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はてなキーワード: ここだけの話とは

2018-08-12

anond:20180812103712

ガソリン天然ガスなどのエネルギー費は高騰し続けているから、価格に上乗せすれば値下げは無くなる。

まり健全なやり方ではないけど。

その意味では福島原発が使えなくなったのはある意味朗報不謹慎からここだけの話だよ)。

2018-08-08

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.リア充は誰が作った言葉ですか。

オカマとか、腐女子を作った人と同じだ。

ああ、まなざし村は別の人だから間違えないように。

ここだけの話、私も少し前までは誰が作ったか見分けがつかなくてな。

今でも百合とか薔薇とか、右とか左とか、リベラルの種類やPCあたりは正直なところ記憶が怪しい。

たけのこが山で、きのこが里だっていうのはさすがに覚えたが。

Q.しょうもない増田記事ばかりがホッテントリになるのはなぜですか。

ブクマの多さがホッテントリに密接に関係している以上、「ブクマしている人間しょうもないから」というのが答えになってしまうな。

まあ、あくまで君の主張に則った上での回答だが。

まり、その「“しょうもない”中に君が含まれていない」というのが本質的な回答になる。

君がその“しょうもない人間に加担した覚えがあるなら自明の理だが。

今回学ぶべきは、「大局的に見れば、しょうもないモノの方が遥かに多い」ということだ。

その次元内では、しょうもないと思っていないかブクマしているかもしれないし、思っていてなおブクマしている人間だっているかもしれない。

そうして、しょうもないものホッテントリになるわけだ。

幸か不幸か、私の質問会場はしょうもなくないことが多いが。

Q.あなたがやってきた仕事で、最も理解に苦しんだ内容は何ですか。

十数分に一回くらいのペースでボタンを押すだけの仕事だ。

スープにできた膜を食べる仕事も大概だが、こっちはまだ理解できる方だからな。

Q.現代私刑行為が認められた場合、どのようなことになるでしょうか。

昔の日本でも敵討ちは認められていたから、そんな感じになるだろうな。

そういったものを題材にした演目もいくつかあるので、私刑行為ってのは古今東西需要があったわけだ。

私が知っているレベル時代劇とかでも、基本的には悪い奴らを非合法手段や、超法規的措置で成敗するものが多いしな。

はいっても演目になる程度には、理想現実が異なっていることの証左でもあるが。

多くは返り討ちに合うか、そもそも相手出会うこともないまま旅の途中で死んでいたようだ。

武家とかは仇を討たないと家督を継げないなんていう風潮もあり、嫌々やらされることも珍しくなかった。

まり何かを公に認めるということは、しがらみも多くなりやすいってことだ。

まあ、今ではそういうのを司法とかが担ってくれるから、いい時代だよな。

悪い人間自分の代わりに殺してくれるから楽だ。

2018-08-01

anond:20180801171936

ここだけの話

R18の抱き枕カバーがええよ。

・描くべき絵が抱き枕カバーの表裏の絵だけで済む。

・誰を描くか?は、シーズン毎に人気のアニメゲーム作品を追うだけで済む。

・枕カバー生産する前に予約を募って売るので、在庫リスクが非常に少ない。

・枕カバーの売値は一律 12,000円でOK。闇カルテルを疑うくらい変動しない。

宣伝は5chのマニアが集まるスレに告知するだけで十分。

これだけで食べてゆくのは厳しいけど、はんこ絵が描けるレベル画力でも大丈夫なので、

生計を安定させるのに役立つ。

2018-07-27

anond:20180727081842

ここだけの話

潰れる直前が一番儲かるの。

からイケハヤが関わると潰れるんじゃなくて、

もうすぐ潰れるせいで、運営がなりふり構わなくなっていて、

儲けやすいところをイケハヤの鋭い嗅覚がとらえるんだ。

2018-07-24

ここだけの話だけど俺

猫ってめっちゃくちゃ嫌いなんだよね

2018-07-23

本当松

あんまり親しくなかった同級生と山でばったり再会した

なんか今は山賊まがいのことやってるらしい

俺は天才だとか言ってたけど就職うまくいかなかったんだねウケる

嘘松

去年鬱屈とした想いか発狂し妻子を置いて山に消えた私の親友

臆病な自尊心尊大羞恥心によってその身を虎に変えて旅人を襲っていた

このことは秘密にしてくれと言われたのでここだけの話にする

2018-07-14

ここだけの話、女の人もこの季節ウンコしたら大量の汗をかくんかな?

2018-06-16

ここだけの話

Haskellの本を買って勉強した。

正直難しくて、使いこなせていない。

人に聞かれたら「触ったことはありますよ」と答えることにしている。(嘘ではないから)

おまえらHaskell簡単なんて言っちゃってるけど、実際何に使ってるの?それ、Haskellじゃなきゃ作れないものなの?Haskell、出番なくね?

(俺が馬鹿なのは知ってるから言わなくてOK

2018-05-29

ここだけの話

ドコモタワーの電波のせいで耐性のない上京してきた田舎者は頭が悪くなってしまます

2018-05-27

ここだけの話

ヤフニュースで随分前にそこそこ話題になったような話を

テレビ芸能人がとっておきの話題みたいに話して

周りの芸能人も観客もえぇー!とかリアクションしてるのを見ると

なんか照れるわ。

2018-05-21

嘘松

去年鬱屈とした想いか発狂して妻子を置いて山に消えた私の親友

臆病な自尊心尊大羞恥心によってその身を虎に変えて旅人を襲ってた

このことは秘密にしてくれって言われたかここだけの話

本当松

あんま親しくなかった同級生が山で山賊やっててばったり再会した

俺は天才だとか言ってたけど就職うまくいかなかったんだねウケる

2018-05-17

ここだけの話知恵袋で知らないのに知ってるふりして「そんな内容じゃ答えられません」とか

「時と場合による」とかいう人!どんな気持ち投稿するんですか?

・答えられないのがなんかいやだ

・答えられないけど、こいつの質問わけわかんないからムカつく

・とにかくなんかムカつく

・取りあえず回答数の実績が欲しい

基本「なんかムカつく」って感情からくるのかな?と思っとります。

2018-05-08

30代で年収千万達成して10年経った

結婚して子供は二人。妻は専業主婦都内の持ち家に住んでます

旅行は年に平均3回。国内2回、海外1回。

いかにしてそこに至ったかの話に興味はありますか?

よほどの物好きでなければ読みもしないでしょうが、よほどの物好きのために書き起こします。

3人兄弟末っ子

少し年の離れた兄が2人。

父親高度経済成長期に鉄くずで一山あてて、わたし物心ついた頃には外車を乗り回して手広く商売を始めていたいわゆる実業家だった。

兄たちは私立高校に通うも大学には行かずに親が与えた飲食店のそれぞれのオーナーになった。

すぐ上の兄から5つ離れた自分はその頃はまだ中学生

学校が終わると遊びに出かける友人たちを尻目に店を手伝わされる毎日

日付が変わる頃家に帰ることもあって遅刻常習犯。授業中も居眠りが基本。

ところが与えられた商売がうまくいくはずもなく、飲食店はいつも閑古鳥

それをいいことに給料はろくにもらえず、そのくせ毎晩の様に遊び歩く兄を見てフラストレーションを貯める毎日だった。

エスカレーター式で高校に行くも、そんな生活サイクルでは勉強がうまく行くわけもなく高2で単位をとれず留年せずに中退

ところが世はまさにバブル崩壊直後。

手堅い商売だけを続けていればいいものを、株式投資に手を出した父親は持ち家から事業の全てを一瞬にして失う。

兄たちの飲食店も当然のように廃業兄弟それぞれがそれぞれに肉体労働を始める。兄弟とはこの頃に絶縁状態になった。

自分は親戚の工務店職人として就職

修行期間という理由でボロアパートの一室を与えられた以外に、給料は3万円のみ。

朝5時に迎えが来て、夜20時に帰宅する毎日

免許を持っていなかったので現場までの移動はかろうじて眠ることが許された。

ところがこの仕事も、1年後に職人がこぞって夜逃げしてしまったために職人部隊のみ解散

退職金(とはいっても今まで手渡されてなかった自分給料だが)を80万受け取って、補償もなしに家を追い出される。

財産を失ってから口を利かなくなった両親が住む葬儀場のようなアパートに身を寄せるも、口を開けば喧嘩が始まる両親に挟まれることが限界になり自室に引きこもる。

その時、退職金で当時まだ高価だったパソコンを一式購入。

ダイヤルアップテレホーダイインターネットを始めて昼夜の生活が逆転する。

引きこもりを始めて1年。夜間の日雇いで食いつないぎつつも20歳になったとき貯金が底をついてしまったために日中就職を考える。

まだ個人パソコンを持っているのが珍しい時代だったために、ハッタリだけでソフトウェア系の会社入社

アルバイトとは言えはじめてのまともな就職だった。

プログラマーではなく営業職だったために、そこでタイピングから文書作成などの基礎をみっちり教わる。

しかし務めていくうちに社長キャッチセールスソフトウェア抱合せ販売就職斡旋詐欺)方向に傾倒しはじめ、会員からの指摘で警察が介入する事態になりあえなく倒産

22歳にて再び露頭に迷う。

その後再び1年間引きこもり。フレッツISDNが始まった頃で、起きたいときに起き、寝たいとき眠る生活をするうちに日にちの感覚を失う。

その後、パソコンを使えるという話を聞きつけた親戚(工務店とは別の親戚)からちんこ事務を頼まれる。

急遽事務員が長期間入院をすることになり替わりの人間を探しているとのこと。

当時、ぱちんこのものを見下してはいたが、寮を与えられ正社員として採用してくれるという言葉に心が動いた。

一日でも早く家を出たかったし、高校中退引きこもり自分正社員として働ける日がくるとは思ってもいなかったからだ。

入社して早々にわかたことは、会社全体としてかなり管理杜撰ということ。

オーナーものすごく人がよいのだが、その人の良さにつけ込んで働いている人間かかなり好き勝手やっている状態だった。

一応引き取ってもらった恩があるのでできることから少しずつ改善を始めるも、当たり前のように古参と衝突した。

効率化されると働いてないのがばれるからだ。

人は人、自分は自分精神で、自分の受け持った仕事だけはきっちりと無駄なく効率化した。

当然働いているふりをしていた人間はそれが明るみになり、オーナーも少しずつおかしいことに気づき始める。

入社して1年で事務周りの全てを見直して最低限度の効率化を達成。

それと同時に働いているふりをしていただけの人間勝手に居場所を失いいなくなった。

その頃には自分がいなくても事務が回るようになっていたので、その実績を買われてか今度は店舗に異動。

20店舗近くのチェーン店を持つグループ企業の、旗艦店リニューアルがあるということだった。

いざ入ってみるとここも上から下まで相当腐敗していることがわかる。

ちんこ業界としては最も隆盛の頃で黙っていてもお金がどんどん入ってくるような時代だった。

はいっても競争が激化してきていることもあり、そのままでは当然おいていかれてしまう状況だった。

リニューアルを目前にして、やらなければならないことは山積みのまま。

オープン直前の2週間は職場で数時間の仮眠を取るだけの生活が続いた。

リニューアルはなんとかうまく行ったものオープン後も課題は山積みのままで誰よりも早く出社して誰よりも遅く帰る日々が続く。

そんな時、突然古参数名が一度に退職を申し出る。

当時はなんて無責任な!と憤ったものだが、今思えば働いているフリをしていれば守られていた地位が突如脅かされたのだから当然のことなのかもしれない。

ここだけの話だが、教えられる相手もいないまま手探りでぱちんこの釘を担当することになったことで、この旗艦店ではしばらくの間、全くの素人が釘を担当していた期間が存在する。

当然毎月の利益は破茶滅茶で、リニューアルの人気だけで売上が保たれていたような状況だった。

ただ、そのせいで、今度はとうとう休みすらまともに取れなくなってしまった。

毎日出社して数百台の釘の打ち替え、勤務日はホールシフトに組み込まれしまうため、事務作業は公休日に行った。

(一応断っておくが、釘の打ち替えは直ちに違法ではない。無承認変更にならないために適正を維持することもホール義務といえるからだ。)

広告の手配から店舗販促、部備品発注からセキュリティまで事務作業のほぼ全てを一人で行っていた。

休み無し、一日の労働17時間を超える日が3年ほど続いた頃、とうとう身体を壊した。

その頃には店舗ナンバー2まで歴代最速で上り詰めていたが、逆を返せばまったく後戻りができない状況に追い込まれていた。

その後は一ヶ月間自宅療養になった。

絶対に休めないと追い込んでいたのは自分だけで、休みから明けてみると(満足できるか出来ないかは別として)業務ほとんどは滞りなく行われていた。

それをきっかけに、部下を信じて、6割の完成度でも容認できるようになったことで、やっと休みを取ることができるようになった。

そのさらに1年後、28歳のときに新店舗立ち上げのリーダーに選ばれた。

準備期間を経て新店オープン直前の1ヶ月から1年間、再びまともに休めない生活が始まったが、以前のように一人で背負い込むのはなく、部下たちにうまく割り振ることで精神的な負担はうまく分散することができた。

営業も安定したオープン2年目、十分に下が育ったと実感できた31歳のとき本部に異動になり店舗業務から外れ、グループ全体のマネジメント担当することになった。

そこで私生活を見直す時間が出来、その2年後33歳で結婚

家族手当や住宅手当などを含めて初めて年収が一千万円を越えた。

ただ、結婚するまで貯金はなかった。ほとんどが部下たちとの交際費で消えてなくなっていた。

自分上り詰めると同時に居場所をなくした上司達が次々に辞めていったために、今では親族役員を除けば実質社内で1番の地位本部長を務めている。

ただ、ぱちんこ業界の先行きは暗く、今のままではこの収入を維持することは難しいだろう。





ここまで目を通してくれた物好きな方はお分かりの通り、わたし人生から学べることなんてものはない。

学歴なんてものは持ち合わせていなかったし、かと言って中退後に真面目に働いたわけではなく、むしろ社会と断絶した生活を送っていた。

成人した後、必要に迫られてがむしゃらに働いた時期はあった。しかし、今思えばそれは行き過ぎていたし、実際に身体を壊す直前には死ぬことばかりを考える毎日だった。

今の生活なんて、結局は運の結果でしかないということだ。

あの時、ぱちんこを見下したまま誘いを断っていれば、今の自分絶対存在していないだろう。

こんな人生でも羨ましいと思うなら、それはもう個人勝手だ。

ただ、自分の後にも先にも、この会社でこんな働き方をした人間は一人としていなかった。

それが自分生き方他人の模範にはならなかったことを端的に表していると言えるのではないだろうか。

言いたいことは一つ。

どんなに成功していようとも年寄りの話なんて良くも悪くも半分も聞いていれば十分だということだ。

なぜなら、彼らは努力の結果生き残ったのではなく、生き残った結果、自らを肯定しているだけだからだ。

どんな道を進もうとも、そこには必ず運がいたずらをする瞬間が存在する。

そのちょっとしたいたずら次第で、人の人生なんてもの簡単に変わってしまものなのだ

努力はその運をすこしだけ左右してくれるものしかない。

努力無駄とは言わないが、努力に見返りの約束を求めることだけは無駄だと断言できる。

ただ、もし付け加えるなら、何かの選択を迫られた瞬間、それが自分にとって燃え上がることのできる選択かどうかを考えて欲しい。

その覚悟がなければ、運によってもたらされた結果に後悔を繰り返す人生になってしまうからだ。

自分にしてみれば、今の生活がどうであれ、青春時代を親兄弟台無しにされたことが今でもくやしくてならない。

あの時あの瞬間しか味わえないものはいくらお金を積み上げようとも買い戻すことはできないからだ。

なぜあの時にもっと兄弟と戦わなかったのか。その結果が例え無駄だったとしても、戦うという選択をしなかったことだけが今でも一番の後悔として自分を苦しめ続けている。

他人関係ない。自分がより輝ける選択を続けられることが、辛くても苦しくても、例え早々に死を迎えることになったとしても、幸せと言えることかもしれない。

2018-05-07

ここだけの話

こここの書き込みの15パーぐらいは人工知能による書き込み

そして、7割ぐらいが、驚くべき事実ではないが、とりたたてて、 天然無能による犯行であるw

2018-05-06

anond:20180506010812

ここだけの話

4人が話し合った結果会見を開くことになった。

という説明がなされているけれど、会見の日時と場所は4人が話し合う前から既に予約されていたんだって

まりトキオの会見はあらかじめ筋書きが書かれたプロレスのようなものだった可能性が高い。

2018-04-26

「(民事訴訟を起こされたという体験」第九話

これまでの話
[小説]「(民事)訴訟を起こされたという体験」序話~第七話
「(民事)訴訟を起こされたという体験」第八話

この増田を読んでる皆さんへ
第一話についているコメントに対して

登場人物紹介
「(民事)訴訟を起こされたという体験」登場人物紹介(追記有り)

一回目の期日終了の数日後、私とOと、OvsKの訴訟でOと契約している弁護士のBはAの事務所に呼ばれた。

こちら側の弁護士であるAとKが契約した弁護士のSが話をしたという旨をAから聞かされた。

「Kが契約している弁護士のSですが…、Kを負けさせたいそうです。」
Aがそう言ったのを聞いて、私とOは「はあ?」となったがBは納得した様だった。
AとSが話した際、Sは開口一番「ここだけの話なんですが、この訴訟、私は余り乗り気ではないんです。」という事を言ったのだという。

SはKからこの案件について相談を受けた際「この手の訴訟一般的には、訴えた側が赤字になる訴訟です。」と説明したのだが、
それに対するKの答えは「一般的には赤字かも知れませんが、やってみなければ解らないでしょう?」と言い、更に
「住所や名前さらされるなんて普通人生を送っていたら有り得ない事ですし、住所や名前晒す奴が悪人でない訳が無い、
相手悪人なんだから思いっ切りふんだくれるでしょう?」と言ったのだそうだ。

それ以外にも、Kは弁護士から忠告を聞かない所が多々有ったそうで…。
Kの印象を「一言で言えば、相手弁護士であろうと、自分不都合意見は耳に入らない依頼人です。」とSは述べていたと、Aは苦笑しながら話した。

「なので、そちら(私側)からの答弁に対し形式的反論しますが、あくま形式的反論に留めます。」と一回目の期日の後に話した際、
Sから伝えられた、というのがAからの話だった。

それを踏まえた上で二回目の期日に提出する答弁書を提出し、裁判官
「見ず知らずの相手本名を晒された案件ではなく、仲間内での不義理な行動が蓄積した結果公表された」という印象を植え付けた形になった。
これに対し三回目の期日でK側から「仲間内での争いでは無い」という旨の反論が提出されたが、
その反論内容は相当に苦しい言い方になっていた。

そして、その反論に対し四回目の期日に、こちら側はダメ押しで、Kの普段言動がどの様な物かを証拠付きで提出した。

四回の期日の上で、私とKの訴訟は結審し、裁判官から和解案が提示された。

その和解案は、「25万円で和解しては如何か?」という物だった。
私は、25万なら和解しても良いかなと考えていたのだが、損害賠償弁護士費用込みで200万円を請求してきていたKには
納得出来なかったのだろう。
裁判官から出された和解案に対し、和解案が出された日…つまり第四回期日の翌日の朝、Aの事務所の始業時間の数分後に
K側から和解拒否」の返答が来た。
和解拒否を伝える連絡をAにした際、Sは「和解案の内容を聞いた瞬間に 拒否だ って言われましたよ。
その後30分ぐらい考え直す様に説得したんですが。」と言っていたと、後にAは語った。

次回に続く。

2018-04-14

下ネタトーク全開の財務事務次官言動ポリコレ的に叩かれるのは分かるけど、ここだけの話キャラ的にはわりと嫌いじゃないタイプだ。

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