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はてなキーワード: 君といつまでもとは

2021-06-16

増田レクイエム

はてなブックマークを見たら、この増田が目に飛び込んできた。

anond:20210615105840 死んでしまった大切な人に思いを馳せる曲を教えてくれ

はてブに何か曲名を書こうと思ったけど、100文字では収まりそうもないので増田トラックバックするね。

 

memento mori(汝の死を想え)

かに近親者の死は、喪失感が大きくて悲しい。

しかし、忘れてならないのは「自分も同じ定めにある」ということ。

 

レクイエム - Wikipedia

ラテン語: Requiem)は、ラテン語で「安息を」という意味の語であり、以下の意味で使われる。

 

空虚さを埋め、自分の中身を充実させていくための曲

 

1. 君といつまでもtogether forever mix)feat. ECD×DJ Mitsu The Beats - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=oQhNns7hSx4

加山雄三名曲君といつまでも」をリミックス

ECD(イーシーディー、本名石田義則、1960年3月29日 - 2018年1月24日)は、日本ヒップホップミュージシャン。妻は写真家植本一子

2016年自身Twitterで進行性のがんであることを公表した。

2018年1月24日死去。57歳没。

交通事故だと一瞬で亡くなり、知人への挨拶をする時間もない。

癌だと余命数ヶ月でも、幾何かは時間が残されており、恩人への感謝などを伝えたりできる。

不幸中の幸い~癌でなくなった方で「残り時間があった分だけ、まだ癌で良かった」というような事を言っていた方がいた。

 

2. 【LIVE】Pellicule/神門 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=A95hZR5QC6o

不可思議/wonderboy 「Pellicule」のカバー

不可思議/wonderboy(ふかしぎワンダーボーイ1987年12月30日 - 2011年6月23日)は、日本男性シンガーソングライター、ポエトリーラッパー

2011年6月23日、不慮の交通事故により急逝

こちらは交通事故で亡くなった方の場合

友人のラッパー神門 (@_goudo_)が、「Pellicule」をカバーして追悼。

「次、交差点出たら、右に曲がれよ!」という歌詞は、つまりそういうこと。

 

3. キャプテン・フューチャー EDポプラ通りの家 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=omUDAYHEQks

アニメソングだが、しっとりとしたバラードゆっくりしたテンポ感傷的な曲)。

人と人の出会いは「一期一会であることを感じさせる歌。

 

4. There will be love there - 愛のある場所 - the brilliant green - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=ahGBaAlcYiU

「いつかは 誰かのために 生きていたい~♪」

お世話になった人がなくなって、もう「恩返し」ができなくなっても、「恩送り」ならまだできる。

人生の前半は自分のために生きたのなら、人生の後半は他人のために時間を使っても良い。

そんな気付きをもたらす一曲

 

5. Flipper's Guitar - ドルフィン・ソング - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=JePfsVUTclA

「本当のこと 知りたいだけなのに 夏休みは もう終わり~♪」

自分死ぬとき人生走馬燈のように思い出されて、いろんな出来事があったことを懐かしむのだろう。

もしも死ぬとき後悔することがあるとしたら、今ならまだやり直せる、頑張ろう!と思える一曲

 

6. 薔薇は美しく散る / 日本テレビ「ベルサイユのばら主題歌 / 歌 : 鈴木宏子 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=yhoYOzFJf3g

どの星が めぐる時

散ってゆく 私だろう

平凡な 人生

かなえられない 身だけれど

私はバラの 命をさずかり

情熱を燃やして生きてくいつでも

バラバラは 気高く咲いて

バラバラは 美しく散る

もしも長く生きることができなかったとしても、納得のいく人生を送れたのなら、それもまた良し。

 

7. 宇多田ヒカル - Automatic - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=-9DxpPiE458

やさしさがつらかった日も

いつも本当のことを言ってくれた

ひとりじゃ泣けない rainy days

指輪をさわれば

ほらね sun will shine

 

人間の本性が現われる時は3つある。

  1. 一人でいるとき
  2. 喜びの有頂天とき
  3. 苦しみの極限に追い込まれとき

 

今まで多くの生き物たちが地球上を去来してきた。

たまたま時代に、同じ国に生まれ出会った人々。その中の一人がパートナーだった。

地球ができてから経った長い時間の中では、人の人生などほんの一瞬の出来事のように短い時間なのかもしれない。

ほんの少しの時間差で登場と退場が生じただけ。

瞳を閉じて指輪を触れば、そこに故人のいた軌跡を感じるだろう。ほんの少し前の出来事なら、いつでも思い出せる。

死別の後は自分一人になってしまったけど、もしかしたら本当は一人じゃない?

 

8. 電脳コイル - Dennou Coil AMV - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=ENkV73j40G4

Perfume「Electro World」のMAD

説明不要!~Perfumeテクノ三部作神曲

本当のことに気づいてしまったの

この世界のしくみ キミに手紙残すよ

時間性質は、これから先の10年は長いと感じるけど、過ぎ去った10年は一瞬だったと感じる。

貴方も必ずいつか死ぬときが来ます

から見ると、まだまだ先と感じるけど、その時が来たら、本当に一瞬だったと感じるはずです。

残された時間はあるようで、ほとんどないのです。

今日の夜に寝て、明日の朝起きられる保証はどこにもありません。

この増田を見たら、今すぐに、未来の人々へメッセージを残してください。

 

9. Mr.ブルー ~私の地球~ / 八神純子 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=UUVCmiFyKoU

大丈夫だとは思いますが、「後追い」はやめましょう。

地上の全ての生き物は、地球からまれ地球に還ります

母なる地球を想う時、故人も貴方同胞であることが分かります

またいつか、違った形で出会えるかもしれません。

 

さよならは半分だけ」

2021-02-15

90年代の曲と60年代の曲

先日、日曜夕方ももクロラジオをなんとなく聴いていた。そのラジオは、ももクロメンバー二人と、40代半ばのアナウンサーの三人で進行する番組なのだが、その中でKANの「愛は勝つ」が流れて、それについてひとしきりトークをする、というくだりがあった。

愛は勝つ」は、90年のヒット曲から40代半ばのアナウンサーがひとしきりエピソードを語って、ももクロの二人はただ、へー、っていう反応だった。

俺も40代半ばだから、そのアナウンサーの語っていることは肌感覚としても理解できるけど、ふと、今の10代、20代はどう思うんだろう、と思った。

この件に限らず、割と今の40代10代、20代のころに流行ったもの話題が、テレビラジオネットなんかでよく見かけるような気がする。

翻って、俺が20代の頃って、そんなに昔流行ったものって、そんなに話題にされていたっけ?とも思った。

たとえば90年代からの30年前は、60年代になる。60年代ヒット曲ってなんだろ、と思って調べてみたら、なんとなく知っているのが、

上を向いて歩こう

いつでも夢を

こんにちは赤ちゃん

見上げてごらん夜の星を

高校三年生

明日があるさ

幸せなら手をたたこう

君といつまでも

ブルーシャトー

・帰ってきたヨッパライ

ブルーライトヨコハマ

・黒ネコタンゴ

だった。意外に多いな、と思ったし、すぐはでてこないけど、聴けば、あああれか、と思う曲も含めれればもうちょいあるだろう。

今の10代、20代にとっては、俺がこれらの曲を若い時に耳にしていたのと同じような感覚なのかな?

2011-09-22

元祖 高木ブー伝説

高木ブー

俺は高木ブーだ 俺は高木ブー

まるで高木ブーだ 俺は高木ブーだよ

一人で生きろよ つらくとも死ぬな また合う日まで 御機嫌よう

 

苔のむすまでに 愛し合うはずの二人が

予定調和の中で 離れ離れになる

何も出来ないで 別れを見ていた俺は

まるで無力な俺は まるでまるで高木ブーのようじゃないか

 

俺は高木ブーだ まるで高木ブー

俺は高木ブーだ まるで高木ブーだよ

 

君といつまでも愛していたかったよ

君といつまでも二人でいたかったよ

 

春に君と出会い 夏に君と愛し

秋に君と別れた そして一人の冬が来たよ

 

ブー ブー 高木ブー ブー ブー 高木ブー

ブー ブー 高木ブー ブー ブー 高木ブー

 

高木ブー 俺は高木ブーだよ

2010-12-07

宛名の無い手紙

なんで君はこんな遅くになって、こんな手紙をよこすのか、そう君は思うのだろうね。理由は単純だ。君が自己満足の為に僕に書いて、僕によこしたように、僕も自己満足の為に書いて、君に送る事にするよ。それにあたって、ただ一つお願いがある。どうか返事を書かないでしい。僕にとって君との関係はキラキラした美化され、風化された思い出というよりはむしろ、呪い呪縛に近いのかもしれない。僕は君との関係を思い出す度、罪悪感に苛まれるんだ。この行為は別の言葉に変えるならば、償いに近いものかもしれないと思う。無論、こんな自己満足手紙を送った程度で、僕の行いは贖われるとは思わない。

最初に謝っておきたい。僕が非常識な行いを行ったのは重々に承知しているし、そのことを忘れた事なんて一度もない。あれは責められるべき事だったと思うし、君がそう判断するのももっともだと思う。君は疑問に思うだろう。なぜ何もしなかったのかって。率直に言うと、君の中に抱いている僕と、実際の僕自身の落差に驚き、その砂上の楼閣を維持すべきか逡巡したあげく、何も選び取ろうとしなかった、つまりは自分が傷つきたくなかった、そして君に対して臆病だった。

僕は確かに、友情以上の意味を込めて、好きだ、と言った。そんな言葉を言ったのは生まれて初めてだった。その時の君の表情の移り変わり、春の穏やかな周りの風景、部屋のオブジェ、机に彩られた食事。全てを色鮮やかに思い出すことができる。君の手を握ったときの、ちょっとひんやりとして、僕よりも小さな、可愛らしい手の形や、僕の一挙一動にあたふたしてこじんまりとした小動物のようにコミカルコケティッシュな君の仕草は、今でもまるでそこでの一部始終が8ミリビデオで撮られていたかのようにを鮮やかに思い出すことができる。そこで僕は確かに好きだと言った。しかし、本心では無かった。僕はしばしばそういった必要もないのに、そういった類の愚かな過ちを犯す事がある。しばしば、僕は人に嫌われたくないと思う余り、本心から乖離した行動をとってしまう事がある。そしていつも後悔する。学習しないのだ、僕は。それにしても僕はあまりにも軽率だったと思う。

君との関係を継続していく気がなかったと責められていても仕方がない。僕は君が思うほどに倫理的人間でもない。君が思うほどに、自分が何か価値のある人間だなんて今の際まで思ったことは一度もない。世界からある日突然僕が消え去ったとしても、多分何の変哲もなく世界というものはそれまでと変わらぬ歩みを続けるのだろう。君はそんなことないって言ってくれたのは、とっても嬉しかった。それでもこの考えは変わらない。でも、あんなにたった一人の人について想いを巡らせたのは、初めてだったと思う。僕の周りの人間は、喩えて言うのであれば旅の途中にふとすれ違う、街角風景たいなもので、人生の短い時間を共有しては、時間という川の流れに押し流されるような、刹那的存在だった。僕はそのまま、生涯孤独のままに生きていくのだろう、そう思っていたし、君に会うまではその考えは揺らぎすらしなかったんだ。それは僕の土壌の中に大きく根を張って、巨大な木へと成長していた。

君みたい人間は初めてだった。君とのメールでのやりとりはとても楽しかった。君からメールが来る度に、思わず口笛を口ずさむほどに嬉しかったし、この時間永遠につづけば、なんて今考え直すと陳腐な事を考えた。傍から見たら馬鹿げているのかもしれない。でも僕にとって君と僕との関係は、それこそ実存をかけた問題だったし、真剣だったし、真摯にとりくまねばならないことだった。君みたいな素晴らしい理解者を得られた事は、多分神様の贈り物だったんだって心から思うんだ。なんでそんな得難い関係を保っていた君から僕は離れていったのだろうか。聞くに耐えぬ理由だと思う。君はそれを聞いたら怒るどころか呆れるだろうから。無論、なんの矛盾も抱えていない人間は世の中にはいないだろうけど、それにしたって限度がある。僕は矛盾した人間だとこの時ほど思ったことはない。

僕はあれほどまでに苦しめた僕に対する過剰な信頼と、敬意と好意と愛情を・・・失うのが怖かったんだ。だから僕は結局言うに言えなかった。だってあんなに手酷い別れになったにも関わらず、最後にこんな綺麗で美し過ぎる手紙を受け取っては、返そうにも返事が出来なかった。それを行う事は、恐ろしく酷いことのように思えたんだ。知らなくて良い事もある。もちろん、率直な想いを打ち明けるという選択肢もあったけれど、僕はそれを選べなかった。これが君に対するせめてもの償いなのか、それとも病的な利己心のなせる業なのか、僕には分からない。ただ君はとても悲しんでいるに違いないだろうし、その上に辛辣言葉を浴びせる事は、もはや暴力であり、君に対する最大級の冒涜なんじゃないかと躊躇してしまったんだ。

君の言動に違和感があったわけじゃないんだ。君はメールのやり取りを介して、僕が想像した以上に君らしかった。どこか、違うだなんて違和感を感じた事は一度たりとて無かった。ああやっぱり、まさか君はそんなことで僕が君を諦める、なんて思わなかったんだろうね。だからこそこの言葉を言うのが辛い。一年以上もの間、君に返事の一通さえも出せなかったのは、とりかえしの無い事をしてしまったという罪悪感と、なんて空疎な事に時間を費やしてしまったんだろうという虚無感から逃れるためだった。

誤解しないでしい。君が空疎だとか、薄っぺらいとかそういう意味じゃない。むしろ逆だ。無邪気で純粋な君に接しているうちに自分のどうしようもなく矮小な部分や目を覆い隠したくなるような恥部を覗かれる恐怖に怯えて、逃避しただけの哀れな男なんだ。

恐ろしく動物的で、独善的で醜い。僕は自分自身のそういったどうしようも無く、醜くて矮小自分自信を受け入れることができなかったんだ。だから僕は君との関係を拒否した。逃避した。切断した。逃げ出した

僕は君と付き合う、その可能性ももちろん考えた。それは一見とても素晴らしい事のように見えた。だって僕の短い人生の中で、これほどまでに心を通わせる人なんていなかったから。君を失ってしまう事はとても辛いことのように思えた。でもそれは出来なかった。僕の心が拒否していた。君は僕といつまでも過ごしていたかった、そう言ったね。でも僕はそうじゃなかった。あの空間がとても-そう、とても重苦しいものに思えたんだ。心に重石が乗っかったようだった。いつまでこの狂った芝居を演じなければならないんだろうといっぱいいっぱいだった。帰りの電車の中では今までに経験したことのないほどの疲労感が襲った。

君がセクシャルマイノリティであることや、君の家庭環境かに違和感を感じていたわけじゃない。そういう人間がいたって可笑しくないとは思うし、僕はそこまで差別的思想に凝り固まっているわけではない、と信じたい。理由はもっと別のところだ。多分、僕がもっと思慮深く、善良でもっと本質的に物事を考えられるのであればこんなことにはならなかったと思う。しかしながら実際の僕は君が考えているほどには素晴らしい人間はなかった。

しかしながら、結局のところ差別主義者と誤解されざるを得ないような酷い最後になってしまった事については、釈明のしようもないと思う。君を尊重すべきと考えるならば、それは絶対やってはならない類の行動であったし、今でももっといいやり方があったんじゃないかって思ってる。結果が似たようなものであれ、それに至るまでの課程が全く違うものであれば、たぶん、君もこんなに傷つくことは無かっただろう。

君がとても辛い人生だったのは察するに余りある。出来ることなら傍らにいて、君といつまでも一緒にいられれば良かったのだけれど、恐らく僕では分不相応だったのだろう。あのときは悲しみに暮れていたかもしれないけれど、僕なんかよりきっと素晴らしい伴侶が見つかる事を確信している。君の本質に触れれば、君ほど繊細でピュアな心を持ち、尚且つ魅力的で素敵な人間なんて早々いるものではないということを理解できるだろうから。この手紙自己満足なのは言うまでもないが、君の幸福を祈る気持ちだけはどうか理解してもらえたらと思う。君の存在は唯一無二のもので、僕にとって特別であることはこれからもずっと変わらない。これからの君の人生が幸溢れるものでありますように。

 
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