ってもらったなぁ。

で、初給料カーチャンハンカチをあげた。

涙を拭いてくれと(笑)

で、今年の3月に生活リズムが崩れてやめてしまった。去年に比べて10kg太った。

最近音楽に目覚めて(笑)KORGのMS10という古いソフトシンセアンプを買って

Asio allを入れてMIDIキーボード演奏して、地域生活支援センターバンドをやっている。

もう一発逆転狙えるのは音楽しか無いと

チャンチャン。

2011-12-13

http://anond.hatelabo.jp/20111213152617

そう(正確に言えば両親)でございます未成年なので(一人の精神科医の診断と)保護者の承諾のみで入院させることができる「医療保護入院」が適用可能なのです未成年じゃなくても精神障害度合い(?)があまりにも高いと「措置入院」が使えるらしいけど。これは確か二人の精神科医の診断と都道府県知事サインかなにかが必要だった気がする。

一回目は一ヶ月で出られた。二回目は出るのに半年かかった。三回目はどれだけかかることやら。おれはこの貴重な時間をどれだけ無駄にさせられればいいんだ?

もう毎日折り紙を折る生活は嫌だ。

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