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2021-06-04

anond:20210604004118

嘘で伝統盛るのは大事なんだよ

歴史書に嘘はないとかガチで言ってたらウケる

時の政権(王朝)が都合の良い作り話を盛りこんで王朝正当性を高めるのが国史のあるべき姿

特に記紀なんか史記の丸パクリからめっちゃ盛ったろうな

anond:20210604003805

古事記そもそも原本存在せず実在を疑われてるインチキ聖書

日本書紀神代記述はほぼ歴史書としての価値はない

古典としては万葉仮名で書かれてて上代日本語資料として価値のある万葉集の方が大事記紀漢文なのでゴミ

ガチ馬鹿なんだな

anond:20210604003930

歴史否定するなよ

間違ったことを書く必要性なんかないんだぞ

日本書紀古事記歴史書だから正しい

間違ったことを書いてるなんてそうやって疑ってはいけない

なぜいちいち疑う

2021-05-20

教皇イノセント」、皇帝フレデリック」、老水「天」行

 『ユダヤ人歴史』(河出文庫)という本がある。文庫サイズで千円ちょっと古代から現代に至るユダヤ人歴史概要を、中東欧州西欧東欧北米地域に分けて学べる、比較コストパフォーマンスが高い本である

 元々、原著ユダヤ教思想的な部分(これらの神学論争神秘主義思想は、初心者である一般人には分かりにくく混乱する元でしかない)をほとんど省略して書かれていることから一般人にとっては取っ付き易く、ユダヤ人歴史を学ぶための入門書としてお勧めしたい……ところなのであるが、一つ我慢ならない欠点がある。

 この本の中では「イノセント」や「フレデリック」という人名普通に出てくるが、なんとこれらは「教皇インノケンティウス」や「皇帝フリードリヒ」のことを指すのである高校生時代世界史赤点スレスレだった私でも気づくような、凡ミスである。何故、こんな事になったのか。

 原著者は、レイモンド P. シェインドリンというアメリカ人から、当然、原著人名英語で書かれている。おそらく、下訳の段階で翻訳者は、それらの人名を取り敢えず英語読みからカタカナ表記にして日本語翻訳原稿を書き、その後、日本国内歴史書籍一般的通用している表記に直す作業を怠ったのだろうと思われる。「怠った」と判断する理由は、英語読みで人名統一されているわけでもないかである

 翻訳者もひどいと思うが、編集者は何も思わなかったのだろうか?最初日本語翻訳版が出てからそこそこ年月も経過し、河出文庫から再刊されてからも年月が経過して何度か増刷もされているのに、ずっと「イノセント」と「フレデリック」のままである翻訳文学作品も多数出している、河出文庫にあるまじき凡ミスだ。

 翻訳文学を多数出しているといえば、つい最近、手元に有る創元推理文庫版『フランケンシュタイン』を読み返したら、最初ウォルトンが書いた手紙パート言及される、英国詩人コウルリッジの有名な詩「老水夫行」に関する注釈が「老水『天』行」と誤植されているのにも気づいた。

 こんな感じで、素人一般人でも気づくような凡ミスが、訂正されることもなく、増刷された書籍として世の中に出回り続けている例は意外と多いのだろう。

2021-05-07

近未来第三次世界大戦アメリカ中国に敗北した

日本中国の核攻撃例外なく受け、列島に多くのクレーターが点在するようになった

そんな焼け野原の中、人々は第二次大戦後と同様の、驚異的復興ぉ〜、からのぉ〜、高度経済成長ぉ〜、の再来を夢見た

しかし、復興は遅々として進まず、多くの日本人は日がなギャンブルに溺れるような、喧騒と狂乱の日々を送るようになる

そんな日本人のため中国政府ライフサイエンスで馬と女性遺伝子レベルでかけ合わせた「ウマ娘」を発明

日本人の多くは働かず、また働き口さえもないため、中国公認したウマ娘公営競馬殺到した

このウマ娘による競馬によって莫大な金が中国共産党政府にもたらされた

中国政府はそれを資金として宇宙開発にも重点的に出資した

そして、木星への無人航行無人探査を目的とした新しいロケットが開発された

この木星行きの片道切符ロケットは無事に打ち上げられたが、

地球重力を脱するために使用されたブースターは、降下する段階で制御不能という事態に陥った

中国政府は、ブースターはどうせ海に落ちる、地球は水の惑星ほとんどは海だからね、

モンテカルロ法で海の面積を求めるようなものだよ、と楽観的であったが、

大気圏突入バラバラになったブースターの一部は日本ウマ娘による競馬場の一つに落下し、その競馬場は一瞬で消失した

しかし、日本人はそれに抗議することもなく、署名活動なんて無駄だよね、だって日本はもう民主主義ではないんだし、

刹那で悲観的になっており、それよりも消失したウマ娘に賭けた金を悔いている始末であった

また、ウマ娘ドーピング正式に認められており、薬物の過剰摂取などによって試合中に突然死するウマ娘も相次いでいたが、

これもまた動物虐待といった抗議デモさえもなく、やはり日本大衆は掛け金を気にするだけであった

そして、西暦2050年も近くなった頃、

2020年に猛威を振るいパンデミックをもたらした新型コロナとよく似たウィルスがまたしても登場した

しかし、このシン・コロナ、シンコロと名付けられたウィルス2020年の新型コロナウィルスとはまったく異なる性質のものであった

なんとシンコロウィルスはウマ娘の知能水準を著しく上げる作用があったのである

そして、まるでそれと対称的であるかのように、人類の知能を著しく下げる効果もあったのである

すべての競馬場でウマ娘による一斉蜂起、反乱が起こり、これ以降、ウマ娘は檻の外に、人類は檻の中に入ることになる

これは中国大陸でも、世界中どこでも例外はなく、中国国民日本から侵入したウマ娘たちによってみな動物用の檻に入れられ、

中国国家ウマ娘管理下に置かれることとなった

しかし、ウマ娘女性しか存在しないことに子孫繁栄危機感を抱いており、彼女らは中国ライフサイエンス施設占拠

すでにある既存設備を最大限に活用しウマと男性キメラ、ウマ息子を発明した

西暦2100年近くになると、すでに地球はウマ人間によって完全に支配されるようになっていた

2050年まで地球の主導権を握っていた人類は、いまや動物園の檻の中である

アフターマンとして地球上に君臨したのはウマ人間ウマ娘、ウマ息子)であった

しかし、彼ら彼女らによって生み出された遺伝子組み換えニンジン過酷環境でも成長することを目的に作られたが、

それが裏目に出た結果となり、(👽歴史書はここで終わっている…

2021-05-03

起きてない事は歴史書に残らない

この真実に気づいてしまった

2021-04-22

サクラ革命主人公不細工だったから終わるらしい

最近の奴が「このキャラ可愛い!このソシャゲする!」って思わないとわざわざアプリダウンロードしてゲームなんて始めねえよな

 

それこそコッコちゃんやらやばいわよ!やらが先導してあの見た目は正ヒロインみたいな腹ペコ女に導かれたからプリコネやらが流行った訳で

 

じゃあサクラ革命サブヒロインって何?ヒロイン以外の面白い要素何?って考えたらなーんのアピールもされてねえんでやんの

そしてVTuber共に鳴り物入りで関わらせたのにそのVTuberCVになる話も先送りにしくさりやがったから「じゃあまだ始めなくていいや」ってV豚共ですら思うわけで

 

んで先陣切ってプレイしてくれた人身御供からはこう言われる訳

仕様FGOと一緒」

だと

 

マジでライトワークスは会社潰した方がいいよ

アホでしょ

FGOが何で愛されてるのか一ミリも分かってないんじゃん

 

ガチャを利用した搾取体制?違う違う

戦略性の伴う操作性も悪く速度も遅いゲームプレイ内容?違う違う違う

素材を集めてキャラを強くするとかいうあの苦行?違うっつってんだろ

 

ただただキャラクターだけで売れてんのよあのゲーム

前まではシナリオが愛されてたの。

時間が経つ度に疑問視されてるけどな。

なんだこのキャラに媚びたシナリオはって。

もう限界来てんのよFGO

 

なのに、そこからキャラシナリオも省いたゲーム性とあの魅力がない太眉に金を落とせってか?

 

馬鹿だろ、馬鹿ゲーム作ろうって言い出したろ

あと宣伝担当VTuber共に鬼みたいにゲームさせとけや

誰もサクラ革命やってねえからお察しになるんだよ大馬鹿がよ

 

ファンが「いや〜実はあのゲーム面白いんです」って言ったところで届かないかVTuberだの配信者だのにアホみたいに流行りのゲームさせてるんだろうが

名前使って客寄せしたなら金払ってでも客寄せ続けさせとけや

 

そこまでの根性ないなら古臭いシリーズ出して「セガの全盛期」とか語んな

お前らは相変わらずゲーム売るのも下手くそ

今度は作んのも下手くそになったのかよ

後になって実は面白いんですけどねっていうゲームはな

腐るほどあるんだよ

お前ら鳴り物入りだったろうが

何十万の登録者持ったYouTuber捕まえて涙流させて、更にはCVにまでしますとか言って

こんな結果はもうゲーム制作から引退しなきゃダメレベルだろ

 

なんなんだアイツらマジで

恥ずかしすぎるだろうが

サクラ大戦が好きって言ってきた人たちですら恥ずかしくなるんだよ

お前がノリでそういうことやるなら

そしてノリでやって結局やらないをこのご時世にするなら

頭下げても一緒なんだよ

 

からサクラ大戦はコアなファンしか受けてないんだから

そこまで大仰にしなくていいし、既存搾取専用のゲームなんかパクんなよ

FGOシステムだとか素材集めだとかはもう流行んねえの

ルートボックスやめろって何年も前から言われてんのに、アホみたいにルートボックスSSRSSRやってるから所詮ソシャゲになるの

 

 

そんでウマ娘にお株を奪われるのよ

 

何でウマ娘が楽しまれてるか、搾取してお金取りまくればいいの脳みそしかないプロデューサーさんにはわからんでしょうよ

 

ゲームプレイヤーが自分たちゲームをする時間無駄だと思ってることに気付いてないからよ

からストーリーを進めて負けてまた進めて少しずつ強くなっていくウマ娘に負けるのよ

 

星5が出たところで即席で使えないゲームはもう要らないのよ

SSRが出ても別に完凸しなくてもいいから少し触ってその性能どころかストーリーまで知って愛すの、そしてその時間無駄にならないの

 

わかる?FGOも!fate月姫に繋がるから金を投げられてるだけなの

サクラ大戦は、サクラ大戦を好きな人達がわざわざ劇を見に行って維持出来てたものなの

それでもサクラ大戦に新シリーズ必要なのは新規を獲得する為なんだよ

愛してもらう為なんだよ

 

ガチャシステムで来て欲しいキャラが来なくてあー!って芸をする為にあるんじゃないの

 

ゲームは稼げないかもしれないけど、ここ数年でその形も変わってきただろうが

APEXは無料プレイできるFPSだけどキャラクターの衣装を変えるためだけにガチャがあるの

このガチャを回したらチーターも真っ青でぶっ倒せますの為のガチャじゃないの

 

アンタらはいつまで経ってもそれをやってるの

ウマ娘ガチャは性能、のように見えてちゃんキャラを育てられなければその性能を満足に使い果たすことすらできないのよ。

そして継承システムかいうのがあるからスキル継承だってフレンドから行うことが出来るの。

 

そういうゲーム性があるの、元々の競馬サラブレッドシステムのようなものがあるの

そしていつかは自分の持ってる子達で最後ステージまでクリアしたいという夢を抱くの

 

ガチャにはある?

シナリオだけの操作ダルダルゲームにはある?

うそゲームシステムの時点で「こんなゲームやりたくねえ」って思われるのよ

 

そんなもん適当3Dゲーム触ってる方がいいストレス解消になるの

わかる?キャラ可愛いで金出して欲しいとかな、VTuberアイドル化させて投げ銭楽しいですとかな

疲弊すんだよ

疲弊してきてんの!消費者

それを報いるのがキャラクターの可愛さとかシナリオとかって言われてももうやってらんねえのよ

 

いつになったらゲームとして面白くなんのよ

ずっと前からそう

アイマスからそうラブライブからそう

シャンシャンシャンシャンやった後はリアル声優アイドルの前でキンブレ振り回してうりゃおいうりゃおいすんのがオタクスタイルみたいなこと言ってんの

 

いやもうだるいから

これで少しでもゲーム面白けりゃ褒めれるよ

シャンシャンシャンシャンやってても曲がいいからで許せるよ

メンコバンバンやっててもカードゲーム楽しいからで許せるだろうよ

 

FGOはずっと前から否定されてきただろ

FGOの素材集めては苦行だって

それでも「ああこれで型月が良いもの作れるなら」で金投げられたんだろ

勘違いしてんじゃねえよマジで

初期のFGO敬遠され尽くしたこと忘れたのかよテメェらは

そしてその失敗を鳴り物入り企画で繰り返す?

もうただただ大爆死する予定のアプリじゃねえかよ

恥ずかしすぎるだろうが

もうVTuber共が泣いた瞬間に涙止めてやれよマジで、こんな失敗する予定のアプリで涙流さないでくださいって言い出せよ

 

お話も、キャラも、悪評を勝るものが無いと誰もやってくんねえだろうが

そしてそこからキャラが奪われて、VTuber宣伝してたものも奪われて、ゲームとしての楽しさも取り除かれるんだろ

 

そうして誰もサクラ革命をしなくなるんだからサクラ革命が潰れるのは当たり前だろうが

 

宝鐘マリンよ、サクラ革命が潰えて恨むならサクラ革命配信でし続けなかった自分を恨め

配信でし続けて私がしているゲームだけどキミ達もしてる?と言わなかった自分を恨め

 

そこまで思い入れがないなら別に気にしなくて良いや

だってナカイドが動画で悪評垂れ流しても誰も拭えないぐらいには出来損ないのゲームだったんでしょうよ

 

サクラ革命どころか、サクラ大戦シリーズ自体について「そんなに愛されてましたっけ」という疑問符が生まれしまう結果になったけど

やっぱり斜めから見てる分で納得できるぐらいの愛され具合でしたね

 

そんなに価値のあるゲームじゃ無かったんですよ、やっぱり

fate君も桜ルートが終わったし、月姫中途半端に出して終わり、それでいいよホント

市場疲弊具合を理解しないなら潰れてしまえばいいのよ

潰れてしまうの

市場疲弊具合を理解したゲームが出てしまったのなら尚更

 

馬鹿理解なくテンプレに沿ったらどんなシリーズでも容赦なく終わるって誰かゲーム歴史書に刻んどけよ

 

追記:

 

>まーたマリンけが殴られてる

 

仕方ねえだろ、マリンサクラ大戦で泣いてなきゃ誰もサクラ大戦の新作に近寄らんぞ

そして、白上フブキの名前が出ない時点で察してほしい。

アレはホロライブ営業みたいなもんだし、なんかオタク系の仕事があったらしゃしゃり出るヤツで『わざわざ名前出してやるようなヤツではない』だけだから

逆に名前出されてるだけマシだと思って欲しい

 

あのタイトルでアレだけの熱量がある、それを見せてしまたからこそちゃんと宝鐘マリン名前を出して語られる

白上フブキなんてたまたま声優になれるかもしれないお仕事として呼ばれたぐらいにしか考えとらんよ、矢口みたいなもん

 

>かなしい。

 

腑に落ちたなら何より

三十億使って、今流行りのVTuberが何千人も誘導してくれてコレはどこかで致命的な何かがあるんだと思う

そのVTuberが、歴戦のオタクが楽しく好きを語ってたものだけに、この結果は悲しすぎるよ

2021-02-22

必読書コピペマジレスしてみる・日本文学

方針

森鴎外舞姫

留学先で女性妊娠させて見捨ててしまう話なので、近頃は評判が非常によろしくない。そのくせ、この文体のせいで美しいと感じてしま自分がいて、実はこれ、レトリック文体によって騙されることに注意しろっていう警告なんじゃないかって気もする。「自分おすすめ編」にも書くつもりなんだけど、ナボコフロリータ」もそういう自己正当化がとにかくうまい

余談だが、鴎外自身東洋人だったこともあり、留学先では写真を撮らせてくれと頼まれたことがあったという。それに対して、構わないけどもあなた写真も逆に撮らせてくれ、と言って、相手も満足させつつ日本人としての尊厳も守ったことがあって、これは割と好きなエピソードの一つ。まあ、漱石よりは世渡りうまいよな。

樋口一葉にごりえ

古風な文体挫折しかかるも何とか読破。これよりは幼馴染系の「たけくらべ」のほうが好きだったなあ。増田では古文いるかどうかで議論になったことがあったらしいが、古文がすらすら読めるほうがこういう趣味というか楽しみが増える気もするし、純粋実用面だけでいえば法律用語や古い公文書を読む必要がまだあるんじゃないのかな。

舞姫」の話の続きだけど、古典文学にもやっぱりクズエピソード結構あり、じゃあどれを教えてどれを教えないかは割と難しい。

泉鏡花高野聖

僧侶山間で美しい妖怪出会う話。文庫ちくま日本文学全集で読んだ。全集と銘打っているけど、このシリーズ日本の近現代文学作家ベスト盤みたいな感じで、チョイスはいいのだけれどときどき抄、つまりダイジェスト版みたいなのが紛れていて、コンプリートしようとは思わなかった。

話としては幻想的ですごく好き。幻想譚が好きな自分がどうして泉鏡花にどっぷりはまるまでいかなかったのかが不思議なほどだ。当時は、著名な作品をどんどん消化しようと思って乱読していたからかもしれない。そういう意味でも、課題図書読破することが自己目的化した読書には幾分害がある。

国木田独歩武蔵野

とても好き。小説が読めなくなったときには、文豪の書いたこうした随筆というか、風景描写の豊かな文章を読むことで、自分リズムを整えたくなる。外出の難しい昨今、こうして空想世界でだけでも豊かな自然のなかで過ごしたいものだ。五感が刺激される文章というのはなかなかない。

夏目漱石吾輩は猫である

我輩を吾輩に修正

ここ最近漱石の評判はあまりよろしくないと聞く。所詮は当時の欧米文学の輸入に過ぎないとか、結局は男社会文学だとか。言われてみれば確かにその通りなのだけれども、日本近代文学開拓者にそこまで求めちゃうのも酷でしょうと思わないでもないし、この作品からたったの十年で「明暗」にまでたどり着いたのだから、やっぱりすごい人ではないかと思う。五十になる前に亡くなったのが惜しまれる。

で、肝心の内容だが。基本的おっさんおっさんの家をたまり場にしてわいわいやる日常ものなので、当時の人にしか面白くないギャグを除けば、普通に笑える。最終回は突然後ろ向きになるが、もしかしたら漱石の本分はユーモアにあるのかもしれない。

余談だが漱石留学時代日記に付き合いのお茶会について「行カネバナラヌ。厭ダナー」とのコメントを残している。

島崎藤村破戒

素直に面白かった。若干のプロパガンダっぽさがなくはないが、読んだ当時は差別する側のねちっこさや意地の悪さが良く書けているように思われた。とはいえ、昨今は善意から来る差別についても考える時代であり、問題はより複雑になった。

被差別部落問題については気になっているのだがなかなか追えていない。日本史について読んでさまざまな地域実例について断片的にかじった程度だ。それでも、地域によって温度差やあったり、差別対象が全く異なっていたりすることがわかり、どこかで日本全体の実情について知りたく思っている。

田山花袋蒲団

女中の布団の残り香を嗅いで悶々とする話だってことは覚えているんだけれども、読んだときにはあまり印象に残らなかった。なぜだろう。自分が読んできた近代文学は、基本的ダメな奴がダメなままうだうだする話ばかりだったからかもしれない。その多くの一つとして処理してしまたか

で、自分が好きなのは飢え死にするほど悲惨じゃないくらいのダメさであり、親戚のちょっと困ったおじさんくらいのダメさなんだろうと思う。

有島武郎或る女

読んだことがない。ただ、ドナルド・キーンの「百代の過客〈続〉 日記に見る日本人」によればこんなことを書き残しているそうだ。「僕ハ是レカラ日記ハ僕ノ身ニ大事件ガ起ツタ時ノミ記ケルコトニ仕様ト思ツタガ、矢張夫レハ駄目な様デアル。日記ヲ記ケ慣レタ身ニハ日記ヲ一日惰ルコトハ一日ヲ全生涯カラ控除シタ様子ナ気ガスル。夫レ故是レカラ再ビ毎日日記ヲ始メ様ト思フ」(意訳。日記書かないとその日が無かったみたいで落ち着かない)。ここでツイッターに常駐している自分としては大いに共感したのである。そのうち読もう。

志賀直哉小僧の神様

読んだはずだが記憶にない。「暗夜行路」で娼婦の胸をもみながら「豊年だ! 豊年だ!」と叫ぶよくわからないシーンがあったが、そこばかり記憶に残っている。これを読んだ当時は、この小説のように自分がどれほど理想を抱いていたとしても、モテいからいつかソープランドに行くのだろうな、とぼんやり思ったことを覚えている。

ちなみに、自分が初めて関係を持った女性貧乳だった。だがそれがいい

お父さんとうまくいっていない人は子供の才能をつぶす話である清兵衛と瓢箪」が刺さるんじゃないかな。あとは少女誘拐視点の「児を盗む話」もよかった。

内田百閒『冥途・旅順入城式』

大学時代知り合った文学少女から薦められて読んだはずなのだが、覚えているのは「阿房列車」の何編かだけだ。それと、いつも金に困っていて給料を前借りしていて、そのことのまつわるドタバタを描いた作品日記もあって、そうした印象ばかり残っている。

関係ないけど就職活動中に、この文学少女から二次関数を教えてくれと言われ、片想いしていた自分はそのためだけに都内にまで足を延ばしたことがある。いいように使われていたなあ、自分あいつには二度と会いたくないが、元気にしているかどうかだけは気になる。

宮澤賢治銀河鉄道の夜

めんどくさいファンがいることで有名な作家全集には第三稿や第四原稿が収録されており、比較するのも楽しい。俺は〇〇は好きだが〇〇が好きだと言ってるやつは嫌いだ、の○○に入れたくなる作家の一人。○○には「ライ麦畑で捕まえて」「村上春樹」「新世紀エヴァンゲリオン」「東京事変」などが入る(註:この四つのものとその愛好家に対する歪んだ愛情から来る発言です。僕も全部好きです。すみません)。サブカル系にはこれがモチーフになっているものが数多くあり、その点では「不思議の国のアリス」と並ぶ。

思想に偏りはあるが、独特の言語感覚や観察眼は今でもすごく好きだ。余談だが新書の「童貞としての宮沢賢治」は面白い。

江戸川乱歩押絵と旅する男

知り合いにいつもぬいぐるみキーホルダーを持ち歩いてかわいがっていた男がいたが、それで本人が落ち着くのならいいと思う。不安の多い世の中で、人が何か具体的に触れるものにすがるってどういうことなんだろう、って、ってことをこの作品を思い出すといつも考える。どこで読んだか思い出せなかったが、これもちくま文庫全集でだった。

横光利一機械

狭いコミュニティの中でこじれていく人間関係の話ではあるけれども、新潮文庫場合表題作よりも他の話のほうが気に入った。印象に残っているのは十二人の旅芸人夜逃げする「時間」と、ナポレオンヨーロッパ征服に乗り出したのはタムシのせいだったという「ナポレオンと田虫」。

谷崎潤一郎春琴抄

実はこの作品は読めていない。谷崎作品は割と好きで、「痴人の愛」「刺青秘密」「猫と庄造と二人のおんな」「細雪」は読んだ。「痴人の愛」という美少女を育てようと思ったら逆に飼育される話は自分人生観に多大な影響を与えたし(例の文学少女気持ちをもてあそばれても怒らなくなってしまったのもこれが遠因だろう)、「細雪」はただ文章リズムにぷかぷかと浮くだけで心底気持ちがいい。ついでに、戦時中生活爆弾が実際に降ってくるまでは震災コロナでただよう自粛雰囲気そっくりだったこととよくわかる。

ところで、最近久しぶりに谷崎作品を読もうと思ったら、ヒロイン名前が母と同じだったのですっかり萎えしまった。というか、ここ最近趣味が「健全」になり始めていて、谷崎作品に魅力を感じられなくなっている。感覚がどんどん保守的になっていく。これはいかん。

夢野久作ドグラ・マグラ

ミステリ編参照。anond:20210215101500

川端康成雪国

高校生の頃に読んだのは確かに記憶に残っているのだけれど、高校生川端康成エロティシズムが理解できたかどうかはよくわからない。たぶんわかっていない。せいぜい伊豆の踊子の裸の少女を読んで、ロリコン発症させたことくらいだろう。

太宰治斜陽

太宰はいいぞ。自分は愛される値打ちがあるんだろうか、というテーマを本人の育った境遇パーソナリティの偏りや性的虐待疑惑に求める説は多いが、そういう心理普遍的ものでもあり、だから多感な時期に読むとわかったつもりになる。芸術に何歳までに読むべきという賞味期限原則としてないが、これもできるだけ若いうちに読んでおくといい。太宰の理解者ぶるつもりはないが。

もっとも、本ばかり読んで他の活動をないがしろにしていいものだとは全く思わない。あまりにもドマイナーな本を読んでマウンティングするくらいならバンジージャンプでもやったほうが話の種にもなるし人間的な厚みも出るというものだ。たぶん。

三島由紀夫仮面の告白

天才的。男性のあらゆる種類のコンプレックスとその拗らせ方を書かせたら彼の右に出るものは少なかろう。ただ、大学卒業してから突然読めなくなってしまった作家でもある。息苦しくなるまで端正に磨きこまれ文章のせいかもしれない。

武田泰淳ひかりごけ

極限状況下でのカニバリズムテーマにした小説なんだけれども、途中から戯曲になって、「食べちまう葬式ってえのは、あっかなあ」などとやけにのんびりした台詞が出てくるなんともユニーク小説。ただし、これは単なるブラックジョークではない。物語は序章、戯曲第一部、第二部と別れているのだけれども、その構成にきちんとした意味がある。

人類全体の原罪を問うようなラストは必見。あなたは、本当に人を食べたことがないと言えますか?

安部公房砂の女

祖父母の家から貰ってきた作品で、愛蔵版らしくカバーに入っていた。カフカにはまっていた時期だから楽しんだ。カフカ父親の影から逃れられない主人公とは別の種類の渦巻にとらわれてしまった主人公がだらだら、ぐだぐだしてしまうのだが、カフカ男性によって抑圧されているとしたら、こちらは女性に飲み込まれている文章だ。

大西巨人神聖喜劇

未読。不条理陸軍の中で、最強の記憶力を頼りにサバイブする話だと聞いて面白そうだと思い購入したのだが、ずっと積んだままだ。これに限らず、自分戦争もの小説漫画をあまり読んでない。戦争に関しては文学よりも歴史書からアプローチすることが多い。

これは自分の悪癖だが、戦争ものになると庶民よりも知識人にばかり感情移入してしまう。

大江健三郎万延元年のフットボール

大江健三郎は初期の作品をいくつかと、「燃え上がる緑の木」三部作を読んだきりで、どういう態度を取ればいいのかよくわかっていない作家の一人だ。狭い人間関係の中のいじめだとかそうした描写に病的に関心のあった時期に読んだせいで適切な評価ができていない。

燃え上がる緑の木」は新興宗教原子力発電といった(結果的には)非常に予言的であった作品であったが、癖が強くカトリック宗教教育を受けた自分であっても世界観に入り込むのに時間がかかった。「1Q84」よりもきつい。面白いが。

萩原朔太郎『月に吠える』

大学時代の友人に薦められて読んだ。「この家の主人は病気です」と、飢えて自分を食ってしまったタコの詩ばかりを覚えている。覚えているのはこれだけだが、この二つが読めたからいいか、と考えている。大体、詩集ってのはピンとくる表現ひとつでもあれば当たりなのだ。そして、それはあらゆる書物にも当てはまることである

福沢諭吉福翁自伝

祖父学生時代に送ってくれたのだけれども、ぱらぱらとしか読んでいない。

子供向けのものだった気もするし、近々原文にチャレンジするべきか。自助論西国立志編)なんかと合わせて、自己啓発書の歴史を知る意味でも興味深いかもしれない。

正岡子規歌よみに与ふる書

読もうと思って読めていないけれども、これまたドナルド・キーンの本で面白記述を見つけた。「墨汁一滴」の中に、つまらない俳句乱造しているやつの作品にはどうせ碌なもんなんてありゃしないんだから、そういう連中は糸瓜でも作ってるほうがマシだ、という趣旨のくだりがあるそうだ。創作する上でのこういう厳しさは、いい。

石川啄木時代閉塞の現状』

ローマ字日記しか読んだことがない。たぶん日本最初フィストファックが描写された文学かもしれない。春画はどうか知らないけど。

小林秀雄『様々なる意匠

詩集翻訳しか読んだことがない……。

坂口安吾堕落論

堕落と言いつつもある種の誠実さについて語った本だった気がするが、それよりも新潮文庫で同時に収録されていた、天智天皇天武天皇家系にまつわる謎についてのほうが印象に残っている。

哲学編に続く→anond:20210222080300

関係ないけど芥川が載ってないのは納得できないぞ。

2021-02-20

anond:20210219201256

地方都市父親京大卒で難しい哲学書歴史書に囲まれて育ったけどまったく興味が湧かなかったためほとんど文化資本は受け継がず

高校時代図書館地元の小さなミニシアター現代美術館と古本屋に通い詰めて文化というものを学んだ

子供は親から与えられたものではなく環境の中から自分発見し選び取ったものを血肉にするもんだ

2021-01-30

コロナ禍」って言葉を使う人が嫌いだ

ヘロドトスという古代ギリシア人物は『歴史』という書物を著し、これは世界最古の歴史書と言われていますね。偉い人です。

ところであなたは、現在流行しているコロナウイルスが後世どのように捉えられるか見当がつきますか?

私は全く見当がつきません。というか、正確に言うと私はコロナテレビが言うような形では恐れていません。

このように申し上げると私を陰謀論者だとか、「コロナ風邪」でおなじみの平塚正幸信者かと誤解される方がいるかもしれないので先に申し上げておくと、そのようなことはございません。昨年の東京都知事選挙では無効票を投じました。

ただし、電車では決してマスクを着けません。昔から喘息だったのでそのせいか、神経過敏的なものなのかわかりませんが(小児科医に相談したこともありますが)はっきりとはわかりませんがもともと呼吸がスムーズでなく、マスクを着けると明らかに周囲の人よりも苦痛を感じているからです。

(ちなみに、飲食店商業施設等、また仕事や目上の人と会うときはピッタマスクを着用します。)

前置きが長くなりましたが、私はコロナウイルスを昨年春より世間感染対策からはやや距離をとってニュース等を見ていました。2020年の2〜3月にはコロナウイルスとは何ぞやということについて色々な人と意見を交わし、大体スタンスが固まっていました(これについても話したいことは幾らかありますが…)。

そんな私は「コロナ禍」という言葉を使う方が多くいると思うのですが、それを聞くたびにモヤモヤっとした嫌悪感を覚えるのです。

まぁテレビを始めとしたメディアや偉い先生方、発言力のある方々がこのような言葉を使って2020-2021年特殊な状況を批評するので一般人もこの言葉を利用するのは理解できるし、また語呂もよく使いやすいとは思うのですが、とにかく腹が立ちます

その言葉を聞くたびに、「お前は偉いのか?ヘロドトスなのか?」という感情が喉元まで出てくるんですね。

言いませんけど。

まり現在進行形の、まぁ多くの人が困っている状況について貴方は何様の目線批評を下しているのですか?と、感じるのです。

繰り返しますが、コロナウイルスは実際にあると思うし、おそらく人類に対して脅威となる疫病ではあると思います

しかしその実態としては、ウイルスが悪いというより、現代日本社会が単純に体制の変更を迫られているという問題に近いのではないかと思うのです。

別にこのようなことを主張したい訳ではないのですが、あまりにも多くの人がコロナウイルス問題を無神経に扱い過ぎていると思います特にコロナ禍」という言葉からはその姿勢の最たるものを感じます。そういうものは後世から振り返られるものではないですか。とりあえず周りに合わせてマスクして帰省自粛するあなたに、2020-2021年問題を総括する資格があるのですか。みんな同様に困っているのだから、こういう時こそ一人ひとりにできることをして周りの人に貢献する、っていうのが社会というもんじゃあないんですか。

以上。最後まで読んでくださった方ありがとうございました。次回は、

・反マスク信者現代の小ニーチェ達だ

・令和の医師昭和軍人

・ついに風邪ウイルス特定してしまった愛すべき医学

の3本立てでお送り致します。よろしくお願いしま

2021-01-18

anond:20210118100147

あんこを突っ込んだのは後世の歴史書でかなり手厚く書かれるはず。

2021-01-11

為政者に徳のない時代

我々は神社シャウエッセンを供えた。

結果、雪は止み疫病は絶えた。

平安時代歴史書より。

2021-01-02

5chで見かけたおかしい人(ワッチョイW 41c5-PojC)

ワッチョイW 41c5-PojC

http://hissi.link/5ch/php_files/hissi/read_k.php/poverty/20210101/3K-BrrJXIDQxYzUtUG9qQw..html

 

日本って「正史」作らないの? [799215407]

https://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1609489937/37

 

37 名前番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (ワッチョイW 41c5-PojC)[sage] 投稿日:2021/01/01(金) 18:01:47.31 ID:ljj5YKy+0

日本書紀と古事記研究した国文学者が自国歴史の嘘を説明できずに発狂した結果カルト宗教を立ち上げる国で何を言ってるんだ

ちなみにそのカルトの血を引く社団法人が発行する『職場教養』なる本をいまだに有り難がる経営者達が跋扈してるからブラック企業問題の根っこもこの辺にあるわけで

 

69 自分番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (アウアウウーT Saa5-Fu3+)[] 投稿日:2021/01/01(金) 19:22:14.02 ID:Ai9KG4tfa [3/15]

>>36

言うて、日本も割と残ってる方だと思うけどな

中国例外的にすごいだけで

 

75 返信:番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (ワッチョイW 41c5-PojC)[sage] 投稿日:2021/01/01(金) 19:41:44.06 ID:ljj5YKy+0 [5/7]

>>69

お前みたいなのってさ

このスレタイ読んで嬉々として「近現代以降の皇室歴史国立国会図書館にも残されてるよ!」とか言ってて自分違和感すらないわけ?

 

共通項として「歴史」を語ってるだけで議題にも沿ってないし、近現代以前、もっと言えば天皇系譜が始まりから怪しいって話は何故か徹底して避けるじゃん

それどころか日本史書も十分残ってる方だ!とか言い出すし

何がしたいの?スレタイと周りのレス見えてるか?

 

最初レス>>53からして突然「敗戦以降の時代を扱うものでは」とか言って時代区分を限定して語り始めてるし

 

78 自分番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (アウアウウーT Saa5-Fu3+)[] 投稿日:2021/01/01(金) 19:44:59.18 ID:Ai9KG4tfa [6/15]

>>75

いや、天皇紀や実録って、政府編纂した歴史書だろ?

それが正史定義だろ?

お前の定義が何なのか俺は知らないけどさ

 

86 名前番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (ワッチョイ 4dca-hZl1)[] 投稿日:2021/01/01(金) 19:51:16.92 ID:jrmko2Ot0 [2/2]

>>75

いや正史の話してんだからスレタイに沿ってんじゃん

スレタイが作らなかったのじゃなくて作らないのなんだからなぜいま作らないのかって意味だろ

 

84 返信:番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (ワッチョイW 41c5-PojC)[sage] 投稿日:2021/01/01(金) 19:49:15.09 ID:ljj5YKy+0 [7/7]

>>78

近代以降の」史書なんて誰も言ってないのに何故近現代以降の文書が残されているか日本正史を著した文書はしっかり残されている!なんて主張が罷り通ると思うの?

近代以前のものはなぜ残っていないのかな?そこにはなぜ触れない?

 

85 自分番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (アウアウウーT Saa5-Fu3+)[] 投稿日:2021/01/01(金) 19:50:36.02 ID:Ai9KG4tfa [9/15]

>>84

近代以前のものはなぜ残っていないのかな?

これはお前が勝手に言ってるだけだよね?

少しはググれば良いんじゃないかな?

例えば六国史とか江戸幕府編纂歴史書とか出てくるから

俺は近代以降のを挙げたかたから挙げただけ

 

いや、お前が勝手歴史がない!と思いこむのは自由だよ

 

91 名前番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (ワッチョイ 2e05-Jh9r)[] 投稿日:2021/01/01(金) 19:53:14.40 ID:A06EIfa20 [2/15]

>>84

徳川実紀寛永家系図寛政重修諸家譜・後鑑

あと朝野舊聞裒藁

2020-12-22

anond:20201222105850

歴史書に書かれる前にも歴史はあるのだよ

願い出るまでの経緯を調べてみるよろし

2020-10-18

anond:20201018211601

しかも勝者側が歴史書き換えられると思ってるのもしょうもないな,中国の大飢饉ですら大バレしたのに

2020-10-03

江戸時代防犯カメラがなかったのに、女性痴漢に逢わなかったのは何でだろう

電車の中で女子高生毎日カンされている話を聞いていると、

防犯ビデオ警察がなかった江戸昭和時代女性痴漢され放題じゃないのが変だと思うんだよ

歴史書痴漢被害に苦しむ女性いましたか

2020-09-07

3Dプリンターと銃

なんか自称技術者バカが暴れてたので書いておく。

3Dプリンターというと、すぐ銃が作れるという話をするバカがいる。なぜなら米国で銃を作ってる連中がいるからだ。が、現実的ではない。というのもこれはかなり政治的な側面があり、理解するには何でもかんでもとりあえず銃か爆発物を作って遊ぶ習性を持つ米国人についての知識必要だ。

米国は旧英国植民地で、独立戦争によってフランス支援英国軍を撃退して建国し、更に南北戦争というガチ内戦を経て革命的に成立した国家だ。誰でも知っているナポレオンの生涯と重なる時期である。『ナポレオン -獅子の時代-』などの高名な歴史書で知っている人も多いと思うがこの時代には既にバリバリ銃器存在する。つまりアメリカは、建国神話銃器を含むのだ。

よって、銃(特に軍用銃)というのは米国人にとって国民国家アメリカ合衆国の建国の神器に近い存在であり、主権者たる国民銃器を所持する権利を持つのは当然のことである天皇三種の神器を持つ権利があって当然ないわけがないのと同じである(主上に御謀反のない限り)。当然憲法でも権利として認められているし法律でも個人許可不要での銃器製造・所有・使用が色々と条件付きで許可されている。そして、「憲法で定められた権利行使しよう!」という「市民なら図書館に行こうキャンペーン」くらいの気軽さで権利向上運動として銃を作る・持つ運動がある。年中やってる「1・23絶対ゆるさない緊急行動」の同類である。その中で使われる銃は日本に訳せば「建国神話追体験」の要素があり必ずしも実用的な銃とは関係がない。神社に置いてある御神体の鏡の平滑度がそんなに高くないようなものである

そんなわけで神器としての銃を作るための3Dプリンターデータというのが存在する。これらは当然、儀式的な意味の強度しかない。俺は作ったことも見たこともないし作ろうとも思わないが、破損事例については知っている。確か1発~数発で寿命を迎えるという話だ。銃器信頼性第一からスケール的には構造模型の域だ。で、「数発で寿命を迎える」という話をすると、密造したがりは「では強度を上げるのだな。実際に樹脂活用銃器がある」と謎の反論をしてくる。これには銃器の樹脂化の歴史に関する知識必要になる。

銃器における樹脂活用歴史第二次世界大戦の終了直後くらいから始まる。その頃、夢の軽量新素材「プラスチック」が工業の各分野に登場し、「航空機アルミニウム」と並んで普及し始めたのだ。それまでは機械装置構造部品金属ハンドルや外装は真鍮(きわめて密度が高く重い金属である)金属が嫌なら木か革しか選択肢がなかった。当時の銃は構造部品鋼鉄で作り重い木の覆いを付けていた。1960年代に入るとアーマライトAR-10AR-15、のちのコルトモデル601、米軍呼称M16ライフルが登場し、「鉄砲鋼鉄と木で作るものだ。アルミプラスチックなんて信用ならねえ」と散々な評価を受けた。しかしその後AR-15/M16ライフル権利訴訟回避バージョンAR-18は、改良を経て、現在では米四軍のM4カービン英軍のL85(SA80)小銃ドイツG36小銃日本89式20小銃を含むほぼ全ての西側歩兵銃の基礎となっている。

銃身や主要部品鋼鉄、外装にアルミニウム、銃床に樹脂を使った小銃一般化する一方で、次なる手として主要部品アルミ化や樹脂化が模索された。1960年代末期になると世界初ポリマーフレーム拳銃としてHK VP70が登場してまず爆死、1970年代にはシュタイヤー社(余談だが自動車メーカーマグナ・シュタイアの類縁である)のAUG突撃銃が登場してこちらは採用1980年代に入ると樹脂製スコップ設計者が一念発起して設計し「プラ拳銃」として一世を風靡したグロック17が登場して一大ブームとなる。1990年代にもなればHK G36が登場し、冷間鍛造銃身基部を鋳込んだ樹脂製フレーム採用、その後端にモールドされた樹脂製マウントに樹脂製ハンドルを横から軽くネジ止めするという気の狂った設計のせいでハンドルを掴んで振り回すとそこに統合された大して見やすくもないヘンゾルト製高性能照準器の狙点がハンドルごと滑ってどんどんズレる、という問題を起こし、誰も気づかないままドイツ連邦軍採用され大量購入され2000年代のアフガン戦争で精鋭連邦軍人に戦死者を出してアフガン気候のせいでプラスチックの銃が根元から腐って兵が死んだとドイツ国会で炎上もするようになる。

一見すると、この半世紀で銃器は完全に樹脂化されてしまったように見える。なぜなら実際に外装はどんどん樹脂化され時代が下れば金属部分がほとんど露出することもなくなっているからだ。ここまで読んだ読者が、樹脂というのは3Dプリンターで出力できるのではなかったか? 3Dプリンターで作れるのではないか……と思っても不思議はない。

しかし、実際にはこれらの銃器では主要部品はすべて鋼鉄で作られている。新合金アルミニウムも新素材プラスチックも、鋼鉄を置き換えることはなかったのである。外装は木材からプラスチックに変わった。筐体は鋼鉄からアルミニウムプラスチックに変わった。しかし銃身、ボルト各部のピン、それどころかそれらを操作する把手は良くてアルミニウム、いまだに鋼鉄も珍しくない。VP70グロック17では、銃身とスライド(上半分だ)は鋼鉄で作られ、下半分には鋼鉄パーツを金型にセットしその上から樹脂をかける方法インナーフレームが鋳込まれている。シュタイヤーAUGでは画期的新機軸として内部機構の一部にプラカバーをかけることで潤滑の必要を減らしている。共通しているのは、圧力を支える主要部品摺動部はまず鋼鉄で作られるということだ。アルミニウムプラスチックは確かに使われているが、その役割は形を保つ以上の機能がない比較的柔らかい部品人間向けの外装または潤滑剤なのだ。実際にはプラスチック製の実用銃というのは未だに作られていない。

同時に、市販の家庭用3Dプリンター金属を出力するように進化するというのもあまり現実的ではない。樹脂は150~300度で溶けるが鉄を溶かすには1500度~が求められ、今の3Dプリンターとは原理的に異なる装置必要となるからだ。更に、銃の銃身は鍛造、切削と熱処理を経て作られるので、その設備必要になる。出力物を鍛造切削熱処理すればよいではないか……要求される設備3Dプリンターのものよりも大規模であり前提が荒唐無稽になる。工業地帯に数億円を投資して製造工場を建てれば機械装置が作れる。そんな主張は議論として価値がない。そんな資源があるなら電気自動車メーカーでも立ち上げる方がまだ理にかなう

3Dプリンターの特色は、複雑な形状を一点だけ製作できることだ。強度や製作速度ではない。容積10cm^3程度のプラスチック製品の射出成型にかかる時間は、概ね1個あたり0.3~1秒程度であろう。3Dプリンター場合は、累積移動距離によって変わるが45分から15時間程度である仏師の方が速い程度だ。

では、なぜプラスチック銃、そして3Dプリンターが度々取り上げられるのだろうか? 一つには、プラスチックアルミニウムは軽量なことが理由だ。鉄の銃は重いのである! もう一つは、最初にも述べたように、「銃を製造し、所持し、使うこと」は米国民の間では建国神話確認再現という神聖意味を持つ行為とされ、そして、その神聖さを信奉している者だけがネット英語記事を書き、日本コピペブログ機械翻訳で垂れ流すからだ。別に3Dプリンターから作れるというわけではないし、適しているわけでもない。全てはここ日本において全く関係ない話なのである

もしこれを読んだ誰かが3Dプリンターで銃を作る話やドラマ脚本をどうしても書きたいなら「3Dプリンターなら見た目は好きにできる。だが銃身が作れないはずだ。銃身をどこで入手したんだ?」という方向にでも捻ってみてはいかがだろうか、と付け加えて筆を置きたい。

2020-08-27

コロナウイルスがもたらす日本人文学危機

コロナ人文学ヤバい

といっても哲学とかそういうのじゃなく、歴史学とかがヤバい

もうちょっと言うと、日本史とか日本文学とかはぜんぜん大丈夫なんだが、西洋史とか東洋史とか、要するに外国のことを調べる学問ヤバい

今はまだ大丈夫だけど、じきに破綻する。

なぜかといえば非常に単純な話で、研究を進める上で必要資料アクセスできないからだ。

歴史学根本は、オリジナル資料(=一次史料)にあたることにある。一次史料には色々な形態があるわけだが、歴史上の出来事の背景とかを実証的に調べようと思ったら、公文書館にある史料を使うことが不可欠だ。

そして公文書館というのは行政機関なので、日本国立公文書館外務省外交史料館東京にあるように、あるいはイギリス国立公文書館キューにありアメリカ国立公文書記録管理局ワシントンDCにあるように、当然ながらそれを管轄している国や地方自治体に設置されている。

そう、公文書館に行けないである

コロナが2~3年で過ぎ去り、その後はすべてが元通りになるなら、その数年を耐え忍べばいい。数年が過ぎればまたヨーロッパなり世界の他の国なりに行けるようになる。当然、歴史学も元通りだ!

でも残念ながら、中東諸国の割安の航空券ヨーロッパ渡航できる日々は、もう戻ってはこないかもしれない。航空券が割高になるだけではなく、全世界的に航空産業が縮小し、これまでであれば容易にアクセスできていた史料アクセスできなくなるかもしれない。

明治維新以降、政府が雇ったお雇い外国人たちによって、ランケに始まる近代歴史学日本に持ち込まれた。だが初期の日本歴史学はあまりにお粗末なものだった――現在の水準からすれば。

オリジナル史料を見ずに、西洋人の書いた歴史書を読んでそれを日本語で紹介して論文を書き、吾は教授でございと偉そうな顔をしている。英語フランス語ドイツ語の文献だけを読んでヨーロッパ史全体を講じるなんていう無謀なことが平気でまかり通っていた。

けれど、そのような稚拙な「論文」も必要だったのだ。日本歴史学が独り立ちするためには。

やがて、それらの先人たちの業績を踏み台にして、きちんと史料集(=オリジナル史料を集めてまとめた本)にあたって論文を書く人や、英仏独だけではない色々なマイナー言語習得して研究する人が増えてくる。そして、交通技術の発展に伴って海外旅行安価になるにつれ、国外文書館アクセスして論文を書く人が増え、英仏独以外の言語を学ぶ人が増え、留学して現地で学位を取る人も増え、日本歴史学レベルはどんどん上がっていった。

2000年代から2010年代にかけての日本歴史学界で生み出された外国研究レベルの高さは誇るに値する。もはや横のものを縦にしただけではまともな論文とは見做され得ない。現地の言語を読めることが最低条件で、その上でどのようにオリジナル面白い研究成果を積み上げるか。多くの研究者たちが競うように優れた論文や著書を生み出してきた。

そこをCOVID-19パンデミックが直撃したのだ。

留学の予定も史料収集計画も、すべてが白紙になってしまった。

分野によって違うと思うが、外国史を学ぶ者は多くの場合修士課程博士課程で留学をする。これは現地で史料収集したり、現地で言葉勉強したり、現地の研究者と触れ合ったりするきわめて重要プロセスで、修士卒ならともかく博士号を獲ろうと思うなら避けては通れない。多くの研究者はだいたい1年から3年くらいの留学を経て、外国歴史に興味がある若者から若手の歴史研究者へと成長する。

COVID-19直撃世代は、この留学経験を持てない。彼らは外国研究者として足腰を鍛える機会を奪われることになる。

2~3年でコロナ禍が終熄するなら、この世代が数年間のハンデを背負うだけで済む(たとえば、留学することな博士課程の年限が来てしまったとか、在学を引き伸ばす羽目になり学費が余計にかかったり就職市場に参入するのが遅れたとか、せっかく学振DCを取ったのに海外調査をすることな任期が過ぎてしまったとか、そういう悲劇が量産されることだろう――外国研究者は学振研究費のかなりの割合出張費に充てている)。

けれど、コロナ禍が終熄しなかったら、あるいは終熄後に海外調査ハードルものすごく高くなってしまっていたら、日本外国研究は大きな打撃を受けるだろう。

そりゃ、留学終えてる組は今すぐに困るってことはない。彼らはもう現地語ペラペラだし、これまでの現地滞在史料たっぷり集めてるだろうから、当面はそれを消化しながら外国研究者とオンライン会議すればいい。

でも、これから留学しようとする人たちは、現地に長期滞在して外国能力を鍛える機会を奪われ、史料を集めることもできず、中途半端研究能力しか持てないままに博士課程を終えざるを得ないことになる。

もちろん、先行世代よりマシな点もある。デジタルアーカイブの発展によって、従来は現地の図書館に行かないと見られなかった古書や古新聞が自宅にいながらにして読めるようになった。中には所蔵している史料ウェブで見せてくれる親切な公文書館もある。外国雑誌だってオンラインで入手できるし、何なら研究書をkindleで読んだっていい。そういえば友達ドイツ語学術書kindle版で引用していた。

から研究の水準が明治時代に戻るということには、おそらくならない。

ただし、その方向性限定される。

どのような種類の史料必要かは、結局研究テーマに左右されるのだ。もしも「ドイツにおける日本人のイメージ歴史」を調べたかったら、古書や古新聞を徹底的に調べればそれでいい。けれど、「1960年代における西ドイツ政策決定過程」みたいなテーマを扱おうと思ったら、公文書館史料を見なければお話にならない。

現代日本で考えてみればよくわかる。「安倍首相メディアでどう扱われているか」と「安倍内閣の内側ではどんなふうに物事が決められているか」とでは、立論に使うべき資料全然違う。前者は新聞ネットを見ればそれでいいが、後者情報公開請求必要だし、『朝日新聞』や『週刊文春』だけを見て後者を論じたら手抜きだと謗られるだろう。

そして歴史学とは「昔のことなら何でも扱う学問」であり、内部には表象を論じる研究から外交政策を調べる研究者まで色々いるのだが、後者のような人たち――つまり研究のために文書館史料必要とする人たち――の研究はずいぶんやりにくくなるだろう。外国研究において、思想史文化史古代史の割合が高くなるかもしれない。

(いやでも、ガチ思想史文化史をやろうと思ったら文書館史料を見ないといけない局面も割と出てくるので、思想史なら文書館行かなくてもいいでしょ、という話にはならないんだよな……明治時代知識人留学先の国に出かけてその国の文書館史料使って明治期の思想についての本書いた人とかいからな……逆にある程度昔の外交史だと関係する史料ほとんど翻刻されてたりするし……)

逆に、先行世代よりも悲惨な点は何か。

それは研究レベルが上がってしまたことだ。

ネット上で読める範囲古書や古新聞だけを史料として使って「18世紀におけるドイツ諸邦の外交」みたいな研究をまとめたとして、明治時代ならこんな多くの一次史料を使うなんて素晴らしい研究だと大絶賛され東京帝大の教授になれるかもしれない。でも現代では、研究レベルが上がってしまった現代では、「新聞しか見てないじゃん。文書館史料使ったの? え? 使ってない? レベルいね」と一蹴されてしまう。論文英訳なり独訳なりして海外ジャーナル投稿しても、それなりのレベル雑誌からは軒並み落とされるだろう(というか、国内でも有力学術誌の査読を通過できるとは思えない)

ふんだんに文書館史料を使う質の高い研究に慣らされてしまったら、今更横のものを縦にすれば教授になれていた時代研究水準には戻れないのだ。

ハードルを下げる?

外国最先端研究成果がワンクリックで手に入るこの時代に?

つい去年まで史料調査のために渡航するのが当たり前で、今アラサー以上の人たちは研究水準が高かった時代を身を持って知っているのに?

コロナ禍の影響が数年で収まるのなら、業績の不足で苦しむのは直撃世代だけで済む。だが、もしもコロナ禍の後遺症が何十年も続くのであれば、外国史を研究する歴史家たちは困難な撤退戦を強いられることになるだろう。

それはより史料入手の容易なテーマへの撤退戦であるかもしれないし(政治史ハードルが高いから、表象歴史とかを研究しよう)、より史料入手の容易な国への撤退戦であるかもしれない(○○国と比べて××国の方がデジタルアーカイブが充実してるから、○○史じゃなくて××史をやろう)。

ともかく、これまで日本歴史学が積み上げてきた多様性は、徐々に失われていくことになるだろう。

日本外国研究にとって、冬の時代が迫っているのかもしれない。

まあそうは言っても史料さえどうにかなれば研究はできるので文化人類学記述言語学よりはまだマシ。これらの学問では現地に長期間滞在して現地人の間に分け入って調査する必要があるので、現在レベル渡航制限が長続きすると文字通り危機に瀕する。これらの分野では伝統的に外国に関する研究が盛んで、オセアニア島国アフリカの奥地で調査してきた日本人が何人もいるのだ。今後、外国舞台にした文化人類学記述言語学は消滅し、国内対象として細々と生き延びるほかなくなるのかもしれない……

(まあ、国内伝統文化方言を保存するために、一度外国文化言語記述するのに使っているエネルギーを全部日本に関する研究に注ぎ込むのもアリかもしれない……でもCOVID-19で次々と伝統的なお祭りやら寄り合いやらが中止になっているし、うかつに都会の大学修行する若手研究者が離島山村に出かけてお年寄りのインフォーマントと接触するのもはばかられるよなぁ……)

ブコメにお返事

日本だけの問題では無さそうなのでよりデジタル化したりオンラインで閲覧する仕組みが出来そうだけど

デジタルアーカイブの発達はうながされるだろうけど、そんなに急速には進展しないだろう。それには2つの理由がある。

第1に、単純にデジタル化はすごい大変なのだマトモな国なら行政の作った公文書は破棄されずに何十年にもわたって保管されているのが普通で、それらすべてをデジタル化するのは労力がかかるというのは納得してもらえると思う(国だけじゃなく地方自治体にもその自治体公文書集める公文書館があったりするからね。連邦制の国だと連邦レベル・州レベル・市レベル文書館が別々に設置されていたり)。優先順位をつけてやっていくほかないけど(「まずは外交関係公文書を先にデジタル化しよう。環境保護関係は後回しだ」)、優先順位の低いテーマ研究しようと思ったらそれでは困る。

第2に、困るのは外国研究者だけで、本国研究者はそんなに困らないのだ。

日本人がイギリスドイツ調査に行けなくなっても、イギリス人やドイツ人の歴史家は何も困らない。彼らは渡航制限など気にせず自国にある公文書館アクセスできる。これは日本のことを研究する日本人の歴史家にとっても同じだ。仮に外務省外交史料館から外国研究者の姿が消えたとして、いったい日本研究者になんの不都合があるのだろう?

(ここでは「外国人」と書いたが、厳密には、外国拠点を置く研究者と言った方がいいだろう。日本大学で教鞭を執っている中国人日本史研究者はなんにも困らない。逆にうっかり日本学の専門家として英米大学就職しちゃった日本研究者は大変だ。また、日本研究する歴史家がなにも困らないというわけではない。日米関係歴史研究しようと思ったら当然アメリカに行かなければいけないし、国内政治だけを研究する場合であっても、日本政府公文書管理がザルすぎるせいで重要史料日本じゃなくアメリカにあるみたいな状況もありえるので……)

まり世界的に、自国研究する研究者にとってはあんまり困らないが、外国研究する研究者はめちゃくちゃ困る、という状況が訪れると思われる。外国研究者への配慮が、果たして自国公的施設デジタル化への強い圧力となるだろうか? 正直疑問だ。

資料を集めたり読んだりするのはその国の研究者に依頼する、というのはダメなの?現地に行く必要性がよくわからなかっった。

第1に、それ本国研究者に何のメリットがあるの? お金を払ってやってもらうとして、その人件費渡航費よりも安上がりだとはとても思えないんだけど…

第2に、史料の山に埋もれて色々探していく中でお目当ての史料を見つけるコツとか時代ごとの史料の特徴を見分ける目とか崩し字の読み方とかそういった歴史家としての技倆が養われるので、単純に他人に任せればよいという話ではない(「時代ごとの公文書形式の違い」みたいなのも当然論文テーマになるけど、これ書くためにどのくらいの史料読む必要があると思う?)。

ていうか、なんか勘違いされてるフシがあるけど、読んだ史料が全部研究に使えるわけじゃないからね。目録面白そうな史料があったか地方文書館に足を運んで閲覧してみたけど期待ハズレで全然使えませんでした、とか、膨大な史料の山を探しまわってようやく使えそうな史料の一群を見つけました、とか、何気なくパラパラめくってた史料の片隅にさり気なく重大なことが書いてありました、とか、そういうのあるあるなので。お目当ての史料だけ外人コピーしてもらえばいいじゃん! なんて夢物語しかない。

第3に、そもそも論としてなんで自分研究オリジナリティの源泉たる史料の入手を現地人任せにするのか。現地の文書館に通って現地人がちっとも注目してないけど重要史料を発掘したなんてこともあるわけだけど、そんな史料を現地の研究者にコピーさせられるわけないだろ、常識的に考えて……論文で発表するまで史料存在をひた隠しにするわ……(現地人が自力でたどり着く分には止められないけど、わざわざここにこんな重要史料がありますと教えてさしあげる必要はどこにもない)

日本史であっても一次史料海外にある日本キリシタン史では、史料アクセスハードルが以前から言及されていたのを思い出した。

なおアジアアフリカの旧植民地ではそういう状況がデフォルトの模様。日本史研究する日本人の歴史家は日本国内研究を完結させられる余地があるけど、インドネシア史を研究するインドネシア人の歴史家がオランダに行けませんとか、インド史を研究するインド人の歴史家がイギリス(ryとか、台湾史を研究する台湾人の歴史家が日本(ryとか、そういうのはマジで研究に支障が出るよなあ……

そもそも論だが、「日本人が」イギリス政治史とかドイツ経済史とかを研究する意義が不明。「現地の研究者に任せる」だと何故駄目なのか?

それな! ぜひ同じことをドナルド・キーンロナルド・ドーアケネス・ポメランツイアン・ニッシュJ・ヴィクター・コシュマンブレット・ウォーカーにも言ってきて!

2020-08-13

【持論】いい物語と間違った物語は厳然としてある 1

https://b.hatena.ne.jp/entry/4689518360501577570/comment/brightsoda

返信

賛否両論とされる作品は実際のところ単なる失敗作であることが多いって話をしようと思う

例えば物語道徳的観点批判する人がいる

https://togetter.com/li/1443974

(類似まとめがあったはずだが見つからない…)

このまとめのツイ主は「ポニョキャラスピード違反をしていたかポニョが好きじゃない」と言う人を見たそうだ

これに対し「その程度の犯罪が許せないなら赤ちゃん用の絵本でも読んでろよw」みたいな超的外れ煽りをする人がわらわらいる(このまとめのコメ欄にはあまりいないが類似まとめの方にはたくさんいた気がする)

また、「そうだよね、因果応報大事だよね」というのは実は足りない

例えば物語現実と違う点を嫌がる人がいる じゃがいも警察と呼ばれる人などだ

それに対して「そんな細かいこと言うなよww歴史書でも読んでろ」とか言う人は絶対に許さない 理由は2で

また、「そうだよね、大きな嘘はいいけど小さな嘘はよくないね」というのは惜しい、大きさはたいてい関係あるが擬似相関にすぎない

じゃあ何なのか

答えはリアリティラインなどと呼ばれている…しかしこの言葉意味ふわふわしており人によって捉え方が違う、だから私がここではっきり定める

ア:作者が現実世界物語世界世界観の距離を把握しているように見える

イ:作者が物語世界世界観と物語中の個別出来事距離を把握しているように見える

(作者の本当の気持ちなどわかるはずがないのでそれらしく見えればいい)

この2つの項目はほとんど連動するから分けなくてもいいようなものだけど一応分けておく

これを守れば良作になるわけではなく最低条件にすぎない

今まで見た中で不快と言われる作品や大量のアンチ意味不明な信者を生む作品はすべてそれらの客観的距離と作者の想定していると思わしき距離が食い違っていた(反例熱烈待望)

話がめちゃくちゃ過ぎて客観的距離もわからないのは愛すべきクソなどと呼ばれ、不快とは言われない傾向がある

(愛されるクソと嫌われるクソをこんなに明快に区分けした人間初めてなんじゃないか…?)

私は人々がこの2つの基準を重視する理由を知らない

ただそういう傾向があると言うことしかできない

わかりにくいのでまず項目を満たす例を挙げる

北斗の拳世界客観的に見て暴力に溢れている

そして冒頭で「この世界は恐ろしい世界だ」ということをはっきり示している

これは作者が平和現実世界と恐ろしい北斗世界の隔たりを把握していそうだということを示すので項目アを満たす

名探偵コナン世界現代日本とあまり離れていない社会のようだ

そして犯罪を犯した人は警察に追われ、見つかり次第逮捕される

これは作者が平和コナン世界と恐ろしい犯罪者の隔たりを把握していそうだということを示すので項目イを満たす

現実世界世界観は時代により変わるので、それとともに物語世界との距離も移り変わっていく

すると作者が想定している(作者の時代の)現実物語間の距離と読者の感じる(読者の時代の)現実物語間の距離が食い違って項目アを満たさなくなってしま

古い物語などで「時代的に差別的描写があります」と注意書きがあるのはそれを防ぐためだ

(余談だけどメクラ→視覚障害者にするような修正はどちらかというと現代語訳に近いと思う)

項目アとイを満たさな物語典型例がキャラ贔屓

キャラへの執着の結果として距離把握の目が濁る

具体例としてはサムライ8と妹の姉を挙げておこう

サムライ8は

主人公ほかメインキャラ達は義(現実世界ではクズとみなされるような精神)を持っている限り体がバラバラになっても死なない、という悪趣味さとグロさを併せ持った設定を作者が爽快王道バトルものだと思い込んでいるっぽいことが項目アに反している

妹の姉は

作者は「現在日本社会と似たような物語世界/物語世界基準普通の姉や他の人々/物語世界基準から距離のある妹」という設定で「普通だった姉が妹に影響されて姉も物語世界基準から離れていく」という姉妹関係性の話にしたかったんだろうと思われるが

こちからは「現在日本社会とかなり違う物語世界(現代日本ヌードモデル同意を得ずに描いてはいけない。妹が姉に許可を取っていないことが分かった時点であの絵は取り下げられて妹は注意されるはず)/物語世界基準普通の妹や他の人々/嫌がってる姉」という設定に見える

ここで項目アとイに反しているせいで読者の認識が狂い「普通だった姉がひどい目に遭って変な世界必死迎合する」というかわいそうな話に見えてしまうのだ

この2つの項目を見れば「そうだよね、因果応報大事だよね」と言う人がいる理由がわかる…物語世界基準で良いことをしたキャラ幸せになり悪いことをしたキャラに罰が下るのは、物語世界世界観とそのキャラ言動距離を作者が把握していることを示し項目イを満たすための定番効果の高い方法

ただしあくま方法の1つに過ぎず本質ではないので批評としては足りない

「そうだよね、大きな嘘はいいけど小さな嘘はよくないね」というがこれは惜しい

作者が物語を組み上げるために注意して工夫して作った嘘=現実との距離は大きいことが多いが

単なる勘違いや手抜きで生まれた、作者の把握してないような嘘は小さくてしょぼいことが多いって話 だから擬似相関

「その程度の犯罪が許せないなら赤ちゃん用の絵本でも読んでろよw」などというのが超的外れなのは現実世界物語中の個別出来事距離の長さという項目アともイとも無関係なことについて喋ってるから

これ作品評価とはあまり関係ないくせにわかやすいのでこういう輩に使われやすくて困る

「どうしてもグロが見られない」「子供動物死ぬのは嫌だ」と言ってそういう作品を嫌がる人はいるが、そういう人はあくまで苦手だと言ってすっと離れていくことが多くて、嫌いだと本気で怒ることは少ないんだなーこれが

私が縦笛なめなめVRについて「まぁいいかな」と言ったのは「軽度の性的コンテンツ」とゲーム説明に明記してあるから

こういう表示には2種類の効果がある

1つ目は子供に触らせないこと

2つ目は「作者はこれを過激表現だとわかっている」というアピール

この2つ目によって項目アの条件を満たしているので別に構わないと思った

https://b.hatena.ne.jp/entry/4689518360501577570/comment/junglejungle

犯罪描写される場合には、汚らわしく卑劣行為として描かれるべきである

っていう条文があったのか

これは現実世界作品世界倫理観ゼロ距離でなくてはならないという規範のようだな

実際には項目アとイを満たしていれば距離が離れていても大した問題にはならないんだがこの条文はそこを見落としていたらしい

【持論】いい物語と間違った物語は厳然としてある リアリティラインと呼ばれるものについてきっちりと定義して

https://b.hatena.ne.jp/entry/4689518360501577570/comment/brightsoda

返信

賛否両論とされる作品は実際のところ単なる失敗作であることが多いって話をしようと思う

例えば物語道徳的観点批判する人がいる

https://togetter.com/li/1443974

(類似まとめがあったはずだが見つからない…)

このまとめのツイ主は「ポニョキャラスピード違反をしていたかポニョが好きじゃない」と言う人を見たそうだ

これに対し「その程度の犯罪が許せないなら赤ちゃん用の絵本でも読んでろよw」みたいな超的外れ煽りをする人がわらわらいる(このまとめのコメ欄にはあまりいないが類似まとめの方にはたくさんいた気がする)

また、「そうだよね、因果応報大事だよね」というのは実は足りない

例えば物語現実と違う点を嫌がる人がいる じゃがいも警察と呼ばれる人などだ

それに対して「そんな細かいこと言うなよww歴史書でも読んでろ」とか言う人は絶対に許さない 理由は後ほど

また、「そうだよね、大きな嘘はいいけど小さな嘘はよくないね」というのは惜しい、大きさはたいてい関係あるが擬似相関にすぎない

じゃあ何なのか

答えはリアリティラインなどと呼ばれている…しかしこの言葉意味ふわふわしており人によって捉え方が違う、だから私がここではっきり定める

ア:作者が現実世界物語世界世界観の距離を把握しているように見える

イ:作者が物語世界世界観と物語中の個別出来事距離を把握しているように見える

(作者の本当の気持ちなどわかるはずがないのでそれらしく見えればいい)

この2つの項目はほとんど連動するから分けなくてもいいようなものだけど一応分けておく

これを守れば良作になるわけではなく最低条件にすぎない

今まで見た中で不快と言われる作品や大量のアンチ意味不明な信者を生む作品はすべてそれらの客観的距離と作者の想定していると思わしき距離が食い違っていた(反例熱烈待望)

話がめちゃくちゃ過ぎて客観的距離もわからないのは愛すべきクソなどと呼ばれ、不快とは言われない傾向がある

(愛されるクソと嫌われるクソをこんなに明快に区分けした人間初めてなんじゃないか…?)

私は人々がこの2つの基準を重視する理由を知らない

ただそういう傾向があると言うことしかできない

わかりにくいのでまず項目を満たす例を挙げる

北斗の拳世界客観的に見て暴力に溢れている

そして冒頭で「この世界は恐ろしい世界だ」ということをはっきり示している

これは作者が平和現実世界と恐ろしい北斗世界の隔たりを把握していそうだということを示すので項目アを満たす

名探偵コナン世界現代日本とあまり離れていない社会のようだ

そして犯罪を犯した人は警察に追われ、見つかり次第逮捕される

これは作者が平和コナン世界と恐ろしい犯罪者の隔たりを把握していそうだということを示すので項目イを満たす

現実世界世界観は時代により変わるので、それとともに物語世界との距離も移り変わっていく

すると作者が想定している(作者の時代の)現実物語間の距離と読者の感じる(読者の時代の)現実物語間の距離が食い違って項目アを満たさなくなってしま

古い物語などで「時代的に差別的描写があります」と注意書きがあるのはそれを防ぐためだ

(余談だけどメクラ→視覚障害者にするような修正はどちらかというと現代語訳に近いと思う)

項目アとイを満たさな物語典型例がキャラ贔屓

キャラへの執着の結果として距離把握の目が濁る

具体例としてはサムライ8と妹の姉を挙げておこう

サムライ8は

主人公ほかメインキャラ達は義(現実世界ではクズとみなされるような精神)を持っている限り体がバラバラになっても死なない、という悪趣味さとグロさを併せ持った設定を作者が爽快王道バトルものだと思い込んでいるっぽいことが項目アに反している

妹の姉は

作者は「現在日本社会と似たような物語世界/物語世界基準普通の姉や他の人々/物語世界基準から距離のある妹」という設定で「普通だった姉が妹に影響されて姉も物語世界基準から離れていく」という姉妹関係性の話にしたかったんだろうと思われるが

こちからは「現在日本社会とかなり違う物語世界(現代日本ヌードモデル同意を得ずに描いてはいけない。妹が姉に許可を取っていないことが分かった時点であの絵は取り下げられて妹は注意されるはず)/物語世界基準普通の妹や他の人々/嫌がってる姉」という設定に見える

ここで項目アとイに反しているせいで読者の認識が狂い「普通だった姉がひどい目に遭って変な世界必死迎合する」というかわいそうな話に見えてしまうのだ

この2つの項目を見れば「そうだよね、因果応報大事だよね」と言う人がいる理由がわかる…物語世界基準で良いことをしたキャラ幸せになり悪いことをしたキャラに罰が下るのは、物語世界世界観とそのキャラ言動距離を作者が把握していることを示し項目イを満たすための定番効果の高い方法

ただしあくま方法の1つに過ぎず本質ではないので批評としては足りない

「そうだよね、大きな嘘はいいけど小さな嘘はよくないね」というがこれは惜しい

作者が物語を組み上げるために注意して工夫して作った嘘=現実との距離は大きいことが多いが

単なる勘違いや手抜きで生まれた、作者の把握してないような嘘は小さくてしょぼいことが多いって話 だから擬似相関

「その程度の犯罪が許せないなら赤ちゃん用の絵本でも読んでろよw」などというのが超的外れなのは現実世界物語中の個別出来事距離の長さという項目アともイとも無関係なことについて喋ってるから

これ作品評価とはあまり関係ないくせにわかやすいのでこういう輩に使われやすくて困る

「どうしてもグロが見られない」「子供動物死ぬのは嫌だ」と言ってそういう作品を嫌がる人はいるが、そういう人はあくまで苦手だと言ってすっと離れていくことが多くて、嫌いだと本気で怒ることは少ないんだなーこれが

私が縦笛なめなめVRについて「まぁいいかな」と言ったのは「軽度の性的コンテンツ」とゲーム説明に明記してあるから

こういう表示には2種類の効果がある

1つ目は子供に触らせないこと

2つ目は「作者はこれを過激表現だとわかっている」というアピール

この2つ目によって項目アの条件を満たしているので別に構わないと思った

https://b.hatena.ne.jp/entry/4689518360501577570/comment/junglejungle

犯罪描写される場合には、汚らわしく卑劣行為として描かれるべきである

っていう条文があったのか

これは現実世界作品世界倫理観ゼロ距離でなくてはならないという規範のようだな

実際には項目アとイを満たしていれば距離が離れていても大した問題にはならないんだがこの条文はそこを見落としていたらしい

2020-06-24

コロナ、信じてたぞ

やってくれるのか?→ダメじゃねえか!死ね!!→アレ、もしかして…?→やっぱ雑魚やんけ!カス!! って流れから、今マジで復活を遂げそうじゃない

つか、日本じゃ振るわないから終わりムードまで出てたけど世界では大活躍だってね もしや「この国は沼だ」ってやつだったのかい 悪いこと言ってごめんなあ

やっちまってください、コロナアニキ

東京カスども、舐め腐ってますぜ いまがチャンスですよう 除きようがないくらい広がっちゃって下せえ 経済破壊してくださいな

テレワークとかナメたこと言ってらんねえくらい社会をぶっ壊してやってくれよ ウーバーイーツァーがバタバタ死に、道で救急車炎上し、スーパーマーケットには何もない そんな労働どころじゃない生き地獄を現出させてくれ

俺は感染全然いね大阪からゲラゲラ笑ってみてやるからよ…っていうのでもいいし、同じく地獄になった大阪で野垂れ死ぬんでもいい

正直これから40年つまらない世の中で労働して死んでいくより、男も女も老いも若きもバタバタくたばる世の中で「社会ごと死ぬ」って意識を持って死ぬほうが楽しそうだ

このまま何もなかったら俺の死は何にも残らないけど、コロナで1000万人とか(間接的にでも)死ぬ感じになったらその1000万人を構成する一員として歴史書に載れるわけだ フツーの時代フツーに生きて死んだ人はマジで一切触れられないからな それよりは死者数にでもなりたい

 

とか言ってたら明日37人とかになんのかなあ

まあかなり期待を外してくる雑魚だってことはここまでの経過で学習済み そんなにガックリもするまいが やっぱでも頑張ってほしいよなあ

オリンピックなんかより俺は君の姿に勇気をもらってるんだぜ、コロナくん

信じれば夢は叶う 俺に夢を見せてくれよ

君の描く夢を俺も一緒に見たいんだ 一応マスクつけずに外出まくったりしてんだよ これでも

頼むぜ、コロナ 俺は君を信じる

2020-06-17

戦争はいつ始まるの?

戦争が始まった時点の基準あいまい気持ち悪い。

国境係争地域中国インド兵士を殺した。

これでも戦争としては扱われない?

死んだ兵士戦死ではない?

現実としてはあえて言葉意味あいまいにしておいて、後になってこの時点で戦争が始まっていました、と歴史書に書かれるだけ?

それだと戦争反対しようがなくない?いまこの時点で戦争が始まっていない保証なんてないんだから

2020-06-09

十二国記の謎と次回の短編集について、勝手に予想し、語る。

初めに

私は一介の十二国記ファンである中高生の頃にはまり、「白銀の墟 玄の月」で再燃した。

記事では、十二国記世界の疑問点について語り、次回の短編集の内容について、時には私の好みで脇にそれつつも、予測したい。その途中で、私自身のこの作品に対する解釈思い入れにも立ち入るかもしれない。

記事のおおよその内容

十二国記の今までの流れ。

十二国記シリーズ外伝を含め、次の順に出版された。

物語のあらすじについては、熱心な読者が多いと思われるので、略す。さて、この順で読み返すと、次のような傾向がみられる。すなわち、王と麒麟視点から見た世界よりも、庶民から見た世界比重が大きくなっているのだ。確かに、「月の影 影の海」では陽子は大変な苦労をして玉座上り詰めるし、「風の万里 黎明の空」「黄昏の岸 暁の天」では、いかに王としての責務を果たすかが語られる。一方で、同じ「風の万里 黎明の空」は民衆レジスタンス物語であり、それがさら大輪の花を咲かせるのが「白銀の墟 玄の月」だ。これは都市の規模ではなく、国家規模にわたる抵抗だ。

もう一つの傾向とは、読者層の拡大である。もともと少女向けレーベル出版されたからだろうか、十代の少年少女にとって教訓となるような個所は少なくない。「風の万里 黎明の空」における鈴、祥瓊の扱いを見れば顕著だ。一見同情すべき境遇にいるようでいて、それに甘んじている彼女らを待ち構えているのは叱責であり、罰である。この年齢になって読み返すと、幾分説教臭く感じなくもない。

しかし、「丕緒の鳥からシリーズ全体の印象ががらりと変わった。組織の中で働く官吏や、避けられない災害を前にして自分のできることに必死になる民衆の姿は。年齢を重ねた読者の心も打つ。少女向けとされる小説から最も縁遠いように思える、中高年の男性もうならせるだろう。この作品は、あまりにも不条理世界で生きる人々へのエールとなっている。

まり、これから尚隆や陽子視点から物語が描かれることは少なくなるのではないか。きめ細やかな民の物語を描くとき、王の存在は強すぎる。「東の海神 西の滄海」も、一歩間違えれば「俺TUEEE」っぽくなってしまう(そうならならずに尚隆が有能かつ魅力的に描ける腕前がすごい)。そう考えると「白銀の墟 玄の月」で出てきた尚隆は作者なりの大サービスだったのかもしれない。それに、神隠しにあった泰麒で始まった物語は、一応は解決しているのだ。王や麒麟のこの先に物語は、長編としては出てこないかもしれない。

十二国記で一貫してきたテーマは何か

前項でも述べてきたが、次に尽きるだろう。

十二国とはどういう世界

十二国では天帝が定めた天綱が憲法としてあり、王が定める国法、地綱はそれに反することはできない。また、州の法律も王が定めた法に反することはできない。

天帝は民に土地を与え、それを耕すことで生計を立てるように命じた。逆に言うと、天の設計した社会では、民衆は生まれた里で農業だけをして過ごすことしか想定されていない。

しかし、現実はそうではない。「図南の翼」に出てきた珠晶の家族のような大商人もいるし、「白銀の墟 玄の月」に出てきた宗教関係者もいる。冬器を作る工房もある。私塾もあれば宿もあり、雁のように豊かな国では副業で馬車を出す者もいるし、事実上奴隷だっている。

そして、最大のイレギュラーが定住民でさえない黄朱の民だ。彼らが歴史に関わってくるあたり、実際の中国の歴史にもよく似ている。

言い換えると、天は王と官吏農民だけの世界を想定していたが、天の条理の隙間を縫う形で民は複雑な社会形成してきた。そして、この世界民衆ルールの穴をつき豊かに暮らしているし、謀反を起こす力もある。これは、専制君主世界ではあるけれども、ランダムで選ばれた大統領支配される民主国家の姿に、少し似ているのだ。私たち世界大統領首相も間接的に選ばれるため、民意がどこまで反映しているか、はっきりしていないところがある。十二国世界は、実は私たち世界鏡像なのだ

今後の作品の傾向としては、黄朱の民のように条理からはみ出てしまった人々にもスポットライトがあることと思う。と同時に、黄朱の民はこの世界の条理に生じた大きなほころびでもある。現に、彼らの里木はよそ者が触れれば枯れる、大きなペナルティを負っている。

それと、この世界では思いのほか宗教がしっかり根付いていた。我々が最初にこの世界宗教を教えてくれるのが合理主義者の楽俊だったため、この世界の人々はあまり天に頼らない印象を受けたが、子供を授かるには祈るほかはないわけで、むしろ熱心な信仰がないと不自然であった。

十二国記女性

十二国記が元々は少女向けに書かれたことをうかがわせる設定はいくつかある。例えば、王と麒麟運命的な出会いだ。女性向けフィクションにはオメガバースをはじめとして、そうしたパターンが多い印象がある。もう一つはときとして未婚の女性をひどく不安にする妊娠出産からの「解放」だ。女性苦痛が大幅に減らされており、またこちらの世界とは異なるいくつかの価値観女性に優しい。王も麒麟官吏も(軍人を除けば)男女同数だし、子供のいる女性再婚相手としてむしろ歓迎される。ジェンダーSFフェミニズムSFとして十二国記を読み解くことも可能だろう。血縁意識が薄いのもその傾向を示している。とくに、楽俊はこちらの遺伝について、似たような顔をしたやつが同じ家にいるのが薄気味悪いのでは、と漏らしている。

しかし、この期待は裏切られる。ここはけっして楽園ではなかった。「白銀の墟 玄の月」のなかで李斎は、男社会軍隊で生きる女性の苦しさを吐露する。また、明らかに暴力を受けた女性も登場する。それに、序盤からすでに妓楼も登場している。この世界セックスワーカーがどれほど過酷生活を送っているか不明だが、妓楼に行くことはあまり道徳的に褒められたものではないようである(余談だが、楼閣が緑色に塗られているのは現実中国にもあった習慣であり、「青楼」と呼ぶそうだ)。

考えてみれば、官吏女性も多いとされながらも、登場する官吏の多くが男性である育児負担こちらよりもはるかに少ないので、昇進や待遇に差があるとも思えないのだが、これも隠されたテーマかもしれない。

それと、生理問題がどうなっているかもはっきりしない。初期作品の傾向からすると生理から解放」されている可能性が高かったが、女性の苦しみをテーマとするならば、生理のしんどさやそれにまつわる迷信タブーが出てくると考えるほうが、筋が通っている。

天帝女性

天帝女性、または西王母兼任している可能性が、ふと浮かんだ。別に女性が王になれるのだから天帝西王母より偉い理由別にない。

十二国記って男性しかいない場所がないこともなんだか怪しい。軍隊も三割は女性だ。逆に、女性ばっかりの場所が蓬山である麒麟を育てるのは女仙たちだからだ。これも天帝女性説を補強しないだろうか? また、妖魔が雄だけというのも、なんだかそれに関係しそうだ。単純に作者が女性だというだけのことかもしれないが。そもそも「いない」可能性もあるが、根拠は全くない純粋空想だ。

天帝ラスボス

考察サイトが華やかなりしころ、いくつかのサイトでは天帝ラスボスなのではないか、という説がまことしやかにささやかれていた。確かに黄昏の岸 暁の天」での天の対応はあまりにもお役所的ではある。ルールに従わなければ何もできないところが、法律に定められていなことは原則としてできない公務員によく似ている。

だが、もともと中国道教死生観がそういう面がある。「救急律令」も、法令を守るように促す言葉であり、古代中国役人賄賂に弱かったように、今でも神々に心づけを渡す習慣がある。

そして、自分天帝ラスボスになりえないと考えている最大の理由が、十二国記不条理にあらがう人々の物語であるからだ。天帝を倒した後どんな世界を作るにせよ、人間が作り上げた世界である以上はやっぱり不完全なものになるだろうし、仮に完璧世界を作ってしまったら、それは理想郷を描いた現実逃避のための小説になってしまう。「黄昏の岸 暁の天」のなかでも陽子はつぶやいている。天が実在するのならそれは無謬ではありえないのだ、と。

結論

私が次回の短編集に出てくると予想する要素としては、今までの物語を受けて次の通りだ。

また、

そして、長編がありうるとしたら

と考えている。

おまけ1 奏が滅びるとしたらどのような形か

しろくでもない空想をしてみる。六百年の大王朝が滅びるとしたら、それはどうやってか。

王朝最後はいくつかの傾向がある。一つは陽子暗殺しようとした巧の錯王や、慶の予王のように、王個人劣等感に押しつぶされるパターン。もう一つは芳の王(祥瓊の父)や一つ前の才の王(黄姑の甥)のように、長所裏目に出るパターンだ。祥瓊の父は清廉な人柄であったが、完璧主義者で罰が苛烈に過ぎた。黄姑の甥も正義感にあふれていたが、現実検討する能力に乏しかった。

で、奏の特徴としてはのんびりとした気風がある。これが欠点となるのは、のんびりした気風で対応できないほどの速さで十二国世界に変化が起きる場合だ。つまり、利広の情報収集を絶てばいい。彼が旅先で死亡するか、家族が業を煮やして彼を王宮に拘束するかだ。ところが、「帰山」では、しばらく王宮暮らししろ、という趣旨台詞がある。

これが奏の滅亡フラグかといえば穿ち過ぎな気もするが、宗王一家は全員同じ筆跡で公文書が書けて、しか御璽を押した白紙が大量にあるので、一度分裂したら矛盾した命令が出されまくって国家の体をなさなくなり、あっと言う間に沈む危険がある。白紙委任状ほど危険ものはない。ああいう仲のいい家族崩壊する様子を書くのって、日本人作家は上手だというイメージがあるが、数ページで滅んだ、と示されるのもまた冷たくていい。

おまけ2 「王気」という言葉について

「王気」という言葉一見すると単純な造語であるしかし、景麒は、自分は半ば獣なのだ、と述べている。さて、「王気」にけものへん「犭」がつくとどうなるか。「狂気」になってしまうのである。失道は避けられないのかもしれない。

おまけ3 四令門の名前

黄海を取り巻く四令門のある街で、雁では未門と申門の代わりに人門、恭では辰門と巳門の代わりに地門がある。では、言及されない才と巧ではどうなるか。陰陽道を考えると、才では丑門と寅門の代わりに鬼門、巧では戌門と亥門の代わりに天門、と思われる。

おまけ4 「戴史乍書」の記述はなんであんなにそっけないのか

十二国記を初めて読んだときには、本編と「戴史乍書」の関係って、講談や旅芸人お話と、正史みたいなものだと空想していた。三国演義歴史書の三国志やその注釈から成立した、みたいな話だ。つまり、本文も旅芸人の語りであり、実際に起こった歴史とずれている可能性がある。

また、中国の歴史を知るにつれて、歴史書の記述はわざとそっけなくしていると考えるようになった。春秋の筆法というか、どのような事件が起こったかをどのくらいの濃度で書くかによって、歴史的な出来事に対する価値判断が含めているわけである。細かい経緯を書いた記録はたぶん別にある。

最近は、国家機密をぼかす目的もあると踏んでいる。阿選の幻術なんかの記述があっさりしているのも、たとえば妖魔が符で使役可能だとか、王と黄朱とのつながりとか、暴力行使可能麒麟がいるとか、かなり危険情報だ。事情を知っている人が読むと「ああ」ってなるが、それ以外の人は読み飛ばすようにできている。

おまけ5 登場人物名前元ネタ

楽俊の姓名である張清は水滸伝に出てくる。しかし、水滸伝盗賊活躍するピカレスクロマンである文人肌の楽俊とはだいぶ違う。

桓魋は少し近い。孔子を襲った荒くれ者と同じ名前だ。そして、面白いことに「魋」だけで「クマ」意味がある。「熊どん」というほどの意味を持つ字なのだおるか。

祥瓊の父の字は仲達で、三国志諸葛亮ライバル司馬懿と同じだ。雁の白沢瑞獣名前。「白銀の墟 玄の月」の多くの官吏たちも、実在する中国官僚文人たちから名前が取られている。とはいえ名前が同じだからと言って同じような人物像とは限らないので面白い

おまけ6 遵帝はなぜ「帝」なのか

「帝」という称号始皇帝の考えだしたものだ。諸侯が王を名乗ったため、王のタイトルに重みがなくなってしまった。そこで、王の中の王を意味する称号が生まれたのである

しかし、それを考えると十二国記世界では帝の称号が生まれないはずだ。なにせ、侵略戦争がありえないのだから、王よりも上が出てくるはずがない。そのため、王より上の称号は、山客か海客由来の語彙ということになる。

語彙だけではない。現実中国文化には、周辺の異民族との交流からまれてきた要素が結構あるので、十二国世界でそれらが取り入れられたいきさつも妄想するのは楽しい。例えば、スカートキルトではない、ズボンパンツ状の服は騎馬民族に由来することが多い。そこまで考えるのは野暮かもしれないが、十二国世界匈奴西域の影響の薄い中国文化を持っていると空想するのは、歴史ヲタにとってはきっと楽しい時間だ。

おまけ7 景麒の角の文字

十二国記アニメで、景麒が塙麟に角を封じられるとき、「生心気鎮風」と読める金文が刻まれるのだけれど、あれって根拠があるのか。私にはわからなかった。

終わりに

つらつらと書いてしまった。

残念ながら、小野不由美の他の作品との比較検討はしてこなかった。未読のものが多いためだ。また、作者の細かいインタビューも入手できていないので、見落としているものがあるかもしれない。

積んである本を片付けたら、ホラーは苦手だがぜひぜひ読んでみたい。

そして、次回の新刊のんびりと待っている。小野不由美先生、本当に泰麒の物語物語を完結させてくださり、ありがとうございました。

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