はてなキーワード: 右側にとは
帰省した。
郷里は2時間サスペンスドラマの被害者か加害者の実家とかでよく登場するような中途半端な田舎である。
夜も更けて、風呂に入ろうとしていたら、老母が神妙な顔で言うのである。
「入浴の際には、脱衣所のドアを、完全に閉めなければならぬ…さもなくば、恐ろしい目に遭うだろう」
「…もし、…もし、ドアを閉めることを忘れたならば、タオルはラックの左側を使うことじゃな…くれぐれも、気をつけよ」そんな忠告が背後から聞こえた。
入浴。
いーい湯だな。とご機嫌で湯に浸かり、身体を洗っていると、私は自らのミスに気づいた。
脱衣所のドア、完全に閉めたっけ?
…まあいっか。
左…左…
極度の近視のため、ぼやけまくりの裸眼のまま手探りでラックに手を伸ば…
手には、タオルとは異なる、生暖かく、濡れた皮膚にまとわりつく感触…そう、毛皮のような…
「だから、脱衣所閉めろって言ったでしょ。」
「ニャア」
「あれ、いつもは右側にいるんだけど」
「ニャアッ」
https://anond.hatelabo.jp/20220404130523
ついさっきの話。
スーパーに靴下を買いに行って、一足330円のやつと三足500円のやつで迷ってさ。
で、駐車場から出る際に、普段は右側に出るけど、その先の信号が赤だったから左側に出て。
その先で一旦停止無視をやってしまった。そこが一旦停止の場所だというのを初めて知ったよ。
ほんの一瞬の気まぐれで7000円。
一昨年に人生初のゴールド免許更新になっていい気分だったのに……。
これを書いた増田だが、今日同じスーパーに行って、帰りに駐車場から出る時に、
前の車が2台続けて上述の一時停止を無視して走って行った。
なんで俺だけが捕まってこいつらは捕まらないんだよと思ったわけだが、
俺がその一時停止の場所まで行ってみると、なんと一時停止の標識が無くなっていた。
いやどういうことだよ。こんなことってある?
エスカレーターを歩くのはダメという理由のうち、ベビーカーがいるからとか右側に捕まらないといけない身体的理由がある人がいるからとかは分かるんだけど、「エスカレーターの安全性は止まって乗る想定でしかテストされていないから」というのが全く意味不明なんだよな。その安全性のテストがどういうものなのかが全く解説されていないし、「ダメって言ったらダメなんです!」と同等の情報しか無い。日本の「説明」は本当にこういうパターンが多い。そもそもエスカレーターを歩くのが危険なんだったら階段を歩くのも危険だから禁止するべきなのでは?と思うけど、なんで階段はOKなんだろう?「階段は歩くしかないから仕方がなくOKということにしている」という日本っぽい曖昧なロジック?
去年から妻がPTAの仕事をすることになり、仕事でDXをやってるんだったら手伝ってよ、ということで半年前から手伝い始めた。
主な課題は2つ
両方ともエクセルを使って実施してるらしいのだがエクセルを使える人が居ないので困ってるとの話だった。
PTAの名簿は「PTA名簿(学年).xlsx」というファイルで管理されている。
6年生なら「PTA名簿(6年).xlsx」のファイルがあり、そこに各学年の児童の名前、保護者の名前、役割などが書かれている。
4月になると6年生のファイルは削除し、5年生のファイルを6年生にリネームする。
更に5年生のファイルに入っている各児童の学年・クラス・出席番号を変更する。
変更が終わればそれぞれの行を「切り取り」「挿入」することで出席番号順に並び替える。
変更するときに参照するのは学校側から紙で貰う児童名簿で、始業式当日までは厳秘なので絶対に貰えない。
始業式の翌週には役割分担を決めるくじ引きがあるのでだいたい2,3日で名簿を更新する必要がある。
これが凄い大変、ということだったし、もう10年近く同じ作業が行われてきたらしい。
そもそも学校側から名簿をファイルで貰えませんか、と聞いてみたがやはり無理だった。
印刷したものは渡しているから印刷前のエクセルファイルをUSBメモリに入れてくれればいいですよ、と伝えたが
「USBメモリ?」
という感じだったので諦めた。
次に、PTA側に対してエクセルファイルを一つにまとめましょう、という提案を行った。
ファイルは一つにして6年生、5年生のシート毎に分けましょう、という提案だ。これはすんなり受け入れられた。
そして6年生から1年生までを一つのシートにまとめましょう、という提案を行った。
学年の列を追加してそこに6とか5とかを入れておき、フィルターで6だけ選べば6年生だけ見れますよ、ということを提案した。
詳細は後にするがこれは却下された。
最後にクラスと出席番号だけ入力して並び替えをすれば「切り取り」「挿入」という作業は必要ないということを説明した。
だがこれも却下された。
エクセルファイルのA列には「役割免除」「委員免除」などの文言が書かれていた。
例えば会長などの役員を1年務めた人は兄弟がいたとしても永久に何か役割を割り当てられることは無い。
そのため、児童の列の右側に書かれている「2018年 役員」などの情報を元に、当年度の役割免除かどうかを判断し、A列に役割免除の記載を行う。
これだけなら簡単に自動化できるが、役割免除の判断方法は非常に複雑になっていた。
例えば役員をやっても〇〇委員だけは別で役員の免除期間は3年となる。
また〇〇委員になった人は△△委員は永久に免除されるが、□□担当は当該児童に関してのみ免除され、兄弟に関しては免除されない。
こんな具合で複雑怪奇な情報がPTA規則という名のWordファイルにビッチリ書かれている。
これらの情報を踏まえた上で一番左の列に「役割免除」の文言を記載しなければいけなかった。
1ヶ月ほど妻と議論しながらそれを読み解き、エクセルファイル上で管理できるようにした。
当該児童の2017年の列に「××担当」などと書いておけばいろいろと判断して「役割免除」と勝手に入るようにした。
(ちなみにこれは非常に大変な作業で、子供に紐付く役割情報と親に紐付く役割情報を分けて管理し、整合性を保てるようにVLOOKUPなどを作る必要があった)
さて、この過程で各学年毎のシートに分かれていると兄弟のいる親の管理が複雑になるため、1つのシートにまとめた。
入力場所や管理方法も整理し、今後はこのシートを使ってはどうかと提案した。
が、結果しては却下された。
理由はいろいろあるが、「ルールが合っているかどうか分からない」からが主要因だった。
つまり、PTA規則は実は誰一人として理解しておらず、こちらで作ったエクセルが正しいかどうか分からない、とのことだった。
ちゃんとルールに従っているので今後はこのエクセルで良いと伝えたが、そもそもPTA規則が正しいかどうか分からないと言い出した。
例えばクラス以外に各地域での役割があるのだが、それらがどのようなルールになっているかは地域によって違うし、その場合の役割免除も誰も分かっていなかった。
つまりはエクセルファイルにはただのメモ書きとして残しておくだけであって、判断は別途行う、という運用だった。
また、クラス替えのときにエクセルの並べ替え機能を使ってはどうか、という提案も却下された。
元のエクセルファイルは一部のセルが結合していて並べ替えができなかった。
よく見れば結合には意味が無く、解除すれば並べ替えできる、と伝えたが
とのことで並べ替えは出来なくなった。
各学年毎にPTAの役割を決める必要があり、4月にくじ引きが行われる。
くじ引きは校長・教頭立ち会いの下で役割を一つ一つくじ引きして決めていく。
この模様は録画されて証拠として残される。
くじは各学年・クラス毎に1ch × 30cmほどの紙が用意され、それを束ねてPTA会長が持ち、教頭先生が引いていく。
委員や役割によって免除される人が違うため、同じクラスでも複数のくじが用意される。
黒板に各学年の役割を書き、くじを引いたらその人の紙を貼っていく。
A3用紙に先ほどの名簿を印刷し、裁断機で1cm毎にカットしていく。
これを6学年×3クラス×役割数だけ準備するのでとんでもないことになる。
輪ゴムで止めて付箋を貼って保管しておくらしいのだが、これをクラス替え発表の後に1週間以内で準備しなければならない。
ちなみに全部作った後に、不備がないか一つ一つ確認作業も行う。
「深夜まで作業していることがある」
と言っていた理由が分かった。
そもそもくじ引きなどせずにエクセルでランダムに選出できるということを伝えたが速攻で却下された。
といった提案だ。我ながら名案だと思った。DXは関係なくなったが。
当初はこの案で準備が進んでいたが、結果としては採用されなかった。
まず根本的に勘違いしていたのだが、全ての役割がくじ引きでは決まらないということだ。
前年の2学期が始まるときに各家庭に「来年の役割希望について」というプリントが配られて各家庭で希望を募る。
そのときに「過去に行った役割」や「兄弟で行った役割」を記載してもらい、それを10月頃に受け取って保管しておく。
ちなみにその情報を元にしてエクセルファイルの保全も行っていた。
「変な役割を押しつけられるぐらいなら希望を出そう」という人や、前任の人と仲が良くて引き継ごう、という人がいるので20%ぐらいは希望があった。
希望があった場合、先ほどの「役割免除」のところに「〇〇担当希望」という文字列が入る。
なんと、この文字列が入るとそのセルは赤くなるようになっているのだ。条件付き書式だ。素晴らしい。
1cm × 30cmのくじを作って束にすると、くじを引く側はエクセルでのA列になるのだが、そこがちょうどグレーのセルになるのだ。
くじを束ねても先端部分の色でグレーなのか白なのかを判別できる。
そのため、くじ引きをするときに教頭先生はグレーの紙を優先的に引くことができるのだ。
(希望者が複数いる場合もあるのでくじ引きは絶対にしなければならない)
希望者がいる場合はその人達だけでまずは割り箸くじ引きをする、などを提案したが、逆に準備や運用に時間がかかることが分かり、元のやり方に戻された。
また、ファイルに分かれていたのもその紙の印刷をやりやすくするためであり、全てが紐付いていた。
A列には手書きで免除の文字が書かれることもあり、それを引いた場合はもう一度引く、といった具合だ。
非常に複雑怪奇になっていたので完全に手を引くことにした。
最後に、これらのルールが明文化されていないのが大きな課題だから明文化したらどうか、という提案をしたが却下された。
PTA総会での議題決議になり、まぁ想像しなくても大変そうだろうなぁと思った。
そんな決議を取るぐらいならいっそのことPTAを解散するという決議の方がいいかもしれませんね、という話をしたら会長は苦い顔をしていた。
この数ヶ月にわたってPTAや教職員達と触れ合ってきたが、普段相手にしているそれなりの企業の人達と違ってITに対する不信感が大変に大きかった。
一部、中小企業のワンマン社長などが似たような感じではあるがその比では無かった。
エクセルで自動計算してくれるということを説明しても計算結果を信用しないだけでなく
「そんないい加減なやり方だとダメ」「怠けるのは良くない」
「ITで楽してた人が非常時に役に立たず、経験と勘に頼った人がヒーローになる」
というのを目指している感じだった。あの手のドラマが売れる理由がよく分かった。
もちろん、ネットでは見聞きしたことはあったのだが、2022年の現代で、しかも同世代の人達でも同じような感覚の人が多いというのは衝撃だった。
また、例えば同姓同名の保護者がいて、それぞれに兄弟がいた場合は今のシステムが破綻するので各保護者にエクセル上で番号を振ってはどうか、という提案をした。
ご想像の通り、個人番号のように管理するのは如何なものか、というお手本通りの拒絶反応を示された。
思えばあの辺りから不信感が大きくなったようにも思う。
これは皮肉ではなく、この半年ほどだったがPTAのDX化(?)に関われて本当に良かったと思う。
資料やそこに書かれた数字として、ITリテラシの低さや地方自治体でのIT化の遅れなどを知ってはいたが、実は分かっていなかったのだ。
ITリテラシやエクセルの使い方などの前に、そもそも「楽をして生きよう」という人が少数派なのだと思い知った。
そして民主主義を貫く限り、多数派の意見に勝つことは無いのだ。
政治家が時にはバカな政策を立ち上げて、全く効率的で無いことがバカにされるが、実はあれは正しかったのだと思う。
企業活動は「楽をして生きよう」の精神があるにも関わらず、大企業になるほど非効率になるのは同じところに原因があるように思う。
自分自身がこのような視点を持てたことは大きく成長できた部分であり、感謝している。
たぶんこの手の話をみんな大好きだろうから伸びるだろうなぁと思ったらやっぱり伸びた。いろんな人に知って貰えて素直に嬉しい。
いくつかコメントに返信しておきたい。
もちろん完全に本当の話ではなく身バレを防ぐ為にフェイクを混ぜているが9割は真実だし「本当に?」って思うところは真実だ。
例えば紙のクジは真実なんだ。残念ながら。
「USBメモリ?」
「USBメモリ、ああ、USB、ね。ハイ。そうですね。でも、多分使えないんじゃないですかね?容量とか。そういうのが」
という感じだった。
その後もいろいろ話したが、結果的には印刷物をスマホ撮影してExcelに取り込む方法を使ったので業務はかなり楽になっている。
ちなみにUSBメモリはセキュリティの観点で結構前から多くの企業で禁止されていることもあって、意外とこういう反応は多い。
会社で若い人に「USBメモリ持ってる?」と聞いてみるといい。恐らく持ってないし、使ったことも無い。
別にやろうと思えばAWS上にReactでWebシステム作って納品してやっても良かったんだが、
仕事でもこういう問題は多々あるので自走できるように配慮する、というのはかなり気を使ってやった。
そもそもエクセルを使って解決しようとしたのもそれがあるからだし、割り箸くじも同じだ。
加えて、例えばExcelも一つのセルに式を押し込むのではなく、複雑怪奇なルールをそれぞれの列に分割したりした。
最低限VLOOKUPは理解して貰う必要があるが、それ以上に高度なことはしていない。マクロやVBAなんてもってのほかだ。
PTA側から逆に「結果だけ出して欲しい」と言われたが、そうすると引き継ぎ時やルール変更時に困るから、という理由でそこは死守した。
それでいて、入力するところはこの部分、というのをメモ付きで残すなどの配慮はしたのだが、結果は書いた通りだ。
途中でこのような不信感が募ったのだが、正直密室会議で決めるほどの権力も名誉も無い役割なので違うと思う。
ただ単に新しいルールを取り入れることへの恐怖のようなものが背景にはあると思っていて
誰かがやり始めたのでそのまま続けるしかなくなっているのが現状だと思った。
これは恐らく真実で、自分が会長立候補して「変えます」と宣言していたらやっていたと思うし、役員だったとしてもやっていたと思う。
PTAをやっているのは妻で、その手伝いという微妙な立場だったのでこんなやり方になってしまった。
規約にも書いてないから勝手にやってしまえば良かったかもしれないが、そもそもの動機が
「妻が土日にいないと困る」
ぐらいだったのでそこまでやる気は無かった。
これはその通りでPTA役員会の仕事の9割はPTA維持のための仕事である。
ただ勘違いしないで欲しいのはPTAそのものの業務というのはいろいろあって、それなりに必要とされている。
まぁ、必要とされているかどうか怪しい仕事もあって、例えばベルマーク集めとか校庭周辺の草むしりなどである。
ベルマークは未だに集めているし、なんなら今はWebベルマークなんていうのもある。詳しくは調べて欲しい。
その辺りの業務はお金で解決できる、という話は度々上がるらしいが、実施されることはない。
これはもちろんそう思ったのだが、受け入れ可能な形での提案をするのも大事だとは思っている。
思惑としては割り箸くじをまずは導入してもらい、効率化という意識を高めてもらってから根本的な改革、という流れが良いかな、とは思った。
一般的な企業とは違って劇薬は思わぬ副作用を生むのだ。恐らくだが。
また、根本的な話をするとPTAの是非を問うことになるし、実際に会長には伝えたし、来年度以降にそれをやってもいいとは思った。
周りの学区でもPTAが廃止されているところは増えてきているし、2,3年後にはうちも無くなりそうだとは思った。
とはいえ、教師負担が大きくなった結果の悪影響は未知数だし、ボランティアベースでの活動にも限界があるだろうから何かしらの強制力も必要なのではないか、とも思う。
うん。「右翼が」というわけではなくて、「ロマン主義的な思想というか心情が」という事だと思う。だからそういう風に書いた。
ただ、日本で「右翼」というと何故かロマンチックな心情に酔ってるみたいな人たちを指す場合が多いので、どうしても話がそちらに寄りがちだとは思う。(個人的にはガチガチの現実主義者だって右側にはいるのだから右翼という言葉にあまり限定的なニュアンスを込めてしまうのもどうかと思うんだけど、その辺は最近は「右派」という言葉に担わせるのが流行りなのかも知れない。)
なお、左翼がロマン主義的なのは昔からのことだと思うよ。特に最初は理想を夢見ることから始まった啓蒙主義の流れにあるわけだから。(「夢想家」ルソーだの「空想家」サンシモンだの、、)
これ初めに断っておかないと毎回政治思想上の「右」「左」の話になっていますからはじめにそうじゃないと言っておきます。
で、右ってありますよね。右側。
でも右側を見るとそこには右と左がありますよね。右側の、どっちかというと右側と、どっちかというと左側。
じゃあその右の左側は右なんでしょうか? でも左ですよね。右ですけど。
で、右の右側をよく考えていくと、右の右側にも、右側と左側がありますよね。北北西、みたいな。
右の右の右もある。でもこれは割とすっきりしていて、どこまでも右なんですからそれは右です。
でも一番厄介なのが、例えば右側の左側にある右、とか、右の左の左にある右の左の右、みたいなところは、じっさいのところ右なのかどうかだんだん分からなくなってきますよね。
さらに考えると右にズンズン進んでいくとたまに左に出ることありませんか?
佇立して右をズンズン見ていくと左で見るような景色になりません?
運転していていくつか右折を繰り返していくと理論上左折に他ならなくなることありません?
いっぽうで丁字路を右に進む場合は左に出ません。
これは右に1度しか動いていないはずなのに、とても右です。
右に1回しか曲がっていないのに右度が一番高くなる。右を繰り返せば繰り返すほど左に近づいていく。
右に1度動くだけで後は真っ直ぐ進むことが一番右なんです。
実は右は真っ直ぐに担保されているのではないでしょうか。
右手も真っ直ぐ生えています。右手がいつの間にか左手になりご飯を食べる手が食事中にボクシング選手の戦術みたいにクロスしたりいつの間にか変わっていったりとかは、おそらくほぼないと思います。
これはおそらく右なのに真っ直ぐをかなりの割合で含んでいる。手が含んでいるから大丈夫なんだと思います。
左手も同じです。
もし右手と左手に真っ直ぐ度が少なくなったら、きっと述べてきた通り右と左のふわふわとした概念が湿潤してきて右手は右手じゃなくなります。
例えば掌を下にしたとき、小指は右の右ですが親指は右の左です。
さらに言えば右手を左側に持っていき、左手を右手に持っていった場合、左手なのに右側にあったり、その逆があったり、さらにいうと指が重なるようにクロスさせると左手の小指が右の左あたりに出てきたりします。
これは手を真っ直ぐにしないでクロスするからそうなる。割としっかりしている手ですら、右の右の左、みたいな可能性を内包しているのです。
まとめると右と左は本当に恐ろしい考えで、右の中の右や左といった永遠の分割の落とし穴にはまらないこと、そのために、右と左の真っ直ぐを意識することが肝要なのだと普段感じています。