はてなキーワード: リチウム電池とは
EV、思想的な画期性があるのに現実の利便性はあまりない、というなんか珍しいケースだと思う。
内燃機関やウォークマンやスマートフォンはまず「便利だから」発明されて普及した。それらは設計思想的に画期的であるのと同時に人々の生活を豊かにした。新しい技術を買えば(使い勝手に慣れるのに時間はかかるかもしれないが、最終的には)利便性が向上することが保証されていた。
でも、EVは「気候変動に対応するため」に脚光を浴び、普及が推進されるようになったものであって(そもそもあれだけのリチウム電池を食いつぶすものが本当に環境に優しいのかという疑念はあるが)、現実の消費者の利便性を第一に考えて作られたものではない。だから、気候変動という大きな目的のためには推進すべきではあっても、一般人の暮らしをすぐに良くしてくれるものではない。新しい技術を買ったら利便性が低下する、なんて、これまでの新技術にはなかった。
そして上記のような事情で普及しないのでインフラが整備されず、インフラが整備されないので普及しない、という悪循環に陥りつつあるように思える(少なくとも日本では)。
思想のために高くて不便なものを買えとは言えんよなぁ。まあ価格はともかくせめてガソリン車並の性能を手に入れてから出直してもろて……
全固体電池はトヨタが一番進んでるし、トヨタがやってるからって理由でほかのメーカーも力入れ始めたくらいなのに
トヨタの誤算は、世の中があんなに爆発する液体のリチウム電池を受け入れるとは思ってなかったんだろうな
トヨタはとにかく安全第一で、ハイブリット用の電池だってリチウム電池じゃなくて、ニッケル水素にこだわってたくらいには爆発に気を付けてる
30年もハイブリット車作ってて、おれはいまだに爆発したというニュースを目にしたことがない
トヨタはまじでこのへん凄いと思う
ただ外国企業は爆発しまくりながら平気な顔して売り続けるってことよね
トヨタの誤算といえばここくらいだろうね
aで買い物するか(・・?はげしく迷っている。紫外線発光ダイオードが魅力的すぎるのだ。基板つきで350円だか破壊的値段。密林でも買えば数千円だからな。
しかしあそこは送料無料ラインが結構ハードなんだよな。一万一千円だっけ。
ラインをクリアするために太陽パネルでもあがないまくるか(・・?20Wで三千八百円。上の階のトイレの窓にでも設置しようかな(・・?
リチウム電池の電池ホルダー→あります!普段使いのデスクトップのためのUPS的なものでも自作するか(・・?リチウム電池については取扱ナシ。鉛蓄電池が主力。
蓄電池運用のテレビって・・どうなんだろうか(・・?シガーソケットとシガープラグってなにが違うのか(・・?雄と雌の関係か
タブオン端子ってファスト端子のが別名なのだね(・・?蓄電池接続に使える。これはグッド!!!
# 表をつくろう
product, price@, number, pricesum
PV, 3800, 2, 7600
faston, 10, 16, 160
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inverter,1450,1,1450
cigar,180,1,180
タイトルの通りです。
通学に2時間以上かかる大学にしか受からなかった私は今、もし時間が戻せるなら、近場のFラン大(実家はイオンすらないふざけた田舎なので四年制ならここぐらいしかない)に入る選択をするかな。一人暮らしさせてほしい。金は奨学金で何とかする。仕送りはいらない。って説得してもダメだった。ていうか説得すら受け付けてもらえないような親だった。延々と自分の学生生活を語るタイプの説教を受け…
たとえばこんなこと
・俺らの頃は自分でバイトして一人暮らしするのが当たり前だった。
・田舎の農家の息子は親の金で一人暮らしさせてもらってたが、4年間の自由の後は奴隷だって嘆いてた
みたいな。笑っちゃった。私だって奴隷みたいに庭の草刈りとか落ち葉掃きとかしてるが?奴隷じゃない?これ。
いい忘れてた。私はある禅宗のお寺で育って、将来は立派なお坊さんになるんだ!って親戚の前で語るような人間だった。なんだそいつ。本当に私か?でも祖父母の証言だけでなく、ちゃんとビデオにも残ってるんだから笑っちゃうよな。まさに映像の世紀。俺はアドルフ・ヒトラーかっつーの。アドルフ・ヒトラーはNG。やばいパピコが溶ける。食べます。
で、そんな奴が2時間電車とバスに揺られることに嫌気をさして、休学→退学のコンボを決めて、次に目指したお坊さんになるというレールに乗ったんだよな。あぁ、思い出しちゃった。「兄貴は1年で嫌になって帰ってきたけど、俺は2,3年修行しちゃうかもねw」って言い放って都会の寺に出たんだ。結局そこで、「失礼だから先輩の目の前でメモを取るな!」っていう謎理論ぶちかまされて、夜眠れなくなって、頭が働かなくなって1ヶ月で泣きながら逃げたんだった。人ってさ、追い詰められると、単三電池とかすずらんの球根(毒があるってことは知ってた)とか毒虫とか食べちゃうんだよな。体調崩して辞めたくて。リチウム電池は美味しかったよ。
それからだ!それから親の態度が急変したのは。「大学に戻るか?金なら出すぞ」「いいや、今はいい、寝かせて」って言いながら24時間寝てた。ちょうどコロナの真っ最中だったし。本当に24時間ぶっ通しで寝てた。それを3ヶ月ぐらい続けてからようやく何故か働きたくなって、適当なモールの店で1年バイトして、連日押し寄せるクレーマーの波に揉まれて、1年で辞めたんだった。店長と喧嘩したなあの時は。「キミは契約社員から正社員になれる器を持ってる」みたいなことを面接時に言われたから期待しちゃったよ。マッタク。
結局、そんな話はなくていい感じに丸められてこき使わせようとしてきたからお互い店内の備品を壊しつつ、話し合いをしてやめたんだった。退職届を突きつけた時の「マジかー…………」みたいな反応意外過ぎて笑ったよ。おめーとお局のせいだから。死ねよ。
ほんであとはのんべんだらりとフリーター生活をした。この2年何やってたよ。資格取るとかさ、学校行くとかさ。通信制でも良かったじゃん。なんでしなかったの?金がないなら生活保護でも受けて実家出るべきだったじゃん。
で、今は部屋の掃除してて、過去の写真とかが一気に出てきたので丁寧にスキャンした後燃やした時、間違ってJCBギフトカード1万円も同じく燃やしちゃったのでメンタルが最高にブレイクしている時なのであります。預金残高10万切りそうだからね。定職に就いてる方々は1万円ぐらいって思うかもしれないが、私はこの3日暴れまわってたんだよ。心の中で。
とりあえず私の悩みは
・仕事が続かない
・ていうか働きたくない(生活保護受けたい)
本気で人生が嫌になったので、これを加筆修正したものをプリントアウトして精神科に行こうと思います。メモ帳として使って申し訳ありませんでした。
あ、あと6月からは期間工として働くつもりです。多分健康診断で落とされると思うけど、最後に挑戦してみたくってって…甘いか〜。
なんでって、これなら電池がいらなくなるよね(保険で10kmくらい自走可能な電池くらいは積んでもいいかも)
そしたら今問題になってるリチウム電池爆発とか、そもそも資源開発の問題(コバルト採掘が児童労働だとか言われてるんだっけ?紛争リスクもあるとか)
なにより車両価格が激安になる(今のEVは半分が電池代だと言われている)
そんで充電ステーションもいらなくなる
今の充電インフラは高速充電でも遅いからさらなる高速化をしなければいけない
しかし次世代向けの超高速充電は太い大蛇みたいなケーブル引っ張りまわさないといけなくなりそうで
さらに、それを冷却する装置も必要で、面倒なことになりそうなんだよね
充電はさらに問題があって、どうやって電力をその次世代の充電ステーションに供給するのかって問題なんだよね
大容量の電池のせたEVが電池切れギリギリでくると500km分の電池を一気に供給しないといけない(次世代EVだと800kmとかもある)
それを10分とかで充電しなきゃいけないってなると、現状の送電インフラでは支え切れるわけがない
今はEVが珍しいからまだいいけど普及したらあっちこっちで500km分の電力の供給がおこって電線がショートすると思う
それがちょい足ししながら走る形なら、電線の負荷もなくいけちゃうわけで
そしてバスとかトラックみたいな大型でもできるってのがいいと思わない?
トラックはEVよりFCVが有利だって言われてるけどこれならEVでできるよね。
軽くなるから搭載量ふやせるだろうから、運送業者は二度おいしい。
とはいえ、田舎町までそれ張り巡らせるの?山道はどうするの?っていう問題はあるから
「Dr.STONE」といえば科学監修の名目で毎回名前がクレジットされている「くられ」氏ですが、この「くられ」氏も90年代は鬼畜系カルチャーでならした人物です。
しかしこの「くられ」氏はいじめや差別ネタなんてレベルじゃございませんでした。
実際にこの人が作った本で本物の爆弾テロリストを生んでるんですよ。
「くられ」氏が編集長を務めた「危ない28号」という雑誌に爆弾の製造方法を詳細に書き記され、それをテキストに実際に爆弾を作って街中で爆発させた事件がありました。
以下、ここ参考
https://ameblo.jp/7ninblog/entry-11047336229.html
JCO臨界事故に怒りを感じた男が,JCOを爆破しようとして,爆発物を作成,JCO近くの住宅街にそれを放置した事件.
2000.1.6 07:00頃,東海村のJR東海駅から北へ300mほどの住宅街の,踏み切り脇,東海駅東口タクシー乗り場のベンチ前に,赤い液体が入った,清涼飲料水のペットボトルや,金属製と思われる銀色のボンベなどの不審物が,黒いバッグに入れられて放置されているのを,通行人が見つけて茨城県警ひたちなか西署に通報した.
同県警は,爆発物の可能性もあると見て,重装備の機動隊爆発物処理班を派遣.
処理班がバッグをX線で調べたところ,中には塩化ビニール管が2本,鉄パイプが1本入っており,これらはリード線で乾電池などとつながっていた.
また,真鍮管,タイマー,アルミ缶,百円ライターなども見つかった.
鑑定の結果,これが殺傷能力のある爆発物であること,爆発物の一部は,安全装置を解除して,タイマーをセットすれば,すぐに爆発させられる状態だったことが判明した.[1][2]
塩化ビニル管や鉄パイプ、アルミ缶などに、アセトン系の爆薬が詰められ、起爆装置の雷管に鉛筆のキャップを使用。「グロープラグ」と呼ばれる模型の飛行機などのエンジン用点火プラグが装着されていた。[2]
この爆発物は,前年末に発生した,2件の爆弾事件の遺留品などと似ていた.
1件目は1999.12.24,大阪府摂津市のJR東海・新幹線車輌基地「大阪第1車輌所」にて,新幹線から回収したばかりのゴミ袋が爆発.
大阪府警摂津署の調べによれば,爆発物のアルミ缶の中に,有機溶剤をしみ込ませた粉末が詰められていた.
爆発した後の現場には、乾電池4個と充電池、小型のアルミ缶、リード線のついたふたのようなものが落ちていた。[2]
2件目は,その3日後,JR浦和駅のコインロッカーで,その点検中,ロッカー内にあったアルミ製の箱が爆発,管理会社従業員(当時53)が指に1カ月のけがを負った.
埼玉県警浦和署の調べによれば,箱は持ち上げた途端に爆発する仕掛けになっていた.
アルミケースから外にひもが出ており、その先端がロッカーの内壁にテープで固定されていた。
また,発泡スチロール製の球状の不審物は、直径約6センチの半球状のものを2つ重ね合わせて作られていた。
これら2件の事件について,大柴は
「ロッカーの管理がずさんで、警告のために仕掛けた。爆発で死者が出てもいいと思った」[2]
などと供述した.
警察によれば,大柴は同年11月から12月までの間、東京や埼玉などのホテルを泊まり歩きながら、アルミニウム容器に火薬を詰めた上で導火線をつないだ爆発物を製造。
同月20日に,浦和駅西口にあるコインロッカーに仕掛けたという.[2]
「東京駅で新幹線に乗り、小田原駅で下車する際に爆弾を置いた。1時間以内に爆発するようタイマーを仕掛けていた」
と供述した.[3]
大柴が、爆弾づくりのテキストにしたとされる雑誌は,データハウス社(東京都新宿区)発行の雑誌「危ない28号第三巻」(99年3月発行、定価1400円).
特集「危険物!」と題して、爆発原料の入手方法、市販材料や身近な家庭用品を使った爆薬、火薬の作り方などを図解入りで詳細に解説している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%B1%E3%81%AA%E3%81%8428%E5%8F%B7
『危ない28号』(あぶない28ごう)は、データハウスから1998年から1999年まで季刊誌として発刊されたアングラ雑誌である。不定期刊誌『危ない1号』の実質休刊後、インターネット系のアングラ・ライターを中心に編集され、第5号まで発行された。現在(2021年7月)では全5巻ともに絶版となっている。
日本がまだコンピュータやインターネットの黎明期だった1998年、KuRaReを編集長にサブカルチャー、アングラ本として発刊される。ハッキングや兵器、ドラッグなど、実行すれば犯罪者になってしまいそうな情報が満載の雑誌であったため、全国18都道府県で有害図書指定されることとなった[1]。
2000年1月に浦和駅、東海村、大阪で発生した一連の爆弾事件で、犯人が同誌を参考に爆発物を製造したと供述したため[2]、刊行済みだった第5巻を最後に廃刊を余儀なくされた。
こっちはくられ氏の本でガチの爆発物テロが発生し、負傷者も出し、下手をすれば死者もでていたかもしれないんですよ。
そんな人間に集英社の週刊少年ジャンプ編集部は漫画の監修をさせ、毎週のように名前を載せ、特集記事に写真付きで掲載してるんですけど、その事をジャンプ編集部や集英社の人達は理解してるんでしょうか?
こっちは本当の死者が出ている可能性があったんですよ??
くられ氏は「実際に作るとは思わなかった」「真似してもらうために書いたものじゃない」とか言い訳してたみたいですが、「どのご家庭にもあるものでカ~ンタンに爆弾が作れちゃいマス♪」なんて事細かに実用性のある爆弾の製造方法を記しておいてそれは無いんじゃないすかね。
真似してもらいたかったんでしょ?実際に爆弾作ってもらいたかったんでしょ?だから書いたんでしょ?
そんで本当に作ってテロ起こっちゃったから慌てて保身に走ったんでしょ???
つうかさ、くられに限らずこの辺の鬼畜系ライターが心底みっともないのって、鬼畜ブームが去った途端みんな言い訳を始めたところなんだよね
「ある種のジョークでやってました、まさか真に受ける奴が出てくるとは思いもしませんでした」ってさ
根本敬も唐沢俊一も自殺した青山正明も殺害された村崎百郎もみ~んな同じような苦しい言い訳をしていた。
村崎百郎なんて殺された時まわりの連中「まさかこんな恐ろしい事になるとは・・・!」って悲しむフリしてみせてたけどさ、ほとんど自然の摂理のようなもんだろ。キチガイ煽ってキチガイに殺されたってさ
そんで追悼本なんか出したりして、ダッセエの。
話は逸れましたけど、最近の小山田圭吾を発端とする90年代鬼畜ブームを断罪する流れでいうならくられ氏も当事者であり、こっちはいじめ差別どころか死者も出てたかもしれない爆発物テロ事件が実際に起きましたから。
その流れで言えばくられ氏が関与している週刊少年ジャンプ連載漫画「Dr.STONE」は即刻連載中止、絶版回収にするべき
良くてもくられ氏が監修した部分は全面的に削除するべきです。
筍またもらったので、糠がそえられてなかったから玄米(=ぬか+精米)いれて煮たら
というか煮汁がすでにおいしい(飲んだ)
うっすら甘くてうまみも感じていいにおいがする
とおもったところで炊飯器を壊した
1つめはよくこわれたからなぁ
H社、おまえだ 今回三回目、しかも毎回おなじ壊れ方、基板がコンセント引っこ抜いた瞬間完全に昇天する
(なぜか液晶だけしばらく同じ表示。内部のリチウム電池時計ががんばるらしい)
コンセント抜かないようにしよ!って2回めの修理したあと2年かけて忘れるまでつかったからもう寿命でいいや
なんかこう~~大事な渦電流防止コンデンサとかコードの根本にあるべきものが抜けてるんじゃないか?って思うこわれかたな気がするんだけどな
修理は基板全とっかえしかしないんだよなぁ ちなみに当然炊飯器の裏はホコリだらけだ、コード抜かないからな
ツイッターのたまにはコードをさしっぱなしにせず抜けというかきこみに騙された
初号機なら弐号機の隣で昇天しちまってるぜ
2つめのS社は丈夫で今回も先にそっち炊いてたのが無事に炊けた(同時に5合ずつ、一升夜のうちに炊くご家庭なんだ)
どうにかしていれかえてもう1釜炊かないと浸水したままの米が発酵して酒造法違反か単なる腐海がはじまりそう
けど炊きたてご飯あついからうつしかえるのがめんどくさいわ、保温ができなくて固くなりそうだわで困る
はぁ
どないしょ
おひつがあればよかったのに
そういえば一回試しにとかってみた陶器のおひつ、「吸水して炊きたてのおいしさたもつ」っていってたけど
中身がよごれたままあらいづらくて結局ものすごく汗臭くなって捨てたよなぁ
あれはどう使うべき商品だったんだ?
まる鍋の土鍋のようにコーティングかぴかぴになるまでほっとけってこと?
不衛生だよなぁ・・これも騙されたなぁとおもっている
まあそんならそれでええんちゃうかな
わいが「なんでも燃えるゴミに出したくない」のは化学に詳しいからやで
たとえばペットボトルなら回収すれば服になることができたり
DVDやスマホやメガネにつかわれているポリカーボネートだと燃やすとビスフェノールAなどがわずかといえども飛んでしまって
環境ホルモンとして生物多様性に悪影響を及ぼしたりというのを知ってしまっているから
燃えないごみのはずの金属もがんばれば燃やせてしまうし(特にアルミホイル。回収すればいいのに電気の無駄)
小型家電のリチウム電池も金配線もベトナムあたりにおしつけずに日本のメーカーでうまいやりかたをかんがえるべき
海苔やせんべいに必ずはいってる石灰は燃えないごみとあるが実は肥料とおなじものなので庭や畑にまいたほうがいい
シリカゲルもまあきれいな石みたいなもんだからまいても差し支えない(猫が食べないようにうめたほうがいい)
コミケカタログにいらんもんついてくるけどほしいヒト絶対居るとおもうねんこれ
でも服はブランドに詳しくても捨てる
送りやすくて人気なのわかってるけど捨てる
ブコメやレスを見ていると、規格変更前の軽自動車のイメージを語っている人が多いような気がした。ボディがペラい、遮音がいまひとつ、シートが安っぽい。昔の軽自動車のイメージ。NBOX以降の軽であれば、メーカー問わずそれなりの小型車に仕上がっていると思う。低速トルク型のエンジンが主流になって660ccを無理やり高回転で回すエンジンも減っているし。合法的に日本の道を走るならば、十分なスピードは出る。イキがる気持ちがなければ、楽しい小型車だと思う。税金も安い、高速代も安い、リチウム電池やモーターが付いていなくても普段走りで燃費は20km/l。リアハッチが開けば、240cmくらいの長物も詰めるくらい荷物にも柔軟に対応できる。車好きだったら、普通車1台よりもNBOX、コペン、ジムニーと3台持ちにすると楽しいと思う。
おもちゃの充電してたらアパートが火事になったニュース見てて思い出したので、
同じことが起きた人のための備忘録としてちょっと書いておこうと思う。
・充電中本体が温かくなることはあったが膨らんだりはしなかった
・年に数回、外出時にモバイルバッテリー(非正規品)からの充電はしていた
という状況で、普段通り電池の切れた機器を充電器に繋いで充電し始め、
そろそろ寝るかと言うところで突然バチンッ、みたいな音がして
煙が結構な勢いで吹き出してきた。
勿論非常に焦ったのだが、訳あってこの時電話する手段が何もなく、
消防に即時連絡ができなかった。
結果として煙を上げる機器をただ馬鹿みたいに呆然と眺めるしかなかった。
この時ほど部屋に固定電話を引かなかったことを後悔したことはない。
結局煙は次第に収まり、火も出なかったのだが、種火が中で燻っていたりしても
消防の話によると火は出ていなくとも、ものが焦げると火災になるらしい。
その後、この件は火災ということで処理してもらい、破裂の原因も
すっかり焦げた電子機器を引き取って調べてもらうことになった。
自分の場合は運良く火花が引火することがなく、煙も次第に収まったので
機器の側にあったものが焦げた程度で済んだのだが、ニュースを見てたら
あれ?これ一歩間違ったら大惨事だったか?とちょっと怖くなったので
簡潔にだがここに記しておく。
大体の人はなかなかこんな事態に遭遇はしないと思うのだが、
もしそうなったら自分みたいにもたもたしてないですぐ消防呼びましょう。
別に怒られたりはしないんで…(火も出てないし文句言われるかなと思っていた)
それでは、どうぞご安全に
確かにリチウム電池単体でいえば過放電も問題だろうけれど、現実問題、スマホやタブレットに付けてる時点で、このページでいうところの「11.電池保護回路(BMS)」というのが付いているから、通常の使い方であれば、過放電は回避されている。
それに、電池を0%までに放置する、という使い方を電話なんかでやらないのが普通の人間の行動と思われる。
なので、こっちはそれほど考慮しなくていいと思う。
むしろ、充電消耗でよく言われているのは何回も充電する回数。
一部のスマホやガラケーでは、この充電回数をカウントしていて、一定回数になると、充電回数をお知らせして、電池交換を促す代物もあると聞く。
http://www.tdk.co.jp/techmag/knowledge/200910u/index2.htm
こっちでは、こういう言い方をしてる。
まとめると、リチウムイオンバッテリの劣化を防ぐためには、充電回数をできるだけ少なくするために、できるだけ使ってから一気に充電します。また、長期間使わない場合は「電池の充電量を50〜80%程度まで減らして」「高温にならないところ」で保管することが重要です。
電池の種類別に、劣化の仕組みと長持ちさせるためのコツをみてきましたが、注意して使用しても、電極や電解液の経年劣化による性能低下は避けられません。バッテリの持ちや充電にかかる時間をよく見て、適切な時期に交換しましょう。
1989年に東芝が発売したDynabook J-3100SSが世界で最初のノートパソコンである。すぐにNECが続き、1990年代になると、IBMとアップルが参入、東芝、アップル、IBMが次々に新機能を加え、1995年頃には、現在のノートパソコンの標準的な機能の原型が完成した。
1990年代中頃から、国産各社が参入、先行各社は新機種シリーズを展開した。また、インターネットが普及し、モバイルコンピューティングが盛んになった。それにより、ノートパソコンが急速に使われるようになり、2000年にはノートパソコンの出荷台数はデスクトップパソコンを追い越した。
2000年代を通して、小型化、軽量化、高機能化、省電力化が進んだ。2000年代末には、iPadで代表される新しい形態の携帯機器が出現し、ノートパソコンと競合するようになってきた。
とかくパソコンの分野では日本企業の低迷が指摘されるが、ノートパソコンの分野では、東芝に代表される日本企業が業界を先導したきたのである。少なくとも1990年代まではそうであった。ところが、2000年代になると、ノートパソコンがパソコンの主流になったのに、日本企業の優位性は低下してきた。それを挽回する手段を講じるべきなのか、あるいは陳腐化したこの分野は中国等に任せて、日本は新分野を開拓すべきなのだろうか。
ラップトップとは「膝の上」の意味であるが、デスクトップパソコンより小さく、ノートパソコンよりも大きいサイズのパソコンを指す。携帯可能であるから、これを含めてノートパソコンということもあり、その境界は厳密なものではない。
・1984年 NEC PC-8401A
(PC-8401Aのほうが早いのだが、電池やフロッピーなどが外付けなため、一般にはT-1100が世界初で、PC-98LTがNEC初だとされている)。
T-1100の仕様を示す
・CPU:80C86(16Bits)、5MHz
・メモリ:最大512KB
・外部記憶:3.5インチFDD内蔵(720KB) 。ラップトップでは世界初のHDD内蔵
・サイズ:310(W)×300(D)×67(H),4kg
最初のノートパソコンは1989年に、世界に先駆けて日本で出現した。
発表はPC-286NOTEのほうが先だったが、出荷はJ-3100のほうが早く、しかもヒットしたので、一般的にJ-3100を最初のノートパソコンだとしている。なお、PC-9801Nはやや遅れて出荷されたが、これにより「ノートパソコン」という用語が広まったといわれている。
J-3100SSの仕様を示す
・CPU:80C86(16Bits)、5MHz
・メモリ:最大3.5MB(標準1.5MB)
・外部記憶:3.5インチFDD内蔵(720KB/1.2MB)
・電源リジューム機能の提供 ・ジャストシステムATOK7のROM搭載 ・AT互換機
・サイズ:310(W)×254(D)×44(H),2.7kg)
1990年代に入ると、IBMとアップルがノートパソコンに参入した。1990年代前半の特徴のある機種を列挙する。1995年頃には、現在のノートパソコンの標準的な機能の原型が完成したといえよう。
・1990年 東芝 DynaBook J-3100 SS02E 世界初のHDD搭載
・1991年 NEC PC-9801NC 世界初のTFT液晶16色、TVチューナー付
・1991年 アップル PowerBook 170 世界初のパームレストとトラックボール
・1991年 IBM PS/55note 5523-S IBM初のノート。VGA解像度640x480(他社は640x400だった)
・1992年 東芝 DynaBook 486-XS 世界初のTFT液晶フルカラーVGA
・1992年 東芝 DynaBook EZ ワープロ、表計算などアプリケーションをROM内蔵
・1992年 IBM ThinkPad 700C 当時最大級の10.4インチTFTカラー液晶。世界初のトラックポイント装備
・1992年 IBM ThinkPad 220 世界初のサブノート。重さ 1kg、単三乾電池で駆動
・1994年 東芝 DynaBook SS433 世界初のFDD内蔵B5版サブノート
・1994年 IBM ThinkPad 755 内蔵型CD-ROMドライブ搭載
・1994年 アップル PowerBook 520 世界初のトラックパッド採用
1990年後半には、国産各社がノートパソコン分野に参入、先行各社も新シリーズを展開して、現在でもポピュラーな機種名が出揃った。ノート型は、デスクトップ型に比べて割高であったが、モバイル環境での利用が盛んになったこと、オフィスや家庭での占有面積が小さいことから人気が高まり、2000年にはノートパソコンがデスクトップパソコンの出荷台数を上回る状況になった。
・1995年 富士通 FMV-BIBLO リチウム電池採用。プレインストールソフト多数
・1996年 IBM ThinkPad 560 2kg以下の軽量
・1996年 東芝 Libretto 20 世界最小・最軽量(840g)のミニノート
・1997年 ソニー VAIO NOTE 505 B5サイズモバイルノート
・1997年 パナソニック LetsNote AL-N2 光学式トラックボール搭載
・1997年 三菱電気 Pedion A4で当時画期的最軽量(1.45kg)最薄(18mm)
2000年代になると、パソコンの主流はノートパソコンになり、パソコンでの関心はノートパソコンが主になる。ノートパソコンは、本質的にモバイル環境での利用である。そのための軽量化や小型化競争は1990年代後半から活発であったが、2000年代になると、長時間充電せずに利用できること、立ち上がりの時間が短いこと、堅牢性や耐久性に優れていること、さらにはデザインへの要求など、多様な品質での競争になってきた。
筺体の軽量化
軽量な素材を用いながら堅牢性を高めるため、ハニカム構造など設計上の工夫が進んだ。
パソコンを使用しない状態での省電力技術であるスリープ/スタンバイ機能は従来からあったが、インテルによるディープ・パワー・ダウン・テクノロジやASUSTeK ComputerによるExpress Gateなど、新方式が開発された。
SSD(Flash Solid State Drive)
SSDは、フラッシュメモリを発展させた記憶媒体で、HDD(磁気ディスク)と比較して、機械部分がないため、小型化、省電力化、高性能化が重要なノートパソコンに適している。しかし高価格である。2004年頃から注目されるようになり、2000年代後半には高級機に採用されるようになった。
ノートパソコンの製造には、小型化や低電力化などの高度なな技術が求められので、日本企業に適した分野であった。ところが、低価格化競争が進むのに伴い、台湾や中国などで生産するようになった。それが、2000年前後から、現地企業の技術向上により、現地企業に生産だけでなく設計も委託するようになり、独自のパソコン事業から撤退するようにもなってきた。そのため、日本国内で生産している製品は、特に高度技術が要求される小型の高機能のパソコンに絞られるようになってきた。
2000年後半には、ノートパソコンが多様化した。ディスプレイサイズで区分すると、次のようになる。
7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17
───┬─── ─┬─── ──┬──
│ ──┬──│──┬── │
│ │ │ │ ハイエンド 1920x1200 モバイルを意図せず高機能機
│ │ │ A4ノート 1680x1050 最も広く利用
│ │ B5ノート(コンパクト) 1280x 800 モバイル用の標準
├ウルトラモバイル(タブレットパソコン) 1024x 600 操作性を重視
シンクライアント(Thin client)とは、処理機能をサーバに集中させ、パソコンには必要最小限の機能しかもたせないパソコンのことである。1996年当時は、モバイルパソコンの軽量化、低廉化を狙ったのであるが、あまり普及しなかった。
1996年 オラクル、シンクライアントの概念を提唱。そのコンセプトモデルNC (Network Computer)を紹介。「500ドルパソコン」とも呼ばれた。
1997年 サン・マイクロシステムズ、コンセプトモデルJava Stationを発表
1997年 マイクロソフト、Windows CEをベースとした「Windows Based Terminal(WBT)」を発表
それが2005年頃から、外部記憶装置の接続ができないこと、パソコンに情報が残らないことが、セキュリティの観点から重視され、パソコンメーカーはシンクライアントを発表、多くの企業が採用を検討するようになった。
2005年 日本経済新聞「日立製作所がパソコン利用を全廃する」の記事。これが広く一般の関心を呼ぶ。
2005年 富士通 FMVシンクライアントTC8200等出荷
2005年 NEC Mateシンクライアント、VersaProシンクライアント 出荷
ネットブックとは、インターネット利用に特化した小型軽量なノートパソコンである。2005年頃、発展途上国の教育分野にインターネットの活用が重視され、「100ドルパソコン」として生産、支援団体等を通して提供する計画が進んだ。
ところが、安価で使いやすいことが注目され、先進国でもセカンドマシンとしての重要が高まり、2008年頃から、その用途を目的とした機種も出るようになった。
2008年 ASUS(台湾) Eee PC:本来の目的用の例
・CPU,本体:Ultra-Mobile PC(タブレットPC)携帯端末用のPC、パソコン用と比較して安価
・記憶装置:HDDなどはなく、システム基板上にフラッシュメモリを直接搭載
・ハードウェア構成:通常のPC/AT互換アーキテクチャを採用して、パソコンとの互換性あり
iPadの出現
タブレットパソコンとは、タッチパネルディスプレイを搭載し、指や専用ペンで画面操作できる携帯用パソコンのこと。2002にマイクロソフトはタブレットPCを発表したが、あまり普及しなかった。2009年に発売されたWindows 7が「Windows タッチ」というタッチ操作系統を標準搭載したため、タッチパネルディスプレイを備えたパソコンが各社から発売されるようになった。
2010年、アップルはiPadを発売した。電子書籍閲覧で代表される多様なアプリケーションが評判になり、爆発的な売れ行きを示した。ここでのマルチタッチ操作方法は、一般のパソコンにも大きな影響を与えている。