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はてなキーワード: snsとは

2020-07-10

2.5次元という文化交差点にある地獄

原作厨「演じる俳優声優と同じであくま黒子でいてほしい、キャラクター準拠してできればカテコでも素を出さないで、SNSでは変にキャラの真似はしないで。原作へのリスペクトプロ意識を感じれば推すこともあります

俳優厨「推しくんのキャリアの一端として興行のことを考えて推してるのを批判されても困る、こっちのファン活動はこれ。カテコで素の俳優としての想いは聞きたい。原作厨キャラクターを通して接触イベに来るのはおかしい」


これは一例であり、原作厨にも俳優厨にも全く違う考えや主張もあることは勿論承知している。

その上で、たとえば上記のように、原作オタと俳優オタのスタンスはおそらく永久に相入れないものだ。

考えてみれば当たり前のことで、2次元至上主義アニメオタク芸能畑の追っかけは、同じオタクと括れないほど違う人種。それらをひとつ舞台という作品にブチ込んで両取りしようというのだから価値観大事にしているものも衝突するに決まっているのだ。


2.5次元の厄介なところはこのネーミングだ。2.5と言うが、個人的には3だと思う。強いて言えば3-0.5だ。そこに展開されている舞台も、興行必要な様々な役割の人や会社も、すべて芸能のものである。.5とはただ単に、発案・企画二次元作品から持ってきたというだけのことで、舞台という形がもはや、アニメ漫画ゲームを中心とした二次元コンテンツ世界とは全く違う、三次元芸能世界のものなのだ

そう、あれほどオタクが忌み嫌っていた実写映画化・実写ドラマ化と、実態的に言えばなんら変わりはないのである

ところが、二次元コンテンツ界隈に理解がある人が、「原作へのリスペクト」という実写化批判の最大の争点を持ち出し、さら二次元コンテンツベースであることを強調するために考え出した名前が「2.5次元」。このネーミングのおかげで今日商業成功2.5次元という界隈の確立に至ったのだと思えてならない。

仮にも2とつくから二次元しか知らないオタクが騙されるのだ。あれは3だ。三次元の、芸能世界と関わりたくないのであれば、どんなに好きなジャンルでも2.5次元には触れない方が身のためだと思う。


個人的には地雷特になく、昔から二次元三次元も並行して消費してきた雑食なので、2.5次元特に強い抵抗はないものの、それでも二次元ベースに考えて2.5次元を見ようとは思えない。基本的に生身の人間が出てきた時点で、三次元世界存在だ。それを二次元に重ねる面白味もあるものの、もともと三次元を楽しめる人間しかできない楽しみ方ではないかと思う。

そう考えると、女オタク界隈はいつの間にか三次元を楽しめる人間がずいぶん増えたような気がする。昔はナマモノと聞けば忌避し、少しでもアイドル的なもの拒否反応を示すオタクが多かった。今2.5次元を楽しんでいるオタクは、たとえ原作で見る作品を選んでいるとしても、三次元を楽しむ才能がある人なのではないか

三次元を楽しむ才能のないオタクはいる。おそらく今は少数派になってしまっていて、肩身の狭い思いをしている。俳優声優キャラを重ねることに違和感がある、コスプレフィギュアすら避けているという人。2.5次元ライブ(ミュージカル作品の曲だけやる)のMCで、役者として喋ることに動揺するオタク。それは三次元オタク感覚から言えばごく普通の、なんの違和感もないことだ。だからそういう人は、2.5次元に近づかないほうがいい。

 

なぜ「近づかないほうがいい」とまで言うかというと、本人が傷つくということも勿論あるが、周りの2.5次元を楽しんでいるオタク必死からだ。原作厨原作厨俳優厨は俳優厨でオタク特有苛烈必死さを持っている。これは出会わないようにするより他に打つ手がないのである

それなのに、よりによってその両者を引き合わせ、両方から動員数を稼ぐことで成り立つ興行。それが2.5次元舞台である。この文化交差点地獄だ。この地獄が金を生み出す仕組みは、一体いつまで栄えるのだろうか。

ちょっと考えれば分かるよね

SNSとかで

したり顔で「問題ない」って言ってる奴

じゃあ、なんで政府が名指しで報道機関文句言わないの?安倍御用聞きのNHK感染者数のみを伝えてるよ?

経済活動再開させたい政府なら、問題ないように思わせる報道させるんじゃないの?

コロナ感染増やしたい思惑は無いと思うし、専門家はどっちに転ぶか分からない状況って認識なんでしょ

王様の耳はロバの耳

腹の底では思ってるけど、大っぴらに声に出すと周りの人間と揉めそうなことを増田に吐き捨てたい

溜まってきたら追記する

anond:20200710112718

メスガキは冒頭からアウトやんけ

単なるフェチフレイバーで終わると思う

それを原作準拠であると強弁するのは構わんけど何故だろうなとは思う

おそらく違う世界を生きているのだろうなみたいな

でも趣味はそれぞれなのでSNSお約束が通じる相手とやってる分には構わんのでは?

anond:20200710103445

ほんこれ

まぁSNSやってなきゃ誰がなにを言い張っていても困らんのやけど

底辺絵描きの昔話

おけパ漫画でふと思い出した、これは私が中学生だったとき不思議交流をしていた私(中島になりたかった七瀬)と神絵師(綾城)の話だ。SNS上の自分黒歴史でもある吐き出し

当時いたジャンルはまあまあメジャーで、今で言うキッズも沢山いた。民度問題で学級会も日常茶飯事だった

そんな時に神絵師(以下神)と出会った。神は推しカプが同じで絵柄がすごく好きで、ジャンル内では評価も凄くされていた。ツイートの傾向から、神も自分と同じくらいの中学生であることが分かった(本人も年齢は隠していなかった)

中学生底辺絵描きだった私は、同い年か年下で評価される絵を描く人にやたらに嫉妬や執着してしまう時期であった。だが評価されてずるいという感情はなく、何を思ったのか神と繋がりが欲しかった。

執着はしていたため神のツイートはもちろん、神の周りのツイートもよく見ていた。というかほぼ監視みたいな感じ。

神は交流を大切にする人で、相手が絵書きだろうとそうでなかろうと、絵についたリプにはもちろん返信、「繋がりましょう」とリプを送っている人には頻繁に交流しているようだった。

から見たら、神の周りはおけパ漫画中島に見えたし、自分中島存在になりたかった七瀬だ。

同い年ということもあり、私は神と友達になりたかったんだと思う。

私もリプを送ってみると、神はこんな底辺絵描きと繋がってくれた。その日から神と交流が始まり、神も沢山の人と交流しているためリプ返はすぐではなかったがフォローフォロワーのような関係になった。認知してくれたし、タメ口を聞く仲にもなった。

フォローフォロワーのような関係”というのは、神は繋がって認知はくれたが、フォロバをしてくれなかった。交流していたというのも、全て私からリプライで、神から送られてくることは一切無かった。(そりゃあフォローされてないならツイート見られないからね)でも私は中島立ち位置になれたこと、神が話してくれることが嬉しくてそんなことはどうでも良かった。

その時に神がイベントに参加すると言ったのだ。本ではなくグッズ参加だった。神のグッズが欲しかったし神に会えるなら、とどうしても行きたかった。

大きいジャンルオンリーイベントもあったが、神が参加したイベント都内個人主催、小規模のものだったが、わざわざ遠征して行った。

同人イベント自体は初めてではなかったが当時は支部くらいしかしていなかったので、支部で欲しかった本を買うだけ、ただ買い物に行くような感覚しかなかったが、SNS交流した事があった人が出るイベントは本当に初めてでメチャクチャ緊張してた

イベントが始まり、神のサークルスペースを確認した。神の絵柄の絵が置いてあったので神と間違いなかった。緊張していた私は他のスペースを回って最後に神のところに行った。交流の多い神は隣のスペースの仲良い絵師や、おそらく仲良いフォロワーと会話していた。並んで私の番が来た時、私も認知を貰っているはずだったがフォロバされていない事が脳裏をよぎりチキンすぎた私から出た言葉は「あの、ツイッターいつも見てます!」だった。いつもリプをしていた自分だという事が言い出せなかった。これじゃただのキモオタだ。神はありがとうございますと述べ、スケブを頼んだら描いてくれた。そんな感じでイベントは終了したが、イベントに参加したことを呟いたら同じ一般参加者の人たちが何人かフォローしてくれた。中には神とよくリプしてた人もいて、一方的に知ってる人だった。その人をAとする。ちなみにAは今一番長い付き合いになるフォロワーだ。

神以外にも交流が増え、SNSが楽しかった。そんなとき、Aが「神からフォロバされた!」と呟いた。私よりも前からよく神と会話していたのに、Aもフォロバされていなかったんだ、と思った。と同時に、神とはいえフォロバしてくれない相手になんでこんなに執着してたんだ???と我に帰った。

それからジャンルに飽きてきて呟く事がなくなり、SNSを離れた。しばらくしてから新しくアカウントを作って、仲良かったフォロワーだけフォローしてアカウントを消した。

今は神絵師は神絵師コミュニティがあるから無理に交流はしない、とかフォロワーになってくれた人と積極的交流する、として楽しくSNSをしているが、前垢でのこの話は本当に自分黒歴史だ。

anond:20200710090748

SNSでわざわざゲイに見せつけてる人いる?

anond:20200710085927

>「嫌がるゲイに無理やりBLを見せつけて嫌がられると表現の自由ー!と言う腐女子」なんて聞いた事ないのに

嘘。SNSやってないとは言わせないぞ

anond:20200710085017

SNSやらなければいい感ある

オンライン同人誌販売したことないのでわからないがタグちゃんシチュエーション説明されているので

タグ商品説明と内容かけ離れなければクレームは来ないのでは?

Pixivなんかも同じ気がする

anond:20200710084857

それは一部のSNS界隈の話だったりしないだろうか

SNSしなきゃ平和もの

育児垢界隈が怖い

バズってる増田とはちょっと違うけど。

育児垢界隈というものがあるのは知っている。わたし子どもが生まれとき育児垢を作ろうかと思ったけどやめた。

というのも、育児垢はどうしても性質上「肯定コミュニケーションしか存在しないように見えたから。

基本的育児というのは子どものかわいさくらいがご褒美で、他は割と辛いことばかりだ。母親は股が裂けて血がドバドバ出ている状態で、ロキソニンを飲んで痛みをごまかしながら3時間ごとの授乳生活スタートさせなければならない。そんな人間の体力的にかなり厳しい状態の子育てのスタート。そりゃあ「今日夜勤(夜間授乳対応のこと)お疲れ様!」とお互い励まし合うコミュニケーションベースになってくるのは当たり前だ。わたしたちは励まし合う相手を求めている。

ただ、そういった「励まし合う関係」が強固になってくると、「この人の意見合わないな」と思っても言えないことが増えていく。その一方で、「この人の意見わたしと同じだ!」と思う人には、気軽に「わたしも同じ意見です!」とリプライを送ることが増えていく。励まし合う関係なのであるからマイナスなことはあえて言わない。ただ同調する意見や、プラス意見はどんどん伝えていく。

これは一見良いように見える。けれど、何か自分暴走気味な意見を持ってしまったとき普段なら誰かが「気を悪くするかもしれないけど、あなたのそれはちょっとこの点で違うんじゃない?」と言ってくれるような人が、全くいないと言うことだ。言ってくれたとしても、DMでの連絡になるだろう。表のリプライリーには肯定意見けが揃う。そのときに、自分が「あえて送ってもらったDM」の方を信じられるのかどうか。どちらが客観的に見てよさそうかを、自分判断できる冷静さを持ち続けられるかどうか。わたしにはその自信がない。

肯定コミュニケーションは素敵だと思うが、よっぽどのバランス感覚を持った人間でないと難しいのではないかと思っている。SNS悪魔に取り憑かれる。

anond:20200709221046

今の時代は、SNS就活とか言うて、若者煽りインターンしろよとか。或いは、マーケティング会社が上澄みをかっさらう感じ。だから、3年ROMってたらいいと思う

台湾BLを見た

アマプラがなぜか台湾BLドラマを勧めてきて、なんとなく見てしまった。

私は女性BL漫画はまったく読まないわけではないが、積極的に読むいわゆる腐女子ではない。

実写BLは、少女漫画的な世界観を生身の人間がやってるのを見る気恥ずかしさに耐えられそうになくて見たことがなかった。

でもまあSNSを見るにタイBLドラマ流行ってるらしいし、45分×全4話なら短いし見てみるかという気になった。

見たのは『是非』という教授×大学生もので、教授ビジュアルが好みだったのでこれにした。

結論から言うと、ベタシチュエーション連続で、そういう場面でスローになるわトゥクトゥーン的な音は入るわで見ていてやっぱり気恥ずかしかったが(そもそもど直球な恋愛ものをあまり見ないのだ)、いろいろと思うこともあったので見てよかった。


まず、ゲイカップルがわかりやすハッピーエンドになるのは「もっと現実もこうなればいいよね」というポジティブさがあってファンタジーとしていいなと思った。

同性愛を扱った一般映画だと、現実社会を背景にしているので大抵ハッピーエンドにはならない)

ラブシーンがきれい脚本にも演者にも照れや茶化しがなかったのもよかった。

あと、この組み合わせだと教授未成年に手を出す(クソ野郎な)のかなと思ったらその辺も上手くフォローされてたり、教授俺様という設定上パワハラ気味なのも一応は作中で突っ込まれてて、気遣いが行き届いてる。この辺はかなり今風だし感心した。


一方、くっつく前の主人公たちを見てモブが「BLだうふふ」みたいなシーンが数カ所あるのはちょっと気になる。

セリフ自体善意から発したものだけど、なくてもいいし「きゃーBLだー」というノリで勝手スマホ写真を撮るのは完全にアウトだろ。

それと「好きになったのがたまたま男だった」はキャラとしてはそうなのかも知らんけど、台詞として古いなーと思うので、もう「考えたことなかったけど自分バイでした」でよくないか


それにしても、凄まじい展開の速さで出会いからくっつくまでやってベタな展開を一通りこなしてノイズは極力無くす作りで、BLというか恋愛ものとしてサービス満点だった。

このジャンルはツボをついてなんぼだと思うけど、台湾BLすごい。

あと俳優さんがかっこいいしかわいいし演技も良かった。

これから作り続けられたら色々な面で洗練されていくんだろうなと思う。


最後同性愛を扱った映画について、全体のトーンが明るくてハッピーエンド映画はあったかなと考えていて、橋口亮輔の「ハッシュ!」を思い出した。

見返したくなったけど配信はないみたいだ。久しぶりにレンタルするかなあ。この作品以降でこういうトーンの映画ってあるんだろうか。あれば見てみたい。

BL漫画だけど、今市子の『僕のやさしいお兄さん』『ホームレスサラリーマン』は近い気がする。

2020-07-09

おけパで思い出した話

今更ながら最近流行ったおけけパワー中島話題を見て昔のことを思い出したので書いてみる。


とあるマイナージャンルにいた。

人数が少ないため自然作品好きな人同士で仲良くなり和気藹々としていて、神とはそこで知り合った。とても気が合い推しカプの話はもちろんお互いの悩みなども話せるような仲だった。神は地方在住のため連絡先を交換しスカイプをしたりラインなどで頻繁にやりとりをしていた、都心しか買えないグッズを代行したり神が都心に遊びに来た時は会いに行ってお茶をしたり公式イベントに一緒に行ったり、お誕生日やお祝い事がある時には絵を交換しあったりもした。

しかしある時から神にアンチがつくようになった、pixivマシュマロ攻撃的なコメントを何度も何度も送られて神は精神的に落ち込んでいった。

出す予定だった同人誌もそれが原因で筆が進まず結局出なかった。

それでも神は作品を少しずつ投稿し続けていたが目に見えて憔悴し不安定ツイートが増え、スカイプをしていても急に黙り込んでしまったりボーッとしていたりいつ来るかわからないアンチコメントに怯えているようだった。



2年ほど経ってマイナージャンル故に供給も少ないため次第に別の中堅ジャンルにも興味が移るようになった、私は別垢を作ってそちらでも活動するようになった。

ある程度そちらの知り合いも増えてきた頃、マイナージャンル垢のTLでなんと神が私の今ハマっているジャンルに興味を持っていると呟いていた!私はすぐに声をかけ作品の見れる動画配信サイト書籍などを連絡し布教した。

残念なことに作品にハマってはくれたもの推しカプはまったく違うものだったが、それでもまた同じジャンルで楽しめることが嬉しかった。

神も別垢を作り作品投稿するようになった、もちろん私も彼女をすぐにフォローしどんどんリツイートをした。元がマイナージャンルだったため多くてもリツイート20程度だった神の作品は毎回すごい数のリツイートいいねが付くようになり、神が元気を取り戻していったことが喜ばしかった。

が、神からフォロバが返ってくることはなかった。

元々フォロバをたくさんするタイプではなかったしCPが違うのであまり気にとめずリツイートいいねを続け作品感想をリプで気軽に送ったりしていたが、最初は返信があったものの次第に無視されるようになった。

そうこうしているうちに神はマイナージャンルの垢を消し、元いたジャンルの人たちとの連絡を完全に絶ってしまった。

私は絵は特別うまくも下手でもないが積極的性格であることや考察好きなタイプであるため絵のレベルに見合わないフォロワー数を会得し仲の良い人をたくさん作れるどちらかと言えば陽キャラ、おけパ側の人間だ。

もし私がそうじゃなかったらすごく病んで悩んだだろうし、最悪神に毒マシュマロを送るモンスターになっていたかもしれない。

数年経った今も相変わらずその時ハマったジャンルにいるが、神はとても人気だったのにも関わらずアカウントを消した。またアンチが出たからだ。結局そのジャンルでも神の同人誌が出ることは一度もなかった。

なぜ彼女アンチがつきやすいのかは分からないがマイナージャンルの時さえ大変そうだったので中堅ジャンルではもっと酷かったことだろう、今思えば安易布教して本当に申し訳なかったと思う…。

から知ったことだが神はアンチコメがつくようになってから人間不信がちになり、アンチも付かずいつもSNS知り合った自分以外のフォロワーたちと能天気交流している私のような人間が苦手になってしまっていたらしい。




ここまで読んでなんだ自分自慢かよ!と思った人が多そうだが、何故今回この話を投稿しようと思ったかというとこのトピックについて陰キャラか陽キャラで説明を片付けようとする意見が多いことに疑問を持ったからだ。

人間は気の合う合わないはもちろんあるが、タイミング生活環境、経済力、仲良くなれるかどうかは色んな要素が重なって決まる。

性格が明るかろうがスペックが高かろうがコミュ強だろうが相手があってのことである、波長が合わなくなればいくら仲良しだったとしても簡単に崩れてしまう。

人間関係ってそういうものだ。

彼女がどうしているかはもはや分からないが、もしアンチが付かずにいたら今も一緒に楽しくやっていたかもと思うと純粋に寂しい。




で?っていうオチになったけどあまり自分のことも他人のことも陰キャラ、陽キャラという雑な括りにカテゴライズして可能性を限定して気に病まないでほしいなと思う、自分反省も込めて。

anond:20200709221046

孔明ですら才ある人と交わり自分の評判を世間に届けてたんやで

今なら家にこもっててもSNSかなんかでやれるやろが

anond:20200709222042

安倍総理九州地方豪雨に関しSNSで公開指示「国として、今後も必要支援を進めてください。」 https://togetter.com/li/1556013

安倍総理命令から自衛隊が動くんだよ

日本語版Redditみたいなのないの

Redditが好きでよく見ている。

ニッチ趣味系、脱力ニュース、メシテロかわいい動物画像、真面目な生活改善ニュース海外生活etc,幅広い話題があって面白い

全員コテハンで毒っ気の薄まった(無いとは言わない)2ちゃんという感じ。

でも、長いレス英語で書き込むのはなかなか敷居が高い

日本語版Redditがあればいいのに。

日本語サブレがあるのは知ってるけど、そうじゃなくて、

話題を軸に語り合う場がほしい。

SNSだとどうも話題よりもコミュニケーションの方に軸が置かれがちなので。

かつては2chとか、mixiコミュニティがあったけど、どちらも今は過疎ってて寂しい…

32歳腐女子自分の子供っぽさに気づいて恥ずかしくなる

昨年にあった話。

私(A)は32歳のオタク腐女子である

学生の頃から10年以上の付き合いのある同じくオタク腐女子の友人が3人いるが、久しぶりにみんなと会って自分がとても32歳とは思えない子供っぽさであることを思い知って恥ずかしくなった。

●私のオタ活

ずっとオタクだったが数年前に過去最高にどっぷりハマるジャンル出会った。ゲーム原作アニメ2.5次元など様々な展開のあるジャンルで、そのどれにもお金を使いまくった。ゲームへの課金アニメ視聴、グッズを買い漁る、2.5次元に何公演も参戦する、2.5次元のグッズも買い漁る、2.5次元俳優自体にもハマる、様々なコラボ商品を買う等した。

二次創作も大好きで同人誌の大量買い、キャライメージアクセの大量買い、即売会参加もしていた。同人誌作家同人アクセサリー作家コスプレーヤーともツイッターで仲良くなり、オフ会をしたりそれはそれはオタクとして充実して楽しく過ごしていた。

その頃から人達子育て仕事で忙しくなかなか全員で会うことができなかったが、昨年久しぶりに全員の予定が合い会うことになった。ここで私は自分の子供っぽさに気づいて恥ずかしくなったのだ。恥ずかしいと思ったのは主にファッションメイクに関すること、お金の使い方、落ち着きのなさの3つだ。

最初の気付き~ファッション

一番に待ち合わせ場所に着いた私はみんなを待った。最初に現れたのはBちゃん。そこであれ?なんか綺麗というか大人っぽいなと思った。次にCちゃん、Dちゃんが来たが、その時も同じようなことを感じた。

みんな容姿はごくごく普通という感じで特別可愛いとか美人てわけじゃないんだけど、雰囲気がとても綺麗になっていた。

その日のみんなのコーデは細かい色や柄は忘れたけど多分こんな感じ。何でそんなこと覚えているのかというとこの日が恥ずかしさの気づきの日で忘れられないかである

Bちゃんコートドルマンスリーブカットソーにミモレ丈のスカート、黒タイツブーティハンドバッグ。ケバすぎないばっちりメイク、薄いピンクネイル、小ぶりでシンプルネックレスブレスレット

Cちゃんジャケット、白シャツストレートパンツヒールパンプス、肩かけバッグ。濃いめかっこいいメイク、がっつり濃いネイル、大振りだけどデザインシンプルネックレスバングル

Dちゃんは唯一既婚子持ちだけど、ママって感じがしつつもオシャレだった。コート、膝下丈ニットワンピ、黒タイツショートブーツ、大きめなオシャレなトートバッグナチュラルメイクトップコートのみっぽいピカピカネイル結婚指輪と小ぶりでシンプルイヤリング

 

そして私Aはこうだ。

ダウンジャケットボーダーTシャツに着古したジーンズ、はきつぶしたスニーカーサコッシュ

薄すぎメイク下地フェイスパウダーのみ)、ボロボロの爪、、推しキャライメージアクセサリー(イヤリングネックレスブレスレットリングフル装備・同人グッズ含む)

三人の友人と比べるととんでもなくダサくてやばい32歳だ。なのにずっと自分オタクなのにファッションに気を遣うしメイクもするオシャレさんだと思っていた。(やばすぎ)

服が適当なのにアクセサリーは着けられるもの全部着けてて、しか推しキャラ二人分のイメージアクセから色もデザインバラバラで悪い意味で派手。うるさい。同人アクセプチプラアクセしかいか子供おもちゃみたいに見える。(同人アクセは本当にキャライメージ大事にして丁寧に作られた素晴らしい作品です。私の使い方が悪い)

だって近所のコンビニスーパーアウトドアを楽しむくらいならいいと思うけど今日は予めオシャレなカフェレストランにも行くと分かっていたのにこれはいけないだろう。

メイクに関しては厚塗りすると毛穴の開きが分かるからナチュラルにするとか言ってほんとに薄くしか下地フェイスパウダーも着けてなくて毛穴の開きも黒ずみも丸わかり。

眉毛は自眉がしっかり生えてるから描く必要ないと思ってた。でもみんなみたいに綺麗な眉じゃなかった。眉毛薄い子はしっかり綺麗に自然に描けてるし、私と同じく自眉がしっかり生えてる子でも、形を整えて長さを調整して、足りないとこは描いて、私みたいなゲジゲジじゃなかった。

リップは元の唇の色が赤いかリップクリームでツヤ出すだけでいいと思ってたけどそんな綺麗な赤でもなかった。くすんでる。

どんどんあれ?私超ダサい子供っぽい?あれ?という気持ちが大きくなって恥ずかしくなってきた。みんな優しいかダサいとかそういうこと全然言われないけど勝手に恥ずかしくなってた。


●第2の気付き~お金の使い方~

全員揃ったのでまずレストランランチを食べた。

その時にみんなの今好きなジャンルやオタ活の話をした。上記で書いたようなオタ活の話をすると、みんなはすごいね~と反応してくれる。

同じくグッズやゲーム課金しまくってたBちゃんは「Aちゃんすごいね~私はもうそんなにできないかな。通院してるし親も歳だし何があるかわかんないから程々にしてる。他にもお金使いたいことあるしね」と言った。

Cちゃんも「分かる~何か前は出されるグッズは全部買わなきゃ、イベントは全部参加しなきゃって必死になってたけど将来のこと考えて貯蓄するために程々にしてみたら案外苦じゃなかった」と言った。

Dちゃんは「私も今は子供優先だから気になるアニメを見るくらいかな~」と言った。

BちゃんCちゃんは未だにゲーム課金もするけど推しにだけだし、推しを手に入れられなくても最初に設定した金額で出なかったら撤退するし、グッズはよく考えて本当に欲しいと思うものだけを、イベントは無理しない程度で行けなかったら円盤を買うとか、とても落ち着いたオタ活だった。


それに対して私は「へ~ちゃんと考えてるんだね。私なんかもう推しに夢中すぎてさっき言ったみたいなのがやめらんなくて貯蓄なんてないよwwwカードあるから未来自分に頑張ってもらってる!wカードの締め日が来たらまた新しいの買うんだ~!^^」と言った。ウケ狙いで、みんな笑ってくれるだろうなと思って。

だがみんなちょっと引いたみたいな苦笑いをした。「すごいね…」と。そこでやっともしかして私のお金の使い方やばいのか?と気づいて、それを笑い話として嬉々として話した自分に恥ずかしくなった。でもみんな優しいから、好きなことに全力でいきいきしてるねとか言ってくれる。泣きそうになった。(優しさと恥ずかしさで)

でも少し考えて、もしかして馬鹿にされてんのかなと思った。私はオタ活にお金使うから服も化粧品イベントオフ会の時くらいしか買わないしどれもプチプラばかり、みんなは服や化粧品にもお金かけてそうでオタクお金使わなくてもそっちに使ってんじゃんとちょっとムッとした。(最悪)

みんなにそれとなく今日メイクファッションいいねって言ったら使ってる化粧品や着てる服の話になった。みんな別に全身ブランド物とか全身高額品てわけではなくて、プチプラと高額品をバランスよく使っていた。プチプラの服でもきちんと手入れしてきちんとアイロンかければよく見えるし、化粧品スキンケアベースメイクはデパコスアイメイクリッププチプラとか考えられてた。どうせ金かけてんだろ、金かけりゃそんくらいにはなるよねとか嫌味なこと考えた自分が更に恥ずかしい。


そしてBちゃんの肌が綺麗だという話題に変わった。

Cちゃんは一時期毛穴の開きと黒ずみに悩んでいると言って、一緒に悩んでいた。(会えない間もツイッターラインでは話してた)Cちゃんとあるデパコスカウンターで肌を見てもらい、いいスキンケア出会えたのだと言った。

ツイッターで嬉々としてこれいいよ!(ドヤ)とプチプラ化粧水投稿していた自分が恥ずかしくなった。ツイッターでバズったプチプラのものだけを試しまくってちょっとしか改善されなかったのをドヤ顔投稿していたのだ。そのプチプラのものだって悪い商品じゃないし合う人には合うのだろうけど、私は自分がどういう肌かもよく理解してなくて、とにかくバズった色んなプチプラのものを試してどれも効果は出なかった。

Cちゃん20代の頃はとあるプチプラのものが肌にすごく合っていて大好きだったけどだんだん合わなくなって、本当に肌を綺麗にしたいと思ってお金をかけた。なのに私は毛穴消えない消えないとうだうだ言いながら、若い頃と同じことの繰り返しでお金も使わなかった。使うお金がなかった。とても情けなかった。

Bちゃんも同じような感じだったし、Dちゃんは今は昔ほどお金使えないし子育て忙しいかオールインワンなっちゃってると言いながらもデパコスまでとはいかないがそれなりのものを使っていたし綺麗な肌をしていた。


この話題だんだん辛くなった頃(自分からふったくせに)、レストランを出て買い物に向かった。アニメショップで私は大量買い、みんなは1つだけ買うか買わないかだった。

その後みんなは化粧品雑貨をいくつか買っていたけど私は何も買わなかった。欲しいものがなかった。というのは強がりで、本当はお金がなかった。アニメショップで使ってしまっていた。

最後カフェに行くことは決まっていたので、そこで使うドリンク1杯分くらいは絶対に残しておかなければならない。また情けなさと恥ずかしさに襲われた。ATMで下ろすのもなんだか恥ずかしかった。


●第3の気付き~落ち着きのなさ~

そして最後に予定していたカフェに来た。私はコーヒー1杯くらいしか頼めないけどみんなはケーキも頼むだろうか、みんなケーキを頼むのに一人だけ頼まなかったら感じ悪いかなとビクビクしていた。みんなそんなの気にするような子じゃないのに。結局みんなドリンクだけでホッとした。

今度はファッション金銭感覚のことで恥ずかしさを感じたくなかったので推しを語ることを自ら提案した。

私「推しがね~もう最高で!かっこいいし可愛いし!もう推しのことしか考えられないw夢も腐も好きだからもう大変w推し普段は超可愛くてやばいんだけど、シリアスではっこよくて頼もしくて~wギャップがもうたまんないの!エッチだし~!シリアスときの色気がはんぱなくて素敵なのwキャッキャキャッキャ!」(小声ではある)

Bちゃん推し一見性格悪そうに見えるけどほんとは優しくてそれが隠しきれない子なんだ。その優しさが好きなの」

Cちゃん推しは天然なんだけど自分のことキレものだと思っててそこが可愛いんだよね」

Dちゃん「私は最近推しって感じの人はいないけど最近みたアニメのあの人がかっこいいなって気になってるかな」


お分かり頂けただろうか。

私の落ち着きのなさ、テンションの高さ、子供っぽさ。私は本当に「!」とか「w」とか着いてるみたいなテンションで喋る。この文章もなんとかぶっきらぼうな感じでテンションを抑えようと必死で書いてる。本当は「w」いっぱい着けたい。

みんなも学生時代とか20代前半くらいまではこんな感じ…だったと思うけどすっかり落ち着いている。誰か一人としか会えなかったときは、相手が落ち着いていても気にならなかったのに、4人で集まったら私だけ若い頃のテンションのままで急に気になり始めた。

ツイッターラインでもみんな「!」とか「w」とか絵文字スタンプが減っていっていたけどそれはあくまSNS上でのことだったので全く気にしてなかった。

ジャンルで仲良くなったフォロワーの方がリア友より圧倒的に人数が多かったし、その人たちとはハイテンションで話していたからというのもあったと思う。

ジャンルで仲良くなった人たちは20代前半~半ばの人が多くて、みんなテンションが高くて自然と私もそうなっていったというか、そういう人に囲まれていてみんなが自然に落ち着いていく過程を歩まなかった。

若い子とキャッキャキャッキャハイテンション推しの尊さとエッチさを語り、鍵垢なのをいいことにおちん〇ん!お〇んちん!と叫びまくっていた。他にも色んな下ネタ沢山。

実際会って遊んだフォロワーには「Aちゃん全然32歳に見えない若くて可愛いよ。小さい子みたい」とか言われて、私まだまだ若いんだ~!と喜んでいたし、「もう、私小さい子なんかじゃないよぅ(o`з’*)32ちゃいの大人のお姉さんなんだからね!みんなよりとちうえなの٩(๑òωó๑)۶あたちセクシーボイン大人のお姉さん!(๑ơ ₃ ơ)♥」とリプを送っていた。

やばい恥ずかしい死にたい

フォロワーは本当に若いと思って褒めてくれたのかもしれないけど、言動が幼稚なところと、薄すぎる化粧と手入れされてない髪や爪、チープな服や持ち物が垢ぬけてなくて年齢不詳の子供おばさんぽくてそう感じたのかもしれないと震えた。

フォロワー空リプで会話してよちよちぎゅっぎゅしたり、さっきみたいな私大人のお姉さん♥みたいなことを沢山言ってたし、昔若いツイッターではよく見られたような、フォロワーと仲良しなアテクアピールみたいなやり取りを未だに続けていたのだ。

久しぶりに同い年の友人と会って本当に本当に恥ずかしくなった。

考えなしに推しお金を使いまくることも、ファッションのことも、テンションのことも、決して悪じゃないし、それが楽しくてずっとやり続けるんだって強く思ってる人はそれでいいと思う。でも私は自分の現状がとても32歳には思えなくて恥ずかしくなってしまった。どうにかしたいと思った。

どうにかしたいと思ったのに私はまた推しにジャブジャブお金を使い、着古した服ばかりを着て、フォロワーハイテンションで話している。その時は楽しいのに、夜一日の行動等を思い返すと恥ずかしくて死にたくなる。

今度友人に相談してみようか。そしたら変われるだろうか。

自己啓発が嫌い

自己啓発とか自己肯定力って言葉が凄く嫌い。

それって個人が感じることに価値があってSNSとかで人にベラベラ話すもんじゃないと思う。

私ってこれだけ考えてるんですよって他人に伝えることは、言い換えれば

私はちゃんと考えて動いてますよって言い訳しか過ぎないし、

目的他人から同調なだけで、

同調の欲しさは誰でも持っているし価値としてはめちゃくちゃ低いわけ。

変に知恵を持った幼稚園児というか、そういう大人が増えていると思う。

やっていることも起こることも自己責任なのは当然で、それでしかないのに

言い訳を綺麗ごとにまとめてる人が多すぎる。

生きる気ややる気のない人間なんて目立たなくて当然なんだから

自ら負け組になってるだけで。

それを救ってくれるのが時代の変化で

ベラベラベラベラとSNSで綺麗ごとを発信して

それに価値なんてないって。

そんな人間は一生利用されているだけで

自分幸せを感じる瞬間だけを大事にしているだけで、

そもそも自分人生とそれに着いてくる道徳心を見直せよって言いたい。

ネットに毒されるのはオタクだけで良いのよ。

考える力を持っていない人間は狭いコミュニティで生きてくれ。

就活メイク😡😡😡

先日学校からのお知らせで、就活メイク講座なるものの案内が送られてきた。

メイクは可愛くてつい必要以上に買ってしまいがちだし余暇にはランキングサイトSNS口コミを見たりYouTubeメイク動画をみるくらいには好きだけど、就活メイクとか、社会人マナーとか言われると😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥💥🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪みたいな気持ちになる。

大好きな可愛いから少しでも浮かない顔になりたい、自分ファッションの一部、可愛いと思われたい人に会う時の武装、あと基本的趣味であって、いくらメイクが好きでも女のすっぴんは失礼にあたるとか言われるとすくなくたもおじさんのすっぴんよりは失礼ではないのでは😰😰😰😰😰😰😰😰😰😰😰😰😰😰おじさんも薄い髪と顔の油とメタボお腹と汗とヒゲをなんとかしつつ化粧して🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪って気持ちになる😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡

「うちにはお金がない」母の言葉を本気で信じていた

お金持ち」というのは、フィクションバラエティ番組特集に出てくるような、豪邸に住み、ブランド物を身に着け、湯水のように金を使う人達の事だと思っていた。

きっとそういう人たちは、”何億”だとかそういう、学校で習ったけれど想像もつかないような莫大な単位の額のお金を稼いでいる。自分とは違う、遠い世界に住む人たちだ。

人口一万人足らずの町に生まれ公立学校に通い、田んぼに囲まれた片道4キロの通学路の途中で今日の夕飯はなんだろうとお腹を空かせながら考える。休日友達との娯楽と言えば、街の方のショッピングセンタープリクラを撮ること。そんなあまりにも在り来たりな日常を送っていた私にとって「お金持ち」というのは遠い存在だった。

私は田舎町の寺で一人目の子として生まれた。父親大学教授で、母親実家呉服屋専業主婦祖父母は元々教師をやっていたようだ。

私の両親は母親の方がしっかりしていて気が強かった。浪費家で行きもしないスポーツジムに入会したり、テレビショッピングを見てはお腹をぶるぶるするダイエット器具やらフードプロセッサーやらを買い集めてすぐに使わなくなる父に、母は「うちはお金がないんだから」といつも文句を言っていた。父はお金管理が下手な上にお人よしだったのですぐに人にお金を貸したり奢ったりしていた。私が友達と街の方へいかなければならなくなった時には、「鈍行で時間かけていくくらいならみんなで新幹線で行きな、全員分お金だしてあげるから」と言って友達の親を驚かせていたことを覚えている。

父はそんな風だったが、母は元々呉服屋の娘で商人気質ということもありお金に対しては厳しかった。子供に対しても「何でも買ってあげる」というスタンスは取らない。本や楽譜ならいくらでも買ってあげるけれどおもちゃゲームは別。私や弟たちがあれが欲しい、これが欲しいと駄々をこねたとき咎め文句はいつも「うちはお金がないから」だった。

「うちはお金がない」

幼かった私は、たびたび母が口にしていたその言葉を本気で受け止めていた。欲しいおもちゃを買ってもらえなかった時に母はそう言った。テレビショッピングお金を溶かす父を見るたび母はそう言った。

我が家には私のためにプレゼントされたグランドピアノがあった。

家族海外旅行に行った回数は両手の指の数を超えるだろう。

父親外車スポーツカーの二台の車を持っていた。

ファミリーレストランに行ったことがなく、外食祖父母行きつけの懐石料理フランス料理が多かった。

高校受験のために、私は安くない値段の塾に通うことを許されていた。

これだけの状況証拠がそろっているのになぜ気が付かなかったのか、今考えると恐ろしい。だが私はなんと高校卒業するまで、母の言う通り我が家お金がないのだと信じていた。

友達に「○○ちゃんちはお金持ちだもんね」なんて言われても、「でもお母さんはああいってたし」と信じていた。

馬鹿げた話だと思うだろうか。確かに自分の頭で判断することなくただ言われたことを鵜呑みにしていた私が馬鹿だったのは間違いない。

だが、スーパーが町内に一つしかなく最寄り駅までは車で20分、今のようにSNS情報を得る手段もなければ携帯電話も持っていなかった当時の私の世界はとても狭かったのだ。

私は隣町の高校へ進学し、その後県外の大学へ進学して一人暮らしを始めた。一人暮らしを始めると金銭について意識するようになった。もちろん自分家計を成り立たせることもさることながら、周りの人達がどうやって生活を成り立たせているのかも。私は学費家賃も親持ちだったがどちらも自分で稼いでいる人も少なくなかった。アルバイトを始めてみると少し働くだけでは大した足しにならず、学費家賃自分で稼いでいる人はどうやって生活を成り立たせているんだ、と果てしなさを感じた。

今まで自分が得ていた物の値段も知った。例えば旅行友達ちょっと旅行をしようとすれば大した贅沢をしていないのに数万がすぐに飛んでいく。観光客向けの値段のアトラクションなんてそうそう手を出せるものではない。その時にふと自分が今まで行かせてもらった家族旅行のことを思いだした。あの旅行では安い飛行機をわざわざ選ぶようなことはしていなかったし、ホテルだって限られた値段の中で最大限を、といった配慮はしていなかったように思う。中学生の頃リゾート地で船の上のホテルに泊まったことを思い出しながらあれには一体いくらかかっていたんだと宇宙を感じた。そうやって私は実家で得ていたすべてのものの値段についてぐるぐると考えを巡らせた。グランドピアノは確か100万くらいしたらしい。やりたいと頼めばやらせてくれた習い事も決して安いものではないだろう。お父さんが持っていた外車、あれもすごく高いヤツだ。そうやって考えを巡らす中で、小学生の頃に出された「親の職業について調べましょう」というありがちな宿題を思い出す。父は仕事の内容について教えてくれた後、お金価値も分からない私に自分年収を教えてくれた。今ならわかる、その数字は決して「うちはお金がない」家庭で出てくる数字ではない。一般的に言えば高収入だと言われるような数字だった。

成人直前になってようやく私のバイアスは外れたのだ。

私は自分のこのバイアスに気が付いたときにゾッとした。公立中学に通っていた頃、私は自分と同じ家庭環境だけではない沢山の人がいる場所生活をしていたはずなのに、いかに狭い視点世界を見ていたのか。

そして自分バイアスゆえに、他人に対して無神経な言動を取ってしまたことがあったのではないかと恐ろしく感じたのだ。

大学に進学してから、私は今までよりも社会問題に敏感になったと思う。大学法学政治学を学んでいたことも理由の一つだけれど、大学交通アクセスのいいところにあったことやSNSを多く始めたためにに色々な世界を目で見ることが多くなったのも大きいだろう。私は「明日ご飯にも困るくらいの貧困」というのは日本のような先進国には全く関係ない遠い国の話だと思っていたのだが、そういった実態は確かに存在している。「うちはお金がない」と信じていた私は、実際の「貧乏」なんてうちみたいなものなんだろうなと本気で考えていた。もしそれを信じて生きていたら、「貧乏」なんて努力でなんとかできるものだろうと思いこんだまま大人になっていたかもしれない。自分のいる位置を正しく把握できていないがために他人への想像力が欠如したまま社会に出ることになっていたかもしれない。「自分はこうだからそんなの甘えだ」とか「自分だってこうしてるんだからこうすればいいのに」といった考えを持ったまま、本当にどうすることもできない状況にある人のことを想像できないまま生きていたとしたら、恐ろしいことではないか

私はこのバイアスに気が付いたあと、母親に当時のことを聞いてみた。我が家一般的に言えば決して「貧乏」なほうではないだろう。ではなぜ、私たち子供にあのように言ったのかと。咎めるつもりはなく、単純な疑問だった。

母は答えた。「油断をしないためだ」と。

「確かにうちは貧乏じゃないし、一般的に言えば高収入なほうだよね。私たちお金があるから大丈夫って思うんじゃなくて、ちょっとお金がないくらいに思っていた方が節約しようってモチベーションになるでしょ。今の現状に油断せずに引き締めて生きようって気持ちになるじゃない。お父さんは浪費家だったしね」

母は、決してその場しのぎのために「うちは貧乏だ」と言っていたわけではなかった。だが母は、そのあとこう続けたのだ。

「でも私も、最近になってやっと自分は恵まれていたんだなって気づいたんだよね」

私が大学に入ってすぐ父は亡くなった。我が家収入は激減し、遺族年金貯金生活をするようになった。専業主婦だった母は、住職仕事パート生活費の足しを稼いでいる。

最近ドラッグストア化粧品を買うようになって、今まで使ってた化粧品ってこれの5倍ぐらいするじゃん!って。お父さんに買ってもらってた時は物の価値なんて考えたことなかったし、近所の人に『〇〇さんは奥様だから』って言われてもそんなことないでしょ!?って思ってたんだけど、よく考えたらあの時は贅沢していたし恵まれてたのよね。お父さんがすぐお金使うから貯蓄があまりなかったし、”うちはお金があるほう”だなんて思ったことはなかったんだけど」

母は短大を出てすぐに父と結婚し、すぐに専業主婦になった。社会に出て働いていたのは、高校卒業してから社会入学短大入学するまでのたったの数年だけだった。

母もまた、我が家が「貧乏」ではないことに気が付いていなかったのだ。母は、完全にそう信じていたわけではないが、それでもどこかで本気で「うちはお金がない」と思って私たちにもそう言っていたのだった。母が本気で信じていたからこそ私も母の言葉を信じていたのだろう。

父が亡くなり収入が激減したとはいえ我が家明日ご飯に困るようなことはなさそうだった。母親ヨガお茶を今でも習っている。私は奨学金授業料免除を駆使して大学に通い、下の弟2人は私立学校に通っている。父が亡くなってから、私は父の大学関係の伝手から援助を得て半年海外留学に行くこともできた。父親が亡くなったことの影響は大きかったけれど、私たちはやりたいことを諦めなければならないような事態には陥らなかった。それも決して誰でも得ることのできる「当たり前」ではないはずだ。

今まで得ていた物が誰でも簡単に得られるもの努力だけでなんとかなるものではないことに、母もようやく気が付いたようだった。

このエントリを書いたのは、自分の中に長らく根付いていたバイアスの恐ろしさに気が付いたからだ。

「うちにはお金がない」その言葉は、私の認知に歪みを作っていたのだと思う。

母が悪い、と言いたくてこのエントリを書いたわけではない。単に私の思い出語りとちょっとした問題提起のつもりだ。

子供の我儘を窘めるとき、本当はそうではないのに「うちにはお金がないから」「貧乏から」という決まり文句で一蹴してしまうことは、自分が居る位置への認識を歪めてしまうのではないか

そしてそうやって客観的自分位置が分からないことにより、他人への想像力の欠如を生む可能性はないか

「うちにはお金がない」と20歳手前まで信じていた馬鹿な私は、そう懸念している。

SNS愚痴を呟いて顰蹙を買ってる者たちへ

自分も深夜にSNS死にたいとか呟いては周囲からメンヘラ扱いされていた

そんな中で出会ったのがこのはてな匿名ダイアリー

ここなら匿名で好きなだけ愚痴を発信できるしメンヘラできる

今まで深夜にウジウジしてきたのをここで発信すればいい

大体ウジウジしてる奴と友達になりたいかって話よ

普段の発信はSNS愚痴のような周囲から顰蹙を買いそうな発信はここ。

そうやって使い分けて行こうぜ。

これマジおすすめ

お前のためになるし周囲もうんざりせずに済む。

まさに一石二鳥よ。

底辺絵描き独り言

世間ではおけパとか神絵師の話が多い中底辺の語り

私はかれこれ9年ぐらい絵を描いてるオタクだけど、自分にははっきり言ってイラストの才能がほとんど無い。人よりは絵が描ける、というだけ

でも昔よりは上手くなったし、自分の絵に自信はある、自分の絵柄も好きだけど、実際描けてない部分の方が多くあって画力はない、いわゆる底辺絵描きである

絵を描いてると気になるのはまあ他人から評価で、好きなジャンルの絵を描いてSNS投稿したり、中高生の頃は文化祭ポスターとか会報イラスト、文集のイラストに描いたりしてた(全部投票で決まる)が、どんなに自信があっても自分の絵は万人受けはしないようで、SNSでは雀の涙評価学校で出したもの投票で選ばれなかった まあその理由はわかってて、自分より上手い人がゴロゴロいるから、そういう人(万人受けするイラストを描ける人)が評価されるのが当たり前だと思ってた

それでも絵を描くのが好きで、描くのをやめなかったしこんな底辺でも絵を好きって言ってくれるフォロワー友達が少しでも居るから描いてこれた フォロワーからも、あなたの絵を見てメッセージを送りました!って人が居て、本当に嬉しかった

さっきも述べたけど画力が無い底辺と感じているなら努力すれば?という話だが、私は性格負けず嫌いでも何でもない根性なしだから、描く量を沢山増やしたり練習したりとかは全くしてなくて、それでも9年分の積み重ねもあって自信はあるし少しでも自分の絵を気にいる人がいれば評価なんて関係ないやと最近は思ってる...というか妥協してしまってる

絵描き仲間の友人達は、SNS評価を貰える人が多くて、画力もあって上手い。それは皆努力しているからこそのことでもある。でも皆揃って「ジャンル自体人口が少ないか評価されただけ」または「評価されたけど自分理想に近づいていない」と日々悪戦苦闘してるようで、私は自分と違って評価されてるんだから素直に喜んで良いと思うのになーと思うが、自分の絵に妥協してしまっている私とは絵との向き合い方が違う、これだから自分画力評価も伸びないままなんだろうな止まり

今更嫉妬心とかはないけど、絵の才能はもちろん努力出来る才能持ってる人羨ましいと思ってる

戦慄かなのが大嫌い

zocっていうクソ歌下手集団大森っていうメンヘラババアも戦慄かなのも大嫌いだ

そんな戦慄が、大したこともしてないのに卒業とか言って華々しく去っていくらしい

彼女については毎度毎度Twitterやめろって思ってたし暴言吐くから所詮少年院あがりって言われるんだろアホかと思っていたんだけど、まさか卒業するなんて思ってなかった

デカイ顔してzocに居座るんだろうな遺伝子勝ち組さん、って

アイツいなくなればまだzoc肯定的になれそうな気がしていたんだけど、

いざ脱退したらと全然zocの唯一無二な魅力的なもん消え去るしなんか寂しいような

戦慄ってzocにクソピッタリだったんだな……

自分彼女SNSの使い方と歌とダンスと謝らない態度さえ改善してもらったら好きになれそう、いやほぼ全部じゃねぇか

やっぱ戦慄かなの大嫌いだ

でも逆に戦慄のいないzocってzocじゃなくなる気がするし、このもやもやが分からない

あんなに嫌いで「戦慄アイドルやめろよ」とか思ってたのにいざ辞められると戸惑ってしまった

けがからないけど、とりあえずzocは嫌い

あとこのユニゾン汚物アイドルハロプロが加入してきたのも無理だ

お前過去写真全消ししてIDそのままインスタ使い回すくらいなら垢消ししろほんとに

先進んでいくのは勝手だけど、福田ファンのこと踏みにじるなよ

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