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はてなキーワード: スペイン語とは

2022-08-07

anond:20220807000644

高校入学したとき一番がっかりしたのは、クラス可愛い子が一人もいなくて

2年生になってクラス替えをしたらむしろ状況は悪化して。

うちのクラス、ブスばっかだな。。とクラス男子同意見だった。

ブスだなと男子同士ではいっていても、クラス女の子と気軽に口を聞く習慣も勇気もなかった。

共学なのに、ただ一緒にいるだけ。

でも性への関心だけは異常なくらいあったので、好きなアイドル写真をみては

こんな子、うちの学校におらんかな、いたら告白するのになー、と嘆いていた。

そして3年生の修了式前、最後の授業が終わったときのこと。チャイムが鳴って

やった、これで卒業だと解放感で自然笑顔になった。

ふと、隣の席をみると、隣の女の子も満面の笑顔で、自然に目があった。

終わったね! 終わっちゃったね。高校生活

の子が話しかけてきた。

ばんざーいって感じだよ、と

返事をした。

あっという間だったね。高校。なんか終わっちゃうとさみしいね

の子が続けた。

んーそうなんだ。

と返したあたりで、ふと気が付いた。


初めて隣の子としゃべったということを。

そして、しゃべって初めて、その子の表情、瞳の輝き、目じりの、口元の動き、そして言葉が、

すべて一体となって形作る笑顔のさわやかさに気が付いた。

学校かわいいはいないと思っていたけど、

学校最後の日に、みつけたのは、

の子可愛いということだった。

背が低くて、太目で汗っかきで、鼻がまるまっちくて、ボブっぽい髪型女の子だった。






蛇足

8月13日記。品定めなんかして、やーね男子はこれだからクラス女子代表より!みたいなブコメトップにきていたのをみて、さら台無しにするような蛇足を記してみたいと思った。男子は、クラス女子全員NGみたいな感覚をそのままもって大人になっていくわけじゃない。俺のその後の物語にも何か伝えられるものがあるような気がした。壁に突き当たって苦しんでいるそのときは、切実な問題でも、時間が経って振り返ってみると、それはいつの間にか物語の一部になっていて、そのタイムカプセルに入った思いも全部をひっくるめていとおしく思い出すことはあるんだろうと思う。

こっそり、その後を追記するので誰も見ていなくていいと思う。なお上記の文章は、トラバしたティーンの甘酸っぱい一瞬を切り取った元記事に、男子側に存在した感受性を返したところで完結している。以下は、そこからは完全にスピンアウトした俺の物語

学校最後の日に隣の子の可愛さに気が付いた話の後日談から始める。

最期の授業のあと、あっという間だったね、という、あの子言葉がずっと心に残っていた。帰りの電車のなか、あの子仕草笑顔が思い出された。

なぜもっと早く気が付けなかったんだろう。気が付いた時には、もう会えないのだ、という意味では、あっという間だったんだ、確かに

それに引き換え、「んーそうなんだ」としか返せなかった俺。それは鮮烈な喪失感だった。

卒業式の夜、卒アルを手にした俺は、最後の日の記憶を重ね合わせながら、あの子で一発抜いた。

あとから辻褄を合わせれば、このとき喪失感は知らず知らずに憧憬へと結びついていったのかもしれない。

時は流れ、すっかりそんなことは忘れていた。もうすぐ大学生活3年目になろうかという頃。

バイトの子セックスをした。

俺はどちらかといえばブサメンの部類だったが、なぜかその子なついてきた。

バイト先のいい感じのイケメン男子たちは、さくっと他の可愛い子を捕まえていた。ということで、余り者同士っていうのかな。。

ぽ っちゃり体形で外見コンプレックスを抱えた子だった。

私なんかブスだしデブから、誰も相手にしてもらえないんだよね、

という彼女体重は見た目、小柄ながら80キロくらいは有りそうだった。鼻の下にある大きなほくろが目立ってしまい、どうしても人の目線がいく。そんな他人視線をこれまでの人生でいやというほど浴びてきたのだろう。小学生男子だったら、やーい鼻くそデブ、くらいのことは軽いノリでいってしまいそうだ。

「いやーそんなことない、男子結構女の子のいいところに後から気が付くってことも多いんだよ、昔さ、高校最後の授業のときに、今までほとんど喋ったことのない子とさ、初めて笑い合ったことがあって」と思い出話をした。

彼女天井を見上げて微笑んでいるのがみえた。

増田君もさ、あなたのよさって見た目のカッコよさとかじゃないから、なかなか気が付かれないと思うんだよね、私は気が付いていたけど」

俺のいいところをしっかり見守ってくれていて、俺の生き方干渉しない、そういう彼女の接し方は居心地のいいものだった。

言い換えれば自分努力しないで、いいところだけ褒めてくれる、都合のいい女だった。居心地の良さを「好き」と言い換えていいのかは微妙だった。

それからというもの、その子から電話が増え、手紙が増え、あたかも俺の彼女のようにふるまうようになっていった。

デートするときは、バイトからは遠くかけ離れた場所を選んで待ち合わせた。街を歩くときちょっと離れて歩いたりした。

しかし、彼女の俺に対するふるまいが目に見えてハッピーになるにつれ、バイト先の同僚たちにバレないようにするのが、いよいよ難しくなってきた。

正直、俺は、笑い者にされるのが怖かった。お前、あのブスと付き合ってんのかよwwwwという同僚の声が呪いをかけていた。そういって笑われるのがオチなので、彼女との関係をひらすら隠していた。

びしっと決めた男の子可愛い子を連れて歩く―これが憧れの大学生活だったが、現実の俺は、何を着ても似合わずダサいファッションセンスで、地方都市無名大学

しかもつぶしの効かない文系就職にも不安を抱えていた。いざとなったら、実家食堂を継ぐかな、と甘ったれたようなことを考える、しょうもない大学生だった。

最悪、こいつと一緒になって家業を継げば親も喜ぶかな、それともデブの嫁は嫌がるかな。

一方、彼女は県トップ国立大学に在籍していた。

俺たちの関係は、周りにうすうすバレていて、陰できっと笑い物にしているんだろうと思うと、あえて耳をふさいでいた。

でも、内心、そいつが好きでたまらなかったので、ホテルに入っては、外で離れていた距離を取り戻すかのように、何度も何度もエッチをした。

次第に、周りの目線が気にならなくなり、いつしか人前で手をつないで歩くようになっていた。


そんな夏のある日、彼女が驚くようなことを告白してきた。

まだ正式じゃないんだけどね、と前置きしつつ、東京にある大手企業就職が決まりそうだという。

!!!何それ。お前、4年だったの?というか、年上だったのかよ!?

愕然とした。ということは来年の春には、お前は東京。離れ離れになっちゃうってわけ?

彼女はむくんだ人差し指で、鼻の下の汗をぬぐいながら言った。デブの汗は半端ない

わたしね、こんな見てくれでしょ。ずっと独りで生きていけるようにならなきゃって、覚悟して生きてきたんだよね。」

恐る恐る聞いた企業名は、海外にも名の知れ渡る大企業しか事務職ではなく総合職採用だった。さすが旧帝大の子は違う。身分の違いを思い知らされた。

ねえ、増田君、ちょっと先の話だけどさ、卒業したら、一緒に東京で暮らさない?

俺はフリーズしたデスクトップ画面で固まるマウスを動かそうとするように言葉を探したが、出なかった。

「お給料ももらえるようになるし、今よりおいしいもの食べれるよ。東京のオシャレなレストラン食事とか、楽しそうじゃない?」はつらつとした声だった。

いいな、お前は意気揚々としてて。俺みたいな三流文系、雇ってくれる東京会社なんかねーよ。そう思うと、くやしさと情けなさで胸がいっぱいになった。

と同時に、デブ女の稼ぎで、東京下町パチンコしながらヒモみたいに暮らしている自分の姿が脳内再生された。

お前さえよければ、実家食堂一緒にやるか、と思っていたけれど、俺の勘違いだったみたいだな、そんな言葉も出かかったが、何も言えないまま。

まいったな。一流大手かよ。こんな俺に人生預けられやしないよな。。

自身の甘さを突き付けられていた。

何もかも。ただ、俺になついてきているだけにみえ彼女は、しっかりとした人生設計を持っていたのだ。年上だったことも何も知らず、いい気になってた。

そして、ゴメン、俺ちょっと帰るわ、唐突にそういって、彼女と別れた。

その夜、彼女から電話が鳴ったが、俺は出なかった。翌日から手紙が何通もきたが、未読が積み重なっていった。

彼女電話無視している大人げない自分を恥ずかしく思いながらも、一方で根本的に自分人生を考えなければいけないという焦りが強まった。

デブ女を連れて歩くのがカッコ悪い、なんて思っていた自分を恥じた。何様だったんだろう。人前で手をつないだって一体何を克服した気になっていたんだろう俺。

彼女のほうがよっぽど堂々としていたし、しっかりしていた。

年上だって知ったときに、瞬間的に、俺は見くだされた、と錯覚した。見守られているというのは、錯覚じゃなかったかもしれないが、余り者同士というのは、俺が勝手に思い込んでいただけだった。それとも何、学生時代最後の思い出に年下の子と遊んでたってことかよ。つり合いがとれてない。俺、ダメだわ。絶望的な学歴コンプレックスに苛まれた。

彼女とは気まずくなって連絡をこちから返せないまま、それっきりになった。

今思えば、彼女ものすごく傷ついていたと思う。今だから想像できることだけど、当時はバカだった。バカにしやがってよ、と思っていた俺が心底バカだった。

俺は翌春、休学申請を出した。バイトでためたカネで、アジアアフリカ中南米を回った。

彼女が知らせてくれた東京の住所をたよりに、時折、現地から絵葉書を書いた。今、ここにいる、とだけ知らせるために。自分から去ったくせに、どこまでも未練がましい俺だった。

ブラジルでは、現地で意気投合した女の子とその日のうちにセックスした。そんな風に、成り行きでセックスした人数は、アジア中南米で4,5人くらいになった。

人種も外見も本当に多種多様で、外見コンプレックスって、日本だけの話じゃないかと思うほど、日本にいた時の美的感覚がすべてリセットされるかのような経験だった。高校生の頃に抱いていたブサイク女の子基準って一体なんだったんだろう。隣の子にも無関心で口もきけなかったあの高校時代を思い出す。

言葉は、現地でバイトをすると、驚くほどのスピードで身についた。

帰国した俺は、ますます真面目に就職する気がうせた。

世界の人々の多様性を実感したという意味では、よい経験だったが、多様性などくそくらえな日本社会に順応するには、自分探しの旅は、却って迷わせるきっかけとなった。

日本社会は窮屈で生きづらい、という思いを却って強くしてしまった。ある意味で、適応障害だった。

卒業してもふらふらと実家にいるのも気まずく、東京へ出た。6畳風呂なしのアパートで、バイトで食いつなぐ日々。

就職氷河期の真っただ中、夢を追いかけ、機会があれば海外へ出て2年ほど戻ってこなかった。自分人生を考え直すといっては自分探しをはじめ、却ってますます人生に迷っていた。

気が付くと、7年が経っていた。30にもなるのに、無職だった。昔、付き合ったデブ彼女のもとでヒモしていたら今頃どうなっていたかな、と夢想した。俺自身が変わらない限り同じ結果か。

7年もたつと、彼女が同じ東京にいる、という確信すらなかった。総合職だし、今頃バリバリキャリアウーマンなのかな。想像できないけど。

当然、連絡もない。いい男をみつけたかもしれない。いや、あいつじゃ無理かな。。。なんてね。

片や、俺は野垂れ死に寸前の極貧生活。この頃の稼ぎは年90万~150万くらいだったと思う。一キロ178円のパスタと閉店間際に200円になった弁当けが頼りだった。

自分のみじめな境遇を恥じて、実家へは5年以上戻っていない。心配する母からは時折セーターなどの荷物が届いた。こんな手紙を添えて。

食堂をやったって全然構わないんだから。ただし一人じゃできない仕事なんだからね。伴侶を見つけなさい」

婚活スタートラインにすら立っていない俺は何もかも惨めだった。

そんなある日、バイト先の会社事業拡大の話が持ち上がった。扱っている商品海外展開らしい。

「ところでお前さ、英語得意?」とバイト先の上司がいった。

英語NYレストランバイトしてましたから少しは。あと、スペイン語ポルトガル語を少々。挨拶だけならスワヒリ語アラビア語、ピロートークならタイ語OKです、口説ますww」

というと、とりあえずTOEICを受けといてくれ、という。俺は営業社員として採用され、俺の7年間の極貧生活に終止符が打たれた。

英語は得意だと胸を張ったものの、TOEIC受験してみたら490点だった。最悪だ。バカであることがバレないよう、点数を隠したが、すぐにバレた。

しかし、毎回受け続けた。翌々年、まぐれで出した890点で頭打ちとなり、その後850前後で停滞。これで限界かな。さすがにTOEIC受験に飽きた。

点数などどうでもよく、仕事が猛烈に楽しくなった。慣れない英語契約文書と格闘した。会社は数年後、外資に買収された。

お金がない頃はいけなかった都会の風俗にも少し足を運んだ。30代になってお金ができて初めて風俗に関心を持った。

東京にはマニアック風俗が山ほどあって、ぽっちゃり専門店というのも立派なジャンルの一つだということを知った。昔、抱いた女を思い出した。

昔、付き合って別れた彼女が心の痛みになってときどきチクチクとした。

気が付くと、34歳になっていた。社会人になると、時間が経つのが早い。遅咲きの新人だった日々はあっという間に過ぎ、いつの間にか、下をみれば部下がいた。

今もあいつは、東京にいるんだろうか。これだけ広いとどこかで偶然にすれ違っても気が付かないよな。気が付くと彼女のことを思い出すことが増えた。

ある日、酔っぱらって帰ってきた夜、昔の写真やら手紙無造作に突っ込まれ段ボール箱をひっくり返した。確かあいつのメールアドレスがどこかに書いてあったはず、と思い出したからだ。

酔った勢いで、メールした。「久しぶり。まだ東京にいるの?俺も今東京で働いているよ」とたった一行。

送信ボタンを押したあと、ドキドキが止まらなくなった。

俺は一体、あいつに何を期待しているのか。。俺のことなんかとっくに忘れてるに違いない。今頃ひとりで何を思い出にひたって、恥ずかしい俺、と。

翌朝、返信が来た。

かなり長いメールだった。

送信タイムスタンプをみると、4時12分。夜更けまでかけてしたためたメールだったことが伺えた。

今、東京には住んでおらず、地元に戻っていること。最初総合職として入社した大手企業は、課長補佐試験を受ける前に、心身の不調で諦めたこと。

そのあと関連会社へ出向、そして転職したが体調を崩して心療内科に通院していたこと、今は小さな会社事務職をしていると。

今ハマっている趣味のこと。15年間の人生がつづられていた。総合職、やっぱり男社会は厳しかったのだろうか、つらい挫折経験したこと行間に読み取れた。

ちなみに体重ちょっとだけ増えちゃったの、という。男関係は何も文面に触れられていないが、独身確信した。

増田君は今どこ?何してるの?」

「会いたいよ」

居ても立っても居られず、翌日、新幹線地元へ戻った。

ほぼ15年ぶりに会う彼女は、ちょっと太ったどころではなかった。巨漢に成長したというべきだった。

36歳。20代のつややかさとハリは、やや失われていて、いよいよ年増の兆しが顔のたるみ具合にうかがえた。

10年前、親にお見合い写真を作ってもらったの、ほら。この時がベスト体形だったわ、彼女はそういってみせて笑った。

その写真には鼻の下のほくろが写っていた。それは目の前の今の彼女には、美容整形痕跡けがわずかに残っているだけだった。

増田君、”新人”としてがんばってるんだね。社会人としては私のほうが先輩ね」

人のいいところを相変わらずよくみている。俺が今の仕事の話をすると、彼女はフフっと年上の表情をのぞかせて笑った。

居酒屋で二人で同窓会をしたあと、セックスした。

翌朝、朝一の新幹線。別れ際、俺は言った。

なあ、今すぐ返事しなくていいんだけど、一緒に東京で俺と一緒に暮らさない?

東京のオシャレなレストランで一緒にメシ食いたいって、以前、お前言ってたよな。事実上プロポーズだった。

「いっとくけど、15年の間、ずっと健気にあなたのこと待っていたわけじゃないからね!」これが彼女の返事だった。

そういわれて、俺は15年間、彼女面影を探していた気がした。それは学生の頃のように、「いいところだけみてくれる」女に甘えたかたからなのか。でも、新幹線に飛び乗って会いに行った俺はそれだけでは説明がつかない。それとも、経済的に自立して、やっとつり合いがとれるようになったという自信なのか。同じ人生を歩みたい。それは、どこからわいてきた思いなのか。

大手から内定もらって意気揚々としていたあの頃のあいつと、心に包帯をまいて必死に生きてきた今のあいつと。


それから1か月後、彼女を連れて実家へ行った。100キロ近い巨漢を前に、母親がのけ反りそうになっていたのが可笑しかった。

「お前、こういうのが趣味だったの。。。。」母親がつぶやいたのを、今でも忘れない。

俺たちの結婚後、まもなく父が急逝した。家業はついに店じまいとなった。一方、嫁姑問題杞憂で、俺たちが結婚して、つい先年に母が他界するまで良好な関係だった。

この俺の人生は、ふぞろいの林檎たち1983年放送山田太一脚本)の、西寺実と綾子の物語へのオマージュでもある。

天才柳沢慎吾中島唱子への敬意を表してとりあえず締めくくる。

2022-08-03

新海アニメ隠蔽したものアイヌヒロイン政治性&塔の大きさ

新海誠2004年に「雲のむこう、約束の場所」という映画製作している。

本論では、この映画から政治性が巧みに隠蔽され、特にアイヌ民族が消えてしまっていることを論じる。

また、新海誠のネーミングにおける問題点をいくつか指摘する。

雲のむこう、約束の場所」のあらすじ

北海道ソ連(作中ではユニオン)に占領された世界藤沢浩紀と白川拓也はそこに建造された不思議な塔まで、自作飛行機密航することを夢見ていた。その秘密がふとしたこと同級生沢渡佐由理に露見してしまうが、彼女は二人の共犯者となり、いつか彼女も塔まで連れて行ってもらうことを約束する。しかし、彼女は突如姿を消し、飛行機の話もそれっきりになってしまう。

三年後、拓也は塔の破壊を企てる反ユニオン組織ウィルタ解放戦線に内通しつつ軍属研究し、塔の秘密を探っていた。塔の目的並行世界観測による高度な未来予測であった。そして、塔の設計であるエクスン・ツキノエには孫娘がおり、その孫娘たる沢渡佐由理が原因不明の奇病で三年間眠り続けていると知る。

一方、東京に出た浩紀は、佐由理の夢に悩まされていた。そんななかで彼女痕跡を追い、かつて入院していた病院にたどり着くと、突如佐由理と浩紀は夢の世界で心を通い合わせる。浩紀は佐由理を救うには三年前の約束を果たさねばならないと悟る。

だが、拓也側の研究の成果により、佐由理は眠り続けていることで塔からの並行宇宙浸食を防いでいると明らかになる。彼女が目覚めれば、この世界はあっという間に浸食されるだろう。

浩紀は青森に戻り、拓也と再会する。浩紀は拓也に「ヴェラシーラに佐由理を乗せ、塔に連れていくことで佐由理は目覚める」と伝え、協力を求める。佐由理の目覚めによりこの宇宙消失を恐れる拓也は、一度は協力を拒絶する。しか葛藤の末、佐由理を軍の病院から連れ出してきた。浩紀は佐由理を後部座席に乗せ、米ソ開戦直前でヴェラシーラを発進させる。

緊張が極限に達した米ソは開戦し、その混乱の中で浩紀はヴェラシーラを飛ばす。塔の傍で目を覚まし、涙を流す佐由理。浩紀はウィルタ解放戦線に託された爆弾を投下し、塔を壊して宇宙消失を食い止める。

佐由理は目を覚ました。しかし、目覚めと共に浩紀に対する思いは消えてしまっていた。

ウィルタ解放戦線

さて、先ほど述べたように、作中では日本ソ連の侵攻によって南北に分断されている。そして作中のテロ組織は(南北統一のため?)北海道の塔を破壊することを目的としている。

そこで、「ウィルタ解放戦線」という名称問題になる。ウィルタというのは北海道ではなく、サハリン樺太)の先住民族名前なのだ。確かにウィルタ北海道に数名居住していたが、北海道解放を願うなら、「アイヌ解放戦線」とならなければ筋が通らない。

アイヌ民族言及することによる政治問題を避けるために事実を歪曲させたのではないかと疑われる。樺太開放も目標としていたと仮定すれば、考えられなくもないが……。

ヒロイン出自について

祖父名前、エクスン・ツキノエは、日本話者にとっては異質な響きを持つ。また、ロシア語風でもない。元々新海誠は多少いい加減なネーミングを行うことがあるので、深い意味はないだろうと思って数年間はこの名前に注目してこなかった。しかし、私がたまたまアイヌ民族に関する書籍を読んでいたとき、ツキノエは国後島アイヌ首長の名であると知った。同様のことを述べたツイートがあったが、現在は消えてしまっている。

そこでエクスンとはどういう意味かというと、ここによれば「向こうへ」という意味らしい。「沢渡」という姓はここに由来している可能性がある。

http://tommy1949.world.coocan.jp/aynudictionary.htm

肯定されたテロリズム

浩紀はラストで単身ヴェラシーラに乗り、北海道中央部にそびえる塔を破壊する。すべては佐由理の目を覚ますためであり、並行世界が流れ込んでくるリスクを引き受けてのことだった。

しかし、実はまこと政治性の強い作品であるSFっぽさと感傷的な恋愛描写がまぶされているが、描かれているのは間違いなく世界を変える(少なくとも一国の軍事施設破壊し、地域パワーバランス崩壊させる)テロリズムである。米ソ開戦中の混乱に乗じてのことであり、もしも両国責任なすあいを始めたらと考えると恐ろしい。

新海誠がこの件についてどの程度自覚的であったかは疑問である。どちらかといえば気分的なものプロットを作っており、作品政治性についてはあまり深く考えていなかったのではないか

実際、朝鮮半島ドイツの分断に伴う深刻さは、出会えなくなった家族言及されることもあるが目立った悲痛さはなく、この作品では過去の背景に退いている。

米ソ戦のなかで時に死体が降ってくる場面はあるけれども……?

余談、「ヴェラシーラ」とは何語か?

作中では「ヴェラシーラ」とは「白い翼」の意味だと説明されていた。

はじめ、自分はこの言葉スペイン語だと思っていた。つまり、Bella Cielaだ。アルゼンチン方言ではbをvで発音することがあるらしいし。しかしよく調べてみると、スペイン語語順活用の形としてはおかしい(当時のウェブ翻訳は今と比べてずっと貧弱だったし、単語の原形で検索するしかなかった)。

そこで、ロシア語ではないかと思い、いろいろなつづりを試みた。すると、「白い」は「белый」ベリイ、「力」で「сила」シラとなり、それっぽい。ソ連にいる祖父がいるのだから彼女ロシア語知識があったとしてもおかしくはない。意味は「白い力」になるが、「白い翼」には十分近い。ベラルーシの「ベラ」が白なので、そこから取った可能性もある(同じことを言っているページを見つけた)

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1216740382

ただし、これもまた活用問題がある。「白い力」はロシア語では「белая сила」ベラヤ・シラとなる。それに、よく考えればbとvの音の混同が起こっている。

もっとも、「星を追う子ども」では潜っても呼吸できる水を「ヴィータクア」、世界の果てを「フィニステラ」とラテン語としては語順が逆の形で名づけているので、そのあたりはいい加減なようだ(それぞれアクア・ヴィタエ、テラフィニス標準的ラテン語の形である)。

また、同作の中では深い意味もなくセフィロトの樹が引用され、シャクナ・ヴィマーナやケツァルコアトルなど無関係神話コラージュ的に用いられている。その背景には明確な思想を読み取ることはできなかった。

結論

雲のむこう、約束の場所」では感傷的なまでに甘い思春期の心情を描いてみせた。一方で、この作品はかなり政治的な危うさをはらんでもいた。危うさの一つはテロリズム肯定であり、もう一つはプロットに入り込んでいるはずのアイヌ民族存在を背景に退かせたことであった。後者に関しては少なくとも筆者の知る範囲について、ヒロインアイヌ民族クォーターであることに言及した資料は見当たらなかった(註:とあるウェブサイトで、佐由理は恐山かどこかの巫女家系だという初期設定に言及したところがあった。興味深いのでここにリンクを貼るhttp://www.green.dti.ne.jp/microkosmos/anime/promisedplace2.html)。

しかし、2004年には許された描写だったが、ゴールデンカムイなどで正確なアイヌ描写が出てきた2020年代にあってはどうだろうか?

最近筆者は新海作品からは遠ざかっている。映像が十分雄弁なのに、台詞説明しすぎてしまうからだ。あるいは加齢による感受性の変化かもしれない。あるいは、この感傷マゾから「卒業」しようと自分鼓舞たからかもしれない。本稿を書いているうちに、少し懐かしいような苦しいような気分を思い出しかけた。

おまけ、塔の大きさに関する推定

作中では、北海道建設された塔が東京からも(かなりの高さで)見える描写がある。しかし、それにしては塔が細すぎやしないだろうか? 以下、視聴当時にした計算抜粋する。

塔が経っていたのが北海道中央部都心から道央まで凡そ1000kmはある。

かなりいい加減な推定だが、視力1.0を有するとは視角60秒の二点を見分ける能力があるということだ。つまり空気による散乱だの屈折だのを度外視すれば、主人公がそれだけの視力があると仮定することで塔の直径を算出できる。それにウィキペディアによれば大きく見えるとき金星がこれくらいの視角だそうだ。塔が自ら光っているわけではないだろうし、このくらいの値でいいだろう。映像を見てもそのくらいだったし。

sinθ=tanθ=θ(ラジアン)の近似を用いると、都心から道央まで凡そ1000kmはあるので1000km×(2π)×(1°/360°)×(1′/60′)= 290.8m程の直径が必要になる。荒っぽい計算だが、作中のヴェラシーラとの比較から見てもそこまでずれていない。ただ、空気があることからはるかに太いと考えたほうがいい。北海道全体が映るシーンでも塔はしっかりと見えていたし、直感的にも300m程度の太さの道央物体都心から見えるとは考えにくい。

なお、仰角は30°はあろうかという様子であった。三角関数で考えれば577.3km以上の高さだ。地球の自転の影響でこれだけの構造物は大きくたわむことであろう。ソビエト連邦にそれだけの物資があったかどうか。一応ユニオンは全共産圏統合した国家だそうだし、この世界では宇宙開発の代わりに並行宇宙研究されているとすれば、なんとかなる……かな?

2022-07-10

一水会代表による反統一教会論文昭和六十年 朝日ジャーナル

「そしてその時ではもう遅いのだ。」 http://www.asyura2.com/sora/bd11/msg/691.html

阿修羅よりコピペ


勝共連合民族主義運動の敵だ

――――文鮮明王朝建設に利用される日本若者

右翼民族派の人たちが統一教会原理研国際勝共連合のことをどう思っ

いるか書いて下さい」と『朝日ジャーナル』の記者に言われた時には正直い

って気が進まなかった。

しか右翼の連中の中には「反共の同氏だ」と思っている人はいる。また、

原理はウサン臭くて嫌いだが勝共は仲間だ」と公言する人も多い。警察の公

安や公安調査庁人間だって反共なんだから仲間だし、日本共産革命が起き

ときには一緒に決起してくれると信じている<純朴>な人も多いこの業界

から原理運動をそう思ってもても仕方はない。

しかし、少なくともわれわれ民族派、また新右翼といわれる若い人間にはそん

混同を起こす人間はいない。だから、『朝日ジャーナル』の記者の話を聞い

て、何を今さらと思ったのである。それに、右翼全体なんてどうでもいいとい

う気もあった。多くの右翼原理勝共反共の味方だとおもっているのなら、

それでもいい。何もおせっかいをして、原理勝共実態はこうなんですよと

<告げ口>することもあるまいと思っていた。

ところが、筑紫哲也氏の「原理不可解な右翼沈黙」(本誌一二月十四日号)

を読んで少し考えが変わった。その種の挑発にはやはり乗るべきだと思った。

それに、『世界日報事件追放された副島嘉和、井上博明両氏が『文藝春秋

に書いた内部告発を読んだ時の衝撃も忘れられない。原理とは大学時代から

長い付き合いだが、最近の<豹変>ぶりも見てきた。

原理運動が初めて日本に入って来たのは二十五年ほど前だというが、本格的に

やり始め、世間の耳目を集め出したのは、それからしばらくしてだと思う。原

運動のことを直接にしったのは、僕が昭和三十八年、早稲田に入ってから

(その前から漠然とは知っていたが)。

それから二,三年して早稲田で全学ストライキがあり、それが全国の学園紛争

火をつけて全共闘時代の幕開けとなった。それに刺激され対峙する形で民族派

学生運動も出てきたし、一時は全国30大学自治会を握り、「民族派全学連

を結成しようというところまでいった。その学生運動の嵐が起こる前から、原

理研駅前で黒板を出して演説したり、個人オルグをしていたが、大学に入

りこみ、サークルをつくったりして組織的全国的に活発にやりだしたのはこ

早大ストのころからだと思う。

全共闘民族派原理。この三つの違った運動があの早稲田の一点から、ほぼ

同時期に生まれ、全国に広がり燃えさかっていった。換言すれば、全共闘に刺

激され、全共闘反面教師としながら民族派原理も、己の組織化を急ぎ、全

国的な広がりをつくっていったのである。われわれもそうだったが、原理研

今やっている大学でのサークル学内新聞づくり、自治会奪権闘争……などは

完全に全共闘から学んだものである。逆接めくが、今の原理運動民族派の運

動もある意味では「全共闘遺産」なのである全共闘との付き合いについて

はこれまでも書いたことがある。今回はもう一つの原理について書く。

はじめに、「何を今さら」といったが、われわれ、戦後体制打倒をめざす「一

水会」の機関紙レコンキスタ』(スペイン語で”失地回復”の意味)でも何

度か原理についての批判をしてきたし、原理運動研究家第一人者である茶本

繁正氏を招いて一水会事務所勉強会したこともある。その時のテーマは「

勝共連合愛国者なのか」であったし、彼らは民族派の味方ではないこともわ

れわれは明らかにした。

また、われわれの仲間には何人か原理オルグられたり、「合宿」に誘われて

行ったことのある人間もいる。二年前、そんな一人に「私はこうして”原理研

が治った」という体験談を話してもらい『レコンキスタ』に載せた。当時は「

こうして新左翼が治った」「べ平連が治った」「アナキストが治った」といっ

体験シリーズをやっており、それら左翼運動と同次元原理も考えていた。

さらには、われわれ一水会連帯している統一戦線義勇軍機関紙義勇軍報』

でも原理勝共との戦いを呼びかけており、事実一水会義勇軍は他の民族

派と共闘して彼らとの闘いを展開していた。

小さいながらもこうした反原理・反勝共の闘いをやってきたが、これは右翼

からは不評で、「思いつきでやってる」とか「勝共は仲間なのに」「敵を利

する」などと批判された。しかし、大学時代からわれわれは彼らを一度も味方

だと思ったことはないし、民族運動の同志だと思ったこともない。学生の時、

早大で知ってた彼らは決して右翼ではなかったし、反共でもなかった。「天皇

なんて関係ない。文鮮明師がすべてだ」「憲法なんてどうでもいいし、興味は

ない」と、正直にいっていた。われわれとは立場は違うが、宗教団体としては

それも当然だろうと思っていた。ところが最近、急激に「右傾化」した。「天

皇制を守り、憲法改正、スパイ防止法の制定を」と言っている。

統一教会原理研勝共連合は別だと言う言い訳は通じない。やっている人間

は同じなのだ。なぜ、急に右旋回し、豹変したのか。その右旋回は本物なのか

どうか。すっと疑問に思ってきた。最近の派手な言動に幻惑されて、即「味方

だ」と思ってる右翼同調できない理由もそこのある。そんな疑問に答えてく

れたのが副島、井上両氏の『文春』のレポート「これが『統一教会』の秘部だ」

だった。そして、『原理講論』をはじめて通読し、両氏の告発が嘘でも誇張で

もないことを知った。

反共方便、実際は共産主義

イエスが再臨する「東方の国」は韓国であり、韓国語が祖国語となって世界

一つになるという。なぜ、「東方の国」が韓国かというと、中国共産化した

からサタン側の国であり、日本は「代々、天照大神を崇拝してきた国として、

さらに、全体主義国家として、…・

韓国キリスト教迫害した国」だから、これも「サタン側の国家」だという。

また、「第二次世界大戦は、民主主義によって結託した米、英、仏の天の側国

家と、全体主義によって結託した独、日、伊のサタン国家との対戦であった」

という。

これは、『原理講論』にかいてある通りである。そして、韓民族いかに「サ

タン」の日本によって、侵略され、迫害され てきたかがこれでもか、これでも

かと書かれている。『文春』の告発レポートでは、さらに驚くべき事実が書か

れている。韓民族選民であり、他民族優越しており、再臨主とは、すなわ

文鮮明氏のことであり、文氏によって世界統一され、必然的韓国世界

の中心となり、韓国語が世界共通語となる。こう説かれているという。

また、われわれ民族派としては見逃せないこととして「敬礼式」についても『

文春』に書いている。これは文鮮明氏をメシア、王の王とみなす象徴的な儀式

だそうで、本文から引くと…・・。

統一教会が四代名節と呼ぶ記念日には、早朝五時から敬礼式があり、そこ

では聖壇に座った『文氏』とその家族に対し、統一教会の主要幹部が三拝の拝

礼を行う。場所はだいたい『文氏』の私邸であるアメリカニューヨーク州

イーストガーデンである。その際、天皇陛下をはじめ、レーガン大統領、全斗

大統領ほか主要国の元首の身代わりを、それぞれの国の教会幹部担当し、

文教一族に拝跪して全世界主権者文教祖に拝礼したという儀式を行うの

である日本天皇陛下の身代わりを演ずるのは、日本統一教会会長久保

氏なのである。何とも奇妙で、そして国民象徴として天皇を上にいただく日

本国民としては見逃せない情景ではないか

全くもってひどい話である文鮮明氏の精神は、信仰王国ではなく、現世の

王国を夢み、その独裁者たらんとする。これはまるで弓削道鏡だ。「彼らは反

共だから味方ではないか」と言っていた右翼の人々も、これを読んだら、とて

もそんなことはいえないはずだ。実際、「許せない」「こんな反日集団は敵だ」

と激高していた人が多くいた。僕としても前から、その性格漠然とは知って

いたが、これだけ証拠をつきつけられては改めて愕然とする思いだった。

これを見ても分かるように、原理勝共は決して右翼民族派ではない。では、

一体何なのか。

まず第一に、これは裏返しの共産主義である。「原理研が治った」青年も言っ

ていたが、反共を唱えてはいるが、内部の生活はむしろ共産主義だという。人

生について考えている青年や悩んでいる青年オルグってきては「合宿」につ

れ出し、何日もロクに眠らせずに「洗脳」をする。はじめは「そんな馬鹿な…

・・」と心の中で抵抗していても、しまいには疲れ果てててしまい、批判し抵

抗することも面倒になって全面的に受け入れてしまうという。「思想強姦

である。また、洗脳の途中で頭の回路が外れて気が狂ったりした人間も多いと

いう。さら自由を許されない共同生活、文氏の決める人と結婚する集団結婚

式。本場の共産主義国家ソ連中国でも、ここまでは共産主義化していない。

自分たちの内部生活共産主義で、外部に向かっては反共を唱えている。その

反共本心かどうかは分からないが、本心だとしても、日本民族主義とは一

切無縁のものである。さきほど見たように、これはソウルを中心とした反共

ンターナショナリズムである。初期の共産主義がモスクワを中心としたインタ

ナショナリズムだったのと同じ構造である共産主義と同様に、この原理

勝共もまた、最も反日的、反民族運動である

第二に、その「反共」すらもが本当かどうか怪しい。「統一教会勝共連合

宗教活動愛国運動は『文鮮明氏』の野望を実現することを目的とした方便

である」と、副島氏も告発している。

世界の王になるためには、ます韓国の王(大統領)にならなくてはならない。

韓国反共バリバリの国である。文氏は日本の人と金を湯水のように使って、

世界的規模での反共活動の「実績づくり」をしている。そのための反共であ

り、韓国世界の王に向けての手段である反共運動の全部が全部、仮面とは

言えないにしても、原理運動世界の王になることが第一目標であり、反共

運動二の次、三の次ぎであろう。

また、反共活動をいっしょにしている自民党体制文化人にたいしては、勝

連合に入るように勧めるが、統一教会原理研には入れようとはしない(な

かには一部の例外もあるが)。原理運動をしている人間想像を絶するストイ

ックな生活をしている。物欲でこり固まった自民党体制派の人間をストイッ

クに改造はできない。反共という衣をつけて、ハナから利用するためだけに近

寄っているのだ。あるいは、そうした金と物欲に目がくらんだ自民党サイドの

人間に対し、「いつか必ず自分たちの前に拝跪させてやる」と復讐の念を燃や

しているかもしれないが。

虐殺兵と似た目つきの原理研

第三に、これは全体主義である。茶本氏は「ファシズムへの道」だというが、

その通りだ。文氏は、いわはヒットラーであり、『原理講論』は、さしずめ『

マインカンプである。『マインカンプ』の中には徹底した日本人軽視、黄

禍論があったが、日本語板ではそれを削除し、ヒットラーの力の前に幻惑され

日本は手を結んだ。それと同じように韓民族選民であり、世界の中心だと

いうことは、日本語板の『原理講論』では意図的に削除されてきた(最近は居

直って日本語板にも出しているが)。これと同じ過ちを日本体制側、そして

一部の右翼は再び犯そうとしている。

第四に、この狭量なストイシズム宗教としては光輝いて見えるが、世俗的権

力の奪取、文王朝建設を目指すという政治世界には入るや、必ず悪い結果

になるということだ。ロベスピエール、カルヴィン、松平定信…・・と、その

先例は歴史上にいくらでもある。

ツヴァイクの『権力とたたか良心』によると、宗教改革に成功したカルヴァ

ンは、他人のどんな小さな過ちも許せない狭量、厳格な人間で、徹底した恐怖

政治を敷き、「罪ある者が神の裁きをまぬがれるくらいなら、むしろ罪のない

者が処罰される方がいい」と公然告白したという。また、カルヴィンやロベ

ピエールはそのいい例だが、「禁欲と苦行のひとというのは、いちばん危険

専制君主典型である」と、ツヴァイクは言う。

それをもっと推し進めればカンボジアのポル・ポトになる。古い体制、古い倫理

観の人間は殺して、殺し尽くした。人口の半分も殺したというが、国民の半分

を殺して達成しなければならない革命とは一体何なのか。地獄カンボジア

実際に見てきたある新聞記者はこんなことを言っていた。古い体制人間を殺

尖兵は、少年たちだったという。その少年兵たちの目は、人間の生死はもと

より、もう何事にも感動を示さないし、 いわば<ゾンビ人間>の目だったとい

う。そして、その目はしょうど原理研の人たちの目に似ていたという。未来

暗示するようで、何かゾッとする話だ。

贖罪意識」につけ込む文鮮明

第五に、彼らもまた、<狼>だ。これだけでは何のことか分からないだろう。

僕は十年近く前、三一書房から腹腹時計と<狼>』という本を出したが、そ

爆弾事件の<狼>とあまりに似ていると思うのである個人的なまじめさに

おいて、また、日本戦争に対する贖罪意識の余りの強さにおいて・…。両者に

とっては先の戦争はまさしく原罪である日本韓国中国侵略し、残虐の

限りを尽くしたひどい国だ、と教えられ、一途に信じ込む。だから、再び、そ

うした国に経済侵略してゆく企業には爆弾を投げるという<狼>。彼らの中に

は「自分祖父や父は兵隊になって侵略たか自分はその贖罪のために新左

運動に入った」と公言するメンバーもいた。

それに対し、侵略した「サタン側の国」(日本からは、いくら金をしぼり取

り、人間消耗品のようにつかってもいい、という原理勝共朝鮮人参、印

鑑、大理石のツボ、花売り、街頭カンパ等、ありとあらゆる方法日本から

をかき集める。詐欺まがいの商法で、ピンク産業以外は何でもやっているとい

う(もっと統一教会としては、上からの指令はしていないと逃げているが)。

末端の会員ですら月に100万円のノルマを課せられ、日本全国からは月に2

0億円、年に240億円もの金がアメリカ文鮮明氏の元に送金されていると

いう。合法非合法を問わない強引なやり方で「サタンの国」からは徹底的に

金をしぼりとり、文王朝のために日本人は手足として使い、使い捨てにすれば

いいという考えだ。

会員もそれに甘んじている。これは日本戦争に対する韓国側の復讐なのかも

しれないが、日本人会員にとってはそうすることによって「侵略戦争」の贖罪

ができると思っている。<狼>クループ同様、屈辱的な贖罪史観、敗戦コンプ

レックスを色濃く引きずっている。

第六に、文王朝建設のために日本人の<献身美徳>が最大限に利用されてい

る、ということだ。いつの時代にも、他人のため、世界のために体をかけて働

いてみたいと願う正義感の強い青年たちはいる。方向性は違っても、戦前の青

将校、在野の右翼運動日本赤軍…・・。そして多分、原理運動に飛び込ん

だ人たちも大部分はそうした純粋動機からだろう。

今の日本のように皆が皆、自分さえよければいい、金がすべでだ、マイホーム

だ、酒だ女だとPermalink | 記事への反応(7) | 19:56

2022-06-29

anond:20220629160310

青春アミーゴの『SI 俺たちはいつでも二人でひとつだった』のサビの

SI(しー)』とはどういう意味なんでしょうか。。。?


ベストアンサー

nac********さん

スペイン語Siとは英語で言うyesと同じ意味です。アミーゴ(amigo)もスペイン語で、友達という意味なのでそうだと思います

2022-06-25

カクテリーゼ!

今、伸びをした拍子に手を伸ばしたら、その手がベッドサイドに置いてあった小瓶に当たって、小瓶がちょっとスライドした

ちょうど、カッコいいバーで「あちらのお客様から」つってカクテルスライドしてくるような感じだったと思う

なんだか妙にいい気分になって、口をついた言葉が「カクテリーゼ!」

意味はない

スペイン語なんかの縮小辞をイメージしてはいるんだけど、たぶんどこの言語にもiseなんて縮小辞はない

でも、我ながらええ響きや

カクテリー

2022-06-17

歴代ノーベル文学賞受賞者と、受賞理由

https://moriishi.com/entry/nobel-prize-in-literature-early20c

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E6%96%87%E5%AD%A6%E8%B3%9E%E5%8F%97%E8%B3%9E%E8%80%85%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

面白かった。ウィンストンチャーチルも受賞してたの知らなかった。

日本人

1968年 川端康成 (1899 – 1972)

日本人の心の真髄をすぐれた感受性をもって表現し、世界の人々に深い感銘を与えたため

受賞講演 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%84%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%A7%81%E2%80%95%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%BA%8F%E8%AA%AC

1994年大江健三郎 (1935 – )

詩趣に富む表現力を持ち、現実虚構が一体となった世界創作して、読者の心に揺さぶりをかけるように現代人の苦境を浮き彫りにしている

2017年 カズオ・イシグロ (1954 – )

壮大な感情の力を持った小説を通し、幻想的な世界とのつながりの感覚の下にある深淵発見した

───────────────────

1901年 シュリ・プリュドム(仏)

高尚な理想主義芸術的完成度の形跡、心情と知性の両方の資質の珍しい組み合わせを与える、詩的な構成物に対して

1902年 テオドールモムゼン(独)

彼の記念碑著作"ローマ史"を代表作として、存命中歴史著作家の中では最大の巨匠であること

モムゼン ローマ歴史I―ローマの成立―

1903年 ビョルンスティエルネ・ビョルンソン(ノルウェー

その感化の鮮度と精神の希少な純度の両方において名高い、高貴で壮大、且つ多彩な詩に敬意を表して

アルネ

1904年 フレデリックミストラル(同時受賞)(仏)

プロヴァンス言語学者としての重要な業績の他、自然景観と人々の土着の精神を忠実に反映した、彼の詩作の新鮮な独創性と真の触発に対して


1904年 ホセ・エチェガライ・イ・アイサギレ(同時受賞)(スペイン

独創的で個性的手法スペイン演劇の偉大な伝統を復活させた、数多くの鮮やかな構成物に対して


1905年 ヘンリク・シェンキェヴィチ(ポーランド

叙事詩作家としての顕著な功績に対して

1906年 ジョズエ・カルドゥッチ(伊)

念入りな学究とその成果を評価するとともに、創造的なエネルギースタイルの新鮮さ、詩的な傑作を特徴づける叙情的な力に敬意を表して

1907年 ラドヤード・キプリング(英)

この世界的に有名な作家創作を特徴づける、観察力、想像力独創性、発想の意欲と、叙情非凡な才能に対して

ジャングル・ブック

1908年 ルドルフ・クリストフ・オイケン(独)

真実のための本格的検索思考の一貫した力、視野の広さ、表現の暖かさと強さによって、数多くの作品の中で人生理想主義哲学実証したこと

1909年 セルマ・ラーゲルレーヴスウェーデン

その著作を特徴付ける崇高な理想主義生気溢れる想像力精神性の認識を称えて

ニルスのふしぎな旅

1910年 パウル・フォン・ハイゼ(独)

叙情詩人、作家そして世界的に知られた短編小説家としての長年の創作活動を通して世に送り出してきた、無上の芸術性、理想主義の浸透を賞賛して

1911年 モーリス・メーテルリンクベルギー

多岐にわたる文学活動特に戯曲の数々を評価して。豊かな想像力と詩的な空想は、時に御伽話の形を装いながらも、それぞれの作品神秘的な方法で読者ひとりひとりの感性に訴え想像力を刺激する間、深い創造的発想を明らかにする

青い鳥

1912年 ゲアハルト・ハウプトマン(独)

主に、演劇の分野での豊饒で多様、且つ顕著な功績に対して


1913年 ラビンドラナート・タゴール(印)

西洋文学一角なす英語思考表現された、至極の技巧による彼の深く敏感な、鮮やかで美しい韻文に対して

1914年該当者なし

1915年 ロマン・ロラン(仏)

彼の文学活動の高尚な理想主義に、人類の異なるタイプ描写した思いやりと真の慈愛に、敬意を表して

ジャン・クリストフ

1916年 ヴェルネル・フォン・ヘイデンスタム(スウェーデン

我々の文学における新時代を率先的に代表する者としての重要性を認めて

1917年 カール・ギェレルプ(同時受賞(デンマーク))

崇高な理想に触発された、彼の多様で豊かな詩に対して

1917年 ヘンリク・ポントピダン(同時受賞)(デンマーク

デンマーク現代生活の本格的な描写に対して

1918年該当者なし

1919年 カール・シュピッテラースイス

1920年代

1920年 クヌート・ハムスン(ノルウェー

彼の記念碑著作"土地の成長"に対して

ヴィクトリア (岩波文庫)

1921年 アナトール・フランス(仏)

格調高い様式人類への深い共感優美さ、真なるガリア人気質からなる作風による、文学上の輝かしい功績が認められた。

神々は渇く

1922年 ハシント・ベナベンテ(スペイン

スペイン演劇の輝かしい伝統継承する、幸福手法に対して

1923年 ウィリアム・バトラー・イェイツアイルランド

芸術性が高く精妙な詩歌によって国民全体の精神表現した貢献に対し

1924年 ヴワディスワフ・レイモント(波)

彼の偉大なる国民叙事詩"農民"に対して

1925年 ジョージ・バーナード・ショーアイルランド

他に類を見ない風刺に満ち、理想性と人間性を描いた作品を送り出した事に対して


1926年 グラツィア・デレッダ(伊)

まれ故郷の島での生活人間一般的問題を深く人工的に明快に描写した、理想的な天来の著作に対して

1927年 アンリベルクソン(仏)

彼の豊かで活発な発想と、それが表現された鮮やかな技巧に対して

時間自由

1928年 シグリ・ウンセット(ノルウェー

主に、中世北欧生活についての力強い著述に対して

1929年 トーマス・マン(独)

主に現代古典としての認識を広く得た傑作『ブッデンブローク家の人々』に対して

ブッデンブローク家の人びと

魔の山

1930年 シンクレアルイス(米)

活き活きとした写実的描写技術および機智とユーモアを伴った、新しいタイプ人物を造形する能力に対して

本町通り

1931年 エリクアクセルカールフェルトスウェーデン

エリクアクセルカールフェルトの詩に対して

1932年 ジョン・ゴールズワージー(英)

"フォーサイト物語"で頂点を極めた、優れた物語芸術に対して

林檎の樹

1933年 イヴァンブーニンソ連

散文によって古典的なロシア伝統継承した厳格な芸術に対して

呪われた日々、チェーホフのこと

1934年 ルイジ・ピランデルロ(伊)

劇的且つ美しい芸術を、大胆且つ独創的に復活させたこ

月を見つけた

1935年該当者なし

1936年 ユージン・オニール(米)

悲劇の独創的な概念を具現化する、彼の戯曲の力強さ、誠実的さ、深い感情に対して

楡の木陰の欲望

1937年 ロジェ・マルタン・デュ・ガール(仏)

"チボー家の人々"で、現代生活のいくつかの基本的な側面のみならず、人間葛藤を描いた芸術の力と真実に対して

チボー家の人々

1938年 パール・S・バック(米)

中国での農民生活の豊かで真に叙事詩的な記述と、彼女の伝記の傑作のために。

1939年 フランス・エーミルシランペー(フィンランド

1940年代

1940年該当者なし

1941年該当者なし

1942年該当者なし

1943年該当者なし

1944年 ヨハネス・ヴィルヘルム・イェンセン(デンマーク

広い視野知的好奇心と大胆で新鮮な創造スタイルに結びつけられた、彼の詩的想像力の類稀なる強さと豊かさに対して

1945年 ガブリエラミストラルチリ

その力強い動機に触発された抒情詩によって、彼女の名が全ラテンアメリカ世界理想主義的な願望の象徴と化したこと

1946年 ヘルマン・ヘッセスイス

古典的な博愛家の理想と上質な文章を例示する、大胆さと洞察の中で育まれた豊かな筆業に対して

車輪の下

1947年 アンドレジッド(仏)

人間問題や状況を、真の大胆不敵な愛と鋭い心理洞察力で表現した、包括的芸術的重要著作に対して

狭き門

1948年 T・S・エリオット(英)

今日(こんにち)の詩文学への卓越した貢献に対して

1949年 ウィリアム・フォークナー(米)

アメリカ現代小説に対する、強力かつ独創的な貢献に対して


1950年代

1950年 バートランド・ラッセル(英)

人道的理想思想の自由尊重する、彼の多様で顕著な著作群を表彰して

哲学入門

1951年 ペール・ラーゲルクヴィスト(スウェーデン

人類が直面する永遠課題に対し詩作により解を探ろうと試みる芸術的活力と真の意味での精神的自立に対して

バラ

1952年 フランソワ・モーリアック(仏)

彼の小説人間生活ドラマに浸透した、深い精神的な洞察力と芸術的な強さに対して

テレーズ・デスケル

1953年 ウィンストンチャーチル(英)

歴史や伝記の記述熟達に加え、高揚した人間価値についての雄弁な庇護であること

第二次世界大戦

1954年 アーネスト・ヘミングウェイ(米)

"老人と海"に代表される、叙述の芸術への熟達と、現代ストーリーテリング形式に及ぼした影響に対して

老人と海

1955年 ハルドルラクスネスアイスランド

アイスランドの偉大な物語芸術革新した、彼の鮮やかで壮大な力に対して

1956年 フアン・ラモン・ヒメネス(西)

高邁な精神芸術的純度の一例を構成する、スペイン語による彼の叙情的な詩に対して

1957年 アルベール・カミュ(仏)

この時代における人類道義心に関する問題点を、明確な視点から誠実に照らし出した、彼の重要文学創作活動に対して

1958年 ボリス・L・パステルナークソ連

現代風の叙情的な詩、および大ロシア歴史伝統に関する分野における、彼の重要な功績に対して

ドクトル・ジバゴ

1959年 サルヴァトーレ・クァジモド(伊)

古典的な火で現代生活悲劇的な経験を照らし出す、叙情的な詩に対して

1960年代

1960年 サン=ジョン・ペルス(仏)

我々の時代の状況を先見的に反映した、彼の詩の高らかな飛翔と喚情的な形象に対して

1961年 イヴォ・アンドリッチユーゴスラビア

自国歴史主題人間運命を叙述した、彼の偉大な力量に対して

宰相の象の物語

1962年 ジョン・スタインベック(米)

優れた思いやりのあるユーモアと鋭い社会観察を結びつけた、現実的で想像力のある著作に対して

怒りの葡萄

1963年 イオゴス・セフェリス(希)

ヘレネ世界観への深い感情から着想を得た、優れた詩作に対して

1964年 ジャン=ポール・サルトル(受賞辞退)(仏)

アイデアに富み、自由精神真実の探求に満ちた彼の作品が、私たち時代に広範囲な影響を与えてきたことに対して

嘔吐 

1965年ハイル・ショーロホフ(ソ連

彼の「ドン」の叙事詩によって、ロシアの人々の生活歴史的な段階を表現した芸術の力と整合性に対して

静かなドン

1966年 シュムエル・アグノン(同時受賞)(イスラエル

ユダヤ人の人々の生活モチーフにした、深遠に個性的な叙述の芸術に対して

1966年 ネリー・ザックス(同時受賞)(スウェーデン

イスラエル運命を伝える優れた詩と劇作に対して

1967年 ミゲル・アンヘル・アストゥリアスグアテマラ

ラテンアメリカ原住民伝統国民性に深く根ざした、鮮やかな文学的業績に対して

マヤの三つの太陽

1968年 川端康成日本

日本人の心の精髄を、すぐれた感受性をもって表現世界の人々に深い感銘を与えたため

雪国

1969年 サミュエルベケットアイルランド

小説戯曲の新たな形式の中で、現代人の悲惨を描き、その芸術的な偉業を果たした彼の作品に対して

ゴドーを待ちながら

1970年代

1970年 アレクサンドル・ソルジェニーツィンソ連

ロシア文学の不可欠な伝統を追求したその倫理的な力に対して

収容所群島

1971年 パブロ・ネルーダチリ

一国の大陸運命と、多くの人々の夢に生気を与える源となった、力強い詩的作品に対して

1972年 ハインリヒ・ベル(西独)

時代への幅広い眺望と鋭い描写によって、ドイツ文学刷新に貢献した

1973年 パトリックホワイト(豪)

文学新大陸を導入した、叙事詩心理的叙述の芸術に対して

ヴォス―オーストラリア探険家の物語

1974年 エイヴィンド・ユーンソン(同時受賞)(スウェーデン

地域および各時代俯瞰しつつ自由のために奉仕する語りの技法に対して

1974年 ハリーマーティンソン(同時受賞)(スウェーデン

露のひとしずくを捉えて宇宙を映し出す作品群に対して

ニアーラ

1975年 エウジェーニオ・モンターレ(伊)

2022-06-11

VTuber歴史の雑な認識

この分野はガチ素人ですが、特にゲーム部以前は聞きかじりです。エンタムという事務所もあったんだよ。

紀元前

ウェザーロイドバーチャルアイドル時代VTuberイメージも固まっていない。

四天王時代動画時代

キズナアイミライアカリら五人揃って四天王が現れてVTuberイメージ形成していく(が、イメージがそのまま引き継がれているとは言えない)

ゲーム部の時代(最盛期は編集された動画が主力?)

つのチャンネル複数VTuber配信し、箱として大きな人気を博す。

しかし、演者過酷な勤務を強いていた労働問題が明らかになり炎上演者交代の暴挙に出て凋落最近解散した。

どっとライブ時代(生配信時代

四天王電脳少女シロが導線となり、リレー形式で見やすい1時間配信を行うことでファンを箱でガッチリ囲い込む。ファンアートの作成などにも積極的箱推しファンを育成する。

だが、夜桜たまが引き起こし騒動によりファンの間で激しい対立が起こり勢いを失う。

にじさんじ時代(他と並立気味)

初期から比較的(あくまでも他社との比較)安定した運営がなされてきたが、所属VTuberをひたすら増やしていく路線の中から飛び抜けた人気を持つVTuberが増えてくる。その一方で一期生が重みを失っていない点も強みと思われる。

男女混合で運営される中で、男性VTuberに人気の集中する傾向が徐々に出てくる(壱百満天サロメは久々に大ヒットした女性だが)。

ホロライブ時代

ホロライブはどっとライブ騒動があった時期くらいかアイドル路線に切り替えてきた(同じ会社のホロスターズを含め、男性VTuberとのコラボ特定VTuber以外はほとんどしなくなった)。バイリンガルスペイン語もそこそこ行けたようなのでトライリンガル?)のヤクザドラゴン桐生ココ加入などの要因もあり海外でも人気を得て大いに伸びる。

その桐生ココやスパチャ世界一にもなった潤羽るしあは炎上もあり引退したが、VTuber登録者数最大のがうるぐらを擁し、新人デビューが決まるだけで初配信前には登録者数が10万人を超えるなど、かなりの勢いを保っている。

現在(続ホロライブ時代?)

アメリカインドネシア中国などの海外にも多くの視聴者を集める事務所が現れてくる( Vshojoなど。おそらくスペイン語圏でシェアのあるOWOZUというところを今知った)。

ホロライブにじさんじ海外事務所も人気を得る(にじさんじ最近EN以外をにじさんじ本体に合流させた。VTuber間の目立った交流はないが中国にも事務所あり)。にじさんじ運営する「えにから」が上場し、最近デビューした壱百満天サロメが大きな話題になる。

ホロライブの次に来るかもしれないと言われていた「ぶいすぽっ!」は前述のゲーム部を運営していたUNLIMITEDに買収されファンの間に不安が走る(他にもまともに運営してきた事務所を持っているため心配のしすぎという意見もある)。独自ショート動画路線でホロライブを超える再生回数を叩き出すようになったあおぎり高校(ここもUNLIMITED傘下)、トップにならなくともコツコツと安定した運営を続けてきた774inc.(有閑喫茶あにまーれは引退者多めだが)、プレイングマネージャー犬山たまきの率いるのりプロ武道館単独ライブを決めた花譜のいる神椿(KAMITSUBAKI STUDIO)など独自ニッチを築いているところもある。

また、個人VTuberではVOICEROID化によってボイロ動画とのシナジー効果を起こすトレンドが伺える(以前からUTAU化などはあった模様)。


https://anond.hatelabo.jp/20220611003936

https://anond.hatelabo.jp/20220105102642

2022-06-06

響きで得してる単語

例えばっすよ、「庭」ですよ

庭って、響きとしてカッコいいかダサいかでいうと、ややダサいと思うんすよ

歌にもそんな出てこねえじゃん

パッと思いついたのはハナミズキの「つぼみをあげよう 庭のハナミズキ」くらいだ

庭で踊ろう、とか言ってもさあ、狭い、ショボい、クソみたいな、灰色の、陰鬱空間でさあ、

居た堪れなくなるような、リズム感のない、奇妙で、恥ずかしくて、見ていられない踊りを踊っている姿しか想像できねーわけ

 

それが例えばスペイン語なんかだと、Jardínですよ

ジャルディンじゃないぞ ハルディンだ

しかもハの音は、なんかノドを擦って出す、カッコいい音だ

ニワ ハルディン そらハルディンのほうがカッコいいですわよ

歌にだって出てきます

"El jardín que nunca vas a conocer”

「君が知ることはない庭」

“Nube gris riega todo jardín”

灰色の雲が庭すべてに水を撒く、庭すべて、僕

あっ…2曲しか思いつかねえ

いやしかし、庭なんて一曲っすから

アレなんすよ

庭って多分あんま歌で言及したくないんすよ

俺の好きなランタナって歌にこんなフレーズがある

「君の好きだったあのランタナの影の中」

これ、スペイン語だったらぜってえjardínへの言及があるよ かっこいいか

なんならフレーズ最後に持ってくるくらいですよ

文法的にも、素直な語順でいけば影ofランタナof庭だから

そういうポジションなんだ

Bailamos en la jardín、なんか言ったらもうカッコいいじゃないすか、庭で踊ろうってのとは話が違う

オシャレで、広くて、カッコよくて、明るくて、陽が射していて、あるいはいい感じの夕焼けで、とにかくステキ空間で、

イケている2人が、目が釘付けになるような、あるいは逆にあまり不快感がないのでまったく目に留まらないような、良い踊りを踊っている

そういう印象になってくる

ホントですか?

ホントなのかな

これは俺の心から言葉なのか

もうわかんないよ

仕事やめたいよ

仕事やめて庭で踊りたいんだ俺は

それだけなんだ

できたらこう、アルハンブラ宮殿みたいなところでさ

2022-05-12

anond:20220512173010

趣味フランス語スペイン語勉強するものだが、案外そう単純でもないのだよなあ。

そもそも一見似た単語でも「意味」が普通に違う。

 

スペイン語のproporcionar、プロポーション比率)は関係ない。意味はprovide。

同じくスペイン語のcelebrarは「催しを行う」。「祝う」ではないのでcelebrar funeral(葬式を催す)とも言う。

こんな感じで似ているようで使いどころの違う単語が、日常遣いの言葉ほどいっぱいある。

 

洋画なんかもよく見てると、こういう性質ネタにして、「スペイン語っぽくラテン語由来の言葉を使って会話しようとするがうまくいかない英語話者」なんてシーンがよくあるよ。

中国語日本語漢語意味が違ったりするようなものだね。

2022-04-22

イタリア語で「友達」は?

スペイン語イタリア語はよく似てる。

スペイン語友達男性)はamigoだけど、じゃあ、イタリア語では?

 

正解はamico

スペイン語のそれと比べて認知度に差がありすぎるのはスペイン語話者が何かにつけて「友達」と連呼してるんだと思う。

胡散臭すぎだろスペイン人

2022-04-18

スペイン語は酸っぺぇ淫語という意味です。

そういう与太話を考えたんだけどどうかな?

2022-03-12

!

スペイン語かなんかだと文章の終わりに「!」が入る場合文の初めに「¡」入れるらしいけどなんでだろう

2022-02-16

マチズモは何故マチズムとは言わないのだろう

マッチョのイズムだからmacho-ismでmachismになりそうなもんだが何故かmachismoなんだよな

仮説、マッチョ英語以外の言語由来で、その言語のなんとか主義のような接尾語は-ismoになる説

さて、ぐぐってみるとwikipediaによるとマチズモスペイン語なのか

スペイン語の接尾語で-ismoはあるのかなとぐぐると確かにその通りのようだ

ただこうなると次の疑問が生まれ

なぜマチズムではなくマチズモと呼ぶ?の説明スペイン語由来の言葉からだよ、と説明できた

ではなんで英語圏でスペイン外来語用法のまま使われているんだろう

結局2行目以下いたことの繰り返しだな、英語話者がmachoなイズムについて造語しようとしたらmachismになりそうなんだがなー

仮説1、スペイン語圏でマチズモ思想が強いのでマチズモという言葉がそのまま英語圏に輸入された説

仮説2、英語話者スペイン語っぽい言葉判断したのでスペイン語っぽい接尾語を付けた説

めし食った後に調べてみるか

英語圏でフランス語由来の言葉に-ismとつくのか-ismeとつくのか興味あるな

2022-02-15

anond:20220215170746

ブラジル言葉ポルトガル語)では「ホナウド」です。 日本ではロナウドといいますが(スペイン語でもロナウドですが)正しくはホナウド


西班牙レギュラー張った城彰二もユニは「JO]、スペイン語では「ホー」と呼ばれた。



ほな、さいなら~

2022-02-09

Appleはもう日本開発者を見てない

https://developer.apple.com/events/view/upcoming-events

これを見ると、英語ポルトガル語ブラジル)、スペイン語韓国語中国語セッションはあるが、日本語はない。

ここに韓国語があって日本語が無いのが悲しい。

他の言語日本語より話者数が多いから分かる。

韓国をけなしている訳じゃないが、単純な人口比で劣る国が優先されてると考えると、いよいよ日本ヤバいなという感じがする。

2022-01-28

anond:20220128114546

そりゃ、日本語利用者数が少ないからだよ。

英・中・スペイン語ヒンディー語の間の翻訳はめちゃくちゃ進化しとるよ

2022-01-15

VTuberコンピューターゲームカラオケ以外でやっていること

この2つがなければ何もできないだろうという意見を見かけたので反例を並べたくなった。教えてくれれば追記する。

まずは個人が自宅で生配信でできるものスタジオ3Dを使うものはひとまず除く(と書いておいても読まないやつは書いてくる)。

雑談

お絵かき

・ASMR

3Dモデル作成

自作ゲーム披露

料理(実写で披露

英語学習日本語スペイン語などもある)

楽器演奏ギターピアノウクレレヴァイオリンオタマトーンなど。弾き語りもある)

朗読青空文庫

落語

ラジオ配信

マシュマロ読み

スパチャ読み()

TRPG

人狼

ワード人狼

ウミガメのスープ

すごろく(大抵自作

福袋開封

・買ってよかった物()

クソコラ閲覧

サイト閲覧(非公式wikiアキネーター通販サイトグーグルアースなど)

プラモデル製作ゾイドガンダムなど)

リアル部屋掃除

商品レビューサントリー飲み物、ヘッドマッサージャーなど)

共通点探し対談

ボイチェン遊び

・虫食(ある意味食用昆虫商品レビュー

他には?

以下は転載

TVバラエティパクリスタジオじゃないと厳しいの多くね?:できるらしい)

 ・ネプリーグ

 ・学力テスト

 ・恋のから騒ぎ

 ・食わず嫌い

 ・格付けチェック

・同時視聴(アニメ映画自分の切り抜きや初回配信ライブカメラ等)

・成年向けマンガレビュー商品レビュー

・新衣装披露

晩酌雑談

誕生日記念枠、凸待ち逆凸

・箱内ニュース(あさココ、にZIP等)

ポッキーなめなめ大会

シャトル柿ピー

・輪ゴムメロンを割る、ココナッツを割る、パインを割る

のりたま分別

人生相談恋愛相談

ヘリウムガス

モールス信号学習

インド生中継

納豆まぜまぜ大会

ねるねるねるね

体験レポ

学習積分、さんすう、歴史・・・

スーパーソング(店内BGMレビューチャイニーズチェッカーやりながら)

・ひとり合唱テトリスやりながら)

音楽ライブ個人自宅でできる)

・VRChat

トークバラエティ企画クイズテーマトーク、バチェラー系など)

声劇

作業配信

結婚式

・授業

映画などの同時視聴

凸待ち/逆凸

DJ

競馬

天気予報

セリフ読みetc

スイッチソフト舐め

足つぼマットに乗る

カップ焼きそばパッケージ読み上げ

ポケモンカード開封

火山解説

安価小説

乳首洗濯ばさみ挟む

サムネ作り

婚活

西成散歩

・同僚のコーディネート考えるやつ

明らかに、ぽこぴー

ゆるキャラグランプリ出場

やらかし百物語

弾丸一人旅

サウナレポ

100均レビュー

デイキャンプ

グランピング

・鹿狩り

・滝行

・なわとび、ローションカーリング、ローション相撲スタジオ

パチンコパチスロスタジオ

・細かすぎる物まね

・低重力下やワープポータルを使ったジャグリング

追記

ゲームなしで同じペースで配信できてから言うことじゃない?

>うーん、でも、やっぱり割合としては大部分コンピューターゲームなんじゃない?

違法でもなんでもないんだから現状でゲーム流れるのはしょうがなかろう。でも雑談やASMRメインで続けている人もいる。もし、仮にゲーム不可能になってもVTuber自体がなくなることはない。上のようなものに切り替えることは十分に可能。やりたいゲームができなくて一時引退した人もいるので全員が続けるわけじゃないが。

>Vと生主の違いあんまりないんだな 顔出しが現物イラストかって感じの差?

自宅生配信縛りしたから機材に差がない以上は、Vにできることはほとんど生主にできるはず(生主にできることでVにできないことはあるが)。できないのは入れ替わり企画くらいか

>大部分はゲーム(しながらの雑談ゲームメインじゃない)とカラオケだしやっぱ取り上げられたら普通に死ぬちゃうかな。お絵かきとかASMRとかは個人に紐ついてるのでVって言われてもしっくりこない。ぽこピーも別格。

こんな仮定で言われたら反論のしようがないわ。ゲームカラオケがなくなったら、このブクマカにとってのVTuberイメージ自体が変わるってことかな。

2022-01-14

anond:20220114112816

グアラニー語の「ka'apiûara(細い草を食べる者)」にちなみ、それがスペイン語転訛して「Capibara」と呼ばれるようになった。日本では同じ言語の「Kapiyva」(草原の主)に由来するとの説が一般に広く流布しているが明確な根拠はない。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%94%E3%83%90%E3%83%A9

2021-12-12

外国語学科

俺は外国語学科卒業したが

今思えばマイナー言語学科に入りたかった

英語とかスペイン語とか中国語って仮に学んだとて自慢にならん気がする

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