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2017-10-19

Love-tune LIVE 2017に選ばれなかった人

Love-tune LIVE 2017の初日公演が終わった。これはその公演に行きたくてもチケットが取れなかった負け組オタクの戯言だ。

公演の開催が決まった時、私は泣くほど嬉しかったよ。大好きなアイドルがいるグループが行う初めての単独公演。どうしても行きたかった。でも現実は無情で少なくない名義数で申し込んだにもかかわらず届いたのは落選を告知するメールだった。

チケット正規で取れた人、交換で譲ってもらえることが決まった人、転売で買ったと思われる人。たくさんの人がチケットを入手してこの公演に行けると喜ぶ姿を見るたびに羨ましくて悔しくて妬ましくて仕方がなかった。辛い思いと葛藤しながらなんとか自分気持ちに蓋をしてLove-tuneに対して頑張れ、もっと大きなステージに立って今度こそその姿が見たいよって声援に変えてる落選した人々かたくさんいるのを見た。ファーストライブは、このzepp公演だけで次があろうとなかろうと、私たちファーストライブに行けない事実は変わらないのにね。

大好きなアイドルに会えない事実が、ファーストライブに立ち会えない現実が、いつもと何一つ変わらない日常10月18日に来ることが何より悲しかった。

からこそ私は許せない。

「ここに入れたひとは選ばれしひとなわけだから、…選ばれしって言い方も変だけど、入れなかったひとの分まで楽しんでいってください!3日間しかいから!」

私はショックだった。

私は選ばれなかったんだ。チケットを取れた人は選ばれたファンチケットを取れなかった人は選ばれなかったファン

チケットを取れなくて規約違反行為をしてチケットを高額で買っていた人、きっといたよね。その人は選ばれたファンでしょうか。チケットが一枚も取れなくて悲しくて悔しくて家で泣いてレポを見ていた子、その子は選ばれなかったファンでしょうか。

選ばれた側と選ばれなかった側なんて言葉で線引きするアイドル出会ったのは初めてだよ、安井謙太郎くん。

チケットを取れなかったこのぶんまで楽しんでとチケットを取れた人たちに言うことはチケットを取れなかった人への優しさなのでしょうか。私は全くそうは思わないよ。今日は楽しんでってそれだけでよかったのではないでしょうか。私が楽しみなかったって気持ち勝手に他の人に背負わせないでよ。

選ばれなかった人間と切り捨てられて明日からどんな顔して、大好きなアイドルがいるこのグループ応援したら良いのか、教えてよ。

2016-12-19

ハンサムフェスティバル2016のうち、2日間、4公演を終えて。

私はとあるハンサムさんのファンを長年続けているんだけど、2009年初めてZeppハンサムを見に行って、賢人くんと春馬くんの歌声に魅了された。

『歌が上手い』なんて単純な話ではなく、二人の歌声が重なった時のハーモニーに衝撃を受けるほど感動してしまったの。

歌声の相性が良ければ、1たす1が100になるような奇跡音色に生まれ変わるのだと、生まれて初めて知った瞬間だった。

思えば後期ハンサムLIVEは、ファンイベントよりもショー作品表現する方が近く、

推し個人とのコミュニケーション濃度より、全員のLIVEパフォーマンスを楽しむ祭典度の方が強かった。

(これは誰を推しているかによって変わってくるのかもしれないけど。

私がファンをしているハンサムさんは、ファンが望むことの読み取りと 本人が望むこととのバランス取りが篦棒に上手く、

彼はあらゆる場面で私たちとの時間の積み重ねを感じさせてくれるから、この関係性でいる信頼感と安心感ハンパない

私たちそれぞれとの歩みを大切にしてくれる彼にはいつも心から感謝している。

そんな日々の濃度は、ハンサムで生ファンサをもらう濃度に決して劣っていないと、私は感じてる。)

から私にとっては、ハンサムLIVEは推しだけを愛でる場ではなく、チーム・ハンサム応援し全員が仲間になるお祭りだった。

そして、歌手ではない二人のハーモニー聴くことができる、唯一無二の機会だった。

あの感動のひとときはもう失ってしまったのだと、今回のハンサムでようやく痛感し、

その喪失感の大きさに動揺して、現在増田を書くに至っている。

賢人くん春馬くんそれぞれのファンの方からすれば「痛感するの遅くない?」「なんでこのタイミング?」ってなる話だと思う。

二人が一緒に出演したのは伝説2012年公演が最後で、もう4年も経っているから。

でも、ハンサム物語的には、

ファン感謝祭ジャンルのショー作品として究極であり完成してしまった伝説2012年

最高の先にある新しい世界を求めて挑戦をしたBrand New Worldの2013年

常に『進化』してきたハンサムLIVEだったのに、先に進むことではなく『締め括り』のショー構成だった2014年

(なお、この2014年初日が終わった後に盛大に絶望していた。

Never Let Go!って、EVER LASTING SHOWや言うたやん!って思っていたけど、後から読みとってみれば最終回常套句ばかりだった。

でも終わって欲しくないかストレート言葉意味意外ぜんぜん考えなかった。だって第二章が始まった次の話が最終回だなんて信じられないでしょ…?

演目構成として『終わり』を突きつけられるのは、参加者としてめちゃくちゃキツかった。楽しかったけど絶望を受け止めきれなかった気がする。)

と、2014年までが一つの文脈になっていたから、何というかワンチャン…みたいな希望がずっと私の中にあったのです。

2014年は賢ちゃん居たけどwhite serenade担当しなかったことの意味とか…

デュエット相方はるるお気に入りの裕太がバッチリやってくれたこととか…)

それが一年寝かせて、名前ハンサムフェスティバルになった今年2016年

とてつもなく素晴らしい引き継ぎ構成だった今回。

2014年絶望した先輩ハンサムさんファンの私としては、このFestival Nightは毎年恒例なんて当たり前の存在ではなく、『ミラクルなのだストレートに突き付けられて漸く受け止められたし、

新入生ハンサムくんたちに『これまでの道のり』とか『後ろは振り向かないで』とか言われちゃ、世代交代という形の一つの終わりを実感せずにはいられなかった。

そして『THE GAME初出の曲をファンが歌うダブルアンコール』という奇跡は、最高の『私たち時代の終わり』だった。

成仏するしかなかった。

そして歌われてしまったwhite serenade。

2014年は総集編だったから、そこにエントリーされたことはきっと喜ぶべきだし、賢人くんが春馬くん以外とwhite serenade歌ってしまわなかったことに救われていたけど、

引き継ぎ式の2016年にあえて歌う必要性最初感じなかったし、2014年に続き桜田さんが担当していてオリジナルメンバーよりも多い回数を公式披露した現実ぶっちゃけ初日は死んでた。構成担当を怨んだ。

(ちなみに2013年ギャグ扱いだし悲恋ぼっち曲だから賢ちゃんソロでもノーカンセーフ。他の曲も同じ状況だったしね。確か壮ちゃんが紹介していた、舞踏派チームのbutterflyが流れた瞬間「ヤメテー!」って悲鳴を上げたファンの方の気持ち、今なら超わかるよ。笑)

初日挨拶桜田さんが賢人くんの話をしてくれたから、一命は取り留めれたけども…white serenadeから先は他の曲もオリジナル版で賢人くんと春馬くんのデュオだったパートになる度に、喪失感がすごくて。

(実際のところ、二人の持ち歌のwhite serenadeでは声を重ねるパートが少ないから、ハーモニーファンだった私としては全体曲のCメロとかの方がより一層思い入れ深かったりはする。)

私の中のハンサム公演にとって、賢人くんと春馬くんのハーモニーはこんなにも自覚していた以上に大きな存在だったんだなぁと、喪失感の大きさから気付いた。

先述の通り、先輩ハンサムさんファンとしての私は、2016年の引き継ぎ公演っぷりに成仏できた。

それはハンサムフェスティバル全体を通してのことで、祭儀の結果。

(もちろん私もこのお祭りが大好きだし大切だから、彼を含む先輩チームにはぜひまたお祭りを開いてもらいたいけどね!宇宙だって付いてくよ!全通皆勤記録まだまだ伸ばすよ!)

(彼のファンも一生続けさせてね。これから私たちのことどうぞよろしくね。)

でもじゃあ賢人くんと春馬くんのハーモニーが大好きだった私は…となった時に、

私を抉ったwhite serenadeが、逆に葬送曲になった。

リリース当初は、どうして悲しい恋の歌を作ったのか疑問だった。

ハンサムミュージックは、いつもチーム・ハンサム私たちの『今』を赤裸々に的確に表現していて、一般的アーティストさんやアイドルさん等の楽曲とはメッセージ性の方向が全然違ったから。

でもねぇ喪失感あふれる今、white serenadeの悲しみのシンクロまじやばいよ…

ハンサムに会いに行っても二人はもう居ないし!

それでもステージは綺麗な景色だし!

最後ハーモニーの感動はまだ残ってるのに!!!

さよならなんて絶対言えないし!

二人の歌声が聞こえて来るはずのない3時間をかみしめてるし!

好きの終わりをうまく飾れないし!

私の推しハンサムさんがパート担当しても二人のハーモニーの想い出は消えないし!

ふたりが出逢った奇跡をもう一度願うよ…

終わらず続いたハンサムの会場で…

そして『もう少し待ってみよう 悲しいまま あの日のまま』と締められてしまうから成仏できない。

悲しみ放置だし、あの日から進めないし。

葬送曲として『悲しい終わり』を突きつけられたけども、鎮魂して成仏なんてできないよ。

ずっとずっと待ってるから

賢人くんと春馬くんのハーモニーがまた聴けることを。

残る12/29国際フォーラム公演、

悲しい恋の歌にギャン泣きして二人の歌声を探し彷徨ファントムになりつつ、

出演してくれた愛しいハンサムさんたちと素晴らしいハンサムスタッフさんに心から感謝して、

引き続きブチ上がっていくぜ!!

2016-07-30

銀杏BOYZくそったれ

8年半ぶりに銀杏ライブ最後に見たの戦争反対ツアーZepp福岡社会人三年目。あれから8年半。結婚もして子どもも二人産まれた。確かに私の環境は変わったのかもしれない。でも、2004年4月久留米セッチューフリーで初めて銀杏を見たあの時の、21歳の気持ちから、どろどろした気持ちは変わってなくて。33歳になったけど、もがきながら働きながら子ども育てながら。何にも変わってない。峯田。くそったれ。活動しなくて、あんなに聞いてたファーストアルバルもいつのにかほとんど聞かなくなってたけど、光の中に立っていてねがでて、DVD用にラブレター募集しててメール送った。やっと出た愛地獄ラブレターが載ってた。待たせ過ぎ。でも、素直に嬉しかったのは、銀杏BOYZがただ好きだからか。13年間も好きで、追いかけられるものがあることは幸せか。愛地獄見て世界平和祈願ツアー絶対行こうって思って、福岡くるし、チケット取れた。死ネT着て行った。8年ぶりに見た銀杏BOYZ。変わった。メンバーがやめてサポートになったかとか、それもあるか。ただ殺伐とした空気はなくなってた。せんそうはんたいツアーときもそうだったけど、愛地獄のスメルズのライブ見て、2004年に一番見に行ってた時期の殺伐としたライブ見れるかなって思ったけど、違った。当たり前だけど、私も銀杏BOYZも変わった。私の環境も、峯田の環境も変わった。それでも、銀杏BOYZは私の中の深くに居着いていて、ドニラバンの銀杏Tを着て、日曜日の午前中子ども公園に遊びに連れていく。

2016-01-22

SMAP地下アイドルになる日


もう、いいんじゃないかな?

ドームツアーやんなくたって、テレビになんか出なくたって。

独立しちゃえ。

しがらみのない世界で、イチから

今回の件で事務所への義理は果たしたでしょうに。十分だよ。謝ったんだから

たぶん、移籍とかするからややこしくなるんだって芸能界なんて小さな枠に止まるから面倒なんだって

独立すりゃつまんないテレビ仕事やめられるよ?

芝居なんて小さな小屋でいいじゃん。

コンサートZEPPでいい。

その方が話題性ある。マスコミなんて怖くないって。この時代

サマソニだってロッキンにだって出れるんだよ?男の大歓声は気持ちいいはずだよ。

CDも作らなくていい。配信で十分。YouTube番組やりなよ。ヒカキン10視聴者つくよ。

CMはなくなったりするかもだけどねー

でもメンバー自体金銭的に困らないだろうし。

自分たちがやってて楽しい仕事をしなよ。

きっとその姿がファンを元気付けるんだって

こないだの紅白小林幸子も出てたでしょ?

なんとかなるって。

みんなSMAP好きなんだから

地下アイドルになるんだ。

SMAPが先陣を切るんだ。

2013-10-14

銀杏BOYZと私

銀杏ボーイズサイトを久しぶりに見たら、PV撮影ニュースがあった。峯田のブログ9月更新されてた。そういえば最近銀杏ボーイズのこと忘れかけてた。最後ライブ行ったのいつだっけ。社会人3年目の冬に戦争反対ツアーZepp福岡に見に行ったのが最後。そもそも、ライブやってないし、東北ツアー?だっけ、スメルズライクアバージンツアーライブ映像CSで見たのがいつだっけ?東京メトロCMソング銀河鉄道の夜第2章が使われて、ドキドキしたのいつだっけ?車のカーナビHDDにはアルバム入ってるし、シングルも、ゴイステも入ってる。最近聞いてないな。

2003年から2005年。当時大学生だった私は彼らに心酔してた。大学生活、人間関係につまずいてかなり苦しんでた。唯一の救いが銀杏だった。当時福岡に住んでたから、セッチューフリーライブ見に行くために関西まで遠征してた、ひとりでマンガ喫茶泊まったな。ロッキンジャパンフェス行って、佐世保セッチューライブ死ねTに峯田がサインしてくれて、まだ大事にとってる。DVDについてたポスターは今でも部屋にはってる。平和祈願DVDがいつ出るかずっと待ってたけど、待ってることすら忘れてた。

銀杏サイトBBS見たら、イトキン名前があって懐かしくなった。当時銀杏ボーイズはかなりの知名度はあったけど、一定数の人間はヒリヒリした切実な想いで彼らを見てたと思う。私もそのひとりだった。イトキンとは面識はないけど、どこのライブ会場にもいたし彼の知り合は、銀杏ファンサイト作ってたりして私もよくそこにライブレポを見に行ってた。あたりまえだけど彼や彼女らも10歳年をとって、彼や彼女らの生活にまだ銀杏ボーイズ存在してるか、ふと思う。

私が銀杏ボーイズを知って10年。アルバム発売から8年半。大学生だった私は社会人になり結婚子どもが2人。当時銀杏が載る雑誌は全て買ってたけど、その中で今でも忘れてない、ふとしたときに思い出す峯田のインタビューがある。ストリートロックファイルアルバム発売直前に出た号で、「今、僕たちは報われなくていい。今、こうやって銀杏ボーイズを聞いている人が、社会に出てそれで世の中が、少しでも良くなってくれればいい。」そんな趣旨のことをいってた。当時、社会人としてやっていけるか不安だった私はこの言葉背中を押された。

社会人になったら学生時代より、苦しいことが多かった。だけど自由になるお金も、増えてどうしても行きたかった童クリにヤフオクチケット落札して行った。銀杏ボーイズを切実な想いで、救いを求めて聞いてた。いつから、だろう。切実な想いで彼らの音楽を聴かなくなったの。聴けなくなったの。待っても待っても、活動しないからか。31歳になって自分が変わってしまったのか。

でも、今でも満たされない気持ちがあってそれを埋めれるのは銀杏しかない。家族も他の音楽趣味宗教でもない。かつて、銀杏ボーイズに救われた多くの人がいてきっといまだに彼らの新譜ライブを何年も待ち続けてる。働いて毎日をやり過ごしながら待ってる。みんな峯田のロック必要としてる。

 
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