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はてなキーワード: 沢田とは

2021-09-04

松田  軍事課の資材班の戦争指導全体に関する国力判断は、どうですか?  私は航空の方をずっと研究しましたので、航空の軍備を通じては、これは結果論ですけれども、もっと、深刻に検討しなければいけなかったという反省が非常に強いわけです。  

中原  十五年と十六年では、大分違うんで、僕は兵站総監部参謀にもなって、よく、次長沢田茂・総監部長参謀次長兼任〕に呼びつけられました。「君は、俺の部下でもあるんだ。あんまり悲観的なことを言うなよ」と。  そのときは、「ハア」と言って帰ったけど辻(政信・ 36期)さんなんか、開戦前に、兵站班長でしたが、会議室に入るとき入口で呼び止めて、「お前、この会議同意するのか、しないのか。同意しないなら、会議したってしょうがない」と、頭から極めつけられる。言うならば脅迫されたりして、実際、僕らの仕事数字からカーブに書いてあげると、一番よく解るんで……。しかし、それをあんまり出してもいかんし、当時の空気では「駄目です」なんて、言えんものがあった。」

—『なぜ必敗の戦争を始めたのか 陸軍エリート将校反省会議 (文春新書)』半藤一利 編・解説

2021-08-15

小山田圭吾氏辞任騒動から見る虐めの本質考察

以下は小山田圭吾さんの辞任騒動きっかけに、SNS問題マスコミ姿勢についての疑問、虐めの本質とは何かを私なりの視点で考えた物です。

本来Twitterで呟くつもりでしたが、かなりの長文となってしまいましたので、こちらで書く事にしました。


基本私はTwitterであまり呟く事はないのですが、ファンである小山田さんの擁護きっかけに今回の炎上の渦中に入りました。

そんな私のツイートにリプして来た人の殆どが汚い言葉を使い、怒りの感情をぶつけて来ました。私はそれを〝攻撃〟と呼び、ミュートやブロック等でスルーしましたが、冷静に対話出来ると感じた人とは出来る限りやり取りしていました。

そうしたリプの中に、障害者と直接接触する機会がなかったのか、TVドラマによくある表現に影響されたのか、「障害者純粋である」とか、障害者はとにかく「被害者となる対象(弱く可哀想な人)だから優しくしろ」と思い込んでる人が多い印象を受けました。「障害者小山田音楽聴く訳がない」と言う人もいました。

しかしそれこそが私は差別的だと常々思っていて、それを今回の辞任騒動で再認識しました。

障害者の中にはして貰って当たり前の態度の人もいれば、席を譲る等の声かけに強く拒む人もいるし、嘘をつく人もいます。多様な人格価値観があるのは健常者と一緒です。

(その点ではQJを見る限り、小山田さんは障害者である沢田さんを事細かに観察し、〝探究心〟で接しています先入観なく人を知ろうとする姿勢のものは、虐めはともかく差別はしていないと思います。)

それを想像せずに叩いて来るのは〝正義感〟ではなく〝傲慢〟であり、自己中心的価値観の〝押し付け〟でしかありません。

そもそもSNSにおいて、なぜただの擁護者までも攻撃するのでしょう。それはまるで、殺人犯家族まで同罪のように扱うのと同じ事です。

いえ、元々そう言う思考を持っている人達攻撃しているのかもしれませんが。

攻撃問答無用で人を傷付ける事ができます。その武器言葉なら、傷が目に見えない分だけどこまでも攻撃でき、相手が死のうとする迄のダメージを与えていても気付かないのです。その行為こそが「虐め」そのものなのに。

誰かを虐める理由ひとつとして、相手と同じ立場に立った時の想像力が欠けている〝経験の浅さ〟があると思います。それだけなら大抵は躾や注意で改善されるでしょう。

それが駄目なら実際にその立場に立った時にしか気付けないかもしれません。

他には承認欲求が満たされないストレスがその行為に繋がっていると見られるパターン

承認欲求が満たされないと劣等感に繋がります

劣等感は内に向く人と外に向く人とがいて、内に向く人は自分に自信がなく自分を責めて病む。外に向くと他人を見下したり攻撃的になりやすく、虐めに発展しやすくなる。

劣等感の元は無意識下にあるので、罪悪感が伴わないのではないでしょうか。

最近になって本当にケア必要なのは虐める側だと言われていますが、そこに本質があると思います無意識ストレス存在したままの人は、今回のような出来事スイッチとなり、ヒステリーを起こすのでしょう。

虐められる側には理由がなく、仮にあったとしても虐めていい理由にはなりません。だから世間は虐めを許さないと言う。学校会社と言う限られた世界でそうならば、今回の件は異常なまでの規模での虐めです。

しか真実検証も本人の説明時間もない完全に不利な状況で始まっているのです。

それをマスコミはこのまましれっと終わらせようとしている空気になっていますが、私自身は謝罪しない限り許す気はありません。何が出来る訳でもありませんが。

煽られた攻撃者は個人なので、私が何かを要求する義理はく、真実が世に出た時は黙っていればそれでいいと思っています。ただ、最初誤情報拡散した人は別ですが。

ここまでで私が言っている事は虐めを容認している訳ではないと解るはずですが、そうでない人は読解力が足りないと言っておきます

どんな場合でも相手理解しようとする姿勢対話しなければ、お互いの考えや価値観を知る事はできません。その上で解り合えなかったとしても、認め合う事はできます

いきなり断罪しては真実も何もあったものじゃ無い。まだ「真実」には辿り着いていないのだから

今回の件については攻撃側だけでなく擁護側も同じ条件です。

現時点で検証しているのは擁護側(しか個人)だけで、本来攻撃側もしなければなりません。QJ全文を読んだけど印象は変わらなかったと言う人がいますが、それは検証ではなく文字通り〝印象〟で留まっているだけに過ぎません。

しかし、双方が検証をしてもやはりまだ〝検証〟の段階でしかなく、何割が、どこが嘘か真実かは

雑誌からの〝証拠〟の提出

 (取材テープや生原稿等)及び釈明

小山田氏の〝事実と異なる

 多くの記載〟の部分説明

被害者と呼ばれる〝本人〟から

 証言

それら全てが揃って始めて〝真実〟と呼べるのではないでしょうか。

こういう事を書くと「汚名を晴らしたいなら本人が会見すればいいじゃないか」等とよく言われましたが、普通に考えればパラリンピックが終了しないとタイミングとして難しいと思います

オリンピックは終了したと言っても今回の発端が〝障害者を虐めた〟である以上、パラリンピックではより過敏にならざるを得ず、水を差す事になりますから

私はまずそこまでは待ちたいと思っています

会見が行われた場合雑誌から証拠の提出やライター本人の釈明がなければ、小山田さんの発言が全てとなります

そして世に出た情報が嘘であった場合には、彼がこれまでと同じ活動が行えるようになるレベルでの、マスコミコメンテーター謝罪を含まなければ終了にはなりません。

逆に、証拠が全て揃わなければ言い訳しか取らない人がいる事は容易に想像できますが、その場合雑誌社を追及するのが正しい姿勢です。

会見がなかったなら、被害者とされる人が虐められたと思っていたとしても、謝罪文を出していれば本来は〝社会的〟には終了する話であり、これ以上叩く必要はありません。

本人に謝らなければ意味がないと言うならば、謝罪文には〝本人に連絡を取り直接謝罪したい〟と書いてあります。連絡が取れて受け入れられなかったとしても、後は当事者同士の話であり、外野が口を出す事ではありません。会えなかったとしても同じです。

本人に連絡を取っても傷口を広げるだけだと言う人もいますが、それも当事者問題です。何故なら

〝許す〟可能性もあるからです。

その点について言及する人を少なくとも私は見た事がありません。攻撃者が常に小山田さんが〝許されない〟事を前提で話しているのには疑問が残ります

また、この件について同じ経験のある人を刺激したという声もありますが、それは小山田さんだけが悪いのでしょうか?

確認しておかなかったJOC沈黙したままの当の雑誌社、問題になったブログ検証なく報道したマスコミ、間に受けて拡散コメントしたタレントや識者、それに煽られた一般人

無闇に人の目に入るような形にしたのは決して小山田さんだけのせいではありません。その点は責任転嫁ではないかと思っています

本来マスコミは、検証取材時代背景、あらゆる面からひとつ物事を捉えてからでないと報道するべきではありません。憶測がひとり歩きするような今回の事態普通ならあり得ないのです。エンタメ的な雑誌ワイドショーならともかく、公的ニュースを慎重に考察した上で伝えるはずの新聞報道番組でさえ、エンタメ化しているようにしか私には見えませんでした。

しかも著名な識者までもが感情的にコメントしていた事には愕然しました。連続殺人事件のような大きな事件ですら、冷静にコメントしているのにです。

国民の半数が反対していた五輪だったからなのか、コロナ禍でのストレスが噴き出したからなのか、とにかくどこでも爆発的に感情が横行していた事に唖然しました。

敢えてTwitter炎上飛び込みましたが、その異常さを目の当たりにして、文字にここまでの殺傷能力がある事に恐怖を感じました。

木村花さんの出来事が遠い昔でも無いのに、こんなにも簡単に忘れてしまうのかと。

また内容の是非はともかく、その後に起こったメンタリストDaiGoさんや、アーティスト大森靖子さんの騒動は、ご本人の口から出た確実な証言です。

それを考えると、小山田さんの場合本来、ここまでのバッシングを受ける物であったのだろうかと違和感を覚えます

ここまで書いて、ただの擁護という印象を持たれる方もいるかもしれませんが、一度冷静に考えて欲しいのです。「小山田」と言う主語を、貴方敬愛する誰かに当て嵌めて。

争いや虐めの問題を見つめる為に一番簡単なやり方は、

相手立場に立つ〟想像をする事なのだから

そしてそれを守る為にその時、自分はどうするべきなのかを〝想像〟してみて下さい。

傷つける人、傷つく人が一人でも減る事を祈って。

2021-08-05

小山田圭吾いじめ問題月刊カドカワ9月号(1991年9月1日発行)の記事の一部書き起こし

クイック・ジャパン』『ロッキンオンジャパン』以外で、小山田いじめ自慢していたとされる『月刊カドカワ9月号』の掲載記事について、

メディアが偏向的な切り取りで掲載して拡散され続けているのがずっと気になっていたんだけど、

案の定これを利用して、拡散元凶となった件のブログが『 小山田圭吾がいじめを語る理由 - 孤立無援のブログ 』という記事外山恒一氏のnote記事反論している。

また変な扇動しかねないので、記事の冒頭から関連する箇所(幼少期から高校時代)までをまるっと書き起こした。

なお、カドカワ記事フリッパーズ・ギター3rdアルバム「ヘッド博士世界塔」の発売直後に刊行されたもので、

アルバム発売を受けて、音楽への姿勢を掘り下げるために幼少期から振り返させた全19頁のインタビュー記事のようだ。

月刊カドカワ9月号(1991年9月1日発行)P348〜P352

きっと、ぼくの生い立ちなんて面白くないですよ。やっぱりこういう話が載るんだったら、波乱万丈の人生を歩みたかったですよ。

幼稚園ときに、巨人土井選手の娘がいてね。土井ヨウコちゃんていう子だったんだけど、餅つき大会があって、土井選手が餅ついててかっこいいって思ったのが最初記憶ですかね(笑)土井ヨウコちゃんの顔は覚えてないんだけど、土井選手の顔は覚えてる。今でもテレビ土井選手の顔を見るたびに、餅ついてたなということを思い出しますね。

すみれ三組だった。それは年長組で、その前は忘れちゃった。ぼくはお絵かきを習ってた。シンちゃんていうちょっと知恵遅れの子がいて、クレヨンを投げまくって先生にひっぱたかれていたのを思い出すな。

普通の子だった、おとなしくもないけど。すみれ三組の隣のクラスに「ひらけポンキッキ!」に出たヤツがいて、そういうヤツの悪口を陰で言ってた。出たからって威張るんです、そいつら。ぼくらはイジケたグループで、五人ぐらいいた。女の子もいたな。まだ人間できてませんからね。学芸会普通にこなしてたな。インディアンの歌を歌うその他大勢の役をやった。

小学校は遠かったんです。同じ世田谷区だったんだけど、私立だったから。それからぼくは高校まで同じ学校に通うわけなんだけど、もうシンちゃんはいなかったんだけど、二年のときにKという知恵遅れの子が転校してくるんです。ぼくらの学校身体障害者の人が多いんだけど、特別クラスは作らないで普通に入ってくる。Kは高三まで同じクラスだった。ぼくだけじゃなく、みんなにインパクトを与えたと思う。Kとは小学校ときはわりと距離を置いて付き合ってたんだけど、高校に入ってから意外に密接な関係が出てくる。

小学校ときは成績は良かった。運動会リーダーとか、班長とか。それから、物が流行るじゃない、スーパーカー消しゴムとか怪獣消しゴム流行ったしね。そういう物のコレクトに関してはいつでも一位にならないと気が済まない男でね。それで人気を博してたからね。相撲消しゴム流行った。貴ノ花とか高見山とか。ガチャガチャでも、十円入れてガチャガチャカプセルを出すと効率悪いのね。

ちょっと遠いところに駄菓子屋があって、その店では中身がドンと箱に出してあって、自分スーパーカー消しゴムを選べる。友達とその店を発見して、他の友達には言わないで、自分らだけでコレクトして・・・ジャーン!!(笑)

小学校ときって、足の早い人とか人気があるじゃない。そういうタイプじゃなかったから、物で誤魔化したり、人気のあるヤツの足ひっぱったりとか。陰で悪口言ったり、変な噂流したり。こすいヤツだったな(笑)。だからすごく嫌われたりすることもあったな。いちばんショックだったのが、小学校五年くらいのときに文集を作ったんだけど、みんな普通のことを書いてるのに、「小山田くんの嫌なこと」とかいタイトルで作文書かれてね(笑)別に人気者じゃないヤツに書かれたからね、よけいにムッときて。親にその文集はみせられなかった。ぼくがそいついかにして迫害たかっていうようなことが切々と書いてあってね。でも、事実なんです(笑)まさか文集にそんなタイトルで書かれると思っていない。ちゃん印刷されてるもので、先生が見るだけじゃないの。みんなに配られちゃうの。けっこう挫折だった。だからそいつには、小学校人生全部かけて復習した(笑)

運動会リーダーも五年のときかな。仕事はそんなにしなくて、自分の好きなようにやってた。学校に遅くまで残れたり、プリント刷ったりするのがすごく好きで、そういうことができたからやってた。運動が得意だったていうわけじゃなくて。

音楽幼稚園からアニメとかのコレクトがすごかった。幼稚園の頃はコレクトって意識じゃなかったけど。水木一郎って知ってるでしょ。あの人が近所に住んでたの。それで家族でどっかに旅行に行ったら仮面ライダー・ショーをやってて、司会が水木一郎で、うちのお母さんが仲良くなって、家に来たことがあった。そのときイナズマン』のLPサインしてもらった。やっぱり子門より水木だよ、とか言って。ウルトラマンからマイナーのものまでLP集めてた。「鉄人タイガーセブン」とか。よく一緒に歌ってた。その頃から歌手になる資質があったんですね、ねえよ、そんなもん(笑)

テレビっ子。家に帰ったら、ずっと。アニメ再放送とかゴールデンタイムも。でも三年生ぐらいから「ザ・ベストテン」が始まった。大好きだった。チャートを全部メモるの、点数まで。二十位から十一位まで久米さんが早口で言うんだけど「『いい日旅立ち山口百恵、九千何百何十点」とかいうのを、早くて書けないから「いい日、山」とか書いて後で清書する。それで学校で「昨日、何位だったよな」って言ってメモ見せて威張るというのが流行った。あとになって小沢もそれをやってたって話をきいて。他にもいろんなチャート番組きいて、どのチャート信憑性があるとかって。オリコンもずっと読んでる、細かいチャートまで。地方チャートだとフリッパーズ・ギター四国全然ダメなの。だからこれから四国を強化したいなと。

あと、「カリキュラマシーン」が好きだった。鉛筆ジョーとか宍戸錠とか吉田日出子とか藤村俊二とか。変な歌があった。「ねじれてねじれてシャシュショミャミュミョ」とか、そういうねじれる言葉があるでしょう。そういう言葉を覚えさせるためにその曲がある。一緒に歌ってた。それから、「三は嫌いだよ、いつもいつも、二人仲良くなると、ひとり仲間外れ〜」とか言い終わると、二人が真ん中のひとりをギターボコボコにしておしまいっていうような(笑)。強烈なの。コント55号はもう欽ちゃんソロでやってたけど、ぼくはダメだった。ドリフ志村のほうが好きだったけど、それより「カリキュラマシーン」のほうがずっと好きだった。よくギャグを覚えてる。ギャグともとれないようなギャグだったけど。きっと当時は笑ってはいなかったと思う。『天才バカボン』の第二巻もすごかった。

中学になると、人当たりが悪くなって。クラス友達があまりいなくて、すぐにイジケるタイプに変わったんだよね。あまりしゃべらなくなった。休み時間は仲のいい友達クラス出て、他のクラスの仲のいい友達と遊ぶみたいな感じ。中学になると音楽がすごく好きになって、そういう話もできる人としかさなくなった。

Kはね、体がでかくて、小学校ときは突然牛乳ビンで人を殴ったりしてたんだけど、中学になるとそういうことはしなくなった。大人になったみたいで。

同じクラスにひとり仲のいい子がいた。その子のお兄さんがパンク系が好きで、ぼくもその人の影響でそういう音楽が好きになっていった。その子テープ録ってもらったり、貸しレコード屋に行ったり。その頃、ウォークマンブームで、そういうのはいち早く察知して、お金なかったけど小六のときウォークマンⅡを買った。ボディが青くてヘッドホンオレンジ。すごく大事にしてたんだけど中一のとき電車に置き忘れちゃった。ショックだった。で、二台目はアカイやつ。電車の行き帰りで聴いてた。最初に行ったコンサートは、中二のときクイーンかな。

その頃、初めてエルヴィス・コステロインペリアル・ベッドルーム』を借りて、すごく好きで、そのちょっと後に『パンチ・ザ・クロック』ってアルバムが出た。音楽雑誌グラビア見るのも好きで、"イアン・マッカロクのお部屋"とかいって、奥さんと一緒に写ってる写真の中にレコードがダーッと並んでて、いちばん前にアズテックカメラの『ハイランド』が置いてあった。それで貸しレコード屋に行ってアズテックの「思い出のサニービート」の12インチシングルを借りて、その友達と二人で「いいね」って聴いてた。それからそっちの方面音楽にどっぷりいった。

そういうふうにして中学生のとき洋楽を聴いてると、みんな馬鹿自分は頭いいって思いがちでしょう。案の定、そういうふうになっていた。

ギターは中一から。いとこが弾いてて、クイーンとかディープ・パープルを教わった。教則本とか見て普通に弾けるようになったんだけど、アズテックカメラは弾けない、コーが難しくて。いろんなコードを知らないから、コピーして一生懸命した。だから我流で、コード名前なんて知らなくて、指の形で覚えた。

高校になると、すごく仲良かったヤツが違うクラスなっちゃった。そうしたらKが隣の席なの。アイウエオ順で、小山田の次がK(笑)クラスにいるときは、Kとしかさなかった。Kって特技がひとつだけあって、学校の全員の名簿を暗記してるの。バスの中で一緒になったとき、「あいつの住所は?」ってきくと、ペラペラペラって出てくるの。見たこともない下級生や上級生の電話番号とか兄弟もわかってる。で、高校になるとみんな色気づいて下敷きの中にアイドル写真とか入れてくるじゃん。Kも突然入れてきた。何かなと思って見たら、石川さゆりだった。「好きなの」って言ったら、「うん」。それから、Kは鼻炎だから、いつも鼻かんでるんだけど、ポケットティッシュだとすぐなくなっちゃう。だから購買部で箱のティッシュ買ってきて紐つけてあげた。それでKはいつも首から箱をぶら下げてた。難しい漢字にもすごく詳しかった。暗記には異常に強かった。俺はいつもビクビクしてたの。ある日、突然キリッとした顔して真面目なこと言い出したら怖いなって。「本当は俺は・・・」って。だって下敷きに石川さゆりを入れてるのも、ギャグなのか本気なのかわからないじゃない。ギャグだとしたらすごいじゃない。で、ずっと観察してたんだけど、そういうことはなかった。だけど風の噂だと、Kがどこかで森鴎外小説を読みながら歩いていたという話をきいた。

ぼくは浮きまくりっていうか、クラスのみんなが和気あいあいでやってるんだけど、クラスの集合写真にいなかったり。文化祭打ち上げとか、集まるときに呼ばれなかったり。でも別に平気。人に相談とかしないし。高校になると他の学校友達かいたから。

変な高校でさ。普通レベッカとかBOØWYコピーバンドとかが主流としてあるんだけど、先輩が変わってて、メテオーズのコピーバンドとかよくわかんないバンドが多くて、レベッカとかやってると迫害されて潰しにかかられる。学園祭体育館でやるコンサートにはオフコースとかニューミュージック系のコピーしか出られなくて、パンクニューウェイヴ系は音楽室。そこにアズテックとかスミスコピーやって出てた。授業中はウォークマンヘッドホンコードを袖に通して手のひらに隠してきいてたりね。

小沢中学だけ同じ学校だったんだけど、別に仲良くなくて。高一くらいのときたまたま友達の家で一緒になって、ぼくの持ってた編集テープ聴いてからそういう音楽を好きになったみたいで電話かかってきた。それから学校の帰りに待ち合わせて、お茶の水ジャニスって貸しレコード屋に行ったり。そこはイギリスインディーズとかヨーロッパものが置いてあって、泊まって、学校行かないでレコードを全部テープに取って、返しに行って・・・そういう生活してたな。その頃の経験てでかいかもしれないな。エスカレーター式だから大学試験はそんなに難しくないんだけど、遅刻とか欠席が多かったか一年生の時点でダメだとわかってた。だけど小沢学校に行くの。ぼくは小沢の家で寝てたり(笑)

※このあと、音楽の話からフリッパーズ・ギター結成までのエピソードアルバムに対する思いなどが語られるが、問題となっているいじめ関係する箇所は上記だけなので以降は省略。



読んでわかると思うのだけど、ここでも小山田外山恒一氏の読みどおり、過去を振り返るときは一貫して”自分自身自虐的で自嘲的なニュアンス”で語っているんだよね。

そして問題記事から遡ること3年前にもかかわらず沢田君の話が出てくることから、彼に対しての思い入れが深いのもわかるし、

自分自身を嫌なやつと言ながら、”イジメしていたことは認めたくないけど認めざるを得ない葛藤があったのではないか”とする外山氏の下記視点は、なるほどなと腹落ちする。

小山田圭吾問題の最終的解決|外山恒一|noteより

まず第一に、これは小山田氏が、自分いかに情けない人間か、いや、〝情けない〟を通りこして、もはや〝卑劣〟で〝ろくでもない〟と云ってよいぐらいの人間であるか、自虐的に語り続けている過程でこういう話になっているのだ、という点を見逃してはいけません。活字に起こすと単に「(笑)」となってしまますが、少なくとも小山田氏のセリフに付け加えられている「(笑)」は、ニュアンスとしては完全に自嘲的な「(笑)」です。イジメをやっていた当時の気持ちに戻ってしまって、「楽しかったなあ」と笑っているわけではありません。

ーーー(省略)

それにしても驚かされるのは、小山田氏がイジメの始まりエスカレート過程を、事細かによく記憶していることです。さんざん云われるように、イジメた側はそんなことはやがてすっかり忘れてしまって、これほどまでに、「ああ、そういう展開はいかにもありそうなことだ」と情景がまざまざと思い浮かぶような語り方をしうるほど詳細に覚えているというのは、イジメた側としては極めて例外的ことなのではないかと思うのです。このことはむしろ世間で云われているのとは逆に、小山田氏が自身イジメ加害経験真摯に向き合ってきたことを示しているのではないでしょうか? それも極めて稀なレベルで、です。小山田氏の云うとおり、そもそも最初は〝ちょっとフザケていただけ〟、〝ちょっとからかっていただけ〟なのでしょう。それがいつのまにかエスカレートして、ヒドいことになっていく。小山田氏は「決してイジメているつもりはなかった」という線を頑なに守ろうとしていますが、内心ではおそらく当時リアルタイムで、「これはもうイジメと云われても仕方がないレベルなのではないか?」と不安になってもいたように感じられます高校生になってイジメっ子を卒業してからか、あるいはイジメっ子時代の末期からことなのかもしれませんが、「どういう経緯でこんなことになってしまったのか?」ということに強くこだわって、よくよくそれを思い返し、もちろん少なくとも『ロッキンオンジャパン』や『クイック・ジャパン』でそれを語ることになる20代半ばの時期まで、何度となく反芻してみたのでなければ、なかなかここまで詳細に記憶していられるものではないように思うわけです。



また、件のブログの反論としては、”自分判断で「障害者虐待できる俺ってかっこいい」というブランディングを行っていたのである”ということだけど、

フリッパーズ・ギター解散前にそんなリスクの高いブランディングを行う必要はないでしょ、と。

下手したら、「障害者虐待アピールするから小沢に捨てられた」というような負の印象を残しちゃうわけで、ダメージの方が大きいことは想像できるし、いくらなんでも無理筋すぎる。

2021-07-29

小山田圭吾擁護に見る男女差

 現在に至っても小山田圭吾擁護することを諦めていない人間たち(北尾修一や沢田太陽など)が用いているのは「小山田圭吾被害者との間には友情が成立していた。小山田圭吾には害意や悪意は無かった。だから小山田圭吾のしたことはイジメではない」という論理である

 小山田圭吾擁護しているサブカル業界人には「いい歳をした中高年の男性たち」が目立つ。それとは対照的に、小山田圭吾擁護する女性の姿は殆ど見られ無い。小山田圭吾に対する態度には、男女の差がある。

 その理由は、大きく分けて2つある。

 一つは、そもそもサブカルマスメディア現場では、昔も今も男性中心主義の体質が極めて根強く、編集長幹部編集者を務める女性の数が圧倒的に少ないということである。それが、Quick Japan(QJ)やRockin' On(RO)に掲載された小山田圭吾いじめに関する記事当事者として証言する女性の数の少なさ、小山田圭吾村上清を擁護する女性の数の少なさに反映されている。

 もう一つの理由は、現代日本で暮らす多くの女性にとって「性的強要/セクハラ/ストーカー/DV/性的犯罪」による被害が、深刻かつ身近な脅威として存在していることである。これらの犯罪加害者被害者に対して一方的好意を抱いていたり、その感情被害者に対して告白するのは、頻繁に見られる現象である。このような経験知識は、男性よりも女性の方が豊富である。したがって多くの女性は、加害者側が被害者に対して一方的好意的な感情を抱いているからといって、それが犯罪の加害性を免除したり正当化する理由になど成り得ないということを知っている。だからこそ、北尾修一らが用いる「小山田圭吾被害者に対して好意的な感情を抱いていた(だから、アレはイジメではない)」などという詭弁肯定する女性は少ない。

 北尾修一らが発表した、加害者側の一方的かつ身勝手論理に基づいて小山田圭吾擁護しようとする記事は、現代においてもサブカルマスメディア男性中心主義巣窟であり、女性存在蔑ろにされていることを強く示唆している。

2021-07-24

せやね。

https://anond.hatelabo.jp/20210723063526

からこそ北尾修一さんは沢田さんの話だけして村田さんの話をほとんどしないことで印象操作を図ってるなと感じた。

💩食わせたではないにせよ、村田さんの方は結構ひどいことやってたんだが

あの記事ではそっちは全然触れてなくてドン引きしたわ

北尾さんは、あれだけ言ってもほとんどの人間QJ記事を読まないとわかってたんだろうな。

村田の部分まで読んだら余計印象悪くなるのわかってるのに、沢田さんのはなしだけでごり押ししたら騙せると思ってたのかな。

舐められてるなネット民

●今回、特に酷い性虐待エピソードとして紹介された小山田さんの以下の発言

ジャージになると、みんな脱がしてさ、でも、チンポ出すことなんて、別にこいつにとって何でもないことだからさ、チンポ出したままウロウロしているんだけど。だけど、こいつチンポがデッカくてさ、小学校の時からそうなんだけど、高校ぐらいになるともう、さらデカさが増しててさ(笑)女の子とか反応するじゃないですか。だから、みんなわざと脱がしてさ、廊下とか歩かせたりして。」

この発言は「孤立無援のブログ」で紹介されていますが、これに続く以下の小山田さんの発言を同ブログは削除しています

「でも、もう僕、個人的には沢田ファンから、『ちょっとそういうのはないなー』って思ってたのね。……って言うか、笑ってたんだけど、ちょっと引いてる部分もあったって言うか、そういうのやるのは、たいがい珍しい奴っていうか、外から来た奴とかだから」(『QJ』vol.3 本文58p)

素直に読めば、この性虐待エピソード小山田さんとは別人の犯行です。小山田さんは周りで笑いながら引いていた、というポジションです。そして、この「笑ってた」という小山田さんを責める資格、少なくとも私にはありません。

沢田君が、透明な下敷きの中に石川さゆり写真を入れてきて、隣の席の小山田さんがツッコミを入れるエピソード(もちろん沢田君はボケて自覚なし)。個人的にはまさに青春、という良いエピソードだと思いますが、「孤立無援のブログからは削除されています(『QJ』vol.3 本文58p)。

高校生になってエチケットに気を付けるようになった沢田君。ポケットティッシュがすぐなくなってしま沢田君に、小山田さんは首にかけられるようにビニール紐を通した箱のティッシュプレゼントしました。それ以来、沢田君は自分で箱のティッシュを買うようになったというエピソード。これも「孤立無援のブログからは削除されています(『QJ』vol.3 本文60p)。

小山田さんのインタビューの合間に入るM氏の文章

いじめ談義は、どんな青春映画よりも僕にとってリアルだった。恋愛クラブ活動けが学校じゃない。僕の学校でも危うく死を免れている奴は結構いたはずだし、今でも全国にいるだろう」(『QJ』vol.3 本文61p)という一文が「孤立無援のブログからは削除されています

SNSがなくて学校外に居場所を作りづらかった時代感覚なので、今の若者にはピンとこない文章だと思いますが、M氏が「いじめ自慢を並べる、鬼畜記事」を意図していたとしたら、あまり必要のない文章に思えます

ここで、沢田から村田仮名)という人物エピソードへと話題は移ります

高校修学旅行留年した一コ上の先輩「バカな渋カジ」と、村田と、小山田さんという「かなりすごいキャラクター(笑)」の3人が、「好きなもんどうしが集まったとかじゃ全然な」いのに同じ班に集められて、修学旅行に行くことになった、というエピソードが「孤立無援のブログからは削除されています(『QJ』vol.3 本文63p)。

●この修学旅行出来事として、「バカな渋カジ」が先導した性虐待エピソードが登場します(筆者注:以下、読むと気分悪くなります。ご注意ください)。

「ウチの班で布団バ〜ッとひいちゃったりするじゃない。するとさ、プロレス技やったりするじゃないですか。たとえばバックドロップだとかって普通できないじゃないですか? だけどそいつ(筆者注・おそらく村田)軽いからさ、楽勝でできんですよ。ブレンバスターとかさ(笑)。それがなんか盛り上がっちゃってて。みんなでそいつプロレス技なんかかけちゃってて。おもしろいように決まるから「もう一回やらして」とか言って。

それは別にいじめてる感じじゃなかったんだけど。ま、いじめてるんだけど(笑)。いちおう、そいつにお願いする形にして、「バックドロップやらして」なんて言って(笑)、”ガ〜ン!”とかやってたんだけど。

で、そこになんか先輩が現れちゃって。その人はなんか勘違いしちゃってるみたいでさ、限度知らないタイプっていうかさ。なんか洗濯紐でグルグル縛りに入っちゃってさ。「オナニーしろ」とか言っちゃって。「オマエ、誰が好きなんだ」とかさ(笑)そいつとか正座でさ。なんかその先輩が先頭に立っちゃって。なんかそこまで行っちゃうと僕とか引いちゃうっていうか。だけど、そこでもまだ行けちゃってるような奴なんかもいたりして。そうすると、僕なんか奇妙な立場なっちゃうというか。おもしろがれる線までっていうのは、おもしろがれるんだけど。「ここはヤバイよな」っていうラインとかっていうのが、人それぞれだと思うんだけど、その人の場合だとかなりハードコアまで行ってて。「オマエ、誰が好きなんだ」とか言って。「別に…」なんか言ってると、バーン!とかひっぱたいたりとかして、「おお、怖え〜」とか思ったりして(笑)。「松岡さん(仮名)が好きです」とか言って(笑)。「じゃ、オナニーしろ」とか言って。「松岡さ〜ん」とか言っちゃって。」

この発言は「孤立無援のブログ」で紹介されていますが、これに続く以下の小山田さんの一言を、同ブログは削除しています

「かなりキツかったんだけど、それは」(『QJ』vol.3 本文64p)

ここに意図がないとはとても思えません。

沢田君と比較し、村田とのエピソードはそれほど多くありません。

次に、「いじめっていうのとは全然違って、むしろ一緒に遊んでた奴」である朴(仮名)の家庭が厳しかった、というエピソード

小山田さんの母校では、他の学校特殊学級にいるような子が同じクラスにいたという話。

母校の近くに養護学校があったので「小学校の時からダウン症って言葉、知ってた」という話などが披露されます(念のため、小山田さんが養護学校の生徒をいじめていたというエピソードは、記事内にありません)。

こうやって元記事を再読すると、記事の中で大きいのは沢田君の存在で、村田さんと朴さんのエピソードとは比重が違います。が、「孤立無援のブログ」だけを読むと、この事実はまったく伝わってきません。

そして沢田君、村田さん、朴さんに、M氏が小山田さんとの対談を申し込んで断られるエピソードへと話は移ります。M氏が手を尽くしても、村田さんと朴さんには連絡がつきません。そして、肝心の沢田君。

取材当時、沢田君は学習障害で「家族とも『うん』『そう』程度の会話しかしない」状態だったことが明かされます。M氏は沢田君の家の最寄り駅から電話をし、沢田家に上がって取材依頼をします。

孤立無援のブログ」では、この時のやりとりを紹介しています

お母さん「卒業してから、ひどくなったんですよ。家の中で知ってる人にばかり囲まれいるから。小山田君とは、仲良くやってたと思ってましたけど」

寡黙ながらどっしり椅子に座る沢田さんは、眼鏡の向こうから、こっちの目を見て離さない。ちょっとホーキング入ってる。

ーー(小山田と)対談してもらえませんか?

「(沈黙……お母さんのほうを見る)」

ーー小山田さんとは、仲良かったですか?

「ウン」

 数日後、お母さんから「対談はお断りする」という電話が来た。(『QJ』vol.3 本文67p)

話が脱線しますが、当時の私ではなく現在の私は、この「ホーキング入ってる」はいかがなものかと思いますよ。〉M氏

この沢田からの「対談NG」を聞いた小山田さんの反応は、「孤立無援のブログ」で削除されています(ここが、この読み物で一番大事なところなのに!)。

この沢田君への小山田さんから言葉が、「いじめ紀行 小山田圭吾の回」という記事全体のクライマックスです。この記事の末尾に記事全体の画像を貼っていますので、みなさんぜひ実際の記事を読んで確かめてください。

少なくともこの「いじめ紀行」という記事だけで、第三者が「小山田さん=障害者暴行した加害者」「沢田君=暴行被害を受けた障害者」という単純な関係性だったと決めつけるのは、あまり乱暴ではないかと私は思います

そして、卒業式当日の沢田君と小山田さんのエピソード披露され、記事本文は終わります最後に、沢田君が小山田さんに送った年賀状の実物が掲載されています

●誌面に沢田君の年賀状掲載されていることについて、「孤立無援のブログ」は(今回の騒動後の)2021年7月18日に、「小山田圭吾が障害児の母親からもらった年賀状雑誌さらして爆笑する」というタイトル記事公開しています

タイトルの「爆笑する」が示す箇所が特定できないので、このタイトル自体がずいぶん粗雑だと思いますが、本文の方も(「孤立無援のブログ」にしては珍しく)粗い印象操作になっています。急いで公開しようと焦ったのでしょうか。

ここから、「いじめ紀行 小山田圭吾の回」が「沢田君の年賀状」を掲載している理由について、自分なりに推理していきます

まず本文56pに、この年賀状について、以下の小山田さんの発言があります

「それで、年賀状とか来たんですよ、毎年。あんまりこいつ(筆者注:沢田君)、人に年賀状とか出さないんだけど。僕の所には何か出すんですよ(笑)。」

ここで、沢田君が小山田さんに年賀状を毎年出していた(沢田君は小山田さんを友達だと思っていた)ことが分かります

そして、ポイントになるのは、この年賀状画像が、記事本文を読み終わってページをめくったところに掲載されている、ということです。

不肖・私、26年前は使い物にならないダメ編集者でしたが、それからずっと編集稼業を続けてきました。現在の私がこの「沢田君の年賀状」がなぜこの位置掲載されているのか、その編集意図を推測するとこうなります

記事本文のラストは、現在沢田君が学習障害になってしまったと知った小山田さんがショックを受け、「沢田とはちゃんと話したいな、もう一回」と思っていること、卒業式の日にお互いにサヨナラの挨拶をしたエピソードなどが、感傷的なトーンで綴られます

その本文が終わってページをめくったところに、突如ドドーンと現れるのがこの「沢田君の年賀状」なわけです。

ということは、この画像象徴しているものは「小山田さんと沢田君が、かつてクラスで席を並べて過ごしていた時間」です。そこに、部外者簡単に決めつけられるような関係性ではない何かがあったはずだと、読者に連想させるための画像、のはずです。

で、注目すべきは、この年賀状の内容です。「手紙ありがとう」と沢田君は書いています

ここで、本文でずっと匂わされていた「実は小山田さんと沢田君は仲良しだったんじゃないのか?」ということの、物的証拠が初めて示されます。つまり、読者はこう発見するのです。

小山田さんも、沢田君に手紙を書いていたんだ…(やっぱりふたりは仲が良かったんだ…)」

記事ラストとして上手いなと思います

しかも感動的なのは取材時に「社会復帰はしていない」沢田君ですが、この年賀状を書いている過去沢田君は「三学期も頑張ろう」なのです。つまりここにあるのは未来に対して前向きだった、小山田さんと仲が良かった頃の沢田君の姿なのです。

以上、記事現物を素直に頭から読めば、どう考えても「沢田君の年賀状」はこういう解釈になります。それを「障害児の母親からもらった年賀状雑誌さらして爆笑」というタイトルで紹介するのは、いくらなんでも悪意のかたまりだと私は思います

なので、ここまで読んでくださったみなさんはぜひ、今web上やメディア記事で「『いじめ紀行』読みました!年賀状さらものにするのなんて最悪だと思います!」と書いている人は全員、実際の記事を読んでいない(確定)という、リトマス試験紙に使っていただければ幸いです。

と、ここまで確認してきて分かるように、たとえば7月21日朝日新聞」の天声人語欄にこうありますが。

「(筆者注:小山田さんが)小中学校の頃、同級生障害者にひどいいじめをしていた。20代半ばになって、それを雑誌で得意げに語っていたことが問題となった」

この天声人語執筆者は本当に元記事にあたったのかどうか、私には甚だ疑問です。しつこく確認してきたとおり、「いじめ紀行 小山田圭吾の回」の現物記事を読めば「《得意げに》語っていた」という言い回しには絶対にならないはずなのです。

他にも「いじめられっ子にアポなし突撃取材」と言われていたり(元記事を読むかぎり、アポなしではなくM氏は事前に電話をしているようです)、あまりにもいろんな罵詈雑言が飛び交っていて、ここまで炎上すると下手に近づくと自分も丸焦げになるに決まっているわけですが、少なくとも私は私の気づいたことを知らせるべきだと思ったので、火の粉を被る覚悟の上で「元記事記述はこうですよ」ということを報告しました。

あと、こういう微妙事柄を書くと「なんでこの文章をそういう意味に受け取るの……???」という人が必ず出てくるので、しつこいくらい繰り返しておきますが、私はこの文章で「小山田圭吾さんはいじめ加害者ではない」と言っているわけではありません。

早とちりされないように強調しますが、小山田さんはいじめ加害者です。だって小山田さん自身謝罪文で「いじめ行為をはたらいていた」と認めていますからそもそもいじめ紀行」という連載にゲスト出演しているわけだし)。

ただ、小山田さんがいじめ加害者だったという事実があるとしても、報道SNSで言われていることは、「いじめ紀行 小山田圭吾の回」の記事現物と照合すると、ずいぶん小山田さんにとってアンフェアな傾きがありますよ、と言いたいわけです。

で、実は私の話、これでまだ前哨戦なのです。

話が長くて恐縮ですが、次がいよいよクライマックスです。

今回指摘したポイント些末なことで、元記事を再読した私が一番驚き、世の中に伝えたいと思ったことを、最後に書きます。ここまで読んでくださったみなさんは、どうか次回も読んでください。

では、また後ほど。

(次回7/23更新、「最終話 「いじめ紀行」はなぜ生まれたのか」)

anond:20210724084501

いじめ紀行を再読して考えたこと 02-90年代には許されていた?

いじめ紀行を再読して考えたこと 02-90年代には許されていた?

2021年07月31日 夕方公開終了

取材&文=北尾修一(百万年書房

FacebookTwitter

※本原稿は、小山田圭吾氏が過去に行ったとされるいじめ暴力行為擁護するものではありません。

前回、書き洩らしていたことがありました。

小山田圭吾さんが「いじめ紀行 小山田圭吾の回」(雑誌Quick Japan』vol.3)はじめ、さまざまな雑誌記事内で語っているいじめ暴力行為。これが事実だとするならば、オリンピックパラリンピックの開閉会式クリエイティブ小山田圭吾さんが一旦引き受けたのは、自分にとって俄かには信じがたい行為です。

これは、もちろんこの記事大前提です。

ちゃん調査せずにオファーした大会組織委員会もうかつすぎますが、それを引き受けた小山田圭吾さんは、「うかつ」という言葉では括りきれないかと(小山田さん……一体どうしてしまったんですか……と)。

そう思っている筆者が書いている原稿だという点を踏まえた上で、ここから先が前回の続きです。

====

実は私は問題記事いじめ紀行 小山田圭吾の回」(雑誌Quick Japan』vol.3)を、刊行直後の26年前に読んだきり、これまで一度も読み返したことがありませんでした。

で、さら脱力する話で恐縮ですが、私の手元には現在、『Quick Japan』vol.3がありません。

なので、この原稿を書くにあたって、みなさんと同じく、記事こちら(「孤立無援のブログ」)で再読しました。

で、このブログを読んで、自分記憶とのギャップに、まず驚きました。

「……え。こんな酷い内容の記事だったっけ?」

というのが、最初の率直な感想です。

前回書いたとおり、自分の中では、あの記事は(自身も壮絶ないじめサバイバーである)M氏が、雑誌ロッキング・オン・ジャパン1994年1月号で小山田圭吾さんがいじめ加害者だったと発言しているのを発見し、自分の中のサバイバー生還者)としての記憶駆動し、以下のような切実な問題意識を持って立ち上げた企画だったと記憶されていたからです。

いじめについて新しい角度から考える、自分しか書けない記事が作れないか

いじめ絶対悪とみんな口では言うけれど、それなのに、なぜ世の中からいじめはなくならないのか?

そもそも自分は本当に《いじめられて》いたのか?

ところが、上記の「孤立無援のブログ」で確認する限り、そんな企画意図はみじんも感じられない。露悪的で、読んだ誰もが気分の悪くなるような内容になっています

※「孤立無縁のブログ」は、当該記事編集を施した上で紹介しているので、実際の記事を読むと少し印象が違うのかもしれませんが、まあでも、きっと内容の大筋は変わらないと思うので、ここでは細部に拘泥せずに話を進めます

これはどう読んでも「加害者いじめ自慢」もしくは「いじめエンターテインメントだと推奨する記事」にしか思えない。

当時の自分は、これをスルーするほど感覚が狂っていたのだろうか……?

ただ、ここで正直に言うと、どうも何かが引っかかるんです。

ちょっといくらなんでも、何かおかしくないか。このブログ自分記憶が、あまりにも違いすぎるぞ」と。

90年代悪趣味鬼畜ブームで、そのど真ん中におまえはいたわけだから、この記事の酷さに気付かないほど感覚麻痺していただけだろ!」という全員から突っ込み、実は「90年代悪趣味鬼畜ブームで~」という括り方自体にもいろいろ言いたいことはあるのですが、そちらは本筋ではないので今は置いておくとして。

もちろん当時の自分感覚は、現在と違っていたと思います

当時の自分が「やべー、笑えるー」という軽薄なノリで、小山田さんのいじめエピソード面白がっていた可能性、高いです。

ただですね、正直に話を進めたいので、できれば最後まで聞いてほしいのですが、それでも自分の中では完全には納得できない部分が残るわけです。

「いや、自分は昔から行方正ではないし、行儀の悪い冗談だって好きだし、その可能性がゼロだとは言いません。ただ、それにしても、いくらなんでも、さすがにこの原稿は度が過ぎている。ここまで酷いと当時の自分も引いたはずだし、そもそもほとんどの読者から非難轟々になると思うんだけど……」と。

ここから、いろいろな考えが頭をよぎりました。

●誰か雑誌Quick Japan』vol.4のお便りコーナーを調査してくれないでしょうか。当時の『Quick Japan編集長A氏は、賛否両論どちらの感想無作為掲載していたから、次号のお便りコーナーを見れば、この記事がどれくらいの比率賛否両論で受け止められていたか、おおよその目安が分かるはず。私の記憶ではこの記事、読者から非難轟々だった記憶はそんなにないのです。これが自分記憶いかどうかを、まずは確かめたい。

●もちろん、当時の雑誌Quick Japan』読者が(鍵括弧付きの)「90年代悪趣味鬼畜ブーム」に乗っていた人たちばかりで、そのバイアスがかかっている可能性はあります。vol.4のお便りコーナーに否定的意見が少なかったとしても、だからといって、この記事が当時の社会規範OKだったということには、当然ながらなりません。

●ただ、自分は悲しいほど記憶力が悪いので取材当日のことを覚えていないのですが、少なくとも取材現場自分が「小山田さんって酷い人だなあ」と思った記憶はないんですね。

●で、先ほどの繰り返しになりますが、同じように、発売当時にリアルタイムで「いじめ紀行 小山田圭吾の回」を読んだ時に、「気分が悪い記事だなあ」と思った記憶もないんです。

ものすごく良い記事でも、ものすごく酷い記事でも、度を越したものは読むといつまでも覚えているので、そう考えると、この記事はおそらく当時の自分にとって「(企画としてはセンセーショナルだけれど)テキストとしては可も不可もない、それほど刺さらないものだった」という可能性が高いんです。

と、頭がぐるぐるしたのですが、何にせよ記事現物を読む手段がないので、腑に落ちない気分だけが残って、それを解消する手段がない。

一番ありそうな線としては、M氏が最初に話してくれた企画コンセプトだけが記憶に残っていて、それと実際の記事が私の頭の中で差し替えられてしまった。だから、実際に掲載された記事はもともとこんな酷い内容だった、ということ。

かにその可能性は高いですが、でも、ここまで酷いと覚えているはずだけどなあ……というモヤモヤした気分。

ちなみに、後にライターから編集者に転身したM氏にとって、いじめサバイバーという経験は間違いなく「作品を作るとき武器」になっていて、それが後に押見修造志乃ちゃんは自分の名前が言えない』という傑作マンガ(M氏が編集担当)に結実したりするわけですが。

まだこのライター時代のM氏は「武器」の使い方を知らなかったということなのかなあ。どう読んでも、これじゃ企画意図が伝わるわけがない。というか、90年代だろうが2021年だろうが、こんな記事が許されるわけがない。100%ダメに決まってるじゃないか。M氏だけじゃなく、編集長A氏もよくこんな原稿掲載したなあ。

と、ここまで書いたのが、ちょうど一昨日。

この原稿、ここから一気に転調します。

昨日の午前中、もう何年も会っていない旧い知人から、弊社宛にいきなり郵便物が届きました。

封を開けると、なんと今一番読みたいと思っていた「いじめ紀行 小山田圭吾の回」のコピーと、旧い友人から手紙

私信なので一部だけ引用しますが、手紙には以下のような文言がありました。

「この問題鬼畜的要素の固有名詞カットアップして短文化し、あたか鬼畜に仕立てあげ脚色されたもの。作ったやつは誰か?  これは調べあげた方がいい。」

自分も罠にハマるところだった。バックナンバー引っ張り出して読んで良かった。」

…………え。どういうこと?

私は蛍光ペンを持ちつつ、「孤立無援のブログ」で紹介された部分をマーキングしながら、送られてきた記事コピーを読み進めました。

※本テキストの末尾にその画像を添付しています。「孤立無援のブログ」は、2006年11月15日から2021年7月18日までのあいだで合計4回、「いじめ紀行 小山田圭吾の回」紹介記事を公開しています緑色のマーカーが「2006年11月15日公開 小山田圭吾における人間研究」、ピンクのマーカーが「2012年8月12日公開 小山田圭吾いじめ次世代に語り継ぐ」、青色のマーカーが「2021年7月18日公開 小山田圭吾障害児の母親からもらった年賀状雑誌さらして爆笑する」です。各記事で重複して紹介されている箇所は初出記事のマーカーとなっています。「2012年9月18日公開 小山田圭吾ダウン症」は、既出の紹介記事と重複する部分の引用しかなかったので、マーカーを付けた箇所はありません。

マーカーを引きながら読み進めるにつれ、やばい、動悸が早くなってきた。

だんだんモヤモヤの正体が目の前に……。

引っ張る気はないので、さっさとネタをばらします。

この「孤立無援のブログ」の「いじめ紀行」記事の紹介の仕方が、ものすごく奇妙なんです。

いわゆる普通意味での「記事の要約」になっていない。

記事テキストのものは改変していないのですが、マーカーでチェックしながら読むと、意図的にエピソードの順番を入れ替えたり、小山田さんの発言の一部を削除したり、記事本文の途中で注釈内のエピソード挿入し、それに続けてまた別の場所記事本文につなげたり……よく言えば「繊細な編集が施されている」ですが、悪く言えば「元記事文脈恣意的に歪めている」。

ただ、それらのカットアップとつなぎがあまりに巧く、スムーズに読めるので、普通に読んだらまったく気にならない(私みたいにマーカーを引きながら照合しないと気付かない)。

このブログ運営者、素人じゃない。

私と同じ職業の人だと直感しました。

映画動画編集インタビュー構成をやったことがある人にとっては常識ですが、元のエピソード(素材)が同じでも、順番を入れ替え、意図を持って構成し、文脈をつけて並べるだけで、受け手にまったく別の印象を与えることは可能なんですよね。

で、ここから先に進む前に、あらためて強調しておきます。この後、読む人によっては「おまえは小山田圭吾擁護するつもりか!」といきり立つようなことを書きますが、繰り返します。まったく擁護していません。

「※本原稿は、小山田圭吾氏が過去に行ったとされるいじめ暴力行為擁護するものではありません。」この文章を再度ご確認の上、先へお進みください。


たとえばM氏が原稿冒頭で書いている「まえがき」、ここは「孤立無援のブログから丸ごと削除されています

【「いじめ紀行 小山田圭吾の回」まえがき:part1】

僕(筆者注:M氏のこと)は『月刊ブラシ』というミニコミ編集している。

インタビュー中心の雑誌で、二二の時に創刊して、もう二年が過ぎた。今までにインタビューしたのは、爆弾製造青年、五年間顔を合わせたことのない隣人、日本語学校の生徒、駆け出しの探偵、等々。特に決まったジャンルとかはないので、今は閃いたことを全部やるようにしている。

インタビューをしてると、相手が「マンガみたいな現実」を語ってくれる時がある。例えば、爆弾製造青年高校の時に友達から「不良にからまれから爆弾作ってくれ」って言われたりとか、「探偵学校に潜入する時は用務員のフリをする」とか、そんな話にはメチャクチャシビレる。

M氏は「マンガみたいな現実」が好きだと自己紹介し、その「マンガみたいな現実」の具体例をいくつか挙げた後、そのひとつとして「そんな僕にとって、“いじめ”って、昔から凄く気になる世界だった」と、「孤立無援のブログ」にUPされている部分(以下参照)につなげているんです。

【「いじめ紀行 小山田圭吾の回」まえがき:part2】

そんな僕にとって、”いじめ”って、昔からすごく気になる世界だった。例えば

*ある学級では”いじめる会”なるものが発足していた。この会は新聞を発行していた。あいつ(クラスいじめられている男の子)とあいつ(クラスいじめられている女の子)はデキている、といった記事教室中に配布していた。

とか、

*髪を洗わなくていじめられていた少年がいた。確かに彼の髪は油っぽかった。誰かが彼の髪にライターで点火した。一瞬だが鮮やかに燃えた。

といった話を聞くと、”いじめってエンターテイメント!?”とか思ってドキドキする。

だって細部までアイデア豊富で、なんだかスプラッター映画みたいだ。(あの『葬式ごっこ』もその一例だ)

 僕自身学生時代傍観者で、人がいじめられるのを笑ってみていた。短期間だがいじめられたことはあるからいじめられっ子に感情移入する事は出来る。でも、いじめスプラッターには、イージーヒューマニズムをぶっ飛ばすポジティヴさを感じる。小学校の時にコンパスの尖った方で背中を刺されたのも、今となってはいエンターテイメントだ。「ディティール賞」って感じだ。どうせいじめはなくならないんだし。

M氏がいじめサバイバーだと知っている私がこの原稿を読むと、最後段落を書いているときのM氏の気持ち想像するだけで胸が詰まるのですが、それはともかくとして。

この「part1」は、いじめとは関係のない内容なので、「孤立無援のブログ」が削除した理由はもちろん分かります。ただ、この「part1」があるのとないのとでは、「part2」を読んだ時の印象がずいぶん変わると思いませんか?

まり、この「いじめ紀行 小山田圭吾の回」は、意図を持って構成が練られた、全体で22pにわたる長編読み物(=起伏のあるストーリー)なのですが、「孤立無援のブログ」はその文脈無視し、煽情的語句情報)だけを切り取った上で、読んだ人の気分が悪くなるように意図的に並べ替えた上で公開しているものなんです。

たとえるなら、「ビジネス書はたくさん読むけど、小説や詩は生まれから一度も読んだことがない人が作るまとめ記事」みたいなものです。

以下、私が記事コピーと「孤立無援のブログ」を照合して気付いた点を列挙します。

いじめられていた人として「学年を超えて有名」だったと記事の中で紹介されている西河原さん(仮名)の、以下の証言が「孤立無援のブログからは削除されています。「(筆者注:小山田さんからは)消しゴムを隠される程度のいじめしか受けていない。」(『QJ』vol.3 本文55p)

●「この対談、読み物としては絶対面白ものになるだろうし、僕も読むけど、自分がやるとなると……(苦笑)」(『QJ』vol.3 本文55p)という一文が「孤立無援のブログからは削除されています

当初の小山田さんは、この企画に引き気味です。今回の報道で多用された「いじめ自慢記事」というレッテルに、少し疑問が湧いてきませんか?

●「小山田さんによれば、当時いじめられてた人は二人いた。」(『QJ』vol.3 本文55p)という一文が「孤立無援のブログからは削除されています

かい点ですが、「いじめてた人」ではなく「いじめられてた人」という表現が気になります。というのは、後述しますが、この二人のうちのひとり沢田君(仮名)と小山田圭吾さんの関係を、当事者ではない第三者が「いじめ被害者」「いじめ加害者」と決めつけていいのか、再読して私にはかなり疑問だったからです。

で、元記事では、最初にその沢田君のエピソードが語られます

●「肉体的にいじめてたっていうのは、小学生くらいで、もう中高ぐらいになると、いじめはしないんだけど……どっちかって言うと仲良かったっていう感じで。いじめっていうよりも、僕は沢田ファンなっちゃってたから。」(『QJ』vol.3 本文57p)という発言が「孤立無援のブログからは削除されています

高校時代沢田君と小山田さんがずっと隣の席だったこと。小山田さんはクラス友達がいなかったので、お互いアウトサイダー同士で沢田君とは仲が良かったという発言が、「孤立無援のブログからは削除されています(『QJ』vol.3 本文58p)。

●今回、特に酷い性虐待 Permalink | 記事への反応(1) | 08:45

2021-07-23

小山田圭吾沢田君(仮)の間にあった感情

やはり「友情」が一番近いのではないか

…と、あえて釣り針を垂らすような書き出しで始めてみる。

 

此度の件の火種となった記事掲載されていた時に『クイック・ジャパン』誌の編集者を務めていたという、北尾修一氏のブログ(正確には北尾氏による注釈飛ばして、画像スキャン=当時の記事本文のみ)を読んだ。

http://live.millionyearsbookstore.com/dokoheittemo/ijime/2874/

以下の文を読む人も、まずはこちらで本文を読んでほしい。

 

自分は数年前から存在していた、あの記事を紹介したブログを今回の件以前から読んでいて、しか意見を固めることが(したがって、SNSや公の場で何かしらの主張をすることが)できなかった。

それは小山田氏のファンからとかではなく、知的障害者と呼ばれる人たちに「怖い」「近づきたくない」という意識を持っていた(正直にいえば、今も持っている)からだ。

 

そこに抜粋されている、蛮行と言ってよい行いの数々には、確かにひどいと思ったものの、

自分が「そういうこと」をしないのは、虫を潰したりするのも躊躇われるようなレベルしかなく、

暴力という形であれ、積極的にそうした人たちと関わりを持てるということに、

「この人は、自分には越えられない線を越えている」という意識を持ったのだ。

 

まり知的障害者の人たちを自分とは「違うもの」として意識から遠ざけ、関わりを決して持たないようにしている自分と、

暴力を伴った形であれ、積極的に関わりを持っていた小山田氏、どちらのほうがより「悪」なのか、ということが、わからなくなってしまったのだ。

 

このことはずっと自分の中で引っかかりとなっていたのだが(先述のように、いまだに自分からは「怖い」という感情が抜けない)、今回全文を読むことによって、新たに気づいたことがあった。

 

件の記事での小山田氏の語りには、「イジメていた」対象として複数同級生仮名で登場するが、そのそれぞれを「個人」としてみなしているのだ。

中でも端的にそれが表れているのが、「イジメていた人にもしまた会って対談できるなら?」と持ち掛けられたとき小山田氏が答えた、以下の部分。

 

――もし対談できてたら、何話してますか?(注:話の流れ的に「村田君」という同級生の話として小山田氏は受け取ったようだ)

別に、話す事ないッスけどねえ(笑)。でも分かんないけど、今とか会っても、絶対昔みたいに話しちゃうような気がするなあ。(略)」

――やっぱ、できることなら会わないで済ましたい?

「僕が? 村田とは別にあんま会いたいとは思わないけど。会ったら会ったでおもしろいかなとは思う。沢田に会いたいな、僕」

(中略)

最後に、小山田さんが対談するなら一番会いたいと言っていた、沢田さんのことを伝えた。沢田さんは、学校当時よりさらに人としゃべらなくなっている。

「重いわ。ショック」

 

詳しくは全文を読んでいただきたいが、小山田氏は一様に悪辣言葉でかつての同級生について語りながらも、「沢田君」については何かしらの魅力を感じ、「ある意味ファンになっていた」という旨のことを語っている。

小学生時代には(当初拡散された記事抜粋されていたように)暴力を加えていたが、学年が上がるとクラス替えなどを契機に自分友達が少なくなっていって、それでもたまたまクラスが同じであり続けた「沢田君」という個人に、興味を持つようになったのだという。

そして、興味を持つようになってからは、イジメ現場を見ても、「ちょっと引くようになっていた」と。

 

ちょっと引くようになっていた」と言っても、本当にそれだけで、止めるどころか笑って見ていたというし、そこに情状酌量余地はない。

しかし……「村田君」と「沢田君」を個人として区別していた、ということが、「知的障害者」という枠に入れて、ひと塊にして遠ざけている自分にとっては衝撃だった。

 

「個」として認識することで、本当に少しだけだが、小山田氏の「沢田君」に対する態度は変わった。

沢田君」も(小山田氏曰く)小山田氏だけには、毎年年賀状を送っていたのだという(小山田氏はそれに対して返信を出すなどはしなかったようだが)。

 

これをもってして「友情」とは言えないだろうが、その萌芽のようなものはあったのではないか

少なくとも、「障害者」とか「外国人」とか「男性女性」とか「金持ち貧乏人」とか、ある人を大きな枠組みで捉えていたら、そこに「友情」は発生することはないということは、一般論として言えるだろう。

 

同じ空間で長い時間を過ごしていれば、そのように「個」として認識することもできるのだろうか。

人を「個」として認識する機会をできるだけ多く作るということが、あらゆる問題解決する上で前提となるべきことな気がする。

 

自分には何ができるだろうか。

anond:20210721172728

ロッキンの座談会比較すると、

ネット拡散している「ぐるぐる巻きにしてうんこ食わせた」という部分は

クイックジャパン記事で書かれている村田くん(仮名)との修学旅行についてのことなんだろうな(増田では7と8のページ)

 

Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 8

https://anond.hatelabo.jp/20210721001207

 

クイックジャパンでどう書かれているかというと、修学旅行でなぜか小山田村田くん(障害児)、留年した怖い先輩の3人で班を組まされ、宿舎で村田くん相手プロレスごっこをして(小山田立場で)じゃれていると、先輩が入ってきて村田くんをぐるぐる巻きにして好きな女子名前を言わせながらオナニーさせたかドン引きしてしまった(笑)とある小山田本人の行為ではない。ウンコ食わせたという事実があるのなら、それをやったのも先輩なんだろう。

障害児童との修学旅行といえば↓の話が思い出されるが、はてな民はこれと自分感想比較してくれ。教室から障害児童排除すべきか、排除するなら子供はどこで障害者と接して多様性を持つことができるようになるのか。生活の場で接しなければ障害者はテレビの画面越しで見る架空の生き物と同じだしね。

[B! 教育] 泡盛とらこ(心ない介護職員) on Twitter: "中学生の子ども(女子)が、 修学旅行キャンセルしました。 実行委員長班長でしたので、 田舎中学では前代未聞の事態。 私も何度も担任と話し合いました。 キャンセル理由は、 「まったく交流のない障害学級の男子(保護者意向で診断… https://t.co/QegfQmAhbh"

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/torakoawamori/status/1411113159046270980

 

村田くんをロッカーに閉じ込めてガンガン蹴ったり、日常イジメ行為クイックジャパン告白されている)

小山田はもう1人の障害児の沢田くん(仮名)については良い思い出のように語っており会いたいとも答えているが、村田くんとはそうではないと言っている。

もう1人、朝鮮人の生徒をからかっていたとネット拡散あるが、クイックジャパン記事では「家出したならうちに泊まりに来い」と小山田が誘って実際に泊めてあげており、いい思い出としか書かれていない。

2021-07-22

[]2021年7月21日水曜日増田

時間記事文字数文字数平均文字数中央値
008818145206.256
01619923162.761
02559021164.062
0332199362.338
04112251204.631
0521179885.639
06434809111.832
0758527991.045
081561255180.540
0918220606113.244
1014717440118.643
112101945992.755.5
122372090888.242
131891469477.739
142502355694.238
152691726964.236
1620220757102.840
172191761080.438
1821023990114.239.5
191831663790.936
2020723364112.944
2115022484149.944
2212532626261.051
2311411706102.750
1日3419368876107.942

本日の急増単語 ()内の数字単語が含まれ記事

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2021-07-21

Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 16

anond:20210721210929

今回僕が見た限りでは、いじめられてた人のその後には、

救いが無かった。

でも僕は、救いがないのも含めてエンターテイメントだと思っている。

それが本当のポジティヴってことだと思うのだ。

小山田さんは、最初アルバム

ファーストクエスチョンアワード』発売当時、

何度も「八〇年代的な脱力感をそんな簡単に捨てていいのかな」

という趣の発言をしていた。

これを僕は、"ネガティヴなことも連れて行かないと、

真のポジティヴ世界には到達できない"

ということだと解釈している。

でも、いや、だからこそ、

最後小山田さんのこの話でしめくくりたい。

卒業式の日に、

一応沢田にはサヨナラの挨拶はしたんですけどね、

個人的(笑)

そんな別に沢田にサヨナラの挨拶をする奴なんていないんだけどさ。

僕は一応付き合いが長かったから、

『おまえ、どうすんの?』とか言ったらなんか

ボランティアをやりたい』とか言ってて(笑)

『おまえ、ボランティアされる側だろ』とか言って(笑)

でも『なりたい』とか言って。

『へー』とかって言ってたんだけど。

高校生の時に、いい話なんですけど。

でも、やってないんですねえ」

Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 15

anond:20210721210647

―――沢田さんが「仲良かった」って言ってたのが、すごい救いっていう……

「ウン、よかったねえ」

―――よかったですよね。

「うれしいよ。沢田はだからね、

キャラ的(キャラクター)にも、

そういう人の中でも僕好みのキャラなんですよね。

なんか、母ちゃんにチクったり、

クラス女の子に逃げたりしないしね。

わりとそういう特技なんかも持ってるっていう(笑)

なんか電話番号覚えてたり、漢字うまかったりさ。

レインマン』みたいな。

あの頃『レインマン』なんかなかったけどさ、

でも『もしかしたら、コイツ天才かもしんない』

とか思うようなこともやるしさ。

結構カッコいいんですよ、見方によっては」

―――"演技だった"っていう噂も、流れておかしくない……。

「『ああ~、疲れた』とか言ってね(笑)

『やっと帰ったわ』とか言って、

シャキーンとかして(笑)

そうかもしれないって思わせる何かを持ってたしね。

それで、たまに飽きてきた頃にさ、

なんかこう一個エピソードを残してくれるっていうかさ。

石川さゆり写真とか入れて来たりだとかさ。

そんなの普通ギャグじゃん』とか思うじゃん?

その人選からしてなんか、ねえ」

―――天然……。

「天然……。ホント『天然』って感じの」

―――小山田さんの音楽は、聴いてないそうです。

「聴かしたいなあ(笑)

どういう反応をするんだろうなあ(笑)

ま、別に大した反応はしないですよ、多分。

ま、音楽とかそんなに興味ある訳じゃないから」

―――街で会っちゃったりしたら、声はかけますか?

「はーん……分かるかな?」

―――沢田さんは、覚えてますよ。

「覚えてるかな?」

―――ええ。すっごい覚えてると思うな、僕の会った感触では。

「そうですね……。

沢田とはちゃんと話したいな、もう一回。

でも結局一緒のような気もするんだけどね。

『結局のところどうよ?』ってとこまでは聞いてないから。

聞いても答えは出ないだろうし。

『実はさ……』なんて言われても困っちゃうしさ(笑)

でも、いっつも僕はその答えを期待してたの。

『実はさあ……』って言ってくれるのを期待してたんですよね、

沢田に関してはね、特に

―――……ところで、小山田さんはいじめられたことってないんですか。

学校に限らず。

「はー。多分、僕が気付かなかったっていうだけじゃなく、

なかったと思うんですよ。

被害者とか思ったことも、全然ないですね。」

next: anond:20210721214823

Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 14

anond:20210721200054

"いじめ紀行"の終点

最後に、小山田さんが対談するなら一番会いたいと言っていた、沢田さんのことを伝えた。

沢田さんは、学校当時よりさらに人としゃべらなくなっている。

「重いわ。ショック」

―――だから小山田さんと対談してもらって、当時の会話がもし戻ったら、すっごい美しい対談っていうか……。

「いや~(笑)

でも俺ちょっと怖いな、そういうの聞くと。

でも…そんなんなっちゃったんだ……」

―――沢田さんに何か言うとしたら……

「でも、しゃべるほうじゃなかったんですよ。

聞いた事には答えるけど」

―――他の生徒より聞いてた方なんですよね? 小山田さんは。

ファンだったから。

ファンっていうか、アレなんだけど。

どっちかっていうとね、やっぱ気になるっていうかさ。

なんかやっぱ、小学校中学校の頃は

コイツおかしい』っていう認識しかなくて。

で、だから色々試したりしてたけどね。

高校くらいになると『なんでコイツはこうなんだ?』

って考える方に変わっちゃったからさ。

からストレートな聞き方とかそんなしなかったけどさ、

『オマエ、バカ世界って、どんな感じなの?』

みたいなことが気になったから。

なんかそういうことを色々と知りたかった感じで。

で、いろいろ聞いたんだけど、

なんかちゃんとした答えが返ってこないんですよね」

―――どんな答えを?

「『病気なんだ』とかね」

―――言ってたんだ。

「ウン。……とか、あといろんな噂があって。

『なんでアイツがバカか?』っていう事に関して。

子供の時に、なんか日の当たらない部屋にずっといた、とか。

あとなんか『お母さんの薬がなんか』とか。

そんなんじゃないと思うけど(笑)

―――今会ったとすれば?

「だから結局、その深いとこまでは聞けなかったし。

聞けなかったっていうのは、

なんか悪くて聞けなかったっていうよりも、

僕がそこまで聞くまでの興味がなかったのかもしれないし。

そこまでの好奇心がなかったのかも。

かなりの好奇心は持ってたんだけど。

今とかだったら絶対そこまで突っ込むと思うんだけど。

その頃の感じだと、学校での生活の一要素っていう感じだったから。

でも他のクラス全然しゃべんないような奴なんかよりも、

個人的に興味があったっていうか」

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Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 13

anond:20210721190027

5月15日

小山田さんは「そこまでして記事が形にならないのは……」と言ってくれ、

ライターの僕のために、レコーディングに入っていたにもかかわらず、

二度目の取材に応じてくれた。

まず、小山田さんに会い、村田さんのその後のことを報告した。

「でもパチンコ屋の店員って、すっげー合ってるような気がするな。

いわゆる……根本(敬)さんで言う『いい顔のオヤジ』みたいなのに絶対なるタイプって言うかさ」

―――もし対談できてたら、何話してますか?

別に、話す事ないッスけどねえ(笑)

でも分かんないけど、今とか会っても、

絶対昔みたいに話しちゃうような気がするなあ。

なんか分かんないけど。

別にいじめるとかはないと思うけど。

『今何やってんの?』みたいな(笑)

パチンコ屋でバイトやってんの?』なんて(笑)

『玉拾ってんの?』とか(笑)

きっと、そうなっちゃうとおもうんだけど」

―――やっぱ、できることなら会わないで済ましたい?

「僕が? 村田とは別にあんま会いたいとは思わないけど。

会ったら会ったでおもしろいかなとは思う。

沢田に会いたいな、僕」

―――特に顔も会わせたくないっていう人は、いない訳ですね?

「どうなんだろうなあ? これって、僕って、いじめてる方なのかなあ?」

―――その区別って曖昧です。

「だから自分じゃ分かんないっていうか。

『これは果たしていじめなのか?』っていう。

かにヒドイことはしたし」

―――やましいかどうかっていう結論は、自分の中では出てない?

「うーん……。でも、みんなこんな感じなのかもしれないな、

なんて思うしね。いじめてる人って。

僕なんか、全然、こう悪びれずに話しちゃったりするもんねえ」

―――ええ。僕も聞きながら笑ってるし。

全然消息のつかめなかった、朴さんの事も報告した。

「今、なんか『朝鮮スパイだった』って噂が流れてて(笑)

『俺ら殺されるわ』とか言って。

ホントにいなくなったっていうのは、僕も誰かから聞いてたんですよ。

誰も連絡とれなくなっちゃったって。

から噂が流れて」

―――いま会ったら、何話します?

「あやまるかなあ、スパイだったとしたら(笑)

とりあえず『ごめんなさい』って。

でもそんな朴とか、一緒に遊んでたからな。

あやまるっていう程でもないかな」

next: anond:20210721210647

Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 12

anond:20210721001728

いじめられっ子に会いに行く

事実を確かめなきゃ。

小山田さんにいじめられっ子名前を教えてもらった僕は、

まず手紙を書いた後、彼らとコンタクトをとっていった。

何かロードムービーの中に入り込んだような感覚になる。

4月6日

村田さんの家に電話する。お母さんが出た。

聞けば、村田さんは、現在パチンコ屋の住込み店員をやっているという。

高校和光を離れて定時制に。

お母さん「中学時代は正直いって自殺も考えましたよ。

でも、親子で話し合って解決していって。

ウチの子にもいじめられる個性みたいなものはありましたから。

小山田君も元気でやってるみたいだし」

住込みの村田さん家族とも連絡がとれないらしい。

パチンコ屋の電話番号は、何度尋ねても教えて貰えず、

最後は途中で電話を切られた。

4月28日

沢田さんに電話してもお母さんが出た。

電話だけだとラチが開かないので、アポなしでの最寄り駅から電話

「今近くまで来てるんですが……」

田園調布でも有数の邸宅で、沢田さんと直接会うことができた。

お母さんによれば"学習障害"だという。

家族とも「うん」「そう」程度の会話しかしない。

現在は、週に二回近くの保健所書道陶器教室に通う。

社会復帰はしていない。

お母さん「卒業してから、ひどくなったんですよ。

家の中で知ってる人にばかり囲まれてるから

小山田君とは、仲良くやってたと思ってましたけど」

寡黙ながらどっしり椅子に座る沢田さんは、

眼鏡の向こうから、こっちの目を見て離さない。

ちょっとホーキング入ってる。

―――対談してもらえませんか?

「(沈黙……お母さんの方を見る)」

―――……小山田さんとは、仲良かったですか?

「ウン」

数日後、お母さんから「対談はお断りする」という電話が来た。

5月1日

朴さんは、電話してもマンションに行っても違う人が出た。

手紙も『宛て所に尋ねあたりません』で戻って来た。

next: anond:20210721200054

anond:20210721164822

そういう時代からこそ、小山田がイキるために誇張した、または雑誌側がネタ的に盛って表現たかもしれないんだけどね。

あの記事見て「小山田障碍者ウンコ食わせてバックドロップしてたんだ!」って真に受ける方がバカだなーと思う。

もちろんイジメはやってはいけない前提だけど、クイック・ジャパン記事を読む限り、

犯罪者だ!」と騒ぎ立てるような陰湿イジメには見えないけどね。

そのイジメられていた沢田くんも小山田が唯一の話し相手だったみたいだし、小山田に会いたいかと聞かれて「ウン」と答えてるし。

Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 11

anond:20210721001544

この養護学校も、今は無いらしい。

小山田さんが話しているのは、一〇年近く前の話だから、そういうこともあっておかしくない。

では、いじめられっ子たちはその後どうしているのだろう。

僕の学校場合、同学年の奴のその後って全然付き合いの無かった奴のも含めて、

学校やめた」とか「宗教入った」とか結構情報が伝わってくるのだが、

不思議なことにいじめられっ子のその後についてはまったく情報がない。

小山田さんは知ってるだろうか。

ファーストクエスチョンアワード

中学同窓会があって。なぜか村田が来て。

久々だから、みんなで『インタビューしよう』ってなって(笑)

『おまえ、今何やってんの?』とか聞いたら、

ビートルズファンクラブ入っちゃった』とか言って(笑)

ビートルズ荻野目洋子ファンクラブに入ったとか言って、

会員証をオレとかに見せびらかして(笑)

「あのね、沢田にはね、『あれは実は演技なんだ』っていう噂が流れてて(笑)

なんか一時期『沢田をどっかで見た』っていうウワサが流れてて。

『そん時は沢田普通だった』ってね。

安部公房かなんかの本を読んでた』とかね(笑)

「もともと噂の発端がいて。一コ下にやっぱ凄い奴で、

犬川君(仮名)っていうのがいたんだけど。

そいつホントにマトモになったんですよ。

後に『あの頃の俺は俺じゃない』とか言っちゃうような(笑)

―――いるんだ、そういう人も。

「ウン。で、ちっちゃい頃に感電したとか言って、

なんか体の半分ブワ~っとケロイドみたくなっちゃってて。

手のところからブワ~っとなってて。

『オレは感電してバカになった』とか自分で言って(笑)

で、いつも学校にすげー早く来てて、校門の前にいるんですよ。

それでみんなが通学してくると、いきなり寄って来て『問題を出す』とか言って(笑)

答えられないような、すっごい難しい問題を出してくるんですよ。

ホント禅問答みたいな問題を出してくるの。

『赤と緑、どっちが黄色?』とか、そんな問題を出してくるのね。

『えー』とか言って、『何言ってんだよ』とか言ってね。

なんか適当に答えたりすると『ブ―』とか言ってね、ツバかけてくんの(笑)

うそう、スフィンクスみたいなの。で、ツバをペッ! ってかけてくんの。

俺とか先輩だから『ふざけんなよ!』とか言って、バ~ンとか蹴っ飛ばしたりするんだけど。

全然、バ~ンとかブッ倒れてもへこたれないの。

またフラフラ~ッと次の獲物に行って、『問題を出す』とか言って(笑)

ホント質問大賞はアイツなんですよ。ホント質問大賞なんですよ。」

next: anond:20210721190027

Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 7

anond:20210721000454

いじめ談義は、どんな青春映画よりも僕にとってリアルだった。恋愛クラブ活動けが学校じゃない。

僕の学校でも危うく死を免れている奴は結構いたはずだし、今でも全国にいるだろう。

小山田さんには、いじめられっ子の二人目、村田さん仮名)の話もしてもらった。

毒ガス攻撃

村田は、小学生の頃からいたんですよ。こいつはちょっとおかしいってのも分かってたし。

だけど違うクラスだったか接触する機会がなかったんだけど、中学に入ると、同じクラスになったから。

で、様々なな奇行をするわけですよ。

村田っていうのは、わりと境界線上にいる男で、やっぱ頭が病気おかしいんだか、ただバカなんだか、

というのが凄い分りにくい奴で、体なんかもちっちゃくて、それでこいつは沢田とは逆に癇癪が内に向かうタイプで。

いじめられたりすると、立ち向かってくるんじゃなくて、自分で頭とかを壁とかにガンガンぶつけて、

畜生畜生!』とか言って(笑)ホントマンガみたいなの。

それやられるとみんなビビッて、引いちゃうの。『あの人、やばいよ』って。」

「お風呂に入らないんですよ、こいつは(笑)

まず、臭いし、髪の毛がかゆいみたいで、コリコリコリコリ頭掻いてるんですよ。

何か髪の毛を一本一本抜いていくの。

それで、10ハゲみたくなっちゃって、そこだけポコっとハゲててルックス的に凄くて。

勉強とか全然できないし、運動とかもやっぱ、全然できないし」

段ボールの中に閉じ込めることの進化形で、掃除ロッカーの中に入れて、ふたを下にして倒すと出られないんですよ。

そいつなんかはすぐ泣くからさ、『アア~!』とか言ってガンガンガンガンかいってやるの(笑)

そうするとうるさいからさ、みんなでロッカーガンガン蹴飛ばすんですよ。

それはでも、小学校の時の実験精神が生かされてて。密室ものとして。

あと黒板消しはやっぱ必需品として。"毒ガスもの"として(笑)

村田は、別に誰にも相手にされてなかったんだけど、

いきなりガムをたくさん持ってきて、何かみんなに配りだして。

『何で、あいつ、あんなにガム持ってるんだ? 調べよう』ってことになって、

呼び出してさ、『お前、何でそんなにガム持ってるの?』って聞いたら、『買ったんだ』とか言っててさ。

三日間ぐらい、そういう凄い羽振りのいい時期があって。

そんで付いて行って、いろんなもん買わせたりして。

そんで、三日間くらいしたら、ここに青タン作って学校に来て。

『おまえ、どうしたの?』とかきいたら、『親にブン殴られた』とか言ってて(笑)

親の財布から一五万円盗んだんだって

でも何に使っていいか分かんないから、ガム買ったりとかそういうことやって(笑)

からそいつにしてみればその三日間っていうのはね、人気があった時代なんですよ。

一五万円で人が集まって来て。

かなりバカにされて、『買えよ』って言われてるだけなのに。

全然沢田なんかよりも普通に話せるしね。

普通に話とかも全然できるしね。

体がおかしいとか、障害があるような、そういうタイプでもないっぽいんですよ」

next: anond:20210721001207

Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 6

anond:20210721000134

沢田の"プライマル・スクリーム"

―――休み時間は、どこに?

「僕は、休み時間は、他のクラスの奴とか仲いい奴いたから、

何かどっか外行ったり、そういう感じだったけど。

沢田は、……っていうか、こういう障害がある人とかって言うのは、

なぜか図書室にたまるんですよ。

図書室っていうのが、もう一大テーマパークって感じで(笑)

しかもウチの学年だけじゃなくて、全学年のそういう奴のなぜか、

拠り所になってて、きっと逃げ場所なんだけど、そん中での社会っていうのがまたあって。

さっき言った長谷川君っていう、超ハードコアおかしい人が、一コ上で一番凄いから、

イニシアチブを取ってね、みんなそいつのことをちょっと恐れてる。

そいつには相棒がいて。耳が聞こえないやつで、すっごい背がちっちゃいのね。

何か南米人とハーフみたいな顔をしてて、色が真っ黒で、そいつら二人でコンビなのね。

で、そいつら先輩だから、ウチの学年のそういう奴にも威張ってたりとかするの。

何かたまに、そういうのを『みんなで見に行こう』『休み時間は何やってるのか?』とか言ってさ。

そういうのを好きなのは、僕とか含めて三、四人ぐらいだったけど、

見に行ったりすると、そいつらの間で相撲流行っててさ(笑)

図書館の前に、土俵みたいなのがあって、相撲してるのね。

その長谷川君っていうのが、相撲が上手いんですよ。

凄い、足掛けてバーンとか投げる技をやったりとかすんの。素人じゃないの。

小人プロレスなんて比じゃない! って感じなんですよ、もう(笑)

で、やっぱりああいう人たちって……ああいう人たちっていう言い方もあんまりだけど……何が一番凄いかって、

スクリーミングするんですよ。

叫び声がすごくナチュラルに出てくる。『ギャーッ』とか『ワーッ』とかいう声って、

普通の人ってあんまりさないじゃないですか、

それが、もう本当に奇声なんか出てきて、すごいんです」

「その中で沢田って、その人たちからしてみれば、後輩なんだけど、体とかデカい、

でも、おとなしいタイプなのね。フランケンタイプっていうか。

だけど怒らすと怖いって感じで。で、その軍団でたまに食堂で食うんですよ。

リーダー長谷川君がラーメンとか頼むと、箸ちゃんと持てないから、

半分は口に入るんだけど、半分はお盆に落ちるのね。

そうすると、また、こうやって(お盆に口をつける)食ったりしてるの。

その中で一回、ケンカなっちゃったの、食堂で。

沢田に対して長谷川が何かをやったかなんかで、沢田あんまり切れないんだけど、

久々に切れて、お茶があるじゃない、それをかけちゃったんですよ」

―――学校って図書室とか用務員室とか、もの凄いはっきりとした"場所"がありますよね。

理科室とか、体育倉庫とか。何かが起こりやすい。

太鼓クラブとかは、もうそうだったのね。体育倉庫みたいなところでやってたの、クラブ自体が。

から、いろんなものが置いてあるんですよ、使えるものが。

からマットレス巻きにして殺しちゃった事件とかあったじゃないですか、

そんなことやってたし、跳び箱の中に入れたりとか。

小道具には事欠かなくて、マットの上からジャンピング・ニーバットやったりとかさー。

あれはヤバイよね、きっとね(笑)

next: anond:20210721000715

Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 5

anond:20210720235857

石川さゆり VS ジザメリ

学校で透明な下敷きに好きなの入れるのって流行るじゃないですか。

僕とかも入れてたんだけど、それ見て真似したのか何なのか、

ある日透明な下敷きを沢田が買ってきたんですよ。

それで、『あの下敷きに何が入るのか?』って僕はかなり注目してたの。

で、シャレでも何でもなくて、ホント石川さゆり写真が入ってたんですよ。

それで『何、お前、石川さゆり好きなの?』って聞いたら『ウン』って言ってるの。

ちょっとお母さんの『週刊女性』とかそういうのから切り取ったような。

石川さゆりが出てる本なんて持ってないよね、高校生(笑)

かなりタイプだったみたいで」

―――ちなみに、同時期に小山田さんは下敷きに何を入れてたんですか?

「何だ……ジーザスメリーチェーンとか」

―――(笑)

「こいつ、高校ぐらいになると、ちょっと性に目覚めちゃうんですよ、それがまた凄くてね、

朝の電車とかで、他の学校女子高生とかと一緒になったりするじゃん、

そうすると、もう反応が直だからさ、いきなり足に抱きついちゃったりとかさ。

あと、沢田じゃないんだけど、一個上の先輩で……そいつはもう超狂ってた奴だったんだけど…長谷川君(仮名)という人がいて、

そいつとかもう、電車の中でオナニーとか平気でするのね、ズボンとか脱いで、もうビンビンに立ってて(笑)

いつも指を三本くわえてて、目がここ(右の黒目)とここ(左の黒目)が凄く離れてて、

かなりキてる人で、中学だけで高校は行けなかったんだけど。

沢田は、そこまではいかなかったけど、反応は直だから

沢田はね、あと、何だろう……"沢田ちょっといい話"は結構あるんですけど……超鼻詰まってんですよ。

小学校の時は垂れ放題で、中学の時も垂れ放題で、

高校の時からポケットティッシュを持ち歩くようになって。

進化して、鼻ふいたりするようになって(笑)

『おっ、こいつ、何かちょっとチケットも気にし出したな』って僕はちょっと喜んでたんだけど、

ポケットティッシュってすぐなくなっちゃうから、五・六時間目とかになると垂れ放題だけどね。

で、それを何か僕は、隣の席でいつも気になってて。

で、購買部で箱のティッシュが売っていて、僕は箱のティッシュ沢田プレゼントしたという(笑)

ちょっといい話でしょ?しかも、ちゃんビニールひもを箱に付けて、首に掛けられるようにして、

首に掛けとけ』って言って、箱に沢田って書いておきましたよ(笑)

それ以来沢田ティッシュ首に掛けて、いつも鼻かむようになったという。

それで五・六時間目まで持つようになった。

かなり強力になったんだけど、そしたら沢田、僕がプレゼントした後、自分で箱のティッシュを買うようになって」

「でも別に、仲いいって言ってもさ、休みの日とか一緒に遊んだりとか、

そういうことは絶対なかったし、休み時間とかも、一緒に遊んだりっていうのは、絶対なかったんだけど」

next: anond:20210721000454

2021-07-20

Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 4

anond:20210720235609

沢田から年賀状

「肉体的にいじめてたっていうのは、小学生ぐらいで、もう中高ぐらいになると、

いじめはしないんだけど……どっちかって言うと仲良かったっていう感じで、

いじめっていうよりも、僕は沢田ファンなっちゃってたから。

でも、だからもう、とにかく凄いんです、こいつのやることは。

すっごい、バカなんだけど…勉強とかやっぱ全然できないんです、数学とかは。

でも国語テストかになると、漢字だけはめちゃくちゃ知ってて、

スッゲェ難しい字とかを、絶対読めないような漢字とか使って文章とか書くのね(笑)

文章とか、もう支離滅裂なんだけど、漢字だけは、

もう難しい漢字で、しかも字が、原稿用紙に四マスに一文字の大きさで書いたかと思うと、

次に、一マスに半分ぐらいの字で書いてたりとかして、もうグッチャグチャなの。

それで、年賀状とか来たんですよ、毎年。

あんまりこいつ、人に年賀状とか出さないんだけど、僕の所には何か出すんですよ(笑)

で、僕は出してなかったんだけど、でも来ると、ハガキに何かお母さんが、こう、線を定規で引いて、

そこに『明けましておめでとう』とか『今年もよろしく』とか鉛筆で書いてあって、スゲェ汚い字で(笑)

「あと、こいつの凄いのは、学校の名簿を休み時間の間とか、ずーっと見とくのね。

それで全部覚えてるのね、名前クラスと、お父さんお母さんの名前とかも、

住所と電話番号と、他のクラス兄弟いるかとか、そういうのも全部知ってて、

学校に行く途中とかに沢田に会うと、全然知らない下級生について

沢田ぁ、あいつの名前何て言うの?』って聞いたら、『なんとかかんとか』って言って、

『住所は?』って聞くと、『なんとかかんとか』って言って、全部知ってんですよ(笑)

「で、朝、こいつすっごい早く学校来るのね、誰もいない時間かに遅刻とか絶対しなくって。

たまに僕、朝早く電車に乗ると、こいつもう、電車の中で超有名人で、他の学校かにも。

朝、いつも小田急線の中で、『コケコッコー』とか言う声が聞こえるんですよ。

そうすると『あ、沢田がいる』(笑)ってみんな分かって。

朝、絶対小田急線の中でニワトリの鳴き声がすると、『あ、沢田電車に乗ってるなぁ』という」

中学時代はねぇ、僕、ちょっとクラス離れちゃってて、あんまり……高校でまた、一緒になっちゃって、

高校は、出席番号が隣だったから、ずっと席が隣だったのね、それでまたクラスに僕、全然友達いなくてさ(笑)

―――お互いアウトサイダーなんだ(笑)

「そう、あらゆる意味(笑)。二、三人ぐらいしか仲いい奴とかいなくて、

席隣りだからさ、結構また、仲良くなっちゃって……仲良くって言ったらアレなんだけど(笑)

俺、ファンからさ、色々聞いたりするようになったんだけど。

でも、高校になったらねぇ、暴れ出すとか、そういう回数は減ったんだけど。

ま、相変わらず、ウンコ漏らしたりするのは週一ぐらいでやってて、

とにかく最初の頃は、デビュー当時っていうか(笑)

ウンコ漏らすって言ったら、それはもう学校中のイベントなっちゃって、

たいがい、ウンコ漏らしたトイレに行ってさ、先生が全部、パンツズボンを脱がして、

ホースで水かけてさ、ジャーッとかやってるんですよ(笑)。それで午後はジャージになってて」

ジャージになると、みんな脱がしてさ、でも、チンポ出すことなんて、

別にこいつにとって何でもないことだからさ、チンポ出したままウロウロしているんだけど。

だけどこいつチンポがデッカくてさ、小学校ときからそうなんだけど、

高校ぐらいになるともう、さらデカさが増しててさ(笑)

女の子とか反応するじゃないですか。だからみんなわざと脱がしてさ、廊下とか歩かせたりして。

でも、もう僕、個人的には沢田ファンから、『ちょっとそういうのはないなー』って思ってたのね。

……って言うか、笑ってたんだけど、ちょっと引いてる部分もあったって言うか、

そういうのやるのは、たいがい珍しい奴って言うか、外から来た奴とかだから

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Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 3

anond:20210721172902

4月2日

とにかく事務所に乗り込む。

QJ』赤田氏と僕とで、

まずマネージャー岡氏を説得しなければならない。

と思っていたら、「本人来ますよ」

20分後、『夕刊フジ』の地下鉄サリン事件増刊号を小脇にかかえながら、

コーネリアスはいきなり目の前に現れた。

「この対談、読み物としては

絶対面白い物になるだろうし、僕も読むけど、

自分がやるとなると……(苦笑)」

月刊ブラシ』のことは覚えていてくれたものの、

やはり引き気味のコーネリアス

しかし話をしていくうち、

お互いいじめ談義で盛り上がってしまう。

小山田さんは、いじめグループの中でも"アイデア担当"だったらしい。

僕の確信は間違ってなかった。

小山田さんもこういうのが好きなのだ

大体、昔テレビの「私のお気に入り紹介」みたいなやつで、

他の人は好きなパンとか好きな文房具とかを紹介してるのに、

一人だけアメリカ凶悪殺人犯のトレーディング・カード

紹介していたぞ。

小山田さんとのいじめ談義は、

同じ学校の奴とバカ話しているようで、凄く楽しい時間だった。

独り占めするのはもったいないので、僕がシビレた話を掲載しよう。

"いじめられっ子"は二人いた

小山田さんによれば、当時いじめられてた人は二人いた。最初に登場するのが沢田君(仮名)だ。

沢田って奴がいて。こいつはかなりエポックメーキングな男で、

転校してきたんですよ、小学校二年生ぐらいの時に。

それはもう、学校中に衝撃が走って(笑)

だって、転校してきて自己紹介とかするじゃないですか、

もういきなり(言語障害っぽい口調で)『サワダです』とか言ってさ、

『うわ、すごい!』ってなるじゃないですか。

で、転校してきた初日に、ウンコしたんだ。

なんか学校ウンコするとかいうのは小学生にとっては重罪だってのはあるじゃないですか?

で、いきなり初日ウンコするんだけどさ、便所に行く途中にズボンが落ちてるんですよ、何か一個(笑)

そんでそれを辿って行くと、その先にパンツが落ちてるんですよ。

で、最終的に辿って行くと、トイレのドアが開けっ放しで、下半身素っ裸の沢田ウンコしてたんだ(笑)

「だから、何かほら、『ロボコン』でいう『ロボパー』が転校してきたようなもんですよ。(笑)

で、みんなとかやっぱ、そういうの慣れてないから、かなりびっくりするじゃないですか。

で、名前はもう一瞬にして知れ渡って、凄い奴が来たって(笑)ある意味スターですよ。

別に最初はいじめじゃないんだけども、とりあえず興味あるから

まあ色々トライして、話してみたりするんだけども、やっぱ会話とか通じなかったりとかするんですよ。

おまけにこいつは、体がでかいんですよ。

それで癇癪持ちっていうか、凶暴性があって……牛乳瓶とか持ち出してさ、追っかけてきたりとかするんですよ。

で、みんな『怖いな』って。ノロいから逃げるのは楽勝なんだけど、

怒らせるとかなりのパワーを持ってるし、しかもほら、ちょっとおかしいから容赦ないから、

牛乳瓶とかで殴られたりとかめちゃめちゃ痛いじゃないですか、

で、普通の奴とか牛乳瓶でまさか殴れないけど、こいつとか平気でやるのね。

それでまた、それやられると、みんなボコボコにやられるんだけど」

「僕とこいつはクラスは違ったんですけど、小学校五年ぐらいの時に、

クラブが一緒になったんですよ。土曜日に二時間ぐらい。

選択でいろんなクラブ選べるとかいうので、

僕、"太鼓クラブ"とかに入って(笑)、かなり人気のないクラブだったんですよ。

ウチの学校って、音楽時間民族舞踊みたいなやつとか、

サンサ踊り』とか、何かそういう凄い難しい踊りを取り入れてて。

僕、踊り踊るのヤだったの、すごく。

それで踊らなくていいようにするには、太鼓叩くしかなかったの。

クラスで三人とか四人ぐらいしか太鼓叩く奴はいなくて、後は全員、踊らなきゃいけないってやつで。

僕は『踊るのはキツイなー』って思って、『じゃ、太鼓の方がいいや』って。

結構太鼓が好きだったんですよ、僕。

それで太鼓クラブに入ったんですけど、するとなぜか沢田太鼓クラブにいたんですよ(笑)

本格的な付き合いはそれからなんですけど、

太鼓クラブって、もう人数が五人ぐらいしかいないんですよ、学年で。

野球部とかサッカー部とかがやっぱ人気で、そういうのは先生がついて指導とかするんだけど、

太鼓クラブって五人しかいないから、先生とか手が回らないからさ、

『五人で勝手にやってくれ』っていう感じになっちゃって。

それで音楽室の横にある狭い教室に追いやられて、そこで二時間、五人で過ごさなきゃならなかった。

五人でいても、太鼓なんか叩きゃしなくって、ただずっと遊んでるだけなんだけど。

そういう時に五人の中に一人沢田っていうのがいると、やっぱりかなり実験対象なっちゃうんですよね」

段ボール箱とかがあって、そん中に沢田を入れて、

全部グルグルガムテープで縛って、空気穴みたいなの開けて(笑)、

『おい、沢田大丈夫か?』とか言うと、『ダイジョブ…』とか言ってんの(笑)

そこに黒板消しとかで、『毒ガス攻撃だ!』ってパタパタやって、

しばらく放っといたりして、時間経ってくると、何にも反応しなくなったりとかして、

ヤバいね』『どうしようか』とか言って、『じゃ、ここでガムテープだけ外して、

部屋の側から見ていよう』って外して見てたら、いきなりバリバリ出てきて、何て言ったのかな……?

何かすごく面白いこと言ったんですよ。……超ワケ分かんない、

『おかあさ〜ん』とかなんか、そんなこと言ったんですよ(笑)それでみんな大爆笑とかしたりして」

「本人は楽しんではいないと思うんだけど、でも、そんなに嫌がってなかったんだけど。

ゴロゴロ転がしたりしたら、『ヤメロヨー』とか言ったけど」

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2021-07-18

小山田障害者全裸にしてウンコ食わせてバックドロップした」はミスリードだろ

雑誌インタビュー全文についてはググっても見当たらないので、下記のブログ記事引用されている原文抜粋から解釈になる。

小山田圭吾における人間の研究 - 孤立無援のブログ

小山田圭吾のいじめを次世代に語り継ぐ - 孤立無援のブログ

全裸にしてグルグルに紐を巻いてオナニー」をさせたのは小山田ではなく、留年した一歳上の先輩だよね?

いじめられていたとされる村田さんバックドロップしたエピソードが出てくる。

その中で、突然現れた先輩が村田さん洗濯紐でグルグルに縛ってオナニーさせたので、小山田はその先輩の行動を見てヤバイと思ったと語っている。

なんかそこまで行っちゃうと僕とか引いちゃうっていうか。だけど、そこでもまだ行けちゃってるような奴なんかもいたりして。そうすると、僕なんか奇妙な立場なっちゃうというか。おもしろがれる線までっていうのは、おもしろがれるんだけど。「ここはヤバイよな」っていうラインとかっていうのが、人それぞれだと思うんだけど、その人の場合だとかなりハードコアまで行ってて。

世間ではあたか小山田が「全裸にして紐でグルグルに巻いてオナニーさせた」かのように拡散されているのだが、やったのは先輩。

そして小山田は先輩と一緒になってやったわけではない。逆にその先輩の行為を見て引いていた。

そしてこの村田さんについては、後に定時制高校へ通いパチンコ屋で働いていたとは書いてあるが、

村田さん障害者とはどこにも書いてないし、原文抜粋だけではわからない。

雑誌が手元にあって確認できる人がいたら是非教えてほしい。

ウンコを食わせた」のは事実だろうか?

ウンコ食わせた」については、確かに冒頭で小山田発言している。

うん。もう人の道に反してること。だってもうほんとに全裸にしてグルグルに紐を巻いてオナニーさしてさ。ウンコを食わしたりさ。ウンコ食わした上にバックドロップしたりさ

ただ、上記以外で小山田自身障害者うんこを食わせたという描写は見当たらず、

悪ノリで誇張して話していた可能性も否めない。(もしくは編集サイドが盛っている)

実際あったのであれば、それこそいじめのえぐさをアピールするために詳細を語るはず。

障害者ウンコを食わせた描画なんてあるだろうか?

痛いニュース話題になっている年賀状について

痛いニュース(ノ∀`) : 【悲報】小山田圭吾さん、障害者の息子と母親が一生懸命書いた年賀状を雑誌に晒して笑い物にしてしまう - ライブドアブログ

この年賀状の送り主である沢田さんについては、実際に雑誌インタビュアー沢田さんへ会いに行くエピソードが綴られている。

沢田さんのお母さんはインタビュアーに対して、

卒業してから、ひどくなったんですよ。家の中で知ってる人にばかり囲まれいるから。小山田君とは、仲良くやってたと思ってましたけど」と答え、

沢田さん自身は「小山田さんとは、仲良かったですか?」と訪ねられると、「ウン」と回答している。

もし、実際に小山田沢田さんがいじめっ子いじめられっ子の関係であれば、このような受け答え方をするだろうか?

仮に小山田が我が息子をいじめていたと考えているのであれば、怒りのあまり息子をこの場に同席させるようなことはしないだろう。

まり沢田さんとお母さんは小山田いじめられていたという認識は無かったと考えるのが自然

そして、この年賀状には「手紙ありがとう」と書かれていることから小山田は以前に沢田さんへ手紙を送っていたと思われる。

さら雑誌掲載当時の小山田は26歳だと考えられるが、鬼畜であるはずの彼がその年齢まで年賀状を大切に保管するだろうか。

小山田自身沢田さんをいじめていたという自覚がなかったと考える方が自然ではないだろうか?

そして最後に、このブログ記事にはコメント機能がついており、過去に下記のような投稿も残っている。

本当に小山田鬼畜だろうか?

さえ

いじめ話がロッキンオン掲載された時は、編集アホかと思った。小山田氏をずっと好きだったのでショックだったけど、ただ私が昔行っていたコーネリアスライブには毎回車椅子の重度の障害の方が見にきていて、必ず小山田氏はその人の前でギターを弾いていた。長いこと。まるでその人のためだけにというように。羨ましかったのを覚えています。ほんとの彼は根っこは優しくていい人だと思う。ひねくれていたのが魅力だったのもあり、彼はちょっとおもしろおかし過激表現をしたがるきらいがありますから。とにかく、活字にして載せたロッキンオン馬鹿



以上のように、抜粋原文からは少なくとも拡散されているような

小山田」が「障害者」を「全裸にしてウンコ食わせてバックドロップした」というのはミスリードである

インタビュー記事について、本人は悪ふざけの延長でやってしまい、おそらく雑誌記者の誇張もあるだろう。

もちろん嬉々として語る様は悪趣味であり、それについて擁護するつもりはない。

本人も認めているようにいじめていた事実障害者を軽視した発言避難されて当然だ。

だが、原文も確認せずメディアミスリードに煽られるがままに激昂し、あまりにも冷静さを欠いた集団リンチも見ていて気分が悪い。

それどころか、被害者年賀状晒すような痛いニュース記事咎めものもいなければ、

何故いじめが起きてしまうのか、今後どうしたらいじめが無くなるのかについて建設的な方向で議論しようとする人もいない。

障害者いじめ鬼畜」というわかりやすい敵をつくって怒り狂い、炎上を楽しんでるようにすら感じる。

五輪を降りたところで止まないだろうし、自殺するまで追い込まないと気がすまないんだろうな。おまえらの方が鬼畜だわ。

2021-07-17

ロッキンオンジャパン」1994.1号「小山田圭吾2万字インタビュー」より抜粋

http://oymdkig.blog.fc2.com/blog-entry-1.html?sp

「よく僕は学年総会とかで小沢に怒られたりしたんだよ」

●何で同級生に怒られんだよ。

「いや、怒られるっていうか、小沢議長席に全校生の前でこうやって座っててさ、

それで○○事件というのが起きて、その当事者として僕はみんなの前にこうやって座っててさ。

それで「○○君どうですか?」って言われて「もうこれからしません」とかってマイクで言ってさ(笑)

●(爆笑)情けねぇー

「ははははは。でもそういうのなかった?」

●いや、あったあった(笑)

「なんか万引きが発覚してさ、先生が『何月何日にどこどこで万引きして』とか言ってさ。

調布のヘンなショッピングセンターみたいな超万引き場所みたいなのがあってさ。

最初はくだらないもん盗んでたんだけどだんだんエスカレートして一人デッカいカーステ盗んだやつが居てさ(笑)

●見つかるに決まってんじゃん(笑)

「盗んだときは見つかんなかったの。

それで便所に行ってもう箱がじゃまだからトイレの外にボーンって捨てたら、

トイレの外に落ちてきたのが見つかって(笑)。僕はそん時には居なかったんだけど、

捕まってそいつが全部白状しちゃって。で、そこまでやってたのがもう半端じゃない金額になってて、

マジで100万近くになっちゃってて」

●ああいうのってエスカレートすんだよね。

「そうそうそう!1コうまく行くともうガンガン行くじゃん(笑)。それで小沢に怒られて」

別に小沢に怒られたわけないじゃん。

「いやいや、小沢に怒られたわけじゃないんだけど、あそこでいちばん偉いのは小沢から

何か小沢に怒られた気分になるんだよ(笑)

●はははは。何かいまのポジション全然変わってなくないか

「いやあ、僕は基本的全然変わってないですよ」

●ははははは。

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「あとやっぱりうちはいじめがほんとすごかったなあ」

■でも、いじめた方だって言ったじゃん。

「うん。いじめてた。けっこう今考えるとほんとすっごいヒドイことしてたわ。この場を借りてお詫びしま(笑)だって、けっこうほんとキツイことしてたよ」

■やっちゃいけないことを。

「うん。もう人の道に反してること。だってもうほんとに全裸にしてグルグルに紐を巻いてオナニーさしてさ。ウンコを食わしたりさ。ウンコ食わした上にバックドロップしたりさ」

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沢田って奴がいて。こいつはかなりエポックメーキングな男で、転向してきたんですよ、小学校二年生ぐらいの時に。それはもう、学校中に衝撃が走って(笑)だって、転校してきて自己紹介とかするじゃないですか、もういきなり(言語障害っぽい口調で)「サワダです」とか言ってさ、「うわ、すごい!」ってなるじゃないですか。で、転校してきた初日に、ウンコしたんだ。なんか学校ウンコするとかいうのは小学生にとっては重罪だってのはあるじゃないですか?

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から、何かほら、「ロボコン」でいう「ロボパー」が転校してきたようなもんですよ。(笑)。で、みんなとかやっぱ、そういうの慣れてないから、かなりびっくりするじゃないですか。で、名前はもう一瞬にして知れ渡って、凄い奴が来たって(笑)ある意味スターですよ。

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段ボール箱とかがあって、そん中に沢田を入れて、全部グルグルガムテープで縛って、空気穴みたいなの開けて(笑)、「おい、沢田大丈夫か?」とか言うと、「ダイジョブ…」とか言ってんの(笑)そこに黒板消しとかで、「毒ガス攻撃だ!」ってパタパタやって、しばらく放っといたりして、時間経ってくると、何にも反応しなくなったりとかして、「ヤバいね」「どうしようか」とか言って、「じゃ、ここでガムテープだけ外して、部屋の側から見ていよう」って外して見てたら、いきなりバリバリ出てきて、何て言ったのかな…?何かすごく面白いこと言ったんですよ。……超ワケ分かんない、「おかあさ~ん」とかなんか、そんなこと言ったんですよ(笑)それでみんな大爆笑とかしたりして。

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ジャージになると、みんな脱がしてさ、でも、チンポ出すことなんて、別にこいつにとって何でもないことだからさ、チンポ出したままウロウロしているんだけど。だけど、こいつチンポがデッカくてさ、小学校の時からそうなんだけど、高校ぐらいになるともう、さらデカさが増しててさ(笑)女の子とか反応するじゃないですか。だから、みんなわざと脱がしてさ、廊下とか歩かせたりして。

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こういう障害がある人とかって言うのは、なぜか図書室にたまるんですよ。図書室っていうのが、もう一大テーマパークって感じで(笑)しかもウチの学年だけじゃなくて、全学年のそういう奴のなぜか、拠り所になってて、きっと逃げ場所なんだけど、そん中での社会っていうのがまたあって、さっき言った長谷川君っていう超ハードコアおかしい人が、一コ上で一番凄いから、イニシアチブを取ってね、みんなそいつのことをちょっと恐れてる。そいつには相棒がいて。耳が聞こえない奴で、すっごい背がちっちゃいのね。何か南米人とハーフみたいな顔をしてて、色が真っ黒で、そいつら二人でコンビなのね。ウチの学年のそういう奴にも威張ってたりとかするの。

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何かたまに、そういうのを「みんなで見に行こう」「休み時間は何やってるのか?」とか言ってさ。そういうのを好きなのは、僕とかを含めて三、四人ぐらいだったけど、見に行ったりすると、そいつらの間で相撲流行っててさ(笑)図書館の前に、土俵みたいなのがあって、相撲してるのね。

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太鼓クラブとかは、もうそうだったのね。体育倉庫みたいなことろでやってたの、クラブ自体が。だから、いろんなものが置いてあるんですよ、使えるものが。だからマットレス巻きにして殺しちゃった事件とかあったじゃないですか、そんなことやってたし、跳び箱の中に入れたりとか。小道具には事欠かなくて、マットの上からジャンピング・ニーパットやったりとかさー。あれはヤバイよね、きっとね(笑)

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村田は、小学生の頃からいたんですよ。こいつはちょっとおかしいってのも分かってたし。だけど違うクラスだったか接触する機会がなかったんだけど、中学に入ると、同じクラスになったから。で、さまざまな奇行をするわけですよ。村田っていうのは、わりと境界線上にいる男で、やっぱ頭が病気おかしいんだか、ただバカなんだか、というのが凄い分りにくい奴で、体なんかもちっちゃくて、それでこいつは沢田とは逆に癇癪が内にむかうタイプで、いじめられたりすると、立ち向かってくるんじゃなくて、自分で頭とかを壁とかにガンガンぶつけて、「畜生畜生!」とか言って(笑)ホントマンガみたいなの。それやられるとみんなビビッて、引いちゃうの。「あの人、やばいよ」って。

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風呂に入らないんですよ、こいつは(笑)まず、臭いし、髪の毛がかゆいみたいで、コリコリ頭掻いてるんですよ。何か髪の毛を一本一本抜いていくの。それで、10ハゲみたくなっちゃって、そこだけボコッとハゲルックス的に凄くて。勉強とか全然できないし、運動とかもやっぱ、全然できないし。

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村田は、別に誰にも相手にされてなかったんだけど、いきなりガムをたくさん持ってきて、何かみんなに配りだして。「何で、あいつ、あんなにガム持ってるんだ? 調べよう」ってことになって、呼び出してさ、「お前、何でそんなにガム持ってるの?」って聞いたら、「買ったんだ」とか言っててさ。三日間ぐらい、そういう凄い羽振りのいい時期があって。そんで付いて行って、いろんなもん買わせたりして。

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そんで、三日間くらいしたら、ここに青タン作って学校に来て。「おまえ、どうしたの?」とかきいたら、「親にブン殴られた」とか言ってて(笑)。親の財布から十五万円盗んだんだって。でも何に使っていいか分かんないから、ガム買ったりとかそういうことやって(笑)。だからそいつにしてみればその三日間っていうのはね、人気があった時代なんですよ。十五万円で人が集まってきて。かなりバカにされて、「買えよ」って言われてるだけなのに。

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ウチの班で布団バ~ッとひいちゃったりするじゃない。するとさ、プロレス技やったりするじゃないですか。たとえばバックドロップだとかって普通できないじゃないですか? だけどそいつ(注・村田君)軽いからさ、楽勝でできんですよ。ブレンバスターとかさ(笑)。それがなんか盛り上がっちゃってて。みんなでそいつプロレス技なんかかけちゃってて。おもしろいように決まるから「もう一回やらして」とか言って。

--

それは別にいじめてる感じじゃなかったんだけど。ま、いじめてるんだけど(笑)。いちおう、そいつにお願いする形にして、「バックドロップやらして」なんて言って(笑)、”ガ~ン!”とかやってたんだけど。

--

で、そこになんか先輩が現れちゃって。その人はなんか勘違いしちゃってるみたいでさ、限度知らないタイプっていうかさ。なんか洗濯紐でグルグル縛りに入っちゃってさ。「オナニーしろ」とか言っちゃって。「オマエ、誰が好きなんだ」とかさ(笑)そいつとか正座でさ。なんかその先輩が先頭に立っちゃって。なんかそこまで行っちゃうと僕とか引いちゃうっていうか。だけど、そこでもまだ行けちゃってるような奴なんかもいたりして。そうすると、僕なんか奇妙な立場なっちゃうというか。おもしろがれる線までっていうのは、おもしろがれるんだけど。「ここはヤバイよな」っていうラインとかっていうのが、人それぞれだと思うんだけど、その人の場合だとかなりハードコアまで行ってて。「オマエ、誰が好きなんだ」とか言って。「別に…」なんか言ってると、バーン!とかひっぱたいたりとかして、「おお、怖え~」とか思ったりして (笑)。「松岡さん(仮名)が好きです」とか言って(笑)。「じゃ、オナニーしろ」とか言って。「松岡さ~ん」とか言っちゃって。

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他だったら特殊学校にいるような子が普通クラスにいたし。私立から変わってて。僕、小学校の時からダウン症って言葉、知ってたもん。学校の裏に養護学校みたいなのがあるんですよ。町田の方の田舎から、まだ畑とか残ってて。それで、高校の時とか、休み時間にみんなで外にタバコ吸いにいったりするじゃないですか。で、だいたいみんな行く裏山があって。

タバコ吸ってたり、ボーッとしてたりなんかするとさ、マラソンしてるんですよ、その養護学校の人が。で、ジャージ着てさ、男は紺のジャージで、女はエンジジャージで、なんか走ってるんですよ。で、ダウン症なんですよ。

「あ、ダウン症の人が走ってんなあ」なんて言ってタバコ吸ってて。するともう一人さ、ダウン症の人が来るんだけど、ダウン症の人ってみんな同じ顔じゃないですか?

「あれ? さっきあの人通ったっけ?」なんて言ってさ(笑)。ちょっとデカかったりするんですよ、さっきの奴より。次、今度はエンジの服着たダウン症の人がトットットとか走っていって、「あれ? これ女?」とか言ったりして(笑)最後10人とか、みんな同じ顔の奴が、デッカイのやらちっちゃいのやらがダァ~って走って来て。「すっげー」なんて言っちゃって(笑)

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村田さんの家に電話する。お母さんが出た。聞けば、村田さんは現在パチンコ屋の住み込み店員をやっているという。高校和光を離れて定時制に。

お母さん「中学時代は正直いって自殺も考えましたよ。でも、親子で話し合って解決していって。ウチの子にもいじめられる個性みたいなものはありましたから。小山田君も元気でやっているみたいだし」

住み込み村田さんは家族とも連絡が取れないらしい。パチンコ屋の電話番号は、何度尋ねても教えて貰えず、最後は途中で電話を切られた。

沢田さんに電話してもお母さんが出た。電話だけだとラチが開かないので、アポなしでの最寄り駅から電話。「今近くまで来てるんですが……」田園調布でも有数の邸宅で、沢田さんと直接会うことができた。

お母さんによれば、”学習障害”だという。家族とも「うん」「そう」程度の会話しかしない。現在は、週に二回近くの保健所書道陶器教室に通う。社会復帰はしていない。

お母さん「卒業してから、ひどくなったんですよ。家の中で知ってる人にばかり囲まれいるから。小山田君とは、仲良くやってたと思ってましたけど」

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■もし対談できてたら、何話してますか?

別に、話す事ないッスけどねえ(笑)。でも分かんないけど、今とか会っても、ぜったい昔みたいに話しちゃうような気がするなあ。なんか分かんないけど。別にいじめるとかはないと思うけど。『今何やってんの?』みたいな(笑)。『パチンコ屋でバイトやってんの?』なんて(笑)、『玉拾ってんの?』とか(笑)。きっと、そうなっちゃうと思うんだけど」

■やっぱ、できることなら会わないで済ましたい?

「僕が? 村田とは別に会いたいとは思わないけど。会ったら会ったでおもしろいかなとは思う。沢田に会いたいな、僕」

特に顔も会わせたくないっていう人は、いない訳ですね?

「どうなんだろうなあ? これって、僕って、いじめてるほうなのかなあ?」

■その区別って曖昧です。

「だから自分じゃ分かんないっていうか。『これは果たしていじめなのか?』っていう。確かにヒドイことはしたし」

■やましいかどうかっていう結論は、自分の中では出てない?

「うーん……。でも、みんなこんな感じなのかもしれないな、なんて思うしね。いじめてる人って。僕なんか、全然、こう悪びれずに話しちゃたりするもんねえ」

■ええ。僕も聞きながら笑ってるし。

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