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2018-08-19

anond:20180819021032

サイモンシンもジャレドダイアモンドもいいよね。

ビルブライソン「人間が知っていることすべての短い歴史

ニール・ドグラース・タイソンブラックホールで死んでみる」

あとちょっと趣旨とずれるけど、J・ガイガーサードマン」も面白かった。

それから珍しいところで、建築ノン(?)フィクションの平松剛の二冊、「光の教会 安藤忠雄現場」「磯崎新の『都庁』」もお薦め

2017-11-13

石山修武磯崎新

石山修武磯崎新論は、ボルヘス注釈のみで構成した架空小説のようなものなんだ。

きっとこのまま書かれることもない。

以前にすこし書いたボツになった序文磯崎新論についての論だけが残されるんだ。

世田谷日記3255-3256

"「作家論・磯崎新」を仲々本格的にやり始めないのかの、要するに、これは誰一人聞く者もいないはずの弁明である"

この直後に磯崎新鈴木博之が持っていた記憶力につなげてボルヘスが出てきている。

しろロジェ・グルニエ短編沈黙」に近いか

あれは自分が書く予定の小説について色々な名作小説の部分部分をあげながら夢想する小説だった。

「この私が書きたいのは、むしろ新しい『感情教育』なのである

2015-07-31

http://anond.hatelabo.jp/20150731112548

報道英紙ガーディアンインタビュー掲載されました

image

イギリス新聞ガーディアン」に、反五輪の会のインタビュー掲載されました。

The troubled history of Zaha Hadid’s Tokyo Olympic stadium project

(“The Guardian”,Oliver Wainwright,Friday 17 July 2015 14.27 BST)

以下に、日本語訳掲載します。

■■■■■

問題だらけのザハ・ハディド東京五輪新国立競技場プロジェクトの沿革

オリバー・ウェインライト

2015年7月16日

ガーディアン

東京都心の明治公園に、それはそれは巨大な銀河系自転車ヘルメットのような格好で、白いアーチを描きながら、低層の環境に覆いかぶさってそそり立つように現れる予定だった。このザハ・ハディドデザインによる2020年夏季オリンピックの競技場は、今や叶わないものとなった。2520億円(13億ポンドまたは20ドル)までのぼった建設費は、計画当初の予算のほぼ倍に達している。近代における競技場の中でも一番高く、このなんとも過大なアリーナの計画はついに中止された。

多くの人は、今回決定した白紙撤回は2年遅れでやってきたと感じている。2013年の計画発表当時から、あらゆる方向から厳しい批判を受けてきたこのデザイン最初からボツになる運命にあったようなものだ。発表直後から日本でも最も著名な建築家陣がこぞってシンポジウムを開き、反対署名を集め、抵抗心丸出しでこの計画を叩いた。彼らは「周辺の住宅地等の環境と完全に不釣り合いな怪物」と述べている。

彼らは、競技場の予定地は、建築物の高さ20メートル制限がある歴史のある場所であり、ハディドのデザインによるとこの場所に高さ70メートルものぼる競技場が明治神宮を上から眺めるような形で建てられることになる、という点を強調した。プリツカー賞受賞者の槇文彦をはじめ、伊東豊雄隈研吾藤本壮介といった建築家名前を連ねた反対署名は、8万人もの署名を集めた。この数は予定されていた大競技場の収容人数とちょうど同じ数だ。

署名活動に加えて、バルセロナ五輪の競技場を担当した磯崎新による猛烈な攻撃が続いた。磯崎はハディドのデザインを「歴史的誤謬」と呼び、「後世に恥をさらすことになる」と警告した。2020五輪企画担当する日本スポーツ振興センターへの長い公開状のなかで、彼は「歪んだ」建設計画が「列島の水没を待つ亀のような鈍重な姿」と述べた。

東京世界最初の例を実現するチャンスがあるのにもかかわらず」と記し、この建設計画はオープニング・セレモニーのための無駄な装飾品を造るという欲によってのみ動かされていることを指摘した。磯崎はさらに、いかに競技場の規模の縮小が可能になるかを詳細にわたって提案したが、オープニング・セレモニーにおいては、皇居のそばに規模の小さな臨時特別会場を建て、江戸城の外壁を使ってドラマチックな背景にすることなどを挙げた。しかしこのライトで低コストな気の利いた提案はすべて政府側に無視された。

それにもましてハディドは、自分建築デザイン批判する者に対し「彼らにとっての恥だ」と述べながら素早く反撃した。「これは彼らの街に建つものです」と理解をただよわせながら、「でもこの競技場をあの場所に建てることに反対するのなら、初めから五輪開催地候補になんてなるべきではなかった。ただの偽善者だ。新競技場計画がつぶれた原因は彼らの問題だ。国立競技場外国人建築家に作らせることを拒んでいるが、日本人世界中起業しているではないか。」と話した。

しかし、反対派の主張は建築界や専門家の内部抗争などの領域はるかに超えたところで展開されている。地元の反対派グループは、新競技場がもたらす影響により都心でも数少ない自然の残されている場所破壊することになる、と腹を立てている。この地域1900年代初頭に孤立した島国日本近代化に導いた明治天皇を偲んで植えられた銀杏の木や庭園が多くある場所である

神宮外苑国立競技場未来へ手わたす会共同代表清水伸子は「ここはオアシスのような場所です。」と話す。「ここは散歩したり、おしゃべりしたり、ピクニックのできる場所。新競技場ができたら、こんな公園と緑が失われてしまう。ありえないことです。」

環境問題はさておき、さら地域の怒りをもたらしたのは、ハディドの新競技場計画にしたがい、周辺の都営霞ヶ丘アパートから約300戸もの住民強制退去を強いられたことだ。退去令はアパート住民に限らず、公園内で寝泊まりするホームレスの人々にも襲いかかった。「年配の方々がたくさん住むこの場所で、新たな住居への移動によるストレスは大変なものです。」五輪圧力をかける反五輪の会メンバー小川てつオはこう話す。「霞ヶ丘の住民あいだには、実に強いコミュニティー感覚がある。でも強制移住によってこれが壊されてしまます。」

実際のところは、現状よりもはるかに低コストで周辺への影響も小さい代替案も存在していたのである。旧競技場は1964年オリンピックの会場でもあり、54000人収容できる。1936年ベルリン五輪1932年1984年ロサンゼルス五輪成功した例があるように、実在する競技場を改築または再利用して開催する手もあったのだ。

伊藤豊雄は代替案まで提案したが、これはもし国立競技場解体されてさえいなければ、実現したかもしれなかった。結局、ハディド作の宇宙船の着陸帯をもうけるために、国立競技場は今年の5月には瓦礫の山へと化していた。

東京テンプル大学ジェフキングストンは、「ホワイトエレファントになるのを待っているような状態だった」と話している。「東京わずかな緑地帯を損なってまで建てても、ここまで巨大な競技場が必要になるようなイベントほとんど存在しない。多少の費用で古い競技場を改築すれば、新競技場よりはその後の管理もずっと少なくて済んでいたはず。税金を納める人にとって、これは迷惑しかならない贈答品をもらうようなものです。」

ザハ・ハディド建築事務所スポークスマンは、予算が急騰したのはデザインのせいにされるべきではない、と話す。しかし同事務所は今後も競技場に関する仕事を続ける予定だと述べている。

「先の予算上昇はデザインに原因がある、と言われていますがこれは事実と異なります。このデザインは、基準どおりの資材を使い、建設業者の技術範囲日本スポーツ振興センター予算内に収まるように設計されています。」とハディド事務所声明のなかで述べている。加えて、「新競技場の実際の課題は、東京建築業界の年間費用上昇、そして定められた期限に対応した予算を打ち出す、という点でした。」と述べた。

これは2012年ロンドン五輪委員会がメイン競技場の配備において避けようとした問題だ。当時は相当な批判を浴びたにもかかわらず、通常行われる国際競合を廃止した上、時間予算の削減を考慮して、建築業者のリードする企業連合によってすすめられた。

時間通り完成はしたものの、ロンドン競技場の建設費もまた収拾がつかなくなるほどに跳ね上がった。当初の予算だった2億8千万ポンド(約535億円)から、4億9600ポンド(約948億円)にまで昇った。解体される計画だったが結局のところまだ残されており、今はサッカー競技場にするために改築中だ。この改築費も含めた総工費予算は7億ポンド(約1339億円)にまで上がってしまった。

もともとは「コンパクトオリンピック」と称されていたが、東京の開催委員会スリム理想像に沿った制御をするために、ロンドンと似たような道を辿っている。ハディドの過剰なデザインが、いま拡大しているこの高価な試みに対する不満分子の中心だ。安倍晋三首相支持率最近になり新たな降下をみせているが、政府関係者によると五輪に対する世論悪化が原因のひとつだという。五輪開催までわずか5年となった今、五輪推進派は、まだ旧競技場が残っているうちに自国建築家たちの必死の警告を受け止め、彼らの極めて思慮深いアドバイスに耳を傾けるべきだった、と後悔しているのではないか。

■■■■■

http://hangorin.tumblr.com

2010-12-03

ニコニコ生放送 村上隆芸術闘争論#2 森川嘉一郎プレゼン

以下、森川プレゼンの聞き取りメモ

村上は美大を問題にしてるが一番問題なのは小中高の美術教育だと考える

村上が批判するところの『自由主義』≒内発的なものを表に表現することこそ美術の真髄であるという思い込み

そのルーツは小中高の美術教育

小学校はともかく中高でそういう教育を行うのは問題なのではないか

日本美術教科書は他国と比較すると異様に薄く内容的にもかなり異なる

典型例として

自画像

自分を見つめる

生まれてからずっとつきあってきてる自分ですが、自分のことはよく分かってるようで中々つかみどころがありません。

自分ってなんだろうは永遠課題かもしれません

今の自分をよく見つめ、心の中や自分らしさがあらわれるような自画像を描いてみましょう

このときアニメ絵を描くと教員は嫌な顔をし、

「それはあなたの絵ではなく誰か他の人の書いた絵でしょう」

「人の真似ではなく見たまま感じたままを描きなさい」

NGが出る

褒められる絵

美術教師・教科書が褒める絵のスタイルには傾向があり、顕著なのが風景画における印象派

心ひかれた場面に出会ったら絵に表してみましょう

光や影、広がりや奥行きを各画面の構成や色彩で工夫すれば、印象深く表すことができます

印象派

日本美術教育印象派美術最先端だった頃に開発された技法が輸入され太いチャンネルになっている

その結果として印象派的な書き方を教えることが日本美術教育の一つの王道を成している

外国美術教科書ってどう違うの?

分厚い

美術史を丁寧に教える

ルネッサンスの項では遠近法が開発され、そうした理論の注入が行われた結果それまでの中世の絵から

どのように変わっていったのか、等が論理的に

20世紀の項では

ピューリズムとかシュープレマティズムなどマニアックな流派まで結構詳細にどういう背景を持って

どのような流れで出てきたのかを触れる

中学生教科書

半分は美術史をやり残り半分は実作

こういう教科書を読みどういう課題をやるのか

例えばエジプトの壁画、ファンアイクの絵、マチスの絵に到るまで丁寧に模写をした上で

それがどういう時代背景の元にどういう技法で描かれているか自分なりに読み込んで

まとめる、ということを行う。

日本でも美術史をやらないわけではないが、それは日本史世界史の授業で行い

美術の授業とは切り離されている

基本的に向こうでは美術史自分で描くこととを両輪のように組み合っせてやってる

こういった模写を通じた美術史教育を受けることによって、

美術というのは歴史があり、何が「美しい」と思われてきたのかは時代時代によって

かなり変わってきている。

歴史の積み重ねがそれを作り上げている。

それは宗教だったり政治であったり、そういった権力のもとで作られてきたとか

あるいはフランス革命により王政が打倒された結果、描くモチーフが王侯貴族から市民に変わっていったり

そういう技法まで含めて流れがあり

我々が何を美しいと感じるかというのは、実は自分が生きた時代に人々がそういうものを

しいと思うように訓練されたから、そういうものを美しいと思うのだということが体得されてゆく。

しか日本場合

ある人がなにかを美しいと思う、それは何か訓練された結果美しいと思うのではなくて、

あくまで内発的ななにものにも影響されないそういう感覚があり、その美しいと思ったその感覚

あるいはそれを表現することそのものが美術なんだという風な、いわば洗脳を受ける結果として、

自分があるものを美しいと思うときに、例えば広告とかTVCMとかの結果としてそういうものを

しいと思うようになっているにも関わらず、内発的に美しいと思っていると誤解している

ところが発生しかねない。

疲れたんでここまで

以下、日本美術教育のこのような特殊性のルーツはなんのか、等々

またこういった『自由主義』が美術教育専門家ら自身にも問題だと認識されていること、

にもかかわらずこーなってんのか、日本美術教育がどのように位置づけられてるからなのか、等々。

更にかつて現在美術界同様な状態だった日本建築界が磯崎新の仕掛けによりどのように

変わってゆき、現在のような5~6人のワールドクラスを輩出するまでに変わっていったか、等々

村上は磯崎が建築界で起こしたことを美術界で起こせるのか、等々

と続く

とにかく根拠が実感だけの村上さんよりはるかに具体的で面白かったんで、こんな糞エントリじゃなく

直接↓を見てもっと洗練されたまとめ、感想、そしてツッコミを書いて欲しい。誰か。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv33643068

2009-01-29

アーキテクチャと思考の場所

仕事がはやく終わったんで、掲題のシンポジウムに行ってきた。

開始時刻に少し遅れて着いたんですが、600人収容の講堂はすでに立錐の余地もない状態。

中継会場も立見席しかない状態。

こんな「ウルトラ怪獣大行進」というか「フェラーリVS朝青龍VSミトコンドリアVS標題音楽」のような異種格闘技企画にこれだけの人があつまるなんて驚き。

まるで興味のなさそうな大学生カポーが座席でいちゃついててむかついた。

シンポジウムあずまんがひととおり趣旨を語った後に、『アーキテクチャ生態系』で名をあげた濱野智史基調講演その1で幕開。

この手の議論になじみのない人に配慮したせいか、ネットに広がるアーキテクチャ(地平)はリアル世界建築アーキテクチャと違って無限だよ、という話とある意味アーキテクト(設計者)がないネットは「人工」でありながら「自然」だよというベーシックな話を平易に語ってた。

すかさずあずまんが「ようは自然に見えるから人工のアーキテクチャに対して批判ができなくなってるのが問題なんだよね」とそんなこと濱野氏はひとこともいってないのに強引にまとめる。

まぁ、彼らの議論はそういうところにあるんだからいいかと思うけど、会場から微妙失笑も。

つぎはうのたんの基調講演。

白いスーツで登壇した宇野タンですが、緊張してるのかビビッてるのか異常な早口でまくし立てる。

挙動不審といってもいいくらい。

内容は「ゼロ年代の想像力」をふまえつつ、アーキテクチャもいいけど、倫理的実存的な問いも大切だからその両輪でいこうよという話にきこえた。相変わらず「母性ディストピア」がどうとか「悪い場所」がどうとかマッチョ説教がうざかった。

だんだんわけわかんない話になってきて、会場が「空気嫁よ」というふいんきに満たされる。

これもすかさずあずまんが強引うまくまとめる。

あずまん頭いいよ!!

ウノたんのえらく冗長な話を一発で簡潔にまとめる力。おそるべきプレゼン力。

で、これを受けて浅田彰コメント

つまんなかったのか「だいたい今日趣旨とか聞いてない。宇野とか濱野とかよくしらねーし。

いろいろ言ってるけど、あんまり新しいことを語っているように思えない。だいたい今も昔も批

評の場所もないんだよ。マルクス主義が失敗した時点で!」とツン発言。

なんかこのシンポジウムはどこに行くんだろうと思ってたら中継画像が切れる。

復旧の見込みがないので、立錐の余地のない本会場に突入

しかし、全般的にこのシンポジウムはロジが最低だった。

ついたときには磯崎新が「アーキテクチャアーキテクチャってうるさいよ。なんでもアーキテクチャ

ていうな。定義汁」といい、続いて宮台も「俺も今日趣旨は聞いていない」と切り出してあとはハイエ

クがどうこうと好き勝手しゃべり、「今日シンポジウムは失敗なんじゃないの」とまでいう始末。

たしかにそれぞれが好き勝手なことしゃべって論点がまったくぼけてしまい失敗したようにみえたけど、が一番悪いようにも見えた。

宮台の散漫で冗長な話をいっしょうけんめいあずまんがまとめては一本の論点に集約させようとしていた。

結局、あずまんがいうところの「アーキテクチャ」に関してそれぞれがひとつにまとまった問題意識をもっていたわけではないので、あ

まり議論はかみあわず、お題に対してそれぞれが好き勝手にしゃべる場になっていたのは残念だけど、それなりに「アーキテクチャ

をめぐる「論点」が総花的に提示されたようにも見えて有意義だった。

なぜか「ひろゆき(2チャンネル管理人のね)と公共性」が途中からメインイシューになってたけど、これも「アーキテクチャ」を

語る上ではずせない要素なのかもね。

あと、ウノタンは最初の基調講演と1回しょうもない発言をしたあとはずっと黙ってた。

どうも場違いだったようにも見えた。うのたんの最後のコメントは聞かずに帰った。

時間立ち見だったので腰が痛い。

付記

うのたんは最後に「6割はどうでもいい話だった」といいはなち、「大文字の公共性はある」と叫んで行ったらしい。

うのたんのいう公共性って「ジャニーズドラマ仮面ライダー純文学アニメも語れる俺こそが島宇宙を越境した公

共性の司祭だ。みんな俺になれ」っていう程度のことでしかなくね。

うのたんは会社員はやめないほうがいいと思う。

批評家としては早晩寿命がつきると思うから。6割どうでもいいというけど、ついていけなかっただけなんじゃない?

メルロ・ポンティフーコーハイエクも読んでなさそうだし。ぼくも読んでないけど。

2008-02-18

インテリア関連クリエイティブ系の人!ここだけの話【モダニズム建築

インテリア関連クリエイティブ系のみなさーん。

お疲れさまです。

お客様建築家さんだったりする、建材や住宅設備・内装などの

インテリア関連に従事しているけど、実は建築勉強とかしてなかったヨ

という人は結構多いですよね?

私も実は、建築科ではなくて芸術学科出身ですから厳密にいうと

違うんですけど、なんとなく知っているっていうくらいですが

これはちょっと知ってる方がいいかもしれないことを

こっそり教えておきますヨ。

「モダニズム建築」といわれる建築物ってたくさんあるのですが

じゃあ、どれが「モダニズム建築」なのさ?と

口をとがらせて聞かれます。うんうん。

そうだな??、丹下センセ知ってます?丹下先生が亡くなったのが

2005年。丹下先生設計した有名な建築物は?というと、

たくさんあるのですが、とりあえず絶対知ってるのが新宿にある都庁。

その近くにある新宿パークタワーもそうです。

都庁がいいかどうなのかは、個人の美的感覚にまかせるとして、

あれはモダニズム建築じゃあないんですよ。ちょっとポスモ寄り。

(「ポストダニズム」をポスモというんですよ。)

丹下先生は、若かりし頃はル・コルビジェに傾倒していた(あの頃は

みんなそうだったようです。)ので、当然のことながらモダニズム建築

を実践していた。その代表的なものとしては、東京カテドラル代々木競技場

などがあります。

★「モダニズム建築」というのは、鉄やコンクリートガラスなど建材の

技術革新によって、それまではムリだった高層建築とかできるように

なったんですよ。いま、すごく単純にざっくり説明しちゃいますよ!

で、デザインとしてはシンプルだったり構造がそのままデザインだったり

するのが特徴です。今みると、なんかシンプルで静謐な感じと思ってしまいます。

(多少内部が古かったりするところも味と思えるからなのかしら?)

★で、「ポストダニズム」っていう言葉を聞いたことがない人も、聞いたことはある

けど今までスルーしてた人っていうのも結構いるはず。

じゃあ、何故「ポストダニズム」ってそんなに影が薄いのか?という

ことですよ。

その理由は、「ポストダニズム」は建築史ではなかったことになってるんです!

では何故なかったことになっているかというと、

ざっくり言うと、「痛い建築かも?」ってことなんです。

全部が全部そうだとは言いません。何が痛いかも言いません。

でも、でも、そうとしか言えないのです。

「もう少し、時間が経てばきっと解ってくれるよ、みんなも。」

といったところでしょうか?

ダニズム建築も、できた頃はみんな「なんじゃこりゃ!」って

言ってましたもん。

だから、ポスモについてはもう少し寝かしときましょう。

でも、再評価される前に解体なんてことにならなければいいのですが…。

ちなみに、ポスモ建築の例としまして、

1. 水戸芸術館(設計:磯崎新/1990年

2. M2(設計:隈研吾/1991年)

3. ソフィテル東京ホテル(設計:菊竹清訓)などなど。

ね?なんとなくポスモってそんな立ち居地なんです。

でも、私は嫌いじゃないです。

 
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