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はてなキーワード: 先住民族とは

2022-09-29

カム作者インタビュー(への反応)への違和感

『ゴールデンカムイ』最終巻ラストの真相…野田サトル1万字インタビュー#1 | 集英社オンライン | 毎日が、あたらしい

物語最後は「現実と同じ状態に着地するべきだ」と担当編集の大熊さんとは初期から話し合っていました。

アイヌ権利と金塊によって、「土地返還された」とか、「北海道アイヌ自治区が出来た」とか、「残り半分の金塊が有効活用されて、アイヌとしての権利現実よりも少しでも獲得していた」などという結末には、すべきではないと考えました。

原作最終回がそうであったように、現代アイヌ文化がいまだに残っている背景には多くの人たちの努力がありました。

「アシㇼパがその助けになっていたかもしれないね」という落とし所が正解だったと信じています

から、今もアシㇼパが守った北海道国立公園には野生動物繁殖地があって、カムイが残っていることでアイヌ文化が残される手助けの一つになったというオチにしたんです。

公園による保護がなければ、儀礼のなかで最高位に位置づけられる「イオマンテ」(アイヌ宗教的儀礼)で送るシマフクロウやエゾヒグマ絶滅していたかもしれない。

アシㇼパの手に入れた権利書が、カムイたちの絶滅現代まで食い止めたのかもしれないというのが、この作品に出来る最善の落とし所だと信じています



引用した部分は、最終回への主な批判の一つとしてあった、「(一般的先住民族に対しては排除的な存在である国立公園指定アイヌ自身が望んだ文化保存のための施策として描くのはいかがなものか」という声を踏まえたやり取りに見える。

結果的国立公園自然カムイ保護、ひいてはアイヌ文化保護につながったところもあるのだ、と言われれば、北海道地理歴史無知なこちらはそうなんだと感心するほかない。だが、やはり最も重要なのは、当時のアイヌの人々が実際に国立公園指定要望、もしくは支持していたかどうかだろう。

歴史を題材にしているとはいえフィクションが何もかも現実通りにする必要は当然ない。ただ、アイヌ文化思想に寄り添っているはずの物語で、もし仮に実際にはアイヌの人々が積極的には望んでいなかったものを、(たとえ結果的に益になるのだと現代視点からは分かっていたとしても)本人たちが希望していたように描いたのだとしたら、それはさすがに見逃せない改変になるのではないだろうか。

総じて、作中で提示された価値観アイヌ和人の協力でアイヌ文化は守られた)の補強にはなっているが、最終回への批判に対する根本的な反論にはなりえない内容、という印象だ(全4回の初回なのでこれから新たな根拠が出てくるかもしれないが)

最終回はいろいろな批判もあったがこのインタビューを読んで全て納得できた、というようなことを言っている人もいるが、よく分からない。この内容だけで簡単に納得できるのであれば、そもそもカム最終回のどこがどう批判されているのか理解していなかったのではないか批判賛同する必要は全くないが、最初からその論点はどうでもいいと思っていたのなら、どうでもいい顔をしていてほしい。

2022-08-08

プレデターの新作

主人公先住民族インディアン)の女

狩り中心の男社会で戦う女として参加しようとしているが実力が足りなくて受け入れられていない

男はバカだが主人公の女は知恵が回るという設定

途中で西洋人が現れるがみんな不潔でバカ野蛮人

 

もうこういうのいいんだよ

ねむてーな

 

プレデターさんもウサギを捕えようとしているオオカミに手を出して反撃されて傷を負わされる始末

なんだこのクソザコ

プレデターは2以降、ギリAVPが見られたくらいでホンマにゴミしかない

ぷじゃけるな

2022-08-03

新海アニメ隠蔽したものアイヌヒロイン政治性&塔の大きさ

新海誠2004年に「雲のむこう、約束の場所」という映画製作している。

本論では、この映画から政治性が巧みに隠蔽され、特にアイヌ民族が消えてしまっていることを論じる。

また、新海誠のネーミングにおける問題点をいくつか指摘する。

雲のむこう、約束の場所」のあらすじ

北海道ソ連(作中ではユニオン)に占領された世界藤沢浩紀と白川拓也はそこに建造された不思議な塔まで、自作飛行機密航することを夢見ていた。その秘密がふとしたこと同級生沢渡佐由理に露見してしまうが、彼女は二人の共犯者となり、いつか彼女も塔まで連れて行ってもらうことを約束する。しかし、彼女は突如姿を消し、飛行機の話もそれっきりになってしまう。

三年後、拓也は塔の破壊を企てる反ユニオン組織ウィルタ解放戦線に内通しつつ軍属研究し、塔の秘密を探っていた。塔の目的並行世界観測による高度な未来予測であった。そして、塔の設計であるエクスン・ツキノエには孫娘がおり、その孫娘たる沢渡佐由理が原因不明の奇病で三年間眠り続けていると知る。

一方、東京に出た浩紀は、佐由理の夢に悩まされていた。そんななかで彼女痕跡を追い、かつて入院していた病院にたどり着くと、突如佐由理と浩紀は夢の世界で心を通い合わせる。浩紀は佐由理を救うには三年前の約束を果たさねばならないと悟る。

だが、拓也側の研究の成果により、佐由理は眠り続けていることで塔からの並行宇宙浸食を防いでいると明らかになる。彼女が目覚めれば、この世界はあっという間に浸食されるだろう。

浩紀は青森に戻り、拓也と再会する。浩紀は拓也に「ヴェラシーラに佐由理を乗せ、塔に連れていくことで佐由理は目覚める」と伝え、協力を求める。佐由理の目覚めによりこの宇宙消失を恐れる拓也は、一度は協力を拒絶する。しか葛藤の末、佐由理を軍の病院から連れ出してきた。浩紀は佐由理を後部座席に乗せ、米ソ開戦直前でヴェラシーラを発進させる。

緊張が極限に達した米ソは開戦し、その混乱の中で浩紀はヴェラシーラを飛ばす。塔の傍で目を覚まし、涙を流す佐由理。浩紀はウィルタ解放戦線に託された爆弾を投下し、塔を壊して宇宙消失を食い止める。

佐由理は目を覚ました。しかし、目覚めと共に浩紀に対する思いは消えてしまっていた。

ウィルタ解放戦線

さて、先ほど述べたように、作中では日本ソ連の侵攻によって南北に分断されている。そして作中のテロ組織は(南北統一のため?)北海道の塔を破壊することを目的としている。

そこで、「ウィルタ解放戦線」という名称問題になる。ウィルタというのは北海道ではなく、サハリン樺太)の先住民族名前なのだ。確かにウィルタ北海道に数名居住していたが、北海道解放を願うなら、「アイヌ解放戦線」とならなければ筋が通らない。

アイヌ民族言及することによる政治問題を避けるために事実を歪曲させたのではないかと疑われる。樺太開放も目標としていたと仮定すれば、考えられなくもないが……。

ヒロイン出自について

祖父名前、エクスン・ツキノエは、日本話者にとっては異質な響きを持つ。また、ロシア語風でもない。元々新海誠は多少いい加減なネーミングを行うことがあるので、深い意味はないだろうと思って数年間はこの名前に注目してこなかった。しかし、私がたまたまアイヌ民族に関する書籍を読んでいたとき、ツキノエは国後島アイヌ首長の名であると知った。同様のことを述べたツイートがあったが、現在は消えてしまっている。

そこでエクスンとはどういう意味かというと、ここによれば「向こうへ」という意味らしい。「沢渡」という姓はここに由来している可能性がある。

http://tommy1949.world.coocan.jp/aynudictionary.htm

肯定されたテロリズム

浩紀はラストで単身ヴェラシーラに乗り、北海道中央部にそびえる塔を破壊する。すべては佐由理の目を覚ますためであり、並行世界が流れ込んでくるリスクを引き受けてのことだった。

しかし、実はまこと政治性の強い作品であるSFっぽさと感傷的な恋愛描写がまぶされているが、描かれているのは間違いなく世界を変える(少なくとも一国の軍事施設破壊し、地域パワーバランス崩壊させる)テロリズムである。米ソ開戦中の混乱に乗じてのことであり、もしも両国責任なすあいを始めたらと考えると恐ろしい。

新海誠がこの件についてどの程度自覚的であったかは疑問である。どちらかといえば気分的なものプロットを作っており、作品政治性についてはあまり深く考えていなかったのではないか

実際、朝鮮半島ドイツの分断に伴う深刻さは、出会えなくなった家族言及されることもあるが目立った悲痛さはなく、この作品では過去の背景に退いている。

米ソ戦のなかで時に死体が降ってくる場面はあるけれども……?

余談、「ヴェラシーラ」とは何語か?

作中では「ヴェラシーラ」とは「白い翼」の意味だと説明されていた。

はじめ、自分はこの言葉スペイン語だと思っていた。つまり、Bella Cielaだ。アルゼンチン方言ではbをvで発音することがあるらしいし。しかしよく調べてみると、スペイン語語順活用の形としてはおかしい(当時のウェブ翻訳は今と比べてずっと貧弱だったし、単語の原形で検索するしかなかった)。

そこで、ロシア語ではないかと思い、いろいろなつづりを試みた。すると、「白い」は「белый」ベリイ、「力」で「сила」シラとなり、それっぽい。ソ連にいる祖父がいるのだから彼女ロシア語知識があったとしてもおかしくはない。意味は「白い力」になるが、「白い翼」には十分近い。ベラルーシの「ベラ」が白なので、そこから取った可能性もある(同じことを言っているページを見つけた)

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1216740382

ただし、これもまた活用問題がある。「白い力」はロシア語では「белая сила」ベラヤ・シラとなる。それに、よく考えればbとvの音の混同が起こっている。

もっとも、「星を追う子ども」では潜っても呼吸できる水を「ヴィータクア」、世界の果てを「フィニステラ」とラテン語としては語順が逆の形で名づけているので、そのあたりはいい加減なようだ(それぞれアクア・ヴィタエ、テラフィニス標準的ラテン語の形である)。

また、同作の中では深い意味もなくセフィロトの樹が引用され、シャクナ・ヴィマーナやケツァルコアトルなど無関係神話コラージュ的に用いられている。その背景には明確な思想を読み取ることはできなかった。

結論

雲のむこう、約束の場所」では感傷的なまでに甘い思春期の心情を描いてみせた。一方で、この作品はかなり政治的な危うさをはらんでもいた。危うさの一つはテロリズム肯定であり、もう一つはプロットに入り込んでいるはずのアイヌ民族存在を背景に退かせたことであった。後者に関しては少なくとも筆者の知る範囲について、ヒロインアイヌ民族クォーターであることに言及した資料は見当たらなかった(註:とあるウェブサイトで、佐由理は恐山かどこかの巫女家系だという初期設定に言及したところがあった。興味深いのでここにリンクを貼るhttp://www.green.dti.ne.jp/microkosmos/anime/promisedplace2.html)。

しかし、2004年には許された描写だったが、ゴールデンカムイなどで正確なアイヌ描写が出てきた2020年代にあってはどうだろうか?

最近筆者は新海作品からは遠ざかっている。映像が十分雄弁なのに、台詞説明しすぎてしまうからだ。あるいは加齢による感受性の変化かもしれない。あるいは、この感傷マゾから「卒業」しようと自分鼓舞たからかもしれない。本稿を書いているうちに、少し懐かしいような苦しいような気分を思い出しかけた。

おまけ、塔の大きさに関する推定

作中では、北海道建設された塔が東京からも(かなりの高さで)見える描写がある。しかし、それにしては塔が細すぎやしないだろうか? 以下、視聴当時にした計算抜粋する。

塔が経っていたのが北海道中央部都心から道央まで凡そ1000kmはある。

かなりいい加減な推定だが、視力1.0を有するとは視角60秒の二点を見分ける能力があるということだ。つまり空気による散乱だの屈折だのを度外視すれば、主人公がそれだけの視力があると仮定することで塔の直径を算出できる。それにウィキペディアによれば大きく見えるとき金星がこれくらいの視角だそうだ。塔が自ら光っているわけではないだろうし、このくらいの値でいいだろう。映像を見てもそのくらいだったし。

sinθ=tanθ=θ(ラジアン)の近似を用いると、都心から道央まで凡そ1000kmはあるので1000km×(2π)×(1°/360°)×(1′/60′)= 290.8m程の直径が必要になる。荒っぽい計算だが、作中のヴェラシーラとの比較から見てもそこまでずれていない。ただ、空気があることからはるかに太いと考えたほうがいい。北海道全体が映るシーンでも塔はしっかりと見えていたし、直感的にも300m程度の太さの道央物体都心から見えるとは考えにくい。

なお、仰角は30°はあろうかという様子であった。三角関数で考えれば577.3km以上の高さだ。地球の自転の影響でこれだけの構造物は大きくたわむことであろう。ソビエト連邦にそれだけの物資があったかどうか。一応ユニオンは全共産圏統合した国家だそうだし、この世界では宇宙開発の代わりに並行宇宙研究されているとすれば、なんとかなる……かな?

2022-07-21

ほんと、九州四国は滅びれば良いのに

九州四国旅行で行くくらいなら良いけど、長期で滞在するといかにクソみたいな馬鹿しかいないかよく分かる。

教養無い人間が当たり前だし、どこ中学・どこ高校という会話を老人まで引きずる。

もちろん、飲み会でも俺は**出身からという、自慢にならないクソみたいな出身地自慢。

だいたいアピールしてくる出身地は、そこそこ大きな地方都市でも観光地でもなければ何も無い小さな田舎の町の住宅地名前が出てくる。

それ、なんのアピールになるんだ?みたいなクソみたいな背比べしかしない。

もう、人口も少ないし、産業も無いんだから自然保護区にでもしてしまえよ。

そんなとこに住みたい奴は野生で暮らす先住民族にでもすれば、自然保護区の外から観察する分には面白いし。

2022-07-12

チェルスキーセリスコエ・ポセレニエ・ヴァエギに行きたい

サハ共和国チェルスキーとチュクチ自治管区のセリスコエ・ポセレニエ・ヴァエギという場所に行きたい。調べてもほとんど何もでてこない。観光地でもないが、どういう生活を送っているのか現地の人に聞きたい。


サハ共和国チェルスキー

https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2+%E3%80%92678830+%E3%82%B5%E3%83%8F%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD+%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC/@68.7426842,161.3420292,15z/data=!


ちなみにサハ共和国航空写真集合体恐怖症は見ないでね)。

https://www.google.co.jp/maps/@69.0073597,159.9672608,51259m/data=!3m1!1e3


Googleマップセリスコエ・ポセレニエ・ヴァエギを拡大してもぼんやりしか見れないが、ロシア衛星画像のページで見ると鮮明に確認できる。

https://kartafx.ru/%D0%BA%D0%B0%D1%80%D1%82%D0%B0_%D1%81%D0%BF%D1%83%D1%82%D0%BD%D0%B8%D0%BA_%D0%B2%D0%B0%D0%B5%D0%B3%D0%B8.html

セリスコエ・ポセレニエ・ヴァエギはどうやらトナカイの放牧をしている先住民族が住んでいるようだ。

https://anadyr-mr.ru/region/inform/vaegi.php


こんなご時世じゃなくても、きっと行くことは無いと思うが、死ぬまでに一度は行ってみたい。

そんな場所ブクマカ増田達にもある?

2022-04-11

4人が死亡 原因はWiFi

ヤノマミと軍はこの一帯でWiFiを共同使用する約束を結んでいたが、ルーターを持つ軍が無断でWiFiパスワードを変更したことで、抗議しに行ったという。その後言い争いになり、軍が発砲。ヤノマミの4人が死亡した。

アマゾン奥地の先住民族と軍が衝突 4人が死亡 原因はWiFi - ライブドアニュース

https://news.livedoor.com/article/detail/21977508/

よくまとめサイトでも「ルーターパスワードを変更したら隣の子供が」とかあるけど、世界レベルは違うな。

2022-03-21

anond:20220320165618

(続き)なぜ性欲が強いことや淫乱なことは悪い風に言われることがあるのか納得できない

具体的にはオナニーをたくさんしてるのがバレると、淫乱などと言われる。この「淫乱」は明らかに負のレッテル張りだ。

まるで太っている人間に対して「デブ」というような感じに思える。

これらのようなことは黒人差別と変わらないのではないか

肌の黒いことの何が悪いのかということと同じように、性欲の強いことの何が悪いのかということについて一体誰が合理的説明を与えることができるだろうか。

温泉にたくさん入ってるといっても誰も冷やかしたり馬鹿にしたりしないのか。ある種の気持ちよさを目的としているのに。

世の中にはいろんな気持ちいことがあるが、性に関することだけは馬鹿にされる。納得できない。

のものはどんなに没入していても立派な趣味として扱われるのに、性に関することに没入しているとなったら変態いである。

これ、黒人差別と何が違うんだろう。

俺がこうも必死になっているのは今の法律のゆえかもしれない。

今のような法律があるから俺のような人間はその法の理念というか規範意識から逸脱した人間とみなされるという感じで割りを食っているだけなのかもしれないと。

(たとえば入湯が、エステ違反とされる世の中だったらそういうのに没入している人こそ今の変態にあたるようなニュアンスのなんらかのレッテル張りをされていたのかもしれない)

しか法律の縛りがない先住民族自主的股間を隠している。

おそらく股間を隠していなくても咎める人もいなそうなコミュニティでそうあるということは、俺のこのふつふつと湧く考えは既存体制に対するカウンター的な思想に過ぎないのかもしれない。

俺もああい集団に生まれていたら何も疑問も思わずある種の合理性(急所を守るためとか)を自ずと感じ取って股間を隠していたかもしれない。

俺が本当に思うはずだったことはなんなのかこの法治国家に生まれた以上分かりそうにない。

生理の回数と同じように夜の営みについてやオナニーの回数も普通に聞いてもらえるような社会になったらいいね

月曜から夜更かしのマツコみたいににへらにへらした人を小馬鹿にしたような顔をされるのがいやだ。

2022-03-03

東京ディズニーランド東京ディズニーシー地区東京固有の領土です

ミッキーマウスたちディズニーキャラクター東京先住民族であり、東京都には千葉県が彼らを拘束して見世物として強制労働を強いるのを止める責務がある。

我々東京都民は団結して千葉を打ち倒し、東京ディズニーランド及び東京ディズニーシーを東京の元に取り返さなければならない。

2022-02-27

anond:20220227012326

まぁ、いじめ延長戦なんだろうけど

何世紀も前の時代なら今みたいに豊かじゃないから、奪ったり奪われたりすると思うけど、今のこの豊かな時代特に大国戦争を態々するなんて馬鹿げてると思うけどね

言い方は悪いけど、本当に未だに先住民族で裸で槍持ってる暮らししてる人達ならまだ分かるけど

2021-12-01

anond:20211201151300

でもアメリカ人に「お前ら先住民族レイプしてぶっ殺した侵略者の子孫だよな」って言ったら怒るんだよね😡

バカみたい

2021-11-21

日本語の原郷」についての論文を読んでみた

歴史言語学についてはまったくの素人だけど、最近話題になった「日本語の原郷は「中国東北部の農耕民」 国際研究チームが発表 | 毎日新聞」(はてブ)っていう記事の元になったロベーツらの論文(Robbeets et al. 2021)を読んでみたよ!

結論

うさんくさい

前提知識

うさんくさい理由1:その系統は正しいの?

トランスユーラシア語族系統関係、ちっとも証明されてなくね?

著者のロベーツは過去に著書(Robbeets 2015)を出版して、そちらでトランスユーラシア語族系統関係証明したとしているようである。残念ながら増田はその著書を読めていないので、著書の方では厳格な比較言語学手法系統関係証明されているというなら恐れ入谷鬼子母神シャッポを脱ぐしかないのだが、正直言ってめちゃめちゃ怪しく見えるよ……この論文では農業関係の語に絞って借用も含めた系統が論じられているんだけど、正直かなり無謀な気がするし、なんでこれでトランスユーラシア語族証明された扱いになってるのかちっともわからん。さすがに著書の方では基礎語彙の対応に基づいた議論してるんだよね? うーん……

かいツッコミになるけど、論文のSupplementary Informationで、お米を表す「まい」という語について論じている。著者らは琉球祖語に*maïを再建するんだけど、そこから派生した語形として与論語mai、沖縄語のmeeやmeと並んで奄美語misiやmiisɨを挙げている。いやいやどう考えても後者「めし」転訛だろ(標準日本語のエ段に対応する母音琉球諸語だとしばしばイ段になる)。まさかとは思うけど「まい」と「めし」区別がつかないで日琉語の系統を論じてるの?

追記:「それそもそも呉音じゃね?」というid:nagaichiさんの指摘を受けて追記。この論文ではちゃんと「The Chinese loan morpheme is also found in Sino-Japanese mai and entered Proto-Ryukyuan as *maï ‘rice’」と書かれていて、漢語から借用語であることは前提になってます。これは日本語の「早稲(わせ)」が朝鮮祖語*pʌsalから来てるんじゃね? っていうことを説明してるパートに付け足された部分で、借用語であることが誰の目にも明らかな「まい」に言及するのは蛇足じゃねーのと思うんですが……)

っていうか日琉祖語や琉球祖語の「土」が*mutaになってるけど何これ? *mitaじゃないの? 日本語方言形にmutaがあるから*mutaを再構したのかな? でも先行研究(ヴォヴィン 2009: 11)で指摘されてるように祖語形は*mitaだよね……(cf. 八丈語mizya)(なお標準語「つち」は先行研究によれば朝鮮から借用語

さらに、著者は3年前の論文の中でトランスユーラシア語族系統推定しているが、その系統樹では、南琉球語群(先島諸島の諸方言)のうち、まず八重山語分岐して、次に宮古語与那国語が分かれたということになっている(Robbeets and Bouckaert 2018: 158)。……なんていうか地図見ておかしいと思わないのかな。もちろんそんな分岐絶対にありえないと言うことはできないけど、こんな分岐はこれまでの琉球研究提唱されたこともない。もっと言えば、ウェイン・ローレンス2000; 2006)の言語学的な研究によって、宮古語には見られない改新与那国語八重山諸語が共有していることが明らかにされている(つまり琉球祖語がまず宮古八重山に分かれ、八重山祖語から与那国語分岐したと推定される)。大丈夫? 日本語の先行研究ちゃんと読んでる?

余談。本論文はやたらと琉球諸語から例を引っ張ってきてるけど、個人的には「本土日本語」は側系統であって琉球諸語は薩隅方言姉妹関係にある南日本語派の一分岐だという五十嵐陽介(2021)の分析妥当だと思うので、根本的に日本語琉球語を姉妹群とするかのような系統樹には納得できないんだよな(ちなみに五十嵐研究活字になったのは今年だけど5年ほど前から活発にあちこちで発表されててレジュメはresearchmapで誰でも読める状態だった。まあプレプリント以前の発表原稿の段階のもの引用しろというのは酷だと思うのでロベーツが参照してないのは仕方ない)。考古学的・人類学証拠からは、琉球列島へのヒトや言語流入比較的遅いことが推測されるけど、その頃にはとっくに日琉語は複数系統分岐してるはずなんだからcf.万葉集』の東国語)、琉球語が日琉祖語まで遡る古い系統か? っていうとどう考えても違うわけで。

うさんくさい理由2:他の研究からの評判が微妙

ロベーツらの研究依拠しているソースの1つに、セルゲイ・スタロスチンというロシア研究者による語源辞典がある。しかしこのスタロスチンという研究者は、日本語が「アルタイ語族」に属すという証明のために色々と強引な当てはめをやっているのだ。アレクサンドル・ヴォヴィンは、スタロスチンがいかにテキトーなことを書いているか検討している(Vovin 2005; ボビン 2003: 19–26)。たとえば、スタロスチンは日本語に基づいてアルタイ祖語に*u「卵」を再構するのだが、これはどう見ても「卯」と「卵」の取り違えである。また、スタロスチンは日本祖語に*situ「湿っぽい」を再構するが、「湿」をシツと読むのは音読み(=漢語からの借用)であることは説明するまでもないだろう。こんないい加減な「語源辞典」を使って日琉語の系統を論じるってかなり勇者だと思わない?

(っていうか、スタロスチンをはじめとする「アルタイ語族」説の支持者、与那国語標準語のyにdが対応する(cf. duru「夜」;dama「山」)のを祖語形の残存だと主張してるのか(Vovin 2010: 40)。思ってた以上にやべーな)

案の定、ロベーツの著書も他の研究からボロクソ言われているようだ。ホセ・アロンソ・デ・ラ・フエンテは、彼女の著書に対する書評で、「Throughout the book there are inconsistencies which may stem from a lack of familiarity with the languages involved and their scholarly traditions」(Alonso de la Fuente 2016: 535)として、彼女満洲語転写が実にテキトーであることを指摘している。前述のヴォヴィンはさら辛辣なことを書いている(Vovin 2017。出典表記は省略)。

The recent attempts to prove that Japanese is related not only to Korean, but also to the “Altaic” languages fare even worse. In spite of the devastating critique that has been leveled at these quasischolarly publications, they [Starostin and Robbeets] still continue to sprout like mushrooms after the rain, greeted, of course, by yet another round of devastating critique...

こんなこと書かれたら僕だったら泣いちゃうな……

なおこの論文朝鮮祖語の再建にも問題があるらしい。以下の連ツイを参照>https://twitter.com/ian_joo_korea/status/1458706979870838788

まとめ

少なくとも言語学の側面からは非常にうさんくさい

増田素人なので確信を持って間違いだと言い切ることはできないけど、論文全体から信頼できない香りがプンプン漂ってきてる。

考古学とかそういう方向から考察は知らんけど、言語学的な根拠については賭けろと言われたら間違ってる方に賭けるね。

追記:こっちの増田anond:20211121201022も見てね)

蛇足だけど

このへんの言語史については、古代朝鮮半島には幅広く日琉語(大陸倭語;Penninsular Japonic)が分布してたんだけど、北方から朝鮮話者が進入してきて言語が置き換わった、という説(Vovin 2013)が個人的には面白いなぁと思う(大陸倭語については、Vovin 2017; 伊藤 2019; 2021も参照)。いや、素人の考えだからひょっとしたら大間いかもしれないけど。ただ、仮に大陸倭語の存在を認めるなら、日琉語の故地(Urheimat)が列島の外にある可能性もあるわけで、故地をめぐる議論どうしようかっていう議論は生まれてくるところだと思う。

あと、この増田で「標準語」って言葉を使ってるのにツッコミが入るかもしれないけど、国が言語規範を決め全国に普及させているというのを無視して「共通語」と呼ぶのは国家による言語政策権力性を覆い隠すから良くないと思うので「標準語」と呼ぶ派です。

ところで

著者のRobbeetsさん名字を「ロッベエツ」と書いてる新聞があったけど、日本語表記するなら「ロベーツ」じゃない? ベルギー研究者らしいけど、bが重なってるのは詰まって読むこと(促音)を示してるんじゃなくて、その前にある母音が短母音である(「ローベーツ」ではない)ことを示すためのものでしょ、オランダ語的に考えて……。

それにしてもマンチュリア(いわゆる満州)を「中国東北部」と呼ぶの、ヤウンモシㇼを「日本北部」と呼ぶようなもので、先住民族である満洲人の存在を透明化し漢人の入植を自明のものとする植民地主義的な用法から政治的に正しくないと思うんだよな。ちゃんマンチュリア or 満州と呼ぶべきでは。

Q. 増田って賭けに強いの?

A. スプリンターズSではダノンスマッシュ秋華賞ではユーバーレーベン、菊花賞ではステラヴェローチェ天皇賞(秋)ではコントレイルエリザベス女王杯ではアカトリノムスメの勝利を予想していました。マイルCSではグランアレグリアに賭けてますジャパンカップは今度こそコントレイルが勝つはず。

追記

niwaradi そもそも著者が多く日本大学学者が共著者に10人以上いてNature編集部レビュワー賛同したはずなので学会で揉めてる分野なのかな?日本語朝鮮語の共通祖先はどこかにあると思うが。

共著者が多いのは、色んな分野にまたがって調査してる理系論文だとよくあることだと思いますNature基本的理系雑誌なんで言語学みたいな文系領域事情にはあんまり明るくなかったんじゃないでしょうか。ちなみにその「日本語朝鮮語の共通祖先はある」って考え方にめっちゃ反対してるのが本文で言及したヴォヴィンです。最新の論文(Vovin 2021)では日本語起源は「アルタイ語族」じゃなくてオーストロアジア語族だーって気炎を上げてます(ほんとかよ)。

behuckleberry02 大野晋先生が生き返ってあと数十年研究してくれんかな

大野晋日本語タミル語起源説はただのトンデモです。結論どうこうじゃなくて方法論の時点でおかしい。詳しくは長田(1998)や山下(1998)を参照してください。

c_shiika 令和の騎馬民族征服王朝説だったか…… / ウマ増田さんはウマの記事ちゃん増田投稿するべきだと思うの

手持ちのジュエルを全部つぎ込んだけどメジロドーベル引けませんでした!!1!(代わりにすり抜けでナリタタイシンが来た)

mori99 話は逸れるが、恐れ入谷鬼子母神とか、増田、何歳だよ。※あるいは寅さんフリーク

ナウでヤングなガラスの十代だっちゅーの

参考文献

2021-11-05

anond:20211105181019

中国での満州民族は、日本でのアイヌと同じ存在だな

歴史上の先住民族認識されている

書類上は満州人アイヌ人という区別はある

しか中国人・日本人としてのアイデンティティのほうが強い

文化的にもほぼ同化されてしまって、独自言語を話せる人間絶滅寸前

2021-06-16

https://anond.hatelabo.jp/20210616003239

タオルの起毛にはランクがあって、Cが最低、その上に B、A、S、SS、SSS がある。

ツンドラ地帯に住む先住民族たちが使っていたのがS起毛だから、彼らのことをエスキモーと称するようになった。

という与太話を考えたんだけどどうかな?

2021-05-30

anond:20210530015555

4つ以上の数を数えたり想像力を働かせたりできるのはおおいに結構だが、基本的数字くらいは把握してから口を開けばいいのに。

増田が言うよりはだいぶ多い人数が入国する予定。

7月23日に開幕予定の五輪には、1万5千人の選手のほか、大会関係者7万8千人が各地から来日する予定だ。

https://www.asahi.com/articles/ASP5S7JKBP5SULBJ00L.html

ただし、それでも同記事によれば、

東京五輪が開催されると新型コロナウイルス感染拡大にどの程度影響するかについて、東大経済学部の仲田泰祐准教授藤井大輔特任講師が推計をまとめた。選手入国者による影響より、経済活動が活発になって都内の人出が増えることによる影響の方がはるかに大きいという。

7月感染者激減は眉唾かな。そもそも数字数字言う割に、自分の予想に関しては数字抜きで「激減」という言葉だけの雑さよ…

7月になるとホント感染者は激減して、なんでオリンピックしないの?って雰囲気になるよ。

選手関係者が1万人って、一般庶民感覚では大人数のように思えるけど

それは、カラハリ砂漠先住民族が、1,2,3とたくさん しか数えられないのと同じで、

単に想像力の欠如でしかない。

https://anond.hatelabo.jp/20210530015555

anond:20210530013542

7月になるとホント感染者は激減して、なんでオリンピックしないの?って雰囲気になるよ。

選手団関係者が1万人って、一般庶民感覚では大人数のように思えるけど、

それは、カラハリ砂漠先住民族が、1,2,3とたくさん しか数えられないのと同じで、

単に想像力の欠如でしかない。

2021-03-28

「東アジア反日武装戦線」の初心と過ち

韓国発の映画『狼をさがして』は何を描いているか

太田昌国 評論家編集者

 韓国発のドキュメンタリー映画『狼をさがして』が間もなく日本で公開される。金美禮(キム・ミレ)監督2020年作品で、原題は『東アジア反日武装戦線』という。映画が描くのは、1974年から75年にかけての出来事――「東アジア反日武装戦線」(以後、「反日」と略す)を名乗る人びとが「連続企業爆破」を行ったこと――とその背景である

歴史像と世界像が一新されてゆく時代のただ中で

 描かれる時代は、アジア太平洋戦争日本帝国敗戦してから30年近く経った時期に当たる。活動を担ったのは、敗戦から3~5年経った頃に生を享けた、当時は20代半ばの若者たちだった。いわゆる「団塊の世代」に属する。その彼ら/かの女らは、敗戦以前に日本がなした植民地支配および侵略戦争責任を問うた。同時に、戦後過程はすでに30年近い長さに及んでいるにもかかわらず、日本がその過去清算することもないままに、改めて他民族に対する加害国と化している現実に警告を発した。手段として使ったのは爆弾だった。

 その標的はまず、戦前絶対無謬の存在として日本帝国を率い、戦後は「平和」の象徴となった昭和天皇に向けられた。だが、「お召列車」の爆破計画が実現できなくなった後は、戦前戦後を貫いて繁栄する大企業に的を絞った。

 戦後日本象徴する言葉は、長いこと、「平和民主主義」だった。それは新憲法を貫く精神でもあると多くの人びとが考えていた。

 天皇戦争責任が問われることも裁かれることもなく始まった戦後は、「一億総無責任体制」となった。この体制の下では、日清戦争以降、断続的にではあっても半世紀もの間(1894年1945年アジア太平洋地域戦争を続けた近代日本実像を覆い隠し、この戦争全体像を、最後わずか3年半の「日米戦争」に凝縮して象徴させることが可能だった。広島長崎の「悲劇」を前面に押し出し米軍占領下の沖縄辺境ゆえに無視して、日本全体があたか戦争の「被害国」であるかのようにふるまった。「反戦平和勢力」の大勢も、そのことに疑いを持たなかった。

 1960年安保闘争の時にも、1965年日韓条約反対闘争の時にも、戦前日本帝国がなした対外政策と関連づけて現在分析する言動ほとんど見当たらなかった。すなわち、日本社会総体として、近代日本が持つ「植民地帝国」としての過去をすっぽり忘れ果てていたと言える。

 1960年代後半、この社会思想状況はゆっくりとではあっても変化し始める。日本は、高度経済成長過程で目に見える形での貧困は消え失せ、急速に豊かになった。この経済成長最初の基盤となったのは、1950~53年の朝鮮戦争による「特需景気」だとする捉え方が常識となりつつあった。

 時代はあたか米国ベトナム侵略戦争の渦中で、沖縄を軸に多数の米軍基地があり、インドシナ半島輸送される米軍物資調達地でもある日本は、再度の「特需景気」に沸いていた。近くに住むアジア民衆が苦しんでいる戦争によって自分たちの国が総体として豊かになっていく――この際立った対照性が、とりわけ若い人びとの胸に突き刺さるようになった。

 加えて、米国でのベトナム反戦運動は、黒人先住民族インディアン)の権利回復の動きと連動していた。植民地主義支配人類史に残した禍根――それが世界じゅうで噴出する民族問題の原因だとする意識が、高まっていった。

 「東アジア反日武装戦線」に所属した若い人びとは、それまでの歴史像と世界像が一新されゆくこのような時代のただ中にいた。彼ら/かの女らは、日本近代史と現在が孕む問題群に、「民族植民地問題」の観点から気づいたという意味では先駆的な人びとだった。

「重大な過ち」の根拠を探り続けた歩み

 「反日」はこうして獲得した新たな認識を、すぐ実践に移そうとした。当時刊行された「反日」の冊子『腹腹時計から鮮明に読み取れるのは、次の立場だ。「そこにある悪を撃て! 悪に加担している自らの加害性を撃て! やるかやらないか、それだけが問題だ」。政治性も展望も欠いた、自他に対する倫理的な突き付けが、行動の指針だった。「反日」が行った、1974年8月30日東京丸の内三菱重工ビル爆破は、8名の死者と385名の重軽傷者を生み出す惨事となった。

 「反日」にはひとを殺傷する意図はなかった。事前に電話をかけて、直ちに現場を離れるよう警告した。だがそれは間に合わなかった。しかも、なぜか「反日」は三菱爆破の結果を正当化し、死者は「無関係一般市民」ではなく「植民地人民の血で肥え太る植民者だ」と断言した声明文を公表した。映画の前半部で、この声明文がナレーション流れる

 多くの人びとはそこで「引く」だろう。半世紀前の当時もそうだった。それゆえに、彼ら/かの女らは、日本では「テロリスト」や「血も涙もない爆弾魔」の一言で片づけられてきた。

 その責任の一端が、「反日」そのもの言動にあったことは否定し得ないだろう。だが、実はそこにどのような内面の思いが秘められていたのかということは、路傍の小石のように無視されてきた。そんな渦中にあって、獄中の彼ら/彼女らは初心を語ると同時に、自らが犯してしまった重大な過ちの根拠を探り続けた。獄外には、その試行錯誤を〈批判的に〉支え続ける多様な人びとの存在があった。映画『狼をさがして』は、これらの獄中・獄外の人びとの歩みを74分間の時間幅の中に刻みつけている。

過去を振り返ることをしない社会は、前へ進むことができない

 画面には登場しない「主人公」のひとりは、「反日」狼部隊大道将司である。彼は2017年5月、長らく患っていた多発性骨髄腫で獄死したが、死刑が確定してのち、彼はふとした契機で俳句に親しむようになった。生前4冊の句集にまとめられたその作品は、人間関係自然とのふれあいも極端に狭められた3畳間ほどの独房にあっても、人間はどれほどの想像力をもって、ひとが生きる広大な世界を、時間的にも空間的にも謳うことができるものかを証していて、胸を打つ。それは、ひとを殺めたという「加害の記憶悔悟」を謳う句において、とりわけ際立つ。

 映画でも紹介される「危めたる吾が背に掛かる痛みかな」もそうだが、他にも「死者たちに如何にして詫ぶ赤とんぼ」「春雷に死者たちの声重なれり」「死は罪の償ひなるや金亀子」「ゆく秋の死者に請はれぬ許しかな」「いなびかりせんなき悔いのまた溢る」「加害せる吾花冷えなかにあり」「秋風の立ち悔恨の溢れけり」などの秀句がある。

 「反日」のメンバーの初心と、結果としての重大な過ちを冷静に振り返るこの映画制作したのは、韓国映画監督キム・ミレとその協力者たちである。ふとした機会に「反日」の思想と行動を知ったキム・ミレ監督がこの映画制作したのは、「人間に対する愛情、その人間を信じること」からだったという(「『狼をさがして』――金美禮監督に訊く」、東アジア反日武装戦線に対する死刑・重刑攻撃とたたか支援連絡会議=編『支援ニュース』420号、2021年3月6日)。社会正義のために、加害国=日本搾取され殺された東アジア民衆の恨みと怒りを胸に行動した結果、数多くの人びとを死傷させてしまった、つまり自らが加害者になったという事実に向き合ってきた「反日メンバーに対する思いを、かの女はそう語る。

 だが、その裏面には、次の思いもある。彼らは「長い期間にわたって、自らのために犠牲になった人々の死に向き合って生きねばなりませんでした。苦痛だったかもしれませんが、幸いにも『加害事実』に向き合う時間を持つことができたのです。8名の死と負傷者たち。それがこの作品制作過程の間じゅう私の背にのしかかってきました。しかし、彼らと出会うことができて本当に良かったと思います。この作品は、私に多くのことを質問するようにしてくれたからです。どう生きれば良いのか、今も考えています。」(キム・ミレ「プロダクション・ノ-ト」、『狼をさがして』劇場パンフレット所収)。

 74~75年当時の「東アジア反日武装戦線」のメンバーからすれば、韓国の人びととの共同作業は「見果てぬ夢」だった。日本自分たち戦後の「平和民主主義」を謳歌している彼方で、韓国および北の共和国の人びとは、日本植民地支配を一因とする南北分断と内戦、その後の独裁政権の下で呻吟していたからだ。

 そんな時代が40年近く続いた後で、少なくとも韓国では大きな体制変革が起こった。表現言論の自由を獲得した韓国新世代のなかから、こんな映画をつくる人びとが現われた。キム・ミレ監督は、この映画日韓関係の構図の中で見られたり語られたりすることを望まないと語る。過去を振り返ることをしない社会は、前へ進むことができない。日本韓国も、どの国でも同じことだ、と(前出『支援ニュース』および2021年3月18日付「東京新聞」)。

脈打つフェミニズム視線

 最後に、もうひとつ、肝心なことに触れたい。この映画を際立たせているのは、女性存在だと思われる。

 刑期を終えたふたりの女性が、生き生きとしたその素顔を見せながら、獄の外から窓辺に寄ってきた猫との交友を楽し気に回想したり、かつて自分たち闘争に大きく欠けていたものを率直に語ったりする。前者の年老いて元気な母親は、娘が獄に囚われてから、娘と自分たちを気遣う若い友だちがたくさんできたと笑顔で語る。二人は自宅の庭を眺めながら、「アリラン」を歌ったりもする。

 キム・ミレ監督らが撮影する現場に付き添う姿が随所に見える女性も、長年「反日」の救援活動を担ってきた。撮影すべき風景、会うべきひとについて、的確な助言がなされただろう。

 死刑囚の獄中書簡集を読んで、あん事件引き起こしたひとが自分と変わらぬ、どこにでもいるふつう青年だと知って、縁組をして義妹となったひとの語り口もごく自然だ。女たちの運動を経てきたと語るかの女の言葉を聞いていると、獄中の死刑である義兄とは、媚びへつらいのない、上下関係でもない、水平的なものだったろうと想像できる。

 そして、もちろん、韓国人のキム・ミレ監督女性だ。弱い立場にある労働者現実を描いてきたかの女は、男性の姿ばかりが目立ち、男性優位の価値観が貫いている韓国労働運動の在り方に疑問を持ち、スーパーで働く非正規女性労働者が大量解雇に抗議してストライキでたたかう姿を『外泊』(2009年)で描いた。日本でも自主上映されたこ作品に脈打っていたフェミニズム視線が、『狼をさがして』でも息づいていることを、観る私たちは感じ取るだろう。

2021-01-31

anond:20210131014550

お見込みのとおりSFです

今書いてるのはタイタンに入植した日本人タイタン政策放棄されて地球との往来がなくなってしまい、先住民族みたいに独自メタン文化圏を築いていて、400年後に日本から探検家がやってくる話を書いています

2021-01-13

意識高い系おじさんの逃げ場にされそうになってる。

製造業の間接業務をやっている。今の職場には異動してちょうど一年が経つ。

前の拠点ほど業績が悪くないのか、良くも悪くも周囲の人はみんなのんびりとしていて、

前の職場では出来なければ怒られていたような仕事をすれば凄いと褒められる。

ともかく、超絶ホワイトに来てしま最初は戸惑ったものの、運良く戦場から天国に来たわけで、一年もすると自分的には馴染んできた。

(元々仲の良い人も多い場所というのも大いにあったけど)

 

そんな職場でただ一人、馴染めていない意識高い系おじさんがいる。

意識高い系おじさんは、プロパーのことを土人か何かだと思い込んで、潜在的馬鹿にしているのが見て取れてしまう。

からプロパーはみんなおじさんが嫌いだ。

おじさんはおじさんなりに、頑張ろうとしているようだが、決定的に空気が読めない。

わたしのような異動者にだけ話しかけようとする。

圧倒的多数プロパーを避けて、自分を受け入れないこの職場おかしいと理解してくれるはずの異動者とだけ会話をしようとする。

今の職場のやり方は非効率おかしいんだってさ。だからやり方を変えて貢献したいって。

 

バカなんだろうか。

わたしにはおじさんのほうが非効率しか思えないよ。

わたしはそうじゃないけど、おじさんはエンジニアなんだったらもっと効率を考えるべきだ。

ハード系の製造業プロパーに嫌われたら、なんにもできないよ。

わたしプロパーのことは先住民族だと思ってるけど、役人領土領民に好かれないとなんにもできないんだよ。

立場の弱いわたしに話しかけたって、客観的にみて逃げだし悪手だよ。

画期的な発想だってまず相手に馴染まないと受け入れてもらえないよ。よっぽど頭のいい相手で、よっぽど合理的な発想じゃなきゃ。

今日もおじさんに無駄に話しかけられるんだろうか。

拒絶してしまえばパワハラになりかねない昨今、どうしたらいいのか、わたしにはわからない。

また適当に返してお茶を濁すしかない。

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