はてなキーワード: 刊行とは
例えば交通安全ポスターは交通安全のためのものであって男女共同参画社会のためのものじゃねえよ。
男女共同参画社会を推進したいんだったらそのためのポスターを発注しろよ。他のポスターにただ乗りするんじゃねえよ。
数ある社会問題の中で男女共同参画社会の実現に常に配慮しなければならないのか分からねえよ。
可能性がありますってなんだよ?そんなことでクリエイターが考えたポスターのインパクトや訴求力といった視覚的効果を削がせるの?
例えば有名な「I want you for u.s. army」のポスターを性別に配慮して2人、人種に配慮して5人に言わせる構図にしたら何のインパクトもなくなるだろ。
人物の面積が半分になれば目立たなくなるのは可能性の話じゃなくて確実な話だ。
追加料金払って男バージョンと女バージョンの2つ作ってもらうとかしろよ。絶対にケチるなよ。
それと曖昧な根拠で要望しているんだから、クリエイターに説明責任を負わせるなよ。
とりあえずググって出てくるいちばん古い用例は1988年の土井やすたか「パコパコTIME」だな。
パコパコタイム (つかさ コミックス) | 土井やすたか |本 | 通販 | Amazon
沖電気は、1990年に発売した「if NOTE」というノートパソコンのCMで、
「パコパコしましょ」とか「パコパコしてください」といったキャッチコピーを使っていたのだが、
「パコパコ」が性交を意味すると知っていればさすがに使わなかっただろうから、
(ただしTwitterで検索すると「当時CMを見てやばいと思っていた」という証言が複数得られる)
〘懐かCM〙1990年 沖電気『if NOTE(パコパコしましょ編)』星野由妃 - YouTube
ちなみにこのCMは同年にフランス書院コミック文庫でパロディにされている。
もともと他の出版社から別のタイトルで出ていた作品をフランス書院がタイトルを変えて再刊行したらしい。
「一般には知られていないがアダルト業界では即座に連想される」程度の普及度が伺える。
パコパコしましょ (フランス書院コミック文庫) | 水野 景太 |本 | 通販 | Amazon
また一説には1981年に発売されたビートたけしの「俺は絶対テクニシャン」の
「ピコピコ パコパコ スコスコ キンキン」という歌詞が初出であるとも言う。
これはテクノポップの音色と、いかにもな擬音を重ね合わせてギャグにしているのだが、
だが女性のみが戦う作品でも前線以外のところに男が出てきてしまうし、本来女性しか使えない力を何故か使えてしまう男が出てくることがしばしある。
そこでそもそも男性がストーリー周辺に存在しないそういう世界を用意すれば登場人物全員女性の作品が実現する。
つまり女性だけを移住させて女性しかしかいない月を舞台にしたE.G.コンバットだ。
現在3巻まで刊行されているが男性が出てくるのは回想でわずかに確認できるのみ。
現在男性が住んでいる地球に降りたところで次巻に続くとなっているが未だ男性とは接触していない。
これがガンダムかと言われると確かに異議はあるかもしれないがとにかく女性しかでてこないSFロボット作品といえばこれだろう。
残念ながら映像化はされていないがいずれされると俺は思う。
『クイック・ジャパン』『ロッキンオン・ジャパン』以外で、小山田がいじめ自慢していたとされる『月刊カドカワ9月号』の掲載記事について、
メディアが偏向的な切り取りで掲載して拡散され続けているのがずっと気になっていたんだけど、
案の定これを利用して、拡散の元凶となった件のブログが『 小山田圭吾がいじめを語る理由 - 孤立無援のブログ 』という記事で外山恒一氏のnote記事に反論している。
また変な扇動をしかねないので、記事の冒頭から関連する箇所(幼少期から高校時代)までをまるっと書き起こした。
なお、カドカワの記事はフリッパーズ・ギター3rdアルバム「ヘッド博士の世界塔」の発売直後に刊行されたもので、
アルバム発売を受けて、音楽への姿勢を掘り下げるために幼少期から振り返させた全19頁のインタビュー記事のようだ。
月刊カドカワ9月号(1991年9月1日発行)P348〜P352
きっと、ぼくの生い立ちなんて面白くないですよ。やっぱりこういう話が載るんだったら、波乱万丈の人生を歩みたかったですよ。
幼稚園のときに、巨人の土井選手の娘がいてね。土井ヨウコちゃんていう子だったんだけど、餅つき大会があって、土井選手が餅ついててかっこいいって思ったのが最初の記憶ですかね(笑)。土井ヨウコちゃんの顔は覚えてないんだけど、土井選手の顔は覚えてる。今でもテレビで土井選手の顔を見るたびに、餅ついてたなということを思い出しますね。
すみれ三組だった。それは年長組で、その前は忘れちゃった。ぼくはお絵かきを習ってた。シンちゃんていうちょっと知恵遅れの子がいて、クレヨンを投げまくって先生にひっぱたかれていたのを思い出すな。
普通の子だった、おとなしくもないけど。すみれ三組の隣のクラスに「ひらけポンキッキ!」に出たヤツがいて、そういうヤツの悪口を陰で言ってた。出たからって威張るんです、そいつら。ぼくらはイジケたグループで、五人ぐらいいた。女の子もいたな。まだ人間できてませんからね。学芸会も普通にこなしてたな。インディアンの歌を歌うその他大勢の役をやった。
小学校は遠かったんです。同じ世田谷区だったんだけど、私立だったから。それからぼくは高校まで同じ学校に通うわけなんだけど、もうシンちゃんはいなかったんだけど、二年のときにKという知恵遅れの子が転校してくるんです。ぼくらの学校は身体障害者の人が多いんだけど、特別にクラスは作らないで普通に入ってくる。Kは高三まで同じクラスだった。ぼくだけじゃなく、みんなにインパクトを与えたと思う。Kとは小学校のときはわりと距離を置いて付き合ってたんだけど、高校に入ってから意外に密接な関係が出てくる。
小学校のときは成績は良かった。運動会のリーダーとか、班長とか。それから、物が流行るじゃない、スーパーカー消しゴムとか怪獣の消しゴムも流行ったしね。そういう物のコレクトに関してはいつでも一位にならないと気が済まない男でね。それで人気を博してたからね。相撲の消しゴムも流行った。貴ノ花とか高見山とか。ガチャガチャでも、十円入れてガチャガチャでカプセルを出すと効率悪いのね。
ちょっと遠いところに駄菓子屋があって、その店では中身がドンと箱に出してあって、自分でスーパーカー消しゴムを選べる。友達とその店を発見して、他の友達には言わないで、自分らだけでコレクトして・・・ジャーン!!(笑)
小学校のときって、足の早い人とか人気があるじゃない。そういうタイプじゃなかったから、物で誤魔化したり、人気のあるヤツの足ひっぱったりとか。陰で悪口言ったり、変な噂流したり。こすいヤツだったな(笑)。だからすごく嫌われたりすることもあったな。いちばんショックだったのが、小学校五年くらいのときに文集を作ったんだけど、みんな普通のことを書いてるのに、「小山田くんの嫌なこと」とかいうタイトルで作文書かれてね(笑)。別に人気者じゃないヤツに書かれたからね、よけいにムッときて。親にその文集はみせられなかった。ぼくがそいつをいかにして迫害したかっていうようなことが切々と書いてあってね。でも、事実なんです(笑)。まさか文集にそんなタイトルで書かれると思っていない。ちゃんと印刷されてるもので、先生が見るだけじゃないの。みんなに配られちゃうの。けっこう挫折だった。だからそいつには、小学校人生全部かけて復習した(笑)。
運動会のリーダーも五年のときかな。仕事はそんなにしなくて、自分の好きなようにやってた。学校に遅くまで残れたり、プリント刷ったりするのがすごく好きで、そういうことができたからやってた。運動が得意だったていうわけじゃなくて。
音楽は幼稚園から。アニメとかのコレクトがすごかった。幼稚園の頃はコレクトって意識じゃなかったけど。水木一郎って知ってるでしょ。あの人が近所に住んでたの。それで家族でどっかに旅行に行ったら仮面ライダー・ショーをやってて、司会が水木一郎で、うちのお母さんが仲良くなって、家に来たことがあった。そのとき『イナズマン』のLPにサインしてもらった。やっぱり子門より水木だよ、とか言って。ウルトラマンからマイナーのものまでLP集めてた。「鉄人タイガーセブン」とか。よく一緒に歌ってた。その頃から歌手になる資質があったんですね、ねえよ、そんなもん(笑)
超テレビっ子。家に帰ったら、ずっと。アニメの再放送とかゴールデンタイムも。でも三年生ぐらいから「ザ・ベストテン」が始まった。大好きだった。チャートを全部メモるの、点数まで。二十位から十一位まで久米さんが早口で言うんだけど「『いい日旅立ち』山口百恵、九千何百何十点」とかいうのを、早くて書けないから「いい日、山」とか書いて後で清書する。それで学校で「昨日、何位だったよな」って言ってメモ見せて威張るというのが流行った。あとになって小沢もそれをやってたって話をきいて。他にもいろんなチャート番組きいて、どのチャートが信憑性があるとかって。オリコンもずっと読んでる、細かいチャートまで。地方別チャートだとフリッパーズ・ギターは四国が全然ダメなの。だからこれから四国を強化したいなと。
あと、「カリキュラマシーン」が好きだった。鉛筆のジョーとか宍戸錠とか吉田日出子とか藤村俊二とか。変な歌があった。「ねじれてねじれてシャシュショミャミュミョ」とか、そういうねじれる言葉があるでしょう。そういう言葉を覚えさせるためにその曲がある。一緒に歌ってた。それから、「三は嫌いだよ、いつもいつも、二人仲良くなると、ひとり仲間外れ〜」とか言い終わると、二人が真ん中のひとりをギターでボコボコにしておしまいっていうような(笑)。強烈なの。コント55号はもう欽ちゃんがソロでやってたけど、ぼくはダメだった。ドリフの志村のほうが好きだったけど、それより「カリキュラマシーン」のほうがずっと好きだった。よくギャグを覚えてる。ギャグともとれないようなギャグだったけど。きっと当時は笑ってはいなかったと思う。『天才バカボン』の第二巻もすごかった。
中学になると、人当たりが悪くなって。クラスに友達があまりいなくて、すぐにイジケるタイプに変わったんだよね。あまりしゃべらなくなった。休み時間は仲のいい友達とクラス出て、他のクラスの仲のいい友達と遊ぶみたいな感じ。中学になると音楽がすごく好きになって、そういう話もできる人としか話さなくなった。
Kはね、体がでかくて、小学校のときは突然牛乳ビンで人を殴ったりしてたんだけど、中学になるとそういうことはしなくなった。大人になったみたいで。
同じクラスにひとり仲のいい子がいた。その子のお兄さんがパンク系が好きで、ぼくもその人の影響でそういう音楽が好きになっていった。その子にテープ録ってもらったり、貸しレコード屋に行ったり。その頃、ウォークマン・ブームで、そういうのはいち早く察知して、お金なかったけど小六のときにウォークマンⅡを買った。ボディが青くてヘッドホンがオレンジ。すごく大事にしてたんだけど中一のとき電車に置き忘れちゃった。ショックだった。で、二台目はアカイやつ。電車の行き帰りで聴いてた。最初に行ったコンサートは、中二のときのクイーンかな。
その頃、初めてエルヴィス・コステロ『インペリアル・ベッドルーム』を借りて、すごく好きで、そのちょっと後に『パンチ・ザ・クロック』ってアルバムが出た。音楽雑誌のグラビア見るのも好きで、"イアン・マッカロクのお部屋"とかいって、奥さんと一緒に写ってる写真の中にレコードがダーッと並んでて、いちばん前にアズテック・カメラの『ハイランド』が置いてあった。それで貸しレコード屋に行ってアズテックの「思い出のサニービート」の12インチ・シングルを借りて、その友達と二人で「いいね」って聴いてた。それからそっちの方面の音楽にどっぷりいった。
そういうふうにして中学生のときに洋楽を聴いてると、みんな馬鹿で自分は頭いいって思いがちでしょう。案の定、そういうふうになっていた。
ギターは中一から。いとこが弾いてて、クイーンとかディープ・パープルを教わった。教則本とか見て普通に弾けるようになったんだけど、アズテック・カメラは弾けない、コーが難しくて。いろんなコードを知らないから、コピーして一生懸命した。だから我流で、コードの名前なんて知らなくて、指の形で覚えた。
高校になると、すごく仲良かったヤツが違うクラスになっちゃった。そうしたらKが隣の席なの。アイウエオ順で、小山田の次がK(笑)。クラスにいるときは、Kとしか話さなかった。Kって特技がひとつだけあって、学校の全員の名簿を暗記してるの。バスの中で一緒になったとき、「あいつの住所は?」ってきくと、ペラペラペラって出てくるの。見たこともない下級生や上級生の電話番号とか兄弟もわかってる。で、高校になるとみんな色気づいて下敷きの中にアイドルの写真とか入れてくるじゃん。Kも突然入れてきた。何かなと思って見たら、石川さゆりだった。「好きなの」って言ったら、「うん」。それから、Kは鼻炎だから、いつも鼻かんでるんだけど、ポケットティッシュだとすぐなくなっちゃう。だから購買部で箱のティッシュ買ってきて紐つけてあげた。それでKはいつも首から箱をぶら下げてた。難しい漢字にもすごく詳しかった。暗記には異常に強かった。俺はいつもビクビクしてたの。ある日、突然キリッとした顔して真面目なこと言い出したら怖いなって。「本当は俺は・・・」って。だって下敷きに石川さゆりを入れてるのも、ギャグなのか本気なのかわからないじゃない。ギャグだとしたらすごいじゃない。で、ずっと観察してたんだけど、そういうことはなかった。だけど風の噂だと、Kがどこかで森鴎外の小説を読みながら歩いていたという話をきいた。
ぼくは浮きまくりっていうか、クラスのみんなが和気あいあいでやってるんだけど、クラスの集合写真にいなかったり。文化祭の打ち上げとか、集まるときに呼ばれなかったり。でも別に平気。人に相談とかしないし。高校になると他の学校の友達とかいたから。
変な高校でさ。普通、レベッカとかBOØWYのコピーバンドとかが主流としてあるんだけど、先輩が変わってて、メテオーズのコピーバンドとかよくわかんないバンドが多くて、レベッカとかやってると迫害されて潰しにかかられる。学園祭で体育館でやるコンサートにはオフコースとかニューミュージック系のコピーしか出られなくて、パンク、ニューウェイヴ系は音楽室。そこにアズテックとかスミスのコピーやって出てた。授業中はウォークマンのヘッドホンのコードを袖に通して手のひらに隠してきいてたりね。
小沢は中学だけ同じ学校だったんだけど、別に仲良くなくて。高一くらいのときにたまたま友達の家で一緒になって、ぼくの持ってた編集テープ聴いてからそういう音楽を好きになったみたいで電話かかってきた。それから学校の帰りに待ち合わせて、お茶の水のジャニスって貸しレコード屋に行ったり。そこはイギリスのインディーズとかヨーロッパものが置いてあって、泊まって、学校行かないでレコードを全部テープに取って、返しに行って・・・そういう生活してたな。その頃の経験てでかいかもしれないな。エスカレーター式だから大学の試験はそんなに難しくないんだけど、遅刻とか欠席が多かったから一年生の時点でダメだとわかってた。だけど小沢は学校に行くの。ぼくは小沢の家で寝てたり(笑)。
※このあと、音楽の話からフリッパーズ・ギター結成までのエピソード、アルバムに対する思いなどが語られるが、問題となっているいじめに関係する箇所は上記だけなので以降は省略。
読んでわかると思うのだけど、ここでも小山田は外山恒一氏の読みどおり、過去を振り返るときは一貫して”自分自身を自虐的で自嘲的なニュアンス”で語っているんだよね。
そして問題の記事から遡ること3年前にもかかわらず沢田君の話が出てくることから、彼に対しての思い入れが深いのもわかるし、
自分自身を嫌なやつと言ながら、”イジメしていたことは認めたくないけど認めざるを得ない葛藤があったのではないか”とする外山氏の下記視点は、なるほどなと腹落ちする。
まず第一に、これは小山田氏が、自分がいかに情けない人間か、いや、〝情けない〟を通りこして、もはや〝卑劣〟で〝ろくでもない〟と云ってよいぐらいの人間であるか、自虐的に語り続けている過程でこういう話になっているのだ、という点を見逃してはいけません。活字に起こすと単に「(笑)」となってしまいますが、少なくとも小山田氏のセリフに付け加えられている「(笑)」は、ニュアンスとしては完全に自嘲的な「(笑)」です。イジメをやっていた当時の気持ちに戻ってしまって、「楽しかったなあ」と笑っているわけではありません。
ーーー(省略)
それにしても驚かされるのは、小山田氏がイジメの始まりとエスカレートの過程を、事細かによく記憶していることです。さんざん云われるように、イジメた側はそんなことはやがてすっかり忘れてしまって、これほどまでに、「ああ、そういう展開はいかにもありそうなことだ」と情景がまざまざと思い浮かぶような語り方をしうるほど詳細に覚えているというのは、イジメた側としては極めて例外的なことなのではないかと思うのです。このことはむしろ、世間で云われているのとは逆に、小山田氏が自身のイジメ加害経験と真摯に向き合ってきたことを示しているのではないでしょうか? それも極めて稀なレベルで、です。小山田氏の云うとおり、そもそもの最初は〝ちょっとフザケていただけ〟、〝ちょっとからかっていただけ〟なのでしょう。それがいつのまにかエスカレートして、ヒドいことになっていく。小山田氏は「決してイジメているつもりはなかった」という線を頑なに守ろうとしていますが、内心ではおそらく当時リアルタイムで、「これはもうイジメと云われても仕方がないレベルなのではないか?」と不安になってもいたように感じられます。高校生になってイジメっ子を卒業してからか、あるいはイジメっ子時代の末期からのことなのかもしれませんが、「どういう経緯でこんなことになってしまったのか?」ということに強くこだわって、よくよくそれを思い返し、もちろん少なくとも『ロッキンオン・ジャパン』や『クイック・ジャパン』でそれを語ることになる20代半ばの時期まで、何度となく反芻してみたのでなければ、なかなかここまで詳細に記憶していられるものではないように思うわけです。
また、件のブログの反論としては、”自分の判断で「障害者を虐待できる俺ってかっこいい」というブランディングを行っていたのである”ということだけど、
フリッパーズ・ギター解散前にそんなリスクの高いブランディングを行う必要はないでしょ、と。
下手したら、「障害者虐待をアピールするから小沢に捨てられた」というような負の印象を残しちゃうわけで、ダメージの方が大きいことは想像できるし、いくらなんでも無理筋すぎる。
https://twitter.com/uno_kore/status/1419178952472481793
「宇野維正 on Twitter: "時間が経ってはっきりしたのは、すぎやまこういちや海老蔵の件は不問に付されたということ。その前の数日間、誰が火をつけ、誰が煽り(誰が通報し)、誰が乗っかったかということは記憶しておいた方がいい。結果的にその人たちがもたらしたのは、権力によって対象が選別されたキャンセル社会ということ"」
一見するとすぎやまこういちや海老蔵の差別発言を問題視するリベラル的な態度に見えるけれど
それにしては「その前の数日間、誰が火をつけ、誰が煽り(誰が通報し)、誰が乗っかったか」っていうのが何か違和感ある言い回しだなーと思って
1996年、株式会社ロッキング・オンに入社。雑誌『rockin'on』『ROCKIN'ON JAPAN』『Cut』などの編集を担当
「Dr.STONE」といえば科学監修の名目で毎回名前がクレジットされている「くられ」氏ですが、この「くられ」氏も90年代は鬼畜系カルチャーでならした人物です。
しかしこの「くられ」氏はいじめや差別ネタなんてレベルじゃございませんでした。
実際にこの人が作った本で本物の爆弾テロリストを生んでるんですよ。
「くられ」氏が編集長を務めた「危ない28号」という雑誌に爆弾の製造方法を詳細に書き記され、それをテキストに実際に爆弾を作って街中で爆発させた事件がありました。
以下、ここ参考
https://ameblo.jp/7ninblog/entry-11047336229.html
JCO臨界事故に怒りを感じた男が,JCOを爆破しようとして,爆発物を作成,JCO近くの住宅街にそれを放置した事件.
2000.1.6 07:00頃,東海村のJR東海駅から北へ300mほどの住宅街の,踏み切り脇,東海駅東口タクシー乗り場のベンチ前に,赤い液体が入った,清涼飲料水のペットボトルや,金属製と思われる銀色のボンベなどの不審物が,黒いバッグに入れられて放置されているのを,通行人が見つけて茨城県警ひたちなか西署に通報した.
同県警は,爆発物の可能性もあると見て,重装備の機動隊爆発物処理班を派遣.
処理班がバッグをX線で調べたところ,中には塩化ビニール管が2本,鉄パイプが1本入っており,これらはリード線で乾電池などとつながっていた.
また,真鍮管,タイマー,アルミ缶,百円ライターなども見つかった.
鑑定の結果,これが殺傷能力のある爆発物であること,爆発物の一部は,安全装置を解除して,タイマーをセットすれば,すぐに爆発させられる状態だったことが判明した.[1][2]
塩化ビニル管や鉄パイプ、アルミ缶などに、アセトン系の爆薬が詰められ、起爆装置の雷管に鉛筆のキャップを使用。「グロープラグ」と呼ばれる模型の飛行機などのエンジン用点火プラグが装着されていた。[2]
この爆発物は,前年末に発生した,2件の爆弾事件の遺留品などと似ていた.
1件目は1999.12.24,大阪府摂津市のJR東海・新幹線車輌基地「大阪第1車輌所」にて,新幹線から回収したばかりのゴミ袋が爆発.
大阪府警摂津署の調べによれば,爆発物のアルミ缶の中に,有機溶剤をしみ込ませた粉末が詰められていた.
爆発した後の現場には、乾電池4個と充電池、小型のアルミ缶、リード線のついたふたのようなものが落ちていた。[2]
2件目は,その3日後,JR浦和駅のコインロッカーで,その点検中,ロッカー内にあったアルミ製の箱が爆発,管理会社従業員(当時53)が指に1カ月のけがを負った.
埼玉県警浦和署の調べによれば,箱は持ち上げた途端に爆発する仕掛けになっていた.
アルミケースから外にひもが出ており、その先端がロッカーの内壁にテープで固定されていた。
また,発泡スチロール製の球状の不審物は、直径約6センチの半球状のものを2つ重ね合わせて作られていた。
これら2件の事件について,大柴は
「ロッカーの管理がずさんで、警告のために仕掛けた。爆発で死者が出てもいいと思った」[2]
などと供述した.
警察によれば,大柴は同年11月から12月までの間、東京や埼玉などのホテルを泊まり歩きながら、アルミニウム容器に火薬を詰めた上で導火線をつないだ爆発物を製造。
同月20日に,浦和駅西口にあるコインロッカーに仕掛けたという.[2]
「東京駅で新幹線に乗り、小田原駅で下車する際に爆弾を置いた。1時間以内に爆発するようタイマーを仕掛けていた」
と供述した.[3]
大柴が、爆弾づくりのテキストにしたとされる雑誌は,データハウス社(東京都新宿区)発行の雑誌「危ない28号第三巻」(99年3月発行、定価1400円).
特集「危険物!」と題して、爆発原料の入手方法、市販材料や身近な家庭用品を使った爆薬、火薬の作り方などを図解入りで詳細に解説している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%B1%E3%81%AA%E3%81%8428%E5%8F%B7
『危ない28号』(あぶない28ごう)は、データハウスから1998年から1999年まで季刊誌として発刊されたアングラ雑誌である。不定期刊誌『危ない1号』の実質休刊後、インターネット系のアングラ・ライターを中心に編集され、第5号まで発行された。現在(2021年7月)では全5巻ともに絶版となっている。
日本がまだコンピュータやインターネットの黎明期だった1998年、KuRaReを編集長にサブカルチャー、アングラ本として発刊される。ハッキングや兵器、ドラッグなど、実行すれば犯罪者になってしまいそうな情報が満載の雑誌であったため、全国18都道府県で有害図書指定されることとなった[1]。
2000年1月に浦和駅、東海村、大阪で発生した一連の爆弾事件で、犯人が同誌を参考に爆発物を製造したと供述したため[2]、刊行済みだった第5巻を最後に廃刊を余儀なくされた。
こっちはくられ氏の本でガチの爆発物テロが発生し、負傷者も出し、下手をすれば死者もでていたかもしれないんですよ。
そんな人間に集英社の週刊少年ジャンプ編集部は漫画の監修をさせ、毎週のように名前を載せ、特集記事に写真付きで掲載してるんですけど、その事をジャンプ編集部や集英社の人達は理解してるんでしょうか?
こっちは本当の死者が出ている可能性があったんですよ??
くられ氏は「実際に作るとは思わなかった」「真似してもらうために書いたものじゃない」とか言い訳してたみたいですが、「どのご家庭にもあるものでカ~ンタンに爆弾が作れちゃいマス♪」なんて事細かに実用性のある爆弾の製造方法を記しておいてそれは無いんじゃないすかね。
真似してもらいたかったんでしょ?実際に爆弾作ってもらいたかったんでしょ?だから書いたんでしょ?
そんで本当に作ってテロ起こっちゃったから慌てて保身に走ったんでしょ???
つうかさ、くられに限らずこの辺の鬼畜系ライターが心底みっともないのって、鬼畜ブームが去った途端みんな言い訳を始めたところなんだよね
「ある種のジョークでやってました、まさか真に受ける奴が出てくるとは思いもしませんでした」ってさ
根本敬も唐沢俊一も自殺した青山正明も殺害された村崎百郎もみ~んな同じような苦しい言い訳をしていた。
村崎百郎なんて殺された時まわりの連中「まさかこんな恐ろしい事になるとは・・・!」って悲しむフリしてみせてたけどさ、ほとんど自然の摂理のようなもんだろ。キチガイ煽ってキチガイに殺されたってさ
そんで追悼本なんか出したりして、ダッセエの。
話は逸れましたけど、最近の小山田圭吾を発端とする90年代鬼畜ブームを断罪する流れでいうならくられ氏も当事者であり、こっちはいじめ差別どころか死者も出てたかもしれない爆発物テロ事件が実際に起きましたから。
その流れで言えばくられ氏が関与している週刊少年ジャンプ連載漫画「Dr.STONE」は即刻連載中止、絶版回収にするべき
良くてもくられ氏が監修した部分は全面的に削除するべきです。
この2018年は、共産主義の父といわれる哲学者・経済学者、カール・マルクスの生誕200年にあたります。出生地であるドイツのトリーアで記念式典が開かれ、青年時代を描いた映画が各国で公開されるなど、話題を集めています。
先月創刊した、古典・名著をマンガ化する新シリーズ「講談社まんが学術文庫」の初回刊行分にも、マルクスの主著『資本論』が入りました。近代資本主義が興隆する19世紀英国を舞台に物語が展開し、『資本論』のエッセンスを解説します。若い登場人物たちのドラマは楽しめます。
けれども、原作である『資本論』が不朽の古典として扱われることには抵抗を感じます。今からみれば、経済について完全に誤った考えに基づいているからです。
たとえば「等価交換」という考えです。マンガ版ではパン屋と八百屋が売れ残ったパンと野菜を交換し、その交換が成り立つのは互いの商品が同等の価値を持つからだと解説されます。
何となく納得してしまうかもしれません。しかし人が物を交換するのは、相手の物が自分の物と同じ価値を持つからではありません。もしそうなら、多くの買い物客がスーパーやコンビニを出たとたん店に引き返し、不良品でもないのに、買ったばかりの商品を返し、お金を取り戻そうとするはずです。同等の価値を持つことが交換の理由なら、商品とお金の交換を何度繰り返しても、人は満足するはずだからです。
しかし現実にはそんなことをする人はいません。買い物客は、払ったお金よりも買った商品の価値が大きいと思うからです。一方、店の主が商品を手放すのは、逆に商品よりもお金の価値が大きいと思うからです。
つまり交換が成り立つのは、同じ物(お金も物の一種です)でも人によって価値の大小が違って見えるからなのです。
ここからわかるのは、物の価値とは、それを作るためにかかった労働量などの客観的な基準で決まるのではなく、人それぞれの主観によって決まるということです。この事実は1870年代、オーストリアの経済学者メンガーらによって明らかにされました。経済学の歴史上、革命的な発見といわれます。
しかし、それ以前の世代に属するマルクスは旧来の考えにとらわれたままでした。1867年に全3巻のうち第1巻が出版された『資本論』は誤った古い考えによって書かれたため、つじつまの合わないおかしな主張が多いのです。「等価交換」はその一つです。
もっとおかしな主張は「剰余価値」です。マルクスは『資本論』第1巻でこう述べます。商品の価値はすべて労働によって生み出され、その価値どおりに市場で売買される。ところが資本家は商品を売って得た代金のうち、労働者には一部を賃金として支払うだけで、原材料費などを除いた残りは利潤として自分の懐に入れてしまう。いいかえれば、労働者が生んだ価値の一部には対価を払うが、残りの価値(剰余価値)には払わない。これは実質的な不払い労働であり、不当な搾取である、と。
これは商品の価値は労働によって決まるという、誤った考えから出発しています。実際には、商品の市場価値を決めるのは労働者の働いた量ではありません。消費者の心に基づく選択です。私たちは買い物をするとき、商品の製造にかかった労働量を調べたりしません。
もしマルクスのいうように商品の価値が労働量で決まるなら、大規模な設備を使い人手を省く資本集約型産業よりも、サービス業など人手を要する労働集約型産業のほうが利益率は高くなるはずです。しかし実際にはそのようなことはなく、長期ではあらゆる産業の利益率は均一化に向かいます。ある産業の利益率が他より高ければ、その産業に参入する企業が増え、価格競争が広がって利益率が低下するからです。
マルクス自身、『資本論』第1巻でこの矛盾を認め、あとの巻で解決を示すと約束しました。ところが第1巻を出版した後、なかなか続きを出さないまま、16年後の1883年に死んでしまいます。
あとを引き継いだのは盟友フリードリヒ・エンゲルスです。エンゲルスはマルクスの遺した草稿をもとに、第2巻を1885年に出版します。しかし矛盾の解決は示されませんでした。読者が不審に感じることを警戒してか、エンゲルスは序文で、解決は次の第3巻で示されると予告し、経済学者たちにこんな「挑戦状」を叩きつけます。この矛盾をどう解決するかわかる者がいたら、第3巻が出版されるまでに見せてもらいたい、と。
そこから9年後の1894年、残りの草稿やメモを取りまとめ、ついに第3巻が出版されます。エンゲルスはまた序文を書き、前巻での「挑戦状」に応えて多数の論者が矛盾について論考を発表したが、どれも的外れだった――と勝ち誇ります。それでは第1巻の刊行から27年もたってようやく出版された最終巻で、マルクスは矛盾をどのように解決したのでしょうか。実は、解決できなかったのです。
第3巻でマルクスは、商品の価値は投じられた労働で決まるという理論と、異なる産業で利益率は均一化するという現実は「一致しないかのように見える」と改めて述べますが、その矛盾の解決は示しません。その代わり、資本主義が発達した国ほど利益率の均等化が迅速に進むという現実を認めるだけです。これは結局、商品の価値は労働で決まるという第1巻の理論を放棄したものです。
メンガーと同じオーストリアの経済学者、ベームバベルクは1896年に出版した著書『マルクス体系の終結』で「マルクスの第3巻は、その第1巻を否認している」と指摘し、マルクスは解決でなくごまかしを示したという他の経済学者の厳しい意見に同意します。第1巻で述べた剰余価値の理論が間違っているなら、それに基づき展開された、資本家は労働者を搾取するという主張は根拠を失います。ベームバベルクは『資本論』を「カルタ札で組み立てられた家」、すなわち砂上の楼閣だと切り捨てました。
マルクスが第2巻以降を生前出版しなかったのは、この破綻が修復不能だと気づいたからともいわれます。そうだとすれば、学者としてかろうじて誠実だったといえるでしょう。
今の世界ではこうした経緯を無視し、マルクスを見直そうと無責任な声が高まっています。欧州連合(EU)のユンケル欧州委員長は記念式典に出席し「平等の実現のために力を尽くした」と功績をたたえました。
しかし20世紀の社会主義諸国崩壊が示すように、破綻した論理を土台に未来を築くことはできません。マルクスが話題となる今、それこそがかみしめるべき教訓のはずです。
https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXMZO3064412017052018000000
すばらしいまとめ。エンゲルスの隠蔽手法は百家争鳴論を思い出す。矛盾ばかりで骨格ができていない思想だったから、虐殺国家が生まれてしまったのだろう。
ついでに私も~
あのさ、
もう気が付いたら夏って感じじゃない?
気が付かないと夏が気が付かないまま終わってしまいそうよ。
で、
夏と言えば、
地上すれすれでブロック塀なんかにつかまって羽化したセミの抜け殻なんか見つけちゃうと、
おまえ!もう我慢できんかったんかー!って
なにかしらの同情をしてしまいそうなほど、
漏れそうな勢いでもうダメだ!ってセミの心情だったのかしら?と察すると
セミ頑張ったね!って
セミの抜け殻は触れるけど、
セミ本体とセミファイナルの狭間にいるセミリタイアの本体には触ることができないのよね。
こればっかりは。
怖くて。
でもその時の
羽化の直前と終わったあとの気持ちを一度聞いてみたいものだわ。
よく目の表情が分からない生き物って、
うまくコミュニケーション取りにくいというか、
いったい何考えているのかしら?とか
まあ月刊は無理にしても7年に一度刊行するセミ雑誌ってのがあったら
たぶん七年分のセミの気持ちを1冊に綴ることは出来るかも知れないわね。
ほとんどがセミの俳句コーナーばかりが盛り上がるだけだろうけど。
ところによってはセミ料理ってセミ食べちゃうところもあるんでしょ?
そうするとまあ巻頭カラー2ページの16ページぐらいのボリュームにはなりそうなものよ。
だって7年に1度の発刊なんだもん!
って言ってる私はそんなにセミカワイイなって思ってるワケでもないしセミ好きってワケじゃないんだけど、
あーだこーだ言ってる世界があると思うので、
まあセミ出なくっちゃ夏らしくないわね!って
話しよ。
うふふ。
今日は忙しいみたいなので、
お昼行けるかどうか出れるのか問題!
おにぎりをまた鞄に忍ばせてあるので、
体力が減っても満腹度でカバーよ!
朝飲んでも夜飲んでも
いつ飲んでもいいらしいわよ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
101.称光天皇(1414~1428))
102.後花園天皇(1428~1464)
譲位後に発生した応仁の乱を嘆いて出家。政務を放棄した足利義政を戒めたこともある。
103.後土御門天皇(1464~1500)
大嘗会を催したが、直後に応仁の乱が発生したため、中世最後の大嘗会となった。
104.後柏原天皇(1500~26)
即位時、朝廷の財政は困窮しており、父であった先帝の葬儀も40日後、即位式も即位後21年という有様であった。
105.後奈良天皇(1526~1557)
飢饉と疫病に苦しむ民を救うため、諸国の一宮に直筆の般若心経を奉納した。
106.正親町天皇(1557~1586)
毛利元就の献上金で即位。織田信長・豊臣秀吉の援助で皇居の修復、伊勢神宮の造営などを実現した。
107.後陽成天皇(1586~1611)
秀吉の援助で朝廷の権威回復に努めた。聚楽第行幸を行った。学問を好み、日本書紀などの慶長勅版を刊行した。
108.後水尾天皇(1611~1629)
女帝。
110.後光明天皇(1643~1654)
111.後西天皇(1655~1663)
112.霊元天皇(1663~1687)
113.東山天皇(1687~1709)
114.中御門天皇(1709~1735)
先帝の代に復興した大嘗祭が再び途絶えた。公事部類を残した。笛が巧く、狐ですら聞き入ったとされる。
115.桜町天皇(1735~1747)
116.桃園天皇(1747~1762)
117.後桜町天皇(1762~1771)
118.後桃園天皇(1771~1779)
父典仁親王に尊号を与えようとするも松平定信に阻まれる尊号事件があった。
120.仁孝天皇(1817~1846)
121.孝明天皇(1846~1867)
安政5ヶ国条約に反対し、攘夷を主張した。反面、和宮の降嫁に賛成し、公武合体を推し進めた。
122.明治天皇(1867~1912)
大政奉還がなされ、明治政府が誕生。在位中は大日本帝国憲法発布、廃藩置県、国会創設など近代化が進められた。日清・日露戦争の勝利、韓国併合により日本は列強の仲間入りは果たした。
123.大正天皇(1912~1926)
生まれつき病弱であったため、皇太子裕仁が摂政に任じられた。在位中に第一次世界大戦が勃発。皇室として初めて一夫一妻を確立。
124.昭和天皇(1926~1989)
在位中に第二次世界大戦が勃発。日本の敗北を受け入れ、日本国憲法が制定された。
125.上皇(1989~2019)
世界各国を訪問して皇室外交による親善に努めた。東日本大震災の際には自ら被災地を訪問した。
126.今上天皇(2019~) NEW!!
15年ほど前から続いている小説がある。私はそのファンである。
しかし、1年前に刊行された漫画の略称が、その小説の略称と同じになっていたのだ。
適当な例だが、こんな感じ。漢字表記の有無があるだけで、読みは全く同じである。当然正タイトルは別であるがモヤ……っとしてしまう。これが漫画ファンが勝手に呼びだしたものであるならまあまあそうか……となる気もするのだが、漫画3巻が発売された時点で、公式Twitterに略称が付いている。
商品化するとき、さすがに略称までは調査とかしないんだろうか。
もしこの漫画がアニメ化した場合、広くその略称が知れ渡ることになる。
今までは表記揺れをまったく気にせず「からあげ好き~」「から揚げいいよね」って同じ界隈でウフフしてたのが、そのうち難しくなってくるのかな……逆に漫画勢が「から揚げ面白い!」「からあげファンです」って表記揺れてるのも想像に固くない。
こちとら15年前に刊行され、ずっーーーっと愛用してる略称なのだが?
「から揚げ」を「krag」としても被るし、もうどうすればいいんだ……
死んでも死んでも戦場に送られる「勇者刑」に処せられた者たちの物語。キャラが立ってて楽しいです。女神テオリッタは「姫様“拷問”の時間です」の姫様のイマジナリールックスで読んでいます。
細かいところなのですが、敵の陽動らしき行動がそれと分かっていてもどうしても戦力を割いて対応せざるを得ないものとして描写されてるのが好きです。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054935149052
クトゥルー、ロボット、ファンタジー、ボーイミーツガール、全部乗せ!クトゥルーものの作品に触れたのは初めてでしたがスムーズに楽しめました。一部ラストのボスに向かって収束する展開が熱いです。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054934035019
GoogleSpreadsheetsは燃え尽きたEXCEL職人の魂で動いていたという衝撃の真実を土台に、GoogleSpreadsheetsの関数に親しめる作品。普段はほとんどSUMしか使いませんが、これを読んだおかげでいざ他の関数を使わなければとなった時に抵抗感なく学べそう。この作品はたしかはてブ経由で知りました。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887646455
以前から読んでいたのは「幻想再帰のアリュージョニスト」です。面白い上に読みやすくて、眠る前に読んだりしてたら3周しました。数日前のはてブで、レビュースタァライトはワイドスクリーン・バロックではないかという記事を読んでいて、アイディアの奔流という点でアリュージョニストもこれだと思いました。
話の枠組みがどんどん変遷するから一言で紹介できないとよく言われる幻想再帰のアリュージョニスト、1つだけジャンルタグをつけるなら作者が言ってる通り「オカルトパンク」だと思うけど、どうしても既存ジャンルに当てはめるならワイドスクリーンバロックが私には一番しっくりくる。
https://ncode.syosetu.com/n9073ca/
ところで、半分偶然これを書くのですが、アリュージョニストの品森晶/最近さんの新作がちょうど今日発売されました。アリュージョニストとは別のお話とのことなので、あちらが長くて手を出しにくいという方はよろしかったらこちらをどうぞ。
Kindle版あり。MF文庫Jなどのサイトでは試し読みもできます。
https://www.amazon.co.jp/dp/4046805137/
https://mfbunkoj.jp/product/kami_kokoro_tuki/322102001215.html
また、刊行に際してなろう、カクヨムにてスピンオフ作品「ハニーウィッチ・ユーフォリア」の短期集中連載も行われています。これまたすげえ面白いです。
https://ncode.syosetu.com/n5130ha/
https://kakuyomu.jp/works/16816452220933743184
後半が新刊推しになってしまいましたが、本投稿の主題は「おすすめを教えて!」だというのは嘘偽りのないところですので、どうぞよろしくお願いします。
↑一度言ってみたかった
https://anond.hatelabo.jp/20210625070958
こちらに官能小説の作者の方が書かれているので、読者側として最近思っている事を書き捨てる。男性向けから見えてる話です。
何が言いたいかというと、
親愛なる増田に集う諸君が官能小説といってまず思い浮かべるのは、恐らくこれでしょ
言わずと知れた天下の三笠書房がやっている官能小説ブランド。ここは昔はほぼ全てが陵辱モノだったのだが(※1)今ではラインナップの半分程度は安定的に和姦である。刊行月によれば、7割8割が和姦である時もある。(和姦じゃ無くて「誘惑もの」なんて言い方もされたりするけど)和姦以外は、昔からフランス書院文庫を支えてきた大御所の作品手あることが多い気がするので、新人はほぼ和姦ではないかと思われる。
(※1 やんちゃだった頃のフランス書院文庫は、別荘に拉致監禁の上最後は四肢切断に至るやつとか、旦那を人質にとって一家まるごと陥れるやつ、違法薬物を使って云々とか、ダイレクトに痴漢を題材にして気持ちよくさせて女性を屈服させる、とかそういうのがほとんどだった)
もう一つ、現在も生き残っている伝統的官能小説ブランドとしてのもう一つマドンナメイト
こちらは割とフランス書院より転換が遅かったが(※2)今だと、陵辱モノの固定ファンが付いている大御所を除き、ほとんどが和姦ものという状況である。
ただ、和姦であってもいわゆる「男の夢」でファンタジーなのだけれど、これに象徴されるように、どうも最近は官能小説も和姦が売れ筋のようである。
(※2 2010年代のつい最近まで、ランドセルを背負う描写のあるヒロインを実質だまくらかして教師の主人公が云々、みたいなのが結構あった。っていうか、一時期やたらとロリータ系がやたらと多かったよね)
たとえば、双葉文庫などは、一般小説も官能小説も両方同じレーベルで出しているけど、ここの官能小説、ここ10年の作品は100% 和姦。青春小説風味みたいなのが多い。
どうやらレーベル規制があるようで、登場人物は基本18歳以上、若くても大学生である。アラフォーが中心の奴とかもたまにはある(※3)
やってることはそりゃ男性向けなので、不倫をテーマにした作品はあるし、コンドームをつけるというような描写は直接は登場しないけれど、元増田の作家の方が書かれているような内容は概ね網羅している。
(※3 仕事に疲れた主人公が独身で生きていこうと山奥の家を買ったら、何故かそこに美女がやってきてハーレム状態、とか、これ異世界転生ものだよね?スローライフラノベじゃん)
ジュブナイルポルノなどから発達した官能小説レーベルがある。例えば代表格がこれ。リアルドリーム文庫
これのラインナップ見ると、最盛期のフランス書院文庫のようなヤバい奴はないとはいえ、寝取られに陵辱がメインになっていることがわかる。
次に、エロゲのノベライズからスタートしているパラダイム出版のオトナ文庫
http://parabook.co.jp/novels/otonabunko.php
なんでこんな事になっているかというと、
と言う事じゃ無いかと思われる。
官能小説というと時代遅れのようなイメージになっているけれど、ちゃんと時代によって変化しているので、もし気になるのがあったら一度手に取ってみてほしい。
過激な表現をしたエログロ漫画の広告があふれている。おなかいっぱいというか、胸焼けするような表現で、全く股間に響かないと言う人も多いだろう。
そんな人でも、官能小説はわりとそこに至るまでの心理描写というかをそれなりにやっていて、シチュエーションを描いている事が多いので、こちらの方が合うかも知れない。
一度手に取ってみてほしい。とりあえず、エロゲ系に少しでもなじみがある人は、高橋由高作品から、青春小説系のものがお好きな場合は、橘真児作品からおすすします。
おっさんなので専門外だが
https://tiara.l-ecrin.jp/c/index.html
ティアラ文庫、オパール文庫は抑えておくとよい。男性向けより心理描写なんかが丁寧だし、元増田のやっちゃいけない原則は(ほぼ)守られている。
コンドームをつける描写が、胸キュン(死語)ポイント的にきちんとあるのもよい。
一方で戦闘中の描写が非常に淡泊ではあるけど、それをもってあまりあると思う。
そのほか、探すキーワードとしては
なんかがよいとグーグル先生が教えてくれた。ティーンズラブって言われた文化を引き付いているほうですね。
よく女性はシチュエーションを大切するが、男性は即物的な表現でないと売れない、と言うのが定説だと思うのだけど、少なくとも、官能小説に限ってはそれは違うんじゃ無いのかなと思っている。
https://ssl4.eir-parts.net/doc/9468/ir_material2/158791/00.pdf
そんなわけで日付変わって6月22日はKADOKAWA社の株主総会である。
KADOKAWAといえば小学館・集英社・講談社などとならぶ業界大手であるが、ほか3社と違って上場している分、株主総会であれこれ一般の株主さんが発言・質問する余地がわりとある。
だが「株をもってるので株主総会には行くけれど、といって何を聞けばいいのかわからない」という諸兄もおられるであろう。
ということで、ここでは上記のIR情報なんかを眺めながら、このへんを聞いてみると面白いかもしれないですね、というポイントをまとめてみる。
むろん、IR情報そのほかの情報からわかる程度のことでしかないので、この増田はなんの内部情報でも機密情報でもありません。あしからず。
よく見るとわかるのだが、WEBサービス事業については事業投資がない。
ポータルでは、「niconico」における“選択と集中”の加速による収益構造の改善と、「ニコニコチャンネル」におけるコンテンツの拡充によるチャンネル有料会員数の増加を図ってまいります。
とあるのだが、つまり特に新規の開発だったりアップデートとかもしていなくて、損してる事業をカットして利益を出している、というだけである。
それゆえに、
という質問が、実は今回の資料でもっともクリティカルなところかもしれない。
普通に考えると、そうですよ未来においてはクローズするんですよお察しくださいよという意味なのかなと思うが、実際聞かれたらどうこたえるのか、というのはある。
今のプレミアムのお客さんに「今後はクローズしていくのですが、引き続きよろしくお願いします」ということは言えないだろうし。
IP事業といえばメディアコングロマリットたる同社の中核でもある…のだが、意外とつかみにくいところもある。
全体としては成績がよく、それはあっぱれなことじゃないですか、という風に一見するとなるのだけれど、詳しく見ていくとそう簡単ではなかったりする。
IP創出においては、新人作家の育成を行うとともに、投稿数とユーザー数の伸長が続く小説投稿サイト「カクヨム」や「魔法のiらんど」等を通じたネット投稿原作の創作支援を加速し、原作発掘の強化に取り組んでおります。
とあるのだが、ここでライトノベル系でかつて隆盛していた「小説新人賞」が特筆されていないのがポイントである。
三崎尚人 @nmisaki
KADOKAWAの株主総会。「文芸でヒット作もなくカクヨム等で新人発掘するのは無駄では?」という質問が出版社の株主総会で出るのは衝撃。もちろん、「新しい作家さんを育てていくのは役目なのでチャレンジは続けて行く」と青柳さんがちゃんと答えていましたが。
というツイートがあったが、質問にしろ回答にしろちょっと惜しいと感じる。質問もズレているのだが、じゃあこの回答がそのまま真か?と考えるとちょっとアヤシイよね、という話をする。
実際のところ、たとえばこんな感じで質問されるとKADOKAWAのライトノベル系の事業としては非常に痛いはずだ。
このあたりの質問をされると、たぶん結構痛い、はずだ、と思う。どういうことか。
たしかに『聖女の魔力は万能です』とか『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』とか、たとえば今クールを見ても「小説家になろう」や「カクヨム」発の作品は続々アニメ化されている…のだが。
たとえば『ソードアート・オンライン』『この素晴らしい世界に祝福を!』『Re:ゼロから始める異世界生活』『魔法科高校の劣等生』『オーバーロード』『幼女戦記』といった大ヒット作はいずれも遠ざかっている、というのが実情かと思われる。
特にA6文庫版のライトノベルでは、今もってここに挙げたような作品(このすばはもう完結したけれども)が各レーベルを背負っているという状態で、「次のリゼロ」「次のSAO」が長いこと出ていない(ファミ通文庫は「次の孫」がおらず、どうなったか…は公式サイトを見てください)。
これに拍車をかけるのが2番目の質問で、上記のような「次の超大作が出ない」状態ではあるのだけれど、しかし同社のライトノベル事業の中心は確実に「ネット投稿原作」に主軸を移している…というか「それしかない」という状態になっている。
たとえば角川スニーカー文庫の公式サイト https://sneakerbunko.jp/ で当月の新作なんかを見てみると、
こんなラインナップなわけだが、どの程度が「ネット投稿原作」かといえば(なんだか間違い探しみたいだけど)『魔眼で始める下剋上 魔女とつくる眷属ハーレム』以外は全部ネット投稿原作である。
ていうか残るこのひとつも、GA文庫で『ハンドレッド』を書いていた箕崎准先生がなろうっぽく書いたファンタジーで、つまり「なろうかカクヨムに原作があった作品」か「メディアミックスしたラノベ作家がなろうっぽく書いた作品」しかないという状態である。地獄…。
「またまたー、この月だけでしょ、大げさな~」と思われる諸兄においては、スニーカー文庫の近刊を1年くらい遡ってみるとよい。オリジナルありません。スニーカー大賞を受賞した作家さんたち、みんなどこ行ってしまったん…?
で、これは別にスニーカー文庫だけがそうというわけではなく、富士見ファンタジア文庫、ファミ通文庫あたりも同じ状態である。
そしてライト文芸では富士見L文庫などもかなりネット投稿原作小説に軸足を移しつつあって、ここまでの流れを理解すれば
というのが実際かなりアヤシイことが把握できるはずだ。
ライトノベルの定義論とかやってる場合ではないのであって、実は特にKADOKAWAのライトノベルは「=WEB小説」になるかどうかの曲がり角にある、と言ってよい。もしかするとここで「いや、『探偵はもう、死んでいる』と『スパイ教室』がある」と思われた諸兄におかれましては、KADOKAWAさんの新人賞で毎年何作品が受賞して何冊が刊行されているのかを確認されたい。
「ごくわずかな当たった作品以外は、受賞作家の2作目も出せない」というのが、2021年のKADOKAWAのライトノベル事業の傾向である(電撃/MFは多少抗っているくさいが、そんなMF文庫Jでも売れているのはYouTubeマンガのノベライズだったりする)。
https://ssl4.eir-parts.net/doc/9468/ir_material_for_fiscal_ym1/99258/00.pdf
なんかを見てみても「Webでの新人発掘を強化」とは書かれていても新人賞についてはまったく書かれていなかったりするので、これはもうKADOKAWAは新人発掘の手段としては新人賞を諦めた、とみるべきだとは(資料だけを見ていると)思うが、それを確かめることは必要…というか、ラノベファンの諸兄はぜひ直接聞いて、確かめてみるとよい。
コミック事業についても似たようなところがあって、こちらもかろうじて『ダンジョン飯』がIR資料には記載されているが、これはかれこれ2014年開始の作品だったりする。
じゃあそのほかは?というと、アニメ化が発表された『異世界おじさん』はTwitter/Pixiv発だったり、おけけパワー中島でおなじみ『私のジャンルに「神」がいます』もTwitter発だったり…と、つまり自前のプラットフォームから屋台骨を支えられるヒット作がなかなか出せていない…のが現状で(『異種族レビュアーズ』はあるけどね)、主軸としてはWEB発の作品への声掛けだったり、あるいはなろう小説のコミカライズや、ピッコマあたりで連載されている縦読みコミックの書籍化作品だったりする(『外科医エリーゼ』など)
これを「原作発掘の強化がされている」と肯定的に見るのか「自主開発能力が弱体化してネット原作に頼っている」と否定的に見るかは難しい。
集英社などが自前のプラットフォームである「ジャンプ+」で『SPY×FAMILY』『怪獣8号』など次々新規のヒット作を出していることと比較すると、あまり楽観的には見られないか…というところ。
で。コミックでいうともう少し面白いのは、ピッコマことKAKAOとの関係性についてである。
KAKAOといえば、2020年8月タイミングでKADOKAWA株を5パーセント以上取得したことが報じられた。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASFL21HLU_R20C20A8000000/
実はこのあともちまちま買い進められており、もうちょっと増えている。資料にある
ってやつである。意外と持ち株比率第1位だったりする(2位はカワンゴ)。
ので、何気に馬鹿にならない比率で韓国勢に買い進められたのが2020年のKADOKAWA株だった。
https://ssl4.eir-parts.net/doc/9468/ir_material_for_fiscal_ym1/99258/00.pdf
なぜかといえばカカオのサービスであるところの「ピッコマ」がいま一押ししているのがこの縦読みコミック…ピッコマ的には「SMARTOON」というやつであり、KADOKAWAの縦読みコミック振興策が「ピッコマとの協業」のための施策なのか「ピッコマとの競合」のための施策なのかが、非常に気になるところなのだった。
ちょっと話が戻るのだが、先ほど触れていた出版事業については、IPの開発に加えてこんなことが書いてある。
同時に、営業力を活かしたきめ細かなマーケティングにより、生産部数の最適化とそれによる返品部数の最少化を進め、収益の最大化を目指してまいります。2022年3月期より順次稼働予定の製造・物流一体の最新鋭工場につきましては、小ロット適時製造と適時配送を実現することで、製造コストの削減や更なる返品率の改善を行い、業界が直面している物流問題にも対処しながら、中長期的に収益力を向上させてまいります。
この工場は、ちょうど株主総会も開かれるところざわサクラタウンにある例のアレだが、ここで注目するのは「適時配送」の方である。
https://www.kadokawa.co.jp/houjindirect/
というのを持っている。上記の適時配送についてもこうした独自のシステムが活用されるのか――というところで出たのが、下記の報道である。
https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/1324469.html
講談社・集英社・小学館と丸紅、出版流通改革で新会社、というこれである。もちろんKADOKAWAにおける流通改革・DXというのはかなり前から企図されていて、こうした動きよりも先にシステムを整えていると考えられる。
そこで気になるのが、KADOKAWAはこの新会社のシステムを使うのか(参画するのか)、あるいは対抗するのか、というところである。
というのは、実はこの適宜製造の計画においてもけっこう難しい問題として立ちはだかる(ので、聞かれると面倒くさい質問である)と思われる。
なぜかといえば、仮にこの新会社による流通がデファクトスタンダードになった場合に、KADOKAWAは「流通のデファクトスタンダードをとるのか、あるいはガラパゴス化した自社独自の流通戦略を維持するのか」という選択を迫られる可能性があるから(そして、その可能性はそう低くもない、と思われる)。前者はせっかく作ったシステムの破棄や修正を意味しているし、後者にはデファクトから外れることによるリスクがある(特に、大手三社が多くの割合を占めているコミック流通などにおいて…)
というか適宜製造と適時配送のシステムを自社でもっていたのなら、上記みたいな会社が出現する前に一ツ橋や音羽に呼びかけて自社のシステムが業界スタンダードになるようにふるまえばよかったのに…とも思うが、後知恵ではある。
誰か聞いておいてほしいことをまとめてみました。なんかバランス悪いなあ…。
基本的に各種の公開情報の組み合わせでしかないので既知の事項かと思いますが、株主総会にご出席の皆様の参考になれば幸いです。
純文学とは制度的には文芸誌に載っている小説作品のこと。芥川賞はこの文芸誌掲載作から選ばれることがほとんど。
まれに早稲田文学やその他のインディーズ雑誌から芥川賞候補に選ばれることはある。
最終候補に残ると編集部から電話がかかってくる。いつその電話があるのか、公式には明らかになっていないが、過去の経験者がブログやTwitterでほのめかしており、5chの文芸創作板を見れば、だいたいの情報が集まっている。
9月末締め切り。最終候補の連絡は1月? 選考会は3月。受賞作は4月発売の文學界5月号。
10月末締め切り。最終候補の連絡は2月? 選考会は4月。受賞作は5月発売の群像6月号。
3月末締め切り。最終候補の連絡は7月? 選考会は9月。受賞作は10月発売の新潮11月号。
3月末締め切り。最終候補の連絡は7月? 選考会は9月。受賞作は10月発売のすばる11月号。
3月末締め切り。最終候補の連絡は7月? 選考会は8月。受賞作は10月発売の文藝冬号。
七年ラノベの賞に一次落ちし続けてたんだけど、やけになって純文学の賞に応募したらなぜか最終選考まで行った
https://anond.hatelabo.jp/20200519161343
この増田を読んだが、私はワナビとして、過去数年分の最終選考に残った作品の選評を読んでいるが、「書きたいことや日頃の鬱憤をごちゃ混ぜにして書き殴った」作品はひとつもなかったように思う。
あと5月の段階で、最終に残っているが、選考会がまだだという新人賞はない。
https://prizesworld.com/prizes/
プロの純文学作家とは、出版社から仕事を依頼され、原稿料の出る仕事をする物書きのこと。必ずしも物書き仕事だけで生活できるとは限らず(いやほとんどの作家はできず)会社員をしながら作品を発表しつづける人もいる。
ただ芥川賞を取って10年くらい生き残れば、どこかの私立大学の創作学科の教員になれたりすることが多い。
小説の新人賞は、出版社が主催する新人賞以外にも、地方の自治体や新聞社が主催する、「地方文学賞」というのものがある。
地方文学賞は受賞しても、賞金がもらえるだけで(ただし上記の5大新人賞より賞金が高かったりする)、本も刊行されない。それはデビューとは言えないし、たぶん受賞した人もデビューだとは思っていない。当然、仕事の依頼とかは来ない。
もう十年ほど前の話になるだろうか。私は携帯小説が大好きで、あらゆるサイトを日々めぐり巡っていた。
毎日を彩ってくれる、素晴らしき作品たち。創作者の方々に感謝を捧げつつ、作品を美味しくいただいく幸せな時間を過ごしていた。
そんなある日、神に出会った。
特別、文章が上手かった訳ではない。話の内容だってオリジナリティに溢れているかと聞かれたら、そうではない。けれど惹かれるものがあった。素直に面白かった。作品を好きになる理由なんて、それで充分。何より出会って数週間、神は一日も休まず作品を更新し続けていた。すごい人だな、応援したいと思った。私はもうすっかり神に魅了されていたのだ。
感想を送ると、次の日には返事が来た。
神から自分宛に言葉が送られる、これはとても嬉しいことだ。一度でも感想を書き、返事を頂いたことがある人には、わかって貰えるだろう。返信の喜びに味をしめた私は、そこから感想を送り続けた。数ヶ月もすればコメント欄の常連さんとして、神に認知されていた。憧れの存在に少しだけ近づけた気分だった。
そして向かえた運命の日。
その日のことはよく覚えている。私は大学生で、ちょうど学園祭が催されていた。イベントの都合で浴衣を着ており、朝からずっと着通しの状態で、終わる頃にはぐったり疲れていた。ソファにもたれかかかりながら、携帯を見た。返信が来ていないかなと、なんとなく開いたログインページ。神の作品の書籍化が決まったことを知った。
泣きそうになるのを堪えた。嬉しかった。
だって私は知っている。この数年間、見てきたのだから。神が今まで、どれだけ頑張ってきたのかを。休むことなく作品を更新し続け、感想のほぼ全てに返信をし、神の文章力は最初と比べ、見る影もないほど上達していった。コメントを書かなければ、と思った。この喜びを今、書き残しておきたい。伝えたい。けれど私には時間がなかった。今から学園祭の片付けをして、サークルのみんなで打ち上げをして、夜遅く帰る予定。そんなもの放り出したいところだけれど、そうは問屋が卸さない。迷った末、変なひねりは加えず、素直な気持ちを伝えることにした。
神の作品も、神自身も大好きだ。だから嬉しい、本当におめでとうございますと、それだけ告げた。
翌朝、メッセージが届いていた。神からだった。いつもの感想への返信ではなく、私宛に個別のメッセージ。
あなたの感想からいつも勇気を貰っていた、ありがとうと。だからよければ今回刊行される本を送らせて欲しいと。
気づけば泣いていた。
私が今まで送ってきた、感想とも言えないようなもの。けれどそれは決して、無駄ではなかったのだと。その時いただいた本と手紙は、今でも宝物だ。もちろん本は、いただいた分とは別に発売日に三冊は購入した。某密林にレビューだって投稿した。神は本当にすごい人で、それからも毎日作品を更新し、送られた感想全てに返事をし、一日だって休むことはなかった。
そこは偶然にも神の地元であり、ツイッターであそこへ行った、これを食べたと呟けば神からコメントがあった。他愛もない内容のリプライが続くのが、飛び上がるほど嬉しかった。
帰りのバスに乗って、今から帰ります、と呟いた。ほどなくして通知がきた。神からだった。
「本当は会いたいと思っていたけれど、会って幻滅されないか心配で、会おうとは言い出せなかった。情けないです」
確か、そんな旨が書かれていた。少しも情けないとは思わなかった。ただ、会いたいと思ってくれていたことが嬉しくて……私もいつか、お会いしたいと思った。
もしも神が男性だったのなら。私はこの感情を、恋だと勘違いしていたと思う。けど違う。こんなことを言うのは少し恥ずかしいけれど、私が抱いていたのはきっと、恋よりもずっと大切にしたい何か。
それは決して、恋ではなかった。
ある日なんとはなしに零した、「いつかサイン会で会えたらいいですね」。
本当に叶うとは思ってもみなかった。訪れた会場で私は神と出会った。その他大勢のファンと同じように、私も列に並びサインを貰った。
私が名前を告げると「泣きそうです」と神は言った。「会えて嬉しいです」なんて決まり文句を返して、その場は笑って過ごした。
サイン会はあっという間に終わった。
エスカレーターで一階の御手洗を目指して、静かに降りていく帰り道。ようやく辿り着き、扉に鍵をかけて蹲った。声を押し殺して泣いていた。朝早くから、張り切って化粧をした顔がぐちゃぐちゃになっていることは、鏡を見なくてもわかった。多分この時、私の中で張り詰めていた糸が、ぷっつり切れてなくなってしまったのだと思う。
私は次第に感想を書かなくなっていった。
あらゆる物事にいえるが、人はそこに義務を感じると楽しめなくなる。私は知らず、作品を読んで感想を書くという行為に、義務感を抱いてしまっていた。それが少し辛くて、神の作品を純粋に楽しむためにも、感想をやめることに決めた。
そもそもどうして、私は数年もの間、感想を書き続けていたのだろうか。
英世さん2分の1を軽く超える数。それだけ書いてきても、感想を書くのは一向に苦手なままだった。ほんの数行、ワンツイート分にも満たないようなものを書くのに数十分かかることだってあった。
解釈が間違っていないか、失礼な言葉遣いをしていないか。硬くなりすぎず、適度に密度のある文章を……などと、私のような拗らせた人間は、感想ひとつ送るのにこんなに面倒なことを色々と考えてしまう。
好き!最高!面白い!感想なんて、本来これだけでいいはずなのに。素直にこの言葉を伝えられる人を、私は尊敬する。羨ましい。
少し話が逸れてしまった。
どうして、そこまでして感想を書いていたのか? 単純に神の作品が好きだった、応援したかった、返事が来るのが嬉しかった。理由は色々とあるが、一番はきっと、神を失いたくなかったから。
そう私は一度、自分にとっての神を失ったことがある――さて、ここまでは少し長めの前置き。本題はここからです。
上記の神と出会う前、私には原始の神とも呼べる方がいらした。私を携帯小説の沼へと引きずり込んだ偉大なるお方。この方を追いかけて行った先で、神とも出会ったのだ。
原始の神の作品は、それはそれは素晴らしいものだった。丁寧で優しくて綺麗な文章、練り込まれた世界観。もう随分と前に読んだものなのに、未だによく思い出すくらい大好きな作品だ。
原始の神は言っていた。書くことが好きだと。感想を貰えるのは、とても嬉しいと。けれどある日突然に、ぱたりと姿を消してしまった。
私は後悔した。
好きだという気持ちを、しっかりと言葉にして、伝えられていたら。もっと感想を送っていたのなら、違う結果になったのかもしれないと。
以来、自分にとっての神には惜しまず感想を送ろうと決めた。その教訓を胸に、私は数年に渡り感想を送り続けてきたのだ。もっとも神は、私の感想などなくても書き続けていたのだろうけれど。
つい最近、原始の神の作品を読み返した。そして思った。やっぱり私は、この作品が大好きだ。
けれど数年前に送ったコメントに返事は来ておらず……私はもう二度と、原始の神に感想をお伝えすることができないのだろうかと嘆いた。けれど諦めきれない。私はもう一度、あなたの作品がどれだけ素晴らしいものであるか、感想をお伝えしたい。伝えさせて欲しい。ただの自己満足で、あなたはそれを望んでなんていないかもしれないけれど。今からサイトの方に、メッセージを送りたいと思います。あなたの作品が大好きでした。
この文章が広く世に出回れば、きっとあなたがそれを見てくれるだろうと信じたい。
以下の言葉の意味がわかる方がいらしたら、どうかそっと、サイトにログインしてみてください。
ラベンダーは青と緑
あの花の名は?