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2017-05-19

天台宗(てんだいしゅう)は大乗仏教の宗派のひとつである。諸経の王とされる妙法蓮華経法華経)を根本経典とするため、天台法華宗(てんだいほっけしゅう)とも呼ばれる[1]。天台教学中国に発祥し、入唐した最澄伝教大師)によって平安時代初期(9世紀)に日本に伝えられた。

目次 [非表示]

1 日本天台宗

1.1 天台密教台密

1.2 四宗兼学

1.3 止観行

1.4 所依

1.5 主要寺院寺格

1.5.1 天台宗山門派

1.5.1.1 総本山

1.5.1.2 門跡寺院

1.5.1.3 大本山

1.5.1.4 別格本山

1.5.1.5 その他の寺院

1.5.2 天台寺門宗

1.5.3 天台真盛宗

1.6 その他天台系宗派

1.6.1 天台宗新宗教

1.7 教育機関

1.7.1 大学

1.7.2 天台宗中学校高等学校

1.7.3 養成機関

2 中国天台宗

3 韓国天台宗

4 社会運動

5 脚注・出典

6 関連項目

7 外部リンク

日本天台宗[編集]

正式名称天台法華円宗。法華円宗、天台法華宗、あるいは、単に法華宗などとも称する。但し、最後呼び名日蓮教学法華宗と混乱を招く場合があるために用いないことが多い。

初め、律宗天台宗兼学の僧鑑真和上が来日して天台宗関連の典籍日本に入った。次いで、伝教大師最澄767年-822年)が延暦23年(804年)から翌年(805年)にかけて唐に渡って天台山にのぼり、天台教学を受けた。同年、日本帰国した最澄は天台教学を広め、翌年(806年)1月に天台法華宗として認められたのが日本における天台宗のはじまりである最澄特に飲酒に厳しい態度を取っており、飲酒するものは私の弟子ではなく仏弟子でもないからただちに追放するよう述べている。

この時代、すでに日本には法相宗華厳宗など南都六宗が伝えられていたが、これらは中国では天台宗より新しく成立した宗派であった。最澄日本帰国後、比叡山延暦寺に戻り、後年円仁(慈覚大師)・円珍(智証大師)等多くの僧侶を輩出した。最澄はすべての衆生成仏できるという法華一乗の立場を説き、奈良仏教と論争が起こる。特に法相宗の徳一との三一権実諍論は有名である。また、鑑真和上が招来した小乗戒を授ける戒壇院を独占する奈良仏教に対して、大乗戒壇設立し、大乗戒(円頓戒)を受戒した者を天台宗僧侶と認め、菩薩僧として12年間比叡山に籠山して学問修行を修めるという革新的最澄の構想は、既得権益となっていた奈良仏教と対立を深めた。当時大乗戒は俗人の戒とされ、僧侶の戒律とは考えられておらず(現在でもスリランカ上座部など南方仏教では大乗戒は戒律として認められていないのは当然であるが)、南都の学僧が反論したことは当時朝廷は奈良仏教に飽きており、法相などの旧仏教の束縛を断ち切り、新しい平安の仏教としての新興仏教を求めていたことが底流にあった。論争の末、最澄の没後に大乗戒壇勅許下り名実ともに天台宗が独立した宗派として確立した。清和天皇の貞観8年(866)7月、円仁に「慈覚」、最澄に「伝教」の大師号が贈られた。宗紋は三諦星。

天台密教台密)[編集]

真言宗の密教を東密と呼ぶのに対し、天台宗の密教は台密と呼ばれる。

当初、中国天台宗の祖といわれる智顗(天台大師)が、法華経の教義によって仏教全体を体系化した五時八教の教相判釈(略して教判という)を唱えるも、その時代はまだ密教は伝来しておらず、その教判の中には含まれていなかった。したがって中国天台宗は、密教を導入も包含もしていなかった。

しか日本天台宗宗祖最澄伝教大師)が唐に渡った時代になると、当時最新の仏教である中期密教が中国に伝えられていた。最澄は、まだ雑密しかなかった当時の日本では密教が不備であることを憂い、密教を含めた仏教のすべてを体系化しようと考え、順暁から密教の灌頂を受け持ち帰った。しか最澄帰国して一年後に空海弘法大師)が唐から帰国すると、自身が唐で順暁から学んだ密教は傍系のものだと気づき空海に礼を尽くして弟子となり密教を学ぼうとするも、次第に両者の仏教観の違いが顕れ決別した。これにより日本の天台教学における完全な密教の編入はいったんストップした。

はいえ、最澄自身法華経を基盤とした戒律や禅、念仏、そして密教の融合による総合仏教としての教義確立を目指していたのは紛れもない事実で、円仁(慈覚大師)・円珍(智証大師)などの弟子たちは最澄自身意志を引き継ぎ密教を学び直して、最澄の悲願である天台教学を中心にした総合仏教の確立に貢献した。したがって天台密教系譜は、円仁円珍に始まるのではなく、最澄が源流である。また円珍は、空海の「十住心論」を五つの欠点があると指摘し「天台と真言には優劣はない」と反論もしている。

なお真言密教東密)と天台密教台密)の違いは、東密大日如来本尊とする教義を展開しているのに対し、台密あくまで法華一乗の立場を取り、法華経本尊である久遠実成の釈迦如来としていることである

四宗兼学[編集]

また上記の事項から、同じ天台宗といっても、智顗が確立した法華経に依る中国天台宗とは違い、最澄が開いた日本天台宗は、智顗の説を受け継ぎ法華経を中心としつつも、禅や戒、念仏、密教の要素も含み、したがって延暦寺は四宗兼学の道場とも呼ばれている。井沢元彦はわかりやすい比喩として、密教の単科大学であった金剛峯寺に対して、延暦寺は仏教総合大学であったと解説している。

止観行[編集]

天台宗修行法華経の観心に重きをおいた「止観」を重んじる。また、現在日本天台宗修行は朝題目・夕念仏という言葉に集約される。午前中は題目、つまり法華経読誦を中心とした行法(法華懺法という)を行い、午後は阿弥陀仏本尊とする行法(例時作法という)を行う。これは後に発展し、「念仏」という新たな仏教の展開の萌芽となった。また、遮那業として、天台密教台密)などの加持も行い、総合仏教となることによって基盤を固めた。さらに後世には全ての存在仏性が宿るという天台本覚思想確立することになる。長く日本の仏教教育の中心であったため、平安末期から鎌倉時代にかけて融通念仏宗浄土宗浄土真宗臨済宗曹洞宗日蓮宗などの新しい宗旨を唱える学僧を多く輩出することとなる。

所依[編集]

法華経

涅槃経

大品経

大智度論

主要寺院寺格)[編集]

天台宗山門派)[編集]

総本山[編集]

比叡山延暦寺滋賀県大津市

門跡寺院[編集]

滋賀院(大津市

妙法院京都市東山区

魚山三千院京都市左京区

青蓮院京都市東山区

曼殊院京都市左京区

毘沙門堂京都市山科区

大本山[編集]

関山中尊寺岩手県西磐井郡平泉町

日光山輪王寺栃木県日光市

東叡山寛永寺東京都台東区

定額山善光寺大勧進長野県長野市

別格本山[編集]

毛越寺岩手県西磐井郡平泉町

瑞国海岸観音寺宮城県気仙沼市

正覚山蓮前院安楽寺茨城県常総市

星野山中院(埼玉県川越市

狭山山不動寺(埼玉県所沢市

大鱗山雲洞院天龍寺埼玉県飯能市

浮岳山昌楽院深大寺東京都調布市

向山常楽寺長野県上田市

宝積山光前寺(長野県駒ヶ根市

龍谷山水間寺大阪府貝塚市

書写山圓教寺兵庫県姫路市

大山寺鳥取県大山町

山大興善寺(佐賀県基山町

六郷満山両子寺(大分県国東市

その他の寺院[編集]

谷汲観音寺北海道河東郡音更町

青柳山談義堂院龍蔵寺(群馬県前橋市

星野山喜多院(埼玉県川越市

谷汲華厳寺岐阜県揖斐郡揖斐川町

清香寂光院京都市左京区

根本山神峯山寺(大阪府高槻市

三身山太山寺兵庫県神戸市

補陀落山長尾寺香川県さぬき市

清水観世音寺福岡県太宰府市

海山大恩教寺釈迦院(熊本県八代市

阿蘇山西巌殿寺(熊本県阿蘇市) 

王寺熊本県山都町宮司豪族であった中世阿蘇氏の菩提寺である) 

天台寺門宗[編集]

総本山 長等山園城寺三井寺)(滋賀県大津市

天台真盛宗[編集]

総本山 戒光山西教寺(滋賀県大津市

その他天台系宗派[編集]

聖観音宗 

浅草寺東京都台東区

和宗

四天王寺

本山修験宗寺門派系)

聖護院京都市左京区

金峯山修験本宗

金峯山寺奈良県吉野郡吉野町

浄土真宗遣迎院派

遣迎院京都市北区

妙見宗

本瀧寺大阪府豊能郡能勢町

粉河観音宗

粉河寺(和歌山県紀の川市粉河

善峰観音宗

善峰寺京都府京都市西京区

天台宗新宗教[編集]

念法眞教

孝道教団

鞍馬弘教

教育機関[編集]

大学[編集]

大正大学

天台宗中学校高等学校[編集]

比叡山中学校・高等学校

駒込中学校・高等学校

養成機関[編集]

叡山学院

2017-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20170313151405

元横増田だけど、大丈夫、ちゃんとバカにしてるよ。

だって元増田は、自分で見つけたり考えたりしないでどうぞ歴史ごらんになってとなってるのしか、楽しめなさそうじゃん。

深大寺なんて、なんであの場所に古いお寺が残ったかなって考えるだけでワクワクするのに

元増田は、寺の見学ルート観光用の門前町ゲゲゲ通りあたりを見て人が多いなって感想っぽいじゃん。

それで「一応400年の歴史があるんだし、もっとどうにかならないものかなー」って言われてもさ、

どうにかならなきゃいかんのはどっちだよって話じゃん。

そもそも史跡なんて後から作れないのに笑 見る方がその場所に合わせて楽しみ方の技を変えないでどうすんだ。

用意されたものの方が好きなら、物凄く楽しませる用意をしてくれるテーマパークのが楽しいと思うよ

2013-03-03

内部リークフォーマットとして、増田は優れている

エネループ問題について、1日まではデザイン云々が、ブランド価値が云々、と

正直「どうでもいい」討論が続いていたが、2日になって、

「そもそも、独禁法上、パナソニックエネループブランドと距離置かなきゃならない」

という指摘が増田経由で行われ、ぐっと面白くなった。

この増田が「中の人である可能性が高いと思うが、増田の身元はわからない。

(何か刑事事件でも起こって、警察id身元照会でもしない限り、増田の身元ははてな事務局にもわからないだろう)

一部のはてブ

「なぜこの投稿者は、自分ブログとかじゃなく、増田なんかで投稿したのか、勿体無い」とか

「こういう投稿が、増田経由で行われるのは残念だ、実名で行われる日本になって欲しい」のようなコメントが散見される。

いくつかの理由で、自分投稿者が投稿先として増田を選んだことを支持する。

1.増田は、個人ブログより「視聴率」が見込める。

  個人ブログというのは、「ちきりんブログ」とか「finalventブログ」とかのアルファブロガーでもない限り、

  そんなにギャラリーが見込めない。

  仮に増田が「中の人」、つまり電機メーカー社員だったとして、個人ブログの「常連ギャラリー」は、

  まあ10人とか20人程度だろう。

  その常連の人相手にエントリ執筆しても、読者は10人~20人でしかない。

  この読者のうち「3人以上」がはてなブックマークを付けてくれれば、「新着ブックマーク」されて

  他のはてなーにも告知されることになるが、ブックマークの習慣がない読者ばかりだったら、その可能性は少なくなる。

  一方、増田は、なんだかんだいっても、相当数のギャラリーを抱えている。(恐らく、百人以上)

  しかも、割と増田ギャラリーは、気になった増田記事を、はてなブックマークする慣習がある。

  つまりエントリの内容が興味惹かれる内容であれば、増田ギャラリーの興味を惹き、

  さらに新着はてブ扱いされることで、はてブギャラリーの目にも入る、という可能性が広がる。

  「個人ブログは、都内のどこにでもある住宅地。他方、増田渋谷ハチ公前」なのである

  ストリートライブ開催するのに、下連雀だか深大寺だか砧だかしらないが、平凡な都内の人通りのない住宅地で開催する

  アホなミュージシャンはいない。

  渋谷なり新宿なり池袋なりのターミナルで開催してギャラリーに聞いてもらう、それがネット界では「増田」なのである

2.増田は「中の人が、肩書きに囚われずに発言する」のに向いている。

  仮にエネループ真相事情増田の言った通りだとして、

  それをパナソニック社員顕名で発言することは、なかなか出来ない。

  「こういう投稿実名で行って欲しい」と発言している人は、

  「勤務先も明記しているフェイスブックで、従業員が社内事情投稿する」のようなイメージを抱いているのだろうか?

  

  日本フェイスブックは「食事の話題、写真の話題、子供の話題ばかりでツマラナイ」という意見もあるが、

  結局、なかなか社会人顕名で社内事情暴露するのは、日本では難しいのである

  匿名で発言するフォーマットとしては「2ちゃんねる」というフォーマットもあるが、

  2ちゃんねるは1つの発言に対して字数制限がある。

  増田エネループ話だと、恐らく10回程度に分けて投稿しなければならず、なかなか見づらい。

  そして、新規にスレッド立てても、増田みたいに注目集めるかどうか、微妙である

  増田ギャラリーって、案外知的リテラシー高い層が集まっているから、

  こういう高度なネタを喜ぶ傾向にある。

  読むごたえある内部情報は、2ちゃんねるよりも増田に書いた方が、ヒットしやすいのでは?

  また、増田は、というか、「はてな」は、Googleページランク親和性いから、

  Google検索で上位に乗りやすい。

  一方、2ちゃんねる場合、下手すればスレッド過去ログ収納されて

  Googleで引っかからなくなる恐れもある。

  更に、増田はてブ、と進んだ場合ツイッター同時投稿されるケースも多いから、

  ツイッター界でも話題になる。

  (実際、今回のエネループの件も、ツイッター界で結構話題になっている)

  Google親和性でも、ツイッター親和性でも、増田2ちゃんねるより優れている。

ということで、もっと「内部リークのフォーマット」として、増田は見直されていいのでは?

2011-03-13

東京電力供給エリア内での「計画停電実施について(三鷹市ホームペ

http://www.city.mitaka.tokyo.jp/c_saigai/024/024790.html

ミラー

作成・発信部署:災害対策本部

公開日:2011年3月13日 最終更新日2011年3月13日 22時40分

3月11日東北地方太平洋地震により、東京電力の発電設備が大きな被害を受けました

これに伴い、3月13日内閣総理大臣記者会見で発表したとおり、東京電力供給エリア地域ごとに分割し、計画的な停電実施することが決定しました

くわしくは、東京電力武蔵野支社(電話0422-57-2814)またはカスタマーセンター電話0120-995-662)へお問い合わせください。

停電すると、受水タンクなどからポンプで給水されいてる集合住宅では、断水する場合があります

停電に備えて、水の備蓄をお願いします

三鷹市内の3月14日月曜日)の停電計画(重複している地域では、番地ごとにいずれかのグループ実施します)

第一グループ(午前6時20分~10時の時間帯のうち3時間程度、午後4時50分~8時30分の時間帯のうち3時間程度)

* 井の頭4丁目、5丁目

* 下連雀1丁目、2丁目、4丁目の一部

第二グループ(午前9時20分~午後1時の時間帯のうち3時間程度、午後6時20分~10時の時間帯のうち3時間程度)

* 下連雀3丁目、4丁目の一部、6丁目、9丁目

* 上連雀1丁目の一部、4~9丁目

* 新川1~6丁目

* 中原1丁目、2丁目の一部、3丁目、4丁目

* 井口1~5丁目

* 深大寺1~3丁目

* 野崎1丁目、2丁目、3丁目の一部、4丁目

* 大沢1~6丁目の一部

第三グループ(午後0時20分~4時の時間帯のうち3時間程度)

* 上連雀1丁目の一部

* 北野1丁目、4丁目

* 中原2丁目の一部

* 野崎3丁目の一部

* 大沢1~6丁目の一部

 
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