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2020-07-25

いつも元気で明るく無邪気な君へ

誕生日おめでとう。

暗いニュースばかりが流れる昨今、天真爛漫な君はそんな世相もどこ吹く風で生きている。

仕事の話、同僚の話、趣味の話、美味しい飲食店を見つけた話。

まるで君の周りだけ哀しみや苦しみが存在しないように思える。なんか日常系漫画世界を地で生きてるような感じ。

実際、リラックスが服を着て歩いてるようだよ。君はいつもニコニコ笑っている。

でもさあ、それでいいの?本当にその人生でいいのか?

年代で正しく生き続けている人間は、俺なんかはそうだと自負しているけど、君と正反対人間ばかりなんだよ。

喜怒哀楽の「喜」と「楽」をそうそう出さずに日々生きている。俺たち正しく生き続けた人間の心の中は曇りときどき晴れって程度で、君みたいに毎日快晴なんて奴は頭のネジが飛んでない限りありえない。義務責任が君より圧倒的に多くて重いから。精神的に辛くない状態なんて学生時代で終わりになるのが普通なんだよ。

だって俺たちエリートから

正規雇用者平均の2倍近い年収稼いで、首都圏に家建てて、妻子養って、同期に出世で一歩も遅れず頭フル回転で働き続けているから。まともに生きてたら人生って大変なんだよ。君みたいに楽しくニコニコ生きるのははっきり言って異常。

君の仕事、人気ないよね?底辺職の代表例だよね?社長以外で年収1000万稼いでる人いないよね???

こういうこと言うと「その仕事がなくなったら世の中困る」みたいな反論する人必ずいるけど、それって単なる反射で言ってるだけだから

「優しい人が好き」って公言してはばからない女がオラオラ系の男と付き合うのと同じ。

本音では君の職業尊重してる大人なんてそうそういるもんじゃない。問答無用で見下してるよ。

採用面接とき『親御さんはなんて言ってるの?本当にいいの?』って念押された」って言ってただろ?そういうことだよ。

今まで仕事で君に感謝してくれた人、労ってくれた人、みんなもし自分の子から君の仕事に就きたいと言われたら取り乱すと思うよ。反射的に引っ叩く奴もいるんじゃないか

結局、みんな局面に応じて「底辺職を差別しない自分」という役を演じてるだけ。世間は君の仕事を疎んでる。


もういい加減大人ごっこはやめにしろよ。大人人生歩き始めろよ。

エリートは無理にしても世間からまれない職業に就くにはまだぎりぎり間に合う。背広を着る仕事にはなりふり構わず頑張れば多分就ける。

社労士取るでもいい。応用情報受かって上手いこと経歴をお化粧して上場してることだけが取り柄のIT企業に飛び込むもいい。

早くこっち側に登ってこいよ。そして、難しい顔して緊張しながら生きる「大人らしい大人」になれよ。今からでも年収600くらいは狙えるだろうよ。


「どんな職業尊い

これが大嘘だって早く気づけ。

本心を偽ってまで非差別者であろうとするのが世間の当たり前だし、その自分の中の欺瞞無自覚本心だと錯覚することすら当たり前だと知ろう。


まともな人間背広を着て、東大卒と机を並べ、4000〜5000万の住宅ローンを頭金なしでも難なく組めるような仕事に就いてるんだよ(クリエイターとか芸術家は別だけどね)。

君の仕事尊重して、労ってくれた人々は全員嘘つきだ。

同窓会あったの知ってるか?

君の職業を「ふさわしくない」と見なしたみんなが去年を最後に呼ばないことに決めたんだ。

もちろん、差別心が露骨に出ないよう細心の注意払った表現、持って回ったような言い回しをしてたけどね。

まあみんな大人になったって証拠だよ。


一番の仲良しだった君へ。

早くこっち側に来い。

2020-07-19

もう一度君の顔が見たい

7月18日、曇りときどき雨、突然入った訃報ニュース

同い年の人気俳優、いつも笑顔の絶えない彼が自殺した。死因は首吊りらしい。

とにかくショックだった。ショックだったからここに吐き出させてくれ。

笑顔の素敵な彼だった。はにかんだ笑顔はいつもキラキラ輝いていた。

出てた番組を全て見ていた訳でもない。それでも顔を見れば名前はわかる、同い年でもあって勝手に親近感を持っていた。

9月からドラマ、楽しみにしていたよ。

なんで死んでしまったんだい。もう死役所は通過したのかな。

ニュースに気づいた時は実感がなかったけれど、音楽の日を見ながら、流れてくる歌がだんだん彼のことに思えてきてモヤモヤした気持ちじわじわ浸食しはじめた。どんな気持ちで死を決めたんだろう、どんな気持ちで紐を握ったのだろう、どんな気持ち首にかけたんだろう、その手を止めることはできなかったのかい

娘を寝かしつけて静まり返った部屋でテレビをつけるとNEWSの生きろ!が流れるところだった。中居くんが3人になったNEWSに優しく声をかけるシーンが印象的だった。

生きろ

生きろ、生きていてくれ、生きていてほしい

毎週木曜日笑顔を見せていてくれただろう、もう見れないなんて、新しい表情がみれないなんて

番組が終わって1人部屋でTwitterをいじる。

横にスワイプすると彼のキリッとした表情と悲しい文面。もう君はこの世界はいないんだね

辛くなって布団に入るけれどなかなか寝付けない。遠くで車が大音量で走っていく音が聞こえた。

そのとき、初めて、引きずられる、と思った。何か大きな磁石みたいな力が車の走った方向へ心を引っ張ろうとしていた。

今外にでたらたぶん危ない。隣で眠る娘の手をギュッと握った

君は。こうやって誰かの手を握って安心して眠ることもできなかったのかな。

見つかったのは13時、行動したのが夜なのか朝なのかはわからない。見つかったときかに心音が動いていたとワイドショーで言っていた。ということは朝方なのかな、目覚めてから行動したのかな、もう一晩待ってくれたら、今日は、7月18日は久々の晴れだよ。綺麗な青空が見えるよ。

朝起きてテレビをつけると、昨日の出来事を放送していた。やっぱり現実みたい。映画番宣だったらいいのにというツイートをみた。詐欺だよ、騙されたね、って。そう言いながらテレビに出てきてほしい。

外に出て娘と散歩した。いつも通り人が行き交う道。笑い声、笑顔。久々の快晴からか楽しそうに見える。道もキラキラしてみえる。娘の顔もキラキラしている。

もうこの空の下を歩くことがないんだね。テレビにも出ないんだね。雑誌にも出ないんだね。さみしいよ。

天国はどうだい、向こうでも歌を歌っているのかい演劇をしているのかい、そちらの天気は晴れですか。

何人もの芸能人訃報を耳にしてきたけれど、ここまでショックだったのは君が初めてだ。こんなにも君のことを考えるのも初めてだ。こんなにも君の存在が大きかったなんて。

朝のワイドショーで元アナウンサーが、

死にたいではなく生きたくない、と言っていた。

生きたくない。生きるのが辛い。

死にたいわけじゃない。ただ、生きていたくない

そう思ってしまったのだろうか、生きていたくない。でも、私はあなたに生きていて欲しかった。

しばらく天国で新しい生活を楽しんでください。そしてもし、また、この世に戻ってきたいと思ったのなら、また来てください。また歌とダンスをみせてください

三浦春馬さんのご冥福をお祈りいたしま

2020-07-07

泉南イオンアンダーグラウンド

大学一年とき講義で紹介されて気になっていた『アンダーグラウンド』という映画がなんとイオンシネマでちょうどリバイバル上映中だと知って、これは天命だと俺は思った。

一年前に知った映画をふと思い出して検索をかけたら、ちょうどその時にリバイバル上映をやっている。ものすごく有名で超人気ってわけでもない映画なのに!

最寄りのイオンシネマ泉南市にあって、交通費は片道だけで千円かかる。あのクソ遠い関西空港よりさらに遠い。でも行けると思った。当時はまだ元気があったし、なにより運命みたいなものを大切にしようという心がけがあった。

泉南はやはり遠かった。大阪梅田から離れるにつれてドンドン田舎感が増していき、イオンモール最寄りの岡田浦駅なんかはほとんど無人駅みたいな寂れかたをしていた(本当に無人駅だった気もする)。

上映まで1時間くらい時間があったから、近くの浜に行った。秋も半ばで空は快晴、陽は落ちかけているが、夕暮れというほどでもない。空がいよいよ夕焼け色になってある種の華やかさが生まれる前の、一番寂しい感じのする時間帯だった。海の周りの道路は広くて綺麗なのに通行人は俺しかいなくて、それも寂しい感じがした。大きな人通りのない交差点に「岡田浦朝市→」と書かれた案内看板があって、なんだかポストアポカリプスみたいで胸騒ぎがした。たぶん普段交通量も多く、全然寂れてなんていないんだろうけど…。

しばらく泉南マーブルビーチというところで海を見た。所詮大阪湾だからたいした感動はないんだけど、それでも海は海だった。浜に敷かれた白い砂利が綺麗だった。

イオンのなかで何をしたかはあまり覚えていない。映画館の作法全然からなくてチケットを買う時にどぎまぎしたような記憶けがなんとなくある。

小さめのスクリーンで、客は俺を入れて4人だった。ひとりは似たような年頃の青年で、後の2人はヤンキーっぽいカップル。どういう動機でこの映画を観てるんだろうなと思ったが、まあよく分からんのはお互い様かもしれない。

映画はよかった。あんまりキッチリ理解できた気はしないけど、しっかり覚えているシーンが複数あるってことはい映画だったんだろう。

上映が終わったのは8時過ぎで、帰り道は真っ暗だった。ぼんやり歩いていたら草薮に思い切り接触して、パーカーの腕じゅうにひっつき虫(ヌスビトハギというやつらしい)の種がついた。真っ暗で人通りのないなか自然対峙(ってほどでもないが)しているといよいよ寂しい感じがして、ちょっと泣きそうになった。

家に帰るころには10時を回っていた。なんだかい体験をしたなあ、と強く思った。大学生活で一番青春を感じた一日だったかもしれない。

ーーー

っていうわりと美しい思い出がある場所がクソみたいなインターネットミーム聖地になってたときの悲しみ、わかるまい!

2020-06-12

今日本当に昼から雨が降るのか?ってくらいの快晴

2020-06-11

おっさんが初めて空を飛んだ話

三十路半ばで、生まれて初めて飛行機に乗りました。

幼い頃から機会は何度かあったものの全てフイになっていました。

マリンジャンボの抽選は外れたし、スーパー懸賞旅行は「金がない」と両親だけが行った。

狂人ハイジャック事件が起きて、修学旅行長野県スキー場になってしまった。

弟は部活試合北海道へ行ったし、妹は豪州ホームステイ

送迎や仕事空港へ行った事は数あれど、家族の中で空を知らないのは僕だけとなっていました。

もうこりゃ空と縁がないのだろうと思っていたし、「今更何だってんだ」と意地にもなっていました。

職は変われど働き詰めであまり余裕も暇もなかったのです。

ところが、こんな時期に仕事離島へ行く事に。

まれて初めて「搭乗客」としてやってきた国際空港

梅雨時とは思えぬ快晴猛暑日

疫病で閑散とした広大なターミナルを歩いていきます

無人カウンターで発行されたチケット簡素レシートのような紙。

腰にベルトを着けたままでブザーを鳴らしてしまった保安検査

画面や本の中で数え切れぬほど見て聞いて読んできた風景です。

現実感の無さと過去の巡り合わせの悪さと興奮がない交ぜになりつつ搭乗を待ちます

アナウンスが鳴り、列に並ぼうとしますが席は通路側。

並んだ搭乗客の列はいしか通路から屋外へ。

エアバスA320。それが初めて乗る飛行機でした。

古式ゆかしいタラップ車の階段を登って機内へ。

荷物棚にカバンを入れ、窓際の座席へ。

同行者の好意で、座席右翼側の窓際です。

椅子は硬めで前後は広いとは言えませんが、おっさんは車が好きなのでこうしたタイト空間は苦になりません。

シートベルトを締めてその時を待ちます

さな窓の外に見える銀色の翼。

嗚呼自分は本当に飛行機の機内にいるんだなぁ。

アナウンスが鳴り安全確認、続いてCAさんの救命胴衣の実演。

形は変われど、昔から画面で見てきた光景のもの

遠退いていた現実感が徐々に戻り始めます

時間にして数分後、後ろから轟音が響き窓の外の風景ゆっくりと動き始めました。

昔働いていた工場にあったジェットヒーターのような音。

これがジェットエンジンなのかと思っていたら、続けてさらなる轟音が響き渡ります

APUを使ったジェットエンジン始動

窓の外の景色も移り変わり、そして止まる。

エンジンの轟音は更に響き渡り、機体は加速開始。

脳裏に浮かぶのは加速が自慢な過去の愛車。

いや、それ以上です。

僕にとって飛行機は今まで乗ったのりものでは最速のはずですから

縦揺れを感じながらの加速を経て、浮遊感を感じました。

あっという間に窓の外から地面が消えて離陸。

すごい、飛んでいる。

それまで自分情報データしか知らなかった速度で、みるみると機体は上昇していきます

窓の外の風景はあっという間に航空写真衛星写真のような風景に…

こうして初めて、おっさんは空を飛んだのでした。

隣席の同行者曰く、まるで子供を見ているようだったと。

座席を譲ってくれた同行者には頭が上がりません。

こんなよくわからない文を読んでくれて有難う。

2020-06-10

俺にもまだ人間の心が残っていた [追記あり]

昨年4月、うつ病発症した。

大手電機メーカーの孫会社アフターサービス部門転職して2年目だった俺は、

常に月100時間程度の残業をしていて、ちょっときついなぁと言う感じは自分でも分かっていた。

お客様先の都合により早朝からの勤務や夜間待機も有り、一日の大半の時間社用車運転に費やされる。

日中自社のコールセンターから社用携帯に指示が飛んできて、基本的にはその日の内に指示を処理しなければならない。

部材の入荷状況や指示の処理具合によっては翌日以降に持ち越す事も出来るが、持ち越した日が苦しくなるだけだ。

諸先輩方も同様な労働形態で十数年やってきたと言われていたので、

今は苦しいが自分もいつか慣れる事が出来るだろうと漠然と考えていたが甘かった。

その日は突然やってきたのである

朝、起きれなくなって会社に行けなくなってしまった。

幸いなことに、翌日には心療内科の予約が取れてうつ病で有ると診断された。

半年休職期間をおいたが、職場には戻れそうになかった。

仕事自体は好きだったが、やっぱり俺には激務だったのだ。

元々心が強くない事も有るのでもっと落ち着いた職場を探そうと思った。

しばらくは健康保険傷病手当金で食べていたが、それの期限も切れた。

次に失業給付金受給することにした。なかなか心は復活しそうにない。

医療費圧縮しようと思って自立支援医療費の申請をしたらついでに障害者手帳交付された。

俺は精神障害者2級に該当するらしい。

もう貯金も底を尽きようとしている。

お金もない。仕事もない。障害者

つのまにか俺は無敵の人になってしまった。

仕事に行けなくなってからもう1年以上経っていた。

日常生活は辛うじて行えているが、いきなりフルタイム仕事に戻れるかと言うと自信は全く無い。

職人になれるような技や資格も無いし、振り返ってみれば学歴だってガッタガタだ。

オリンピック景気が有るから2020年になれば良い仕事が出てくるかもしれないと思っていたが

このコロナ騒動のせいでハローワークに出入りすることさえ制限が出てきている状態だ。

今日失業給付最後認定日だ。

よく関東最高気温が記録される市に隣接しているこの市も6月初旬になれば真夏日になる事がたびたび有る。

少し前から自粛太りを解消する目的ガソリン代の節約を兼ねて少し遠いハローワークには自転車で行っている。

ハローワークには14時から14時半までに着けばいい。今日自転車に乗ってゆっくり出かけよう。

快晴とまではいかないが良く晴れていて暑い。昼下がりの真っすぐな太陽光背中に刺さるようだ。

から出て5分経つか経たないかでもうTシャツ背中は湿っている。

もしこのまま仕事が見つからなかったらどうしようか…。

秋葉原通り魔事件から12年経ったというニュースを何日か前に見た。

俺もヤケクソになって自動車特攻したり、刃物を振り回してしまうのか…?

失うものはもう何も無い。生きていくのは辛い。

この世の中に自分の居場所はどこにも無いのかもしれない。

ここ数日そんな様な考えで頭の中が一杯だった。

俺の乗る自転車住宅地の中を走っていた。

メートル先にはおばちゃんの乗るママチャリゆっくりと走っていた。

ママチャリの前輪が道路の僅かな段差を拾い、ベルが小さく「リン…」と鳴った。

それを追い越そうとした俺の自転車も僅かに遅れてベルが「リン…」と鳴った。

なんだか自転車同士で挨拶してるみたいでかわいいじゃないかと思った。

焦燥していた気持ちが一気に和らいだ。

無事ハローワークにはたどり着けた。

来週もちゃん心療内科に行くし、就職活動も続けていこうと思う。

追記(6/11 00:22)

初めて増田文章を書いてみて、予想以上に反響を頂けて驚いています

傷病手当金は期限が切れたと言うよりは求職の為に打ち切ったと言う方が正確でした。

障害年金検討してみようと思います。助けてくれてありがとうございます

2020-04-04

失ったものの大きさに気づく

今日も何もできなかった。昨日も、一昨日も、先週も、先々週も。

部屋は乱雑に散らかり、湿った匂いを振りまく。堆積する洗濯物と本。傍らにあるピアノは、厚い埃に覆われている。

風呂に入るのが途方もなく億劫に感じる。食後の歯磨きをする腰が重い。それだけじゃない。出歩かない日に着替えをしないのはもともとだけど、爪も伸びるままだし、日課の朝洗顔おざなりになったし、ある日目についた眉毛は気づいてから2週間そのままだ。

やらなきゃいけないことはたくさんあるし、やりたいことはそれに輪をかけてたくさんある。先方へのメールアポ取り、日課ピアノ練習、チームの作業TOEIC勉強、部屋の掃除勉強ならプログラミングもやらなきゃいけないし、他に溜めている仕事もある。全て進行していない。現状を鑑みてできないはずがなく、単純にサボっているだけとしか言いようがない。毎日惰眠を貪り、空いた時間起きることもなくゴロゴロし、ギリギリ体が動くとき思い出したように少しゲームをして、ただ夜が更けるのを待ち、空が白み始めた頃になって、今日も何もできなかったという後悔・自己嫌悪とともに眠りにつく。そんな毎日を過ごしている。どう考えてもサボっている。

そう。できないのではない。やる気になれない。もはや自分が頑張ることに意義を感じない。今の頑張りが明日につながるようには、到底思えない。今頑張ることは、明日含み損を減らしこそすれ、すでに抱え込んだ大赤字を解消してくれるわけではない。雪だるま式に増える借金の、無限に膨らみ続ける利息に押し潰される人生しか思えない。

誰も助けてくれない。おそらく、自分明日を気にしてくれる酔狂はどこにもいないのだろう。自分過去に目をかけてくれた人もほとんどいないから。私はこの数年間、日々硬直と停滞が進む体と神経に抗いながら、ボロボロになっていく心を誤魔化しながら、それでもできる範囲で実績を積み上げてきた。だとしてもそういうことなら、その実績はハリボテだし、ひいては自らの人生も廃棄寸前の見切り品しかなかったということだろう。そうではないと言える証拠は乏しいが、そうであると言える状況はいくらでもある。

どうしてこうなってしまったんだろう。どこかで道を間違えたことは分かっているが、どこかを修正してもこうなる未来から逃れられない気がする。

こんな状況だから……というわけでもないが、『恋する小惑星』というアニメを観た。『恋する小惑星』に登場するキャラクターたちは、与えられた問題に対して先送り的な解決法を見出しているシーンがいくつかあったように見受けられた。

正直、はっとさせられた。誰に限った話でもない、みんな明日に対する無力感は持っているし、それを根本的に解決する力を持っていない人だっている。でも、自分の周りにいる誰かが受け入れてくれるなら、明日意味生まれる。明日に何かあるなら、今日頑張れる。関係によって、問題をうやむやにしてしまうことで、多くの人は救われる。私にも、そのような光景があったならば。

いや、違う。私にも確かにあったのだ。単に選ばなかっただけで。選ばぬことを選んでいるうちに、一向に姿を見せぬ青い鳥を探し求めているうちに、褒め言葉や励ましは全ておべんちゃらに聞こえるようになり、損得勘定によって物事判断するようになり、快晴の空に思いを馳せる心の余裕が追いやられ、やがて慈しみの関係絶滅したのだ。それからのことは、語るに及ばず。私は、自分の逃した魚がどれほど大物だったかを、この段になって初めて悟った。

しかし。だからといって、だからといってどうすればいいのだ。もはや人と話していても言葉が通じている感触がない。失われた関係も、捨て去った機微も、粉々に崩れたパーソナリティも、もう戻っては来ない。軌道修正するにも、燃料の残量は少ない。気づいたところで、目の前にそびえる借金が消えてなくなるわけではない。

価値のない人間の行動に、価値は見出されない。価値のない人間言葉は、空虚のものだ。価値のない人間との関係は、価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない価値がない

詰んだ。来ないかもしれないかもしれない明日に、望みをかけて耐え続けることに何の意味があろうか。どうして誰かの代わりにもなれない欠陥品なのに生きていかなきゃいけないのだろう。これから何年、督促状でできた蟻地獄に耐え続けることになるのだろう。

存在しないと分かってもなお、私は銀の弾丸を探し続ける。生きている感覚がない。きっと4割位死んでいる。

2020-03-28

基準基準てさぁ…!!

不要不急の判断もできないのかなって思ってしまう。

神経質になりすぎている人もいるけれども、ただの送別会とか

病院通いとか、どうしてそれが判断できないのかなと。  

もちろん前者は不要不急、病院も行かないといけないのであれば

不要ではない。

基準は単純だと思う。  

それ以上に大事用事ができたときに、スキップできるか否か。 

 

例えば歯医者の予約。

重要会議が入ったときに、予約を延期できる程度の痛みであれば

通常なら真っ先に会議に行くと思う。

痛くて眠れないんであれば、行けばいい。 

 

なぜそれが判断できない?

 

飲食店の予約なんて、しょっちゅうすっぽかされている。

それなのになんでこんな時に、予約してるからって行くんだろう?

みんながみんなそんなに飲食店に対して誠実であったか?

こんな状況なんだから飲食店顔も理解してる。

キャンセル電話1本で済むのであればわざわざ出歩く必要はない。

 

 

なんでそれが我慢できないの?

 

マスク試着しかしちゃだめだって言う学校もびっくりした。

何の冗談かと思った。 

 

自己判断に自信が持てないか責任が取れないからって

何か違う気がする。

こんな時にもかかわらず、セブ島旅行だのスペイン旅行だのいく阿呆もいる。

そーゆー阿呆今、成田で拘束してどっかにぶち込んでおけと思わずにいられない。

 

 

爆買いする人もそう。

落ち着いて冷静に自分判断しようよ。 

 

爆買いする人の家には、すでに大量のものストックされて私は信じてる。

ミニマリストの対極、マキシマリスト

大量に買ってもどうせ腐らせるだけなのに。 

 

ちなみに、冷蔵庫の中身が空っぽになってから買い物する方が節約効果は高いです。

今この状況で、状況に振り回されずに、今後のことを考えて

勉強するなり資格を取るなり節約に励んだり副業を在宅で始めたり

株の勉強するとかもっとシンプルに家の大掃除をして無駄もの処分したりして

そうやって過ごす人がきっとこの後の不況とか経済の混乱とか全部

冷静にやりすごせるんじゃないかな。 

 

私は、もともと仕事が在宅だし、偉そうなこと言っときながら地方在住なので

都内の人たちほどストレスを感じてはいない。

ただ都内の在住の同僚たちの話やニュースを聞いてると上記のように思わずにいられない。 

 

在宅の仕事始めたのは2年前。

それまでは、ずっとドラッグストアで働いてたから、タイミングが悪かったら

私はこのコロナ騒動のど真ん中にいたのかもしれない。

顧客対応にブチ切れながら、感染する恐怖に怯えて、でも休めないし辛かったと思う。

大嫌いな仕事だったし、当時から休みなんてなかったから、体力的にもすごいしんどかった。

 

 

でもそこでない時間は何とか捻出して、勉強続けたから今の仕事につけた。

在宅にしたのは、もちろんこの状況予期したからじゃないけど、人と関わるのがもう嫌になったから。

結果的にこの仕事選んでほんとに正解だったと思う。

うんがよかった。 

 

ただ今度はどんな状況が起こって、在宅の方が不利になるかわからない。

本当に何が起こるかわからない。

から今は、仕事の合間を縫って、仕事の幅を広げるように、

ビジネス書読んでみたり、個人クライアントに新しいサービス提供してみたりしてる。

万が一在宅で働なったときに外でもちゃん就職先を見つけられるように。

ドラッグストアならいつでも戻れるけど、もう一生も働いたのでいいです。 

 

明けない夜はないんだ。

ただ、開けた先が、快晴だとは限らない。

夜が明けても台風可能性が高い。

から今は、体力とスキルお金を貯めとく。 

 

開けた時に、何も気にせずに、趣味旅行いっぱい楽しめるように。

しっかり準備しときます

2020-03-22

突然の死

から五年前、甥っ子が死んだ。豪雨の朝でその一報を聞き病院にかけこんだ。

1歳8か月だった。朝起きたら息をしていなかったという。

葬儀3月11日であの豪雨が嘘のような快晴

青空国旗半旗でなびいていたのを今でも鮮明に覚えている。

出産時のトラブルで重度の脳機能障害を持った甥っ子は自発呼吸は出来るもの意思疎通は出来ず、親より長生きは出来ないと言われていたそうだ。

それでも子供なのである

突然の死

冷たくなって小さな棺に収まった子の姿を私は一生忘れることは無いだろう。

さな棺でも余るほど幼く小さな子。

その隙間を埋めるように白い花を沢山詰めた。

2020-02-26

革靴に自信のある奴ら、居ただろ、教えてくれ

ちょっと前の革靴増田情熱にほだされて、革靴を買ったんだよ、革底の。一目惚れした、めっちゃかっこよくてキレイなやつ。今まで履いてたテクシーリュクスが6足買えるような値段で。「革靴はタイトに履くもの」「本物の革靴は伸びてくる」らしいから、ちょっとキツイかなくらいのを買ったんだよ。午後だったし。

足がクッソ痛いんだが。キツさは少しマシになったが、足の裏がめっちゃ痛い。クッション性0か?これは靴なのか?

タイル張りの床とかすっげえ滑るんだが。ちょっとでも湿ってたらスケートリンクかってくらい。

革底に小石がアホほど刺さってるんだが。蓮コラか?ってくらい。気持ち悪い。

高い革靴ってのは、歩くことを想定してないのか?冠婚葬祭等のイベント用で、普段遣いは考えられてないの?

あとこの革底の手入れどうしたらいいんだ?革なら湿って乾いたときヤバいよな?快晴が何日も続いた日でもない限り、靴底って湿るよな?履くたびに靴底用のクリーム塗るのか?

一目惚れたからには大事10年以上履いてやろうと思ってるんだ。なんか良い方法あったら教えてほしい

2020-01-16

大きな地震

あの時も天気予報が当たらず快晴か続いてる日だった

2019-11-19

家族箱根旅行

午前、彫刻の森美術館

天気は快晴

息子が入り口の噴水に足を突っ込むアクシデントはあったが、

全体的にとても良かった

7歳児、4歳児と来ても存分に楽しめる

子どもは変わった公園だと思ってる。

ネットの森だけで30分以上遊んだ

塔に登った帰り道、娘が一段ずつゆっくり降りるので軽く渋滞を起こす。

午後ユネッサン

キャンペーンで安くなってる

期待以上でも以下でもない

時間ぐらいが適当

リノベーションホテル宿泊

50㎡の温泉付きの部屋

探せばあらはあるが値段を考えると文句はない

二泊三日の旅行家族4人15万

3年に一回ぐらいならいいか

2019-10-27

雨雲レーダー

中国はいつも快晴だなあ、と思ってたら、そうじゃないんだってね。

なんで中国の雲も表示してくれないんだろ。

後でこっちに来るのにね。

2019-08-14

2020東京五輪の天候操作による暑さ対策

1年を切った来年東京五輪で暑さ対策をどうするかという話では未だにお粗末な対策しか存在しないのだが、実際に来年はどうするつもりなのだろうか。このままでは死人が出るレベルだがそれでもいいのだろうか。

気温を下げる上で最も有効なのは天気を操作することではないかと思っている(前回も行っていたらしいし)。これは公表できないだけで実際には計画されていると信じたいが、実際はどうなのだろう。

自分ランナーだが、直射日光が当たるか当たらないかではコンディションに雲泥の差が出る。

開会式閉会式だけ快晴で他は薄曇りから小雨というだけでも競技中の気温上昇抑制に大いに寄与するのではないかと思う。

からでも遅くはないのでもし計画されていないのであれば競技中の天候操作を行うべきであると思う。

2019-05-15

トンビに昼飯を盗られた

一口しか食べてないのに、盗られましたよ。

僕のローストビーフサンド、返してくださいよ。

ちょっと暑いけど快晴気持ちのいい日でした。

たまには外でご飯食べたくなって、気に入りのパン屋でなかなかいいお値段のそれを買いました。

公園の木陰に腰を下ろし、自分で淹れたコーヒーを添えます

褐色のお肉がパンの隙間からのぞいている。いいねえ。

一口。じゅわあと旨味が染み出す。うまいなあ。

さあもう一口

『バチィィィン!!!

気が付くとサンドウィッチは砂利の上で無残な姿をさらしている。

垂直に急降下してくるイメージだったけど、顔の真横から襲ってきました。

ひどいなあ、なんてことするんだよ。外道め、毒餌ってどこで調達すればいいのかなあ。

ビニール袋にサンドさんの亡骸を収め、とぼとぼ職場に帰りました。

ローソンおにぎりからあげクン(塩レモン味)買って食べました。

割と建物が多い街中なのに、しょっちゅうトンビが飛んでいる。

同僚に訊いたところ、同様の被害に遭ってる人は結構多いらしい。

外でおちおち昼飯も食えない街ってのも悲しい。

2019-04-13

こんなことになるなら早く縁を切ればよかった

うだうだと関係性を持ち続けた元カノと、遂に関係性を断ち切った。

なんかTwitterフォロワー減ってるなと思ったら元カノからフォローが外され、向こうはアカウントに鍵をかけ、僕からツイートは見れなくなった。

別れた後も何だかんだ1度会う機会があり、その際に復縁を匂わせるような発言を受ける。必ず考えた結果を伝えるとのことだったので、こちらとしては待つほかはない。大した音沙汰もなく、時間けが空虚に過ぎ去る。変に手綱を握られてるだけにこっちも何となく落ち着かない。

それから1月後、タイミングが合いランチをする。向こうから話し出すかと思ったのにも関わらずそんな感じでもなくただ最近の状況を話してして解散

こっちも流石に嫌気がさしていた。早くこのどっちつかずの状況を打破したいと思っていただけに今日のことは願ってもない状況であった。

変にモヤモヤした感情が残ってただけに、もうこれから関わることが無いと割り切れてからの心は快晴のもの、澄み渡った青空が広がっている。

こんな宙に浮かばされた状態になるなら早くさっぱり縁を切ればよかったと思っている。

今日は宴だ〜〜〜!!!!!!!!!

2019-03-08

本日の昼食問題

本日快晴なので二日ぶりのはま寿司へ行こうかと思う

期間限定さくらえびホタルイカが気になるので注文する予定

豪華1貫シリーズは値段の割りに満足度が低いので回避し、大体6皿食べる予定

腹の調子によっては+-1皿になるかもしれない

日新聞に入っていた折り込みちらしに1皿無料券があるので、これも利用する

こんな感じではま寿司攻略するつもりだ

2019-03-05

anond:20190305025904

自衛隊哨戒機米軍データリンクしてるんで、自衛隊特に何もしなくても米軍には何が起きていたのか(哨戒機がどんなレーダー波を受けていたのか)は全部筒抜け。つまり防衛省が嘘をつくことは、アメリカに対して嘘をつくことでもある。

韓国「天候が悪くて無線の感度が落ちて聞こえなかった」→日本「は?快晴ベタ凪でしたが?」「おたく反論動画でもこっちの呼びかけ音声は普通に聞こえるレベルでしたよね?」

韓国悪天候北朝鮮漁船が見つけられず火器管制レーダーを起動した」→日本哨戒機が来た時点で救助終わってましたよね?」

韓国側の説明がとにかく嘘だらけで、しかもその訂正が未だにない。

2019-01-15

属性の人と三連休で眩しいデートをした

はてなポイントメッセージをもらったことがきっかけでメールをやり取りするようになり、先日闇属性の人とデートしました。

 

車で2時間ほどの駅まで迎えに来てもらい、雪の残る山道ドライブ

夕暮れに彼の地元の宿について宿のカフェご飯

宿の近くの湖畔をドライブしながら街に出ました。

 

お酒を飲まずにこの時間に話せる場所がどこにもなくて、仕方なくカラオケ

あんなにメールをやり取りしたのに、私たちは初めて会った人同士で、改めて正面に座るのがなんだか気まずい。

私は次々に曲を入れて、すごく恥ずかしかったけど、ひとりで歌って時間が経ちました。

「人前で歌うのは苦手」とはじめは聞くだけだった彼だけど、釣られてきたのかトイレへいって戻ってきたらこっそり1人で歌っているのを発見

彼もすごく恥ずかしそうだった。

そこから彼も歌い始めて、最後は一緒に歌ったりもしました。

やっとちょっと打ち解けた感じがして、うれしかったな。

 

翌朝も宿のカフェで待ち合わせ。

昨夜走った湖畔を眺める高台へ連れていってくれて、湖から海に続く水面と晴れ渡る空をみました。

快晴

 

そのあと彼は桜の木立に囲まれた近くのカフェに案内してくれたのですが、時間が早くてまだ開いていませんでした。

ちょっと残念そうな彼。

最近出来たばかりのカフェチェーンにまだいったことがない」と彼がいうので一緒にいってモーニングを食べました。

 

それから「山がきれいに見えるところがある」としばらくドライブして海へ。

海辺公園で遊ぶ子供たちを眺めながらとりとめのない話をして、浜辺に出て冬の波打ち際をみて、地元の史蹟の草原を並んで歩きました。

 

車に戻ってまたしばらくドライブ

「この道を戻るとき山がきれいに見える」といわれ、高架をくぐり抜け元来た道を戻ると雪を頂いた雄大な山の峰が正面にあらわれました。

「天気がよくてよかった」とちょっと得意げに誇らしさでにこにこしているうれしそうな彼。

 

時刻は三時過ぎ。お昼を食べずにドライブしたので、少しお腹が空いてきました。

珈琲の美味しいお店がある」と地元に昔からあるレストランへ。

彼はキャラメルモカを、私はハンバーグセットをいただきました。

地元の人はみんなここへ来る。知り合いがいるかも」と彼はちょっとそわそわ落ち着かない様子。

 

実はカフェチェーンに入ったときも、カラオケへいったときも、彼はずっとどこかで知り合いに会うんじゃないかと何度も口にしていて。

そんなに気になるところへ、なぜ私を連れて来ちゃうのかな。

 

そろそろ日暮れになり、少し寒くなって来たのでお土産屋さんで浴用タオルを買って路地に並ぶ足湯へ。

 

冷たい風に吹かれながら並んで足湯へ入っていると、向かいに座ったおばあさんがちらちらこちらを見てくる。

「今頃のこの辺の名物といえば、やっぱり蟹ですか?」と話し掛けてみた。

「そうだね、やっぱり蟹だ」とおばあさんは応じてくれて「ここは美味しいものがたくさんある。私は長崎から嫁に来たけど、あなたこちらへ来たらいいよ」と思わせぶりなことをいわれる。

 

彼の方を見れなくて、すぐに話を観光に戻して、どうでもいいのに地元温泉について根ほり葉ほり聞いてしまいました。

 

すっかり温まって、ちょっと無謀なことをしたい気持ちになって、一緒に温泉へいこうと彼にいってみた。

彼はびっくりしていたけど、すぐに近くの温泉へ連れていってくれて。

 

私は温泉めぐり趣味で、温泉慣れしている方。

彼は「人と待ち合わせして温泉に入るのは初めて」といっていて、彼のいろいろな初めてを一緒に経験できることがうれしかった。

 

二人でぽかぽかになったところで以前はてなでも話題になっていたお寿司屋さんへ。

回転寿司なんだけど、ブログ話題になっていたお店。

彼の街はお魚が新鮮なことで有名。

握りも茶碗蒸しも、カウンターのお寿司屋さんに引けを取らない美味しさでびっくり。

店内は大混雑。彼は知り合いに会うんじゃないかとまた少しそわそわしながらも次々お皿を積み上げていきました。

 

それから朝の高台へ戻って、湖畔を囲む夜景と満点の星空を見ました。

誰もいない高台は静かで、雲の流れる音や星の瞬きさえ聞こえてきそうだった。

 

彼は星座名前を調べるアプリでずいぶん長い間iPhoneの画面を眺めていて。

二人きりの車内で小さな画面を一緒に見ながら画面の中の星空と、真っ暗な夜空の本物の星空を長い間交互に確認し続けていました。

 

星空がそんなに気になるのか、気まずくてアプリに夢中なふりかのかからなくて、でも聞けなくて

 

外は暗く穏やかな月明かりで何もかもやさしいのに、心の中には鼻先に暗幕を下ろされるような闇があった。

 

宿の駐車場に着いてから、また車の中で色々な話をしました。

「『○○駅で僕と握手!』ってメールに書いていたのに握手してないよ」といったら握手してくれた。

「実は駅で両腕広げて待っていようかと思った」と笑いながらいう彼。

ウケるかと思って」

 

 

 

三日目。

 

昨日の高台で昨日と少し違う水面を眺めながら、お互いの仕事の話や趣味の話やはてなの話をしました。

 

彼も私もxevraさんが好きで、xevraさんに会いたいねと何度も話した。

生きることが辛くて考えがまとまらなかったとき、「とにかく野菜運動瞑想睡眠!」と思って乗り切ったこと。

いまもそれで結構助けられていること。

そこが私達の数少ない共通点

 

お互いに書いた増田の話、好きなブックマーカーの話、ブクマや星が集まったときのこと、なくなってしまはてなハイクのこと。

 

これもこの三日間で何度も繰り返された話題

 

idしか知らなかった人が目の前にいて、知らない山の高台で私を名前で呼んでいる。

今頃はてなでは何の話題が盛り上がっているのかな。

こんなにスマホを見ないで過ごしたのはいつ以来だろう。

 

そのあと昨日いけなかったカフェへ。インスタ映えしそうなリア充ビジュアルケーキセットを二人で頼む。

彼は数量限定パンケーキセットが売り切れでちょっとシュンとしてる。

 

ケーキを食べたら駅に出て、そろそろ予約した新幹線で帰らなければならない。

自由席から慌てなくてもいいんだけど、彼も疲れていると思うし、ちゃんと元気にさよならしたい。

 

なんてこっそり考えていたら、「昨日いけなかった見晴らしのいい公園がある。いってもいいですか」といわれた。

いいけど、いいのかな。

いいの?

 

そこからまた街を抜け、野山と木立をいくつも過ぎて、山の中腹にある運動公園へ向かいました。

助手席から眺める冬の道はまぶしいくらいで、遠くに見える焚き火の煙と掛けていく子供と枯れ草を集めて燃やす老人が絵のようだった。

 

運動公園で私達は子供たちに混じって長い長いすべり台を滑り、広々とした草原凧揚げしました。

凧揚げをしている子供をみて「凧揚げしたいな」とぼんやりひとりごとをいったら、彼が売店ゲイラカイトを買ってくれて、びっくりした。

 

凧揚げなんて子供とき以来で、どうやって飛ばすのか思い出せなかったけど、彼は「親戚の子供のために去年あげてやった」と、すぐに軽々凧を飛ばしてくれた。

 

三日間何もかも楽しかったけど、芝生の上を走りながら凧揚げしたことがとくに印象に残っています

青空に真っ白な凧糸がくっきりと伸びて、舞い上がる凧は生き物のようだった。

楽しい気持ちしかなかった。

あとのことがどうだとしても。

 

彼はどうしても私に白バラ牛乳を飲んでほしいみたいで、何件かお店を回って最後直売所へいきました。

もう新幹線が出る時間はとっくに過ぎていたけど、牛乳は美味しかったし、珈琲牛乳を飲みながら得意そうな彼はかわいかったです。

 

彼の帰り時間心配で、最寄り駅で大丈夫といいましたが、帰りも彼は2時間かけて新幹線がでる街まで送ってくれました。

 

「私達、仲良くなれるかな?」

「少なくとも僕は三日前より友達になれたと思います

赤紫の夕映えを背に稜線が黒々と横たわる山道で愛車を走らせながら彼はいった。

 

駅について駐車場の前にあったカフェ茄子と豚の生姜焼き定食を食べました。

「これで野菜がとれた」

「あとは瞑想睡眠

と二人で笑った。運動凧揚げで解消されたんじゃないかと思う。

 

並んで改札口へ向かいながら、どんな風にさよならをいえばいいのか、まもなく訪れる瞬間を思って胸が痛んだ。

でも表示板に出ていた発車時刻が迫る新幹線に助けられて、私は軽々と改札を抜けて彼に手を振った。

彼も改札の向こうで、三日前まで知らなかったやさしい笑顔で手を振ってくれた。

 

席に着いてからこだま」に乗ってしまたことに気がついた。気持ちが乱れていたことを思い知らされた気がして切なかった

 

実は私ははてなちょっとブログを書いたことがある。

ブログに書いていいですよ。僕は言及されたがりなんです」と彼はいうけど、こんなあまりにも個人的過ぎる話題はいものエントリーから浮いてしまうと思う。

それに彼と違って私ははてなで目立つ方でもない。

 

というわけで、彼が大好きな増田に書きました。

 

ちなみに恋人としては見れないとシリアスに何度も念を押されたので、彼は引き続きみんなのアイドルだし恋人募集中です。

 

残念だけど、私のおっぱいが大きくないからいけないんだと思う。

 

 

 

 

思わせぶりに切ない感じで書いておいたので、遊び人として名を馳せて欲しい。

 

嘘。ほんと真面目でいい人なのでみんなカジュアルに誘ってみてください。

今回はすっぴん黒髪でしたが、大規模オフだったら金髪女装も考えるとのことです。

vlxst1224さん、お疲れのところありがとうございました。

pixivアカウントエロゲ販売成功するように祈っています

知名度の低さが悩みらしいから誰か掘り当てて暴露してくれよ。どうしても吐かなくってさ。

2018-12-29

韓国軍レーザー問題ウソ リスト

2018-11-19

[]【2】2018 晩秋広島博多別府

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anond:20181119183958




2日目



2日目 広島路面電車お好み焼きBTS


心療内科で処方された(があまり使っていなかった)睡眠導入剤を飲んだおかげか、バスの中では途切れ途切れながらも眠ることができた。


9:20

バス広島に到着し、降り立った広島南口は、快晴とは言わないまでも快適な天気と気温だった。

まずは、駅前スタバ一休み。

この旅行記を書いた後、チェックイン予定のホテルにひとまず荷物を預ける事にする。

駅前から路面電車広電に乗り、八丁堀駅に向かった。


東京ではあまりみる事の無くなった路面電車だが、旅行者としては行き先が一目瞭然なのでバスより利用しやすい。

搬送力も魅力的だ。

今更東京で導入する事は難しいだろうが、吉祥寺あたりにあったら便利そうな気がする。


ホテル荷物を預けたら時間12:00前。

ちょうどお昼の時間帯なので、腹ごしらえをしよう。

何を食べるか決めている。広島お好み焼きだ。


目当てのみっちゃん総本店は、観光ブログで紹介される様な有名店だが、地元人達で満杯だった。

「DXスペシャルお願いします。」

しばらくして運ばれてきたのは大皿ドン盛り付けられたお好み焼き

東京で食うのとはボリュームが違う。

広島は街の風情もそうだが、食も気取りや出し惜しみのない、何というか質実剛健さを感じる。

横をみるとスーツの兄ちゃんお好み焼きをおかずに白米を食べていた。

すごいエネルギーだ。

まあ、美味いけどね。


食事の前に気づいていたのだが、広島中心街から平和記念公園が目と鼻の先だ。

観光名所巡りは本来3日目以降の予定だったが、時間もあったので予定を前倒して訪れる事にする。

旅程を組んだ時に全く意図していなかったのだが、韓国ボーイズパフォーマンスグループBTS過去原爆モチーフにしたファッションを着て情報発信した事が問題になっており、タイムリー場所をこの目でみる事になった。


地下歩道を歩き、地上に出ると、川岸青空をバックに原爆ドームが建っている。

歩いて分かるが、やはり中心街から近い。

この距離の近さが当時の被害の大きさを訴えかけてくる。

周囲にはそこかしこ地元ガイドさんがここで起きた事を学生外国人たちに説明する姿が見られた。


自分韓国を敵視する政治性向を持たないし、BTS擁護する立場でもないのだが、この問題を考える時、「果たして戦うべきは何なのだろう」と考える。

韓国人の立場からすれば、植民地支配から解放を喜ぶのは当然で、誇るべきことでもあると思う。

が「自分達の解放を喜び、苦難を超えたことを誇る」事と「相対した相手が死んだのを喜ぶ」事はイコールでは無い。

関連する事としても結ばれる事実であっても、それを言い訳にして他者気持ちを踏みにじる自らの足を無視する事は、とても褒められない。


今回で例えれば、原爆という象徴的な事実を語る時に、自分の方向だけを見て口を開くのは危険を孕む。

その意図が無かったとしても、喜び自らを誇る時に、他者の痛みに目を向けず語る事は「無神経」で「傲慢」だ。

BTSが悪いと言う話ではなく、同様の問題は、日本の側にもある。

自らを誇りたいと思った時、その自らの中にこそが敵がいる。

こういった傲慢さへの誘惑こそが戦うべき相手では無いだろうか。


ガイドさんの説明学生さんたちはどう聞いているのか。

昔の人に起こった過去悲劇だろうか。

これは「自分達に起きる、今の問題」だ。


【3】2018 晩秋、広島・博多・別府 2日目|コンパクトな予行演習 へ >>

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