「交通手段」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 交通手段とは

2021-05-07

欧州に倣ってというと聞こえは悪いが、自動車税地域で傾斜をかけるのは有効だと思う

山に囲まれていて町同士が幹線道路しか繋がってない地方であれば確かに自動車有効であり、それこそ日本型自動車社会としてうまくいってると思う

しか都市部に目を向けると、小売などに荷を運ぶトラックの類やハイエースならともかく、たいした買い物をしてなさそうな人や通勤する人以外を運んでいない自家用車が多く、とにかく道路四輪車に幅を割かれその他の交通手段が追いやられてる。あと四輪車だけでもう交通パンク状態になってる

全国一律で自動車税が年々高くなっているが、ここは思い切って地域によって傾斜をつけるべきではなかろうか?

都市部は国でも自治体でもどっちでもいいから追加分がついてくる。ただし運送業登録がある法人格は割引(運送屋じゃないけどこれやらないと回り回ってアルバイト苦しくなるだろうから配慮がいる)

2021-04-17

JR乗車拒否問題、「スロープがあっても階段を使いたい」は正義

まだまだ話題が続く伊是名夏子さんの「JR乗車拒否問題

色々考えていて、やっぱりこの件は

階段スロープが併設されているところで「階段を登りたいから手を貸せ」と言った

という案件だと思うのです。

若干今更感はありますが、思うところを書きました。

1.今回の件は「普通日常生活で遭遇した不便」ではない

私もバリアフリーのものに反対しているわけではありません。

例えばスーパーの出入り口から段差をなくすとか、日々の生活に密着した施策はどんどん推進していった方がいいと思います

ただ、「一応お客さんの出入りもできるようになっている」程度の裏口にまでそれを要求するのは正当なのか?とは思ってしまうわけです。

翻って今回の件ですが、SNSメディア等で色々議論はあるものの、個人的に腑に落ちないのは「なぜ熱海駅ではだめだったのか」ということです。

駅員に「熱海駅まででもいいですか?」と聞かれて断ったということは分かっていますが、その前段階、旅行計画を立てている時に、伊是名さんは「熱海駅ではなく来宮駅を選んだ」はずなのです。

旅行計画する時、特に目的地がある場合は、普通そこのホームページを見たり周辺の観光案内を調べたりしますよね。

目的地までのルートを調べない人はいないと思います

伊是名さんも当然調べたと思います

調べるのはとても簡単で、来宮神社ホームページにもありますし、来宮神社を紹介する観光サイト個人ブログを見てもいいと思います

そしてそのほとんどに来宮駅熱海駅からアクセスが書いてあるので、調べていて熱海駅からルートに触れなかったとは考えられないのです。

まり伊是名さんは「熱海駅ではなく来宮駅を選んだ」ということです。

もし熱海駅からルートを知らなかったのであれば、来宮神社から来宮駅だと思ったということなんでしょうか。

それは幕張メッセに行くのに調べないで幕張駅を使うような愚行なので、初めて行く場所でそんなことはしないと思います

(初めだったのかは分かりませんが、そうでなかったら余計問題なのでおいておきます。)

来宮神社まで、来宮駅からは400m、熱海駅からは1.6kmです。

ではなぜ、伊是名さんは熱海駅ではなく来宮駅を選んだのでしょうか。

単純に近いから。

かにそれはメリットです。

ただ、伊是名さんにとっては単純な距離よりも重要な要素がありますよね。

そう、電動車椅子での移動のしやすさです。

この点で来宮駅熱海駅の差は調べるまでもありません。

熱海駅は市の名前が付いているくらいですから利用客も多く、バリアフリー設備も充実しています

駅の利用は問題ないでしょうし、車椅子でも利用可能バスタクシーの手配もしやすいはずです。

一方で来宮駅は、少なくとも伊是名さんにとっては「調べても分からなかった」レベルです。

普通に考えて、この時点で熱海駅を選びませんか?

そして、熱海駅から来宮神社に行くことを考えたら、熱海駅から交通手段を調べますよね?

そうすれば今回のトラブルは起こらなかったんです。

(万一熱海駅が大きな駅だと知らなかったとしても、来宮駅を調べて熱海駅を調べないのは理屈に合いません。)

そのため、今回の件は「避けられたトラブル」と言うよりも、「ドラブルの起こりそうな方を選んだ」という印象が拭えないわけです。

意図的トラブルを起こすのは、誰がやっても問題行動です。

2.健常者でも熱海駅からの方が便利なのでは?

ところで、来宮駅来宮神社は徒歩5分程度と言われていますが、実は難所があります

来宮駅の駅舎は線路南側にあり、来宮神社北側にあるんですね。

そのため最短ルートを通るには来宮暗渠という短いトンネルを通るのですが、そこの歩道が細く、ガードレールもあるため車椅子では通れないのではないかというほど狭いのです。

伊是名さんはブログ特に触れていませんでしたが、果たして歩道を通れたのでしょうか、それとも車に待ってもらって車道を通ったのでしょうか…。

最短ルートを通らない場合は、1.5kmほどアップダウンが激しく歩道が狭い道を歩くことになります

時速2kmで45分かかるわけですから結構負担になるはずです。

伊是名さんは旅行先の条件として「移動距離が少ない」をあげていましたが、これは少ない範囲なのでしょうか。

来宮駅来宮神社間のルートは知っていれば迷う道理がないのですが、トンネルにある小さい看板を見逃して通り過ぎてしまうと熱海駅に行ってしまます(途中でおかしいと気付くかもしれませんが)。

一方、熱海駅からだとバスタクシー神社の目の前まで連れて行ってくれます

数百円でも節約したいとか、迷うのも旅の醍醐味だという人であればともかく、そうでなければ健常者でも熱海駅から行った方が間違いがありません。

安全ルートがあるのなら、そっちの方がよくないですか?

健常者であればスマホ地図を見ながら行けばいい、というのもあるんですが、車椅子利用者は「道はあるけど通れない」という事態に出くわした経験が少なからずあると思うんですよね。

電車なら駅員に相談すればいいですが、旅先の道路でそうなった場合リスク考慮するものではないのかなと思います

障がい者が気にせず外出できるのが理想だ」というのはその通りですが、現実リスク無視するのは違うと思うのです。

また真偽不明ですが、伊是名さんは来宮駅で降りた後、西にある熱海梅園に行ってから来宮神社に行ったと説明している人を見ました。

こちらの説であれば来宮暗渠を通っていないのは理解できるんですが、するとなおのこと、熱海駅から行かなかったのが不思議なんですよね。

来宮駅から熱海梅園は約600m。

しか来宮神社までの迂回ルートと同じ悪路です。

対して熱海駅からバスタクシーを使うと、熱海梅園の目の前まで連れて行ってくれます

車椅子での移動を減らしたいのであればバスタクシーを使うのが合理的です。

そもそも、最短ルートで直接来宮神社に行かないのであれば最寄り駅というメリットがなくなるため、来宮駅で降りる必要がないんですよね。

そこまでして熱海梅園まで歩きたかったのでしょうか?

3.「何を言ったのか」と「誰が言ったのか」の問題

紛糾しているのは、結局これだと思います

伊是名さんの言いたいことは「バリアフリーもっと浸透させてほしい」で、それ自体は正当だと思います

ただ、どう考えてもやり方はまずかった。

旅の計画段階で「合理的」な判断をしていれば起こらなかった問題なんですから、そこをフックにしてしまうと主張そのもの疑問視されてしまます

から、今起こっている事は「誰が言おうが正しいことは正しいのだ」と「言ってることは正しいがお前が言うな」の戦いなんですよね。

熱海市市議会では駅のエレベーター設置の議論が何年も続いており、その結果4つある無人駅のうち2つにエレベーターが設置されたそうですが、今回の論争、本当に必要でしたか

4.まとめ

要するに、熱海駅からバスを使えば来宮神社前ないし熱海梅園前まで行けるという「スロープ」があり、それは見えていたんです。

しかバリアフリー対応状況が分からない来宮駅という「階段」を伊是名さんは望んだ。

それがバリアフリー推進のためにあえてやったことなら、私は「言ってることは正しいがお前が言うな」と言います

もし素で準備不足の旅行だったのなら、社会常識を身に付けて下さいと言います

社会課題を世に問う目的であれは問題行動も有りだという考え方の先にあるのは、アメリカのBLM運動で起こった商店打ちこわしと略奪ですよ。

さすがにそんなものを認めるわけにはいきません。

スロープを作るために階段が狭くなるとか、遠回りになるとか、サービス料金が高くなるとか、そういったことは我慢しますよ。

からスロープがある時はスロープを使ってほしいな、と思うわけです。

2021-04-13

もうガンガン廃駅廃線にすればいい

鉄道しか交通手段がなかった時代ならともかく、今はバスタクシーもあるのだから無人駅にしてまで駅を残してクレーム入れられるくらいならとっとと廃駅にすればいいと思う。

元々赤字でやってるようなところにバリアフリー改修だの駅員配置だのやるような余裕もないだろうし、かと言って健常者しか利用できない構造のままでは「差別」呼ばわりされてしまうのなら、これはもう廃駅にするしかない。

地方無人駅を無くせば障害者も全駅バリアフリーになるし、駅員もわざわざ無人駅に出向いて車椅子担がなくても良くなるし、鉄道会社も赤字路線が減って三方良しだ。

今までの駅の利用客が不便になるかも知れんが、その利用客が大した数いなくて無人駅になってるわけだから、そこは諦めてもらうしかない。

2021-04-06

素人だけど無人駅は具体的にどこまで対応するのか考える

先日から話題乗車拒否問題で、自分バリアフリーは進めるべきだけど事前連絡はしようよ派なんだけど、やっぱり健常者と同じ自由がないのは問題という声がはてブでは多いし、将来的には解消されてほしいとは思う

ただ、それを具体的にどうやって実現するのか、いつまでに実現できるのかのプランがないと絵に描いた餅でしかない

本当なら専門家にお願いして決めなきゃいけないことだけど、とりあえずド素人レベル想像できる問題はてなユーザーに聞いてみたいと思った

既に分かりやす資料やまとめがあったらすみません

間違いや不備不足あればご指摘ください

 

1. 物理的にどうすんの

エレベーターや昇降装置の設置

・駅の構造によっては改修が難しいんじゃないか

・大掛かりな工事時間がかかりすぎるんじゃないか

駅員の増員

・100kgと言われている電動車椅子を扱うのは危険なんじゃないか

対応できる人材が不足してブラック化するんじゃないか

代替交通手段の整備

鉄道と同レベルの定時運行は難しいんじゃないか

・駅自体問題が残ったままだと完全な解消にはならないんじゃないか

電動車椅子ハイテク

市販レベルで普及するには遠い話なんじゃないか

・枯れた技術でないと故障とか起きるんじゃないか

2. 範囲をどうすんの

全ての鉄道駅を目指す

都心近郊はともかく過疎地域では費用対効果出ないんじゃないか

少子高齢化で駅廃止かになったら無駄になるんじゃないか

利用客数の多い駅に絞る

旅行とかでイレギュラーな利用に対応できないんじゃないか

特定の駅が入ってないと結局また騒動になるんじゃないか

3. コストをどうすんの

利用者負担

・大きな値上げは利用者から反感出るんじゃないか

経済的に苦しい人には負担になるんじゃないか

鉄道会社が負担

JR三社ですらコロナ赤字というし優先度を上げられないんじゃないか

ローカル路線は本当に廃線廃業出るんじゃないか

国が負担

福祉政策選挙で人気出ないんじゃないか

財務省さんが予算付けてくれないんじゃないか

 

なんだか小学生感想文そのまんまですみません

2021-04-05

anond:20210405131748

別に揚げ足取るつもりはないけど、何においても優先する必要のある急用がある(当日思い立った含む)+最寄り駅での下車が無理って案内されたら、無理に最寄り駅の下車依頼に時間を使わずに、さっさと隣駅からタクシー移動を選ぶと思うよ。

何時何分の時間指定の乗車が嫌だと思ったら、距離次第だけど、同様に施設のある隣の駅からタクシー移動の選択するかな。

あと、もしこれが最初の乗車が無理という案内だったら、1万円超くらいの距離ならタクシーか、その他交通手段選択もあり得ると思う。その上で、最初乗車拒否について詳細を調べて、内容によっては文句を言うかもしれないけど。

2021-03-29

東京まれ東京育ちの同僚が少しおかしい気がする

当方人口5万人程度の地方都市住みで、少し前に東京本社から来た同僚の話なんだが、これは東京人では普通なのか知りたい。

別に仕事はできるし、地方誹謗等も何もなく良いやつなんだが、とにかく車に乗らない。

  

例を上げると

・週末の習慣は3km先の図書館カフェ読書交通手段は徒歩。

風邪引いて4km先の病院まで徒歩。

・5kmの役所はきつかったらしく1日3本のバスに乗っていた。

遠距離彼女が来たときデートローカル線電車で。駅から目的地までは徒歩。

  

職住近接で通勤には車はいらないし、家の周辺も一通り店はあるのでなので生きていくだけなら確かにはいらない。

でもあんまりにも歩きすぎな気がするんだが、これって普通なの?

最後のとかせめてレンタカーりりゃよくない?と思うんだが、意見を聞かせて欲しい。免許は持ってるらしい。

追記

コメント見てて自転車存在を思い出した。なぜか自転車にも乗らない。

最初ケチってるのかなと思ったけど自転車すら乗らないってある?ってなってる。

2021-01-31

バイト日記

 この間のバイトの日、帰ろうとしたらAさんが事務所に駆け込んできて熱心に監視カメラ画像を見るので、なにごとかと思ったら、

増田さん、さっき客がズボンを穿きながら店に入って来やがったんですよ!」

 Aさんはその客がどんな交通手段でここに来たのか気になって、監視カメラに映る駐車場映像を見ていたのだった。

2021-01-12

田舎大学院に行って1年が経った

東京に住んでたが、専門替えで田舎大学院に行ってそろそろ1年。

大学と家の往復(徒歩15分)以外何もすることがないから、自転車バイクも持たなかった。

大学と駅は徒歩20分くらい。大きな駅までは、バス電車で30分くらい、片道500円。

  

交通手段を持たなくなった結果、映画館や飯屋、本屋、服屋などの施設生活圏になくなってしまった。

まあ、研究以外するつもりがないからいいんだけど。

床屋も徒歩圏には3000円するところしかない。

まあ、研究室以外の人と会わないから髪とか切らないけど。

バイトオンライン仕事をしてるから困っていない。

まあ、金を使う機会もないけど。

 

コロナだけど、みんなそういう生活から研究室の人出は全く減ってない。

多分東京大学生よりもよっぽど大学生活をやっている。

自分場合文字通り大学生活ではあるが。

 

でもこれは完全に大学に通っているからできることで、この地域に住んで生活をしようって気には全くならない。

車やバイクがあれば別なのかもしれないけど、東京なら電車で座ってスマホ見てるだけで移動できるのになぁという気分になってしまう。

あと、車やバイク事故が怖いのもある。

 

ふと思い立って自転車ブックオフに行ったり、都心で開催されている美術展にふらっと行ったり、そういう生活がやっぱりしたいと思えてきた。

わりとだらしない性格から、近くとか帰り道に店がないと行く気にならない。

あと、大学までの友人がずっと東京にいるのでやっぱり東京に住みたい。

なんというか、文化的施設アクセスしづらいのがきつい。

 

今はちょっとコロナが怖いか田舎でいいけど。

まあ、2年しかいないからこの生活にも耐えられるし、ちょうどいいタイミング疎開みたいな状況になってるけど。

 

田舎でいいことといえば、無人販売所の野菜が安くて量が多いこと。

物価とか家賃は安め?

月45000円と光熱費プロパンガスから光熱費で10000円する。

部屋は2部屋でしかもかなり広くて、ネット回線家賃込み。部屋が広いのはありがたい。

 

以上、都会で生まれ育って田舎に住んだ時の正直な心境でした。まとまりがなくてすいません。

地方大への進学を検討している大学生の方は参考にしてください。

 

2021-01-08

anond:20210108190935

交通手段が発達してない2000年前では地球規模での感染拡大が起きません

はいろんぱ

2020-12-15

大学システムゴミ

対面授業始まってしばらく経つけど、コロナ前かずっとオンラインのほうが楽だったわってぐらいゴミ

まず校内に入る人数を最低限にするためか、学科ごとに対面の曜日が決まって居るんだが

対面の日にもオンライン授業が入っていたりして結局意味がない まあこれは序の口

時間割によっては対面日のオンライン授業でその日に受けないと出席にならないのに、大学で受けようにもその授業を受けると交通手段がなくて帰れない(大学は山奥で、コロナの影響で減便されている)ということがあったり、就活行事の一環のzoom模擬面接学校で受けないといけないことになったり

対面授業が始まった後期をさらに半分に分けた日程で進めて居るため本来後期3ヶ月のうち毎週1コマずつ15回の授業を、半分の期間で行うため1ヶ月で中間レポートを書かないといけない授業がある

システムクソすぎてやる気無くすわ

2020-12-03

anond:20201203013240

それは人それぞれでは?

交通手段時間や時期にもよるだろうし

2020-12-02

田舎まれ田舎育ちの若者大阪就職して可もなく不可もなくという話

下記記事への言及

https://anond.hatelabo.jp/20201201184650

当方20代後半、四国に生まれ高校まで四国で過ごし、大学関西田舎にあるキャンパスに通っていた。紆余曲折あり25歳まで正社員をせずフリーターの身で田舎で過ごし続けていたが、25歳になり大阪のど真ん中で正社員となった。

勤務先は大阪地下鉄沿線製造業会社で、事務をしたり現場(これも大阪市内の工場)に出張に行ったりしている。

・・・と、上記記事テンプレートに則って書くのはここまでとして、結論から言うと大阪での生活は可もなく不可もなくである

良い点と悪い点を書いていこうと思う。

・良い点

①気軽に何も考えず出掛けられる

上記記事に、都会は「心理的負担なく出掛けられる」という話があるが、車を持っていない人からすれば確かにそうだと思う。俺も大阪の街中で高校生とかを見かけると羨ましく思う。こんないろんな物が満ち溢れた世界高校時代を過ごしたかったな、と。

また、上記記事に「東京に住んでいる時には外に出る理由なんて一切必要なかった。」とあるが、これは大阪も同じである休日にとりあえず梅田行くか、心斎橋行くか、天王寺行くか、みたいな感じでふらっと街へ行くことが多い。実家だと取りあえず出かけるというとイオン一択になってしまう。

②街の変化にワクワクする

俺が大阪でよく行く街は梅田だが、あちこち再開発がされており、完成後の姿を想像すると非常にワクワクする。ただ、当の大阪人たちはそんなにワクワクしないらしく、これは俺のような田舎出身人間特有心理なのかもしれない。

これのどこが良い点なのかと思うかもしれないが、この土地未来が楽しみであるという感覚は、過疎化で衰退する一方の田舎とは正反対感覚で、自分気持ちポジティブにさせてくれるものなのだ

交通費が安く済む

大阪市内に住んでいる俺のメインの交通手段地下鉄だ。車は持っていない。車の維持費に比べれば地下鉄交通費なんてかなり安いだろう。

しかも俺の場合、自宅-会社間の定期券ではなくマイスタイルという地下鉄の定額サービス契約しており、その交通費会社負担のため、大阪の主要な街には実質無料で行くことができる。

・悪い点

①人が多いことによる弊害

田舎出身の俺は、行列に並ぶことへの心理的負担が都会人よりも大きいと感じる。とにかく行列が待てない。行列に並ぶぐらいなら諦めるor別の場所へ行く、となってしまう。

また、朝夕のラッシュにも多大なストレスを感じる。ある日の帰り、電車で横にいた奴に肘打ちをされたのだが、その日一日中俺の怒りは収まらなかった。

そのことを同僚に話すと、「そんなことで怒ってる奴なんて初めて見た」と言われた。都会人的にはそういう行為は一瞬イラッとはするが、その後その怒りをズルズルと引きずったりはしないらしい。

それを聞いたとき、俺には根本的に人混みが向いていないのだなと感じた。

家賃はやっぱり高い

大阪東京と比べるとかなり家賃が安い方だそうだが、それでも家賃は高いと感じる。

大阪市内の地下鉄沿線オートロックトイレ風呂別、角部屋とかなりの好条件ではあるが、たった6畳の極狭なワンルームで毎月の家賃共益費が6万円。

対して四国住む友人は2LDKマンションに4万円台の家賃である

また、今のところ車を買う予定はないが、車を買えば毎月1~2万の駐車場代も発生する。

③夜も騒がしい

夜寝るときも外から何かしら音がする。一番びっくりしたのが、真夜中に道路工事をすることだ。

田舎だと昼間に車線規制とか片側交互通行とかして道路工事をするが、都会では夜中にするらしい。

寝るとき工事の音でなかなか眠れないということもあった。

上記記事に、周りに人の気配がないのが孤独という話があったが、田舎育ちの俺には分からない感覚だし、静かなことに越したことはないだろうと思う。

2020-11-17

私たちホームレスの人々を取材する理由 rewrite

私たちホームレスの人々を取材する理由

夫婦ホームレス取材をして3年ばかりの月日が経った。当初からその取材活動に疑問と懸念を投げかけてくる人々が跡を絶たない。考えてみれば当然だ。彼らが何故ホームレスという立場になったのか、百人百様の人生を得た末の今なのだろうが、想像するによい経緯は考えられない。世の中から忌避され、近づく行為奇行と捉える人がいても不思議ではない。

現在夫婦でこの取材に取り組んでいる私達ではあるが、このプロジェクトきっかけは妻である私の原体験が基となっている。

20年以上前新宿駅地下街は家を無くした人々のダンボールの手製の住処がひっそりとは呼べないと程の規模で一つの社会を為していた。

今では考えられないであろう。身銭を稼ぐためだろうか、駅のあちこちから拾い集めた古雑誌安値で売る者すらいた。

その日、幼い私は親に連れられそんな新宿駅まで来ていた。目に映ったのは、彼らの建てたダンボール小屋だった。秘密基地様相を持つそれらの簡易的な建立物に興味を持った私は見えない内側も確かめようと近寄ろうとすると、母に無言で引き止められた。その時の母の気色張った様相に、この場所で暮らす家のない人々は”近寄らざるべき人々”であり”場所”であり”社会であることをうっすらと理解した。

そのような記憶を留めたまま、大人になった私は街の角々で時折見かける彼らの姿に、違和感に近い興味を感じていた。禁止されればより気になるとはよく言ったものである

これがホームレスと呼ばれる人達への取材を行う我々への疑問に対する返答と呼ばれたら、もう少し先の取り組みに進んだ今の私達には少し合わないものではあるけれども、この事が漫然とした興味であったことは間違い無い。


ホームレスの人々と接する。

興味を持った以上、手始めに行ったのがインターネット検索だった。自宅からそう遠く離れた場所では無い所でこの問題に取り組む人がいるのか、まずはそんな事を知りたかっただけかもしれない。

検索結果は田舎ホームレス支援を小規模で行っているA氏を叩き出した。何も知らない私達であっても、その道の活動を行うA氏を通じてであれば、家を無くした人々から警戒される事もないだろう。

2017年12月24日。A氏は我々をホームレスの方々への食事支援する手伝いとして連れ出してくれた。その時出会った彼らこそが今も続けて会いに行く「おじさん」達である

初めて会う相手自己紹介をし、相手の紹介を受け徐々に打ち解けるというのがよくある関係の築き方ではあるけれど、ここでの流儀は少し異なる。「おじさん」達には、本名は明かす事による不都合や、ここに至った過去情報他人に明かしたくない気持ちを抱えた人々もいる。事情配慮して、汎用的な呼称である「おじさん」を使えば、我々も、「おじさん」も、気楽にお互いの話が出来るようになれる。

これはA氏に教えてもらった、家を持たない人々と交流する上での基本である。おじさん達からしたら新参者のどこの馬の骨とも解らない夫婦第一印象が「無礼者」であったとしたら完全にアウトだし、我々からしても本意ではない。おじさんたちの気持ちを慮ると過去に繋がる話を自分からはしない事が大切な事だった。

A氏はホームレス支援活動として、インスタント食品や保存が可能食材、周辺のパン屋農家にて余らしたものをおじさん達に届けていた。これらの活動不定期に、A氏の余裕がある時に行われているという事だった。

我々が同行したその時も、差し迫る暮の只中という事もあり更に冷え込む寒中に備え、厚手の靴下、年越し用の日本酒作業にも使える軍手等、僅かに豪華な届けものを揃えていた。

食材日用品仕分けし、一人ひとりにその品物を配り歩くと、おじさん達は丁重にお礼をいいながら受け取り、特に中身を気にする素振りもなく世間話を始めるのだった。


想定外だったホームレスの方々の姿。

A氏に案内を受け、「おじさん」達と交流を続けるうちに、どのひとも気さくなことに気づいた。

A氏からアドバイスにもあったのだが、おじさん達はよく話す。話の切り上げどころが全く無いと言った具合だ。全員の話を聞こうとすると一日作業になってしまう。

失礼ながら、ホームレスの人々は声なき人々、つまり無口な存在と思い込んでいた私の想像との違いに驚きつつ、そのまま導かれるように彼らの住まいに上がらせて貰うと、家、竈、物干し、食料等を自前で賄っていた。


(おじさん達の家の棚の写真

(おじさん達の竈の写真

(おじさん達の物干し台の写真


おじさん達は森や河川敷個人個人が住みよい場所を作り上げている事も気づきの一つであった。

ダンボール古布に佇む都会のホームレスの印象しかなかった私達には、おじさん達を今までの先入観にあったホームレスに括る事など出来ない。それほどまでの有機的な住むための場所が出来上がっていた。

突然現れた我々に当初の不安程は訝しげに思われる事もなかったのだけれども、逆におじさん達は我々が興味を持っている事に不思議がった。支援者としてのA氏のような人が現れる事はあっても、自分たちを題材として記事を書く為に訪問するような我々は物珍しかったようだ。

一人のおじさんが一台の自転車を見せてれた。そのやり取りが心に残ったのを今でも覚えている。

それはそれまでの日常では出会たことの無い感覚で、おじさん達との会話であったからこそ気付くことの出来た、当時の我々の中にあった先入観だった。


リユース偏見と。

自転車は誰しもが使える交通手段である。それはおじさん達にとっても同様で、荷を運び、移動したりと、色々と有用である。人から貰った自転車でも、不法投棄されてた自転車でも丁寧に手入れをし、慈しんでいる。

2台ある自転車のうちの1台はメンテナンス中ではあったものの、自転車の荷台にはプラスチックボックスが取り付けられ、雨に濡れることなく中にいれて物を運べる様になっている。フレームも塗り替えられ、綺麗に使い易くカスタマイズされていた。

おじさん達が不法投棄から見つけた物を使い勝手よく改造していた事に驚いていたのだが、それはそもそも我々の中に、ホームレスは所持品に対して綺麗さや使い勝手の工夫という要素とは無縁に違いないという偏見があることに気づかされた。誰であれ、自分が使うものは慈しみ、綺麗で使い良い方が自分も嬉しいはずなのに、その「誰でも」の中からおじさん達を除いていたのだ。私は恥じた。

このときは初回の訪問ということもあり、細かい生活状況やこれ以上の工夫について見ることはままならなかったのだが、この時のカスタマイズされた自転車を見た時のような発見は、それから以降もおじさん達を訪問するたびに様々な形で表れることとなる。


「家がない」ところから生活を維持する為の工夫」という基盤に対して工夫をするという事に気づいた私達。

興味から始まったと言って差し支えのないこのプロジェクトであるが、A氏を介して田舎河川敷で「ホームレス」という立場であれど、誰とも変わらず生活を営む為の術があることにきづき、

それまでの偏見先入観にあったイメージの「ホームレス」と彼らの姿には大きく差異があり、この時の驚きはそれからも続く彼らの生活への興味と、知りたい欲求と、取材を通して人に伝えたいという気持ちを強くしていった。

近寄った距離と、浮き彫りになる問題と。

車で一時間程でおじさん達の居住地に到着する。訪れるごとに違う世界がそこにあることに気づく。

おじさん達の暮らし時間に縛られることもなく、さながら毎日続くキャンプかのような日々を過ごしている。

ミニトマトが徐々に熟し始めている写真

勿論中には決まった時間に起き、食事を取り、外回りをして身なりを整え寝るというおじさんもいるだろう。

家があれば営まれるだろうそのよう生活に、基本的安心があることは否めない。


我々夫婦田舎河川敷ホームレスの人々を3年継続して取材を続けられているのは、この安心が得られないような状況で、人がどのようにこのような異世界とも呼べる限界生活という状況に折り合えばいいのか、どう生きれば日々を些かにでも楽しく過ごせるか、そしてどうやって状況を脱していくのかを共に考えていきたいという気持ちからだ。

我々がおじさん達のような路上生活をする事は今の所考えていない。今のテクノロジーに囲まれ生活を手放して自分を保てるような自信は、まだない。

出来たらそのような日が来なければいいと思っている。おじさん達だって本当だったら同じ気持ちだったはずなのだ

ただ、人生というのは何が起きるのか解らない。「今既に起きてしまったもの」を無かったことにするのは不可能だ。

その上で、家のない、おじさん達とともに過ごして得られた知見や工夫がどうにかして我々の生活普遍的で同じであるかという事を探していきたい。

取材を始める前に我々が抱いていたような偏見先入観を持った人々はきっと他にもたくさんいる。

今はお金があることによって支えられているこの生活は、病気や不運や失業や様々な事で覆される事があるかもしれない。家がないおじさん達は、お金のある安定と安心生活からは程遠い。

不遇とも思われる生活を営んではいるが、人を驚かせ、惹き付けるだけの力のある変わらない人間だ。


時折、ホームレスに対して心無い言葉を掛ける人がいる、

おじさん達と同じ立場の人には見知らぬ人に暴力を振るわれ、犠牲になる人々もいる。何故わたしはそんな事が起きるのだろうといつも不思議に思う。

取材を通して彼らを「見知らぬ街のホームレスから不定期に会う家のないおじさん達」に見るようになった私達は

彼らが異質な別の生き物ではなく、同じ人間生活する力を持つ、普通の人々であることにもっと目を向けてほしいと思った。

いま行っているこのプロジェクトと呼んだライフワークと今後の記事を通して、我々が彼らから学んだ世界を誰かに伝えることができたら幸いである。





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こちらの投稿ベースは昨日炎上したcakesの「ホームレスを3年間取材し続けたら、意外な一面にびっくりした」https://cakes.mu/posts/31615(筆者;ばぃちぃ)の記事を基にしたものとなります

筆者によるホームレスを魅力的なものとか過剰なまでの生活に対する華美な書き口が炎上の原因ではないかと仲間内でも話題になったのですが取り組みとしてはそんな批判を受けるようなものには思えませんでした。

これを描かれた筆者は更に若い中学生高校生が、社会偏見ホームレスという状態になられた方を悪く思わないように、もっと認識を高めて貰おうとあえて軽い書き口にされたのではないかなとか私は思うのです。

とはいえ配慮のない表現はどうなのとは思うのですが)

華美な要素(苦しい生活を魅力的と称する。覗き込む、警戒される、等異質のものと扱う表現、あえておじさんという呼称を修飾的に使うことにより、異質のものと分ける表現)を出来る限り排除して構成をほぼ変えずに再記述を行い、筆者の意図勝手に汲み取り想像で改変し加筆を行ってみました。

そうしたら(主観的には)そんなに不愉快でもない感じになりましたし、筆者の行っている活動賛同できました。

こんな増田の影からですが、ばぃちぃさん達を応援しています。頑張ってください。

私たちホームレスの人々を取材する理由 rewrite

私たちホームレスの人々を取材する理由

夫婦ホームレス取材をして3年ばかりの月日が経った。当初からその取材活動に疑問と懸念を投げかけてくる人々が跡を絶たない。考えてみれば当然だ。彼らが何故ホームレスという立場になったのか、百人百様の人生を得た末の今なのだろうが、想像するによい経緯は考えられない。世の中から忌避され、近づく行為奇行と捉える人がいても不思議ではない。

現在夫婦でこの取材に取り組んでいる私達ではあるが、このプロジェクトきっかけは妻である私の原体験が基となっている。

20年以上前新宿駅地下街は家を無くした人々のダンボールの手製の住処がひっそりとは呼べないと程の規模で一つの社会を為していた。

今では考えられないであろう。身銭を稼ぐためだろうか、駅のあちこちから拾い集めた古雑誌安値で売る者すらいた。

その日、幼い私は親に連れられそんな新宿駅まで来ていた。目に映ったのは、彼らの建てたダンボール小屋だった。秘密基地様相を持つそれらの簡易的な建立物に興味を持った私は見えない内側も確かめようと近寄ろうとすると、母に無言で引き止められた。その時の母の気色張った様相に、この場所で暮らす家のない人々は”近寄らざるべき人々”であり”場所”であり”社会”であった。

そのような記憶を留めたまま、大人になった私は街の角々で時折見かける彼らの姿に、違和感に近い興味を感じていた。禁止されればより気になるとはよく言ったものである

これがホームレスと呼ばれる人達への取材を行う我々への疑問に対する返答と呼ばれたら、もう少し先の取り組みに進んだ今の私達には少し合わないものではあるけれども、この事が漫然とした興味であったことは間違い無い。


ホームレスの人々と接する。

興味を持った以上、手始めに行ったのがインターネット検索だった。自宅からそう遠く離れた場所では無い所でこの問題に取り組む人がいるのか、まずはそんな事を知りたかっただけかもしれない。

検索結果は田舎ホームレス支援を小規模で行っているA氏を叩き出した。何も知らない私達であっても、その道の活動を行うA氏を通じてであれば、家を無くした人々から警戒される事もないだろう。

2017年12月24日。A氏は我々をホームレスの方々への食事支援する手伝いとして連れ出してくれた。その時出会った彼らこそが今も続けて会いに行く「おじさん」達である

初めて会う相手自己紹介をし、相手の紹介を受け徐々に打ち解けるというのがよくある関係の築き方ではあるけれど、ここでの流儀は少し異なる。「おじさん」達には、本名は明かす事による不都合や、ここに至った過去情報他人に明かしたくない気持ちを抱えた人々もいる。事情配慮して、汎用的な呼称である「おじさん」を使えば、我々も、「おじさん」も、気楽にお互いの話が出来るようになれる。

これはA氏に教えてもらった、家を持たない人々と交流する上での基本である。おじさん達からしたら新参者のどこの馬の骨とも解らない夫婦第一印象が「無礼者」であったとしたら完全にアウトだし、我々からしても本意ではない。おじさんたちの気持ちを慮ると過去に繋がる話を自分からはしない事が大切な事だった。

A氏はホームレス支援活動として、インスタント食品や保存が可能食材、周辺のパン屋農家にて余らしたものをおじさん達に届けていた。これらの活動不定期に、A氏の余裕がある時に行われているという事だった。

我々が同行したその時も、差し迫る暮の只中という事もあり更に冷え込む寒中に備え、厚手の靴下、年越し用の日本酒作業にも使える軍手等、僅かに豪華な届けものをを揃えていた。

食材日用品仕分けし、一人ひとりにその品物を配り歩くと、おじさん達は丁重にお礼をいいながら受け取り、特に中身を気にする素振りもなく世間話を始めるのだった。


想定外だったホームレスの方々の姿。

A氏に案内を受け、「おじさん」達と交流を続けるうちに、どのひとも気さくなことに気づいた。

A氏からアドバイスにもあったのだが、おじさん達はよく話す。話の切り上げどころが全く無いと言った具合だ。全員の話を聞こうとすると一日作業になってしまう。

失礼ながら、ホームレスの人々は声なき人々、つまり無口な存在と思い込んでいた私の想像との違いに驚きつつ、そのまま導かれるように彼らの住まいに上がらせて貰うと、家、竈、物干し、食料等を自前で賄っていた。

(家の写真3枚)

おじさん達は森や河川敷個人個人が住みよい場所を作り上げている事も気づきの一つであった。

ダンボール古布に佇む都会のホームレスの印象しかなかった私達には、おじさん達を今までの先入観にあったホームレスに括る事など出来ない。それほどまでの有機的な住むための場所が出来上がっていた。

突然現れた我々に当初の不安程は訝しげに思われる事もなかったのだけれども、逆におじさん達は我々が興味を持っている事に不思議がった。支援者としてのA氏のような人が現れる事はあっても、自分たちを題材として記事を書く為に訪問するような我々は物珍しかったようだ。

一人のおじさんが一台の自転車を見せてれた。そのやり取りが心に残ったのを今でも覚えている。

それはそれまでの日常では出会たことの無い感覚で、おじさん達との会話であったからこそ気付くことの出来た、当時の我々の中にあった先入観だった。


リユース偏見と。

自転車は誰しもが使える交通手段である。それはおじさん達にとっても同様で、荷を運び、移動したりと、色々と有用である。人から貰った自転車でも、不法投棄されてた自転車でも丁寧に手入れをし、慈しんでいる。

2台ある自転車のうちの1台はメンテナンス中ではあったものの、自転車の荷台にはプラスチックボックスが取り付けられ、雨に濡れることなく中にいれて物を運べる様になっている。フレームも塗り替えられ、綺麗に使い易くカスタマイズされていた。

おじさん達が不法投棄から見つけた物を使い勝手よく改造していた事に驚いていたのだが、それはそもそも我々の中に、ホームレスは所持品に対して綺麗さや使い勝手の工夫という要素とは無縁に違いないという偏見があることに気づかされた。誰であれ、自分が使うものは慈しみ、綺麗で使い良い方が自分も嬉しいはずなのに、その「誰でも」の中からおじさん達を除いていたのだ。私は恥じた。

このときは初回の訪問ということもあり、細かい生活状況やこれ以上の工夫について見ることはままならなかったのだが、この時のカスタマイズされた自転車を見た時のような発見は、それから以降もおじさん達を訪問するたびに様々な形で表れることとなる。


「家がない」ところから生活を維持する為の工夫」という基盤に対して工夫をするという事に気づいた私達。

興味から始まったと言って差し支えのないこのプロジェクトであるが、A氏を介して田舎河川敷で「ホームレス」という立場であれど、誰とも変わらず生活を営む為の術があることにきづき、

それまでの偏見先入観にあったイメージの「ホームレス」と彼らの姿には大きく差異があり、この時の驚きはそれからも続く彼らの生活への興味と、知りたい欲求と、取材を通して人に伝えたいという気持ちを強くしていった。

近寄った距離と、浮き彫りになる問題と。

車で一時間程でおじさん達の居住地に到着する。訪れるごとに違う世界がそこにあることに気づく。

おじさん達の暮らし時間に縛られることもなく、さながら毎日続くキャンプかのような日々を過ごしている。

トマト写真

勿論中には決まった時間に起き、食事を取り、外回りをして身なりを整え寝るというおじさんもいるだろう。

家があれば営まれるだろうそのよう生活に、基本的安心があることは否めない。


我々夫婦田舎河川敷ホームレスの人々3年継続して取材して続けられているのには、この安心が得られない時に人がどのようにこのような異世界とも呼べる限界生活という状況に折り合えばいいのか、どう生きれば日々を些かにでも楽しく過ごせるか、そしてどうやって状況を脱していくのかを共に考えていきたいという気持ちからだ。

我々がおじさん達のような路上生活をする事は今の所考えていない。今のテクノロジーに囲まれ生活を手放して自分を保てるような自信は、まだない。

出来たらそのような日が来なければいいと思っている。おじさん達だって本当だったら同じ気持ちだったはずなのだ

ただ、人生というのは何が起きるのか解らない。「今既に起きてしまったもの」を無かったことにするのは不可能だ。

その上で、家のない、おじさん達とともに過ごして得られた知見や工夫がどうにかして我々の生活普遍的で同じであるかという事を探していきたい。

取材を始める前に我々が抱いていたような偏見先入観を持った人々はきっと他にもたくさんいる。

今はお金があることによって支えられているこの生活は、病気や不運や失業や様々な事で覆される事があるかもしれない。家がないおじさん達は、お金のある安定と安心生活からは程遠い。

不遇とも思われる生活を営んではいるが、人を驚かせ惹き付けるだけの力のある変わらない人間だ。

時折、ホームレスに対して心無い言葉を掛ける人がいる、

暴力を振るわれ、犠牲になる人々もいる。何故わたしはそんな事が起きるのだろうといつも不思議に思う。

取材を通して彼らを「見知らぬ街のホームレスから不定期に会う家のないおじさん達」に見るようになった私達は

彼らが異質な別の生き物ではなく、同じ人間生活する力を持つ、普通の人々である

いま行っているこのプロジェクトと呼んだライフワークと今後の記事を通して、我々が彼らから学んだ世界を誰かに伝えることができたら幸いである。





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こちらの投稿ベースは昨日炎上したcakesの「ホームレスを3年間取材し続けたら、意外な一面にびっくりした」https://cakes.mu/posts/31615(筆者;ばぃちぃ)の記事を基にしたものとなります

筆者によるホームレスを魅力的なものとか過剰なまでの生活に対する華美な書き口が炎上の原因ではないかと仲間内でも話題になったのですが取り組みとしてはそんな批判を受けるようなものには思えませんでした。

これを描かれた筆者は更に若い中学生高校生が、社会偏見ホームレスという状態になられた方を悪く思わないように、もっと認識を高めて貰おうとあえて軽い書き口にされたのではないかなとか私は思うのです。

とはいえ配慮のない表現はどうなのとは思うのですが)

華美な要素(苦しい生活を魅力的と称する。覗き込む、警戒される、等異質のものと扱う表現、あえておじさんという呼称を修飾的に使うことにより、異質のものと分ける表現)を出来る限り排除して構成をほぼ変えずに再記述を行い、筆者の意図勝手に汲み取り想像で改変し加筆を行ってみました。

そうしたら(主観的には)そんなに不愉快でもない感じになりましたし、筆者の行っている活動賛同できました。

こんな増田の影からですが、ばぃちぃさん達を応援しています。頑張ってください。

2020-10-30

そもそも高校生お金をかけずに『コスパよく勉強すること』なんて無理なんだろうな

いっそのこと思うんだけれど、

常に疑問に感じてることがある。

(疑問)

1)経済的に困窮してる場合大学受験自体難しいような気がすると思うんだけれど、間違ってるのだろうか、、。

2)そもそも勉強すること自体お金がかかるものなのに、

"コスパよく学ぶことができる"と

豪語してる奴らに関して、経済的感覚が狂ってるような認識しかないのかなと思ってしまう。

※次のような場合に関しては、勉強することの心理的ハードルが高くなるのではないのかと示唆してる。

※次のような場合

→家庭環境が複雑で、両親との関係が良くない。

経済的勉強にかけるほどのお金がない。

i.e.文房具(えんぴつ、ボールペンノート)を購入するお金さえない状況。

情報弱者である

校則アルバイトすることを禁止されてる、

もしくは『アルバイトするな』と親、担任先生から脅されてる。

上記に関してご意見を伺いたいです。

追記:

***

まず最初にお前自体が疑問に感じているだけで、金に困っている高校生ではないという話か?

現実大学に行きたい高校生で家が貧乏なのか、どちらかを教えて欲しい。

***

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Ans.後者ですね。

説明不足で失礼致しました。

ちなみに、下記のよう場合仮定してお話しております

人物名前:Aとする。

Aの家庭環境について

両親、担任先生との関係:

まり良くない。

〈AとAの両親との間であったこと〉

自ら購入したい参考書文房具がある場合

60分近く説得し、了承を得られない場合

購入できない。

Aの在籍していた高校偏差値帯:

(駿台模試であれば)40~50の間

高校とAとの自宅までの距離:29キロ

高校からAの自宅までの交通手段:電車バス

Aの自宅から高校までの片道交通費:1000円

 

A君の1ヶ月のお小遣い:2000円

A君の両親の経済的レベル:

基本的高校3年間の学費程度しか貯蓄がない。

A君が目指していた大学レベル:東大京大早慶レベル

高校の周りの生徒の学力レベル:

50%:就職する

50%:Fラン大学専門学校へ進学する。

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2020-10-26

増田神社

増田神社ますだじんじゃ)は、佐賀県唐津市肥前町にある神社

日本で唯一の警察官を祀った神社として知られる。

神体増田太郎巡査の木像。

 

主祭神

巡査大明神(増田太郎巡査)

1869年明治2年8月10日熊本県合志郡泗水村(現・菊池市泗水町)生まれ

幼少の頃より体格は立派であり、性格温厚と誰からも好かれる人物であった。

永島塾では漢学を、後藤塾では数学や測量学を学んでおり特に数学に秀でていた。

その後、 阿蘇郡馬見原(現・山都町)の用水路整備や北海道開拓事業地元泗水村での養蚕業などを経て佐賀県巡査教習所現在警察学校)へ入所する。

増田上記私塾では学業を修めていたこから一般教養に秀でており、本来3か月かかる巡査教習所の教習課程をわず10日で習得卒業する。

1895年明治28年7月17日佐賀県巡査を拝命し、19日には唐津警察署へ配属されることになった。

 

歴史

1895年明治28年)、日清戦争終結に伴い外地から兵士が帰還すると全国的コレラ流行する。

この年の患者数は全国で55,144名、死者は40,154名になっていた。7月には佐賀県東松浦郡入野村高串(現・佐賀県唐津市肥前町高串)でもコレラが発生し、真性40人、疑似34人、死者9人と猛威を奮った。

〜中略〜

増田交通手段のない山道を超えて巡査を拝命して4日後には高串へ到着する。

増田区長相談の上で「コレラ感染を防ぐには、一刻も早く患者健康な人との接触を断たなければならない」と対策を講じ、発症者の家には縄を張り巡らせて消毒の上で人の往来を禁じた。

また、住民には生水を飲まない、生で魚介類を食べないなど厳しく指導して回った。

中には薬を飲んでから亡くなった発症者もいたこから誤解して「毒薬なんか飲まない」と言う発症者もいたが、増田はその患者にも根気よく説得し続けた。

また、感染を恐れて発症者の遺体運搬が拒まれていることを見かねて、増田自身遺体を消毒し、むしろに巻いて背負って傾斜が急な坂道を何度も登っては墓地に埋葬していった。

住民不眠不休献身的に働く増田に対して次第に胸を打つようになったが、疲労が祟って高串着任の3日後である23日にはついに自身感染してしまう。

容体は急速に悪化し、「とても回復する見込みのないことは覚悟しています。高串のこれらは私が背負っていきますから安心下さい。十分お世話せねばならぬ私が大変御厄介になりました。」と言い残して24日午後3時には死去する。その言葉通りに、猛威を振るっていたコレラは終息し、再び発症する村人はいなかった。

 

増田が死去した2日後、コレラ罹患した2人の子供を看病していた中村幾治の許に増田巡査が夢枕に立ったという。

夢枕の増田巡査は、白シャツ姿に剣を抜いた大男で現れて「余はこの世になき増田太郎なるぞ、高串のコレラはわが仇敵にして冥府へ伴い行きれば安んじて子らの回復を待て、ゆめ看護を怠りそ」と厳かに言って消えた。

翌日には増田巡査の死とその最後の言葉を聞いた中村は夢枕の内容との一致に驚き、子供を懸命に看病した結果、子供2人も無事回復した。

中村のほか同様の夢枕を見た住民は他に2件あり、伝え聞いた住民の間では増田巡査神様として認識されるようになった。

 

https://ja.wikipedia.org/?curid=4004366

2020-10-21

先日久しぶりに大掛かりな旅行計画して、七人で旅行に出かけた。一人の友人と手分けして、宿や交通手段の手配、観光地調査タイムスケジュールなどを決め、当日を迎えた。旅行に参加したのはいつも遊ぶ友人二人と、前述のしっかり者の友人と、学生時代の同期で久しぶりに会った三人。旅行自体はとても楽しかったけど、旅行が終わったあと、全く動かなくなったLINEを見て、そういえば誰にも「手配してくれてありがとう」とか言われなかったな、と気づいた。

そこから芋づる式に、よく遊ぶ友人たちにさえ自分からしか声をかけてないということに気づいた。

お礼を言われるために旅行計画したのではないし、私も行きたかたからいい。でも、自分発案の遊びにしか自分が参加してないという事実に、なんだか力が抜けるような気分だった。何年も一緒に遊んできて、なんなら親友とさえ言っていいような友人も、私が連絡を取らなくなったら一切取らなくなるのではないかと、自分一方的友情に恥ずかしいやら悔しいやら複雑な気分だ。

そしてこのSNS時代、画面を開けば「誕生日祝いしてもらいました!」「プレゼントありがとう!」といった赤の他人投稿に溢れている。友人の誕生日はお店を取って祝ったりプレゼントをあげたりしていたが、自分はされたことないなと気づいた。友情搾取という言葉が正しいかからないけれど、今そんな気分になっていてすごく落ち込んでいる。どうやら自分には思った以上に友達がいないらしい。みんなどうやって友達を作ってるんだろう。いいなぁ。友達欲しいなぁ。

2020-10-20

anond:20201020110904

東京交通のことを全く知りもしないで妄想で書いてるだけだな

震災レベルまで行かなくてもちょっと雪が降っただけで道路交通が完全に麻痺するし、車の所有台数に見合った道路容量がないか避難には使えないのは常識中の常識

グリッドロックとか知らないのかな

大体、人口正規化もしてないデータとかなんの意味もない

車を使う場合Origin-Destination都心to都心では、荷物を運べる以外にはデメリットしかない、車を使うほうがよっぽど手間も時間もかかる

駐車場を探して車を停めて目的地に歩いて行くだけであっという間に15分とかかかるし、渋滞も読めないし、定時性がないか時間無駄しかないんだよ

ここはいくら年収があろうが車の所有で解決できない問題なのはわかるでしょう?

結局車は都心から郊外に行く場合しか役にたたないし、様々な施設が集積しまくっている都心では郊外に行く必要性もないし、

休日郊外に行く道は混んでて、なにかしらの覚悟を決めなきゃ車では東京都心からは出られないのよ

何が言いたいかって言うと、東京都心人口密度が高すぎて、人が移動すれば良いだけのときは、自家用車なんていう面積あたりの輸送手段が悪すぎる乗り物は使いみちがない

車で移動するのには、相当の我慢必要となる、その我慢を他の交通手段を使った場合我慢と比べたときに、自家用車のほうが我慢しなくていいときだけ車を選ぶ

2020-10-08

Suica及びその亜種の利用率の首都圏への偏りは人口比率より圧倒的

モバイルPASMOの件で「人口が偏ってるからSuicaPASMOだけで日本全国の交通系ICカードシェアの8割以上占めてるのは仕方ない」みたいな反応があったけどその認識は完全に間違いだよ

全国の都道府県人口平成29年度) https://www.stat.go.jp/naruhodo/c1data/02_01_stt.html

SuicaおよびPASMOICカード発行して利用する都道府県を大雑把に「東京都神奈川県千葉県埼玉県群馬県栃木県茨城県」の1都6県として

上記統計情報を基に全国との人口比率を出す。

首都圏人口比率日本の全人口に対して、約34%の人達SuicaおよびPASMOの利用圏内に住んでいるわけだ。

これが何を示すかというと「交通系ICカードがどれだけ便利だろうが、交通系ICカードを利用するメリットが大きいのは首都圏とその他のごく一部の都市圏だけ」という事。

Suicaが便利な都市部に住んでたら分からないのは仕方ないけど、日常的に電車使うからSuicaに金をチャージすれば利便性が上がるんであって

日常で大して利用しないSuicaに金をチャージするメリットが薄いんだよね。

そもそも首都圏ですらSuica対応の店がスーパーなんかを中心にまだかなりあるわけで、

それが地方となればSuica導入がどれだけ商売人にとって壁が高いかなんて少し考えりゃすぐにわかるはず。

ただまぁ、COVID-19みたいな感染力の高いウィルス蔓延交通系ICカード普及途中で発生してたらと思うと怖いね

今更SuicaPASMO廃止なんてならないだろうけど、5年前とかだったら結構大きな普及阻害要因になってた可能性はある。

そしてこれから先、地方交通系ICカードはもしかしたら運用コストに見合う利用率を維持できないかわからんね。

元々車がメインの交通手段だった地域は見ず知らずの他人空間を共有する公共交通機関より車を選ぶ傾向が高まるだろう。

人口利用者も減っていく田舎首都圏要求仕様で作られた交通系ICカード運用がどこまで維持できるのか、維持できなくなったらどうなるのか?

興味深いね

2020-09-13

海外自由に歩き回ってみたいけど自信がない。

以前旅したことのある国のガイド本を改めて読んでみたり、旅行番組で見たりすると、絶対に近くまで行ったはずなのに存在に気付かなかった素敵なお店とか、せっかくだから立ち寄った方が良かったんじゃないかと思う観光スポット発見してしまい、悔しくなる。そこに行きそびれたからといってわざわざリベンジに出かけるのも何だなと思うし、まだまだ行ったことのない国が沢山あるので、コロナ禍が落ち着いたらそっちに行く方が先だろうとは思う。

私はそんなに語学が得意でないし、いろいろ交通手段を調べて手配するのもそれほど得意でない。国内でも交通の便が悪そうな行き先だと一人でツアーに参加してしまうぐらいである。当然海外旅行だと現地ガイド付きとか添乗員付きツアーに頼ってばかりいる。一度だけヘルシンキ自由旅行したことがあるが、かの地は路面電車電車が発達していてそれさえ研究すれば行き先にたどり着けたし、みんな私のブロークンイングリッシュに優しく対応してくれたので何とかなった。

初めて行く国で完全フリーは怖いので、一度行ったことのある国に自力チャレンジしたいと思うのだが、上手く行けるのか心配で仕方ない。そもそも自由海外に行ける日がいつなのかというのが最大の課題だが、日本国内でも美味しい店を探すのが下手だし、公共交通機関のあまりないところだと、迷子になったり、バス停で本当にバスが来るのか不安さらされながら待つこともある。

一人で頻繁に海外に行く人が書いた本を読んでみても、自分が同じように行動できる気がしない。そういう人が語学の達人なのかというと案外そうでもないのだが、問題解決能力とか目的に向かって突き進む力が違うのではないかと思う。ツアーだと行き先や滞在時間制限されるので、マイペースで歩きたいのだが、自力で旅するのが不安で仕方ない。

とりあえず国内旅行が解禁されたら国内練習するしかなさそうだけど、言葉治安心配をしなくて良いところと、言葉文化も違うところだとハードルの高さが違い過ぎる。海外旅行慣れしている人からするとちゃんちゃらおかしい話だろうけど、ヘタレなので駄目なのだ

2020-08-21

タクシー妊婦乗車拒否やめてほしい

そろそろ臨月なので陣痛時の交通手段としてタクシー会社調べてたんだけど、案外ダメな所多い・・・

住んでいる所が地方田舎都市なので、マタニティタクシーとか陣痛タクシーという神サービス提供している所はもちろんないし。

HPあるようなタクシー会社だとFAQ等でお断り文がすでにあるし。

親切な所で対応不可だけど、付き添いありならOKの所はあった。

って、妊婦一人だからお願いしたいんだって・・・!!!

タクシー以外にもバス運行しているような大きめの会社だったら流石に大丈夫なんじゃないのとHPに断りがない会社に直接問い合わせたら

安全移送できる設備がないため対応不可です。」ということでした。

ついでに「市内のタクシー会社妊婦対応不可の所がほとんどですが」と絶望的な情報を教えていただき

対応してもらえる所がないかタクシー業者組合みたいなところに聞いてみてはどうかとアドバイスされました。

ちょうど妊婦検診で助産師さんと話す機会があったので、そんな話をしたら、

旦那さんや家族を頼れないの?」「自分運転はできないよ!!」とか一番最初に考える当たり前の話しかされないし、危険なのわかってますし痛いのに運転なんかしたくないだろ・・・

からこそタクシー会社探して、拒否多くてへこんでるんですけど・・・ 

そんな困ってる人に「救急車はよばないでね!」「でも破水したらすぐきて!旦那さんが帰ってくるま放置とか絶対しないでね!」

「あと、ちゃん入院できるタイミングってあるから早めに来てもダメだよ、ちゃんテキスト読んでね」って完全に追い詰めてくるスタイル

いやわかってるし、病院側として正しいことしか言ってないからおっしゃる通りですよねなんだけどさ、もう少し優しい言葉かけてくれてもいいのでは・・・

挙句に「タクシーで来る人もいるけどねぇ?断りあるところでも電話でお願いしてみて」ってなんだよその無責任発言それでOKなとこおしえてくれよ~~~って心で叫びつつ、

「そうですか、じゃあまだ希望ありますね^^」って返したんですけど。大人だし。

まぁ産気づいた妊婦なんか乗せて車内汚されたり、汚れるだけで済めばいいけど万が一のことがあって遺族から訴えられたりでもしたら迷惑しかないんだろうけど、

自分当事者だとつらいわ・・・ 

ネットで調べると同じように困ってる人も多いけど、色々なんとかやりくりして病院にたどりついてるし、偉い・・・

真似できないけど自分休み休み運転した、自転車でいったという猛者もいるらしい。 最強。

なんだかんだいっても病院にいく手段は用意しとかないといけないので、

結果としてはあきらめずに問い合わせた所、幸いにも陣痛時でも妊婦一人で乗せてくれるタクシー会社が見つかりました。

「明らかに緊急時でなければ」大丈夫ということで。緊急時ってなんだろ。明らかにちゃうと乗れないから触れなかったけど・・・とりあえずよかった!!

これに関係しているわけじゃないけど、自分妊婦になってからニュース赤ちゃん公衆トイレネカフェで産んだ、遺棄したとかいうの見ると

本当にそのお母さんだけが悪いんだろうか、特殊なんだろうかって思うようになった。

妊婦になると何かとやりづらいことしんどいこと増えるし、自分はなんとかなりそうだけど、

些細な一言キツイと感じる時だってあるし、程度は違えども頑張ろうとももうだめだってなる人だっていそう。

全てのタクシー会社妊婦ウェルカムはできないだろうけど、例え会社的な建て前でも乗車拒否は勘弁してほしい。。

追記

予想以上にコメントあってびっくり・・・ありがとうございます

ほんと妊婦対応不可なのはリスク的にきついところあるし、タクシー会社だけを責めてもって感じかもしれない。

でも、自力はいけない、周りにお願いできる人がいない、タクシー会社妊婦拒否病院救急車呼ぶな。でも破水時はすぐこいは結構きついと思う人もいると思う。

拒否したタクシー会社制裁したいわけでもなく、最悪自己責任署名を書いてでもいいから乗せてほしい。ただ交通手段安心して確保したい。

乗車拒否やめてほしいって書いたけど、むしろどこも解決してくれないかしょうがなく優しいタクシー会社妊婦個人努力でなんとかしてるのが現状なのかも。

そういう意味では優しいタクシー会社けがリスクと損を被ることがないように、小さな問題かもしれないけど行政もっと関わってくれたらいいのになって。

全然違う話だけど妊婦からマスク2枚増量とかまじいらなかった・・・

>前もって予約とかできないの?

タクシー会社によってはマタニティタクシーとか陣痛タクシーとかサービスを用意してる所があるから

そういうところは事前に登録しけば安心だけど、あるのは一部の地域だけなんです・・・ 全国に広がってほしい!

あと、陣痛はいつくるかわからないので、乗せてもらえるか事前に確認しといてあとは当日電話して配車手配してもらう感じです。

以前騒いでた人がいたらしいけど、流石に通りすがりタクシーに手挙げて乗せてもらおうとは思ってないですし、たぶんそういう方は少ないか・・・

病院に前もって入院できないの?

VIPサービスがあるような都会の高級産院とかであればできるのかわからないですけど、

地方にあるような病院では、あらかじめ手術で産む人じゃない限り陣痛がこないとこちらの都合で入院できないです。

しろ陣痛だと思って病院にいっても前駆陣痛だったりすると、時間がかかるので一旦家に帰されるケースもあったりします。

それなりに痛くなってからじゃないと病院は受け入れられないってことです。助産師さんにちゃんと事前に渡したテキスト読めといわれて終了です。

もちろん送迎サービスみたいなものもないです・・・

出産関係健康保険関係ない自費だけどお金払えば・・・かいうのもなく、

特に総合病院サービス必要最低限で、ごねればなんとかしてくれることもないです。

コネをフル活用してなんとかできないの?

コミュ障から家族以外のコネなんてないんだ・・・

結婚すると、旦那さんの仕事の都合で縁もゆかりもない見知らぬ田舎に住まないといけなくなることだってあるんよ・・・

しろ妊娠気づいた時にはコロナだし。

例年なら他の妊婦さんや先輩お母さんと交流できる両親学級や市開催のプレママ広場かいけるチャンスもあったんだけど全部コロナで中止!

陣痛くるタイミングわかってれば、この日開けてよろしく!って知り合いや遠い実家家族にも頼めるかもしれないけど、

正常な出産でも3~4週間いつ陣痛くるかわかんないし、いつでも電話一本ですぐかけつけてくれる運転できる健康大人ってタクシー会社しかいないって人もいると思うのよ・・・

特に自分場合旦那田舎の中でも特に僻地で働いているので、

日中職場旦那理解とかの問題ではなく連絡がつかない日もあり、

なんとか連絡着いたところですぐ帰ってこれない・・・

通常の陣痛であればそれでも待ってればなんとかなるかもしれないけど、破水してしまったら赤ちゃん危険なので待っていられないケースも想定しないといけないのが苦しい所。

そんな状況は個人的な理由から自己責任だろっていうのもおっしゃる通りだし、もちろんまずは自分でなんとかしないといけないんだけど。

こういう小さな無理難題が一つじゃないから、そりゃ少子化になるよね~って感じです。

 

自分よりなんとかならない人のためにも、とりあえずこういう悩みもあって大変なんだなって知ってもらえたらうれしいです。

追記2:

最初気づかなかったけどブコメが大変なことになっててびびった・・・!!コメント全部読んでます

ただのチラシの裏に書いた愚痴、誰かわかってくれる人がいいなくらいで書いたので、びっくりしてます

そして批判的なコメントが多いんじゃないかと思ったら、逆に心配してくれる人や共感してくれる人の方が多くて、励まされました!

救急車の是非は難しいですが陣痛から絶対ダメなわけではないと思います

いきなり大量出血とか産まれかけてタクシーじゃ間に合わないような一刻を争う時は呼んでいいと思いますし、

ただならぬとき判断付かない時はまず病院電話して指示を仰ぐことになると思います

(日記上部の通り、病院で話した助産師さんからはそんな優しい補足はなく、むしろ破水しても市内のタクシー会社呼べば1時間くらいで来れるね!」って言われました)

理想は困ったら救急車呼んでいいってなる社会安心で一番なんでしょうし、呼んでもいいじゃないっていうコメントも多くて嬉しいですが

やはりインフラが限られている中ではそういう特別事情がない限り、まず身内、できなければタクシー会社を頼らないといけないのが現実かと思います

(5分10分の遅れが命取りみたいな人が困るといけないので、陣痛とはいえなおさら交通手段がないからでは使えないと考える妊婦さんが普通かと思います。)

自分当事者になって調べてみるまでは、妊婦さんは普通タクシー乗れるという認識だったので、対応不可と言われて改めてショックでした。

タクシー会社への怒りというよりは、そりゃ考えてみればタクシー会社迷惑だもんねっていう絶望です。

そばサポートしてくれる身内がいたり当たり前に里帰りできる実家がある妊婦さんは関係いくらいの話なので困るのは妊婦の中でも少数派だと思います

それでも運悪く状況に恵まれなかった妊婦さんや産みたい人が諦めたり絶望しないで済むようにもっともっときめ細やかな対策が増えれば最高ですけど、

優先度もあるし解決しないといけないのは妊婦問題だけじゃないでしょうし。

何よりこういうことで困る人もいることを理解して、気持ちに寄り添える人になりたいし、そういう人が増えるだけでもいいなと思います

最後にたくさんの人に読んでもらえたようで、書いてよかったです。

2020-08-20

20歳葛藤】友人とのドライブ実現に至るまで

先日、大学の友人とドライブに出かけた。

出かけたメンバーはいわゆる『いつメン』というやつで、私ともう2人。名前は朝子と夕子にしておこう。三人三様性格も全く違うがとても仲良くやってきていて、先日も特に大きな問題も起こらず無事に一日が終わった。

そもそもこのいつメンでのドライブが実現するまでには長い時間を要した。

まり大学2年の夏。きっかけは夕子の発言

『3人で富士急行きたいね!』という何の変哲もないただの女子大生同士の会話の中での一言

大学2年と言えば、多くの学生20歳になる年。つまり大人の仲間入りをする年である。例に漏れず私は20歳になっており、朝子と夕子も19歳を終えようとしていた。

私にとって『大人になる』とは、世間的にも気持ち的にも、制約がなくなり開放的になる感覚があった。その影響を受けてか、遊ぶにしても行動範囲選択肢が広まり、『富士急』という、今まで3人で行動したきた範囲から大きく離れた場所へ行く、という選択肢が現れたのだ。

それと同時に、交通手段として現れたのが車。

...これが私にとっては大問題であった。

当時3人の中で免許を持っていたのは私だけ。大学1年の夏に父親から急かされ1ヶ月みっちり通い、MT免許を無事取得。そしてこの夏で丁度初心者マークとお別れした時だった。

まり何が言いたいかというと、まだまだ初心者に毛が生えたような奴が他人の命を預かり県外へと運転出来るはずがないということだ。しかも2人も乗せるなんてそんな無責任なことは出来ない。

『のり(私)の運転で行こうよ!』なんて、よくそんなことが簡単に言えるね、と心の中でめちゃくちゃ怒った。

当時免許を持っていない朝子と夕子からしたら、3人でドライブができる!としか考えてなかったのだろう。私はもし実現出来たら楽しいだろうしドライブも本当はしたいと思ったが、やはり危ないだろうし何かあった時に責任はとれない。一応親にも聞いたが明らかに危険だと大反対された。

唯一運転出来る私やその背後にいる親が否定的な態度をとっても、構わず『行こうよ!』とゴリ押ししてくる朝子と夕子にしばらくイライラした。

結局、運転の怖さや免許をとって改めて思い知る車の危険性は、教習所に通わないと分からないのだろうと諦めることしか出来なかった。

その後もことある事に『のりの運転で行きたいね』と懲りずに言ってくる2人にはなんとも言えない感情を抱いていた。



この話をした同時期に朝子が教習所に通い始めた。3人でドライブするには最低でももう1人運転できる人が必要だと気づいた様だ。

しかし朝子の教習所に通う態度は舐めているようにしか思えなかった。『頑張って3ヶ月で取る!』と言った割にはよくサボっているのを見かけるし、教習所内で受ける試験にも2回ほど落ちていた。やっと教習所卒業し後は免許センターでの試験だけだとなったのは2年が終わる頃。そこからまた数ヶ月空いて結局免許を取ったのは3年の夏前だった。


一応これでドライブするための人員は揃ったが不安は当然まだまだあり、心置き無くドライブするには早すぎる。しかも朝子は4年の夏前まで初心者マーク付き運転手なわけで、流石に本人も他人は乗せられないと言っていた。(当時の私の気持ちがやっとわかったかと内心嬉しくなった。嫌な友達だなほんとに。)




そして時が経ち4年になった2020年。3人とも無事に就活は終えた。今頃出かけまくって遊びまくって、人生夏休み満喫しているはずだったのに...‪。

経済活動が再開され外出する人も多くなってきた6月7月頃。インスタのストーリーではドライブする同級生が多く見られた。電車に乗って不特定多数の人と接触するくらいなら、仲の良いと人達と車で移動した方が感染リスクは確かに低くなる。

私もそう考えるうちの1人だった。遊ぶなら車が基本、になりつつあった。

そしてついに先日、無事に初心者マーク卒業した朝子と、夕子とのドライブが実現した。

行きの運転は朝子、帰りの運転は私だった。

朝子はこのドライブの前に、何回も家族や友人を乗せて運転練習をしていた。私も何回か練習に付き合った。教習所に通っている時はそうでもなかったが、実際に他人を乗せるとなると運転に対して本気になり、恐怖も感じていた。

それは、とても嬉しいことであった。

私が運転に対して感じる危機感を、同じように感じてくれているから。

私の周りだけではないと思うが、やはり免許を取ると人を乗せて運転したくなる人は多い。初心者マーク期間のうちに他人を乗せてドライブしていた同級生にはバカなのか?としか思わなかった。人の命を軽くみているとも思った。だって、そうでしょう?車に乗ることで得られる利便性優越感ばかりみて、本来考えるべき危険性や責任感を欠いている馬鹿者だと。問題になっているのは高齢者ドライバー事故率の高さだけではなく、若者事故率の高さも同じように問題だぞと。



20歳の夏に、同い年の若者と呼ばれる人達がどれだけ車に対して低い意識で接しているか目の当たりにした。免許の有無に関係しているかもしれないが、いつもそばにある大きな危険なのだとわかって欲しい。今、朝子は免許をとる前とは変わり、車に関する危険性を念頭に置いてくれているし、夕子も免許を持っていないながら理解してくれている(はず)。

私は運転は好きだが、向いていない人。だからこそこの気持ちを慣れのせいで忘れたくない。多くの若者馬鹿者と呼ばれないようにして欲しいなと思う、22歳の夏。


今後初心に帰るためにここに書き留めておく!

20歳葛藤】友人とのドライブ実現に至るまで

先日、大学の友人とドライブに出かけた。

出かけたメンバーはいわゆる『いつメン』というやつで、私ともう2人。名前は朝子と夕子にしておこう。三人三様性格も全く違うがとても仲良くやってきていて、先日も特に大きな問題も起こらず無事に一日が終わった。

そもそもこのいつメンでのドライブが実現するまでには長い時間を要した。

まり大学2年の夏。きっかけは夕子の発言

『3人で富士急行きたいね!』という何の変哲もないただの女子大生同士の会話の中での一言

大学2年と言えば、多くの学生20歳になる年。つまり大人の仲間入りをする年である。例に漏れず私は20歳になっており、朝子と夕子も19歳を終えようとしていた。

私にとって『大人になる』とは、世間的にも気持ち的にも、制約がなくなり開放的になる感覚があった。その影響を受けてか、遊ぶにしても行動範囲選択肢が広まり、『富士急』という今まで3人で行動したきた範囲から大きく離れた場所へ行く、という選択肢が現れたのだ。

それと同時に、交通手段として現れたのが車。

...その話が私にとっては大問題であった。

当時3人の中で免許を持っていたのは私だけ。大学1年の夏に父親から急かされ1ヶ月みっちり通い、MT免許を無事取得。そしてこの夏で丁度初心者マークとお別れした時だった。

まり何が言いたいかというと、まだまだ初心者に毛が生えたような奴が他人の命を預かり県外へと運転出来るはずがないということだ。しかも2人も乗せるなんてそんな無責任なことは出来ない。

『のり(私)の運転で行こうよ!』なんて、よくそんなことが簡単に言えるね、と心の中でめちゃくちゃ怒った。

当時免許を持っていない朝子と夕子からしたら、3人でドライブができる!としか考えてなかったのだろう。私はもし実現出来たら楽しいだろうしドライブも本当はしたいと思ったが、やはり危ないだろうしそんな責任はとれない。一応親にも聞いたが明らかに危険だと大反対された。

唯一運転出来る私やその背後にいる親が否定的な態度をとっても、構わず『行こうよ!』とゴリ押ししてくる朝子と夕子にしばらくイライラした。

結局、運転の怖さや免許をとって改めて思い知る車の危険性は、教習所に通わないと分からないのだろうと諦めることしか出来なかった。

その後もことある事に『のりの運転で行きたいね』と懲りずに言ってくる2人にはなんとも言えない感情を抱いていた。

この話をした同時期に朝子が教習所に通い始めた。3人でドライブするには最低でももう1人運転できる人が必要だと気づいた様だ。

しかし朝子の教習所に通う態度は舐めているようにしか思えなかった。『頑張って3ヶ月で取る!』と言った割にはよくサボっているのを見かけるし、教習所内で受ける試験にも2回ほど落ちていた。やっと教習所卒業し後は免許センターでの試験だけだとなったのは2年が終わる頃。そこからまた数ヶ月空いて結局免許を取ったのは3年の夏前だった。

やっとこれでドライブするための人員は揃った。ただ不安はまだまだあり、心置き無くドライブするには早すぎる。しかも朝子は4年の夏前まで初心者マーク付き運転手なわけで、流石に本人も他人は乗せられないと言っていた。(当時の私の気持ちがやっとわかったかと内心嬉しくなった。嫌な友達だなほんとに。)

そして時が経ち4年になった2020年。3人とも無事に就活は終えた。今頃出かけまくって遊びまくって、人生夏休み満喫しているはずだったのに...‪。

経済活動が再開され外出する人も多くなってきた6月7月頃。インスタのストーリーではドライブする同級生が多く見られた。電車に乗って不特定多数の人と接触するくらいなら、仲の良いと人達と車で移動した方が感染リスクは確かに低くなる。

私もそう考えるうちの1人だった。遊ぶなら車が基本、になりつつあった。

そしてついに、無事に初心者マーク卒業した朝子と、夕子とのドライブが実現する。

行きの運転は朝子、帰りの運転は私だった。

朝子はこのドライブの前に、何回も家族や友人を乗せて運転練習をしていた。私も何回か練習に付き合った。教習所に通っている時はそうでもなかったが、実際に他人を乗せるとなると運転に対して本気になり、恐怖も感じていた。

それは、私からするととても嬉しいことであった。私が運転に対して感じる危機感を、同じように感じてくれているから。

私の周りだけではないと思うが、やはり免許を取ると人を乗せて運転したくなる人は多い。初心者マーク期間のうちに他人を乗せてドライブしていた同級生にはバカなのか?としか思わなかった。

2020-08-15

anond:20200815161327

私は神田に住んでいたことがあるけど、本当に住み心地が良かった。どこに行くにも交通手段豊富だし、生活必要スーパーやドラスト豊富飲み屋も多い。

休みの日には秋葉原お茶の水神保町日本橋など散歩コースもとても充実してる。

できるもんなら、もう一度神田引っ越したいな。

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