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2021-05-27

anond:20210527185626

徳島自衛隊差別事件(とくしまじえいたいないさべつじけん)は、2003年3月に、徳島県で発生した部落差別事件

概要

2003年3月20日、徳島教育航空群に所属する同僚同士である海上自衛隊自衛官AとBが共にカラオケスナックに行った際、Aが被差別部落出身のBに対し、「『四つのお願い』を歌うのは部落民」などと発言し、ちあきなおみの『四つのお願い』を歌うよう強要した(「四つという言葉部落民に対する蔑称の一つ)[1]。

2019-09-13

anond:20190911174129

逆にダメだったカバーといえば、例えば

高倉健時代おくれの酒場』(加藤登紀子

映画居酒屋兆治』のメインテーマ。まんま健さんキャラクターが切々と歌うのは確かに味ではある。であるけど

実は映画に出てたお登紀さんやちあきなおみ差し置いて歌わせたのだ。

完全に監督降旗康男趣味の人選だった訳で、これでちあきさんがこの歌を歌う機会が無くなったのは害悪だとしか言いようがない。

マッチ全般

芸能界一の提供クラッシャー。逆に言えば名カバー製造機。この人の歌を他の人が歌うだけで名曲となる。

愚か者』では伊集院静に頭を抱えさせ

アンダルシアに憧れて』では夜ヒット古舘伊知郎に下手な気遣いを使わせ

北街角』ではCM田中義剛も震え上がった

一番彼の歌声フィットした歌は多分『ミッドナイト・シャッフルしかなかったのではないだろうか。

天使のような悪魔笑顔でそうお思う次第。

他なんかある?

2018-12-10

ちあきなおみ喝采』の歌詞が嫌いだ

表題の通りだ。俺は昭和60年まれだが、この歌詞を尊んだ昭和人の感性がわからない(あえて術語をでかくするぞ)。

嫌いな理由を端的に述べると2つある。

まず、情景が飛び過ぎなのだ

そして、飛び飛びのシーンそれぞれが象徴的でゴテゴテと飾り立てられている点だ。

一番の歌詞

3つの空間がある。順に見て行くと、

A ステージで歌っている語り手に訃報が届く。

B 訃報の主が語り手を故郷? の駅で引きとめようとした3年前

C 故郷? での教会での葬儀の場面

ついでに二番の歌詞

D 教会白壁

E 故郷? 駅の待合室で、自分のヒットソング聴く

F 舞台でいつものヒットソングを歌う語り手

こう見ると、舞台立ては「都会のステージ――駅――教会――教会――駅――ステージ」と整っているように見えるが、実のところバラバラである

時の操作がめちゃくちゃなのだ

まずAが地味におかしい。

恋の歌歌う私に黒い縁取りの訃報が届くのだ。

冷静に考えるとステージ去ってから訃報を目にするのだろうけど、見かけ上ステージで歌っている語り手に郵便屋が届けたように書かれている。

それだけAの時点で時系列の運びが性急なのだ

そしてB。

Aがおかしいのにいきなり「あれは3年前」とか言い出す。

そしてC

いきなり時が戻り、そして故郷に帰って葬式に出ている。

空間バキバキになっていることが解るだろう。

そして良いシーンをこれでもかこれでもかと持ってくる。「ほれほれ良いシーンどんどん行くよー」的な過剰包装的な過度の装飾。


C-Dへの情景の経過はやや丁寧だ。昼下がりから夕方葬儀が行なわれたのだろう。

そしてE。

駅に戻ってきたのは解るのだが、対称となるべきBの位置と異なる。

B動き始めた汽車に一人飛び乗った:ホームでの出来事だろ

E暗い待合室

Eはラストへの布石になるし、一人になったことを示していて叮嚀な箇所もあるが、しかしどうも空間がずれている。


こんな感じで、情景が性急に飛びすぎな印象を強く受ける。

そして、それがさもありがたそうに語られ唄われる。今でも「昭和名曲」としてありがたがられる。でもそれは虚仮だと思う。

なんつーか、下品表現なんだけど、昭和にわか成金にわか教養人、にわか中流家庭に向けられた、安っぽい感動への舞台立てだなと思うのだ。

いかにも「名曲」のような装いをしているのだがその歌詞は人の死と愛を浅薄かつ性急にそろえただけのものだ。

こうした「インスタントな大作」感が気に食わないということだ。

このあともう少しすると、例えば米米CLUB浪漫飛行』みたいな具体性がほとんど何もない抽象的な歌詞流行る。

こうした傾向は、『喝采』に限らない具体的な情景描写稚拙さ、あるいは陳腐化の反動ではないかと思っている。

2013-09-12

五輪五輪書かれるとどうしても五輪真弓思い出す

開会式で唄わせたらどうか、せっかく五輪だし


…あとどうでもいいけど個人的にはすぐちあきなおみと混同する

恋人よが五輪で喝采がちあき

2011-10-06

テレビ見ててチャンネルを回していたらたまたま怒り新党っていう番組でファン心理について扱っていた。

「○○という歌手が好きなら××という曲を知らないとそのファンとは言えない」と言われてショックだったみたいなことだった。

ショックだと感じた人からすれば○○という歌手を好きであるという共通点があるなら「好き」の形は色々あっていいでしょと思ったんだろう。

一方でファンとは言えないと言った人の気持ちとしては

1:××という曲も知らないでファンを名乗るとはおこがましい、××という曲を知らない人間を下に見るというルールを作ることで自分はがいかに優れたファンであるか示したかった。

2:××という曲もいい曲だからあなたが知らない○○という歌手の一面も知って○○をもっと好きになって欲しい、そして同じ価値観を共有できる仲間になって欲しい

みたいなのがあるのかなぁと思った。番組の流れ的には1として扱ってたけど。

番組のトークでは○○という歌手ちあきなおみにして話してたけどファン歴が長いマツコ・デラックスにしてみれば喝采が好きって言うのは素人らしい。代表曲が好きだっていうのは素人ってことなんだろう多分。一方で「年上の人の中には喝采がヒットした年に生まれた人間ちあきなおみについて語るとは片腹痛いと思ってる人もいる」みたいなことも言っていた。○○が好きという気持ちから○○が一番好きなのは自分であり、他をひれ伏させることで満足感を得たいという気持ちへ変化する人が多いってことなんだろうと思った

何かを好きになってその好きになった対象についてもっと知ることでさらに好きになる反面でその対象についての知識量や好きになってから現在に到るまでの時間の長さ「だけ」を愛情量と捉えてしまってご新規さんに対して排他的になる・・・という風に感じた。「はじめはみんなに良さを知ってもらいたくて広めたけれどある程度すると私だけのものになって欲しいと思う」と番組内では表現されてたけどまさにそんな感じなのかなぁ、と

誤解があったらあれなんで一応念のため言っとくとこう書いてると古参が鬱陶しいみたいな書き方になってしまったけれど通ぶるにわかもやっぱり見てて痛いものはある。でも古参にしてもにわかにしてもどっちも「詳しい人」と讃えられて特別な一人になった気分に浸りたいというところは一緒なんじゃないかなぁと思う。それが大して詳しくもないのに詳しいフリをするかご新規さんを全員通ぶるにわかと捉えて排他的になるかの違いであって。

古参にしてみればいくら古参だって胎内から出た時から古参だったわけじゃないんだし誰だって駆け出しの時期はあったと思うからご新規さんに対しては若かりし頃の自分を当てはめてご新規さんが分からないことあったら問に答えてあげるとか丸くなることが必要なのかも知れない。ご新規さんにしても他の人が持ってないものを持ったら自慢するんじゃなくて軽い提案程度にとどめておくくらいがいいのかも知れない。特別な一人になった嬉しさから好きと思える仲間が増える嬉しさで心を満たす・・・そんな感じかなぁ。

まぁそれができてりゃ苦労はしてねぇよってのが現状だしこれからもこの手の苦労はずっと起き続けるんだろうなぁ・・・

2007-08-14

http://anond.hatelabo.jp/20070814002058

カラオケレパートリーはどんどん広がっているんだけど、古い方に広がっていく。

最近増えたレパートリーちあきなおみ

合コンじゃ使えないよ。。。

 
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