はてなキーワード: 内申点とは
親は良い成績を取るためにゲームなんてしないで勉強しなさい、先生の言うことを聞いて内申点を高くつけてもらいなさい、と言ったわりに大学生になってからはやっぱりゲームをしてる男の子って賢いのね、とか、頭の良さは成績とは関係ないよね、と急に言うことを変え始めた。
同時に、あなたは大したことないんだからせめて普通に人生を歩めるように成績を取っておきなさい、とずっと言われてたのかなと感じるようになってきた。
せっかくいい成績を取っても、女だてらにすごいじゃない、と一言多かったのも今思い出すと全然褒められた気がしない。
他にも、同じことしてても男の人の方が偉いのよ、そういうものなのよ、と繰り返し言われたことはよく覚えている。
大人になって女性アイドルが好きになったら、もしかして女の子が好きなの…?と心配そうに言われたり、クソみたいな男と付き合ってて別れようと思っててももうちょっと頑張りなさいよ、結婚なんて我慢よ、と言われたり、まあそんなことがあったからその後もっとまともな男と結婚して子供ができて親がめちゃくちゃ喜んでくれてもなんとなく素直に受け取れない自分がいる。自分で選び取ったものがたまたま親の思う世間の模範と一致しただけの結果論に過ぎない。
子を産むと親への感謝の気持ちが湧いてくると思ってたけど実際は逆で、言われたことへの呪詛が無限に湧いて出てきて鬱々としてくる。今までは我慢していたり、まあ上の世代はそんなもんよと諦めていたことが自分が親になって自分ごとになるとどうしても許せなくなってしまった。反面教師にして自分の子には同じことをしないというのは当然なのだけど、そう育てられた自分も救って欲しいという思いがずっとある。
https://comic-days.com/episode/4856001361249018766
(*入れ込むってのは競馬用語でウマが畜生特有の脈絡のない興奮で空回りして自滅へ向かっちゃう状態のこと)
その上で、俺この主人公の黒い女の子みたいなのがすげー納得いかんのな。
この子とそれを取り巻くすべての状況が不条理かつ低能過ぎて呆れちゃうというか。
ここまでで何言いたいかピンと来たって人が居たら教えて欲しい。あんたは俺の仲間だ。
まずさあ、
大事件か?NO。
そもそも文化祭のクラスの出し物なんて初期状態では誰もコミットしてないわけじゃん。
頑張りましょうねなんて誰も思ってないし責任もない。
誰もそんなたまたま選ばれた人に期待してないし、と言うことはその人の責任もねーのよ。
やる気なく流したっていいし、凄いビジョンを持って取り組んだっていい。
LINEでボケーっと何の足場も提示せずにアイデア募集しました、そりゃなんもこんわ。
無能なのはいいけど感情的なのはやめて欲しい。意味わからんから。
「クラスの出し物が一定の成果を出せなければ全員死にます」なんていう
マガジンのクソ漫画みたいな状況にあるならまだわかるよキレるの。
みんな自分の命がかかってるのに人任せにするなよ!ってことだよね。
でもそうじゃないじゃん。
そのことで責めてくる奴もいない(もし責められたらLINE見せて「お前もなんもしてへんやろボケェ!」ってキレ返せばいい)。
どういう感情で「実行委員という役割」や「文化祭というイベント」に臨んでるわけ?
「有能な自分がやる以上は何らかの成果を必ず出すのだ」っていう自負があるならそれはいいと思うよ。
そういう自負で取り組んだのに上手く行きませんでした、自分の能力の低さに涙が出ました。
でもこの子ってなんか周りへの恨みみたいなものが見えるじゃん?
いやいやいや、別にクラスメートは文化祭のクラスの出し物にコミットするなんて約束してねえじゃん。
そんな意思表示は一度もしてないわけじゃん。
だから実行委員としてはやるもやらないも自分のコントロールで勝手にやってよって話じゃね?
みんなに合わせて適当に流すのはわかる。
我がこととして主体的に取り組んで失敗して涙もわかる。
でもこの子は変な風に当事者意識は強いのにイベントの行方についてはクラスメートに任せてるんだよね。
でもこういう奴マジでいたよな。
ありもしない責任を捏造して他人を糾弾したがる人間がウザくてたまらん。
実行委員にあるのは(人間にあるのは)自分がやると決めて主体的に取り組んだ時の成功や失敗だけだろ。
実行委員は流すことも出来るしすげー頑張ることも出来る。
だからこの子だけじゃなくて終盤の「いい子になった」描写らしいクラスメートも意味わからん。
黒い子が仮にあんま参加してなかったとして、たぬきちゃんに詫びを入れなきゃいけない理由なんかあるか?
「文化祭のクラスの出し物が成功したらクラスメート全員の口座に100万円ふりこまれます」みたいな
クラス全員、お前も利益を受け取るからにはちゃんと労力分担しろやって感情はわかる。
でもクラスの出し物なんてそうじゃないわけじゃん。
やった人間がまあなんか達成感とか良かったねっていう思い出とかの報酬を受け取るだけ。
どっちも自由であって、どっちかがどっかに怒るとか恨むとか詫びるとかマジで意味がわからん。
黒い子が反省すべき点があるとしたら
LINEで「アイデア募集ー!」ってのは到底コミットが集まるようなアプローチではねーよなとか
やりたそうなやつに目を付けて直で話しに行って折衝すべきだったなとか
全員無理矢理追い込むなら教師を動かして説教させてコミット圧を高める手もあったなとか
そういうことじゃねーの?
俺は学校の出し物のたびに思ってたわ。
ここには感情的にならんといけない要素なんかどこにもねーじゃんと。
楽しく自分の裁量でやったりやらなかったり成功したり挫折したりすりゃいいだけじゃんと。
例えば「私はここで結果出すと内申点よくなると睨んでて私の将来のために協力してほしいの!」ってキレるならそれはよくわかるわけ。
おもしれ―女だなってちょっと協力したくもなる。
でも実際はそんなおもしれ―女もいいなくて、ただぼんやりした他人任せの進捗と挫折があるだけで
なんでそこでいちいち感情を持ち込むの?
あの手の出し物で感情的になる女子を見てた時、或いは俺が直で吠えられた時、
「この低能な生物には何をどうしてあげたらいいのかなあ・・・」という感慨しか湧かなかった。
俺はいい奴だから現実的なアイデア出して付き添ったりしたことがある
最初「大喜利」とか言ってたからこいつらスゲーなどんなバカだよと。
世間にキャラを知られたプロの人気芸人がネタを仕込んで台本組んでようやく面白くなるものをお前等がやってどんな勝算が?
しかももちろんネタも出ないしろくに練習する予定もないうえにネタ候補ってのが内輪ネタばっかなの。
それを誰に見せる気なんですかウギャーと。お前等のことなんか何も知らない人達がくるんですよと。
なのに上手く行きそうにないことや狭い友達以外積極的でないことに感情的なの。
んでえーそれは難しいよーつって何で暴発するかわからん感情を刺激しないよーにやめさせて
元から高校生レベルじゃない芸を持ってるやつがいたのでそいつを頼ることにしてそいつ中心の指導で地獄大喜利改めお遊戯発表会くらいにはなって
高校生がみんなで努力した跡は見れるから結構評判が良くてみんな達成感出ましたねーみたいになった。
軌道に乗って以降のクラスには最後までこの漫画みたいな低能丸出しの感情が横溢してた。
いい人とか悪い人とかじゃなくてその低能さと混乱しきった感情を何とかしてくれってずっと思ってた。
最終的にその女子やそいつの友達から「増田くん有難う!」とか言われちゃったんだけど
この低能な生物達とは最後まで疎通が出来なかったなという挫折が俺の手にしたものだった。
俺にとっては自分のミッションとして頑張った結果の挫折っていう満足のいく成果だったからいいんだけど、
自分が一体何に対して感情的になってるのか、一度でいいからきちんと整理してみて欲しいんだけど
一生そういうこともせずにああいう感じに生きていくんだろうな。
小学生の頃、先生と(後述の問題もあり)性格が合わなかったのかすごい色々言われるのが嫌で中学でも不登校気味になってしまい、受験では内申と出席日数の問題で第一希望のGOサインが出ず、高校は定時制高校に進学した。
小学生の頃から授業への集中力が無くて自由帳でお絵描きしたり寝てたり、勉強は全くできないし、問題児だった。
それでも、自分の得意分野になると記憶力や集中力が極端に上がる。自分の好きな分野については小学生ながらもそこらへんの大人よりも知識があったと思う。
中学生の時は、さすがに授業に参加してノートを必死に取るし、頑張って集中力を継続できるよう頑張ったけど、いつの間にか寝ていて、それも本当に記憶が無かった。
中学が公立のくせに住んでいる街が街だからか、親が金持ち教育熱心家庭が多くまともな生徒が多くて、俺以外でもちょっと違うと攻撃されたり避けられたりしていた。
おまけに教育熱心な家庭に合わせて授業が進むため公立にしてはハイペースな授業だったと思う。授業にもついていけず、先生とも合わず、人間関係も辛くて、中学ではついに不登校気味に。
朝起きると、平日だけ何故か頭が痛くて起き上がれない。通学路で涙が止まらない。本当に行きたくない日は行かなかった。
なんでみんな1時間も机であんな授業受けれるんだろう。勉強もできないし自分がおかしいのかな。なんでだろう。ってずっと思ってた。
親は「学校の休みがちならせめても…」ということで家庭教師をつけてくれた。その時は定期試験も少し点数上がった。高校受験に向けても対策をした。
でも、やっぱり勉強が苦手。覚えられない。計算ができない。集中力が続かず、結局バックレて(家庭教師の時間になったら外出して逃げた。)家庭教師も中2終わり頃に解約した。
同時期、初めてインターネットで知り合った人と実際に会って遊んだ。学校が辛くて、学校を行くふりしてその人の最寄り駅まで行ったり。自分の最寄りまで来てくれたり。
新しい世界が見えた気がして、その時は精神的にも心から楽しかった。その人と、はまだ繋がっていてたまに遊んだりしてる。本当に感謝。
ちなみに家族はめっちゃキレてた。「なにしてんだよ」「学校行け」「学校行かないと近所の人から変な目で見られる」。結局家族は世間体だけで、多分俺がサボってるとしか思ってなかったんだと思う。まぁ確かにサボりだし。今思えばそうだなと思う。でもその時はこれしか逃げ道がなかったのもわかってほしかった。
そんな中、中3に。周りはみんな受験モード。自分はぎりぎり行ける近所の全日制高校を狙っていたが、内申点と出席日数的に第一希望として認められず、
定員割れの定時制高校へ進学した。定時制にも理由があって、学校行く前の頭痛や体調不良が午後になれば少しはマシになるかな。というのが大きな理由。安直だけど。
定時制高校は驚きの毎日だった。本当にごくせん?GTOの世界。
まず、日本語が通じない。噛み合わない。俺よりバカな人がいる。
行動が高校生っぽくない。(言葉に言い表せない感じ。なんか子供っぽいというか…)
覚せい剤を使って同級生が逮捕。タバコ・お酒は当然。喧嘩や窃盗、無免許運転。まだまだある。
本当にこんなことって現実にあるんだ。フィクションじゃないんだ。
自分で選んだ学校だから文句は言えない。けど辛かった。中学校とは違うベクトルの辛さ。
でも勉強は簡単すぎて余裕だったし、校則も緩い。悪いところだけではなかった。
バイトも始めた。
バイトは、本当に向いていたと思う。接客業。高1の1学期から始めた。
お客様に「ありがとう」って言われると本当に心から嬉しかったし、クレーマーは来たらちょっと嫌だったけど。
店長や社員さんから褒められるのも嬉しかったし、仕事を任されるのも嬉しかった。気づいたら本部の研修を何回か受けて名札の★が増えたり。
勉強以外で、自分が認められて本当に楽しかった。週5~6入って必死に働いた。大人との接し方も、電話応対も、社会のアレコレもたくさん教えてもらった。
高校で学んだことよりもバイト先で学んだことの方が今の自分にとって大きいと思う。
小学生の頃から好きだった分野を仕事にしたいと思い始めるようになった。そのためには最低でも専門学校か大学にはいかないといけない。
専門学校も考えたけど、大学のほうが分野についての授業や設備が幅広くて自分のやりたいことはそっちの方が強かった。
でも、小学校の頃からまともに授業受けていない自分には無理だな。というのが第一に思った。
先生にも相談した。「●●(俺の名前)さんのやりたいことは、大学でしか学べないよ」この言葉が決め手だった。
今から一般の勉強なんてビルギャルじゃないんだし、無理だなと思った。すでに7月。
分野が若干特殊なせいか、やっと見つけた大学は、日東駒専レベルの大学。日東駒専と言えば、インターネット上ではよくバカにされている印象だが
それでも偏差値測定不能の高校に通っているヤツが受かる確率は1桁ほどだろう。
そんな中、先生からAO入試を進められた。プレゼンテーションをするだけでよいらしい。
パワポを作るなんて簡単だし、プレゼンの内容を考えるのも楽しそうだった。でもプレゼンするだけでって、そんな都合よい話があるんだろうか…?
あった。
受かってしまった。それも数人しか取らないAO入試だ。倍率はまぁまぁ高かった。
学校行ってないときはPCやスマホをいじるのが生活の一部になっていたせいか、プレゼン資料作るのも苦じゃなかったし、
資料で出典元を見つけたり自分の考察、案を考えるのも苦ではなかった。
面接官からは「高校生でこんなプレゼン初めてみました。」「完成度高いですね」「すごいですね」…。
まさか褒められるとは思っていなかった。面接だから鋭い質問されると思ってドキドキしていたのに、プレゼンが終わるとすごい褒めてくれた。
さすがに受験会場で誉められたくらいで、受かるなんて思っていなかったけど、忘れもしない11月のとある合格発表日、ウェブサイトには合格と表記が出ていた。
正直実感が無いのと、やっぱり勉強についていけるか心配だった。焦って大学に向けて中学校の範囲から少しずつ勉強をし始めたり。
そして入学。
もう2~3週間経つけど、割と授業は楽しい。小学生の頃から関心があって自分なりに勉強したり調べていた分野だったから専門的な授業は簡単に感じる。
「高校までまともな学校行ってなかったのに、大学にAO入試で入って授業も割とついていけてます!!!!!!!楽しい!!!!」みたいな記事ではない!本題はここから。
入学して数日。幸いにも数人、話すような仲の友人…(少なくとも自分はそう思ってる)ができた。
話し方や行動、高校の時の話、上京してる人の地元の話。。。聞く限り「アオハル」を満喫した「ガチの高校生」なんだなと思った。
いや、「ガチの高校生」ってなんだよって感じだけど、自分は定時制高校という特殊な構造の学校でお世辞にも普通の高校生活とは程遠かった。
テレビや中学時代の友人を見るたび「青春」が羨ましかった。もちろん、もし普通の高校に通ってても青春できる保証はないけど。思うだけなら自由じゃん?
それも、日東駒専レべルだからか、偏差値50後半くらいの高校からの指定校推薦や、滑り止めで来た人が多かった。
そんなやつらが勉強もまともにできない底辺高校出身の俺と一緒の大学で一緒に過ごしてる。
本当に申し訳ない。自分は何も努力していない。勉強も全然頭に入ってこない。興味ないことは全くできない。人間としての欠陥品。
ちょっとその分野が得意なだけで、取柄もなんもない。
自分がバカ高出身って明かしても全然みんななんも言わないんだ。
なんでお前がここにいるんだよとか。中学校の頃みたいになんか言われたり距離を置かれるんじゃないかと不安だった。
ある日、入試の話になった。周りは共テ利用だったり一般入試だったり。そんな中プレゼンだけのAOなんて言いたくなかった。
けれども、聞かれて正直に答えたら「AO入試!?すごいね!」「才能あるんだね!」って褒めてくれた。お世辞でも嬉しかった。
AO入試で入ったからずるいとか、避けられるかなって思っていたから。優しい。泣きそう。
みんな、高校でフツーの青春をして、人並みかそれ以上に勉強ができて、こんな自分にも優しく接してくれて。
そんなやつらと一緒にいると毎回自分が醜いなって思うのと同時に、
集中力があって、興味がない勉強も理解できていれば、自分も普通の高校生活を過ごせたのかなとか。
普通ってなんなんだろう。なんで自分は頭悪いんだろう。集中力尽きると記憶が無いまま寝っちゃうんだろう。とか。
たらればばかり。
だからといって努力もしないくせに劣等感を感じる自分が一番つらい。
日本語めちゃくちゃで見にくい文章。最後まで読んでくれてありがとう。
追記 4/21 22:55
いつもの流れでトップページ開いたら自分の記事があってビックリしました。
ちょっと指摘された部分や日本語がおかしい(不適切な)部分を修正しました。
ADHDや発達障害の傾向は小学生の時から言われていました。現在正式な診断は受けていないですが、小学生の頃は毎週カウセリングを受けていました。
記事内の大学の相談に乗っていただいた先生と当時担任の先生には本当に感謝しています。周りの生徒とは少し合わなかったけど、高校の先生は本当に優しかった。
中学校の合唱コンクールの練習で、私の前で歌っていた合唱部の子に一部分、音が外れてるから直せと何回も注意をされたことがあった。最初は直そうとしてみたのだけど何回やっても上手くいかず、たしか最後は声を小さくするか、口パクで歌っていたと思う。
その時に、音楽の先生に、注意されている事を話したら、CDを貸すから家で練習をしてこいと言われた。でも、その時に私は正直、学校の合唱コンクールでなぜわざわざ家にまで持ち帰って練習しなくてはならないのかと思った。もちろん、音楽の先生は練習してこいしか言うことはないだろうなと今なら分かる。
他にも、中学生の体育のリレー授業で、私の足の遅さが原因でペアの陸上部の子を怒らせてしまったことがある。
その子は別に怒っていた自覚も無いのだろう。ただ3年生の時期だったから内申点に響くのが不安でヒステリックに私にあたったのだと思う。中学生だから仕方ないと今は思う。
その子は仲間の陸上部の友達と3人で、リレーが終わる度、集まって、なんであの子のペアなの?なんで出来ないの?とか、私のことをこそこそ陰口を言っていた。プリントにはタイムを記入しなくてはいけないけれどタイムも見せてもらえなかった。3対1の圧で、当時の私は怖さと劣等感と恥ずかしさで、授業終わりまで涙を堪えることができず、リレーが終わり次第、授業終わりののチャイムが鳴るのを待たずに、体調が悪いと言って保健室に行き、泣いた。保険室の方が同級生に見られない、次の授業に遅れても大目に見てもらえると思ったからだ。
保険室の先生は優しかったけれど、そんなに泣くなら足を速くする努力をしたら?と言われた。でも、やっぱり私は、なんでそんなことに時間を使わないといけないんだろうと思った。相手が劣っていたらぞんざいな扱いをしていいのだろうか。
ここまでの話だと私は全く努力しない人間に見えるだろう。いや、実際私の努力なんて他の人から見たらゴミみたいなものの可能性だって大いにある。
こんな私でも運動が苦手なのに、結構ガチな運動部で毎日練習していたし、毎朝走る練習をしていた時もあった。水泳も泳げなくて授業で晒し者にされて、自分でプールに練習しに行った。(下手くそすぎて友人や知らないおじさんに馬鹿にされまくったけど)
進学後は絵が上手くなりたくて苦手なデッサンを勉強し、毎日授業後も残って描いていた。
苦手な接客がうまくなろうと、人と関わるバイトをしたり、発表のときに大きい声が出せるようにとカラオケで練習したり。
他の人の努力に比べたら些細なものだけど。(複雑で文章に出来なかったけどもちろんチームワークのために努力したこともあったよ。寧ろ、お節介だから、そっちの方が多いよ…)
何が言いたいのかというと、努力できることは人によって違うということだ。
私も、一応、苦手なものに立ち向かう意識はある。けれども、あまりにも苦手なことが多い人や、過去のトラウマで頑張る気持ちが潰されている人は、努力できない分類のものもあるのだと思う。
もちろん、なにもかも頑張ることができたらそれはそれでいいし、運動も勉強もリーダーシップもなんでもできる子はたくさんいた。その子達は努力していた。でもみんながみんなそうではない。一位がいたら最下位がいる。
社会に出たら、運動神経なんか必要なかった。なんでもできる子だけが輝いているわけじゃなかった。
今でも怒られたあの時私は、走るのを早くする練習をしなくてはならなかったのか?と考える。自分が選んだ道なら、ある程度のレベルまで引き上げる努力は必要なのかもしれないけれど、選んでもいない体育の授業、ましてや昔からからかわれて嫌な思い出しかない体育で、そこまで頑張ることはできないなと。私に強くあたったその子が美術の授業で足を引っ張っていたとしても(そんなグループワークはほぼないけれど)その子は改善する努力をするのだろうか。
結局は分からないけれど、
ただ私は逆上がりができない子がいても、絵が上手く描けない子がいても、勉強ができない子がいても、それを馬鹿にして揶揄う、ぞんざいに扱うような人が一番良くないと思っている。
できないことがあっても、無駄に劣等感を感じず、前向きに取り組める教育になっているといいなと思う。
【追記】
こんなに反応を頂けると思っていませんでした。なのでタイトルが大雑把ですいません。皆さんの意見、興味深いです。
体育は苦手でしたが、スポーツは好きで楽しめました。苦手なくせに、なぜか好奇心で部活をしていたから運動の楽しさを味わえたけれど、していなかったら味わえなくてもっと体育が嫌いだったのかなぁ。
最近の体育はタブレットで動画を撮って教え合うって聞いたことがあります。できないを揶揄するのではなく、できるように互いに教え合うって、最近の子は出来ないことがあっても対等の関係性を築けるのか。すごいなぁ、大人だなぁと。
タイトルは、努力は必要か?にしてしまいましたが、人に合わせて無闇矢鱈に努力することは必要か?できないからといってぞんざいに人を扱うことは仕方がないのか?ということが言いたかったのだと思います。結論を出すというよりは考えたくて、書いていました。
出来ないことがあるからってぞんざいに扱ってはいけないとか言ったけれど、私自身、相手に、なんでこんなことが出来ないんだろう?なぜ努力しないんだろう?と思い、腹を立ててしまうこともあります。でも、その人にとってそれは努力するべきことじゃないのかもしれない。実はそれでも努力しているのかもしれない。努力できる環境や、状態じゃないのかもしれない。自分の価値観で人の努力を測ってはいけないなと思ってはいます。
それでも、授業だと評価基準に努力点を入れるから何を見て評価すべきか難しいし、社会だと、もうちょっとなんとかならない?って人もいるし、努力してない人の支援は気持ちが進まないところも正直あるし…(でもそーいう支援はとても大事だとは思っている)なかなかハッキリと線引きはできず…
不安を煽られ、努力するのではなく、ポジティブに自分の理想のために努力できたら1番だなぁということをよく考えていたのでこんな古い昔の話を書きました。
あと、話は少し逸れますが、コメント欄にもあったように、私も努力のことについて考える時に障がいを持つ方を思い出すことがあります。
障がい支援にほんの少し携わったことがあるのですが、本当にその多用さに考えさせられました。良い場所だとそれぞれにあった支援をしていて、努力するための支えがしっかりしていて、そのような環境は、もっと他の場所でも成されるといいと思っています。
身内に障がいがある人がいたのですが、環境次第で大きく良くも悪くも変わったことがあったので…
長々とすいません。
小学生と話す機会があって一年生の女の子グループが集まって絵描いてたから「このねこちゃんたちお揃いのカバン持ってるんだね!可愛いね!」て言ったら「は...?水筒なんですけど...」てため息混じりにボソッと言われてそっからもう口聞いてもらえなくなってスクールカースト最底辺のあの頃を思い出して死んじゃった
調子に乗ってしょうもない追記ですが、増田のカースト底辺度は中学生の時廊下ですれ違った女子におもむろに「キショ!」と言われたり、移動教室で隣になった女子に休み時間大声で「アイツの隣マジ無理!!キモ過ぎる」と言われてたレベルです
高校生になったら内申点のためかみんな急に異様に優しくなって逆に余計人間が怖くなりました
女子怖い
前会社がクソブラックだったから勢いで辞めたんだけど、緊急事態宣言真っ只中なのにそれなりの規模の会社に契約社員で入ることができた。あとで人事に聞いたら私以外の面接者が鬱一歩手前か?みたいな人だったり、何にも考えてなさそうな人ばっかりだったらしくて私が一番まともに見えたらしい。あと経験者なのも私だけだったそうだ。
入社してすぐに配属された現場は炎上真っ最中って感じだったけど、契約社員+20代ってこともあってそんなにヒーヒー言うような仕事は任されなかった。というか若干放置されていたので、1人で端っこの席に座って勉強したり雑務をしたりしていた。炎上中なのに毎日定時で帰るようにも言われていた。
それで私が働き始めて半年ぐらい経った頃に、炎上させちゃったリーダーは半分クビみたいな感じで退職したので代わりに新しいリーダーがやってきた。この人がまじでめちゃくちゃできる人で(前のリーダーができなさ過ぎたっていうのもあるだろうけど)、一瞬で炎上を収めた上に炎上前よりも質のいい成果物を出せるようになった。お客さんからの評価も、前の事も相まってものすごく良くなった。この辺りから私も現場に慣れてきただろうってことでそれなりの仕事を任せてもらえるようになってきた。
ここで話はちょっと逸れるが私はお酒が大好きだ。1人でも飲みに行くし、友達との飲み会も大好きだし、会社の飲み会もそれなりに楽しめるタイプ。好きなお酒はビールとウィスキー。少し前から日本酒も飲むようになった。
という話を新リーダーにしたら、リーダーもお酒好きだったようで色々と雑談をするようになった。うちの現場は仲が悪いという訳ではないけど、同じフロアの別チームの人たちからは「静かすぎて話しかける時気を使う」と言われるぐらいには静かな現場だ。だから雑談するのはだいたい私と新リーダーともう一人の社員さん(30代の快活ママさん)だけだ。
新リーダーが来てから半年ほど経った頃、私に社員登用の話がきた。
大した仕事もしてないし、難しい資格を取った訳でもないのに突然やってきた話だった。まじでびっくりしたので快活ママさんに相談したら新リーダーが私のことを推薦していたそうだ。仕事も真面目にこなしてくれるし、コミュニケーション力は本当に申し分ない。意思表示もきちんとしてくれるので案件を回す上で本当にありがたいって褒めてたよって言われてちょっと照れた。
そうしてトントン拍子に話が進んで、結局私は昨年の4月から晴れて正社員となった。月給は少し減ったけどボーナスが年に2回もらえるので年収としてはアップとなった。
ここまで読んでて分かるだろうけどそこそこ運がいいなと思う。
同じタイミングで面接を受けた人が未経験の危うそうに見える人ばかりだったのも、現場が炎上しているタイミングでは大した仕事をしなくて良かったことも、炎上が落ち着いたタイミングでそこそこの仕事を任せてもらえるようになったのも、新リーダーと仲良くなったのも全部運が良かった。
思えば今までの人生もそんな感じ。学校が荒れてたせいで普通に通ってたら内申点が爆上がりして推薦がもらえたり、家が近かったからガルバのシフトの融通を利かせまくってたら(早上がりとか早出とか)店長に物凄く感謝されてノルマをちょっと緩くしてもらえたり、ネイルを趣味でやってたらTwittreのフォロワーが増えて案件でネイルポリッシュ貰えるようになったり。
ものすごく努力してる訳じゃないからハイリターンはないけど、そこそこ努力すればちょっとだけ上乗せされたリターンがあるような感じ。
才能なのか全部たまたまなのか知らないけど本当に感謝してる。私みたいな一般人にはこれぐらいが丁度いいです。
っていうどうでもいい話。
あなたにはネットメンターはいるだろうか。あなたが尊敬しているところの、例えばブログとか書いてる人で、考え方が人生の参考になるような人のことだ。
自分は今30代になったばかりだ。これまでにネットメンターは四人いた。それぞれ、当時は夢中になってブログを楽しんでいた。
今となっては活動をやめている人が多い。でも、やっぱり今でも感謝というか、これは灌漑というのだろう。自分という人間は、その人らの考え方を楽しむには齢を取り過ぎてしまったのだなぁ、と感じることがある。
今回は、素人の拙い文章になるけど、懐かしい記憶を堀り起こしてみたい。なお、皆さんおそらく存命だと思うので、ブログへのリンクとかは貼らない。迷惑をかけないためだ。
1人目 げっべさん
未成年の頃だ。当時、携帯電話を買ってもらったばかりの自分は、mixiに登録していた。それで、コミュニティを探していたところ、「笑っちゃダメな時に笑っちゃう」というのを発見した。
どういうコミュニティかというと、文字どおり笑ってはいけないシチュエーションで噴き出してしまい、周囲から冷たい視線で見られた、恥ずかしい思いをした体験を参加者が綴っていくのだ。
人間、飲み会なんかで皆が笑っている時に黙っていたりするのは、まだ何とか許される。しかし、葬式の最中にいきなり爆笑したりなんかすると、周囲の視線が冷たいだろう。このギャップはなぜ生じるのか。当時、中学生だった自分には新鮮な疑問だった。
それで、この当時から登録者20数万人を抱える当コミュニティの管理人がげっべさんだった。過去日記を見たところ、ナチスドイツのヨーゼフ・ゲッベルス宣伝相大臣から名前を拝借したと思われる。
過去日記で、いろいろ面白そうなやつがあったので覗いてみたところ、これがまた最高だった。視点が斬新で、文章力があって、知性が抜群だった。
あとは、この人はDLsiteでR18の同人作品を作って売っていたのだが、その関連で創作における女性性について語るところの新鮮みが凄かった。あんな論説は見たことがないし、今後も見かけることはないだろう。シロクマ先生でもメロンダウトでもフミコフミオでも書けない。基本読書の人ならなんとかなるかもしれない。
実は、メッセージを何度かやりとりしたことがあるのだが、当時中学生だった自分にも優しく接してくれて、まさにTHE★大人だった。神だった。この御方こそが人生最初のネットメンターだ。
30代になった今、久しぶりにmixiにログインしてみた。友達だった約50人は全員mixi利用をやめていた。確認しなくてもわかる。確信があった。
プロフ画面を眺めていたところ、若かりし日のアルバイト先でみんなに可愛がられていた高校生の『ゆめちゃん』が、今では32才になっていた。あまりにリアルな現実だった。信じられないよ……。
感傷はなくて、温もりのある懐かしさがあった。薔薇の香りや、紅葉の美しさがわからなかったあの頃の、子どもっぽくて拙いコミュニケーションの思い出が蘇ってきた。私は、あの頃はどんな思いで人生を過ごしていたんだろう。感慨が込み上げてきた。それから小一時間、mixiの思い出めぐりを楽しんだ。
で、げっべさんの話に戻るんだが、今ではあの人について何となく理解できるつもりだ。おそらく、今でいうところの発達障害とか、自閉症とか、そういうTypeの人だったんじゃないか? と思う。いや、当時のメッセージのやり取りとか、あの人がDLsiteで売っていた作品を再度鑑賞したり、ほかにもいろいろ思い出してみたけど、たぶんそうだ。
いわゆる、人生を生きるのが難しいタイプの人だったと思う。でも、そんな苦しい状況の中でも、mixiで屈指の人数を誇っていたコミュニティの管理人を務め上げて、創作活動もしていて、何より哲学的かつエロティックな日記が神髄の人だった。
今改めて、感謝を申しあげたい。当時は生意気な中坊~高校生だったと思いますが、いろいろとありがとうございました。
2人目 伴さん
この方を知ったのは、当時新卒で入った組織で苦悩していた時だ。偏差値45ほどの大学を出て、生まれ故郷の市役所に勤めることになったのだが、まあこれが辛い日々だった。
地方公務員ってさ、どんな人が職場に適応できると思う? ブクマカなら知ってるかもだけど、小学校や中学校で内申点が高くて、地元名門校に入学できるような人が地方公務員に向いている。早い話、クラスのリーダーとか、ムードメーカーとか、生徒会長とか、スポーツ万能とか、とにかく何らかの形で先生から高い評価を受けていた、そんな感じの人だ。
自分は違った。コミュ障だったり、ネクラだったり、納豆だったりして、クラスに馴染めなかった。「置かれた場所で咲きなさい」とはいうけれど、発芽すらしなかった。そんなモノが社会人になっても通用するはずがない。
そんな時に、伴さんのブログに出会った。この人は防衛省に勤める国家公務員だった。自分と同じく、公務員に適応できないタイプの公務員。ただし、自分と違って仕事ができるし、頭はキレるし、嫁さんもいるし、お金持ってるし、なにより理想に向かって匍匐前進している感じが格好良かった。当時は、目に穴があくほど彼の記事を読んだものだ。
で、この伴さんは協調性のなさが災いして、職場でいろいろひどい目に遭っていた。それでも努力をやめない姿勢がすごかった。当時20代半ばだった自分は、それらを見習っていた。
伴さんのように米国株投資を始めて、FXも始めて、タバコを吸い始めて、仕事でマウント取られたらニコニコと受け流して、いつの日か相手がボロを出したら攻めて攻めて攻めまくって、野良犬がキャンキャンと吠えて逃げるまで攻め立てて、相手が討論中にメンチを切ってきたら大声で威嚇して、相手の傍まで寄っていって「殺すぞ!!」という感じでこちらもメンチを切った。
実際、自分が伴さんみたいに行動するようになって、みんなの見る目が変わった。前みたいに馬鹿にされなくなったし、男性ホルモンが増えたみたいになって仕事を頑張れるようになったし、実力が上がったし、今は市役所の庁舎管理の仕事をしてるんだが、上司から1件につき20万円までは好きに契約事務をさせてもらえるようになった。
さて……実は、自分は失敗した。伴さんがやってるみたいに、男性ホルモン全開で仕事を進めていったところ、致命的なトラブルを起こして仕事を干されたことがある。まあ、初めての大失敗だったから、結局許してはもらえたんだけどさ。あれは反省した。
今ではわかることがある。結局さ、人間で一番大事なのって、仕事ができることじゃないよな。相手を尊敬するとか、嫌な仲間とでもうまくやっていくとか、話の通じないお客さんがいても精一杯やりとりするとか、悪いことしてる人がいたら怒ってでも咎めるとか。人間にはそういうのが大事なんだよな。
実力とかお金とか持ち物って、その人が死ぬ時には実質意味がなくなってるけど、人柄とか人格って、命が途切れるその瞬間まで残るじゃん。もしかしたら、あの世までもっていけるかもしれないじゃん。
実際、伴さんは、あの人が自ら言っていたように社会不適合者なのは間違いないと思う。いつも何かに怯えていて、他人の視線が怖くて、しかし戦わずにはいられない。いい結果を出し続けて、みんなをギャフンと言わせてやる、自分を認めさせてやる!! そんなスピリットでひたすらに頑張っていた。それは、自信のなさの裏返しだった。
で、結局この伴さんは、嫁と子どもがいる状態で国家公務員を辞めて、民間企業に営業として入って、しかし通用せずに大失敗して1年で辞めてしまったらしい。その後は、「自営業としての記事代行サービスでメシを食ってる」みたいな記事を拝見した。
残念ながら、数年前のそれが最後の更新になった。たまにサイトを見に行っているが、更新される気配はない。
伴さんに倣っていいこともしたし、悪いこともした。後悔していることもある。特に、不用意な言動で仕事仲間を傷つけてしまったことだ。
けど、伴さんがいなければ、男性ホルモンをめらめらと燃やす自分に出会うこともなかったと思う。そんな体験がなければ、目の前の人間を尊重すること、いたわること、常に気にして動くことに関心が向かないままだった。
そのことに気づかせてくれたのは、紛れもない伴さんだった。コミュニケーションを取ったことはないけど、俺はあなたに感謝してる。本当にありがとうございました。
三人目 高田机上さん
2018年頃から活躍しているブロガー。2019年頃だったか、自分が恋愛のうまくいかなさに悩んでいる頃にブログを拝見した。確かバズった記事があって、はてなブログのトップの方に載っていたのだった。
恋愛の一般論から始まって、男性のダメなところを取り上げたり、女性の心の視点に立ったり、恋愛に必要な各要素(清潔感とか...)を論じていったり、男女の付き合い方を細々と説明していたり……。
当時は、これだ!! と思った。ここまで体系的に男女別の視点から恋愛を論じたブログは初めてだった。恋愛指南のサイトは数あれど、それらはほぼ商業サイトであり、噓八百でも面白ければよかろうなのだ!!(勝てばよかろうなのだァァァァッ!!)、みたいな記事ばかりだった。でも、この高田机上さんは、元モテない男性として等身大の自分を出していた。
が、風向きが変わってきた。2020年頃までは、恋愛のTipsを事細かにひとつずつ紹介していたが、次第にモテない男性をバカにするような内容が目立ってきた。
特に、2022年に始まった男女差LINE学がそうだった。LINE的に非モテムーブを取る男性を論い、ひとつひとつ侮辱的な言葉でダメ出しをしていく。挙句の果てには、女性がする恋愛上の遠回しな「お断り宣言」(婉曲な言い回し)を説明する際、自分の本の出版を編集者に暗に断られた際の恨み言を述べていた。
半年ほど前から、高田机上さんのブログを読むのをやめた。男女差LINE学長すぎやろ!! と感じたのもあるが、何より自分の読者層であるモテない男性を馬鹿にしていて腹が立ったからだ。実際、この人の記事のブックマーク数はほぼゼロだ。昔はバズった記事があったけれども、近年は閑古鳥が鳴いている。
もし、男女差LINE学みたいなシワいコンテンツじゃなくて、もっと面白いシリーズが出たら読もうと思っていたが、一時引退するらしい。「専業作家に挑戦し、なることができたら戻ってきて記事を書く」とあった。
ネットメンターには、こういうこともある。どれだけ面白くて尊敬できる人でも、年月が経つといろいろ変わってしまうのだ......。また記事を読ませていただく機会を楽しみにしています。
高校生~大学生にかけて、この御方のブログを読んでいた。どの書籍にも書かれていない視点で、勉強になる内容が多かった。ほどほどに重たいテーマが多いけれども、たまに笑いもある。歴史や政治を扱った記事が多い。
文字どおり沖縄生まれの人になる。若い頃、大阪府に大学生としてやってきたようだ。壮年なんだけど、文体は若々しい。なぜこの名前にしたかというと、琉球の歴史を鑑みるに、「自分は沖縄県民ではなく琉球王国の一員」ということらしい。
mixiでは人気のブロガーであり、数年間活躍した後は、別のブログサービスに転向した(はてなブログだ)。この人は、上の三人と違ってまだ活動している。個人的にお気に入りのブログ記事をひとつだけ挙げたい。
#成人式 より #未成年バカ祭り を!~ヤンキー&花魁なバカ成人こそ地元の宝である。
https://nationoflequio.hatenablog.com/entry/2015/01/11/222419
この日記の日付は2015年だが、実際はもっと昔のmixi時代に投稿している。当時の私は大学生で、これから成人式!! という時期だった。
上の記事の内容は、まさに目から鱗の一言であり、この体験がなかったら、未だに「暴れる新成人」なるものを勘違いしたままだった。
さて、こちらの在日琉球人さんのブログだが、社会人になってからは見なくなった。理由は、更新頻度の低下だ。一応、それなりの頻度で更新はあったが、前の記事の焼き直しや再投稿がほとんどだった。新しい記事が生まれなくなったのだ。
で、その原因というのが加齢だった。本人談になるが、齢を重ねる度に気力が湧かなくなっていき……と、ブログ内で呟いていたのを覚えている。
私も、在日琉球人さんとメッセージのやり取りをしたことがあった。理知的で、ユーモアがあって、ごくまれにキレるけど、己の知性を高めるために日々尽力している人に思えた。自分よりもはるかに賢いはずの人間がブログ記事を書けなくなってしまうなんて、年を取るのは悲しいことなんだな、と若かりし頃は思った。
今でも、在日琉球人さんのブログは年に一度はぐるっと目を通す。やはり、斬新かつ奇をてらっていない。今でも世間に通用するブロガーだと思うが、なぜかあまり人気が出ない。面白いと思うのだが。
最後に~
月次な結論になるが、やっぱり若いうちはいろんな価値観に触れることが大事だと思う。自分は、中学生の頃からブログを読むのが好きで、それこそいろんな人の日記や作品を読んできた。勉強になるのもあったし、正直毒になるのもあった(ネトウヨやツイフェミがその典型)。
深夜に眼が重くなることもあったけど、あの日々では多くの学びを得ることができた……え、何? 個人のブログよりも書籍の方が勉強になるだろ、だって? それは言わない約束ということで。
はてなブログは週に一度はチェックする。書籍も好きだが、しかし自分は個人が魂を削って書いたブログの方が好きなのだ。これからもいろいろと読んでいきたい。
面白いうえに、人生のためになるようなブログを運営されている方々におかれましては、重ね重ね感謝を申しあげます。今までありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
ウェイトリフティングやランニングで記録が伸びなやんだらイライラすることもあるけど、単に海外ドラマを先月は何本見れたかなんてのは気合の入ったレビュワー気取り以外は気にも留めないだろう。
テレビゲームが難しいなら難易度を下げればいいし、スマホゲームでイベントがクリア出来ないなら動画を見ればいい。
ラーメンの味の善し悪しが分かるかよりも、食ってて幸せな気持ちになれたらそれでいいし、そこに優勝だのなんだのを持ち込むのもバズりたがりのインフルエンサー気取りぐらいのもんだ。
消費活動は最高だ。
自分の能力を証明する必要性から開放され、ただその瞬間瞬間を楽しめば良い。
消費活動はソレができる。
ガンや借金苦で今にも死にそうだろうが、一度それらを忘れてお笑いのライブでも見てれば取り敢えず楽しく時間は過ぎ去っていく。
前向きな集中ってのは結局のところ、過去や未来を置き去りにするってことだ。
消費活動はそれが出来る。
間違いだ。
どっちが上か下かなんてない。
最高の肉を用意しても誰もステーキを焼かないし食べないならそれは無意味だって話でもない。
たとえば面接を控えた学生が近くにいる人なんかはこの辺の勘違いが凄い。
趣味は自分の凄さをアピールするためのチャンスに出来なきゃ駄目だとホンキで思ってる。
今どき内申点を重視するような学校のお受験を控えたママなんかは、自分の子供がやってる趣味がユーイギかが滅茶苦茶気になるらしい。
正直こういう怪物になってしまった人たちは雑談相手としてもしんどいので早く治って欲しい。
まずお金をかけすぎないことだ。
見返りを求めると焦りが産まれ、気持ちのいい集中状態からは離れていく。
消費活動を最高に楽しんでますよと声高に叫びながらお金を使いまくる人がいるが、あれは消費を利用した自己プロデュースでありもはや創作活動に片足を突っ込んでいる。
それが創作活動だと自覚があるなら別に悪いことだとは思わないが、消費活動だと思っているのに創作活動をしていると方向性がブレてしまう。
昨日までの自分の努力が実ったり、将来に向けて腕を磨くといった概念がいつも付き纏ってくる。
その付き纏ってくるということが、ときに消費活動にとってノイズにもなるが、上手くやれば両方一度に楽しめる自分に自信があるなら消費しつつの創作はアリだと思う。
消費も創作も両立できる自信がないなら、消費活動にはあまり金をかけすぎない方がいい。
他人に消費してる姿を見せるのも控えていくべきだ。
自分以外の人間が介在してくると人間はどうしてもそこに他者の目を感じるものだ。
それはよくない。
人の目が気になると「いい年こいて幼稚なストーリーのドラマを見てるね」「デブがケーキ食うとか医療費経由での反社会活動じゃん」みたいな声がどこからか聞こえてくるものだ。
ありもしないどこかの未来図として「如何に格好いい趣味を持っているか」を他人に見られているのを空想している状態では、目の前の遊びに集中なんて出来はしない。
他人の目は考えない。
誰かに見せつけるために格好つけようとしているなと思ったら一度距離を取るべきだ。
最後に大事なのが、余裕のある時間の中で、急がなくていい範囲の量でだけ向き合うことだ。
平日の深夜に明日の寝不足を気にしながらでは消費活動も上手く楽しめない。
たとえそれが休日だからといってそれが分刻みのスケジュールとなれば、何をやるにもある種アスリートじみてくる。
消費活動は楽しい気持ちに集中するためのものであって、消費することそのものは目的ではなく手段だ。
映画を毎月50本見なければいけないと自分にノルマを課したらその瞬間に消費活動としての側面が大きく薄れる。
消費活動を純粋に消費活動として最初から最後まで楽しみたいなら、丸一日自由に使えるとしてもそのうち12時間程度で済ませた方がいい。
同じことでもずっとやっていれば飽きてくる。
その飽きが自分苛めとして楽しいというのも分かるが、そういった見せかけのストイックさは何だかんだで人生をあまり豊かにしないものだ。
見せかけの時間的豊かさの方がずっとずっといい。
とにかく何もしてないと退屈だからと好きなことをして時間を潰そうとして、それでいて気づけば集中し、疲れてきたので昼寝でもする。
消費との付き合い方はそれぐらいの距離感でいい。
そして、そういったやり方で消費に向き合う時、人は生まれ持った才能や積み上げた能力の影響をあまり受けることなく、目の前の遊びに集中する快感に浸れるのだ。
消費は最高だぞ。
毎日特定の人物から影で「クッサ……」「なんでこんな臭いんだろ……」「風呂入ってないのかな?」って言われてる。
辛い。
家に帰って靴を脱臭用のドライヤーに立てかけると1分後には凄い匂いがしてくるし、実際臭いんだと思う。
直接「臭いがキツいので、なんとかしてください」って言われてオススメの消臭剤とか渡されるなら俺も反省して今履いてる靴捨てて買い直すとかするけど、ちょうど聞こえるぐらいの陰口で毎日「クサ……」「クサ……」「クサ……」って囁かれるのは辛い。
学生時代に電車の中で笑う女子高生が俺の顔をからかってるんだという妄想に取り憑かれていた頃を思い出させる。
なんだろうな……単に自分の体臭が薄いっていうだけで他人に苦痛を与えていいって思いこんでるのが許せないんだよな。
脂ぎった体で産まれてきた奴がフォークダンスに参加するのは学級会案件だけど、参加しないのは授業態度がゴミなので内申点没収ですの世界が社会人になっても続いてるとは思わなかった。
本当に辛い……俺が3万ぐらい銀行からおろして普段遣いの靴を2足一気に買い換えれば終わるだけなんだろうけど、陰口でこそこそ悪口言ってる奴に成功体験を積ませたくない。
さっさと直接言いに来いよ「臭いんですけど」ってよ。
なんなんだよ。
お前なぁ……半端な安全圏でコソコソ陰口言ってるだけで自分の思い通りになるなんて思ってるんじゃねえよ。
お前のやってることもハラスメントなんだよ!
無能な部下の存在が逆ハラだからと上司が「君、流石に無能過ぎるよ」って指導もせずに「(チッ……つかえねー……つーか顔キッモ……クッサ……モテないんだろうな……女からしてもこんな無能じゃ……)」ってこそこそ影で言ってんならそれもハラスメントなんだよ!
その態度をお前が取り続ける間は俺は自分を変えたりしねーよ!
俺がここまでならやっていいの範囲で対策はするけど、お前のための特別な対策なんてしねーよ!
クソが!
お前が不登校に成れ!
フーフー……
小学校の頃、弟の宿題を見てあげた。夏休みの宿題が終わらなくて、親に言われるまま代わりにやった。
中学校でも教え続けた。
弟が受ける大学や通う塾も選んだ。
本人に選ばせようとしたが、親は私に決めさせたがった。
中卒や小卒もいるような親族の中で初めての大学進学だったが、私の受験には誰も興味がなかった。
国公立に受からなければすぐに嫁に出すと脅されながらの受験だった。
実家から解放されて、楽しい大学生活を送り、就活もスムーズに終わり、大企業の総合職になった。
「長男の就職先が決まらない。お前がESを書け。絶対に受かる面接法を教え込め」
本人に考えさせろと言ったが、当の本人にやる気がなかった。
ESを代筆した。webテストも代わりに受けた。面接の練習もした。
弟は留年した。
「長男の嫁が見つからない。お前の女友達から見繕ってよこせ。見合いさせる」
友達は差し出せないので、みんな結婚してしまい独身は居ないと言った。
弟のことは大好きだった。
一緒に夜更かししてゲームをした。
サワガニやザリガニを捕まえて飼った。
弟がいなくなったらしい。
でも、私はもう他人なので何も求められなかった。
親は、「結婚した女はよその家人間だ」という考えの人たちだった。
親は毒親だった。
そして、私もたぶん毒姉だった。
前回の投稿が思わぬ反響を呼んで驚いたので第二弾を書くことにした。
こっちの方がより強く押したい話なのでこれを先に書けばよかったと後悔している。
ちなみに、私は某ベネ○セの社員ではない。申し訳ないがそんなに大手に努めていないので。
ただ、首都圏のほとんどの主要な塾は私自身が子供時代を通じて通ったことがある、
もしくは学生時代、社会人を通じてアルバイトまたは正社員どちらかで働いた経験があるとだけ言っておく。
皆さんは、3年ほど4教科通塾して勉強して受験に臨むのがスタンダードな考え方だと思っていないだろうか。
まだまだそれが一般的ではあるのだが、長い目での進学を考えた時に、もっとお得なルートがあるのではないかと私は考えている。
知人Aの話。Aは中学受験時、偏差値60後半のクラスに在籍していたが、
第一志望の御三家に落ち、かなりのすべり止めに進学することになってしまった。
学校の成績はほぼトップ⑩をキープしつつ、高校受験のための勉強を続行。
かなりのすべり止めとはいえ自称進学校だったため、中学までの勉強は遅くとも中三の一学期までには
全科目終了していたこと、内申点のつけ方が甘い学校だったことが勝因だったようだ。
ちなみに、その子は週二回あるかないかのゆるゆる文化部で、特にクラス委員などもしていなかったが最高評価の内申がついていた。
教え子Bの話。その子は中学受験代も抑え、かたくなに2科目受験を貫いた。ちなみに帰国子女ではない。
帰国子女じゃなくても、英語ができれば受かる学校は首都圏で140校を優に超えているため、昔よりも受験の選択肢が広いのだ。
最近はどの学校も生き残りをかけて英語に力を入れている、もとい、はじめからある程度英語ができる子を獲得するのに力を入れている。
某学校の話だが、英語枠で入ってきた子には取り出し授業と称し帰国子女と一緒にネイティブの先生の授業がほぼマンツーマンで受けられるなど、
某プリントいっぱいやる塾(名前は出さない。)等で英検準2くらいを取って筆記をできるようにしておけばかなりコスパいいのではないだろうか。
この方式での受験のさらなる利点は、中学で取り出し授業の恩恵を賜り高校で都立に鞍替えも可能ということだ。
英語特待は奨学生になれることも多いので、3年間のみの私立在籍+特待生+高校都立大学国立 の流れなら長期的に見てかなりお得だと思う。
私が働いていたところもそうだったのだが、塾はいまだに同調圧力で4科目受験を進めてくるので、なかなか2科目に振り切るのは至難の業。
けれど、超難関校に進学するのでは無ければ金銭的にも結構お得な方法なのではないかと思う。
本当は英語を試験に組み入れたいが、難関校がそれをやらないのでなんとなく入れられない学校 は多い。
学校のブランド名を買うために…という人もいるだろうが、私は私立中高一貫の偏差値は公立に比べかなり流動的で、暴落の危険も秘めている
あまりあてにならないものだと感じている。実際に、偏差値の高さだけで進学した知り合いCの学校はC在籍中に偏差値が10近く暴落し、
涙を呑んでいた。なんだかんだ、ネームバリューと認知がある都立進学校が生涯にわたって出身高校名を大事にしたい人には安全株だと個人的には思う。
こうなるのはざっくり偏差値60以上の学校限定。中学入学組と高校入学組とで素質にはあまり差が無いが、中学入学組のうち、中学3年間で勉強をサボっているやつは高校に入る頃には勉強はまるでできなくなっている。いわゆる落ちこぼれだが、そのタイプの人間も1~2年真剣に勉強すると旧帝程度の大学には合格する。高校入学組は中学の学習範囲をもれなく押さえているので、勉強に関してはそつなく3年間過ごす印象。
・SMART+CH(あるいはGMARCか。最近はマーチとは言わんらしい)にあっさり入れる人間がゴロゴロいる環境は偏差値55くらいまで。それ未満の中学に通わせるくらいなら中学受験は取りやめて高校受験で十分かもしれん。
今ちらっと調べたが、偏差値の相場はそんなに変わってないかもだが、中間層の厚みが薄くなった気はする。少子化の影響か?
https://www.yotsuyaotsuka.com/njc/deviation_top.php
https://www.study1.jp/kanto/list/deviation.html
・他の増田が
1. 高校受験をしなくて良いので、中学で内申点を気にせずに過ごせる、つまり中高の、6年間、成績を気にしないで、まとまった時間をもてることで、本当に没頭したいことに没頭できる時間を作れる
こう書いてるが、高校卒業まで担任の顔色をうかがわずに過ごせるのは不器用な人間にとって良いことかもしれない。学費さえ払ってくれるなら、私立はよほどのことが無い限り高校まで卒業はさせるスタンス。
・男子校や女子校は基本的にはお勧めしない。とくに男子校はお勧めできない(実体験として切にそう思う)。女子校はけっこう楽しめると学生時代に女子校出身者からはよく聞いた。男子が居ないから女子同士であらゆることをやり、のびのび過ごせるそうな。
小学3年生か4年生から6年生までずーっと、放課後は夜寝る前までの大半の時間を勉強に捧げることになる。毎週末に半日かけてテストも受ける。夏休みや冬休みも延々と講習だ。幼少期の密度の濃い貴重な貴重な時間を、それほどまでにおべんきょうに費やす価値があるのか?と言えば、あんまりなかったと私個人は思う。
中学受験のためだけに覚える無駄知識が膨大にある。そんなものを覚えるために時間を割くくらいなら、国語、数学、プログラミングなどリテラシー系の学習だけしっかりさせつつ(英語学習はたぶん無駄。子供らが大人になった時には自動翻訳で済むので)、なにか好きな習い事でも継続してもらうほうが有意義だろう。
年度の前半に生まれて発達が早い(から有利)とか、勉強大好きとか、勉強が苦にならないとか、そつなく何でもこなせる人間ではないから温室にぶっこんだほうが良さそうだとか、そういう理由があるなら中学受験は良い選択肢かもしれない。
何を重視するかは多少変わると思うが、落ちぶれるデメリットを無視して書いてみる
1. 高校受験をしなくて良いので、中学で内申点を気にせずに過ごせる、つまり中高の、6年間、成績を気にしないで、まとまった時間をもてることで、本当に没頭したいことに没頭できる時間を作れる
2. 1は、勉強以外の意味で書いたが、勉強に関しても、先取りで勉強できるので、大学受験で有利なのは言うまでもないが、中学受験で、算数をしていることで、整数問題とか確率とかそういうのに抵抗がなくなっていることがむしろ大きく、難関大学の数学に有利
逆上がり出来ない、倒立できない、泳げない、50m9秒切れないなどなど身体能力は散々だったけど
団体球技は自分の出来ないことはしなくていいし、できることに徹すればチームに貢献できるし自分も楽しかった。
バスケではゴール斜め下に陣取ってシュート、サッカーは自陣側で待機して転がってきたボールを蹴り返すだけで授業レベルなら貢献できた。
それがきっかけで接点の無かった陽キャグループの子たちと少し仲良くなったりで思い出としては悪くない。
特に思い出に残ってるのが中三のハンドボールの授業で体育の成績順でチームを振り分けてのリーグ戦。
実技は並以下の成績だったが筆記は満点だった俺はあろうことかFグループのリーダーに選ばれる(A→Fの成績順、つまり一番雑魚チーム)
チームの振り分け方にも納得いかなかったが戦績が内申点にも響くので俺としては必死でやるしかなかった。
でいざ試合が始まると初戦第二戦と大惨敗。敵味方含めハンドボールが何たるかをほぼ全員が分かってなかったので運動神経の良いヤツが無双する純粋なフィジカル勝負に
持ち込まれていたのが敗因だった。当時内申点ジャンキーだった俺はなかば絶望しかけたが、当時宮崎大輔フィーバーもありテレビでハンドボール中継をやっていたので参考までに見てみることにした。
そこで俺は一つの気づきを得た。授業では誰も彼もよく分からないままマンツーマンでディフェンスしていたけどテレビで見た実業団の試合ではゾーンディフェンス(自陣ゴールを味方全員で囲んで守る)しかやってなかった。
で、試しに次の授業でFチームの皆を説明して守りはゴール前でシュートの妨害に全員で徹するようにしたところ、余裕で勝つことができた。
ゾーンディフェンスは完璧にはまった。ゴールを囲んで相手シュートを妨害するだけだから運動神経関係なく『全員』で効果的なディフェンスをすることができたのが大きな勝因だった。
痺れを切らしてキーパーまで攻撃に上がってきた相手チームのボールをゾーンディフェンスで奪いとって自陣から超ロングシュートで決勝点取ったときのFチームの一体感は10年以上たった今でも思い出せる。
結局ゾーンティフェンス戦法は他の全チームにも真似されてリーグ戦通しての戦績は6チーム中4位くらいで内申点的には残念だったが、俺は自分の工夫でチームが勝てたこととゾーンディフェンス戦法を他
の全チームに真似させたことが嬉しくてたまらなかった。教師の指導不足とハンドボール経験者いなかったからこそできた結果だが、就活でこの話そのまま話して内定取れた会社もあったし正に成功体験。