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2024-10-11

anond:20240118004428

ブコメであった、内面属性性格)が一巡したのと、ビジュアルも飽和してるのもひとつあるのだろうし、

コンテンツが増えすぎてまずバズ作が生まれにくいというのも(加えて、個人ゝの好みも割れてる)、

キモオタ♂だけじゃなく(←とコスプレイヤーさんの協業の面もあったか。もちろん二次創作者も)、女性子供人気まで含めた作品でようやくメガバズり、

か、元増田分析みないで書いたので重複してるだろう

改めて読んで思ったのは、かつての典型的オタク推してたようなキャラはまだ一般人にも受け入れられるぐらいのレベルだったのが、

メイドインアビスとか、人を選ぶキャラにどっと押し寄せて、当然一般人までは浸透しないみたいな、火付け対象(火付け人の嗜好)の変化もあるか

声優割れてたりするし


で、重複恐れず振り返り(2000年~)ぴくしぶの覇権アニメ一覧見た()

それ以前には、ナディアセラムンエバー、などなど。エバーが入らん

2000年

おジャ魔女萌えっちゃ萌え

まほろまてぃっく? 知らない。わからない年だ

最終兵器彼女SEED

 ぶっちゃけこの時期の界隈知らない。ラクス嬢はそこそこ人気だが、身内に多いだけで一般層までは届いてないかそもそも他も届いてはないかもだが)

はがれん。ヒロイン人気ってより他の要素強い

攻殻ファフナー、種運。ファフナは知らない。素子さんとかは別方向。

AIRとかなのはとか通ってない

fateハルヒゼロ魔ギアス

 強い年だ。萌えとか超人気といえばでも長門みくるになるのか。個人的にはカレンとか好きだが

らきすた、OO。ひょっとしてこのくらいってまだまだ全然SNSとかないし、社会現象になるほうが例外では?

マクロスF。強い。

けいおん化物語、れーるがん。

SNS全盛前夜。コンテンツとして長続きしたようなのとか、コンビニコラボレベルのし記憶に残ってない。

そもそも萌えで大バズりは希少ではないか

2010年

けいおん、俺芋。けいおんブームラノベブームだ。

まどマギ。強い。

偽、SAOガルパン

 ちょっと思ったが、レムみたいな単体人気ってそもそも少なく、まどマギやらガルパンやら、作品込での人気が多かったのでは?

 ハルヒかて、メインヒロイン3人+小泉つるや、妹とかに割れてて、よく知らんがコスするときに、自分ならこれかなーって選んだりとか

ラブライブ!、進巨

 ラブライブ割れるのと、巨人はビジュ(絵柄)が萌えではない

2014は良く知らない年 ラブラの2期あったか

2015~

艦これおそ松さん、シンフォ

 艦娘は先にゲーム? おそ松さん女性が、シンフォはパチで馴染みあるけど一般人気そこまで?

 ゲーム女性のん入ってきた? それまでもゲームキャラコスプレあったんだろうけど。

 ギャルゲじゃなくて、人気出た萌えキャラ代表格って誰だ?(別の視点での情報が)

このすば、リゼロサンシャイン悪魔超人じゃないほう)、ユーリは知らない

 SNSで一気にどがががががーっと?

 確かにアクアめぐみん(ダグネス)はレム一人にやられてるが、レムがちょっと特殊にバズった?

 ちょうどコスプレしやすキャラメイドさんから

けもフレ。好きだったけど。キャラ多いし。コスプレ大変。カバンなら誰でもやりやす

△、働細、ウマ、ゾンサガ。

 キャンプ結構バズった感じ。作品的にあまり弄りにくかったのとか、実写化のあれとかも影響してそう

 赤血球さんとか、血小板とか、萌えっぽくなかったり、あかんやつだったり

 ゾンサガ惜しい気がする。コスプレあんまり見ない。決まった衣装が無いのもでかいな、そういえば。

街魔、きめつ。女性4人は人気だけどね、コスチュームも決まってるし。

2020~

プリコネ? 呪術。野薔薇もっと。🍑とか三輪ちゃんの扱い多くて学生服もっと奇抜であれば…

続編の年。新規だとエクハー。視聴者10倍だったら、咲希かノノがハネてたはず。

続編の年

まほあこがもうちと露出少なければ

覇権じゃないアニメでも人気キャラ居そうだが、拾いにくいな。

そもそもレムが異常値で、それまでにないキャラ衣装で、男人気もありつつ、コスプレ対象になったり、でヒロインが他に居ないか、他ヒロインを抑えて突き抜ける、

ラムちゃんのような存在ってめったにいない。

女子大アニメは、単純ハーレムモノだと萌えなんだろうが、キモいので、作品に芯が通ってないと女子受け一般受けまで行かない。

行っても、新規性がない、ヒロイン同士で氷河割れると、作品人気としてぼやけてしまう。そいやごちうさ何年だっけ? 同時期のアニメなんだ?

アビス キャラ人気は出たが萌えちょっと違う

とかが、核心に近いような。

それまで、萌えをこっそり愛でててキモがられ、それが公表できるようになったが、一気にキモオタ以外の意見も出てくるようになった。一億層オタク時代到来で

アビス(主役級のロボットケモノの人も仮面のおじさんも)は萌えでいい気がするが

アイドルとかなろう系とかと同様、萌えエリアが拡大して、かつての萌えというのが散った。新規勢は違う概念で生きてて、おじさんだけが萌えで止まってる?

2024-08-15

SEED FREEDOM を観た

SEED世界人類の分類

ナチュラル

・コーディネーター

アコード

これまでSEED世界は、ナチュラルとコーディネータの対立を描いていたが

ここでアコードなる人種を追加した

コーディネイターを超える新人類」として精神感応のような能力を有している

初見時には既存のコーディネータとも互いに感応し合っているニュータイプのような演出なのだ

一方的認識の上書きだと分かる

まり、コーディネータを管理するための存在として作られたのがアコード

で、「SEED FREEDOM」ではこのアコード精神感応により事件が発生する

もうネタバレもなかろうと書くのだが

キラがこれを受けて暴走し、友軍を攻撃するのだ


SEED世界では国際世論など有って無きが如しなの

容易くハッキングが出来る前線簡単に核が配備され

案の定、核が利用され

そして「報復」だと言って、成層圏からの長距離砲撃を行い

単位人名を塵芥のように燃やしていく

戦時中でもやらんだろう?みたいな事を容易くやってくるわけだ


あの世界の人ら、どっかネジが飛んでるよね


で、ここから反撃フェーズに入るんだけど

私はこう思っていたのだ

きっと精神感応の実態が白日の下にされされ

キラ暴走がやらされたこであると全世界に知らしめるのだ

どうやるんだろうなぁとワクテカしていた

そしたら、そんなことしないのである

初手友軍攻撃を行ったキラを(表面上の)断罪も救済もしないまま

ラクスが「私はファウンデーション王国に与しない」(超意訳)と宣言するだけで

ファウンデーション王国が悪になってしま



SEEDに何を期待してるんだ?

と言われればそれまでだが

粗すぎて醒めるんだよね

「言ったはずだぞ!戦争には明確な終わりのルールなどないと!戦うしかなかろう。互いに敵である限り!どちらかが滅びるまでな!」

これ、無印砂漠の虎が言うんだけどさ

違うよね?

戦争外交手段

降伏とかできるよね

教条で闘う場合宗教戦争メジャーだって

国土回復」や「聖地奪還」やらを設定し戦争する

その条件について話し合いができないだけだ


今回は無印種死と比べても粗い

ラクスキラが結成したコンパス活動しているが世界は荒れたまま

  ↓

ラクスキラ疲弊

  ↓

精神感応でNTR洗脳

  ↓

キラ暴走し友軍攻撃

  ↓

核を拝借ファウンデーション王国自国に核を撃たせる

  ↓

核が撃たれたから何でもアリだよね

逆らったらレクイエム(反射衛星砲)撃つよ

ほらほらデスティニープランを受け入れろ

  ↓

ラクスが逃げ出して、私は無関係宣言

  ↓

ファウンデーション王国は悪い奴だぁ

  ↓

キラアスランが成敗

いやいやいやいや

これだとキラ軍事裁判極刑じゃないの?

つか、核撃たれたかレクイエムで反撃って国を好意的に受け入れる余地があるの?

結局力(レクイエム)で抑えつけるわけだけど

そしたら、この茶番全部無意味じゃね?

せめてもレクイエムプラント最高評議会に撃たせて鎮圧するって茶番にしとけよ

ズゴックが爆散して中からジャスティスってさ

ズゴックの外装はチョバムアーマーなの?

ヅラピンチ乱入するだけだけど

最初にやってた潜入捜査チックな奴は何だったの?

馬鹿を必ず毎回作って出すのはスポンサー家族人質に取られてるの?

途中でビッチコロコロ鞍替えするのは何を表現たかったの?

本来なら言動から読み取らせる内心を直接登場人物に語らせて

それを作品内で断罪するって、製作者のオナニーかよ

ところどころ挿入されるファーストのパロすらノイズ過ぎて(それを意識させれて)イライラする


こんなに「not for me」を感じた作品も久しぶりだ

2024-07-25

anond:20240725195655

コンモドゥスの行動は聊かに常軌を逸しており、遂には皇帝トーガではなく狼の毛皮を身に纏うようになった。

手には伝承ヘラクレスが用いたとされる棍棒を模したメイスを持ち、神話の戦いを模すと称しては闘技場で戦士や獣を打ち殺したという。

闘技場では剣闘士のような蛮勇を見せるというよりは、獣を弓矢で射抜くなど技巧を披露するような方法を好んだ。腕前そのものは本人が誇るように優れたものであり、弓術ではパルティア人に勝り、槍ではムーア人に勝ったという。投槍で数十頭の豹を一度も外さずに射殺す、全速力で走っている駝鳥の頭を弓矢で正確に打ち抜くなど、常人離れした芸当は確かに民衆の少なくない数を畏怖させた。しかし同時にこれ以上にない格別の血筋に生まれた高貴なローマ人が、このような野蛮な勇気に没頭する様子に悲しむ者も多かった。

マジでかっこええやろコンモドゥス

ちなみに個人的武勇ではマクシミヌス・トラクスっちゅうのもすごくてな、

伝説では身長2m50cm、馬と同じ速度で走ったあと、息も切らさず七人と戦って勝ったっちゅう怪物やで。

文明人どころか人間としての心情すら完全に欠如した野獣」とか言われとるんやで。

かっこよすぎるわ。

2024-06-24

SEED FREEDOM観たよ

配信されてんのは知ってて、やっと観れた

とてもギャグテイストで良かったよ

色んな作品オマージュセリフ多かった

からセリフの予想も簡単だった

武器も無くてどう戦う→武器ならある!→(愛とか言わないよな)→ラクスの愛だ!の流れは声出して笑った

そこからラクス羽根くっ付けた後に外飛び出すのはギャグ空間ならではだしストフリコックピットに入ったら何故か椅子が用意されてるのも謎だった

相変わらずキラ自分勝手だし、ラクスに振られたら周りに不快をまき散らす構ってちゃんだし、「なぜ一人で戦おうとする」って言われて「だってみんな弱いから」って返すあたりは全然成長しないおこちゃまだなあって感じだった

というかコレ人気だったんだよなコレで50億だっけ?

やっぱ独身ってこういうコテコテのクソ寒いバカップルに憧れてるの?

あいつらに振り回される世界がかわいそうだろ

アカツキレクイエムぶっ壊すシーンは良かったんだけどレクイエムの直撃を跳ね返すのはやりすぎ

こんなので成功できるんだから鉄血や水星劇場版期待できるね

新しいMSたくさん出して安い恋愛劇にして入場者特典を毎週変えれば良いんだから

2024-06-22

anond:20240622231640

前までは普通選挙ポスターが多かったから、ルルーシュコスプレ程度で目立てたのに、今回はキチガイオタクがたくさん入りすぎて、ラクス女装してるのに完全に埋もれてしまってる。

キモオタ選挙を腐らせてるんだな…。

2024-05-20

親が毒親だと婚活ガチでキツいんじゃないか

父親DVモラハラ無職三拍子揃ったカスだったので、自分結婚ぐらいは幸せにしたいと思って婚活を始めた30手前の女がただ今の気持ちを書き散らしていく

 

いいなと思える人はいる 目の前にいる人は自分父親と同じ性別でも同じことをするわけではないと、頭では分かっている

でも常に過去の亡霊が出てきては、そいつをしばき倒すことを強要されるんだなあ、これが

 

10歳もいかないうちに父親に腹を蹴られて半殺しにされているので、就職して家を出るまでの20年間弱、衣食住の全てに死の匂いが染みついていた

正直どこに父親がキレて発狂暴力発生になるのかのトリガーが埋まっているのか分からないので、生活という生活の全てに死を感じていた

死に触れすぎて、親元を離れた今も生きてる実感が若干薄い 生と死の境目がめちゃくちゃになっている

 

婚活に話を戻そう

 

婚活で新しい服を買おうと思って、クローゼットを圧迫するいらない服を捨てようとするたびに、大学生デビューしようとして中学高校の服を捨てようとしたら「親の金で買った服を捨てるのか!?」とクソでかい声で罵られた記憶が出てきて、そいつをしばいてからでないと穴の開いた靴下ですら捨てることがままならない

 

(てか、貧乏毒親って物貯めたがるし、明らかに不要ものでも取っておくよな あれ何なん?この現象に名前をつけたい)

 

この現象については、通ってる精神科カウンセラーさんに「捨てていいんですか?」「いいですよ全然!」と言ってもらうことで解決した 第三者からロック解除がなかったらずっと捨てられないままだったと思う

  

衣食住の全てから死臭がしているとはいえ外食楽しい だからデートでは楽しくいられる

だが結婚するとなると家で食卓を一緒にしないといけない

そうなると、好物を最後まで取っておきたい自分VS嫌がらせのようにこちらの皿を執拗に狙ってくる父親記憶が蘇ってきて、ああ誰かと家で食事するの嫌だなと思う

 

(父は大皿料理を食い尽くすとかではなく、取り分けてるのに私の皿を狙ってくる たぶん嫌がらせというよりいじわるをして気を引きたい小学生男子みたいな感じの行動だったんだろうけど、それは30を越した父親である男性のやることではない)

 

そのたびに私は大量の揚げ物を作るあにまんラクス様の姿を思い出して、「今度の食卓では誰も取らないし、取り切れないぐらいご飯あるし」と言い聞かせて過去の亡霊をしばいている

 

住もまあまあヤバい 同一空間他人がいるってだけで、もう反射的に「また暴力が発生するんじゃないか!?」と感じてしまうんだよな

 

就職した職場バリバリに良い人ばっかりだったのに、「あっ、世間の人って、バチクソ怒っても半殺しにするまで殴ったりしないんだ」と実感するのに4年ぐらいかかった(入社して1年ぐらいは先輩から注意されるたびに半殺しの亡霊が蘇ってきて、心の奥で「殺される!」「クビにされる!」とパニックを起こしていた)、これはだいぶ激ヤバ

  

密閉された同じ空間に人がいることで過去暴力への亡霊が蘇ってきて、もう気が休まらから……

  

ちなみにこの件に関してはまだ対策が見つかっていない いい案あったら教えてください

女性とか小柄な男性といるときはあまり怖くないから、雰囲気問題なのかな?

 

そんなこんなだけど、最近は「過去未来は何の関係もない(⇒今までがヤバかったからといって、この先ずっと不幸だとか貧乏だとも限らないし、幸せ結婚自分自身が変わればできる)」ということに気づいて、毒親から仕入れた考え方を幸せな考え方で上書きしてちまちま治すのを繰り返している

ちまくても効果ある、積み重ねれば 塵も積もればなんとやら

  

ハァ~ バリボリ贅沢言うけど顔面FGOシグルド性格ドラゴンボールピッコロさんみたいな人が現れて私と結婚してくんね~かな~

  

とりま手料理レパートリーやすとこから頑張ってる 最近ホンマの昆布かつお出汁取ってだし巻き卵作り始めた

料理って作ってるとき楽しいよな 自分で食うと太るし(数日に分けて食ってはいる)

材料代出してくれて料理食ってくれる係の人ほしい

 

全然まとまってないけど吐き出してすっきりした チャオ~

2024-03-17

SEED映画見たぞ!

面白かった。面白かったけど…なんか復活のルルーシュに似てない?

20年ぶりにロボ映画作ろうとすると似たフォーマットなっちゃうのかも。

思うに

・強くなりすぎてしまった主人公側に対抗できる敵→謎の新能力持ち

・いっぱいいる主人公勢の良いところを全員分見せないといけない→敵ドラマを描く時間がないのでポッと出の新しい国が相手

みたいな縛りが生じて似てしまうんじゃないかと思ったよ。

これが毎年やってる映画だと、今年は平次が主役やで、とか色々散らしてくるんだけど、一回だけのお祭り映画なのでトッピングを全部盛りにしないといけないというか。

でも良かったよ。俺は種死キララクス精神状態がもはや神になってしまったのが嫌だったんだけど、今回はレスバに負けてピヨってたりしたのが人間らしくて良かった。あとアスラン強すぎ。ライフリと芋者のガンプラ買ったお子がかわいそう。

2024-03-09

anond:20240307090629

スターレイルはまだ世界観の全貌がみえいからアレだけど

同社の原神は、500年以上前の星海を渡る双子だった頃の名前としての公式ネームと捉えることができ

謎の神に封印されて七国を巡る旅人となってからの、プレイアブルの世界線における通り名がプレイヤーネームと考えることもできるから

例えるなら空・蛍がモラクス対応する格だとすれば、プレイヤーネームは鍾離に相当するような感じで受け止めることができる

日本語だと原神は空・蛍でスタレは星・穹なせいで、いかにも人名っぽく聞こえてしまうが

英語にするとAther/Lumine, Stelle/Caelusとなっていて、どこか神格めいたコードのようになっている

2024-03-07

anond:20240307141409

なんだよお前知らないのか?

あの頃のラクス様って実は影武者だったらしいぜ?

2024-03-04

眠れない夜、少年は羊を数え始めることにした。

しかし、次第に見たこともない生物が頭に浮かび、羊の代わりにその奇妙な生物たちが彼の夢の中を闊歩し始めた。

始めは普通動物だった。馬、牛、犬などが彼の頭の中を通り過ぎていく。しかし、次第に形も色も知らない奇怪な生き物が登場し出した。

少年: 「羊がもういいや、次は…フレブルキスという名前生物だ!」

そして、彼はその名前叫びながら、見たこともないフレブルキスという生物が空中を跳ね回る様子を想像し始めた。

続いては、クランゴーラやズルワツィップ、モクルマワといった未知の名前生物たちが現れ、彼の夢の中で奇妙なダンスを繰り広げていく。

少年: 「おお、これは面白いもっともっと奇妙な生物が欲しいな。次は…ヴォルドラクス!」

夢の中では、ヴォルドラクスと呼ばれる未知の生物が虚空を泳ぎ、不思議な音を奏でているようだった。

夜が更けるにつれて、少年の頭の中にはますます未知の生物が湧き上がり、夢の中で独自生態系形成していった。

眠れぬ夜が、未知への好奇心くすぐり、夢の中には冒険と驚きが広がっていった。

夢の中、少年は次々と未知の生物を呼び起こし、それぞれが独自の特徴を持ちながら、奇想天外世界を築き上げていった。

少年: 「さて、次は…ズゴブリット!」

ズゴブリットは、丸い体に羽根が生え、足は逆向きについているような姿勢で夢の中を浮遊していた。その存在はまるで宇宙から飛来した異星人のようで、夢幻的な空間を彩っていた。

夢の中の時間はどんどん過ぎていき、少年は未知の生物たちと共に冒険を楽しんでいた。しかし、その夢にはまだ驚きの瞬間が待っていた。

少年: 「最後生物は…ミステリアススリーパー!」

その瞬間、夢の中で何もかもが静まり返ったかと思うと、突如として登場したミステリアススリーパーが、夢の中の未知の生物たちに微笑みかけ、彼らを一瞬で眠りに誘った。

すると、夢の中の風景は次第に静寂に包まれ、未知の生物たちは静かに眠り始めた。少年もまた、ミステリアススリーパーの影響で深い眠りに沈んでいった。

そして少年が目を覚ますと、彼の周りには見慣れた寝室の風景が広がっていた。夢の中で築かれた未知の生物王国は、一瞬で消え去ってしまったのだ。

少年: 「あれ、夢の中の生物たちはどこに行ったんだろう?」

彼は微笑みながら、夢の中での冒険を思い出し、眠れぬ夜が意外な結末となったことに驚きと喜びを感じていた。

そして、未知の世界を夢で彩り、現実に帰ってくる少年冒険が続いていくのであった。

2024-02-28

ガンダムSEEDって女の物語だよな

SEED映画の前に総集編を見直し

今になって通してみるとやりたいことが明確に見える

物語を動かすのは常に女

ラクスカガリフレイ

物語のだいたいは敵に追われて仕方なくって感じで進んでいくが

この女たちが動いたときだけ転回する

そしてラクス最初から全てを見通していて

天然で純粋な女を装って物事が思い通りに運ぶように裏で動いている

2024-02-25

SEED FREEDOM観てきた

確かキラってDestinyの時に「カガリは今泣いてるんだ!!」って介入してたのに、「今愛が欲しい!」って奴に対してはラクスの「将来愛してくれる人が現れると思うで。もしかしたら近くにいるかもな。」という発言賛同してんの?

結局は『勝てば官軍』なんだなって。

2024-02-14

進撃の巨人の作者が「進撃はマヴラヴのパクリです」と激推ししていたからマヴラヴやってみようとしたけど衣装不快すぎて断念した

巨乳はどうでもいいけどあの衣装は無理

SEEDラクスパイスーとかも若干うわ…となる、けどマヴラヴレベルではない

おっぱいノイズ

普段はこんなことおもわないんだけど、格好良いフリーダムやらデスティニーとかの活躍をみたいのになんだそのドスケベな格好はラクスよおとか、格好良い自衛隊米軍メカとかイサミやスミスの肉体をみたいのにそんな巨大な乳でメカニックとかやれんのかよとかおもうことはたまにある。

あとまあゲーム、とくにソシャゲな。

ソシャゲとかやたら深刻そうなストーリーが多い割に痴女みたいな格好ででてきたりするのでなんなんだそれはとなってしまう。これもまあ慣れるんだけどさ。

2024-02-12

ゴールデンカムイ555を見た

ネタバレあり

カムイは丁寧に作ってあるのが分かってポイント高い

最初ちょっとアレ?って感じでも見てたら馴染んでくる

杉元とか少女雑誌読んでそうだし

序盤の雑魚と、蝋燭ガジガジが再現度高ぇなって

方陣営で陽動してたスーツの奴、多分名無しなんだけど妙にカッコよくて好き

クマとレタラとか、CG進化すげーなって

観客にファミリー層が多い。作る側も意識してる感じはするけど、元々エログロ作品だと思うんだが

序盤だと谷垣狩りが一番好きなんだけど、それは次でやるんかな

それやるってことは辺見もやらざるを得ないんだができるんだろうか




555は…

令ジェネと一緒でやりたいことはわかるけどもっとできただろって

とは言え、20年振りでたっくん草加マリ海堂北崎オリキャスでファイズ続編ってのは偉業だし555なのも間違いないんだけど

SEED映画で期待上げ過ぎたんかなぁ…でも散々続編やってたっくんも草加も何回死ぬんだよってくらいやりつくしはいるししょうがないのかも

パラダイスロストの続編かとも思ったけど本編後でパラレルワールドっぽい?草加生きてるし

出てくる女全員おかしいんだけど、命の恩人を秒で売るおばあちゃんトップで何だお前??

オルフェノクカップル倫理観おかしいが

ラー油必殺技不発はそこギャグでやるのはいいんか?展開としてはいいんだけど

戦闘シーン、令ジェネもだけどごちゃごちゃした集団戦されるのあんまり好みじゃないんよな

ガンダム映画が高クオリティ戦闘シーンでサービスしまくってくれるのと対比もあり

ちょっとそのベッドシーンはどうなんだ?いやこれはいい方のトンチキだけど

北崎ロボと草加ロボ!

面白いのは面白いオルフェノクでもよかったんじゃ?とも

オチに繋がるのわかるけど

クライマックスで初期ファイズなのは好き。アクセルも使って欲しかったが

う~~~~~~ん、個人的には復活のコアメダルくらいメチャクチャやってくれた方が…っても演者思い入れとかファン考えると難しいよなぁ

観る前に気になってたのが演者が亡くなった木場さんの扱いで、共存理念は受け継がれてるけど直接は関わってない感じで

まぁデリケートなのはわかるけど

SEED脚本書いてた監督の妻が逝去してて、当時ぼろくそ叩かれてた(クセの強い夫妻なので一方的被害者とも言えんが)のがある意味リベンジできたわけで

作中でのキララクスへの罵倒が当時のアンチスレそのままとか、死者が守護霊になって心を守ってるみたいなとこからこじつけできなくもなかったり

これはあん関係ない話だけど

間違いなく555ではあるけど、一番面白い回の555ではなかったって感じかなぁ個人的感想だけど

2024-02-03

種エアプだけど映画見た!ネタバレ感想

いや、面白かった!変な女と変な男がダース単位で出てくんの

終わったあとオタクみんなニヤニヤしてたよな

パンフ買おうとしたら売り切れてて残念

ダイエット中だけどいいやってなってピザ食ってる。うめえ

最初スルーするつもりだたかネタバレチラ見しちゃって

アスランズゴック、何かの中からガンダムが出てくる、エロ妄想洗脳能力者を返り討ちってのは観ちゃったけど全部アスランやん!

最初カムイ見るつもりだったけど時間関係でシードにしたんよね。あらすじとノイマン回避が凄い、くらいは知ってるけど、本編観たことない。知らぬさ!の人との戦闘だけ切り抜きで見た。実はどれがジャスティスフリーダムかよくわかってない。

閃ハサ、ドアン島、女性主人公の新作、シード劇場版、全部失敗すると思ったら全部当たっててスゲーな。万博はまぁ…アレだけど…

で、本編。初っぱなシャアの声で笑う。NTハサウェイドアンにもシャアノルマあったなーと思ったけど議長の声ですね。

にしても喋りすぎやろ!

戦闘シーンは相変わらず素晴らしい。色付くんだ!変形するんだ!Zガンダムみてー。

速くするアルター使いみたいな早口の人とモブみたいな顔でブランルタークみたいな声の人、面白いけど劇場版オリキャラなのか元々いたのかわからん。クェスっぽい女もよくわからん

ビグザムみたいなヤツ何か知らんが強いな(プロヴィデンス?でもラスボスがこんなとこいないよな…って。後から調べたらデストロイガンダムってやつらしい)

シンはいキャラしてる

おのころ島って淡路島水星魔女加古川出てきたしあそこら辺になんかあんのか?(万博に合わせたとかでもないだろうが)

からさまに変な一団。クェス2号のキャラ被ってない?

ドアンにもヒャッハーファンボーイかいたなぁ…

ロリマリメイアみたいなポジだけど後半ちっちゃいおばちゃんだったな…これは演技が凄いか

フェンシングノルマだ!

ルナマリアのシンのバカ…なんかうまく行ってないんだなって流してたが、あれシンのベッドと聞いてそういう事だったの??って)

青髪が一々感化されてて面白い。金髪竿役も様子が変。クェス1号が秒で恋に落ちるの、真面目なシーンだろうけど変

戦闘キラ、シン、アークエンジェル全滅は割りと衝撃。クェス2号のヒャハハァが妙に変。正直来るのは読めたけど、そこでズゴックは変だよ!

おーっナチュラルの野蛮な核だ!描写えげつねぇな…

アスランといる女ハッカー?が劇場版キャラなのかよくわからん(調べたらルナマリアの妹らしい。どっかで見覚えがある!髪変えたらわからんな)

Tシャツの一同やアスランキラとシンがボコられるくだり、ハイジャックコメディ映画かってくらい面白い。変な奴らが真面目に変なことをしている。

あっディアッカイザークだ!

廃棄するつって廃棄してない(いつもの)

で、これまでミーアエロい目で見てたけど、ラクス全然そんなじゃなかったんすよ。でも艦長服?の太ももエロっ!て…

おっレクイエム!核対レクイエムって最終回の奴やん!(後からちゃんと調べたらレクイエムじゃなくてジェネシスだった)

ミーティア!いやミーティアがなんなのかよく知らんけど…パーフェクトバックパックみたいな?

ミラージュコロイドやっぱおかしいて

ヒゲオッサンの反抗、ディアッカイザーク気持ちは分かってんのがよかった

カガリで遊び過ぎ!悪ノリが過ぎるぞ!(金髪からカガリだと思ったらステラって奴らしい。ララァ的なキャラかと思ったらロザミアっぽい。でもあの演出はええんか?)

ズゴックからガンダム出てくんのはおかしいだろ

百式?(後で調べたらアカツキらしい)

舞い降りる剣のやつだ!

しかしそのパイスーはキツいて!瞳孔開いて2ショットは恐いて!

青髪は生き残るかと思ったけどダメだったか強化人間ジンクスあるしね…ちょっとだけ報われたけど

クェス1号は助かった

野外露出で〆。最後に歌うよ~♪

結論、詰め込みぶりと勢いが凄かった。

シンエヴァみたいな感じかと思ったらジオウOQみたいなノリだった。

でもコーディネーターやデスティニープランみたいな、社会最適化された人間のほうが素晴らしいよねって主張に愛とか人間はそんなんじゃねーぞって反論してる感じが良かった

一人でかかえこむな他人を頼れとかもあるし

味付け濃すぎて上書きされてる感もあるが

20年経ってガンダムSEEDという作品を供養することができた

ガンダムSeedシリーズおそよ20年ぶりの新作となる劇場版SEED Freedomを鑑賞し、自分の中でガンダムSeedという作品を供養できたので記念に置いておこうと思う。

特に宣伝というわけではない。

ガンダムSeedとの出会い高校生の頃だった。

子供の頃からガンダムが好きだった自分はワクワクしながら開始を待っていたが、蓋を開けてみると酷い出来に落胆した。

設定やMS、一部キャラの溢れる魅力と、それでも補いきれない程酷いシナリオと世の中に対する解像度の低さが目立った。

1クール目は面白いが2クール目以降は見るのが辛かった。あの頃自分と共に視聴していた顔も知らない2ch実況スレのみんなにはこの場を借りてお礼を言いたい。彼らがいなければ完走は不可能だった。

しかし従来のガンダムとは異なる客層を呼び込むことに成功し、爆発的な人気となったが、その内容に伴い多くのファンアンチを生み出した。当時のネットはまさに阿鼻叫喚様相だった。

ガンダムSeed Destiny出会った時、自分大学生になっていた。

今度こそは失敗を取り返してくれるはずだ。ワクワクしながら開始を待っていたが、蓋を開けてみると輪をかけて酷い出来に大きく落胆した。

設定やMS、一部キャラの魅力と、それでも補いきれない程酷いシナリオと 世の中に対する解像度の低さ が目立った。 1クール目は面白いが2クール目以降は見るのが辛かった。あの頃自分と共に視聴していた顔も知らない2ch実況スレのみんなにはこの場を借りてお礼を言いたい。彼らがいなければ完走は不可能だった。

続編であるDestinyの酷さはここでは語り尽くすことはできない。大勢の方が語っているはずなので割愛するが、アニメ雑誌インタビュー声優が出演作品をボロクソ言ったりしていたアニメはあまりないだろう。

ともかくこの魅力的な要素を持ちながらそれを活かしきれなかったSeedシリーズは、多くのファン絶望や怒り、憎しみ、無念、悔恨などを与え、感情が渦巻き、ネット上でまともに語ることは不可能であった。

その後ゲームコミカライズノベライズなど様々な媒体で、救済が図られ、ファンは喜んだり記憶を呼び起こされて怒ったりしていた。

前作で生み出された多数のファンアンチDestinyという作品を消化することができず、行き場を失った悪霊となって20年感彷徨うことになった。

ところで私は幼少期に放送していた新世紀GPXサイバーフォーミュラというレースアニメが大好きだった。

近所のレンタルビデオ屋に通い詰め、続編のOVAも完走していた。このサイバーフォーミュラという作品Seedには共通点がある。監督脚本家が同じなのだ

福田監督とその妻である両澤千晶である。(星山氏や電童については脱線するため割愛する)

極めて似通っていて欲しくない共通点もある。上手くいかないことを周囲に当たり散らしていた主人公悟りを開き、良いものとして描かれていく。展開もどうにもスッキリしない。はっきり言ってしまえば失速していく。

これは両澤千晶が本格的に脚本に関わりだしてから起こっていると当時から感じていた。

この両澤千晶という人物自分にとっては敵だったのだ。

今にして思えばそんな1人の介入で質が下がったのなら監督責任なのだが当時はとにかく嫁が悪いのではと考えていた。

近年の監督SNSでの振る舞いなどを見てやはりこいつのせいだったかと思い直したりしていた。

それから20年の間、親しい友人とSeedネタにし続けることで楽しんでいた。いや、都度思い出してマジギレしていたかもしれない。その間映画の話も出たり消えたりしており自分の中では無かったことになっていた。

この20年の間に私生活は大きく変わっていた。就職し、転職し、家庭も持っていた。今さらそんなことを言われても困るぞ。

Seed関連での大きな変化といえば脚本家両澤千晶が亡くなっていたことだった。私にとってアークエネミーだった人物が亡くなってしまたことに大きな喪失感を覚えた。

当時プライベートな場でとはいえ汚い言葉罵倒し怒りをぶつけていた人間が亡くなってしまった事実申し訳なさや後悔のような感情もあった。

どこ目線だと思われるだろうが、責任のようなものを感じていたかもしれない。

この間ガンダムシリーズは作り続けられており、全て視聴していた。

ユニコーンを楽しんだり00やAGEに怒ったりしていたが、Destinyときほど熱くなることはなかった。何を見せられてもあらゆる意味であれほど酷い作品には出会えなかった。悪い意味で忘れられない作品になっていた。

そんな中両澤氏の訃報を聞き、Seedという作品永遠に消化できないものとして残ってしまったという感覚しこりのようなものがあった。

昨年のことだった。唐突劇場版の公開が発表された。

私は困惑し、20年来の怒りを思い出し、また困惑し、さら困惑していた。

なぜ今?本当にやるのか?そんなことがありえるのか?どうして墓から掘り起こすのだ?えぇ……?

多分観ちゃうんだろうなという予感はありつつもとても向き合えないと感じていた。

Seedシリーズ主題歌担当し、自身声優として出演していたTMRevolutionの西川貴教氏は20年間劇場版を待っていることを公言し続けていた。

そんな西川ニキは劇場版発表後、自身Twitterでこれは我々の「業」です。と発言していた。

業。そう。業だ。さすが当事者だ。解像度が高い。

自分も業と向き合うべきだ。そう考えた私は20年ぶりに無印からDestinyまでを通して100話見てみることにした。

やはりクソだった。20年ぶりに怒りが湧いてきた。巻き込んだ初見家族もキレていた。

しかリマスターは業が足りない。絵が綺麗になっているじゃないかアスランハゲてないしクルクル回りながらビームもあまり撃たない。ストフリが汚れているじゃないか。そんな歴史改変は許してはいけない。

それはさておき20年来の友人と自然な流れで観に行くことになったが、

直前になってもどういう気持ちで向かえばいいのかわからない。

20年間溜まり続けていたおこりのようなもの、あるいは悪霊、地縛霊のようなものが覆い被さっているような気分だった。

この映画告別式なのか、送別会なのか、同窓会なのか

何を着ていけばいいのか?喪服なのか?タキシードなのか?私服でいいのか?ネクタイは何色?

結論から述べると、全裸正座が正解だった。

ネクタイ西川ニキリスペクトオレンジベター

斯くして、Freedomを鑑賞した私はすっかり浄化された。憑いていた悪霊成仏し、20熟成させたヴィンテージワインを開け、みんなと笑いあうことができた。面白かった。いや、楽しかった。みんなで見た走馬灯のような映画だった。

あのシンが活躍し、ヒーローになった。

キラ人間に戻り、ラクス人間になり、アスランネタになり、ヒーローになった。

特にシン・アスカというキャラクターが躍動することで私は救われた気持ちになった。20年間の無念がようやく報われた、そんな気がしたのだ。

映画終盤、唐突クロスアンジュが始まり西川ニキのMeteorをバックにフリーダムが神になった瞬間、私はもうこれで良い、と強く思った。

Destiny終了後すぐにこれをやられていたらキレていたかもしれない。でもこれは20年という時間が与えてくれた最高の贈り物だった。

気づけば劇場で涙を流していた。

監督夫妻が生み出し、2人に壊されたと思っていたSeedという作品ファンに、俺たちに、みんなに返してくれた。

劇場を出るファンたちはみんな笑顔で楽しそうに映画を振り返っていた。いや、アスランの話をしていた。明日はシンの話をしているだろう。

みんなが笑ってSeedの話ができるまで20年も必要だったのだ。

今まではお前はSeedが好きなんだろうと言われたら即座に強く否定していた。でも今なら本当は好きだったのかもしれないと思えるようになった。

監督気持ちの整理に時間必要だったのかもしれない。この映画監督から奥方への追悼であり、想いを綴った恋文だったのかもしれない。

いや、許さんが。

20年経っても変わらずseedの話ができる友人たち、私の業に付き合ってくれた家族ありがとう

ありがとう監督。奥様によろしく伝えて欲しい。

20年経ってガンダムSEEDという作品を供養することができた

ガンダムSeedシリーズおそよ20年ぶりの新作となる劇場版SEED Freedomを鑑賞し、自分の中でガンダムSeedという作品を供養できたので記念に置いておこうと思う。

特に宣伝というわけではない。

ガンダムSeedとの出会い高校生の頃だった。

子供の頃からガンダムが好きだった自分はワクワクしながら開始を待っていたが、蓋を開けてみると酷い出来に落胆した。

設定やMS、一部キャラの溢れる魅力と、それでも補いきれない程酷いシナリオと世の中に対する解像度の低さが目立った。

1クール目は面白いが2クール目以降は見るのが辛かった。あの頃自分と共に視聴していた顔も知らない2ch実況スレのみんなにはこの場を借りてお礼を言いたい。彼らがいなければ完走は不可能だった。

しかし従来のガンダムとは異なる客層を呼び込むことに成功し、爆発的な人気となったが、その内容に伴い多くのファンアンチを生み出した。当時のネットはまさに阿鼻叫喚様相だった。

ガンダムSeed Destiny出会った時、自分大学生になっていた。

今度こそは失敗を取り返してくれるはずだ。ワクワクしながら開始を待っていたが、蓋を開けてみると輪をかけて酷い出来に大きく落胆した。

設定やMS、一部キャラの魅力と、それでも補いきれない程酷いシナリオと 世の中に対する解像度の低さ が目立った。 1クール目は面白いが2クール目以降は見るのが辛かった。あの頃自分と共に視聴していた顔も知らない2ch実況スレのみんなにはこの場を借りてお礼を言いたい。彼らがいなければ完走は不可能だった。

続編であるDestinyの酷さはここでは語り尽くすことはできない。大勢の方が語っているはずなので割愛するが、アニメ雑誌インタビュー声優が出演作品をボロクソ言ったりしていたアニメはあまりないだろう。

ともかくこの魅力的な要素を持ちながらそれを活かしきれなかったSeedシリーズは、多くのファン絶望や怒り、憎しみ、無念、悔恨などを与え、感情が渦巻き、ネット上でまともに語ることは不可能であった。

その後ゲームコミカライズノベライズなど様々な媒体で、救済が図られ、ファンは喜んだり記憶を呼び起こされて怒ったりしていた。

前作で生み出された多数のファンアンチDestinyという作品を消化することができず、行き場を失った悪霊となって20年感彷徨うことになった。

ところで私は幼少期に放送していた新世紀GPXサイバーフォーミュラというレースアニメが大好きだった。

近所のレンタルビデオ屋に通い詰め、続編のOVAも完走していた。このサイバーフォーミュラという作品Seedには共通点がある。監督脚本家が同じなのだ

福田監督とその妻である両澤千晶である。(星山氏や電童については脱線するため割愛する)

極めて似通っていて欲しくない共通点もある。上手くいかないことを周囲に当たり散らしていた主人公悟りを開き、良いものとして描かれていく。展開もどうにもスッキリしない。はっきり言ってしまえば失速していく。

これは両澤千晶が本格的に脚本に関わりだしてから起こっていると当時から感じていた。

この両澤千晶という人物自分にとっては敵だったのだ。

今にして思えばそんな1人の介入で質が下がったのなら監督責任なのだが当時はとにかく嫁が悪いのではと考えていた。

近年の監督SNSでの振る舞いなどを見てやはりこいつのせいだったかと思い直したりしていた。

それから20年の間、親しい友人とSeedネタにし続けることで楽しんでいた。いや、都度思い出してマジギレしていたかもしれない。その間映画の話も出たり消えたりしており自分の中では無かったことになっていた。

この20年の間に私生活は大きく変わっていた。就職し、転職し、家庭も持っていた。今さらそんなことを言われても困るぞ。

Seed関連での大きな変化といえば脚本家両澤千晶が亡くなっていたことだった。私にとってアークエネミーだった人物が亡くなってしまたことに大きな喪失感を覚えた。

当時プライベートな場でとはいえ汚い言葉罵倒し怒りをぶつけていた人間が亡くなってしまった事実申し訳なさや後悔のような感情もあった。

どこ目線だと思われるだろうが、責任のようなものを感じていたかもしれない。

この間ガンダムシリーズは作り続けられており、全て視聴していた。

ユニコーンを楽しんだり00やAGEに怒ったりしていたが、Destinyときほど熱くなることはなかった。何を見せられてもあらゆる意味であれほど酷い作品には出会えなかった。悪い意味で忘れられない作品になっていた。

そんな中両澤氏の訃報を聞き、Seedという作品永遠に消化できないものとして残ってしまったという感覚しこりのようなものがあった。

昨年のことだった。唐突劇場版の公開が発表された。

私は困惑し、20年来の怒りを思い出し、また困惑し、さら困惑していた。

なぜ今?本当にやるのか?そんなことがありえるのか?どうして墓から掘り起こすのだ?えぇ……?

多分観ちゃうんだろうなという予感はありつつもとても向き合えないと感じていた。

Seedシリーズ主題歌担当し、自身声優として出演していたTMRevolutionの西川貴教氏は20年間劇場版を待っていることを公言し続けていた。

そんな西川ニキは劇場版発表後、自身Twitterでこれは我々の「業」です。と発言していた。

業。そう。業だ。さすが当事者だ。解像度が高い。

自分も業と向き合うべきだ。そう考えた私は20年ぶりに無印からDestinyまでを通して100話見てみることにした。

やはりクソだった。20年ぶりに怒りが湧いてきた。巻き込んだ初見家族もキレていた。

しかリマスターは業が足りない。絵が綺麗になっているじゃないかアスランハゲてないしクルクル回りながらビームもあまり撃たない。ストフリが汚れているじゃないか。そんな歴史改変は許してはいけない。

それはさておき20年来の友人と自然な流れで観に行くことになったが、

直前になってもどういう気持ちで向かえばいいのかわからない。

20年間溜まり続けていたおこりのようなもの、あるいは悪霊、地縛霊のようなものが覆い被さっているような気分だった。

この映画告別式なのか、送別会なのか、同窓会なのか

何を着ていけばいいのか?喪服なのか?タキシードなのか?私服でいいのか?ネクタイは何色?

結論から述べると、全裸正座が正解だった。

ネクタイ西川ニキリスペクトオレンジベター

斯くして、Freedomを鑑賞した私はすっかり浄化された。憑いていた悪霊成仏し、20熟成させたヴィンテージワインを開け、みんなと笑いあうことができた。面白かった。いや、楽しかった。みんなで見た走馬灯のような映画だった。

あのシンが活躍し、ヒーローになった。

キラ人間に戻り、ラクス人間になり、アスランネタになり、ヒーローになった。

特にシン・アスカというキャラクターが躍動することで私は救われた気持ちになった。20年間の無念がようやく報われた、そんな気がしたのだ。

映画終盤、唐突クロスアンジュが始まり西川ニキのMeteorをバックにフリーダムが神になった瞬間、私はもうこれで良い、と強く思った。

Destiny終了後すぐにこれをやられていたらキレていたかもしれない。でもこれは20年という時間が与えてくれた最高の贈り物だった。

気づけば劇場で涙を流していた。

監督夫妻が生み出し、2人に壊されたと思っていたSeedという作品ファンに、俺たちに、みんなに返してくれた。

劇場を出るファンたちはみんな笑顔で楽しそうに映画を振り返っていた。いや、アスランの話をしていた。明日はシンの話をしているだろう。

みんなが笑ってSeedの話ができるまで20年も必要だったのだ。

今まではお前はSeedが好きなんだろうと言われたら即座に強く否定していた。でも今なら本当は好きだったのかもしれないと思えるようになった。

監督気持ちの整理に時間必要だったのかもしれない。この映画監督から奥方への追悼であり、想いを綴った恋文だったのかもしれない。

いや、許さんが。

20年経っても変わらずseedの話ができる友人たち、私の業に付き合ってくれた家族ありがとう

ありがとう監督。奥様によろしく伝えて欲しい。

20年経ってガンダムSEEDという作品を供養することができた

ガンダムSeedシリーズおそよ20年ぶりの新作となる劇場版SEED Freedomを鑑賞し、自分の中でガンダムSeedという作品を供養できたので記念に置いておこうと思う。

特に宣伝というわけではない。

ガンダムSeedとの出会い高校生の頃だった。

子供の頃からガンダムが好きだった自分はワクワクしながら開始を待っていたが、蓋を開けてみると酷い出来に落胆した。

設定やMS、一部キャラの溢れる魅力と、それでも補いきれない程酷いシナリオと世の中に対する解像度の低さが目立った。

1クール目は面白いが2クール目以降は見るのが辛かった。あの頃自分と共に視聴していた顔も知らない2ch実況スレのみんなにはこの場を借りてお礼を言いたい。彼らがいなければ完走は不可能だった。

しかし従来のガンダムとは異なる客層を呼び込むことに成功し、爆発的な人気となったが、その内容に伴い多くのファンアンチを生み出した。当時のネットはまさに阿鼻叫喚様相だった。

ガンダムSeed Destiny出会った時、自分大学生になっていた。

今度こそは失敗を取り返してくれるはずだ。ワクワクしながら開始を待っていたが、蓋を開けてみると輪をかけて酷い出来に大きく落胆した。

設定やMS、一部キャラの魅力と、それでも補いきれない程酷いシナリオと 世の中に対する解像度の低さ が目立った。 1クール目は面白いが2クール目以降は見るのが辛かった。あの頃自分と共に視聴していた顔も知らない2ch実況スレのみんなにはこの場を借りてお礼を言いたい。彼らがいなければ完走は不可能だった。

続編であるDestinyの酷さはここでは語り尽くすことはできない。大勢の方が語っているはずなので割愛するが、アニメ雑誌インタビュー声優が出演作品をボロクソ言ったりしていたアニメはあまりないだろう。

ともかくこの魅力的な要素を持ちながらそれを活かしきれなかったSeedシリーズは、多くのファン絶望や怒り、憎しみ、無念、悔恨などを与え、感情が渦巻き、ネット上でまともに語ることは不可能であった。

その後ゲームコミカライズノベライズなど様々な媒体で、救済が図られ、ファンは喜んだり記憶を呼び起こされて怒ったりしていた。

前作で生み出された多数のファンアンチDestinyという作品を消化することができず、行き場を失った悪霊となって20年感彷徨うことになった。

ところで私は幼少期に放送していた新世紀GPXサイバーフォーミュラというレースアニメが大好きだった。

近所のレンタルビデオ屋に通い詰め、続編のOVAも完走していた。このサイバーフォーミュラという作品Seedには共通点がある。監督脚本家が同じなのだ

福田監督とその妻である両澤千晶である。(星山氏や電童については脱線するため割愛する)

極めて似通っていて欲しくない共通点もある。上手くいかないことを周囲に当たり散らしていた主人公悟りを開き、良いものとして描かれていく。展開もどうにもスッキリしない。はっきり言ってしまえば失速していく。

これは両澤千晶が本格的に脚本に関わりだしてから起こっていると当時から感じていた。

この両澤千晶という人物自分にとっては敵だったのだ。

今にして思えばそんな1人の介入で質が下がったのなら監督責任なのだが当時はとにかく嫁が悪いのではと考えていた。

近年の監督SNSでの振る舞いなどを見てやはりこいつのせいだったかと思い直したりしていた。

それから20年の間、親しい友人とSeedネタにし続けることで楽しんでいた。いや、都度思い出してマジギレしていたかもしれない。その間映画の話も出たり消えたりしており自分の中では無かったことになっていた。

この20年の間に私生活は大きく変わっていた。就職し、転職し、家庭も持っていた。今さらそんなことを言われても困るぞ。

Seed関連での大きな変化といえば脚本家両澤千晶が亡くなっていたことだった。私にとってアークエネミーだった人物が亡くなってしまたことに大きな喪失感を覚えた。

当時プライベートな場でとはいえ汚い言葉罵倒し怒りをぶつけていた人間が亡くなってしまった事実申し訳なさや後悔のような感情もあった。

どこ目線だと思われるだろうが、責任のようなものを感じていたかもしれない。

この間ガンダムシリーズは作り続けられており、全て視聴していた。

ユニコーンを楽しんだり00やAGEに怒ったりしていたが、Destinyときほど熱くなることはなかった。何を見せられてもあらゆる意味であれほど酷い作品には出会えなかった。悪い意味で忘れられない作品になっていた。

そんな中両澤氏の訃報を聞き、Seedという作品永遠に消化できないものとして残ってしまったという感覚しこりのようなものがあった。

昨年のことだった。唐突劇場版の公開が発表された。

私は困惑し、20年来の怒りを思い出し、また困惑し、さら困惑していた。

なぜ今?本当にやるのか?そんなことがありえるのか?どうして墓から掘り起こすのだ?えぇ……?

多分観ちゃうんだろうなという予感はありつつもとても向き合えないと感じていた。

Seedシリーズ主題歌担当し、自身声優として出演していたTMRevolutionの西川貴教氏は20年間劇場版を待っていることを公言し続けていた。

そんな西川ニキは劇場版発表後、自身Twitterでこれは我々の「業」です。と発言していた。

業。そう。業だ。さすが当事者だ。解像度が高い。

自分も業と向き合うべきだ。そう考えた私は20年ぶりに無印からDestinyまでを通して100話見てみることにした。

やはりクソだった。20年ぶりに怒りが湧いてきた。巻き込んだ初見家族もキレていた。

しかリマスターは業が足りない。絵が綺麗になっているじゃないかアスランハゲてないしクルクル回りながらビームもあまり撃たない。ストフリが汚れているじゃないか。そんな歴史改変は許してはいけない。

それはさておき20年来の友人と自然な流れで観に行くことになったが、

直前になってもどういう気持ちで向かえばいいのかわからない。

20年間溜まり続けていたおこりのようなもの、あるいは悪霊、地縛霊のようなものが覆い被さっているような気分だった。

この映画告別式なのか、送別会なのか、同窓会なのか

何を着ていけばいいのか?喪服なのか?タキシードなのか?私服でいいのか?ネクタイは何色?

結論から述べると、全裸正座が正解だった。

ネクタイ西川ニキリスペクトオレンジベター

斯くして、Freedomを鑑賞した私はすっかり浄化された。憑いていた悪霊成仏し、20熟成させたヴィンテージワインを開け、みんなと笑いあうことができた。面白かった。いや、楽しかった。みんなで見た走馬灯のような映画だった。

あのシンが活躍し、ヒーローになった。

キラ人間に戻り、ラクス人間になり、アスランネタになり、ヒーローになった。

特にシン・アスカというキャラクターが躍動することで私は救われた気持ちになった。20年間の無念がようやく報われた、そんな気がしたのだ。

映画終盤、唐突クロスアンジュが始まり西川ニキのMeteorをバックにフリーダムが神になった瞬間、私はもうこれで良い、と強く思った。

Destiny終了後すぐにこれをやられていたらキレていたかもしれない。でもこれは20年という時間が与えてくれた最高の贈り物だった。

気づけば劇場で涙を流していた。

監督夫妻が生み出し、2人に壊されたと思っていたSeedという作品ファンに、俺たちに、みんなに返してくれた。

劇場を出るファンたちはみんな笑顔で楽しそうに映画を振り返っていた。いや、アスランの話をしていた。明日はシンの話をしているだろう。

みんなが笑ってSeedの話ができるまで20年も必要だったのだ。

今まではお前はSeedが好きなんだろうと言われたら即座に強く否定していた。でも今なら本当は好きだったのかもしれないと思えるようになった。

監督気持ちの整理に時間必要だったのかもしれない。この映画監督から奥方への追悼であり、想いを綴った恋文だったのかもしれない。

いや、許さんが。

20年経っても変わらずseedの話ができる友人たち、私の業に付き合ってくれた家族ありがとう

ありがとう監督。奥様によろしく伝えて欲しい。

20年経ってガンダムSEEDという作品を供養することができた

ガンダムSeedシリーズおそよ20年ぶりの新作となる劇場版SEED Freedomを鑑賞し、自分の中でガンダムSeedという作品を供養できたので記念に置いておこうと思う。

特に宣伝というわけではない。

ガンダムSeedとの出会い高校生の頃だった。

子供の頃からガンダムが好きだった自分はワクワクしながら開始を待っていたが、蓋を開けてみると酷い出来に落胆した。

設定やMS、一部キャラの溢れる魅力と、それでも補いきれない程酷いシナリオと世の中に対する解像度の低さが目立った。

1クール目は面白いが2クール目以降は見るのが辛かった。あの頃自分と共に視聴していた顔も知らない2ch実況スレのみんなにはこの場を借りてお礼を言いたい。彼らがいなければ完走は不可能だった。

しかし従来のガンダムとは異なる客層を呼び込むことに成功し、爆発的な人気となったが、その内容に伴い多くのファンアンチを生み出した。当時のネットはまさに阿鼻叫喚様相だった。

ガンダムSeed Destiny出会った時、自分大学生になっていた。

今度こそは失敗を取り返してくれるはずだ。ワクワクしながら開始を待っていたが、蓋を開けてみると輪をかけて酷い出来に大きく落胆した。

設定やMS、一部キャラの魅力と、それでも補いきれない程酷いシナリオと 世の中に対する解像度の低さ が目立った。 1クール目は面白いが2クール目以降は見るのが辛かった。あの頃自分と共に視聴していた顔も知らない2ch実況スレのみんなにはこの場を借りてお礼を言いたい。彼らがいなければ完走は不可能だった。

続編であるDestinyの酷さはここでは語り尽くすことはできない。大勢の方が語っているはずなので割愛するが、アニメ雑誌インタビュー声優が出演作品をボロクソ言ったりしていたアニメはあまりないだろう。

ともかくこの魅力的な要素を持ちながらそれを活かしきれなかったSeedシリーズは、多くのファン絶望や怒り、憎しみ、無念、悔恨などを与え、感情が渦巻き、ネット上でまともに語ることは不可能であった。

その後ゲームコミカライズノベライズなど様々な媒体で、救済が図られ、ファンは喜んだり記憶を呼び起こされて怒ったりしていた。

前作で生み出された多数のファンアンチDestinyという作品を消化することができず、行き場を失った悪霊となって20年感彷徨うことになった。

ところで私は幼少期に放送していた新世紀GPXサイバーフォーミュラというレースアニメが大好きだった。

近所のレンタルビデオ屋に通い詰め、続編のOVAも完走していた。このサイバーフォーミュラという作品Seedには共通点がある。監督脚本家が同じなのだ

福田監督とその妻である両澤千晶である。(星山氏や電童については脱線するため割愛する)

極めて似通っていて欲しくない共通点もある。上手くいかないことを周囲に当たり散らしていた主人公悟りを開き、良いものとして描かれていく。展開もどうにもスッキリしない。はっきり言ってしまえば失速していく。

これは両澤千晶が本格的に脚本に関わりだしてから起こっていると当時から感じていた。

この両澤千晶という人物自分にとっては敵だったのだ。

今にして思えばそんな1人の介入で質が下がったのなら監督責任なのだが当時はとにかく嫁が悪いのではと考えていた。

近年の監督SNSでの振る舞いなどを見てやはりこいつのせいだったかと思い直したりしていた。

それから20年の間、親しい友人とSeedネタにし続けることで楽しんでいた。いや、都度思い出してマジギレしていたかもしれない。その間映画の話も出たり消えたりしており自分の中では無かったことになっていた。

この20年の間に私生活は大きく変わっていた。就職し、転職し、家庭も持っていた。今さらそんなことを言われても困るぞ。

Seed関連での大きな変化といえば脚本家両澤千晶が亡くなっていたことだった。私にとってアークエネミーだった人物が亡くなってしまたことに大きな喪失感を覚えた。

当時プライベートな場でとはいえ汚い言葉罵倒し怒りをぶつけていた人間が亡くなってしまった事実申し訳なさや後悔のような感情もあった。

どこ目線だと思われるだろうが、責任のようなものを感じていたかもしれない。

この間ガンダムシリーズは作り続けられており、全て視聴していた。

ユニコーンを楽しんだり00やAGEに怒ったりしていたが、Destinyときほど熱くなることはなかった。何を見せられてもあらゆる意味であれほど酷い作品には出会えなかった。悪い意味で忘れられない作品になっていた。

そんな中両澤氏の訃報を聞き、Seedという作品永遠に消化できないものとして残ってしまったという感覚しこりのようなものがあった。

昨年のことだった。唐突劇場版の公開が発表された。

私は困惑し、20年来の怒りを思い出し、また困惑し、さら困惑していた。

なぜ今?本当にやるのか?そんなことがありえるのか?どうして墓から掘り起こすのだ?えぇ……?

多分観ちゃうんだろうなという予感はありつつもとても向き合えないと感じていた。

Seedシリーズ主題歌担当し、自身声優として出演していたTMRevolutionの西川貴教氏は20年間劇場版を待っていることを公言し続けていた。

そんな西川ニキは劇場版発表後、自身Twitterでこれは我々の「業」です。と発言していた。

業。そう。業だ。さすが当事者だ。解像度が高い。

自分も業と向き合うべきだ。そう考えた私は20年ぶりに無印からDestinyまでを通して100話見てみることにした。

やはりクソだった。20年ぶりに怒りが湧いてきた。巻き込んだ初見家族もキレていた。

しかリマスターは業が足りない。絵が綺麗になっているじゃないかアスランハゲてないしクルクル回りながらビームもあまり撃たない。ストフリが汚れているじゃないか。そんな歴史改変は許してはいけない。

それはさておき20年来の友人と自然な流れで観に行くことになったが、

直前になってもどういう気持ちで向かえばいいのかわからない。

20年間溜まり続けていたおこりのようなもの、あるいは悪霊、地縛霊のようなものが覆い被さっているような気分だった。

この映画告別式なのか、送別会なのか、同窓会なのか

何を着ていけばいいのか?喪服なのか?タキシードなのか?私服でいいのか?ネクタイは何色?

結論から述べると、全裸正座が正解だった。

ネクタイ西川ニキリスペクトオレンジベター

斯くして、Freedomを鑑賞した私はすっかり浄化された。憑いていた悪霊成仏し、20熟成させたヴィンテージワインを開け、みんなと笑いあうことができた。面白かった。いや、楽しかった。みんなで見た走馬灯のような映画だった。

あのシンが活躍し、ヒーローになった。

キラ人間に戻り、ラクス人間になり、アスランネタになり、ヒーローになった。

特にシン・アスカというキャラクターが躍動することで私は救われた気持ちになった。20年間の無念がようやく報われた、そんな気がしたのだ。

映画終盤、唐突クロスアンジュが始まり西川ニキのMeteorをバックにフリーダムが神になった瞬間、私はもうこれで良い、と強く思った。

Destiny終了後すぐにこれをやられていたらキレていたかもしれない。でもこれは20年という時間が与えてくれた最高の贈り物だった。

気づけば劇場で涙を流していた。

監督夫妻が生み出し、2人に壊されたと思っていたSeedという作品ファンに、俺たちに、みんなに返してくれた。

劇場を出るファンたちはみんな笑顔で楽しそうに映画を振り返っていた。いや、アスランの話をしていた。明日はシンの話をしているだろう。

みんなが笑ってSeedの話ができるまで20年も必要だったのだ。

今まではお前はSeedが好きなんだろうと言われたら即座に強く否定していた。でも今なら本当は好きだったのかもしれないと思えるようになった。

監督気持ちの整理に時間必要だったのかもしれない。この映画監督から奥方への追悼であり、想いを綴った恋文だったのかもしれない。

いや、許さんが。

20年経っても変わらずseedの話ができる友人たち、私の業に付き合ってくれた家族ありがとう

ありがとう監督。奥様によろしく伝えて欲しい。

2024-01-30

ネタバレありガンダムSEED FREEDOM感想

見てきた。SNS感想をさっと見たがまだ出てなさそうな話をしたい。

キラ

キラがシン達の眼の前で彼らを指して「弱いから」と言うところのキラのいけすかなさが印象的だった。

「サイが僕にかなうはずないでしょ」というSEEDでのセリフ一貫性があって、何かの拍子に出てくる本音で、他人能力の部分を見下している。

完璧超人からこその短所であって、キラ人間らしさを持たせるために必要短所なのだろう。

それがアンチを作る要因でもあるかもしれないが、当時も今も新しい主人公像だろう。SEEDを新しいガンダムたらしめた特徴ではないのか。

劇場版本編の話にもどると、あの場ですぐ殴ってくれるアスラン相棒としての価値がですね。

アスラン

頼もしくもありエンターテイナーでもあり。言い換えると今回は葛藤のないキャラだった。

アスランシャアの要素が多分にある。

SEED DESTINYでも途中までゼータにおけるクワトロ立ち位置だった。

黒背景でゆっくり動くズゴッグを見てキラが「アスラン?」と気づくのはオマージュというより笑い要素を含んだパロディかと思った。

真面目にツッコむとキラズゴックのどこからアスラン見出したのか?これが人の愛?

キラと殴り合うのはよく考えたら逆襲のシャアの殴り合いシーンから来ている?これは考えすぎか?

シン

シンがキラに心酔していたのはあまり好きではなかった。

ただ、吹っ切れて戦えている姿が良い。自分目的合致した戦いができていることが良い。

ステラがシンの心を守ったところ、「どんな闇を抱えているんだ」⇒SEED DESTINYでのシンの物語の積み重ねが無駄じゃなかったところにグッと来た。

巨大兵器破壊は間違いなく主人公の功績。

劇場版物語キララクスが中心だったが、キャラクターとして報われたのはシンとルナマリアだと思う。

ルナマリア(というかアグネス

アグネス物語上の役割は、SEED DESTINYでアレだったルナマリア恋愛部分を着地させること。

正直アグネス周りの話は蛇足に感じたが、よくよく思い返してみればあれはクエス・パラヤのオマージュだ。

アムロに興味を持って、拒絶されたと感じて脱走し、シャアにその価値を見出される。

ライジングフリーダムイモータルジャスティス

スポンサーから押し付けられた枠か?Gアーマーの合体シーンやシュラク隊を思い出した。

ジャスティスに至ってはアスランに乗ってもらえずシンにディスられる始末。

サプライズだった。新しい試みとして肯定したい。

MSその他

デュエルブリッツデスティニーカラーリング(これは鑑賞後にSNSで見た情報)など、テレビ版で退場した機体の要素を、そのパイロットに縁のあるキャラが受け継ぐところが良い。

デュエルアサルトシュラウドないと他より特徴がない部分をブリッツ要素でカバーとしてるので、なんか説得力あった。

でもわざわざ旧型のデュエルバスターを核エンジンにしてコクピット周りをザク系統にするのは非合理だよなと。合理性よりお祭り感を演出する分には良し。

インパルスのシルエット全部来て良い。カラーリングアップデートは何か元ネタあるのか?

ミーティアデスティニー換装など、外部装備の共有はなんかガンプラ系の番組表現っぽかった。でもガンダムってそうだろう。

全体的な話

視聴者にとって悔いが残ったところをキチッと終わらせて、キャラクターやメカの見せ場をこれでもかと出し切る。お祭り同窓会

復活のルルーシュグリッドマン、シン・エヴァンゲリオンなど、最近TVアニメの完結編としての劇場版は大体そうだし、そういうものが求められているというか、これが完成形なのではないか

それから今作は平成逆シャアを予想して挑んだが、要素ががあるような無いような。この辺は解読力がなくて、教えて欲しい。

2024-01-27

劇場版ガンダムSEEDから思う「今のアニメ作画」※ネタバレ無し

劇場版ガンダムSEEDから思う「今のアニメ作画」※ネタバレ無し

ガンダムSEEDは、DESTINY終盤が放送されている時期に友人から勧められてハマった。私は当時小学生人生で初めて買ったCD玉置成実の『Reason』だった。

…こんな書き出しだが、「ガンダムSEEDシリーズは私の世代にとって革新的で思入れが強くて〜」といった話ではなく、『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』を見て感じた「近年のアニメ作画」に対する率直な思いについてまとめたもので、作品評価は含まない。

できれば拡散されたい。

人の意見が聞きたい。


劇場版SEED情報が解禁されるにつれ、SPOT映像も順々に公開された。

そのうちのひとつ海辺で語らうキララスクのシーンで、キャラクターの動き・表情が機械的で実に不気味だと感じた。特にラクスが顕著だった。人が手で描いたはずなのに、瞬きなどはまるで3Dモデルに見える。例えるならVtuberのモーションに近い。

結論から言うと、劇場版SEEDは全編をとおしてほぼそのような絵でできていた。

昨今のデジタル作画特有の「完璧に均一で色に溶け込むほどの極細な線」が、画面内をなめらかに動き続ける。

メカ類は基本的3Dなので、ピタリと止まることなく常に画面内を揺蕩っていた印象だ。


直行って、絵(?)が動き過ぎだと感じた。

やたらに動くだけでその動作意味を伴わないため、少し酔うほどだった。

これは果たして作品演出として本当に必要な手間なのだろうか?とつい考えてしまった。

ただし「SEEDシリーズ作画」に関しては、テレビシリーズの頃よりオタクからよく指摘を受けていた。

週ごとに絵柄が変わったり、バンクを多用して展開上違和感のある映像になったり…(ムウのヘルメットの話ではない)。

これらを今の技術改善し、あの頃からファンへ自信を持って作品を発表することも、製作陣の課題ひとつだったのだろうと想像している。

ネットに触れていれば「ヌルヌル動く作画」といった表現はよく目にするだろう。昨今の制作サイドにおける流行りの表現方法であり、今の視聴者層に響く華のある映像なのだろう。

ただ、劇場版SEEDはいわば「ニュルニュル動く作画」で、私にその手の専門知識はないが、全ての絵に凄まじいコマ数を詰め込んだ映像なのだろうと思わされた。

おそらく手で描いていない部分もある。きっと今の技術を使えばそれもできてしまうのだろう。

少し大袈裟に言えば、3Dロボットデジタル効果ニュルニュルと動くキャラクター映像流れる中で、たまに手描きっぽく思える絵が混じって目立つ感じだ。

私が幼少期に見たデジモンゾイドのような、手描きの絵の中にゴリゴリ3Dが混ざっていた時代からは見事に逆転したような印象を受ける。


芸術分野のことばに「不気味の谷」というものがある。簡単にいうと「決して3次元ではないが2次元の域は超えつつあるリアル創造物」のことで、例えばAI生成の人物画像に対して抱く感情のことだ。

私がラクス映像に感じたものもきっとコレだろう。

ヌルヌル作画」を超えつつある昨今のアニメ映像薄給と聞くアニメーターにとって本当に必要な手間なのか?手描き丸出しのアニメはもう古いのか?それとももうできないのか?それは技術人員時間、どれが原因か?

これは「アニメ」が次のステップに進む狭間なのか?


以上、劇場版SEEDを見て思ったアニメ作画の話でした。

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