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はてなキーワード: 厭世観とは

2019-11-03

失踪しようと思う

 

 

大学上京し、就職してから実家に戻ってきた。

 

仕事はそこそこ好きだし、友達もみんな良い人ばかりだし、彼氏もいるし、恵まれてるのかもしれない。

 

 

ただ辛くてしんどくてとても生きていけない。

私が愛したかったもの、好きだったもの、一緒にいたかったもの、全部遠くに行ってしまった。私が離したものもあれば離れていったものもあった。

  

10歳になる前に芽生えた死にたさや生きづらさ諸々の厭世観は褪せることなく歳を重ねるごとに色濃く、実態を持つようになっていった。

 

 

あー、しんどいなぁ。

つらいなぁ。

良いことないなぁ。

 

今まで通りそう思って生きていくことはそう難しいことではないけれど、ずっとそう思って誤魔化していつかいいことあるんじゃないかなと薄い期待を持ってなあなあと生きていくことに心底疲れてしまった。

 

 

どんなに頑張っても、慰めてくれても、協力してくれても、考えても、どうしたって社会の枠組みに馴染めない人間が私なんだと思う。

 

普通に普通に生きていけたらそれだけで良かった。

普通はこんなにも遠くて、ものすごく大変なことだったなんて知らなかった。

 

ごめんなさい。

2019-02-05

性的被害にあっている君へ

君に落ち度はない

 君に悪いところなど、まったく無い。

 悪いのは加害者である

 挑発した、などと言いがかりをつけてくる奴らもいるが、気にしなくていい。

 世の中の大半の人はどんな場合でも性の加害者にはならない。

君は汚れていない

 誰にも君の身体を汚すことは出来ない。

 誰にも君の魂を殺すことは出来ない。

 もし、どうしても汚れている気がするのなら清めればいい。

 汚せるのなら清められる。

 自分尊重する気持ちを捨てる必要はない。

君がしたほうがいいこと

 逃げられるなら逃げたほうがいい。

 通報できるならしたほうがいい。

 どちらも出来ないのなら目も耳も口もふさいでいい。

 聞きたくない言葉を聞く必要はない。

 言いたくないことを言う必要はない。

 見たくないことは見る必要はない。

もう一度言う

 君は何も悪くない。

─────────────

このエントリーについて。

 増田しか書けないことが起こったから、6年ぶりに増田を開いた。

 言いたいことは最初に書いた。

 ここから先はだらだら日記だ。

 

 こちらは56歳、女性

 つい最近、母が亡くなった。82歳だった。

 母はゴミ屋敷に住んでて、古いレシートも使える銀行の通帳もそこらに転がしておく人だった。

 なので母の家を片付けるとき紙類は必ず中身を見て、必要な物じゃないかどうか確認していた。

 そして、母が書いていた日記を見つけた。

 だらしない母の日記らしく、ノートの何ページかに日付と内容が書かれただけであとは白紙放置されていた。

 そこに「娘は可愛すぎて男におもちゃにされた。悔しい」と書いてあった。

 私は6歳のとき幼児姦にあったことがある。

 

 本来記憶など残らないはずの6歳のときのことを何度も思い出したせいで鮮明に思い出せる。

 そのとき別になんということもなかった。

 見知らぬ男が公園にやってきて一緒に遊んでベタベタスキンシップしたくらいの認識しかなかった。

 その夜、性器が変形しているのを不思議に思って、お風呂に入っているときに引っ張ったりしたので、性器の変形はそのまま残った。

 

 意味を知ったのは12歳のときだった。

 自分にはファーストキス処女最初から関係ないのだと知ったときには絶望した。

 本当にあったことかどうかなど疑う余地もない。

 身体にくっきりと跡が残っているのだ。

 それからは「死にたい」とばかり思っていた。

 思春期特有厭世観もあったのだと思う。

 何度も自殺を試みて、1度は本当に死ねそうだったのだが、毒物を全部吐いてしまって、結局、翌朝は普通に目を覚ました。

 あのときの毒の苦い味と起きてしまったときの残念な気持ちは今も忘れられない。

 男と付き合うようになると黙っているのは卑怯なことのような気がして、必ず打ち明けた。

バカだなあ」と抱きしめてくれた男と結婚した。

 いつの間にか、何事もなかったかのように、順調な人生だったかのような生活ができるようになっていた。

 そこに「母の日記」である

 母は知っていたのだ。

 私が幼児姦にあったことを。

 

 母はいつも言っていた。

 「女性貞節大事」「男の気を引くようなことをするのは下司な女」「男に性的な興味をもたれるのは隙があるから」「結婚前に男と関係を持つようなことは絶対にしてはいけない」などなど。

 戦前まれなのだから、当然の価値観だと思って、素直に受け取っていた。

 

 私は貞節などというものは、6歳のとき奪われている。

 姦淫されたのは私が下司からだ。

 隙があるから酷い目にあうのだ。

 絶対にしてはいけないと言われても、もうしてしまった。

 繰り返し言われる母の言葉で、私は「自殺するしかない」と思い込まされていた。

 

 母は毒親だと思っていた。

 母は私をよく叩いた。帰宅時間には家におらず、よく締め出された。

 でも、きっと自分がされたことを私にしているだけで、私のことが憎いわけではないと思おうとしていた。

 違った。

 私を自殺に追い込もうとしていたのだ。

 心のどこかで「お母さんは私のことを好きなはず」と思い込もうとしていた。

 何度目かの決心なのだけれど、もう一度、肝に銘じる。

 「私には母親はいない」

 そして、50年も経って、私はようやく自分を責めなくていいのだと気がついた。

 価値観など人の数と同じだけある。

 母の価値観など受け入れなくていいのだと、やっとわかった。

 もう、あなたのことは忘れます

 成仏してください。

 お母さん。

2019-02-01

[]2019年1月31日木曜日増田

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2018-05-01

anond:20180501015004

まともな女性が強い厭世観を持っていれば可ですがそうではないでしょう…?

2017-09-29

anond:20170928234825

同じネタで笑えるのは悪くないけど、

いちいちウケ狙いに来るメンタルがウザいし

ウケ狙いに行くエネルギーが勿体無いじゃん?

厭世観の逃避、心の隙間を埋めるための笑いなんでしょう?

ならその根本部分を無駄な労力を割かず一緒にいるだけで満たしてくれる人の方が良いに決まってる。

まあ、変な下心なしにウケを狙いに行くのが好きでしょうがない男も少なからずいると思うから

頑張ってそういう人を見つければいいと思う。

2017-09-24

政治匿名で語る人は一切相手にしない

互いの価値観尊重しながらもなんとかやっていこうっていうのが民主主義だと思っている。

そんな中で政治匿名必死に語る人ってのは視野が狭く傲慢だと俺は思う。

少しでも一般に目の触れにくいネタを周知させて理解者を増やしたいみたい!

そんな意気込みは伝わるけれど、

結局、ネット匿名掲示板必死になるような奴の話に大した価値なんてないし、

そんな奴の話で揺るぐような観念で票を投じたりしないからね。

そういった活動が一ミリでも効果があるのだと思うとこの社会絶望しか抱かないわけで嫌悪感すら抱く。

厭世観だけ捗るんだよね、嫌になっちゃう。

2017-09-13

厭世観

生活弱者施設に任せてばかりの地域なんて吐き気がするわ。ねえ、協力しましょうよ。

「お前だけでやってろよ。」

その陰で施設の噂を流してまるで向こうの世界を眺めるように淡々生活する、部落差別の染みついた社会性、お上の人に言われりゃ真面目に働く奴隷精神、そうでなければ面倒臭がる体たらく。一人一票がこんな不恰好地域政治を作り出すなんて、技術大国日本世界に誇る和風デザイン、ああ私たちってセンスないのね。どんなに良く見せようとしても、中身が不細工もの。こんな場所未来はあるのでしょうか。

「ええ、きっと。空気さえあれば未来はふくらむばかりです!」

2016-05-16

考えない工夫を教えて

みんな何が楽しくて働いているのか?輝かしい未来も期待できない、希望もクソもないこの社会で。人生には何の意味もないことなんて、みんな薄々気づいてるはずだ。その事実から必死に目を背ける技術が、才能があるのだろうか。それとも全員狂ってるのだろうか。

「なにやってんだろ。」  ゲームをしても、勉強でも、パチンコでも、プロ野球応援でも、アイドルの追っかけでも、恋愛でも、仕事でも、結婚でも、子育てでも、老後でも、こう思うときが来るだろうと考えてしまう。怖くて仕方がない。結局なにも踏み出せない。こういったことを考えない工夫ができる人と、できない人の差はなんだろうか。みんなできないながらも、必死ごまかしながら生きているのだろうか。

遺伝子や生まれ育った環境出会人間といった偶然性は大きく影響するだろう。不条理だ。

何か宗教組織のような、大きなイデオロギー物語のようなものに身を任せることができたら、ある程度は楽かもしれない。

そもそも忙しすぎて、そんなことを考える暇がないというのもひとつ方法か。あるいは、無条件でこれだけは好きだと強く言い張れるモノがあれば、そういったもの出会う才能、深く没入できる才能、没入力みたいなものがあれば、考えなくてすむのかもしれない。

何か大きな組織社会などのために、必死目的でっち上げて、テキトウに自己啓発とかライフハックしながら邁進できる人。

新しい服を買って嬉しいとか、新作の漫画音楽映画が楽しみだとか。おいしいご飯が食べたいだとか。そういったものに喜びを見出して、資本主義に過剰適応して、消費に没入できる人。そんな人が一番生きやすいのだろうか。それが下手な人は絶望しながら、死んだように生きるしかないのか。

きっとみんな、「あの子可愛い」「なんかよくわからんが、空がとても青い」「夕日がきれい」「子供が楽しそう」「わりときもちい」「めしがうまい」「この作品は美しい」「なんだか笑える」といったような、没入した、純粋感情が、一瞬でも瞬間でもあれば、当面は生きていけるのかもしれない。

それでもやっぱり、ご飯は面倒だし、あまり食べたいとも思わない。肺と心臓今日も重たい。生活リズムコントロールできないし、好きな音楽もなんだかうるさい。セックスなんて面倒で虚しいだけだ。そもそも性欲がない。人と会えば気はまぎれるが、近すぎると面倒になってしまう。これを読めば世界が違って見えるかもしれない、と思って読んだ本は何冊目だろうか。運動どころか、起き上がるのも面倒だ。生きるのも面倒だ。それに加えて、この社会世界で起こっているあらゆることや、他人気持ちを考えれば考えるほど苦しくなる。楽しみも希望もない。

この厭世観から逃れるために、考えないために、みんなどんな工夫をしているのだろうか。

キトウに満足感をでっち上げて、死ぬまでやりくりしていくのか。

そもそも感じないのか、ある程度年をとったら忘れる感覚なのか。

それともみんなすでに中学高校ときに、テキトウに折り合いをつけてる問題なのか。

こんな青年特有のショーモナイ悩み、誰か教えてください。切実に。

2014-12-03

厭世観

厭世観最近のここのはやりなのかな?

寒くなってきたし自然な流れかも

でも読んでも書いてもつまらないよ

知っているとおもうけれど :)

2014-10-05

閉塞感とか厭世観とか将来の不安まで簡単にシェアしてるから辛い

ブログSNSを使って気軽に自分の気分を他人シェア出来るようになった。

色んな人の見識や近況に触れることで多くの刺激を得られるようになったけれど、

ポジティブな刺激もネガティブな刺激もあって、10年も20年もネットに浸ってきた僕に対しての影響は少なくない。


僕は好みや必要記事投稿を取捨選択している。

それは当たり前のことだけど自分性格や気分で自然と閲覧するモノの内容が偏るということだ。

ポジティブな時はポジティブなモノを選び、ネガティブな時はネガティブなモノを選ぶ。

僕が感じている正体不明の閉塞感・厭世観・将来の不安なんて、

そうした経験から自分自身が作った像に過ぎず、本当は全て幻想なのではないか?

将来はハッピーでバラ色で、満員電車も座れるぐらいまですっきりして、定時に帰れる社会は本当はすぐそこなんじゃないか?



けれど、今もなお僕が見る記事投稿の内容は僕のフィルターを通すことで今も偏り続ける。

閲覧したサイトの内容のネガティブポジティブの偏りを検出して、

偏りを修正するように他の記事amazon式にオススメしてくれるプラグインがあればいいのにと思う。



ヒッピーではないけれど、開き直ることが必要なのかな。

最近ネガティブ記事を見る度に「いいかね!これが現実なのだよ!」と語りかけられている気がする。

本当はこんな事を考えたって仕方がないと気付いてはいるのだけど、フッと襲ってくるこの感覚につける薬はないのだろうか。

2014-02-05

「本当に頭がいい人は誰にでも理解できるように説明できる」とか言っちゃうのは中二病の一種

中二病には何か新しいものを生み出す可能性があるものと何も生まない単なる勘違いとがあるが、これは後者の方の中二病

バルキスの定理とか言ってる方が可能性がある分よっぽど有益

しかし少なくとも日本では、大人になると前者の中二病は咎められる一方、後者中二病は「正しい大人の意見」として認知されることが少なくない。

妙な諦念とか厭世観けが「大人」になって、知性のレベルは中二のままという大人が多いんだろう。

「俺は悪くない悪いのは(誰にでも理解できるように説明できない)あいつ」という、勘違い中二そのものロジックを「世渡り術」と信じる大人達の図。

2012-07-05

http://anond.hatelabo.jp/20120705072302

暴論だと仰るのは最もだし、世間的にその意見が大勢だろうとも思いますが、私はオーバースペックというのが本当に生理的ダメで、そういう背景を以って「歌にする必要は無い」と考えているので、この点については謝罪も撤回しません。他人の自己承認欲求を満たす、あるいは自身のそれを満たすためのプラットフォームに、音楽は明らかにオーバースペックだと思います

さらに、話を私の最初投稿で述べたミクロマクロの話に戻すのですが、私自身(当然)日本は変わらないし(てゆーか変えられないように歴史上できてるし)、もっと言えば日本は暫くの内に高度経済成長を成し遂げた歴々の偉人様方々の為に倒れると思ってます現代厭世観が少し具体像を持った感じです。マニュアルに沿ってれば自分人生は問題なく円滑に進むんだと学校で教えられました。実際に生活実感としてその通りだったし、あるいは今教育政策策定しているのはそれが大事だと思っている人々だから義務教育を修了している身としては当然の思想を持っていると思っています。だから、今ボカロ流行りの曲を作る人々は、公教育上大変優秀な産物だと思います。それがミクロな私の偽りない意見です。

ではマクロな私の偽りない意見は何かというと、それじゃマズいでしょ、というものです。一国が過去の人間の為に滅びるなんてマジでやってられないし、そんな歴史上の汚点を以って自分の国が滅びるなんてことになれば、全国に神社が建つぐらいの怨霊になる自信があります大事なのは今現状が改善されて何か変わることじゃなくて(そんなことありえないし)、今まさにその過去の人間に現代人間が飼い慣らされて下を向いてることで、どーせ倒れるんなら誇りの中で上を向いて倒れたいなーというものです。

それは当然ミクロ自分にも反映されてて、厭世的で近々日本は滅ぶと思ってるけど、別に日本が滅んでも自分は滅びないし、生きていたいと思うから、厭世的で前向きな曲が好きだし、マクロ自分としては、日本が生きにくいことと自分が生きていることは別の問題で、もっといろいろ無視して生きてほしいなぁと思います

結局、死んだら元も子もないし、それを歌にして発するってのは、どっちかってーと日本という国から美味い汁吸い続けて今まさに日本を枯れ木にしようとしている人々による印象操作ではないかとさえ思えます

あんまり文中にうまく表現できなかったので付言するしかないんですけど、この前向きに生きるってのは、従来のロックパンクのような「(よくない社会に対して)相対的に反発する」のではなくて「(社会が良くないのは最早仕方ない問題だけど、それでも自分自身は、自分のやりたいことに対して)絶対的に前向きである」といった意味合いで、結局’00年代辺りのロックポップなんかそうですけど、スキマスイッチゴールデンタイムラバーとかちょうどピンポイントでそんな感じじゃないかと思うんです。

こういうのがあまり供給されないのは、文脈の上では公教育批判とか作曲者の手抜きの指摘とかいう形で行われているとおりで、それが供給されて消費者が消費しないのは、現代厭世観の問題で、私や元増田は、それがミクロではなくマクロになっていることに問題意識を持っています

http://anond.hatelabo.jp/20120705001252

ん、あれ? 元増田じゃなかったんか。てっきり本人かと。

似たような思想的背景を持つ曲が大いに支持されているから、それにおもねってその潮流に乗っかるってのは、発信する側の手抜きじゃないですか。少なくとも「ランキングにある多くの楽曲が同様の思想的背景を持っている」ということは「同様の思想的背景を持った楽曲がそれほどたくさん供給されている」わけで。供給者の絶対数が多いのもありますけど、単純に手抜きじゃないのかなぁと。

で、その思想的背景というのも、嫌だ嫌だと言って、その実言っても変わらないのも知ってて、ただ駄々を捏ねて、ありもしない桃源郷に浸る、ないしは嫌だと思ったまま諦める。それをそのまま歌にして共感を得たからって、それは別に生産的でもなければ前向きでもないじゃないですか明日への活力になるわけでも、気持ちがリセットできるわけでも、何でもない。ただ消費者を甘やかしてるだけで、もっと言えば、消費者を甘やかしている作曲者側の自己満足にすぎない。だってただの傷の舐め合いじゃないですか。それが元増田の言う「暗い」の根幹ですよ。そんな程度なら別にわざわざ多大な一手間を加えて歌にしなくても、ブログを書けばいいわけで。

ここらへん、前半はその通りだと思う。

手抜きっていうか、ランキング見てウケる歌詞の傾向を探りつつ割り切ってロジカルに作ってる奴いそうだなーみたいな気はします。というか自分音楽やってたらそうやって作りそう。自分がウケた曲を見よう見まね換骨奪胎で吐き出しそう。

そう考えると「世の中」とか「世間」に浸透しづらくて子どもにウケてるのも理屈がつく気がする。ある一定の層の中でグルグル巡っているだけなんですね。

ただ、傷の舐め合いであり甘やかしだからアカンというのはどうなんでしょう。先述したように「自分は助けてもらえないかも」という不安絶望が身近にふよふよしてるような人間にとって、一人で傷舐めてるよりはナンボかマシなのではないでしょうか。逆に化膿するかもわからんっていうかランキングでは化膿してるようにしか見えないけど。でも(曲にもよるけど)「またきました」「再生○回目」「癒される」「元気出る」みたいなコメントついてるのって結構散見されるので、それなりに活力とかにはなってるんじゃないスかね。

あと傷の舐め合いであから歌でなくてブログでよいというのは意味不明な暴論だと思います別に歌でもいいじゃんっていうかブログである必然性はない。作り手が己の最も長けた表現形式を選択してるだけのこと。

別のやりようと言っても「現代厭世観を背景に持ちながら、その上で前向きな歌」とでも言うのか。それは別に現実と戦う必要はなくって、遠まわしで皮肉で嫌味な歌でもいいと思うんですよ。「いーじゃん勝手にやってりゃ。俺らは好きに生きるから」みたいな。そういうのがあって、そういうのを選び取らないのは消費する側の問題だし(能動的に生きる、という意志放棄しているように取れます)、そういうのを選び取らせない社会の問題でもある(理想化された友人がたくさんいるって、具体的にどうこう以前に社会が相当マズいというのが一目瞭然だと思います)。これが反映されているのが「そしてこの根の暗さの根本的な原因は、当事者の方々そのものにあるのではなく、その環境を用意した世代の方にあるのだろうということ」という一文ですが、同時に「それもまた無自覚になされたことであり、ただ噫と溜息をつくばかり」なものでもあるわけです。どっちからも変えられるんで、消費者の側から変えても良いし、生産者の側から変えてもいいんですけど、たぶん「現代厭世観を背景に持ちながら、その上で前向きな曲」が流行る、というのが一番手っ取り早い構図のように思います

「いーじゃん勝手にやってりゃ。俺らは好きに生きるから」ってスタイルは既に一世代前がやってることのような気がする。ロックとかパンクとか?

ロックパンクは失敗してるわけですよね。「好きに生きる」スタイルでは結局いろんな問題が解決しないであれこれ行き詰ってくる。

からボカロは歌うんじゃないでしょうか、「いーよ勝手にやれよ。俺らは好きに生きて好きに死ぬわクソが」と。

「好きに死ぬ」までが彼らの「前向き」に含まれた答えになってる。「後ろ向き」とは他人や運命に象徴される非自由意志的なもの蹂躙されて死ぬことであり、それを克服し脱して「好き」に殉じる、自分で死に方を選ぶことが持ち上げられてるという構図です。ぼやぼやしてると「見捨てられる」「助けが得られない」という非常に消極的な形で殺されるみたいな不安感があるのかも。さしずめ氷山で仲間のペンギンに押されてしまって怖い捕食者のいる海に落っことされるぼっちペンギンといったような。

もはや世の中「前」がどっちかよくわからん様相を呈してきているのもあって、従来型の単純な「前向き」って中身がないと判断されてあんまりウケない気がしますね。萌えとか理想恋人友達で飾って「浸るための夢」という位置づけを確立してるような感じ。

何年か前は現代厭世観を背景にカオスに助走してそこからいろいろ飛び越えて突き抜けるのがもっともオシャレでスマートな解決法ってことで小説あたりで流行ったものでしたが所詮は虚構ということか、虚のうちに消えてしまった感があります

個人的には「ポスト現在」、「好きに殉じる」をもっと突き詰めて煮詰めてほしいです。

http://anond.hatelabo.jp/20120704080829

後半部分については、現代厭世観とか言うんでしたっけ。現代無気力だったか。あぁなるほどなと思いました。確かにその通りです。見えてるようで見えてなかった部分を明文化して頂けたので、理解が進みました。

前半部分については、言われてることがそもそも論だということにようやく気がつきました。本当に頭が悪くて申し開きのしようもありません。

じゃあそもそも論の何が問題なのかと言うと、非常に単純なお話として、この現代厭世観はけっこう重厚歴史的背景を持った立派な思想ではあるんですが、その歴史的背景は、例えば日本革命が起きたことがないとか、そんな感じの背景です。歴史学を多少かじってる方だと「あぁ」と思われると思います。けっこうマズいと思うのですが、いかがでしょう(分量が多いので端折れてたらラッキーという「いかがでしょう」です。端折れてなかったら次の機会に付け加えます)。

そんな赤くて大きな問題を出さなくても、単純に「後ろ向きで暗い」んだから、そうじゃない書き方で、もっとやりようがあるだろうというお話もあります。似たような思想的背景を持つ曲が大いに支持されているから、それにおもねってその潮流に乗っかるってのは、発信する側の手抜きじゃないですか。少なくとも「ランキングにある多くの楽曲が同様の思想的背景を持っている」ということは「同様の思想的背景を持った楽曲がそれほどたくさん供給されている」わけで。供給者の絶対数が多いのもありますけど、単純に手抜きじゃないのかなぁと。

で、その思想的背景というのも、嫌だ嫌だと言って、その実言っても変わらないのも知ってて、ただ駄々を捏ねて、ありもしない桃源郷に浸る、ないしは嫌だと思ったまま諦める。それをそのまま歌にして共感を得たからって、それは別に生産的でもなければ前向きでもないじゃないですか明日への活力になるわけでも、気持ちがリセットできるわけでも、何でもない。ただ消費者を甘やかしてるだけで、もっと言えば、消費者を甘やかしている作曲者側の自己満足にすぎない。だってただの傷の舐め合いじゃないですか。それが元増田の言う「暗い」の根幹ですよ。そんな程度なら別にわざわざ多大な一手間を加えて歌にしなくても、ブログを書けばいいわけで。

別のやりようと言っても「現代厭世観を背景に持ちながら、その上で前向きな歌」とでも言うのか。それは別に現実と戦う必要はなくって、遠まわしで皮肉で嫌味な歌でもいいと思うんですよ。「いーじゃん勝手にやってりゃ。俺らは好きに生きるから」みたいな。そういうのがあって、そういうのを選び取らないのは消費する側の問題だし(能動的に生きる、という意志放棄しているように取れます)、そういうのを選び取らせない社会の問題でもある(理想化された友人がたくさんいるって、具体的にどうこう以前に社会が相当マズいというのが一目瞭然だと思います)。これが反映されているのが「そしてこの根の暗さの根本的な原因は、当事者の方々そのものにあるのではなく、その環境を用意した世代の方にあるのだろうということ」という一文ですが、同時に「それもまた無自覚になされたことであり、ただ噫と溜息をつくばかり」なものでもあるわけです。どっちからも変えられるんで、消費者の側から変えても良いし、生産者の側から変えてもいいんですけど、たぶん「現代厭世観を背景に持ちながら、その上で前向きな曲」が流行る、というのが一番手っ取り早い構図のように思います

あとはどちらかと言うと「元増田がどっち方向での解決を望んでいるのか」という問題な気がします。自分の疑問に解答が提示されれば良いのか、その上で何か「ポスト現在」みたいな理想像が提示されれば良いのか。前者だとすれば「それは現代社会では達成され得ない」と答える他ありません(特に理想化された友人に関しては、最早根本的な治療が不可能です)。後者であれば、それに対する私の答えは「現代厭世観を背景に持ちながら、その上で前向きな歌」です。この辺は言いだしっぺの意見を拝聴したいところです。

2012-01-19

フランダースの犬にまつわる救われない話

オチが救われない話」というまとめサイトを読んでいたら、こんな救われない話を知った。

フランダースの犬』は、アニメとして日本人によく知られている。

しかヨーロッパではほとんど知られていなかった。

もとは1872年発表のイギリス童話だが、原作者女性ベルギー風俗イギリス人の目で偏見的に描いている。

なにしろ、帝国同士の争いが激しかった19世紀。

イギリス人の心の奥底には、ヨーロッパに対するかすかな敵意が潜んでいる。

「この地方は荒れ果て、人々は不親切で、しかも愛すべき犬を何代にもわたって、激しい労働に不当にこき使っている」

こんなことをずらずらと書いているのだ。

ベルギーを始めとするヨーロッパで人気が出るわけがない。

その上、本家イギリスでは、運命に抗わず教会で死ぬという内容がアングロ・サクソン的に受け付けられなかったようだ。

結局欧米では、誰も見向きもしなくなったというわけだ。

ところが日本では、1975年に感動的なアニメが作られたために爆発的な人気を獲得する。

80年代から海外旅行ブームでは、ベルギーフランドル地方観光が定番コースの一つとなったほど。

もっとも、ルーベンスの絵を観ることはできても、『フランダースの犬』にまつわるものがそこには何一つない。

地元人間すら誰も知らないのだから当然か。

日本人がガッカリして帰国するのが、当時のツアーのお決まりパターンだったとか。

ところが、1982年、大きな転機がやってくる。

ベルギーアントワープ観光局で働いていたヤン・コルテールという男性が、運命を変えた。

日本人観光客からフランダースの犬』という物語存在を聞いたことが発端である

生真面目な性格で、面白みのない変わり者と思われていた彼には浮いた噂もなく、恋人はおらず、友達も少なかった。

地元を愛し、それが故に地元観光局に勤めた彼。

そんなオタク青年の彼は、地元に関係する噂話を聞き逃さなかった。

だが日本人観光客に詳しいことを尋ねても、

アニメをやってたんだけど、もしかしたら原作があったのかもなぁ」

というだけで『フランダースの犬』について、はっきりとしたことが分からない。

今と違ってインターネットがない時代

日本語情報はそう簡単に手に入らない。

街の誰に尋ねても、何もわからなかった。

しかし彼はあきらめない。

「この地方舞台にしているのなら、図書館にヒントがあるかもしれない」

そう考えた彼は、地元郷土史などを調べ始める。

図書館であらゆる資料をあさり、……そしてとうとう、60年の間、二、三度しか借りられていなかった原作を見つけたのだ。

欣喜雀躍たる、彼の喜びが想像できるだろう。

……だが、読み終えた彼はがっかりした。

感動するほどの物語ではないからだった。

実は原作には、最後ネロ天使に救われて天国へと召される……というシーンはない。

ただただ暗いだけの作品なのだ

原作者は夫に捨てられた後、犬の保護に尽力していたが周囲に相手にされなくなり、晩年は30匹の犬に見守られて亡くなっていた。

そんな原作者厭世観が反映された作品でしかなかった。

(この原作日本人の感動との間の乖離は、いったいなんなのだろう?)

日本人からアニメの素晴らしさを聞いていた。

しかしたら、それがヒントになるのかも?

彼は、日本語を学び、日本人観光客の友だちを作り、帰国した彼らからアニメビデオ童話集を取り寄せてみた。

その結果……感動したのだった。

彼は、今のジャパニメーションギークの先駆けだったのだろう。

情熱は、いよいよ膨らむ。

一年半かけて調査を行ない、原作舞台が近くのホボケン村だと突き止めた。

原作に描かれた運河がスケルト川だったことも分かった。

ついには風車の跡も発見する。

変わり者のコルテールのその姿は、周囲から嘲笑を受けていた。

当時の日本なんて、極東の島国で、ドイツに加担して負けた挙句に少々景気を持ち直しただけの国、というイメージだったから、仕方ないだろう。

だが、彼の熱意は次第に周囲を突き動かしはじめた。

ルーベンス以外にこれといって観光資源のないこの街に、もう一つの観光シンボルが生まれるかも知れない。

そういった周囲の思惑も重なり、ついには1985年ネロパトラッシュの小さな像が、ホボケ情報センターの前に立てられた。

除幕式にはアントワープ州知事市長、在ベルギー日本大使らも参席、盛大なパーティーが開かれたという。

風車観光客向けに作り直された。

ネロパトラッシュが共に埋められた(ことになっている)街の教会は、観光コースとなった。

ルーベンスの作品を観るためにアントワープを訪れていた日本人観光客がホボケン村にも立ち寄るようになった。

その地域観光収入でおおいにうるおい、観光局勤めの彼の名声も次第に上がった。

フランダースの犬ベルギーで放送され、80%近い視聴率をとったという。

ヤン・コルテールは『フランダースの犬研究家として知られるようになる。

その地域では日本通として知られ、日本との橋渡し役としても活躍するようになった。

研究のために日本へ何十回となく訪れるようになり、大の親日家となった彼は、日本人女性石井ヨシエと結婚した。

彼は妻と共に、今でも地元でつつましやかに幸せ暮らしている。







……はずだった。

2008年、彼が妻を殺害した容疑で逮捕されるまでは。

なぜなのか?

コルテールが日本人の妻をもらい、日本ベルギーの架け橋として活躍していることまでは、いろいろなサイトで詳しく取り上げられていた。

ところが、彼が犯した殺人についての続報をいくら調べても、日本語サイトでは何一つその理由が分からないのだ。

英語サイトで調べても、アメリカ人などが『フランダースの犬』に関心がないためか、まったくヒットしない。


仕方ないのでグーグル先生の力を借りて、オランダ語サイト日本語に訳したり英語に訳したりしながら調べた。

その結果、驚くべきことがわかった。

コルテールが妻を殺したのは、妻の浮気のせいだった。

コルテールとヨシエが結婚して数年は、大変幸せそうだったそうだ。

だが、次第にヨシエは旦那の拘束がうとましくなってきたらしい。

彼女帰宅する時には、職場にまで迎えに来る。

もっと自由にさせて欲しい、自由にいろいろな場所に行きたい、というのがヨシエの欲求だったそうだが、コルテールはそれを許さない。

異国の地にやってきて、海外しか味わえない自由を満喫したい日本人女性

彼女を大切にするあまりに、彼女の全てを管理したいと願うベルギー男性

だんだんと、二人の間には溝が生まれるようになった。

二人の間はギクシャクし始める。

その時に彼女の前に現れたのが、口が堅いという噂のピエールだった。

「夫とは長いこと話してないの。夫は頑固でさ」

秘密を守れるピエールへの心安さからか、ヨシエは彼へ愚痴をこぼすようになった。

「彼は変わり者だからね。我慢さ」

愚痴を聞いてもらううちに、ヨシエがピエールに親しみを感じ、やがて二人が愛しあうようになるまでに時間はかからなかった。

ピエールの口は固かったが、ヨシエの下の口はゆるかった。

ところが二人の仲は、コルテールに最悪の形でばれてしまう。

二人がバスルームで愛し合っているところを、コルテールが発見してしまったのだ。

口がゆるい上に、脇も甘かったというわけだ。

だが、そのときヨシエは豹変した。

日本女性のおしとやかさはどこへやら、情事発見したコルテールを怒鳴りつけたという。

「あんたさぁ、男としての魅力がないんだよ!!」

彼女の口は、悪かった。

その時に、コルテールは、彼女のことを深く深く愛していたことに改めて気づく。

何があろうと、彼女の気持ちが戻ってくればそれでいい、というのがコルテールの偽らざる気持ちだった。

彼は、離婚を迫るヨシエに対して、仲を修復したいと取りすがった。

しかし、彼と別れてピエールと一緒になりたい、というヨシエの気持ちは変わらない。

コルテールは、一つの提案をする。

それは、最後のお願いとして、彼女日本を一緒に旅行することだった。

二人が出会った日本で過ごせば、彼女の気持ちも戻ると思ったからだ。

……これ、男にありがち。

男の浮気は「名前をつけて保存」だが、女の浮気は「上書きして保存」

他の男に気持ちが移った以上、振り向くわけなんてないのだ。

日本でヨシエは、両親にコルテールを引きあわせたという(この辺りは女性特有の図太さといえよう)。

それでいながら、彼女の気持ちが変わることはついぞなかった。

ベルギーに帰国後「自分を自由にして欲しい」と迫るヨシエ。

それを拒むコルテールを、ヨシエは罵った。

そして、決して犯してはならないラインを越えてしまった。

彼女は、職場ベルギー人の同僚達と彼とを一人ひとり比較して、いかコルテールが劣ったオタク野郎なのか、痛罵したのだ。

……こと、ここにいたっては、どうしようもない。

この時のコルテールの失望は、いかばかりであったのだろうか。

その時の衝撃は、彼の行動が示している。

コルテールは逆上し、ヨシエをナイフで22ヶ所切りつけて、殺害したのだ。

リアルは、『フランダースの犬』以上に救いようのない話だった。


※プライヴァシー保護のため、一部を仮名にしています

 
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