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はてなキーワード: スカイプとは

2020-08-08

勝手ユーザーインターフェイスオナニーのために変える人間は殺すべき

Skypeとかかなり勝手に変えてくる、あれは犯罪だと思うし変えるべきといったやつらは、殴り殺されるべき。だと俺は思う。

というのは俺の親が姉の孫のスカイプを楽しみにしてる。ただ親はそこまでITに詳しくない。それがスカイプはころころユーザーインターフェイスを変えやがる、俺はいけてるくそクールくそファッキンエンジニア、年上しらねー。くそが。俺はこいつらを殺すためにこいつらのクソ設計を殺すことにきめた。

俺はデクレードを気にしないえんじにあを問い詰めていくことを覚悟してる、まじで死ねよ。首つれ。

2020-07-27

anond:20200727050208

「どのスカイプですか、ヤフーチャットだった時代のことも含めますか、ライン通話のこともスカイプにくくってられませんか

まず定義要件を詰めないと詳しくお話できません」

っていいたいのかなって漠然とおもった(スカイプ前身がなんだったかなどの知識は正確ではありません、msが買ったのはうっすら覚えてる)

2020-07-22

うつ病休職して1ヶ月経つんうつになったきっかけとか書く①

6月頃に一回自殺未遂したけど死ねなかった女の話です。

したことは書いてないけど「へーこういう女もいるんだな」って思ってください。

休職中ずっと増田読み漁って色々な考えに触れたので、この記事も誰かの役に立てばいいな、と思います

クソ長い自語り、家庭環境諸々から書いてみる。ちょっとフェイク入れてるし人名は全部仮名です。


私について

北海道から上京してきた20代前半、上京してきて多分4年。学歴は専門卒、高校工業出身。今年始めて彼氏が出来た陰キャ

きしょいオタク文章書くのは割と好き。漫画アニメソシャゲ全部好き。乙女コンテンツに入り浸る典型的な女ヲタ

母(7人兄弟の次女:中卒)、弟2人の母子家庭。弟は今21(医療系の大学)、20(専門学校)。父親は小5の時に離婚した。

記憶にないけど死んだ妹がいる(私の1つ下だと思う、親に未だに聞けてない)

両親も親戚もみんなオタク父親ラムちゃんアイマスプロレス母親最近イケメンシリーズ、ボイフレ、アンジェと遥か、アトラスゲー。

弟2人はFPSとかモンハン兄弟二人ともゲーマーガチ世界ランク上位に入るレベル。一番下は格ゲーボドゲに目覚めた。

実家は村に近い山奥のドドドドド田舎同級生農家酪農やってる子がいっぱいいる。


小さい時

育ての親は母親の妹(3女:以下さっちゃん)。母親は働きに出てた。多分パートだったのかな?分からん

保育園に入ったのが5歳くらいだったんでそれまでは母方の祖母の家に預けられて育った。

イマジナリーフレンドが4人いた(らしい)、よく見えないお友達と遊んで親戚をビビらせた。ごめん。

ちなみにお婆ちゃんは私の見えないお友達存在しているもの扱いしてたらしい。とんでもねえばあちゃんだ……


物心ついたときには父方の祖母と両親、弟2人と一軒家に引っ越してた。

保育園に入った時にはもう住んでた。この頃から父方のおばあちゃん長男の弟かわいいで私に対して興味なかった。つーか嫌いだったのかも。

母親は土日関係ないサービス業なので、土日の食事祖母。弟たちの分はあっても私の分は無いとかザラだった。今思えば普通に虐待

ただご飯が無くてもゲームと本があれば全然平気だったのでお母さんは私がご飯を食べてないのを知らなかった。

後に私がさっちゃんに「お母さん(これは父方の祖母を指す、実母はママ)がごはんくれない」と遊びに来た時に漏らしたらしい。

当然ながら怒り狂う母とさっちゃん。父方の祖母は「お腹へったって言わないからいらないと思った」としれっとした顔で言ったのを見て目眩がしたらしい。そらそう……。

あとはさっちゃんが当時、父方の祖母の作ったご飯を食べてあまりの味の薄さに「これを毎日食べてて、ごはんも用意してもらえない日がある、食べた気しないんじゃ……」って思ったら私が不憫すぎて車で泣いたと聞いた。

かに味は薄かった。天ぷらだけはめちゃくちゃ美味しかったな。今狂ったように辛いものとしょっぱいものを食べてるのはその時も反動かもしれない。



小学生時代

全学年2クラス、2年ごとにクラス替えだった。2クラスしかないんで全員顔見知り状態

入学してからは超絶人見知りを発揮。保育園の頃に仲良くしてくれた子たちとだけ交流してた。毎日連絡帳に口数が少ないとか書かれてた。

家が近所のゆみちゃんと一緒に登下校してた。お互い何も言わなくても一緒に帰る仲だった。今は看護師やってるらしい。

教室でずっと本読んでた。徐々に色んな子と喋れるようになる。ぼっちに話しかけてくれたみほちゃんありがとう……

あとは算数が出来なくて宿題解けない……って泣いた記憶がある。ちなみに時計が読めなかった。


3年生ぐらいか普通に社交的になったと思う。クラス委員長とか誰もやらないなら…でやり始める。この時ちゃお読んでた。

この頃、休み時間教室以外にも図書室で本を読む女になってた。

同時期ぐらいに父親仕事をクビになってニート引きこもりになった。今で言うFXかな?やってたらしい。けど、あんま才能無かったのかも。

ただ、父親なりに色々と私も含めてかわいがってくれてたと思う。漫画とか全部父親が買ってくれてた。


高学年に上がってからは弟2人も一緒に学校に行くようになってたので、周りの親から評価めっちゃ高かった。

勉強ができて、運動もできて(足が速いだけ)、面倒見もいい女の子

実際、3年からは毎回クラス委員長だったし、同じクラスになったことない子も下の兄弟同級生同士で仲良し~とかあった。

ちなみにこの頃はちゃお少年Aジャンプ、母方の祖母の家でガンガンGファンタジー読んでた。


ただ両親がしょっちゅう家で喧嘩してた。祖母の部屋は1階、私達の部屋は2階。

多分祖母は病んでたのか、深夜に父親の部屋の前で名前を呼んでいるのを見た。めちゃくちゃ怖くて夜中トイレ行けなくなった。

祖母の私と弟への差別は益々酷くなっていて、私の家で友達と遊んでる時に「ごはんの準備しろ」「洗濯干してこい」とか言うようになる。

弟がなにか手伝おうものなら「あんたは長男からしなくていい」って言ったの聞いてなんで?と思ったけど、弟に手伝わせるのも可哀想だなと思って大丈夫って言ってた。


小5の夏、庭で土いじりしてる祖母に「倉庫からスコップ持ってきて(でかいやつ)」と言われてめんどくさいな~って思いながら取りに行った。

祖母に渡すために後ろに立った時、(あ、これ今殴れるな……殺してもいいんじゃない?)って思った。今思えばこの時には既に私ももう心を病んでいたのかもしれん。

その後、親が離婚して一軒家から団地引っ越した。離婚父親には一度も会ったことない。ただ、車で事故って半身不随になったのは聞いた。


これは高校に入ってから母親に聞いたけど、あの頃の祖母は枕の下に包丁を入れて寝てたらしい。こえーよ。病むっていうかキチだと思う。

母親はい祖母に殺されるか分からなくて毎日不眠の状態仕事に行ってたらしい。それでも授業参観運動会も学芸会絶対全部来てくれた。



中学生時代

田舎あるある小学校から生徒が全員持ち上がりなので知らない子はいない。お母さんがパソコン買ってくれたのもこの時じゃなかろうか。

半年間は平和だった。でも、中1の秋頃から毎日登下校をともにした仲良しのゆみちゃんいじめを受け始める。

ゆみちゃん堀北真希に似てる超絶美少女で、当時仲の良い男の子に数合わせでいいから、という理由野球部所属していた。私はゆみちゃんに「1人じゃ不安から……」と頼まれ野球部に入った。

まあよくある、男の集団に女がいるの気に入らないムキーッみたいなのが原因だったんだと思う。いじめてたのは女バスと女バドの5、6人。

私はゆみちゃんいじめを受けてるのも知ってた上で普通に仲良くしてた。ゆみちゃんの家も母子家庭で、当時は母親が家に彼氏を連れ込んで家に居にくいからってよく私の家で過ごしてた。

彼女の凄いところは毎日学校に行ってたところだと思う。私に泣きながら「リスカが止まらない」と相談してくれたこと、リスカ跡は今でも忘れない。


結局、ゆみちゃんは2年に上がるタイミングで転校した。その結果どうなったか

私がいじめを受け始める。いやなんでだよ。私は当時160cm80kgのデブだぞ。何が気に食わねえんだよ。と思ったけどいじめ相手が居なくなったから仲良かった私になった。

ただ、いじめられてることに気付いたのがゆみちゃんが転校してから2ヶ月後くらいだった。私は超鈍かった。周りは気付いてるけど自分だけ気付いてなかった。

なんでか自分ノートがないとか、教科書がないとか、下駄箱の上靴がないとか。そういう事が起こってから気付いた。

当時から仲良かった子に「あの頃めっちゃ陰口言われてたし、あんたと話したら次お前をいじめるとか言われたことあるで」って言われた。

そういえば当時はいじめを題材にしたドラマ流行ってたし、あれはいじめのお手本になってたなと思う。本当によくない。


中2の夏ぐらいだったかな。衣替えするかしないか、とかだった気もするから9月ぐらいかも。半年くらい我慢して学校に通ってた。

私は学校に行くのやめた。というか、行けなくなった、のほうが正しいかもしれない。制服を見ると気持ち悪くなって泣きそうになった。

休みたかったけど、母親は私が生理痛で辛い、と言えば痛み止め飲んででも学校に行け、サボるなと言う人だった。休むことはサボりだと言う人だった。

それでも母親には迷惑かけたくない、という一心で吐きそうになりながら学校に行くフリをしながらおばあちゃんの家に行った。

おばあちゃんは何も言わなかったし、おばあちゃんちの犬と遊ぶのが好きだった。おばあちゃんの膝が悪いから代わりに散歩に行ったのも覚えてる。

ただ、学校担任から「1週間ほど無断欠席が続いてるが大丈夫か」という連絡が家に入りバレてめちゃくちゃ怒られる。怒られた時に初めていじめられてると言えた。

母親はその日のうちに学校電話をして、学校側もいじめを知ってたけど本人が言わないから、とかそういう理由で何もしてなかったらしい。

後日、私は学校に行っていじめてきた女たちから「形だけのごめんなさい」を受ける。クソ無意味。謝られたからと言って事実は消えないわけだし。

どのみち私は学校に行っても教室に入れなかったし、教室に入れないなら授業も受けられない。だったら行く意味が無いな、と思って家に引きこもるようになる。

家に引きこもってる間も勉強は出来た。そう、みんな大好きTwitterです。当時高校生だったり大学生だったフォロワーたちが勉強を教えてくれた。スカイプ使って。


ネットが私の居場所だった。勉強ってどこでも出来るんだ、って思った。


そのフォロワーたちもいじめ経験した人たちで、私の学校に行けない、けど勉強はしたい、という気持ちに寄り添ってくれて教えてくれた。本当に頭が上がらない。

なので、テストがある日だけ学校に行った。テストは出席番号順で座るし、いじめっ子たちと真逆の席なのでその時だけは制服着て教室に入った。

クラスメイトたちは「久しぶり!」とか「テスト範囲大丈夫?」とか声かけてくれる子も結構居た。あの子達の勇気は今思うと凄い。

修学旅行は行ってない。何されるかわからないし。代わりに学校先生マンツーマン勉強した。凄い有意義時間の使い方だったなと思う。

卒業までテスト期間だけ登校する生徒をやった。家の近い子がテスト範囲プリントを持ってきてくれたし、フォロワーたちが勉強を教えてくれる日々が続いた。

高校は女で嫌な思いをしたので男子比率が高いし、比較的家から近い方(といってもバスで1時間)の工業を選んだ。仮に落ちたら通信制高校へ行く気でいた。

卒業式も出ていない。式が終わった次の日が高校合格発表で、無事に工業に受かったという報告と卒業証書アルバムをそこでもらった。アルバムはその日のうちに捨てたけどな。



高校時代

ぶっちゃけ担任がクソゴミだった。生徒の机を蹴って見せしめみたいに怒鳴り散らすタイプ体罰普通にあったし、クラスメイトの男子教室内でデカデカ万引を自慢するようなクラスだった。

担任はそれに対してもっとバレないようにやれとか、スリのほうが良いとか、教育者としてありえんことを言ってるのにドン引きして学校に行く気が失せた。

ラッキーなことに全日制の単位制だったので単位さえあれば進級できた。単位計算をして、単位分だけ出席した。常にギリギリ単位の女で普通科先生に「お前は出席点が足りない」と言われまくった。

後々、クラス男子に教科の単位を聞かれた。私と同じように単位しか出席しない人が増えたらしい。毎日の出席率は最悪だったと思う。まあ工業だしな。

担任露骨わたしを毛嫌いしてたし、私も嫌いだったのでお互い様だろと思ってた。高校ちゃんと授業に出たのは専門科目だけ。これだけは教科書読んでもどうにもならん。あとは実習。

他は中学の時と同じようにフォロワーを頼ったり、ネット検索したら大体答えの出し方があったので家で勉強してた。親は私が家に居ても何も言わなくなった。

学祭とか体育祭は出たことがない。強いて言うなら修学旅行東京だったので行った。お世話になったフォロワーたちに会いに行くという理由で。クラス女子は私含め7人で、うち1人は中学が一緒。

の子と出席番号が前後だったジャニヲタまなみちゃんと仲が良かった。ちなみにまなみちゃんまなみね、山田涼介くんのお嫁さんになるの!」と平然と教室でも言ってた強い女であるマジで強い。

ここまで書いてて思うけど本当に協調性のきの字もない女だな……。ちなみに進路相談も凄い適当で、適当AOで専門行くわ、と一方的に言って終わり。AO入試なんて軽い面談書類審査のみ。私は高3の夏休み中に進路が決まった。

この頃にハマってたのは黒子のバスケで私はほぼ毎日夢小説を書いて過ごしてた。あと支部BLも書いてた。当時黄黒を読んでた人はもしかしたら私の黄黒も読んだかもしれない。読んでくれた人が居たらありがとう

適当単位取って適当卒業した。これが私の高校時代の思い出である


専門学校は今までと比べたら楽しかった。ここでいろんな資格も取ったし、クラスメイトも普通に接してくれてた。唯一毎日学校に行けた時期だったと思う。ただ行事だけはゴミ

ここで就活頑張っとけばよかったんだよな~~~と思う。就活サボって適当に警備会社入社した。そしてこの後、地獄を見る。



2年間の社畜時代

前置きすると私より辛い人もいるとかそういうのはどうでもいい。私は私の辛いを話してるので。

上京してから半年横浜警備員をやってた。この半年はまだ良かった。残りの1年半は川崎地獄を見る。

警備は万年人手不足で月の休みは多くて4日、私が限界を迎える頃は3日だった。勤務時間は朝6時半~16時半の早番と13時半~23時半の遅番。あとは9時~22時までの中番。

入社時の条件は月8休みと言われてたのにマジで騙されたと思ってる。入社して半年は確かに8日間の休みがあった。でもその後から毎月3、4日の休み

休みの前日は絶対に夜間警備が入るため、帰宅は朝5時。当然、遅番か中番が終わった後に続勤。休みは実質半日しかない。寝て起きたら仕事に行く。

休めるわけねーだろバーーーーーーーーーーーーカ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

そりゃあ毎日寝ても寝ても眠いし、突然気分が落ち込むし、情緒があまりにも不安定にもなる。思えばもうこの時にはうつだったんじゃなかろうか。

心がしんどい……となり始めた頃、母親に「しごとつらい」といえば「社会なんてそんなもんだよ笑」と返ってきた。そして根拠のない「大丈夫!」「なんとかなるよ!」という返事。

私もそうだよね、なんとかなるよね、頑張るね、って返してた。これは絶対に良くなかったと思う。

そしてある日、体のほうが出社を拒否した。会社に行こうと思うのに涙が止まらない。手が震える。こりゃ今日出勤出来ねーわ、と思って職場電話を掛ければ「いや来てもらわなきゃ困る」。あっはい……。

無理に決まってんだろ、そう思いながら電話を切って母親電話した。泣きながら電話した母は、「偉い人に電話しなさい」と教えてくれて、私は本社に連絡を入れた。

元々寮で暮らしたこともあり、総務のとよく話をする事があったのでまずは総務に事情説明、そのまま直で警務部長から「休んで下さい」と言われた。

私は初めて、会社を休んだ。そしてそのまま退職した。

その時に初めてメンタル系の医者に行ったけど、まるで私がメンタル系にかかるの常習みたいな態度を取られるしいか自分が凄い医者なのかを言われた。あのクソジジイ一生許さねえ。



文字数制限引っかかったので適当に続き別の記事にでも書きます

2020-07-15

anond:20200709170615

32歳腐女子だけど、友達がいなくなった。


最近腐女子界隈をざわつかせている「32歳腐女子」。

私はどちらかと言うと友人側の人間だ。奇しくも年齢も32歳。

件のAさんや、30歳友達腐女子さん達との違いは、友達が居なくなり、一人になったことだ。


20代からフリーランスで在宅で働いており、腐女子である自分の周りは

自然と専業同人作家職業漫画家の友人が多かった。

リア友も勿論いるが、同じ時間を共有している分ネットの友人達との方が遊ぶ回数も多く

から晩まで、お馴染みのメンツとの作業通話(という名の雑談)。

月に1回以上は同人イベントに参加し、その前後数日は上京してきた友人と遊ぶという

会社員の人からするとかなり自由気ままな時間を過ごしていた。


5年近くそんな生活をしていたと思う。

そして、30歳に差し掛かった頃、周りにちらほらと結婚する友人が出てきた。

彼女らも同じような生活をしていたが、家族が出来たことで以前ほど通話部屋やTwitterに常駐することはなくなった。

少し寂しいが、イベントで会うことは出来るし、そんなもんだろうと思った。

そして、私も以前からお付き合いしていた相手結婚した。

前述の通り、交友グループの中で結婚した人は私だけではない。

みんなはいつも通りそこに居て、楽しく遊んでていた。


それから2年、私は一人ぼっちになった。

正確には、結婚した友人達とはまだうっすらと付き合いが残っているが、それ以外のネットの友人達とはほぼ交流がない。

決定的な何かがあったわけではない。

結婚を機に会社員配偶者生活時間を合わせた結果、24時間いつでもネットに上がれるわけではなくなった。

通話部屋に入る時間が減り(深夜帯が一番活発だが、0時前後で寝てしまうので出会えない)

久しぶりに訪れたその部屋からは誰もいなくなっていた。

スカイプからもくりに移ったらしいが、私のアカウントが招待されることはなかった。

「入れて」と言えば、招待はしてくれるかもしれない。

しかし、それを言うことはないと思う。


昼夜問わずゲームや噂話、好きな作品の話でお互いの沼を披露し、Twitterには常駐がデフォルト

面白い投稿があったら通話部屋にアドレスを貼り付け、盛り上がる。

ネット中心の生活をしている時は気づかなかったが、学生の遊び方だ。

同じ時間を共有できない分、近況報告などをしても友人達はあまり興味はなさそうだった。

アニメ漫画の話をしても、同じ濃度とテンション作品に触れていない自分には相槌を打つくらいしか出来ない。

グッズ購入や課金も、生活を共にしている相手がいると、あまり活発にする気は起きない。

同人誌も、置き場所のことを考えるとどうしても買う頻度は減ってしまう。

一度あの生活から離れると、同じテンションには戻れなくなってしまった。


それを2年続けた結果、誰とも会話せずに、9時~18時で洋ドラを見ながら仕事をする日々だ。


コロナ禍でイベント予定も飛び、上京してくる友人もおらず、いよいよ彼女達と会う機会はなくなってしまった。

生活優先にした分、私だけ歳を取ったのだろうか。

服装なんかはどうでも良い。

趣味に突き進むAさんや30歳幼馴染さんを思うと、少し羨ましい気すらする

頑張れば、あの日々に戻れるのだろうか。

いや、その努力自分はできないだろう。


彼女達との自然消滅が、ただただ寂しい。

2020-07-09

おけパで思い出した話

今更ながら最近流行ったおけけパワー中島話題を見て昔のことを思い出したので書いてみる。


とあるマイナージャンルにいた。

人数が少ないため自然作品好きな人同士で仲良くなり和気藹々としていて、神とはそこで知り合った。とても気が合い推しカプの話はもちろんお互いの悩みなども話せるような仲だった。神は地方在住のため連絡先を交換しスカイプをしたりラインなどで頻繁にやりとりをしていた、都心しか買えないグッズを代行したり神が都心に遊びに来た時は会いに行ってお茶をしたり公式イベントに一緒に行ったり、お誕生日やお祝い事がある時には絵を交換しあったりもした。

しかしある時から神にアンチがつくようになった、pixivマシュマロ攻撃的なコメントを何度も何度も送られて神は精神的に落ち込んでいった。

出す予定だった同人誌もそれが原因で筆が進まず結局出なかった。

それでも神は作品を少しずつ投稿し続けていたが目に見えて憔悴し不安定ツイートが増え、スカイプをしていても急に黙り込んでしまったりボーッとしていたりいつ来るかわからないアンチコメントに怯えているようだった。



2年ほど経ってマイナージャンル故に供給も少ないため次第に別の中堅ジャンルにも興味が移るようになった、私は別垢を作ってそちらでも活動するようになった。

ある程度そちらの知り合いも増えてきた頃、マイナージャンル垢のTLでなんと神が私の今ハマっているジャンルに興味を持っていると呟いていた!私はすぐに声をかけ作品の見れる動画配信サイト書籍などを連絡し布教した。

残念なことに作品にハマってはくれたもの推しカプはまったく違うものだったが、それでもまた同じジャンルで楽しめることが嬉しかった。

神も別垢を作り作品投稿するようになった、もちろん私も彼女をすぐにフォローしどんどんリツイートをした。元がマイナージャンルだったため多くてもリツイート20程度だった神の作品は毎回すごい数のリツイートいいねが付くようになり、神が元気を取り戻していったことが喜ばしかった。

が、神からフォロバが返ってくることはなかった。

元々フォロバをたくさんするタイプではなかったしCPが違うのであまり気にとめずリツイートいいねを続け作品感想をリプで気軽に送ったりしていたが、最初は返信があったものの次第に無視されるようになった。

そうこうしているうちに神はマイナージャンルの垢を消し、元いたジャンルの人たちとの連絡を完全に絶ってしまった。

私は絵は特別うまくも下手でもないが積極的性格であることや考察好きなタイプであるため絵のレベルに見合わないフォロワー数を会得し仲の良い人をたくさん作れるどちらかと言えば陽キャラ、おけパ側の人間だ。

もし私がそうじゃなかったらすごく病んで悩んだだろうし、最悪神に毒マシュマロを送るモンスターになっていたかもしれない。

数年経った今も相変わらずその時ハマったジャンルにいるが、神はとても人気だったのにも関わらずアカウントを消した。またアンチが出たからだ。結局そのジャンルでも神の同人誌が出ることは一度もなかった。

なぜ彼女アンチがつきやすいのかは分からないがマイナージャンルの時さえ大変そうだったので中堅ジャンルではもっと酷かったことだろう、今思えば安易布教して本当に申し訳なかったと思う…。

から知ったことだが神はアンチコメがつくようになってから人間不信がちになり、アンチも付かずいつもSNS知り合った自分以外のフォロワーたちと能天気交流している私のような人間が苦手になってしまっていたらしい。




ここまで読んでなんだ自分自慢かよ!と思った人が多そうだが、何故今回この話を投稿しようと思ったかというとこのトピックについて陰キャラか陽キャラで説明を片付けようとする意見が多いことに疑問を持ったからだ。

人間は気の合う合わないはもちろんあるが、タイミング生活環境、経済力、仲良くなれるかどうかは色んな要素が重なって決まる。

性格が明るかろうがスペックが高かろうがコミュ強だろうが相手があってのことである、波長が合わなくなればいくら仲良しだったとしても簡単に崩れてしまう。

人間関係ってそういうものだ。

彼女がどうしているかはもはや分からないが、もしアンチが付かずにいたら今も一緒に楽しくやっていたかもと思うと純粋に寂しい。




で?っていうオチになったけどあまり自分のことも他人のことも陰キャラ、陽キャラという雑な括りにカテゴライズして可能性を限定して気に病まないでほしいなと思う、自分反省も込めて。

神をフォローしたら自分が神になった

ここ最近同人女界隈の神や信者のクソデカ感情がTLを賑わせている。

大抵みんな「神を崇める気持ちは分かるけど、気持ちの押しつけは良くない、神だって人なんだから好きに活動していい」って感想とともにRTしてるし、自分も似たような感想を呟いている。

そんなTLに、相互フォローの神フォロワーから自分宛てのリプライが表示された。

「削除されたA×Bの作品を再公開する予定はありますか?」

さっきまで、神作家お気持ち表明に同意したり、別ジャンルにいた時信者暴走して大変だったとか言っていた神フォロワーが、数々のお気持ち表明内でしんどいタイプメッセージとして挙げられる内容を、自分リプライしてきて、私は動揺した。

自分が神だと崇めていた存在にいつの間にか崇められていた、というほんの少しの喜びや、この人今までのクソデカ感情テキストを本当に読んだのかなという困惑、そしてたかリプライ一つで過剰反応し過ぎなのでは、という自己嫌悪など様々な感情が浮かんだ。

でも一番は、面倒くせえーーーーーーーーーーーーーーーーうるせえ私が消したくなったから消すんだよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーという叫びだった。








さて、神フォロワーと私との出会いの話からしよう。

素晴らしいA×Bを生み出す人がいる!と速攻フォローしに行ったのが、神フォロワーと私とのファーストコンタクトだった。

ちなみに、ジャンル自体マイナーだが、A×Bというカップリングジャンル内でマイナー存在である(B受けの殆どがC×Bばかりで、ジャンル覇権カプはB×Cだった)。

ありがたい事に、神フォロワーフォロー返しをしてくれた上、私の作品に対して感想までくれた。

から感想を賜われるとは思っていなかったので、ものすごく舞い上がった。



実を言うと私の本命カプはA×Bではない。

本命はD×Eだ。

推しのDくんはAやBと同じグループ・X所属なので、A×B作品にDくんが登場する事が多い。

それ目当てでA×Bを読み漁っているうちに、神フォロワー作品出会ったのであるマイナージャンルは少しでも推しが出ていそうなカプは全部チェックしないと他人が描く/書く推し出会えない)。

からフォロワー感想をくれたのは、本命カプのD×Eではなく、私が書いたグループ・Xのオールキャラギャグのような作品だった(ちなみにEはグループ・Y所属)。

本命カプの作品でなくても、自分作品感想を頂く経験は稀だった上、あの素晴らしいA×Bを生み出す神から自分作品内のAとBに対する描写を褒められたのは、なんだかお墨付きを貰ったみたいで嬉しかった。



ある日私はお題箱を設置した。

そこには本命カプにまつわるリクエストは一切なく「あなた様のA×Bが読みたいです」「B×Cをお願いします」「D×Cください」等、グループ・X内のカプにまつわるものけが、大量に来た(フォロワーにはB×CクラスタやD×Cクラスタもいた)。

フォロワーには本命カプであるEクラスタもいたが、彼女達は皆『Eくん推しのD×Eクラスタ』なため、Dくん推しの私はいまいちD×Eクラスタには馴染めないでいたので、D×Eのリクエストが来ないのは仕方なかったといえば仕方なかった。

彼女達が私抜きでEくんアンソロを作ったり、スカイプをしていたりしているのは構わなかったが、いくら私が支部にD×Eを投稿しても殆ど反応されないのは正直辛いと感じていたので、この時もちょっとへこんだ。

ただ、D×Eクラスタに反応されないのはいつも通りではあるし、他のフォロワーからビックリするくらいたくさんのリクエストを貰ったので気持ちを切り替え、リクエストを消費する事にした。

今まで私はD×Eしか書いた事が無く、グループ・X内のカプは読み専だった為、クオリティに自信は無かったが、それでも一生懸命グループ・X内の様々な組み合わせを書いた。

解釈違いと罵られないかビクビクしながらプライベッターへアップしていたが、どのカプの作品フォロワーに受け入れられ、ふぁぼもついたし、感想までいただいた。

特に、A×B推しの神フォロワーは長文感想&私の二次創作を元にした三次創作までプレゼントしてくれた。

そして私の作品RTして「天才から読んで!」と自身信者に紹介した。

フォロワー信者達は、私をフォローする事は無かったものの、私の書いたA×Bをふぁぼしてくれた。

また、神フォロワーが「支部にも載せた方が良いと思います」とアドバイスをくれたので、今までD×Eしか支部にアップしていなかったが、リクエストで書いたグループ・X内の様々なカプの作品支部へとアップした。

すると、物凄く反応があった。

D×E作品ブクマ2・閲覧数20程度しかリアクションが得られなかったが、グループ・X内のカプはどれもブクマ10・閲覧数100を超えた(他ジャンルから見れば病むくらいの少なさかもしれないが、マイナージャンルの弱小作からすれば、桁数が1つ増えただけで大騒ぎなのだ)。

今までこのジャンルで満たされて来なかった承認欲求が初めて満たされた。


そこから少しだけ私のツイート作品に、グループ・X全員に関する事やA×B要素が増えた。

今まで全く言及していなかったのが、たまに触れる程度になっただけだが、それだけでも神フォロワーやその他グループ・Xクラスタがが反応してくれるからだ。

特にフォロワーは、私のA×Bにまつわるちょっとした話を褒め称え、三次創作をいっぱいくれた。

私は人間なのでそれが嬉しかったし、神フォロワーは神なので三次創作はそれはそれは読み応えが凄かった。

私が何かを書けば、神フォロワーが新たに何かを生み出してくれる、そんなスパイラルが生まれた。

とはいえ、私の本命カプは変わらずD×Eだったので、ツイートや書く作品のメインはD×Eのままだった。

D×Eツイート作品には殆ど反応を貰えず、たまに触れるグループ・XやA×Bの話に過剰に反応を貰う日々が続いた。


そして、私はふと思い立って支部にアップしていた、リクエストで書いたA×B作品を非公開にした。

改めて読み返すと、自分の中で解釈違いが甚だしく、読むに耐えなかったからだ。

一応プライベッターでは公開したままだったので、リクエスト主に対して不義理ではないだろうと思った。

しかし、A×B作品を非公開にした事に気付いた神フォロワーは、私にもう一度支部で公開して欲しいと言ってきた。

何故かそれがとても嫌だった。

別にフォロワー支部への再公開を強要していた訳ではなく、あくまでも再公開の予定を尋ねただけだ。

ただ急にそれが鬱陶しく感じてしまった。


二次創作に対して三次創作を生み出してくれるくらい反応を貰えるのは素直に嬉しかったが、毎回添えられる「続きを待ってます」「早く支部にもアップしてください」という言葉は、圧のように感じていたのは否めなかった。

私は一つ書き終えると燃え尽きるタイプだったし、他人にアレコレ指図されるのが大嫌いだった。

それがいくらフォロワー相手でも、だ。


私はA×Bの神だと思って相手フォローした。

それなのに、いつの間にか神フォロワーが、私をグループ・XやA×Bを生み出す神として崇めるようになっていたのだ。

今まで神になった事が無い私は戸惑っている。

昨日まで我こそが信者だと思っていたのに、立場が逆転したのだから

何より、本命カプであるD×Eで神になれない事が悔しかった。

A×B推しの神フォロワーに限らず、フォロワーグループ・Xクラスタは、神フォロワーほど熱烈ではないにしろ、皆私の作品を褒め与えてくれた。

グループ・Xにまつわる作品に限って、だが。

グループ・X所属のA×BやB×CやD×BやC×Dは反応が貰えても、本命カプのD×Eには反応が貰えないままなのだ


私が本当に神なら、グループ・Xクラスタが私の影響を受けて、D×Eを嗜むようになるはずだ。

けれども、そうではない。

グループ・Xにまつわる創作に飢えていた人々が、都合よく作品を生み出す、私という存在を見つけただけに過ぎないのだ。


かにグループ・Xの話を書けば承認欲求はエグいくらい満たされる。

それでも私は、誰にも反応されなくても、大好きなD×Eを書き続けたい。

だって原作読んだら誰がどう考えてもD×E結婚してるもん。

Dくんが一番穏やかな顔をしてるのはEくんと一緒の時だもん。

初めて原作を読んだ時から今までずっとそう感じてきた。

私自身のつまらない承認欲求とやらのために、私がD×Eへ抱いた情熱を捨てたくない。

二次創作誰かのためにするものではない。

同人自由だ。

からいくらフォロワーが嘆き悲しんだって作品の公開非公開の権は他人に握らせないし、誰にも反応されなくったって私はD×Eを書くのをやめない。

今日今日とて、D×Eは世界一お似合いなのだから

追記】32歳腐女子自分の子供っぽさに気づいて恥ずかしくなる

33歳になった近況報告→https://anond.hatelabo.jp/20201226180141

昨年にあった話。

私(A)は32歳のオタク腐女子である

学生の頃から10年以上の付き合いのある同じくオタク腐女子の友人が3人いるが、久しぶりにみんなと会って自分がとても32歳とは思えない子供っぽさであることを思い知って恥ずかしくなった。

●私のオタ活

ずっとオタクだったが数年前に過去最高にどっぷりハマるジャンル出会った。ゲーム原作アニメ2.5次元など様々な展開のあるジャンルで、そのどれにもお金を使いまくった。ゲームへの課金アニメ視聴、グッズを買い漁る、2.5次元に何公演も参戦する、2.5次元のグッズも買い漁る、2.5次元俳優自体にもハマる、様々なコラボ商品を買う等した。

二次創作も大好きで同人誌の大量買い、キャライメージアクセの大量買い、即売会参加もしていた。同人誌作家同人アクセサリー作家コスプレーヤーともツイッターで仲良くなり、オフ会をしたりそれはそれはオタクとして充実して楽しく過ごしていた。

その頃から人達子育て仕事で忙しくなかなか全員で会うことができなかったが、昨年久しぶりに全員の予定が合い会うことになった。ここで私は自分の子供っぽさに気づいて恥ずかしくなったのだ。恥ずかしいと思ったのは主にファッションメイクに関すること、お金の使い方、落ち着きのなさの3つだ。

最初の気付き~ファッション

一番に待ち合わせ場所に着いた私はみんなを待った。最初に現れたのはBちゃん。そこであれ?なんか綺麗というか大人っぽいなと思った。次にCちゃん、Dちゃんが来たが、その時も同じようなことを感じた。

みんな容姿はごくごく普通という感じで特別可愛いとか美人てわけじゃないんだけど、雰囲気がとても綺麗になっていた。

その日のみんなのコーデは細かい色や柄は忘れたけど多分こんな感じ。何でそんなこと覚えているのかというとこの日が恥ずかしさの気づきの日で忘れられないかである

Bちゃんコートドルマンスリーブカットソーにミモレ丈のスカート、黒タイツブーティハンドバッグ。ケバすぎないばっちりメイク、薄いピンクネイル、小ぶりでシンプルネックレスブレスレット

Cちゃんジャケット、白シャツストレートパンツヒールパンプス、肩かけバッグ。濃いめかっこいいメイク、がっつり濃いネイル、大振りだけどデザインシンプルネックレスバングル

Dちゃんは唯一既婚子持ちだけど、ママって感じがしつつもオシャレだった。コート、膝下丈ニットワンピ、黒タイツショートブーツ、大きめなオシャレなトートバッグナチュラルメイクトップコートのみっぽいピカピカネイル結婚指輪と小ぶりでシンプルイヤリング

 

そして私Aはこうだ。

ダウンジャケットボーダーTシャツに着古したジーンズ、はきつぶしたスニーカーサコッシュ

薄すぎメイク下地フェイスパウダーのみ)、ボロボロの爪、、推しキャライメージアクセサリー(イヤリングネックレスブレスレットリングフル装備・同人グッズ含む)

三人の友人と比べるととんでもなくダサくてやばい32歳だ。なのにずっと自分オタクなのにファッションに気を遣うしメイクもするオシャレさんだと思っていた。(やばすぎ)

服が適当なのにアクセサリーは着けられるもの全部着けてて、しか推しキャラ二人分のイメージアクセから色もデザインバラバラで悪い意味で派手。うるさい。同人アクセプチプラアクセしかいか子供おもちゃみたいに見える。(同人アクセは本当にキャライメージ大事にして丁寧に作られた素晴らしい作品です。私の使い方が悪い)

だって近所のコンビニスーパーアウトドアを楽しむくらいならいいと思うけど今日は予めオシャレなカフェレストランにも行くと分かっていたのにこれはいけないだろう。

メイクに関しては厚塗りすると毛穴の開きが分かるからナチュラルにするとか言ってほんとに薄くしか下地フェイスパウダーも着けてなくて毛穴の開きも黒ずみも丸わかり。

眉毛は自眉がしっかり生えてるから描く必要ないと思ってた。でもみんなみたいに綺麗な眉じゃなかった。眉毛薄い子はしっかり綺麗に自然に描けてるし、私と同じく自眉がしっかり生えてる子でも、形を整えて長さを調整して、足りないとこは描いて、私みたいなゲジゲジじゃなかった。

リップは元の唇の色が赤いかリップクリームでツヤ出すだけでいいと思ってたけどそんな綺麗な赤でもなかった。くすんでる。

どんどんあれ?私超ダサい子供っぽい?あれ?という気持ちが大きくなって恥ずかしくなってきた。みんな優しいかダサいとかそういうこと全然言われないけど勝手に恥ずかしくなってた。


●第2の気付き~お金の使い方~

全員揃ったのでまずレストランランチを食べた。

その時にみんなの今好きなジャンルやオタ活の話をした。上記で書いたようなオタ活の話をすると、みんなはすごいね~と反応してくれる。

同じくグッズやゲーム課金しまくってたBちゃんは「Aちゃんすごいね~私はもうそんなにできないかな。通院してるし親も歳だし何があるかわかんないから程々にしてる。他にもお金使いたいことあるしね」と言った。

Cちゃんも「分かる~何か前は出されるグッズは全部買わなきゃ、イベントは全部参加しなきゃって必死になってたけど将来のこと考えて貯蓄するために程々にしてみたら案外苦じゃなかった」と言った。

Dちゃんは「私も今は子供優先だから気になるアニメを見るくらいかな~」と言った。

BちゃんCちゃんは未だにゲーム課金もするけど推しにだけだし、推しを手に入れられなくても最初に設定した金額で出なかったら撤退するし、グッズはよく考えて本当に欲しいと思うものだけを、イベントは無理しない程度で行けなかったら円盤を買うとか、とても落ち着いたオタ活だった。


それに対して私は「へ~ちゃんと考えてるんだね。私なんかもう推しに夢中すぎてさっき言ったみたいなのがやめらんなくて貯蓄なんてないよwwwカードあるから未来自分に頑張ってもらってる!wカードの締め日が来たらまた新しいの買うんだ~!^^」と言った。ウケ狙いで、みんな笑ってくれるだろうなと思って。

だがみんなちょっと引いたみたいな苦笑いをした。「すごいね…」と。そこでやっともしかして私のお金の使い方やばいのか?と気づいて、それを笑い話として嬉々として話した自分に恥ずかしくなった。でもみんな優しいから、好きなことに全力でいきいきしてるねとか言ってくれる。泣きそうになった。(優しさと恥ずかしさで)

でも少し考えて、もしかして馬鹿にされてんのかなと思った。私はオタ活にお金使うから服も化粧品イベントオフ会の時くらいしか買わないしどれもプチプラばかり、みんなは服や化粧品にもお金かけてそうでオタクお金使わなくてもそっちに使ってんじゃんとちょっとムッとした。(最悪)

みんなにそれとなく今日メイクファッションいいねって言ったら使ってる化粧品や着てる服の話になった。みんな別に全身ブランド物とか全身高額品てわけではなくて、プチプラと高額品をバランスよく使っていた。プチプラの服でもきちんと手入れしてきちんとアイロンかければよく見えるし、化粧品スキンケアベースメイクはデパコスアイメイクリッププチプラとか考えられてた。どうせ金かけてんだろ、金かけりゃそんくらいにはなるよねとか嫌味なこと考えた自分が更に恥ずかしい。


そしてBちゃんの肌が綺麗だという話題に変わった。

Cちゃんは一時期毛穴の開きと黒ずみに悩んでいると言って、一緒に悩んでいた。(会えない間もツイッターラインでは話してた)Cちゃんとあるデパコスカウンターで肌を見てもらい、いいスキンケア出会えたのだと言った。

ツイッターで嬉々としてこれいいよ!(ドヤ)とプチプラ化粧水投稿していた自分が恥ずかしくなった。ツイッターでバズったプチプラのものだけを試しまくってちょっとしか改善されなかったのをドヤ顔投稿していたのだ。そのプチプラのものだって悪い商品じゃないし合う人には合うのだろうけど、私は自分がどういう肌かもよく理解してなくて、とにかくバズった色んなプチプラのものを試してどれも効果は出なかった。

Cちゃん20代の頃はとあるプチプラのものが肌にすごく合っていて大好きだったけどだんだん合わなくなって、本当に肌を綺麗にしたいと思ってお金をかけた。なのに私は毛穴消えない消えないとうだうだ言いながら、若い頃と同じことの繰り返しでお金も使わなかった。使うお金がなかった。とても情けなかった。

Bちゃんも同じような感じだったし、Dちゃんは今は昔ほどお金使えないし子育て忙しいかオールインワンなっちゃってると言いながらもデパコスまでとはいかないがそれなりのものを使っていたし綺麗な肌をしていた。


この話題だんだん辛くなった頃(自分からふったくせに)、レストランを出て買い物に向かった。アニメショップで私は大量買い、みんなは1つだけ買うか買わないかだった。

その後みんなは化粧品雑貨をいくつか買っていたけど私は何も買わなかった。欲しいものがなかった。というのは強がりで、本当はお金がなかった。アニメショップで使ってしまっていた。

最後カフェに行くことは決まっていたので、そこで使うドリンク1杯分くらいは絶対に残しておかなければならない。また情けなさと恥ずかしさに襲われた。ATMで下ろすのもなんだか恥ずかしかった。


●第3の気付き~落ち着きのなさ~

そして最後に予定していたカフェに来た。私はコーヒー1杯くらいしか頼めないけどみんなはケーキも頼むだろうか、みんなケーキを頼むのに一人だけ頼まなかったら感じ悪いかなとビクビクしていた。みんなそんなの気にするような子じゃないのに。結局みんなドリンクだけでホッとした。

今度はファッション金銭感覚のことで恥ずかしさを感じたくなかったので推しを語ることを自ら提案した。

私「推しがね~もう最高で!かっこいいし可愛いし!もう推しのことしか考えられないw夢も腐も好きだからもう大変w推し普段は超可愛くてやばいんだけど、シリアスではっこよくて頼もしくて~wギャップがもうたまんないの!エッチだし~!シリアスときの色気がはんぱなくて素敵なのwキャッキャキャッキャ!」(小声ではある)

Bちゃん推し一見性格悪そうに見えるけどほんとは優しくてそれが隠しきれない子なんだ。その優しさが好きなの」

Cちゃん推しは天然なんだけど自分のことキレものだと思っててそこが可愛いんだよね」

Dちゃん「私は最近推しって感じの人はいないけど最近みたアニメのあの人がかっこいいなって気になってるかな」


お分かり頂けただろうか。

私の落ち着きのなさ、テンションの高さ、子供っぽさ。私は本当に「!」とか「w」とか着いてるみたいなテンションで喋る。この文章もなんとかぶっきらぼうな感じでテンションを抑えようと必死で書いてる。本当は「w」いっぱい着けたい。

みんなも学生時代とか20代前半くらいまではこんな感じ…だったと思うけどすっかり落ち着いている。誰か一人としか会えなかったときは、相手が落ち着いていても気にならなかったのに、4人で集まったら私だけ若い頃のテンションのままで急に気になり始めた。

ツイッターラインでもみんな「!」とか「w」とか絵文字スタンプが減っていっていたけどそれはあくまSNS上でのことだったので全く気にしてなかった。

ジャンルで仲良くなったフォロワーの方がリア友より圧倒的に人数が多かったし、その人たちとはハイテンションで話していたからというのもあったと思う。

ジャンルで仲良くなった人たちは20代前半~半ばの人が多くて、みんなテンションが高くて自然と私もそうなっていったというか、そういう人に囲まれていてみんなが自然に落ち着いていく過程を歩まなかった。

若い子とキャッキャキャッキャハイテンション推しの尊さとエッチさを語り、鍵垢なのをいいことにおちん〇ん!お〇んちん!と叫びまくっていた。他にも色んな下ネタ沢山。

実際会って遊んだフォロワーには「Aちゃん全然32歳に見えない若くて可愛いよ。小さい子みたい」とか言われて、私まだまだ若いんだ~!と喜んでいたし、「もう、私小さい子なんかじゃないよぅ(o`з’*)32ちゃいの大人のお姉さんなんだからね!みんなよりとちうえなの٩(๑òωó๑)۶あたちセクシーボイン大人のお姉さん!(๑ơ ₃ ơ)♥」とリプを送っていた。

やばい恥ずかしい死にたい

フォロワーは本当に若いと思って褒めてくれたのかもしれないけど、言動が幼稚なところと、薄すぎる化粧と手入れされてない髪や爪、チープな服や持ち物が垢ぬけてなくて年齢不詳の子供おばさんぽくてそう感じたのかもしれないと震えた。

フォロワー空リプで会話してよちよちぎゅっぎゅしたり、さっきみたいな私大人のお姉さん♥みたいなことを沢山言ってたし、昔若いツイッターではよく見られたような、フォロワーと仲良しなアテクアピールみたいなやり取りを未だに続けていたのだ。

久しぶりに同い年の友人と会って本当に本当に恥ずかしくなった。

考えなしに推しお金を使いまくることも、ファッションのことも、テンションのことも、決して悪じゃないし、それが楽しくてずっとやり続けるんだって強く思ってる人はそれでいいと思う。でも私は自分の現状がとても32歳には思えなくて恥ずかしくなってしまった。どうにかしたいと思った。

どうにかしたいと思ったのに私はまた推しにジャブジャブお金を使い、着古した服ばかりを着て、フォロワーハイテンションで話している。その時は楽しいのに、夜一日の行動等を思い返すと恥ずかしくて死にたくなる。

今度友人に相談してみようか。そしたら変われるだろうか。




追記

読んでくれた人たちから様々な意見が出ていたけど、これは『変わりたいと思った自分』の話にすぎない。




もう話題に上げる人も少なくなったみたいだけど、ちょっと進展があったので追記する。

進展というより変わろうと決めた段階だが。

長くなりそうなのでまずは簡潔に。

これを書いたのは自分だと友人にバレた。正確には自分からバラした。

そして相談したりみんなの話を聞いて変わろうと決めた。

この追記を書くことは友人から許可を得ている。

詳しくは下記




投稿

バズるなんて思ってなかったから、フェイクは入れてたけどバレるんじゃないかと思った。勝手に色々書いて友人を誤解されるような書き方もあったかもしれないか申し訳なくなった。(前にも書いたが友人は自分ファッションや振る舞いについて言ってきたことはない)

友人がこれを読んだのかどうか分からなかったが、自分が書いたと言うか言うまいか悩んだ。

悩んだ結果、謝罪をしたいしやっぱり変わりたいという気持ちもあったので友人たちに声をかけてスカイプをすることになった。

フェイクの為に存在を消してしまっていた友人Eちゃんも呼んで。




32歳腐女子って知ってるかと聞くと、知ってたり知らなかったりだったので知らない人には読んでもらった。そして書いたのは自分だと打ち明けた。

みんなはよく聞くような話だしフェイクも入ってるからからない、そもそもこんなバズる記事を友人が書いてるとは想像もしなかったそう。そういうものか。




で、勝手に書いたことを謝罪すると、個人特定できるようなものじゃないし悪口を書かれたわけでもないし怒ってないと言ってくれた。

Bちゃんはミモレ丈が何したっていうんだと笑ってくれたし、Eちゃんも抹消するなんて酷いじゃん~と笑ってくれた。



●変わりたいのか

Dちゃん子供さんが起きてしまったので離脱したがそのままスカイプは続いた。

合わせたいだけなのか本当に変わりたいのかと問われて、よく分からないけどあの日すごく恥ずかしく感じたしそれと同時に素敵だな、いいな、ああなれたらなとは思ったことを伝えた。





●具体的にどうするか

色々話して、テンション下ネタ発言は鍵垢だしいいんじゃないかと言われた。みんなツイートする気力がないだけで頭の中では常に推し推しがおちん〇んフィーバーしているらしい。

ただお店なんかで小声で話してるつもりでも案外隣のテーブルには聞こえてたりするからもう少しボリューム下げた方がいいかもとアドバイスをもらった。

あと小声でも身振り手振りがけっこう激しいらしい。これは全く気付いてなかったから聞けて良かった。

カラオケとか個室、こうしたスカイプなんかではテンション上げて語ろうと言ってくれた。ツイッターではしゃいでるの楽しそうで微笑ましいとまで。




ファッションを変えたりメイクももっとしてみたいとなったが、何せ金銭的に厳しいのでまずはそこを解決するといいかもという話になった。

前はここまで派手にお金使ってなかったのにどうしたのかと聞かれ、確かにと思った。

ただ運命ジャンル出会ってしまっただけかもしれないが、ハマってしばらくして急にお金を使いだした印象だと言われた。

今は仕事が減ったりしてないみたいだけどこのご時世だし災害もあるしどうなるか分からいから本当に貯蓄0だったら今後困ることもあるかもと心配してくれた。確かに少し怖かったが気付かないふりをしていたところはある……


よくよく考えてみると、フォロワーが言ったのかRTで見たのか忘れたが、「課金してジャンルを支えなきゃ」「課金してこそ愛」「推し無限回収するもの」といった趣旨ツイートを見て、そうかそうだよねもっとお金使わなきゃとお金を使い出したような気がする。

勿論そういう考えも大事だしできる人はどんどんやったらいいと思うが、自分はいるいらないとかよく考えず反射的にグッズ買うし、何個も同じ物を買ってる。既に何個も持ってるグッズをアニメショップで見かけたら「自分に買われるのを待っていたんだ」と思うし、それがブラインド商品なら「これで推しが引けたら運命」等と言ってとにかく買っている。(運命とは)推し以外のガチャにもじゃぶじゃぶ突っ込んだりするし。

買っただけで満足してダン箱に入ったままで積み上げられた物も沢山ある。(倉庫かな)

番付き合いの長いBちゃんは「Aちゃんは良くも悪くも素直というか流されやすいとこあるしね」と言った。そうかもしれない

本当に自分が納得してお金を使っているのならいいけど、少しでも負担に感じたり、周りがそうだから自分もという気持ちで使ってるなら一度よ

2020-07-05

インターネットコミュ障腐女子になるまでの自分語り

 手書きブログからツイッターに移動してきた頃、自分はけっこうな流行ジャンルにはまった。

ジャンルは絶賛アニメが放映中で人気があった作品だった。

 私はこのジャンルで初めて半ROM状態から絵を描く側に回った。この時の私は社交性がかなりあり、どんな人でもフォローしていたしリプして話かけていたしフォロワー日常ツイートにも反応したりしていた。とにかくオタクとしての交友が楽しい時期でありジャンル性癖にあっていたのかどんどん二次創作をした。

そのうちフォロワー相互フォロワーを介して広まっていき、この頃の自分CP合致していれば誰とでも話せるようなそんな人間だった。

  

そんな中、仲が良かったフォロワーに「スカイプをしないか」と誘われた。

内容はA×Bの萌え語りで、結構大人数のスカイプだった。

いつもは文字を通して話してるフォロワーと直接言葉を交えて会話できるスカイプ革命的であった。

最新話の感想を語ったりBのいいところ、A×Bのカプ観を時間制限もなく話した。

リアル友達とはジャンル自体かぶらない私にとってその空間はとても幸福ものだった。

 

そこから私は『さぎょイプ文化』にどっぷりはまった。

基本は仲がいいフォロワースカイプをしてそこにフォロワーの友人や自分の仲良い人を誘い、ツイッターでつながっていない人ともスカイプを介して仲良くなった。

この時の自分の社交性はカンストしてたと思う。

週に何回か深夜から朝までスカイプをして萌え語りからリアルの話、ほかのゲームの話や参考になりそうなサイトの話などたくさんの情報を交換した。

そのうちにどんどんスカイプメンバー固定化し、いつメンで集まって定期的に雑談するような深い関係になった。

 ある日一人の仲がいいフォロワーヘラりはじめた。きっかけはその人が一番仲良しだった人と喧嘩たからだった。

日に日に自虐的ツイートが増え、スカイプでも自虐がはじまり自分も励ましはするもの根本的な解決当事者ではないからできずにいた。

仲が良かったフォロワーは日に日に喧嘩したフォロワー粘着質になり、匂わせるような発言が増え、その人がいるうちはネガティブツイートツイッターに増える為私にとってツイッターは居心地が悪いものになった。

しばらくして活動ジャンル最終回を迎えフォロワーもちょくちょく次のジャンルに移り始めた。

自分フォロワーとは関わり続けるのに疲れてしまっていたので逃げるようにジャンルを変えた。

 

 次のジャンルでは自分はあまり積極的交流はしなくなっていた。

前回のこともあり、自分が好きなジャンル人間関係のごたごたに巻き込まれたくなかった。

からフォロー簡単にしなくなったし、相互フォロワーを厳選した。そんな中でも仲良くしてくれる人はいたし、萌え語りを一晩ツイッターでしたりもした。

でも以前のようなスカイプに誘ったりだとか定期的にリプを送りあったりだとかそういうのが目に見えて減りフォロワー関係を深く保たないようになった。

絵を投下して萌え語りをして去っていく。そんな感じだった。別に気取っているわけではなく、それくらいしかできなくなっていた。

たまにフォロワー萌え語りに反応してくれてうれしくてリプでリレーをしたりそれだけだった。

でもフォロワーがほかのフォロワーと楽しく話しているのを見かけるたびに、なんでこんなに交流がうまくできなくなったんだろうと思った。

 

 そんな活動をしていく中である日ぱたっとSNSでの二次創作に疲れてしまった。

たまに感想もくるし、フォロワー交流だってするし、評価に満足してなかったわけではなかった。

前のジャンルの楽しかった頃を思い出してしまうのか、フォロワー間の内輪ノリを見るたびにひどく疎外感を感じてしまい、一人で勝手に疲れてしまっただけだった。

交流するために二次創作を描いていたわけではないが、SNSを続けていたのは交流がしたかたからだ。

だけどそれを理解していてもしばらくの間交流という交流を断っていた自分は今では立派なネットコミュ障になってしまった。

たぶんこれからもずっと、自分は前のジャンルの一番楽しかった頃と今の自分比較してしまうのだろうと思う。

我ながらめんどくさい腐女子になったと思う。

 

 最後に、二次創作してる人で近場に定期的にヘラフォロワーがいたら近寄らないほうがいい。

メンヘラはわりと感染するし、自分精神衛生上すごく良くない。

めちゃくちゃな文章だが吐き出したかっただけなのでここに書く。


おわり。

2020-06-21

anond:20200621180030

あの時代はまだ「なんで日本からスカイプが生まれないんだ。若者が悪い」とか言ってた上級国民ネット批判されていた

2020-06-17

anond:20200617110903

俺も起業して年収1億以上あるけど、こいつ何も知らんな

社長年収1億てことは売上はその10倍は必要だろうから社員レバレッジ効かせないと無理

んな訳ないだろ。売り上げの10%しか利益ないってどんだけリスク高いんだよ笑

俺は1億PVのあるメディア持ってるけど売り上げの97%は純利益になるし、経費は3%だけ。運営するのにサーバーライターさん数名だから

一人でサービス作って数億で売るやつもいれば、自分運営して利益得てるやつも多いし、経費ほぼかから事業なんて無限にあるぞ。

・そこまでの年収・売上を安定的に確保するには必ずしも他人と関わりが出てくるだろうし、

出てこない。東京に住んでないからやりとりは全部ネットしかない。スカイプすら使わん。99%メールで済んでる。仕事上では実際に会った取引先は1社しかないわ。

・懇親会にも数多く呼ばれるだろう

懇親会ってなんだ?自分からFacebookで調べて交流会に行くことはあるけど、懇親会なんか聞いたこともない。


追記

つの間にかコメントされてて驚いた

増田の使い方よく分からんけど返信してみる

情報商材屋か。そもそも、1PVあたりの広告料を考えれば1億PVじゃ年収1億円にはならない。この年収嘘くさいな。

違う、1億PV年収1億超えなのは事実

アドセンスとかじゃクリック1%・単価40円で計算しても400万しか稼げない。

でもアドセンスとかってアフィリエイターが使うものめっちゃ単価低いから使ってない。

法人契約だと広告枠だけで月600万くらい契約されるのよ

・97%も純利出してくれる質の良いライターたちなら離さないように普通もっとお金出すだろうし、ライター交渉してくるだろ。

どのライターさんでも純利出るんよ。

今はクラウドソーシング契約してるけど、もうちょっと単価上げてもいいなとは確かに思う

でも自分で書いてたときですでに1億超えてたか別にライターさんの力ではないよ

・それと普通知識があれば年収1億なんて額にはしないよw

賢いな!

言う通りで実際は役員報酬は2400万にしてる。

実質の利益が1億以上あるけど、法人税高いか個人には2400万に分けてる。

別に1億にも設定次第でできるって話でシンプルに書いてた

・300万にサーバメンテ費用も含まれてるんだよな?w

1億PVを支えるサイトなんだからそこらのレンサバ運営するのは無理なのわかってる?w

むりじゃないぞ。Xサーバーの上位プラン全然持ってる。さくらの上位プランだと転送制限でムリだったけど、Xサーバーならめっちゃ捌けるぞ

他にも質問あれば答えるぜ!やり方とかサイトはバレたくないから言わんけど

2020-06-14

汚部屋なのでリモートワークちょう辛いんだけど。

そのまんまだ。

3月から基本フルリモート勤務。

ネットノートPCがあればどこでも仕事が基本できる職種

ZOOMFacetimeビジネススカイプもLINEもメッセンジャーも使ってる。

でも、いつもヒヤヒヤしている。

 

とにかく部屋の背景を見せたくない。

いからだ。ぐちゃぐちゃ。

絶対こういう人いると思うんだけど、なんかあんまり話題を見かけない。

 

私は昔から生活のどこか一部がめっちゃ汚い。

実家いたころは部屋がなかったので机の上がフィールドだった)

人を家に呼びたくないかシェアハウスに住んで居るのに、

公共性の高い場所会社、共有部分とか人と一緒に使うところはキレイに使える)

なんでビジネス関連の知り合いに部屋の一部をみせなくちゃいけないんだ。

 

クリエイティブ職種で友だちもそっち系の子が多いんだけど

みんな部屋の中にアートと飾ったりでっかいソファーがあったりして本当にキレイ

私はとりあえず「ドアの前」でPCをひらいて見せないようにしているけれど、

PCが少しでも角度を変えたら終わりだ。

 

一回友だちとLINEでカメラ通話しているとき

インカメラからアウトカメラにしちゃって一瞬部屋の全貌をみせてしまって死にたい

彼らは何も言わなかったけど、幻滅していると思う。

 

こんな世の中になるなんて聞いてない。

誰にも見せないように気を配ってきていたのに。

いつもココロが休まらない。

引っ越せば最初は片付けられると思うけど、そのうちまた汚くなるだろう。

 

もう本当にいや。

バーチャル背景だってときどきふっと見えるから油断ならないし。

2020-05-23

この部屋住んで3年目、隣は2度入れ替わって今が3人目

やっと一人暮らしの隣人らしく、落ち着いて過ごせる

最初の隣人は学生兄弟で、兄弟だけの時はさほどでもなかったが、友達だかを大勢連れて夜中に大騒ぎされた

管理会社に2度3度と連絡した

次は若い同棲カップルらしく、よく口喧嘩が聞こえた

男の感情的モラハラじみたトーンの口調がうるさく、音楽等でごまかした

今の隣人もよく会話が聞こえるから、はじめは2人入居かと思ってた

が、電話スカイプ通話の類のようで、相手の声が聞こえない時もある

物理的な音量としてはある程度聞こえるが、感情的にうるさくない感じでやり過ごせる

一人暮らし用だがやや広くて2人入居可能物件

こういうのは若い2人入居のパターンの方が多いんだな

いい歳して一人暮らしだがちょっと広い物件に住み替えたい、というのは案外イレギュラーなようだ

2020-05-21

最近受けた面接が最悪だったので愚痴を書かせてくれ

面接当日は時間になったら企業からスカイプ着信が入るはずだったが数分待っても来ない。

当日緊急連絡先に電話をするが事務所閉鎖だかで繋がらない。

どうにか番号を調べ上げ、採用担当に繋いでもらうも、「あれ、着信入れたんですけど出られなかったですよね。気づかなかったですか?」

は?

開始15分前からPCの前で待機してたけど着信なんて一切ないわ。

そもそも事務所閉鎖して電話番号変わってるなら連絡しろよ。

ぜったい行かない。

2020-05-19

プログラミングスクールに通わずプログラミングを学ぶ方法

プログラミングスクールってどう思いますか」への、個人的な回答メモ

LINEウェブ制作系のオープンチャットで、

おすすめプログラミングスクールはありますか?」

エンジニア転職したいです。何からやればいいですか?」

おすすめ勉強方法を教えてください」

など、プログラミング経験の方によるこの質問から始まって、独学の方法についての意見交換が始まる展開を何度か見ている

初心者なのに数十万かけてスクールに通おうとしている人が多かったのが意外だったので、個人的な考えを長文でまとめたものである

リモート研修中にクビになった法政大の〜」という記事を見て、既視感があったので増田に貼る。

昨今のコロナ以前に書いたので、コミュニティの利用方法は若干今の現実と即してないと思う。

この文章は、ある程度の本音と持論を語るために、あえて冗長な長い文章形式をとっている。

なぜならば世間一般の「エンジニアのなりかた」といった類の文章は「わかりやすさ」に重きを置きすぎていると考えているためだ。

わかりやす文章は、読み手コントロールする文章である。そして、インターネットに落ちている「読み手コントロールする文章」は、何かを売りつけるための文章にすぎない。

あと、無料で読める長い文章すら読み飛ばす人が、実務レベル学習をやるとは思えない(クソ偏見

それと、ネット上で「プログラミングを学んでエンジニアになりたい」っていう人はだいたいウェブエンジニア(コーダー)志望なので、それを前提に書いている。

■どんな人を読者として想定しているのか

この文章ではこんな人を想定している

20代前半~30代前半で就職経験非正規雇用込)はあり。現在仕事はしている。労働時間はまちまち。週休2日で、月の半分の土曜日は出勤。平日の労働時間・出勤時間家事労働を除いた自由時間は1時間半程度」

「今の仕事には将来性が無いし、このままだとダメだと思っている。貯金はしているので、それを使ってプログラミングスクールに通って転職したい」

パソコンスキルゆっくりとしたブラインドタッチ日報を打ったりはできる。自宅にもノートパソコンは持っているけど、週末にyoutubeを見るくらい」

エンジニアイメージは、ウェブページを作ったりデザインをしたりする人、という認識

「まだプログラミング勉強は始めていない。何からやったらいいかからないし、時間も無いから間違った効率の悪い勉強方法は避けたい」

オープンチャット相談を見ていたり、自分の周囲を見ていてもこういう人が多い気がした。

気持ちは正直なところすごく分かる。

学校卒業してから仕事とは関わりのない異業種について勉強することはわりと大変だ。

資格勉強ならば、体系的にまとまった書籍試験範囲があるので、書籍をとっかかりとして勉強やすいだろう。しかし、「就職」を前提としたプログラミング勉強だと、たちまちにハードルがあがる。

言うなれば、週末に趣味でやるレベルではなく、「実務レベル」という到達目標があり、なおかつ肝心な「実務」について一切想像ができない。周りにエンジニアはおらず相談ができない。

そうするとどうなるか。

プログラミングスクール広告が魅力的になってくるのである

プログラミングスクール 比較」「プログラミング 始め方」で検索するとブログスクールオススメがたくさんヒットする。しかも、今なら入学金が半額だったりする。

どうしよう。プログラミングスクールに通うべきだろうか。

そんなことを考えている人を想定している。

結論:今すぐProgate(無料プログラミングアプリ)をやれ


エンジニアになりたいけど、プログラミングはやったことがない」という人にオススメサービスがある。

それが、Progate

https://prog-8.com/

である

Progateでは、ウェブサイトウェブサービスで使うプログラミング言語を、わかりやすスライドゲーム感覚習得することができるサービスである

なぜ、プログラミングスクール検討する人にProgateがいいのか。

なぜならば、Progateはtwitterなどのアカウントを持っていれば、5分後には学習スタートできるサービスからである

あなたプログラミングを一切学んだことがないならば、スクール情報を知るよりも前に、「自分が学ぼうとしているものがどんなものか」を知ることがもっと重要である

Progateは、「自分が学ぼうとしているものが何か分からない人」に特化したサービスであり、なおかつ学んだあとに「自分には何が足りないか」を考える足がかりになるサービスである

個人的偏見だが、こんな駄文を読んだり名前の知らない人に相談したりプログラミングスクールの紹介をするアフィリエイトブログを読んでいる時間で、Progateに登録してHTMLの基礎を学ぶほうがはるか有益だ。

何度でも言うが、エンジニアになるための勉強が、今から5分後には無料で始められるのだ。今から5分後には、あなたHTMLって何?っていう段階から、一歩踏み出して、5分前のあなたが知らない、ウェブエンジニアの基礎の基礎の基礎を知ることができる。

ならば、なぜやらないんだろう?やらない理由を探して、あれこれ迷って時間を浪費したあげく、「自分は将来のことを考えている」と自己満足したいだけではないのか?

こんな安っぽい挑発に乗っかるのは癪かもしれないが、まず行動をしてみてほしい。行動をする習慣と、行動を通じて頭を使う習慣を身につけてほしい。

実際のところ、Progateが無料っていうのはウソで、全てのレッスンをちゃんとやろうとすると月額980円がかかる。しかし、半年で80万円のプログラミングスクールに比べれば遥かに良心的な価格である。そして、前章で想定したような余暇に余裕が無い人でも、Progateならばスキマ時間で1か月もあれば1周することができるはずである

まずはそこからはじめてみてはいかがだろうか。

プログラミングスクールおすすめしない理由

費用対効果が悪い。胡散臭い就職保証されているわけではない。

以上。

プログラミングスクールに通うメリットとしては、

・同じ環境勉強する仲間がつく

メンターがつく

講師がつく

といった点が考えられる。プログラミング学習挫折しがちなところをサポートしてもらえる面や、お金を払った分の覚悟が生まれるのは良い点だろう。

しかし、結局のところそれも人の運であるところは否めない。

個人的偏見だがプログラミングスクールも、通ったもの挫折する人はかなり多いのではないだろうか。

プログラミングスクールを修了した人が、プログラマーではなくスクール講師メンターになる、というのもよく聞く話である。もちろん、そういうスクールに通って、あなたプログラマーになれないとは言えない。でも恐らく、その環境あなたが望む「実務レベル」を身に着けられる環境とも言い切れない。

おそらく、チャットなどでに質問される方の多くは、自分エンジニアデザイナーとしての働き方が、まだ明確に見えていない方だと思う。何をどれだけ勉強して、いつまでにどのレベルに達しなければならないか。そこがつかめていないはずだ。

そんな状態プログラミングスクールお金を出すのは、危険ではないかと思っている。自分習得すべき課題を知らないまま、他人自分人生手綱を預けてしまうことになりかねない。

学校というのは、「自分が何を習得したいか、どうなっていたいか、何を勉強しているのか」をある程度把握して、その目標との軌道修正のために利用する場所であって、教わる場所ではない。カルチャースクールに通うならともかく、転職を前提にした学習において、上述の点が曖昧なままにスクールを利用するのはメリット以上にリスクが大きい。

っていうか、スクールに通う数十万があるならば、その予算乾燥機付きの洗濯機食器洗い乾燥機を購入して、家事効率化を試みる方がいいのではないか

そのほうが、学習時間睡眠時間を捻出できるため、仮にプログラミング学習挫折しても、生活の質は向上する。

■Progateをやったあとはどうするべき?


1.なにか書籍を1冊やりきってみる

Progateでいくつかの言語での学習が終わった段階で、なんとなく「自分が何をやらなきゃいけないのか」が見えてくるはずである

仮に見えてこなくても、Progateをもう一度やってみるのはあまりオススメしない。

そこで、見方を変えるために、書籍にとりかかってみるのがいいと思う。

特に、Progateでは、実際にコードを書くためのエディターや、プログラミングに使う各種ツール言語などのインストールをする「環境構築」を学ぶことができない。

多くの入門者向け書籍場合、まずは序章で環境構築やおすすめエディタの紹介がある。ここで、一度環境構築を経験してみるのがいいと思う。

選び方としては、

予算内(2000円~3000円くらい)

最近に発売されたもの2017年2019年)、あるいは改訂が入ってるもの

・「書籍名 正誤表」で検索して、内容の誤りが修正されているもの

でどうだろうか。

できれば、大型書店に足を運んで、手を取って比較してみてほしい。(コロナから今はできないけど)

おそらく、Progateを始める前に書籍から始めようとしたものの、「どれがいいかからない」「初心者なのに、専門書のコーナーにいるのが恥ずかしい」

となっていた人でも、この段階ならば何かしらの選ぶ基準ができているはずだ。

例えば、Progateで分かりにくいと思ってたところがなんとなく理解できる本だったり、もっと詳しく知りたい内容が載っていたり、作ってみたデザインサイトが載っている本が見つかるはずだ。

もし、近くにプログラミング書籍が売っているような書店が無い場合は、Amazonに頼ろう。こればかりは仕方がない部分でもある。もし、タブレット端末を持っているならば、

Amazonkindle unlimited登録すると、月額1000円くらいで電子書籍の読み放題コンテンツを利用することができる。読み放題に登録されているのはいささか古いものが多いが、それでも限られた予算内でいろんな本を比較しながら進められる点で、メリットがある。

2.N予備校を使う。

N予備校ニコニコ動画提供する「ドワンゴ」が提供する学習サービスである

https://www.nnn.ed.nico/pages/programming/

このN予備校には「WEBプログラミングコース」というプログラミングコースがあり、これがわりと本格的な内容だと定評がある。

メリットとして、


が挙げられる。Progateと違って、講師質問できるのがN予備校の大きな強みだ。

でもお高いんでしょう?って思った方もいるかもしれない。

だが、なんとN予備校は月額1080円であるしかも、コロナ下の今では、無料である

しかも、プログラミングだけではなくPhotoshopillustratorといったAdobeソフト学習コースなども受けられる。

ただしデメリットもいくつかある

といった点があげられるだろう。

N予備校を勧めるのに「何を学べるのか」を具体的に書かない点には、難しくてとっつきにくい内容が多く、初学者説明しにくいからというのが挙げられる。

(ちなみに、チャットbotアプリとか、掲示板アプリを作ったりできます

実際、N予備校生放送を見ると、回を重ねるごとに挫折者が増えていく。

料金が安いにも関わらずサポートが手厚いのは、おそらく、黙って挫折する人が多すぎてサポートの手間が少ないのではないだろうか。

■Progateもやって、書籍もやって、それでもプログラミングスクールに通いたい


ここまでやって、それでもプログラミングスクールに通いたい人には、スクールを利用するための明確な課題意識があるはずだ。

ポートフォリオ作成転職活動を前提に、対面やスカイプで細かくサポートを受けたい」

自分ウェブサービスリリースしたい」

などなど。

この段階になって、なおかつスクールの料金を払える人ならば、アドバイス不要だと思う。

プログラミングスクールの問い合わせ窓口や受付で、いやらしい質問たっぷりとぶつけて、自分にあったものを探すのがいいのではないだろうか。

なお、大都市圏に住んでいる人ならば、この段階でエンジニアの集まりに顔を出してみるといいと思う。(これもコロナでできなくなった)

コンパス、という勉強オフ会サービスがある。

https://connpass.com/

ここで、自分が通える初心者歓迎のオフ会を探してみるのはどうだろうか。

こういうエンジニアの集まりには実際に異業種から転職した経験がある人や、フリーランス勉強している人、講師経験のある人が多く参加している。

個人的経験では、こういう集まりには親切な人が多く相談やすいと思う。不安払拭するためなら、一番近道かもしれない。

なんなら、「Progateを始めました!」って段階で足を運んでみてもいいと思う。

まとめ

以上、おそらくここまで読んでいる人は誰もいないと思うが、個人的経験を前提にしつつ「おすすめプログラミングスクールはありますか?」問題について書いてみた。

人によっては、「プログラミングスクールではなく職業訓練校」とアドバイスしたい人もいると思うが、職業訓練校は地域による当たりはずれや、学習者が現在仕事と併用できない点があるため候補に入れなかった。

(個々の状況に応じた選択肢の一つとして、職業訓練校は大いにありだと思うんだけど、一般論として勧めることができない。補助金があっても離職を伴いますから

この駄文を通して私が主張したいのは「悩んでいる時間無駄であり、とりあえず行動して勉強する時間無駄ではない」というただ一点である

「とりあえず行動する」とは、リスクを背負ってやみくもに飛び込むことを意味しない。最低限のコストで最低限の学習を行い、自分の向かうべき道筋について自身で仮説を組み立てつつ行動することである

そのための足掛かりとして、高額な出費を伴うプログラミングスクールではなく、まずProgateを推したい。この際、費用が掛からずに自分トライアンドエラーができるならば、他の学習方法でも全く構わない。とにかくまずは学習をはじめてほしい。

願わくば、この駄文が誰にも読まれことなく、いま悩んでいる人が「とりあえず行動してみる」と、勉強を始めてくれることを、願ってやまない。

ちょっと追記https://anond.hatelabo.jp/20200519212657

2020-05-17

父親入院しているらしい

実家から連絡あるとだいたい父親がどこか悪くしてという話

こないだのゴールデンウィークスカイプ通話笑顔を見せていたのに

母親が、父は危ないかもしれない、こんなことをいうのは兄弟の中で増田だけだ、という

長男結婚もせずこんな歳になった自分

面倒ごとをいう最適任者なのだろう

弟達は家庭に子供達にいろいろ忙しい

けど弟達は結婚して子供を持って家やら子供やらにさんざん両親から祝いやら援助やら受けてきて

自分独身から一切そんなもんはなく

で、父親がいよいよ危うい、となったら責任者として自分が駆り出されるのか

やりきれない気分だ

2020-05-08

anond:20200507083808

twitterで繋がってる女の子フォロワー達と一緒にスカイプ通話しながらゲームしてたよ。(あつ森、スプラスマブラ

最高に楽しいGWだったわ。

2020-05-03

anond:20200503192531

機能的にはスカイプで十分なのに、敢えてズームなのは、そいうことなんだろうなって思う。

2020-04-20

anond:20200420213118

作画ラフで, 声もスカイプ音質でいいから新作をたくさん作ってテレビ放送して欲しい

よかったやつを禍が去った後に制作してほしい

2020-03-29

コロナは、それ自体の元々の致死率が高いわけではないのです

またスカイプしましょう。

くれぐれも、家から出ないようにね。

東京は、もうダメかもしれないね

検査の陽性率が5割って異常だよ。

来週からものすごくたくさんの人が死に始めるかもしれない。

コロナは、それ自体の元々の致死率が高いわけではないのです。

適切に治療を受けた場合は、ほとんど生存できる。

問題は、患者が爆発的に増加して、治療できなくなる。

医療行為を受けられずに死んでしまう人が増えることなのよ。

腕に大怪我をしても、輸血したり治療したりしたら死なないよね。

でも輸血も治療もなければ、腕の怪我で人は死ぬ

それと同じこと。

有紀子にはメールを送って注意するように言ってるけど、

なんか当事者感覚がとても薄い。

こちらは、政府ものすごい危機感をもって対応してるので、

政府の違いが文字通り国民の生死を分けることになるのでしょう。

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わかったか。わかったらひきこもれ。

2020-03-06

半年前に兄が帰ってきて、また出ていく

半年前、兄が海外赴任から帰ってきた。

当方(弟)20代半ば、兄は30近い。首都圏住み故に、双方実家暮らし社会人

私が兄を形容するにあたって、何よりもまず「畏怖」のようなものが挙げられる。

幼少期の兄はガタイがいい(というか太り気味)であり、私は痩せ型であったため、年齢差も相まって力関係の差があった。何かしらあると怒られたりつねられたりし、長期休暇などで家にいるとおっかなくてしょうがなく、仕事に出ている母親電話で助けを求めた記憶が残っている。

兄は中学からは塾に通うようになった。進学校を目指すようなハイレベルな塾で、競争が激しいのか課題が多いのか兄の機嫌は更に悪くなった。当時の私は、塾に行くと性格が悪くなるのではと兄を見て思った。

兄は中学から高校にかけての反抗期も激しかった。親と盛大に喧嘩をしており、私はいつか兄が家族を手に掛けるのではないか不安になった。高校定期テスト受験あたりでは輪をかけて機嫌が悪くなった。中学生だった私は、中学時代の兄を見たために塾には入らず、テスト前でも呑気にゲームをやるような生活をしていた。一方で成績は中学時代の兄よりも良好であったため、いけ好かなかったと思う。

兄は大学生になった。活動が盛んな運動部に入り、土日は家をあけることが多くなった。接触が減ったが、部活の影響で体格が良くなったため、揉めた際の迫力が増した。一方で私は兄と同じ高校に入った。文理選択では、兄と異なる系統を選んだ。単純な興味の面が半分、兄との比較がしにくくなる面が半分であった。

私は兄と異なる大学に進学した。兄のいる部屋と別の部屋で友人とスカイプ通話をしていたら、うるさいとすごい剣幕で怒られた。今度やったらパソコンをへし折るとのこと。私は兄がいないときのみスカイプを使うようにした。

兄は就職し、婚約者が出来た。兄の婚約者と私達家族食事する機会があった。普段ぶっきらぼうな態度は何処にというような気さくな言動をする兄の姿があった。あれが家の外での兄なのだろう。私はなんだか胃が痛くなり、手元にあった酒を呷った。

そして兄は海外へ赴任した。兄との相部屋は、人が一人常時いないのもあり随分と静かになった。社会人になっていた私は、労働に追われながらも兄のいない生活に慣れていった。

他方で、兄の優しかたことや、兄の尊敬できるところももちろんある。

幼い頃に、揺れる車の中で即席の話をよく聞かせてくれたこと。私の高校受験ときに、応援意図シャープペンシルを贈ってくれたこと。自分センター試験おやつのついでとはいえ、私にアルフォートを買ってくれたこと。私の大学受験就活に助言してくれたこと。

兄は大学時代部活動の一方で学業も怠らず、皆が羨む企業就職した。努力を嫌った私には出来ないことであった。

そんな兄が半年前に帰ってきた。帰国の予定日が近づくのと一にして、疲弊した感覚が襲ってきたことは記憶に新しい。

冒頭に書いたが、私は兄を畏れている面がある。知人に、「何かに怯えている感じに自信がなさげ」と評されることがあるが、多分その影響であろう。親には、自分気質理由他人に見出すなと言われる。遅きに失している感はあるが、私も恐怖を抜きにして兄や自分自身に向き合うべきなのだろう。

兄はこの度家を出る。海外赴任ではない、夫婦としての新生活だ。私にとっての兄のいる生活は、完全に終わりを告げる。余程のことがない限り、寝食を共にすることはないだろう。これが最後だと考えると、兄にしたこと、されたことを思い出し、得も言われぬ寂しさが湧いてくる。我ながら調子がいいものだ。

2020-03-05

から出ずに楽しめる100のこと(完成版)

コロナ流行で、週末家から出ずに楽しめる事を100個考えてみた。

1.映画を観る

2.昔見た国内ドラマをもう一回見る

3.まだ見た事のない海外ドラマを見る

4.動画を見る

5.動画配信する

6.Youtube海外動画日本語字幕をつける

7.オンライン英会話を始める

8.外国人日本語を教える

9.知らない人とスカイプで話す

10.知ってる人とスカイプで話す

11.オンライン飲み会を開催する

12.食べる

13.料理をする

14.麺うちをする

15.パンを焼く

16.ケーキを焼く

17.薫製を作る

18.料理投稿する

19.料理を教わる

20.オンライン授業に参加する

21.プログラミング を学ぶ

22.アプリ開発

23.サイトを作る

24.ブログを始める

25.漫画を読む

26.漫画を描く

27.本を読む

28.小説執筆

29.俳句を詠む

30.絵を描く

31.楽器を弾く

32.作曲

33.懸賞に応募する

34.大掃除

35.DIY

35.ガーデニング 

36.レゴ

37.ナノブロック

38.プラレール

39.プラモデル

40.マインクラフト 

41.オンラインゲーム

42.旅行計画をたてる

43.机上旅行

44.編み物をする

45.刺繍をする

46.服を作る

47.作ったものを売る

48.マッチングアプリ

49.婚活

50.仕事


50個しか思いつかなかった。

あと誰かよろしく


追記 --------------


ブコメを見たり自分で思いついたりして95まで追加した。


51.ヨガ

52.ビリーズ・ブートキャンプ

53.TRF イージー・ドゥ・ダンサイズ

54.ピタゴラスイッチ

55.株

56.レザークラフト

57.タングラム

58.数独

59.小規模自己出版

60.フォトアルバム作り

61.手紙を書く

62.絵手紙を書く

63.ディアゴスティーニ

64.トランポリン

65.内職

66.ギネスブックに挑戦

67.オンライン囲碁

68.オンライン将棋

69.オンラインポーカー

70.LINEスタンプを作って売る

71.オンライン同時上映会

72.寝る

73.蘇を作る

74.資格を取る

75.ネット大喜利

76.リングフィット アドベンチャー

77.猫

78.ネイルアート

79.折り紙

80.電子工作

81.アマチュア無線

82.シルバークレイ

83.包丁を研ぐ

84.VR

85.ジグソーパズル

86.金継ぎ

87.Google Art Projectで美術館めぐり

88.落語を聞く

89.部屋の模様替え

90.消しゴムハンコ

91.ストップモーションアニメ制作

92.ジグソーパズル

93.ポイ活

94.アクセサリー作り

95.HITT


ブコメ参考になりました。

レザークラフトで靴作り羨ましい。オンライン同時上映やってみたい。どうすればいの?

自分全裸トランポリンしながら念願のウクレレをはじめてみようかと思う。

妊婦の人は心配だよね。気をつけて。

自分病気で8ヶ月自宅療養したことがあって、その時は暇と孤独発狂しそうだった。

考えてみたらこれだけたくさんの人が同時に家に引きこもって同時に暇になるってすごいことなんじゃないのかなあ。

ドアを開けて、どこにでも好きなところに出かけられるのってすごいことだと思うよ。

あと5個、誰かすごいのよろしく


追記2——————————-

これで最後

ちょっとオーバーしちゃったけどダブってるのもあるしまあいいか


96.ピンホール写真を撮る

97.写真を素材サイトで売る

98.昔の紙焼き写真スキャンしてインスタにUP

99.写真現像

100.特許オンライン申請

101.着付け練習

102.シナリオ執筆

103.長風呂

104.レーザー脱毛機で脱毛

105.新しいソフト習得

106.古代言語を学ぶ

107.Wikpediaに記事を書く

108.ニコニコ実況

109.オンライン読書会に参加

110.水耕栽培キットで野菜栽培

111.しいたけ栽培キットでしいたけ栽培

112.何もしない

ぴよ将棋いいね!

と言うか学校休校になった小学生オンライン将棋をやったらその中から第二第三の藤井聡太くんが出てくるのでは?

ゲームについてなんか言ってるやつはオススメゲーム100みたいな記事自分で書けばいいと思うよ。

それではみなさん楽しい引きこもりライフを。

2019-12-13

女になれた私

27歳 女 身長180センチ

日本男性平均身長より高い。

物心ついた時から周りより頭ひとつ分以上背が高く、小学6年生で170センチを超えていた。

さな頃は年相応にセーラームーンキティちゃんなど可愛いものが好きで、よく身につけていた。

だが、自分可愛いものが似合わないのではないか、と気づき始めたのは幼稚園の時。

発表会で笠地蔵をやることになったのだが、その中に狐の役があった。

黄色いふりふりの衣装がとても可愛らしく見え、私はその役に立候補した。

だが、他にも複数候補者がおり、1人狐役を諦めなければいけない。

本来ならジャンケンなどで決めるのだが、そのとき私にはそれすら選択にはなかった。

なぜなら当時の担任直々に「狐役は諦めて欲しい」と言われたからだ。

衣装サイズ問題や、おばあさん役の方がぴったりだからと言われた。

そのとき、ふと目の端に見えた狐役の子たちは皆平均身長でとても可愛らしく見えた。

そのとき私は「背が高いと可愛いものは選べないんだな」と思うようになった。

幼稚園児が考えることなのであまりにも極端だと今は思うが、己の顔立ちやそもそもの体型なども、幼いながら人より劣っていると気づいていたのだと思う。

それから少しずつ可愛いものに興味を示さなくなった。だって、似合わないものを身につけてもダサいだけだし、と。

気付いたら女らしさ皆無な子供に育っていた。

うぜぇ、だまれカスなど口走るなんとも可愛げのないクソでかい女の子誕生していた。

また、中学スポーツ系の部活に入ったことにより、髪の毛もベリーショートに切り、服のサイズメンズしかなかったため、見た目はどこからどう見ても男にしか見えなくなった。

デパートなどの女子トイレに入ればすれ違うひとに驚かれトイレマーク確認されることは毎回のことなので慣れた。

制服姿や少しでも女らしい服装で外を歩けばみんなが振り返る。

最初は気のせいだと思っても、それは気のせいではなかった。

友達から「今あの人あなたなのとみてたよ、すごくびっくりしてた」と毎回報告されていたからだ。

(中途半端田舎からっていうのも1つの理由だったのかなと思う)

学校生活ももちろん私を女として扱う男子はいなかった。

恋愛対象で見られることは皆無だったが友人としては仲良くやれていたので特に気にはしなかった。

見た目も言葉遣いも男になった私だったが、心は女の子

少女漫画少年漫画と同じくらい読んでいたし、こっそりと片思いもしていた。

けど、振り向かれることはないとわかっていたので告白も何もしなかったけれど。

そんなこんなで大学生になったある日。

スカイプという存在出会った。

掲示板もあり、投稿すると沢山の人からアカウント申請が来た。

カメラ通話さえしなければ顔を見られることもない。

見た目さえわからなければみんな私を1人の女の子として接してくれることにとても感動した。

それからは毎晩寝る前にいろんな人と話をした。

みんな優しくしてくれたし、声を少し高めに話すと可愛いと褒めてくれた。

今まで体験できなかったことが沢山体験でき、自尊心が満たされた。

ある日、数歳年上の男性出会った。

その男性はとても話が面白く、不思議自分のことも話せた。

今まで相手には身長のことすら言えなかったのにその人には話せた。

それでも引かれることはなく、魅力の1つと言ってくれた。

大学生になっても、私の服装は相変わらずでダボっとしたパンツTシャツパーカーばかり着ていた。

そのことを話すと、彼は

「なんで女に生まれたのに女を捨ててるの?」

質問してきた。

だって似合わないし、背が高くてサイズもないし…と伝えると

「好きでその格好ならいいけど、女らしい服装をしたって良いんだよ」

「似合う似合わないじゃなくて、似合わせようとするんだよ」

と。

あ、と思った。

本当にあ、と。

可愛い格好してもいいんだ。

面長で重たい一重。

鼻も高くない。

その身長があるならモデルになりなよとみんな言うけど、頭身もないし腕も足も短い。

から女の子らしいは似合わないから、みんな変に思うから、楽なメンズ服に逃げていた。

そうなんだ、別にいいんだ。

馬鹿から、言われるまで気づかなかった。

それから少しずつ女らしさを取り戻していった。

といっても、完全に女として生きていけるようになったのは社会人になってからなんだけど。

田舎から都会へ引っ越して、人の視線を感じることが少なくなったのも1つの要因だった。

アイプチをしてメイクをした。

スカートもロング丈や膝下くらいのものなら履くようになった。

ヒールの靴も痛いからあまり履かないけど、6センチヒールを履いて出掛けたこともある。

少しずつ、少しずつ。

気付いたら前よりも女の子扱いされることが多くなった。

ご飯を食べに行くとお会計を出してくれる。

性の対象にすらみられてなかったのにそういう目で見られるようになる。

可愛いと言ってくれる。

髪の毛長い方が似合うよと言ってくれる。

何やり、結婚して欲しいと言ってくれる相手出会えた。

もちろん、モテているわけではなくて基本的には友人としてしかみられないこともあるし、この身長ドン引きされることも多々ある。

けれども私は女になった。

ずっと女になりたかった。

ここまで拗らせるには他にもいろんな要因があって、自分に自信をなくして、自分を男に見立てることに逃げていたけど、もうそんな自分にはならないだろう。

スカイプの彼とは大学在学中にさよならをしたが、感謝している。

1人の女性として扱ってくれて本当にありがとう

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