「いじめ問題」を含む日記 RSS

はてなキーワード: いじめ問題とは

2021-10-18

イカれた小選挙区を紹介するぜ!

HP情報ゼロ!お前は何がしたいんだ!なんか昔はヤンチャしてたらしい!与党

市長やめるならケリをつけてから行け!いじめ問題はどうした!お前はなんかやったのか!野党

裁判は知らん!はよNHK潰せ!泡沫!

以上だ!

2021-10-05

日本漫画アニメ海外で受けてるって話でポリコレイデオロギーがなくて頭空っぽにして見られるからとか言われているけど

いや日本漫画アニメって普通にイデオロギー要素強いのが多いよね…って思う

ワンピース進撃の巨人のように現実人種差別国境問題架空人種に託して描いていたり

呪術廻戦や僕のヒーローアカデミアのように家庭内での虐待学校でのいじめ問題を描いてたり、

少女革命ウテナのようにフェミニズム的な問題提起があったり、

風の谷のナウシカ天空の城ラピュタのような宮崎アニメのようにエコロジーメッセージが強かったり、

単なる戦い・殴り合い「だけ」の作品って寧ろ少数派では?

個人的には多くの漫画アニメって寧ろ単なる殴り合いだけじゃなくてそこに作者の思想メッセージ性を乗せているからこそ人気があるんだと思っているが

なんでこう、イデオロギー絶対悪日本漫画アニメにはそれがないみたいな事になってるの?

まあそれらのどの程度が海外で人気があるのかは知らんが、少なくとも進撃の巨人とヒロアカ海外人気が高いらしいと聞くし

2021-09-22

小学生中学生いじめ問題学校先生相談しない

法務省法律相談所に人権侵害申し立てをするのが良い

が、

それ以前の問題として、学校教諭が頭悪すぎなんだろうな

2021-09-13

憲法人権道徳の話をごっちゃにするな

https://twitter.com/If0r5do2xx3iL/status/1436884369231126536

これの話ね。

ツイートの指摘がズレてるんだがブコメも同じようにズレてるコメントが多くて変な方向に行ってる

何がズレてるのかって道徳教師道徳科でやる道徳の話をしているのに、元ツイート主やブコメがなぜか人権の話や憲法の話をしろと主張する点

発端はDaiGoホームレスの話なんだけどあの話自体人権に絡んでくるものだと思うよ?ただそれは人権すなわち公民の授業でやれ

 

憲法の話と人権の話をごっちゃにするな

ツイートでまず引っ掛る部分が「憲法人権保障されるということは道徳科においては重要すべきことではないっぽい」という一文

特に憲法の話は今ここでする?という感じがする

 

かに憲法では97条に

この憲法日本国民保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久権利として信託されたものである

と書いてあるけど、同時に憲法99条

天皇又は摂政及び国務大臣国会議員裁判官その他の公務員は、この憲法尊重擁護する義務を負ふ

と記されてる通り基本的国家権力を縛るものであって私人同士のあれこれを既定するものではない

※1一応一部は私人に影響を及ぼすこともできる。でないと納税の義務とか適用できない。ここも参照

https://anond.hatelabo.jp/20210902174107

https://twitter.com/yorinobu2/status/1437267319411994624

 

じゃあ私人基本的人権なんて何も考えずに行動していいの?って話だけど、そこは自然権としてみんなの心に備えつけられてるんで憲法では触れないよという建てつけになっている

そんなバカなとは思うけど憲法はそういう扱い。なので、元ツイート文脈憲法を出すのは変。

 

人権の話と道徳の話もごっちゃにするな

まあ憲法は筆が滑っただけかと思うけど人権のものDaiGoの話と超関係ある

でもそれを道徳科の教師にしてもしょうがないんじゃないか。一部オーバーラップしてても目的は別だ

例えば国語教科書にはよく反戦テーマにした題材の文学が載るけど

国語目的日本語文章理解することであって憲法平和主義が歌われることは国語科においては重要すべきことではないっぽいとか言われてもそれはそうという感想しか出てこないわな

 

んじゃあ道徳科の目的は何かって言うと成り立ちから言うと戦前から修身科に変わって現代的なモラルを教える教育

ぶっちゃけ今は何が主目的かって言うといじめ問題とかを防いで学級を恙無く運営するっていう感じになってる。(含むSNSいじめ)

こういうのを人権思想から解決しようとすると、人権には移動の自由みたいなのが含まれてるのでいじめが発生したらそれぞれ別の学校勉強しましょうみたいな解決法が出力されちゃう

いや理想はそうだけど学校組織はそれじゃ運営できねえだろ

 

というよりそもそも人権思想は難しい

ていうか人権思想ちゃんと教えるには背景となる知識がいっぱい必要なんで

いきなり子供実践として教育するのは無理ゲーすぎ

 

そもそも天賦人権説王権神授説の対抗として出てきたものだけど、絶対王政の背景のない日本でいきなりそこを説いたとして

なんでホームレス人権蔑ろにしたらルイ十四世みたいなのの台頭に繋がるのか全然わからんじゃん?

 

アメリカフランス国家統合というか国の成り立ちの起源絶対王政否定が深くかかわってくる※2からピンとくるんであって

日本は何で日本なのかと言ったら昔から日本なんであって人権については社会を強くするのに便利だから思想を借りてきただけなんだよ

なんで、人権が弱いと社会も弱くなるって機序から勉強しないといけない

迂遠じゃん?だから中学高校あたりで地理歴史ちゃんと習ってから段階踏んで教えるもんだと思う

 

つーわけでこんな大変な話を道徳教師に期待するな。彼らは学級運営でいっぱいいっぱいなんだ

 

※2 つまりホームレスだろうが何だろうが「俺たち」に安全意見を言う権利を与えろと主張している

 それがないと王様が国を無茶苦茶にしたり、荒れ果てた開拓地に還って瓦解してしまうという危機感がある

 日本には安定した国境血縁があるのでなぜそこが国の瓦解に繋がるのかピンと来ない

2021-09-05

小山田圭吾2004年の時点で反省していなかった」とは言えない

2004年いじめ問題炎上が起きた際、掲示板擁護するファンに向けて小山田氏本人が書いたとされているこの書き込み(以下、「庇う人たちへ」)。

これは本人の書き込みではない可能性が極めて高い

Theme:庇う人たちへ

Name:ch-fl

ここはそもそも議論場所でもないし、表現場所でもなかったと思います

彼らは表現挑発)をして、そして反応されたいだけなんですよ。

そして哀しいことに、掲示板ていうものはこういう圧力に対してものすごく無力です。哀しいけどね。それが現実

からもう放っておきませんか?


実際、僕自身ものすごく頭にきてるし、いろいろ言いたいこともあるけれど、それは自分責任がとれるところで言います。ここでは言わない。


僕の提案は、僕の正義の中でしか通用しないし、同意できないファンの人もたくさんいるだろうけど、僕としてはそれが一番近道じゃないかと思います


こいつらにクズって言われようが何言われようが興味ないね。そんなことのためにここにきてたわけじゃないし。


僕は君たちとこの場所が大好きです。

はやく元通りになるといいですね。ではね。


「庇う人たちへ」が書き込まれた時点でのBBSアーカイブは残っておらず、絶対に本人の書き込みではないという証拠はないが、別人の書き込みと考えられる要素の方が多い

存在2chコピペしか確認できず、別人の名義で投稿されたと思われる書き込みを、小山田氏本人が書いたものとして扱うのはおかし

少なくとも「庇う人たちへ」を根拠に「小山田圭吾は2004年の時点で反省していなかった」とは言えない


この記事を書いた経緯

「庇う人たちへ」を引用した「小山田圭吾には2004年に謝ってほしかった」という増田が、小山田氏の謝罪文発表後の7/18に投稿された。はてブブックマーク数は495users (9/5時点)にのぼり、今回の炎上の関連記事の中でも多くの人に読まれ記事の一つだと思う。
anond:20210718165938 (削除済)
https://megalodon.jp/2021-0718-1912-36/https://anond.hatelabo.jp:443/20210718165938魚拓

この記事が広く拡散された結果、謝罪文にある「過去言動に対して、自分自身でも長らく罪悪感を抱えていた」というくだりの信頼性が揺らぎ、増田を読んだ一定数の人々に「五輪絡みで問題になったから場当たりに謝っただけで、本心から反省などしていない。少なくとも2004年の時点では開き直っている」という印象を与えたと考えられる。

現に、増田URLTwitter検索すると、「逆ギレしているクズ」「人格破綻者」というようなツイートが並び、ブコメでも「反省していない」「炎上させられた被害者しか思っていない」というような意見が多い。
https://twitter.com/search?q=https%3A%2F%2Fanond.hatelabo.jp%2F20210718165938&src=typed_query
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20210718165938
【「庇う人たちへ」が小山田氏自らの弁であったとしたら】強い悪印象を抱くのも止むを得ないと思うので、仕方ないことではある。私自身も「本人の書き込み」という前提で読み、かなりショックを受けた。

「ch-fl」というハンドルネーム文体・内容に違和感があったため調べてみると別人の書き込みである可能性が高いことがわかり、また、増田にも小山田氏本人の書き込みではない可能性について追記された(追記後の魚拓現存せず)ことで私自身は納得していた。
しかし、いつのまにか増田が削除され検証不可能となっていた上、直近でも本人の書き込みという認識のまま書かれたツイートを幾つか目にしたことから、「庇う人たちへ」を小山田氏本人の書き込みと思っている人が(あの増田を読んだ人の中では)まだ多数であることに気付いた。

私も2004年のこの時や、どこかのタイミングで総括をしてくれていれば…とは思うので、元増田を責める気はない(追記したのであれば消さないで欲しかった、とは思う)。
ただ、このまま「庇う人たちへ」が小山田氏の書き込みだという風評が留まり続けることは、小山田氏本人だけでなく、元増田、真の投稿者と思われるch-fl氏にも心の負担をかけ続けることになるだろうと思い、今更ながらソースが参照できる形でまとめておくことにした。


参考資料

ソースとして、2chでの初出と思われるスレッドへのリンクと初出のレスと関連するレス引用、嶺川氏BBS現存するアーカイブへのリンクと、参考としてch-fl氏の投稿引用記載する。

「庇う人たちへ」の2ch(おそらく)初出(2004年6月
https://news14.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1087422336/760-774
音楽小山田圭吾 率いるCorneliusロンドン展覧会に参加

760 :名無しさん@恐縮です:04/06/20 03:25 ID:nCSxgLV+

Theme:庇う人たちへ

Name:ch-fl

ここはそもそも議論場所でもないし、表現場所でもなかったと思います

彼らは表現挑発)をして、そして反応されたいだけなんですよ。

そして哀しいことに、掲示板ていうものはこういう圧力に対してものすごく無力です。哀しいけどね。それが現実

からもう放っておきませんか?


実際、僕自身ものすごく頭にきてるし、いろいろ言いたいこともあるけれど、それは自分責任がとれるところで言います。ここでは言わない。


僕の提案は、僕の正義の中でしか通用しないし、同意できないファンの人もたくさんいるだろうけど、僕としてはそれが一番近道じゃないかと思います


こいつらにクズって言われようが何言われようが興味ないね。そんなことのためにここにきてたわけじゃないし。


僕は君たちとこの場所が大好きです。

はやく元通りになるといいですね。ではね。




↑ 本人か?

773 :名無しさん@恐縮です:04/06/20 09:41 ID:2MrEH4Na

>>760

これどこの書き込み

本人なの? こんなこと書いたら逆効果なのでは…


責任取れるところ」って、どこのことなんだろ?

自身インタビューに答えて、雑誌に載った発言責任取れるのかな…?

774 :名無しさん@恐縮です:04/06/20 09:46 ID:kiTdPLhQ

>>773

嫁の掲示板。でも本人くせーな。まぁ息子が虐められてもしゃーないわな。

息子が酷い虐めにあって始めて他人の痛みがわかるだろ。つうか小山田の息子

から極悪人になるのは目に見えてるが

「嫁の掲示板」=妻(当時)の嶺川貴子公式サイトのBBSアーカイブ2003年12月までしか現存せず。下記は2003年8月時点のもの
https://web.archive.org/web/20030812022611/http://203.138.131.249/cgi-bin/takako/message/takako.cgi

「庇う人たちへ」では投稿者名が「Name:ch-fl」となっているが、「ch-fl」は嶺川氏BBSによく書き込みをしていたファンハンドルネーム

上記アーカイブより引用

Theme:CM2 #4

Name:ch-fl

>rakudaさん

どういたしまして.自分より少し年上の人たちには

Plus-tech Squeeze Box もかなり人気がありました.

http://www.vroom-sound.com/psb/


ところで,CorneliusのCM2を試聴したんですが

#4(Beckのやつ)に使われてる声,

PointAnother View Point と同じなのかな?

まり嶺川さんの声?

他にも何件かの投稿確認でき、少なくともアーカイブで見られる限りの投稿においては「ch-fl」の名で書き込んでいるのは小山田氏とは別人であろうと判断できる。
「庇う人たちへ」の文中にも「そんなことのためにここにきてたわけじゃないし」とあり、「炎上に際して本人が降臨した」というより「いつも書き込んでいたBBS常連立場から意見を書いた」と考えるのが妥当かと思う。
アーカイブが残っていないので全くの憶測だが、恐らくch-fl氏とBBS上で交流のあったファン擁護コメントを書き込んでいたため「僕は君たちとこの場所が大好きです」のような表現になっているのではないかと思う。ch-fl氏はBBSに書き込んでいる他のファンと活発に交流している様子なので)

「庇う人たちへ」が書き込まれた時点のアーカイブは残っていないが、上記2chスレの下記の投稿(>>964)によれば2ch転載された翌日にはBBSは休止となっていたようなので、アーカイブが取られる間もなく見られなくなってしまったのではないかと思われる。

964 :名無しさん@恐縮です:04/06/21 18:21 ID:sgZ2wijo

ミサンの掲示板休止しちゃったよ

また、同じスレ内の下記の投稿(>>230)によれば、小山田氏本人の公式BBSは「庇う人たちへ」よりも前に閉鎖されていたとみられる。(「庇う人たちへ」が転載される前、6/17書き込み

230 :名無しさん@恐縮です:04/06/17 21:23 ID:XfTyT9DA

本人の掲示板封鎖かよw都合の悪いもの排除ってかw

復旧って?テクニカルなことでもないのに?(プ

ほとぼりが冷めりゃいーだろくらいに思ってんだろ。バカか。

スレ内に嶺川氏のBBSURLを貼る者が居たため、嶺川氏のBBSが荒らされ、BBS常連であったch-fl氏によって「庇う人たちへ」が書き込まれるに至ったと思われる。


記事作成にあたっては情報が集約されていた下記の投稿を参考にさせてもらった。
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/musicjm/1629034077/6

2021-08-20

はてなブックマーク旭川小学校教頭思考が同じ

いじめ報道があるたびに、毎日いじめを楽しんでるはてなブックマークの人たちがいじめ問題について批判する権利など存在しないと言い続けたい。

10人の加害者未来と、1人の被害者未来、どっちが大切ですか。1人のために10人の未来をつぶしていいんですか」

普段好き勝手他人誹謗中傷をずっとやってるのに批判されたらすぐに逆切れして「100人のブクマカストレス解消と、1人のブロガー、どっちが大切ですか。ブロガーのためにブックマーク無責任に石を投げる権利をつぶしていいんですか?」なんて言いだすところとか、教頭先生そっくり

他の人間が言うならともかくはてなブックマーク使ってる人が、教頭批判してるなんてウケる~。

その結果殺人事件まで起きてるのに無反省なのウケる~。

学校は隠ぺいを絶対します。事なかれ主義で怠慢に徹します。それは、どうしてかというと、閉鎖社会なんですよ。塀の中できっちり囲まれしまった中での論理で展開する。亡くなった子にしてみれば、10人だけではなくて、学校先生グルになって自分いじめていると思って絶望したと思う

塀の中できっちり囲まれしまった中での論理で展開する。」なんてはてなブックマークのものじゃん。

ブログをやめた人間にしてみれば、石を投げてきた奴らだけじゃなくて村長グルになって自分いじめていると絶望した。

はてなブログをやっていた時期は毎日いじめられて大変だった。

そんなあたしも今はこうして元気で増田からはてなブックマークの連中に呪詛を吐きまくる存在になれた。

自分が怨まれるようなことをしている自覚がないまま人をいじめてるはてなブックマークいじめ連中は絶対に許さな

2021-08-15

anond:20210815024519

極一部言ってる人はいるかもしれないか

誰も言ってないは大げさだったかもね。そこは訂正してもいい。

でも話の大筋は変わらんよ。

■「最終的に自分が損さえしなければ問題ない」を本気で主張してるネット民多すぎ

いじめ問題とかも「自分いじめられる側になった時のことを考えると~~~~」みたいなのが多くてゾッとした。

この解釈は君の曲解

anond:20210815023233

■「最終的に自分が損さえしなければ問題ない」を本気で主張してるネット民多すぎ

いじめ問題とかも「自分いじめられる側になった時のことを考えると~~~~」みたいなのが多くてゾッとした。

これ完全に曲解だと思うんだけど。

自分いじめられる側になった時のことを考えると~~~~」は単に1つの考え方を示してるだけで

別に自分被害者になる可能性がなければOK」なんてことを意味してないでしょ

勝手曲解して誰も言ってない結論に繋げて反論してる。

「最終的に自分が損さえしなければ問題ない」を本気で主張してるネット民多すぎ

いじめ問題とかも「自分いじめられる側になった時のことを考えると~~~~」みたいなのが多くてゾッとした。

今回の生活保護も同じ論調が多すぎる。

それって自分に痛みが帰ってこいなら何でもオッケーって感じなの?

たとえば部落差別があった時代だったら「部落出身者はゴミ!」と言っても自分部落出身でないなら絶対的安全圏にずっと居られるわけだけど、そういったシチュエーションなら部落差別立場を変えない感じなの?

俺は「たまたま俺は生まれた時に運がよかっただけで、もしかしたら運が悪ければこういう人生を歩んでいたかも知れない。そう思うとそうそ他人を痛めつける気になんてなれない」って感情を持つんだけど?

つうかそれがシンパシー共感)って物だよね。

ちゃん名前も付いてるし多くの人が持つ感情ひとつなんだと思ってる。

でもそれが生まれつき欠如しているとしか思えない『完全に自分の損得でしか考えられない人』ってのが結構いるっぽくて怖いなと思う。

いやまあある種の定型発達と同じで、なんだかんだこの能力を持って生まれるか自体が生まれつきの運みたいな所もあるのかなとは思うわけよ。

実際サイコパスって呼ばれるそういうのが一切ない人の存在を指す言葉だってあるわけで。

でもネット見てるとそのサイコパスしか思えないような「俺に痛みが返ってこないならいくらでも痛めつけますけど。まあリスクがあるんで今回はやらないですが」みたいな人が多くておいおいサイコパスって実はめっちゃ沢山いるんじゃねーのかとゾッとしてる。

2021-08-05

小山田圭吾いじめ問題月刊カドカワ9月号(1991年9月1日発行)の記事の一部書き起こし

クイック・ジャパン』『ロッキンオンジャパン』以外で、小山田いじめ自慢していたとされる『月刊カドカワ9月号』の掲載記事について、

メディアが偏向的な切り取りで掲載して拡散され続けているのがずっと気になっていたんだけど、

案の定これを利用して、拡散元凶となった件のブログが『 小山田圭吾がいじめを語る理由 - 孤立無援のブログ 』という記事外山恒一氏のnote記事反論している。

また変な扇動しかねないので、記事の冒頭から関連する箇所(幼少期から高校時代)までをまるっと書き起こした。

なお、カドカワ記事フリッパーズ・ギター3rdアルバム「ヘッド博士世界塔」の発売直後に刊行されたもので、

アルバム発売を受けて、音楽への姿勢を掘り下げるために幼少期から振り返させた全19頁のインタビュー記事のようだ。

月刊カドカワ9月号(1991年9月1日発行)P348〜P352

きっと、ぼくの生い立ちなんて面白くないですよ。やっぱりこういう話が載るんだったら、波乱万丈の人生を歩みたかったですよ。

幼稚園ときに、巨人土井選手の娘がいてね。土井ヨウコちゃんていう子だったんだけど、餅つき大会があって、土井選手が餅ついててかっこいいって思ったのが最初記憶ですかね(笑)土井ヨウコちゃんの顔は覚えてないんだけど、土井選手の顔は覚えてる。今でもテレビ土井選手の顔を見るたびに、餅ついてたなということを思い出しますね。

すみれ三組だった。それは年長組で、その前は忘れちゃった。ぼくはお絵かきを習ってた。シンちゃんていうちょっと知恵遅れの子がいて、クレヨンを投げまくって先生にひっぱたかれていたのを思い出すな。

普通の子だった、おとなしくもないけど。すみれ三組の隣のクラスに「ひらけポンキッキ!」に出たヤツがいて、そういうヤツの悪口を陰で言ってた。出たからって威張るんです、そいつら。ぼくらはイジケたグループで、五人ぐらいいた。女の子もいたな。まだ人間できてませんからね。学芸会普通にこなしてたな。インディアンの歌を歌うその他大勢の役をやった。

小学校は遠かったんです。同じ世田谷区だったんだけど、私立だったから。それからぼくは高校まで同じ学校に通うわけなんだけど、もうシンちゃんはいなかったんだけど、二年のときにKという知恵遅れの子が転校してくるんです。ぼくらの学校身体障害者の人が多いんだけど、特別クラスは作らないで普通に入ってくる。Kは高三まで同じクラスだった。ぼくだけじゃなく、みんなにインパクトを与えたと思う。Kとは小学校ときはわりと距離を置いて付き合ってたんだけど、高校に入ってから意外に密接な関係が出てくる。

小学校ときは成績は良かった。運動会リーダーとか、班長とか。それから、物が流行るじゃない、スーパーカー消しゴムとか怪獣消しゴム流行ったしね。そういう物のコレクトに関してはいつでも一位にならないと気が済まない男でね。それで人気を博してたからね。相撲消しゴム流行った。貴ノ花とか高見山とか。ガチャガチャでも、十円入れてガチャガチャカプセルを出すと効率悪いのね。

ちょっと遠いところに駄菓子屋があって、その店では中身がドンと箱に出してあって、自分スーパーカー消しゴムを選べる。友達とその店を発見して、他の友達には言わないで、自分らだけでコレクトして・・・ジャーン!!(笑)

小学校ときって、足の早い人とか人気があるじゃない。そういうタイプじゃなかったから、物で誤魔化したり、人気のあるヤツの足ひっぱったりとか。陰で悪口言ったり、変な噂流したり。こすいヤツだったな(笑)。だからすごく嫌われたりすることもあったな。いちばんショックだったのが、小学校五年くらいのときに文集を作ったんだけど、みんな普通のことを書いてるのに、「小山田くんの嫌なこと」とかいタイトルで作文書かれてね(笑)別に人気者じゃないヤツに書かれたからね、よけいにムッときて。親にその文集はみせられなかった。ぼくがそいついかにして迫害たかっていうようなことが切々と書いてあってね。でも、事実なんです(笑)まさか文集にそんなタイトルで書かれると思っていない。ちゃん印刷されてるもので、先生が見るだけじゃないの。みんなに配られちゃうの。けっこう挫折だった。だからそいつには、小学校人生全部かけて復習した(笑)

運動会リーダーも五年のときかな。仕事はそんなにしなくて、自分の好きなようにやってた。学校に遅くまで残れたり、プリント刷ったりするのがすごく好きで、そういうことができたからやってた。運動が得意だったていうわけじゃなくて。

音楽幼稚園からアニメとかのコレクトがすごかった。幼稚園の頃はコレクトって意識じゃなかったけど。水木一郎って知ってるでしょ。あの人が近所に住んでたの。それで家族でどっかに旅行に行ったら仮面ライダー・ショーをやってて、司会が水木一郎で、うちのお母さんが仲良くなって、家に来たことがあった。そのときイナズマン』のLPサインしてもらった。やっぱり子門より水木だよ、とか言って。ウルトラマンからマイナーのものまでLP集めてた。「鉄人タイガーセブン」とか。よく一緒に歌ってた。その頃から歌手になる資質があったんですね、ねえよ、そんなもん(笑)

テレビっ子。家に帰ったら、ずっと。アニメ再放送とかゴールデンタイムも。でも三年生ぐらいから「ザ・ベストテン」が始まった。大好きだった。チャートを全部メモるの、点数まで。二十位から十一位まで久米さんが早口で言うんだけど「『いい日旅立ち山口百恵、九千何百何十点」とかいうのを、早くて書けないから「いい日、山」とか書いて後で清書する。それで学校で「昨日、何位だったよな」って言ってメモ見せて威張るというのが流行った。あとになって小沢もそれをやってたって話をきいて。他にもいろんなチャート番組きいて、どのチャート信憑性があるとかって。オリコンもずっと読んでる、細かいチャートまで。地方チャートだとフリッパーズ・ギター四国全然ダメなの。だからこれから四国を強化したいなと。

あと、「カリキュラマシーン」が好きだった。鉛筆ジョーとか宍戸錠とか吉田日出子とか藤村俊二とか。変な歌があった。「ねじれてねじれてシャシュショミャミュミョ」とか、そういうねじれる言葉があるでしょう。そういう言葉を覚えさせるためにその曲がある。一緒に歌ってた。それから、「三は嫌いだよ、いつもいつも、二人仲良くなると、ひとり仲間外れ〜」とか言い終わると、二人が真ん中のひとりをギターボコボコにしておしまいっていうような(笑)。強烈なの。コント55号はもう欽ちゃんソロでやってたけど、ぼくはダメだった。ドリフ志村のほうが好きだったけど、それより「カリキュラマシーン」のほうがずっと好きだった。よくギャグを覚えてる。ギャグともとれないようなギャグだったけど。きっと当時は笑ってはいなかったと思う。『天才バカボン』の第二巻もすごかった。

中学になると、人当たりが悪くなって。クラス友達があまりいなくて、すぐにイジケるタイプに変わったんだよね。あまりしゃべらなくなった。休み時間は仲のいい友達クラス出て、他のクラスの仲のいい友達と遊ぶみたいな感じ。中学になると音楽がすごく好きになって、そういう話もできる人としかさなくなった。

Kはね、体がでかくて、小学校ときは突然牛乳ビンで人を殴ったりしてたんだけど、中学になるとそういうことはしなくなった。大人になったみたいで。

同じクラスにひとり仲のいい子がいた。その子のお兄さんがパンク系が好きで、ぼくもその人の影響でそういう音楽が好きになっていった。その子テープ録ってもらったり、貸しレコード屋に行ったり。その頃、ウォークマンブームで、そういうのはいち早く察知して、お金なかったけど小六のときウォークマンⅡを買った。ボディが青くてヘッドホンオレンジ。すごく大事にしてたんだけど中一のとき電車に置き忘れちゃった。ショックだった。で、二台目はアカイやつ。電車の行き帰りで聴いてた。最初に行ったコンサートは、中二のときクイーンかな。

その頃、初めてエルヴィス・コステロインペリアル・ベッドルーム』を借りて、すごく好きで、そのちょっと後に『パンチ・ザ・クロック』ってアルバムが出た。音楽雑誌グラビア見るのも好きで、"イアン・マッカロクのお部屋"とかいって、奥さんと一緒に写ってる写真の中にレコードがダーッと並んでて、いちばん前にアズテックカメラの『ハイランド』が置いてあった。それで貸しレコード屋に行ってアズテックの「思い出のサニービート」の12インチシングルを借りて、その友達と二人で「いいね」って聴いてた。それからそっちの方面音楽にどっぷりいった。

そういうふうにして中学生のとき洋楽を聴いてると、みんな馬鹿自分は頭いいって思いがちでしょう。案の定、そういうふうになっていた。

ギターは中一から。いとこが弾いてて、クイーンとかディープ・パープルを教わった。教則本とか見て普通に弾けるようになったんだけど、アズテックカメラは弾けない、コーが難しくて。いろんなコードを知らないから、コピーして一生懸命した。だから我流で、コード名前なんて知らなくて、指の形で覚えた。

高校になると、すごく仲良かったヤツが違うクラスなっちゃった。そうしたらKが隣の席なの。アイウエオ順で、小山田の次がK(笑)クラスにいるときは、Kとしかさなかった。Kって特技がひとつだけあって、学校の全員の名簿を暗記してるの。バスの中で一緒になったとき、「あいつの住所は?」ってきくと、ペラペラペラって出てくるの。見たこともない下級生や上級生の電話番号とか兄弟もわかってる。で、高校になるとみんな色気づいて下敷きの中にアイドル写真とか入れてくるじゃん。Kも突然入れてきた。何かなと思って見たら、石川さゆりだった。「好きなの」って言ったら、「うん」。それから、Kは鼻炎だから、いつも鼻かんでるんだけど、ポケットティッシュだとすぐなくなっちゃう。だから購買部で箱のティッシュ買ってきて紐つけてあげた。それでKはいつも首から箱をぶら下げてた。難しい漢字にもすごく詳しかった。暗記には異常に強かった。俺はいつもビクビクしてたの。ある日、突然キリッとした顔して真面目なこと言い出したら怖いなって。「本当は俺は・・・」って。だって下敷きに石川さゆりを入れてるのも、ギャグなのか本気なのかわからないじゃない。ギャグだとしたらすごいじゃない。で、ずっと観察してたんだけど、そういうことはなかった。だけど風の噂だと、Kがどこかで森鴎外小説を読みながら歩いていたという話をきいた。

ぼくは浮きまくりっていうか、クラスのみんなが和気あいあいでやってるんだけど、クラスの集合写真にいなかったり。文化祭打ち上げとか、集まるときに呼ばれなかったり。でも別に平気。人に相談とかしないし。高校になると他の学校友達かいたから。

変な高校でさ。普通レベッカとかBOØWYコピーバンドとかが主流としてあるんだけど、先輩が変わってて、メテオーズのコピーバンドとかよくわかんないバンドが多くて、レベッカとかやってると迫害されて潰しにかかられる。学園祭体育館でやるコンサートにはオフコースとかニューミュージック系のコピーしか出られなくて、パンクニューウェイヴ系は音楽室。そこにアズテックとかスミスコピーやって出てた。授業中はウォークマンヘッドホンコードを袖に通して手のひらに隠してきいてたりね。

小沢中学だけ同じ学校だったんだけど、別に仲良くなくて。高一くらいのときたまたま友達の家で一緒になって、ぼくの持ってた編集テープ聴いてからそういう音楽を好きになったみたいで電話かかってきた。それから学校の帰りに待ち合わせて、お茶の水ジャニスって貸しレコード屋に行ったり。そこはイギリスインディーズとかヨーロッパものが置いてあって、泊まって、学校行かないでレコードを全部テープに取って、返しに行って・・・そういう生活してたな。その頃の経験てでかいかもしれないな。エスカレーター式だから大学試験はそんなに難しくないんだけど、遅刻とか欠席が多かったか一年生の時点でダメだとわかってた。だけど小沢学校に行くの。ぼくは小沢の家で寝てたり(笑)

※このあと、音楽の話からフリッパーズ・ギター結成までのエピソードアルバムに対する思いなどが語られるが、問題となっているいじめ関係する箇所は上記だけなので以降は省略。



読んでわかると思うのだけど、ここでも小山田外山恒一氏の読みどおり、過去を振り返るときは一貫して”自分自身自虐的で自嘲的なニュアンス”で語っているんだよね。

そして問題記事から遡ること3年前にもかかわらず沢田君の話が出てくることから、彼に対しての思い入れが深いのもわかるし、

自分自身を嫌なやつと言ながら、”イジメしていたことは認めたくないけど認めざるを得ない葛藤があったのではないか”とする外山氏の下記視点は、なるほどなと腹落ちする。

小山田圭吾問題の最終的解決|外山恒一|noteより

まず第一に、これは小山田氏が、自分いかに情けない人間か、いや、〝情けない〟を通りこして、もはや〝卑劣〟で〝ろくでもない〟と云ってよいぐらいの人間であるか、自虐的に語り続けている過程でこういう話になっているのだ、という点を見逃してはいけません。活字に起こすと単に「(笑)」となってしまますが、少なくとも小山田氏のセリフに付け加えられている「(笑)」は、ニュアンスとしては完全に自嘲的な「(笑)」です。イジメをやっていた当時の気持ちに戻ってしまって、「楽しかったなあ」と笑っているわけではありません。

ーーー(省略)

それにしても驚かされるのは、小山田氏がイジメの始まりエスカレート過程を、事細かによく記憶していることです。さんざん云われるように、イジメた側はそんなことはやがてすっかり忘れてしまって、これほどまでに、「ああ、そういう展開はいかにもありそうなことだ」と情景がまざまざと思い浮かぶような語り方をしうるほど詳細に覚えているというのは、イジメた側としては極めて例外的ことなのではないかと思うのです。このことはむしろ世間で云われているのとは逆に、小山田氏が自身イジメ加害経験真摯に向き合ってきたことを示しているのではないでしょうか? それも極めて稀なレベルで、です。小山田氏の云うとおり、そもそも最初は〝ちょっとフザケていただけ〟、〝ちょっとからかっていただけ〟なのでしょう。それがいつのまにかエスカレートして、ヒドいことになっていく。小山田氏は「決してイジメているつもりはなかった」という線を頑なに守ろうとしていますが、内心ではおそらく当時リアルタイムで、「これはもうイジメと云われても仕方がないレベルなのではないか?」と不安になってもいたように感じられます高校生になってイジメっ子を卒業してからか、あるいはイジメっ子時代の末期からことなのかもしれませんが、「どういう経緯でこんなことになってしまったのか?」ということに強くこだわって、よくよくそれを思い返し、もちろん少なくとも『ロッキンオンジャパン』や『クイック・ジャパン』でそれを語ることになる20代半ばの時期まで、何度となく反芻してみたのでなければ、なかなかここまで詳細に記憶していられるものではないように思うわけです。



また、件のブログの反論としては、”自分判断で「障害者虐待できる俺ってかっこいい」というブランディングを行っていたのである”ということだけど、

フリッパーズ・ギター解散前にそんなリスクの高いブランディングを行う必要はないでしょ、と。

下手したら、「障害者虐待アピールするから小沢に捨てられた」というような負の印象を残しちゃうわけで、ダメージの方が大きいことは想像できるし、いくらなんでも無理筋すぎる。

2021-08-03

anond:20210803211113

あーなんかなんで小山田いじめ問題が吹き上がったのわかってきた

彼らも苦労してるんだな

まりつっつかないでおこう

2021-07-30

はてサ狼狽っぷりが面白い

村上茉愛 団体戦後にSNSへの中傷コメント3分間涙で訴え(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース」に対するブコメ群。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/articles/5f93f7e5d38f50f42e64dc94b46d1c509e7e14b5

反撃しないだろうと思ってた人達SNSとかで攻撃しまくってたら、あろうことか反撃されて、それに狼狽してはてサが逆上しているだけにしか見えない。

君たちのやってること、君たちが忌み嫌ってるはずの「いじめ」と変わらねえよ?

攻撃していると思わなかった→相手方攻撃されていることをしっかり認識して反撃した→逆上した、って、いじめの構図そのものだよ。

あ、左派人達小山田問題に対する反応でも垣間見られたけど「いじめ問題解決」には消極的だよな?

からスタンスとしては整合性が取れてるなあ。

2021-07-25

雑誌映画秘宝』の記憶(58)

 表題に反して、今回は小山田圭吾村上清の話が主ですが、サブカル全体の話と考えて投稿します。予め言いますが、長文です。

 小山田圭吾障害者在日朝鮮人に対して虐待イジメを行った或いは関与したとして、東京五輪を機に一般人に広く認知され、これに伴って、過去雑誌Rockin' On(RO)』及び『Quick Japan(QJ)』が小山田に対して行ったインタビュー記事が注目されています

 それと共に注目を浴びているのが【小山田圭吾自身が、スクールカーストの中では上位ではなく、むしろ下位だったのではないか?】とする仮説です。件の雑誌記事でも「小山田圭吾イジメ加害者だった?!」と、インタビュアーが驚く場面があります。外見的なイメージから「むしろ小山田圭吾は、イジメを受ける側だった」とインタビュアー想像していたのでしょう。また、インタビュアーだけでなく、これまで雑誌記事存在を知らず読んだことも無かったファンも同様に、外見的なイメージから小山田圭吾イジメをしていたとは想像もできなかった」とショックを受けていた人が少なからず見られました。

 あまり他人の外見を云々したくはないのですが、小山田圭吾は顔立ちは整っているものの、身長はどちらかと言えば小柄で、頭部が大きくて肩幅が狭く、体格的には恵まれておらず、お世辞にもスタイルが良いとは言えません。(しかし、そんな小山田圭吾でも「オシャレでイケてるモテ系」に仕立て上げて持て囃すことが可能だった訳ですから、親の七光りやスタイリスト/メイク担当者の優秀さだけでなく、当時のマスメディア一般人との間に、如何に大きな情報発信能力の差が有ったか、それを指し示す一つの証拠と言えるでしょう。)このような外見的な印象に関しては、アンチだけでなくファンの間にも共通認識が有ったからこそ、インタビュアーファンも「イジメ加害者」と小山田圭吾カミングアウトしたことには落差を覚えて驚いた訳です。

 小山田圭吾擁護する人間の一部には「小山田圭吾は、インタビュアー(村上清)に迎合して話を盛ったのではないか?」とする者もいます

 例えば、北尾修一などのQJ関係者、それに小山田圭吾ファンなど、村上清と小山田圭吾擁護する側の人間意見総合すれば、彼らの仮説は概ね「村上清は、彼自身が『いじめサバイバー』だからいじめ問題を無くすための試みとして連載企画いじめ紀行』を立ち上げた。小山田圭吾村上清の人間性に絆されて、連載企画を盛り上げる為に話を盛った」と云う感じです。

 正直に言えば私も現在は、小山田圭吾が話を盛ったと云う仮説は少し可能性が有り得ると考えていますしかし、私の仮説は、村上清と小山田圭吾擁護する北尾修一たちの言うような「美しい関係性」を想定した仮説とは異なります。私の仮説を、以下に述べます

=仮説ここから

 そもそも村上清は、社会存在するイジメ問題解決する又は発生件数を減らす為に連載企画いじめ紀行』を立ち上げた」と云う前提は、果たして事実なのでしょうか?(※そもそもの話をするならば、村上清が『いじめサバイバー』とされていること自体事実であるのか疑わしいのですが、煩雑を避ける為、ここではそれが事実であるもの仮定して話を進めます。)

 むしろ村上清は、イジメの「被害者」になったことで彼自身が背負い込んだ劣等感を解消する為に、己がマスメディア関係者となった今(※記事執筆した当時)こそ、イジメ問題記事を書くと云う手段/大義名分によって合法的に「加害者」の立場になろうと試みた、それによって「被害者であることから生じる劣等感の埋め合せにしようとしたのではないでしょうか。

 何か/誰かを「観察/取材」して、それに基づいて執筆した記事雑誌等の公的媒体に「発表」すると云う行為には、一種の「暴力性」が不可避的に付き纏うものです。観察や取材対象に対して、好意的感情を抱いている場合ですら。況や、SNS等の個人的ネットメディアが発達した2021年現在とは異なり、当時の雑誌一般人との間には、情報発信力の差や「何となくマスメディア人間一般人よりも格上」と云うイメージなど、圧倒的な権力勾配が有りました。そのような権力勾配を利用して、取材と称して他人領域にズカズカと入り込むこと、カメラテープレコーダーを向けること、記事にして発表すること、これらの行為の持つ圧倒的な「暴力性」。

 北尾修一によれば、村上清は極めて優秀な人間のようです。そんな優秀な人間が「取材/執筆と云う行為の持つ『暴力性』」に気づかないはずが有りません(それに気づかないならば、端的に言えば馬鹿でしょう)。おそらく村上清は、このように考えたのではないでしょうか。「マスメディア人間になった自分(村上清)は、今や取材執筆名目合法的に、他者に対して『暴力』を振るうことが可能になった」と。

 取材対象者が「被害者」ならば、取材と称して心の古傷を抉り、取材対象者が苦しむところを観察して「加害者」の立場を擬似体験して楽しめば良い。取材対象者が「加害者」ならば、贖罪意識を持つ人間は、良心の呵責を起こさせて苦しむ様子を観察して楽しむも良し、過去の過ちを反省していない人間は、調子に乗らせて問題発言をするように仕向け、社会から批判を受けるように仕向けるも良し。どっちに転んでも村上清にとって「イジメエンターテイメント」となる訳です。

 差別犯罪被害者が、その苦しみから逃れる為に加害者の側に立とうとすることは、往々にして有ることです。例えば、白人から人種差別を受けた黒人が、鬱憤を晴らす為に黄色人種人種差別するように。村上清も、そんな被害者の一人だったのではないでしょうか。

 村上清は、彼の取材対象として小山田圭吾選択しました。その選択動機には、もちろん既にRO記事が先行して存在したことも有ったでしょうが、ひょっとしたら「オシャレな渋谷系モテ系のミュージシャンに対して『取材と云う名の暴力』を振るうことが出来る」と云う愉悦の予感も有ったのかもしれません。更に、相手イジメの「加害者」ともなれば、その悪行を証言させて世に知らしめる事で、世間からバッシングを浴びるように仕向けて復讐することもできると、そう考えたのかもしれません。しかし、村上清が想定した以上にQJ編集者や読者が本物の鬼畜クズだったこからいじめ紀行』を発表しても小山田圭吾への批判が一向に高まらなかったために、小山田圭吾を転落させるまでに到らなかったに過ぎないのではないでしょうか。

 ここで私は、取材暴力性に関して、別の可能性も考えます。当時のマスメディアは、果たして本気で「小山田圭吾イケてる/格好良い」と考えていたのでしょうか?実は「コイツ、ヒョロヒョロのヘナチョコのくせに、自分のことを格好良いと勘違いしてるw」とか「コイツ、無理してワルぶってイジメ武勇伝として語ってやがるw」とか、マスメディア関係者は表面的には持ち上げつつも、心の底では小山田圭吾小馬鹿にしていたと云う可能性は無いのでしょうか。持ち上げて落とすのは、何と言っても、マスメディアが好む暴力典型です。

 そして、小山田圭吾も、己自身スクールカーストが低いと見做されていることや、マスメディア関係者から心の底で小馬鹿にされていることを感じ取って「いやいや、オレはイジメられっ子じゃないから!むしろオレは、イジメる方だったから!」と、ROQJ取材に対して虚勢を張ったのではないでしょうか。村上清が、もし本当に「いじめサバイバー」だったならば、小山田圭吾には同じイジメられっ子の臭いがすると気づいたかもしれません。もし、そうだとすれば、余計に小山田圭吾が虚勢を張ることに拍車を掛けたことでしょう。「いやいや!オレ(小山田圭吾)はオマエ(村上清)とは違うから!」と。

 小山田圭吾が「報道内容には、一部、事実とは異なる部分が有る」と言いながらも、事実関係説明することを避けて頑なに沈黙を守っているのは、もしもイジメ加害者であることを否定すると、和光学園在籍中の自分スクールカーストが低かったことを認めることに繋がり、それはイケてる渋谷系として持て囃された自身プライドが許さないのではないでしょうか。

=仮説ここまで=

 さあ、如何でしたでしょうか?北尾修一は頻りに「こう考えるのが自然」「普通こう考える」と云う表現を用いましたが、私はそれを避けたつもりです。

 身内であるサブカル業界人(北尾修一)が、自分たちに都合が良いようにアクロバティックに美化したストーリーと、村上清にも小山田圭吾にも利害関係を共有していない第三者(私)が、ごくありふれた話として考えたストーリー。どちらが本当っぽく感じたでしょうか?それは貴方自身が決めて下さい。解釈の無理強いは致しません。

 「長々と書いて、一体これが旧体制映画秘宝』と何の関係が有るんだよ?」と思われたかもしれませんね。しかし、勘が良い方は既に気づかれたはずです。これらの「若かった頃にイケてなかった人間が、大人になってから加害者になることで、若かった頃の劣等感を埋め合わせようとする」「ワルぶって武勇伝を吹聴する」と云う行動様式は、旧体制映画秘宝』の主流派(町山智浩ら)と瓜二つであると云うことに。それに、小山田圭吾の語るイジメの話に登場する被害者障害者在日朝鮮人など反撃が出きなさそうな弱者ばかり選択しているところも、町山智浩旧体制映画秘宝』が(電通ホイチョイフジテレビジョックスへの怒りや憎悪を唱えつつも、本丸のソイツらを避けて)女性同性愛者・アニメオタクとかを攻撃対象にしているところに似ています

 要するに、悪趣味鬼畜系であろうがなかろうが、サブカル業界人は五十歩百歩ということです。

 思った以上に長文となりましたが、この投稿は以上です。

2021-07-24

小山田圭吾、早くも“いばら道” いじめ問題五輪音楽制作辞任も「世界中醜聞拡散」 放送中止楽曲差し替えがぞくぞく

「陰惨な、しか障害者へのいじめということもさることながら、分別がつくはずの大人になってから、それを面白おかしく語ったことでアウト。その後、何の謝罪もなく、この期に及んで謝罪したところで、世間は納得しないでしょう。税金が投入される公のイベント名前を連ねるのが厳しいのは当然」

https://news.yahoo.co.jp/articles/491b5e1678db42f406a7f072365f21ed5153706f

anond:20210724112533

おまえへの反論

(1)北尾氏は当時インタビュー現場にいた人間

よって、何も知らない第3者のお前が語る主張の方が偏りよろしく主観的である

北尾氏は自業自得といってるし、「小山田圭吾村上清は悪くない」とは結論づけてないだろ笑)

(2)26年前の過去記憶を辿って推測するしかないのは当然であり、

良い解釈もなにも拡散される内容と自己記憶イメージ乖離があるから本音を語ってるだけ。

「M氏」と表現するのは、炎上攻撃が続く中で芸能人でもない名前公表することは控えておこうという

プライバシーへの最低限のマナーとか配慮かもね。(悪意持って都合よく切り取り攻撃される恐れもあるからね)

デビルマン」については、理性と冷静さを失ったお前らのような身勝手独りよがり怨念が、

あのデーモン達のように小山田に集中砲火を浴びせているこの惨劇を例えているんだろ。

迫害されてる?は?デビルマン読めよ。

(3)お前は当時のライターじゃないだろ?そしてその界隈にすらいないだろ?北尾氏以上に村上氏の何が語れるの?

あと、拡散されている「孤立無援のブログ」については、確かに切り取りと巧妙な順番の入れ替えによって

悪意ある印象のミスリードが行われているのは明らか。北尾氏を批判する前にまずそこ認めろよ。

(どうせお前もあのブログに乗せられて被害妄想膨らませて叩いてたんだろ?)

(4)「既成事実化」って単語ばっか使ってうるさいけど、適切じゃないから使うのやめろ。

北尾氏の内容は、状況を見てあの記事が書かれた経緯を「推測」しているだけ。

事実化しようとしてねーよ。(どっちが印象操作してんだよ)

美化してるというよりも、書き手にそういう意図があったのだろうとプロ視点解釈してるだけだろ。

実際に北尾氏のブログが出る前から、原文読んだ勢からもそういう意見あったし、自分も同じように捉えていた。

(5)はぁ、、しょうもな。村上はいじめられていた側だよね?

この「いじめ紀行」ってのは、いじめられていた側の視点からまれ企画なんだよ。

当時もいじめはアウトだし、「いじめ自慢」なんか小山田サイドからしたら断られるはずなのに(現に最初は渋っていた)

許可した背景には、村上氏なりの強いコンセプトがあった。それを小山田も受け取ったからあの記事ができた。

いじめ紀行」の冒頭でも、世間はいじめは悪と言いつつ綺麗事ばかりで、

世の中からいじめが無くなることはないというようなことが書いてるだろ。

から村上氏なりの視点いじめ問題を紐解くきっかけを模索していたんだろ?

いじめっ子といじめられっ子の対談」という手法は見る角度によっては悪趣味で間違っていたし、

いじめエンターテイメントだと自虐的表現しながらも、決していじめ肯定しているような企画ではないんだよ。

当時の鬱屈した社会の中で、未熟なライターデビュー記事であの小山田圭吾過激だけどかつて誰もやっていなかったことを企画して実現しようとしていた。

その熱い思いに小山田も動かされた。結果的に考えが甘く、いじめられっ子との対談企画も失敗したわけだが、

2人がやろうとしていた実験的試みは、露悪的だけどほんの少しだけ社会に風穴を開けるきっかけになったのかもしれない

(今は違う形で穴をあけてるが、、)

そういったものライター目線で振り返れば宝石と例えてるだけ。お前のサブカル偏見単純化するな。

(6)当時を知る北尾氏の証言と推測が出てきてくれたおかげで、一部だけど冷静な意見もでてはきていて、

少しは全国民が共有してしまった「鬼畜いじめ妄想」を止めるような方向へ進んだようにも見える。

が、同時にいまだお前のように被害者を傷つけたーとか妄想を繰り広げ、拡散助長するようなバッシングを続けるやつもいて、

逆に独りよがりお気持ち正義マンあぶり出してくれたのかもしれない。悪態ついているブコメとか見るとよくわかるよ。

北尾氏には感謝しか言いようがない。ある意味北尾から村上氏へバトン

このアンフェア建設的じゃない状況から早く脱して前に進めということ。

おまえはどうしても小山田鬼畜にしたくてしょうが無いんだろうけどね。

ヒステリック自分お気持ちぶつけて、こういうの垂れ流してる方が二次被害です。

お前ら小山田圭吾批判してたけどさ

いじめ問題自体には関心無いんだろ?

 

小山田圭吾を叩くくせに他の加害者などには糾弾しないし、被害者加害者らの現状や今後とかには関心無いんだろ?

興味あるのは小山田五輪の事だろ?

そんなんだから第2の小山田圭吾事件が生まれるんだよ。

2021-07-23

anond:20210723101905

謝罪文では「発売前の原稿確認ができなかったこともあり、事実と異なる内容も多く記載されておりますが、」と言ってるのに、

あそこまで炎上したら、たとえ説明したとしても神経を逆撫でするだけだからね。沈静化するまでは出てこないと思うね。

まり集団ヒステリー小山田やその周辺の説明責任や反省の機会まで奪ってるつーこと。

叩いているやつらにとって、いじめ問題障害者人権なんてのはどうでもいいのがよくわかるよ。

anond:20210723031242

id:blueboy に教えてもらったサイト

[苦手なコント | a piece of cake](http://potsumaru.jugem.jp/?eid=76) 2009.05.19

ソーシャルネットワークなんちゃらのほうのラーメンズコミュで、苦手なコントトピが盛り上がってるようなので私も。

基本的に、コントを見て「苦手だ」とは思わないようにしてます

これもラーメンズひとつカラーだと。

それでもやっぱり暴力系と不謹慎系は「それはちょっと…」と苦笑いしてしまますね。


棒は完全に虐待ネタ…だよな。いじめてたものが何なのかにもよるけど。

ドーデスは怖いです。小林賢太郎(笑)

アカミー賞は「機長の片桐です」がね~。それネタにしちゃうか~、と。

できるかなは「ユダヤ人大量虐殺ごっこ」…口にするのも憚られる単語です_| ̄|●コント自体は好きなんだけど、ここだけは…

コーネリアスいじめ問題もそうだけど、インターネットで公開しても大して影響はなかった様子。

2021-07-22

anond:20210722152037

20年前のコントネタの中で「よくないこと」っていう文脈で持ち出したこといじめ問題は違いすぎるやろ

2021-07-20

anond:20210720161507

いじめ問題に真面目に取り組んでる人間が出てきづらい(というか出るという選択をしない)理由はおそらく「自殺報道ガイドライン」の話が出てきた時と同じで、いじめ報道に触れてしまうとフラッシュバックして恐怖に震えてしまう元被害者の人に対しての配慮か、もしくは報道や発信をする暇もなくまず「今の被害者回復中の人からこの話題を遠ざけたり切り離すのに必死に頑張っている」かもしれない。

9割は全くいじめ解決のことは考えてないと思うが、多分少数ではあるけど「いじめ対策に正面から取り組んでいる人たちに望みを託して」追加で発生した問題や分断を止めるため必死になっている人がいると信じてる

小山田圭吾氏と「公正世界信念」と「防衛帰属」(7/19 Session #ss954)

荻上チキ・Session | TBSラジオ | 2021/07/19/月 15:30-17:50 https://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20210719160547

荻上チキ氏)

この小山田圭吾氏が過去に行っていた、いじめに関する露悪的なまぁ、発信。

1回のインタビューでぽろっと答えたということではなくて、複数回インタビューで詳細にそのいじめの中身を語って、しかも悪びれる様子がないというような様子というのは、Web上でも20年以上前からたびたび話題とはなっていたわけです。

そうしたようなことがずっと棚上げされたまま、今回オリンピックパラリンピック楽曲提供をするという風になった際に、この名前がでてきたことに対して、これは明らかにちょっとミスマッチだろうというような非難さらに盛り上がり、また今回の報道などによってその出来事、そういった発言過去にしていたということを初めて知ったという方も多くいると思うんですよね。

90年代音楽などに触れている人などにとっては、コーネリアス小山田圭吾氏というのはとてもあの馴染みのあるミュージシャンだと思うんですけれども、でも日本全体でどれだけの認知度かというと、そこはちょっと分からないところがあるので、むしろ今回の件で小山田氏を初めて知った人にしてみれば、オリンピックなどで楽曲提供しようとしていたけれども過去にとんでもない犯罪的な差別を行っていた人物だったっていう情報だけ与えられると、当然ながらそんな人物不適格でしょ、となるのはこれまた当然ということになりますよね。

この件っていうのは、過去にじゃあ行っていたいじめ加害が発覚した場合に、その人の仕事までキャンセルする必要があるのか?というような問題として理解される向きも一部あるんですけど、その問題とこの問題は別だと思うんですよね。

今回のは、過去いじめ加害というのが何かのきっかけで「発覚」した事案、ではないんです。

そうではなくて、小山田圭吾氏が繰り返し過去インタビューの中で攻撃的、露悪的な仕方でいじめ手法というものを赤裸々に語っていた、それを読んだ人たちに対して当然不快感を与えるかもしれないけれども、それを一つのエンターテイメントとして味わって欲しい、読んで欲しいという感覚文脈で内容を提供しているということになるわけですよね。

そうすると、いじめとか差別というものを軽視するような発信というものを、アーティストになってから行っていた問題ということが、ここに関わってくるわけです。

過去いじめ加害という点でいうと、国立教育政策研究所データなどだと、小学校から中学校の間にいじめ加害を行っていない児童というのは1割程度しかいないんですよね。

やはり誰かしら、何かしらのタイミングで、誰かに否定的あだ名を呼びかけたりとか、誰かを無視したりとか、誰かを叩いたりとか、そうしたようなことを一定期間行うということはしてしまうところがある。

ただそれが持続的にどこまで行うのか、何年間も行い続けるのか、ずっと行うポジションにいるのかということで見ると、どんどん数が絞られていって、継続的加害者になっていくという人はその中でもまた一部になっていくっていう状況があるわけですね。

ところがこの小山田氏の様々な発言というものは、そのいじめ文脈というものを超えた、性暴力でもあるし、障害者差別でもあるし、いろんな問題を含んでいるわけです。

インタビューの中でも紹介されている加害行為というのは(先程「たまむすび」の中でも少し紹介されたりしていましたけれども)たとえば人前でマスターベーションすることを強要するとか、あるいは女子達が見ている中でわざと服を脱がして人前を歩かせるであるとか、あるいはぐるぐる巻きにしてバックドロップをしたり、あるいはまた大便を食べさせたりとか、そうしたようなことを繰り返していたんだということを言ってるわけです。

他にも様々なダウン症児童などに対する侮蔑的発言というものを仲間内で繰り返していたことなど、いろいろなことを自ら発信されてるんですけど、インタビューの中だと(笑)とかそうしたような文言を用いて、非常に露悪的な仕方で発信されていたということになるわけですね。

こういったような事態というものは、このインタビューを読んだ人たちに対しては大変なストレスを与えることには当然なるわけですね。

なぜこれがストレスなのか、ということも改めて振り返っておきたいと思うんですけど、僕がたまに紹介している概念で「公正世界信念」という概念があります。「公正世界仮説」と呼ばれることもあります

これはどういうことかというと、「この社会というのは、正しいことをすれば報われるんだ」というような考え方、これが公正世界信念ですね。「この世界は公正にできていて、人々が適切に振る舞えば、世界はそれに応えてくれる」という一つの信念というのがあって、多くの人たちはこれを内面化しているんですね。

内面化するからこそ「努力は報われる、だから頑張ろう」というようにモチベーションを維持することができる、動機づけを保つことが出来るわけです。

逆に言えば「正しくないことをすれば懲罰を受けるよ」というような考え方でもあるので、これがまた社会から逸脱をするのではなくて適応しようというモチベーションに繋がるところがあるんですね。

良くも悪くもこういった信念を持っているという人はとても多いんだけれども、ただこういった信念が揺らぐような悪いニュースというのがしばしば飛び交ってくるわけですね。

そうすると「あれ?今起きた事件って公正世界信念を揺るがしてしまうじゃないか」誰かが例えばいじめられていた、誰かが性暴力を受けた、そうしたような、バッドニュースが入ってきた時に、人はとっても不安感を抱くわけです。

その不安感は、要は「もしかしたら自分努力しても報われないこともあるかもしれないし、気をつけていても被害に遭うかもしれない」っていうこと、ってなるとすごいストレスなんですよね。

その時に取られがちな手段が二つありまして、そのうちの一つというのが「被害非難被害者が悪いというんですね。

どういうことかというと「これは公正世界信念が揺らいだのではない、世界は変わらず公正だ、と。だけれどもあの被害者に落ち度があったから、あの被害者は適切に努力してなかったからそうした目に遭ったんだ、つまり過去に正しくない事をしていたからその懲罰として被害にあっただけなんですよ」っていうふうに矮小化をする。

こういったような仕方で、貧困当事者を叩いたり、被災した方を叩いたり、性暴力被害にあったことを叩いたりということで、むしろ弱者を叩くっていう方向で解消しようとしてしまうのも、公正世界信念のもたらす現象なんですね。

でも、同じく公正世界信念が揺らぎそうになった時に起きがちな方略のもう一つが「加害者に対するバッシング加害者に対する過剰な懲罰や"悪魔化"ということになるわけです。

要は加害者に対して因果応報というものをもたらしたい、因果応報をもたらすことによって、このモヤモヤした感覚をなんとか治めたい、って感じるものなんですね。

この感覚のものはとても重要ではあるんだけれども、場合によっては「加害者がまだ謝ってないじゃないか加害者はきっともっと碌でもない奴だ」っていうことで、悪魔のような存在として描かれるようなことがあって、そうなるとどう対処してもこの信念が回復されないっていうことになってしまうわけです。加害者がどれだけ謝罪をしても、なかなか対処が困難だということにもなりうるわけですね。

一般的にこうした公正世界信念というものは、人々にとても重要動機づけを与えるし、社会適応しようという努力を与えるものではあるけども、しばしばそれがコントロール不能攻撃に向かうような側面というのも当然あるわけです。

ただ、こうしたような「被害非難」とか「加害者非難」が全部悪いのかというと、そう単純に語れないというところもあるんですね。

加害者非難」などに通じることによって、一定の抑止効果かいうのを社会拡散したいという人もいるでしょう。いろんな動機がそこにあるわけなんです。

今回の件についてはどうなのかというと、明らかにやっぱり小山田氏が発言していたことが明らかになったら、大変多くの人達不愉快に思うし、また非常にこの世界を不公正だという絶望感を味わうことになる。だから何かしらな仕方で公正さを回復したいと思う。ここまではもう多くの人たちの望むところだと思うんです。

ではその回復手段がどうすればいいのかというと、今回のようなケースって、回復手段ほとんど難しいんですね。

例えばすでに被害を受けていた当事者はいて、その人はその後いろんな後遺症とか様々なものを味わって生きてきたかもしれない、それを例えば今更謝罪たからといって回復できるとは限らない、つまり加害者被害者に謝罪をすればそれで治まるような案件ではどうも無さそうということも分かっている。

一方で社会に対して、多くのこの不公正があったことについて、あるいは不公正があるということをアーティストとして発信したことについて謝罪すればそれで治まるのかというと、なかなか治まらないでしょう。

少なくともパラスポーツとかオリンピックなどのテーマソングを書くという役割は適任ではないということは言えると思うんですね。

一方で別に小山田圭吾氏に今後ミュージシャンとして二度と活動をするな、みたいなことを言ってるわけではない。

そこはあの今後どういう風にやって行くのか、今後小山田氏の振る舞いとか応答責任を通じて、多くの人たちが「なるほど、まあそう言うんだったら」という風に安全感覚を取り戻せるかどうかにかかっています

から今回のペライチで出した謝罪文で多くの人達が納得できるというわけでは当然無いわけなので、今後の様々な発信において、その問題にどう取り組んでいくのか、どう向き合っていくのか、その姿勢を見せ続けることによって、人々の「加害者避難」でも「被害非難」でもない、ある種の「修復的公正」と言うんですけど、公正感覚修正されていくというか、取り戻されている感覚というものを、ひとりの発信者としてもたらすことができるかどうか、それが小山田氏に問われてるポイントひとつになるわけなんですよね。

で、これはとても難しいことではあるんだけれども、アーティストとしていじめ加害の手法などについて露悪的に語って、それが障害者差別などをさら助長して、なおかつ多くのいじめ被害者に対しても二次加害をインタビューを通じて行った、という点について、同じアーティストとしてどういう風にその後自分責任を取るのかということはこれからも出てくると思うんです。

から今回テーマソングを作るか作らないか、これは作らない方がいいと思います。そしてその仕事を降りた方がいいでしょう。

ただその後二度と活動するなという話ではなくて、それに対して活動者としてどういう風に向き合っていくのかということを多くの人たちが見ていきますよ、ということに応答責任というのが出てくるということになるわけですね。

これ、見ている側もやってはいけないのは、「防衛帰属」という言葉があるんですけど、何かの問題をどこに帰属させるか、どこに責任所在をおくかっていうのが、その人達の考える倫理観とか道徳観とは別に、その人の考える将来の損得で左右されるところがあるんです。

例えば今回小山田氏を擁護してる人がいるんですね。たとえば「そんな過去の話」とか「その当時はいじめを露悪的に語るのが当然だったんだ」みたいな仕方で擁護する人たちがいる。

それを見ると、結構典型的な「防衛帰属」だなって思うわけです。

どういうことかというと「彼が悪いことになると、自分も悪いことにさせられてしま可能性がある。だから『彼が悪くない』っていう風に言うことによって、自分が叩かれるリスクを下げたい」。つまり自分防衛するために、責任所在を「彼ではない」「ここではない」「そこではない」というふうに位置づけたがるということなんですね。

そういうふうに、どこに責任帰属させるのかっていうようなこと自体が、人々にとって損得を左右されるような問題になってるわけです。

からネット上などでも、実はその、小山田氏のあり方というもの擁護する声というのも、まちまちあって、しばしばあって、そうしたかたちを見ると、たぶんその自分の振る舞いとか、自分メディアの振る舞いとか、90年代表現かいものまで堀り返されると問題だなっていう風に思われると色々発表がしにくくなるとか、そうしたようなことが場合によっては関わってくる可能性もあるわけですね。

そういうような「防衛帰属」を繰り返していると、結局、今回どうすればいいのかっていう議論が前に進まないことになるんですよ。

そうして「自分が叩かれたくないから、この人は擁護しとこう」みたいな損得勘定議論されてしまうと、結局、「被害感情にはどうすればいいの?」とか「こういったものを再発しないためにはどうすればいいの?」っていう議論が出てこないことになるんですね

ちょっと遠回りした言い方になりましたけれども、今回インタビューによって多くの人たちが非常に不公平世界だっていう感覚を突きつけられた、それに対してなんとか回復したいっていう強烈な動機に突き動かされているという状況がある。

それをやったのは何かの暴露とかではなくてミュージシャン本人のインタビューの中での発言だったから、ミュージシャン本人として今後の発信などでどう応答するのかということは当然問われてくるだろうと。

それが行われてない現段階においては、このオリパラテーマソングを受けるというのは不適格だことに当然判断されることにはなるだろう、と思うわけですね。

ではその後どうするのか。

これ一朝一夕に本人が反省しましたって言って何とかする話ではないでしょうし、反省云々ということするためには基礎知識かいろんなことが必要になりますよね。

どう誤っていたのかを言語化できないと、応答はできないということになるので、今回の本人のメッセージ云々でおそらくなかなか納得しがたいようなところがある中で、どうそれに向き合っていくのかということが問われていくのかな、という風には思います

いろんなものを浮き彫りにした一件でもありますよね。

80年代90年代当時というのは、特にいじめ対策というものは今より脆弱でした。今は随分といじめ対策で、科学的に何が必要なのかということもわかってきました。

今回、多くのメディアがこのいじめ問題を取り扱うのであれば、いじめ対策として今どういった知見がより重要で、よりどういった教育こそが必要なのか、という話も、いろんな現場に広げてきてほしいなと思います

小山田圭吾氏は息子米呂のSNS炎上から自分したことを学んでほしい

小山田圭吾の息子・小山田米呂さん、父のいじめ問題によりSNSコメント欄が大荒れに

https://quick-timez.com/2021/07/19/oyamadamusuko9202/

  

まず前提として小山田圭吾氏の過去いじめと、それに関する言及炎上している。

炎上小山田氏の息子米呂氏のSNSにも及んでいる。

  

イジメっ子「小山田圭吾」の謝罪に不可解な点 当時の学校運営に不満だったという証言

https://news.yahoo.co.jp/articles/2610688114c5564b44563778306c88002519ecc3?page=2

  

>「全裸にしてグルグルにひもを巻いてオナニーさしてさ。ウンコ喰わしたりさ。ウンコ喰わした上にバックドロップしたりさ」(「ロッキング・オン・ジャパン」)

  

イジメ内容については非難は仕方がないと思う。

特に障がい者に対してのイジメであり、私は弁護するつもりはない。

  

ここで私が述べたいのは被害者が「障がいという本人には責任がなく、改善不能なことを理由に、理不尽暴力」に晒されていた点である

本人にとって改善不能な障がいを理由に、理不尽暴力を与えたことは正当化されるべきではない。

しかしそれを小山田氏はそれを行い、さら過去ヤンチャ自慢の感覚で広く公言してしまった。

  

次に息子氏についてである

  

父親のしでかしたことが全国レベル炎上している。

彼にとって「小山田圭吾の息子」というラベルは本人の努力で外せるものではない。

今後は「「あの五輪小山田圭吾」の息子」というラベルになるかもしれないが。

そして息子米呂氏は現在進行形で「父親過去所業という、本人には責任がなく、改善不能なことを理由に、理不尽暴力」に晒されている。

彼は20歳の大学生で、将来もある存在である。いや存在「だった」。

もうすぐ就職活動シーズンのはずだが、世間が忘れるには時間が足りないだろう。

まあ米呂氏は米呂氏なりに、親のコネを活かして活躍するという選択肢もあるだろうが、とにかく選択肢は狭まってしまった。

心にももしかしたら傷を負っているかもしれない。

  

今の小山田圭吾氏は地位名誉金銭も持っている人間であり、「既に持っている人間であるから今更世間庶民に何を言われようと答えないかもしれない。

叩かれたところでしばらくおとなしくしていればいいと考えているかもしれない。

  

しか血縁関係にある息子が理不尽暴力さらされればまた別の心の痛みを感じるかもしれない。

ぜひその点から自分いじめ障がい者の親御さんの気持ちに立って考えてほしい。

学生時代のことで、52歳の小山田氏にとっては「とっくに終わったこと」だと思っていたかもしれないが、現在20歳の息子米呂氏のことならまた違う感覚で見られるかもしれない。

  

米呂氏への仕打ちのことも、米呂氏への加害者側がもしかしたら炎上して30年以上経った後に「直接会って謝罪したい」「謝罪して撤回する」と言ってくれるかもしれない。

30年経ったら小山田圭吾氏は87歳。米呂氏は50歳になるわけだが。

小山田圭吾氏は30年以上経ってから謝ってもセーフだと思っていたのだから自分がそうされてもきっと許してくれるだろう。でないと筋が通らないわけだし。

  

小山田圭吾氏は自分いじめ相手とその親御さんが今どういう思いでいるかを考えるいい機会なのではなかろうか。

小山田圭吾氏は息子米呂のSNS炎上から自分したことを学んでほしい

小山田圭吾の息子・小山田米呂さん、父のいじめ問題によりSNSコメント欄が大荒れに

https://quick-timez.com/2021/07/19/oyamadamusuko9202/

  

まず前提として小山田圭吾氏の過去いじめと、それに関する言及炎上している。

炎上小山田氏の息子米呂氏のSNSにも及んでいる。

  

イジメっ子「小山田圭吾」の謝罪に不可解な点 当時の学校運営に不満だったという証言

https://news.yahoo.co.jp/articles/2610688114c5564b44563778306c88002519ecc3?page=2

  

>「全裸にしてグルグルにひもを巻いてオナニーさしてさ。ウンコ喰わしたりさ。ウンコ喰わした上にバックドロップしたりさ」(「ロッキング・オン・ジャパン」)

  

イジメ内容については非難は仕方がないと思う。

特に障がい者に対してのイジメであり、私は弁護するつもりはない。

  

ここで私が述べたいのは被害者が「障がいという本人には責任がなく、改善不能なことを理由に、理不尽暴力」に晒されていた点である

本人にとって改善不能な障がいを理由に、理不尽暴力を与えたことは正当化されるべきではない。

しかしそれを小山田氏はそれを行い、さら過去ヤンチャ自慢の感覚で広く公言してしまった。

  

次に息子氏についてである

  

父親のしでかしたことが全国レベル炎上している。

彼にとって「小山田圭吾の息子」というラベルは本人の努力で外せるものではない。

今後は「「あの五輪小山田圭吾」の息子」というラベルになるかもしれないが。

そして息子米呂氏は現在進行形で「父親過去所業という、本人には責任がなく、改善不能なことを理由に、理不尽暴力」に晒されている。

彼は20歳の大学生で、将来もある存在である。いや存在「だった」。

もうすぐ就職活動シーズンのはずだが、世間が忘れるには時間が足りないだろう。

まあ米呂氏は米呂氏なりに、親のコネを活かして活躍するという選択肢もあるだろうが、とにかく選択肢は狭まってしまった。

心にももしかしたら傷を負っているかもしれない。

  

今の小山田圭吾氏は地位名誉金銭も持っている人間であり、「既に持っている人間であるから今更世間庶民に何を言われようと答えないかもしれない。

叩かれたところでしばらくおとなしくしていればいいと考えているかもしれない。

  

しか血縁関係にある息子が理不尽暴力さらされればまた別の心の痛みを感じるかもしれない。

ぜひその点から自分いじめ障がい者の親御さんの気持ちに立って考えてほしい。

学生時代のことで、52歳の小山田氏にとっては「とっくに終わったこと」だと思っていたかもしれないが、現在20歳の息子米呂氏のことならまた違う感覚で見られるかもしれない。

  

米呂氏への仕打ちのことも、米呂氏への加害者側がもしかしたら炎上して30年以上経った後に「直接会って謝罪したい」「謝罪して撤回する」と言ってくれるかもしれない。

30年経ったら小山田圭吾氏は87歳。米呂氏は50歳になるわけだが。

小山田圭吾氏は30年以上経ってから謝ってもセーフだと思っていたのだから自分がそうされてもきっと許してくれるだろう。でないと筋が通らないわけだし。

  

小山田圭吾氏は自分いじめ相手とその親御さんが今どういう思いでいるかを考えるいい機会なのではなかろうか。

小山田圭吾問題について思うこと

小山田圭吾問題について、中高のいじめで完全に自信喪失および人間恐怖症になって中年ニートになった自分にとって、思うところがありすぎたので、自分自身の整理のために書いてみた。

1 いじめっ子のほうが社会的成功者になってしま問題

今回の問題の核心は、どれだけひどいいじめ(というか暴行拷問表現すべきだが)を行って、それを公の場で自慢げに語っても、学校の内外で処罰されることもなければ、反省一つ促されることもなく、当然謝罪もなく、その後の人生キャリアに傷がつくことも全くなかったということである。例のインタビュー記事小山田と絶交した、という人もおそらくいないであろうことは、あの後も変わらず精力的に仕事をし続けていることから理解できる。逆に小山田圭吾は、ひどいいじめをおこなった側の方こそが、社会的大成功を収めるというモデルケースになってしまっている。

周知のようにいじめ問題では、現在でもいじめ被害者の側が転校させられるというケースが多く、客に加害者の側が転校したり推薦を取り消されたりというケースは寡聞にして聞かない。超名門校を出場辞退に追い込むほどの暴行を後輩に行った高校球児手が普通にドラフト指名されていたように、大人はいじめ加害者を逆に高く評価しているのではと感じさせるケースもしばしばある。自分クラスでもいじめ自殺が発生したことがあるが、加害者は何も咎められることもなく、普通に一流とされる大学に(記憶曖昧だが多分推薦で)進学した。小山田圭吾は、こうした「いじめもの勝ち」になっている社会象徴的な存在である

2 時代場所問題

1990年代もあのようなことは許されていなかった、時代問題で相対化するな」という批判がある。それは正しいが、やはり同時代空気を鮮明に記憶している人間としては、批判として非常に浅く感じてしまう。

あの時代バラエティ番組は、若手芸人などに嫌がることをさせて、「痛い」「熱い」と泣き叫ぶのを見てMC側の人間ゲラゲラ笑うというものが本当に多かった(逆にそういう笑いをしない志村けんテレビから一時期消えていた)。既にいじめ社会問題化してはいものの、「あれは相手も納得済みだからいじめではない」というテンプレ論法で許容されていた時代だった。ネット黎明期テレビがほぼメディアの全てだった時代いじめを受けていた側にとっては、当時のバラエティは見ているのも辛かった。

そういう時代雰囲気のなかで、ましてや悪趣味がかっこいいものとしてはびこるサブカル雑誌インタビューという場所で、たとえいま小山田五輪組織委を口を極めて非難している人たちがそこに居合わせたとしても、おそらく一緒に笑うしかなかったと思う。特に空気の変わり目を読んで同調して小山田非難しはじめているような、ワイドショーコメンテータータイプ人間は、そこにいたら一生懸命面白がるアクションをしていたはずである

申し訳ないが、中高時代いじめ被害者として過ごしてきた人間には、いくら現在小山田非難しているように見えても、時代空気同調しているだけで、こいつは本質的はいじめっ子の側の人間だろうというのは直感にわかってしまう。その意味で、たとえばカズレーザーなどはあまり信用できないし、逆に一見いじめ時代問題として相対化していることを言っている爆笑太田のほうが信用できる気がする。ほかにも、五輪批判政権批判文脈しかこの問題に興味のない人も、およそ信用できない。

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