はてなキーワード: 恋愛模様とは
【追記 なるほど……アタシの嫌いなものは投稿するな!と言っているように見えたんですね
投稿するなとは思ってませんよ!ただ「カプとして」だけでなく「腐向け作品として」ワンクッションや検索避けをきちんとつけてほしいということです。それだけだと納得してもらえないかと思ったので色々付け足してたらこんなに長く……】
お気持ちを表明したすぎてついにアカウントを作ってしまったので、お気持ち表明したいと思います。なるべくトゲトゲしくならないように努めるから、たくさんの人に見てほしい。
これネットで公言するとなんて言われるか、皆さん分かりますかね?
このあたりです。コイツ盛ってるやろと思われるかもだけど、実際に言われたことあります。
先に断言すると、少なくとも私はBLや腐が苦手なのとLGBTの人たちが苦手・嫌いなのかどうかは完全に別問題です。
そもそもBL・GLとは、男性同士・女性同士の恋愛模様を「題材とした作品の総称」です。「同性に恋愛感情を抱く人そのもの」のことではありません。余計なことかもしれませんが、言っちゃえばBLGL作品は必ずしも本当に同性愛を知る人が書いているとも限らないです。あくまで想像上の産物なんです。
分からない方々に向けてご説明すると、バ●やバ●ロマンとかで皆さん一度は嗅いだことがあるであろう「森林の香り」と、ガチの森林の匂い。全然違うけど、表面上同じようなもんに見せてますよね?これでなんとなくニュアンス掴んでいただけると嬉しいです。
私はBLで描かれる男性同士の恋愛描写を見るのが生理的に苦手なんです。見てしまった時には、テレビのチャンネル変えてたら恋愛ドラマのベッドシーンに遭遇した時みたいな……そんな感じの気持ちになります。でも、実際のLGBTの方々やその恋愛を軽蔑も差別もしていないです。むしろ、認められる世の中になったら素敵だと思います!
ただ、BLが苦手だと言うとすぐ差別者扱いされることの繰り返しなので、最近は段々あまり関わりたくないとは思い始めた日々です。
ここで若干気づいた方もおられるかもですが、BLと腐向けって、同じじゃね?って人。いますよね。腐女子さんの中にすらいると思います。「腐女子って呼び方嫌い。BL愛好家って呼んでほしい」って人見かけたことありますし。
私も昔はそうでした。なので総称して、BLが苦手と話していたんです。もちろん、誰かれ構わず話してたわけじゃありませんよ?
そんなある日……一次創作BL、いわゆる商業BLにお詳しい方にアドバイスを頂きました。
「BLが苦手と一括りにすると、オリジナルのBL作品と版権作品のキャラクターのBL創作が混同しちゃうから気をつけて」とのこと。目から鱗でしたね……
確かに、腐っているという表現は今のBLの受け入れられつつある現代には不快な表現かもしれません。しかし、商業BLもひっくるめてお好きな方でなければ「BL愛好家」とは言えないのかもしれません。まあ、このことについては後ほど。
私はBL自体どちらもNGですが、商業の方はそもそも見に行かなければ見かけることも少ない、配慮をなさっておられる界隈です。ただ、昨今の腐向け界隈は違います。長すぎましたがここからがやっと本題です。
先ほども書きましたが、ここ数年は腐女子への理解が進み、受け入れられつつあるからか、オープンに腐ァンアートを発信する人が増えています。昔は影の存在でしたから、世の中から受け入れられたのは喜ばしいことなんでしょう。
しかし、BLや腐向けが好きな人、好きでも苦手でもない人、苦手な人の3種類がいるとします。好きな人が自由を手に入れることのできた今、苦手な人が陰に追いやられつつあると思うのです。
腐女子もとい、二次創作BLのお好きな皆さん。胸に手を当てて思い出してみてください。オープンになりすぎていませんか?
腐向けイラストのサムネイルに、ワンクッション入れていますか?入れなくとも、腐注意の一言を添えずに投稿していませんか?後述しますが、カプではなく、腐向け創作自体を苦手とする人も存在します。
検索避けされた腐向けイラストに、キャラクターの名前をリプライしてしまっていませんか?検索やトレンドには、リプライでも出てきます。トレンド入りしたキャラクター名から、モブ男に組み敷かれる推しを見せつけられたこともあるので、おそらくそうだと思います。
ここから、あらゆる反…意見を想定して考えまくった自論を展開させていただきます。
1つは、散々言ってきた通りBL自体が苦手だからです。言うまでもなかったですかね?
「なんでBLだけクッション入れないといけないの?もう立派な王道ジャンルなんだから、他のものと混ぜてもいいと思う!」
と思った人もいるでしょう。
BLは、大好きな人もいれば、私のように受け入れられない人もいます。なので例えばパクチーだと思ってください。
「パクチーはなんで『この料理はパクチーが入っています』って書かないといけないの?もう話題の野菜なんだから、にんじんとか玉ねぎと同じ扱いして!」
と言われているような心境です。世の中には残念ながら「人を選ぶもの」は存在するのです。
もちろん私の言う「人を選ぶもの」は「同性愛者さん自体」ではなく「BLや腐向け創作」のことです。
そして2つ目の理由。これに該当する仲間がいればとても嬉しいので是非教えてほしいのですが、
「既存のキャラクターの性的指向・セクシュアリティを改変される」ことがめちゃくちゃに嫌なんです。自分の知るキャラクターの大切な部分を侵され、弄られてしまったような、表しようのない喪失感とショックを受けます。私の場合、推しているジャンルじゃなくても見られません。
ここで「でもそのキャラが異性愛者だとは限らないでしょ!もとから同性が好きな可能性もあるじゃん!」と言いたい人は少なからずいると思います。
まずはあえて勘違いされるであろう言い方をしますが、全ての版権キャラクターは公式からの言及がない限り、異性愛が普通だと思います。
「普通って何?普通とか普通じゃないとか差別だ!」と思うでしょう。
この「普通」とは、「ノーマル」ではなく「デフォルト」です。人間という生き物のデフォルト設定、と私は思ってます。
分かりますよね?お手元のスマホの着信音やら何やら、全部デフォルトの状態が決まっています。デフォルトのままでなければならない理由はありません。けど、何もない限りはデフォルトのままなんです……伝わりますかね?
よって、何の言及もないキャラクターは原則的に同性愛者ではない、と考えることは、何もおかしくもないですし、差別や否定でもないと分かってほしい。
その方が、とある国際的に人気のあるジャンルの公式タグを見て回っていた時のこと。
「海外の腐女子は公式タグつけて腐イラスト出してんだし、私たちだって公式タグで腐イラスト出さない?」
( Д ) ゚ ゚
その方は思わず「腐向けが苦手な人もいるのでやめてほしいです」とやんわりコメントしたそう。すると
そ う い う 『 感 情 論 』
お分かりでしょうか?もはや腐女子の皆さんにとって、腐が苦手という意見は「感情論」でしかないのです。
「私だって苦手なカプありますし、見るとキレることもありますよ」
ここで問題なのは、その方の注意を「キレている」と認識しておられることもまあまあなのですが、その方の言う苦手は『誰と誰の創作BLが苦手だ』という意味ではなく『創作BLが苦手だ』という意味だという本質が伝わっていない点です。
例えると、「パスタ」と「スパゲティ」の違いみたいなもんですね。
ただ、この二人目の腐女子さんがいうことも事実。NL厨の皆さんも、きちんと検索避けやワンクッションをしましょう!カプ名はミュートしやすくなるので◎ですが、キャラクターの正式名称を付けるのはご法度ですよ!
腐向け創作が苦手と言えない世の中。苦手な人が黙って耐えるしかない世の中。このまま完全に確立していくのを止めたいです。
嫌なら見るな?はい。嫌だから見ないようにしてます。それでもたくさん見かける、嫌でも目に飛び込んでくるものには、せめてカーテンくらいつけてください。
それは同性愛にフタをするのかって?違います。「BL」「腐向け」という大きなジャンルの特殊性を、どうか自覚してください。
エロが苦手な人もいれば、グロが苦手な人もいる。なら、BLやGLが苦手な人がいて何が悪いのか?
LGBTとBL・GLを同化しないでほしい。それこそ偏見なんじゃないかと思います。自分達が差別されているのではなく、ましてや同性愛の方々が差別されているわけでもない。そもそも自分達が同性愛者さんと同じ視点にいると思わないでください。
この文章を読んで少しでも何かを感じてくださったなら、イラストのワンクッション、または「腐」と「カプ名」の二つの明記、そしてキャラクターの名称を添付やリプライしないこと……どうか実践してみてほしい。あなたの配慮で救われるオタクが確かに存在します。
あっ、でも一つ!
腐向けや腐女子さんを嫌っていることを公言し、過激で攻撃的な誹謗中傷をする、いわゆる「嫌腐」の人たち。この投稿は"決して"あなた方の味方をした文章ではありません。どんな理由であれ、人を侮辱し、自分の感情を投げつける行為はしてはいけないことです。あなた方の存在も、私や他の腐向けを苦手とする人々への偏見を生んでいる。暴れたいなら鍵をかけて、仲間内で暴れていてください。OK?
そうですあなたです。
最近の女性向けゲームは「原作でBLじゃないキャラクターをカップリングしたい」という腐女子さんの特性を狙って「BLとは断言しないが限りなくBLを意識した展開をしておきながら女性向けゲームを謳う」現象が非常に多いと思っています。多分勘違いじゃないです。某ゲームアプリはうっかり漏らしちゃいましたし。
あなた方には何の違いもないかもしれませんが、腐女子さんとそうでない人、ましてや苦手な人は大きすぎるほど違います。
お金をよりたくさん儲けたいのも分かりますが、あなた方がターゲットを欲張ることで、このトラップにひっかかり「好きなのに嫌い」の無限スパイラルに陥る女オタクもこの世で生きているのです。(私)
『推す』という感情は、苦手ならすぐ捨てて失くせるものではありません。オタクを舐めないでください。
ここまで書かせていただきましたが、話題になるならない限らず「これ私が書きました」と出ていくことは絶対しないつもりなので、なんかそんな感じの人が出てきたとしたら昨日の夕飯でも教えてあげといてください。
批判もたくさん出てくると思いますし、傷つくのもすごく怖いです。でも、人として悪いことを言っているわけではないと思いますし、伝わってほしいです。
とここで、腐女子腐女子言うなや!という方も多いことでしょうとも。まあ、最近は腐カプ化させることを『腐らせる』とも聞きますし、こっちからしたら腐らせられてる気持……失礼。何もありません。
私は実業高校出身なのですが、とある先生に教わったことがあります。
『人間に害をなす変化が「腐敗」で、逆に益をもたらすものを「発酵」と呼ぶ』
害は言い過ぎだと思いま……す…が、せめて歩み寄ってくださる方がいれば……
アメリカの高校なら定期的に月一回くらい学校でやってるよ。卒業式のあとはプロム(PROM)でカップル参加が必須。彼氏彼女でなくてもいいけど友達でも誰でも相手を見つけられないと参加すらできずに惨め。
聞くところによると普通のダンスパーティーは中学校でもやってるそうだ。小学生でもやってるところもあるとか。(俺はアメリカじゃ高校しか行ってないから知らんけど)
イギリスだと、有名なところでは映画『小さな恋のメロディ』の中で学校のダンスパーティーのシーンが出てくる。フランスだと昔見たソフィー・マルソー主演の恋愛映画『ラ・ブーム』がもろ「ダンスパーティー」という意味のタイトル。中学生の恋愛模様が描かれている。
ファンタビのヒロインのティナと主人公のニュートとの恋愛が本当に苦手で
3作目では出番こそ少ないらしいがその少ない出番でもニュートがティナにデレデレでウザいらしいので、お金を払ってまで見るものじゃないかなあと思った
ニュート単体は嫌いじゃないんだけど、聞くところでは殆どダンブルドアの方が主役状態になっててニュート自体の影は薄いらしい
そうなのかー影が薄いとさらに恋愛描写のウザさが増しそうで本当に無理だな
本当にティナが無理なんだよねーしかもSNSでもティナを支持している人が多いようなので逃げ場がない
2作目の段階だとニュートとティナは2作目と3作目の間でくっついちゃって3作目ではとっくに結婚済みなのかという予想もしていたけれど
結局3作目でも結婚していないらしいので4作目でもこの二人のウザい恋愛模様が展開されるし下手すると大々的にそれがメインになるのか…
こいつらは結婚して子供が産まれて孫がルーナと結婚する事まで明らかになっているのに、この二人の恋愛を無駄にダラダラ引っ張る意味あるのかな
2作目の時もバンティやリタの方が魅力的に描かれてて、身近にこれだけ素敵な女性がいるのになんでわざわざティナ?と思ったもの
他の女性キャラは普通に魅力的なのになんでティナだけこうなのか
ニュートが積極的にティナに熱を上げてるのも主人公の株を下げてて好きじゃないんだよなー
恋愛するにしてもニュートのような変人キャラなら、彼は恋愛に鈍感でティナの方が空回りするような描き方の方が良かったと思うんだけど。
まあハリポタの時のジニーはあんまり良いと思えなかったので、恋愛ヒロインに据えると微妙になるのかも
でもハリポタは作品全体のヒロインはハーマイオニーでジニーはメインじゃなかったからそんなにうざくなかったし
何よりも主人公のハリーが普通の男の子で、恋愛で挙動不審になっても別に気にならなかったしな
ファンタビの方は恋愛ヒロインとメインヒロインが一緒なのでティナが苦手だと作品自体無理になるし、ティナと絡む時のニュートが成人でプロの学者としてはあまりに情けないのがな
オッサンが女の子侍らせて「でも僕そんなに欲情してませんよ」って顔してイキってるだけの小説ばかりじゃんね。
「主人公くん実はめっちゃモテてたよ」とか「オッサンまじかっこいい(じょわ~~」みたいなのが多すぎてほんまキモい。
007でも気取ってるんだろうけど主人公は単なる偏屈なイケメン気取りの謎の高給取り(この謎に高給取りな所が特にキモいよね)。
なろうの「チート!女!エルフ!幼女!ハーレム!NTR(する方)!」はこれにくらべるとねちっこくなくて爽やかさね。
ほんまいい年こいたオジンが「いや~~~僕別に若い女に欲情とかしないし~~~」ってツラでこんな栗の花くっせえイカくっせえ小説書いてると思うと本当キモくてね。
まだ主人公の年齢と作者の年齢が同じぐらいだった頃は読めたんだが、いつからか作者がジジイになりすぎて出てくる主人公の若作り臭がキツくなってきたじゃん。
アレが本当無理になってきたんだよ。
高齢者のオッサンのムッツリで奥ゆかしい(と本人が思い込んでる)性欲が乗り移ったアラサーアラフォー主人公の薄気味悪さよ……
まして作中の思い出話で語られる10代20代における恋愛模様のオッサンが妄想した恋愛観たるや……。
ほーんまないわー。
きんもー。
無理ー。
ハルキー。
おまえー。
官能小説のレイプシーンでだけ成立するんじゃジジイの枯れた指から発せられるセックの波動は―。
お前が書くと主人公だけアラサーでもセックの波動が後期高齢者なんじゃー。
やめー。
もうやめー。
おまえもうセックスやめー。
タイから火がついたBLは現在若手俳優の登竜門的な位置づけになっている。自分は韓国コンテンツを好んで見ているのだが、youtube他動画プラットフォームで無料有料問わず配信される1話20分程度のウェブドラマは若手俳優や演技に挑戦しはじめるアイドルなどのBLでいっぱいだ。
自分はもちろんゲイの恋愛についての現実的なあれこれをよく理解しているわけではない。しかしリアルなところでは、例えば幼少期~思春期にゲイと自覚し、大人になってからいざ恋愛をするとなると、やはり出会いはゲイのコミュニティに入ってそこで見つける(アプリ等ネット上も含め)になるのが自然かつ効率的なのではないかと思う。
異性愛者のように、普通に生活していく上で出会った相手となんとなく良い感じになり...というルートは地雷が多すぎると思うのだ。
あれはあくまで女性用のコンテンツであり、ゲイの恋愛ものではなくその名のとおりボーイズラブなのである。BLの登場人物の大多数がそれまでの恋愛対象が異性であったり恋愛経験がないという描き方をされる。不自然なようだがいわゆる萌えを追及した場合、今まで女性と浮き名を流していた・もしくは女性と恋愛をしてこなかったがここで運命の相手と初恋をするといった構図が生まれるのである。BL作法としてのファンタジーボーイ・ミーツ・ボーイである。
もちろん許されざる愛というような異性愛者が思いもしない苦悩はあるが、そこにはゲイの恋愛のしにくさや生きにくさは描かれず、あくまで2人の恋愛模様のみが描かれる。
ロミオとジュリエットの時代じゃあるまいし 不倫さえ両者が良ければ良しのような現代において、逆に程よい障害やためらいが描け、しかも世にはびこる打算的な考えではない本当のピュアラブに思えるBLはコンテンツとしては本当に優秀だと思うが、ファンタジーと割り切る必要がある。
ゲイの人たちはどう思っているのかなと思う
昭和ジャパン風耽美系。BLでないのは、BLレーベルの作品ではないから。
原岡凜一(はるおか りんいち)は華道の家元の跡取り息子で、中高一貫の名門男子校に通う中学三年生だ。虚弱体質な彼は、よりによって高等部への進級判定がかかる期末考査試験の時期に高熱を出してしまった。
凜一が寝込んでいる間に、祖母が勝手に凜一の従姉 省子に、凜一の替え玉として期末考査の追試を受けるよう命じてしまう。
回復後、凜一は省子から恩を着せられ、厄介事を押し付けられる。それは省子の服を着て彼女になりすまし、美術館の監視係を勤める、というもの。だがそれは罠だった。省子のボーイフレンド 氷川が美術館まで会いに来たのだ。凜一を省子と勘違いしたまま、待ち合わせをすっぽかしたことを詰る氷川。凜一は人違いだと明かそうとするが、その時、氷川は思いもよらぬ行動に出て……。
ふぅ、そんなに長い小説ではないのだが、読了するのにかなり時間がかかったぁー。というのも、長野まゆみ作品は四季折々の花鳥風月の描写がただでさえ多いというのに、本作は主人公が華道の師匠であるために、やたらめったら沢山の花の名前が出てくるからだ。
そういう物を全く気にせずに生きてきた私には、あれもこれも知らない花。一々調べることもないような……と思いつつも、全部読み飛ばそうとすると却って眠くなってしまうので、特に気になるものだけをググってみた。それでも一頁読む間に数回スマホを手に取る羽目になるくらいの、花の名前地獄だったのだ。はぁー。その時は「なるほどこういう花なのね」と思うんだけど、まるで覚えられなかった……。幸か不幸か、長野まゆみ作品では花の名前は多く出ても花言葉には拘りがなさそうなので、花言葉調べ地獄にハマらずには済むのだけど、花言葉と関連づかないだけにむしろ記憶に残りづらいというのはある。
『左近の桜』シリーズは茶道の話がよく出るけど、この凜一シリーズは華道なわけね……。私にはよく分からない世界だ。分からなさすぎて、どう想像したらいいものやら。
なお、時代は1976年の冬から1977年の夏! 私、生まれてない……! なおさら想像がし難い。時代が微妙に近いだけ余計に。私の父がロン毛でパンタロン履いてたような時代だろうか。江戸時代とかよりイメージしづらい気がする。
想像力の翼を折られそうになりながらも頑張って読んだ。ちょっと甘酸っぱい感じの耽美調のBLだった。なかなか距離感の縮まらない恋……。こういうのもたまにはいいな。
最初の方は、凜一は病弱で可憐で名前通りに凜としていて、他の長野まゆみ作品にはあまりいない感じのタイプの主人公かなと思ったら、ストーリーが進むにつれて、安定の例のメンタルがいやに太くて小賢しい性格だというのがわかった。期待を裏切らない! そしてやはり、そんなちょっとスレた性格の凜一を構う年長者たちは、やはり意地悪キャラばかりなのだった。長野先生の定番だなぁ。
凜一の叔父でしかも凜一にとっては初めての男であるらしい千尋の意地悪具合がいい味を出している。『左近の桜』シリーズに登場する柾を幼くしたようなキャラだなあ。昔の恋人の面影をいまだ追ってるところといい。
凜一の想い人の氷川が長野まゆみ作品の登場人物とは思えないほどの健全スポーツマンタイプなために、すごく爽やかな恋愛模様だった。なんか、凜一シリーズを好きな人が『左近の桜』シリーズを嫌うの、ちょっとわかった。
言うなれば漫☆画太郎の作品に「これ作者は脳の病気なの?」ってケチつけるようなもんでしょ。
ニセコイも僕勉も倫理観と論理的思考が完全にガバった登場人物と世界観の中でちょっとエッチでドロドロの恋愛模様が展開されるが、登場人物全員脳みそがぶっ壊れているので地獄のような世界の中ではハッピーエンドで終わるというラブコメの王道作品だ。
そもそもラブコメっていうのは元々頭がおかしいジャンルなんだ。
性別が逆転する温泉の存在やら範馬勇次郎や拉麺男と戦えそうな格闘技の存在なんぞより、登場人物のぶっ壊れた価値観(特に倫理観!)の方にヤバさを感じるはずだ。
狂ってなければラブコメではなく、頭がおかしくなければ成立し得ない。
考えてみれば当たり前だ。
ラブコメとは無数の多角形が織りなす複雑怪奇な地獄の恋愛模様を、青春という免罪符の一言で笑えるなにかとして昇華しようという奇妙奇天烈な文化なのだから。
リアリティショーやバチェラーのようにその下世話差に対して自覚を持ってなどおらず、コメディであり漫画であり愛の力が全てを解決するのだから綺麗なのだと言い張るバーリトゥード。
生き残ったものだけが正しく、死んでいったものには慈悲の欠片も与えられない。
そもそもコメディとは冗談で誰かを傷つけ世界を破壊するのが日常のジャンルである。
ラブコメとは蓮阿というセンシティブ人間関係においてコメディを持ち込むというジャンルなのだから、そこには人間の持ち合わせるありとあらゆる倫理など一欠片も残っていないのだ。
断言しよう。
ラブコメを描けるのは、人でなし・狂人・サイコパス、この3種類のどれかだけだ。
ラブコメに真っ当な倫理を求めること自体がそもそも間違っているのだ。
ラブコメは倫理観を捨て去ることを作品の根底においたジャンルなのだ。
コロコロコミックでうんこちんこが出てくるのを衛生観念の欠落だと本気で怒っても仕方がないだろう?
同じことだ。
描いている人間は人間らしい感情を漫画に持ち込もうなんて気持ちはとっくの昔に捨てている。
常識に乗っ取り、読んだ人間が立派な人格の持ち主になれるようになんて1ミリも考えていない。
ラブコメ漫画家とAV監督だったらまだ後者のほうが「たとえ創作物の中でも人間からうばっちゃいけない最後の尊厳ってあるよな」って気持ちを持ち合わせている人間の率は高いだろう。
分かったら「NOT FOR ME」の旗印のもとに巣に帰るがいい。
一見、BLには見えないけれども、ちゃんとBL。何故なられっきとしたBLレーベルの作品だから。そう、BLと非BLの違いは、単にレーベルの違いでしかないのだ……。
作画担当の奥嶋ひろまさ先生はガチでヤンキー漫画家。だが、原作のSHOOWA先生はガチのBL漫画家だ。タイトルと作画担当者の名前を見てから「SHOOWA」の六文字を見ると、すごくヤンキーっぽいというか、「SHOW-YA」と空目してしまうけれども。
不良高校生・赤松愛将(あかまつあいすけ)は、公園に住み着くカレーパン男(初対面の時カレーパンを食っていたのでカレーパン男とあだ名をつけた。)にケンカを挑むのが最近の日課だった。ところがある日、カレーパン男の住まいだった土管が公園から撤去されてしまう。住処を無くしたカレーパン男こと神崎七焚(かんざきセブン)を、赤松は自分の部屋に招き入れるが……。
表紙絵からしてガチのヤンキー漫画以外の何物でもないのだが、中身を見たらやっぱりヤンキー漫画以外の何物でもない。ただ、ひょんな事からなし崩し的に一緒に住むことになっただけの二人のヤンキーが、単に生活用品を揃えに休日のショッピングモールに出掛けたところ、同棲準備に浮かれる恋人同士の絵面になってしまうという、しょうもないギャグ漫画の体がしばらく続く。
そして、これは本当にBLになるのか? という疑念をどっかに忘れてひたすらヤンキーギャグに笑い転げていたら、突然すごく強引にBLっぽい展開に突入。本作が商業BL作品であることを思い出しつつも、それ以前のノリの余韻があるので唐突BL展開もギャグとして笑えてしまうんだが、なんか、正統派ヤンキー漫画の画風そのままでえっちなことを始められると、見てはいけないものを見てしまった感がわいてくるw 青年向けヤンキー漫画らしい裸体絵で、やけにリアルなチン毛の下からライトセーバー(電子書籍的修正。何故ただの白抜きにされなかったのか。)が生えているの、とってもシュール。一般の漫画だったらチン毛までは描かれていても、ライトセーバーまでは描かれないもんな。ヤンキー漫画とBLの融合……は、していないような、絶妙な感じの取ってつけた感のエロシーンw でも後半に行くにしたがって、エロシーン以外の部分でガッツリBLらしい表現になってくるのが面白かった。なのに、いかにも商業BLっぽいような湿気った恋愛模様ではなく、友情と恋のあわいくらいの関係性というのが、小ざっぱりとしていて読みやすかった。
本当にヤンキー漫画を描いている人の描いた漫画なので、ケンカのシーンがリアルで迫力がある。動きの美麗さとかカッコよさよりも体重移動のリアルさに重きを置いているアクション。サラリと台詞に出る、格闘技マニアっぽい蘊蓄。こういうアクション表現は、商業BLにはあまり見られないので、新鮮だった。
商業BLを読んだことのない人にも読みやすいっちゃ読みやすいけど、ここから入るとBLの王道を後から知って愕然としそうなので、読みやすさの割にはBL上級者向けなのかも。
韓国BL。なんかすごい人気がある。本屋に行ったら2巻まで置いてあったなあ。
娼館で生まれ育ったナミンは男同士のまぐわう春画の絵師として知られていたが、現在は絵師を辞め、飲んだくれている。そんなナミンを名家の長男スンホは探し出させて拐い、彼の為に再び春画を描けと迫る。スンホはナミンの描く春画の虜なのだ。ナミンはスンホの暴虐な気質に恐れをなし、しぶしぶ筆を取る。
な、なんか韓国BLまじこわいんですけど……。何でこんなに愛とバイオレンスが分かち難い感じなのかな。といって、私の読んだことのある韓国BLはほんの少しなので、たまたまこわい作風の物だけに当たっただけなのかもしれないけれど。韓国フェミニズム小説のヒリつき感と似たような空気を、ほんのり感じた。
歴史物の韓ドラをちゃんと観たことがないので、伝統的韓服とか物珍しくてわくわくした。半端に服を脱いでいるシーンを見て、へぇ、こういう構造になってるのかあ……と感心してしまった。でも、漫画だし全部を真に受けてはいけないかな?
昼ドラのようにねっちりとしたストーリーと人物描写なので、ついつい続きが気になってしまうけど、読むとメンタルやられそうな気がする。
どう書けばいいですかねえ。
・ベトナム人(まじめ)
99%くらいのベトナム人は貞操観念がしっかりしていて、「遊びの恋」という概念が希薄です。職場の同僚や同級生に手を出すときは真剣なお付き合いを覚悟しましょう。
都市部には外国人専門に男漁りをしている女の子の集団が存在します。日本人はモテませんが、それでもマッチングアプリを使えば飯に行くところまでは楽勝です。その後は腕次第です。気合と翻訳アプリがあれば語学力は必要ありません。
・欧米人
駐在・現採・旅行者問わず軽いです。酒飲んだらノリで、というのが多いです。ただしワンナイトで終わらせずに真剣交際するためにはそれ相応の語学力が必要です。
出会いの機会さえあれば、わりとイケる。向こうから食事に誘われる機会も少なくない。ただし男子のエスコートは必須の文化なので慣れてないと1回のデートで連絡取れなくなります。英語か中国語が出来るとこの層には強みがあります。
・日本人
最近はバーやカラオケに出没する若い女の子が増えたので、引っ掛かったり引っ掛けたりというのが多い印象です。既婚単身赴任駐在と独身現採の不倫カップルもちらほら。真剣交際の末どちらかの本帰国を機に入籍、というパターンも多いですよ。この辺の恋愛模様は日本の地方都市とさして変わらないのではないでしょうか。
恋愛漫画のデートシーンとかでさあ、こう、ヨソイキの格好をしたヒロイン・ヒーローが綺麗・カッコよくて、通行人がザワつく!みたいな描写あんじゃん
アレ嫌いなんだよな〜っ
Aの視点から見たBがメチャクチャ可愛い、って描写はいくら盛ってくれても構わないワケ
俺はそれをルッキズムってよりは恋心として解する
でもさあ、街ゆく人が振り返るのは違うじゃん
「こいつらはすれ違うだけで目を惹かれるほどの高レベルな容姿を持っています」っていう、作者からの表明に他ならねえわけじゃん
それはさあ、ふたり(3人でも何人でも良いが)の関係とはまた違うハナシになってくんじゃんよ
当事者どうしが容姿を高評価しあうのは、恋愛のいち要素で、本筋として認められる
外野が混ざってくるとさあ、それはもう、作者と俺たち読者の間の"目くばせ"みたいな話になってくるんだよなあ!
俺たち、コイツらの恋愛模様を見て楽しんでるけど、実際コイツらはすげえいい容姿を持った高レベルの人間です!
それがなんなんだよ
なんかウゼーんだよな
俺は恋愛漫画にはもっとこう、ピュアな、当事者だけの関係性を求めてんだよ
ノイズなんだ
学校イチの美少女とか、モテ男とか、そういう要素を入れるんなら、その要素をしっかり2人の関係性のなかに落とし込んでほしい
ただデート回で通行人がオオ…ってなってる描写を入れるだけ そんなのはカスだ
恋人がすげえ美人だから不安、とか、どうせ美人だから告白してきたんだろ、とか、そういうめんどくせー話をやる覚悟もねえのに、ただツラがいいって設定だけを貼りつけるなよ
どーでもいい外見のどーでもいいカップルって描写でいいんじゃこっちは
俺はそれが言いたい
続き
https://anond.hatelabo.jp/20210920161004
いよいよ作品は完全に3D化し、『プリンセスと魔法のキス』『くまのプーさん』を最後に2Dアニメは公開されていない。アニメーションとしてのたのしさを感じることは少なく、かろうじて『塔の上のラプンツェル』のランタンや『モアナと伝説の海』のココナッツ妖怪のシーンが関心を惹く程度。個人の好みの問題ではある。劇場の大スクリーンで見ると印象が違うかもしれない。
きわめて雑な括りにまとめると、ここからはオタク少年とポリコレ少女の時代であり、2021年現在のネット政治談義の地獄絵図と完全な地続きとなる。もちろん、ディズニー作品上でそういった地獄の扉が開くわけではないのでその点は安心してほしい。
オタク少年の物語は『チキン・リトル』『ルイスと未来泥棒』『ベイマックス』の3つ。ポリコレ少女の物語は『プリンセスと魔法のキス』『アナと雪の女王』、あと『ズートピア』を入れてもよいかもしれない。ビデオゲームが題材であり、かつ社会問題とのつながりを思わせる『シュガー・ラッシュ』はその両方にまたがる作品と言えるだろう。
そのうえで言うと、『チキン・リトル』『ルイスと未来泥棒』『ベイマックス』は物語が希薄で、率直に言ってあまり見るべきところがない。
『チキン・リトル』はナードの息子との関係性に悩むジョックの父親というキャラクター設定は興味深いものの、あまりにアメリカ固有の事情がすぎるため感情移入しづらい。『ルイスと未来泥棒』は出来の悪いバック・トゥ・ザ・フューチャーみたいなやつ。『ベイマックス』はあからさまな吊り目描写を控え、許容範囲内のアジア人描写を採用した点では興味深いものの、お話は薄い。
逆に『プリンセスと魔法のキス』『アナと雪の女王』『ズートピア』はテーマ設定は高尚なものの、物語として十分に消化されているかというと疑問符をつけざるを得ない。
『プリンセスと魔法のキス』は初の黒人プリンセスものだが、物語の大半で主人公と王子様はカエルに変身させられており、カエル同士の恋愛模様を見せられる羽目になる。人種以前の問題で厳しい。
『アナと雪の女王』は暴力を抑えられないエルサが他者との共生を諦め、山に引きこもるというかなり重たい話から始まる。すったもんだあり最終的には女王に復帰するものの、物語上彼女が心を開いた相手は妹のアナ1人のみであり、(作劇上なんとなく誤魔化されているが)共生の範囲は著しく狭く、また他者理解とも程遠い。
プリンセスものへのアンチテーゼとして悪役に王子のハンスが配され、アナがクリストフとくっつかないという展開も、批判されやすいポイントを表面上回避しているに過ぎない。ここではプリンセスを求める消費者の欲望とフェミニズムの倫理が奇妙な連合を築いており、かつての植民地主義とはまた違ったグロテスクさがある。
続編の『アナと雪の女王2』は前作に対する心底意地悪な批評とも見れる作品で、エルサは女王の座を離れ再び山へ、アナとクリストフは無事マイルドヤンキーバカカップルに発展と、前作でごまかされていた点を露悪的に展開させてしまう。
『ズートピア』は『きつねと猟犬』同様に動物種を人種のメタファーとして描いているが、生物学的に異なるものを示す種の概念と、生物学的には同一である人種を重ねることによる概念の混乱が拭えず、メッセージはぼんやりしたものにならざるを得ない。
『シュガー・ラッシュ』は卑しい職に就いたが最後、「これは社会に必要な仕事だ。だからどんなひどい待遇でも文句を言うな」と清廉潔白な人々に差別されるという現代社会の欺瞞を描いた作品である。しかしヴァネロペは実は高貴な生まれだったので問題解決。主人公のラルフもなんの理由付けもないままなんとなくハッピーエンドを迎える。解決策を示さないままハッピーエンドを迎えるというのは、なんと欺瞞的で残酷な映画だろう。
なお続編の『シュガー・ラッシュ:オンライン』は話皆無・物量勝負の典型的な続編映画だが、ディズニー/ピクサー/スター・ウォーズを使った物量作戦はなかなか侮れないものがある。ここに来て『アナと雪の女王2』『シュガー・ラッシュ:オンライン』と続編商法が続いているのはどうも社内の制作体制に関するゴタゴタの影響がありそうだが、詳細はよくわからない。
そのほか『塔の上のラプンツェル』はいわゆる毒親の話だが、劇中「みんな同じだ」と高らかに歌い上げてしまうのは問題の本質を捉えかねている印象を覚える。毒親問題は子供が自分とは根本的に異なる個体であり、かつ尊重しなければならないという意識を欠いているからこそ問題なのだ。それが「みんな同じ」では困る。
『モアナと伝説の海』『ラーヤと龍の王国』は頭を使わず見れる娯楽作で、とくに『モアナと伝説の海』はまあまあ出来がいいが、それ以上書くことは特にない。ポリネシアと東南アジアがそれぞれ舞台となっており、現地のひとが見るといろいろ不満点があるのかもしれない。
以上がディズニー映画59作品の歴史だ。個人的には『白雪姫』『ダンボ』『眠れる森の美女』『リロ・アンド・スティッチ』の4作品は見てよかったと思っている。
全部見るのは正直苦痛なので、気になったものだけでも見てみてほしい。最新作の『ミラベルと魔法だらけの家』は今年の11月に劇場公開されるが、歴史の流れを知って見れば、作品単体のおもしろさとはまた別の発見があるかもしれない。
結論から言うと、この作品は低品質なタイプのクソ映画ではない。
たしかに動きは少ないが「100日後に死ぬワニ」の作画としては妥当な範囲内だ。
劇判がでかすぎるとかそういうことはなくちゃんとコントロールされてるし、役者もさすが一流どころなだけあって違和感のある演技には感じなかった。
ただ良くも悪くも原作の雰囲気が再現された結果、演出に抑揚がなく多くの人はつまらないと感じるだろう。
63分の上映時間で1900円のフルプライスをとってることに目を瞑れば、100ワニに相応な映像化といってよい。
ではクソ映画ではないのか?
以下にその理由を記す。
無駄に音がデカかったり音割れしてたり演技が棒だったり合成されたCGがショボすぎたりして興をそがれるタイプだ。
主人公に目的が設定されてなく、起きる物事をカメラが追いかけるだけでただひたすら時間が経過していくタイプや、物語の展開の仕方が強引を通り越して牽強付会でぐちゃぐちゃになってるタイプなどだ。
原作のキャラクターなどの要素を使ってるだけで全く別の作品となっててファンが怒り狂うタイプの原作付き映画がこれに当たる。
この作品は前半でワニが生きた100日間、後半でワニが死んでからの100日間を描く。
そして、前半で描かれたワニを中心とした友達のコミュニティにこのカエルが入ってくるのだ。
これは見方によってはワニのポジションをカエルが乗っ取ったように見える。
しかもこのカエルは観客のヘイトをめちゃくちゃ稼ぐ立ち回りをしてるので余計にこのクソガエルが!という心情になってしまうのだ。
この点で、ワニが好きだった人ほど、この映画は受け入れがたいものになってしまった。
友人が死んだとしても、残された人は生きていかなければならない。
しかし、ワニを主人公にした物語でその主人公が死んだあと、その主人公の代替品を手に入れて乗り越えましたという印象になりかねない物語展開はワニが好きだった人ほど受け入れられないだろう(ワニのことを忘れたわけではないという演出はされているが、観客の印象をコントロールできるほどかというとそこまでではない)。
ではどうすればよかったのか?
残された側のネズミを主人公にすればこの問題は回避できたと思われる。
これならワニという親友を失ったネズミの心情に観客は寄り添うので、ワニを失った悲しみを乗り越える様子にも肯定的な感情を抱くことができただろう。
実際、監督としても可能な限りネズミに感情移入してもらおうとしたのか、その工夫をした余地は作品からもうかがえる。
例えば前半のワニのエピソードはネズミとのやりとりが多く、後半もネズミのシーンが多い。
しかし、原作はワニの物語、映画のタイトルもワニ、前半のエピソードもネズミと関わってるものが多いもののネズミが絡まないワニのエピソード(特にワニと先輩ワニの恋愛模様のシーンのほうがネズミとのものより観客には印象に残った可能性が高い)も多く、ネズミが主人公であるという刷り込みを観客にするには不徹底なため、ネズミを主人公と捉えることは難しい。
結果として、観客は主人公はワニだと思い込んだまま、ワニが死んだ後のコミュニティにカエルが入り込むのを眺めるというグロテスクなシーンを見せられることとなってしまった。
とはいえ、ワニではなくネズミを主人公にするのはマーケティングの観点から言っても難しかったと思われるので、その点は監督に同情する。
「50歳が14歳と同意性交で捕まるのはおかしい」立憲民主党議員が主張 - ライブドアニュース
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.livedoor.com/article/detail/20311706/
[B! 立憲民主党] <独自>「50歳が14歳と同意性交で捕まるのはおかしい」立民議員が主張 - 産経ニュース
<独自>「50歳が14歳と同意性交で捕まるのはおかしい」立民議員が主張 - 産経ニュース
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.sankei.com/article/20210604-HMZXUI2DKBKBTGH5WQJW6RVTJU/
↓
https://twitter.com/office50824963/status/1400953894088306688
https://twitter.com/kondokazuya_/status/1401019813078573058
↓
「14歳と同意性交、捕まるのはおかしい」立憲議員発言:朝日新聞デジタル
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASP676TZPP67UTFK010.html
「立憲の福山哲郎幹事長は~「本人が『撤回』と言っているので、それでいいのではないか」と述べ、発言者を公表しなかった」
勉強になりましたね、党派性が違うメディアが出した党派性が違うニュースでも簡単に否定できるものじゃないってことが学べましたね。
tekitou-manga 俺は未成年同士でなければ中学生との性交全部違法でいいと思う。産経以外のソース見ないとほかの事は言いようがないな…… / https://twitter.com/kondokazuya_/status/1401019813078573058 "そのような発言はありませんでした" 削除くる?
toririr 産経は自信があるから記事にしたのだろうか。だとすれば何故オフレコでもないのに名前を伏せるのか。タイトルに独自とあるからスクープだ。他紙がどう動くのか。ないなら誤報か記事化する価値なし。そこで判断で良い
他紙動きましたね、判断どうぞ。
他紙動きましたね、判断どうぞ。
他紙動きましたね、「まじめに考える」ときが来ましたよ。
tammago 議員の名前も出さず一体何がしたい記事なの?最近の産経は、とにもかくにも立民の足を引っ張ることを探して必死でやっている印象。その50代の立民議員は堂々と私が言ったと名乗り出て火だるまになるべき。
何がしたいのか?産経が報じたことが原因となって当該議員が発言を撤回しましたね。報じられなかったらどうなってたんでしょうね。
rambo-20 産経独自のニュースだし明らかに裏が有りそうな…。この事で立憲を叩こうとしてるウヨ界隈の人たち、じゃあ自民や維新に同じ意見のやつがいないと思ってるのかとはなっちゃうよ。
裏って何?もっとはっきり言ったら?
bogus-simotukare また、いつもの産経の立民への因縁。「マジで真摯な恋愛関係なら処罰しなくていいんじゃね(ただし詐欺、脅迫での性交は真摯な関係とは認めない)」なら何の問題も無いと思うが。
「因縁」はどっちだよ。
VodkaDrive 50歳と14歳の恋愛は有り得るのだろうしそれは一概に否定するものではないが「性行為」となれば話は別…と思いきや元の発言の有無そのものが真偽不明と来たか。いくら産経でもそこまでの与太記事を…は認識が甘いかも
mouseion 朝日が言うと切り取りだの五月蝿いのに同じ事を産経が、しかも匿名報道にも関わらず立民ガーになっちゃうツイッタラーやヤフコメ民がとにかくアホの集まりなんだなと察せられてはてな民でホント良かったと思うね。
じゃあお前は「ツイッタラー」や「ヤフコメ民」と同等かそれら以下だね笑。あと、こういう人ちょいちょい散見されるけど、何をもってはてな民がツイッタラーやヤフコメ民より良いと思えるわけ?不思議で仕方ないわ。
z1h4784 「立民のWTでは同意の有無にかかわらず中学生以下との性行為を犯罪とするよう法改正を求めた」と書いておきながらこの見出しを付けるセンス。釣り師としての才能に嫉妬するわ。ブクマカの食い付きもすげー
結論としてはそうなんだろうけどさ、その議論の過程で出た発言は無視していいものでもないんじゃない?
発言側が匿名にするならともかく、報道側が匿名にすることに対して党派性云々言うの、党派性ドリヴンなのはどっちだよ。
hnamab 「立憲が中学生以下との性交を犯罪とするよう法改正を求めた」というニュースなのに、その要旨は一番最後に一文書かれているだけで、「50代で14歳とヤリたがる変態議員」という内容に仕立て上げている 産経は便所紙
じゃあ「便所紙」の報道を受けて発言を撤回しちゃう当該議員は便所と同じかそれ以下なのかな?
xevra また産経か
auient この産経がノリノリで書いてる感じ
kenjou 記事の内容を読むと一律の厳罰化に警鐘を鳴らすためのもので、問題のある発言ではないけど、タイトルしか読まない連中に曲解されるのが目に見えている。産経に限らないけど、ネットメディアってほんと悪質だよね。
perfectspell 見出しが酷いな。立憲が「同意の有無にかかわらず、中学生以下との性行為を犯罪とするよう法改正を求めた」ニュースをねじくり回している。/「人民は弱し 官吏は強し」「1984」を連想。またはナチの国会放火関連か。
じゃあ、「渡辺直美をブタ=オリンピッグに」発言をした五輪開閉会式総合統括 佐々木宏や、「(LGBTは)種の保存に背く」発言をした自民党衆議院議員 簗和生がどうなったよ。直近だけでもこれだけ同様の事例があるんだから少しは記憶掘り起こせよ。
前者はしっかり辞任まで追い込まれんぞ。
はやくこいつ吊るせよ。
ot2sy39 俺はこの主張に賛同しないが、WT内の議論で説得・反論できなかった側が、非公開議論の内容を産経にリークして記事にしたんだろ?やり方が気に入らないね。
この発言が出た場所、「立憲民主党の性犯罪刑法改正に関するワーキングチーム」ね。
じゃ、誰が、どの党の議員が、あるいはどの党に同調する人間がリークしたんだろうね。
https://twitter.com/lehmanshock_pon/status/1400949260430942209 によると、出席していた男性の議員は寺田学、泉健太、近藤和也の3人(いずれも立憲民主党)なわけだけど 取り消したの本多平直じゃねえか、不十分なソースでしたね。
kasapen これも渡辺直美の容姿揶揄ブレストと同じ括りなのだろうか?不快に思う人もいるだろう。投票しない人もいるだろう。それは自由だ。法案提出が出来ない程の抵抗勢力なら批判も分かるが、反対意見は良いのでは?
何が違うの?
てかさっさと名乗ったら?
なんで真っ当な議論、真っ当な意見なのに産経が報じたあとに匿名のまま撤回してんの?
真っ当な文脈で、「50歳近くの自分が」っていう例示が慎重な議論に寄与すんの?
dada_love ん~、これは刑法の話だろ?罪刑法定主義に則れば感情論じゃなくて明確な根拠が必要だから疑問の提起は必要じゃね?厳罰化には感情論以外で法律に基づいた話は必要だろ。あたしネトウヨだけどこれはなんかクサいわ。
「あたしネトウヨだけど」笑。
↓「50歳近くの自分」が真っ当?
adatom 同意であっても非同意と同じに扱う年齢帯拡大の否定。これは極めてまっとうでは?/条例などでの微罪と違い、同意であっても強姦と同じ扱いというのは「セックスそのものがまずありえない年代」にのみ適用が妥当かと
preciar 性交同意年齢は自己決定権の問題なので、本来のリベラルな立場からはそうそうおかしい事は言ってない/個人的には、義務教育終わって雇用契約も結べる人間の自由意志に国が干渉するのはおかしいと思ってる
nemuiumen 法律論議するときはこういう意見も言えないといけないし、こういう発言から見落とされてる論点が出てくることだってなくはない。全部透明化してしまったらこんなの誰も言わなくなる。匿名で良い。
eternal_reflection 法律の仮定議論で問題視する事がおかしいし、発言者を特定させるのも議論にとって良くないと思う。ただ、これが自民党の議員になったら叩くだろうなって人が擁護してるのを見るとな
kazukiti この議員の発言内容は倫理的医学的に問題はあるが、必ずしも法的に間違った事を言ってる訳ではない。一律で批判するなら先に法を変えるべき。感情論で罰するなら法は要らない。
tnishimu いやこれは法律の議論をしているのであって、その意見に反対ならそれでいいんだよ。 名前を出せとかそういう意見が出ること自体を封じようとするのは感心しない。
amematarou いろんな意見を戦わせたらいい。仮定の話が出来ない奴らに法律なんて作る能力はない。議論の場で主張したらその人の性質まで疑われるなんて何処の未開国やねん。
kunitaka 実際にやったらアカンけど、一つの意見としては尊重するべきではなかろうか。頭ごなしに「ダメ!」では、有効な意見を阻害する事になるぞ。議論はブレーンストーミングを原則とするべきやと思うねん。
keint リベラル系政党なら当然出てきてもいい意見なのでは(そもそも議論の場の例示なのでこういったことに言及することは当然あるとして)
lont_in 法改正の話だから慎重な論評になるべきなのに、ここは左翼とは名ばかりのリベラルが感情論で怒ってて訳がわからんな
mrgh-gou66 名前を出せとうるさい連中がいる事こそがおぞましい。さまざまな角度の意見が百出して初めて吟味も出来るし、きちんと議論を経てこそ、明文化して否認する事だってできように。小学校の学級会じゃねーんだぞ。
KoshianX もちろん法的にはそのとおり、リベラル政党なら自由の最大化を目指して当然だからそういう発言にはなるだろうよ。性交同意年齢引き上げは各国やってるが、子供の自由という立場から議論はしないといかん
preciar この話は成人済みの人間がどうこうじゃなくて「一定年齢以下の人間に自己決定権を与えない」って言う法規制を導入する話なので、本来ならリベラルが慎重論唱えるのは当然だと思うよ/パターナリストは左右を問わない
maketexlsr 一ヶ所の穴を潰すために雑にコンクリで固めても大丈夫かって議論でしょ。保護のため未成年一律NGとか言い始める方も居るし。現実見てるのかね。/ 現状、条例で叩けてるんだからokなんじゃないの?
tnishimu どんなおかしいものでも異論や対案は無いよりあった方が良いと思うけど、そういう自由で民主的な議論で現状の問題点や賛成意見の欠点が見えてくるわけですよ。 不快だから名前出せはちょっとおかしいよ。
exaray 主張内容に対して反対するのは良いけれど、主張することそのものを否定するべきではないでしょう。政治的な議論というのは日常の文脈より広範な視野が必要で、多くの人にとって不快な主張が出ることもありえます。
flatfive 余りにも当然の意見。性交の自己決定は最も基本的な人権の一つで、自由主義の根本に関わる大トピック。ソレを踏まえた論拠があるならまだしも、感情論(キモい)で思考停止する人は軽蔑する。少年愛者より遥かに低俗。
syamatsumi 18まで待てってのがこれといった根拠の無い、非常に人工的な概念であることを忘れてる人がえらく多い所は気になるのよね。みんな、他人の恋愛模様にケチを付けるのが好き過ぎでは? 道徳ヅラしたゲスだらけだ。
slimebeth 刑法は条例と違って恋愛免責が無いので下限を引き上げると高1と中3でも高1が捕まるのだが50歳に食いついてる人は相手が何歳(差)までなら免責する条項を新設すべきと思ってるのか高1も捕まえろというのかどっちなんだろ
WinterMute 文脈が全然わからん。「性交同意年齢を無視した立法になるがいいのか(先にそちらを変更すべき)」って意味じゃないの? 同意年齢自体は現代では16~18が妥当だと思うけど。
quick_past 年少者相手にもピュアな恋愛だったら認められるべきだ。が自民シンパのロリオタの論じゃなかったっけ?よかったじゃん。やっと立憲を支持する理由ができたじゃん() 知見も社会的立場も違う間柄の同意という危うさ
RRD ここにもチンコ膨らませて逆上してる衆が集まって噴き上がってる。頼むから精液吹き上げるなよ。第一、個人の性癖と法律論は別だろうよ…。もうどうにもならんわ。はてブはバカのツールに成り下がった。
clclcl つまり、産経がこうやって煽ることで、立民WTが主張するとおりに「同意の有無にかかわらず、中学生以下との性行為を犯罪とするよう法改正」が実現するということなのだろう。産経も自民も反対しないよね。
2017年にも性的同意年齢の引き上げが議論されたみたいだけど、見送られてますね。
とはいえ、たった4年間でもかなり情勢が変わっているため、産経や自民がどういう意見を出すかは非常に興味がある。
minamihiroharu 「子供とセックスする大人は無条件で許さない。 それはアプリオリに許されず、対象者の個別な条件を一々調べることすら道徳に対する攻撃である!」って人が多いからなあ。
「対象者の個別な条件を一々調べること」を積み重ねてきた上で、それでもなお結論としてはアプリオリに赦されないってのは有り得るとおもうんだけど、どう?「子供とセックスする大人」が赦される状況の例示下さい。
「結婚を前提にして」的な状況、現代でどれだけ蓋然性があって、どれだけ性的同意を担保できんのよ。
kjin 何人いようとも、個人の「キモい」とか「ありえない」で終わらせるんじゃなくて、きちんと議論して線引きとその線の理由を説明できるようにするのならどんどんやって欲しい。
同意する。
あと、「オッサン議員が~」みたいなコメントも散見されたけど、男性議員だっていう報道だった?
非モテ彼女いない歴=年齢時代は、それがコンプレックスで、非モテを脱出するヒントを求めて恋愛本を買っていた
いざ彼女ができてから、ふと昔買った恋愛本を読み返してみたら、それが如何に狭い世界だったか気がついた
その幻想を払う手助けになったという点で、恋愛本も役に立ったのだが、
そもそも本としてまとまった文章を書くということは、かなり高度な知的作業であるから、
恋愛本を書く著者も日本全体でみれば、限られたごく一部の知的階層であり、
彼らが描く恋愛観や女性観も、往々にして一部の知的階層の恋愛模様に限定されているのだ
人間がいなくて馬人間しかいない世界観ならまだわかったんだが、そうじゃなかった
会話等のコミュニケーション能力は人間と変わらない
運動能力は人間とは桁違いで、サラブレッドと同じくらい速く走れるし、パワーもある
まず、1番気になる点として、ウマ息子?ウマ野郎?は存在しないっぽい
お母さんやおばあさまは言及があるので、ウマ娘からウマ娘が産まれるのは間違いないようではある
また、マックイーンのプロフィールに、両親という記述があることから、親は2人必要なのは確定である
ということは1番あり得るのは、外見は人間の女の子のようではあるが、雌雄同体だと考えるのが妥当か
または、我々現実世界の馬の魂を受け継いで産まれる(=キャラが作成される)という説明があることを思えば、あくまでこれは物語であって、世界観としては虚構ベースを出るつもりがない、というのもひとつの説明としては成立すると思われる
次に、トレセン学園とは何かが気になる
ウマ娘は競走馬になるためには、トレセン学園に入学する必要がある
その学生のみがウマ娘のレースに出場でき、ウマ娘レースは人間も大勢動員できる国民的娯楽と位置付けられている
普通に考えれば、ウマ娘レースは大きなお金が動く経済活動である
我々の世界でトレセン学園に最も近いものとしては、宝塚音楽学校が相当するのではないかと思う
普通の中学や高校ではないが、寮に入れてみっちり管理し、トレーニングし、興行に起用するシステムである
芸能事務所や、サッカーのユースチーム、または競艇や競輪でいう訓練所などもトレセン学園に近いと言えるが、習い事や訓練所というより、もっと学校っぽさがある場所であるため、おそらくトレセン学園は、宝塚音楽学校と同様、学校教育法上の各種学校に相当する教育機関であると思われる
これに関しては言及がないが、実際の馬と同様に、人よりは短いのではないかと考えられる
というのは、国民的人気な娯楽が、人間で言えば中学生から高校生相当のウマ娘によるレースだからである
人と同様な成長をするのであれば、走力のピークは20代前半であるはずで、実際100メートル走の世界記録は23歳、800メートルの世界記録は24歳が出している
おそらくウマ娘の走力のピークは中学生から高校生相当、つまり人の年齢の2/3程度の年齢のウマ娘が人の年に相当するくらいに成長が速い
あくまで、見た目の推移は人間の年齢と同様ならば、という仮定が入ってしまうが、ウマ娘の平均寿命は50歳前後ではないか
となると、12歳程度でトレセン学園に入り、そこから様々なことを学びながらレースに出て、18歳高等部卒業=競走ウマ娘引退ということだろう
マックイーンの家におばあさまがいることを思うと、18歳で卒業したらわりとすぐ種牡馬入りしていることがわかる
祖母18歳で母を産み、母も18歳でマックイーンを産み、マックイーン15歳なら祖母は今51歳だ
ぎりぎり成立している
おそらくレースで強いウマ娘同士が結婚して子供を作り、さらに前述の通り雌雄同体であることを思えば、レースで活躍すること、学園で人気を得ること=子孫を残しやすくすることであるだろう
そう思うとなかなかどろどろした恋愛模様が学園で繰り広げられてそうだな
トウカイテイオーがマックイーンに照れてたのは恋愛感情でおかしくはないのかも
引退後のウマ娘がメジロ家のように豪邸に住み、スタッフとして人間を雇っていることから、ウマ娘にも基本的人権があることが推察される
差別があるならメジロ家スタッフはレースで活躍できないウマ娘であるはずだが、人間を雇っているのである
なんて素晴らしい世界!
これはつまり、馬主のように特定のウマ娘を人間が所有することはどうやらなさそうだ
スペシャルウィークが人間に育てられたように、人間とウマ娘の同居はあるのだろうけども
ということは、ウマ娘は、レースで勝てば莫大な賞金を得ているはずである
ちょうど野球選手やスポーツ選手のように、スターウマ娘は億の額を稼いでいるはずだ
それにより名門のウマ娘は豪邸に住めるのだろう
が、肝心の種付料を支払う馬主や牧場主がおらず、また、このような社会生活を営んでいる以上、広く種付相手を募り、お金を支払って種付してもらうようなシステムはこの世界にないのではないか
タイガーウッズやイチローが、ゴルフ上手い子、野球上手い子を育てたいなら種付します、500万です、とか言ったらおかしいわけで、それと同様だろう
トレセン学園に入らなかったウマ娘はレースせず、人間と同じ仕事をして、社会生活を営んでいるらしい
この人たちは普通に寿命が短くてパワーが桁違いの人間として社会に溶け込んでいるのだろう
同じ学校に通ったとしても、少なくともウマ娘だけのクラスやウマ娘だけの体育はあって然るべきだろう
一緒に鬼ごっことか無理
まだまだ理解不明なこといっぱいあるなー