「諭吉」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 諭吉とは

2020-08-14

億万長者になる方法まとめ

1 タイムマシーンを用意する

2 過去に飛び福沢諭吉を連れて帰る

3 コピー機諭吉顔面を叩きつけ印刷しまくる

4 タイムマシーンを国に売る

2020-08-12

諭吉何枚みたいな表現、よくヤンキー漫画であるやん

GTOとか。あれ、紙幣の絵柄変わったら古さ爆発になるから、やめた方がいいと思うんだよね。

昔には、聖徳太子何枚みたいな表現もあったりしたのかな

2020-08-03

安倍首相って何円札になるんかな

首相最長記録

最大の好景気

さらに、コロナを克服してからオリンピック開催

こんな伝説漫画みたいな首相おらんわ

一万円札もそろそろ諭吉から安倍になるかな

2020-08-01

承認欲求クソデカ女、女風へ行き依存する



女風、つまり女性風俗のことである

これがまあものすごい体験だった。

なんとか消化しようと思ったのだが、話せる友人も特にいないのでここに記す。

承認欲求クソデカ女、増田体験したのは、

巷で噂の女性風俗、性感マッサージで有名なお店。

本番は規約禁止されているためなかったが、それでも大変に満たされた時間だった。


私はというと、自己肯定感はほぼ無し、

しか承認欲求と性欲だけは人一倍あるというどうしようもない女だ。



そんな女がこのサービスを利用したらどうなるか?答えは明白である


信じられないほどハマった。


まずい。これは本当にまずい。

正直今までそういうのにハマっちゃう人たちってわからんわ…こわ…とか思ってました。申し訳ございませんでした。


まず会った瞬間から会話が苦痛じゃない。

普段会話のキャッチボールどころか、1人で投げっぱなしボウリングばかりしている私が、楽しく話せている。


そして何よりめちゃくちゃに褒めてくださる。

息をするように褒めのジャブが打たれまくるのである

褒められ慣れていない私はただただその幸せを受け止め浴びることしかできず、すぐにノックアウトした。


さすがプロ…すごい。

これが諭吉の力。すごい。


このホテルまでの道のりで既にホクホクだったが、彼らの神髄はこんなものではなかった。


部屋に入ると、まずカウンセリングがある。

カウンセリングでは、マッサージして欲しい部分、して欲しくない部分、したいプレイNGプレイなどをヒアリングしてもらう。

してもらうのだが


びっくりするくらい喋ってしまった。

ギアスでも使われたのかと思った。


これからしてほしいプレイを自ら言うとか、正直めちゃくちゃ恥ずかしい。


非常に!恥ずかしいんだけれども!

喋ってしまう!何故!不思議だ!!


…と、恥ずかしい思いをしつつ、ある程度こちらの要望を伝えたところで代金を支払う。


シャワーを浴び、いざ、マッサージへ。




いや…良………



所詮マッサージとは名ばかりの、雰囲気だけのただの踏み台なんだろ?とか思っていたが普通に良かった。



そして徐々に中心部へ迫ってくる指先に嫌でも期待と熱が高まっていくが、この間にも褒め殺しジャブがめちゃくちゃ飛んでくる。



理性が飛ぶ…やめてくれ…

最中は思っていたが、これは理性を飛ばしていた方が後々もっとしかったように思う。



何より、セラピストさんに触れて悦んで貰い、(当然表面上のリップサービスなのだろうが)褒めジャブを浴びせてもらえるというのは、私を脳内麻薬バドバのスーパートリップ状態にするには十分すぎる要素だった。



こんな精神状態で、学生時代から妄想し続けてきた両手拘束目隠しで玩具責めにあう、というのを想像してみてほしい。



…無理だ。

堕ちるなと言うほうが無理だ。




自分意思関係なく責め続けられるというのは、想像を絶する快楽だった。

今よがり狂ってるのは本当に私か?と一瞬俯瞰してしまったくらい。


結局あれは何分啼かされたんだろうか。

喉は死ぬわ酸欠で頭も足もフラフラするわで、最高の気分だった。



相手仕事とはいえ、こんなに性癖さらけ出しても褒め、肯定し受け止めてくれるというのは、これは錯覚おこしても仕方ないなあ…。

というのが体験感想


めちゃくちゃに褒めて貰えるので、嘘でも

えっ、自分、生きてていいんすか!となれてしまう。


健全な心、精神をお持ちの方は正しく受け止め、割り切って満足に到れるのだろうと思うが、日々渇望している私にとっては正に麻薬だった。



お金を払っているので、心の内ではどう思われていようが、目に見える形でこちらを傷つけてくることは無いであろうという安心感

こちらが努力せずとも、事ある毎に認め、褒めてくれる充足感。

おまけに意識が飛びそうになるほどの快感もついてくるときた。





これは間違いなくまずい。

日々あんなに努力しても得られなかったものたちが、お金の力でこんなにも簡単に手に入ってしまう。


こうして人は何かに依存していくのか、と他人事のように感じている。


自覚があるだけまだマシと思っているが、依存している人間というのは「あ〜、自分依存してるな〜。」と思いながらも離れられないものなんだなあ…と、ぼんやり考えている。


あくまで、あちらは仕事としてお金を貰っているからあそこまでしてくれるのであって、私そのもの肯定しているわけではない。

私の背後の諭吉肯定しているのだ。






そこを完全に見失ってしまった時が、私の真の終わりの時だろうと思う。

2020-07-29

推しコンテンツの「ファンから搾取するスタイル」に疲れた

あれこれ推測されて違うコンテンツ名前が挙がっても良くないので最初に言います、「少年ハリウッド」のことです。

知ってますか?少年ハリウッド

クラウドファンディングで6000万円集めて、1時間ライブアニメ映像を完成させた作品です。

TVアニメ少年ハリウッド」第26話を完全版にさせたい!応援プロジェクト

https://www.makuake.com/project/shohari26/

アニメTVシリーズも素晴らしいので是非見てください。アイドルを目指す男の子たち(1期)と、彼らがデビュー後に本物のアイドルになろうとする様(2期)という生々しいドキュメンタリーが見られます

絵柄がちょっと、っていうのは本当にもったいないと思うので。アニメは素晴らしいので……

少年ハリウッド(以下「少ハリ」)のコンテンツ全体の流れ

・2011〜2012年 舞台小説発行

原作者女性アイドル小説を性転換して上演。私は2.5次元詳しくないけど、今結構人気のある人が出ていたらしい。

で、その男性版設定を小説化。

・2014〜2015年 アニメ1期・2期

小説化された男性版設定の15年後を描いたもの(13話まで)と続き(26話まで)。

この26話がライブ回で、TV尺では25分くらいだったライブをオープニングからMCからアンコールまで完成させたのが前述のクラウドファンディング

いわゆる「少ハリ」はアニメ版を指して語られることが多い気がする。

2016年7月 アニメ26話完成を目指すクラウドファンディング開始

2016年7月11月実施。実際のライブ映像完成披露2018年2月

2017年以降 グッズ販売クラウドファンディング色々
2019年7月 クラファン支援のリターン企画として予告していた続編脚本執筆を延期の末に白紙撤回

https://www.hollywoodfactory.tokyo/post/kyakuhon

2020年7月28日 サブスク開始発表←イマココ

以下にこれまで積み重なってきた運営への不信感の要因を色々書いていたんだけど書きながら疲れてしまったので全部消した。

フューちゃんのみんなサブスクどうする?

最初のクラファンに諭吉2桁突っ込んで以後のクラファンも全部支援してきた私もさすがに迷ってます

2020-07-23

ルッキズム支配を受ける女子に言いたい

ブランド財布はいものです。

しかし考えてください。

人間は外見より中身です。

財布も同じです。

財布が数万十数万より

財布の中身に諭吉さんがそのまま数万数十万入っている方がどれだけいいでしょう。

2020-07-15

字書き、絵師を羨む

小説なんて誰でも書けるよ」

自分で言って自分で泣きそうになった。

そう、小説なんて何となくルールさえ分かれば簡単に書けるんだ。

だって最初は全く分からずに

キャラA「セリフ

キャラB「セリフ

みたいな台本書きをしていたが、書き続けて今は地元の小さい賞なんかが貰えるくらいにはなった。

だってやり続けていれば何となくコツは掴む。

幸いにも友人や家族には凄いね、才能あるね、なんて言ってもらえた。

けれど、字書きの才能なんて正直いらなかった。

それよりも絵の才能が欲しかった。

語彙なんていらないから、きちんと線がまっすぐ書ける手と空間認識能力が高い目と脳が欲しい。

地元が開催している文学賞マンガ大賞の大賞部門の賞金を比べてみよう。

小説部門の大賞は諭吉さん1人

漫画部分の大賞は諭吉さん30人

どちらも地元ベースで動いている。

ただ、小説部分は地元のみ。

漫画部門専門学校イベント会社が協力していた。

この国では漫画の注目度が高い、というより小説の注目度があまりにも低い。こんな格差が出るのは当然だ。

Twitterを開けば色んな漫画はあるが小説はない。

文章流行っているものといえばラノベだろうか。純文学なんか名前が売れている人達の本じゃない限りそうそう見向きもされない。

そうするともちろん商売としても稼げるわけが無い。

ドラマ映画化等のタイアップでなんとか生活出来るくらいだろうか。

から小説家になりたい、だなんて口が裂けても言えない。

漫画家になりたい、は夢が溢れているのに

小説家になりたい、は現実ばかりが突きつけられる。

二次創作世界でもそうだ。

小説なんか見向きもされない。

閲覧数が違う。評価もっと違う。同人誌の売れ行きなんて天地の差。

文字なんて書けなくていい。

ただインスピレーションについていける画力が欲しい。

絵もたくさん練習はしてきたけれど、自律神経の乱れと安定剤副作用で手が震えて描けない。

調べてないから分からないけれど、空間認識能力も低い。奥行が掴めなくて、めちゃくちゃ遠くにある建物が巨大化してたりする。

絵が描ける人が羨ましい。

対価も評価も受け取りやす世界の人が羨ましい。

そうして妬みながらも、嫉妬しながらも、羨みながらも、私は文字を紡ぐしかないんだ。

34歳腐女子人生謳歌している話

タイトルを見て、3秒で画面を閉じた方もいるだろうが、そんな方にはお時間をかけさせてすまなかったと思っている。

逆に、タイトルを見て、おや、と思った人もいると思う。

そう、私は、思い切り人の褌で相撲を取ろうとしているのだ。

何番煎じになるかはわからないが、お暇な方は少々お付き合い願いたい。

昨日は一日、32歳腐女子の話や、その友人側の話で持ち切りだった。

どちらの話も、とても興味深く読ませて頂いた。

からこそ、私も、人の褌で相撲を取らせて頂こうと思う。

何故そんなことを思いついたか理由は単純。

34歳腐女子

私が今、思い切り人生謳歌しているかである

私は、人生の2/3を腐女子として過ごしてきた、割と年季の入った筋金入りの腐女子だ。

見た目10秒でオタクだとバレるし、ファッションセンス絶望的。

メイク方法もよくわからないので、めちゃくちゃ濃いかすっぴんかの究極の二択だし、化粧品プチプラ以外持っていない。

しかも、話し始めたと思えばオタク特有早口マシンガントークで、他人ドン引かせる技術には定評がありすぎる。

まあ、よくいるステレオタイプな痛い腐女子想像して頂ければ、これ以上は語る意味を持たない。

ここで、私が他人の褌と言っている、32歳腐女子とその友人の話にほんの少し触れたい。

2つの話には、『30過ぎたら地に足をつけて年相応にふるまうのが常識だ』という共通認識があると思う。

からこそ、32歳腐女子は『自分子供っぽく恥ずかしいことに気づいた』と書かれているし、友人側は『Aはあまりにも幼稚すぎる』と書かれているわけだ。

30を過ぎたら、年相応の洋服を着なければならない。

30を過ぎたら、年相応の化粧品を使わなければならない。

30を過ぎたら、落ち着いた話し方を身につけなければならない。

30を過ぎたら、きちんとした職に就かなければならない。

30を過ぎたら、30を過ぎたら、30を過ぎたら……。

でも、ちょっと待ってほしい。

その共通認識は、本当に正しいのだろうか?

そもそもその常識は、一体誰が決めたものなんだ?

ここからが、私の本題。

はっきり言う。

そんな常識くそくらえ、だ。

何故そこまで私が言いきれるか。

それは、その常識を全て無視して、私が今を謳歌しているかである

私は、まさに32歳の時、髪色を思い切り派手に変えた。

まるでコスプレ用のウィッグのようなピンク色だ。

今では毎月カラフルに色を変えている。

髪に合わせて、メイクだって格段に色が増えた。

30を過ぎた大人らしいベージュなど、パレットの中で一番最後まで残ってしまう。

洋服も、20代のころの私が、『私にこんなかわいい服は似合わないから……』などと言い訳をして着なかったリボンフリルの服をガンガン着ている。

シューズクローゼットハイヒールだらけだし、ネイルは毎月指2センチを超えるスカルプが私の常だ。

勿論、オタ活だって自重しない。

どこまででも遠征するし、金で解決できるものなら全て諭吉解決だ。

(運営の懐に入らない金は使わない主義なので、チケット転売ヤーから買ったりはしない)

薄い本を作るために徹夜するし、好きな作家さんの本が手に入ったら泣きながら拝む。

同じカップリングの仲間と話をすればテンションは爆上がりして、落ち着いた喋り方なんてどこかへ飛んで行ってしまう。

言わずもがなツイッターは常にテンションマックスだ。

そんな私が、きちんとした職についているかと聞かれれば、弱小派遣会社派遣社員で、貯金など雀の涙である

こうして並べると、私は、『痛い』。

そりゃあもう、痛いだろう。

そんなのわざわざ言われなくたって、自分が一番わかっている。

でも、ここで私が言いたいのは、誰になんと蔑まれても、私はめちゃくちゃ今を謳歌している、ということなのだ。

勿論、社会の中で生きている以上、守らなければならないルールというのはある。

例えば、人を傷つけてはいけません、というような、幼稚園で習うようなレベルの。

でも、そういう、最低限守らなければならないルールを越えて、今回の例で言えば年齢なんかにがんじがらめになるのは、もったいないと、私は思う。

私は今、やりたいことをやりたいようにやっている。

誰に笑われようと、私は今、思い切り人生謳歌している。

そういう生き方もあるんだと、誰かに知ってほしくてこの文章を書いた。

もしもこの文章が、色んなことにがんじがらめになって生きづらくなっている人に届いたら、そんなに嬉しいことはない。

それでは、お付き合いありがとうおやすみなさい。

2020-04-21

anond:20200421153947

国家が花びら大回転して手に入れた国債を何故か隣の店にいる日本銀行さんが無限諭吉さんで買い取ってくれるってことだよ。言わせんな恥ずかしい

2020-04-01

anond:20200401111712

窓口でマイナンバーカード提示したらペッパーから諭吉を手渡しでええようにも思うがな。(そしてペッパー君に付着した飛沫で感染爆発する)

2020-03-23

出会い系で会った女に結果的10万円パパ活してしまった

先日出会い系で会った女と飯に行くつもりが結果的10万円パパ活してしまった話をさせてほしい。無駄に長くなったけど、暇つぶしに読んでくれたら幸いだ。

自分は30代会社員彼女いない歴はもう思い出せないくらい。出会い系業者などの情報は調べて理解しているつもりだった。

休みの日、出会い系で飯に行ける相手を探していたら一人とマッチングした。写真かわいいがどうせ加工だろうとは思っていた。自前の知識からするとプロフィールは怪しくないなというものだった。

しかし待ち合わせして会うまでにおかしいなと思う点はあった。向こうから待ち合わせ場所の具体的な指定があったり、当日着ているという服装の色が数回のやりとりでコロコロかわったり。あと「化粧品がほしいな〜」という発言もあった。

ここで普通なシカトしてしまえばよかったのだが、最近の世の中の状況もあり「まぁある程度経済回すか」みたいな謎な思考が入ってしまった。ほしいと言っていた化粧品も調べたら6~7000円くらいのもので「まぁそんなもんだろう」と思ってしまった。

で待ち合わせに現れたのはプロフ面影はあるといえばあるふくよかな女。コートには糸くずがめっちゃついている。なんなら化粧品以外のあまり好ましくない香りもする。。。

ここで走って逃げてしまえばよかったかもしれないが、その場でその判断はできなかった。

「先に化粧品買いにいこう〜」と言われデパートへ。確かに事前に調べていたジャンル化粧品を手にとっていた。それを買うのかな、それくらいなら買ってやろう。と思っていたら「こっちもほしい。そっちもほしい」と手にとって店員さんと相談していた。『は〜こんなにたくさん買うなら自分で買うんだろう』と思っていたら店員さんの前をあけられて座らされた。店員さんが「お会計はどうなさいますか?」と聞くと女がおれに「どうする?カード?」と聞いてきた。

なるほど、俺が払うのかと。

さすがにこの状況、このデパートの中で逃げ出すわけにもいかない。「は〜高い社会勉強代だな〜」と思いつつ払ってしまった。ブースを出ると女は「この化粧品も気になってるんだよね〜」と言い出した。なんだかんだで計6万くらいお買い上げした。支払いは俺。

もう感覚が狂ってきていた。正常な判断もできなくなっていた。

気づいたら高級焼肉店にいた。お高いランチを食べていた。肉はやはりうまかった。二人で1万円ちょっとか。いい肉はうまい

女は今度コートが気になると言い出した。またデパートに戻ってきた。楽しそうに試着する女。正直似合ってないぞ。ちらっと値札が見えた。諭吉サッカーチームが下手したら2チーム作れる値段だった。さすがに無理だと思ったのでめっちゃ断った。そしたら「じゃ小物がいい〜〜」と言い出した。その小物もバスケチームが組める値段していた。頑張って断った。

最後雑貨屋さんに来た。『さすがに雑貨なら自分で払うやろ』と思っていた。タオルがほしいといっていたし。それくらいなら買えるだろうと。しかし女は次々に買い物かごに品物を入れていった。恐る恐る「払えるの?」と聞いたら「え?払って?」と。思わず「いやまじか〜〜〜〜〜〜」と口に出てしまったが、もう引き返せない。結局2万円ほどの雑貨をお買い上げした。

疲れた俺は「もう帰るわ」とつげると、女は「タクシー代かして」と言ってきた。逆にもうタクシー代くらいならいいやという感覚になっていた。

今日はありがとね〜」と言い残して女は去っていった。

なんやかんやで10万円貢がされたというかパパ活してしまった。カードで払ったからか、現実味がない。きっと来月再来月に明細を見てつらくなるんだろうな。現実味がないので、これを書いているいまでも「これで日本経済ちょっとでもよくなればいいや」と思っている。

俺の判断がかなり悪かったのは理解している。ただなんかモヤッとしたので吐き出させてもらった。

10万円あれば新型のMacBookAir買えたなぁ。

10万円の経済対策はやくしてくれ、頼む。

2020-03-12

税務職員より国民のみなさまへ愛を込めて

国民のみなさま、こんにちは

日本国某所で税務職をしている公務員です。

こう言うと「税金で飯食ってる!」と思われるんでしょうか。

まあ実際滞納者様にそう言って怒鳴られました。

あと「パソコンで遊んでるだけ」って貴重なご意見いただきました。

僕の所属ではパソコン業務が多いのは事実ですけど、紙で◯年保管しろって書類が多いんですけどね。そんなこと興味ないか

僕の愚痴は置いておいて。

みなさん、税金納期限にちゃんと納めてますか?

ほとんどの方が納期限にきちんと納めてくれてるって、僕は知ってます

ありがとうございます。そういう、きっと僕とは一生縁のないような方のために毎日仕事をしていますありがとう

でもね、僕が今年度差し押さえた額が××××万っていうのを見て(僕の年収の何倍ですかね…)、そんなときに「税金で飯食ってるくせに!」って滞納者様に言われてね。

みんな納期限に納めてくれたら、僕なんて公務員でなくなったっていいのに…と思ってしまった次第です。

例えば「払うの忘れてた!」とかは仕方ないと思うんです。

そうすると督促状っていうのが出て(法的に出さなきゃいけないんです)、それで急いで払ってもらったら、いいことではないけど、これを僕は「悪」とは思いません。

人間、誰しも忘れてしまうことってあるじゃないですか。

他にも「困窮して払えない」とか「病気お金が…」とかも。

やむを得ない事情があれば、僕らも相談に乗ります

ただ相談してもらえないと僕らは事情が把握できないので、電話なりしてもらえると助かります

でも世の中には「払えるのに払わない」っていう滞納者様が多いんです。

払えるのに払わない、だから僕らは財産差し押さえなきゃいけない。

以前某新聞が「差押できる」って表現を使っていたんですが、正しくは「差押しなければならない」です。

法律で決まってるんです。僕らは督促状発布から一定期間経ったら、差押する義務があるんです。

から内心はやりたくなくてもやります。やりました。そして「なにも言わずに金とりやがって、お前はヤクザか!」と今日も怒鳴られました。

差押に伴って、色々なところへ税金が投入されています

僕らの人件費、督促状類の印刷と発送に伴う費用職場光熱費、細かなところでいけば書類コピー代とかもそうですね。

督促状類も2,3ならともかく、毎年何百何千と出るので…郵便代だけで諭吉何人ぶんかな?って感じです。

督促状が半分になるだけでも違うんですよ。

税務職員は減らせるし、浮いた税金は他の福祉関係なんかにまわせるし、もっと国民のみなさまの生活をよくするために使えるんです。

自分ひとりちょっと遅れたって…と思ってないですか?

自分ひとりくらい」と思っている人が実際はひとりじゃないから、僕の差押額が僕の年収の何倍もの額になっているんです。

数年前Twitterで催告書の写真面白いもののように投稿されているのを見かけました。

それを面白がっている人たちも。

写真に載ってるのは1通かもしれないけど、実際は何百何千、全国で見れば何万と出ているものなのに。

もしそれがたった数万円の滞納だったとしても、僕ら税務職員人件費は変わらないのに。

延滞金さえ払えばと思っているのかもしれませんが、それは僕らの人件費ひとり分にもなりません。

なのに何が面白いのか、不思議でなりませんでした。

なんでこんなことを書いているのかというと、こんな実態をひとりでもいいから知ってほしかったんです。

公務員給料カットすればいいと言われるかもしれませんが、僕は薄給さらに安くなるくらいなら転職します。

数を減らすにしたって、児童相談所人手不足が叫ばれ、僕の職場ギリギリでまわしています

先日コロナによる助成金ニュースを見ました。

「安すぎる」という批判も見ました。

僕もそう思います。でも同時に僕も含め国民全員が納期限までにきちんと税金を納めていれば、もっと財源もあったのかなとも思ってしまます

長々と書いてしまいましたが。

お願いです、税金納期限に納めてください。忘れてしまっていたら、早めに連絡と納付をお願いします。難しい状況であれば、早めに管轄相談してください。

そして周りに払えるのに払っていない方がいたら、納付を促してほしいです。

納期限に納付してくださっている国民のみなさま、本当にありがとう

あなたのお陰で国も自治体も存続しているし、公共サービス提供できます

読みにくかったでしょうに、ここまで読んでくれてありがとうございました。

きっとこれを読んだ誰かに、また怒鳴られるんだろうなと思いながら。

税務職員より国民のみなさまへ愛を込めて

2020-02-27

アラサーOL副業ソープ嬢希望戦争

タイトルは言うまでもなく赤木氏の論文からお借りした。

べつに戦争までは望んでいないが、まあ戦争になったらべつに良いかなと思っている。

とはいえタイトルと内容はあまり関係が無い。

これは「私がソープ嬢になって人生希望が持てた話」である


現在私は、そこそこの知名度のある都内の一部上場企業で働いている。(追記正社員かどうか気になってる方が多いようだが、総合職正社員である)

いつどこから身バレするかは分からないのでこの辺は適当にぼかすとして、職種としては「なりたい職業ランキング」を見たら50位以内に入っていた。

ここまではただのマウント取りクソ女である

給与の話をしよう。

今月の手取りは14万だった。

ちなみに都内生活保護を受けたらどうなるんだろう?と軽い気持ちで調べてみたところ、だいたい金額としては約13万円。

ぴえん🥺🥺とか言っている場合ではない。いやいやいや流石にウケるわ。アホか。こんなん死ねよと言ってるのと一緒やんけ。おもちろ〜い。

この状態で人はどうするのか。

はじめは土日のみ働ける日雇いバイト副業として探し、連勤90日をこなした。日給1万円というだけでも当時の自分には生きていくための人権がこれで得られる、と涙を流した。

しかし激つよソルジャーではない自分には限界があった。日常をこなしていくうちに精神は摩耗し、食べるものはすべてトイレ直行頭痛薬を飲んでも飲んでも治らない痛み。精神科で処方される安定剤身体悲鳴を上げていることは明白だった。しか人権が得られたとは言っても焼け石に水自分貧困ステージにいるということは変わらぬままだったし、これから人生どうなるんだという不安しかなかった。

ここまで書くとただの不幸自慢になってしまう。

これは「ソープ嬢になって人生希望が持てた話」なので、話を戻す。

そんなわけで私はソープ嬢になった。

色々とここまでに来る葛藤もありはしたがここに書いても文章がただただ長くなるだけなので割愛する。

性病にかかったらどうしようとか、今後できるかもしれない恋人結婚相手申し訳ないのかとか、親は悲しまないのかとか。色々な懸念事項は頭によぎるけれど、そんなことは瑣末な問題である

自分の今までの偏見に反して、ソープ地獄ではなかった。

もちろん営業努力は惜しまなければならない。

(追記営業努力惜しんでどうする。 

正:「営業努力を惜しんではならない」)

数十分だけでも相手恋人として接するという意識もなければ次(リピート)はない。

風俗嬢の増加により、ただただ股を開けば金が貰えるという時代はとうに過ぎているし、コロナで客の母数も減っている。

(追記2月そもそも閑散期というのもあるが、まじで人が減っている。多分飲み会ソープの流れとかは飲み会自体自粛して無くなっているだろうし、出張先でソープ行くのとかも出張自体なくなっちゃってるのでまあ減るわな、と思う)

とはいえ諭吉正義である。「今日は稼げなかったなぁ」という日でも、数日働けば昼職の月収は優に超える。それだけでいわゆるクソ客に当たったり等の嫌なことがあってもそんなもんは瑣末なものだと、頭から吹っ飛ぶ。

そしてこれは予想外の収穫だったが、風俗サービスを通して「明日も頑張ろう」と思ってくれる男性が割と多いのである

え、これ、最高の社会奉仕じゃないか。と思った。

自己肯定感が爆上がりしたのだ。

今は月に2回、週末に出勤をしている。

昼職と合わせると連勤であることには違いないのだが、地獄の90日連勤生活から解放され、色々なことに余裕がもてるようになった。

デパートで売っている憧れの化粧品(とはいえ3000円くらい)に手を伸ばせるようになった。

はなまるうどんのかけ小ではなく、職場近くのずっと気になっていた喫茶店コーヒーサンドイッチを頼めるようになった。

諦めていた将来への貯金も、できるようになった。

(20代後半の平均貯金額は326万らしい。ウケる。嘘やろ)


今はバーでひとり飲みながら、これを書いている。

風俗嬢にならなければこの場所にも来れなかった。

貯金が100万貯まって、現職でそれなりに結果を上げたら、転職に向けて動き出すつもりである

風俗嬢賞味期限一般に30歳と言われている。

それまでに風俗、上がれていたらいいな、と思う。

というわけで、風俗嬢になれて、人生が上向く人もいるんです、という話でした。

長い自分語りにお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

追記酔った勢いで書いた自分語りにこんなに反応があるなんて思わなかった。風俗以外で自己肯定感が上がってしまう。みなさん読んでくれて本当にありがとうございます

ちなみに追記しておいたとおり、自分は一部上場企業正社員だ。あと大学院である大学院まで行ってこの状況に陥ってるのって相当人ゲーム下手くそなのか社会が終わってるのかどっちなの? 多分前者だろうな……と思う。

(文系から大卒と変わらないと思うけど)

派遣の方が貰ってるだろ、というコメントも見たけれど、多分派遣の方が貰っていると思う。

もっと言うと自分上司年俸900万らしい。

弊社、お金はあるみたいなんだよな。多分流れるところに流れてないんだろう。流すべき人間ではないと判断されているところに心から血が出そうです。

とりあえず、反応を見て「この状況まじでやべえんだな」と危機感を持てたので早いとこまともなとこに転職します。

でもまともなとこってどうやって見つけたらいいんだろう。自分審美眼に不信感しかないぞ〜〜。

股開きながら頑張ります

2020-02-18

出張先でデリヘル呼んだ話

「旅の恥はかき捨て」とは言うが、出張先でデリヘルを呼ぶときは、解放感と寂しさが同居する言うなれば旅情ともいうべき感情を覚えることがある。

その当時、私は首都圏の零細編プロに勤めるしがないライターだった。出張先が能登半島と決まった時には、久しぶりの遠征に心躍る反面、アクセスの悪さにやや辟易したことを覚えている。何を隠そう、その当時、私は素人童貞であった。肩書き解説は他の文献に譲るとして、端的に言えば、ごくありふれた、さえない彼女なしの三十路前の男であった。

無事現地でクライアントと合流後、取材自体は滞りなく進んだ。関係者と軽い打ち上げをした後、事前に予約してもらっていた七尾市ホテルに泊まることとになった。七尾市和倉温泉という高級温泉街を有し、バブル経済華やかなりし頃は北陸有数の歓楽地であったそうだが、少なくとも駅前景色からはその面影は全く感じられなかった。

ホテル備えつけの温泉に浸かった後、外気にあたりたくなり外へ出る。能登地酒と熱い湯にあてられ、火照った身体に冬の外気が心地よい。時間はちょうど0時を回ったところ。ポケット煙草を取り出そうとしたところで、ふと、デリヘルを呼んでみようかと思い立った。

旅先の開放感と、久々の出張先で仕事を全うしたことへの安堵感がそうさせたのか。気づけば私はgoogleではじめにヒットしたお店に電話をかけていた。

すぐにボーイと思しき男性電話口に出た。七尾市ホテルにいることを伝えると、10分ほどでやってくるという。慌てて財布を取り出すと、諭吉がたったの一枚寂しそうにこちらを見ている。速やかに嬢の派遣を依頼すると同時に、最寄りのコンビニまで走る。現金調達して帰ってくると、ホテルの前には既に一台の黒いセダンが停まっていた。

近づいていくと、「〇〇さんですか?」と声をかけられ、車の中から二十代と思しき可愛らしい女性が現れた。彼女は、自分のことを『春華』と名乗った。連れ立って足早にホテルに入る。クライアント鉢合わせしたら最悪首が飛ぶなーと考えつつ、フロント男の若干の視線を感じながらそそくさとエレベーターに乗りこんだ。

無事に何事もなく部屋へ入って安堵する。春華が時間確認タイマーをセットする。素人童貞とは言え、私はどんな時にも紳士さを忘れない男だ。ホテルの一室で、互いに知らない者同士が邂逅するとき特有の気まずさのなか、精一杯何かしてあげようと彼女コートをかけようとしたが無難に断られる。間を持て余した私は、無意味自分荷物を移動したりバッグの中身を整頓したりした。そんなことをしている間に春華は速やかに全裸になりユニットバスへと消えていった。

程なくして「どうぞ~」という声が聞こえ、そこではじめて、私は思い出したように全裸になり、ユニットバスの扉を開けると、そこには全裸の春華がいた。

バスの中で体を洗ってもらう。特に、愚息の洗い方は丁寧だった。年齢を聞くと「二十歳です。」短く答える。実際には22,3だろうと思ったが、それ以上の詮索をしないのが紳士たるもの

さて、ベッドに身体を仰向けによこたえ、非常にスムースな流れで、春華は私の愚息を口に含んだ。極めてスタンダードフェラチオである。愚息がぬらぬらとしたあたたかものに包まれ、大変に心地が良い。ただ、少々打ち上げで飲みすぎてしまったようだ。それなりの硬度には至るものの、一向に射精する前兆・気配がない。春華も焦りを感じはじめたのか、次第にストロークが大きくなり、それに伴い彼女の歯が軽く当たるようになったことで、愚息はいっそう前立腺門番を奥へと押しやってしまうのであった。

体勢に限界を感じた私は、体を横に倒し、極めて紳士的な態度で自分の手のひらに春華の頭をのせてやった。そうすることで、彼女がよりリラックスした体勢で愛撫に集中することができ、私も腰を動かすことで刺激をコントロールできる、一石二鳥の策略である。これで多少はマシになったものの、射精神様はまだ一向に降りてくる気配がない。

すでに彼女が口淫をはじめてから体感でおおよそ15分が経とうとしていた。それが意味することをデリヘル経験の諸兄姉にもわかりやす説明するのも紳士たる者の務めである。今回のプレイ時間契約上60分間の予定だが、実際のプレイ時間はその半分がせいぜいといったところ。タイマーは部屋に入った瞬間からスタートし、そこから互いの身を清め、ベッドインするのにおよそ15分、終了15分前にはタイマーが鳴り延長の是非を判断するので、実際のプレイ時間は30分にも満たないことも多い。したがって、その時点ですでにプレイ時間の半分が経過しようとしてた。

このまま続けてもらって射精できる可能性は低い。おそらくはやってできないことはないのだが、万が一逝けなかったときに、嬢の自尊心を著しく棄損してしまったり、自分の心に黒部の峡谷ばりに深いわだかまりを残すことになる。そんな未来絶対に避けたかった。

果たして私はそれを打破するイデアを持っていた。そして恥甲斐もなく、それを言葉にする軽薄さをも持ち合わせていたのだった。

「あの、、ちなみに、お金積んだら挿れさせてくれるとかってあります?」

彼女は即答した。

ゴムありなら一万でいいですよー」

「あ、それじゃ、お願いしまーす」

かくして私は令和はじめのセックス七尾デリヘル嬢と修めることとなったのである。なぜ私がコンドームを持参していたのかという点についてここでは触れないが、プレイの内容自体は、とりたてて特筆すべきことはなかったということを書き添えておく。

正常位で射精にいたり、そのままゆっくりと倒れ込む。いくばくかの満足感と虚脱感に身を委ねたのも束の間、終了のアラームが鋭く鳴り響いた。

「すごいタイミングですね。」と笑いながらユニットバスへ導かれ、再び火照った身体と愚息を丹念に洗ってもらう。ふと、春華の首元に光るネックレスが目に入った。無事に時間内に射精に至った達成感と、形だけとはいえ、挿入事後の妙な連帯感も手伝い、バスの中で少し雑談をした。以前は新宿ソープランドで働いていたこと。昨日に初めて七尾で出勤したが指名が一件も入らず店のボーイにめっちゃ謝られたこと。

そこで私には不覚にも、邪な思いが芽生えたのだった。それはすなわち、春華が七尾にきて初めてセックスした相手が私だったのはないかと。

恥を忍んで聞いてみた。

もしかして七尾にきてから初めてのセックスだったりします?」

彼女は少し言い淀み、それからしかしハッキリと

「いや、はじめてではないですね。」

と言った。

なんと。ということは本日すでに同様のケースが少なくとも1回はあったということか。内心動揺を隠せず、「そっか~。そうだよね〜」といった感じのとりあえずのリアクションを返しながら、どう繕ったものかと必死に思案していたところ、彼女は少しの沈黙の後、くしゃっと表情を崩して、こう言った。

「私、素直だから言っちゃうんですよねー。お店の人には、必ずそういう時は”はじめて”って答えた方がお客様は喜ぶからって言われてるのに。風俗嬢向いてないんだわー」

そのあけすけな笑顔に一瞬で引き込まれ、あまりの可笑しさに思わず、私はユニットバスはおろか部屋の外まで響き渡ろうかという声で大笑いしてしまった。彼女も「そんなに笑うことありますかー!?」と気恥ずかしそうに笑ってくれた。その時たしかに、彼女はどこにでもいる二十歳前後女の子の顔に戻っていた。

それからいろんな話をした。家族のこと、5人兄弟の長女であること。首のネックレスは二十歳の誕生日に弟からプレゼントされたものであること。以前は飲食店で働いていたこと。好きな音楽のこと。

彼女back numberが好きと言ったので、Spotify人気順再生した。まったく聞かない流行りの曲も、嘘をついて一緒に聞いて、いいねと言って笑った。

2回目の終了アラームが鳴り、春華を外まで送る。送迎の車がきていることを確認し、手を振った。

・・・

30になった今も素人童貞肩書きは消えないが、確かにあの瞬間彼女はどこにでもいる二十歳の女の子だったし、いち素人女性と一緒に体を洗い、身体を拭き合い、家族の話や好きな音楽の話をして一緒に笑った経験は、確かな現実のものとして記憶に刻まれている。

朝の日差しに浮き上がる能登島と、どこか瀬戸内海を思わせる穏やかな七尾湾の景色と共に。

2020-01-11

就職氷河期突き破って闘ってきたけど、もう疲れた。泣きたい。

40代も半ばに入る。

若い頃は、就職できないのも低所得なのも自己責任だとなじられ、中年になれば親の介護によって、人生失いそうな危機が迫る。

間の悪い時期に生まれた運のなさと言えばそれまでだが、もうなんかいろいろ酷くて泣けてくる。

…実はものすごく辛い。ここ20年、ずーっとその気持ちを抱えてきた。

なのに、涙さえ出ない。

泣くこともできないので、自分の心の中で、いろいろな苦しみが渦巻いたままになっている。

自分20歳の時、両親が離婚した。

大人になっていたから、どちらに付く・付かないみたいなこともなく、便宜上、持ち家の父と暮らしていた(5年後には家でたけど)。

この時失ったもの

今でも忘れられない。

真冬の雪の降る夜。

突然、発熱が始まって、家には解熱剤がなかった。

通勤していた父が帰宅したので、具合が悪いので近くのスーパーに連れて行って欲しいと頼んだが、テレビを見たまま無視

仕方ないので、40度近い状態で、雪の降る中、徒歩でスーパーに向かった。

通常なら、往復20分くらいで済む道のりだったのだが、体調が悪く、途中で足を取られて転んで動けなくなった。

田舎だったので、人も車の通りもなく、道路にひっくり返ったまま、夜空からかに降る雪を見ていた。

痛みと具合の悪さでしばらく動けなかったので、家に戻ってくるまで1時間以上かかってしまった。

もちろん、体調が悪化したのは言うまでもない。

から心無い仕打ちをされたのはこれだけではないが、去年、そんな父が倒れた。脳梗塞だった。

今は離れて暮らしているため、こちらに連絡が来たのは病院搬送されてから1週間経っていた。

当初は軽く済んでいたものの、治療を行なった後に脳内出血を起こして症状が悪化

一人暮らしは無理なので、今は施設にお世話になっている。

私は兄弟姉妹もおらず、父方の親族も亡くなっているか音信不通だったので、自分一人でどうにかせねばならなかった。

父の親族と母はあまりうまく行っておらず、赤ん坊の私が入院した時の揉め事きっかけに、ほぼ行き来がなくなっていた。

祖父母が亡くなった時にお葬式をしたので、2度ほど会ったことがあるのだが、母はもちろん、唯一の直系の孫である私も、親の目がないところでいじめられた。

当時、私は小学生だったのだが、いい歳したジジババが寄る辺ない小学生いじめるという、なかなかシュールな状況だったよ。

そんなこんなで父方の親族音信不通。確実に生存しているいとこの存在も知っていたが、私自身が名前を覚えていない…。 そのくらい馴染みがない。

父は定年時に多額の退職金をもらっていたのに、気がつけば年金でかつかつの生活をしていた。

資産も貯蓄もないので、病院費用をどうしようかと思ったが、ソーシャルワーカーさんのあたりが良かったのか、病院が用意している制度を利用する事ができ、無料治療入院をする事ができた。

これはもう、運が良かったとしか言いようがないが、共産系の病院だったので、後日、メモ用紙の裏を見て仰天する事になったけど…まあ、貧乏人としてはありがたい対応を受けたし、看護師さんが、皆さん明るくて優しい人ばかりだったので、搬送先が市外だったのは驚いたが、運が良かったと思う。

1.5ヶ月〜2ヶ月ごとに4、5日の有休を取って、帰っては病院やら役所やらを行ったり来たりしたので、金銭・体力的にかなりしんどかった。

以前は持ち家だったのだが、数年前に支払いきれずに手放してしまっていたので、泊まるところもない。

医療費はかからなかったが、私の移動費や宿泊費、田舎なのでタクシーバンバン使ったので、かなりの諭吉さんとさよならした。

懐は氷河期も真っ青なブリザード状態だ。

そのうち、一人暮らしには戻れない事が確定したので、部屋や車の処分もせねばならず、また諭吉さんは消えていく…。

また、持ち家の負債が残っていたので、月々細々と返済していたのだが、手動で振り込んでいたらしく、ばんばん督促がくる。

曰く「資産差し押さえ」するだの、不穏な文字が連なるアレだ。

一時期、意思疎通が全くできなくなっていたので、振込先がわからない。

先方に確認しようとしても、個人情報保護で、本人が「子供に教えても良い」と意思表示しなければ教えられないの一点張り

から、本人は意識不明だと言ってるでしょーよー…。

かくして、毎月定期的に不穏な督促状が送られてくる。

本人は錯乱していて、話ができない。

支払いたくても支払い先がわからないのに、督促状は送られてくる。

退院したらどうする。

賃貸どうやって片付ける?

お金は?

去年の年末、運良く施設に入所する事ができたが、そこに来るまで、毎日こんな感じだった。

そして、今も続いている。

施設には種類があって、今いるところは長期間いられない。

次の施設をさがすために、数十件の施設に申し込みをしたが、待機人数を見ると数年単位勝負になりそうだ。

もちろん、その間も真面目に仕事もしていた。

かなりしんどい。すべてがしんどい

それでも。

ひとつだけ、無理やりいいところを見つけるとすれば。

両親が離婚した時、母方の親族とは音信不通になってしまったのだが、父が倒れたことを知って20年以上ぶりに連絡をくれたこである

子供の頃は行き来をした親族だったので、私を心配して車を出してくれたり、お見舞金やお小遣いをくれた(お小遣いをもらう年齢じゃないんだが、「おじさんには内緒ね。取っておきなさい」と叔母がにぎらせてくれた)。

私は免許を持っていないので、車の移動や売買も、この親族が手伝ってくれた。

この時さ。本当にありがたかったんだよ。

父方はあてにしていなかったけど、母方の親族とは、私が子供自分は行き来もあって、色々助けてくれていた。

母方の親族がいてくれればな、って思ったことは過去に何回もあるけど、母の離婚によって、かなり長い間、音信不通になっていたのだ。

実際に手伝ってくれなくても良かったし、お見舞金もお小遣いもいらなかった。

ただ、心配して声をかけてくれたことだけが素直に嬉しかった。

離婚した母親心配はしてくれたのだが、父への不満が大きいのか、「なぜお金を貯めておかなかったのだろう」と私に文句を言う。

私に言われても非常に困るのだが、ともかく父への不満を口にする。

だってそう思ってるが、言ったところでお金は出てこないし、過ぎてしまってしまったもの文句を言っても虚しくなるだけだ。

父親の肩を持つわけじゃないが、こちらも疲れているので、私に文句を言うのはやめて欲しかった。

言われるたびにがっかりして、疲れてしまった。

からこそ、深い事情を知らないためか、そういった話をしない親族存在はありがたかった。

ただ、私を助けてくれる人たちだと感じられたからだ。

母親は年を経るごとに文句を言うようになり、父はもともと助けてはくれないし(他人は助けるけど)、今は病気のため正常な判断ができなくなっている(私の職業も知っていたはずなのに、いつの間にか、看護師ホテル従業員という、共通点がまるでないものにすり替わっていた)。

教育を授けてくれた親とはいえ、連絡をとったり、会うたびに精神力を削がれ、正直、かなり会いたくなかった。

こちらの相談には全く乗らず、言いたいことばかり言うからだ。

その証拠にと言うか、10年くらいは父と会っていなかったし、母とも数年間連絡を取ってなかった。

大人になってから、親から助けてもらったことは一度もない。精神的にも金銭的にも。

就職氷河期だったので、新卒で入った会社は、正社員入社したにも関わらず、景気が悪いだの何なのと理由をつけて、正社員になるまで3年近くかかった。

最終的に正社員になれたのも、その会社で一番大きいクライアント担当になっていたからだ。退職してやる!って喧嘩になったが、結局、会社正社員にすることで、一旦収まった(そして1年半後に辞めたw)

時給700円。手取りはいい時で13万円、悪ければ10万円を切る。だから、すごい貧乏だったんだよね。

それでも、当時は実家暮らしだったので、家賃がないだけマシだった。

いつ解雇されるかわからないので、かなり頑張って貯金していた。月10万とか。今考えればよくやってたよ。

そういう貧乏していたけど、親にお金を借りたことはない。お金がなければ、食べ物切りつめたり、買いたいもの控えたりした。

パジャマシーツビリビリに破けていたけど、買うお金なくて、そのまま使ってたことあるしw

でも、親にはそれぞれお金を貸した事がある。20万ずつ。

半分くらいは返ってきたけど、全額は戻ってこなかった。

他人の家を見れば、子供を助けてくれる親も多いのになあ…周囲はそんな人が多いのに、なぜ自分は違うのだろうって思ったよ。

隣の芝生は青いだけなんだろうけど、大人になってから、頼る人はまったくいなく、しか自分が苦境になった時に限って、親が頼ってくるという最悪パターンが多かった。

過重労働で鬱になりかけたことも何度もあったけど、

「鬱になっている暇はない。助けてくれる人は誰もいない。自分自分を助けずして、誰が助けると言うのか」

そう思って、歯を食いしばって頑張った。

暗くなる心を奮い立たせて、仕事では、いつもニコニコ平常心でいるようにした。

から、人に八つ当たりしたこともない。

苦しいのは自分だけじゃない、自分以上に苦しい人はたくさんいる。

就職氷河期で、理不尽書類選考面接があり、圧迫面接なんて当たり前だったけど、まだ頑張れる!まだマシだ!って思ってやってきた。

パワハラにもセクハラにも、絶対に負けなかった。

そこでくじけてしまったら、自分に意地悪を仕掛けてくる人に負ける事になるから

自分は、運良く困窮するところまではいかなかったけど、そんなのは薄皮一枚の差で、周囲を見渡せば、誰よりも努力をしていたのに、ほんの少しの運に恵まれず、望みを叶えられなかった人がたくさんいる。

どちらかといえば、望みを叶える事ができた自分は、頑張る義務もあると思うんだ。

私が今いるポジションは、努力しても叶わなかった人たちが欲しかった椅子だろうから…。

去年はそんな感じでプライベートがゴタゴタだった。諭吉さんがたくさん旅立ったのも痛すぎて死にそうだった。

プライベートだけならまだよかったが、職場でもゴタゴタが数年続いている。

どうしたことか。

会社初の女性管理職になる羽目になり、その上、同じ役職の中でも数人しかなれないポジションにいる。

本当は管理職になりたくなくて、自己評価を下げまくっていたのだが、管理職じゃないのに管理職と同じ権限を持たされるようになり、会社制度上、色々不都合ありまくりだったので、仕方なく管理職になった。

はっきりいえば、部長自分の使いっ走りが欲しかったんだろうな。

なぜ、管理職になりたくなかったのか。

当時、配属された部署の内部がごちゃごちゃだったかである

私自身、その部署には配属されたくなかったし、好きな部署があれば、どこでも受け入れると言われていた。

ただ、どの部署も引き取らない部下がいて、私のバーターとしてなら受け入れると言ったのが、唯一その部署だけだったのだ。

部下の名誉のために言っておくけど、仕事ができなかったわけじゃない。

新卒2年目くらいで、実務経験不足だっただけだ。

実務経験を積ませなかったのはオマエらなのに、配属拒否かい身分だよね。

普通に経験積ませれば、仕事ができるようになる人材だった。物覚えも良かったし、キラリと光るセンスもあった。

配属部署がなければ宙ぶらりんになる。いろいろな不利益も生じる。

本人に落ち度もないのに、そんな立場に落とすわけにはいかない。

自分新卒だった頃、不当に扱われ、嫌な目にたくさんあった。けれど、周りは助けてくれなかった。優しい言葉をかける上司日和見主義者で敵だった。

そう言う経験をしたからこそ、見過ごすわけにはいかなかった。

からものすごく嫌だったけど我慢して配属された。

予想通り…というか予想以上にごちゃごちゃで、管理職として配属された最初仕事が、部下に突き上げ食らってノイローゼ寸前のリーダーとの面談たっだ。

業務内容知る前に、人間交通整理とは…。

そして、それは今でも続いている。

この部署は、売上だけはいいので、若手の頃から野放図になっていたところがある。

そのため、メンバーはかなりスポイルされていて、私から見るとわがままな奴ばかりだ。

同じ社内で、クライアントに苦労させられている社員が数多くいるのに、その社員らを無視して、自分意見を無理やり通そうとする。

自分就職氷河期世代で、上からガッツリ押さえ込まれる割に、仕事ノウハウは何も教えてくれない環境にいた。

まともな教育もせず、仕事ができなければ、信じられない方法で首を切られた。

最近の若手は恵まれているなと思う。

きちんとした教育を用意され、言いたいことを言い、けれど会社立場保証され、守られている。

まれているのに、もっと福利厚生を拡充しろ給料が安いだの評価が不当に低いだの文句ばかりだ。

うちの会社パワハラセクハラに敏感で、若手社員ストレスがかからないよう、特に管理職言動に注意するよう指導されている。

そのためか、逆パワハラと呼ばれる状況に陥りやすく、守られた若手社員突き上げられてリーダーが病む、ということが珍しくない。

とくにうちの部署には「ぜったい部下にしたくない」ナンバーワン若者がおり、こいつが部署の癌になっている。

さすがに管理職にまで上がる人間は、下から突き上げられることがあっても負けないので、病むところまではいかない。

私も「絶対に部下にしたくない」ナンバーワン逆ギレされて怒鳴られた事があるが、あまりにもわがまま言動すぎて「自分に甘く、素直に生きていると、本当に楽だよなあ」と思いながら右から左に受け流した。もちろん病まない。

自分は病まないが、他のメンバーは病む。

その片鱗が見えると、メンバー個別面談を設定しなければならず、かなりしんどい

私は仕事に来ているのであって、お守りしに来ているのではないのだが…。

自分若い時は守られなかった。

中年になった今、若手は守られるのに、自分会社から自分で頑張ってね」と言われる。

本当に、生まれた時期が悪かったよなあ。

2年上はベビーブーム子供の数が多く、受験も大変な世代だった。

私のころも余波があって、浪人中のベビーブーム世代との戦いがあったので、まあまあ大変だった。

最後に楽しかったのはいつだったんだろう。

悲しくて辛くて泣いたのはいつだったんだろう。

外も内も辛くて嫌なことばかり。

死にたいとは思わないけど、辛くて苦しくても涙も出ないから、逆に苦しいものが心の中に堆積する。

苦しい時に泣く事ができれば、発散する事ができるのにね。

頑張り過ぎて泣き方をわすれたのかもねー。

大人になってから頑張ったよ。

学生の時なんか、目じゃないほど頑張った。

不当な扱いにも耐え、戦った。

就職氷河期も突き破った。

多分、就職氷河期世代の中では、恵まれている方だと思う。人によっては「勝ち組」って思うのかもしれない。負けてもいないが、勝ってもいないのにね。

でもさ。

プライベート仕事も頑張るには、もう、息切れして動けないんだよ。

20年以上頑張ったんだから、もういいよね。

ばらばら書いたから、話が飛び飛びになってる。

支離滅裂なのは疲れているから。この苦しさを誰にも訴えてこなかったから。

これだけ頑張っても、誰からも認められないのが中年ってことなのかなあ。

自己責任を強く求められてきたけど、全然褒められないんだよね。

我々世代はそれが当たり前で、他は守られる世代ってことなんだろうか?

ほんと、運悪いよね。

2020-01-02

楽しみにしてた福袋鬱袋で一晩経っても引きずってる

一昨年、去年とハズレなし!と評判だった福袋を遂に手に入れた。

元旦、朝早く起きて諭吉3枚握りしめて初売りに行って、開店から並んで福袋を手に入れた。

メインのカバンと小物で3万円。

そのメインのカバンまさかの使えないださいデザインゴミだった。

ツイッター写メ載せて笑ってもらうくらいしか用途のないそれを目にした瞬間、ひどく落胆

してしまってそれを今まで引きずっている。

3万円の福袋を買うのははじめてだったけど、3万円使うと苦しくなるほどカツカツではなかった。なのに自分でも意味がわからいくらい落ち込んでて暗い気持ちで戸惑ってる。

ツイッター見たら大当たりってみんな喜んでる。同じの引いた人は微妙そうだったけど、喜んでる声が大きい。なんなら自分なら全然使うデザインカバンを「はずれだ!」って悔しがる投稿すらあって余計にしんどくなって、ツイッター見るのはやめた。

買い直せはしない。もう売ってないから。売っててもまたこの変な色のフリンジが出ることが怖くて多分買わない。定価で普通カバン買おうと思って夕方再び店へ行ったけど食指は伸びなかった。ネット徘徊しても、気にいるものはなかった。何かが欲しかったというわけではないのに、新年早々鬱袋引いたわwwwって笑い飛ばすことができない理由自分でも本当にわからなくて本当につらい。

増田に投げたってみんなに笑われて終わりなのはわかってるしそうしてほしい。

けど気持ちの整理がつかなくて高揚しない新年を過ごすのがいやでどうしていいか困ってるので文字しました。おわり。

2019-12-14

[] 78 ミュージカルに行きたい人生だった

 ミュージカルに興味を持ったが、いきなり自分がやるとなると気が重いので、とりあえずボイトレに何ヶ月か前から通っている。

そして、そもそもミュージカルを観たことがない以上はよくわからないので、観に行くことにした。

チケットはとりあえず2枚取ったが、相手がおらず、おらずなまま当日を迎え。

身内と行こうと思ったら、体調不良で寝込んでいて、1人有楽町に立ち尽くしていた。

一応女の子LINEで声をかけるも、やはり予定があるとのこと。

最後の手段として、路上ナンパを敢行した。

ナンパ法則として、こういう時のナンパは一発でうまくいきやすい、というものがある。

今回は正にそれで、一声掛け目でオープンし、連れ出せた。

(もちろん、相手を選んだから、というのもあるが。)

旅行者で、これから友人と会うとのこと。

友人と会うは嘘だという前提で進めるも、どうやら本当に会うようで、途方に暮れる。

しかし手応えが良いので、ミュージカルは諦めて、ナンパに徹することにした。

友達と会うまでの時間ベストは尽くすも、なにせ1時間と少ししかなく、決め切ることはできなかった。

LINEは送ったが、既読はついていない。

多分ブロックされている。今までもそうだったし、まあ、そういうものである

これっきりかもしれないが、しかし可愛かった。旅先補正があるにせよ、このレベル女の子と遊べたのは、大いに自信になる。

チケット代の諭吉をドブに捨ててしまたことで、また女の子が捕まらないことで、少し参っていたが、あのレベル女の子と遊べる容姿自分がしていると思えるのは、明日から生きていく希望になる。

がんばっていこう。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん