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2022-07-20

消費者金融キャッシング枠を使った事がある人の体験談が聞きたい

 

恋人が昔そういうものを気軽に使って借りては返してを繰り返していたそうで、

それの返し忘れたものがあることが郵送物から発覚して今、

同棲したてルンルンだったはずの私と恋人は一気に修羅場状態だ。

 

本人がいうには、20代の頃は稼ぎも散財もどっちもバカバカ多くて、出費が多い月などは気軽に借りて返していたそうだ。

金額は元本が数十万で、延滞遅延金が倍になるほど忘れててそれをあわせた返済額は数十万。

それで今、恋人と別れるかどうかめちゃくちゃナーバスになって悩んでいたんだけれどね。

 

そういえば、そういうのを気軽に使う人ってどういう気持ちで使ってるんだろう?と思ったので聞いてみたい。

消費者金融とか、クレジットカードリボ払いとか、キャッシング枠とか、自分はこれまで選択肢としてあがりもしなかったので、

そういう価値観を持ち合わせていないから「即・拒否!!!別れるしかない!!!」と思ってたんだけど、教えてくれる人がいるなら聞いてみたい。

 

ヤフーファイナンスとかで相談しているこの手の質問の回答って「別れる」とか「一緒に払う覚悟があれば」とかばっかり出てくるけど、

そういうものを使っていても別れず結婚したり幸せカップルもいるのか?

昔の話にできる人は、なぜやめたのか、どうして今やってないのか…

 

消費者金融とか、クレジットカードリボ払いとか、キャッシング枠とか。

そういうものを気軽に使っていた時代がある人の経験談が聞きたい。

そういうのが恋人に見つかったけど続いてるよ〜っていう人もいたらぜひ聞いたみたい。

ねがいだ。私に教えてほしい。

消費者金融キャッシング枠を使った事がある人の体験談が聞きたい

 

恋人が昔そういうものを気軽に使って借りては返してを繰り返していたそうで、

それの返し忘れたものがあることが郵送物から発覚して今、

同棲したてルンルンだったはずの私と恋人は一気に修羅場状態だ。

 

本人がいうには、20代の頃は稼ぎも散財もどっちもバカバカ多くて、出費が多い月などは気軽に借りて返していたそうだ。

金額は元本が数十万で、延滞遅延金が倍になるほど忘れててそれをあわせた返済額は数十万。

それで今、恋人と別れるかどうかめちゃくちゃナーバスになって悩んでいたんだけれどね。

 

そういえば、そういうのを気軽に使う人ってどういう気持ちで使ってるんだろう?と思ったので聞いてみたい。

消費者金融とか、クレジットカードリボ払いとか、キャッシング枠とか、自分はこれまで選択肢としてあがりもしなかったので、

そういう価値観を持ち合わせていないから「即・拒否!!!別れるしかない!!!」と思ってたんだけど、教えてくれる人がいるなら聞いてみたい。

 

ヤフーファイナンスとかで相談しているこの手の質問の回答って「別れる」とか「一緒に払う覚悟があれば」とかばっかり出てくるけど、

そういうものを使っていても別れず結婚したり幸せカップルもいるのか?

昔の話にできる人は、なぜやめたのか、どうして今やってないのか…

 

消費者金融とか、クレジットカードリボ払いとか、キャッシング枠とか。

そういうものを気軽に使っていた時代がある人の経験談が聞きたい。

そういうのが恋人に見つかったけど続いてるよ〜っていう人もいたらぜひ聞いたみたい。

ねがいだ。私に教えてほしい。

2022-07-15

創価学会二世としての記憶感想を私も書いておきたい(クソ長文)

創価中高ですごした増田https://anond.hatelabo.jp/20220714094742)に触発されて。

今のわたしのように、たとえ大人になってから学会活動をやらなかったとしても、親の庇護下・監督下にあり、人間として成長段階でもある、幼少期・思春期青年期前半くらいまでを「二世」として過ごすって、人生経験の中で結構インパクトがある出来事のような気がする。

たまに誰かに話したいな~とか思うけど、世間的な見られ方から、「私親が学会で~」っていうのはいまだに言いづらく、そこでどんな活動をしていたかというのは周囲の非学会員には一切話したことがない。

増田になら…と改めて思ったので、書いておこうと思う。

生誕とほぼ同時に入会

うちは最初に母が入って、父が母につられて入ったという感じで、活動に熱心なのは母だった。

父は言われて新聞配達してたくらいで、仏壇の前に座るとかそういうことは一切しないライト会員。

私は生まれた翌年の桃の節句の日に入会した。0歳なのでもちろん自発的悟りとか目覚めとか釈迦みたいなことではなく、親に勝手に入れられた。

このシステムがまずすごいよなと思う。自発的意思が芽生えないうちから新興宗教に入会って人権蹂躙っちゃそうだろという気がする。

入会日を桃の節句にあわせたのは女の子だったからだそうです(シンプル理由

幼稚園(『お寺』との断絶)

私自身に学会員の自覚はなかったが、母はバリバリ活動していた。会合なんかにも連れられて行っていた。

地域役員地区部長とか? 的な人の家でやるやつと、文化会館といわれる宗教施設でやるやつ、どっちにも連れていかれていたが何の集まりかは全然わかってなかった。

人がたくさん集まってて、同年代の子ももいる集いにつれていかれ、後ろのほうで遊んだ絵本よんだりしてるくらいの感じ。

ちなみにこのころは、まだ学会日蓮正宗破門されていなかったので、普通に七五三等で日蓮正宗のお寺にも行っていた。

が、破門されたとたん日蓮正宗邪宗筆頭みたいな扱いになる。

戦前戦後の墨塗教科書感があり、当時ですらちょっと「え? もうお寺にいかないの…なんで…?」ってなってた。

小学校(自宅で会合が始まる・合唱団入団選挙活動

自宅で会合が始まる

母が地区役職についたようで、低学年のころから自宅が週2くらいある会合の会場になった。

家が創価学会会合の会場になるとか、もしかしたらかなりヘビーな悲劇二世体験のように思われるかもしれないが、実際にはに集まった大人の人らにかわいがってもらったりおしゃべりしてもらったり、同世代の子どもと楽しく遊んだりという記憶しかない。

家に人がたくさん来るのがシンプル楽しいので、自分から会合の場にいることが多かった。

嫌だな~と思ったことはなかった。日常風景みたいな。でもそれは小さかったからで、多感な時期からそうなってたら絶対嫌だったと思う。

会合最初にみんなで法華経方便自我偈をとなえたあと、唱題する。

低学年のころ、その方便品の教本(勤行要典という)をみて、会合に来た大人たちに「これは外国言葉なのか? 何が書いてあるのか?」ときいて困らせた記憶がある。ひらがながふってあるので音だけは読めたが意味不明すぎて…。

あと、会合してる裏で、当時家で飼ってた猫が産気づき、私が猫にかぶりつきで「がんばれー! もう少し!」とかでっかい声ではげましていたので、隣の部屋で会合中の大人らはこっちが気になってしかたなかったらしいということがあった。

会合座談会の内容は、『大百蓮華』(日蓮の残した著作(まとめて御書とよばれる)の抜粋がのってる会合用のテキスト月刊)の勉強とか体験発表とか、今思っても穏当な感じだったなと思う。

学会歌を歌う時間とかはもちろんあった。

家で歌われまくってたのと、中学くらいまで学会歌のオルゴール目覚まし時計(なんかの記念品)で起床していたので、今だにメロディーの一部をおぼえている。

https://www.youtube.com/watch?v=Z5ydB2Onbo8

朝この曲で起きてました。奇特すぎ。

役職についてる人がいるとはいえ子どもの目には会員同士の関係あくまフラットな感じに見えていた。

合唱団入団

今もあるのかしらないが、当時、学会二世キッズは、学会がやってる合唱団にさそわれることがあった。

しかしこれは入会時とちがい、親に強制的に入れられたのではない。

母に「やってみる?」ときかれたので、そのころウィーン少年合唱団にあこがれていたというただそれだけの理由で「やってみるわ」と答えた次第。

ウィーン少年合唱団にあこがれてなかったらたぶんやんなかったし、やんないならやんないで母は何も言わなかったと思う。

一応入団に際してオーディション的な歌唱テストもあったが、そこで音痴だったら落ちるのかっていうのはわからないし、多分そんなことないんじゃないだろうか。

入ってみたら、多分毎週ではなかったと思う駆れども、日曜日文化会館指導があった。

指導学校音楽教師してる等、歌舞音曲の心得のある会員が、おそらく無報酬でやっていて、学会歌ではなく一般的合唱曲練習をしていた。

たんぽぽ」(どんな花よりたんぽぽの花をあなたに贈りましょう♪)にここで初めて出会って、なんて素敵な曲なんだろう、情景が目に浮かぶぜ…とめっちゃ感動したのはいい思い出の一つで、いまだにとても好きな歌。でもタンポポ別にいらない…。

小学校が違う気の合う友達もできたし、先生の一人が若めのイケメンだったので合唱団は楽しみだった。

創価中高の増田も似たニュアンスのことを言ってたが、池ちゃん外国歴史上の偉人リスペクトしがちで、それが関係してるのかしらないけど、ある日突然第九…大晦日に歌うあれを練習しますーってなった。

小学生ながらに「フロイデーシェーネルゲッテルフルケン」とかって一生懸命練習したよね…。

なんのためにやってたかというと、当時、学会がヤフド(当時は福岡ドーム)を貸し切って、そこで池ちゃんがやってくる大規模な記念式典をやることになってて、そこに九州ブロック? のみんながあつまって第九合唱する…みたいな話になってたので、そのため。

このとき練習普段練習の20倍くらい気合が入っていて、池ちゃんが来ることの重み・貴重さ、池ちゃんの前で歌を披露できることがどんなに名誉かをめっちゃ説かれた記憶がある。

あと、合唱のほかにも「夢や目標をもったら、それがかなうように唱題(お題目を唱える)を一生懸命やりましょう」的な指導があったのだが「でもお題目を唱えるだけではだめ。目標をかなえるためには、そのための努力もかかせない。努力に加えてお題目も唱える。どっちかだけでは意味がない」ということを先生が言っていたのを今でも覚えている。

今の私は別に努力だけでいいだろと思うが、現世利益志向宗教として、特段変な教えじゃないよなってのは思う。

なんの催しか忘れちゃったんだけど、発表会のために合唱団員の何人かからダンスするメンバーを選ぶってことがあって、私は踊りとかドへたくそなのになぜか立候補

練習時点でグダグダの踊りを披露してたんだけど、そのとき自分でやるっていったんだから責任もってしっかりやろう」という、もはや信仰とかなんも関係ない普通ダメだし(指導)受けたのも印象に残っている。

選挙活動

学会二世には「選挙祭り」って感覚持ってる人がいるんじゃないかと思う。

実際祭りだし、会員はその時期になると手弁当で友人知人宅を突撃し、候補者のビラをわたし投票のお願いをしていた。電凸とかじゃなくて、家凸。やば。電凸もしてました。

でも不思議なことに、母って、当時凸ってた相手と絶縁どころかいまだに仲いいし、最近できた非会員の友達(母はめちゃくちゃ社交的で友達が多い)に対しても、投票日に投票所に連行する「連れ出し」とか平気でやってるのに、不思議と嫌われてる様子もない。こないだ連れ出し被害食らった人と母と私の3人で飲んだくらい。

私は自分友達に同じことやったら絶対ドン引きされて絶縁されるだろうなと思うんだけど。このへんは世代感覚なのか、母のキャラゆえなのか、いまだによくわからないところ。

とにかく私は同じことはできないし、したくもないし、そもそも公明党には投票してない。

話がそれたが、当時の家凸は、同じ地区の会員同士で車とかに乗り合わせて回ることがおおくて、子どもの私も車に同乗していた。

完全にお出かけドライブ気分だし、乗り合わせする家の同世代の子とかも来るので、普通に楽しんでついてってた。

あと、当時は親のやってることや信じてることを当然に受け入れていたので、乗り合わせた子といっしょに、信号停止中、後部座席からリアガラス候補者のチラシを掲げて、後続車にアピったりしていた。

若いカップルがにこにこ笑って、オッケーマーク出してくれたの未だに覚えてる。向こうは覚えてるかなあ。

今おもえばひたすらめちゃくちゃ寛容な人たちだ…それか会員だったのか?

中学校(活動に疑問を持つようになる・教学試験

活動に疑問を持つようになる

小学生のころから国語社会歴史)が好きだったんだけども、中学生になると古文の授業がはじまり日本史の分量も増えたこともあり、その分野への興味関心は増していった。

母の蔵書である古典文学全集解説書、文学文化財の図録本などを開くのが大好きで、たのしみな時間だった。

円地文子清少納言枕草子解説している文章リリカルかつキリリとした美しさに感銘を受けた。

腐女子としての目覚めとこじらせも発生していて、その脳のままに平家物語現代語訳を読んで、平経正守覚法親王関係都落ちに際して琵琶返しにいくあれ)に爆萌え

絶対修学旅行では仁和寺に行きたい!! って心に決めて実際行ったり、数多のいにしえの物語随筆舞台になった京都、その登場人物である彼女ら彼らが参詣し今も残っている古寺への興味がすごく高まった時期だった。

しか学会員は寺とか神社とかを蛇蝎のごとく嫌っており、母もそういうメンタルだったので、京都や、京都に限らず、寺や神社積極的に行きたがる私との間でちょっと揉めた。

寺や神社を頭ごなしに否定する学会員の在り方に疑問が芽生えてきたのもこのころだった。

教本には、勤行の最後には「諸天善神のおんために」祈ると書いてあり、ご本尊にも「南無妙法蓮華経」の字のまわりに、いろんな神様名前が書いてあるのに謎すぎる。

(ちなみに改定が入った現在の教本では諸天善神のおんために、部分は割愛されてるらしい。祈れよ)

私は母に、はるかから善男善女が祈ってきた場がそんなに悪い場所であるとはどうしても思えない。貴重な文化遺産歴史の息吹を感じさせるすてきな場所だとしか思えない。そんなに嫌うなんておかしい、というような趣旨のことを懸命に訴えた。

訴えられない、訴えても聞き入れてもらえない学会の家の子もいたのかもしれないけど、私の母はそういうタイプでもなく、私の考え方や言動によって、寺や神社への抵抗感は薄れたといっていた。

そんなわけで、母とはのちに一緒に京都旅行を何度もすることになったし、そんなときには寺や神社にも普通に詣でた。

世間一般学会偏見をもっているんだなあ…ということを知ったのもこのころだった。

中学友達立正佼成会で、呼び出されて逆折伏されそうになるっていう出来事もあってしんどかった。そして世間からしたらどっちもどっち

政教分離的なところでも疑問が生じてきて、もやもやすることが増えてきた。

でも学会は小さなころから当たり前に傍らにあるもので、うちは別に多額の献金とかで破産してるわけでもなければ、活動生活破綻してるわけでもない。どころかその時点で、楽しい思い出がいっぱいあった。

(今もって)学会の一側面しか知らないにもかかわらず「世間で決めつけられてるような団体じゃないのに…」というジレンマを感じていた。世間で決めつけられてるからには理由があるだろうに…。

ちなみに、法華経方便品は一体何を言ってるのか? という低学年のころ解消されなかった謎は中学生の時まで続き、ミネルヴァ書房から出てた法華経日本語訳を読んで解消した。(文化会館の、数珠とかうってるグッズ売り場で普通に買えた)

読んで「シャリホツ!(なるほど!)」みたいな感じあった。(?)

日本語として何を言っているのか? という謎は解消したが、内容は中学生には難しい部分も多く、あまり心に響くことはなかった。

教学試験

教学試験について説明すると長くなるので省く(説明はここ: https://www.sokanet.jp/kaiin/news/2022070101302/)けど、リンク先にもあるとおり、中学生になると、先述の「御書」やなんやから出題される試験を受けることになる。

一般的な検定試験と同じで、初級~上級みたいな段階的な区分けがあって、当然上の試験合格は難しいし、そもそも試験も年に1回きっちりあるいかそういうもんでもないらしいがよくわからない。

上級のほうになると、ある程度しっかりした活動してないと受験資格も得られないんじゃないだろうか。

ただ最初にうける、英検で言えば5級的な試験だけは、中学生になったらすぐ受けられるっぽくて、私も中学時代に受けた。

さっきも書いたけど、古文が好きで得意だったので、「御書」の勉強シンプルおもしろかった。夜にやってる勉強会も同世代が集まるからしかったし、普通に合格した。

でもそれ以降の試験は受けたことないし、受けろと言われたこともない。多分受験資格が発生してない。

母親は一番上まで持っていて、父親は未受験

高校同級生に会員がけっこういることに驚く・創価大学受験して進学しない)

同級生に会員がけっこういることに驚く

高校のころは学会活動への興味はほぼ0になっていたので、文化会館でやる大きい会合だけ顔を出していた。

信教の自由であるとか、折伏新聞啓蒙選挙活動についての疑問についてまじめに、ナーバスに考えていたのはむしろ中学生のころで、高校ではもはやあまりそういうことに囚われなくなっていた。

やりたい人がやればいいし、やりたくない人はやらなくていいい、自分あんまかかわりあいになりたくないかな、くらいの、ごくのシンプルなところに落ち着いてきた。

親は、そういう私の姿勢についてはじめのうちはいろいろと小言を言ってきていたけど、会話を重ねるうち「それも考え方だね」とむこうが折れた感じ。

高校生になると学区がかなり広くなり、生徒数も中学までとは比べ物にならないため、同級生二世について「あの子学会なんやな…」と会館である大きい会合の場に来て出くわして互いに知ることになる。

けっこういるのにおどろいた。

多分あなたのまわりにもいっぱいいると思いますよ、私がそうであるように口にしないだけで。

創価大学受験して進学しない

学会員の間では、創価大学は超絶いい大学東大にも負けない日本最高峰大学! みたいな扱いなので、高校に進学してから偏差値的に全く大したことないのを知って驚いたというか拍子抜けした。

めちゃくちゃいい大学なら目指すのもありかなと思っていたけど、そうでもなかったので、最終的に滑り止めの一環として受験した。

活動自体はどうでもいいかなと思いつつ受験しているの……もうこれは、幼少期から刷り込みしか言えないと思う。

偏差値的に大したことなくても、学会員の間ではめっちゃほめてもらえるのもわかってたし…。

当日の試験も易しかったし、学費免除の枠で合格したが、魅力を感じてるわけではないので進学はしなかった。

同じクラスの、割と熱心な二世からは「せっかく合格したんだから行かない?」と最後まで説得されたが「すまん、京都行きたいわ!」ってことで断った。

親でもそんなこといってこないのに…とおもってちょっと引いた。

大学学会ネットワーク驚愕偏見を感じる)

学会ネットワーク驚愕

そんなわけで京都に進学したら、すぐ現地の会員の人が面会に来て、京都の会館(堀川にある立派なやつ)に連れていかれたし、同じ大学の先輩ともつながらせられた。

ネットワークマジで驚いたしちょっと怖かったよな…。

ちなみに大学には創価学会サークルがあって普通に活動していた。

極左サークルとかはめっちゃ厳しく規制されてて、校内いたるところに掲示があったが、創価学会サークル普通に野放しになっていた。

別に実害ないってことなの? 今思ってもちょっと謎。

どっちにしろ私は入らなかったし、学会員としても一切活動しなかった。会館に行ったのも最初の一度くらいだったかな。

この時つながらせられた大学の先輩、1回生前期のかなり早い段階で連絡を取らなくなり、名前も覚えていないのだけど、この人に勧められて宮本輝の『錦繍』を読み、最終章で身も世もなく泣きまくったのを覚えている。

名前は忘れたけれど、今でも大好きで大切な一冊を勧めてくれた人がいたことはずっと覚えていたい。

続き(https://anond.hatelabo.jp/20220715032335

2022-07-11

投票率の低さは入れる人がいないという理由もあるかもだけど、一番深刻なのは入れようと思っても情報集めようかなとSNSとか見てると自分知識が低いとか浅はかとか誤解して、何入れても文句言われそうだからと諦める人が多いんじゃないかな。」

…って、どんだけ他力本願なんだよ

そりゃ、どんな候補に入れようが誰かから文句を言われるだろうがよ

から文句を言われず受け入れられるなんて事は有り得ない訳だけど

なんでこう選挙に関してのみ異常にナーバスになるの?

ていうかこの手の「何入れても文句言われそうだからと諦める」とか言ってる人達って大抵、立民に入れた人に対して文句を言う人達存在無視するんだよね

2022-07-07

キレ散らかす駅員

対応を一歩でも誤ると運行に甚大な影響を与えて始末書どころじゃ済まないだろうから

ナーバスになるのは分からんでもない

おれもあんなんに巻き込まれ責任取らされたくねーもん

2022-05-29

読んでるマンガおもしろいんだけど、主人公も前向きで熱くて嫌いじゃないけど

でもなんか購入手前でひっかかるのは

敵が本当に人間臭く嫌な、面倒なヤツなところ

現実ナーバス感情を起こされちゃうんだよね

からこそハラハラして面白く読み進められるところはあるんだけど

繰り返し体験したくはないなっていう

2022-05-22

anond:20220521194408

今まで生きてきた中で、一番の大不況は2008年後半~2010年の時だったと思う。

首相が「カップラーメンの値段を知らない」というだけで叩かれていた。

みんな物価とか給料とか、ナーバス気持ちで生きていたよ。

可能な限りお金は使わないで生きる時代だった。

2022-04-19

全てが平坦になっちゃった

40後半に突入しもう家庭や子供もつ希望出世への気力もなくなり、現状維持でとりあえずは食べてはいけるけどコロナで出かけることも友達に会うことも少なくなり、うるさい辛気臭いテレビなんかも観る気も起きない、で、っていう、なんか人生が急にフラットなっちゃった


もしかしてコロナのせい?

ふさぎがちな気分の時はランニングしてどうにか健康気持ちを保ってるけど、時々世話しに行く年老いた親がいるので好きだったジム水泳やはどうしても感染が気になって行けない。ナーバスになってしまう。気の置けない友人達に飲みに誘われて行ってみたが感染が気になって気になって終始引きつってビクビクしていた。親がいなければもっと肩の力ぬいてコロナと向き合えるのかな?コロナに楽観的な人達にはどうしても嫌悪感を覚える。性格か?


もしかして更年期

映画小説漫画を見ても描かれている内容が全て他人事に思えて頭に入ってこない。あんなに好きだった音楽聴く気にならない。体を動かしたり自然を眺めるのは気分がいいので車で軽くドライブして川辺でぼーっとするのは好きだけど。わけもなく虚しくなったり溜息ばかりが出る日常。鬱なのか?私だけなの?更年期?皆経験するの?


音を奏でてた人生が急に静かになってシーンとなって平坦になっちゃった。なんだこれ?

2022-03-05

先生に出さなかった年賀状の思い出

今は個人情報問題があって難しいと思うが、私が子供の頃は、担任先生から必ず年賀状が来ていた。

よく考えたら、年賀状代はおそらく私費なんだろうし、40人分近く印刷するのだって、それなりに手間がかかる。

そんなふうに、プライベート費用と手間まで費して、教員というのは本当に大変な職業だと思う。

その点ではむしろ教員が生徒に向けて年賀状を出す習慣というのは、無くなった方が平和なのかもしれない。

さて、年賀状は来たら基本的に返信するものである。私も担任先生に返信していた。

そして、担任から外れた次の年からは、感謝なのか慣習からなのか、年賀状自分から出すようになった。

すると、いつ辞めるかが問題になる。私の場合大学生になってようやく辞めた。

逆に言うと、大学生になるまで、担任だった先生への年賀状を延々と出し続けていたのだ。

初めてもらった年賀状幼稚園先生からだった。なので、一番長先生だと10年以上やりとりを続けていたことになる。

そんなに長くやりとりが続いて、微笑ましいことだって

いや、その事実は私にとって結構トラウマだ。

なぜなら、担任先生年賀状を送るのは、おそらく「学級通信」の延長みたいなもので、

担任としてのコミュニケーションを円滑にするためであろう。そうであるならば、担任と生徒の関係が終わったあとは、

こんなに長く年賀状をやりとりするなんて望んでいなかったんじゃないかと思うのだ。

端的に言うと、迷惑だったんじゃないかと思うのだ。

年賀状しか接点の無い単なる一生徒から10年以上も年賀状を送り続けられて、果たしてしかったのだろうか。

なにしろ、送った相手教員なのだ

「○○高校に行きました」と報告されても、多数居る教え子の一例でしかないのだ。

そんな多数の中の一情報に「嬉しい」と感じられるものなんだろうか。私が教員なら無理だと思う。

それに、この件で何が一番たちが悪いかというと、私自身の対応の仕方だ。

大学生になるまで担任だった人に年賀状を出し続けるというのは、そもそも私の本意ではなかったのだ。

他人年賀状をやり取りできる嬉しさで、10年以上も会っていない人に年賀状を出し続けたわけではなかった。

しろ、怒られるのが怖くて年賀状を出し続けていた。

具体的には、「担任だった先生年賀状を出さないなんて礼儀を失している」と親に怒られるんじゃないかと思っていた。

担任先生を想ってではなく、親に怒られるのが怖いという一心で、出したくもない年賀状を出していたのだ。

先生年賀状を作るのは手間だったろうが、当時子供だった私には、年賀状作りなんて冬休み憂鬱になるほど面倒な作業だった。

30代を終えようとしている私が子供の頃は、PCなんて普及していなかった。

そのため、自分干支イラストをクーピーで書き、「高校では○○部に入り、云々」みたいな近況を知らせる文面を考え、

ペン書きなので、書き損じにならないよう(つまり無駄になったと親に怒られないよう)、必死に気を使って書き付ける。

そんな、夏休み工作みたいなことを大学生になるまで毎年繰り返していた。

ということは、高校生のときももちろんそうしていた。

高校3年生の受験シーズンでも、受験時のナーバスな時期だからこそ、親に怒られるなんて絶対に嫌だと思って、

干支の絵をお絵描きしていた。そしてそれを、例えば幼稚園とき先生に送っていたのだ。

こうして、改めて今になってよく考えると、本当に頭のおかしいことをしてたんじゃないかと思う。

高校生になっただろう相手男性)が、小学生みたいな干支イラストで毎年年賀状を送りつけてくる。

それも、10年近く会ってない相手から

きっと、なんでこんな稚拙な絵を延々と送り続けてくるのか、新年早々の疑問になっていただろう。

しろ、恐怖を与えてしまっていたかもしれない。

などと客観的に考え出すと、我ながら恥ずかしいことをしてきたと、枕に顔を押し付け叫びたくなるほど後悔する。

受験勉強をセーブしてまで、やりたくも無いお絵描き10枚近く、きっと存在しなかった親の怒りを恐怖するために書き続けていた。

そう、この恥ずかしい行動の原動力は「親への恐怖」だったのだ。ここがいまだに、自分ことながら意味がわからない。

どうして、そこまで親に恐怖していたのだろう。別にそこまで仲が悪いわけでも無かったのに。

12月になると、特に希望もしていないのに、親から毎年無地の年賀状10枚渡されて、

それを無駄にすると怒られると思ったから?それにしたって、「もう高校生だから」と断ればよかったのだ。

本当に、私は頭のおかしなことをしてたと思う。「親への恐怖」という妄想で、かつて担任だった人々に迷惑をかけた。

自分ことながら、一種心理ホラーにさえ思える。

まあそれでも、大学生ときには、担任だった先生への年賀状を辞めることができた。

大学生になったので、塾のバイトを始めて給料が手に入り、年賀状くらい自分で買えるようになる。

当然、親から年賀状をもらう必要も無い。「年賀状自分で買うから」と、ようやく断ることができたのだ。

そして、自費で年賀状を買う段になって気づいた。気づいたことは2つある。

まずは、それなりの額を出せば、イラストが付いた年賀状が買えるのだということだ。

それまで、イラスト挨拶が書かれた年賀状は、大人業者に頼んで大量注文しないと手に入らないものだと思っていた。

それが、大学生協に並んでいたのだ。これは、本当に救われた!という気分になった。

そんなの、コンビニスーパーにも並んでるから大学生にならなくとも気づくだろ、と思われるかもしれない。

しかし、私は大学生になるまで、ろくにコンビニに入ったことが無かったのだ。

その理由は、私の家ではお小遣い制度が無かった(金銭必要とき必要なだけもらえる)というのが大きい。

学級帰りにコンビニに立ち寄ってパンでも買って帰ってくる、みたいなことをするお小遣いが手元に無かったのだ。

スーパーにしたって、中学生以降は親と行動するのが恥ずかしくなるわけで、ろくに立ち入ることが無かった。

まあ、そもそも田舎に住んでいたので、自宅から歩く距離にはコンビニスーパーも無かったわけだが。

話が横道に逸れたが、とにかく、金を出せば年賀状稚拙イラストを載せなくてもよいと知ったわけだ。

そして、もう一つ気づいたことは、そもそも論になるが、担任への年賀状意味はあるのかということだ。

それは大学生になって、担任というシステムから解放されたのが大きい。

(いや正確には、学年全体での担当教授は居た気がする。しかし、有名無実というか空気みたいな存在だった。)

大学では、自分知識は多くの教員バラバラと与えてくるものであり、担任という唯一の存在依存する必要が無い。

(まあ、ここについても、研究室に配属されるようになると、考えはまた変わってくるわけだが。)

そう考えると、それまでの「担任」という人々に、こんな10年も経ってまで感謝を示し続ける必要があるのか疑問になってきたのだ。

そういうわけで結局、大学一年生のとき年賀状は完全に取り止めた。

ちなみに、当時は実家暮らしだったため、自分年賀状を出していないというのは、親にも当然バレるはずだった。

正月以降に、毎年来るはずの担任先生たちから年賀状が全く来ない、という形でバレるはずであり、戦々恐々としながら新しい年を迎えた。

しかし、親には怒られなかった。

今考えれば、親に怒られるなんて全て私の妄想だったので、当然の結果だったわけだが、当時は心の底からホッとした。

まあ、そこからようやく「親への恐怖」が自分妄想であることに気づくようになり、

前述のとおり、これまで稚拙年賀状を出してきたことをトラウマに感じるようになってしまうわけだが。

というわけで、担任だった先生への年賀状の話でした。

結局、自分妄想他人を振り回してしまったわけで、その点は今でも申し訳なく思っている。

そして何より、自分自身稚拙イラストを書いたり本当に苦痛だった。

そんなお互いに苦痛な習慣を、自身勘違いで長年続けてしまったのは本当に黒歴史だ。

リアル相手にはとても言えないけど、黒歴史な思い出は文章にしてちゃん客観視しないと、

いつまでも「思い出しアー」になって苦しむことになる(実際、毎年年末に思い出して苦しんでいる)ので、一通り書き出した。

あとはこうして、匿名掲示板に記して供養としたい。

ちなみに、年賀状トラウマになったので、大学生以来誰にも出していません…

となれば、お話し的にはキレイな展開なんだと思うが、高校ときの友人との年賀状は、数枚ながらもまだ続いている。

大学生の頃は、年賀状なんか一生出すもんか!とも思っていたのだが、卒業すると就職で散り散りとなり、お互いの近況を知りたくなった。

現在であれば、それはLINEか何かで実現できるのだろうが、15年以上前の話なので、そこはやはり年賀状でのやり取りとなった。

携帯メールはあったんだけど、何かこう、正月だとかのきっかけがないと、お互いやりとりしないよね。

って、やっぱり私も古い人間なのかも。

まあとにかく、子供の頃は色々やってしまったけれど、年賀状を誰かに出す習慣はまだ潰えていない。

今はさすがに年賀状コンビニで買ってきたものを使っているけれど、その印刷された文面の端っこに、

ペン書きながらも簡単イラストを書いてしまうのは、そういう過去があったからなんです。

最後まで読んでくれて、ありがとう!)

2022-01-15

anond:20220115174634

第二次世界大戦で確かにドイツは負けたけど、厳密にはヨーロッパの国々はドイツに勝つことはできなかったんだよね。

アメリカソ連の参戦によって、ようやくドイツ降伏させたわけで、フランスイギリス戦勝国の割には国際的地位は大きく低下した。

ヨーロッパ諸国ナチスヒトラー、鍵十字にあれだけナーバスになるのはドイツの潜在力が怖いからだと思う。

イギリスフランスって核兵器を持っている以外には何もないし、そもそも核兵器理論を作ったのはドイツ人のアインシュタイン実用化したのはフォン・ブラウン博士だし。

障碍者のように差別されるのが怖い

実際手帳持ちだが、発達障碍者差別する発言最近ネットの掃き溜めで良く見かけるのでバレて差別されるのが怖い

10数年前のネット差別用語では池沼、パワー系から最近アスペ含む発達が槍玉に挙げられるような気がする(自分も日々の不満を弱者にぶつけた側だった)

特殊学級児は醜く鈍臭く情緒不安定で内心差別していたが、今や自分がその立場にある社会不適合者のKKOとして

パラリンピックに出るような実質ジョックスの身体障碍者や人怖じせず従順タイプ知的障碍者の方が自分より上等な人間である卑下に苦しむ

レジ前で会計をモタモタして詰まらせてナーバスなったのでこう思った(念の為服薬はして行った)

2021-12-20

今日調子が悪い。

急ぎの仕事複数入ってテンパっているのと、明日面談予定がナーバスなのが主な原因か。

仕事は定時で切り上げて猫を撫でまくることにする。

ねこだいすき

2021-11-16

長いこと恋人がいて、別れてからたった2日しか経っていないのに突然他の人とセックスをしてしまった。

自分でも何があったのかわからないし、全然お酒を飲んでいないけどなぜかした。

恋人との別れ話も自分からしたし、後半はウンザリしていたから別れたことで精神的にナーバスになっていた感じもない。

あーもう自由セックスしてもいいんだ、と思ったらされるがままにしてしまった。

頭のおかしい女だと思われただろうと思って相手謝罪したら不思議そうな顔をしていた。

こちらこそですが…と相手から頭を下げられ、妙な空気になってしまった。


以降相手から毎日連絡が来るし、会いたくなったと電話が来て食事に行ったり、ホテルに行ったり、自宅に来たり行ったりしている。

7年交際した恋人と別れた2日後にこれだ。

自分は頭がおかしいのかもしれない。もうすこし余韻や空白の期間を作った方が良かった気もする。

仲良くしてくれている年上のお姉さん友達に話をしても「そんなもんそんなもん。次がすぐ来るもんだよ」と言っていたし

高嶋ちさ子も「男は山手線」だなんて言っていたのを思い出した。

なんというか自分には慎重さに欠ける部分がある。

仕事精密機器を取り扱う専門職で失敗しないのに、人間関係ではこんな感じになってしまものなんだ。

不思議な冬だ。

2021-10-24

街頭演説を聞く人がめっちゃ密集してる写真

さも自分の手柄であるかのように誇らしげにSNSにアップする政治家がたくさんいる。

この時世にそれはどうなんだよ…。

 

しかし、人流が減ってないのに今日の都の感染者数は19人で、もはや人の密集にナーバスになる俺の方が時代遅れなのだろうか?という気持ちも無くはない…。)

2021-09-08

anond:20210908015328

うちの母は直腸がんで死んだけど

医者余命宣告が誤差1週間以内で的中して(もちろん偶然なのも分かってはいるが)医学ってすげぇなと思った。

もうすぐ死にま~す!って時はもう会話どころか意識がないし

そろそろ死ぬかもって時は体力もないしナーバスになってて会話どころじゃないし

まだ大丈夫かもって時に死について語るのは気が引けるから

フィクションみたいに病床で感動的な言葉を残すみたいなのは起きないんだな~って思ったわ。

変な民間療法吹き込むと どうせ死ぬなら「リスクのある正規治療」より「リスクがない(効果もない)眉唾療法」の方がいいか っていう思考になって

セカンドオピニオンとかも一切拒否するようになるから気をつけろよ。

あれは全部死にゆく者がそのコミュニティ内で強固な発言権を得ることに漬け込んだ詐欺で、とにかくありもしない甘言をならべ現行医療こき下ろすことで死人が易きに流れるようにしてる。

しか詐欺にあった奴はみんな死ぬから有耶無耶になる。

残された家族は「俺がもっとし強引に治療させていれば」って言う自己嫌悪けが残る、もちろん「どうせ死ぬなら自分で選びたい」と言われれば強引になんてできるわけもないか無意味な後悔だが。

ちなみにうちは医者から「もうマジで死ぬから病室こいや」って言われてから1時間待たずに死んだ。

仕事中で色々片付けてから会社出て病院まで走っても間に合わなんだ、親戚一同揃ってて「息子間に合わなんだの?」って視線に晒され相当気まずいから高速移動の準備はしておいた方がいい。

2021-08-31

しがない絵描きなんだが

俺の美少女イラストをどう使ってくれても良いが、知らんおっさんから引用で「このプレイで辱められたいハァハァ」とおっさん変態性癖自己投影先として利用されていた報告を受けて、少しもやもやとしたというか自分作品需要がある層が分からなくなって少しナーバスになってしまった。

そんなに何万RTされるような規模じゃないのにそういうニッチな層を引き寄せてしまうの、マーケティングミスったんだろうか。

2021-08-19

無題

10年の友情が終わるってなんだろう。

最初から友だちでもなんでもなかったのかめしれないけど…

10年来の友人が突然無理になりました。

理由は、さまざまな理由が重なって限界が来たというかんじ。

箇条書きにします。

・会っても携帯をずっと触ってラインツイッターかを見ている。(中学生の時はずっとイヤホン音楽を聞いていた)

プライベートなことはあまりさない。

・物の受け渡しで会ってもすぐに帰る(玄関先でやりとりする)し近所に住んでるのに予定が合わない。

相手から来ると言って、近所に住んでるのに時間通りに来ず、1時間後に「頭痛いか今日は無理」の連絡。

・観て欲しいと私が言って、相手が観たいと言ったDVDCDを貸しても見ない。聞かない。

・数年前の2人旅行で前日に徹夜。行き帰りはずっと寝てるし旅行中はずっと不機嫌で話しかけても生返事で撒く勢いで歩き自撮りばかりしている。

・察してちゃん

・ふとしたときに出る下ネタがきつい

・怒った時に口汚く罵る

自分写真に撮るのが好き

インスタグラムで他の人とのツーショットないしはスリショット投稿するけど私は無い

大きい理由はこのくらいでしょうか。

これだけ書きましたが、私にも悪いところはあったと思います。まぁ相手からは何も言われないので(察してちゃんなので)何が嫌だったかもわかりませんが…

直接言わない私も良くないと思います。でも、いつもなにかに怒った時はすごく口汚く罵るから言いにくかった。

まりプライベートなことは話さないから聞きたくないのかと思って気持ち的なことは言いづらかったし…察してちゃんなので察してあげたら動きづらくなってしまった。

中高と一緒だったのですが、大学で進路が分かれて全然私とタイプの違うひとと遊ぶようになったりして相手も変わったのだと思います

私といたら嫌なことがあったのかなと思うとすごく悲しい。

上記には書きませんでしたが、相手がすごく美人だったのもすこしコンプレックスでした。

ちょっと語弊があるかな

同じバイト先だったので、どうしても比べられることはあったと思います他人に比べられること自体はそれほど気にならなかったのですが、彼女から見下されてたらどうしようと思うのが嫌でした。

実習や仕事のことで愚痴を言ってしまうことが多かった時期があったので、それも嫌だったのかも。

私が嫌なことがあったらそれで頭がいっぱいになるタイプなのである程度はしょうがなかったと思うけど、毎回愚痴られるのはうんざりしていたと思います

貸したDVDを見てくれないのも嫌だった。

私は彼女が見てほしいと言った漫画はぜんぶ読みましたぎ私のおすすめ全然みてくれない。

興味無いなら、どうせ見れないなら最初から断ってほしかった。

バイトで「普通こうするやろ」ってその時初めて言われたことを本当に常識が無いみたいに注意のがずっと引っかかってます

私は「普通」なんて無いと思ってるので、彼女にだけは言ってほしくなかった。ていうか最初から言ってないことを「普通」という共通かも分からない認識のもと注意しないでほしかった。クソ上司みたいなこと言わないでほしかった。今おもえば、元々そういう人だったのでしょう。

再就職先に初出勤する前日に「彼氏ができた」と報告されたのも嫌でした。

うるせえと。

すごくナーバスになっていたので衝撃は5倍でした。

今は彼氏がいる彼女(ややこしいな)が気色悪いです。匂わせ投稿が……目にあまる…………

彼女が誰かとご飯を食べた、みたいなツイッター投稿をするたびに「私とは遊ばんのに…」みたいな気持ちになるのが嫌です。

まぁ遊んでも嫌な気持ちになる確率はフィフティー・フィフティーなんですけど……

上記にあったように、私と撮った写真だけインスタに上げられないのも、「私は大学の友人やには見せられへんほど見苦しいのか?オシャレインタグラムにはふさわしくないほどダサいのか?」と思って嫌でした。わたし第一級のオシャレをしてるつもりなんですけどね。

無言でやるのが感じ悪いですね。

所詮近くにいてもソーシャルネットワーキングサービスに繋がれた友情だったのかもしれません。

私たちには対話が足りなかった。旅行に行くたびにくれるお土産なんて欲しくなかった。誕生日プレゼントも買いたくないならくれなくても良かった。

ほんとうに、対話が足りなかった。

からでも話せたら、何か変わるのでしょうか。

お互い子どもなので難しいかもしれません。

落ち着いたらツイッターブロックしたらもっと楽になれるとおもいます

2021-08-08

増田近代五種識者の解説を待ってる

直前にセイントボーイ号に乗って失格になったロシア人選手の扱いがひどくてセイントボーイ号はかなりナーバスになってて、シュロイ選手は馬を変える権利があったがそれを行使せず、セイントボーイ号ハミ競技中に変なところに入ってしまったらしいけど、解説がないとよくわからん

2021-08-05

仕事上での人との別れにナーバスになり過ぎてる

からそう

もっとドライになれたらいいのになと思う

死んでお別れじゃないんだし、生きてりゃ会うこともあり

もっともっと認識を軽くしたい

今日仕事おわって別れて、次の日また会うくらいの認識修正したい

2021-07-19

もう友だちとの会食も無理かも。飛沫気になりすぎる

コロナ前までほとんど気にしたことなかったけど、

この1年で、人との会話であんなに飛沫拡散されることを知ってしまってから、飛沫がとても気になってしまった。

特に食事中の飛沫やばいのを知ってしまった。

目の前の料理あんなに飛沫をばらまいていたなんて。

ワクチン打ったら大丈夫ということではなく、衛生面で無理になった。

この1年で、自分が思ってる以上に人との接触ナーバスになっている。

コロナあけたらワクチン打ったら、みんなで会おう飲みに行こう、という話題が出るたびに、前向きに受け入れられなくなってしまっている。

もう人と食事するの無理かも。

2021-06-03

もう友だちとの会食も無理かも。飛沫気になりすぎる

コロナ前までほとんど気にしたことなかったけど、

この1年で、人との会話であんなに飛沫拡散されることを知ってしまってから、飛沫がとても気になってしまった。

特に食事中の飛沫やばいのを知ってしまった。

目の前の料理あんなに飛沫をばらまいていたなんて。

ワクチン打ったら大丈夫ということではなく、衛生面で無理になった。

この1年で、自分が思ってる以上に人との接触ナーバスになっている。

コロナあけたらワクチン打ったら、みんなで会おう飲みに行こう、という話題が出るたびに、前向きに受け入れられなくなってしまっている。

もう人と食事するの無理かも。

2021-03-21

しがない地方オタク

コロナ流行り、様々なイベントライブが中止になって大体1年経った。

そんな中、徐々に大きい会場でのコンサートも再開されている。



つくづく、地方民そろそろしんどいな、と思う。

コロナ禍以前は地方に住みながらも頻繁に様々な場所まで遠征し、オタ活を楽しんでいたが、今はそうもいかない。



私の仕事は広義で言えば接客業に入る。首都圏等に比べると私の住んでる県は感染者なんてほとんど居ないに等しいのだが、それでもかなりの縛りがある。

外食家族以外とはNG必要最低限の外出は控える。自分だけでなく同居してる家族も、県外に出る際には必ず理由を明記の上届出を出す。

届出を出せば県外に出ても良いのなら、コンサートに行けるのでは?というのは建前だ。

実際は本部に届出を出す前に上司却下されるのがオチだ。

また家族とも同居しているが、私の家族上記の条件+家族に熱があった場合コロナで無くとも仕事を休まなければならない。

もちろん有給使用してだ。



ジャンルによるとは思うが、私の居る界隈では現場に行った者にしか人権がない。

去年から徐々に現場が再開し、応募すら出来ずにTLを眺めているが、そろそろ嫌気がさしてくる。

仕方ないのは分かっている、地方で住むこともその職を選んだのは自分から自業自得、というのもそうだと思う。

が、就職した時点ではこんなことになるなんて、誰も想像出来なかったのだ。



楽しそうに現場に着ていく服を選ぶ人。申し込みの協力を頼む人。チケットが当たった人。チケットを譲ってくれる人を探す人。

誰も悪くないけれど、見る度に自分不自由さを実感して泣きたくなる。



こんな文を書いてる間にも、首都圏4都県のイベント参加人数の上限が最大1万人に緩和されたというニュースが流れてきた。

皆が楽しそうで何よりだが、これも現時点では私には関係の無いことだ。



だったら職を辞めて一人暮らしをすれば良い。首都圏に引っ越せば良い。最もだと思う。

言うのは簡単、でもそれが出来ないのだ。

それが出来ないくせにプライドだけはある。

こういう所がダメなんだろうな。



なんだか、書いてるうちにナーバスになってしまった。

これを投稿したら、しばらくはツイッターから離れよう。インスタも削除しよう。

インスタに至っては、現場が無いので、1年くらい投稿しておらず、いいねを送るだけになっているし。

それで私が置かれている状況が変わることは無いが、しんどいと思うことは少なくなるのかな。分かんないけど。

2021-03-19

僕が女を嫌いになった話を聞いてください

僕はずっと女が羨ましかった。

普段は「女」なんて言い方はしない。「女の人」だ。

 

小さい頃から、「女の人は大事にしないといけない」「女の人は守らないといけない」という教育を受け、

漫画小説の中でも「女子供だけは守らないといけない」と、男たちは苦難に身を投げ入れていった。

女の子は周囲から可愛い可愛いと持て囃され、大人たちはみんな女の子に優しかった。

クラス女子ケンカをした時も、僕が一方的に悪いことになった。いつも頭を下げたのは僕だった。

 

大学生になってから、一段と女の人が羨ましくなった。

どのサークルでも、どのグループでも、女の人はウェルカムだった。男はなんとなく放置された。

女の人同士もお互いを可愛いと褒め合い、仲良くしていた。

着る服も安くて可愛いものが多かったし、選べる色が多かった。

 

社会人になってからもそれは変わらず、みんな女の人には甘かった。

からせめて僕だけは絶対に甘い顔はしないように、男の人にも女の人にも変わらず接した。

そうすると◯◯さんは怖いと言われた。

何か問題が起こると、決まって女の人はナーバスになり、ナーバスにならない僕の方が苦心惨憺を強いられた。

 

結婚した人たちは女の子が欲しいと言い、ペットを買う人たちもメスの方が大人しくて良いらしい。

人工妊娠ができるようになると、女性だけいれば良くて、男は要らなくなるそうだ。

 

そうしてずっと、男は要らないと言われ続けて生きていた。常に余り物としての振る舞いが身についた。

僕も女になりたいなあと思いながら生きてきた。

それなのに、最近インターネットではずっと「女は虐げられている」「男は加害者だ」と言われている。

 

頭では分かっている。

制度的に男性に有利なもの撤廃しないといけないし、守られていない女性の権利は守られないといけない。

当たり前の平等は、当たり前に与えられるべきだ。

それでもたまに、「なんでお前らの甘えに付き合わないといけないんだ」という気持ちがよぎる。

僕はここまで自分の足で立つ努力をしてきたのに、それをしようとせずに男を非難する言論を聞くたびに、女が嫌いになっていく。

 

頭では分かっている。

女性みんながそうではなく、その人がそうなだけ。

目立つ女の人が恩恵を受けていただけで、多くの人は普通に努力して生きてきた。

目立つ女の人も、そのことでたくさん苦労をしている。

そもそも女性を甘やかす社会構造自体男性が作ったもの

 

頭では分かっているけれど。

 

僕も鮮やかな春色の服を着て、

自分自分可愛いと褒め、

仕事で軽んじられたら理詰めで言い負かし、

セクハラおやじはピシャリと諌め、

痴漢を口汚く罵って撃退し、

殴られたら指を噛みちぎり、

殺されそうになったら死ぬ気で刺し違え、

誰の庇護も受けずに生きる女になりたかった。

 

そしたら、「弱いだけの人間が、性差別の話にすり替え甘えるな」って言えるのにな。

そのためにも、早く男女平等になってほしい。

2021-02-11

病院の最終目標退院であるならば、宗教の最終目標脱会なのでは?

もちろん、宗教自体組織を維持するために信者一定数確保する必要があるのはわかるが、それはさておいて。

宗教への加入が、当事者精神問題から発生するとするならば、宗教ある意味精神治療ひとつだと言えるが、

それならば上述のように、宗教からの「退院」、すなわち脱会こそが最終目標であるべきように思う。

まり、その宗教に頼らないで生活できることが「完治」という考え方だ。

そういう点で、代々信仰を続けている家庭というのに違和感を持つ。

それは、本人たちにとって伝統を受け継いでいるかのようなプラスイメージがあるのかもしれないが、

上記視点に立つと、自身精神治療自身完了することができずに、次世代に任せてしまたかのように見えてしまう。

端的に問題の先送りに見えてしまう。

再び病院で例えるならば、治療必要の無い子供を、自分治療を受ける病院いくら素晴らしいものからといって、

無理やり病院に連れていくことはないだろう。信仰継続には、そういう違和感を感じてしまうのだ。

と、そういったことを、ETV宗教2世特集を見て思った。

もちろん信仰自由であるべきだと思うが、それは世代内でクローズすべきとも思う。

ちなみに話は変わるが、上記特集では、親の立場になった宗教2世が登場していた。

その人が、子供に何かを押し付けていないかナーバスになっているのは非常に気になった。

子育て子供に何を強制できるのか、その線引きは非常に難しい問題だと思う。

2021-01-03

住宅地ウォーキングって見るものなくて捗らない

ここのうちは大きいな、ここも広いな、って自宅の狭さを再認識しながら歩くことになってしま

で、ナーバスな気分になる

もう目つぶって歩きたい

必要なのは日光ビタミンD摂取)と運動する広さ・距離だけだし

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