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はてなキーワード: 田舎者とは

2017-07-22

田舎の虐められてる学生よ、書を手に取れ、都会に出よう

田舎の町で育って、小中高と虐めを受けてきた。

田舎って、クラス替えがないんだよね人がいないから。

から虐めのターゲットにあると何年も続く。

小学校の時、中学校の時、高校の時、死ぬことしか考えてなかった。

そんな自分の救いは図書室。

図書室は静かにするところなので、いじめっ子は入ってきて自分暴力を振るうことが出来ない。

虐める奴らは本を読まない奴らが多いので、図書室に偶然立ち寄ることもない。

休み時間になると走って図書室に行って、図書室にある本をカウンターの下で隠れて読む生活

田舎すぎて図書室には誰もいない。

高校はさすがに人がいたが、小中は、本当にほとんど誰もいなかった。

学生生活いかに「人が来なくて来ても隠れられるところ」「気づかれないようにその場から消える術」を学んだと言ってもいい。

虐められないためには接触しないのが一番である

暗殺教室で、虐めに遭っている女の子が、テストだけ受けに来て終わったら速攻帰る、とやっていたが、あれは正しい。

 

お金問題で、高校までは地元に拘束される田舎者も、都会に出るのを許されるのが大学だ。

もうこんな狭い人間関係はまっぴらだったので、高校はひたすらひたすら勉強した。

とにかく地元を出たかった、国立の金の掛からない大学に行きたかった。その二点が勉強意欲だった。

自分は塾にも行けなかったので(行けばいじめっ子がいるので虐められるだけ)学校の授業がすべてだった。

 

高校教師というのは、やはり素行がよく、頭のいい生徒を可愛がる。当然だと思う。教師勉強を生徒に教えるのが仕事なのだから

休み時間に聞きに行ってもいいか、と先生によくアポイントを取った。

休み時間がつぶれるというのにどの教師も喜んで応じてくれた。

この作戦休み時間に人をどこかに連れて行って虐めようとしている奴らにも効果がある。

先生約束していて職員室に呼ばれている」その言葉が出るといじめっ子もそれをバックレろとはいえない。

 

学年一位、市内一位を取るレベルになると、先生の態度が変わった。

先生の態度が変わると、いじめっ子が関わってこなくなった。おそらく私に手を出したら分が悪いと思い始めたのだろう。

いじめっ子の中には秀才と呼ばれる奴がいて、この人達は、少々悪いことをやっても先生に疑われないので、影でいろいろやらかしていた。

だが、私の方が成績を上回り始めると、引き落とそうと嫌がらせエスカレートしてきて、先生にも気づかれるようになってしまった。

怒られたのはいじめっ子の方だ。これには驚いた。昔なら、なぜか虐められた私の方が注意されていて終わっていただろうに。

ああ、学校は成績がすべてなんだ、と痛感したのはこのときだ。

 

最終的に、偏差値70クラス大学に行った。学校では私一人だった。

お金がないが口癖だった親も、さすがにこのクラス大学に行くとなると、頑張って入学金を用意してくれた。

大学生活は天国だった。

そして金持ちの子供が多かった。

金持ちの子供って歪まないんだね。いい人が多かった。友達もたくさん出来て、楽しかった。

同窓会手紙が何度か来ていたが、全部無視した。

 

二十年くらい経って、地元に戻った。祖母調子が悪く、もう長くはないからだ。

会える間に、会える距離でなるべく楽しいことをしてもらいたいと思った。

一応ニートもなんなので、地元開業してみたが、未だに地元カーストのまま話しかけてくる人が多いことに気づいて面白い

この人達は、地元人間が都会に出て行くまでのカースト脳内が固定されていて、それから脱却できないのだなと気づいた。

都会で住んでいたのが二十年以上の人間が、二十年以上前と同じメンタリティ田舎に戻ってくると思っているのだろうか。

こいつらの中では、まだ自分はいじめられっ子で、覇気がない子分なんだろうなあと思うとしみじみする。

かばかしくなってきたので、店を閉めたら、慌てた人たちが飛んできて、なぜ閉めるのか、困る。と訴えられたので、

「いやー、さすがにカネ持ってんだろ、くれよ、とか、息子連れてきて、息子に色目使ってないわよね、あん変態から、とか言われたら

心折れますわ……」と今回は素直に言ってみたら、何か長老会の闇のパワーが働いたようで、それも驚いた。

闇の長老会パワーで、まず、店まで来てあれこれ言ったもといじめっ子と親が謝りに来た。隣には謎の老人が目を光らせていた。

過去のことを許してくれ悪かったと謝罪されたが、意味不明だったので、いや、顔を見せないでくれたらそれでいいと言ったら、そしたら

困ると言われたのだが、困る相手になんであん言葉を言うのかと問い返せば黙った。謎の老人が一喝していた。誰だおまえ。

次にいじめっ子の女(既婚パート)がのきなみパート先を解雇されたらしいと聞いた。

後日、もう奴らは店に来させないから、再度開業して欲しいと老人数人が頭を下げに来た。来させないとか、そんな権限君らにあるのか。こわい。

しかし長い田舎者だったので、田舎では長いものに巻かれるのが最適だと学んでいるので再度開業したら、本当に変な客がいなくなった。

長老会ぱわーすごい。

 

 

田舎で虐めに苦しんでる子供達は、とにかくひたすら勉強して、都会に脱出することをおすすめする。

田舎権威に弱いので、カースト上位にさえ上り詰めれば、こちらが勝てる。

いじめられて、しくしく泣いていた自分が、今や、虐めを食らっても、鼻でせせら笑って「こいつバカじゃないの」と思えるレベルになるのだ。

メンタルも強くなるしおすすめ

2017-07-17

はてなの被差別階級に田舎者の他に派遣会社社員も入れるべきだなこれは。

奴隷商人日本悪化させた諸悪の根源だもんな。見つけ次第○そうぜもう。

2017-07-12

安心第一安全第二の韓国安全第一安心第二の日本

子供への迷惑を嫌い、都会人が免許を取り車に乗る韓国

田舎者も都会人も持つ大人もお構いなしに車を嫌う日本

列車の遅延が少ないが事故が多い韓国

列車事故は少ないが遅延が多い日本

活動家理不尽と戦う韓国

理不尽無視する日本

2017-07-09

はてな民は底の浅い偽善者差別大好き集団だよ

わかるわかる

処女には○○(なんらかの未熟や欠陥やマイナス示唆するカテゴライズ)が多い」

っていったら漏れなく大炎上だよね

逆に「非処女には○○が多い」も絶対ダメだし炎上する

・(二十歳こえて)処女にはブスが多い

・(十代で)非処女には母子家庭が多い

・あの歳で処女なんて絶対どこかに問題がある

・その歳で非処女なんていやらしい、だらしない

etc.


そりゃそうだよね、人間を性体験の有無でカテゴライズするなんて非知性丸出しで差別意識丸出しだ

そしてはてな民はそのような未開でけしからん言動を漏らした人間を決して見過ごさず

ピラニアのように飛びついていって火刑主催するタイプ人間の群れ


であるのに

lapk 童貞にはコミュ障が多いという当たり前すぎる話に童貞が反応しまくってホッテントリしているという構図

リンク2017/07/08

これは大量の星を集めたうえに誰にも咎められてないね


いつもいつものことだけどはてな民のあっさいあっさいポリティカルコレクトネスには辟易とする

ようするに質の悪い勉強法と同じで、「アウトなもの」を棒暗記してるだけなんだよね

から女性とか障害児とか外国人とか「いかにも」なものへの差別にはピーンて反応して「いーーーけないんだ!」の大合唱

でもそういう「いかにも」に登録されてない事例については全然反応できない


テストのためだけに勉強してて、一夜漬け暗記でなんにも身に着いてない奴の感じ

この場合テストってのは世間進歩的ポリコレ完備の人として感心して貰うこと」であり

何が身についてないかというと本来必要な公正さや知性や思いやり」


要は、差別的な心からはまるで決別できてないんだよ

ポリコレ的な部分に意識が高い割りにね

からポリコレ対応な分野の「怒られずに差別出来そうなチャンス」には涎たらして飛びつく

普段無理して差別反対の振りしてるから差別していいチャンスでは溜まってた本性丸出しになっちゃ


童貞だけじゃなくて

上手く誘導してやるといろんなものへの差別心まるだしのブコメ欄になって面白いよw

田舎者とかバカとか低学歴への侮蔑差別も大好きだし

あと「差別した悪い奴」と認定された人物クラスタへの攻撃も歯止めがなくなる


このわかりやすい2面性のある底の浅い偽善者集団よりは

ポリコレ嫌いを公言して差別的書き込みもする2chの奴等の方が清潔であるような気すらする

よいこぶるのが癖になっててよいこの仕草は板に着いてるけど内面全然伴ってない真面目系クズ

https://anond.hatelabo.jp/20170709080616

2017-07-04

東京駅都民ファースト

東京駅を歩いていたら、

田舎者!!」

という怒号が、かなり大きな音量で飛び交っていた。

用事東京駅はよく利用するが、初めて聞いた。

やはり都民ファースト勝利したらから都民意外への締め付けが厳しくなっているのか。

そのうち三越に入ろうとする埼玉県民へ「帰れ」コールでも浴びせられるようになるのだろうか、

西友にいけといわれて。

2017-06-29

権利」を謳う人間はなぜあそこまで意地汚く見えてしまうのか

今回ここで、「権利概念が放ってしま暴力性の起源について一人考えてみる

人権」の普及 ーアメリカ独立宣言



1週間もすれば3億人近いトンチンカンたちがまた祝うことになる、近代社会の幕開け=アメリカ独立宣言に遡ってみよう。250年くらい前のことだ。後にアメリカ人と呼ばれる極西の田舎者黒人奴隷を足置きにしながらヨーロッパ政治哲学を読みふけっていた。そして、英国議会に「植民地のくせに生意気だぞ」と言われてしまったあの時、彼らのイギリスコンプは爆発し独立宣言してしまう。この独立戦争とその後の歴史で彼らは「国家」を生み出しその中で「所有権」というもの不可侵性を「人権」として僭称したのだった。それまでもこの考え方は常にヤバい匂いを発してきたが「独立宣言」こそが全人類脳みそ侵入し始めるウイルスになった。彼らはこう言う。「君たち、実はな、人間は生まれながらにして権利というものを持っていたのだよ」「君たち、これは自明の真理だよ」。誠に蒙が開かれるようである。実際に驚くほどたくさんの人が啓蒙されることになる。

ところで、ここで彼らが行なった欺瞞としてまずよく言われるのは足置きにしている「黒人奴隷」についてである。つまり黒人奴隷人間の方にではなく所有物propertyの方に組み込まれしまったことである。ところが、今回に限ってはそこは重要ではないと私は言いたいのだ。というよりも黒人奴隷境遇があまりに深刻な問題であるから真の問題が後景化し見えなくなってしまっている。この深刻な問題をみたとき、我々、権利至上主義者の常識的感覚からいって、100年後、200年後に黒人へ与えられたように、人間権利、あるいは公民権解決すべき(解決した)問題だと思わされてしまう。

でもこれは糞の上に城を立てただけなのだ私たちの暮らす城の中はクソの匂いが充満している。「権利」などという考え方が、奴隷制的な、暴力的支配への渇望に支えられている。私たちはクソがあるなと思ったら「あっクソだ」と言わねばならない。「あれ?この部屋なんか、うんこ匂いしない?」は常に言いづらいセリフではあるが。


 人権を「持つ」とは ー「所有」についての2つの感覚




まりどういうことか。権利を「持っている」、という発想自体にその欺瞞が現れている、と言いたいのだ。一般におそらくは「所有権を持つ」という表現すらあまり違和感をもたれないのである独立宣言の下敷きになったヴァージニアで行なわれた会議草案にもその矛盾を観れるかもしれない

That all men are by nature equally free and independent and have certain inherent rights, of which, when they enter into a state of society, they cannot, by any compact, deprive or divest their posterity; namely, the enjoyment of life and liberty, with the means of acquiring and possessing property, and pursuing and obtaining happiness and safety.

この2つ目の下線部は独立宣言では省かれるのだが「所有権を持つ」という循環した考え方を恐れたから、ではなく国家による税金徴収を困難にするという理由であった。

何が言いたいかといえば、奴隷武器砂糖三角貿易が成立して以降のヨーロッパ社会では、「権利」が「持つ」ものとして想定されねばならなかったのである。それは単純には、ある種の人々から「奪う」こと(あるいは「捨てる」こと)のできるものでなくてはならなかったからだ。つまり所有権」が守るベーシック価値は「権利概念誕生の後に、「どんな種類の権利を作ろうかなー」と考えられて作られたものではなく同時に発生しているのである。そしてそのことは隠れたのだ。独立宣言に「自明真実ではあるのだが我らは不可侵権利を持っているのだと信じる」としれっと書き込むことで。じゃあ所有の意味を含む「権利概念が発生した時に生まれていたものは何か。ここが今回の主張であるが、「支配欲求自体への承認」なのである社会の一員として我々は「ある種の激烈な支配の形」を基盤にすることで社会を成立させている。それは「所有権」だけでなく「権利全般の話である

propertyに対しては当然そうだろう。犬猫などは黒人同様に解放が進みつつあるが根本的に我々は自分の所有する物をどれだけ傷つけても良いのである対象物に対して欲求したことは特別禁止されない限り全てぶつけることを許されている。私は自分の持っている熊の人形の腹を切り裂いてもいいしそこにペニスを突っ込んでも良い。それが所有権意味するところである。ここで、人形はなんかかわいそうだし除外しようかというのもあまり意味がない。僕が言いたいのは、我々は所有権を「propertyに対して私が欲求することならなんでもしていい力」として想像していて、思考スタート地点にそれをおいていることだ。この認識はもう一つ重要感覚を孕んでいる。それは「私が支配するもの他者が介入することは許されない」ということだ。この二つの感覚両方が「権利全般に流れ込んだのだ。そして実は我々の想像する「自由」のコアイメージでもある。自由にはこの欲望支配感覚が流れている。


 奴隷(property)の反乱 ー「権利」と「自由」に関する妥協と「身体」ー



しかしながらこの「自由」の感覚は「自由」を求める奴隷たちの反乱により一つの現実的妥協を産んだ。支配者はかつての奴隷たちと約束したのだ。我々はもはや君たちを支配しない。その代わりに我々は自分の体を支配するのだと。そして君たちもそうするのだと。人間なら誰もが己の体を支配できることにしよう。我々は平等自由じゃないか。(現実として多くの旧黒人奴隷は扱いの悪い賃金労働者として己の体を「自由」に売買した。ほぼほぼ売るだけであったが。)


上記の経路は思考実験の一つでしかなく、実際は数百年前の「権利概念議論でも既に流れていただろう。しかし、ここで誕生したのは一風変わった、世界人間に対する理解である個人他者からの介入=他者との人間的繋がりを切断できる独立した存在だという信仰なのだ。なぜなら自分の体を自由支配他者はこれに関与できないのだから。(工場で死にかけながら働く黒人労働者だって自由」に辞められると考えることはできただろう。)「権利」や「自由」というもの概念自体にこれは染みついたのだ。


奴隷製の足置きで本を読む農園主の頭の中で作られた「近代国家権利自由」は、国家軍隊というとてつもない力に囲われながら、同じ発想の知的エリート再生産し、根本思想解体は迂回しながら様々なヴァリエーションを増やしてきた。その実践形は司法行政の場から常に吐き出され、我々パンピー脳みそにも影響を及ぼしてきた。


権利概念は、「権利」とは「持つ」ものだという支配欲求肯定に支えられている、というのが基本的な今回の主張である。これが己の身体観や対人間観に影響を及ぼしてきた。実際皆が全く違和感なく自分の持つ時間労働力社長さんに売り払っている。基盤にある発想はまさに「権利」は「持つ」ものから「捨てれる(売れる)」のである。あるいは私は他人権利を「買える」のである。なぜなら私はその「権利」を「持っている」のだから。(一応断っておくが、これによって生まれる成果を否定するものではない。「支配/排除欲望」を根幹にする原理が一度は平等性/対等性 になりながらも、次の段階で一人の人間があらゆる人の時間と行動の自由支配し皆がそれに納得していることに注目したいのだ。この一人の人間も様々な人の投資で買われていてもう少し複雑だろうけれど。)

 まとめ ー「意地汚い」理由



長々書いてるのに平板な話になってるだろうか。ここに資本の燃料をぶっ込めばいくらでも非人間的な方向に暴走できるのは想像にかたくないし、読んだことないけど共産主義とかポモとかもこういう認識の型への反発からスタートしてるのでしょ。現実非人道的支配を読み取った人たちの反発からまれ社会「権」などは対抗力として機能しただろう。ただそのことに対しても言えるのは「権利」「自由」の枠組みがそのまま利用されたということだ。近代国家という装置がこの世界にセットされた1776年の7月4日あの日から人類脳みそはハックされた。今もなお屋台骨として社会を支え続けている我らが人権万歳自由万歳国家万歳


いま苦しんでいるマイノリティも、「支配欲望」の匂い漂う「権利自由概念を使って「国家よ行動しろ」と闘争せねばならない。あるいは彼らがそうでない社会活動を試みていても(例えば、他者との網の目を強化したり、国家ではなくコミュニティや人々の意識を変えるために動いていたとしても)、そのように立ち上がる姿をメディアでみた我々は、そこにまた「権利自由闘争の型を読み取っていないだろうか。「障害者が、また支配欲望を前面に出してるのか。今度は何を要求するのか。」と。そして人間の、恥を知らない無意識は、何かを奪おうとしているマイノリティを見てこう訴えてくるのではないか。我々はこいつらを「支配」し「排除」しなければならない、我々の「権利」と「自由」のために。

2017-06-23

都議会選に田舎者が思うこと

都議会選挙告示されて、東京の街はそれまで以上に賑やかになった。

24時間対応病院が少ない」

総合病院の不足」と候補者が声高に叫ぶ。

うちの田舎じゃ、夕方までやってる病院に行くにも車が必要

駅までも遠いし、バスなんて走っていない。

列車で行けない距離にあるから、近所の人の車に乗っけてもらわないと病院に行けないのが普通

しかも、内科外科しかない。

皮膚科産婦人科耳鼻科なんて、さらに車で走らないと無い。

妊娠すると、高速を使って産婦人科に通う。

別に名医いるからじゃなくて、もちろんそこが1番近くの産婦人科から

間に合わなくて、救急車タクシーの中でのお産を経験した人もいる。

東京にやってきて、病院の多さに驚いた。

田舎では中々病院に行けず、気づいたら手遅れになっていたり、

専門医がいないので、医療ミスのような出来事もざらにある。

人口比率から考えれば、当然のことなのかもしれない。

だけど、

もっと病院が近ければなあ」

専門医がいればなあ」

葬儀でそんな言葉を聞いてきた人間からすると、やっぱり贅沢だなあと感じてしまう。

都議会選挙なんだからさら都民暮らしがよくなるようにするのが当然なんだけれど。

なんだかモヤモヤしてしまった。

2017-06-18

https://anond.hatelabo.jp/20170618173326

カタカナ語英語ではなく日本語英語に憧れる田舎者造語であり方言一種でございます。寛大なお心でもってお許しくださいませ。

2017-06-11

実は毎日NHK観てる

19時〜と21時〜はほぼ間違いなくニュースやってるし

クローズアップ現代とかNHKスペシャルとかプロフェッショナルとか番組名忘れたけどどこかに3日間密着してみるドキュメンタリーとか全部録画してあとから見てるし

NHK教育…今はEテレか…もいいよね

うちは野球サッカーの中継やスポーツニュース観てるくらいなら近所の小学校卒業式とか地域の連絡事項ひたすら流し続けるチャンネル観てたほうがマシってレベルスポーツに興味ないか

どこもスポーツニュースしかやってない時間クラシックコンサートとか流してくれるのすげー有り難いよ

あと多分再放送なんだろうけど

モーガン・フリーマンかいうオッサンが出てる番組

あれもよく録画して観てる

そんなこんなで

とりあえずテレビつけたらNHK観てるんだよ

民放2局かNHKしか選択肢がない田舎者にとってはNHKの安定したラインナップとクオリティにはすごく助けられてるんだよ

でも、申し訳ないけど

受信料は払ってないんだよなー

わざわざ夜中に徴収に来てるのにいつも居留守使ってごめんね

NHKに限らずアポなしの訪問は全部居留守使ってるんだけどさ)

毎日NHK観てるけど受信料払ってまで観たいかといわれるとそうじゃないんだよなー

受信料払うくらいならうちの部屋だけ地上波含めて一切テレビ映らなくしてくれても構わないし

俺のテレビ番組に求めるものって

テレビ東京ビジネスオンデマンド(月額500円)とかでも満たせちゃうから

月何千円払うくらいならそっちに課金するかなーってね(「課金」の本来意味については突っ込まないでください)

めっちゃ勝手なこと言うけど

受信料わずNHK観てるっていう罪悪感はあるんだよ

から別にテレビ映るなら強制徴収のままでいいからさ

映る番組絞る代わりに月数百円のプラン作ってくれないかなあ

そうすれば気持ちよくお金払って思う存分NHK観れるから

2017-06-06

見た目が成金じゃないやつ以外は金なさそうみたいな感じなんじゃないですか田舎者にとっては

2017-06-04

痴漢冤罪と言えば

ネット痴漢冤罪について語ってる奴の大半が地下鉄に乗ったこともない田舎者って本当かな

そりゃムー化するわけだ

引きこもり学校を語って田舎者が都会を語ってるのが匿名ネット真実

田舎偏差値が低い

私は、関東の国公立大を目指す田舎高校三年生だ。国公立大を狙うという事は、それなりの高校に通っているのだが(でも都会からしたら鼻で笑えるくらいのレベルだと思う)、今の高校に入る前、中三の時に父からこう言われた。

田舎偏差値が低い。」

正直意味が分からない。私を田舎に生んで今まで田舎で育ててきたのはあんたなのに。もう三年も前のことだからきっと父は忘れているだろうが、私は忘れられない。

父は東京まれ東京育ちの人だ。あんた達が田舎に生んだくせに、田舎偏差値が低いだなんて理不尽もいいところだ。

私はオタクから田舎だとアニメ全然見れないしライブイベント交通費がすごくかかるし帰りの時間を考えると夜公演は無理だし(日帰りが絶対条件だから)、そういう面で、偏差値がどうこうではなく田舎が嫌いだ。ライブイベントのために東京に行きたいと言ったら、田舎者電車に乗り慣れてないかダメだと言われた。当たり前だ。でもやはり私を田舎者にしたのは両親なので、田舎者からダメという理由おかしい。

関東大学に行きたいと両親に言った時、父は好きにしろと言ったが、母は「どうせお前は遊びたいだけだ」と言った。確かに、ライブイベントには沢山行く予定だ。でも、それよりももっと勉強したいという気持ちがある。

根っから江戸っ子の父から田舎偏差値が低いと言われ、母は受験応援してくれない。センター試験まであと六ヶ月。それまで生きてられるか不安こころしんどい

2017-05-31

この人痴漢です

都会の人には日常茶飯事なのかもしれないが、

普段電車に乗らず、痴漢=草むらや夜道で飛び出してくる変質者の一種 という認識田舎者には刺激が強かった話。

過去に一度だけ「この人痴漢です!」にあったことがある。東京に遊びに行っていた時だった。

ちょうど長めに停車するらしい駅に停まったタイミングで、連結部脇の3,4人掛けの狭い座席に座っていた女性が、

隣に座っていた男性に対して「やめてください!この人痴漢です!」と言い出した。

私はやや空いた車内で、彼らのすぐそばのドアの横にある手すりを持って立っていたが、まったく様子を見ていなかったので何とも判断がつかなかった。

痴漢って座ったままでもあるものなの?というような間の抜けたことを考えている間にも、

「してねぇよ!」と反論する男性に対して、「スカートポケットに手入れて触ったでしょう!」と女性

すると、男性が突然席を立って、私の方(出口)に向かって走り出した。

びっくりして、咄嗟に身をかわしたのだが、驚きすぎて手が手すりから離れておらず、

走ってきた男性の胸のあたりにラリアットをするような形で受け止めてしまった。

私の腕に引っ掛かっている間に、周囲の男性達がその男性を囲み、当事者正義男性たちを降ろすと、何事もなかったかのように電車は発車した。

あれがもし冤罪で、事件に対する態度を明らかにしていないにも関わらず彼の逃走を妨害した私のせいで、

彼がとんでもない不利益を被っていたらどうしようと思うと、恐ろしくてそれ以上考えるのが今も怖い。

それ以来、東京行きのプランを立て始めても、彼が私の腕にぶつかってから男性たちに捕まって引き離されていくまでの、

何とか突破しようとする感触を思い出して億劫になってしまうので、東京には一度も行けていない。

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