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はてなキーワード: 唐沢俊一とは

2020-08-17

[]2020年8月16日日曜日増田

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2020-08-16

10代で岡田斗司夫唐沢俊一の本にハマった人の精神

はてブで久しぶりに岡田斗司夫唐沢俊一名前を見た。

現在、彼らへの言説はほとんど批判一色だ。自分批判的に見ている。

しかし、かつて彼らの言説が支持されていた時代もたしかにあったのだ。90年代後半の、ある一時期に。

けれども、彼らの本をかつて熱心に読んでいたと口にする人はいない。

スレイヤーズリスペクトを表明する人がいないのと一緒で、彼らの本を熱心に読んでいたってことは「恥ずかしい」ことなのだと思う。

しかし、ここは匿名ダイアリーなので、自分は書いてしまおう。

 

あれは90年代後半だった。自分自意識を持て余していた。

アニメ漫画といったオタクコンテンツが好きなことに後ろ暗さを感じていた。

エヴァはヒットしたけれど、それだけで、オタクたちへの一般的視線はまだまだ一段低く見る傾向が強かった。

自分は15歳で、クラスの端っこでオタク仲間と固まって学校生活を送っていた。

初めて缶コーヒーを買ったのはUCCエヴァだし、下敷きはスレイヤーズだったし、授業中は『ブギーポップは笑わない』を読んでいた。

毎日18時には家に帰ってテレ東アニメをぜんぶ見ていたし、lainトライガンといった深夜アニメを録画して視聴していた。

これはすごいものだ」と夢中になっていたが、「自分は一段低く見られている」という疑心暗鬼でびくびく暮らしていた。

今でいえば「自己肯定感」はかなり低かったし、自分容姿や立ち居振る舞いを自覚させられるたびに嫌なものを感じていた。

そんなときに、自分の視界に岡田斗司夫が入ってきた。「BSマンガ夜話」だった。

「この人、話が面白いうえになんだか知的」と感じて、図書館にあった岡田斗司夫の本を読んだ。

『ぼくたちの洗脳社会』。過去SF小説などを引用しながら語られる未来社会の予想に、ひどく興奮した。

オタクコンテンツを語ることが社会未来を語ることになるなんて!」という衝撃。

それから岡田斗司夫のほかの本も読み、彼の周辺にいる人の本も読んだ。それが唐沢俊一

唐沢俊一の本を読むと、まさに博覧強記といった印象で、こんなにも知識を持っている人がいるのか、と驚いた。

そして、自分はこう思った。「オタクであることは最先端ライフスタイルで、知的ことなんだ」と。

この価値転換は自分のなかですごい衝撃をもたらした。今まで自分がなんとなく卑下してきたことが、そのまますべて肯定材料となるのだ。

それによって自分は胸を張ってアニメマンガに接するようになった。オタクならあれもこれも詳しくなくちゃ、と読書の量を増やした。

それによって毎日が楽しくなったし、本を読むことによって、世界見方も増えていった。

そして、いつしか自分岡田、唐沢らの本を読まなくなった。

 

岡田、唐沢らの言説に心が離れていったことにはいくつかの理由がある。

まず二人の出してくる話題時代遅れ、マンネリになってきたこと。

2人とも最新のオタクコンテンツ事情にまったく疎かったし、「また昔のアニメ特撮の話か」と飽きがきてしまった。

いろんな本を読むうちにアカデミアの人が語るサブカル論に心が移ってきて、さらにそこから一般的歴史文化史の本を読むようになった。

インターネットの影響もある。今まで一人で岡田の本を読んでいたわけだけど、ネットにある他の人の論評を読むと、どうやら彼も完全無欠な人間ではないようだ。

唐沢の盗作騒動が出てくるまえに、心はすっかり離れていた。

しかし、彼らには感謝している。初めて自分アイデンティティ肯定できたのは彼らのおかげだし、いろいろ本を読むきっかけにもなった。

からこそ、今の姿を見ると残念でしょうがないのだが……。

自分も年を取り、結婚をして家族ができて、いつの間にかアニメを見ることも少なくなった。

ネットフリックスで見るのはもっぱらハリウッド映画。『シェイプ・オブ・ウォーター』に泣く始末。すっかりオタクじゃなくなってしまった。

現在自分否定肯定もしない。「ま、こんなもんだよねぇ」って気分である。だけど、あのころ情熱はほんとうだったよ。

うそう、「と学会」。これを初めて読んだときも衝撃だった。特に最初の2冊。

この本によってニセ科学オカルトへの耐性ができた。そういう人は多いんじゃないかと思う。

 

からこそ、だからこそなんだよ。彼らの最新の話題に触れると、何もかも悲しいんだよねぇ……。

2020-05-15

唐沢俊一ツイッタラー

意外なトリビアツイートしまくってよくバズってるけど

それがだいたいパクツイ紛いの受け売りだったりガセだったりする奴、

あい人種名前はないのかと思ってたけど「唐沢俊一」ってのはズバリだな。

2019-12-03

anond:20191203135713

あの世代のオタク典型

人前で賢しらなこと言いたがる。

けど有難がられるほどの実績ないもんだから、本人が望むほど称えられない。

プライドは山より高いんだけど、実力が追い付かない。

岡田斗司夫唐沢俊一敵対してっけど、かわいそうなくらいに似通ってる。

まあ、掃いて捨てるほどいるタイプの一人ですよ。あの人は。

2019-06-24

老害ってこうやって形成されていくんだなぁ

ネットリアルタイム老害ができあがっていく過程が見れて面白い

町山智宏、小田嶋隆岡田斗司夫唐沢俊一とか、一昔前まで頭がいいとされてた人気あった人たちが、どんどん老害になっていく。

やっぱ人間って老いるんだねえ。どんな立場にいても。たとえ若者文化に属していても老害になっていくんだなぁと目撃できて、すごく面白い。やがて悲しい。

2019-02-05

anond:20190205065906

(2)

当時の惑星開発委員会オタク界隈ではけっこう話題になっており、それを象徴するのが岡田斗司夫の来訪です。

4月12日(金)

 逃避でネットを覗いていたら「惑星開発委員会」というサイトを見つけた。

http://members.tripod.co.jp/toumyoujisourin/rvtop.htm

 惑星開発大辞典コーナーに僕の名前もあったので掲示板挨拶したら、さっそく管理者の方からメールをいただく。

 返事で「なぜ岡田斗司夫作家自称しているのか、については次の日記で答えましょう」と約束してしまうけど、なんでオレは仕事でもないところで働こうとするのか。とほほ。

その後、岡田さんはこのサイトを気に入り、定期的に掲示板書き込みをしたり、知り合いに紹介したりしていたみたいです。

8月13日(火)

 「ロスノフスキ家の娘」、あっという間に読了

 しょっちゅう覗いてるサイト惑星開発委員会」にこんなテキストがあった。僕も今、格闘技オタクたちが嫌いで嫌いでしかたないので、思わずここに紹介してしまう。

(中略)

 あああ、俺の言いたいことを俺より上手く書いている~!もう俺、物書き引退しようかなぁ。

相当宇野さんのことを買っています。当時の日記にはこんな記述もあり「これは善良な市民のことでは?」と言われてました。

 知り合いから「就職活動に失敗した」というメールを受け取る。彼に「就職なんかせずにライターになれ」と忠告したばっかりなので、これはなんとか編集者に売り込んであげなければいけない。

 まぁ僕よりは才能もある人だし、なによりまだ20代前半という若さなので、ライターとして喰っていくことぐらいはできるだろう。しかし彼を「こういう人生」に引き込んだ責任というのは、あるのかな?

 僕は「自分への責任は、他者には移譲し得ない」という考えなので、あんまり悩んだりしないけど、これが唐沢俊一さんのように責任感の強い人なら、あとあとまで面倒見たりするんだろうなぁ。

この日記宇野さんのことですね。実際に会って話したようです。

10日(水)

 朝、マクドナルドハンバーガーを食べる。ついに一個まるまるを完食できるようになった。まだ喉の痛みは残っているけど、まぁ一安心

 おもしろ会の武さんと5年ぶりぐらいに会う。なにかと思えば「物書きになりたい」という相談彼女同人誌を預からせてもらって、編集さんを紹介する約束をする。

 続いて京都から宇野くん。彼とは初対面だけど、昔に彼が浅羽通明氏に説教された話を教えてもらう。浅羽氏の書き下ろし本『教養とはなにか』を院生たち取り巻きと話してるときの浅羽さん「これで革命を起こす」と叫んでいたらしい。当時10代だった宇野君がこれに疑問を呈したら喫茶店で閉店まで説教されたらしい。やはり浅羽さんは熱くて面白い人だ。

そして、岡田さんは惑星開発委員会オフ会にまで顔を出すまでに。その時のことを日記でこう書いています

27日(火)

 木曜のオフ会に向けてリビングをかたづけ、そのあと覚悟を決めてついに北歯科へ。

もうずっと前に神経を抜いた歯なので、おそらく歯茎が炎症を起こしているのだろう、

ということで今回は様子見。

 ブックスルーエで宮脇檀の『男の生活の愉しみ』(PHP文庫)を買う

 20年近く前、仕事で一山当てたら宮脇氏に自宅を設計してもらおう、と思っていた。

不幸なことに宮脇氏は98年に他界し、僕はいまだに一山当てれずにいる。

でまぁ、書店で氏の本を見かけたら自分の果たせなかった夢への供養だと思って

買うことにしている。

 夕方から惑星開発委員会」のオフ会

参加希望美少女大学生といっしょに高田馬場へいく。

感想は…う~ん、まぁあんもんじゃないですか?

あ、でも某出版社社長と某オタク評論家蜜月関係が聞けたのは

面白かった。そうか、版権引き上げ騒動の裏にはそんなことが…。

……その後、岡田さんが惑星開発委員会言及することはなくなりました。「あんなもん」だったので飽きてしまったんでしょうか?

惑星開発委員会更新をやめ、善良な市民キャラを捨てて2003年8月頃にはてなダイアリーで新たに始めたのがヘルシー女子大生id:kurosawa31)と言われています挑発的な言動サブカルへの豊富知識、そして女子大生であることが話題になり「はてな界の斎藤美奈子」と称されたりします。

ヘルシー女子大生はてなキーワードにも登録されており、

はてなダイアリー住民の質を見分ける試金石となった騙り手。

と書かれているのである程度の騒動を起こしたことがわかります

しかし、今となっては日記プライベートモードに設定されており、internet archivesに残っている断片的なものしか読むことができません。

それによるとヘルシー女子大生京都在住ということになっており、宇野さんは立命館大学卒業後、京都就職したのではと推測できます

2ちゃんねる過去ログを追うと初期から善良な市民との類似性が指摘されているのが面白いです。その時は「言っていることが似ている」と言われる程度ですが、しばらくして2004年3月に「オトコノコ」「キャラ売り」「同じ穴のムジナ」「ブンガク」などのワードの相似性、話してることが一緒などの指摘がされヘルシー女子大生善良な市民なのが濃厚となります。この指摘に伴って日記更新頻度は落ち、プライベートモードとなったわけです。

この頃の宇野さんは旧・惑星開発委員会のような「有名サイトになろう」とか今のような「ライターとして成りあがろう」という気概はなく、ネカマして周りを翻弄させて楽しみつつ、趣味としてドラマなどの評論を書いていこう、という印象を私は持ちます

2019-01-31

いまどき「こんなのオタクじゃない」とかいう恥ずかしいマウントする奴

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.itmedia.co.jp/news/articles/1901/30/news132.html

おまえら恥ずかしくないの?

平成も末だよ?

「年間何万使ってる俺たちこそ真のオタクであっておまえのようなニワカはお呼びじゃないの」

みたいなプレッシャーかけてくるジジイどもを老害として切り捨て、

ニュービーを優しく迎え入れて手取り足取り導いていく、

そんな明るく楽しいオタクコミュニティをこの1020年で目指してきたんじゃなかったの?

岡田斗司夫唐沢俊一醜態を目の当たりにして「ああはなるまい」って誓い合ったじゃない!

あの日約束を忘れちゃったの!?

2018-12-08

anond:20181208112103

唐沢俊一の本で、ホモ相手の出した精液をハンカチに染み込ませて、それを切って口に含んで唾液で戻して味わうっていう描写があったのを思い出した。

2018-06-26

hagexショックに衝撃を受けて、はてなIDを久しぶりに取得してしまった。だいたい言いたいことはいいつくされているけど、ネットウォッチという悪趣味について語る際に「バトルウォッチャー 哭きの竜」への言及は少ない。おどろいた。

hagexさんの事件は、もちろん、村崎百郎を強く思い出させたけれど、哭きの竜さんが、伊藤剛さんをウォッチ揶揄?していたら詰め返されて、自己批判に至ったという出来事もなんとなく思い出された。唐沢俊一とかどうなっているのかなあ。

Hagex村崎百郎をつなぐミッシングリンクとしての町山

今回の事件村崎百郎の件を思い出した人は多いと思うが、村崎百郎唐沢俊一コンビを組んでいて、町山氏は唐沢俊一のことを執拗攻撃していた。

で、今回の事件ではネットウォッチャーHagexが殺されたわけだが、この人ってkyoumoeと同列に語られることが多いと思うんですよ。そして町山氏がはてブで唯一フォローしてるのがkyoumoeなのね。

http://b.hatena.ne.jp/TomoMachi/follow

なんか十年以上前ネット喧嘩した後に仲良くなったんですかね。よく知りませんが。

https://ex9.5ch.net/test/read.cgi/net/1099924550/

確か山本一郎が当時ブログ記事にまとめていた気がするのだが、検索しても2chスレッドしか見つからなかった。

で、昨今の90年代鬼畜サブカル文化への批判と今回のネットウォッチ文化に対しての件がかぶるという意見を目にしまして。そのミッシングリンクが町山氏なんじゃないかと。町山氏は昔からはてなダイアリーを使ってましたし。サブカル的内輪文化ネット的内輪文化の橋渡し役とは言わないまでも、両方に片足つっこんでるっていう。

とにかく、町山氏について一旦総括してみないと今回の件は理解できないと思うんですよ。

2018-04-29

唐沢俊一やおい差別で思い出した

ついったで、イギリス文学者のsaebou氏がしていたこんなツイートを見かけた。

↓この手の人たちが「リアル」と「ネット」をどう区別してるかは知りませんが(ウェブ上の差別や罵言はリアルじゃない、人を傷つけないと思ってるのかな?)、印刷物なら腐女子に対する差別発言普通に刊行されてますよ。以前、唐沢俊一の例をこちらで書きました。

https://twitter.com/Cristoforou/status/990224818304729089

「この手の人たち」で指されてるのは、リアルで女オタクバカにしたり差別したりする男など見たことがないという表現規制反対派の発言ですがそれは今回は関係なくて、この唐沢俊一の話で思い出した。

このリンク先でsaebou氏が言及している本を、唐沢がトンデモ本扱いで紹介したのは「トンデモ本世界 S」の中でなんだけど、「S」で紹介される前に、「と学会年鑑 BLUE」でちょっとやおいについて触れていたくだりがあった。

 唐沢が「と学会例会アメリカフリンジカルチャーについての本を紹介している場面なんだけど、そのなかでやおい趣味についての紹介がひととおりされた後で、

まあ、洋の東西でやってることは同じで、で、執筆者写真もありますが、まあ、こういう体型で(会場―「ああ~」)、これも洋の東西を問わないという、そういう感じでありました。(p24)

うん、唐沢も、それにどよめく会場メンバーもクソだね。ここで体型について言及する意味、全くないよね。

昨今オタク差別に憤って見せている(元も含め)と学会関係者、このときどんな顔で聞いてたのか尋ねてみたいところである

まさか、一緒にどよめいて笑ったりはしていないと思いたいけれど。

あと同ページには「(スター・トレックの)カーク船長の大股びらきヌードとか、ミスター・スポックの背面ヌードとか」を紹介しながら「会場爆笑」しているシーンがあるんだけど、んで同じページにはそのヌードの一部が転載紹介されてるんだけど、どこが爆笑なのかいまいちわからなかった。俺は男なんでこれがセクシーなのかは分からないのだが、ふつうに裸イラストしか見えないんだけど。

あらかじめ「やおい馬鹿にしてやろう」意識がうずまいていないと、会場は爆笑できなさそうだよなあ。

まあそんだけなんだけど、最近話題のこともあって、せっかくなので本棚から引っ張り出してきてメモしておくことにした。

2018-01-11

anond:20180111201724

身バレじゃないけど

日本場合、最悪な事態だと唐沢俊一みたいな目に合うのかなと思う

2017-10-27

anond:20171025181817

このまとめ読んで思い出したけど、藤岡氏と町山氏は似ている。

QJ吉田豪氏による唐沢俊一氏へのインタビューを巡って藤岡真氏と伊藤剛氏のやりとり

https://togetter.com/li/102281

自分の中に狂おしいばかりの正義感だか義務感が存在して、それの奴隷になってしまう。「単体の行動として見ると、それは普通な言動じゃないですよ」ってレベルに入って制御が利かないで、「オレは正義の側なのに何で遠慮して、上品にやらなきゃいけないんだ!」みたいな熱に支配されてしまう。誰も完全に間違ってますよとは言ってないのに、ちょっとでも否定的な事を言われるとそう聞こえちゃうんだろう。

藤岡氏は、元博報堂の人なんだっけ?それなりに勉強スポーツも出来た中々の人物だろうに。

2017-10-25

anond:20171025161236

そもそも自民党はそんな態度取ってないし、その理屈野党側の難癖にしかえんな

仮に「勝者こそが正義、敗者は引っ込んでろ」的な事をやらかしたら市民から総スカンくらうし、次の選挙でボロ負けしてるよ

2012年総選挙やらかし民主党証明してる

でも自民党は直近3回の総選挙で大勝してるわけで(参院選も含めると5回か)、民意はもうあきらかでしょ

市民の間には、自民党邪魔をし続ける野党へのフラストレーションが渦巻いてるんだよ

偶然だが唐沢俊一が同じようなこと言ってる

https://twitter.com/cxp02120/status/922682183797506048

まりテレビがわざと野党が意地の悪い質問をして首相を困らせるのを映すと、野党議員自分ヒーローに見えると思ってるんでしょうが、実は「主人公への共感バイアス」の高い今の若い世代には自分の足を引っ張って喜んでる悪役に思える場合が多いということなんですね。これは大いなる皮肉ですよ。

https://twitter.com/cxp02120/status/922685407627743232

私は『シンゴジラ』が安倍擁護をしているとは言ってないです。ただあの映画を今の若い世代が見て心地よく思うことと、国会中継での野党の追求に同じ世代の多くが不快を感じることには同根の問題があると思う。野党側は手法を変えた方がいいんじゃないのか。与党いじめ自分の首を絞めてるよ、と。

なんだかんだではてブコメは割りとバランス取れてる

はてなブックマーク - シンゴジラ首相無能だった?唐沢俊一×町山智浩‏ - Togetterまとめ

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1164431

(町山氏も普通に受け答えしていれば、見解の相違くらいで済んだろうに…)

ここでの町山氏のように、とにかく自分の嫌いな相手だといきなりの罵倒から入るようなコメントをするブクマカを何人も非表示にしてさえいればの条件付かも知れないが。

2017-07-26

ニセ科学批判ネトウヨが結び付けられるようになったことについて

 最近、ニセ科批判とネトウヨの結びつき、みたいなのについてツイッターでよく見るので、思うところを書いてみることにする。

 先に、俺の立場について書いておくと、もともとニセ科学批判クラスタにいる(た)人間である。以下、いろいろと書き連ねたような事情もあって、最近はニセ科学批判クラスタを批判的に言及することが多くなってきたが、やっぱり世界科学だろう、という思いは変らない。

 余談だが、ニセ科学批判クラスタを批判する人、というのがニセ科学勢力とか、トンデモ勢力というのは意外に成り立たない。そういう連中を自分積極的フォローしてないというのもあるかもしれないが、その手合いはまず自分たちに批判的な人がいることについて詳しく言及すること自体不都合なので、あんまり触れないのではないかとも思う。クラスタの言説に詳しく触れながら批判する人というのは、何だかんだいって「ニセ科学は嫌い」寄りの人間が多いようだ。

 あらかじめ書いておくと、自分見解は、「ニセ科学批判とネトウヨ本来、つながらない」であるしかし、そう言い出す人がけっこういる、というのも理解できないではない。まして、「またネトウヨ連呼厨ガァー!」などと言い出す気にはなれない。なので、どうしてそう思われるようになってしまったのか、といういくつかの自分の思っている理由について書いてみようと思う。

 なお、あくま自分観測範囲ベースなので、それ以上のエビデンス統計的根拠はない。ほしかったら基盤Bでも持って出直してきたら調べてやらんでもない。

 あと、話は基本的ツイッター世界が中心である

3.11以後の動き

 ニセ科学批判とウヨの親和性、という問題が語られるようになったのは、やっぱり3.11以後が決定的である。いちおう、3.11以降について、特に放射能デマをめぐる後始末についていうなら、ニセ科学批判派がおおむね正しかった(細かいとこで間違いや軽口があったのは否定しない)というのは間違いないので、これはどんどん認めていくべきである。そして、その上で、致命的なレッテルを引き寄せる結果となったことについてもそろそろ考えるべきだと思う。

 3.11直後にデマ批判をする人が、今となってはかなり信じがたい形で「ウヨ」と手を結んでいたのは確かだ。これはひとえに、デマの流布をほっておくことが人権問題になりかねない状況だったことによる。一例としては、ゴリゴリ左派左巻健男石井孝明をRTしていたことがあるくらいである。それは、個人的にそこはRTしなくてよかったんじゃないかと思うツイートだったが(別にどうしてもしなきゃいけないRTでもなかった)、しかし当時はそれでも連帯できるところは連帯しないといけない事情だったのも確か。とはいえ、そのRTを見てニセ科学批判派の中にいる自分でも嫌悪感を覚えたので、その外にいて、かつ左派寄りの人がどうとらえたか想像に難くない。

 元々、デマ批判を発信していた人には政治的には左派が多く、その中には、事態が落ち着いた今は左派クラスタのなかへと帰っていった人も少なくない。今となっては、「福島差別」について関心が高いアカウントというのの少なから割合がただのウヨアカウントであり、人権問題危機感を抱いて近づいてきたというよりは単に「ダシにしにきた」ことも明らかになりつつあるのだから、この時期のことについては、ちゃんと後処理をしておくべきではないかと思う。一方で、安易にウヨレッテルを張った側も、そのレッテルについて再検討する必要がある。

多層的な「ニセ科学批判者」

 ニセ科学批判というのは多層的に発信される。最初の発信者、つまり、積極的に資料をあたったり文献をあたって、情報を発信していた人はもちろんいるにしろ、その人たちの話がどう広まっていったかといえば、メディアが広めた場合ももちろんあろうが、ツイッターなどネットではそれを再発信する人によって広まったわけだ。この人たちの中にも濃度がいろいろあって、「なんとなくRTした人」「そういう話を見たら積極的にRTする人」「RTして、自分でもそれをベース意見をいったりする人」「それがさらにバズって積極的ニセ科学情報を集める人」とまあ、いろいろだ。

 こうなると、ニセ科学批判クラスタといっても、もともとの「ニセ科学批判派」の声は流通する情報割合的にはごくわずかということになる。

 俺がやばいと思う層は、じつはこの水増しされた部分であるデマ批判が機能したのはこの部分あってこそなので、水増しという言い方は語弊があるのかもしれないが、しかし、ネトウヨニセ科学批判がむすびつけて論じられることに責任があるのはこの層ではないかとも思う。

 この層、とひとくちにいっても、いくつかある。

(1)善意悪用して、自分イデオロギーをのっける層

 まあこれは文字通りの「ウヨ」層だ。前述の石井孝明とか、池田信夫なんてのもそうだろう。この亜種(1A)としては、ウヨというよりは「左派が憎い」というイデオロギーをかぶせていくケースもある。佐々木俊尚とか、伊藤剛あたりがそうだろうか。そうそう、伊藤剛と昔仲良し今は犬猿の仲唐沢俊一も忘れてはいけない。君たちお仲間だよおめでとう。あるいは、こうやって膨らんだ層を客層にあてこんだ「御用文化人」というケースも亜種(1B)の一つだろう。いちえふの作者なんてのはそうだと思う。最初はけっこうまじめな信念を持って作業員のルポを始めたんじゃないかなー、とは思うのだが。

(2)人を叩くのが好きな層

 言っちゃあ何だが、科学正義であるしかも、ある程度実証が積み重なれば、相対化しようがない正義だ。本当は正義とか正しさなんて一ミリも興味はないのかもしれないが、とにかく人を叩く根拠がほしいならず者にとって、こんな都合のいいものはない。しかも、人権問題としての問題意識までくっついている。人権なんて一ミリも興味がないのかもしれないが、以下同文。

 正義暴走がデンデンという人はネットによく転がっているが、あまりこの点には言及しない、どころかこの正義だけは振りかざすのが大好きだったりもする。彼らの心情は、よくわからない。

(3)理系としての選民思想の持ち主

 一昔前のメディアに流れる文章には、理系に対する嘲笑偏見がいりまじったものというのが結構あった。それを見た理系人が、お前ら哲学で作った飛行機に乗れるのかよ、というような反発を持つのは想像に難くない。俺も昔はそうだったし。それは仕方ないところもあると思う。

 ところが、ネット理系研究者がどっぷりつかっていたり、エンジニアがどっぷりつかっていたりする場なので、そういう人が意外にマスをもてる世界である。それはいいことでもあるんだけど、結果、「理系カルト」のようなものが出来てしまうという面もある。その結果、「文系」をバカにするようなアカウントが出来上がる。昔、科学ネタアニメ談義が話が合うという理由高専生や理系大学生をけっこうフォローしていたのだが、どうもこういう方向に流れていく人が多く、非難がましいツイートが増えた結果リムられたりリムったりブロックされたりが増えた残念な記憶もある。

 これらの人が、放射能デマ批判、さらにはより広いニセ科学批判に群がったわけだ。どれもこれもあまり近づきたくないタイプである

 しかし、本来意味でのウヨはこの中では(1)か、せいぜい(1A)までに限られる。それが全体のうちどれくらいの割合を占めるかというと、あんまり高くないと思われる。おそらく、悪印象のかなりの部分は(2)(3)に起因しているのではないか。(2)と(3)は、本来的にはウヨ思想とは関係がない。しかし(2)はそもそもモラルを欠いている層で、ネットイナゴといわれる集団に近い。そういう人が、ネトウヨ思想親和性を持つのはまあ時間問題である。(3)は正直因果関係を断定しづらいのだが、確かに自分観測範囲では重なる人が多い。理系でもウヨ色の薄い人は理系絶対主義みたいなところには陥らない、みたいな雑な印象がある。

 そうすると、本来関係のない「ウヨ」と「ニセ科学批判」がセットで観測されるということが大量発生する。しかも、(2)(3)は人間性として最悪の、できればブロックしておきたいタイプだ。どこをどういじっても、ニセ科学批判がいい印象を持たれる展開がない。しかも、こういうアカウントに限って、やけにRTされる数が多く、ダメな方向にネットへ広がっていく。

 (この部分追記)「冷笑系」と呼ばれるような集団がともかなり重なっている、というのもいくつかの反応で見かけた。これはもっともだと思う。特に(1A)や(3)あたり。

 後出しじゃんけん承知で言うと、推敲前は言及していたのだけど、定義にやかましい人の怒りが二乗になりそうなのと、話がとりとめもなくなったのでなんとなく端折ってしまった。けれど、ニセ科学批判との関係について考える場合には、「いわゆるネトウヨ」より重要カテゴリーかもしれない。

こじらせびとたちの罪

 ネトウヨ定義というのは曖昧である。むしろ、厳密に定義したところで境界線附近人間大手をふって歩き出すだけなので、ある程度曖昧でいいと思う。ライトノベル定義みたいなものだ。物語シリーズラノベかとか三毛猫ホームズラノベかと言ってる分には意味もあろうが、そこにかこつけて「聖書はラノベでは」とか言い出す奴はつまみ出せばよい。

 しかし、世の中には問題児がいる。自分たちはつまらない理由ネトウヨ扱いされた、だからネトウヨを名乗ってトンチキなことを言い募ってやる!と言わんばかりの連中である。いまどき子供ももう少ししつけられていると思うのだが、そんないい大人がネットにはたくさんいる。被害者意識をこじらせているとしかいいようがない。本人はネトウヨ認定したほうが悪いと思い込んでいるのかもしれないが、申し訳ないが狂人の真似だと言い張って東大路通を走る人間京大生でなければ狂人である京大生でも狂人かもしれない。

 菊池誠氏があんなふうになったのは、一つのきっかけはここにあると思う。しかし、年齢的にも知性的にも社会的立場的にも、責任能力を逃れられる人ではなかろう。自分の不始末は自分でつけていただきたい。きっかけのもう一つの原因(と俺が思ってること)は、次の項で述べる。

 ジャンルは違うけれど、所謂キモくて金のないおっさん」を名乗りたがるネット住民、についても似たようなことが言える。

フィードバックはめぐる

 ツイッターにはRTとかふぁぼという機能がある。ふぁぼはまあいいとして(最近はこれもTLに流れてくるようになったが)、RTは誰が何をRTはしたかが、ある程度分かる。

 RTの基準は人によっていろいろだろうが、まあ第ゼロ近似としては「それに共感するんですね」だろう。直後のツイートで批判的に言及でもしておかないと、そう思われないほうがおかしい、と思う。

 ここでめんどくさいのは、「それに共感するんですね」の「それ」はツイート文章のものであるツイートしてる本人であるか、である。直感的には、前者だろう。後者は雑な見方に映る。ただ、発言属人的に見ない、というのはけっこうなことに見えるが、発言主と合わせて文意判断しない、ただの無責任な態度となることもある。見てる側が、いつも「こいつはどうしようもない奴だな」と認識していれば、それをRTする方も同類とみなされることもある。そんなのおかしい、という人もいようが、そういうものだ。

 さてここで上のニセ科学批判情報の発信の話になる。発信者する側も、自分が発信した情報を受けて賛同し、意見を述べたり非難したりするツイート自分のRTという形で放流するということをよくやる。別に発信者じゃなくてもやると思うからニセ科学批判に集まった人も、さらにそれをやるわけだ。

 ところが、その放流元が「札付き」であった場合、それを「ニセ科学批判に賛同してくれた」という文脈だけで読んでくれる人は、あんまりいない。ごくふつうアカウントなら、はいはい賛同者だね、ということになる。ところがそうじゃない場合問題だ。そりゃあ、ツイート単体ではいいことを言ってるように見えたりするかもしれない。でもそれを、みんな属人的に見ないでくれるだろうな、というのはおめでたい

 でもまあ、そういうことが一度や二度あった、というだけなら、まあどうということもないかもしれない。しかし、これを長く繰り返し続けていくとどうなるか。

 「お前はそういうやつなのか」で離れる人というのは離れられる側にとっても、分かりやすいし素直だ。だが、「お前のRTうぜえわ」で離れる人も出てくる。離れられた側は、もしかしたらなんだか事故にあったつもりになるかもしれない。自分はただ「賛同できるツイートを流しただけなのに」、と。

 それもそうかもしれない。でもそれが繰り返されるうちに、クラスタ自体が、濃縮されてだんだん汚染されていく。そして、やり取りをする相手というのは、本人も気づかないうちに影響を与えていく。フィードバックされちゃうのだ。

 2012年か2013年くらいまでは、きくまこ先生もそこまで変ではなかったが、その後加速するようにヘンな発言が連発されていくのは、こんな感じだったのではないかと考えている。

 ニセ科学批判そのものを凶器として振り回す層というのが出来た結果、その印象がネットイナゴ、あるいはネトウヨと非常に近いものになってしまう。あとは災害が広がるのみだ。子宮がんワクチン水素水、EM菌。本来ならネトウヨと関連付けられる要素なんてないものも、そのスジのアカウントが言及してはバズる、という光景は、「そこ」がイニシアチブを握っている、と認識されることになる。そうなれば、ウヨに批判的な人は近寄りがたくなる。もちろん、もともと発信元として活動していたような人は、自分左派であろうと発信を続けるだろう。でもそこまで中心にいない人は、距離を置くか、あるいはニセ科学批判派の語り口に疑問を持つようになる。

そして深まる左右対立

 このような先鋭化の過程で、本来なら近しいところにいるはずの、歴史修正主義批判や、反知性主義批判(本来意味も、日本独自派生した意味もどっちも含まれる)との溝が深まっていくことになる。めんどくさいことに、これらの集団原発や巨大科学のようなものには批判的で、甚だしい場合放射能デマに一定の親和性がある人もいたりするので、頭が痛い。

 よく、ニセ科学批判クラスタはこれらのニセ社会科学・ニセ人文科学問題には無関心だと言われる。発信する側については実際には必ずしもそうではないアカウントも多いのだが、群がっている層については確かに無関心…… どころか敵意を持っている人が少なくない。理系人が多いので馴染みが薄いし慎重な態度でいる…… というのはなくはないのだろうが、どうもそれだけで済まないところがある。歴史問題法律あたりに目をつけて観察していると、「馴染みが薄いからかかわらない」ではなく嬉々としてトンデモさんを引っ張ってきて何かつぶやいている、という光景を目にして頭を抱えることになる。

 「Aを批判しているのにBを批判しないのはなぜか」はほっといてくれというのは分からないでもない。ただ、それは本当にたまたまのこともあれば、党派性を後ろに秘めてみて見ぬふりをする場合もあるので、けっこう一概には言いにくい論点である状況証拠次第によっては、判断材料として持ちたくなる疑問であるのは確かだ。また、別にこういう「疑問」はニセ科学批判クラスタけが受けるものではなく、左派いちゃもんのように昔から言い立てられてきたことでもあるので、やはり状況しだいでこう問いたくなるのも当然だろう。

 しかしその結果、溝はますます深くなるのである

 こんなことが続いていくうちに、ニセ科学批判クラスタは「身内」に甘い、というような見方もされてくる。そんなことないよ、と言いたいところだが、最近たまにはてブあたりに上がってくるニセ科学批判批判へのブクマコメントなど見ると、妙にニセ科学批判サイドへの批判を矮小化しようとする「ニセ科学批判者」のコメントが見受けられたりして「ああこの人もかあ」という気分になってくる。

経済をめぐる対立

 先日ツイッター問題になっていたのは、これのようだ。mika_berry氏というツイッタラーリフレニセ科学批判とネトウヨのつながりについて言い始めてそれにニセ科学批判派やネトウヨ定義が気になるタイプが反発して少し炎上のようになったらしい。

 経済には明るくないので、具体的なところには踏み込まない。が、ニセ科学批判クラスタ、あるいはもしかしたら理系クラスタまで枠を広げてもいいのかもしれないが、けっこうな割合がいわゆる「リフレ」に近づいたのは確かにそうだなと思う。

 ただしここも距離の違いはけっこうあって、単に「反緊縮」に近づいた人もいれば、はっきり「リフレ」に近づいた人もいる。俺も反緊縮については多分同意すべきなんだろうな、と思う。

 なぜこういう動きが起きたかは分からない。単に、時代的に緊縮はもういい、という風潮だったのかもしれない。反緊縮は数字勘定してイメージやすい「ロジカル」なものからという、もっともらしい理由がつけられるのかもしれない。それはわからないのだが、しかしこの「リフレに近づいた側」の少なからぬ人が、その後決定的にウヨに近づいていくことになる。

 これも理由は分からない。反緊縮には賛同する、という程度の人は、あまりそっちへ動かなかったからだ。アベノミクスなるものがあったからといって、他の論点がいっぱいあるのだから、ウヨに近づく理由にはならないのである。むしろ経済で結果を継続して出せるように安定させるためにこそ、おかしな動きは徹底的に批判すべき、と思うのだが、なぜかそうならない人というのがいた。ニセ科学批判クラスタの外にもそういう人がやはり「なぜか」いて、新たな集団を作るようになる。リフレ経済的に豊かになることを期待するクラスタ、というよりは「政権を応援しマスコミを憎み野党のアラ探しをする」クラスタとなる。経済には明るくないのでよくわからないのだが、アベノミクスのような政策はほっとくだけだと企業が潤うだけだと聞く。こういう人が「再分配を求めるべき」「企業給料をあげよ」というような動きをしたという話を寡聞にして聞かない。本当に経済大事だと思っていたのか、いまいちよくわからないところがある。

おわりに

 昔ながらのニセ科学批判は、党派性から距離を置いているつもりの人が多い。これは「左派が多い」という、上で書いた話とも別に矛盾しない。もちろん、ノンポリもいる。俺だって党派がかるのは大嫌いだ。

 それはいいんだけど、そうありたいと思うこととか、自分たちはそうだと思い込むことは、あんまり何かを担保してくれることではない。

 ここ10年くらいのインターネット歴史は、ノンポリ政治的な層、特にウヨに振り回される歴史だった。

 1970年ごろの学生運動だって、多くは本質的にはノンポリだったという話はよく聞く。でも、左翼運動の迷走についての責任を問われないかといえば、そんなことはないだろう。

 俺が思うのは要するにそういうことだ。ニセ科学批判=ネトウヨというくくりは、なるほど雑だ。だけど、それを一笑に付せる無邪気さは、ちょっと俺には持てない。

(追記しました→https://anond.hatelabo.jp/20170802040735

2016-05-30

伊藤剛、いつのまにかアイコンが変わってたけど、昨今の振舞いとあわせて一層の唐沢俊一化が進んだように見えるな。人を呪えばなんとやら、くわばらくわばら。

2015-08-03

町山智浩氏について引っかかったことが

進撃の巨人脚本担当したことで、まぁいろいろ評論家としての命脈を絶たれるんじゃないかと心配されていて

とりあえず興行的には一定の評価が出そうなので胸をなで下ろしていると思われる町山智浩さんですが

評論家として信頼をする人がいる一方で蛇蝎の如く嫌う人も一定数いるということが浮き彫りになってきたなぁと。

しかに、拗れた映画会社広報パイを投げつけて、それを武勇伝として会社を退社してアメリカ移住するあたり

正直サブカル業界とは言えまともな社会人なのかと問われるとかなり首をかしげるようなエピソードの持ち主でして。

今更脚本家仕事を始めたのも、映画評論家としての需要が先細りになってきて、新規開拓しようとしているんだろうか…

で、ここ数年ずっと引っかかってることなんですが

唐沢俊一唐突罵倒しはじめたことがあったんですよね。盗作騒動があった頃なんですが。

一時期は秘宝にライターとしてお願いしてたり、一緒にCS番組に出ていたりと仕事していた時期もあったし、まぁ嗜好も似てる感じだし、

それでもあの罵倒っプリなのでよほど腹に据えかねたことがあったのかなと当時は思ってたんですよ。

ただ、なんかここ数年の振る舞いを見ていて「ここで唐沢を叩いておいて、自分に矛先が向かないように仕向けた」って計算が無くも無いのかなと。

腹に据えかねたことがあったとして、それなら無頼というか無茶なキャラで売っていた町山さんなので、

別に盗作騒動勃発に便乗してた叩きはじめなくても、腹に据えかねたタイミングで叩けば良かったんですよ。

でも敢えてあのタイミングで、ってのが今思うと引っかかりを感じまして。

…あれかな、相当同じ穴の狢というか、売文屋として似たポジションにいたか

ここでクソミソに叩いて自分に火の粉が降りかからないようにしたかったとか。

そう考えると、なんかこぉ人として信頼できるのかどうなのかってね。そう思った次第で。

2014-06-29

町山智浩氏への公開質問状 (追記あり

追記:町山智浩氏よりご回答いただきました。

匿名ダイアリーの公開質問へのお答え - 映画評論家町山智浩アメリカ日記

http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20140629

これを受けて、

町山智浩さん(@@TomoMachi)、ありがとう

http://anond.hatelabo.jp/20140629172434

を書きました。


元々の公開質問状は、以下より。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

今回町山智浩氏に対して行う質問は「重箱の角をつつくような」「些細なこと」ばかりかもしれません。

「彼は唐沢俊一日垣隆上杉隆のような巨悪と戦っているのだから、そんな些細な疑惑で足をひっぱるな」と思っている方も多いでしょう。

ただ、ここで些細な疑惑によって、明らかにしようとしているのは、彼の資質問題です。

彼は、「映画ファンによる恣意的解釈は許されない。監督・作り手の考え方こそ絶対真だ。」と主張する『映画見方がわかる本』という著書を出しています

また彼自身、このようにも語っています

映画評論家っていうのはものすごい専門職だっていうこと。


観客とは全然違う立場で見なくちゃいけないんだ。


「咳をしても一人」という句を「人生から自ら人を遠ざけた男が結核を病んだ死の床で孤独と向き合う」と説 明すると「単に風邪かも」「なぜ自ら人を遠ざけたとわかる?」「この7字では説明が足りない」「解釈は自由だ」と言い張って自らの限界内にとどまろうとす る人たちと、そうでない人がいる。


自分が感じた印象を基本的に信じない。自分には超人的な直観力や天才はないと知ってるからしか世間には自分天才エスパーだと無意識に思っている人が多いようだ。


自分を信じすぎたら、何かを学ぶ気がなくなってしまいませんか? 自分はまだ何もわかってないと疑い続けることで学び成長できるのではないでしょうか?




これら町山智浩氏のお言葉を踏まえ、映画評論家町山智浩検証ウィキに掲載されている「些細な」疑問・矛盾についての公開質問になります

引用元http://www63.atwiki.jp/loversrock


時計じかけのオレンジ』におけるキューブリックの「自由意思」について

http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/5.html


猿の惑星』の猿のモデルは本当に日本人か?

http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/6.html


それでも夜は明ける』の愛憎のもつれをどう読み解くか。

http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/7.html


パシフィック・リム』のKAIJUのモチーフを巡るある断言。

http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/8.html


X-MEN: フューチャーパスト』の誤った紹介法。

http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/9.html


誰が最初に『First Blood』を『RAMBO』と名付けたか

http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/10.html


大人は判ってくれない』の原題意味を判っていない?

http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/11.html


ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』の結末の記憶曖昧でもワンスアポアタイムのことなので仕方ない?

http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/12.html


狼たちの午後』ってどんな午後?

http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/13.html


桐島、部活やめるってよ』の結末ちがうってよ。

http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/14.html


クエンティン・タランティーノの生い立ちをいかにドラマチックに語るか。

http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/16.html


あまちゃん』とキルケゴールちゃん。

http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/15.html



私が以上のような細かい事実にこだわるのは、これらの町山智浩氏の発言には細かい事実の歪曲が含まれている場合が多く、いまだこれらの疑問・矛盾についての回答を避けているからです。(キューブリックに関する件は、はてなダイアリー2ちゃんで言及された翌日に回答していたにも関わらず、です。)


ウソを追及しているはずの人がウソをついてもいいのでしょうか?


そのような人が映画の命にかかわる情報を発し、社会に影響力を持つことは危険ではないでしょうか?


「そんなこと、キューブリックは言っていない」



と自著で断言し、ファンによる勝手解釈を許さな立場を明確にされている町山氏には、これらの疑問・矛盾には積極的かつ誠実に回答していただきたいものです。


こちらからは以上です。

太字部分は、下記ブログより引用利用させていただきました。

inspired by 上杉隆氏への公開質問状 http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20120314

2014-03-16

こないだひさしぶりに「社会派くんがゆく!」を読んだ。

村崎百郎唐沢俊一がなんだかid:Midasid:nekoraに見えてきた。

2013-06-18

【】青二才唐沢俊一を”知らない”

すべて引用するのが面倒くさいのでここから始まるやりとりを読んでほしい

https://twitter.com/ph_nglui_/status/346978569198661632

増田の「青二才は衰退しました 」という記事に

http://anond.hatelabo.jp/20130617232232

唐沢俊一の成り損ないだとは思う。調べる前の基本的な読書量が全く足りてない。

ブコメがつき

間髪いれずに

その人が単著出したの、30過ぎてからですやん。なりそこないもなにも、プロセスからして23でその人が僕並み・あるいはそれ以上の知識を持っていたかどうかが不明。比較をする気もあったからどうだという気もありませんが

調べて「と学会」と出てきた時に大方、言いたいことはわかりましたが、

そんなのを「調べないと分からん」ってのが世代・・・・・・大事に。

その人、私からしたら親世代ですやん!若者に手を貸す気もないジジイはさっさと引っ込んでください。

青二才が返し。

別に知らないのはいいんだけどさ・・・

https://twitter.com/tm2501/status/346991345484853250

追記

はてなでは知らないともぐりのように言われるけど、今の若い子は多分この人を知らない(というより「と学会」と聞いてピンとくるやつの方が20代前半なら少ないと思うぞ?)

青二才さんは周りのバカな若者とは違って賢いんじゃなかったの?

トリビアの泉」は見てなかった?

2013-06-10

Gl17は猫遊軒猫八に似ている

http://anond.hatelabo.jp/20130608232310

Gl17といえば法華狼の太鼓持ちをやっているのが有名だが。

最近じゃまるで自分が「法華狼の日記」の副管理人か何かのような振る舞い方して、法華狼の代わりにコメントをつけるなどの行為をしている。

法華狼のバックにいなければ何もできないんだなあこの人って常々思う。

正直、「唐沢俊一検証blog」における猫遊軒猫八の振る舞い方を思い出させるんだが。

猫遊軒猫八は皆さんご存知のように、コミケ会場で呼び込みなどの迷惑行為、その後の不誠実な対応でもって検証班氏からも絶縁宣言されている。

http://anond.hatelabo.jp/20100827225907

http://www.tanautsu.net/blog/archives/weblog-entry-128.html


同じようなことになる前に法華狼はGl17と手を切るべきだと思うんだが。

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