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2017-12-07

zozotownヒゲが嫌いだ

とにかくzozotownの人のヒゲが嫌いである。

あれが例えばドワーフのように「たくわえる」という表現が合うヒゲならいい。

あるいは竹野内豊のようにヒゲびっしり生えますよ、でも剃ってると青いんすよって感じでもいい。

あの両端にある感じ。どこでどうして育まれたのかわからない私の中の「インチキヒゲ」のイメージストライクなのだ

そもそもたいして生え揃わないくせに汚らしくヒゲを生やしている男性は多い。

別にヒゲを生やす生やさないは勝手だが、似合う似合わないはわかってほしい。

例えるなら同じものを着てもタンクトップとして似合う体とどうしてもランニングシャツになってしまう体だ。

長友はまだいい。ただのうなぎ犬だ。

だがzozotown、てめーはダメ

2017-11-24

免許証写真って

今気が付いたんだが、冬の更新から毎回冬服着てるわ。

たまにはタンクトップ撮影したい。けど寒い

2017-11-22

anond:20171122014525

あー

前の会社社員旅行で、私服でいきなりタンクトップに金ネックレスつけてきたアラフィフじじいがいたわ。

多分同じ感じだと思う。

女にも過剰な若作りでイタイはいるけど、男で同じことやってるやつの方がイタさは2割増しだよな。

2017-10-12

2017 台湾旅行第一部分

台湾に行って来た。

一人での海外旅行は初めてだ。

台湾であった事、感じた事つらつらと書く事にする。

長いし、起こった順に書いていて、特に脈絡もないので、ドラマは期待しないで欲しい。

取り留めない旅行記だ。

もし文書の中で一文でも、行ってない人の興味を唆れたり、行った事のある人に「あ〜、あるある」って思ってもらえたら嬉しい。




出発前


そもそもなぜ台湾に行こうと思ったかというと、少し前にちょっと凹むを事があり、いつまでも気に病んでも仕方ないし、何か面白い自分の興味を引かれる事がないかなぁなんて考えてたところ、「そういえば、台湾料理で気になってるものがあるんだけど、実物を食べた事がないんだよなぁ」と思い出し、休暇の予定も決まってなかった事もあって、「じゃあせっかくだから行ってみよう」となった訳である

初めてなので、ツアーを予約して、飛行機ホテルの世話だけをして貰うつもりだった。


いざ行くと決まれば、何より問題なのは言葉で、元々日本でもコミュ障気味なのに、別の言葉が話されている国で過ごすのは甚だ不安だった。


でも出発当日が来て、フライトをまつ夜の羽田空港国際線ターミナルで、簡単中国語を暗記していてた時にふと気付いた。

そうだ、俺、イラスト描けるじゃん。

普段から言葉より絵の方が伝わる事があるのは分かってる。

言葉の通じない国に行くんだ、使えるスキルは何でも使わないと。



格安ツアーの出発は変な時間だ。

午前4:50、タイガーエアに乗り込んだ。

台湾のLCCとはいえ、機内はほとんど台湾人

ツアーなので、自分の他にも出発する日本人いるかと思ったが、日本人は少数派のようだった。

ちょっと不思議に思ったのは、機内の台湾人男性はほぼメガネ

なんでどいつもこいつも目が悪いんだ。

から更に不思議だったのは、台北の地に着くと男子メガネ率がむしろ低いのだ。

台湾人飛行機に乗る時だけメガネをかける決まりでもあるのか?






1


1日目 午前


LCCの狭いシートで変な姿勢に耐えながら3時間フライトを終え、朝の桃園空港に降り立った。

空港でキョロキョロしてると、いきなり兄ちゃんに現地の言葉で話しかけられた。

バス?とか言ってたので、行き先に迷ったと思われたらしい。

一瞬どう答えていいか迷ったけど、オレンジベストを着てゲートのすぐそばに立っている女性を指差し、「大丈夫」と言うふうに手を振ったら、彼は「なんだ」という顔をした。

あ、言わなきゃ。

「謝謝」


ベスト彼女自分の到着を待って立つツアーガイドだった。


実はツアーガイドはすぐに見つけていたのだけど、他のツアー参加者が集まってから声をかけようと思っていた。

しかし、誰も集まる気配がない。

どうやらこのツアーの申し込み者は自分一人らしい。

機内に日本人が少ない筈だよ。

「すいません」と日本語で言うと、ちょっと訛った日本語で「どこにいたの?すぐに声かけてよ〜」と笑顔で言われた。


ツアーガイドは黄さんと名乗ったが、「エリと呼んでね」。

台湾の人は英語の二つ名を持っている人が多いという。

より覚えやすくする為に、勝手に「エリーさん」と呼ぶ事にした。ちょっと伸ばしただけだから大きく違わないだろう。



ホテルに向かうミニバンエリーさんに「何かみたいものある?」と聞かれたので、「九份に行きたい」というと、「どう行くか調べてますか?」

「ざっくり」と答えると、「ざっくりじゃダメよ!」とひどく呆れられた。

エリーさん曰く、九份は凄く人気、今は祝日台湾人も行くから人でごった返している、行くなら早くいけ、と。

さらにはついでに十分も行くべきで、こんなこんなこんなツアーがあって・・・説明が止まらない。


「実は蚵仔煎と肉圓を食べに来た。あとお茶も買う予定」と言いうと、彼女は「それだけ?」とまたもや呆れ顔で言った。

「それだけじゃ量が少ないよ!」

さらっと書いているが、この会話の中で、エリーさんは料理名前を何度も聞き返している。

曰く、「発音メチャクチャから何言ってるのかわかんないよ!」

日本人とは随分テイストの違う接客なので思わず笑ってしまった。


夜市にも詳しいエリーさんによると、蚵仔煎の様な夜市料理行列の店で食べるべきで、それは味の問題というより、回転の早い店の方が素材が新鮮なので、当たる事が少ないかであるとの事だった。

台湾人がよく行列するのは、そういう理由もあったのか。なるほど。


エリーさんの勢いに呑まれかかってたけど、会話が少し止まって、ふと窓の外から街を見れば、台北市建物が密集しているのに気付く。

その中にセブンイレブン

漢字コンビニも人の背格好も一緒なのに、行き交う人は全然別の言葉を話している。

それは不思議な感じだ、と言おうかと思ったけど、それを言うとエリーさんが凄いエネルギーで何かの説明をしそうなので言わないでおいた。


ホテルに着いたらチェックインの15:00まで、荷物を預けて自由観光

エリーさんは、台湾での見所と注意をまくしたてたあと「わからないことがあったらLineで連絡して!」と事細かに連絡方法を教えてくれた。

「あと折りたたみ傘を持って行って!今の台湾は天気が変わりやすい!」

どうやら手が届く限りは面倒を見ないと気が済まないらしい。

台湾人親日とよく聞くが、接した感じでは、どうもナショナリズム問題ではなく、何か人間が親切というか、お節介焼きであるように感じた。



エリーさんと別れてしばらく歩くと、南国の陽射しの下、台湾国旗がはためいている。

明日がちょうど建国記念日国慶節からだろうか。

そういやエリーさんに「暑いな、さすが南国」と言うと「ここは南国に入らないよ!台南の方が亜熱帯!」って言ってたっけ。

急に冷え込んだ東京から来たら、十分暑いエリーさん。


すぐに暑さに耐えかねて、冷房の効いてそうな店に飛び込んだ。台湾で食べたかったものの一つ、豆花を食べていると、店内ラジオからはB'zが流れて来た。

日本アーティストなのに、なぜかより台湾を感じさせる。

かい注文が出来ないので、かき氷ピーナッツの甘煮だけをトッピングしてもらった豆花はとてもアッサリしていた。



台湾はとにかくスクーター乗りが多い。

大通り信号が青に変わるたび、びっくりするくらいのライダーが駆け抜けて行く。

この台湾光景を収めようと交差点歩道カメラを構えたら、後ろから「前方!」という様な声をかけられた。

振り向くと、自転車にのったおじさん。

「前危ないよ」とでも言われたのだろうか?ひょっとしたらもっと荒っぽい表現なのかもしれない。

台湾人は親切だけど直接的でもある。




1日目 午後


ホテルチェックインの15:00にはまだ間があったが、台北は午後になって更に気温が上がって来た。

エリーさんが言ってた事には、日中は36℃になると言う。

当て所なく歩き回るにはキツい時間だ、せめて目的が欲しい。

本来は2日目の午前にこなす予定だった、台湾茶の買い出しを前倒す事にした。


エリーさん曰く、祝日台湾人は勤勉では無いらしく昼頃にようやく起き出すとの事だったので、一抹の不安を抱えてはいたが、しばらく歩くと、お茶のいい香りが漂って来た。

通りに面した倉庫の様な店。

林華泰茶行。

上質なお茶が卸値で買えるとの事で、予め来ると決めていた店だった。

実際に来て見ると、その倉庫の様な空間に微かに漂う不思議で素敵な香りに心が踊る。


ただ、少し計算が狂ったのは、店が思った以上に小ぢんまりとしているし、本来問屋なので、店員もぶっきら棒。

タンクトップから腹を放り出したオッさんが茶葉のチェックなどしていて、ゆっくり見るのは場違いだった。

そこでは吟味しながら4種類買う予定だったけど、実は到着直後の免税店で、エリーさんの勢いに押されてすでに高山茶を1つ買っていたので、3種類にした。


金萱

東方美人

蜜香紅茶


20代とおぼしきにいちゃんに、それぞれ「1/4斤」とメモして伝えると、「150?1300元」とぶっきら棒に返して来る。


台湾店員さんは人がよく、自分言葉が変でも何とか必死コミニュケーションを取ろうとしてくれていて、それが返って不甲斐なく、少し凹んでもいたのだけど、さすが問屋のにいちゃんにそんな忖度は無い。


今が出す時だ、と思い、空港で描いたメモを見せた。

一杯の茶のイラスト

「喜歓的香味(とても好きな薫りです)」

「謝謝。」にいちゃんは微笑んで言った。

初めてエリーさん以外の台湾人とちゃんとコミニュケーションが取れたと思った。



昨日から大して寝ずに動き回ってるので、良い加減疲れて来たけど、ホテルチェックインにはそれでもまだ時間がある。

台北101に向かう事にした。


地下鉄にのっていたら、博愛席(日本でいうところの優先席)に座ってたばあさまが、乳幼児を抱いている母親に気付いて、手招きして席を譲っていた。

台湾人はほんとうに人が良い。

うっかり降りる駅を間違えて、次の電車を待っていたら、地下鉄ホームロードバイクを押す人がいた。

台湾輪行ダイナミックだ。


ブルータス台湾特集の表紙が台湾人には不評だったらしい。

曰く、あんな古くさい台湾ではなく、もっと近代的な今の台湾を見てくれ。

でも、実際歩いてみると、やはり台北の街は自分イメージするアジアエネルギーノスタルジーに溢れている。


そうかと思えば、台北101東京で言うところの押上ソラマチの様に、周囲から浮いて急に出現した近代モールだった。

台北という街は混沌の中での変化の真っ最中なのかもしれない。



さて台北101の地下はデパ地下であり、フードコートだ。

このデパ地下も、旅の目的の一つだった。

その地にはその地の食い物が有る。

よくわからない果物料理ディスプレイされてるのは最高だ。

乾麺のコーナーで、刀削麺と同じ棚に讃岐うどんが並んでるのには何だか笑った。

うどん台湾では烏龍麺と書く。


大して腹も減ってなかったけど、疲れを癒す意味で、ここのフードコートガソリン補給をする事にした。

加油、俺。

頼んだのは排骨魯肉飯のセットで排骨には八角の強い風味が有る。

これが中華な味だ。

魯肉飯をかっ込んでふと顔を上げると、半袖シャツを着た対面のにいちゃんの袖から綺麗な花柄が覗いていた。

そういえば林華泰茶行に行きすがら、通りかかった裏路地でも、書き描けの紋紋を背負ったおっちゃんが上半身裸で何かを食っていた。

台北では割とカジュアルに紋紋にでくわす。


デパ地下と紋紋に満足したので、人でごった返した展望台には登らなかった。

良い加減、ホテルチェックインしてシャワーを浴びたい。




1日目 夕方〜夜


やっとホテルチェックインできて、シャワーも浴びてさっぱりできた。

一休みしたら晩飯だ。

どこで何を食うかは決まっている。

寧夏夜市で蚵仔煎を食べるのだ。


実はエリーさんに、この暑くて食品が傷みやすい時期に牡蠣を食べるのは勧めないと止められていた。

私たち台湾人間は胃が大概のものに慣れている。でもあなたたちは違うでしょ」と。

一理あるんだろう。

でもこの旅行重要目的の一つが本物の蚵仔煎を食べて、どういうものか知る事だったのだ。これはマストなのだ

から、せめてエリーさんの忠告を一つ守ることにする。

屋台料理行列の店で食え」

日が落ちて、明かりが灯った台北の街。

地下鉄を乗り継ぎ、寧夏夜市の行列の店を目指した。



道中驚いたのは、街中に野良犬がいた事。

少し遠巻きにしてる人もいたが、同時に野良犬を気にするふうでも無く、すぐ脇で座ってなんか食ってるおっちゃんもいて、日本ではもうない風景日常なんだなぁと驚いたりもした。



やがて、台北B級グルメ天国寧夏夜市が見えて来た。

日本で伝え聞く喧噪はちょっと盛ってるんじゃないかなんて疑っていたが、実際に行くと日本縁日以上の人、人、人。

屋台が軒を連ねる通りは真っ直ぐ歩くのも難しいくらい。

食習慣が全然違うのを肌で感じる。


夜市を一回りすると、一番行列のできてる店がわかった。

ここに決めた。

朝にエリーさんに酷評された付け焼き刃の台湾語は捨てて、筆談だ。

蚵仔煎を描いたメモを見せて注文する。

やがて店内に通されて、目当ての品が運ばれて来た。

おお、これが蚵仔煎か。

まず写真を一枚。

そして口に運ぶ。

プルプルしている!台湾風にいうとQQだ。

牡蠣オムレツと言いながら、片栗粉ような生地の方が主で、それに卵が絡み、その中に青菜と小粒の牡蠣が旨味を添えていた。

かかっているタレは甘酢か。テーブルに置いてある辛味噌を添えると更に風味が増す。

エリーさんの忠告は忘れてないが、ひょっとしたらヤバいものを食べているのかも知れないというスリルもまたスパイスのようなものだった。

「很好吃!」メモを見せると、店員のお姉さんはサムズアップした。



>>2日目



2017-08-04

変性性脊髄症(DM)になったコーギーと私の備忘録

うちの犬の様子がおかしくなったのは、3年前の秋、私が高校1年生のときだった。

後ろ脚だけがもつれる。ふらつく。地面に脚を擦って歩く。何か、様子がおかしい。その時点でそれなりに年を取っていたこと(当時12歳)、以前子宮系の病気になって九死に一生を得たこともあって病院先生にもよくそ存在を知られていたこともあり、すぐに動物病院へ連れて行った。

というのも我が家には昔、その子と一緒に飼っていて、小学生の頃に白血病で死んでしまったもう一匹のコーギーがいたのだが、異変に気付いていたのに大丈夫だと高をくくってしまったが為に病院へ行くのが遅れてしまったという過去があったからだった。

最初獣医さんが言ったのは、ヘルニアかもしれない、とのこと。コーギーのような胴長短足犬がヘルニアになりやすいのはよく知られた事実である。実際に、昔読んだ様々なコーギー飼育本のどれもが、ヘルニアという病気について取り上げていた。発症を防ぐために階段上り下りはさせない、だとか、そんなようなことが書かれていたことを覚えている。実際に、レントゲン写真を見せつつ説明もしてくれた。

ただ、それと同時にちらっと言われた、別の病気可能性。現段階では確定できないけれども、もうひとつ「これかもしれない」という病気がある、と、何気なく言われた。後ろ足からどんどん動かなくなっていく病気ヘルニアと違って痛みはないけれども、だからこそ犬自身は気づかず普段通り歩こうとする。今考えると、あれは変性性脊髄症(DM)のことを言っていたのだろう。

とりあえず当面はヘルニアの疑いとして治療を行っていきましょう、という方針になったが、その後の病気の進行は今考えるとまさしくDMのものであった。

まず、自力での散歩ができなくなった。後ろ脚が本格的に動かなくなってきても、犬はそれに気づいていない。だから、後ろ脚を引きずって前脚だけで歩こうとする。ちょうど、お座りの姿勢で移動しているような格好になる。そうなると、お腹のあたりが傷ついてしまうため、介助ベルトを使って後ろ脚を持ち上げて歩かせる必要がある。だけどそれはかなり負担で、かつうちの犬はあまりそのベルトで釣り上げられつつ散歩するのを好んでいなかった。もともと散歩が大好きで走り回るのも大好きな子だったから、なおさらだと思う。

またこのころ、排便がうまくできなくなってきた。後ろ脚でふんばることができないからとのことだった。獣医さん曰く、自力で出せないが為に腸の中に便がたまっており、新しい便に押されるようにして出てくるしかないため、コントロールができなくなっていたらしい。

もともと排泄はすべて散歩ときに済ませトイレシートなどは使わないのが常だったので、仕方がなくおむつを履かせることになった。ここでうっかりしていたのが、犬用おむつコーギー例外的だが、ほとんどの犬にはしっぽがついている。そのためおむつにもしっぽを出す穴が付いているのだが、コーギー場合はそれが仇となった。しっぽがないために、排泄物がその穴から出てきてしまうのだ。結局、赤ちゃん用のおむつの中でもとりわけ大きいサイズのものを着用させる方向に落ち着いた。

また、病気になる前からも誰かが家にいるとき基本的ケージから出してリビングの中を自由に動き回らせていたのだが、病気になり外へ散歩に行けなくなってからほとんどケージを使わなくなっていった。以前のように階段を昇って行ってしま心配もなかったし、そこまで部屋の中を動き回らないだろうと思ってのことだった。だが、そのすぐ後に問題に直面することとなった。

脚を擦って歩くと、おむつが脱げてしまう。これではどんなに今のおむつに優秀なポリマーが入っていても意味がない。そう考えた私たちは、仕方なく犬に服を着せてその服とおむつとをガムテープで結ぶことにした。見栄えも何もないが、仕方がない。

本当はうちの犬は服を着るのが嫌いで、幼いころに着せた時には気づいたら自力で脱いでしまっていたのだが、この時ばかりは何の不満げな様子も見せずにいてくれた。その後タンクトップスタイルの服から介護用の多機能ベストのような服を着せるようになっていったのだが、その時も何もなく受け入れてくれた。人間と同じで、犬も年を取ると丸くなるのかな、なんて考えたりもした。

ともあれ、私たち家族も犬自身も、病気うまいこと付き合いながら、いつも通りの生活を続けていっていた。

そして2年前の初夏、ちょうど私が定期考査を終える頃に、犬が体調を崩して入院した。それと同時に、獣医さんからDMのことを聞かされた。そして、DMにかかっている犬の献体を受け付けている大学がある、ということも聞かされた。現段階ではヘルニアではなくDM可能性が非常に互いが、この病気脊髄病気から生きている間にその検査を行うことはできないため、除外診断的にしかからないこと、また今はまだ治療法どころか詳しいメカニズムさえも明らかにされておらず、病気の進行を見守るしかないということ。だからこそ、もしも亡くなったときには献体に協力してあげてほしい。そう、言われた。

私はその時点から亡骸を献体として提供することをある程度は覚悟していたが、家族の思いはもっと複雑だったらしい。今年の春先にようやく意見が固まったぐらいだったのだ。かくいう私も、それが本当に犬にとっても良いことなのか、最初は迷った。もちろん遠い目で見れば、病気が解明されて多くのDM犬が助けられるようになったほうがいいだろう。

だけど、そんなそろばん勘定ではものごとは片付かない。臓器移植云々で色々な意見が出ているのと同じだ。当人意思を省いた周りの勝手エゴで、犬に嫌な思いをさせてしまわないか? 何度そう考えたか、分からない。

それと同時に、家の中では車いすの話が持ち上がった。自宅から少し離れたところに、犬用の車いすを取り扱っているところがあるらしい。それを聞きつけてほんの少し後の2年前の7月初旬、本当に車いすを作ってもらうことになった。まだ前脚がまったく動かなくなったわけでもないし、車いすを使えば昔のように走り回ることができて犬も喜ぶだろう、という考えだったそうだ。

車いすを使い始めてすぐは慣れておらずたびたび角にぶつけたり私や家族の足を車輪で轢いて行ったりしたこともあったが(笑)、犬は車いすを気に入ってくれたようだった。昔のように散歩ができることを、何よりもうれしそうにしていた。体力が落ち、徐々に前脚にも力が入らなくなってくるまでずっと、その車いすと共に外を歩き回ったことをよく覚えている。

車いすに乗らなくなって少ししてから、悪い癖がついた。目に留まったものを噛んでボロボロにしてしまう癖だった。それまではほとんどそんなことをする子ではなかったが、動けないことへのストレスがたまっていたのだと思う。新聞に始まりプラスチック製のかご、障子、畳まで噛むようになった。少し目を離したすきにやられてしまうのでどうしようもなかった。帰ってきたら新聞バラバラになって床に散乱している、なんてのはしょっちゅうだった。

同じころに、褥瘡が見られるようになった。いわゆる床ずれだ。お腹のあたりを中心に、毛がなくなり、代わりにかさぶたのようなものができていった。とても痛々しく、見ていてもかわいそうだった。せめて早く治るようにと、患部を清潔に保つことを心掛けるしかなかった。

受験勉強で私しか家にいないときは同じ部屋に犬を連れてきて、冷房の効いた部屋にいさせて熱中症を防ぐと共に様子を気にかけつつ勉強する、なんてこともあった。基本的に昼間はずっと寝ているので、そのいびきに少し腹が立ったこともあったが、それもいい思い出だ。

私が高校卒業実家を出たころから、呼吸がおかしくなっていった。この頃には胸ではなくお腹で呼吸をするようになっていて、呼吸自体も荒くなったりすることもよくあった。また、それより前ではあるものの、鳴き声も以前のように太いものではなくて、かすれたような声で鳴くようになっていた。

息を引き取る二日前、お水もご飯も摂らなくなった。大好きなおやつミルクにも興味を示さなくなり、いよいよか、と覚悟した。DM基本的には食欲の低下は見られない。ただし、終末期を除いて。病院で点滴を打ってもらってから少し食べ物を食べたりもしたそうだが、嫌な予感は当たっていた。次の日の昼、呼吸がおかしくなり、そのまま息を引き取った。

学校からそのまま急いで実家へ帰り、亡骸とようやく対面した。寝ているときの様子とまったく変わらない、いつも通りの表情をしていた。そのとき、以前獣医さんが言っていたことを思い出した。DMは、たとえ進行していても犬自身は痛みを感じない。白血病で亡くなってしまったもう一匹のコーギー最期のその瞬間以外はずっと苦しそうだったけれど、この子は苦しまずに逝けた。それだけでもずっと幸せだったのかもしれない、と思った。

翌日の朝にDMコーギー献体を受け入れている大学へと訪れ、病気の経過を伝えるとともに献体として提供した。褥瘡の少ないからだを見た大学動物病院獣医さんに、よく介護されていたんですね、と言われ、自分たちのやってきたことは間違っていなかったんだとようやく一安心した。

そして、ご協力ありがとうございます、と何度も感謝された。大学のほうにはかかりつけの獣医さんに連絡してもらっていたそうなのだが、そのどちらからもすごく感謝されたことをよく覚えている。DMコーギー大学付属動物病院でも何匹か診ているそうなのだが、あまり献体提供することに協力的な飼い主さんはいないらしい。最後最後に、苦しい思いをさせるかもしれない。そんな気持ちは、誰だってあるだろう。

献体提供後、検査をした後にはペット葬儀社で個別火葬してもらい、お骨はこちらに戻ってくるとのことだった。私が実家を出る日の朝、ちょうどお骨が家に届いた。大学を訪れて3日後だったと記憶している。人間葬儀の時のようにしっかりとした骨壺と骨袋に入れられて帰ってきたそれは、他のペットたちの写真と一緒に今も実家に大切に保管されている。

2017-08-03

夏のクールビズでなぜタンクトップワイシャツがないのか

脇を出すということが一番涼しいと思うんだ。

タンクトップを着たことがある人ならわかると思うんだけど、熱は脇から放出される。であれば脇を出したほうがいい=タンクトップが正解だと思うんだ。だから外回り営業マンは皆タンクトップワイシャツを着たほうがいいと思うんだよ。あればの話だけど。無いか。でも作っても絶対売れないな。だって恥ずかしいじゃん。

2017-07-31

今朝、「新・AIとま」の夢を見た

赤松の「AIがとまらない」をまともに読んだことすらないのに

なぜか続編?パラレルみたいなものの夢をみた。

 

順繰りに書く。

俺は新・AIとまの主人公になっていた。

現代から未来へ異世界転移(?)した俺は目が覚めると超未来のスペースシップの中にいた。

起きるとすぐ前にはラノベアニメ的なヒューマノイド個性あふれる女の子たち。

(褐色赤髪ポニテ目つき悪い姉御キャラがいた)

呼び出されたのは超未来体験現代人に体験してもらうテストらしい。

その中でもヒロイン的な清楚ロングの純ヒロイン「アイ」がガイドしてくることになった。

(俺はAIとまのアイのことを全然知らないので全く違う人物

未来のスペースシップを見て回って買い物したり街で遊んだりしてウヒョー的なラッキースケベ体験。うれぴー!

一通り楽しんだ後にヒロインたちに頼みごとをされた。

スペースシップは複数個あって実はそれぞれがヒロインたちの持ち艦になっている。

そのスペースシップは惑星テラフォーミングして人が住める星を増やしていくために艦隊を組んで銀河を走っていた。

行先を決めて欲しいと言われたので躊躇しながらも気軽に選んでいいと言われたので、

艦隊の行先を適当な星に選択した。

(夢の中では)フリーターでその日ぐらしな俺は現代に戻ることよりも遊ぶことに夢中になったので、

与えられた個室に戻るなり疲れで眠ってしまう。

 

突然の警報音にたたき起こされる。

部屋から出てみるとシップ内部の市民たちは逃げまどい、

昼に遊んだ市街火の海だ。

何が起こったのか理解できずにふと壁にかけられたパネルと端末を操作してみた。

すると俺が指定した惑星テラフォーミングするのではなく、

向かわせた艦隊が全て進路を反転し敵対勢力となり人間殺戮しはじめていた。

人の住む惑星もスペースシップの攻撃力になすすべもなく火の海にされていった。

わけもわからず混乱した俺は、いつしかバトルシップと化した艦隊の行う様をパネル呆然と眺めることしかできなくなった。

俺の選択が間違えたから…?

ふとそんなことが頭によぎった。

近くの通路で人の悲鳴がしてその場にへたり込む。

悲鳴のした方向へ振り向くとそこにはアイがいた。

アイの右腕は大きくカギづめのようなもの変異していた。

アイの半身は悲鳴の持ち主の返り血で赤く染まっていた。

金属の腕を俺の胸にめり込ませたアイは俺の眼を見ながら笑っていた。

その眼があんまりにも赤くて黒くて不安になるもんだから

俺は昼間にみたアイの水色の瞳をもう一度見たいと願った。

 

暗闇。

俺は死んだ。

そう思ってからしばらくすると段々と辺りが明るくなる。

目が慣れてきたら今度はシップ内の天井が見えてきた。

死んではいない…と直感理解しているが頭の整理が追い付かない。

大丈夫か?」

声の主は赤髪褐色姉御長身(ry ヒロイン姉御だった。

視線を横にやると自分がとても透明なカプセルのようなものに入っていたことに気付いた。

姉御から説明を受ける俺。

 

まず俺は寝入ったあとに夢を見せられていた。

しかし夢ではあるが夢の中であったことは過去にあった事実で、

この事件ヒューマノイドたちは大災害と呼んでいる。

今、この時代には既に人間転移された俺しか生きておらず、

日中市街にいた民間人は全てダミーヒューマノイド

しかし、完全に死んだのではなく、全て「魂のストレージ」に保管しているのだとか。

姉御曰く、この時代科学は魂の物理的な観測制御可能になっており、

事故病気、他殺などで本人の意図せぬ死亡があった場合自動的に別次元存在する魂のストレージ転送され保管されるようになっている。

俺をこちらに転移させたのもその技術の応用とか。死生観壊れるなあ…。

ただ問題があって、大災害の際に魂のストレージロックが掛かってしまった。

災害、その時に一体何があったのか?

長身デカケツ巨乳タンクトップ姉御がこわい顔で説明してくれたのを書こうと思ったけど昼休憩いってきます

2017-07-27

見抜き店ってないものだろうか

のぞき部屋ってのがあるのは知ってる。

あいうのじゃなくて、緩めのタンクトップホットパンツ姿とか、袖口のぶかぶかな半袖Tシャツとか、そういうチラリズム全開の衣装を来た女の子がお店の中で接客するでもなく普通に飲んだり食べたり遊んだりしながらうろうろしていて、それを自由に眺めていいの。で、あまりにも盛り上がたら個室に入って、自分でヌいてもいい。街中でエロい格好の女の子をガン見すると、される方は不快だろうし、やっている方も下手すりゃ変質者扱いで通報されたりするじゃん。そこでこう、お店として実現しないかなと。視姦喫茶……だと生々し過ぎるから、見抜きカフェみたいな名前でさぁ。

どうかな?

2017-07-18

思い出せないこと

オレンジ色のタンクトップを着た松本人志が、

鮭のパックを持ってリズムに合わせて踊りまくるコント題名が思い出せない。

好きだ面白いと言いながら、全く思い出せないなんて不思議

2017-07-09

下着姿で逮捕された女性の話を聞いて

もし男性タンクトップ一枚で出歩いててもわいせつの容疑では捕まらないんだろうなー、とおもうとものすごい不条理を感じる。

2017-07-06

https://anond.hatelabo.jp/20170706222744

はいダウトー。

 

セクシャルなところから離れた「服オタ」が、どれだけいますか?

自分の性を高く売りつけたいわけじゃない」→「自分女性であるということによってメリット享受したいわけではない」→「異性からセクシャルな目で見られなくていい」→「別に異性からの目を意識したわけじゃないけど、フェミニンな服とかスカートとか着ます

これがアホかと。

 

真に男性からそういう目で見られるのが嫌で、女性という性をアピールしたり売りにしたくないなら、ユニセックス路線で行けと。

 

はい、聞こえて来そうなのが「女性は好きな服装で出歩く権利もないのかよ!」

 

男性が、IKKOマツコ・デラックスみたいな化粧をして、ホットパンツタンクトップで街中を歩いていて、ゲイだと思われて、「好きな格好で出歩いてるだけでセクシャルな目で見られる。男性は好きな服装で出歩く権利もないのかよ!」って言ってるのと同じですよ。

2017-05-31

丸首タンクトップって何のためにあるの

暑いときは首から熱が逃げないので倍暑い

寒いときは袖がないので倍寒い

無能

2017-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20170518070547

昔の話だけど、特急電車でこういうことがあった。

(それぞれ別の日、別の男)


少しずつスカートの裾を上にずらして、パンツなかに手をつっこんできて、直に人の尻を触る。アソコまで触られた。

タンクトップの隙間から指をつっこんで、直に人の胸を触る。貧乳なので油断していた。乳首集中攻撃された。


というわけで、人生初のアソコを触った男は、恋人じゃなくて痴漢です。


当時、高校生だった私は、うまく対応できなくて石のように硬直していた。

今では笑い話にしてるけど、それは私が結構図太い神経の持ち主だからであって、みんな平気なわけじゃない。


電車恐怖、男性恐怖で一生狂わされる子もいるよ。

2017-03-24

ワキガ手術をした

ワキガ自覚症状があったので手術をした。記録がてらに。男。

ワキガ歴は15年くらいになるだろうか。何もケアしないとかなり匂うのが自分でも分かる。

からそれなりにデオドラント用品を試してみたが、どれも汗をかいたりして匂いが出てしまうという状況の時には効かなかった。

しかしなぜかひとつだけ体に合ったのか、Hミッテルという塗り薬?を3日以上塗り続けると汗をかいた状況でも無臭に近い状態でいられた。1~2日だけではほとんど効果が無く、3日以上続けないと効果が出なかった。

これはかなり自信があるが、自分ワキガな事に気づいてる友人知人はおそらくひとりもいない。

ワキガ友達には直接本人に言ってしま関係性の連中だったし遠慮されてる感じもない。それぐらいその塗り薬は効いていた。

なので夏は毎日塗るから無臭状態が続くが、冬などあまり汗をかく危険性が無い時はついサボってしまい、厚着して汗をかくと匂いが出る時があった。しか自分に合ったいい商品を見つけたが、ほぼ毎日塗らないといけないというのがネックだった。

このまま一生これを買い続ける費用と、塗り忘れた時の不安ワキガというコンプレックスを解消してしまおうとワキガ手術をする事にした。

方法を調べていたら剪除法(皮弁法)というのなら保険が効くらしく両脇で5万円ぐらいで済むことがわかった。

自分は両脇二回づつだったので結局10万弱ぐらいかかった。)

しか効果他の方法に比べて高い効果が得られるようなので一択だった。

次は病院選びだが、田舎から都会に引っ越してきたので選び放題だった。

人気がある病院だったのか、予約がかなり取りづらく手術は平日の昼間ぐらいしか空いていなかった。

手術までの流れは

・診断

・事前検査血液検査

・手術&固定

・経過観察&消毒(手術三日後)

・抜糸(手術一週間後)

・塗り薬などで手術跡のケア

というのを左右ずつやる。計二回。

範囲が広いと片側を二回に分けてやるので計四回。

・診断

ワキガかどうか匂い医者が直接嗅ぐ。問診など。

自分はここでアポクリン腺が広範囲にあるので片側二回、計四回に分けてやると言われた。

左 上部、右 上部、左 下部、右 下部 の順番。順番は選べる。

上部が特にアポクリン腺が多いとの事だったので、先に上部をやることにした。

四回に分けてやるというのは、かなりショックだった。

ワキガでワキ毛の範囲が人より広い人は可能性がある。

同じ場所は手術後に一年経ってないとできないので、全部終わるのに二年かかった。

・事前検査

血液検査をするだけ。

・手術&固定

手術は片方40分ぐらいかかった。日帰り。

最初麻酔をワキに打たれるのだが、これが妙に痛くて嫌だった。

毎回二本ぐらい打たれたのではないだろうか。

感覚はすぐに無くなり、メスで切開されているのがワキをつたってくる血で分かる。

血が苦手なのでこの感覚も毎度苦手だった。

その後は切った箇所から指を入れて皮膚を引っくり返してアポクリン腺を除去していくのだろうけど見えないのでよく分からない。麻酔が効いているので全く痛くない。

皮膚を引っ張られている時も、手の甲の拳骨あたりの皮膚をつねられているぐらいだ。

手術が終わるとかなりワキをかなり圧迫されながら固定された。

これをタイオーバーといって、皮膚と肉をくっつける為にやるらしい。

脇を開くことができないので、基本的衣服シャツジャケット前開きの服のみとなる。

Tシャツは着れない。伸びる素材で作られたタンクトップなどはギリ着れた。

パジャマTシャツスウェット場合事前に、いつもよりゆったりしたサイズの前開きの服を購入しておかないとツラい。

ユニクロ投げ売りされてるシャツを二枚買ってパジャマにした。

ワキを閉めっぱなしにしないといけないので、煩わしく日常生活に支障が出るが片側は普通に使えるのでそんなでもない。

入院しないかぎりは片側ずつじゃないとまず無理だろう。

シャワーも当日から入れて、脇を濡らさないようにすれば頭も洗える。

寝る時はバンドを体に巻いてワキが寝てる間に動かないように固定する。

痛み止めを毎回もらったが、初日麻酔が切れて痛みそうになる前に飲んでいたので術後に痛みを感じた事は四回の内一度も無い。

・経過観察&消毒(手術三日後)

経過観察は異常が無いか見てもらい、ガーゼを変えて固定をやり直してもらう。

ここではじめて術後のワキと対面できるが、ワキ周りが内出血してたりしてちょっとグロい。

固定をしっかりやらなかったり、動かしてしまうと圧迫してる箇所がシワになってしまうらしい。

最初は固定に神経質になっていたが、徐々に意識が薄れてかなり適当に過ごしていても運が良かったのかシワにはならなかった。飲酒は止められたかどうか忘れてしまったが、ほぼ毎日飲んでいた。

・抜糸(手術一週間後)

・塗り薬などで手術跡のケア

抜糸をしても数日は薬を塗りガーゼを当てて軽めに固定する。しかしほぼ固定のストレスは無い。

ワキの下部の方が皮膚がくっつきにくいらしく、一回だけ抜糸後の経過を見て右の下部の固定が延長(三日)された。

術後のワキの色を改善する為の飲み薬を処方されたりする。

・左右の手術を終えて

上部が特にアポクリン腺が多かった為左右の一回目をやった時点でかなりニオイは軽減された。

左脇は一年通して何のケアもしなくても無臭だった。

ワキ毛はなくなった。術後一年経っている上部には、同じ穴から二本同時に太いのが生えていた毛は無くなった。

アポクリン腺再生について先生に聞いてみたのだが、多少あるらしいがほぼ気にならない程度の多少らしい。

術後の色素沈着に関しては男だからかそんなに気にならない。

ただワキ毛も無いので、あまり大っぴらにワキを見せる気にもならない。

手術をして本当に良かったと思う。

2016-12-17

反社会的バンド女性ブラジャーしてるのが気になる

例えば南アフリカラップデュオにDie Antwoordってのがいて新曲ビデオ女性おっぱいとか性器とか映ってて悪い言葉連発するような人たちなのよ。

Fat Faded Fuck Face” https://vimeo.com/195866734

で、その片割れ女性なんだけど当然のようにタトゥーとかボディピアスとかガンガンなの。なのにブラジャーしてるのがおかしいなって思う。他にも政府にたてついて逮捕されたプッシーライオットとかもそう。

唯一の例外が、めちゃメジャーだけどセックスについて曲書いたりFuck Youって曲書いたりしてるLily Allen。ライブアンコールで必ずノーブラタンクトップになるの(アルバム3枚だしててそれぞれのツアーに1回ずついって毎回そうだった)。それだけでものすごい彼女を信頼しちゃう

2016-11-27

80年代アニメでは常識だったこと

・顔の輪郭から口がはみ出る

少年タンクトップと短パン

駄々をこねたり否定をしたりするときに手足がエノキ状になって増殖する

・やたらと芸能人設定

・やたらとミュージシャン設定

唐突登場人物バンドを組む(組んでいる様子がジャケット採用される)

登場人物の一人は髪の毛直立+ヘアバンド+丸いサングラス

ケンカをすると後ろから頭を噛まれて血が出る

ギャグで血が出るとピューと水芸みたいになる

・人数が多いときに驚く発言があると、一コマ目が「・」になるワンテンポを置いてからコマ枠をつかむ勢いで全員が顔を寄せてくる

こんなとこですかね。

2016-11-25

痛みに弱い人

ちょっと前に流行ってたロウトみたいに受け口が広くてキャパティが少ないという絵の載った心が弱い人の話ではないけれど、俺はどうも痛みに弱い。

デコピンだのシッペだの肉つまみ攻撃だのをされると「痛っ」「ええっ、これで!?」といったやり取りをちょいちょいすることになる。

痛みや刺激を感じた時に、無視し続けたり耐え続けることができなくなるまでの閾値が人より低いらしい。

極端に筋肉がないわけでも太っててムチムチとかいうわけでもないけれど、

血圧を測られるだけでも圧迫される腕が痛くて眉間に思いきりしわを寄せて我慢している。あれを数分も続けられたら音を上げそう。

正直パワフルな人が相手だと握手ですらちょっと痛いことがある。

採血の痛みはその日ずっと痛いので腕に違和感が付き纏って筋肉が凝り固まるのか、そのうち腕を上げること自体しんどくなる。

単純に刺激に対して感覚過敏めいた傾向があるので、そういうのも影響しているのかもしれない。

その他のあるあるとしては

硬い机の上に肘や手首の骨のあたりをつけるとか、リストレストに手首を預けるだけでも痛くて落ち着かなかったりする。

服の袖の縫い目やボタンが他の物に触れて押し付けられて当たっている程度の事でも仕事差し支えレベルで痛み出す。

襟首の狭いシャツは首が苦しい→痛いとなってしまうので着られない。

ネクタイは相性が悪い、就活成人式卒業式とバアちゃんの葬式に参列したあとに毎回原因不明の熱を出して寝込んでたのは慣れないイベントの疲れだろうけれど、

Yシャツネクタイタイピン感触で過度に体が緊張状態になってたのも一因ではないかと思っている。就職先の選定基準私服勤務必須というのも面倒な体だ。

タンクトップやナップサックは肩に細い紐が食い込んで痛い。靴下ゴムが肉に食い込むのも痛い。

もちろん腕時計ダメ社員証を首から下げるのも重み(社員証何gだよ……)が掛かっている部分が我慢できないほど痛くなるので、胸ポケットに装着するか襟の裏を通して首に紐が当たらないように注意する。

メガネはいろんなタイプに何度挑戦しても耳が痛くて痛くて1日はつけていられなかった。

マスクも痛くなさそうなものを選んでも、やっぱり耳にかけると2時間ぐらいで痛み出すので、柔らかいゴム紐で首の後ろで結んでみたりするが、耳よりはもつけど結局首筋が痛くなったりする。

ダボついていないズボンポケットに替えのボタンが入ったままになっているとケツが痛む。

ダボついたズボンデカいケツポケット生地が座ったときにすこしヨレて圧力がかかるのもケツが痛い。

あとジーパンの前ポケットのあたりのなんか妙に入り組んでて分厚い部分とかもふとしたときに圧迫されると痛みやすい。

トランクスゴムジャストサイズだと腰が痛むから買ったらまず少し動けば勝手にずり落ちるぐらいまでゴムを伸ばしてから履く。

ニット帽をかぶってゴーグルをつけたら、耳と側頭部が圧迫されて違和感我慢してかぶっていたら痛みに変わって堪えられなくなってスキー教室リタイア

マフラーをゆるく巻いても重苦しく感じて、そのうち首とか肩とかがガチガチに凝って頭痛までくるから巻けない。

子供の頃だと、体育の赤白帽のゴムが触れるのが気になったのかすぐ嚙みちぎって親に怒られたり、水泳帽が苦痛だったり、ドッヂボールで痛くて転げまわったり。

爪もお湯でふやかしてからでないと切れなくて、中学で衛生検査に引っ掛かった時に無理にその場で切らされたが、

痛みで声を出さないように必死で堪えていたけれど片手終わるぐらいで涙が止まらなくなってしまってびっくりされた。

Tシャツの袖の長さの調節だけで少し我慢すれば過ごせる春から秋までは気楽なのだが、冬場になってくるとさすがにいろいろ着ないといけないか憂鬱だ。

なんだか感覚過敏の話と痛みに弱い話がごっちゃになってしまったが、なにあkと生き辛くて不便なのはもうこの際仕方ないとしても、

こんな感じなのを口で説明しても人にわかってもらうのがなかなか大変なので、なんか説明やす検査とかできればいいのになーと思う。

2016-11-19

女性露出セクハラってことにしてほしい

会社の人でやたらと露出度の高い人がいる。胸の谷間が見えるタンクトップ?にジャケット羽織っていたりする。下は丈の短いタイトスカート

はっきり言ってエロい仕事の話で定期的に1対1で打ち合わせするんだけど、正面からだと谷間が気になって集中できない。打ち合わせ以外でもプリケツが視界の中で動いていたら、ついそっちを見てしまう。誰か注意してくれないかなー。今の時期にあの格好なんだから確信犯だよなー。

そんな話を彼氏にしたら、「わかる」って同意してくれた。男のほうが切実な問題なんだろうなー。彼氏職場にもそういう人がいて、女の魅力全開でサバサバしているアテクシかっこいいと思っている系がいるみたい。この前も飲み会最中スマホAV見出して、「こいつ下手だよねー」と笑いながら隣の人に見せていたらしい。こういう行為セクハラだと自粛されるようになってほしいな。

2016-11-12

音ゲーで上達するための4のコツ

別にプロでも全国ランカーでもないけど、俺的にはこんな感じってのを書いてみた。

一、見切る

見切るとは、譜面見て「これはこう取ればいい」ってのが即座にわかる&そらで手(踏みゲーなら足)を動かせるレベル。取り方を覚える、と言っても過言ではない。

そもそも見切れないと取り様がないので、まず最初に見切れるようにする。上手い人は数回のプレイで見切れちゃうが、そうじゃなきゃ何十回プレイしても見切れないことも。それはもったいないから、もう動画撮るなり探すなりして何回も見て集中的に見切れるようなった方がいい。

二、リズム

音ゲーは体力や筋力よりも、リズム感で省エネに器用に動かすのが重要。だからこそ筋骨隆々タンクトップマンでも高難度譜面が取れなかったり、逆に普通女の子やひょろひょろした男性が高難度をバリバリ捌いてたりする。

ある曲に対して、リズム感が妥当に備わっているかどうかは、その曲の BPM のペースで、両手で16分連打を交互を空打ちするといい。ちゃんとリズミカルに打てているのならOK。打てていない、あるいは打てているかどうかがわからないならNGNGなら、BPMを下げて(別の曲で)練習する。

三、取れてるつもりなのに取れてないミスを直す

自分では取れているつもりなのに実際は取れていない。そんなことが起こることもある。いわゆる悪いクセが付いた、というやつ。

音ゲー(に限らずゲーム全般)は、自分の何がおかしかったのかを意識的に(かつ言葉でも説明できるくらいにはっきりと)把握して、じゃあどうすれば直せるか考えて試して、というサイクルで上達していくもの。よほどの天才は別として、プロゲーマーでもこのプロセスを当たり前にこなしている。このプロセスを行うためには、何がおかしいかの把握が必要。「なんか上手くできないんだよなー」は、上達したいなら許されない。何がダメなのかをはっきりと把握すべし。動画を撮るとか、上手い人に見てもらうとか。

ちなみにこれは一人ぼっちでは苦しい。できても非効率的ぼっちで全国ランカーがいない(俺が知らないだけで実はいる?)のはそのためだと思う。

四、上記を楽しめ

これはある意味一番重要なのだが、上記全てを楽しめるかどうかが鍵。好きこそものの上手なれ、というけれど、人間楽しいと感じることなものすごい集中力継続力を生み出すことができる。

音ゲー給料が出るわけではないし、むしろ時間金もこっちが犠牲にするし、将来何かの役に立つわけでもない「たかゲーム」だから、熱中しづらいと考えるのは普通。だけど上達する奴は熱中してる。理由は一つで、楽しいから

2016-10-20

http://anond.hatelabo.jp/20161020145817

みんな溌剌としてて元気そう。下がり眉に紅潮した頬という気持ち悪い表現は無し。

胸が目立っているのもタンクトップの子くらいで全体的にエロくない(ニーソの子も太ももの肉が食い込んでない)

……駅乃みちかのあの絵とは全然違うと思うんだが。

ていうか駅乃みちかだってもっとネタっぽく描けば全然ありだったのに勿体ない

http://anond.hatelabo.jp/20161020153754

たとえばタンクトップを着ている男性キャラの腹筋が異様にくっきりと浮き上がってるとかよくあるけど、

そんなのはあくま演出上の嘘だってごく自然に受け入れられてるよ。

2016-10-13

くのいちを助けたことがある

その頃東池袋に住んでいた。2008年ころのことだ。

週末の、もう土曜だったか金曜だったか忘れたが、とにかく次の日が休みの日だった。

赤羽からでた最終列車池袋に到着。下車すれば大いなる酔客の群れ。上り階段に座り込む男。イチャイチャする初老の男女。「お持ち帰り」を狙う若い学生

タクシー乗り場には長蛇の列。ストリートミュージシャン人いきれ8月末の暑苦しい夜のことだ。

喧噪を尻目に帰路につく。向原付近ビルの谷間に、くのいちがいた。正確に言うとエアコンの排気ダストの蔭にもたれ込んでいた。

あの例のお約束の、裾の短い装束。あわてて小刀を携えるが、私が一般人だとすぐに認識して警戒を解き、去るように眼で促す。

私はこの時点で此奴はコスプレでやってるんじゃあない、ガチだ、と認識した。それだけの説得力が、彼女のその少ない仕草から充分に伺い得たのだ。

読者諸君は「まさか」と思うだろう。しか諸君のなかで実際ガチくのいちに会ったことある人、どれだけいるだろうか。そこんとこ、よーく考えて欲しい。

彼女は怪我をしていた。右の脇腹に少しく血が滲んでいた。夜なので黒く見えた。

私の来ていたシャツ彼女に着せた。私は下にタンクトップを着用していたか違和感はない。

徒歩2分の私のマンションに連れて行く旨を短く説明すると、彼女は逡巡して、言葉少なくそれを諒解した。

私のシャツを着た彼女服装にそれほど違和感がないこと、任務中には一般人と決して一緒にならないこと、そして緊急事態ゆえに今はそれを逆手にとることを手短に伝えられた。

恋人のように一緒に歩く。脇腹の外傷の他に、どうやら打撃によるダメージがあるようだった。

万が一の際には全力を尽くすが、もしそうなってしまったら申し訳ない、とのこと。

マンションに到着。蛍光灯の下で見る彼女は、修行のせいだろう、スポーツ選手のようなとても美しい身体をしていた。

くのいちがよく履いているニーハイソックスみたいなくつしたが汚れており、部屋に入ったところで慌ててそれを脱いでいた。

その仕草、とてもアトラクティヴで、昔、初めて交際相手を家に招いたときのことを思い起こさせた。

彼女池袋午前1時半の酔客と同じくらい汗をかき、それに加えて泥まみれ(あるいは血にもまみれていたのかも知れない)だった。

怪我がひどくなければお風呂に入るのはどうか、と促した。彼女は怪我の様子も確認したいとのことでお風呂へ。

タオル位置とかお湯の出し方を伝える内に、すぐに出てきた。元の装束を着るのは仕方の無いことだ。うちに換えのくのいち装束はない。

何となく、おなかが減っているのでは? と問うた。

少しの間があって空腹の旨を伝えられた。冷蔵庫にはタッパーに入ったポトフがある。電子レンジを用いる。

くのいちポトフを食べるのだ。当たり前と言えば当たり前だが。どうしても短い裾で、お姉さん座りする美脚に眼が…行っちゃうんだなこれが!

ブルックスコーヒーを一緒に飲む。時間をずらして出立したいとのこと。一緒に寝るのは論外。シュラフを出す。

私がシュラフで寝ようとすると一生懸命に私がそちらで寝ます、と訴える。このときに気付いたが年上のようだ。

結局私はベッドで寝て、彼女シュラフで。数分で寝息を立てていたが、すぐに起きた様だ。寝ずに体を休めているだけにしようと判断したのだろう。

朝起きると彼女は居なくなっていた……訳ではなく、まだシュラフで横になっていた。私が起きるのにあわせて起き上がり、感謝の礼を述べて、出て行った。

シュラフには彼女の残り香。当然、二度と出会うことはなかった。彼女の生死やその任務がどうなったかなど知るよしもない。

ただし、毎年8月のあの時期になると、差し出し不明の小荷物が届く。お茶だとか、かぶら漬けだとか、杉谷なすびだとか。引っ越ししても、ちゃんと今でも届く。

甲賀の忍びだったのだろう。

2016-10-05

君の名は。』を観て細田版『時をかける少女』を思い出した

妹に「すっげー感動すっからマジ見てみ」と言われて『君の名は。』を見に行った。全然感動しなかった。

体が入れ替わったからって、どうしてお互いのことを好きになり始めるのか全く理解不能だった。

しかもお互いに記憶が失われているんだったら、何か気になって「君の名は?」とか聞くまでに、

「あのー前に会ったことありましたっけ?」とか聞くだろ、つかこれじゃベタナンパだろ、とか思った。

そういえば、大昔に細田守監督の『時をかける少女』を見たときも、友人に「マジ感動するから見てみりん」とか言われて見に行った記憶がある。

でも、全然感動しなかった。「あれ、これってどこらへんが感涙ポイント?」的な感想しか思い浮かばなかった。

未来でお前を待ってる」と言われても、「えーでも再会するときヒロインおばさんになってるよ?」としか思えなかった。

から「感動するよ」と言われて見に行った映画で感動したことがない。

アニメではないが『西の魔女が死んだ』という映画も薦められて見に行ったが、見終わった後「( ゚д゚)ポカーン」としかならなかった。

みんなは「ダッシュツダイセイコウ」で感動するの? なんで? キム兄タンクトップキモいから

ま、それはともかく、恋愛もので感動できないのはたぶん自分恋愛経験がないからだろう。

逆に『ドラえもん』幻の最終話CGアニメ化済み)のような、友人との別れもの結構泣ける。

これは自分引っ越し経験があって、親しい友人と二度と会えなくなるという辛い経験をしてきたからだろう。

ようするに、作品鑑賞というのは人生経験大事なんだよね、当たり前だけど。

自分はどんな恋愛ものを観るたびに「( ゚д゚)ポカーン」としてしまう。

男が女に恋するのはまだ何となく理解できるけど、女が男に惹かれるシーンがどうも納得いかない。

真田丸』で真田信幸本多から嫁いだ吉田羊が突然信幸に抱きつく場面が納得いかず、母親質問したくらいだ。

(答えは「(夫が前妻にばかり気が向いていることに対する)嫉妬で火がついたんだよ」だそうだ。そうだったのか?)

恋愛ものって、まるで中東アフリカ紛争の話を聞いているときのように、

まるで別世界ファンタジーの話にしか思えない。

恋愛という意味他人に強く心惹かれたことも、他人から強く執着されたこともないので、恋愛もの全然現実感がない。

自分にとっての「好き」はマンガなら「週刊誌で一度読んでいても全巻コレクションしたい」程度の意味であって、

人間に対していえば「写真を撮りたい」「近くで眺めていたい」と思う程度のことだ。フィギュア鑑賞と同じ。

恋愛もので描かれているように一緒にいたいとか、相手のことが知りたいとか、理解し合いたいという感じではない。

たぶん多くの人に自分宇宙人のようだと思うだろうし、自分には一般人宇宙人しか思えない。

とりあえず、ラストシーンはこうしたら良かったんじゃないか

瀧は三葉の名前を聞かずにパイ揉みしてダッシュで逃げるが、あえなく準現行犯逮捕

瀧を捕まえた警官が尋ねる。「君の名は?」

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