「負けず嫌い」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 負けず嫌いとは

2020-09-19

anond:20200919082859

論理が狂ってる例を出してよ。

それは単に負けず嫌いなだけじゃん。

論理で負かしてやれば?

2020-07-30

ビル・ゲイツ

以前から気になっていたビル・ゲイツドキュメントを見た。この人は負けず嫌い性格他人と争って勝つことが好きな人だと思った。良い製品サービスを作るために懸命に働くタイプではない。

2020-07-27

嫉妬心

私はどうも同僚の昇進や友人の幸せそうな妊娠にすごく嫉妬しているらしい

この間までこんな会社辞めるとか結婚なんてしたくない1人最高!とか思っていたのに、身近でこんな事を見てると嫉妬心がメラメラと湧いて来る

あいつ大失敗しないかな、旦那浮気でもしてたら面白いのにと思ってしまった時は雷に打たれてスケルトンになるかと思った

こんな事考えていてはダメだと思い、思ってしまった反省も兼ねて自ら、昇進して上司になった元同僚に素直に敬意を表するつもりで、すりよるも粗探しをしていたり、妊娠中の友人を気遣うつもりでLINEをしたらまた幸せそうな返信が自慢に聞こえたりする

この醜感情はどこから来るのかと考えれば考える程自分が情けなくなるばかりかそれは自己憐憫にとって変わりまた嫉妬にもどる悪循環

と言う事は私も昇進したかった?結婚妊娠したいの?と自分に問うもの特にピンと来ない

これは何?ホルモン?ただの負けず嫌い?そう言う時期?

早く抜け出したい

致命的に気が弱い

誰かと少しでも敵対するシチュエーションに置かれると心臓バクバクして息が上がってくる。戦う以前にそうやって身体的に胸が苦しくなりプチパニックになるから大体まともにやりあえない。

意図せず険悪な空気になったり悪意や敵意を向けられたり、急に猛烈に食い下がってこられたりするとそうなる。それが苦手だから普段角が立たないようにかなり気を付けているけどなる時はなる。

言うべきことを言えなかったり、そもそも気持ではじめから負けてたり、苦しさが長引くことに耐えられなくて納得できなくても1、2回食い下がっても通じなかったら諦めたりするからからものすごく悔しくなる。

 

気が弱いくせに負けず嫌いから自分が負けるところを見たくなくて戦うのが怖いんだと思う。でもこのままだと人間関係が絡むこと全てから逃げ続けるしかなくなる。気持ちプライドが傷つくのは慣れるしかないけど、心臓の苦しさだけは本当になんとかしたい。同じような人で克服した経験があったら、どう直したか教えてほしい。

あと上司や少し拗れてる関係相手学生時代バイト先の人やゼミ先生からメールLINEで連絡が来ると開く前から恐怖で胸が苦しくなり、先延ばししてしまう。社会不適合レベルの気の小ささ

2020-07-25

anond:20200725034817

アホすぎるね。

その歳になって負けず嫌い脳筋は治らない。

それに更に高齢になった時、下手に転倒して要介護状態になれば世話をするのは増田だよ。

今のうちに離婚した方がいいと思う。

2020-07-24

anond:20200724110222

伝説ヤマンバGAL “あぢゃ”、銀座の夜の蝶に変身「日傘をさして歩いてます

 

1か月半、公園野宿

小学校とき安室ブームが始まったんですよ。中学では『egg』に憧れた。地元横浜ヤンキー色が強かったけど、

 渋谷経由で高校に通うことになって憧れのギャルデビュー負けず嫌いが高じて、どんどん派手になりましたね」

 気づけば、ヤマンバギャルと呼ばれるように。

 

「ちょうどそのころ、友達と何人かでセンター街暮らしていたんです。正確にいうと、宮下公園で寝て、

 起きたらセンター街に行って(日焼けサロンで肌を)焼く、みたいな」

 

 1か月半の間、友達とローテーションを組んで見張りを立て、公園野宿ホームレス男性からおでんを分けてもらったことも。

 

「完全に無収入だけど、肌は焼きたいから日サロのチラシを100枚配って20分焼かせてもらう。

 お風呂がわりに公園蛇口で陰部とワキを洗う。ガッツリ生活してましたね(笑)

  

 そんな集団テレビ業界の目にとまり、街頭インタビューにたびたび登場。ギャラとして渡されたハンバーガーを仲間と食べた。

 が、ある日、「帰るか!」と突然の解散。自宅に帰ると、ヤマンバ度が増したあぢゃに気づかぬ祖母が「ハロー」と挨拶してきたという。

 

 雑誌Popteen』に登場したのは、そんなころだ。

 

https://www.jprime.jp/articles/-/14783 

https://ameblo.jp/aja-blog/

2020-07-22

私立女子校の思い出語り(支離滅裂で長くてつまらない)

私は某私立女子校卒業生である。身元を特定されたくないので、入学卒業年度はフェイクにした。

これを書いたのは、学校自体にそれほど恨みはないが、中学校口コミを集めるサイト誹謗中傷判定されているのか自分体験談が載せられないことに違和感を覚え、とりあえずどこかに載せたいと思ったからだ。

====


入学1週間で始まったいじめ

北の大地に建つ某私立女子校(以下、S校)が私の通っていた中学校である。これだけで候補がだいぶ絞られただろうと思う。

S校には、各地から生徒を集めるため、寮が付属しており、2010年頃、私は関東の親元を離れて入学・入寮した。

入学式の日は今まで訪れたこともなかった土地での親元を離れた生活に心を躍らせていた。この先6年間、新しくできるはずの友達と一緒に楽しい寮生活を送る自分想像していた。

しかし、私のその期待は叶えられなかった。というのも、入学してから1週間が経過すると、たちまちいじめが始まったかである


いじめっ子は入学してわずかな期間でスクールカーストの上層に地位を築き上げた“かわいい子”(以下、H)とその取り巻きである

Hは外国の血が混ざっているとかで目鼻立ちがくっきりしており、明るい色のくるくるした地毛が愛らしい子だった。そのかわいさとハキハキと物を言う性格から成るカリスマ性を発揮し、あっという間にクラスの内外で忠実な部下をこしらえた。

いじめ理由は大したことではなくて、要約すると「気に入らないから」。気に入ってもらえなかった原因はさっぱり分からない。

(Hとは入学式の前にあるガイダンスで知り合ってはいたが、「綺麗な髪だね」「これ地毛だよ」「そうなんだ」と会話したのち、すぐに別れた。綺麗な髪だねという言葉彼女の気に障っていたのだろうか)


Hもその取り巻きも中1女子だったので殴る蹴るなどの暴行はなく、主にシカトハブ掃除の押しつけ・呼び出しての暴言が主だった。

同じ寮生のみならず、自宅から通う生徒(以下、自宅生)にもHの影響力が及んでいたようで、友達は一切できなかった。

教室でも廊下でも校庭でも教師の目がないところでは常に陰口をたたかれていた(らしい)。

テストの点数が良ければカンニングだと根も葉もない噂を立てられ、点数が悪いとき知的障害者だと笑われた。よく分からん噂で教員説教されるよりも、バカだ、知恵遅れだと言われるほうが楽だったので、テスト時間いっぱい寝るようになった。もともと授業態度が良い方ではなかったのでなんら不自然ではなかったと思う。

彼女らの寮則破りはすべて私の責任になって、しょっちゅう先輩や寮母に怒られていた。生徒間では私に友達がいないことはほとんど周知の事実だったのに、部屋のお菓子パーティーの声がうるさいとか片付けがなってないとか怒られた。

在室時は部屋の前にスリッパを並べるのが規則なのだが、毎日、知らぬ間にスリッパ廊下の端と端に飛び散っていた。寮則違反なので怒られる。

乾燥室に干した衣類はぜんぶ床に落とされ、足跡が残されていた。何度だって洗濯する。1回100円、中1には痛い出費だった。

洗濯機を回している時に目を離すと止められるので、洗濯中は見張る必要があった。トイレに行った一瞬で止められたとき相手気合の入れように驚いた。

週末の昼は寮の洗面所に呼び出され、4~5人に囲まれて1時間から、長いときは3時間くらいひたすら悪口を聞かされることが多かった。負けず嫌いだったのでいじめっ子たちの前では絶対に泣くまいと歯を食いしばって聞いていた。慣れると聞き流すようになった。

避難訓練の際、自分スリッパが見つからず、裸足で外に出る羽目になった。「ガラス片が落ちていたら危ないでしょ? ケガしたいの?」と寮母に怒られた。スリッパ洗面所ゴミ箱から見つかった。汚くなっていたので買い替えた。

一番ダメージが大きかったのは、いじめが始まる前までは口をきいてくれていた子たちが、Hの「増田と喋ったらハブるよ」の一言で口をきいてくれなくなったことだ(寮生活を始めたばかりの13歳の女の子たちにとって同級生からハブられることは何よりの脅威だった)。

いじめが始まる直前まで仲良くしてくれていた子に「増田のことは嫌いじゃないし、増田は何も悪くないと思うけど、私もいじめられたくないから……ごめんね」と言われたときは、さすがに堪えて、1日中ベッドのなかで泣き続けた。(断っておくが私のケースでは、こうして私から離れた子、私と話さなくなった子は何も悪くないと思っているし、今も彼女らを責める気はない)

泣き続けるかたわらで、いじめっ子のひとりが同室の子と楽しそうに喋っているのが心底ムカついた。単純に、死ね、と思った。

家族悪口を言われたこともあった。両親に申し訳なく思った。


両親は私がいじめられていることを知ると、高い入学費や学費を払ったのにもかかわらず、すぐに「いつでも戻ってきていいんだよ」とか「退学したくなったら言いなさい、退学手続の準備はできてるから」とか「がんばって通い続ける必要はまったくない」とか「退学していじめを避けることは逃げでもないし格好悪いことでもない」と何度も何度も私に言い聞かせて、自分たちが味方であること、逃げ道があることを教えてくれた。

逃げ場を提示するという両親のサポートのおかげで私はいじめを乗り越えることができたのだと思う。

※決していじめは乗り越えるものではない。むしろ逃げるほうが最善・最適である。周囲に何と言われようといじめられている子供いじめを乗り越えようと努力する必要はないし、何より周囲は彼・彼女いじめを乗り越えさせようとするべきではない。


表立ったいじめ中学2年生の夏頃まで続いたが、寮生ほど影響力を及ぼしづらい自宅生の子たちが喋りかけてくれるようになったのをかわぎりに、いじめっ子集団以外からハブりやシカトはなくなった。中2の夏休みが終わった後にようやく友人がひとりできた。

相変わらず掃除の押しつけやパシリ悪口・陰口は続いていたが、私自身も慣れてしまったのでほとんど気にしないで学校生活を送っていた。


いじめられている後輩の退学時期を予想して遊ぶ私たち

中学3年生になった頃にはいじめっ子集団を除いた同級生とはおおむね仲良くしていた。

スクールカーストトップグループとはいえ彼女たちを嫌う生徒も出てきたからだ。そういう子たちは彼女らの前で嫌悪感をあらわにはしなかったが、それまで避けていた私との交流を持つようになった。

そうして心に余裕が出てくると、2学年下の中1の間にも同じようないじめが起きていることに気づいた。話を聞くと、1年前(私が中2の時)も新1年生の間でいじめは起きていたらしい。さらに毎年、1年生は誰かしらひとりがいじめられると聞いた。

いじめられているのは、少し太っていて、自室のベッドに引きこもり、お風呂に行かなくなってしまった女の子(以下、K)だった。

わが寮では、「いじめられる側にも非がある」という考えが徹底していた。

いじめられっ子にはいじめられるような理由があるのだからいじめられたくなければ自ら改善しなければならない。改善努力がないならいじめられても仕方がない』

こう考えることで、私たちは後輩間のいじめを黙認し、いじめを止められない自分たちを擁護していた。

実際、Kちゃんは「汚い」「くさい」って言われているのに風呂に入らないんだから、まあ仕方ないよね、とかなんとか話した記憶がある。

風呂では当然、全員が裸になる。私も経験があったが、風呂場では普段見えないところの悪口を言われる。私も体毛が濃いことをさんざんバカにされた。勝手憶測だが、Kもおそらく風呂場で太っていることを笑われたのだと思う。それで風呂に入れなくなってしまったのだろう。彼女は何も悪くなかった。

さて、入学から2ヶ月経つと、Kは夕食の場にも出てこなくなった。その頃合いか上級生の間では彼女が退学する時期を予想するのが流行りだった。

「去年の▼▼ちゃん夏休みが終わったら帰ってこなかったんだよね」

「Kちゃん夏休みじゃない? ぜったい帰ってこないよ」

「いや、夏休み前にやめそう」

「Kちゃん電話で『やめたい』って言ってるの聞いた子がいるから、私も夏休み前だと思う」

みんなで休日お菓子を食べてカードゲームをしながら、その話題で盛り上がっていた。

私も、「増田はどう思う?」と聞かれて、「1回親元帰ったらもう学校には戻らないんじゃない」と答えていた。

賭ける? という言葉もチラホラ出てきた。お菓子を賭けて遊ぶのだ、いじめられている子がいつ耐えきれなくなって退学するかを。

後輩間のいじめを止めようともせず、いじめられる人に非があるという考えに迎合している時点で手遅れだが、賭けへの参加は固辞した。

結局、Kは夏休み開始と同時に退寮・退学した。親御さんも来て片付けをし、最後、寮の玄関で寮母に「ありがとうございました」と頭を下げていた。

食堂の窓から退寮する彼女を見かけた。入学時は小太りだけど小綺麗な女の子だったのに、たった半年も経たずにずんぐりと太り、髪もボサボサで、みすぼらしくなっていた。

弁当箱を洗いながら、2学年下のKと同室だった後輩の「やっと部屋の空気が綺麗になる」という言葉を聞いていた。


ちなみに私の代では、中2になってから同時進行でいじめられるようになった他の子が2人ほど中途退学した。

入学時の人数が最多だった私たちの代は、卒業までの間に減った生徒数も最多だった。


あなた中学しか卒業していないので卒業生ではありません」

2年間をいじめ無駄にしたものの、私は卒業まで在籍し続けた。

だが、付属高校エスカレーターで進学する気にはなれなかったし、それ以上在籍する価値がある学校じゃないという親のアドバイスもあり、外部へ進学した。

そして、高校2年になる直前くらいに、かつて仲良くしていた自宅生の子から久しぶりに遊ばないかという誘いを受けた。

私が3年間過ごした寮は卒業生なら無料宿泊できることを知っていたから、快諾した。卒業生の先輩が泊まっていたのを見たこともある。

念のために、電話で寮に問い合わせ、確かにまれることも確認した。

しかし、事はそう簡単に運ばなかった。

いざ荷物を持って寮まで行ってみると、問い合わせたときとは別の寮母(当然顔見知り)が、

増田さんはね、中学しか卒業してないから、ウチの卒業生扱いはできないのよ」

と言ったのだ。

おもしろすぎて笑った。いや、中学卒業してるんですけど。今あんたも言ったけど、中学卒業生なんですけど。

なんとまあ、中学のみだと卒業生認定してもらえないらしい。

心の底から、くだらねえ学校だな、と思った。


いじめてきたやつはせいぜい一生苦しめ。そんで死ね

あースッキリ

2020-07-09

底辺絵描き独り言

世間ではおけパとか神絵師の話が多い中底辺の語り

私はかれこれ9年ぐらい絵を描いてるオタクだけど、自分にははっきり言ってイラストの才能がほとんど無い。人よりは絵が描ける、というだけ

でも昔よりは上手くなったし、自分の絵に自信はある、自分の絵柄も好きだけど、実際描けてない部分の方が多くあって画力はない、いわゆる底辺絵描きである

絵を描いてると気になるのはまあ他人から評価で、好きなジャンルの絵を描いてSNS投稿したり、中高生の頃は文化祭ポスターとか会報イラスト、文集のイラストに描いたりしてた(全部投票で決まる)が、どんなに自信があっても自分の絵は万人受けはしないようで、SNSでは雀の涙評価学校で出したもの投票で選ばれなかった まあその理由はわかってて、自分より上手い人がゴロゴロいるから、そういう人(万人受けするイラストを描ける人)が評価されるのが当たり前だと思ってた

それでも絵を描くのが好きで、描くのをやめなかったしこんな底辺でも絵を好きって言ってくれるフォロワー友達が少しでも居るから描いてこれた フォロワーからも、あなたの絵を見てメッセージを送りました!って人が居て、本当に嬉しかった

さっきも述べたけど画力が無い底辺と感じているなら努力すれば?という話だが、私は性格負けず嫌いでも何でもない根性なしだから、描く量を沢山増やしたり練習したりとかは全くしてなくて、それでも9年分の積み重ねもあって自信はあるし少しでも自分の絵を気にいる人がいれば評価なんて関係ないやと最近は思ってる...というか妥協してしまってる

絵描き仲間の友人達は、SNS評価を貰える人が多くて、画力もあって上手い。それは皆努力しているからこそのことでもある。でも皆揃って「ジャンル自体人口が少ないか評価されただけ」または「評価されたけど自分理想に近づいていない」と日々悪戦苦闘してるようで、私は自分と違って評価されてるんだから素直に喜んで良いと思うのになーと思うが、自分の絵に妥協してしまっている私とは絵との向き合い方が違う、これだから自分画力評価も伸びないままなんだろうな止まり

今更嫉妬心とかはないけど、絵の才能はもちろん努力出来る才能持ってる人羨ましいと思ってる

2020-07-08

anond:20200708123725

お気持ち長文もあれだが

男のこいつみたいな性格文章レベルの人も交友関係作るの無理だよなあ

とは思うな、ただ負けず嫌い自分意見押し付けたいだけで話全然広げる才能ないし

喧嘩売るか一人ぼっちで暴れるしか道ないもんな

2020-07-06

負けず嫌い気持ちがわからない

昨今、同人オタク界隈を賑わせているおけパ島概念など、羨望や劣等感を拗らせて苦しんでいる方々をよくお見かけする。

それらのお気持ち表明を読むのだが、これに共感がわかないのだ。

過去には絵も文章Web公開していたこともあった。

今はすっかり創作活動から遠のいて、いわゆる読み専をしている。

から進行形で対抗する意識がないせいなのかとも思ったが、思い返すと現役時代嫉妬感情はなかった。

もっと遡ると、学生時代の体育を思い出す。

バドミントンダブルスの授業だった。

私はあまり運動が得意ではなく、同じく体育が苦手な友人と組んでいた。

最後の対戦相手バスケ部バレー部所属するコンビだった。

まあ、当たり前に手も足も出ない。

それでも一生懸命シャトルを追っていた。

終了間際、運よく手前にシャトルが落ちて1点だけ我々チームに入った。

やった!と喜ぶ前に、相手チームが膝をついて大声で叫んだ。

どうやら完封たかったらしく、ものすごく悔しがっていた。

大差で勝っているのに、負けたみたいに喚いていた。

まだ未熟な子どもであるから感情を抑えられないのは仕方ないけれど、今思えば相当に失礼な態度を取られている。

ずいぶんと見下されて相手をされていたのだなぁと思う。

でも、腹は別に立たない。

私は向上心闘争心があまりないのだろうと自己分析する。

そして話は同人オタク葛藤に戻る。

皆は何と闘っているのだろうか。

pixiv評価フォロワー数、憧れの相手からフォローバック、リプライ……

それらの価値は、精神を病むほど重要ものなのだろうか。

何故そんなに苦しんでいるのだろうか。

皆と私の価値観は大きく違うようだ。

顔の見えない創作者を羨んで妬んで憎んで、それが良くないことだと思って自縄自縛に陥っている。

どうしてそんなに他人自分を比べたがるのか。

欠落しているのは私のほうなのだろうけれど、本当に散見するお気持ちが欠片も理解できない。

足して割ったら皆ももう少し心穏やかに暮らせるだろうか。

2020-07-05

樋口円香はただ純粋性格が悪いだけなのではという話

 enza対応ブラウザゲー厶、アイドルマスターシャイニーカラーズはApp StoreGoogle Playでも配信中です。(時候挨拶)

=====

~悪辣な態度は何に起因するのか~

 円香を記す上で避けられないのがPに対する口の悪さ。厨二病めいた罵倒悪口ですがこのキャラある意味個性とも言える部分です。

 何故Pに対し攻撃的な態度を取るのか。当初は不審からだと考えましたが、実は劣等感に起因するものではと考えるようになりました。

~円香が抱えるストレス~

 ずばり透への劣等感と雛菜の態度に対する不満の2つ。

 「透に出来ることは全部私にも出来る」という台詞一見ただのマウントのようですが、実際自分より劣った相手に対しこういった感想抱くことは殆どありません。何故なら普段そういった意識を抱く機会すら無いからです。(むしろこの意識は小糸に向けられているよう。後述)例えば赤ん坊を見て私ならう◯こも歯磨きも出来るのにと思う人は中々いません。円香にとっての無意識言語化であり、強がりなのでしょう。

 雛菜との関係一見悪そうに見えますが原因は円香にあるのではと思います。雛菜はある種スマート事象の結果と原因の推測が出来るタイプです。加えてWINGでのPへの態度がわかり易いですが、自身に対し既存概念や枠を押し付けられることに嫌悪感を抱いています負けず嫌い他人との上下規定しようとする傾向が強い円香とソリが合わないのは当然の帰結というか。雛菜にとってはある種あしらう対象で、円香にとっては自身感性を無碍にする存在という関係性が見えてきます

~捌け口~

 Pへの態度が最もわかり易いですが、実は小糸もそのストレスのはけ口の1つなのではと思います

 Pへの態度という点にあまり特筆することは無いですが、強いて言うなら円香の幼稚さの象徴なのでしょうか。

 小糸との関係於いて目立つのお菓子を上げたり、問題が起こった時にフォローするような保護者的な振る舞いです。描写が増えてくるにつれこれらが優しさや憧れより、無意識下の優越感を得、透に対する劣等感の代償行為という意味合いが強いように思えました。

~埋め合わせるもの詰め合わせるもの~

 人の期待を純粋に受け取りそれに答えようと努力する小糸。円香の行動はそのある種理想的な姿への敬意や評価としての優しさに見えます

 しかし円香のもう一つの面としてストレスに対する強い拒否反応があります。透をより手の届かない位置へ連れて行くPへの日常的な悪態、年下ながら遠回しな拒絶すら見せる雛菜への素っ気ない(塩?)対応のように、その場でストレス相手にぶつけるような傾向が見られます

 では今まで透に感じていた劣等感ストレスはどう消化していたのか。そこで白羽の矢が立つのは小糸の存在です。年下であり、後輩としての従順さを備え、純粋行為の外見を受け取る「小動物的」で「後輩属性」の小糸は優越感を得るための存在として申し分ない存在だったのでしょう。お菓子を配るのも小糸に対してだけであり、透と雛菜には配らない所か同じく後輩であるはずの雛菜には拒絶すら示します。

 お菓子を配るというのは一般的にお礼や謝意、親愛を示すものであり、円香の行動がその延長にないことの隠喩なのでしょう。

 「天塵」での小糸へのフォロー。「予定に無い仕事をさせた相手方が悪い」「ユニット内で1番仕事をしていた」という内容ですが共通するのは「他者との相対的評価」です。特に後者には円香の上下を決めようとする傾向が見て取れます。つまり小糸を他者性の中で評価しているというか、大袈裟に言えば「今日はベイスに負けたがヤクルト中日より強い」というタイプフォローの仕方に思えました。

 特にオリンピックが顕著ですが、「自国選手が凄い=自国は凄い=私が凄い」という図式で優越感を得る人というのは少なから存在します。「小糸だから」では無く「~より上」だから評価し、自己投影することで自身尊厳を満たすという図式でしょうか。

 前置きが長くなりましたが要するに格上の存在である透への劣等感ストレスを埋め合わせるため、小糸を利用した認知バイアス形成と〇〇が凄いなら〇〇を応援する私も凄いという自己肯定の手段としてのお菓子配りであり、フォローなのだと思います

~あ~

 社会に出たら上司への悪口とか、特に後輩や部下に対する当たりがきつそうな円香。到底良いとは言えない性格だと思いますがこれが思春期不安定さに起因するのか、生まれつきの救えない類のものなかは釈然しません。私的に言えば周りにストレス転嫁してしまタイプは苦手なのですが、なまじそういった面が唯一の個性となっている円香に変化が訪れるのか逆に受け入れるのかは気になるところです。

2020-06-24

父の日フェアの売れ残りを横目に退勤する

私はショッピングモールの中に入っている店のひとつに勤めている。

勤めているといっても1日5、6時間程度しか勤務しないパートだけれど。

大型から地域住民しか来ないような小型まで、いくつかショッピングモールに勤めたことがあるが

大体そういうところの従業員従業員通用口を通ってバックヤードを通り出退勤しなければならない。

自分の勤めている店の目の前に外へ繋がる出入り口があったとしても。今まさに私はそういう状況。

とはいえ店の商品のんびり見ながら従業員通用口に向かうのも私は中々好きだった。

化粧品を見ながら帰ったり、贈答用のお菓子を見ながらおいしそうなんて思いながら帰ったり。

しかしここ半月は気が重かった。6月初め頃、もっと前だったかもしれない。母の日が終わったあたりから始まった父の日フェアのせいだ。

私の父は「いい父」だと思う。

よく気が利き、男らしく、力持ちで。

九州男児のような所謂言わぬが花」のような分かりづらいが気付けばじーんとくるような優しさもある。

こう書くと厳格な父親想像されてしまうかもしれないが、おどけてみせたり、お茶目な一面もある。

マイルド九州男児?「九州男児」と聞いてイメージするいい所と、現代若い男性に多い柔らかくて優しいところをどちらも持ち合わせている。

そして背も高く脚が長くて目鼻立ちもはっきりしているし顔もカッコいい。身だしなみのセンスもある。

運転も上手で、人付き合いもそつなくこなす

若くして結婚し、母がすぐに出産。その後から今までずっと家族責任を持って養っている。

とはいえ浮気をしたり、多額の借金を作ったりと母にとって「いい夫」であったかは分からないが。

しかし、子供の頃それらのことには気付かなかったし(上記のことは母から聞いたので)

当時の印象からいって「いい父」であったことは確かだ。

私は兄弟が多く、どちらかといえば貧乏な家庭で育ったが、今日食べるものにも苦労したり

学校必要な経費が払えないなどということはなかった。

仕事愚痴を父の口からいたことはないし、立派な父親だと思う。

しかし私は、今年父の日に父へ何もプレゼントしなかった。

渡しに行こうと思えば1時間あれば渡しに行ける距離に住んでいる。

気持ちについては「罪悪感」7割「やってやった」3割といったところだろうか。

3割の「やってやった」についてここまでの父のことを褒めちぎった文章だけだと私は超絶親不孝娘だろう。

私は父から性的虐待を受けた。

虐待というのだろうか。被害はもう私が成人してからの話だから

実は小学生高学年のあたりから高校生くらいまで兄から性的虐待を受けていた。

それが原因となって私は中高生の頃から精神不安定で、人を心から信頼できず

表面上友人と仲良くすることはできても常に周囲に気を張って生活し、学校に行けば毎朝熱が出た状態で授業を受け

家に帰っても心からリラックスは出来ていなかった。

とはいえ中高生の頃の不安定さについて性虐待が原因だと分かったのはほんのここ数年の話だ。

というより、ここ数年まで自分が性虐待されていたという自覚すらなかった。

それまでは私の個人的性質や、容姿性格が暗いから、悪いから、協調性がないから、空気が読めないから、最低な人間から

そういうのが原因で上手に友人が作れなかったり、本来なら喜ばしいはずの友人付き合いがストレスになるような出来損ないなんだと思っていた。

まあもちろん冷静に考えてそういう原因がゼロではないと言えないのですべてを性虐待のせいにするつもりはないが。

少しでもこういった分野に興味のある人は知っていると思うし、興味があれば調べると思うから

所謂自己肯定力の低さ」と「性被害」や「虐待」の因果関係については長々とした説明は控える。

私がそういった専門のカウンセラーに言われて一番腑に落ちたことを簡単説明すると

性格形成の時期に一番信頼できる身近の存在であるはず(あるべき)家族から酷い扱いを受けたのに外で出会った人間を信頼できるはずがない」

ということらしい。まあ確かに

大人になった今思うと、家族など偶然で協同生活をしている集団しかないので

家族なんかよりよっぽど信頼できる存在は外の世界にいるはずなのだ

私は強く家族に執着していたからなおの事家族については「一番信頼できる身近な存在であるべき」だったのだ。

家族に強く執着していた理由だが「宗教」だ。

私の家族は全員同じ宗教信仰している。

というのも、父と私たち兄弟については生まれた時から親の方針で入信していただけだが。

母は父と結婚タイミングでその宗教存在を知り、今では父よりも熱心な信仰者だ。地域幹部らしい。

その宗教哲学ひとつにかみ砕いて言うと

家族は何よりの宝だ」といったような、要は家族を大切にしなさいねというメッセージ

繰り返し、繰り返し出てくる。

私が生まれた頃にはもう母も父も地域幹部

特に母親は熱心に宗教活動をしていたため、信仰者の会合に連れていかれたり

家で会合が開かれたりする場合もあった。

そして何度も「家族を大切にしなさい」という思想に触れる。

母も私が冒頭で書いた文章のように過剰なほど父を褒め、「うちはい家族だよね」と繰り返す。

今思えばこのとき、父の浮気借金で苦労し、そう自分に言い聞かせたり子供に悟られない様にしてたためかもしれない。

私は、家族を大切にしなければいけない。家族はなにより大切なものだ。悪く思ってはいけない。そう思っていた。

思っていたというか、そう育った。

それなのに自分人間としての権利を侵されたこと、そのことに対して怒りや憎しみを覚えることへの罪悪感。怒りや憎しみを抑え込むストレス

そういったものでどんどんおかしくなっていた。高校生の後半の頃には毎日のように吐いていた。

ただ私は、その時原因が分からないもの学校という環境自分適応できないんだと思い大学への進学を希望しなかった。

家庭が貧乏だとか、まあそもそも勉強もそんなに好きじゃないとか色々な理由はあったが

一番は、もう「学校」という場で同年代人間がたくさんいるところに身を置き、やっていく自信がなかった。

大学勉強しないと叶えられない夢もあったが、私の夢なんてくだらないものと思ったし、その夢を自分が叶えられる自信もない。

私は幸い就職に力を入れている高校に通っていたので難なく就職できた。

しかし、私はその職場を三年で退職した。

めっちゃくちゃ長くなるので割愛するが、やはり前述した人を信頼できないという部分が大きくストレスになったと思う。

他にも職場環境自体の悪さなど、いろいろとあったが。

人を信頼できないというのは、具体的に言うと私の場合

「嫌われているんじゃないか」「使えないやつだと思われている」「いない方がいいと思われている」

と思ってしまう。こういう思いを中学生のころから人と関りを持つたびに感じていた。

学生だったころはまだいいが、仕事となるとこうした不安支配され

頭が混乱し周囲が気になって仕事に集中できなくなり仕事を続けることが難しくなる。

ちなみに、今でもこれはある。

精神病み仕事を辞めて、初めて医療に繋がった。

しかし私はこの時社会生活適応できず精神を病んだと思っているので、もちろん病院で家庭の話などしない。

この頃は実家暮らし昼夜逆転生活をしたり、早朝の三時から五時くらいまで近所の公園でぼーっとしたり

突然意味の分からない理由家族にキレたり、両親に過剰に甘えたり、暴食したり、めちゃくちゃストイック会社員時代契約したジムに通ったり

自覚はなかったが本当に頭がおかしかった。

この「過剰に甘えたり」の部分。

リビングで寝転がってテレビを見ている父の隣で寝転んで一緒にテレビを見ている内に寝てしまった。

その時に性的被害を受けた。私が途中で起きたこと、そしてそれを父も気づき何なら乗り気と思いエスカレートした。

成人しているわけだし嫌なら嫌だといえばいいと思う人もいるだろうし、若い女が自分から異性にべたべたするから悪いと思う人もいるかもしれない。

私ですら今でもそう思う時はある。(娘にとって父親は異性ではないのは確かだが)

まあ、この時なぜすぐに拒絶できなかったのかということや、その後の感情については自分でも今明確でないので

書くのはやめる。薄くもやのかかった状態イメージだ。

ただ同じような被害に遭った人や未来自分のために言うが

悪いのは絶対に100パーセント相手だ。これは私の感情ではなくて事実

この事実と私の感情はちぐはぐで、だからこその7割の「罪悪感」だ。

今は一人暮らしをしていて、精神や身の安全は確保されている。

体調の問題で一日の勤務時間制限され、パートという雇用形態だが、何とか社会復帰もできた。

治療については心療内科への通院と、性暴力被害支援センターでのカウンセリングを受けている。

(ちなみに、初めて病院に行ってから被害自覚するまで1年半ほどかかった)

穏やかな日常で少しずつ自分のことを大事に思える様になり始めた。

しかし、母は兄や父の性虐待を知らないし「家族がなによりも大切」「うちっていい家族だよね」と

思っているので、頻繁に交流を求めてくる。

母についてだが、上記のような思想持ち主でヒステリック自分が一番で負けず嫌い

自分の功績に対するプライドが高く、精神的にも脆い面がある。

自分の功績というのは「いい母」であり「いい妻」であったことだ。

口が裂けてもあなたの息子と旦那に性被害に遭いましたなどとは言えない。

私は実家に帰ったり両親と食事をしたりするたびにちぐはぐな気持ちを抱えて家に帰ると何もできない時間がおとずれる。

父の稼ぎや教育で私が育ったのは事実で、今でも車を出してもらったり困った時に父を頼ってしま自分もいる。

でも、性被害事実なのだ

しかしこんなにお世話になっているのに、被害の部分だけで恨むのは都合がいいんじゃないかとか。そういうことだ。

父の日フェアの売れ残り商品自分が買ってしまいそうで怖い。

ごめん、過ぎちゃったけど~なんて笑いながらプレゼントを渡してしまいそうで怖い。

2020-06-22

今の人生における自分何事も中途半端すぎて人と比べてしまって敗北人生だなって思うから

来世はペット飼える家に生まれペット飼いたい、3歳4歳のころから習い事やって特技にしたい、負けず嫌い努力家な性格になって勉強ちゃんと向き合って頭良くなりたい、ゲーム上手くなりたい、共学で恋愛してみたい、楽器出来ないからってやらなかったバンドしたい、文化祭ステージに立ちたい、県内に無いからって受験させて貰えなかった美大受験したい、大学生のうちから上京して一人暮らししたい、SNSバズる絵師になりたい、学生時代に諦めたイラストレーター目指したい、誰からも愛される人間になりたいな 出来なかったこと全部来世に期待!

2020-05-20

大学院に入って、好きだった勉強がつまらなくなってしまった

俺は中学生ときから化学が好きだった。

高校ではもちろん理系選択、全国模試をやれば化学偏差値70をいつも超えていたし、先生にいつも色々と質問をぶつけていた。

化学の成績で俺の右に出る奴はいなかった。

大学は誰もが知る難関大学化学系に進学して、学部の間もそれなりに優秀な学生だった。

自分博士課程に進学して、優秀な化学者になる未来を思い描いていた。それを疑ったこともなかった。

で、いざ学部4年になって本格的に研究してみると、これがあまり面白くない。

割り当てられたテーマはやりたいことではなかったけれど、学部4年の1年間自分なりに頑張ってみた。

でもテーマの都合で見かけの進捗が同期に比べて随分遅い。

これが俺のプライドを傷つけたのかもしれないし、そもそも結果がなかなか出ないとやりがいがない。

じゃあ座学はというと、上にも書いた通り俺は”それなりに優秀”程度なので、研究室内に自分よりすごい同期がいるし、1,2年じゃ追い越せないような先輩もいる。

座学でも特段目立ったところがない。

だがそれ以上につらいのが、化学を”楽しい”と感じられなくなったことだ。

同期や先輩が、何かしらの論文だとか他人研究だとかについて楽しそうに語っているのを何度も見てきた。

けれど、俺は論文他人研究も”面白い”だなんて思ったことがない。

ギリ”interesting"はあっても、”fun"や"exciting"になったことがない。

教科書レベルの話ではない、突き詰めて詳細で、地道な研究データの積み重ねは見ていて楽しくない。

結局俺があんなに好きで、将来を捧げたいと思っていた”化学”とはいったい何だったのだろうか?

高校大学学部程度の勉強で語られる学問神秘性が好きだったんだろうか?

それとも俺がただの負けず嫌いで、化学他人に勝ってることが好きだったんだろうか?


コロナの影響で大学が閉鎖しているが、自粛間中化学勉強をする気があまり起こらなかった。

もうすぐ再開される研究活動を考えると憂鬱でたまらない。

2020-05-10

不人気担だということに耐えられない

おそらく読む人が読めば私の自担が誰かはわかってしまうと思う。でもどうにもならないので書きたい。あと贔屓目に贔屓目の入った記事だとは自覚していますよ。だから匿名で書いてます

自担天才だ。

入所してからずっと推されていて、いまはジャニーズJr.内の人気グループ所属している。その端正な顔立ち、大きなダンスパフォーマンスの時の表情、歌はあまり得意ではないのかもしれないけど、私は自担歌声が大好きだ。最近トーク力も上がってきちゃって困る。どうしようすき。アイドルとして大天才すぎる。あ、言い忘れてたけど演技もできる。さすがだね。

でも自担人気順はビリかビリから二番目か、そのくらいだと思う。

今のJr界隈はひどく残酷だ。ISLANDTV更新情報なるアカウントができてしまったせいでRTいいねから人気順が一目でわかってしまう。グループ動画はまあ、いいんだけども(だが自軍動画が一番じゃないと腹が立つ。デビューしたのにいつまで居座らせるつもり?これはまた違う話だけど。)個人動画地獄だ。同じグループの人気メンバーいいね数を見てがっかりしてしまう。なんで?微力だとは思いながら私の持つ20個のアカウントすべてでいいねを押す。でもいつもいいねの数はグループ内ビリだ。また私の悪い癖に5chを見てしまうことがある。ここを覗けば自担いいね数を引き合いに出され不人気だの最下位だの書き込みがなされている。あげくブスだの華がないだの。数字露骨だけど、現場露骨だ。公演に入っても四方同担いたことがない。さすがに見渡せばいるはいるけども自分の両隣や前後同担だった試しがない。オタクからすれば都合はいいけども本人はどう思うのかな、と悲しくなる。(話に直接は関係ないけどファンサ目当てにペンラの色変える他担、無駄からやめなね。)

いいのだ。自担の魅力は私が分かっていれば。それに彼は遅咲きタイプから黙っていても数年後にはきっと日本芸能界革命を起こしているはずなのだ。その時に増えたファンを見ながら私は古参アピールをすればいい。最高に気持ちいいだろうなあ。でもダメなのだ。その間が耐えられない。今もこの先も人気者でいてほしい。私が複垢いいねをせずとも4万いいねくらいついてほしい。Jr大賞は食費を削って毎日毎日雑誌のために走り回らなくても5位以内に入るくらいの人気がほしい。私は負けず嫌いから、私が応援する人は常に一番でいてほしい。オンリーワンという言葉ではごまかすことができない。ナンバーワンでいてほしい。これは私のエゴだっていくらにわかっている。

自担の何がダメなのだろうか。なぜ固定ファンが少ないのか。なにか足りないんですか。顔はいいです。とんでもなくいい。向上心があってセンスがよくて将来性もある。マジで何がダメ?私みたいなオタクがついてることだろうか。

2020-05-06

病んでしまった時の支離滅裂日記

無気力人間とは呼ばれなくとも活力の無い人間だと言うのは分かっていた。だから負けず嫌いが本当に羨ましい。昔からまらない子供だと言われた記憶はあって自分自身子供なら燃え上がる物に冷めていた自覚はある。小学校の頃から毎日校庭に遊びに行く友人の誘いを断って毎週二〜三回は図書室に行きたい人間だった。これは友人に関しても近い事があって、人と話したいのに話していると急に人と話すのが億劫になる癖があり人と会話を続けられなくて、友人との距離は極端に近いかいかの二択になってしまう。これには自分なりの解釈がある。「友人と言うには一定ラインがあって顔見知りから親しい仲まで、どうもそのラインのちょうど良い位置にいる人間が周りにはいない」コミュニティ能力のある人間ならば友達以上親友未満の都合のいい人間を囲んで毎日の充実をある程度保証された様な生活を送っているはずだと思う。恐らくそれは正解に違いないはず。少なくとも僕の彼女はそちら側の人間であるから。僕にはその付き合いを継続する気力も無ければ魅力もない。今の時代コミュニティ能力が低い人にもインターネットによって多くコミュニティ形成出来る筈なのに残念ながら僕はインターネットで話す事も退屈だと感じてしま人間だった。聞こえて来るのはLINEトーク。聞こえて来るのは二時間の立ち話。そんなものの何が楽しくてやってられるって言うんだ。社会的排斥される意見を僕は考える。決して声を大にして唱えられる訳ではないが。

2020-04-07

ひっぱる

足を引っ張る人間は、自分のことが大好きで、だれよりも成功したいって思ってて負けず嫌い

他人より優れてるし、自分こそが選ばれた人間だって思っている人。

なんだろうけど、たいてい自分の力量を見誤ったゴミクズ

ノーロジック感情むき出しか、非論理的説明で周囲に困惑をもたらすか。

どちらにも言えることって、こいつ真正馬鹿だということ。

地頭の良し悪しってこういうことなのかもしれない。

自分あんなふうにならないように努力しないとなー(小並感

2020-04-02

アドバイスされるのが嫌いだ

オレは負けず嫌い

アドバイスを受けると負けた気持ちになる

逆に誰かにアドバイスをすると優越感を感じる

からこれからガンガン他人アドバイスして行きたい

アドバイス王にオレはなろうと思う

そのためにはどうしたらいいと思う?

誰かアドバイスください

2020-04-01

anond:20200401182451

つよく言うと

よくないか

やわめに

言ってる。

日本語にはよくある。

負けず嫌いとか。

内心

自粛希望だが、

できないなら

中止を要請したい

てきな

2020-01-14

anond:20200114111349

あの嘘つき負けず嫌い池田が謝るわけないだろ。

形だけの謝罪はあるだろうけど。

2019-12-12

anond:20191211101840

仕事しながら二人も育てるの大変よね疲れるの当たり前よ、よく頑張ってる。

家は発達だからペアレントトレーニング受けさせられまくって色々教えてもらってるけど理想通りの親として動くのは難しいよね。

お子さんの性格を知らないから何とも言えないけど発達障害用の育児方法曖昧さを無くし解りやすく明確にって感じだから普通に大概の健常児にも使えると思う。

早く用意しなさい!って曖昧にいうより、タスク全部可視化して全部出来たにしようねってやってみるとか。

https://ilike.style/3915

上のブログみたいにホワイトボードマグネットシートで朝にやる事をわかりやすくするとか。

お子さん二人だから負けず嫌い性格なら黄色と赤とか2色のマグネットシートで二人の行動を分けて、どっちが最初に全部できるかなヨーイドン!って競争させてみるとか。

宿題時間を決めてタイマーつけて、ご褒美用意するとか。

うちの場合時間内にできた宿題の回数マリオカートアプリゲームで遊ばせてる。

シールスタンプシート用意して、全部溜まったらご褒美とかでもいいし。

あと褒める育児疲れただろうけど、褒めるのは行動のモチベになるからやった方が楽に動かせる、やってない時に怒るより、やり始めた時に遅かろうが何だろうが褒める、ギリギリにやっと着替え始めた状況だろうと着替えはじめて偉いねレベルで褒める。

2019-10-28

ミライアカリ 悲壮感が漂う2周年記念生放送

vtuber四天王の1人

チャンネル登録者74万5000人(過去最高75万で現在減少中)

vtbuer第三位

去年の一周年記念はMi:Liveというリアル有料ライブを開催していたが

今年の二周年記念は無料生放送のみ

放送最後ミライアカリは半泣きで次の言葉を語りだす

ミライブ、やりたかった、でもやれなかった

ごめん・・・・なさい・・・・(泣)

なんだろ、みんな楽しみに待ってくれてたと思う・・・リアルイベント

2周年・・・2年経ってできることがたくさん増えました

でもそれと同時に、できないこともたくさん増えました

手に入ったものもいっぱいあるし、でも失ったものもたくさんあります

2年目に入ってからんーそうだな・・・ちょっとね、たまに心がちぎれそうなくらい、泣く日が増えました

なんかね、頑張ること大好きだし負けず嫌いだし、這い上がり精神もたくさんあるんだけど

なかなかにやりたいこといっぱいあってもできないことがたくさんあって

で、今日今日までこう3年目の展望をこうね、生放送中に言おうともちろん思ってたんですけど

今日今日まで実は3年目の展望がなかったんだ

ずっとね数か月間考えてたんだけどなくって

でもね、今日そのー朝起きてみんなにね、リプとか返してて

「これからも一緒に歩んでいかせてください」っていうファンの方からリプいただいて

それを返しているときにハッとしたというか、そういえば自分ってへっぽこだからさ「みんなアカリについてきて!」とかさ言わないんだよね

いつもそういや自分って「みんな一緒に、アカリと一緒に歩んでいってください」って言ってたなって思って

こんなねなんか「ついてこい!」なんて言えなくて、アカリはさ、全然へっぽこだからみんな一緒に、一緒にアカリと一緒に、同じ歩幅、一緒に並んで歩いてほしいな

一緒に頑張ってくださいっていう感じだったなってあらためて気づいて

でなんか、なんだろうな、そのあとね「ミライミライ」を聞きながら髪をセットしてたんだよ

でねーなんかそのときに「ミライミライ」の中で「ハローハロー聞こえますか」ってあるじゃん

でアレが流れたときに、そういやみんなの「ハロー」をここしばらくちゃんと聞こえてなかったかもって思ったんだ

みんながすごい素敵な言葉とか応援メッセージをね、こうアカリにいつも届けてくれてるのに

いつも「ハローハロー聞こえますか」ってこうアカリに言ってくれてるのに

アカリはなんだろななんか、心無い言葉とかたった一つの悲しい言葉に振り回されたりでせっかくのみんなの「ハロー」を聞こえてなかったなぁって思った

でも今日朝改めてみんなの言葉を見たりしてて・・・・聞こえた

何言ってるかわかんないんだけど、3年目・・・展望・・・今日までなかなか出せなかったんだけど

3年目もアカリと一緒に、どうか歩んでやってください、お願いしま

2019-10-17

anond:20191017081328

これだわ。苦言呈したくなったらもうあった。

 

元増田に足りないのは、マッチするゲームじゃなくて、困難を努力して乗り越えて達成する成功体験とか、諦めない負けず嫌いの心とか。

まあ女の人にはどうしても多いんだけどね。男女差あると思う。普通そういうときどう森とか牧場物語とか勧めるんだが、一方ではワクワクを求めてると断言するのがどうしたものか。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん