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2019-04-21

図書館にあった未だ続く長寿シリーズ一覧

半分備忘録ではあるけれど。


かいけつゾロリ

言わずもがな、の長寿シリーズ2018年12月シリーズ64作目が発売された。

累計発行部数は3500万部を突破する大ベストセラー

『ぼくら』シリーズ

ぼくらの七日間戦争」をはじめとした青春小説

『ぼくら』シリーズ自体は完結しているものの、『新・ぼくら』シリーズでたびたび書下ろし新作が挟まれるため実質継続中。

シリーズとのクロスオーバーも含めるなら優に50は超える大御所シリーズ

マジック・ツリーハウス

海外作品だって負けちゃいないという好例。

初期はストーリーの長さの関係上、途中まで原語版の二巻分が日本語版の一巻にまとめられていた。(15巻からは1:1対応

それを加味しても日本語版では45巻が2019年1月に発売されているやべーやつ。挿絵かわいい。(原著は60巻オーバー

ちなみに原書の作者は来日時に「40巻まで書いたが(来日当時)、あと40巻ほど書く予定」と尾田っちみたいなことを言ってのけた化け物。

ウォーリアーズ』

同じく海外組。スケールやばいにゃんこ大戦争

筆者が学生の頃にはシーズン2までしかなかった気がするがその時点で読みごたえが抜群だったこから厚さは察してほしい。

現在日本語版シーズン4の第四巻まで発売、原語版は現在シーズン6まで刊行中。海外ドラマ特有翻訳待ちみたいな状況になってる。

青い鳥文庫の面々

昨今の映画化アニメ化で沸き立つ『若おかみは小学生!』(完結作品、全20巻)をはじめとする講談社児童書レーベル

かつての長寿シリーズクレヨン王国シリーズを連載していた例もあり、現在も長期シリーズは多い(ちゃん新規シリーズ作品もあるけどね!)。

現在進行形で連載している面々だけでも、『タイムスリップ探偵団』が33巻、

パソコン通信探偵事件ノート』、通称パスワードシリーズが32巻(外伝除く)、『黒魔女さんが通る』が28巻。

というか大体若おかみの同期のせいな気がする。


ちなみに大体同期?である名探偵夢水清志郎事件ノート』は新シリーズ含め15巻くらい(外伝除く)。

まあはやみね先生は他にいろいろ作品併行して書いてるからね、仕方ないね

ルドルフとイッパイアッテナ

長寿作品に目を向けてはいたけれど、最近映画化されたこれもまだ一応続いている。

現在シリーズ4作ながら発行部数は累計100万部以上のキラーノベル

作者が「5作目はそう遠くないうちに書く」と言っていたため、期待は出来ると考えられるであろう。



ざっと思いつく限りのものをまとめたけれど、当然いろいろと抜けていると思うのでまた何かの折に追加したい。

ついでに誰か挙げられてない作品があったら紹介なり進言なりしてほしい。かしこ

2019-01-12

ブギーポップは口笛を吹かない」あるいは「木村明雄の消失

アニメブギーポップは笑わない」1〜3話および原作ライトノベルブギーポップは笑わない』の内容に触れています

TVアニメブギーポップは笑わない」が放送中だ。ほぼ20年前にスタートしたラノベ原作であり、アニメ自体は二作目だが、原作の内容に沿ったアニメ化は今回が初めてとなる。

さて、そんなアニメブギーポップの「ブギーポップは笑わない」(原作シリーズ一作目)編が、最新の第三話で完結となった。平均的なラノベアニメ化としては、原作1巻を3話で消化というのは、極端に速いペースというわけでもない。それでも、もともとが5話で構成された原作を3話に再構成する上で、大小さまざまな省略・変更が発生することは避けられなかった。

そのうち、特に目についた二つの変更点について、思うところを少し書いてみる。

「君と星空を」&木村明雄

上で述べたように、原作ブギーポップは笑わない』は5つのエピソード構成された物語となっている。一話にそれぞれ主人公視点人物)が設定されており、一つの事件複数人間の目から見ることで立体的な世界が立ち上がってくる、といったような、今となっては(当時でも?)さほど珍しくはない仕掛けだ。

原作構成及び各話の主人公はこうなっている。

ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム


これがアニメでは、

ねこういう形に変換されている。話数単位で大雑把に見れば、各パートの分量はともかく原作の流れを大枠では引き継いだ構成と言えるだろう。

ただひとつ原作第四話がその主人公存在ごと抜け落ちている点を除いて。

原作第四話は、木村明雄という男子高校卒業後(事件から二年後)に、当時「失踪」した紙木城直子と過ごした日々のことを回想する、という内容になっている。

木村は、紙木城の交際相手の一人(アニメでははっきりと描かれないが原作の紙木城は木村田中を含めて複数の男と付き合っている)であり、事件にはあくま彼女を通して間接的にしか関与していない。紙木城から保護したエコーズについての話も聞くことになるが、何かのたとえ話だとばかり思っていた。

紙木城の失踪後、色々あったもの普通高校卒業普通大学生として普通生活していた彼の元に一通の手紙が届くことで高校時代記憶が蘇り……という、1話竹田と同じかそれ以上に青春小説的な色合いが濃く、いわゆる「一般人」の目線から見た章となっている。

アニメ化にあたって、章はともかく仮にも原作主人公の一人を丸ごとカットするのはあまり乱暴に思えるが、ここには一応それなりに納得できる理由がある。

第一に、事件の真の姿あるいはその存在すら知らないまま全てが終わってしまっていた、という木村明雄の立場は、程度の違いこそあれ竹田啓司(一話)や末真和子(二話)と重複している。一人一人に見える現実には限りがあるというテーマを示すためには、この二話だけで既に必要最低限のノルマは達成していると言えなくもない。

第二に、竹田と末真は以後の巻でも登場している(末真は準レギュラーに近い)が、二人と違って木村明雄は今のところ少なくともブギーポップシリーズ内では再登場しておらず、カットしても今後の展開に特に影響がない。

第三。エコーズの素性に関する情報は、原作では第四話で木村が紙木城から話を聞くという形で最初に明かされる。物語の本筋との関係においては四話の存在価値と言ってもよい部分だが、アニメでは2話後半、紙木城と凪の会話でほぼ同じ内容が補完されている。これは、原作でもそのようなやり取りがあったと事件後に凪の口から語られていたものであり(木村自分にだけ話してくれたと思い込んでいたが)、オリジナル展開というより変則的原作再現に近い。木村カットしてもそういう軽度の改変で済む部分なのだ

驚くべきことに原作『笑わない』には、凪と紙木城が親友であるという情報こそあるが、二人が直接会話するシーンは存在しない。にもかかわらず、読者にはちゃん彼女らが親友同士に感じられていたというのは小説マジックというほかないが、ともあれ、今アニメで凪と紙木城の会話が追加されたこ自体ファンにとって喜ばしくさえある。

これらの理由から、『笑わない』をTVアニメ3話分に収めるために章と主人公をどうしても一つ削らなければならないとすれば、やはり第四話と木村妥当ということになるだろう。アニメスタッフ判断は間違っていない。

間違ってはいないのだが。

口笛

原作において、ブギーポップというキャラクターはいくつかの記号によって構成されている(もちろんその全てが記号還元され得るというわけではない)

都市伝説死神世界の敵の敵、黒い帽子と黒いマントと黒いルージュ、ワイヤー、そして口笛。

ブギーポップは、常にというわけではないが誰かの前に姿を現す時、特に世界の敵と向かい合う瞬間には、なぜか「ニュルンベルクのマイスタージンガー第一幕への前奏曲を口笛で吹きながら登場する、ということになっている。

過去メディア展開でも、多くの場合はこの口笛が再現されてきた。

実写映画はあらすじの時点で「口笛を吹く死神」と紹介されているし、旧アニメファントム)ではブギーポップ登場時の口笛はもちろん、次回予告のBGMとしてオリジナルアレンジマイスタージンガーが毎回使われ、最終回ではテルミンバージョン???)すら流れるという充実ぶり。

メインの使用キャラクターではなくサポートキャラとしての出演に過ぎない、格闘ゲーム電撃文庫 FIGHTING CLIMAX」でさえ、ブギーポップはやはり口笛を吹いて登場している(実際にプレイしているわけではないので又聞きだが、そのせいで攻撃判定の発生が遅いとかなんとか)

このように、「マイスタージンガー」「口笛」はこれまで原作の内外で、ブギーポップというキャラクター作品象徴する、代名詞と言ってもいい扱いをされてきた。

原作『笑わない』では、ブギーポップは二度口笛を吹いている。一度目は、一話の竹田屋上で会話をしている時。

第一話 浪漫の騎士 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

ブギーポップが口笛を吹き始めた。明るく、アップテンポな曲で、しかも呼吸に緩急があってすっごく上手だったが、しかし口笛なので、やっぱりそれはどこか寂しげだった。

 そして、藤花は口笛が吹けないことを思い出した。

うまいんだな。なんて曲だい?」

「〝ニュルンベルクのマイスタージンガー第一幕への前奏曲さ」

「なんだいそれ」

ワーグナーって大昔のやかましロマンチストがつくった、一番派手な曲だよ」

二度目は五話終盤、早乙女を失って荒れ狂うマンティコアに追われる新刻の前に姿を現す時。

第五話 ハートブレイカー 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

 恐怖のあまり、私はついにおかしくなった、と思った。

 幻聴が聞こえだしたのだ。

 現実にはあり得ないほど不自然な曲が、目の前の並木の植え込みから聞こえてきたのだ。

 それは口笛であった。

 しかも、口笛にはまるで似合わない曲、ワーグナーの〝ニュルンベルクのマイスタージンガーなのだった。

いずれも、古くからの読者には印象深いシーンだろう。

しかし、今アニメの「笑わない」編ではこれらの口笛演奏存在しない。ブギーポップは、一度も口笛を吹かなかったのだ。

これも木村同様に尺の都合なのだろうか?

マイスタージンガーといえば、あの、ふぁーふぁーふぁふぁーという力強いイントロが印象的な曲だ。口笛でいうと、ぴーひょーろろーとなる。最低限この、ぴーひょーろろーさえ吹いてくれれば、少なくとも原作読者には「あの口笛」だと一発で分かるし、初見視聴者にも、ブギーポップというのは口笛を吹くキャラらしいということだけはなんとなく伝わっていただろう。

前回のアニメや電撃FC使用された口笛バージョンマイスタージンガーで、ぴーひょーろろーの部分の所要時間確認してみると、せいぜい2〜3秒というところだった。2、3秒。もちろん1秒24コマで動くアニメ世界での2、3秒は、日常的な感覚のそれよりも遥かに長い時間ではあるのだろう。だが本当に、今回のアニメ「笑わない」編は、ぴーひょーろろーを挿入するだけの余裕が一切存在しないほどに緊密な内容だったのだろうか。

どうしても時間が足りないなら、いっそセリフを喋りながら同時に口笛を吹かせてもよかったのではないかブギーポップというのは、そのぐらいの物理法則を超えた無茶も読者視聴者笑って許してもらえるような、良くも悪くも異質なキャラだったはずなのだが。口笛のためにそこまで冒険するほどの価値はない、と判断されたのか。

これが、今回のアニメではブギーポップは口笛を吹かない存在として設定されているということなのか、それともあくまで「笑わない」編だけの変更なのかはまだ分からない。次回からの「VSイマジネーター」編ではしれっとぴーひょろ吹き始めたりする可能性もある。しかし仮にそうなるとしても、「笑わない」で口笛を吹かなかったという事実は、もはや取り返しがつかないのだ。

原作未読者の中には、口笛が無いとなにか物語の展開に支障が出るのか?という疑問を持った人もいるかもしれない。たしかに、どうしても口笛が無ければ成立しないという場面は、原作にもほとんどない。もちろん口笛自体に、特殊振動波か何かで敵の脳に直接揺さぶりをかける、などという実用的な効果存在するわけもない。はっきり言ってしまえば、口笛は基本的雰囲気づくりの賑やかしでしかないということになる。

その意味では、削る必要はないが削ったところでどうということはない要素だったのだ、とも言える。

言えるのだが。

昔語り+α

ここで唐突に昔の話をする。

ブギーポップがちょうど一度目のアニメ化や実写映画化をしていた頃のこと。とある個人サイトにて、「実写映画になるっていうから読んでみたけど単なる化け物退治の話だった」というような『笑わない』の感想を見かけた。当時の自分シリーズ純粋ファンだったので、そのあまりにも大雑把なまとめ方に、大雑把にまとめてんじゃねーわよ!と素朴に憤慨したものだ。

しかし、今にして思えばあの感想示唆である複数視点による眩惑を取り払った一本の話として『笑わない』の本筋だけを眺めてみれば、それはたしかに「単なる化け物退治」の話でしかないのだ。

では、自分を含めた多くの読者に『笑わない』を「単なる化け物退治」ではないと感じさせた、「本筋」以外の部分とはなんだったのか。それは、自分の進路について語る竹田とそれを半ば無責任肯定してくれるブギーポップであり、

第一話 浪漫の騎士 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

「へえ、君は受験しないのかい

「うん。親父の知り合いでデザイン事務所をやってる人がいて、ずっとバイトしてたんだけど、その人が〝おまえは見込みがある。センスを感じる〟とか褒めてくれてさ、大学なんか行かずに俺のところに来いって言うんで」

「すごいじゃないか親方に見込まれ職人ってヤツだな」

“対決”を望んで走る末真であり、

第二話 炎の魔女、帰る 3 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

(そうよ──中途半端はもううんざりよ!)

 霧間凪はほんとうに魔女なのかも知れない。でも、それこそ望むところだった。

「No One Lives Forever」を口ずさむ早乙女であり、

第三話 世に永遠に生くる者なし 5 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

「……誰も、誰も、誰も、誰も、誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も………」

新刻の意志の強さを賞賛するブギーポップであり、

第五話 ハートブレイカー 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

しかし、新刻敬──君の意志の強さは見事だ。君のような人がいるから、世界はかろうじてマシなレベルを保っている。世界に代わって感謝するよ」

そして、木村であり口笛であり、そういった一見取るに足りない枝葉こそが作品の印象を形成していたのではないか

枝葉とは言うものの、ひたすら枝と葉を切り落として純化していった先にあるのは、ただ一本の幹だけがまっすぐ天を突く寒々しい樹の姿だ。口笛や木村が本筋に不必要だというなら、ブギーポップあんな格好をしている必要別にない。『笑わない』のプロトタイプとなる作品には早乙女存在していなかったともいうし、この巻に限って言えばブギーポップだって無くても成立しそうな内容だ(シリーズ全体で見てもブギーポップ世界設定の中で異物として浮き続けていている)。必要不要物差し物語を測れば究極的には、そもそもアニメ化する“必要”とは……?原作が書かれる“必要”はあったのか……?という不毛なところにまで踏み込みかねない。

ブギーポップというシリーズは、ことに『笑わない』は、この「剪定」の影響を大きく受けやす作品であるように思う。本筋に関わらない細部が、作品本質とは思いがけなく深く結びついてるかもしれない、という面倒くささがある。アニメ側にとっては、原作の味を再現するためにどこを切ってどこを残すべきなのか、という判断が非常に難しい題材だったのではないか

いや、ブギーポップに限らずどんな作品であっても、ファンアニメ化や映画化などのメディア展開のたびに、アレがないと○○本来の良さが失われてしまう!と感じてはいるのだろうけど。

まとめ

木村明雄の省略に関しては、大きな変更ではあるし非常に残念ではあるが、三話という尺を考えれば致し方ない(そもそも『笑わない』を三話でというタイト過ぎる構成の是非はともかく)

口笛に関しては、小さい部分かもしれないが逆にそんな小さいところを敢えて削る意味が分からないし、監督でもシリーズ構成でもプロデューサーでもいいので早めに誰かに何らかの説明をしてもらいたい。

ということになる。

原作から変えること自体は、いい。メディアの違いに加えて、予算時間など様々な制約もある以上、どうしたって変えざるを得ないところは出てくるだろう。だが、その変更に意図というか大げさに言うと「思想」があまり感じられないのはちょっと困る。原作から変えてまで実現したかたこととは何なのか。

前回のアニメ、「ブギーポップは笑わない Boogiepop Phantom」は、初アニメ化にもかかわらず『笑わない』のオリジナル後日談という暴挙とすら言える内容となっており、それだけにとどまらず「霧間凪一人称が『オレ』じゃない」など、原作からの変更点がいくつか存在した。当然、原作ファンから評価も当時はあまり良くないものが多かった。

しかし、ファントムというアニメからは、これが作りたい、こうした方が面白いはずだ、という意志は強く感じられた。原作からの変更点自体に納得できるかどうかはともかく、そういう姿勢を打ち出されればこちらも、へぇ……あなた達はこういう画面も話も異常に暗いアニメがカッコイイと思ってるんだ?「オレ」女はリアルじゃないって?へーえええええ……?と正面から受けて立つことができるというものだ(こめかみに血管浮き上がらせつつ)

今のところ、今回のアニメブギーポップは、原作読者の目から見ても決して悪い出来ではない。悪くはないのだが、どうも、どこに芯があるのか分かりにくいアニメ化となっているように見える。

公式が「アクションファンタジー」と銘打っているということは、「笑わない」編では終盤に集中して存在する程度だったアクション部分が徐々に増えていく、これからエピソードが本番ということなのかもしれない。たしかに、最初に公開されたPVでもアクション描写はひときわ光っていた。

次の4話からは、原作では上下巻の大がかりなエピソード「VSイマジネーター」編が始まる。そこでは、このアニメと思いきりVSできることを願っている。

追記

”『笑わない』のプロトタイプとなる作品には早乙女が存在していなかったともいうし” へえ  それどこ情報? - maturiのコメント / はてなブックマーク

”『笑わない』のプロトタイプとなる作品には早乙女存在していなかったともいうし” へえ  それどこ情報

電子版『笑わない』新規書き下ろし「後書き」。プロト版のタイトルは、「エコーズ──人喰いの谺」だって

2019-01-05

おすすめの本

 最近村上龍の『69 sixty nine』を読んだ。69と聞くとエロ小説かと思うかもしれないが、1969年佐世保舞台青春小説である村上龍学生時代経験元ネタになっていて、学校バリケード封鎖したことフェスティバルをやったことが書かれている。普段小説を読まない人でも読みやすいポップな文体で書かれていて、村上作品の中で一番読みやすい本かもしれない。映画化もされている。売れてない頃の星野源が机の上でうんこをするシーンがあるのでファンは必見だ。

2018-12-25

アニメ化直前ブギーポップシリーズ現状報告(ある程度の既読者向け)

(全て個人的見解です)

アニメの開始で、ブギーポップ懐かしい!原作いまどうなってるの?ていうかまだ続いてるの?という人々も少なからずいると思われるので、シリーズを振り返りつつ現在の大まかな状況を説明する。

今のところ明確にブギーポップシリーズとして刊行されているのは以下の22作。

  1. ブギーポップは笑わない
  2. ブギーポップリターンズ VSイマジネーター PART 1
  3. ブギーポップリターンズ VSイマジネーター PART 2
  4. ブギーポップ・イン・ザ・ミラー パンドラ
  5. ブギーポップオーバードライブ 歪曲王
  6. 夜明けのブギーポップ
  7. ブギーポップミッシング ペパーミント魔術師
  8. ブギーポップカウントダウン エンブリオ浸蝕
  9. ブギーポップウィキッド エンブリオ炎生
  10. ブギーポップパラドックス ハートレスレッド
  11. ブギーポップアンバランス ホーリィ&ゴースト
  12. ブギーポップスタッカート ジンクスショップへようこそ
  13. ブギーポップバウンディング ロスト・メビウス
  14. ブギーポップイントレランス オルフェの方舟
  15. ブギーポップクエスチョン 沈黙ピラミッド
  16. ブギーポップ・ダークリー 化け猫めまいスキャット
  17. ブギーポップアンノウン 壊れかけのムーンライト
  18. ブギーポップウィズイン さびまみれのバビロン
  19. ブギーポップチェンジリング 溶暗のデカダント・ブラック
  20. ブギーポップアンチテーゼ オルタナティヴエゴの乱逆
  21. ブギーポップダウトフル 不可抗力ラビット・ラン
  22. ブギーポップ・ビューティフル パニックキュート帝王学

(新作「ブギーポップオールマイティ(仮)」来春発売予定)

電子書籍ストアなどでは、作者本人が執筆イラストレーター共通しているスピンオフビートのディシプリン』『ヴァルプルギスの後悔』各4巻もブギーポップシリーズとして扱われているが、ここでは除外する。

ブギーポップシリーズは、刊行順の並びで大雑把に三つに区切ることができる。

12/26追記:この区切り自分個人的勝手にそう思ってるだけの便宜的なものです)

第一期(98年〜00年)
1.笑わない〜9.エンブリオ炎生

第二期(01年〜13年)
10.ハートレスレッド〜18.さびまみれのバビロン

第三期(14年〜)
19.デカダント・ブラック

各時期の特徴を見ていこう。

ブギーポップ第一期(笑わない〜エンブリオ

一般的な「ブギーポップ」のイメージを形作った初期作品群。

一見ありふれた現代日本日常の背後で、巨大な組織が絶えず暗躍し異能者が世界を変革するべく活動する、謀略論世界観。

思春期不安定な心と世界危機がいっとき交差する、叙情的・詩的な青春小説としての側面。

五人の主人公視点による五つの章で一つの事件を立体的に語る、という第一作の笑わないに代表される、トリッキー構成

ごく一部の準レギュラー的な存在を除いて、基本的新規キャラクターもしくは既存の脇役が主人公となって毎回半ば独立した物語が展開される、いわば全ての巻がお互いの「外伝であるようなシリーズの組み立て。

緒方剛志の洗練されたイラストと、鎌部善彦によるシンプルかつ洒脱なブックデザイン

少女達の間でささやかれる都市伝説であり、普通女子高生の別人格?として現れ黒づくめの格好で口笛を吹きワイヤーを操る死神もしくは世界の敵の敵……という、その他の世界設定からは遊離しているとしか思えない謎の、しかビジュアルデザインも含めて圧倒的に魅力的な存在ブギーポップ

などの点が読者から評価され、人気を呼んだ。

ラノベ流行TRPGベース異世界ファンタジーから現代ものに塗り変えただとか、現在大人気のあの作家やこのゲームライターも影響を受けただとか、当時の存在感については既に色んなところで言われているので各自Wikipediaなどを参照のこと(大げさだったり紛らわしかったりする情報もあるので眉に唾をつけながら)

ブギーポップシリーズ - Wikipedia

具体的なデータは分からないが、売り上げ的にも恐らくこの時期が絶頂だったのではないか。今回アニメ化の対象となるエピソードも、ほぼこの範囲からと見ていいだろう。

この時期で注目すべき巻、という話になると、一作目の笑わないはもちろんのこと、それ以外も全部と言うほかない。

王道ボーイミーツガールを軸に、前後編同時発売というボリューム作品世界が大きく広がった、リターンズ1・2。

予知能力者の少年少女によるささやかコミュニティがたどる儚い運命を描く、もしかしたら謎部活もの残念系の先駆と言えるかもしれない?パンドラ

閉ざされた高層建築というアクション映画を思わせる派手な舞台設定で、最終巻となる可能性もあったためか一旦シリーズを総括するような大団円が心地良い、歪曲王。

笑わないに近い連作短編構成で、シリーズ重要キャラクター炎の魔女」とブギーポップ誕生を描く、ブギーポップオリジンとも言える、夜明け。

ジレンマを抱えた創作者の心をアイスクリームに託した、ペパーミント魔術師

屈指の人気キャラクターの登場巻であり、二人の男が巡り会い激突する、シリーズ中では比較ストレートに「熱い」展開が見られる、エンブリオ二作。

以上の9巻はわずか二年の間に刊行されている。ほとんど月刊ペースで新刊を出すような恐るべき速筆ラノベ作家存在する現在ではさほど目を引く数字でもないが、当時としては驚異的なスピードだった。それが一世を風靡する大人シリーズであればなおさらだ

次に述べる第二期では、複数の他シリーズと平行して執筆していたとはいえ一期と同じ巻数を出すまでに十年以上かかっていることと比べると、初期はどれだけ筆が乗っていたのかよく分かるだろう。

ブギーポップ第二期(ハートレスレッドさびまみれのバビロン

ちょうど一度目のアニメ化、実写映画化の時期を境にして、やや作風に変化が見られた。

異能による戦闘の重視

能力存在のものは以前からさほど珍しいものではなかったが、それまでは物語の中の一つの要素でしかなかった戦闘に、武器として用いるのが半ば当たり前となった。

各巻の主人公格にはたいてい非能力者も一人は配されているし、エンブリオのような異能者対異能者の直接的な戦いがそんなに多いわけではないが、それでもいわゆる「能力バトルもの」という印象はかなり強まった。これを理由作品から離れた読者も多い、らしい

かい部分だが、能力に(多くの場合洋楽由来の)名前がはっきり設定されることが多くなったのもこのあたりからだ(言うまでもないがブギーポップジョジョの影響を大いに受けている)

・「敵」の扱いの変化

世界の敵、もしくは敵候補側の視点が薄くなり、一期のように主人公の一人として扱われることが少なくなった。これと同時に、世界の敵の動機に世直しというか率直に表現すると「人類補完計画」に類するものがほぼ見られなくなった。

異能バトル化の進行と併せて、表面的には「邪悪敵役主人公たちが討ち滅ぼす物語」という単純な構図にやや接近することになる。

構成の素直さ

多くの場合複数視点で展開されること自体は変わらないが、各視点をそれぞれ一つの章(短編)にしたり、時間を大きく前後させたりというような凝った構成はあまり見られなくなった。

霧間凪の(一時)退場

数少ないレギュラーキャラである霧間凪が、二期半ばの13作目のオルフェの方舟以降、ブギーポップ本編に登場しなくなる。恐らくは、凪が主人公スピンオフヴァルプルギスの後悔』との兼ね合いによるものだと思われる。この不在は、21作目のラビット・ランで再登場するまで長く続いた。

テーマの複雑化

言葉にしにくい部分だが、一期においてはまだ、各巻が主に何を題材にしているのかが、なんとなくではあるが伝わるという印象だった。それが二期では、テーマ的により込み入った話が多くなり、分かりやす共感や盛り上がりからは遠ざかった感がある。そのぶん作家性がより強まった、とも言えるが。

第二期の注目作としては、

霧間凪ライバル?的な存在が初登場する(以降の出番はほぼスピンオフ)、ハートレスレッド

設定上最大に近い「大物」の登場巻であり、以後、他シリーズも含めて作中世界に大きな影響を及ぼす出来事が語られる、ジンクスショップ

暗い森の中を延々と歩き回る閉塞感と晦渋さのせいか読者の賛否が極端な、ある意味で二期らしさを象徴する作品といえる、ロスト・メビウス

本当に大事なことは既に終わっているという、これまでもシリーズに見え隠れしてきたもの見方が改めてテーマとして大きく扱われ、青春とバトルのバランスの良さから?二期の中では読者の評価も高い、沈黙ピラミッド(沈ピラの愛称で親しまれている)

などがある。

ブギーポップ第三期(デカダント・ブラック〜)

現行の作品群。

近刊の最も目立つ特徴として、主に第一作品主人公格だったキャラたちが、再びメインを張っていることが挙げられる。

基本的には新規登場人物もしくは既巻でのサブキャラ主人公となることが多かったものの、かつての主役がメイン級として再登板という展開自体は一期でも二期でも存在した。たとえば、歪曲王の新刻敬、ロスト・メビウスの織機綺、化け猫フォルテッシモなど。しかし、デカダント・ブラック以降はそのようなキャラクター配置が今のところ全ての巻で一貫して見られる。

三期各巻で主人公格として再登場した既存キャラは以下の通り(カッコ内は過去の主演巻)

これらのキャラは初期作品評価に比例して人気が高く、シリーズ上でも重要人物と見られているが、彼らが登場しているからといって、いわゆる「本筋」が大きく進展するだとか、シリーズを畳みにかかっているといった気配はあまりない。相変わらず核心の周囲をぐるぐると周るような展開が続いている。

また、こうしたキャラクター配置がテーマから導かれたものなのか、それともある種の商業上の要請によるもの(早い話がテコ入れ)なのかどうかも不明

それ以外の傾向としては、概ね第二期のそれを継承した形になっている。ただ個人的に一つ気になる点として、新規キャラクターの「格」の低下ということがある。

あくま作品から受ける印象だが、三期で初登場した新キャラ達には、作者の思い入れというものがあまり感じられない。戦闘能力の強弱などの問題ではなく、良くも悪くも人格的な面で個性が薄く、その内面に寄り添い掘り下げるような視点も弱くなっている。

特に世界の敵もしくは世界の敵に至らない程度の「悪役」の造形はこの傾向が強い。あからさまに傲慢だったりするいけ好かない人間として登場して、実際にいけ好かない人格のまま説教されたり死んだりして退場する、というケースがほとんどを占めている。

また、主人公視点人物として再登場している一期のメインキャラ達はたいてい洞察力に優れ、過去の巻で既に何事かを成したいわばひとかどの人物であるため、彼らの視点で描かれる新キャラはいっそう底の浅さが浮き彫りになってしまうというキャラ格差問題もある。

世界中の誰しもが、たとえ一見取るに足りない存在であっても世界の敵になり得る、というようなテーマの反映なのかとも思うが、それにしてもクソ雑魚ナメクジに過ぎるし、そういう「敵」ばかりではさすがに辟易してしまう。なにより、たとえばあのスプーキーEですら持っていた、人格の複雑さ・意外性というものほとんど感じられないのは寂しい。

悪役なら悪役でいいので、せめて初登場時点では、恐ろしさや底の知れなさをもう少し演出してくれないものだろうか。あるいはいっそ、無理に毎回新規キャラを多数登場させることを控えて、ほぼ既存キャラだけで話を回し始めてもいい頃合いではないかと思うのだが……ムーンライトに一度だけ登場したカレー屋など、もっと掘り下げてほしい旧キャラも既に十分以上に存在することだし。

というかいい加減ストレンジ書いてくれ。

まとめ

自分の目から見たブギーポップシリーズのこれまでと現状は、こんな感じだ。

結果的に後半はほとんどネガキャンのような書き方になってしまったが、そういう意図は毛頭ない。むしろ、こんな風に不満を持ちながらもなんだかんだで楽しく追い続けている読者もいるぐらいには今も魅力的なシリーズなんだよ、ということが言いたかった。信じてほしい。

今回のアニメ化の影響で原作が売れたり読まれたりするとしても、そのほとんどはアニメ化の範囲であり新装版も出る第一期、それも前半に集中することだろう。だが、これを機会に未読の二期・三期作品にも手を伸ばしてくれる元読者がたとえ一人でも現れてくれるなら、非常に嬉しい。読んだら一緒に文句を言おう(文句言う前提)

この増田への批判反論は大いに歓迎する。内容が何であれ、ブギーポップへの言及は増えれば増えるだけありがたい。

2018-10-06

anond:20181006202832

なくもないんだよなあ。

まり現実に近い世界高校生とかがセックスすると生々しくなる。

リアリスティック描写が売りの青春小説か、完全にエロにふっきれた作品しかなくなる。

そこへ行くとファンタジーだと描写を盛り込みやすい。

2018-08-20

anond:20180820130253

女性向けに人気があるのはいわゆる「悪役令嬢」というやつ。

乙女ゲーム世界に転生して…という感じで、設定自体異世界転生ものと大して変わらない。

全体として男女ではっきり分かれてるわけじゃないか

悪役令嬢じゃなくても「本好きの下剋上」や「薬屋のひとりごと」なんかは女性人気が高いんじゃないかな。

あとは総合ランキングに載るほど主流ではないが青春小説恋愛小説もそこそこ多い。

日テレビで映画放送されていたらしい「君の膵臓をたべたい」もなろうで人気があったやつ。

BL・TLはさらに別サイトムーンライトノベルズ)に隔離されている。

2018-06-12

ラノベ読んでる40代おっさんは、すぐ他人に「死ね」という。40代おっさんが「死ね」ってどうなんだ。幼稚すぎるというか、あまりにもグロテスクじゃないですか。

しょうもない青春小説もどきを読んで「いい話だなあ」とか言ってるんですよ、彼ら。萌えラノベバカにしながら、そういう似非青春小説がすごい文学だとでも思っているみたい。感動が好きなんだよね。ピュアなんだよね。40代になっても。でもそんなピュアおじさんたちが「死ね」という。自分の好きなもの批判されると「死ね」という。自分の大好きな感動できるラノベは崇高なものなので批判など死に値するというわけ。このピュアさ。ろくに人生経験読書経験もないから本当にいいものがわからない。陳腐で幼稚な感動ストーリーを本物だと思い込んでるんだよね。そんなの普通の人は20代のうちに卒業するんだけど。

まあラノベ読んでる40代おっさんピュアなのはいいや。そういう人はまあ見下される対象なのかもしれないし、個人的にもグロテスク存在だとは思うけど、まあそこはいい。とにかく他人に「死ね」とか簡単に言わないでほしいね。きみたちが「死ね」と言ってしまうのは単に想像力がないからだ。きみらはラノベ読んでる俺たちは想像力が豊かと思っているだろう。でも実は逆なんだよ。

2018-03-20

大人小説

もう30を過ぎ小説を読んでも前程楽しめなくなってしまった。

恋愛小説青春小説面白いけど今更感が底にある。

歴史小説とか仕事小説にすりゃいいのかな。

2018-01-27

anond:20180127105527

死ぬほどありきたりで申し訳ないけど、マンガだと「ヨコハマ買い出し紀行」とか

少女終末旅行」も世界観廃墟だけど少女たちの日常だよね

速水螺旋人スペースオペラもの男爵にふさわしい宇宙旅行」や異世界戦記SFもの大砲とスタンプ」とか

他にもマンガで探すなら少女マンガを漁るのをオススメ

日常SFの傑作がめっっっっちゃあるよ

あるんだけど今ちょっと思い出せないから詳しい人に譲るわ…

小説だとコメディもの連作短編集をあたってみるといろいろあるよ

国内だとちょっと古いけど神林長平の「親切がいっぱい」あたりかな、海外だとさらに古いけど「ホーカーシリーズ」とか、個人的には好きだった

ジョン・ヴァーリイの六世界シリーズテクノロジー進化しすぎて常識が今とは全く異なっている世界青春小説めっちゃ面白い

最近面白かったのだと「明日の狩りの詞の」とかラノベ版「山賊ダイアリー」って感じで楽しいイヌかわいい

叙情的でスケールデカいのもアリなら「火星年代記」とかもギリギリ日常ものに入るかもしれない

パッと思いつくのはこれくらいか

ミュータントがうろついてて性別年齢が手軽に変えられる近未来とか、ファンタジー異世界とか、宇宙生活する移民たちとか、データ化済みですとか、SF日常バリエーション豊富でいいよね



※「小説で」って書いてるの読み落としてたスマ

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620084444

 現代ライトノベル価値観から言えば「ブギーポップは笑わない」「ロードス島伝説」「イリヤの空、UFOの夏」などを挙げたい。

 まずブギーポップ作品評価のものは一段落ちるが、当時ファンタジー全盛の商業文学ジュブナイル業界においてこのような作品が許される、という前例をぶち上げた点として小説のもの電撃文庫合わせて評価されるべき作品として推薦できる。奈須きのこ西尾維新が打って出る決心に影響を与えた功績もある。

 次にロードス島伝説ロードス島“戦記”ではなく“伝説である。よく名作として戦記が挙げられるし、お題としては知名度観点から戦記の方が適切かもしれない。しかし今一度読み直せばその評価思い出補正に過ぎないことは明確だ。そしてその思い出は伝説で具現化されている。完成度の高いファンタジー小説一角として推薦した。

 最後イリヤであるが、青春小説として読後感もよく、完結作品として非常によくまとまっている。ただ感性が若く豊かでなければ素直に評価しづらいという部分はあるのは否めない。中学生までに読むことができたかどうかで評価が別れる(個人の感想です)僕は中学生の時に読めて幸せです。

 そして「ソードアート・オンライン

 これは間違いなく、誰もが認める名作扱いしてもよいだろう。だがちょっと待ってほしい。この作品ライトノベルか?

 別に定義論争をシたいわけではない。僕は「あなたがそうだと思うものライトノベルです」派だ。その立場から言わせてもらう。

 SAOWEB小説です。異論は認めるWEB小説としては「無職転生」に並ぶ誰もが認める名作だろう。だが断じてライトノベルではないのだ。これだけは主張したかった。

 次点として「銀河英雄伝説」「デルフィニア戦記」といった有名作品、ややお題からずれるところとして「星の大地(冴木忍)」「傾物語西尾維新)」「帝国の娘(須賀しのぶ)」「聖刻シリーズ千葉暁)」「とある飛空士への追憶犬村小六)」「ROOM NO.1301新井輝)」など推薦したい。

 またライトノベルWEB小説は別の文化であるということを踏まえた上で、WEB小説側としては「ソードアート・オンライン」「無職転生」「本好きの下剋上」、次点として「異世界迷宮の最深部を目指そう」「レジェンド・オブ・イシュリーン」を挙げたい。

2017-01-31

[]

ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよを読んだ。うーん。甘酸っぱい青春小説を謳っているけど、個人的には微妙読書感だった。

第一において、全編を通して何がやりたいのかがわかりにくかった。ハッキング技術邁進する小説が書きたいのか、お悩み解決系でいきたいのか、恋愛を主軸に据えたいのか。いまいちピンとこなかった。

要素自体はたくさん含まれてるんだけど、それらがうまくかみ合ってないというか一体感が感じられなかった。

友人の恋愛が失敗する展開とか、未来がよくわからない高校生らしさを反映しているのかもしれないけど、なんんか微妙。できれば最後で先輩がわからないなりに真剣に悩んでいる友人のことを認めてあげてもよかったんじゃないかなあ。

そもそも主人公恋愛意識すればいいのに。小夜子との関係性が恋愛といえなくもないんだろうけど、最後まで読んでなんかぐっと来ない。いたるところで日数が経ちすぎ。

他にも、例えばパソコン部の部長にしても、友人の妹にしてみてもぱっと出すぎてうまく機能してないように感じられた。というか、ミステリで言うところのワトソンポジションから終始主人公が脱却できないのが全部悪い。

あまつさえ最後最後でもワトソンポジションのままこれからも小夜子のことを守っていこうとか決意を固めちゃってるからひどい。

少しは向上心を持ってほしい。多少なりともパソコンについての知識を蓄えようとか、あるいは将来についてある程度の道筋を見出すとか。

それすらなく、昔のことを回想して、忘れちゃってたけどもう迷わない、みたいな決意を固められても困る。そうじゃないだろう。

もっと一点に特化するなり、それぞれの要素を磨き上げた方がよかったんじゃないかなあって思った。

2016-12-16

[]

いとみちの三巻を読んだ。表紙がとってもかわいらしい。この巻でシリーズは完結するみたいだけど、主人公はもちろんのこと、本作に出てくる登場人物スピンオフがこれからも読んでみたいなあって思った。

全体を通して感じたのが、長く穏やかに続くエンドロール的な読書感だった。というのも、本作には主人公いとの成長過程があまり描かれているように感じられなかったのが原因。

あるいは最終部に書かれていた一段、

何か、劇的な出来事きっかけに……(中略)……目には見えない速度でゆっくり少しずつ変わってきたのだ。きっとこの変化を、成長と呼ぶのだろう。

ってところに全てが現れているんだろうと思う。内容的にも高校生活も終わりで、受験もあって環境も、これまでの生活も変わる。終わってしまう。その、それぞれの日々が紡いだ結果が、いとの成長として穏やかに描かれていた。

でもってひしひしと感じたのが、目標を定める尊さや、一途に突き進むことへの美しさだった。いと自身選択もそうだけど、先輩メイドである智美の踏ん張りも素敵だった。本当に読んでいて気持ちほっこりとする。

あんまり嫌な登場人物が出てこないのがいいんだと思う。一日一日を丁寧に着実に、しっかりと生活している感が伝わってくるから、心地のいい読書感とともに実生活をちゃんとしなきゃと思わせてくれる作品だった。

もちろん、毎日毎日そうじゃないんだろうけど。でも、たぶん新しく入ってきたメイドこまちゃんは、これからきっといとが過ごしたような日々を暮らすんだろうな。また新たなスタートです。

他によかったところで外せないところといえば、なんといっても津軽三味線セッションがとっても格好良かった。でもってハツヱばあちゃんはハッスルしすぎだと思った。

主人公の大きな特徴であり、シリーズの根幹をなす設定の一つではあるんだけど、あんまり描写されることがない三味線。このあんまり描写されないってのがみそで、こまちゃんとのバトルは文字だけだけどしびれるものがあった。

内容以外だと、個人差はあるんだろうけど、文章が読みやすいってのが特徴として挙げられると思う。越谷オサム小説中高生にもおすすめです。

階段途中のビック・ノイズ漫画化されてるけど、本作もメディアミックスされればいいなあ。それこそ、智美の描いた漫画現実なるみたいな感じで。

あったかいけど、決してぬるくはない、真摯で穏やかな青春小説でした。なにかしらの形でつづけ!

2016-10-11

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「いなくなった私へ」と「青の数学」を読んだ。どちらも軽快に読み進められたので満足でした。

まずは「いなくなった私へ」の感想言葉は悪いけれど。凡庸文章だなって思った。とても読みやすかったんだけど、はっと目を見張るような文章ではなかった。見方を変えればくどくどしさも嫌みなところもない中庸文章だといえると思う。

登場人物の年齢や、現代舞台青春小説であることもあって、小説すばる新人賞に応募する作品雰囲気が似てる気がした。高校生大学生なんかにおすすめかもしれない。

この小説は生まれ変わりの物語なんだけど、読書中になんども異世界召喚もの主人公について思いをはせてしまった。

ほとんど読んだことがないのにこういうことを書くのもあれだけど、異世界召喚物の作品って、体感したことがなかったり、知り合いが誰もいない世界に急に放り出されるのに、結構簡単に状況を受け入れちゃうのが多い気がする。

もちろん、帰れないことや変える方法主題を置いた作品もあるんだろうけど、人生をやり直そうって思えるところや、やるしかないと腹をくくれるところがすごいなって読んでもないのに勝手に思ってしまった。

「いなくなった私へ」は、現実世界に生き返るんだけど、死んでしまった自分から生き返った自分が切り離されていて、誰からも同一人物認識されない苦悩がじっくり描かれていたから、余計に異世界召喚物の主人公のことを思ってしまった。

内容でちょっと不思議に思ったのは、どうして樹まで転生してしまったのかってところ。梨乃の血を浴びたからなんだろうけど、梨乃の死体検視した人も、場合によっては転生してしまうんじゃないのかな。

検死官は地に直接触れないか大丈夫なのかな。あるいは作中にあったように、理不尽な死に対してしか転生減少は発生しないのだろうか。ちょっと気になる。

悪人役以外どの登場人物もすがすがしい精神の持ち主だったので心安く読み進めることができた。三人の現状を考えるとビターな終わり方だけど、しんみりしながらもどこか爽快感もあるのが素敵。優しいミステリー小説になっていた思う。


次「青の数学」の感想。当たり前のように続き物だったのが悔しい。けど、数学を取り扱った小説SF以外だと初めてだったので新鮮で面白かった。

この小説文章ちょっと不親切だと思う。過去の回想への導入とか、誰目線の心象なのかとか、不明瞭でちょくちょく手が止まってしまった。

また登場人物がどういうわけかうすぼんやりと感じられて、地の文名前が出てくるんだけど、誰だこいつってなることが多かった。特にキフユが誰のことを指しているのか、随分と進んでからじゃないと気がつかなかった。

ジャンクフードを食べるように読んでいるのも問題だとは思うんだけど、なんかわかりにくい文章だった。

また全体的に透明な文章になっていたと思う。タイトル通り。青く透き通ってるんだけど、情緒に訴えるところが弱い気がする。独特の読書感を与えてはくれるのだけれど。

内容としては、本当に続刊ありきの終わり方をしているので、中途半端だなあって思った。数学バトルの場面や、数学の先に見える風景など、見せ場はあるんだけど、しっかり着地してないのが残念。

ただ、高校までの数学に対する決められたルールの中でパズルを解くようなものだっていうのには強く首肯してしまった。感覚にわかっていたことが言語化されると気持ちがいいのです。

よくない気がしたところばかり書いたけど、恋に挫折に挑戦にと、静謐な筆致ながらもこれからますます盛り上がりそうな展開なので、続刊に期待です。

2016-07-09

anond:20160708004344

女神転生作品かとおもっちゃったけどw

あとらすに喧嘩うってるのかっておもったけどw

 

からそういうのはもう読まないよ。

青春小説なんて結局リビドー自己承認欲のごった煮にすぎない。

地獄の釜を見に行くなんてものずきだねえ。

2015-07-12

http://anond.hatelabo.jp/20150712192921

娘とセックスできるかよボケエエエ!!!!!

こちとら青春小説ネタになりそうな退廃的で背徳的な一夏の経験が欲しいんだよおおお!!!

2014-10-08

http://anond.hatelabo.jp/20141007183612

20代の頃は「周りの人たちから漏らしているとばれないだろうか」と自意識が過剰に働いていたのですが、何度もやっていたら当たり前の作業になりました。

ただし、「スカトロ扱いをするな」と憤慨した表情で無視されたり、脱糞だと思ったら単にお尻がポッコリしている人だったりする危険性もありますね。漏らしたふりをして黙って席を立ち、近くに立っているアホそうなお兄ちゃんに漏らされるのも悔しいし……。山田詠美青春小説『ぼくは勉強ができない』の爽やかな主人公のように、「電車の席でいちいち漏らすのは面倒くさいから電車の中では脱糞しない」というマッチョな選択ができたらカッコいいですよね。

2013-08-28

中高時代にやらなくてちょっと後悔している事リスト

勉強もだけど、それ以外で今思うと残念だなぁと思う事。

ちゃんとしたニキビケア

「大人になったらニキビ出なくなるよ」「綺麗に治るよ」と周りの大人に言われ続けてたけど見事にあばた顔に!

逆に思春期にあれだけ悩んでたムダ毛は施術料金がお安くなりましたのでツルツルに。

ニキビ痕のレーザー治療はまだ高い。あと思ったより効果が…。

青春小説映画を読んだり観たりしなかった

キラキラした青春 という概念から距離を置いていた。すっぱいブドウ的な。

そう考える事自体が自意識過剰なんだけど、「客観的に見た自分容姿価値」みたいなのは置いといて

物語主人公ヒロイン共感したり一緒に泣いたり笑ったりしなかった。

結局巡り巡って、そういう未熟さが見下しや理屈ごねの頭でっかちになるのかもしれない。

今改めて観ても面白くなさそうだしなぁ。若いっていいね!みたいなのが先にきちゃうとね。

いろんな映画や本にあんまり触れなかった

子供の頃に観るのと歳食ってから観るのとで

作品や登場人物に対する評価が変わる事って結構あるんじゃないかと思うけど

「あの時は○○だと思ったけど、こないだ見たら何か感想変わったわ」みたいな体験が少ない。

「あの映画子供の頃に是非見るべき!」みたいなおすすめ話も出来ないし。

あと「ポーラX」とか難しい映画観たりもしたけど、それは自分にとってはあんまり意味無かった。

理想生活自分に憧れを持たなかった

自分高校にも進学出来て凄く幸せなのだ、と信じて生きていた。今以上を望むのは贅沢だと思っていた。

ぼくのかんがえたさいきょうのいんてりあ とか ぼくのかんがえたさいきょうの自分 とか。

とりあえず無難に、みたいな考えだった。真剣妄想したら人生もっと変わったかもしれん。

『人はなろうとした人物しかなれない。だからといって必ずしも良い条件に恵まれるわけではない。

だが、なろうという意志がなければその人物には決してなれないのだ。』 ってドゴールも言ってるし。



この頃は音楽ばっかり聞いてたな。

まーでも後悔してる事の中で一番生活に影響出てるのって、今の所はニキビかなぁ。

中高生ニキビに悩む人に声を大にして言っておくクレーターアイスピック痕だけは作るなよいいか絶対だぞ

2013-05-29

まねして本の紹介 その1

http://yuma-z.com/blog/2013/05/student_books/ という人のエントリを見て、自分も(学生じゃないけど、)読んで楽しかった本をまとめてみたくなった。

この長い本の紹介を読んで、読んでくれる人や、ほかにおもしろい本を紹介してくれる人が続いてくれたら自分はうれしい。まだ微修正中で、加筆・修正するかもです。

これから紹介する本の順序について、あまり意識していないけれど、なんとなく読んでいる人が多そうな順。下に行くにつれて、読んでいる人が少なくなっていくと(書いている自分は)予測してます

このエントリで紹介するのは以下の本です。つづきは http://anond.hatelabo.jp/20130530045256 で。

火車

宮部みゆきさんの小説。一人の女性が婚約後にいなくなってしまう。主人公はその女性の捜索を頼まれて、懸命に消息を追う。そして、調べていくうちに、現代資本主義社会の底しれぬ闇が見える――。

とても有名な作品で少し前にテレビドラマにもなったようだ。物語の始まりが冬の寒い時期のせいだろうか、自分は冬の時期に読みたくなる。三日間くらいで読了できるとおもしろさが持続すると思う。

読まれる方は、Wikipediaのあらすじにネタバレの要素があるので注意されたい。Amazon書評にも、ややバレる要素があるかな。この小説についてはあまり詳細について語ると魅力が半減してしまう気がする。読まれる方はできる限り事前の情報収集を避けて読んでください。

フェルマーの最終定理

1995年にそれまで350年にわたり証明されなかったフェルマー予想が証明された。そのフェルマー予想をテーマにしたノンフィクション。著者はサイモン・シンさん。翻訳は青木薫さん。

著者のサイモン・シンさんはこの後紹介する「ビッグバン宇宙論」においてもそうだが、説明がとても丁寧だ。わからないことを教えてもらおうとして、わかっている人に聞いたときに下手な比喩でたとえられて、全くわからないという経験をした人は自分以外にも大勢いるだろう。サイモン・シンさんの比喩はわからないという気にならない。なぜなのだろうか。

数学テーマにした本なので、数学が嫌いな人は手に取ることもないかもしれない。しかし、そういう人もぜひ読んでみてほしい。というのも、この本は数学の「問題そのものを解く」ということが主題ではないから。むしろ数学の問題はどのように生まれるのか、それを解こうとして350年にわたり数学者たちがどのような試行錯誤を続けていったのか、そのもがき苦しんだ歴史の本だからだ。

海外の本はしばしば翻訳調とでもいうべきか、文が堅く読みにくい感じがすることもあるけれど、この本はとても翻訳が丁寧で読みやすい。青木薫さんのすばらしい仕事だ。

自分は単行本ハードカバー)で読んだ。文庫版だと新しい翻訳者あとがきなどがついているかもしれない。

一九八四年

ジョージ・オーウェルが書いた小説ユートピア物質的・精神的に豊かになる、健康長生きできるといったような人間社会幸せで良い方向に向かう社会小説の反対、ディストピアを描いた小説

ここまで暗く描かれるとむしろ読む方の気分は明るくなるような、そんな気にすらさせてくれる小説。ただし、それは読後の感想であって、読んでいる最中は暗いままだけれど。

村上春樹さんの1Q84はもしかしたらこの小説に関連があるのかもしれない。今ググったら、どうやらそうらしい。自分は村上さんの方は読んでいないので何も言えません。(すみません

この小説が書かれた時期も意味があるし、この小説の中で登場するニュースピークという言語体系の設定は、そもそも言葉とは何なのかを考えるきっかけにもなるだろう。

火車と同じくWikipediaはあまり見ないで読み始めた方がよいだろう。

将棋の子

大崎善生さんの小説純粋小説というよりも何割かはノンフィクションかな。

自分は将棋のことは駒の動き方くらいしか知らないのだが、羽生善治さんやほかにも何人かくらいは将棋指し(棋士)の名前を知っている。この棋士の方々は、奨励会という将棋プロ養成する機関の中で勝ち上がってきた人たちだ。勝ち上がってきた人は晴れて棋士になるわけだが、では、「敗れ去った人たち」はどうしているのだろうか。その人たちをテーマに据えた小説だ。

この小説はけっこうずしりとくる。最初に挙げた宮部みゆきさんの「火車」は小説範疇ということもあるせいか、なんとなく怖さを感じることはあるが、現実的な切実さ、哀しさまでは感じないかもしれない。この「将棋の子」は、何かを一生懸命やってうまくいかなかった人の哀しさがよくわかるし、そういう体験をしてきた人(あるいは今そういう一生懸命何かに取り組んでいる最中の人)にはこたえるものがある。

冗談でしょう、ファインマンさん

ファインマンというアメリカ物理学者自伝エッセイ集。著者はリチャード P. ファインマンさん。翻訳は大貫昌子さん。この本もすばらしい翻訳だ。

エッセイ集ということもあって、好きなタイトルから読み始めることができる。エッセイ集なんてつまらんだろう、などと思っている人は読んでみてほしい。物理学者とは思えない言動の数々と、物理学者からこその言動が少々。そして、その間に驚かされるような洞察が垣間見えるのだ。場合によっては論語みたいな読み方もできるかもしれない。

全般に明るく楽しく描かれているけれど、これは意図的なものだろう。第二次世界大戦のロスアラモ時代には、自分の心にとどめるだけの悲しい出来事も数多くあったのではないか、と自分は想像している。

最後の「カーゴ・カルトサイエンス」の節はできれば最後に読んでほしい。この節だけは特別だ。物理学がわかれば、もっとファインマンさんのことをよく知ることができるのだろう。それができないのは残念だ。

プー横丁にたった家

プー横丁にたった家」は「くまのプーさん」の続編だ。「くまのプーさん」というと、単なるハチミツが大好きな黄色っぽいクマだと自分は思っていた。そうではなかった。

この本は子供向けの童話だと思われるかもしれないが、読んだことのない大人の方も読んでみてほしい。自分も大人になってから読んだ。著者はA.A. Milne。翻訳は(童話ジャンルでは高名な)石井桃子さん。

プーさんはもともと、著者が自分の息子に聞かせるためのお話だったようだ。こんな話を子供時代に聞かせられたらすごいことだ。

ところどころでプーさんが代弁する著者の考え方は、Amazonレビューにもかかれているけれど中国の思想家のような、どこか超然としたところがある。このクマがほかの動物たち(と一人の子ども)に向かって話しかける姿が良い。それとプーさんと行動をともにするコブタピグレット)が健気だ。自分は大人になってから読んだせいか、出てくる動物たちの役割に目が向いた。すなわち、物語の筋よりもおのおののキャラクター人間のどういう面を強調したものなのかを考えてしまいがちだった。子供の頃に読んだならば、もっと無邪気な読み方ができただろうと思う。

ビッグバン宇宙論

サイモン・シン氏の2作目の紹介になる。翻訳も前に紹介した「フェルマーの最終定理」と同じ青木薫さん。(本自体は「フェルマーの最終定理」→「暗号解読」→「代替医療トリック」(共著)→「ビッグバン宇宙論」、で四冊目だ)

大人になるにつれて、子供の頃に「なぜだろう」「どうしてだろう」と単純に不思議に思えたことへの興味がだんだん薄れていくと思う。すくなくとも自分はそうだった。どうして鳥は飛べるのに人間は飛べないのだろう、なんでお風呂に入ると指がフニャフニュになってしまうのだろう、どうしてテレビは音が聞こえたり絵が見えるのだろう、泥だんごはうまく丸くなってかちかちに固くなることもあるけど、そうでないこともあるのはなぜだろう、カブトムシはかっこいいけど、クモはすこし気味が悪いのはなんでだろう…、などなど。

そういう疑問の中で、人間がずっと追いかけて考えてきた疑問の一つが「この人間が生きている空間はどういうものなのか」だろう。その考え方の歴史をまとめたものがこの本だ。この本をひもとくと、この百年の間に予想もし得ないことが次々に見つかったことがわかる。ビッグバンという言葉ほとんどの人が知っていて、宇宙は一つのから始まったと言うことは知っているだろう。意外に思えるけれど、今から百年もさかのぼれば、ビッグバンという言葉すらなく、そう考えている人も科学の世界において異端扱いされていた。

宇宙論という非常に大きなテーマを扱っているため、「フェルマーの最終定理」よりも分量があって読むのが大変かもしれない。ただ、自分が読んだ単行本ハードカバー)には各章にまとめがついていて、おおまかな筋はそこを読めば追えるように配慮されていた(これはうれしい配慮だ。)文庫版のタイトルは「宇宙創成」のようだ。

読み終わったら、ぜひ上巻のカバーと下巻のカバーのそれぞれの色に着目してほしい。

モンテ・クリスト伯

今まで見てきた本を読むとわかるかもしれないが、あまり自分は昔の小説を読むことがなかった。一つには風俗文化が違いすぎて、いまいちぴんとこないからだろうか。そう思って昔の小説を読むことがほとんど無かったけれど、このモンテクリスト伯おもしろかった。著者は三銃士でおなじみのアレクサンドル・デュマ。翻訳は竹村猛さん。自分は上に挙げた岩波少年文庫版を読んだ。

復讐劇の代表的な作品だそうだ。「それってネタバレでは?」と思う方もいるかもしれない。そうと知っていてもやっぱり楽しい。引き込まれるようなおもしろさがある。

少し前に「レ・ミゼラブル」が映画になって、そちらの原作も良かった。境遇何となく似ているのだけれど、「レ・ミゼラブル」が愛の物語なのに対して、モンテ・クリスト伯純粋復讐劇だ。その痛快さ。モンテ・クリスト伯超人的な活躍が楽しい

自分はまだ一回しか読んでいないせいか、下巻の最後の方のあらすじはうろおぼえになってしまった。もう一度読む楽しみが増えた。今度は岩波文庫版で読もうかな。

喜嶋先生の静かな世界

森博嗣さんの小説。もともと「まどろみ消去」という短篇集の中に「キシマ先生静かな生活」という短編があって、それを長編ににしたものだ。

(科学系の)研究者世界とはどういうものなのかを丹念に追った小説であり、若干の事実が含まれているのかな?と思っている。森博嗣さんは某大学研究者であった(今では退職されたようだ)人で、その知見がなければ書けない小説だろう。

Amazonレビューを見たら、「自分には残酷小説だった」というレビュー内容もあった。自分は、心情、お察しします、という気持ちだ。ただ、主人公は喜嶋先生と出会えたことは僥倖だったに違いない。この小説の中で登場する喜嶋先生名言は、本家よりもむしろ心に残る。

自分の中では「将棋の子」と双璧をなす青春小説だ。

謎のギャラリー

北村薫さんが選ぶミステリーを中心とした選集。あるテーマを設定して、そのテーマの中で北村さんが編集者と対談形式でさまざまな物語を紹介していく形式だ。テーマは「リドルストーリー」であったり、「中国の故事」であったり、「賭け事」であったりと様々だ。

編集者との対談は実際の編集者ではなくて、北村さんが頭の中で生み出した架空の「編集者であるけれど、この対談がとても読んでいて楽しい気持ちにさせてくれる。いろいろな本が紹介されて読みたくなる。そういう罪深い(?)本だ。これを元に幾冊か叢書が組まれた。

その叢書の中で、自分が気に入ったのは「私のノアの箱舟」と「なにもない猫」だ。このシリーズはまだ全部読んでない。だから、気に入ったものは変わるかもしれないし、増えていくだろう。

自分は中国の故事や旧仮名遣いの本は読みづらく感じてしまうので、「真田風雲録」は読めないかもしれないなあ。

伝記世界を変えた人々 (いろんな人の伝記 図版が多く読みやすい)

海外の人を中心にした伝記シリーズ。主に子供を対象としているためだろうか、シリーズ全体として、文は平易で図や写真を多用している。そう書くとありきたりな伝記に思われるかもしれないが、装丁、ページの中の文と写真の配置の良さが際立つ伝記集だと思う。

全体として、割とマイナーな人も取り上げていたりするし、平和に貢献した人たちを取り上げている点も特徴だろう。気になった人がいたら、その人を読んでみてほしい。

星新一 一〇〇一話をつくった人

星新一は、多くの人がショートショートと呼ばれる一連の作品群で読んだことのある作家だろう。その人の評伝だ。著者は最相葉月さん。

星新一さんはその作品を読むとところどころに冷徹さが垣間見える。その冷徹さがどこから生まれたのかがわかるだろう。もともと幸せ境遇に生まれ育ったが、途中からどうしようもない災厄に見舞われるからだ。それだけが冷徹さの理由ではないだろう、ほかにもこの本を読めば思い当たる点がいくつかある。それらも書くと紹介としてはやや度が過ぎるのでやめておく。

最後の方で著者は有名な芸能人にもインタビューする機会を得て、実際に星新一さんについて尋ねる。そこも印象に残る。その芸能人はちょうど星新一さんの逆の人生をたどるような状況になっている。

自分はこの評伝を読んで、がぜんショートショートに興味を持つようになった。

リプレイ

SF小説はあまり読んだことがないのだけれど、この小説は良かった。著者はケン・グリムウッドさん。翻訳は杉山高之さん。

SFのよくある設定として、「もし過去に帰ることができるとすれば、その人の人生はどう変化するのだろうか」というものがある。その王道設定を利用して、すばらしい小説になっている。

この小説が書かれた時代1988年なので、やや風俗文化の描写が21世紀の現代と比べて現実離れしている点があるけれど、それを差し引いてもすばらしい小説だ。

まりあらすじをかかない方がよいだろう。http://anond.hatelabo.jp/20130530045256 で紹介する「心地よく秘密めいたところ」と全然違う話なのだけれど、自分には似たものを感じる。

自由への長い道

この本は近年読んだ中で最も良かった。

自由への長い道は南アフリカ共和国アパルトヘイト人種隔離政策)が撤廃されるまで闘った人々のノンフィクションだ。著者はネルソン・マンデラさん。翻訳は東江一紀さん。

アパルトヘイトという言葉とその意味何となく知っているけれど、それが具体的にどんなものかを説明できる人は日本の中で多くないのではないかと思う。ネルソン・マンデラさんとその仲間たちは、それをなくそうと政治活動を繰り返す。そしてその度に時の政府の激しい妨害に遭い、その結果そういったグループを作ること自体が違法になり、グループの首謀者たちは収監されてしまう。そこからが圧巻だ。

いかにしてそういう逆境の中で自分の政治信条を保ち続けるか。自分たちの仲間を増やして支持を広げていくか。そして時の権力機構に対して、アパルトヘイトの「非道さ」をアピールし、撤廃にこぎつけるか――。

仲間の反乱分子スパイへの対処国際社会へのアピールなど、常人には思いもよらない方法アパルトヘイト撤廃に向け前進してゆく。ところが、前進したと思ったら後退したりすることが何度も繰り返されるのだ。

この本はネルソン・マンデラさんがアパルトヘイト撤廃後の大統領に選出された直後に出版された本なので、結末に近づくにつれてかなり筆が鈍って、慎重な言い回しが増えていく。現在進行形のことを縷々書くと信用問題になるからだろう。それでもこの本は読んでいて楽しい

この本を読んだ人は「ネルソン・マンデラ 私自身との対話」もぜひ読んでほしい。自分もまだ途中までしか読んでいないが、より素直なネルソン・マンデラさんの言葉と考え方がわかると思う。(「自由への長い道」についての言及もある。)

ほかにも映画インビクタス」や、「マンデラとデクラーク」など、映像作品もある。後者の「マンデラとデクラーク」は「自由への長い道」と同じテーマだ。ついでに、youtubeにあった国連広報映像日本語訳付き)もリンクしておく。


つづきは http://anond.hatelabo.jp/20130530045256 で。

2012-08-07

http://anond.hatelabo.jp/20120807010620

おたく的な青春小説なのかもしれない、と思った。

原作は読んでいたけれど放送にきちんと追いついていないか比較できないが。

ありがちなおたくな学園ものにはなってない。たぶん。

から換骨奪胎とか原作レイプとかの誹りは免れないけど、あのセリフ回しを大幅改編していたら全然良くなったと思う。

見てみたい。

ただ、リア充な友人からココロコネクトおすすめされたという個人的な経験から、改変は不要なのかもしれない。

あれでいいという人もいる。

  

原作からして微妙。大絶賛、というほどではない。

ケータイ小説のような薄っぺらな登場人物。リア充物語ライトノベルという様式。

こうしたものが不調和を起こしているようにも感じる。

こてこてのライトノベル青春小説けがすばらしいとは言わないけどさ

70、80年代青春っていうと、何となく音楽に連なったイメージが浮かぶのだけれど、それ以降の年代にとっての青春って何なのだろう。

巷に溢れている青春小説を読んでると、昭和後期の描写が出てきたりするんだけど、わからないことが多いんだよね。

私は平成世代で、つまるところゆとり真っ只中なんだけれど、その人達にとっての青春年代で言えば、90年代青春ってものの具体像がつかめない。

もっと言えば、2000年代青春もわからない。現代小説でもサブカルちっくな漫画でもファッション誌や音楽雑誌ネットでもなんでも使って探してみればいいのだろうけれど、めんどくさい。

そもそも、90年代青春期として見られていないようにさえ思える。そんなことないのかもしれないけど。

私達の青春って一体何だったのだろう。テレビ? アニメ? ゲーム? 今の子インターネットなんだろうか。

音楽史とか分野別に見ていけばぼんやりとした若者文化構造が見えてくるのかもしれないけれど、これといってパンチのある特徴がないような気がしてならない。

言い換えれば、そんな多様性、無個性こそが特徴なのかもしれないけれど、ありとあらゆる事柄が先鋭化していって、その結果希薄化しているような気がする。

2012-06-18

青春ラノベ10戒的なもの

http://d.hatena.ne.jp/evataka/20120617#p1

のはまちの感想がとても素晴らしく、かつ個人的にはとても共感する。

もちろんこういう人達の書いたものをべた褒めするのって

こういう人達にとっては罵声を投げかけるのよいずっと嫌がらせなんだって、ってわかっててやってますが、

個人的にはマジで素晴らしいと思ったのでしょうがないよね。

いちいち表現が素晴らしいと思うの。


オタク向け恋愛小説ってホントめんどくさい

青春小説を消費するのにわざわざ卑屈にならなければならない文化圏というのもあるんだろう。

オタクジャーゴン援用で青春小説やろうとすると誰が書いても同じような雰囲気になる。常に作為的なテンションで読まされる

・もう今のラノベニヒリズムという言葉さえ扱えなくなってしまったんだ。もっとさあ、学校部活への破壊願望とかさ、あるだろ。制度保護されながら問題を先送りとかめんどくさいわw もう孤高とかどうでもいいやん

・この作品は人間関係とか学校制度ギャグにはするけど本当のところはそれらを憎んでないからつまんないんだよなあ。小説家私小説ではなくて注文に合わせて書かれたラノベもの

ネットスラングとしてのぼっちの、共感前提の厭世観・・・

・多くの青春ラノベは出力にいたるまでがハイコンテクストなのであって、作品で行われる行為はどちらかというとベタに「こんな青春理想だったと思わせること」が商品としての目的

ぼっちって何巻も続けられるネタじゃないね。うん。なんかもうほとんど普通の事しか言わなくなってるもの。同じギャグをずっと続けると愛想笑いしないといけなくなるから友達同士でもツラいやん?間をあまり空けずにオタ趣味一人称読むと「ツイッターのTLのほうがおもしろい」って思いはじめる。

はがないと同様に男の主人公いらねえなw はやくラノベ流行少女主人公になりますように。

昨日ブログやめたGAWの人の表現を借りると「うんこの臭みを抜く技術が高すぎる」んだよね。

ものすごく清潔で、無味無臭な感じで、そこにフレーバーがのってる感じのうんこ

もはやそれはライト小説ですらなくて、ラノベだろ(何言ってんのかわからない)



この人の批判はコンパクトで読みやすい。

さらラノベに求める方向性というのがこれまた短く表現されていて良いです。

・オッサン読者のリアリズムねじ伏せるくらいの暴力

共感できる少年

パッチワークの軽薄さの中で切実なエモーション

・他人を不必要に貶めないだけでずいぶんまともに見える。

このあたりをまとめて「青春ラノベ10戒」みたいに掲げるレーベルが出てきて欲しい。そしたらそこのレーベルの本全部買ってもいい。

もちろん、すべてのラノベがそれを守るべきとか眠たいことを云うつもりはないので誤解なきよう。私がそういうの読みたいだけ。


やっぱり、オッサン向けと若者けがごっちゃになって混じってる今の状況って作品選ぶ際にすごく問題だと思う。 

ネットで声の大きいインフルエンサーがオッサンばっかりなものから

そういう人達ウケるような作品を出さなければ、と意識が働いてしまうのかもしれないけれど、

声はあげないが、「おっさん向けな感じがしない、自分たちのための作品」を求めてる中高生ってもっと多いと思うけどな。

甘やかすでもなく、かつオッサン見たく達観してしまうのでもなくというバランスってあると思うんだ。

顧客の絞込みはもっとちゃんとやろうぜ。



実際、私は強さとか思慮深さなんかより、若さを感じさせる強い感情や動機をこそ読みたいと思うわけです。

それってラノベじゃ出来ないのかな、と。若者を対象とした小説なのに?

確実にそういう作品が大量にあると思うが、

いちいち自分で発掘するのめんどくさいから「えーラノベってそんなこともできないの?」と煽ってみたくはなる。

ぬるオタなら「嫌なら読むな、ラノベ以外を読めばいいじゃん」と云うだろうが、

本気でラノベを愛してる人なら「こういう作品があるぞ」と教えてくれるはず。




追記:オススメありがとうございます。 脱兎リベンジ買ってみた。ぷりるんはちょっと保留します。

2011-01-16

http://anond.hatelabo.jp/20110116001912

適当ラノベシナリオをまとめてみるけど、最近ラノベの方が恋愛要素多いよね。

いでに昔のラノベの主人公は最初から強かったけど、今は無能力が多い。(代わりにヒロインが万能だったりする)

初期のラノベ

スレイヤーズ

Lv9999の俺Tueeeeee集団が魔王とか倒す話。恋愛要素は薄い(アニメカップリング要素が強化)。

最後は「人間のせいで仲間の1人の中に眠っていた魔王が覚醒し、それを倒す」というかなりバッドエンドに近い内容。

神とか魔王とかテンプレ的な世界観を扱いながら、「人の心の闇」も同時に扱ってるのが魅力なんじゃなかろーか。

指輪物語のような正統ファンタジーに対するアンチテーゼとして生まれたが、現在では学園ファンタジーなどが流行った影響で正統ファンタジーの一派に含められてしまっている。

オーフェン

Lv99の主人公が世界を滅ぼす神と対峙する話。恋愛要素は薄い。

最後は「バリアがあるから神が襲ってくるんだ、魔王の力を得て竜族が作ったバリアを解除しちゃえ」というオチで、その後世界がどうなったのかは語られない。多分平和になったんだろう。

広げた風呂敷の割にオチは微妙だったと思う。

ブギーポップ

異端者を葬るブギーポップという多重人格を持つ少女を中心とした群集劇。恋愛要素は弱め、群集の関係を描く一環として描かれる。

全体的なテーマとしては「ハグレ者」として生きる人間、「ハグレ者」として斬られる人間のラインを語るような感じ。たぶん未完結。

1巻が一番面白かった。エンブリオまでは大体面白かったけど、そこからはいまいち…。

最近ラノベ

涼宮ハルヒの憂鬱

世界を作り変える異能を持った少女を中心とした青春小説。主人公は無能力

男性向けハーレクインロマンス」という表現はむしろこっちの方が当てはまる。

世界を作り変える能力を持ってしまった、わがままお姫様を満足させるために主人公たちがあれこれ立ち回る。

ハルヒが満足すると異能がなくなる設定のため、早々にハルヒ能力がなくなって話が動かせなくなって、無理やりライバルキャラを増やしたり展開を引き延ばしてる感が酷い。

もしも高校生女子マネージャードラッガーマネジメントを読んだら

http://www.amazon.co.jp/review/R92LAB0MXPIE0/

このレビューが的確。要するに困難に対してマネジメント引用して解決するという形で、マネジメントの内容を紹介する青春小説

ご都合主義すぎてマネジメント胡散臭いカルトのようになってしまっているのはご愛嬌マネジメントを除けば運動系部活王道展開。

化物語

異能に取り付かれた少年が、同じように異能に取り付かれた少女が救済されるのを見守る青春小説。主人公は弱い。

西尾維新特有のセリフの掛け合いが見所であると同時に、そのくどさが脱落者を生んでいる。

オチを乱暴に書けば「好きになった男に彼女ができてしまったために悲嘆して自殺を図る」という感じ。

2010-11-16

『もし高校野球女子マネージャードラッカーの「マネジメント」を読んだら』とキチガイ

僕も読みたいのだけど、キチガイで毎日幽体離脱乖離を繰り返している自分にとって

何かプラスになるだろうか。それとも青春小説のように楽しめるのだろうか。暗いふち

が待っている。流行小説を読みたいという願望と僕の中の暗い部分はまったくもって

一致しない。結局こういう風に僕は死んでいくのだろうか。あの世のことばっかり考え

ている僕が『もしドラ』を読むことに何か意味があるのだろうか。素敵なあの世生活が

待っているのだろうか。僕には意味が何一つつながらない。ここまで書いてようやく

もしドラ』が『まねじめんと=人を管理すること』に気付いたよ。結局僕とは何だっ

たのだろう。

2010-10-27

http://mikemaneki.blog.shinobi.jp/Entry/277/

しかし、それにしても昔「苺ましまろ」がアニメ化する際に伸ねえが女子高生から女子大生になった経緯を鑑みると、

なんというか緩くなったなぁとは思いますね。

今でも「タバコを吸う女子高生」が登場する原作アニメ化される機会があれば何らかの処置は取られると思うよ。

やがて、「スレイヤーズ」「スクラップド・プリンセス」等により、ハイファンタジーは読みやすく世界観ちゃらんぽらんファンタジーになりました。

ライトノベルという言葉が出てきたのもこの頃でしょうか。

スレイヤーズは90年、スクラップド・プリンセスは99年。この人の言うような流れがあったとして、後者の頃には既に拡散しきってました。

そこにはゴクドーくんやフォーチュンを代入すればいいと思う。

ライトノベルがまだジュブナイルだったころ、つまり80年代前半に流行していたのは氷室冴子久美沙織などの青春小説に近いものでしたし。

それまで少年向けレーベルの作品の話してたのになんで急に氷室冴子久美沙織が出てくる

2010-08-27

http://anond.hatelabo.jp/20100827132348

あからさまに読者を釣りに行ったもしドラと、Webの片隅で好き勝手に書かれたまおゆうだと、やっぱりちょっと違うと思うんだよな。

青春小説擬態したおっさん向け経営書」と「ファンタジー要素が多分に入った経済小説」。

おっさんが後者も買うかっつーと…。

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