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2021-07-24

anond:20210724114520

差別って言ってる奴の方が差別!勢がいるけど、「状況的に明らかにAV男優ではない人をAV男優になぞらえるのは面白い」という認識に立っての呟きなんだから、この発言者が二重に差別してるのよ」

というブコメがあるけど、例えばあの服が作業服ヘルメットみたいな民族衣装だったとして

このAV男優のところに「電気工事士」を代入して、それを面白がっても一般的には差別とは言われないだろう。

電気工事士に対する差別一般的には存在しないのにわざわざ差別と指摘するのは、言った側に差別感情がある場合と言える。

AV男優という呼称自体侮蔑意味がないと本当に思っているならAV男優と呼ぶことは問題ないだろう。

2021-06-23

切り抜き

ファミマの裏の綺麗に水を張った田んぼのよこに色褪せたカブを停めて眺めてる青い作業服着てるおっちゃんに白いタンクトップ白髪のおじいさんが話しかけてるのを学生服男の子が横目に見ながら通り過ぎてるっぽいのを信号待ちの交差点で斜向から見てた

2021-06-19

父の日によせて

父のことを思うとき、いつも思い出す光景があります

それはある週末、スーパーから自転車で、自宅までの帰り道。

当時私は24か25で、週末は友だちと会ったり、都心に買い物に行ったりすることが多かったんですが、なぜかその日は久しぶりに、父と自転車西友に行くことになったのでした。買い物のためというよりも、恒常的に太っていた父の、運動のためだったかもしれません。

スーパーから家まで自転車10ちょっとの道、なんとなく父が先を走り、私が追いかけていく中で、自然と父の背中が目に入って、思ったんです。

あれ、パパの背中、思ってたより小さいんだな…と。

身長170cmちょっとに対し体重は90kg近くあり、どちらかというと「大きい」印象を与える父でしたが、背中丸めママチャリをこぐ姿は、食卓ビールウィスキー焼酎ちゃんぽんで飲んで管を巻いているときよりも、少し縮んだように見えました。

父はその頃60歳近いので、多少は本当に縮んでたのかもしれませんが、小さく見える理由はそれだけじゃないこともわかっていました。私が就職したことで、私のほうの見え方が変わっていたんです。

その頃はネットバブルと言われた時期の真っただ中で、私はそんな会社ひとつに、運良く入れていました。

そこは日本ではわりと大きな「ITベンダー」とか言われる会社の子会社だったので、親会社からエラい人が続々と天下ってきていました。でも当時まだ光ファイバーはおろかADSLすらほとんど普及してない時代Windows 95が出てから数年って時代なんで、大手ITベンダー出身のはずのエラい人たちでも、じつはパソコンほとんど使ったことがなかったり、せいぜいメールの読み書きができる程度だったりしました。そんな人たちがいきなり、ネット会社役員として送りこまれてくるわけです。しか親会社セミナーと称して顧客集めのイベントを開いて、子会社に送り込んだ役員を登壇させ、「ネット御社ビジネスが変わりますよ」みたいな話をさせるんです。

そこで私がやってた仕事ひとつが、子会社に来て早々に付け焼き刃トークさせられる役員のために講演資料を作ることと、講演当日のカバン持ち(会場のプロジェクターパソコンつないだり。当時はパワーポイントみたいな大きなデータ相手先に送るのも、容量制限でできなかったりしたのです)でした。私自身もその会社に入るまでネットほとんど触ったことのないニワカだったので、資料作りといっても実際はもっとコアな先輩社員に依頼してネタ出ししてもらったりする、窓口的な役割です。

そんな、ニワカな私がニワカな役員サポートする不安な構図だったんですが、講演はそれなりに(多分)好評で、親会社主催のものだけでなく外部のイベント出張っていくこともありました。大きなホテルの「なんとかの間」とかの華やかな壇上で、スポットライトを浴びながらネットビジネス活用を語る役員たちは、頭頂部が多少ハレーションしていても(だからこそ?)、いかにもエラい人っぽく見えました。エラい人「っぽい」だけでなく、ニワカであっても数百人を相手に堂々と話ができる、それは一朝一夕には身に着けられないスキルだと今でも思います

大企業出身エライ人たちはトークができるだけでなく、部下の扱いも丁寧で、いや私が若い女からということもおそらくあったのですが、とにかくそういった講演サポート業務の後は、「お礼」と称して素敵なレストランなどに連れて行ってくれました。私はただ窓口になっただけなので、と言うと、じゃあネタ出ししてくれた人たちもみんなで、となり、ずいぶん大人数でごちそうになることもありました(それが会社お金だったのかポケットマネーだったのかは不明)。

そんなわけで私の会社の人たちは、上司も先輩も同僚も、そこそこ大企業文化の中にいて、都会慣れしていました。「肩で風を切る」ってほどじゃないにしろ、少なくとも必要ときには背筋を伸ばして堂々と振る舞える、そんな人たちが、いつの間にか私にとっての「普通」になっていたのです。

それに対し父は、そんな平成っぽいスマートさとは無縁で生きてきました。そもそも、なぜ私が父を「パパ」と呼ぶことになったのかまったく理解できないような「おとっつぁん」的な風貌だし、人前で話す機会があるとしたら会社の朝礼か親戚の法事くらい、しかも話がムダに長くてつまらない、と家族の中で有名でした。素敵なお店なんか結界が張ってあると感じていたらしく、まれ家族旅行で伊豆ホテルに行ったときには、入り口から赤いじゅうたんが敷いてあることにおののき、「あのー、この、じゅうたんの上、歩いていいんすけ?」(いつも語尾がモゴモゴしている)と質問して失笑を買った、とか、ファミレスアイスクリームを注文するときに、「フレーバーを選ぶ」という概念をまったく知らず、「えーこの、バニラチョコレートストロベリーアイス、頼んます」と全フレーバーを読み上げたとか、そんなエピソードには事欠かない人なのです。

そしてその日も、うら若い娘とお出かけの機会だというのに、会社作業服だか私服だかわからない、着心地だけが最高の服装で、ボロボロママチャリに乗って、西友に行くくらいしかできないのです。

でも私は、だからといって、父の存在が恥ずかしいとか、引け目を感じるとかいうわけでもないな、とも思いました。

しろ、その小さな背中にかかっているものの重さを、改めて感じたんです。

岩手県の奥地でだいたい10兄弟の3〜5番めくらいに生まれた父(兄弟姉妹の半分くらいが子どものうちに亡くなってるのでいろいろ曖昧)は、中学校卒業すると集団就職上京し、小さな運送会社に入りました。最初は15歳で運転もできないので、助手として荷物の積み下ろしから始めて、18歳で免許を取って運転手になり、20代でその運送会社社長の娘と結婚、30代で子どもが生まれ、それが私の姉と私になります。姉が生まれたあたりから家族会社のすぐそばに住むようになり、姉と私は毎日祖父や父、社員の人たちが働く姿を見ながら育ってきました。

祖父会社オイルショックかいろいろありながらも、高度成長期バブル景気でそこそこに拡大、多いとき社員(「若い衆」と呼称)数十人を抱えるまでになりました。祖父会社仕事より、地元運送業の顔役的なことをメインでやるようになっていたので、成り行き的に父が現場の切り盛りをしていました。

でも90年代バブル崩壊以降は会社の業績が右肩下がりになり、銀行から貸し剥がしを受け、頻繁に資金ショートするようになっていました。高度成長期に「若い衆」だった運転手さんたちも実際はもう全然若くなく、平均年齢50歳くらいになっており、お子さんがいる人たちもたくさんいました。2021年の今と違って景気は悪く、ネット通販からドライバー需要も発展途上で、万一倒産した場合ベテラン運転手さんでも簡単に次の仕事が見つかる見込みはありませんでした。

これがドラマだったら、私みたいなネット企業で多少の経験積んだ娘が家業に乗り込み、会社ITで立て直し、引いては業界全体を改革していく…となりそうなところです。でも、そうはなりませんでした。まず私自身、いきなり乗り込んで何か改善できるという自信がなかったし、何ができるかもわからないのに親のコネ会社に入るなんて、社員の人たちに申し訳ないと思っていました。また祖父や父には、私に苦労をかけたくないという思いもあったのだと思います

なので私としては、今にも倒れそうな会社というボロボロ自転車を、とにかく倒してはいけない、続けなきゃいけないんだという思いで漕ぎ続ける父を、ただただ後ろから、見守ることしかできなかったのです。

大きくて、小さくて、でもやっぱり大きくて温かい、父の背中

高価なスーツを着てスポットライトを浴びることもなければ、お洒落レストランに部下を従えていくこともない父だけど、私はどんなに誇りに思っていることか。

西友からの帰り道、緑道にかかる橋をのろのろと上っていく父の背中を見ながら、パパの子どもに生まれて本当に良かった、と思いました。

…こういう話って普通結婚式のときかにするんですよね。

照れくさくてなかなか言う機会がなかったんですが、このコロナ下でなかなか会えないので、今やっと言葉しました。

直接言えよって感じなんですけど、まあ、こういう人たちもいるよってことで、この場所に置かせていただきます

2021-06-03

およめさんがかんごふさんのひとに

やっぱり制服とかで?!って聞いたら

これ作業服やで?って言われたんだって

2021-05-08

「なぜ女の子キャラの服の方が高いの?」

お子様がこんな素朴な疑問を出していた。

マリオ作業服よりもピーチ姫ドレスの方が高いという事にお怒りの様子だった。

なぜ女の子キャラの方が服が高いのか。

理由は至ってシンプルな気がする。

デザインが凝っている

可愛い

ゲームに限らずブランドものは高い

デザインが凝っているというのが一番の理由のような気がするが、

たぶん『可愛い』というのが一番の理由になりそう。

もちろん衣装特殊効果があれば価格は逆転する場合もあるが、衣装などに関しては男よりも女性の方がコダワリが強い部分があるので

やはり『可愛いからという理由が一番にあがりそうである

2021-03-26

311当時、菅直人はめちゃくちゃ批判されていた記憶がある

作業服着て現地へ行っているニュースに対して「現地に行って何かやってるポーズをとっている」的なことを言われていたような気がする

(その時の記事写真がなぜかやけに首を前に傾けた写真コラ画像が大量に作られていた)

あれから10年ということで少し前いろいろ記事が出ていたが、それに対してついていたコメントにめちゃくちゃ違和感があった

今の政府批判するために、当時を引き合いに出して「当時はよくやっていた」というコメントがついていて、なんかな……

今と当時のどちらが悪夢かなんてどうでもいい

実際今の政府災害対応はクソかもしれんよ

しかし、当時の政府対応はいつのまに再評価されていたんだ?自分が無勉強なのか?

えてして政治家評価は後世から見ないとわからないものだとは思うけれど

鈴木宗男とかムネオハウスとかなんとかめちゃくちゃ叩かれたけど北方領土問題頑張ってたらしいし

小泉郵政民営化とか当時は熱狂的支持されてたけど今から見ると下策だったようだし

同じように菅直人も今では実績を再評価されているのか?

それとも現政府を腐すためだけに「当時はよくやった」とか言ってんのか?だとしたら適当なこと言ってんじゃないよ

と思いました。(日記

2021-02-06

anond:20210203234005

最後追記あり

ある工学系の女性エンジニア駄文

スレ増田さんは数学物理が得意だったということで、優秀な方なんだろうと思います

私もエンジニアなので元増田さんに読んでもらいたくて参戦します。

分野は物理工学系。材料力学とかCAEとかやってます

学生時代文系でした。勉強ができる方でしたが、物理は全くダメで、数学センター試験があったし、真面目に勉強してたし、文系の中ではまだできる方だったけど理系脳の人たちには全く歯が立たないレベル英語国語が得意で完全な文系脳でした。

そんな私がなぜエンジニアに、しかITならまだしも物理工学系のエンジニアになったのか。

地方で若くして結婚して子供産んで(一人だけど)30歳もとうに過ぎていて、条件の良い就職先が今の職場しかなかったからです。

入社後は死ぬほど苦手だった物理を1から勉強して、なんとかかんとか頑張ってます

職場ほとんど男性だけど皆優しいので特に女性であることで苦労したことはありません。唯一の女性の同僚は15歳年上で学生時代からバリバリ理系元増田さんみたいなすっごく頭の良い雲の上の存在馬鹿な私にもとても優しくサポートしてくれる。いつも分からないところないか気遣ってくれる。神かよ。

私はお金、というか労働条件目当てでエンジニアになりました。

数学物理が得意で自然エンジニアになりました」という女性がもちろん当たり前になるべきだと思う一方で、

「なんとなく接客業に就きました」「なんとなく事務職やってます」っていう女性みたいに「なんとなくエンジニアになりました」っていう私みたいなへっぽこエンジニアも増えて欲しい。それが裾野を広げることになると思う。

もちろん最低限の数学への適性はいるけど、そもそもハロワ名ばかり正社員昇給ボーナスなし手取り13万ぐらいサビ残有り)みたいな求人ばっかりの中で、うちの求人過酷肉体労働もなく好条件のはずなのに事務職じゃないからか、女性の応募者はほぼゼロ。皆もっと応募すればいいのに。

周りからはよく「本当にうちの会社にいるタイプじゃないよね(笑)」と冗談を言われ、珍獣のような目で見られてます

追記

想定外にバズっててビビりました。特定避けるために仕事の詳細は明かせませんが、パソコン使ってCAEやったり作業服現場ボルト締めたり溶接したり大型トラック運転したり(入社後免許取った)地上10メートル安全帯付けて高所作業したり新規顧客獲得のために営業東京出張したり色々です。

採用理由は皆さんお察しの通り高学歴東大ではないです)が大きかったと思います会社としては、もちろん工学部の人材が喉から手が出るほど欲しいのですが、工学部を出たマトモな人は大手企業に掻っ攫われてしまうので、それ以外でも見込みのある人は採用してるみたいです。ニッチな分野なので元々その分野に特化してる人があまりいないため、入社してから育てるって感じです。

物理材料力学なんかは確かに大学で習うものだと思いますが、私は簡単なことしかやってませんし、中学高校レベルの四則計算微積指数対数三角関数の基本ぐらいのごく簡単なことしか理解していません。難しい計算エクセルパソコンソフトがやってくれるので、工学部の現役大学生がやっているようなレベル要求されません。求められても無理ですし。

工学系の仕事に就く女性が増えてほしいので他にも質問あれば答えます

2021-02-03

スーパーで働く同僚の子が好き避けしてる

地元スーパーで働いてるんだけど、私と同時に入ってきた大学生の子がいる。Sちゃんとする。

背は低くて、いつも口を結んでいて、最初は冷たい雰囲気だなって思ってたけど、人見知りしやすいだけだった。

の子には気になっているお客さんがいる。見た目は20代後半くらいで、いつも作業服を着ている。イケメンじゃないけど、さわやかな感じの人だ。

物腰はやわらかくて、ゆっくりと丁寧に動いて、私たちはいつも敬語で、200円の商品を割引シールの貼り間違えで300円で売ってしまった時も、レジ淡々事情説明して、謝りに来た社員さんに厳しく当たったりしない。

ちゃんは『作業服の人』のことを、カフェで「好きかもしれない」って言ってた。実際、その作業服の人がSちゃんレジ雑談しているのを見たことがあるけど、Sちゃんは明らかに緊張していて、でも笑顔で、お釣り返す時にレジから出てきた小銭を床に落として、恥ずかしそうに視線を落としていた。

その後で、作業服の人が商品を袋詰めに行くと、Sちゃんが彼に背中を向けて、両手でレジ袋の端を握りしめて離して、ひたすらにわしゃわしゃを繰り返す。

あの人もSちゃんのことが気になっていると思う。だって、いつもSちゃんのいるレジに向かうから。Sちゃんも、作業服の人が近くにいないか常に気にしている。それで、レジの手前のポテチ売り場にいるのを見つけると、レジからちょっと体をはみ出させて、「ここにいる」って示している。そんな光景を5回以上見た。

(私がこんなに詳しいのは、Sちゃんの隣でレジをすることが多いからだ。夜のシフトなので、レジの数も2つか3つしか開いてない)。

最近、Sちゃんの様子がおかしい。作業服の人がいるのに気が付くと、わざとレジを閉めてほかの作業に向かう。

作業服の人が「今日寒いね」(※私の推測)って話しかけても、「大丈夫です」って冷たく顔を背ける。ひどい時だと、その人がSちゃんレジに入ろうとした瞬間にレジを閉じて走り去る。

両想いなんだとしたら、なんとかしてあげたい。

ちゃんが変わらないとどうにもならないと思うので、なにかアドバイスできることがあれば教えてください。

「なにもするな」まで含めて、いいなと思った意見は行動に移したいと思います

2021-01-31

洒落って難しい

タイトルの通りだだくさ芋女ぼやき

最近まで6年間中高一貫校(染髪禁止、もちろん化粧なんてもってのほかスカート切ったら三者面談、更に言うとバイト禁止)に通ってた上に周囲にはお洒落に興味がない"オタク"の友達しかいなかった。類友ですね。でもオタクといってもアニメイトで大声でBL話するような友達じゃないです。友達はめちゃくちゃいい子達でした。

私もオタクで、小遣いやコッソリやったバイト代は全て漫画プラモにつぎ込み己の容姿など省みたことなど皆無。ブスなことには気づいていたけれども寝癖さえ何とかしてればまぁいいかとか思って化粧なんかしたことがなかった。これが全ての過ちの始まり

私だけ比較的遠い所から通ってたために休日友達と遊びに行く経験もあまりなく、友達私服姿は知らないまま高校卒業して専門学校へ。

専門学校入ったらマジでみんなお洒落チビりました。みんなちゃんと化粧して可愛い服着てんのな。いやマジで講義受けて帰るだけだぜ?!そこに手間暇を惜しまないの本当にすごいよなぁ。近くの席の可愛い子に何時起きか聞いたら、身支度に時間かかるから5時だって。嘘だろおい、私8時起きだぞ・・・・・・

専門学校には就活対策を教えてくれる「就職講座」っていう講義がたまにあって、すっぴんは流石にマズいと同期に言われたので幼馴染みに泣きつきました。母親に聞いても「貴女は化粧しなくていい」としか言わなくて途方にくれちゃったので・・・・・・相談に乗ってくれた幼馴染みのMちゃん本当にありがとうございました

情けない話ですが20にもなって化粧をしたことがない、ガンダムに例えてもらわないと分からない。アイラインはスミ入れだそうですね。確かにアイライン引くと目の凹凸が際立つのは感動モノでした。スミ入れみたいにちょんと付けたらスーッと流れてくようなアイラインあったら便利なのにね。そうするとアイシャドウウェザリングなのか・・・・・・?ケースも似てるし。

とりあえず幼馴染みにファンデーションアイシャドウ眉毛書くやつ(名前忘れた)を買えって言われたので薬局で購入。とりあえずナチュラルメイクとやらを教わり、就職講座当日も何とかそれで乗り切りました。

でも20年間化粧をしたことがない人間が突然やったら"初めて化粧をした中学生感"が出るじゃないですか。中学生がそれなのは微笑ましくて可愛いけど20歳の女がその雰囲気出してんのかなりキツくね・・・・・・?と思っちゃって何だか化粧頑張れる気がしません。友達と遊びに行く時は極力練習も兼ねて化粧するようにしてたけどこのご時世だしなぁ。マスクしてるのに化粧する意味is 何みたいな感情がある。普段講義に化粧してくのがめんどくさい。化粧してるみんなすごいよ、誇りに思ってください。普通の人だったら中学高校で通過する"初めての化粧"から逃げた結果がこれです。もういっそるろ剣般若(変装のために顔を削ぎ落とした御庭番衆の人)みたいな感じにした方が楽なんじゃ・・・・・・?

さて、化粧はまだ序の口問題は服のセンス母親と幼馴染み曰く私の服のセンスは壊滅的らしい。初めての化粧(中学生)とかそういうレベルじゃない。それ聞いちゃって怖くなったので最近はもっぱら黒パーカーと黒ジーンズ履いてます。どこぞのR指定か? でももう何着たらいいのか分からない・・・・・・

仕方ないので母親に服選びはお任せしてます。本当に情けねぇ。自分に似合う服が分からない、「これとか良くね?!」って買った服がすげぇダサいらしい。そのパンツは足が短く見える。何そのチンピラみたいなシャツ。なにそのズボンニッカポッカ?w

着たいもの着たいけどダサいって思われるのはイヤ!だけど着たいもの着たい!全人類の目潰すしかない。何がお洒落なのかとか分からん、とりあえず着心地を求めた結果センスが完全に終了してしまう。

いやもうコレどうしたらいいんですかね、ポプテピで言及されてた花澤香菜私服見てもふ〜ん可愛いじゃんとしか思えず、父親サイズ間違えて買ってきた作業服屋のシャツを平気で着て出かけられてしまう。花澤香菜可愛いので私服ダサくても許されるけどすっぴんオタク女が服ダサなのはちぃな、来世は多部未華子顔面になります多部未華子顔面なら親父の作業服着てデート行っても許されるやろ・・・・・・るろ剣般若ってもしかしなくても多部未華子になれるのか

2021-01-30

45歳多重派遣プログラマ退職エントリ

45歳多重派遣と言っても、噂のGitHubの人ではない。すまんな。。

皆さんはプロジェクトの共有ディレクトリの最下層に”女子大生”という何もないファイルを作ってアクセスログをとっていたのがバレて怒られた事はあるか?私はある。2回。

人は暇なとき、意外とディレクトリをめぐる旅をするものだ。

仕事でとうとうGitHubすら使わずプログラマ人生を終えてしまった。

レガシー技術を使いがちな金融プログラマではそこそこ居るのでは無いだろうか。

年収20代後半からは550万~700万位だった。残業代退職金は無く交通費は出ない。

所属会社営業事務も居ない小さな所帯のフリーの集まりのような所で、会社運営必要金額をある程度毎月納めれば良い会社だった。

仕事がなくなれば自分、もしくは他社員の人脈で仕事をとってくる。フリーで居るよりは仕事を取りやすく、単価も上げやすいので一応会社所属にしているだけの所だった。

私はやる気が無いプログラマだった。オフ時間プログラム勉強したことなんて殆どないが30歳、35歳の限界説を越え、45歳まで働けた。

ニート高卒45歳。多重派遣底辺プログラマ退職エントリ

はてなIT技術者諸氏はオフの日にも日々勉強をしているようで。

好きなんですね。この業界が。日本ITは今後も安泰だ。

◯◯出来る人が居ないか?と聞き回る営業を見ていると多重派遣SESとはいえ業務時間内に勉強させろと私は思う。

技術勉強の話になると途端に何プペる?のような、仕事の為の無給勉強時間当たり前のように語られる事がやる気の無い私にはついぞ理解することが出来なかった。

足に鎖でもついてるのかね。私と一緒だね。

45歳で年収300万円多重派遣の彼は問題児なのかもしれないが、私よりはやる気があるプログラマなのではないかと思う。

退職までずっとプログラムを書き、テストをしていた。たまに客に直接要望を聴いて、仕様書に落とすこともした。

C/C++Java・各種Shell・VB/VBA・SQLUNIX/LinuxWindowsサーバーをなんとなーくしていて、他の人が書いたプログラムを流用しまくって書いていた。

苦手なのはプログラムより仕様理解だった。

ざっくりな話になるが、私より出来る人はわんさか居て、私より出来ない人・問題児が2割は居た。後者の彼らのおかげで私は仕事があったのだ。あと、東京からあったのだ。

人並以上の理解をしていたのはLinux構造くらい。仕事カーネル層に潜り込み、デバイスドライバの改造をしなくてはならず、月350時間くらい働いているうちに身についたものだ。年俸制という糞システムのおかげで1円も残業代は出なかったが。

全く知らない技術が使われている新しい現場に上位プロパー会社営業に売りに出されることはままあった。

現場の人にさも「解ってます!」みたいな面で面接をし、何とか切り抜けることは出来た。このときばかりはいやいやながら上辺だけを勉強した。無給でな。

解っている事でも残業が沢山降ってきそうな場合は「ちょっと私には難しいですね・・・」「いやー、解らないですね。。」と出来ない振りをする度量もついていた。

仕事は”出来る(都合の良い)いい人”に回ってくるし、仕事をしてもめったに単価を上げてくれなし、切られる時は切られる。

30歳を越えたあたりから必要な時は定時丁度に上がる精神的な技術も身についた。

それと同時にここ10~15年はブラックIT業界でもようやく過残業を減らそうという機運が増えてきたように思う。

ライブイベントにも足を運べるようになり、推し投資が出来るようになった。

おそらくまだ10年はプログラマとしてなんとなく生活出来たのだろうと思う。

あいつ、そこまで出来はしないけれど居ないと困ることもあるんだよなぁ」位のポジションで。

あるいはもう少しやる気を出し、転職をし、上位層で働くことも出来たのかもしれない。

でも急に仕事がつまらなくなったのだ。だから辞めた。

最後になったプロジェクトのこと。

リーダーが毎朝9時に朝会を開き、進捗を聴く

・そしてその日、”1人日”以上の仕事が割り振られる。残業しても終わらない

・翌朝で何故おわっていないのか?を問い詰められる

仕事タスク割り振りが多すぎて終える事は出来ないとお伝えしましたが?と反論

・その状況で、空いている時間にやっておいてくれと新たなタスクが振られる

・空いている時間とは?と聴いてみるが、コンパイルしている1分の時間に少しづつといわれ、そんなの出来るわけ無いですよね?。どこに空いている時間があるか教えて下さい。

と、毎朝そんな問答を繰り返していた。

今までは流していたこの程度のパワハラが嫌になった。

改善をする気もおきなかった。早く次の現場に行きたいなという事ばかり考えていた。

そして気づいた。この仕事にようやく私は飽きたのだと。

子供も数年前に生まれ子供が成人するまでこの仕事をするのも耐えられないと。

そんな時に副業のほうを本業にする決意をした。会社を辞め、起業をした。

今は全く別業種の業界で働いている。この先うまくいくかは良くわからない。

3次請け、4次請けの会社に居たので理不尽パワハラには事欠かなかった。

理不尽の例1)

まだ若手の時、鉄砲玉として使われた事があった。

セキュリティがゆるゆるだった20年以上前の話である

TVCMもよく見る有名システムとある現場

フロッピーを本番端末のあるセンターに密かに持ち込み、定例メンテナンスの振りをしてシステムを黙って更新するという密命が若手の私と、他社の派遣PG新人のK君に与えられた。何度も。

かばんの奥にフロッピーを隠し、かばん持ち込み検査検査員にばれないようにし、潜り込む。メンテナンス用の作業ID使用して黙ってシステム更新するというのを繰り返し行った。

今考えると下手すると裁判沙汰なんじゃないだろうか。しかも見つかったら責任を取らされるという。

ある時、K君が想像以上にアホだった事で事件もおきた。

テンパった彼は入館証ではなく、隠していたフロッピー検査員に見せつけたのだ。

だが、早朝ということもあり、検査員がほぼ寝ていたので問題なく通れてしまった。

今思うとあの時は首の皮一枚で大丈夫だったんだなと。

理不尽の例2)

大手家電メーカー工場仕事をした時、プログラム仕事なのに作業服をまず”自費”で買わされた。作業服いらねえだろう。

工場内にある窓の無いプレハブ小屋が開発現場だった。人権が無ぇ。ファーウェイ工場にはヨーロッパの街並みが再現されているらしいが。

この現場は電機メーカーIT子会社D社からE社に投げられ、部屋に私以外だと窓際管理職のD社社員1人とE社の人間しか居なかった。

何故、E社の人間の中に私1人だけ他社の開発要員が入るのか?

入ってすぐに理解した。担当するシステムが1人だけで長く開発していたシステムで、スパゲティすぎて破綻しかけているのだ。

これを開発し続けられればヨシ、破綻したら私の(会社の)せいということにしたいのだ。

入って1週間で営業にコレはダメだと、早く抜けさせてくれと直訴した。

結局抜けるのに4ヶ月かかったが、その間、本当に酷い日々だった。

さな改修が多く、納期は1週間か2週間毎にやってくる。だが仕様を投げるD社の人が鬱で会社にあまり来ない。他のD社の人に聴いても何も解らないという。

1週間の仕事金曜日納品なのに、木曜日夕方に2日酔でやってきた担当者に仕様を聞き出し、金曜日に意地で納品するも、気に入らないところがあったらしく「前担当者よりスキルが低いですね~」と言い放たれた。精神の苦行だろうか。

私の抜けた後、E社の別な人間担当するも無事破綻しかけているという話は後ほど聞いた。自分スキルでは本当にギリギリだった。危なかった。

パワハラ1)

高校卒業後はニートだった。猫と母としか会話をしない2年を過ごした。

その後、大手新聞社オペレーター派遣会社が共同で作っていた文科省認定ではなく定期の学割も効かない街のパソコンスクールに通った。

教師は二種(基本情報)も持っておらず、業界歴は1年だけで環境変数理解していなかった。

その学校で多重派遣という底辺で生きる技術者の卵に他の20名と一緒になった。

文科省認定専門学校情報処理科では少しマトモに勉強すれば大手SIer商社の子会社の「何ちゃらソリューション」に入れる事も多い。

アホの一つ覚えのように大手の子会社は「何ちゃらソリューション」なので、「何ちゃらソリューション」というIT会社を見たらセンスの良い経営者が名付けた何処か大手の子会社だと思って差し支えない。あとイノベーションとかな。イノベータとかな。

就職氷河期の真っ最中地方中核都市就職をしたのだが、入社直前に東京勤務になった。

会社からは15万円の引っ越し資金けが支給された。氷河期の3月に転職は出来なかった。

親に敷金礼金4ヶ月分を負担してもらい、親父に秋葉原石丸電気家財一式を買って貰った。

SES企業はまず新人教育の当たりハズレががある。ハズレのほうが多い。

派遣法の隙間をついて、たぅった1人で新人派遣されてくる事も多い。彼らの大体は苦労を強いられている。

私は運良く同じ会社の人が沢山居る現場に入ったのだが、教育担当想像を絶するパワハラマンだった。とにかくどんなことにもキレる。

ある日個室に呼び出され「お前は田舎に帰って缶詰工場で働け。なるべく頭の働かなくて良い仕事を選んでくれ。業界にいると迷惑だ」と言われてしまった。

親に学校に通わせて貰い、引っ越し代も払ってもらったのに使い物にならないと言われたとき絶望感は大きかった。

地下鉄ホームに入ってきた時、ホーム下にふと吸い込まれて行きそうになり、寸前でハッとなり鼻先を電車がかすめていった。

知らないおばちゃんに「しっかりして!」と怒られた。都会の人も優しい。

あと、駅のホームドアは大事だ。全駅につけてくれ。

それ以降、他社でも新人には丁寧に接している。私はまだ恵まれていた方なのかもしれない。

パワハラ2)

とある家電の開発ツール担当していた時だった。

その家電TronからLinuxOSが切り替わり、開発・コンパイル用のソフトウェアシミュレーター新規開発となった。

Linuxカーネルプログラミング必要となり、日本語の文献もインターネット上の文献も少なく、オライリー洋書現在日本語版もある)を取り寄せて読まざるを得ない状況だった。

英語は全く出来ない&私が作るとなると当然開発は遅れた。

私はカーネルプログラミングなんて当時はしたことが無かったし、集められた人員Linux上でC言語仕事したことがある。くらいの人員が集められたのだ。

単価が安い人しか使ってはいけないというルール運用されていたらしい。

開発ツールの開発の遅れはプロジェクト全体の遅延に繋がった。

苛立った家電メーカーの”部長”が私を広いフロア大人数の前でこう叱った。

「こいつ全然解ってないじゃないか!!」「なんでこんなのにやらせているんだ!!」

中国出張で散々おねーちゃんを買った自慢をしていた糞みたいな人間に罵られるのである

月単価55万で350時間働かされ、残業代は1円も出ずである。誰もフォローをしてくれなかった。

徹夜が3日目に突入した午前3時、役職付きが私のPCの後ろで「まだ出来ないのか?」と15分おきにやってくる。

何とか完成はさせた。恐ろしいことに若かった当時は満足感をそれなりに得ていた。

精神的に色々と凹んでいた時に励ましてくれたのは中国人の同じ派遣の人だった。

大卒の育ちの良い中国派遣技術者が沢山居たが、彼らは本当に性格がまっすぐだ。彼らが私の中国感を大分良くしてくれた。

(ずっとメッセンジャーばかりやっている連中もいたが)

彼らのような有益人材が来てくれる時代があと何年あるのだろうか。

余談だが、この糞忙しい間に所属会社がいきなり倒産した。

私は所属未定のまま倒産した次の日も、土日も何故か働いていた。

自分が働かないと他の人が倒れてしまうと当時は考えていたし、ようやく仕事が出来るようになって謎のやりがいを感じていた。

そして、翌週、中間会社から流石に所属未定はマズイのでフリーとして契約しましょうと言われたのだが、単価の話なんて当時若造だった私には解らないのである

結局、300時間以上働く中、残業代無しの45万円固定と言われるまま契約をしたのだが、

当時の私には多い金額に思えていたものの、都内フリー技術者としては当然低すぎる金額であった。

忙しい中、アドバイスを貰う余裕もなく、無知のために中間会社の狸親父に低い金額契約させられたのだった。

みなさんは自分の単価くらいは知っておいたほうが良い。

賢い同じ会社の同僚は失業手当で半年遊んだか、会社契約と同じ単価でフリーとして契約していた。

余談その2、当時なんとなく興味を惹かれて当時流行っていた日本礼賛本を読んでみた。

国産OStron携帯電話世界を席巻!!みたいな事が書いてあったが、その本が出ていた頃、携帯電話OSLinuxSymbianで締められていたのを知っていたので興味深く読んだのを覚えている。

他にも

「1次請けが私の単価を上げてくれても中間会社搾取し、私には全く反映されない話」

野田ドモホルンリンクルバイトのように円高注視し続けた時、円高オフショアブームで単価が2年で2回減った話」

中間会社オフショア開発の失敗の後始末を手伝って欲しいと言われ、現場インフルで倒れた振りをして休んだ話」

「5000円の著作権フリー音源システム使用するのに数百万かかった話」

メモリ枯渇エラーが頻発したのに数百万以上のコストをかけて打ち合わせをする虚無の話」

メモリ初期化エラーが頻発した時に、解決方法としてとんでもない方法提示され、阻止した話」

「15万円のPCが60万円で導入される仕組み」

入社初年度の忘年会の一次会が新宿の有名なゲイショーパブで、他の社員と会話も無く終わった話」

無呼吸症候群で猛烈な睡魔との戦い、現場で怒られるようになり、睡眠薬生活リズムを取り返した話」

同人活動職場にバレて地獄を見た話」

大手会社コンプライアンス啓蒙画像著作権違反を発見した話」

「キレる、人前でイライラする人とは働きたくない話」

「某銀行の開発子会社美人率が高い・銀行員の婚姻率の格差社会の話」

などなど考えていたが長くなったので終わり。

多重派遣先は色々なキャリアの人が多い。元ホスト、元キャバ嬢もいれば元医師中国人、元アニメ会社勤務、元美容師、元寿司職人等の転職組も多い。

以前いたプロジェクトの有名SI企業PMSES上がりの元寿司職人だった。

SES就職の壁が低い。そこを足掛けとして転職し、さらなる転職大手大手子会社転職するのは悪くないキャリアプランの一つなのかもしれない。

SES会社玉石混交なのでまずは良いSES会社に入るのは大事だし、多重派遣改善されてほしいが。

何が書きたかったのか忘れたし飽きた。

業界からやる気の無い45歳が1人減り、業界は少し平和になった。

追記:続編を書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20210131035752

2020-12-01

東京まれ東京育ちの若者田舎に転勤になって死ぬほど辛い話 追記2

※ページ最下部に追記しました。



当方20代後半、都下(いわゆる23区外の多摩)に生まれ、22歳で都内大学文系学部卒業し、ストレート大手メーカー総合職として就職。配属は社内情シス

その俺が、入社数年して突如地方転勤を言い渡された。

転勤先は東海道新幹線とある駅まで数km田舎工場で、工場情シスということで仕事の内容自体東京本社とあまり変わらない。サポートデスク的なあまり難しくない仕事だ。

が、転勤して半年ほどたって耐えられなくなってきた。本当につらいし、地方転勤を心の底から舐めていた。東京生活できることのすばらしさを舐めていた。住環境というもの過小評価していた。

就活してる時に戻れるなら、地方転勤があり得るメーカーなんて絶対に受けない。なまじ偏差値高い大学だったため、同期も大手企業バンバン内定を決めていることが焦りにつながり、俺もブランド重視で大手メーカーを選んでしまったが激しく後悔している。面接で「地方転勤もあるかもしれないけど、いい?」と聞かれ、都会の生活に飽きが来ていたと思っていた自分は「地方生活経験してみたい、東京以外の生活面白そうだ」というぼんやりした理由で承諾してしまった。今は転職エージェントを使って全力で転職活動している。

俺と同じように実家東京でずっと東京生活していて地方生活も悪くないかもと考えている都内大学生は多いと思う。そいつらに全力で警告したい。

ぼんやりした理由地方転勤を絶対承諾するな。

東京生活に飽きたか地方生活してみたい、は絶対後悔する

そもそも地方転勤がある会社を受けるな。もし受けるなら40歳平均年収が1000万円以上のところだけにしておけ。平均年収600万円程度の会社地方転勤させられたら都内勤務で平均年収600万円の会社絶対勝てないし自分の愚かさを心の底から呪う羽目になる。

地方転勤は年収換算マイナス300~500万円くらいだと覚えておけ。つまり年収300万円上乗せするから地方に転勤してくれない?と言われて初めてフェアな交渉になるという意味だ。給料据え置きで地方転勤を打診されたら速攻で転職活動しろ

新幹線から見える工場

これを読んでいる都内在住の人は、新幹線に乗って遠出したことが一度はあると思う。東京から新幹線に乗車し、富士山を眺めつつ、新大阪名古屋に到着し、旅行を楽しむ。ありふれた旅行の一つだ。

都会から都会を結ぶ線路の途中でふと窓の外を見ることもあると思う。眠くなるような代り映えのない田んぼだらけの景色

そう、そこに田舎工場がある。

想像できるだろうか、新幹線の窓辺から見える田舎工場で働く人の生活を。俺はまともに想像もしていなかったのに安易に転勤を受け入れてしまった。

地方転勤の想像現実ギャップありがちな勘違いを、東京育ちの若者目線でつらつら書き残しておく。

23区外、いわゆる多摩だって田舎だし、東京から離れた田舎だって同じ日本なんだから大して差はないだろ、という勘違い

23区外に住んでいると、しばしば「ここは田舎から」と自虐を宣う人を良く見かける。

こんなのは嘘だ。本当の田舎を知らないから言える虚言そのものだ。

駅までせいぜいバス自転車、徒歩で心理的負担なく気軽に出かけられて、駅周りの喫茶店カラオケネカフェ松屋吉野家なんでもありの活気がある場所にすぐ行ける。

この「心理的負担なく気軽に」行けるかどうかの違いは東京郊外と、本当の地方田舎じゃ天と地との差がある。

地方に住んでいると、駅までちょっと出かける、というのは遠足みたいな準備と気合必要になってくる。

明日は何時に家出て駅まで行って、そこから~時の電車に乗ってでかける、といったようにだ。

東京に住んでいたら、休日時間を気にする必要なんて全くと言っていいほどない。終電逃しても最悪タクシーがすぐに拾えるし、どんな時間バス停や駅につこうがすぐに乗車できるからだ。

東京場合は、財布とケータイだけもって適当にぶらぶら歩きつつ思いのままに東京タワー行ったり新宿で買い物したり美味しいラーメン屋とか書店で思う存分休日を楽しめる。

コンビニも近いかちょっとビール飲みたいなと思ったら思ってすぐに家出て買いに行ける。

それが田舎では全くできない。

田舎に住んでいると、外出するのにかなり気合必要になる。というか、外出する目的必要になる。東京に住んでいる時には外に出る理由なんて一切必要なかった。外に行きたいから行く。これだけで十分だった。

だが田舎は違う。目的も無しに玄関出て外に出たところで、何も起こらないのだ。田んぼだらけの道をふらふら歩いてコンビニまで30分かけて行って弁当飲み物買って帰ってくるくらいだ。田んぼの田園風景引っ越し初日で飽きる。何にも面白ものなんてない。だって変化がないんだもの。当たり前。

ネットAmazonもあるし、もともと休日に頻繁に外出するタイプじゃないか地方だろうと部屋の中でのQOLは都会と大差ない、という勘違い

俺は思いっきりこの勘違いにハマっていた。もともと友達もあまりいないし、ネットサーフィンしたりPCネトゲやったり読書したりとインドア趣味が多かったので、東京に住もうが田舎に住もうが大した変わりは無いと思っていた。むしろ田舎の方が光回線の帯域を占有できるからネットスピードに関しては東京より快適だった。

だけど、田舎の周りが田んぼだらけのアパートの一室でゲームやったりネットサーフィンやっていると、孤独感が本当に半端ない東京に居たときレベルが違う。東京の外で生活したことがなかった俺は、これが一番堪えた。逆に、東京にただ住んでいるだけで孤独感がほとんど無かったというのは新しい発見だった。実家が近いとか、地元の友人にすぐ会えるからとかじゃなくて、人が多いところにただ住んでいるというだけでこれほどまで孤独を感じないものなのかと再発見した。日中玄関から出れば東京だと絶対人間に出くわす。ママチャリで買い物してる奥さん学校帰りの子供、スーツ着たサラリーマン作業服した作業者、とにかく人間がいる。

対して田舎は本当に人がいない。外に出ても出なくても人がいない。部屋の中で心臓痛くなって倒れても助けは呼べないだろう。俺はアパート住まいだが、隣の部屋は空き室で、数室離れたところによくわからん人が住んでるという感じだ。俺がゲーム中にくらっと来て倒れても誰も気にかけちゃくれないだろう。地方田舎の、新幹線から見える工場に勤めてる若造が、周りが田んぼアパートの一室で倒れて苦しんでるなんて、誰にとってもどうでもいいことに違いない。そういう絶望的な孤独を、田舎では強烈に実感することができる。それはインターネットアマゾンでは全く埋め合わせることができない。

アマゾンは確かに配達される。だけど物欲自体が無くなるわけよ、田舎に住んでると。だって自慢したい相手がいないんだものいくら高価なグラボを買ってTwitterで自慢しようにも、自分が惨めな田舎アパートぐらしってだけで気持ちが強烈に萎える。

田舎で成り上がる意味はない。田舎で成り上がったその先は、都会への移住

で、これ。

住めば都って言うじゃん。どんな田舎でも何年か暮らしてみたらそこが故郷になるって話。あれは絶対嘘。まあ実家がもともと他の田舎にあって田舎田舎の転勤ならそうなるかもしれない。

だけど東京育ちの若者田舎に何年住んだって絶対都になんかならない。人がほどんどいない無人の都なんてあるか?何年たっても田舎田舎だし、人は増えない。当然都にふさわしい店や活気、おしゃれな建築物なんて絶対に作られない。都なんかになるわけがない。

から、上昇志向のある人間必然的により良い環境へのクラスチェンジというか移住目標になる。田舎工場工場長や支社長になったって、多分東京で平社員やってる方が圧倒的にQOL高いよ。

田舎トップになるより、東京底辺の方が100万倍マシ。なぜなら優秀な人はみんな都会を目指すわけで、田舎で昇進を重ねて偉くなろうが、部下になる奴は救いの無い田舎者とか上昇志向の無い現状維持の変化を嫌う奴らだけ。優秀な奴は結局東京みたいな都会を目指すわけよ。

から田舎で昇進して成り上がるなんて人生目標になるわけがない。偉くなれば東京に上がれるかも、って希望けが向上心の持っていき場になる。

偉くなって、東京に行くんだ、ってなるくらいなら、最初から東京会社キャリア積んだ方が100,000,000倍マシ。地方転勤は本当に虚無。

東京実家に戻ってさらに実感

お盆休み実家に一週間ばかり帰ったが、田舎暮らしには何の意味もないことをさらに実感することになる。

しろ何もかもが最高なのだ

UberEatsとか、なんだよこの便利なサービスは。外出しなくてもレストランメニュー注文できて自宅で食えるとか神かよ。

図書館はそこら中にあるし、本屋もまだまだたくさんある。ふらっと気軽に家から出て本屋立ち読みしたり気に入った本を買って喫茶店で3時間くらいコーヒー飲みながら読書したりとか、最高かよ!!

映画館も多くて、プロスポーツ観戦もちょっと気が向いたらすぐに行ける。ラーメン屋地方と違ってめちゃくちゃレベルが高い。

「生き物のようにぐにゃぐにゃ生きて動いている街」のど真ん中に自分がいるということがどれだけ楽しく活気に満ち溢れている状態なのかとても強く実感する。

東京戻ってきて思ったのは、東京って行こうと思えばすぐに、海、山、湖、川、都心、港、渓谷、果ては島にすら日帰りで気軽に行けちゃうっていう、人が多くて買い物し放題なだけじゃなくて東京近郊でアウトドアレジャーも超簡単に楽しめちゃう最高の地域だってこと。

箱根富士五湖横浜の港、アクアライン千葉に行ってマザー牧場とか海岸線ドライブとか、狭山とか五日市秋川高尾山も超気軽に行ける。調布飛行場行けば日帰りで伊豆大島にすら行ける。井の頭公園代々木公園新宿御苑みたいな緑にあふれたところもさくっと行って帰ってこれる。つまり東京に住んでれば自然も楽しめるし都会も楽しめるし、文化芸術スポーツも最高に楽しめる。

東京で不足する要素が本当に見当たらないのだ。

お盆が終わり、誰も待っていない田舎アパートに戻ると半端ない孤独感が波のように押し寄せてくる。同じ大学の同期で東京勤務の奴は、田舎暮らしの辛さなんかこれっぽっちも知らないんだろうなあ、と思い心底うらやましく感じる。都会のおしゃれな店で貴重な20代合コン会社の先輩とかとの飲み会で楽しんでる中、自分は音のしない孤独アパートの一室でやることはネットサーフィンやネトゲだけ。

大手企業から20代なのに残業代込みで500万円近くもらえてはいるのだが、ぶっちゃけ20代なんて年収300万円の都会住まい全然十分だし、早くこの地獄から脱出したくてたまらない。。。

東京育ちで地方転勤ありの会社を悩んでる人へ

あなたと同じ東京育ちの人間として親切に忠告する。

地方転勤がある会社絶対選ぶな。

年収600万円での地方生活 = 年収300万円の東京生活だ。

地方転勤命令なんて人権無視非人道的行為のものだ。好きなところに住む権利基本的人権の一つだ。

転勤命令を出すなら、最低でも年収300万円は上乗せしないとフェアじゃない。それを会社側の負担がせいぜい数十万円の引っ越し代でほぼノーリスクで転勤命令出せるなんてありえない。

俺と同じ無知による悲劇はもう起こってほしくないし、何よりノーリスクで転勤命令出そうとするクソ企業を心底呪っているので、転勤ありの会社新卒が全く集まらないような社会になってほしい。

転勤ありの会社地元から社員募集するか、年収300万円以上給料上げて募集しないと人が集められない、そういう社会になってほしいと思ってこのエントリーを書いている。

だっておかしくないか企業企業土地代の安い田舎工場事業所を作るわけだから土地負担額は数十億円単位セーブできているわけだ。だったらそのセーブした分を人件費に積みかえることで地域活性化してお金地方にも回るのに、都会で人を集めといてそのまま地方にぶん投げる、こんなのありえないだろ。せめて金銭的に地方に行ったら得になるようなインセンティブを出せよと。

どうか、人の人生をなんとも思っていないクソ企業にまともに人が集まらず、人事が苦しんで苦しみ抜いてバッタバッタ倒産しまくりますように。


追記

コメント拝読させていただいております賛否両論あるようで、共感いただけるかた、いただけないかた様々なようです。いくつか共通する提案質問があったので回答させていただきます

■車を買ってはどうか

  この質問とても多かったですね。ですが、車を買ってしまうと少なくとも数年は田舎居住することを自分の中で追認してしまう気がして買っていません。

  なので、転勤の引っ越し先も工場から徒歩30分ほどの場所アパート借りています。なお東京に住んでいる時は親の車を借りたりレンタカー使ったりしていました。免許自体は持っています

  田舎で数か月勤務して東京実家に戻った時の衝撃があまりにも強く、「これ以上田舎で生活するのは無理だ」と白旗を上げたので車は今後も買う気はありません。

新幹線駅が数km

  すみません、訂正させてください。一番近い新幹線駅に繋がっている最寄り駅まで数kmですね。

  新幹線駅までの距離ちゃんと測っていないですが、20km離れているほどではないので数km~十数kmの間です。

田舎というざっくりした言葉

  地方田舎、という言葉が聞く人によってだいぶイメージが違うんだなと実感しています観光しか行ったことはありませんが大阪名古屋仙台あたりの地方都市に住んでいれば

  今回みたいな田舎絶望は無かったと思います。少なくともそれらの地方都市東京郊外匹敵する人の往来や活発さがあると思うので。

  新幹線に乗って、田んぼだらけの眠くなる景色にたま~に見える工場、そこに自分が勤めるとしたらどういう生活になるだろう、というのをイメージしていただければと思います


追記2

大阪名古屋仙台あたりの地方都市

これが一部の人琴線に触れてしまったようで恐縮しています

ずっと東京に住んでいた身としては、首都以外の都市は全て地方都市だという認識でした。

決して大阪名古屋仙台を低くみているのではなく、東京以外の都市という意味地方都市と書いていました。

こんなに地方都市という言葉に反応があるとは思いもよらず驚いています

2020-11-29

週末なのに早朝から隣の部屋で人の出入りが激しいな、と思いながら寝床の中で物音を聞いていた。もうすぐ8時になるので、燃えるゴミを出さなくてはいけない。外の寒さを考えると出たくないが、今日を逃すと、次の回収日である水曜日まで生ゴミと同居するはめになる。

思い切って服を着て、ゴミ袋を持って外に出ると、隣の部屋のドアが大きく開け放たれており、作業服姿の男性3、4人がさかんに出入りしている。彼らは部屋から出てくるたびに大きく膨らんだゴミ袋を両手に持って、トラックの荷台に勢い良く放り上げる。荷台はもう半分以上ゴミ袋で埋まっている。トラックはもう1台待機している。

ゴミ置き場へ行く途中で隣の部屋を通り過ぎながら中を覗くと、うず高くさまざまなゴミが積もっており、床が見えない。これはだいぶかかりそうだな、という考えが浮かんだが、なにに時間がかかるのか、自分でもよくわかっていなかった。

ゴミを捨てて自室に戻ろうとすると、グレーのスウェットパンツはいて青い褞袍(どてら)を着た男性が立っている。額の禿げ上がり方に見覚えがある。このアパートで隣の部屋のさらに隣りに住んでいる人だ。いちど挨拶したことがある。

褞袍の人は私の姿を認めると目礼してくるのでこちらも返す。いきおい、立ち止まって2人で作業中の部屋を眺めることになる。

孤独死らしいね」と褞袍の人が話しかけてくる。

「そういえば、見たことなかったですよ、隣の人」

「おれも見たことなかったけど、たまーに、部屋にいると隣から物音が聞こえてきたことはあったね。それも、いつ聞いたんだったか、思い出せないけど」

「まったく気づかなかったです。その、ええ」

「まあ、最近寒いから臭いもすぐには出づらいしね」

いつどうやって発見されたのか、憶測をひとしきり話してから褞袍の人が部屋に引っ込んだので、私も自室に戻ることにした。途中でまた隣の部屋を覗くと、玄関に続く床が見え始めていた。なにか白いものフローリングにこびりついて筋になっている。部屋の奥はまだゴミの壁だ。

自室のドアの下に紙切れが落ちている。さっきは落ちていなかった。運搬中のゴミから落ちてこちらへ飛んできたものらしい。

拾い上げるとそれは破れたレポート用紙かなにかで、罫線を無視して一面に黒のボールペンで「バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット」と文字が書いてある。ひとつ大きく「バケット」と書いたところを「X」印で乱暴に消してある。

意味がわからない。紙を投げ捨てて部屋に入る。

今日休みなので、ゆっくりコーヒーを淹れて、昨日のうちにベーカリーで買っておいたベーコン入りのパンを食べようと思う。が、まったく食欲がないことに気づく。

動揺しているのか、私は。隣で人が死んでいたことに。

そんなに繊細だったのか、私は。そもそも、隣の人がいつ亡くなったか知らないのに、隣室にずっと死体があったかもしれないのに、私は昨日までストロングゼロ500ml缶を飲みながらイカフライを齧り、「網走番外地」をアマプラで観ていたではないか

はいつもそこにあることに気づいたぐらいで、なんだというのか。私だって明日には引きこもり明後日には孤独死しているかもしれないのに。

勤め先のホテルは目に見えて客が減っていた。去年まではさまざまな言葉を話すアジア系団体客でロビーはいつも賑わっていた。不倫らしいデイユースの中高年カップルも高回転率で出入りしていた。春先にそれらはすべていなくなった。業績が厳しいと経営からの便りは来るが、数字は来ない。ほんの少しあったボーナスはなくなった。転職できる人はして辞めていった。

自分もいつか、ここではない、どこかへ行くんだと思いながら、それはどこか、いつかわからない。だから酒に逃げた。

せっかくの週末休みなのに、なぜこんなことを思い出さなくてはならないのか。隣で勝手に死んでいた人間のせいで、なぜ胃の奥に硬いものが居座って吐き気がしているのか。すべてが理不尽な気がしたが、それが誰のせいなのかわからなかったから、部屋を飛び出した。

冬の日差しに川は光っていた。コンクリートで固められた河床に水はほとんどなくて、黄土色の藻が底に揺れていた。通りを走る車の音を聞きながら川面を眺めているうちに少しずつ落ち着いてくる気がした。今日は目が覚めてから何も口にしていないことに気づいた。

川沿いに歩くと、古い木造家屋蕎麦屋があった。色あせた藍色のれんをくぐると、そばゆの匂いがした。熱いたぬきそばでも食べようかと思っていたが、壁に貼ってある品書きに「じゃんぎ丼」があったので頼んだ。

他に客はおらず、丼はすぐに出てきた。湯気を立てる白い飯の上に、タレのかかった唐揚げが載っていた。飯を掻き込むと、思わず涙が出た。それは亡き人の境遇を思って出た涙なのか、自分への哀れみなのか、悔し涙なのか、生きていることそのものに流す涙なのか、わからなかった。

2020-11-28

来年発売のBSX (BUREI STATION X)店頭1次予約がBEPPU CAMERAで行われると聞いて前日夜から並ぶことにしたのだった、1次予約で抽選券を手に入れ、抽選に当たれば2次予約として晴れてBSXを買う権利が与えられる、今年は疫病が流行っていて転売屋を並ばせるとあっさり全滅することは確実なのでこのようなシステム採用されたらしいが、ネットでの予約とは別に店頭での予約枠が別にあるという噂が流れ、力技で早くから並べば、機械的手段で瞬時に予約を決める業者に惑わされずにBSXを手に入れられると目論んだ、のだった、失業保険も今月で切れるから少しでも収入につながればと思い、並ぶことにした、のだった、もう雪が積もってきているのでまさか徹夜で並ぶ馬鹿はいないだろうと思って前日の22時にBEPPU CAMERAの前に行くともう3人いずれも黒い上着を来た男が並んでいたか馬鹿はいたのかと思った、が馬鹿は一体誰なのだろうかと思い自分も並んだら、数分後に背後にもう一人爺さんが立った、爺さんは作業服の上にボアジャンパーを着て、手に持った大きなビニールからは乱雑に畳んだ新聞紙や傘や黄色くなったビニール袋がはみ出していたかバイトなのだと思い、なるべく関わらないようにしようと思ったが爺さんは暇そうにしていて、いーっさみいなあとかいって話しかけたそうに独り言を言うから、いつの間にか話すことになって、適当に相槌を打っていたら、爺さんはまんじゅうが食べたくなったか場所を取っておいてくれという、わかったといったら爺さんは新聞紙を地面の上に置いて、向こうに見えるコンビニに入っていく、数分経って戻ってきた爺さんは手にまんじゅうを2個持っていて1個を自分にくれる、つぶあんの入ったまんじゅうはとてもあたたかく、道路に氷が張りだした空気の中で体に染み込むような旨さだったからじいさんが一気に好きなってしまった、からお互いに身の上話などしながら夜が明けるのを待っていたら、ますます気温は下がる、じっと立っていると膝が震えてくるくらいになる、爺さんはこんどはコーヒーが飲みたくなったからまた場所を取っておいてくれというから、わかったというと、また新聞紙を地面に置いてコンビニに行く、とすぐに別の男が2人やってきて列に割り込み新聞紙を踏みつける、すいませんそこは、としか自分は言えなかった、男の一人はガンをつけてきて、なんだよ誰もいないあいてる場所から入ったんだけど、という、いやそこはすぐに戻ってくるんですよ、というが聞き分ける様子がない、そのうちに缶コーヒーを2個持った爺さんが戻ってきて男たちを見かけた途端に甲高い声で怒鳴りつける、男たちと爺さんは小競り合いになるが、2人にかなうはずもなく爺さんは殴り倒されてアスファルト道路に転がって、男の一人が、るぁとかいってそこへ蹴りを入れると、ボクンと骨を打つ音がして爺さんは動かなくなる、いつのまにか警察が5、6人来てその場を取り囲む、BEPPU CAMERAから警備員が出てきて警察と話す、救急車が来て爺さんは運ばれていく、男たちは警察に連れて行かれる、自分はその場で事情聴取を受ける、なんで並んでいたのかと聞かれて、BSXの1次予約を店頭でするためだと説明すると、そんなことはやっていないと店側はいっているぞと警官に言われる、いやまさか嘘だろう、店に聞いたのかというと、店側が言っているんだから早く帰ったほうがいいと言われる、いや嘘だろう、嘘じゃない、という問答を繰り返しているうちに列にいた他の人々はどんどん帰っていったから、ようやく本当らしいと思うようになる、事情聴取を終えた頃には他には誰もおらず、夜が明け始めていて、BEPPU CAMERAのシャッターは閉まったままで、そのまま帰ろうにもあまりにも手持ち無沙汰で、ひどく腹も減っていることに気づいたから、周りに店を探してもこの時間に空いている店などなく、ようやく見つけたのはタクシー運転手警備員そばうどんを早朝から出す店でカウンターしかなくて、朝からそばかよと思うと、壁のメニューにじゃんぎ丼があったからとりあえず注文して、出てくるものを掻っ込むと飯が熱くて、肉は甘辛くて、あっという間に食べ終わって外に出ると帰るしかすることがないことに気づいて、帰っても自分を待っているものは何もないことに気づいて、

2020-11-14

anond:20201114121129

もちろん女もオシャレはやめような。

そういう主張な。

仕事は化粧禁止でみんな作業服

2020-11-05

結局フェミ女性の言いたいことって、美醜の観念を無くして

みんな同じ野暮ったい作業服・野暮ったいメガネ・野暮ったい靴化粧してほしいって話なんですわ

僕はそういう共産主義的な価値観は嫌いだな。女性には多様性のある美。多様性のある生き方を目指して欲しいんだな。

2020-10-26

anond:20201023204100

追記読んだ。

地方車社会引っ越して、制服なり作業服なりを着る仕事転職すると(通勤服の概念を無くす)、人生すごく楽になると思う。

2020-10-25

作業服萌え作業服女の子がかわいく見える。

工事施工業者の中に黒髪メガネの地味でおとなしそうな若い女の子作業責任者として入ってきている。

ふだん工事施工業者ってのが、厳ついオッサンばっかりなので、にこにこして作業服を着ている女の子をみるとなんだかとてもかわいく見える。ヘルメット姿もかわいい

工事施工もそつなくこなしているし、優秀なんだろうな。

かわいい

2020-10-07

anond:20201007170031

ホームセンター作業服屋さんの通に着られるような服は480-1580円だ

まりユニクロは十分に高級衣服

昔と違ってパーカーがすぐにけば立つし、もはや耐久性も怪しい

アマゾン日本の主流になってからあんまり安くなくなったのと似ているな

これまでのハイコスパ路線を捨ててガッツリもうけに来ている

2020-08-28

とある人事部長の後悔を聞いてほしい1(追記あり

かつて、大手企業人事部長をしていた。

人事部長という役職名ではないが、似たような名称ポジションだった。

人事の機能ひとつに『処分をつける』というのがある。

問題のある社員への指導教育だったり、人間関係トラブルに決着をつけたり、罪を犯した人間を罰したりする機能だ。

それに比べれば、勤怠管理だの、給与の支払いだの、社会保険手続きなどは子どもの遊びに思えてくる。

そんな、面倒くさい問題10年近く携わってきた。

今でも夢に見る。

後悔がある。どうしてあの時、もっとやれなかったんだろう、やらなかったんだろう。

どうして、あの人の心に寄り添うことができなかったんだろう。どうして、自分の思う正しさを貫くために上位の役職者を説得しなかったのだろう。

そんな後悔を吐き出したくて、はてな匿名ダイアリー投稿することにした。

事案は4つある。そこまでぼかしてはいない。私自身と向き合うためには、真実を吐き出さないと意味がないからだ。

事案1 真奈美さん(※仮名。以下同じ。当時50代前半)

 彼女現場仕事をする職種だった。現場といってもそこまで肉体労働ではないけれども、専門職なのは間違いない。

 ある年から、その仕事外注に出すようになった。このままでは失業することになるが、組織として無責任だということで事務職職種変更となった。

 結果は想像のとおりだ。てんで話にならなかった。

 料金計算を間違えた請求書を送るし、システム上の顧客情報を誤編集するし、よく交通事故を起こすし、難しい質問がきたら硬直して動かなくなるし、気分の浮き沈みが激しい。

 職種変更してからは、1年毎に様々な部署をたらし回しになった。当時の私は人事部長でも何でもなかったけれども、1年毎に異動するパターンの人なんだな、というありきたりの感想だった。

 こういうタイプの人は、適合する部署が見つかると十年単位で同じ部署に磔になる。いい部署が早く見つかってほしいな、と思ったのを覚えている。

 真奈美さんは自殺した。

 4つ目の部署だったと思う。この部署は、基本的事務主体だが、肉体労働仕事もあった。

 彼女は、あろうことか肉体労働ポジションに充てられてしまったのだ。木を切ったり、ごみを運んだり、池に浮かんだ鳥や鼠を回収したり…

 一度だけ、見たことがある。ごみ処理場のダストシュート軽トラックが止まっていて、60から70くらいの老人達シルバー人材センターの会員だと思う。派遣労働者ならもっと若いことが多い)が伐採くずをダストシュートに投げ込んでいたのだが、その現場彼女仕事をしていた。

 泥まみれの作業服トラックの荷台の上で、えっちらおっちら伐採くずをダストシュートに放り込んでいた。

 ひどい話だろう。でも、当時の私はそうは思わなかった。その部署には肉体労働ができる男性が足りていなかったので仕方がない。そう思っていた。真奈美さんの上司男性だったけれども、管理監督職がそんな仕事をすべきではないと素朴に考えていた。

 労働組合女性部が人事研修課に怒鳴り込んできたのを今でも覚えている。「どうして女性社員にあのような仕事をさせているのか」、「あなたたちには法的な正しさ以外は理解できないのか」といった内容だった。

 その後すぐ、真奈美さんの職場を覗きに行った。上司に怒られている最中だった。周りの社員は何も言わないでいる。むしろ失笑していた。仕事が早いわけでもなく、制度が高いわけでもないので当然の結果だったのかもしれない。

 翌日、私は課長相談に行った。「真奈美さんはあのような状況ですし、肉体労働女性社員がケガをしたらうちの課の立場が悪くなります。今年度末で異動させた方がいいと思います。早ければ来月にでも」といった内容だった。課長は、「急ぎの案件ではない。そのうちまた検討する」と言っていた。

 それが12月の初旬だった。この3週間後に真奈美さんは死を選んだ。死因は延べない。

 今でも夢に見るのは、課長相談をした場面だ。どうして、「うちの立場が悪くなる」という理由を述べたのだろう。「真奈美さんの健康心配です。大事になる前に手を打ちましょう。今すぐに異動させるべきです」となぜ言えなかったのだろう。

 なぜ私は、正しい行いができなかったのだろう。

事案2 結衣さん(当時18才)

 結衣さんは高校卒業してすぐに採用された。

 性格は明るめだったと思う。高い声の人で、社内で大声で笑い過ぎて注意を受けることがあった。

 配属されたのは債権管理部署だった。知能テストで理数分野の点数が高かったのと、定型的な業務が中心の部署なので、新人に相応しい配属先だと判断された。

 問題が起こった。配属されて3か月が過ぎた頃、人事に連絡が入った。「あの子服装が派手過ぎる。あれではお客様の前に出せない。試用期間中なのにあれはひどい」というものだった。

 先輩や上司が注意しても直す気がなく、それどころか、注意した男性の先輩をハラスメントで人事に訴えると威嚇したという。

 結衣さんのいる部署の前を不定期に通ってみると、いくつかのことが判明した。

 実際、派手な装いだった。髪は金髪だったし、ピアスをしていたし、ひらひらスカートを身に着けていた。

 接客態度もお世辞にもよいとは言えなかった。お客にため口になったり、自分1人では手に負えないのに先輩に相談せずに不動産会社に怒られていた。

 人によって態度が違う。若手社員に対しては強気だが、お父さん風(?)の優しい雰囲気社員の前では借りてきた猫のようにおとなしい。

 結衣さんに対して研修室で面談を行った。当時は役職がついていた私と、課長(事案①と同じ人)と、結衣さんの直属の上司がその場にいた。

 本人が言うには、

・変な格好で来ているとは思わない

仕事に来る服装自分で選びたいし、他人が口を出すのはおかし

・この格好が自分らしい。学校でも、アルバイト先でも文句を言われたことはない

 面談平行線に終わった。

 結衣さんは、最後には「努力します」と言ったけれども、金髪が直ることはなかった。服装大人しめになった気はしたが、私にはファッションのことはわからない。彼女と同年代女性社員廊下でやんわりと聞き取ったところ、「反省する意思はない」とのことだった。

 試用期間で切るべきである。それが課長判断だった。

 私は反対したが、すでに人事のトップである総務部長まで話が通っていた。あとは役員級が承認するだけだ。

 さて、当時の手帳を見ながらこれを書いているわけだが、その中には彼女に対する個人的乾燥として、こんなことを書いていた。

自分意志があって動いているように見える。高校生で3年間アルバイトをしながらうちの入社試験に通ったのはすごいし(※当時の弊社の高卒入社倍率は30倍程度だった。おそらく今でも)、3人の年配社員に囲まれても自分意見を貫いたというのも尊敬できる。うちの娘や息子を見ていても思うが、彼女は優れている。ぼんくらじゃない。うちの子ども達が情けなくなってくる。でも、うちの会社とは相性が悪い性格なのは否めない



 結衣さんは、その後どうなったと思う? ここに記している時点で読み手は察しておられるだろう。

 久保になったのだ。試用期間で切られた。

 あの時、研修室で「あなたを本採用できない」と伝えた時の彼女の面持ちは今でも覚えている。一瞬、歯ぎしりをしたように見えた。眉間に皺を寄せたと思ったら、すぐに平時の顔つきに戻った。淡々とした声の調子で、「わかりました」と言っていた。涙を浮かべるのを我慢していた。

 …それから、私は結衣さんを首にしないために何をしたと思う? なにもしなかった。

総務部長は承認したというが、本当だろうか?』

まさか総務部長やそれよりも上の人間が、高卒の子半年で切るという意思決定はしないだろう』

『よくある新人への脅し文句だ。通過儀礼のようなもの

 手帳には記していないが、私は当時、こんなことを考えていた。情けない。今でも結衣さんの顔が脳裏に浮かぶことがある。

 そのことがあってから、「別の会社でうまくやれていたらいいな」とずっと考えていたし、ずっと祈っていた。

 真奈美さんと違って、結衣さんの夢は見ない。良い知らせがあったからだ。政令指定都市職員として働いていることがわかった。

 知ったのは偶然だ。回覧物に閲覧済のシャチハタを押している時、偶然に名前を見つけた。

 あの時の安堵を言い表すのは難しい。心の底から安心できた。この日は早く家に帰る予定だったが、変更して居酒屋に寄ることにした。

事例3 和也さん(当時20代後半)

 発達障害と呼ばれていた。私には診断能力はないが、周囲の評価はそうだった。

 ある時、彼が直属の上司を怒らせてしまった。その上司は、一般市民その他の重要人物が観ている前で怒鳴り声を上げたのだ。私も見ていた。イベント会場だった。彼が指示を守らなかったのが原因のようだ。

 その上司和也さんは偉い人から説教を受けた。後日、彼の指導教育を人事で受けることになった。

 事前の報告書によると――まず、空気が読めない。他人が喜ぶとかイラつくとか、そういったことを予想できない人だった。

 会話能力が低い反面、言語での表現能力は高い。文書ドキュメント作成能力社員の平均を超えていた。特にプログラミング能力が秀逸であり、エクセルの帳票データを改良しては、これまで半日かかっていたものを20分で~みたいな改革を進めているとのことだった。

 文章レイアウトのこだわりが非常に強く、人が気にしない箇所でも時間をかけて修正する。かと思えば、オフィシャル文書で使うべきではない表現見積りあざッスヽ(^^)など)をメールにしたためることもあり、取引からやんわりと注意を受けることがあった。

 彼と面談した頃は、人事研修課長と呼ばれる立場になっていた。実際に面談してみて感じたのは、論理性が高いということだった。すべての言葉理由を付けようとする。とりとめのない理由もあれば、よく考えているものもあった。

 「職場の和が乱れるのはどうしてだと思う?」という質問に対しても、「理由不明です。非常識なことはしていません。でも、ほかの人と自分の感じ方が違うのはわかります」と答えていた。

 ほかにも多くのやり取りはあったが、どうにもおかしい点があった。

 彼の発達障害についてだ。当時は発達障害という言葉流行り始めていた。今ほどには一般的言葉ではなかったと思う。

 彼は発達障害なのか?という疑問を持った。というのも、発達障害に関する書籍を読んだところ、真の発達障害では弊社の面接突破することは不可能だと確信たからだ。

 彼との面談では、イラっとすることはあったものの、怒りの感情とまで呼べるものは湧いてこなかった。彼はその実、他人配慮することができるのではないか

 つまり発達障害を装っているのだ。本来的には、別の何かであって、それが原因で周りとの不和が起きている。サイコパスとか、ソシオパスとか、反社会性障害とか、当時は色々と調べたが、素人結論を出すことはできなかった。

 ひとつだけ、わかったことがある。『演技』ができる人間だということだ。

 彼の採用面接の記録を見たところ、今の状況とはまるで異なる印象が記されていた。例えば、個人面接では溌剌とした雰囲気だとか、グループ討論では司会を務めており、周囲と協調しながら自分意見を主張できる~といった内容だ。

 グループ討論というのがポイントだ。個人面接では、面接官との相性次第でどうにかなることもある。それが合否の大半を占めるといっても過言ではない。しかし、集団面接相手は同じ受験者だ。その中でリーダーシップを取って、しか面接官3人すべてから評価というのは、これまでの彼の社内評価矛盾している。

 この問題については、根拠を示して解決できるものではなかったので様子見とした。彼は不和こそ引き起こしているものの、能力自体問題はなかったからだ。小さいミスは起こすようだが、大きいミス経験はないし、頭の回転も速かった。それに、弊社にとってプログラミングができる人材は希少だった。

 和也さんのケースも私の失敗例のひとつだ。

 彼と彼の部署は結局、不和を乗り越えることはできなかった。和也さんの態度にキレた別の上司が、彼に対して暴力行為を働いたのだ。それを見ていた一般市民警察通報し、社屋の前にパトカーが停まった。

 最終的に、彼と、彼に関係する社員が全員処分となった。

 半年後、和也さんは転職した。退職面談の記録によると、次に行く会社ではプログラミング専門職のようだった。IT業界には詳しくないが、はてなブログでもたまに見る名前会社だ。

 彼にとっては、よい結果になったのかもしれない。でも弊社にとっては違う。あれから、社内インフラ等の整備に関する部署が新たに誕生したし、私が退職する間際も情報関係業務ができる人材は常に足りない状態だった。

 あの時、様子見ではなく、もっと抜本的な対応をしていれば。

 今思えば、電算管理システム担当している総務課にでも異動させてやればよかった。そうすれば、あん事件によって心が傷つくこともなく、今でも働いていたのかもしれない。



追記

昨日の夜にはてなブックマーク人気エントリーに入っているのを見ました。

凄まじいブックマーク数に驚いています

今では、この日記を消したい思いでいっぱいです。

ずいぶん迷いましたが、消さないことにしました。

私は結衣さんのような人に憧れていたのです。

権威や、周囲の空気に流されずに自分を保ち続けようとする姿が羨ましかったのだと、日記を書いている最中自覚しました。

誤字や脱字が多くなりましたが、修正しません。このままにしておきます

意見をいただいた皆様への感謝を込め、はてな匿名ダイアリーコメントの一部に個別に返信します。

※全員へのコメントを考えていたのですが、やはりどうしても途中で切れるので一部としています。ご容赦ください。

推敲を2回しました。誤字は少ないと思います

ブクマ三桁コースやったね!。。

コメントありがとうございます

長文なので0かな、と思っていました。

今は消したい思いです。

事案2の女は普通なクソだろ。周りに同情する。 あとこの女が高卒の男だったら絶対増田はこんなふうに褒めてないはず。

性別関係なく、上司や周りに空気に逆らえる人間が眩しかったんだと思います

ただ、若い子なので、自分感情をぶつけて周りを不幸にすることがあったのは間違いないです。

死なないで。今すぐこの増田プリントアウトしてもしなくてもいいか病院に行って。 あなた必要なのは医療です。 読み物としては面白かった

ありがとう

もう少し考えたいと思います

面白かったのなら幸いです。

彼は発達障害を演じていたのではなくて、定型発達の一般人としての振る舞いを求められて、都度学習しては演じていたのだと思いますよ 発達は本来自分のままに過ごすと問題を起こ...

コメントありがとうございます

そういう見方もありますね。

彼は頭の回転が速いタイプだったので、面接対策の本をよく読んで勉強していたのかな、とあなたコメント読んでいて感じました。

突然久保になる結衣さん

日曜日の朝、「お前はなにをしてるんだ?」と恥ずかしさでいっぱいになりました。

率直な印象を書くと、自分ができることを過大評価している感じがするね。本人に起こったことは、本人の選択によるところが大きく、他人がしてやれることなぞはたかが知れているも...

重々承知しています

でも、期待が働いてしまうのです。

例えば、ビリヤードの玉が転がっている最中に、横からちょっと力を加えると別方向に・・・みたいな。

自分の力で助けてやりたい、何とかしてやりたいと思うのです。

叶わないことの方がずっと多いのですが。

大事な所で誤字があったり、人物に対する考察が激浅だったり、あん自体無能匂いがひしひしと伝わってくる。

無能だと思います

大事なところで失敗を繰り返してきました。

苦言に感謝します。ありがとう

真奈美さん50代だったのか しんどい

体力がそこまでないタイプの人でした。

肉体労働仕事適材適所ではなかったのです。

とある中小企業で総務平社員(だった)も罪を告白してみる 人事部長さんの後悔を見て、自分過去(数年前)がフラッシュバックしたので、総務平社員だった自分勝手懺悔意味を込...

ありがとうございます

返信させていただいております

昔の、たとえばサザエさん波平とかが働いている会社では こういうった和也なんかはトンチの受け答えで 「あらそれもそうねえ、あはは」で居場所を作ってもらえていた気がする   ...

今はどこの会社も余裕がありません。

適合できない人が生き残りにくくなっています

退職鬱の症状はなかったのですが、最近になって、当時のことが頭をもたげてくるのが苦しくてしかたがありません。

人事部が、障害を持っている可能性のある社員のことを、せきららネット告白ねぇ。おもしりことをいうね。

よくないことをしているのは自分でもわかっています

こんなことを試さざるを得ないほど苦しいのです。

各事例については、当然ぼかして書いています

本人が特定されることはないと信じています

久保になったのだ。試用期間で切られた。 なるほど久保結衣になったのね

コメントありがとうございます

誤字なのです。この年になると、体調がいい日と悪い日との落差がひどいのです。

事例1~3を書いた日は頭の回転が鈍く、こんなことになってしまいました。

それ以後の内容については誤字が少ないはずです。

2020-08-22

ファン付きの服

最近ドカタがよく来てるファンがついてる作業服

あれを簡単に実現出来る方法が分かった

チャックをあけて歩くと股間から涼しい風が入って気持ちいい

お試しあれ

ポロリもあるよ

2020-07-24

車一台買える金

ATMの前で震えたのは初めてだった。謎の中小企業新卒入社して早3年、ようやく貯金が100万円を超えた。ヤバい。嬉しい。

だがこの場で喜びを表明するのはどう考えても人としてヤバい。ひとまず冷静になろうと領収書を引き出し三度見してからコンビニで一番高いスイーツを購入した。懐は痛くも痒くもない。だって口座には100万円あるから

100万円はすごい。100万円は強い。なんせ100万円があれば世界一周旅行もできるし、車だって買える。

そこまで考えたところで、ふとどんな車が買えるか気になった。別にそこまで欲しくはないし、現に保有もしていないが、まああれば便利だとは思う。いい機会だし買っちゃおうかな。地元友達はたしかトヨタアクア?を買ったと言っていたな。

左手に吊り革を掴みながら、もたもたとスマホ操作する。検索ボックスに、トヨタ アクア 価格、っと………200万。

え、高っ!高くない?そうでもないの?相場わからん

気を取り直して、そもそも目的に立ち返る。100万 買える 車、で検索。なになに、現行車で出ている100万円以下の車種、総数は……19台。

え、少なっ!世の中にはあんなにいっぱい車があるのに?!

しかもよくよく見れば半分以上は作業服のおじさんが乗ってるようなやつだ。軽トラックって安いんだな。いらんけど。

なんか100万って思ったより大したことないんだな。なんかがっかりした。コンビニスイーツは美味しかった。

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