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はてなキーワード: 馬の骨とは

2021-01-15

anond:20210115200037

どこの馬の骨とも知らないフリゲ作家のエサ代に消える投げ銭

VTuber見てる人間たちの前で自己顕示欲を満たせて本人から直接反応もくれる投げ銭じゃ

根本的にちがう

2021-01-10

ネット議論したところで意見は変わらない

ネットでどこの馬の骨とも知らない奴と議論したところで自分意見なんか変わらない。

なのになぜ我々は戦うんだろうか……?

2021-01-08

フェミ宗教」いや、宗教バカにするなよ

現実世界では新型ウイルスが猛威を振るい、緊急事態宣言まで出された中、ネットではフェミニスト(と自分では称している)とアンチフェミニスト特にツイッター上の)が今日今日とて喧喧囂囂とやりあっている。


やり取りを眺めていると、飛んでくるはずのない飛沫までが可視化しそうである

かかる舌戦最中アンチフェミニストが偶に「ツイフェミニスト宗教のようだ」と言い出すことがある。

男女問題には大して意見もないが、これは少々いただけないと思う。


まず、我々は様々な宗教に浸かって生きている。

よく言われることかもしれないが、12/25はキリスト教に倣ってクリスマスを祝い、年が明ければ氏子の如く神社に参拝し、冬の寒さで誰かが逝去すれば寺で葬式をあげる。

もし宗教がなければ、師走も田暇となりそうな勢いである。

日本人無宗教などと言われることもあるが、そんなことはない。元来八百万の神と生きてきた我々は世界中の神や神秘を広く受容できており、むしろ無宗教からは程遠い。

よって相容れないものを「宗教」と称するのは不適当である


次に、宗教には明確な教義体系がある場合殆どであり、それは学術的な研究に裏打ちされたものでもある。

宗派それぞれに教義歴史がある。

禅宗などは古来、師から弟子相伝されるものであり、おいそれと教えを口にすることなどできないのだ。

また、宗教には派閥があり、派閥同士戦うこともあれば、穏健な論議が交わされることもある。日本の寺では、檀家の見る前で曹洞宗浄土真宗の僧が教義について議論するなどいうイベントもよくある。現代フェミニズムの「一人一派」とは意味が違う。

そして、多くの宗教研究は、世界中のあらゆる学府で高名な研究者たちによって、今も行われている。

まり宗教者の発言と誰でも片手でできるインターネット上のツイートとはそもそも質が異なるものである

修行に邁進し、得悟した者の教え」と「どこの馬の骨発言かも分からないが「いいね!」が沢山付いているツイート」を並列に扱うのは冒涜に近い。

いいね!」を付けている者が宗教信者のように見えるのかもしれない。しかし、「救いや教えを求めて日々祈りを捧げ、文献を読漁り、社会奉仕を続ける宗教信者」と「気に入らない発言的外れ文句を垂れ、そのくせ自分へのあらゆる批判を「クソリプ」と決めつけ、自分けが不幸そうな顔をしている強い女メーカーアイコンの人」は同一視するべきではない。


そんなことを考えていたら、「ツイフェミニストカルト宗教のようだ」という発言が目に入った。

それはアンチフェミニストお互い様だろう、と思いつつそちらはやや納得した。

2021-01-05

乙女ゲームBLとして楽しむ自称腐女子

BL言い訳に使うな

「私は腐女子でただの壁だから自己投影してないから~」

夢小説読んでる夢女と同じだから言い訳のために腐女子にすり寄るな

夢小説をBの名前にしてA×Bとして読んでる」これは完全にBの張りぼてを使って自己投影を誤魔化しているだけだろ?

Aに愛されることしか考えてないからどこの馬の骨かわからない女をBにして楽しめるんだもんね?Bのことなんかどうでもいいんだよね?ただの言い訳だもんね?

乙女ゲーBL目線プレイしてます!とかぬかす女も同じだよ

イケメンがこっちに話しかけてちやほやしてくれるゲームをして喜んでいるけど男同士の恋愛を眺めているだけです!自己投影してません!

嘘つけ

ただの美少女ゲームならともかくギャルゲー百合ゲーとしてプレイしています!とか言う男がいて信じられる?

少女漫画ヒロインヒーローBLだと思って読んだりするの?

自分ねじ込んで喜んでいることへの言い訳BLを使ってるだけだからそんなわけないよね

腐女子面しないで夢女名乗ってろ

グラン受けぐだ男受けしか描かないやつも同罪

2020-12-15

anond:20201214210301

まじでこれ。義勇さんじゃないけど何自分人生よくわからん馬の骨に委ねてんの?っていう。

2020-12-11

「謎は解けたよ、ワトソン君」

きゃわわ

きゃわわである

しかし、福原遥にはもう、まいんちゃん面影はないのだった

YouTubeを眺めながらそう思うのだ

世の娘のいる父親は皆このような心境になるのだろうか

パパと結婚する!と言っていた娘が、お父さんのパンツと一緒に洗わないで!になり、

そしてどこの馬の骨だか分からん男とあんなことやこんなことやそんなところまでやるのである

うんちをしないアイドルもいつかうんちをするようになるのである

ガッカリである

しかし、まいんちゃんはもういないのである

まいんちゃん代替となる娘を探すしかないのである

2020-12-05

平家の落人だけど源氏平氏マジでさないか

源平の合戦という呼び方一般的だが、これは実は正しくない。我々平家はもともと関東拠点を持っていた平貞盛の子孫だ。従兄弟の将門が俺たちを関東から追いやったのでやむなく伊勢に逃れたのが平家の始まりだ。その後、苦労を重ねてようやく都で出世したのに、それを妬んだのが関東バカ平氏どもだ。殺し合いしか能がないのを嫌々雇ってやったのに、米を送れといっただけで逆ギレして源氏の流人やらどこの馬の骨とも知らない源氏の弟やらを担ぎ出してきやがった。いいか平家じゃない人間人間じゃないんだよ。バカ平氏もも源氏カス共も奴隷なの?わかる?俺たち平家に口出しできる分際じゃないの、わかる?それがなんだ?源氏カス共を担ぎ出して俺たちが悪いように言いたてやがって。お前らはあと30000年くらい関東で殺し合いでもやってろよ。

話がそれてしまったが、最初の話に戻すと、源平の合戦ではなく正確には平平合戦なのだよ。へいへい合戦でもぺいぺい合戦でも何とでも呼ぶがいい。

源氏が許されるのは後三年の役までだよ?

2020-11-22

anond:20201122013307

途中のスタッフロールが無言でめちゃくちゃ怖かった

良く知ってるラディカルな奴らが並んでるならまだしもどこの馬の骨とも知れないスタッフだらけだし

2020-11-20

カラオケYouTubeに公開したい

一人カラオケが好きで万人受けしなさそうな曲をある程度綺麗に歌えるようになるまで練習する…ということをもう10年以上続けている。

このフレーズはどういう風な発声で歌おうか?とか、ブレス位置がどうだとか、ファルセットの部分もうちょっと息がもれる感じにしたほうがいいんじゃないか?とかそんなことばかり考えている。

おかげさまで3オクターブ半の声域とそれなりに豊かな声量、自由自在ビブラートにヘッドボイス、ファルセットチェスト、ウィスパーなんでもござれな状態になったが、

くそぼっち陰キャのくせに変に歌唱がこなれていることが却って悪目立ちするので宴会場のような場所で歌うことがより一層嫌になってしまった。

それでもやっぱりうまく歌えたときの達成感を誰かと共有したいと思ったり、他者から客観的な反応を聞いてみたいと思うこともある。

いや一人でずっと過ごしてきてだんだんと閉塞感を抱くようになっていて、それを打破する手立てとして外に向けて何かしたいのかもしれない。

ということでカラオケで歌っている様子をYouTubeアップロードしようとしたが、Contents IDで弾かれ一般閲覧不可になってしまった。

そりゃそうだろと思われるかもしれないが、これは僕にとって予想外だった。

YouTube弾き語り等のカバー動画であれば難なく公開される可能性が高い。YouTubeJASRAC包括契約を結んでいるため、YouTubeで公開する範疇ならば好きに楽曲二次利用ができるのだ。

バズが楽曲のヒットに起因しがちな現代では、本家音源をそのままアップロードするといった著作隣接権接触する事例であっても、広告収入著作権所有者に与える措置動画の公開が容認されるケースも多い。

カラオケを撮って出ししたようなラフ動画散見されるので、どうにかそのような形でContents IDスルーできるのではと期待していた。しかアーティストコピーであるカラオケ音源とそれに付随する映像を、さらに流用してネットに公開するという事例は権利関係が複雑すぎるらしい。調べるとDAMJOY SOUNDはこういった動画を見つけ次第YouTubeに削除申請を出しているようだ。

実のところ僕の動画で通告があったContents IDカラオケ映像に使われていたアニメ本編の映像DAM関係ないのだが、それをDAM内の別の映像差し替えてなんとか公開できたとしてもいずれ削除されてもおかしくない。

テレビ画面の転載みたいなビジュアルでは擁護仕様がない。

なら楽器演奏するなりインストを用意するなりしてDAWミックスすればいいじゃないかという話になるのだろうが、いわゆる歌い手として扱われてしまうのは不本意なのだ

僕は友達に聞かせる延長の様な感覚自分と似たようなヒトカラ好きに気楽に聞いてもらいたい。ネットちょっと有名なアイドル的な何かを目指しているわけではない。

ギターは弾けるし耳コピ作曲もちょびちょびやってはいるので、いっそ弾き語り編曲を考えてオリジナルトラックを作ろうかとも思うがそれだと純粋カバーになってしまう。

どこの馬の骨ともわからない限界YouTuberが歌手気取りでオーディエンスより一段高いところから聞かせるという風を吹かすのは見ていてまったく面白くない。

そういうのは藤井風みたいな奴じゃないと成り立たないのだ。

素人歌唱動画なんて片意地貼ってないゆるーいカラオケの様子だからこそ醸し出されるかくし芸的な様相があって辛うじて視聴に耐えるのだ。

同じ歌の上手い素人でも、文化祭の記録映像路上ミュージシャン野次馬撮影テレビカラオケ大会なら印象はまるで違う。お膳立てされていればいるほど人は斜に構えてみてしまう。

僕がやっていることなんてキーの高いアニソンに挑戦してみるとかそんなことなので、わざわざそこに勝負をかけたいだなんてガチ気持ちさらさらない。

ただそこそこ上手く歌えてそれが嬉しくてその気持ちを誰かと共有できたらいいなと思っているだけ。

うだうだしてしまっているが、歌唱動画アップロードしようと思い至ったきっかである星野ディスコを参考にして

インスト音源自分ボーカルを重ねるスタイルでとりあえずやってみようと思う。画像はなんかチワワとか可愛いフリー素材に歌詞のっけとけばいいだろもう。

2020-11-17

私たちホームレスの人々を取材する理由 rewrite

私たちホームレスの人々を取材する理由

夫婦ホームレス取材をして3年ばかりの月日が経った。当初からその取材活動に疑問と懸念を投げかけてくる人々が跡を絶たない。考えてみれば当然だ。彼らが何故ホームレスという立場になったのか、百人百様の人生を得た末の今なのだろうが、想像するによい経緯は考えられない。世の中から忌避され、近づく行為奇行と捉える人がいても不思議ではない。

現在夫婦でこの取材に取り組んでいる私達ではあるが、このプロジェクトきっかけは妻である私の原体験が基となっている。

20年以上前新宿駅地下街は家を無くした人々のダンボールの手製の住処がひっそりとは呼べないと程の規模で一つの社会を為していた。

今では考えられないであろう。身銭を稼ぐためだろうか、駅のあちこちから拾い集めた古雑誌安値で売る者すらいた。

その日、幼い私は親に連れられそんな新宿駅まで来ていた。目に映ったのは、彼らの建てたダンボール小屋だった。秘密基地様相を持つそれらの簡易的な建立物に興味を持った私は見えない内側も確かめようと近寄ろうとすると、母に無言で引き止められた。その時の母の気色張った様相に、この場所で暮らす家のない人々は”近寄らざるべき人々”であり”場所”であり”社会であることをうっすらと理解した。

そのような記憶を留めたまま、大人になった私は街の角々で時折見かける彼らの姿に、違和感に近い興味を感じていた。禁止されればより気になるとはよく言ったものである

これがホームレスと呼ばれる人達への取材を行う我々への疑問に対する返答と呼ばれたら、もう少し先の取り組みに進んだ今の私達には少し合わないものではあるけれども、この事が漫然とした興味であったことは間違い無い。


ホームレスの人々と接する。

興味を持った以上、手始めに行ったのがインターネット検索だった。自宅からそう遠く離れた場所では無い所でこの問題に取り組む人がいるのか、まずはそんな事を知りたかっただけかもしれない。

検索結果は田舎ホームレス支援を小規模で行っているA氏を叩き出した。何も知らない私達であっても、その道の活動を行うA氏を通じてであれば、家を無くした人々から警戒される事もないだろう。

2017年12月24日。A氏は我々をホームレスの方々への食事支援する手伝いとして連れ出してくれた。その時出会った彼らこそが今も続けて会いに行く「おじさん」達である

初めて会う相手自己紹介をし、相手の紹介を受け徐々に打ち解けるというのがよくある関係の築き方ではあるけれど、ここでの流儀は少し異なる。「おじさん」達には、本名は明かす事による不都合や、ここに至った過去情報他人に明かしたくない気持ちを抱えた人々もいる。事情配慮して、汎用的な呼称である「おじさん」を使えば、我々も、「おじさん」も、気楽にお互いの話が出来るようになれる。

これはA氏に教えてもらった、家を持たない人々と交流する上での基本である。おじさん達からしたら新参者のどこの馬の骨とも解らない夫婦第一印象が「無礼者」であったとしたら完全にアウトだし、我々からしても本意ではない。おじさんたちの気持ちを慮ると過去に繋がる話を自分からはしない事が大切な事だった。

A氏はホームレス支援活動として、インスタント食品や保存が可能食材、周辺のパン屋農家にて余らしたものをおじさん達に届けていた。これらの活動不定期に、A氏の余裕がある時に行われているという事だった。

我々が同行したその時も、差し迫る暮の只中という事もあり更に冷え込む寒中に備え、厚手の靴下、年越し用の日本酒作業にも使える軍手等、僅かに豪華な届けものを揃えていた。

食材日用品仕分けし、一人ひとりにその品物を配り歩くと、おじさん達は丁重にお礼をいいながら受け取り、特に中身を気にする素振りもなく世間話を始めるのだった。


想定外だったホームレスの方々の姿。

A氏に案内を受け、「おじさん」達と交流を続けるうちに、どのひとも気さくなことに気づいた。

A氏からアドバイスにもあったのだが、おじさん達はよく話す。話の切り上げどころが全く無いと言った具合だ。全員の話を聞こうとすると一日作業になってしまう。

失礼ながら、ホームレスの人々は声なき人々、つまり無口な存在と思い込んでいた私の想像との違いに驚きつつ、そのまま導かれるように彼らの住まいに上がらせて貰うと、家、竈、物干し、食料等を自前で賄っていた。


(おじさん達の家の棚の写真

(おじさん達の竈の写真

(おじさん達の物干し台の写真


おじさん達は森や河川敷個人個人が住みよい場所を作り上げている事も気づきの一つであった。

ダンボール古布に佇む都会のホームレスの印象しかなかった私達には、おじさん達を今までの先入観にあったホームレスに括る事など出来ない。それほどまでの有機的な住むための場所が出来上がっていた。

突然現れた我々に当初の不安程は訝しげに思われる事もなかったのだけれども、逆におじさん達は我々が興味を持っている事に不思議がった。支援者としてのA氏のような人が現れる事はあっても、自分たちを題材として記事を書く為に訪問するような我々は物珍しかったようだ。

一人のおじさんが一台の自転車を見せてれた。そのやり取りが心に残ったのを今でも覚えている。

それはそれまでの日常では出会たことの無い感覚で、おじさん達との会話であったからこそ気付くことの出来た、当時の我々の中にあった先入観だった。


リユース偏見と。

自転車は誰しもが使える交通手段である。それはおじさん達にとっても同様で、荷を運び、移動したりと、色々と有用である。人から貰った自転車でも、不法投棄されてた自転車でも丁寧に手入れをし、慈しんでいる。

2台ある自転車のうちの1台はメンテナンス中ではあったものの、自転車の荷台にはプラスチックボックスが取り付けられ、雨に濡れることなく中にいれて物を運べる様になっている。フレームも塗り替えられ、綺麗に使い易くカスタマイズされていた。

おじさん達が不法投棄から見つけた物を使い勝手よく改造していた事に驚いていたのだが、それはそもそも我々の中に、ホームレスは所持品に対して綺麗さや使い勝手の工夫という要素とは無縁に違いないという偏見があることに気づかされた。誰であれ、自分が使うものは慈しみ、綺麗で使い良い方が自分も嬉しいはずなのに、その「誰でも」の中からおじさん達を除いていたのだ。私は恥じた。

このときは初回の訪問ということもあり、細かい生活状況やこれ以上の工夫について見ることはままならなかったのだが、この時のカスタマイズされた自転車を見た時のような発見は、それから以降もおじさん達を訪問するたびに様々な形で表れることとなる。


「家がない」ところから生活を維持する為の工夫」という基盤に対して工夫をするという事に気づいた私達。

興味から始まったと言って差し支えのないこのプロジェクトであるが、A氏を介して田舎河川敷で「ホームレス」という立場であれど、誰とも変わらず生活を営む為の術があることにきづき、

それまでの偏見先入観にあったイメージの「ホームレス」と彼らの姿には大きく差異があり、この時の驚きはそれからも続く彼らの生活への興味と、知りたい欲求と、取材を通して人に伝えたいという気持ちを強くしていった。

近寄った距離と、浮き彫りになる問題と。

車で一時間程でおじさん達の居住地に到着する。訪れるごとに違う世界がそこにあることに気づく。

おじさん達の暮らし時間に縛られることもなく、さながら毎日続くキャンプかのような日々を過ごしている。

ミニトマトが徐々に熟し始めている写真

勿論中には決まった時間に起き、食事を取り、外回りをして身なりを整え寝るというおじさんもいるだろう。

家があれば営まれるだろうそのよう生活に、基本的安心があることは否めない。


我々夫婦田舎河川敷ホームレスの人々を3年継続して取材を続けられているのは、この安心が得られないような状況で、人がどのようにこのような異世界とも呼べる限界生活という状況に折り合えばいいのか、どう生きれば日々を些かにでも楽しく過ごせるか、そしてどうやって状況を脱していくのかを共に考えていきたいという気持ちからだ。

我々がおじさん達のような路上生活をする事は今の所考えていない。今のテクノロジーに囲まれ生活を手放して自分を保てるような自信は、まだない。

出来たらそのような日が来なければいいと思っている。おじさん達だって本当だったら同じ気持ちだったはずなのだ

ただ、人生というのは何が起きるのか解らない。「今既に起きてしまったもの」を無かったことにするのは不可能だ。

その上で、家のない、おじさん達とともに過ごして得られた知見や工夫がどうにかして我々の生活普遍的で同じであるかという事を探していきたい。

取材を始める前に我々が抱いていたような偏見先入観を持った人々はきっと他にもたくさんいる。

今はお金があることによって支えられているこの生活は、病気や不運や失業や様々な事で覆される事があるかもしれない。家がないおじさん達は、お金のある安定と安心生活からは程遠い。

不遇とも思われる生活を営んではいるが、人を驚かせ、惹き付けるだけの力のある変わらない人間だ。


時折、ホームレスに対して心無い言葉を掛ける人がいる、

おじさん達と同じ立場の人には見知らぬ人に暴力を振るわれ、犠牲になる人々もいる。何故わたしはそんな事が起きるのだろうといつも不思議に思う。

取材を通して彼らを「見知らぬ街のホームレスから不定期に会う家のないおじさん達」に見るようになった私達は

彼らが異質な別の生き物ではなく、同じ人間生活する力を持つ、普通の人々であることにもっと目を向けてほしいと思った。

いま行っているこのプロジェクトと呼んだライフワークと今後の記事を通して、我々が彼らから学んだ世界を誰かに伝えることができたら幸いである。





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こちらの投稿ベースは昨日炎上したcakesの「ホームレスを3年間取材し続けたら、意外な一面にびっくりした」https://cakes.mu/posts/31615(筆者;ばぃちぃ)の記事を基にしたものとなります

筆者によるホームレスを魅力的なものとか過剰なまでの生活に対する華美な書き口が炎上の原因ではないかと仲間内でも話題になったのですが取り組みとしてはそんな批判を受けるようなものには思えませんでした。

これを描かれた筆者は更に若い中学生高校生が、社会偏見ホームレスという状態になられた方を悪く思わないように、もっと認識を高めて貰おうとあえて軽い書き口にされたのではないかなとか私は思うのです。

とはいえ配慮のない表現はどうなのとは思うのですが)

華美な要素(苦しい生活を魅力的と称する。覗き込む、警戒される、等異質のものと扱う表現、あえておじさんという呼称を修飾的に使うことにより、異質のものと分ける表現)を出来る限り排除して構成をほぼ変えずに再記述を行い、筆者の意図勝手に汲み取り想像で改変し加筆を行ってみました。

そうしたら(主観的には)そんなに不愉快でもない感じになりましたし、筆者の行っている活動賛同できました。

こんな増田の影からですが、ばぃちぃさん達を応援しています。頑張ってください。

私たちホームレスの人々を取材する理由 rewrite

私たちホームレスの人々を取材する理由

夫婦ホームレス取材をして3年ばかりの月日が経った。当初からその取材活動に疑問と懸念を投げかけてくる人々が跡を絶たない。考えてみれば当然だ。彼らが何故ホームレスという立場になったのか、百人百様の人生を得た末の今なのだろうが、想像するによい経緯は考えられない。世の中から忌避され、近づく行為奇行と捉える人がいても不思議ではない。

現在夫婦でこの取材に取り組んでいる私達ではあるが、このプロジェクトきっかけは妻である私の原体験が基となっている。

20年以上前新宿駅地下街は家を無くした人々のダンボールの手製の住処がひっそりとは呼べないと程の規模で一つの社会を為していた。

今では考えられないであろう。身銭を稼ぐためだろうか、駅のあちこちから拾い集めた古雑誌安値で売る者すらいた。

その日、幼い私は親に連れられそんな新宿駅まで来ていた。目に映ったのは、彼らの建てたダンボール小屋だった。秘密基地様相を持つそれらの簡易的な建立物に興味を持った私は見えない内側も確かめようと近寄ろうとすると、母に無言で引き止められた。その時の母の気色張った様相に、この場所で暮らす家のない人々は”近寄らざるべき人々”であり”場所”であり”社会”であった。

そのような記憶を留めたまま、大人になった私は街の角々で時折見かける彼らの姿に、違和感に近い興味を感じていた。禁止されればより気になるとはよく言ったものである

これがホームレスと呼ばれる人達への取材を行う我々への疑問に対する返答と呼ばれたら、もう少し先の取り組みに進んだ今の私達には少し合わないものではあるけれども、この事が漫然とした興味であったことは間違い無い。


ホームレスの人々と接する。

興味を持った以上、手始めに行ったのがインターネット検索だった。自宅からそう遠く離れた場所では無い所でこの問題に取り組む人がいるのか、まずはそんな事を知りたかっただけかもしれない。

検索結果は田舎ホームレス支援を小規模で行っているA氏を叩き出した。何も知らない私達であっても、その道の活動を行うA氏を通じてであれば、家を無くした人々から警戒される事もないだろう。

2017年12月24日。A氏は我々をホームレスの方々への食事支援する手伝いとして連れ出してくれた。その時出会った彼らこそが今も続けて会いに行く「おじさん」達である

初めて会う相手自己紹介をし、相手の紹介を受け徐々に打ち解けるというのがよくある関係の築き方ではあるけれど、ここでの流儀は少し異なる。「おじさん」達には、本名は明かす事による不都合や、ここに至った過去情報他人に明かしたくない気持ちを抱えた人々もいる。事情配慮して、汎用的な呼称である「おじさん」を使えば、我々も、「おじさん」も、気楽にお互いの話が出来るようになれる。

これはA氏に教えてもらった、家を持たない人々と交流する上での基本である。おじさん達からしたら新参者のどこの馬の骨とも解らない夫婦第一印象が「無礼者」であったとしたら完全にアウトだし、我々からしても本意ではない。おじさんたちの気持ちを慮ると過去に繋がる話を自分からはしない事が大切な事だった。

A氏はホームレス支援活動として、インスタント食品や保存が可能食材、周辺のパン屋農家にて余らしたものをおじさん達に届けていた。これらの活動不定期に、A氏の余裕がある時に行われているという事だった。

我々が同行したその時も、差し迫る暮の只中という事もあり更に冷え込む寒中に備え、厚手の靴下、年越し用の日本酒作業にも使える軍手等、僅かに豪華な届けものをを揃えていた。

食材日用品仕分けし、一人ひとりにその品物を配り歩くと、おじさん達は丁重にお礼をいいながら受け取り、特に中身を気にする素振りもなく世間話を始めるのだった。


想定外だったホームレスの方々の姿。

A氏に案内を受け、「おじさん」達と交流を続けるうちに、どのひとも気さくなことに気づいた。

A氏からアドバイスにもあったのだが、おじさん達はよく話す。話の切り上げどころが全く無いと言った具合だ。全員の話を聞こうとすると一日作業になってしまう。

失礼ながら、ホームレスの人々は声なき人々、つまり無口な存在と思い込んでいた私の想像との違いに驚きつつ、そのまま導かれるように彼らの住まいに上がらせて貰うと、家、竈、物干し、食料等を自前で賄っていた。

(家の写真3枚)

おじさん達は森や河川敷個人個人が住みよい場所を作り上げている事も気づきの一つであった。

ダンボール古布に佇む都会のホームレスの印象しかなかった私達には、おじさん達を今までの先入観にあったホームレスに括る事など出来ない。それほどまでの有機的な住むための場所が出来上がっていた。

突然現れた我々に当初の不安程は訝しげに思われる事もなかったのだけれども、逆におじさん達は我々が興味を持っている事に不思議がった。支援者としてのA氏のような人が現れる事はあっても、自分たちを題材として記事を書く為に訪問するような我々は物珍しかったようだ。

一人のおじさんが一台の自転車を見せてれた。そのやり取りが心に残ったのを今でも覚えている。

それはそれまでの日常では出会たことの無い感覚で、おじさん達との会話であったからこそ気付くことの出来た、当時の我々の中にあった先入観だった。


リユース偏見と。

自転車は誰しもが使える交通手段である。それはおじさん達にとっても同様で、荷を運び、移動したりと、色々と有用である。人から貰った自転車でも、不法投棄されてた自転車でも丁寧に手入れをし、慈しんでいる。

2台ある自転車のうちの1台はメンテナンス中ではあったものの、自転車の荷台にはプラスチックボックスが取り付けられ、雨に濡れることなく中にいれて物を運べる様になっている。フレームも塗り替えられ、綺麗に使い易くカスタマイズされていた。

おじさん達が不法投棄から見つけた物を使い勝手よく改造していた事に驚いていたのだが、それはそもそも我々の中に、ホームレスは所持品に対して綺麗さや使い勝手の工夫という要素とは無縁に違いないという偏見があることに気づかされた。誰であれ、自分が使うものは慈しみ、綺麗で使い良い方が自分も嬉しいはずなのに、その「誰でも」の中からおじさん達を除いていたのだ。私は恥じた。

このときは初回の訪問ということもあり、細かい生活状況やこれ以上の工夫について見ることはままならなかったのだが、この時のカスタマイズされた自転車を見た時のような発見は、それから以降もおじさん達を訪問するたびに様々な形で表れることとなる。


「家がない」ところから生活を維持する為の工夫」という基盤に対して工夫をするという事に気づいた私達。

興味から始まったと言って差し支えのないこのプロジェクトであるが、A氏を介して田舎河川敷で「ホームレス」という立場であれど、誰とも変わらず生活を営む為の術があることにきづき、

それまでの偏見先入観にあったイメージの「ホームレス」と彼らの姿には大きく差異があり、この時の驚きはそれからも続く彼らの生活への興味と、知りたい欲求と、取材を通して人に伝えたいという気持ちを強くしていった。

近寄った距離と、浮き彫りになる問題と。

車で一時間程でおじさん達の居住地に到着する。訪れるごとに違う世界がそこにあることに気づく。

おじさん達の暮らし時間に縛られることもなく、さながら毎日続くキャンプかのような日々を過ごしている。

トマト写真

勿論中には決まった時間に起き、食事を取り、外回りをして身なりを整え寝るというおじさんもいるだろう。

家があれば営まれるだろうそのよう生活に、基本的安心があることは否めない。


我々夫婦田舎河川敷ホームレスの人々3年継続して取材して続けられているのには、この安心が得られない時に人がどのようにこのような異世界とも呼べる限界生活という状況に折り合えばいいのか、どう生きれば日々を些かにでも楽しく過ごせるか、そしてどうやって状況を脱していくのかを共に考えていきたいという気持ちからだ。

我々がおじさん達のような路上生活をする事は今の所考えていない。今のテクノロジーに囲まれ生活を手放して自分を保てるような自信は、まだない。

出来たらそのような日が来なければいいと思っている。おじさん達だって本当だったら同じ気持ちだったはずなのだ

ただ、人生というのは何が起きるのか解らない。「今既に起きてしまったもの」を無かったことにするのは不可能だ。

その上で、家のない、おじさん達とともに過ごして得られた知見や工夫がどうにかして我々の生活普遍的で同じであるかという事を探していきたい。

取材を始める前に我々が抱いていたような偏見先入観を持った人々はきっと他にもたくさんいる。

今はお金があることによって支えられているこの生活は、病気や不運や失業や様々な事で覆される事があるかもしれない。家がないおじさん達は、お金のある安定と安心生活からは程遠い。

不遇とも思われる生活を営んではいるが、人を驚かせ惹き付けるだけの力のある変わらない人間だ。

時折、ホームレスに対して心無い言葉を掛ける人がいる、

暴力を振るわれ、犠牲になる人々もいる。何故わたしはそんな事が起きるのだろうといつも不思議に思う。

取材を通して彼らを「見知らぬ街のホームレスから不定期に会う家のないおじさん達」に見るようになった私達は

彼らが異質な別の生き物ではなく、同じ人間生活する力を持つ、普通の人々である

いま行っているこのプロジェクトと呼んだライフワークと今後の記事を通して、我々が彼らから学んだ世界を誰かに伝えることができたら幸いである。





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こちらの投稿ベースは昨日炎上したcakesの「ホームレスを3年間取材し続けたら、意外な一面にびっくりした」https://cakes.mu/posts/31615(筆者;ばぃちぃ)の記事を基にしたものとなります

筆者によるホームレスを魅力的なものとか過剰なまでの生活に対する華美な書き口が炎上の原因ではないかと仲間内でも話題になったのですが取り組みとしてはそんな批判を受けるようなものには思えませんでした。

これを描かれた筆者は更に若い中学生高校生が、社会偏見ホームレスという状態になられた方を悪く思わないように、もっと認識を高めて貰おうとあえて軽い書き口にされたのではないかなとか私は思うのです。

とはいえ配慮のない表現はどうなのとは思うのですが)

華美な要素(苦しい生活を魅力的と称する。覗き込む、警戒される、等異質のものと扱う表現、あえておじさんという呼称を修飾的に使うことにより、異質のものと分ける表現)を出来る限り排除して構成をほぼ変えずに再記述を行い、筆者の意図勝手に汲み取り想像で改変し加筆を行ってみました。

そうしたら(主観的には)そんなに不愉快でもない感じになりましたし、筆者の行っている活動賛同できました。

こんな増田の影からですが、ばぃちぃさん達を応援しています。頑張ってください。

2020-11-16

この日本公然重婚が許されている「一般男性」さんとはどんな人か

趣味芸能ニュースを視聴してると、芸能人結婚相手として「一般男性」さんという人がちょくちょく出てきます

なぜか誰も指摘しないようですが、この人は確実に重婚していますよね。私、おかしいと気づきました。

芸能ニュースを見ていれば確実に気づくことなのに、視聴者はおろか結婚する芸能人自身もそのことにどうして気づかないのだろうか。いや気づいている。

しかも、「一般男性」さんのお相手芸能人に次ぐ芸能人ばかりだという、誠にうらやましい限り。どのように多数の結婚生活を維持しているか気になるところ。

それなのに、この人は未だにどこの馬の骨ともわからぬ謎に包まれ存在そもそもなんで謎は「包まれる」のか解せぬ。謎は布かなんかなのか。謎は馬の骨でも包むのか。大きな議論を呼びそうです。

2020-10-27

anond:20201027102932

極力、通販は使わない。

Amazonは気に食わないし、どこの馬の骨とも知らんネットショップを使う気にもなれない。

2020-10-08

Adobe acrobat消去してどこの馬の骨分からんソフト使わせるのやめーや

会社として道具にはちゃんと金かけろよ…

2020-10-06

anond:20201005204341

女にとってのモテとは複数の男から好意を持たれたびたび告白などをされている状態である

これはちょっと違うな。

女のいうモテは、実質的には「ハイスペックな男に結婚相手として選ばれる」ことを指す

どこぞの馬の骨的な男からアプローチは何も価値がない

姫が主人公の御伽噺は、ハイスペな男性に選ばれる事がゴールだし

から主婦達は夫のスペックマウント取り合ってるんだろう。それはモテ自慢みたいなものだと思う

医療従事者の祖母健康食品詐欺に引っかかった

タイトル通り。

先日帰省したら医療関係仕事に何十年も付いていた祖母が明らかに詐欺とわかる健康食品大事そうに飲んでいた。

1リットルの水に特殊エネルギーを注入する事で体調不良健康維持に役に立つらしい。

1リットルで1万円。

普通常識があってもこんなのゴミと分かるはず。

ましてや医療従事者だった祖母なら1発で分かったはずだ。

だが祖母も80歳を超えており本当の意味でお年寄りになった。

でも帰省すると自分を可愛がってくれる大事祖母だ。

絶対に許せない。

両親としては祖母もいつまで元気でいれるか分からないし強く言ったら落ち込むかもしれないということでスルーするようだ。

でもそれっておかしいと思う。

自分がいつか手にするかもしれない祖母財産がどこの馬の骨とも分からないやつに取られる。

なんとかして詐欺野郎を叩き潰したい。

詐欺野郎がその商品の出荷を辞めれば祖母もそれを買えなくなり詐欺被害も無くなるかもしれない。

詐欺商品の出処を潰すために知識を貸してほしい。

追記】医薬の知識があった祖母でさえこうなってしまったわけで、増田民もおじいちゃんおばあちゃん詐欺に会ってないかしっかり確認した方がいいぞ。

2020-09-28

anond:20200927115706

なにかの本や研究で書いてある説を捨てて、どこの馬の骨ともしれないネット意見採用しろって説得するために出してきた論理が「定量的に測定できないか思い込み」?

いつになったら自分の説得能力を高く見積もってることに気づくんだろこの人

2020-09-15

業務Web担当者をやっている者

本当に恐怖を覚えるのは「業務Web担当者をやっている者」の一言で盗っ人猛々しいみたいなやつらまで「俺たちは正しいんだー!」って行動してることだなぁ。

もともと控えめに配慮している人たちもたくさんいると思うけど、こういうのの尻馬に乗っかって動く奴らは絶対そうじゃないよね。

バナー画像を切り抜くだけの仕事のやつも「業務Web担当者をやっている者」、

言われたとおりに楽天商品ページに値段流し込むだけの仕事のやつも「業務Web担当者をやっている者」、

どこの馬の骨かわからない「業務Web担当者をやっている者」が何の責任も負わず

偉そうにSEO専門家みたいにそれっぽいこと言えば、それが権威からお墨付きみたいになっちゃうほうが恐怖を覚えるな。

業務Web担当者をやっている者」って明らかに誤解させようという含みで言ってるよね。

仮にこれで「某大手広告代理店ディレクターです」とか言われても確認しようが無いんだが。

ただ+の編集長スタンス全然支持できないです。WEB媒体でそれ言うか?

2020-08-31

安倍ちゃん総括するする

さて、お行儀の良い総括は普通ネットに任せるとしてせっかくの匿名なんで恨み妬みヘイト差別陰謀論盛りモリの纏めをしたいと思う。はてなさん増田ID流出だけは勘弁よ(^^;∧。

安倍ちゃんは第96代内閣総理大臣になって自慰表明した訳ですが、彼はどういう人物だったのかというと中身が無く軽くその割には飾りが大きいので神輿としてとても担ぎやすい上に担いでおいしかったのだろうなと。中身が無いとはどういうことかという、これといった信念が彼には無いのである。あったとしても日本を取り戻すとかよりよい日本にするとかかなり抽象的でそこから具体性を伴った話にbreak down出来ないのである。信念が無いか他人と衝突も起きにくい。調整役としては良いかもしれんがリーダーとしては不適であるハンドル握っている人間が周りから何か言われる度にハンドル切ってたら車は右往左往してしまい悪いとスピンして走行不能になってしまうからである。信念が無いので担いだら担いだ方向に進んでくれるので担ぐ方はとてもやりやすいであろう。これが石破ちゃん国防について彼と違う方向に担ごうとしたら衝突するからとても担ぎにくい。まあ本当は衝突して妥当結論を出すのが民主主義的と言えるんだが。

あと安倍ちゃんととても頭が悪い頭が悪いとは、難しい事を理解したり沢山の事を覚えるのが大変に不得意であるという事で、判りやすく言うと学業の成績が悪い。これは彼の学歴が他の歴代総理大臣と比べて恐ろしく低い。他はトップクラス大学入学している(あのルーピー鳩山東大でっせ)のに彼は成蹊大学でそれ成蹊小学校からエスカレーターである学歴けがその人間の全てでは無いが、やっぱコイツ馬鹿やで。まあ学歴の話をすると顔真っ赤にしてアレルギー反応する馬鹿が出てくると思うが(俺はそういう奴の顔の赤さを見て美しい夕日を思い浮かべる教養人です)、社会に出ると学歴ってやっぱ残酷だなって思う。閑話休題。そうじゃなくても、コイツ原稿を読む時じゃない時(コレは周りも判ってるのかそういう機会を減らしてたみたいだけどさ)、つまり野次とかつい興奮してでた言葉からそう感じられるんだわ。あ、こいつさては頭悪いなってさ。この頭の悪さは担ぐ方としては有利に働いくんだわな。だって吹き込めるんだもん。普通に考えればおかしいとか怪しいってなる話をコイツは自信満々に語るんだからそりゃ担ぎたいやつはイージーゲームやな。

でも馬鹿なだけだと世の中ゴマンと居るんだけど、そこいらの馬の骨とは違うのはコイツ権力者なんよな。政治家一族首相になった人も居るんで血筋として権力を持ってるんだから軽く担いでおこぼれ貰えるだからそりゃ担ぐよ担ぐ。

安倍ちゃん明確に頭が悪いのに何で自民党総裁になったんか疑問だったんよ。普通さ、組織リーダーってリーダーとしてふさわしい人物、つまり組織として良い方向に導ける手腕とか能力を持ってる人を選ぶぢゃん?けど周りの人間判ってるよね?安倍ちゃん馬鹿だって。それなのになんで選ぶんだろうって思ったんだけど、そりゃこんなに軽くて担ぎやす神輿なのにそのおこぼれがスゴい貰えるんだもんな。自民党としてひいては日本の為に良い人じゃなくて自分個人利益になる人を選ぶ、そういう人も居るもんねしょうが無いよね。

多分な、安倍ちゃんな悪意は無いんだと思うんよ。ここで言う悪意って「俺は悪い事をしている」って意識かな。全部善意、つまり「コレは良いことである」と思って行動してるんだと思うよ。いやジーマーで。周りの人に便宜を図ったりすることも出来るいい人の可能性も高いと思う。タだね、安倍ちゃん馬鹿なんよ。馬鹿から自分がやってる行動がどういう結果になるんか判らないんじゃよね。それでどうなったかって結果も担いでる連中は悪い面はかくして見せないし、良い面だけ見せたりそもそも嘘で良い結果だと言ってたりするんだろうね。多分、共産党とか一部の連中は外国スパイ日本の敵だってのも吹き込まれてると思う。そして安倍ちゃんそれ信じちゃう馬鹿から。うーん。Keiserens nye klader DANE。

しかし、安倍ちゃん本当に保守ではないよねえ。ここで言う保守というのは「従来から伝統・習慣・制度社会組織・考え方などを尊重」するってやつで、「保守」と呼称だけはされてる集団とはまた違うやつね。保守だったら流石にウン十年に一度の改元イベントに嫁にあん面白ドレス着させねえだろ。その時の原稿キッチリ読めないつまり事前に練習してないみたいだし。憲法改正だってしようとするその行動は保守と逆だろ?かと言ってリベラルとも違くて、自分が感じてるのはノンポリ?まあその辺前述の信念が無いのと一緒で、結局は担がれて動いてるようにしか見えないんだよな。

経済面自民党はどちらかというと緊縮なのに安倍ちゃん金融緩和をしていて、ここは安倍ちゃん批判多いはてブでも評価している人は結構居る。ここも自分は前述の担がれているって話だと思っていて、つまりはオトモダチの大企業の連中に儲けさせる為にやってるだけで庶民の事まで頭回ってないんだと思うのよ。何故かって、法人税下げて消費税上げてんだもんな。あと儲かった企業労働者給料を上げる施策をぜーんぜんやらんもんな(オネガイはしたけどな)。トリクルダウンは一面では正しいのだけど、上側のグラスからこぼれるように税制なら規制なりを政治で整えないと、上側のグラスが無限に大きくなったり他に移すだけだからね。結局ココも担がれて動いてオトモダチ(安倍ちゃんの残念な脳ミソからすると国民全体)の為に善意で動いているってコトなんよね。

憲法改正は悲願だったらしいけど、キミタチ安倍ちゃん憲法を「どう」変えようとしてたかオボエテルかい自衛隊の明記?せやなそもそも憲法改正とはなんぞや。憲法改正とは手段であり、つまり日本という国の仕組みを変える事で国民生活・行動を変える・変わるということである。けど、今まで安倍ちゃん「国がどう変わる」「国民の何が変わる」ってレベル説明あったっけ?「憲法改正」まではしょっちゅう聞くんだけどさ。大事なのは憲法改正」という方法を使って「何をどう変える」が重要じゃん?けどそれを言わないんだよね安倍ちゃんは。ナンナノカナー?ドウシテナノカナー?

総理大臣連続任期間が最長になった話。そりゃ今まで自民党総裁ほぼイコール総理大臣)の三選連続禁止してたのに、手前の罪人(在任の間違い)期間にその禁止を解いたのだからそりゃ長くなるに決まってんじゃん。というか三選連続禁止してた理由とか考えるとそんなに名誉じゃなくねー?というか自分としては消費税上げないと言って選挙で勝ったくせに最後には消費税上げる法案OK出した民主党野田ぴょん)もクソだけど、(党則だから連続三選は無い前提で総裁になったのにそれを自分の在任期間に変えて再任するのも同様にクソわよ。間違えたお排泄物ですわよッッ!!。

まー安倍ちゃんは今まで散々語ってきた理由を考えると希有な人物だったのは確かだと思うのよね、佐川さんとか法務大臣の森さんとか普通の人は嘘ついたり矛盾してる事を言う時はどうしても言葉に詰まったりするんだけど、安倍ちゃん真剣にそう思い込んだり矛盾に気付けなくて堂々と言えちゃうからね。今後はどうなって行くんかね。首相は辞めるけど裏から実質的に同じようにやっていくのか終わってしまうのか、終わってしまうと今まで担いでた連中はどうするのか他の軽い神輿を探すのか。誰か居るのかこんな希有な人物小泉シンジロウあたり?行ける?

2020-08-12

anond:20200812152532

オマンコしてえなら業界に入るかどっかの社長にでもなんなさいよ

アレらが、応援されるのはいずれ恋人だいずれカキタレだの関係じゃなくて

飼い主とペット関係よ。だからよくわからん野良馬の骨とえちこらえちこらしてんの見せられても見窄らしいからやめんか!ってなる訳で、そんな獣みたいな側面見せられても萎えるだけなんよね。

 

いやほんと見た目が綺麗な女の子オマンコしてえなら風俗かどっかの社長にでもなれば勝手に寄ってくるって、面接とかで。

2020-07-17

anond:20200717110154

それ割と周知されてると思うが

そもそも一人暮らしの女は使わない方がいいと言われてるよな

宅配なんかも女は対面で受け取るなと言われるのに

どこの馬の骨とも分からんuberなんか尚更

2020-07-13

anond:20200713123533

どこの馬の骨かもわからない増田が論拠ってかなしくならない?

2020-07-08

anond:20200708121530

信者写真すてき!お疲れさま!バカンス楽しんで!と頭お花畑からどうにもならん。

少しでも否定すると自粛警察扱いもするし外から見た客観的視点を無くしたのだろう。

平沢進で騒げれば良いだけのファンが残った結果なので仕方ないと諦めて仲間になるか、馬の骨距離を置かないと増田が辛くなるぞ。

昨日の平沢進のツイ恥について

はてなでも時折話題となる、マッドサイエンティストを崇拝し独自の道を歩み続けるアーティストである

また、ツイ恥とは平沢進(以下「師匠」という。)が使う用語Twitterへの投稿のことである

師匠は水曜を除く毎日21時から22時にツイ恥と投下するのだが、昨日投下したのは以下の1つだけである

 

https://twitter.com/hirasawa/status/1280471625805119489

 

URLを開きたくない方向けに説明すると、リゾート地らしい場所夕焼け空と共に師匠の後ろ姿が写された写真である

写真に添えられた言葉は無く、この後も無言を貫いている。

その後間もなく、この撮影場所沖縄リゾートホテルだとファン(以下「馬の骨」という。)によって特定された。

 

自分はこのツイ恥を受け、えもいわれぬ不安感と不快感に苛まれた。

新型コロナウイルス世界中が騒がれる中、時期こそ不明だが旅行写真を上げるということ。

しかもそれが県をまたぎ、あまつさえ沖縄という離島のものであること。

(馬の骨なら既知であるが補足すると、師匠は先日無観客ライブを終えたばかりで、過去の例だとライブの後に国内逃亡と称してタイに旅だったり、近年では沖縄に旅だったりしていた)

 

師匠は何故このタイミングでこんなツイ恥をしたのか。

しかたらこれは過去写真かも知れないが、それなら何故そう書かないのか。

 

馬の骨の様子(表だった範囲)を観測すると、やれやれ師匠擁護するような意見、自信の都合の良いように解釈した意見ばかりで疲弊した。

自分は「宛城でもしたいのか?」と不安でいっぱいだったが、そのように考える馬の骨は(表向きには)皆無らしい。

多数の馬の骨感性が正しく、自分はそれこそ恐怖に包まれすぎているのだろうか。

それとも、やはり自分は正しく、師匠の行動及び馬の骨賞賛擁護おかしいのだろうか。

 

本来いちファンとして無用さらすような行為はしたくなかったが、不安感と不快感が強すぎて夢にまで見てしまったので、はてな聡明意見が聞きたく投稿することとなった。

どうか忌憚なき意見いただきたい。

 

23:05追記

ツイ恥のリプライ自分と同じ意見が埋もれていないか眺めてみたら、市中での目撃証言ありとのリプライがあった。

そのリプライを信じるなら少なくともここ数日で沖縄に行った、或いは今滞在していることが確定となる。

師匠関東在住であり、新型コロナウイルス感染が日に日に増えている中、堂々と沖縄旅行に行けるのはどういう神経なのか、自分には到底理解が及ばない。

でも、自分のような人間には理解できないからこその師匠なのだろう。

この旅行は到底褒められたものではないと自分は思うが、それでも旅行を後押しするきらきらとしたリプライが並んでいるのが現実だ。やはり自分の方が異端なのだろうか。

 

その是非は置いておいて、新型コロナウイルス感染拡大地域から旅行してきた師匠を受け入れたであろう沖縄市民がどういう気持ちなのかは純粋に気になる。

以前は観光客拒否していたと記憶しているが、今は気持ちよく受け入れているのだろうか。

2020-07-03

なぜ竹中平蔵大臣として受け入れたの

小泉政権時に経済財政担当大臣として起用されたわけだけど、学者とはいえ民間人じゃん。どこの馬の骨ともしれぬ学者今日から大臣ですよと言われて、当時の国民はハァ?と思わなかったのか?

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