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2019-09-23

anond:20190923093727

ここもわかりづらいポイントだけど、同時にすげー面白い瞬間でもある。

まずタックルを食うと

倒れた場合ボールを時面におかないといけない

その時点でその場には「倒れた奴」と「タックルを見舞った奴」がいる

A、倒れた奴はプレーに関与できない。

タックルを見舞った奴も、一旦倒した相手解放しないといけない、まだ2人だけの世界

そこにタックルを喰った側、見舞った側のそれぞれの見方応援殺到してくる

B、倒れた奴は計算外、ここで双方で1人ずつがポイントに到着すると「ラック」という押し合いになる。

この押し合いで許されるのは「真っ直ぐ押して相手排除した上でボールを足で掻き出す」というもの

問題はAの瞬間とその直後、倒れた奴を除いて、ボール防衛したい相手が到着していない場合、ここ!

ここではちゃんと立ってる奴に限りボールを手で引っこ抜いていい!

ただ、ここでレフェリー解釈が登場するのが「何をもってボールを置く」とするかで、喰った側が倒れた時に膂力に任せて強引にボールを置き、その隙に味方が到着してB状態になればもうボールを引っこ抜く事はできない。

この攻防が行われるのはわずか0.5秒から1秒程の間、ここでボールを引っこ抜くのはビッグプレーでそうそう出来るものではない

しかし、このプレーにも名手が存在する。

オーストラリア代表のデービットポーコック選手で、グレーのヘッドキャップと「それ太腿じゃないんですか?」って言うくらい異様に太い腕がトレードマークだ。

彼は恐ろしいことに例え相手オールブラックスでも、大根でも引き抜くかのようにスポンスポンとボールを引っこ抜いてしまう。

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ラグビープレーヤーに直接話を聞いた解説者によると、アレは「センス世界」らしい。

運動センスというと、華麗なボールコントロールや鋭いパス、指先まで神経の行き届いたような身体運用連想するが、「大男がやってくる前の一瞬で頭を突っ込んでボール強奪する」というプレーの決めても「センス」というのが面白い

世の中にはいろんなセンスがあるものだ。

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このポーコック選手は非常に目立つので、中継でも探しやすいと思う。

何より密集に彼がやってきた時、「真打登場か」というくらい周囲が色めき立つのですぐわかる。

オーストラリア戦では是非グレーのヘッドキャップに注目して欲しい。

ちなみに彼はジンバブエまれだが、幼い頃の情勢不安から両親と共にオーストラリア移住したという経緯を持ち、そのライフストーリーからか、社会活動に熱心だ。

「激しいプレー馬鹿からできるんですよ」と言っていたが、「ウソつけ」と思う。

お前インテリじゃねーか。

2019-02-12

はてなー落語家みたい

批判ばっかりして

みんなで真打すごいすごい言ってるけどさぁ

300人もいるんだよ

2019-02-08

餃子レモンサワー増田望む園出す魔をー和讃漏れと座うょ着(回文

関西関東で比べちゃう関東の人は

何かぱっと見テンションが低そうな人が多いんだけど、

関東人みんながみんな高田純次さんみたいなテンションじゃないのよね。

いつかまた大阪出張行きたいなぁと思いました。

おはようございます

最近もう夜遅いときは食べずに寝ちゃう方が目覚めが良いわって思っちゃうのよね。

逆にその時間リソースをお風呂に使えるから

結構毎日しっかり長風呂できます

長風呂って言ってもお風呂物理的に長いんじゃなくて、

風呂タイムが長いってことよ。

平日の疲れはなるべく持ち越したくないしね。

風呂入ったあと録画した溜まった番組マツコデラックス見てるんだけど、

たまたまチャンネル変えて出てきたマツコさんをずっとみてて、

その時の内容は

わたしロケ弁のお弁当2つ食べてなかったら餃子40個いけんだからね!

って言いつつ結局餃子40個を平らげてしまって、

やっぱり餃子と合うのはレモンサワーよねって言ってて

それからずっと私もレモンサワーを飲んでみたいんだけど、

ストロング系のレモンサワーはなんか翌日頭が痛くなっちゃうので、

ストロング系じゃないレモンサワーを求めるか、

もうこうなったら、餃子の旨さで定評のある

大阪王将餃子王将か分からないけど、

この際どちらでもいいか餃子レモンサワーを一緒に味わいたいし、

天海祐希さんが沢村一樹さんに

からレモンサワーがあうじゃん!って力説したいわ。

あれはから揚げだったけど。

でもさ、

居酒屋とかである

わりと脇役的な餃子より、

うちは餃子だけでやってますけど、それが何か?と言うぐらい、

うそれは餃子王将なのか大阪王将なのかはどちらでも由来の元は知らなくていいんだけど

元祖とか本家とか真打ちとか

そのぐらい本格的な餃子専門店

焼きたての餃子

やっぱり餃子は喉ごしだね!って

餃子のことを知ったかぶって一丁前にあらよっと言ってみたいわ。

食は王将にあり!

餃子1日100万個!

食は万里を越える!

って言って最後に食べ終わりましたーってドーンって銅鑼を鳴らすの。

散々餃子レモンサワー食べて飲んだのに

伝票見たらお会計906円とか!

しかも税含まれてるし。

もう丸ごとこの餃子専門店お店ごと買えちゃうんじゃない?って勢いで

油ぎったいい感じの年季っぷりな床でトリプルアクセルを飛びそうになったわ。

うふふ。


今日朝ご飯

最近やっぱりエビ流行ってるのかしら?

エビサンド見かけたので買っちゃいました。

エビサンドタマサンドです。

最近出た本で卵とパンサンドイッチのムック本があって、

もうタマサンド好きにはたまらなく結構ツボった内容で、

私も思わずタマサンド美味しいのが作れちゃうんじゃない?って思うぐらい。

ぜひ書店で見かけたら表紙だけでも見てみてね。

デトックスウォーター

ホッツ緑茶ウォーラーしました。

朝のホッツ緑茶ウォーラー作ったついでに

ボトルにそれつめて持って行こうと思ったけど、

家に置いたままでもってくるの忘れちゃったわ。

帰ってから飲みます

きっと良い具合の頃合いのぬるさね。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2018-12-04

まだまだ続くソロモン

anond:20181014140033

エンプラを戦力化/旗艦設定してから挑んだ5章が先日終わった。

今は彼女ウェディングドレス姿を眺めつつ、三幻神の育成(クリーブランドは準備完了ヘレナ育成中、ウィチタ入手のための凸資材集め中)にめどが付いたら、いよいよソロモンの締めくくりと言われる6章に行く予定。

比叡・霧島綾波夕立と、怖いお姉さんたちが闇夜で手ぐすね引いてる海域とか、普通に死闘だよな多分。

いや、気が変わって今すぐ6章開始も十分ありうるんだけど、その前にどうしても引っかかることがあり、三幻神育成もその一環。


なにが気になるって、このゲーム重巡微妙じゃね?

ちなみに重桜の子重巡に限らず1隻も使っていないので、彼女らを起用したらまた感想は違うんだろうけど、その他の陣営重巡に限って言えば、軽巡エディンバラ級やクリーブランド級といった「軽巡の皮を被った重巡」や、対空砲アトランタ級を前にして霞んじゃってるというか。


まず鉄血の子らだけど、憧れのドイッチュラント入手に「ありがとうございます!」と超火力を楽しんだのも束の間、軽巡以下?本当に中装甲?というヤワさに戸惑い、一方でプリンツ・オイゲンは「硬いだけ」と、癖が強すぎる件。

まあドイツ海軍屈指の武勲艦でもあるアドミラル・シェーアは多分金レアで来るんだろうから、それが鉄血重巡真打ちなのかもしれないが。

次にユニオンロイヤル

ヨークちゃんポートランド姉妹も強いは強いが、それ以上に中途半端器用貧乏?な感が否めないし、実際MVPは僚艦のベルファストラフィーに持っていかれているわけで。

これは装備の違い(徹甲弾榴弾)もありそうだけど。


とはいえ使えないと思うほどではないし、正直重巡枠は彼女ら以外に選択肢がないのも事実なので、いずれにせよ彼女らの使い方に工夫せざるを得ないわけだが…。

2018-05-26

俺の出会った痴漢変態性犯罪者を紹介するぜ!

まずは5歳の時!友達の兄(中学生)だ!ド田舎で親同士も交流があり、親の用事について行くことも多かった!ある日親同士が話している間、別室で友人の兄に遊んでもらったぜ!正直ないい子だった俺は帰ってからその時の話をしたぜ!

「あのねーKちゃんのお兄ちゃん遊んだよ!ちんちんにチューした!」

その後親にその家に連れていかれることはなくなったぜ!!

次は小4!下校途中に車から声をかけられた!「吉田さんの家はどこかわかる?」たまたま知っている名前だったので教えてやったら「いいもの見せてあげるから手を出して」と言われたぜ!

なんとなくヤバイ気配を感じ「知らない人から物をもらったらダメって言われてます」と言ったら「見せるだけだから、手を出して」と食い下がりやがったぜ!しぶしぶ手のひらを見せると「もっと手を伸ばして」と言ってきやがったのであーこれはアウト!すみませーん知らない人から物をもらうのだめなんですー!と叫んで逃げたぜ!見せるだけって言ってたけどまあうまい断り方が見つからなかったんだよ何しろ小学生だしな!!

中一!当時は市街地に出かけるとき制服着用が義務だったのでセーラー服を着て友達と出かけたぜ!ワゴンを見ていたら後ろからおっさんがぶつかって体を押しつけてきたぜ!別に混んでもいないのに変なおっさんだ!家に帰ったらスカートになんか白いものがついていたぜ!!!

中二!図書館だ!ソファで本を読んでいたら隣におっさんがやけに密着して座ってきたぜ!立ち上がって本を置きに行ったらおっさんもついて来たぜ!最初は偶然かと思ったけどどの棚へ行ってもニヤニヤしながらついてくるのでさすがに気持ち悪くなって帰ろうとしたら同じエレベーターに乗ろうとしてきたぜ!すかさず階段で走って逃げたぜ!

なおこの図書館トイレはその後、痴漢が潜んでいたということで改装されたぜ!あの時のおっさんかどうかは知らないぜ!!

まだ未成年時代かよ!なげーな!大人その1!自転車でずっと後をつけてきて家の前で服を思いっきりひっぱってきた外国人!このままアパートに入ったら部屋が割れるやべーぜ!気迫と曙似のぶつかり合い!こっちがチンピラ口調で凄めば向こうは自転車ハンドルを曲げてくる!こんな時は大声だ!視線をそらさず睨みつけたまま声だけは黄色悲鳴!効いてる!たじろいだ!おっと向こうの家からちょうどいいタイミング業者が出てきたぜ!「すみませーん変な人がいるんですー」曙似、逃走!その後通報したが捕まったとの報告はないまま引っ越ししまった!無念!!

その2!コンビニで深夜にバイトしてたらちんこ丸出しのお客様がいらっしゃいましたので車のナンバーを控えて丁重通報させて頂きましたぜ!数ヶ月後に交通違反きっかけで逮捕されたぜ!確認写真を見たら俺が描いた下手くそで雑できったねえ似顔絵そっくりで俺SUGEEEE!!

その3!コインランドリー洗濯してたらおっさんが外でちんこしごいてたぜ!しまった携帯忘れたか証拠写真も撮れないぜ!迂闊!その後交番に行って届けを出したけど若い巡査の描いた似顔絵がやけに小綺麗だったので捕まらなかったのはその似顔絵のせいだと思ってもいいかな!!

あとバイト上がり早朝のひったくり外国人10分ほど追跡後逃げられる、自転車タイヤちゃん空気を入れておけばよかったぜ!)とかちんこ丸出しのまま高そうな車で後をつけてくる兄ちゃんとか図書館PCネット見ながら机の下でガタガタやってる本格的にやばいやつとかいたけど省略するぜ!!というか人前でちんこ出したがる奴多すぎだな!?

さて真打ちだ!隣の部屋の住人!ある夜帰宅したら部屋のドアに紙切れがはさまっていたぜ!

「隣の部屋の者です。メアド教えて下さい ナントカナントカ.jp

対処に困っていると隣の部屋のドアがそっとカチャ…と開く音…俺の部屋のドアの前にいる気配…メモに気がついたか確認しているようだ…ふたたび隣の部屋のドアの音…帰った…

こえーーーーよ!!!!!

もちろんメールはしていないぜ!!!

なお、その後この隣人は深夜にピンポン鳴らしたり深夜から早朝にかけて大声で脳内の誰か相手暴言を叫ぶのを繰り返して何度も警察沙汰になったり自分救急車を呼んで部屋から出てこなかったりした挙句つのまにかいなくなった!今、その部屋には警察官が住んでいるぜ!!お疲れ様です!!!

2018-04-16

[] #54-4「誰も期待していない宗教裁判

≪ 前

「今なら キリスト教との コラボキャンペーンも」

それは、どういった層向けのコラボなんだ。

「それってカトリック? プロテスタント?」

疑問点、他にもっとあるだろ。

「私の言っているキリスト教は 『キリギリスストライキ教』のことで イエスのあれのことでは ないです」

ダメだ、理解ツッコミも追いつかない。

「ふーん、まあ、いいや。次は僕が……」

みんなが免罪符の入った機械に群がる。

別に免罪符効果を信じているからじゃない。

そもそも信仰心がないから、みんな興味本位でやっているだけだ。

でも、傍から見れば金をドブに捨てている人間が寄り集まっているのは変わりない。

バカ人間も、バカのフリをする人間も同じだという状況に、俺は恐怖を感じた。

何より理解できなかったのは、彼らの多くは金を捨てた先が綺麗な川だと錯覚しているわけじゃないってことだ。

なのに、それをどこか楽しんでいる節がある。

これが宗教の力なのかは分からないけど、こんなもの現代社会で普及させたらヤバいってことだけは分かる。

やっぱり宗教ってロクでもねえ。


まあ、そういった興味本位を優先した欲求というものは、すぐに解消されることが多い。

実際、多くの人は一回やっただけで満足している。

後は、せいぜい他人がどんな免罪符を引き当てたか眺めている程度だった。

生活教の信者の9割は面白半分でやっているだけなのだから、当然といえば当然だ。

だが、どこにでも奇人変人はいる。

そう、残りの“1割”だ。

「うわ、また『信号無視』の免罪符だ~」

カジマが、かれこそ30回ほど免罪符を引き続けている。

興味本位でやるにしては、明らかに異常な回数だ。

「マズいな。カジマのやつ、『熱中病』にかかっている」

この、残り“1割”の人間には信仰心がある、ってわけじゃない。

『熱中病』を患いやすい人たちなんだ。

『熱中病』は、森羅万象あらゆるものに対して発病の可能性があり、何事にも“熱中しやすく”なってしまう。

こうなると、本人もどこかでやめたほうがいいと思っているにもかかわらず、やめるタイミングが分からなくなる。

サイドブレーキできっちり止めなきゃいけないのに、それが不調を起こしているわけ。

大半は軽微な症状で済むケースが多いけど、カジマのそれはかなり重症だ。

サイドブレーキ、下手したら通常のブレーキまでやられちゃっているように見える。

「あ~、また『非合法にアップされた動画を観た』の免罪符っすか~」

「ダブっても大丈夫 同じ免罪符で掛け合わせると 効果が上がります

「なるほどお。無駄にはならないっすね」

いや、最初から目当てのものがすぐ出てくれたり、ダブらないようになっていた方が無駄にならないだろ。

結局、それを誤魔化しているだけじゃないか

というか、「効果が上がる」ってのも意味が分からないし。

「じゃあ、もう一回……」

それで納得して、またやり始めるカジマも大概だ。

これは、無理やりにでも止めないとマズいかも。

明らかに正常な判断が出来なくなっている。

俺たちが止めようとしたその時。

「そこまでです!」

やっと真打の登場。

本物の教祖のお出ましだ。

……便宜上そう呼んだけど、『本物の教祖』って信者っぽい表現で癪だな。

次 ≫

2018-03-14

林家の襲名ごたごた騒動記事トップブコメに「正蔵世間の人が思ってるよりは落語上手くなってると思う」というのが上がっていたけど、あくまでも、パブリックイメージよりは、というだけなんじゃないか

もちろん個人の感想ではあるが、決して面白くはないことはお伝えしておきたい。

三平については落語ちゃんと聞いたことがないから分からないが、笑点を見る限りでは、フラがある分むしろ兄貴よりましなんじゃとすら思ったりする。まぁ、しゃべりが下手な落語は聴いてるのが苦痛、みたいなこともあるから、兄と弟どっちが、というのは分からんそもそも好みの問題は大きいが。

ごく個人の感想として、正蔵のは、聞かせたい噺では平坦で退屈、ゲラゲラ笑うはずの噺ではマクラも滑ればテンポいまいち、泣かせたい噺では眠くなる。しゃべりのもそもそとした癖は直らず聞きずらい。当増田とは相性が悪いというのはもちろんあって小さくはないが、いよ!名人!と褒められるもんではないと感じる。

記事でもふれられていた協会分裂騒動については、落語ちょっと面白いなと思い始めた頃に当増田落語指南から聞いて薄ら知り、そして「うーあ、面倒くさそう…」という感想になり寄席から足が遠のいた。ミーハーな半可通からすれば割とどうでもいいことで、そんなことよりもっと面白い噺を一つでも多く聞かせろ、という感覚であった。若かったし。すまんね半可通で。

そういう中でも、浅草やら小さい小屋やらに足を運んだ結果の感想は、協会真打は、満足納得な大名からこれで真打??までバリエーション豊富!というものだった。なので、圓生性格は相当悪かったらしいね。だから造反されたとかなんとか)の言わんとすることも分からないでもないなーというのは正直言ってある。あれ?つまんねえ、しんきくせえ、といった年だけとった真打落語家とか、割といるんですよ(個人の感想です)。

ミーハーな半可通としては、寄席を通しで見て、わはは、おもしろ!と思えるのと、そうじゃないのと、おもしろくない…(怒)というのの比率は、2:7:1ぐらい。アタリくじが2割というのは、くじなら凄く割が良いが、笑いに来ていて2割しか笑えないというのは、ちょっとこう、困る。ダウンタウン松本が言っていたように「笑いたいのの笑わせてもらえないと、逆に腹が立ってくる」状態になることもある。

最近落語ブームで、東京小屋も賑わって、有名・人気落語家の独演会なんかは瞬間ソールドアウトなんてこともあったり、小さな落語会に若い人が沢山、なんて状態ではあるのだが、もし、落語ちょっと興味あるなという初心者の人がいるなら、寄席よりも、確実に面白いとお約束できる(評判の)落語家の独演会チケットを事前に取って、落語体験をしてほしいと思ったりする、ミーハーな半可通増田なのである寄席あんまり面白くないのが続いてくると、二度目は当分いいかなってなったりするしね。

ブームのおかげで質の良い落語会も増えているし、落語楽しい熱が再燃している最中であったのだが、内輪の騒動ミーハーな半可通に通好みに説明されても鼻白むだけで、いやーこっちはミーハーな半可通なんで、そこまで忖度するつもりもありませんよ、と、また寄席から足が遠のくなぁと思ったりする。

2017-01-17

ニューダンガンロンパV3ネタバレ無しで評価する

自分ブログを持っているわけでもないので雑記程度に。

ゲームとしてのダンガンロンパ最新作だったV3ですね。えー、やりました。もう結構某所とかで言われてるみたいなんですけど最初に私も同じこと言います

オチが酷い。

プロローグ、1章〜6章、エピローグといういつもの構成だったんですが正直申し上げますと5章終了ないし6章クロ当てまで進めたらそこでプレー辞めることを推奨します。それ以上進めると「それ以前のダンガンロンパシリーズ記憶」を破壊されますマジで。書き換える、のがわかりやすいかな〜ゲーム内容的にはな〜...

V3は新章で別だって言ってたじゃん!」との声、普通にあると思います。私もその情報が事前にあったのでアニメ3でぐちゃぐちゃになった世界とは別!と思い購入しました。"嘘"がテーマであることで物語がどのような発展をみせるのか気になりましたし。単純に偽証システムが見てみたかったのもありますが...

率直に言うと「世界観一新」は"嘘"ですね。ダンガンロンパチームの。だからといってシリーズ経験者にお薦めできるかというとNOですし、しか新規が入りやすいわけではなく踏みいれれば過去作のネタバレ価値不法投棄を目の前で行われることになります。端的に言ってお薦めできません。とある人物周りの伏線回収も現状ではずさんだったとしかいえないでしょう。

受け止めかたの問題だ!冷静になれば面白い!とかい意見に対しては、6章クロ当てからの一連の流れは製作からの悪意がふんだんに織り交ぜられているために絶望よりも不快感がこみあげてくるものになっていて、肝心の伝えたかったであろうテーマにまで泥を塗る結果になっていた、とだけ言っておきます。私個人としては様々な不可解な状況証拠から"黒幕台詞は多くが嘘"という結論に達したので全否定するつもりはありませんが、確実な真実への道程を作中で示さず全てをあやふやなままで終わらせた時点で世に出す作品として中の下だったということは変わらないと思います

では問題オチ以外、つまりプロローグ〜5章まではどうだったかといいますと、過去作に比類する出来だったのではないかと私は考えますトリックに一部引っかかりを覚える部分もないとは言い切れないのですが基本的破綻せず進行しているように感じました。キャラ描写は...その......勿体ないな〜と思わなくもないのですが通信簿があることを踏まえれば5章までは良作の部類だったかと。5章まではね...イヤほんと5章で終わっておまけ要素解放されてたら雑な神ゲー認定してたな......気に入ったキャラ結構いたし.........

いつまでもシナリオの話しててもしょうがないので学級裁判システム周りについての感想にいきたいと思います

まずは今までのコトダマ論破に「V論破/賛同」が追加されました。R長押しで精神集中すると色つき主張に「ウィークポイント」となる赤い点が浮かび、そこを上手く撃ち抜くとV論破達成となり、得点があがるという本作のアクション成分をアップさせる要素となっていますさらに直後の台詞等も少し変わる...らしいのですが2周めをまだしていないので詳しくはよくわかりません。

次に「コトダマの偽証」。△長押しで選択されていたコトダマを"反対の意味"のコトダマ(=ウソダマ)に変えることができる要素が追加されました。このウソダマを正解となる相手発言に撃ち込むことで「偽証」が成立し、停滞した議論開拓の道を示すことが可能となります。もちろんこれも「V偽証」することができます

ウソダマを使用するにはデメリットがあるものの正解に撃てば帳消しになるので、タイミングがわかれば気軽にでき適度に学級裁判を盛り上げてくれました。まぁだからといってそれでシナリオの大きなルート分岐もなければ事態の核心に迫れるわけでもないので勿体ない使い方してるなとは思いましたが......

議論スクラム」について。参加者内で意見が2つに割れ裁判の円滑な進行が阻害されたときに発生します。その時点での各キャラクター立ち位置意見が全てわかるうえ、相手意見パズルのように合致させまとめて論破できるので爽快感が強く、また台詞間の幅が主人公の味方側キャラへの名前呼びかけで無くなるためテンポが非常に良くなっており臨場感も味わえるというとても面白いものになっていました。過去作でも是非やってみたかったとまで思える要素だったので、ここは評価されていいと思います。ここだけでしか見れない横顔が綺麗に見れるのもポイント

パニック議論」に関してはノンストップ議論が3つ並行して行い時折大声で主張する人が現れ他を阻害してくるという、スタンダードながらも場の騒々しさが伝わってくるもの面白さがあったように思いますアクション難易度があがる場面なので、このときに上手くV論破が決まると達成感も得られました。

「発掘イマジネーション」は単なるモノリスなので割愛。あとは「ブレインドライブ」と「理論武装」ですが...どっちも微妙だったな、としか

ブレインドライブ」はレースゲームの時点でゲーム性は限られていましたが、スキルを取らないととにかく冗長なだけで単調でした。カジノ版みたいにアイテムが道端に落ちていればアリだったかもしれません。道路デザインネオン街は本編と何の繋がりもないけどお洒落で好きです。繋がりないけど。

理論武装」はリズムゲーにしては音に併せるとmissするという目押しゲーなのにもかかわらずその目押しゲージをお邪魔の隠しで潰してくるという割と意味不明ものでした。これもスキルをとればマシにはなるのですが、この要素の都合上裁判クライマックス付近で発生するものなので真相への疾走感の障害しかなっていなかったなぁと感じます

反論ショーダウン・真打」は正直なところ前作のほうがやりやすかったです。これもV斬りを狙えるのですが操作性の都合でとても難しくなっていました。

思いつく限りではこんなところでしょうか。あくまネタバレしなので詳細はありませんが感想としては以上になります。無論これは個人差があるのでこの意見が全て他の人にとって真実とは言えないはずですが、私のなかでは嘘ではないので、この日記に目をとめてくださったかたのひとつの目安になれればと思います

2016-04-02

http://anond.hatelabo.jp/20160402133410

実際に刀剣を頼んでみると、確かに予備というか、何本か打って、その中からいいものを選ぶのは間違いない。

選ばれなかったものを影打ちと呼ぶのも間違いない。

でも、選ばれたもの真打ちと呼ぶ習慣が無いんだよなぁ。

wikipediaの「真打」ってもしかして

他のネット辞書には落語家意味しか乗ってないのにwikipだけ、刀を打ってとか云々とか「影打」とか書いてあるな。しか要出典だし。

これ、オタクるろうに剣心ウンチクを書いたんじゃね?

2016-01-10

グランディアのスーとの別れは泣いた

グランディア世界の果てを超えるシーンは素晴らしい。それと、スーとの別れも印象的

スー(8)は主人公ジャスティン(14)の幼なじみ子供のクセに「ジャスティンには私がついていないとね」的なことを言って保護者ぶるBJピノコポジション

スーはジャスティンと一緒に旅に出て、世界の果てを越えた後も旅を続けるが、ムリがたたり寝込む。自分子供でジャスティンたちの足手まといになるからパーティー離脱を決意。ジャスティンはならばと先へ進むために取ってきたはずの転送アイテムをスーを故郷へ帰すために使うことに

その別れのシーンでプレイ当時、自分ボロボロ泣いて、今もちょっと調べてまたホロっとした

冒険途中でフィーナ(15)という真打メインヒロインが仲間になって、バトルでもスーの影が薄くなるんだけど、スーからするとフィーナみたいな圧倒的才能を隣にするプレッシャーは相当だ

増田が「上手が怖い」という流れでグランディスの話を始めたのでスーとの別れが出るかと期待したけど出なかったので自分で書いた

それでも、スーはジャスティンが居なければ世界の果てを越えてその先を見ることはなかったことも事実

世界の果てのその先へ冒険創作に喩えるなら、冒険者には様々な支援必要で、金銭的なものはもちろん、作品発表直後のポジティブフィードバックが一番精神的支えになるという言は多くの創作から聞く

スーはED後美しく成長し故郷でジャスティン、フィーナ達を待つ「港の女」ポジションに収まっているけど、こうして何者にもなれずにボンクラに年を経た自分でも「港の女」になれるなら、それはとても嬉しいことだと思う

ちょっとだけでも一緒に冒険した想い出が、冒険譚を語るその舌を少しだけ滑らかにし、彼らが次の冒険へ進む一歩の僅かな助けになるのなら

http://anond.hatelabo.jp/20160109222302

2014-04-25

少子化対策のような政策課題解決アイデアに、数億円単位の賞金付けたコンテストしろ

★優れたビジネスアイデアコンテストする「ビジネスアイデア大賞」なんてのはないのかな?

 以前自分は「メガキャリアエアラインの、男女お見合いシート」なんてアイデアを思いついたが

 http://anond.hatelabo.jp/20130924163013

 我ながら結構いい線付いていると思うのだが。

★更に進めて、「政策課題解決大賞」なんてのを、役所公募してみたら面白い

 「耕作放棄地解消のアイデア募集します、最優秀賞には1,000万円」

 「メタボ検診の受診率アップのアイデア募集します」

 「振込み詐欺撲滅のアイデア募集します」てな感じ。

★「政策課題解決大賞」の真打ちは、なんと言っても「出生率改善アイデア大賞」だろう。

 最優秀賞の賞金を1億円にしてくれるなら、自分会社退職して本気で考え、応募する。

福島第一の冷却手段を、なりふりかまわず公募してた、というのがあった気がする。

 それ位の必死さで、出生率改善アイデアを「公募」してもいいような気もする。

★或いは、「5年間で、もっと出生率改善した自治体に、交付金10億プレゼント」として、自治体同士で競わせるとか。

 都市地方も同じ土俵だとナンなので、

 「東京特別区の部」「政令指定都市の部」「20万以上市の部」「20万未満市の部」「町村の部」でコンテスト

★賞金次第では、民間シンクタンクの類が、必死になって出生率回復アイデアを出してくるだろう。

 ドーンと賞金100億に積み増せば、電通博報堂辺りが本気になる。

 「実際にパイロットテストしてみて、効果があったアイデア」に大賞賞金100億円を授与

★結局、今までの少子化対策が全て空振なのはアイデアを出す・実行する「インセンティブ」が役所自治体側に皆無だったこと。

 現ナマを積み増し、民間シンクタンクアイデアも借りれば、もっといいアイデアも出てくる。

 つまり、「アイデア出しのマネタライズ」を図れば、斬新なアイデア民間から沸いて来るのでは?

 「女性手帳を作ります」的な予算余裕があるなら、もっと真っ当なアイデアを賞金付きで募集した方がいい。

 

2013-10-22

http://anond.hatelabo.jp/20131022111104

なんで、誰が作ったか?が副次的要素なんだよ。

同じ作者でも習作もあれば真打ちも有るだろ。

作者に興味をもつのはいい事だと思うが

作者に興味を持たないこともまた自由だ。

 

この作品の作者はXXの作品の作者と説明されればほーとは思うが。

基本的には、そういう予断なく見るよ。

 

どんな有名な作家が作ろうが、無名作家が作ろうが、

良い物はいい。愚作は愚作。

作家を追いかけるというのは1つの楽しみだが、作品を追いかけるのも1つの楽しみだ。

それに、他人がどんだけ優れていると言おうが、自分ダメだと思えば、自分にとってはダメな作品だ。

コンテンツなんだから、好きに見ればいい。

2013-08-18

パシフィック・リム眠い

パシフィック・リムを見てきた。

本来なら言うことはない。夏らしい平凡なポップコーン映画だった。

ただ、ネットの一部界隈では、映画監督姑息イメージ戦略にアテられたのかなんなのか、過大評価すぎるものが多く見えるので、細々と感想を書き連ねてみる。

パシフィック・リム怪獣大図鑑

映画監督が円谷ファンを自称しているらしいので、円谷のビデオソフトで例えると、パシフィック・リムは、怪獣大図鑑みたいなもの。(ウルトラマン戦闘シーンのみを編集したプロモーションビデオ

怪獣が暴れる映像のために他の全ては下敷きか犠牲になってる。ひたすら怪獣、巨大ロボ、衝突、破壊、爆発の繰り返し。

それらのアクションシーンには、見どころが沢山ある。細部までしっかり意味ありげにデザインされたロボットの造型。重量感。一進一退の攻防が次から次へと展開する。

人達を集めて、談笑しながら見るのなら、かなりいい作品だと思った。

ただ、それ一辺倒なので真剣に見るのには向いていない。映画館など黙って鑑賞せざるを得ない環境だと、ワンパターン過ぎて睡眠誘導になりかねない。

間というものが皆無だ。心を落ち着けて、さあこれから山場だぞ!というシーンなど無く、パチンコ屋にいるような騒々しさが延々と続く。

終わってみれば、心に残るもの特に何もない。

ウルトラマンとは違って、テーマ性は薄い。ドリフトというシステムで取って付けたようなお題目はあったものの、じーんと心に響くものではなかった。

怪獣個性がない

円谷ファンを自称する監督だが、本作に登場する怪獣には円谷作品のような多様性は一切ない。

全部クローンであるという設定と、欧米説得力の問題でああなったのかもしれないけれど、どれも土気色に水色の体液でカラーリングが一緒で、形態には差異があるものの、画面の暗さとそれに溶け込む暗い色のせいで大した差を見いだせない。

最終決戦には3体もの怪獣と同時に戦うことになるのだけど、そのときにはもうどれがどれかわからない状態になってしまった。

最後真打ちとして登場した3体目は、カテゴリー5(今までは4止まりだったのだろう、未知のタイプだ!と司令部が騒いでいた)と呼ばれていて、さぞスゴイ奴が出てくるのだろうと思ったら、気持ち大きいだけに感じる上に、乱戦してるうちに見せ場もなくボロボロになってしまった。

何のために盛り上げたんだ!

最終決戦のほうがしょぼい

本作では上記のように戦闘シーンに特化した結果、オリジナル作品にも関わらず原作ダイジェストを見ているような忙しなさを抱えることになったが、その対価として、大ボリューム戦闘シーンを2回もこなしている。

ただひたすらカッチョイイロボとでかい怪獣の戦いを表現したいというのなら、間違っていない選択だと思った。

ただ、なんで最後舞台を海底にしちゃったんだろう。

海底に開かれた次元の扉を閉じるために、主人公たちのロボットは海底を歩いて進み、そこを守る怪獣最後の決戦を繰り広げるのだけど・・・

深海なので画面が暗く、水中なので動きは鈍い。敵が3体でてくるものの、暗さと没個性が相まってただごちゃごちゃ戦っているだけという印象。

地上での戦いだけで良かったのではないか。前半のほうが凄く感じただけに鈍い上に乱戦でグレードダウンした感のある最終決戦は、視聴者にとっても集中力限界との戦いだった。

日本人キャラ差し込んだ弊害

マーケティングの一環なのかなんなのか、監督日本に対する愛情の現れなのかはわからないけれど、本作には日本人俳優メインヒロイン役として参加する。

現代ヒロインを演じた菊池さんのほうは、海外俳優に混じってなお遜色のない演技をしていた。吹き替えだと声が林原めぐみだし、かわいい

ただ、問題は子供時代回想シーンで。芦田さんという日本屈指の子俳優が演じたのだけれど・・・

最初フォローとして、泣きながら逃げるだけな上に、実在しないCG相手というハードルの高い演技であったろうことは言っておくとして。

ロングカットをほぼ彼女一人でやらせるのは荷が重かった。

日本トップクラスの子役と言えど、いざ洋画にでてみると、世界の子俳優の足元にも及ばないのだなということがわかる。

最後斜陽を背負うイェーガーを見上げる場面になると、お遊戯感が炸裂する。

”眩しくて顔に手をかざす”という行為感覚を理解していないのだろう。あのシーンだけ、最近ありがちなCGギトギトのダサい邦画を見ている気分になった。

ポップコーン映画として

全体的に見て、僕はこの映画は好きだ。

映像はやっぱりすごいとおもったし、音の使い方も凄く良かった。

主人公機が画面中央に現れるときには決まって「デューン」というジングルみたいな物が入るのだけれど、あれのお陰で暗くごちゃごちゃした画面でも、すぐに主人公機だ!カッケー!という気分を呼び起こしてくれるので凄く乗りやすかった。

ビデオを借りてきて家で見るのなら、下手な名作系の映画よりも満足感を得られる内容だろうと思う。

でも、最近ネットで見られるレビューのたぐいは、流行に流されて一辺倒になっている雰囲気がある。

まりに勢いがありすぎて、この映画面白く無いやつはわかってないという上から目線めいたものも見受けられる始末。

本作はそこまでのものじゃない。ただ映像がかっこいいだけの、ポップコーン映画だ。

この映画を見て満足感が得られなかったとしても、当然と思えることは上に書いたように沢山ある。

おそらく、監督は円谷作品のファンということを大々的にアピールしていたことが出火元のひとつであるように思うのだけれど、

それで釣られた人たちは、この映画を見終わって果たしてどう思うだろう。

環境汚染だとか、人類が力を合わせるだとか、円谷っぽいお題目かいつまんではいた。

でも、それだけだ。自分には、監督は一体円谷作品の何を見ていたんだ?としか思えなかった。

2012-05-31

http://anond.hatelabo.jp/20120531195048

私も大学生の頃、優等生クラブ好きでしたよ

夜中までラジオつけて勉強してると、テレビじゃ流れない様な面白い音楽がたくさん流れてて

面白いクラブ情報なんかもたくさん入ってきて

ただただ楽しそうで憧れて、何度か通いましたよ

通ううちに、適当に入ると酒が恐ろしくまずいことや煙草臭い事、服が汚れる事、

早めに始まるパーティーでも、大本命の真打ちは12時を回る頃からしか出ない事、徹夜がそもそもきつい事なんかに気がついてだんだん通わなくなったけど

あーあと、トイレの壁に「覚せい剤麻薬を見つけたら通報します」って張り紙がしてあったのも自分がいる場所じゃない気がした

個人的には、現状の風営法をあてはめて終電がなくなってからの営業をやめてもらって

もっと早い時間に盛り上がれるパーティを企画してくれたらまた行くのに、って思う

2011-07-21

真打登場、と見てよろしいのでしょうか。

2010-04-08

カレギュウは"本物"だ

神田駅Suicaをフルチャージし、西口商店街松屋に入る。

店内で手を洗ったり、二十秒ほどトイレに行ったりしていたら、いつのまにかうとうととカレギュウを注文してしまった。

席について、食券を机に置く。

店員観察にも飽きて、壁の広告を黙読。ひとしきりセール情報を学ぶ。

退屈しのぎに牛丼価格変遷を思い返すが難しすぎる。店員の雑談中国語勉強

ふと野菜を食べたくなって、サイドメニューの生野菜を注文。

味噌汁が届く。七味唐辛子をかける。

舌にヒリヒリくる感じが実に心地良い。

注文を思い出して、簡単な暗算をする。

ちょっと手持ち無沙汰になって、また壁の広告を黙読。

それから味噌汁に戻り、またヒリヒリと味わう。

カレギュウが来た。

松屋は店員の教育が素晴らしい。

吉野家ではこうはいかない。

それだけで株価が高いのではないかとさえ思う。

もちろんカレギュウといえど肉がうまい

頼んでもいないのに味噌汁が出る。

カレギュウを書き込んでから、生野菜を食べ、また味噌汁を飲む。

ひとしきり食べてから、思った。

こいつは最高の朝食だ。

ありとあらゆる食材が、ここにある。

カレーが、肉が、生野菜が、そして味噌汁が、もう松屋専用に作り込まれている。

カレギュウをあとから出して、松屋大正解だった。

カレギュウを食べてから牛丼を食べると、実に窮屈で無理矢理な印象を受ける。

カレギュウ廉価版みたいなイメージだ。

漬物がなくて、甘くもない。

ほんの数か月前までは牛丼が駄目だなんて考えもしなかった。

だが、カレギュウを一度でも食せば、誰もが僕と同じ感想を抱くだろう。

つまり「こっちが本物」なのだということを。

むしろ牛丼は、カレギュウが登場するための伏線に過ぎなかったのではないか。

たぐい稀なる完成度を誇る実験食。真打はむしろカレギュウで、その前には牛丼はもちろん、全ての牛丼もどきが色褪せて見える。

なか卯親子丼があれば、牛丼はなくてもいいな」

コーイチはそう言っていた。

彼は根津に住んでる大学院生で、丼物にかなり詳しい。

漂流教室が、漫画歴史を変えた。

ホラーが一流の大衆娯楽として昇華し、世界中の人々のイマジネーションに強い影響を与え、それ以後のホラー漫画は、どこか漂流教室のようだった。

とすれば、松屋牛丼における漂流教室だ、と思う。

そして、カレギュウは、すべての食事におけるそれだ。

カレギュウ以後、わずか数年で僕の食生活カレギュウカレギュウ的なもので埋め尽くされるだろう。

もうつゆだく牛丼はいらない。

グッバイ・牛丼

それがカレギュウの次に開かれた世界だ。

カレギュウの具材にはまだ肉が必要だ。

けれどもそういう時代もすぐに終わるだろう。

おそらく大多数の人にとって、カレーで事足りるのだ。

カレギュウ以外のメニューを必要とするのは一部のプロだけになり、そういう食事さえもいずれはカレギュウ的なものにとって変わられるだろう。

松屋カレーがでたとき、あんなメニューじゃ満足できないという人がいた。

しかし実際には満足出来てしまった。

吉野家カレギュウはまだないが、それも時間の問題だろう。

一方、もうやってしまったのが一流のすき家である。

そしてカレギュウはすべての牛丼屋にそうしたいと思わせるのに十分な魅力を持っている。

新しい時代がここからはじまるのだ。

http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20100408/1270686618

2010-03-29

ニュースサイトの国:キチの旅 ~ねっと いず びゅうてふる

「入国希望者か?」

「はい」

「どんな噂をきいてきたか知らんが、ニュースサイトの国はすでに飽和状態だ。うまい汁を吸うつもりで来たならば引き返したほうがいいぞ」

「はあ、そうですか」

「……引き返す気はないようだな。ではこの国の滞在期間をきこうか」

「追い出されるまで」

「あ?」

「この国の人に追い出されるまでいたいと思います」

「……変わったやつだな。よかろうニュースサイトの国は来るものを拒まない。ようこそ最新情報の飛び交う世界へ!」

そう言ってガリガリに痩せたみすぼらしい男は芝居がかった姿で両手を広げた。

どう見ても入国管理官とは思えないその哀れな姿に、キチはありのままの疑問をぶつけた。

「あなたは入国管理官かなにかですか?」

「ん? 違うよ。私はネット評論家だ。主にニュースサイト論を取り扱う権威さ。あくまでボランティアとしてニュースサイトの国に訪れる人間忠告審査をしてい――」

セリフを言い終える前に、銃声が鳴り響き、自称ネット評論家ニュースサイト論の大家の頭に大きな穴が開いた。

即死である。

「また沸いてやがったかこのアクセス乞食め! 大丈夫かい旅人さん? こいつはニュースサイトを知らない一般人たくみに擦り寄って権威ぶる物乞いだよ。なにか妙な言いがかりをつけられなかったかい?」

「いえ、べつに」

「まったく今週だけで3人目だぞっ どこから沸いてくるんだこのゴキブリどもは…?」

「えーと、それで入国してもかまいませんか?」

「ああ、もちろんだ。WWW概念に基き出入り自由だ。好きにやってくれ」

銃を肩にかついだ男はにやりと笑うと、乞食死体を引きずってどこかに行ってしまった。

「では行きましょうキチ」

「そうだねヘルペス


旅人アンドロイド(注:ここではHMXシリーズメイドロボを指す)におんぶされながら人の多い市街へと入っていった。

「キチ、重いので自分で歩いてくれませんか?」

「見た目が愛らしい女の子メイドであっても、アンドロイド人権はないよ」

「思いやりに欠けるマジキチですね」

そんないつものやり取りをする旅人たちに、ニュースサイトの国の住人が声をかけた。

こんにちわ。あんたたち外から来た旅人さんだね?」

「はい、さっき入国したばかりです。あなたはニュースサイターですか?」

「ああ、そうだよ。ねえ、旅人さん? さっそくで来たばかりで悪いんだけど、何かいい情報はないかい?」

「いい情報……ですか?」

「そうさ、なにか外の世界であった最新のできごとを知らないかい?」

「……えーっと、あなたはニュースサイターなんですよね?」

「うん、そうさ。ちなみにニュースサイト歴2年だからベテランだね」

ニュースサイターなのに最新の情報一般人の僕にきくんですか?」

キチがそう問いかけると見る間にニュースサイターの機嫌が悪くなった。

「なんだよ新参のくせに。ベテランの俺に文句でもあるのか?」

「そういう訳ではないです。ただ僕はニュースサイトの国に来れば最新の有意義な情報が手に入るとばかり思っていましたので」

「はっ! これだから新参はっ もらうことばっかり考えて何も提供しないんだからな!」

「おいおいどうしたんだ、そんな大きな声をだして」

ベテランニュースサイターの男をたしなめたのは、4~5人連れの屈強な男たちでした。

「あっ!? ギガジンさんににゅーす特報さんっ それにKKGとロケットニュースさんとZAKZAKさんと探偵ファイルさんと秒刊サンデーの湯川とえーとそれから…ま、ま、まんげ?さん!」

「だんげです」

屈強な男たちの後ろにいた小男は不機嫌そうに訂正した。

「そう怒るなlazy。それで? その旅人さんとお前は何を揉めてたんだ?」

lazyじゃなくてごーるです……じゃなかった。だんげです」

「は、はぁ、実はこの新参ベテランの俺を馬鹿にしやがるんです。ニュースサイターの癖に情報に疎いなんていちゃもんを…」

「ははっ、まあ中堅のお前はちょっと情報に疎いかもしれないな」

「孫ニュースはどうしても情報の速さが足りないよな」

「あっ! ひ、ひどいっすよにゅーす特報さんと探偵ファイルさん!」

「よし、じゃあこのニュースサイトの国を仕切る俺達が、ひとつ旅人さんに最新の情報を教えてやろうじゃないか」

屈強な男たちは張り切った様子で、それぞれのノートパソコンを開きました。

「えーと……おっ! これなんかすごいぞ! 痛いニュースからの情報だがなんと鳩山総理が――」

「それはテレビで見ました」

キチははっきりと言いました。

「ははは、君は古代の遺物であるテレビなんて見ているのかい? うーん、じゃあこれはどうだ? V俺からの情報だがアニメありがちなことで――」

アニメに興味ありません」

キチははっきりと言いました。

アニメに興味はない!? じゃあ君は今日もやられやくを見ないのか??」

「なんですかそれ」

「うーん、それは人生の半分は損をしているぞ。そんな変わり者の君には――」

「ねえ、キチ?」

「なんだいヘルペス?」

ニュースサイトの国ではアニメというものを見ることが常識なんですか?」

「さあ」

キチは興味なさそうにこたえました。

「おっ! これはなんかすごいぞ! 見ろよ猫の画像だ!!」

「わっ! 可愛いっ もふもふしたいっ!!!

別のニュースサイターが妙に高い声で歓声をあげました。

「興味ありません」

「猫が嫌いなのか!? じゃ、じゃあこれを見ろ!」

屈強な男の一人がノートパソコンの画面をキチに押し付けてきました。

ネタミシュ……いやネタタマという面白画像サイトだ! 君の興味があるタイトルクリックしたまえ!」

「すいません、僕は有意義な情報が欲しいのですが」

「有意義? あっ! わかった! そういうことか! 君は実用的なものを求めているんだな?」

屈強な男はにやりと笑うとパソコンを少し操作しました。

「これだな? 君が求めている情報はこれしかありえない」

そう言って見せられた画面には女の子強姦されている気味の悪い画像が表示されていました。

キラ速というサイトさ。なんならアドレスを教えてあげてもいい」

「……けっこうです」

「これもダメなのか!? じゃ、じゃあ後はもうハム速……いや、しかしあそこはいい加減ワンパターンにもほどがあるし…。あっ! アルファルファモザイク……は別にいいか」

「おう、引っ込めよ羅列ニュースサイト

「あっ なにをするー!?」

キチの前で一生懸命パソコンを操作していた男は首根っこを掴まれて吊るし上げられました。

2ちゃんねるネタばっか紹介しやがって。そんなもん最新の情報じゃねえ」

「そうさ。お前ら羅列は所詮お遊びニュースサイター。2ちゃんソースになるような記事を提供する俺達こそが真のニュースサイターなのさ」

「う、うわー!」

羅列系ニュースサイターはそのまま道端に放り投げられてしまいました。

そしてそのまま二度と起き上がってはきませんでした。

どうやら落ち方が悪くて、首の骨を折ったようです。

「さて、新参くん。俺達の情報はすこし刺激が強いが大丈夫かね?」

心臓が弱いならここで逃げ帰ってもいいんだぜ?」

キチはなんでもいいから早くしてくれ、と答えました。

「くっくっく…いい度胸じゃないか。では俺から。お前はおいしくなかったら代金を返してくれると宣伝されたハンバーガーを知っているか? 俺はあれが本当かどうかを試してだな――」

「それが有意義な情報ですか? あとあなたは人として恥ずかしくないのですか?」

キチの正直な感想に真のニュースサイターは怒り狂いました。

「な、なんだとキサマ!」

「はは、たしかに人として恥ずかしいよな。じゃあ次はまっとうな俺の情報だ。実は中国女子中学生でな――」

「それのどこが有意義なんですか? あとあなたは人として恥ずかしくないのですか?」

「な、なんだとキサマ!」

「ふふ、まったくだな。ここで真打の登場だ。まずはこの写真を見てくれ」

「……この写真の右下にあなたの所持するサイト名とは違うロゴがありますが無断転載ではありませんよね?」

「な、なんだとキサマ!」


それからニュースサイター達は次から次へと情報を教えてくれましたが、どれも下品で役に立たないものばかりでした。

中には真っ赤な嘘すら多くありました。

「……もう一度ききますが、あなたたちはニュースサイターなのですよね? 本当に?」

キチは静かに問いかけました。

「……荒らし!!!! こいつは荒らし!!!!」

「そうかこいつは荒らしだったのか!!!! どうりで俺達にいちゃもんばっかりつける訳だ!」

「あー! いるよな最近、こういうキチガイ野郎が! 頭おかしい奴が増えたっていうかさあ!!」

「せっかく俺達がネットを盛り上げてるのにこういうキチガイが沸いてくるとだいなしになるんだよ!!」

「出て行けよ!!! ニュースサイトの国は誰でも出入り自由だけど、荒らしは許さない!!」

いきりたつニュースサイター達は口々にキチを罵ります。

「皆さん、落ち着いてください。僕は荒らしではありません」

「じゃ、じゃあ釣り!!!

「そうか釣りだったのか!!! ど、どおりで低レベル煽りばかりしてきたわけだ!!」

生憎だったな釣り野郎! 俺達はその程度の煽りじゃちっともイラつかない!!!

「はは、お、俺なんて途中から釣りだと分かってたから笑いをこらえるのに必死だったよ!!」

「お、俺も俺も!! お、俺もわかってた!!!

だんげはぴょんぴょん飛び跳ねながら存在をアピールしました。

「あー、面白かったよ旅人さん。じゃあな。もういいだろ?」

「……分かりました。残念ですがこの国を出ることにします」

キチはヘルペスの尻を叩いて出口に向かうよう促しました。

「おい待てよ!! ちゃんと釣り宣言しろよ!」

釣りなんてしていませんが」

「ったく、これだから新参は…! 引き際をわきまえない釣りなんて見苦しいよ」

その後もニュースサイター達は延々と何かを言っていましたが、キチはとりあわずに来た道を引き返していきました。


「う……うぅ…頭撃たれたなう…っと。もうすぐ死ぬなう…っと」

ニュースサイトの国の国境付近に、最初に出会った乞食が打ち捨てられていました。

驚いたことに頭を撃ちぬかれているのに、まだ生きています。

「あ、あれ…? き、君はさっきの……?」

「どうも。ニュースサイターたちに追い出されてしまったので他の国に行くことにしました」

「そ、そうなの…? あ、そうだ。じゃあ君、その追い出された経緯をまとめて記事にしてくれない? そしたら僕がコメント付きで記事を紹介してあげるから」

「……いえ、けっこうです」

キチはきっぱりと断ると、ニュースサイトの国を去っていきました。

「ふ、ふふ、良いネタだ。新たに国を訪れた旅人が…一日と経たずに国外追…放…なう…」

乞食は最後の力を振り絞ってツイートすると、今度こそ本当に息絶えました。

「ねえ、キチ?」

ヘルペスは死んだ物乞いの死体を振り返りながら尋ねました。

「なんだいヘルペス

「どうしてあの国の人たちはニュースサイターと名乗っているんでしょう?」

「さあ…僕にはわからない。ただひとつ言えることは――」

「言えることは?」

「どんな肩書きを名乗ろうが本人達の自由だよ。本人が恥ずかしくない限りは、ね」

「単にリンクを貼るだけの人でもですか?」

「ああ。単にリンクを貼るだけの人でもだよ」

「くだらない記事や嘘丸出しの話ばかりするはた迷惑な人でもですか?」

「ああ。くだらない記事や嘘丸出しの話ばかりするはた迷惑な人でもだよ」

ヘルペスはあきれ果てた顔でため息をつきました。

キチガイじみてますね」

「そうかもしれない。だけど僕の名前だってキチさ」

「みんなキチみたいに分かりやすい名前を名乗ればいいと思うのですが」

「そうだね。少し分かりにくい名前や肩書きの人が多いかもね。でもキチガイって本来はそういうものさ」

「だからキチなんですね」

「うん。名前や肩書きに関係なくキチはキチなのさ」

そうごちるとキチは微笑みました。

ヘルペス背中に寒気を覚えながら、キチを背負い直し、再び歩き出しました。


終わり

2009-11-28

HTMLを体系的に理解するための7仕様

はじめに

最近マークアップエンジニア志望の若者と話す機会が多いのだけれど、そこで気づかされるのは、彼らの中に過去HTML(特に90年代以前の仕様)を読んだことのあるという人が、驚くほど少ないことだ。

例えば「マーク・アンドリーセンをどう思う?」と聞くと、「アンドリーセンって誰ですか?」という答えが返ってくる。「ヨスケの独自要素で何が一番好き?」と聞くと、「見たことがありません」と言われてしまう。「ではきみは、昔のHTMLを見たことがあるの?」と聞くと、たいていが「とほほでやっていたものくらいなら……」という答えしか返ってこない。

今の若い人の間では、HTMLを体系的にとらえようという人は少ないようだ。見るのは専ら近年の話題仕様ばかりで、歴史を辿ってみたり、系譜をひもといて標準化団体ごと理解しようとする人はほとんどいない。

これは、ちょっと由々しき問題だと思わされた。HTMLは、もう長いこと(90年代の早い時期から)インターネット王者としてあらゆるWeb関連技術の上に君臨してきた。だから、Webを作ることを仕事にしたいなら、何をするにせよ避けて通ることはできない。

HTMLは、表・画像・フォーム・音楽デザインフレーム動画など、さまざまな分野においてその時代々々に達成された最新の成果を持ち寄るようにして作られてきたところがある。だから、HTMLを読まずして現代のインターネットは語れないと言ってもいいくらいだ。

もし何かクリエイティブなことをしたいのなら、HTMLを読むことは欠かせない。また、単に読むだけではなく、それを包括的・体系的にとらえることも必要だ。なぜなら、HTML包括的・体系的にとらえることによって、現代のインターネットそのものを、包括的・体系的にとらえられるようになるからだ。そしてそうなれば、Webを作ることの道理や筋道が理解でき、何かクリエイティブなことをする上で、大きな助けとなるからである。

そこでここでは、昔のHTMLをほとんど見たことがないという人や、あるいはHTMLそのものもあまり見ないという人のために、これを見ればHTMLを体系的に理解でき、現代インターネットの成り立ちや実相までをも包括的にとらえることができるようになる、7本の仕様を紹介する。

ここで紹介するHTMLは、いずれも後のWeb業界に決定的な影響を与えたものばかりだ。これらが、HTMLという標準のありようや方向性を決定づけた。この7本を見れば、HTMLというのはどのようなきっかけで生まれ、どのような変遷を辿って、どのような足跡を残してきたかというのが、体系的に理解できるようになる。そしてそれが、世界インターネット利用シーンにどのような影響を及ぼしてきたかということも、知ることができるようになるのだ。

HTMLを体系的に理解するための7本の仕様

1本目『HTML 3.0』(1995年

まず最初は、ちょっと強引かも知れないけれど、第一次ブラウザ戦争前のHTMLをひとまとめにするところから始める。

80年代末にティムバナーズ=リーの発明したHTMLというメディアは、その後『HTML 1.0』(1993年)『HTML+』(1994年)『HTML 2.0』(1995年)などの仕様で次第にそのスタイル確立していき、マーク・アンドリーセンが一大産業として発展させた後、『HTML 3.0』に行き着く。そして幸運なことに、ここに集大成されるのだ。

ブラウザ戦争前のHTMLは、これ1本だけ読めば良い。このHTMLに、戦前HTMLの全ての要素(属性)が詰まっている。このHTMLを見れば、HTMLインターネット王者としての風格、スターという存在の大きさ、作者以上にブラウザが重視される「産業」としての側面、お尻Pから終了タグ省略可へ・文字情報から画像付きへと移り変わった技術革新の変遷など、戦前HTML史やWeb業界のありようが全て分かるのだ。

このHTMLの魅力は、説明し始めるといくら紙幅があっても足りないので、ここではその一端を紹介するにとどめておく……といっても、気の利いたことを言えるわけではない。『HTML 3.0』の魅力を知るには、まずは読んでもらうこと――これに尽きるからだ。そして、もし一度でも読めば、その魅力はたちどころに理解できるだろう。

HTML 3.0』を見て驚かされるのは、現在HTMLと比べても全く遜色ないところである。破棄されてから14年の時が経過しているが、現代人の読解にも当たり前のように堪えうるのだ。それは、逆にいえばHTMLというものは、今から14年前、つまりこの『HTML 3.0』が作られた時点で、様式として一つの完成を見たということでもある。

HTML 3.0』は、HTMLという標準が到達しようとした一つの極みである。それゆえ、HTML史というものは、『HTML 3.0』以前と以降とで分けられるようになった。これ以降に作られたHTMLで、『HTML 3.0』の影響を免れたものはないからである。

2本目『Compact HTML』(1998年

iモード世界HTML史に与えた影響というのは、一般に理解されているよりもはるかに小さなものである。日本人というのは、「日本技術世界に影響を与えた」というと、なぜか鼻高々と聞いてしまうところがある。「日本ガラパゴス」という言葉は聞いたことがあっても、「それって日本人過小評価しているだけじゃないの?」と、眉に唾をしてとらえるところがある。

しかしiモードは、真に日本HTML史を塗り替えたサービスの一つである。特に、このサービスの後世に与えた影響には、本当に計り知れない大きさがある。

iモードは、ドコモメインストリームだったポケットベルが、それまでの栄華の反動で深刻な低迷期に陥っていたPHS流行後すぐの時期、そんなポケットベルに取って代わって、日本で最も輝いていた携帯サービスであった。それゆえ、広末に見蕩れ世界HTMLファンたちは、iモードWebサイトを見ることによって、失われかけていたWeb制作の魅力を再発見することにもなったのである。

iモードは、没落したHDMLに変わってモバイルWebの命脈をつなぎ止めた、言うならば救世主のような存在であった。海外モバイル陣営が営々と築きあげてきたそれまでの栄光を切り捨て、日本の後代へと引き継いだ重要リレー第一走者としての役割を、HTML史において担ったのである。

そして、そのバトンを受け取った日本の若きWebデザイナーたちが、2000年代に入って雨後の竹の子のように現れたことで、モバイルWebは鮮やかな発展を遂げる。だから、もしiモードが存在しなければ、HTMLの様相は今とは違ったものになっていたかもしれないのだ。

そんなiモードHTMLバージョンはいくつもあるのだが、中でも特に多くのHTMLファンを――取り分け日本の若きWebデザイナーたちを魅了したのが、この『Compact HTML』である。この仕様の一番の魅力は、なんといってもその大胆に構築されたW3C Noteであろう。HTML史において、これほど拡張多く適当ディテールで構成されたNoteは他にない。そのためこのNoteは、これ以降無数に手本とされ、真似され、拡張されることとなるのである。

3本目『HTML 4.0』(1997年

正字仮名の影響を受けた日本の若き日記書きたち――言うなれば「CSSコミュニティ」――が頭角を現す直前のW3Cで、HTML史に乾坤一擲の巨大な爪痕を残した1本の仕様誕生する。

この時期、情報技術進歩によって、HTMLにもさまざまな新しいテクノロジーがもらたされていたのだが、それらを十全に取り入れたばかりではなく、縦横に駆使することによって、これまでとは全く違った国際化、全く違ったアクセシビリティ体験を生み出すことに成功したのが、この仕様HTML 4.0』を勧告したWorld Wide Web Consortiumである。

HTML 4.0』は、HTML史において最も革新的な仕様の一つとなった。この仕様に初めて触れた当時のWebデザイナーたちは、そのあまりの目新しさに度肝を抜かれた。そこでは、これまで全く見たことのないマークアップがくり広げられていた。そのため、これまで想像さえしたことのなかった全く新しいHTML体験を、そこで味わうことになったからである。

W3Cの果たした一番の功績は、テクノロジーHTMLを見事な調和をもって融合させたことだろう。例えばそこでは、「スタイルシート」という新しい技術デザインと、それでレイアウトされたページが閲覧者に与える独特の感覚というものを、双方ともに熟知していた。だから、それらを効果的に融合させることによって、全く新しいHTML体験を生み出すことができたのである。

この仕様HTML 4.0』には、そうしたテクノロジーHTMLとの融合が、至るところに散見できる。その数の多さとクオリティの高さによって、HTMLはここに、新しい時代の幕開けを迎えるに至ったのである。

4本目『ISO/IEC 15445:2000』(2000年

先に述べた「CSSコミュニティ」がWeb日記業界に論争をもたらすのは、2000年代に入ってからのことである。そして、そのきっかけとなったできごとの一つが、1947年生まれの非政府組織で、IECとも協力した生粋工業標準化団体であった国際標準化機構が、この仕様ISO/IEC 15445:2000 (ISO-HTML)』によって成功を収めたことである。

このHTMLは、単にJIS的に標準化しただけではなく、文化的な意味においても、フラットリニア構造の力を広く世界に知らしめることとなった。この仕様の成功によって、世界の人々は、レベル付けされた見出しの魅力の大きさを知る。そしてそれが、やがて見出しレベル分けが世界スタンダードとなり、誰もが当たり前のように使う状況を育んでいくのである。

またこの仕様は、CSSコミュニティそのものにも大きな影響を与えた。この仕様の成功に刺激を受けた才能ある若きコミュニティ住人たちが、その後立て続けに台頭し、いくつもの名サイトを生み出していくからである。

それらが相まって、やがてCSSコミュニティは空前の黄金時代を迎えることになる。その端緒となり、道筋を切り開いたのが、他ならぬこの『ISO-HTML』なのだ。

5本目『XHTML 1.0』(2000年

HTML 4.0』で繁栄の足がかりを築いたW3Cは、この仕様XHTML 1.0』によって、ついにその栄華の頂点に達する。そして、それを成し遂げたメタ言語も、W3C勧告のの一つであり、また『HTML 4.0』を作ったSGMLの改良でもあった、Extensible Markup Languageであった。

この勧告は、史上最も商業的に成功した仕様となる。そのためこれ以降、この勧告にならって商業バズワードを盛り込んだ仕様が数多く作られるようになり、しかもそれらが、実際に大きな商業的話題を集めていくのだ。すると、そこで生み出された多くの意見は、やがて再びW3C還元され、さらなる発展をもたらすことにもつながった。

そんなふうに、この仕様がきっかけとなってW3Cにもたらされた意見は、HTMLという言語を変革させていくことになるのだが、それに伴って、HTMLそのものにも大きな革新をもたらすことになる。

その変革も、他ならぬW3Cの手によってなされた。ここで『XHTML 1.0』の成功によって手にしたメンバーをもとに創設した文書マークアップの開発集団「HTML Working Group」が、より魅力的な拡張性を追求していく中で、やがてM12n(モジュール化)という技術の開発に至るのである。するとそれが、これまでのHTMLを一変させたのだ。

M12nは、HTMLに魅力的かつ効果的な特殊語彙を、DTDでしかも複雑怪奇にもたらすことに成功した。おかげでそれは、あっという間に世界から見捨てられていった。そのため今では、M12nの使われているHTMLを探す方が難しくなったくらいだ。それくらい、この『XHTML 1.0』がWeb業界にもたらした変革には、大きなものがあったのである。

6本目『XHTML 2.0』(2009年

2000年代以降、繁栄を謳歌したW3Cは、しかしその栄華の大きさゆえ、00年代中盤に入るとそれを存続させることに力をそがれてしまい、革新的な仕様はなかなか生まれてこなくなった。

しかし、そんな時代が5年は続いた00年代の後半になって、今度はその栄華のただ中で育った新しい世代のHTML WGメンバーたちが台頭してくることにより、再び変革の時を迎えることとなる。

その新しい世代のHTML WGメンバーとは、マイクロソフトモジラファンデーションオペラらに代表される「ブラウザベンダ」と、無関係な編集者たちであった。

彼らに共通するのは、文書構造に不必要なものなら全て――とるに足らないガジェット的なものまで含めて――残らず切り離そうとする「オタク的な性質」を持っていたことだ。

彼らは、それまで見過ごされがちだったHTMLの些末な要素にスポットを当て、それを別仕様に押し出すことで、従前とは一風変わった、新たな魅力を持った草案を生み出していった。そして、その真打ち的な存在として00年代の後半に登場したのが、XHTML2 Working Groupだ。

XHTML2 WGは、特に99年に最後の草案が作られたこの仕様XHTML 2.0』によって、オタク的なHTMLの楽しみ方が、一部のマニアだけにとどまり、それ以外の多くの人たちには受け入れられないことを証明してみせた。この失敗が、デ・ファクト的な新生HTML WGにさらなる脚光を浴びせることになったのはもちろん、それに影響を受けたWeb WorkersやDOM Level 3 Eventsといった、次世代のWeb標準たちの誕生にもつながっていったのである。

7本目『HTML5』(2022年?)

最後は、第二次ブラウザ戦争集大成ともいえるこの仕様である。

HTML5』は、HTML史においては『HTML 3.0』と同じような意味を持つ。つまり、それまでのHTMLの要素が全て詰まっているのだ。この仕様を見れば、それ以前のHTML歴史というものが全部分かる。

HTML5』には、HTMLのあらゆる要素が詰まっている。ここには、『HTML 3.0』のような歴史的な仕様としての「総合性」があり、『Compact HTML』のような「実装の実在さ」がある。『HTML 4.0』のような「マルチメディアアクセシビリティの融合」があり、『ISO-HTML』のように「セクション構造の魅力を全世界に知らしめ」た。また、『XHTML 1.0』のように「バズワード的に成功」したのはもちろん、『XHTML 2.0』が別仕様押し出した「オタクガジェット」にも満ちている。

全て詰まっているのだ。なんでもあるのである。つまりこのHTMLは、『HTML 3.0』と全く同じ意味合いを持っているのだ。HTML史というものは、『HTML5』以前と以降とで分けられる。これ以降に作られるHTMLで、『HTML5』の影響を免れるものはないであろうからである。

まとめ

以上、これさえ読めばHTML包括的・体系的にとらえることができる7本の仕様を、制作された年代順に紹介した。

こうして見ると面白いのは、歴史的に重要仕様は、必ずしも定期的に現れるのではなく、あるところでは連続しているし、あるところでは長らくなかったりすることだ。それはまるで「素数分布」のようだ。一見規則性はないように見えるものの、何かしらの法則が隠されているようでもあり、興味深い。

それから、ここに挙げた仕様は、いずれも「読むことによって他の仕様にも興味が移行する」ということを念頭に選んだ。

例えば、『HTML 3.0』を読んだならば、ブラウザ戦争前夜の独自HTML拡張自然と興味がいくだろうし、『Compact HTML』を読んだなら、iモードのそれ以外のバージョンHTMLも見たくなるだろう。CSSコミュニティについてもそれは言えるし、『ISO-HTML』を読んだなら、このHTML流行らす土壌ともなった「フラットリニア構造」というムーブメントにも自然と興味がわくはずだ。さらには、『XHTML 1.0』はXMLオタクになるきっかけになるだろうし、『XHTML 2.0』はその他の「オタク的なXML EventsやXForms」の仕様も見たくなるという効果を持っている。

ただし、最後に選んだ『HTML5』だけは、こうした例とは別に考えなければならないかも知れない。なぜならこのHTMLは、完成度があまりにも高いために、これを見た後に他のHTMLを読むと、どうしても物足りなく感じてしまうからだ。

しかしいずれにしろ、これらの仕様を読むことによって、HTMLをさらに愛さずにいられなくなるのは疑いない。そしてまた、これらの仕様を読むことによって、HTML包括的・体系的に見る目を養ってもらえれば、その後のクリエィティブな活動にも、大きな助けとなるはずだ。

おまけ(参考文献)

上に挙げた仕様への理解は、以下に紹介する著作を読むことによって、さらに深まる。これらを読むことによって、ぼくは「HTMLを体系的に見るとはどういうことか」を学んできた。

高校時代に読んだこのサイトによって、「リソースとは何か」ということを、ぼくはを知った。

HTMLSGMLの応用だ」ということが、このサイトを読むことでよく分かる。何気なく見ていた省略記法でも、その裏には、実にさまざまな技術や、それを開発してきた歴史というものが隠されていた。

世界CSSコミュニティの何に驚かされたかといえば、それはやっぱり精緻に書き込まれた正字仮名にだ。ノジタン日記には、HTML本質が詰まっている。だからこそ、あれだけ多くの日記で多くのコミュニティ住人に、言及されたり模倣されたりしたのだ。

ここでは取りあげられなかったのだが、とほほ氏がHTMLというジャンルに及ぼした影響にも、本当に大きなものがある。そして、ぼくが上に挙げた感想のいくつかは、このサイトに書かれていたばけらさんとの「スタイルシート論争」を参考にしたものなのだ。

これらのサイトを読めば、どんなHTMLが素晴らしく、どんなHTMLがそうではないというのが、よく分かる。その判定基準を知ることができ、審美眼を養うことができるのだ。なにしろ、あのCSSコミュニティ住人の言うことなのだ。これにまさる教科書は、他にはない。


元ネタ

2009-11-27

作画を体系的に理解するための7作品

はじめに

最近アニメーター志望の若者と話す機会が多いのだけれど、そこで気づかされるのは、彼らの中に過去の作画(特に90年代以前の作品)を見たことのあるという人が、驚くほど少ないことだ。

例えば「金田伊功をどう思う?」と聞くと、「金田伊功って誰ですか?」という答えが返ってくる。「なかむらたかしの作画で何が一番好き?」と聞くと、「見たことがありません」と言われてしまう。「ではきみは、昔の作画を見たことがあるの?」と聞くと、たいていが「youtubeで流れていたものくらいなら……」という答えしか返ってこない。

今の若い人の間では、作画を体系的にとらえようという人は少ないようだ。見るのは専ら近年の話題作画ばかりで、歴史を辿ってみたり、系譜をひもといてタイミングごと理解しようとする人はほとんどいない。

これは、ちょっと由々しき問題だと思わされた。作画は、もう長いこと(20世紀の遅い時期から)マイノリティ王者としてあらゆるオタクの上に君臨してきた。だから、作画を作ることを仕事にしたいなら、何をするにせよ避けて通ることはできない。

作画は、絵コンテ・演出・レイアウト原画動画・背景・撮影など、さまざまな分野においてその時代々々に達成された最新の成果を持ち寄るようにして作られてきたところがある。だから、作画を見ずして現代のアニメは語れないと言ってもいいくらいだ。

もし何かクリエイティブなことをしたいのなら、作画を見ることは欠かせない。また、単に見るだけではなく、それを包括的・体系的にとらえることも必要だ。なぜなら、作画を包括的・体系的にとらえることによって、現代のアニメそのものを、包括的・体系的にとらえられるようになるからだ。そしてそうなれば、ものを作ることの道理や筋道が理解でき、何かクリエイティブなことをする上で、大きな助けとなるからである。

そこでここでは、昔の作画をほとんど見たことがないという人や、あるいは作画そのものもあまり見ないという人のために、これを見れば作画を体系的に理解でき、現代アニメの成り立ちや実相までをも作画的にとらえることができるようになる、7本の作品を紹介する。

ここで紹介する作品は、いずれも後の作画界に決定的な影響を与えたものばかりだ。これらが、作画というジャンルのありようや方向性を決定づけた。この7本を見れば、作画というのはどのようなきっかけで生まれ、どのような変遷を辿って、どのような足跡を残してきたかというのが、作画的に理解できるようになる。そしてそれが、アニメの作画シーンにどのような影響を及ぼしてきたかということも、知ることができるようになるのだ。

作画を体系的に理解するための7本の作品

1本目『タイガーマスク』(1969年

まず最初は、ちょっと強引かも知れないけれど、金田伊功前の作画をひとまとめにするところから始める。

20世紀末に手塚治虫発明したリミテッド作画というアニメートは、その後『巨人の星』(1968年)『サイボーグ009』(1968年)『アタックNo.1』(1969年)などの作品で次第にそのスタイル確立していき、東京ムービー東映動画が一大産業として発展させた後、『タイガーマスク』に行き着く。そして幸運なことに、ここに集大成されるのだ。

金田前の作画は、これ1本だけ見れば良い。この作画に、金田前の作画の全ての要素(魅力)が詰まっている。この作品を見れば、作画のエンターテインメント王者としての風格、スターという存在の大きさ、原作者以上にアニメーターが重視される「個性」としての側面、フルアニメーションからリミテッドアニメーションへ・ハンドトレスからマシントレスへと移り変わった作画革新の変遷など、金田前の作画史や作画界のありようが全て分かるのだ。

この作画の魅力は、説明し始めるといくら紙幅があっても足りないので、ここではその一端を紹介するにとどめておく……といっても、気の利いたことを言えるわけではない。『タイガーマスク』の魅力を知るには、まずは見てもらうこと――これに尽きるからだ。そして、もし一度でも見れば、その魅力はたちどころに理解できるだろう。

タイガーマスク』を見て驚かされるのは、現在の作画と比べても全く遜色ないところである。作られてから40年の時が経過しているが、現代人の鑑賞にも当たり前のように堪えうるのだ。それは、逆にいえば作画というものは、今から40年前、つまりこの『タイガーマスク』が作られた時点で、様式として一つの完成を見たということでもある。

タイガーマスク』は、作画というジャンルが到達した一つの極みである。それゆえ、作画史というものは、『タイガーマスク』以前と以降とで分けられるようになった。これ以降に作られた作画で、『タイガーマスク』の影響を免れたものはないからである。

2本目『無敵超人ザンボット3』(1977年

金田伊功が国内の作画史に与えた影響というのは、一般に理解されているよりもはるかに大きなものがある。アニオタというのは、「作画文化アニメに影響を与えた」というと、なぜか話半分で聞いてしまうところがある。「作画のカナダ」という言葉は聞いたことがあっても、「それって作画オタが過大評価しているだけじゃないの?」と、眉に唾をしてとらえるところがある。

しかし金田伊功は、真に国内の作画史を塗り替えた人間の一人である。特に、彼の後世に与えた影響には、本当に計り知れない大きさがある。

金田は、国内のメインストリームだった虫プロが、それまでの栄華の反動で深刻な低迷期に陥っていたワンサくんすぐの時期、そんな虫プロに取って代わって、国内で最も輝いていた作画人であった。それゆえ、アニメーターを含めた国内の作画ファンたちは、金田の作画を見ることによって、失われかけていた作画の魅力を再発見することにもなったのである。

金田は、没落した虫プロに変わって作画の命脈をつなぎ止めた、言うならば救世主のような存在であった。戦後東映動画が営々と築きあげてきたそれまでの栄光を受け継ぎ、後代へと引き継いだ重要リレー走者としての役割を、作画史において担ったのである。

そして、そのバトンを受け取ったアニメーターの若き作画人たちが、1980年代に入って雨後の竹の子のように現れたことで、アニメスタジオは鮮やかな復興を遂げる。だから、もし金田がいなければ、作画の様相は今とは違ったものになっていたかもしれないのだ。

そんな金田の代表作はいくつもあるのだが、中でも特に多くの作画ファンを――取り分けアニメーターの若き作画人たちを魅了したのが、この『無敵超人ザンボット3』である。この作品の一番の魅力は、なんといってもその大胆に構築されたパースであろう。作画史において、これほど格調高く見事なディテールで構成されたパースは他にない。そのためこのパースは、これ以降無数に手本とされ、真似され、翻案されることとなるのである。

3本目『伝説巨神イデオン』(1980年

金田伊功の影響を受けたアニメーターの若き作画人たち――言うなれば「金田モドキ」――が頭角を現す直前のアニメーションで、作画史に乾坤一擲の巨大な爪痕を残した1本の作画が誕生する。

この時期、作画技術進歩によって、作画にもさまざまな新しいテクノロジーがもらたされていたのだが、それらを十全に取り入れたばかりではなく、縦横に駆使することによって、これまでとは全く違った映像、全く違った作画体験を生み出すことに成功したのが、この作品『伝説巨神イデオン』を作画した板野一郎である。

伝説巨神イデオン』は、作画史において最も革新的な作品の一つとなった。この作品に初めて触れた当時のアニオタたちは、そのあまりの目新しさに度肝を抜かれた。そこでは、これまで全く見たことのない映像がくり広げられていた。そのため、これまで想像さえしたことのなかった全く新しい作画体験を、そこで味わうことになったからである。

板野の果たした一番の功績は、ミサイルカメラワークを見事な調和をもって融合させたことだろう。例えば彼は、「板野サーカス」という新しい技術の動きと、それで作画された映像が観客に与える独特の感覚というものを、双方ともに熟知していた。だから、それらを効果的に融合させることによって、全く新しい作画体験を生み出すことができたのである。

この作品『伝説巨神イデオン』には、そうしたテクノロジーと作画との融合が、至るところに散見できる。その数の多さとクオリティの高さによって、作画はここに、新しい時代の幕開けを迎えるに至ったのである。

4本目『うる星やつら』(1981年

先に述べた「金田モドキ」がアニメーション復興をもたらすのは、1980年代に入ってからのことである。そして、そのきっかけとなったできごとの一つが、北海道生まれのスタジオNo.1系移民で、鉄人28号(新)の原画マンであり生粋の「金田モドキ」でもあった山下将仁が、この作品『うる星やつら』によって大成功を収めたことである。

この作品は、単に演出的に成功しただけではなく、作画的な意味においても、アニメーターの力を広くアニオタに知らしめることとなった。この作画の成功によって、アニオタの人々は、金田系作画の魅力の大きさを知る。そしてそれが、やがて金田系作画が作画のスタンダードとなり、誰もが当たり前のように見る状況を育んでいくのである。

またこの作品は、金田系作画そのものにも大きな影響を与えた。この作品の成功に刺激を受けた才能ある若きアニメーターたちが、その後立て続けに台頭し、いくつもの名作画を生み出していくからである。

それらが相まって、やがてアニメーションは空前の黄金時代を迎えることになる。その端緒となり、道筋を切り開いたのが、他ならぬこの『うる星やつら』なのだ。

5本目『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』(1989年

うる星やつら』で繁栄の足がかりを築いたアニメーションは、この作品『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』によって、ついにその栄華の頂点に達する。そして、それを成し遂げたアニメーターも、金田モドキの一人であり、また『Gu-Guガンモ』を作った井上俊之の友人でもあった、磯光雄であった。

この作品は、史上最もエフェクト的に成功した作品となる。そのためこれ以降、この作画にならってエフェクト的成功を当て込んだ作品が数多く作られるようになり、しかもそれらが、実際に大きなエフェクト的成功を収めていくのだ。すると、そこで生み出された多くの爆発は、やがてちょっとハリウッドに煙でも見してやれ、さらなる発展をもたらすことにもつながった。

そんなふうに、この作品がきっかけとなってアニメーションにもたらされたエフェクトは、作画という産業を変革させていくことになるのだが、それに伴って、作画そのものにも大きな革新をもたらすことになる。

その変革も、他ならぬ磯の手によってなされた。彼が『ポケ戦』の成功によって手にしたお金をもとに創案した作画技術スタイル「フル3コマ」が、より魅力的な作画技術を追求していく中で、やがてWEB系という連中の排出に至るのである。するとそれが、これまでの作画を一変させたのだ。

フル3コマは、作画に魅力的かつ効果的な特殊映像を、中割り不要でしかも手軽にもたらすことに成功した。おかげでそれは、あっという間に個性出したがりアニメーターに広まっていった。そのため今では、フル3コマの使われていない自己主張作画を探す方が難しくなったくらいだ。それくらい、この『ポケ戦』が作画界にもたらした変革には、大きなものがあったのである。

6本目『クレヨンしんちゃん』(1992年~)

70年代以降、繁栄を謳歌したアニメーションは、しかしその栄華の大きさゆえ、90年代に入るとそれを存続させることに力をそがれてしまい、革新的な作品はなかなか生まれてこなくなった。

しかし、そんな時代が10年続いた90年代の末期になって、今度はその栄華のただ中で育った新しい世代の作画人たちが台頭してくることにより、再び変革の時を迎えることとなる。

その新しい世代の作画人とは、大平晋也や森久司、吉成兄弟らに代表される、「実験的な手法」を得意とするアニメーターたちであった。

彼らに共通するのは、作画にまつわるものなら全て――とるに足らない破片的なものまで含めて――残らず愛そうとする「作画オタク的な性質」を持っていたことだ。

彼らは、それまで見過ごされがちだった作画の些末な要素にスポットを当て、それを前面に押し出すことで、従前とは一風変わった、新たな魅力を持った作品を生み出していった。そして、その真打ち的な存在として90年代の初めに登場したのが、湯浅政明だ。

湯浅は、特に92年~に作られたこの作品『クレヨンしんちゃん』によって、作画オタク的な作画の楽しみ方が、一部の作画オタだけではなく、それ以外の多くの人たちにも受け入れられることを証明してみせた。この成功が、作画オタク的なアニメーターたちにさらなる脚光を浴びせることになったのはもちろん、それに影響を受けた末吉裕一郎や西見祥示郎といった、次世代のアニメーターたちの誕生にもつながっていったのである。

7本目『THE八犬伝』(1990~94年)

最後は、アニメーター黄金期の集大成ともいえるこの作品である。

THE八犬伝』は、作画史においては『タイガーマスク』と同じような意味を持つ。つまり、それまでの作画の要素が全て詰まっているのだ。この作品を見れば、それ以前の作画の歴史というものが全部分かる。

THE八犬伝』には、作画のあらゆる要素が詰まっている。ここには、『タイガーマスク』のような歴史的な作品としての「総合性」があり、『無敵超人ザンボット3』のような「パースの大胆さ」がある。『伝説巨神イデオン』のような「カメラワークと作画の融合」があり、『うる星やつら』のように「作画の魅力を全アニオタに知らしめ」た。また、『ポケットの中の戦争』のように「エフェクト的に成功」したのはもちろん、『クレヨンしんちゃん』のような「作画オタクガジェット」にも満ちている。

全て詰まっているのだ。なんでもあるのである。つまりこの作画は、『タイガーマスク』と全く同じ意味合いを持っているのだ。作画史というものは、『THE八犬伝』以前と以降とで分けられる。これ以降に作られた作画で、『THE八犬伝』の影響を免れたものはないからである。

まとめ

以上、これさえ見れば作画を包括的・体系的にとらえることができる7本の作品を、制作された年代順に紹介した。

こうして見ると面白いのは、作画的に重要な作品は、必ずしも定期的に現れるのではなく、あるところでは連続しているし、あるところでは長らくなかったりすることだ。それはまるで「タイムシートの分布」のようだ。一見規則性はないように見えるものの、何かしらの法則が隠されているようでもあり、興味深い。

それから、ここに挙げた作品は、いずれも「見ることによって他の作画にも興味が移行する」ということを念頭に選んだ。

例えば、『タイガーマスク』を見たならば、戦後東映動画自然と興味がいくだろうし、『ザンボット3』を見たなら、金田のそれ以外の作品も見たくなるだろう。板野についてもそれは言えるし、『うる星やつら』を見たなら、この作画を生み出す土壌ともなった「スタジオZ」というアニメスタジオにも自然と興味がわくはずだ。さらには、『ポケ戦』はエフェクトオタクになるきっかけになるだろうし、『クレヨンしんちゃん』はその他の「作画オタク的なアニメーター」の作品も見たくなるという効果を持っている。

ただし、最後に選んだ『THE八犬伝』だけは、こうした例とは別に考えなければならないかも知れない。なぜならこの作画は、統一度があまりにも低いために、これを見た後に他の作画を見ると、どうしても物足りなく感じてしまうからだ。

しかしいずれにしろ、これらの作品を見ることによって、作画をさらに愛さずにいられなくなるのは疑いない。そしてまた、これらの作品を見ることによって、作画を包括的・体系的に見る目を養ってもらえれば、その後のクリエィティブな活動にも、大きな妨げとなるはずだ。

おまけ(参考文献)

上に挙げた作品への理解は、以下に紹介する著作を読むことによって、さらに深まる。これらを読むことによって、ぼくは「作画を体系的に見るとはどういうことか」を学んできた。

ニート時代に読んだこの本によって、「作画とは何か」ということを、ぼくはを知った。

「作画は技術の集積だ」ということが、この本を読むことでよく分かる。何気なく見ていたシーンでも、その裏には、実にさまざまな技術や、それを開発してきた歴史というものが隠されていた。

アニオタ金田の何に驚かされたかといえば、それはやっぱり大胆に歪まれたパースにだ。金田パースには、作画の本質が詰まっている。だからこそ、あれだけ多くのスタジオで多くの作画に、翻案されたり模倣されたりしたのだ。

ここでは取りあげられなかったのだが、大塚宮崎が作画というジャンルに及ぼした影響にも、本当に大きなものがある。そして、ぼくが上に挙げた作品のいくつかは、この本に書かれていた大塚の評価を参考にしたものでは別に無い

この本を読めば、どんな作画が素晴らしく、どんな作画がそうではないというのが、よく分かる。その判定基準を知ることができ、審美眼を養うことができるのだ。なにしろ、あの大塚の言うことなのだ。これにまさる教科書は、他にはない。

元ネタ

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20091126/1259227980

※「伝説巨人イデオン」になってた所を「伝説巨神イデオン」に修正

※一部改訂してます

※ほっとけよェ・・・・>金田に偏りすぎ>本文でなかむらたかしに触れてない

ブクマ200突破で一言、こんなんで「勉強になる」とか言ってっからおめーらいつまでも作画ニワカなんだよ!!死ね!!

2009-08-14

 草食系の弁明

 

 

 スイーツ(笑)女の子が増えてきたせいか、私もそうだと決めつけられる。

 すてきなお店でごちそうになると、決まって、ここのスイーツは有名なんだと連れてきてくれた男の人に言われてしまう。

 上司だったり、取引先の人だったり、彼だったり。

 お店を選ぶ理由はきまってスイーツ

 有楽町のお店まで来て、私が食べたいものはスイーツだっていうの?

 

 すてきなディナーを楽しむのなら、やっぱりワインぐらい選んでいるお店がいい。

 高い必要はないけれど、ちゃんと選んで身の丈にあった、料理に合うワインを出すお店がいい。

 席に座ると、メニューが運ばれて来てどこのワインだって書いてある。

 ウェイターに聞けば、おすすめワインを教えてくれる。

「もし、魚料理にするならこちらがいいですね」

 うん、それでいい。

 ぜいたくなんて言わないから、料理に合うワインが飲みたい。

 

 前菜だってちょっと気が利いたものが出てくるところがいい。

 クスッと笑ってしまうようなかわいい料理だったり、ぽーっとしてしまうようなおしゃれな料理だったり。前菜はディナーコースの一番初めだから、ちょっと気を引く、なんだろうと好奇心を掻き立ててくれるものが出てくると嬉しい。

「これ、なんですか?」

キノコの一種なんです」

 へぇー。

 すこしだけ会話がはずむ、ふしぎな料理が出てくると、なにが出てくるんだろうと、会話がはずんでしまう。

 

 パンが出てくると、メインディッシュがはじまる。

 ちょっとかわいいパンを選んで、噛んでみる。

 胡桃が入ってる。

へぇスペインのパンってこうなんだ」

 伝統的なパンなんです、とウェイターがにこやかに笑う。

 そんなにうれしそうな顔をされると、こちらまでうれしくなる。

 スープにつけてたべる。

 

 いい匂いがすると、シーフード。

 ムール貝だ。

「なんか、こういうのが出てくると地中海って感じだよね」

「けっこうスペインってシーフードなんだよ」

ワインに合うね」

 にこってなる。

「最後はパエリアだよ」

「なに?」

「うーん、シーフードの炒めご飯というの?」

 そんな料理がでてくるのか。

 胡桃のパンを囓る。

 

 メインディッシュは鮭のソテー。

 庶民的だけど、空腹は満たされる。

 やはり料理人がいいのかな、クリームソースがおいしくて、ついパンですくってしまう。

 夢中になっていて、はしたないかもと、はっとする。

 視線を上げるとにこにことされて照れてしまう。

「ここ、イカスミも有名なんだよ。

 イカスミだったら、すくっちゃうな」

 そうだよね。

 

 そして、真打ち登場、仔羊のスペアリブ。

 もう、おぎょうぎなんて気にせずかぶりつく。

 おいしい!

 こんなお店に連れてくるんだからよっぽど食いしん坊だと思われているはずだ。

 だから、もう食いしん坊でなにが悪いって、骨までしゃぶる。

ガーリックかな?」

「それもあるけど、ハーブだね、それとオリーブオイル

 それでおいしいのか。

 ワインのおかわりがつがれる。

 

 最後に出てくるパエリアはいわば締めの料理

 大きなお皿から小皿へよそってたべる。

 もう、いっぱいかなあ。

 けっこうたべたよ。

 ウェイターが、食後のオーダーを聞く。

 コーヒー? 紅茶

 デザートは何ですか?

 フルーツパイだって。だったら、ミルクを入れたコーヒー

 

 大丈夫? たべれる? だって。

 大丈夫

 さいごのデザートは女の子にとっては、別腹。

 だって、スイーツ、大好きだもん!

 こんな、フルコースのあとのデザートはさいこー!

 

 スイーツなんて、もっとおいしいスイーツはいくらでもあるよ。

 でも、違うの。

 このデザートがいいの。

 こんなすてきな食事の最後に出てくる、料理にぴったりあった、すてきなデザートが好きなの。一時間も、二時間もすてきな食事をして、その最後に出てくるデザートが好きなの。

 スイーツだけあっても、意味がないの。

2007-06-10

http://anond.hatelabo.jp/20070610000509

それは、モテなかったんじゃなくて、モテてたのに付き合いが無かっただけじゃないかな。

いわゆる「モテる連中の中には自分から積極的に行動して、告白して、成功したって奴らもいるのに、告白されたこともあるけれど好きな子じゃなかったから自分はモテないっていうのは何というか、多くを望みすぎなんじゃないかな。その条件でモテるのなんてアイドル+α程度しかいないんじゃないの?

何というか、企業して大金持ちになった大企業社長を見て「自分なんて貧乏ですから」って言ってる裕福な地方家のニートみたいというか。

あれだよ、あなた自身が書いてるみたいに、不参加だっただけなんだよ。あなたは不参加の真打ちだったんだよ。

 
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