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はてなキーワード: 社会自由主義とは

2020-06-26

anond:20200625144805

あくまリベラリズム派生であるネオリベラリズムと、リバタリアニズム全然系統思想

リベラリズム」は最初ジョン・ロックアダム・スミスを元にする(消極的な)経済的自由個人的自由をともに重視する思想だった。

20世紀になり、積極的自由のために市場への公的介入や財の分配を許容する福祉国家的、社会市場主義的な「ニューリベラリズム」が派生し、

次第に優勢になるにつれて名前から"ニュー"が外れて「リベラリズム」と呼ばれるようになった。

その後、「リベラリズム(ニューリベラリズム)」に対して個人自由市場原理を再評価し、経済的自由制限を緩和する方向として「ネオリベラリズム」が派生した。

1930年代戦後期に「リベラリズム」という言葉が指すものが今で言う古典的自由主義から社会自由主義へと変化した後で、

1960~70年代古典的自由主義を基礎とする消極的自由を尊ぶ思想が再興した際に、積極的自由を尊ぶ社会自由主義(現代リベラリズム)との混同を避けるためにリバタリアニズムと呼ばれるようになった。

アメリカでのリバタリアン党結党1971年

という歴史認識一般的だろう。

まり、今の言葉歴史を書くと、リバタリアニズム(古典的自由主義)→リベラリズム(社会自由主義)→ネオリベラリズム(新自由主義)という流れで同じ系統思想

(ただし、現状のリバタリアニズム古典的自由主義に加えて最小国家主義無政府資本主義の大きく3つの派閥に分けられて、後ろの2つは社会自由主義よりも年代的には新しい)

もっとも、消極的自由を尊ぶ古典的自由主義積極的自由を尊ぶ社会自由主義は、同じ"自由"という言葉を使っていても思想根拠全然うから

リベラリズム」の中で古典的自由主義社会自由主義に変化したのではなく、

社会自由主義という全く別系統思想古典的自由主義からリベラリズム」という名前を奪ったという認識であれば、

リベラリズムネオリベラリズムリバタリアニズムとは別系統という言い方も出来なくはない。

が、多数派とは言えないかな。

【参考】

http://tanemura.la.coocan.jp/re3_index/3S/si_neo_liberalism.html

自由主義 https://ja.wikipedia.org/?curid=1889353

古典的自由主義 https://ja.wikipedia.org/?curid=1004464

社会自由主義 https://ja.wikipedia.org/?curid=1061153

2020-06-25

anond:20200625165425

オレも最近知ったんやが、リベラルにも2系統あるんやで。

 権力からの」リベラル自由)……ヨーロッパ自由主義、「小さな政府」論、リバタリアンネオリベ

 権力「による」リベラル自由)……アメリカ民主党など、社会自由主義とも

前者は、原則として規制の反対側におるけど、後者は「ワシらが安心して『自由』に暮らせるように、権力は●●を規制すべし」と主張するんやで。一緒にするから混乱するんやわ。経済学で言えばハイエクvsケインズ水と油関係なんよ。

anond:20200625145006

Social liberalism(社会自由主義)でしょ(元増田ふくめてリベラリズムと略されることがおおいけれど)
社会平等・均等を実現するために規制して権力によって管理するのが一番楽

2019-09-04

anond:20190904095455

とりあえず現在日本で「リベラル」というと古典的自由主義ではなく社会自由主義のことを指すのでそこは理解しないと馬鹿にされるよ。

2019-07-26

anond:20190726115850

いま一般に言われる「リベラル」は社会自由主義のこと。

個人自由を実現するために政府がどんどん介入すべきだ」という思想

政府の介入を防げば個人自由になる」という古典的自由主義とは異なるので注意してね。

政府に頼らず自己責任自由にやれ」はネオリベラルネオリベと呼ばれるけど、これもいわゆるリベラルとは対立する考えなので注意してね。

2019-07-22

anond:20190722124339

リベラル定義

社会的公正や多様性を重視するリベラリズム自由主義)やリベラリスト自由主義者)。類似用語社会自由主義進歩主義など。

各人の自由人生設計可能にするため国家支援必要と考える「権力による自由」の発想。20世紀先進諸国社会保障福祉国家を整備した。

別にそこまで外れてるとは思わんが。

2019-07-18

anond:20190718105314

左派オタクみたいな存在は確実に存在するのにいない扱いされるのつらい

左派と言っても共産党家庭育ちの共産党から社会自由主義信奉者まで幅広いんだけども

2019-05-09

左翼右翼の種類

自由主義

政治面では「俺たちには自由に生きる権利があって国王貴族でさえそれを侵害できないぜ」という感じ。

民主主義とか共和主義フランス革命時における「左翼」。

経済面では「俺たちが自由商売すれば自然バランスが取れるんだから政府は余計な口出しすんな」という感じ。

資本主義とか市場主義

どちらにせよ、個人権利を重視して「国家権力は小さくあるべき」と考える。

社会自由主義」の台頭後は、区別のために「古典的自由主義」と呼ばれる。

社会自由主義リベラル

古典的自由主義のように市場に任せて野放しにしていると、

差別や不平等が拡大して却って個人自由制限されるから

政府が介入して是正していくべきだ、という感じ。

中道左派。いま日本で言われているところの「リベラル」。

新自由主義ネオリベ

社会自由主義反動から、一周して市場主義に戻ってきた感じ。

自由市場のために規制緩和をし、法人税を下げたり、国営企業民営化したりする。

リベラルとの対比で中道右派と見なされる。

社会主義

資本主義格差が激しくてついてけないからもっと平等を目指そうぜ、という感じ。

共産主義マルクス主義)と社会民主主義に大別される。

左翼

マルクス主義

資本主義の発展に伴い、土地工場などの生産手段私有する資本家が、

労働者をこき使って搾取するようになったので、それを打破して平等社会を目指す。

そのためには、労働者自身生産手段管理する体制プロレタリア独裁)を、

武力を用いてでも築くべきだ(暴力革命)、という感じ。

暴力革命志向するテロリストスターリン毛沢東のような独裁者を生み出す。

左翼テロリストとかまでいくと極左

社会民主主義

マルクス主義反省して、暴力革命プロレタリア独裁否定する。

民主主義を通じて政府に働きかけ、平和的に社会主義を達成しよう、という感じ。

中道左派北欧福祉国家など。

保守主義

何らかの急進的な政治運動に対して、それに反対する立場が「保守」と見なされる。

それぞれの政治体制歴史的経緯によって何が「保守」となるかは異なってくるが、

現在のところ、政治的には「国家主義」を、経済的には「新自由主義」を指すことが多い。

右翼

国家主義ナショナリズム

もとは自由主義と連動していて、

かに支配されたりするのではなく「俺たち」が主体的に行動すべきなんだ、という感じだったが、

国民国家が成立して「俺たち=国家」となると、

「おまえも俺たちと一緒だよな」と均質化を強要したり、

「おまえは俺たちと一緒じゃない」と排外主義になったりした。

「俺たち」を結びつけるものは「民族「家族」宗教」「伝統文化」などである

個人権利よりも国家利益が優先される」までいくと「全体主義ファシズム)」となる。

こうなると自由主義とは対極という感じ。

スターリン毛沢東全体主義者とみなされたりするが)基本的には右翼排外主義とかまでいくと極右

2019-02-24

anond:20190223145355

共産党共産主義目指してるし党の支配も強いリーダーの長期独裁で団結重視じゃん

どこに自由を感じるの

革マルとか、日本にはまだまだ伝統的な左翼がたくさんいるわけで

俺は彼らがどう考えてるのか知りたいだけなんだが

なんで急に社会自由主義!!!とか言って怒り出したのかマジで教えて欲しい

2019-01-28

anond:20190128170946

近代自由主義モダンリベラリズム、英: Modern liberalism, Reform liberalism)は、自己他者自由尊重する社会的公正を指向する思想体系のことをいう。レッセフェール自由放任)を基本原理とする古典的自由主義自由至上主義とは異なり、それが人々の自由をかえって阻害するという考え方が根底にある。現代において個人自由独立した選択実質的保障し、極度の貧富差における経済的隷属や個人社会的自由侵害する偏見差別などを防ぐためには政府による制限や介入をなくしたりする(無政府資本主義リバタリアニズム新自由主義)のではなく、政府地域社会による積極的な介入も必要であるという考えに基づく。

(中略)

日本語では消極的自由を重視する古典的自由主義とのニュアンスの違いを表すため、また、混同を避けるためにあえて自由主義ではなくリベラリズムと呼ばれることが多い。英語圏ではSocial liberalism(社会自由主義)と表現される。

2018-03-02

anond:20180302133935

気持ちはわかる。

俺はリバタリアンじゃなくて社会自由主義で、日本政府もっと大きくてもいいと思ってるけど、反差別リベラル賭博自由にも厳しいし表現の自由にも厳しいし、えっふだん同性婚自由とか苗字を選ぶ自由とか言ってるのは何だったの……って常々思ってる。

セーフティネット福祉がないと怖いか社会自由主義支持だけど、根本自由主義から二番目に支持してるのはリバタリアニズム

でもこの社会自由主義を徹底してくれる政治勢力が弱すぎてなぁ。カジノ法案はほんと絶望です。国籍によって賭博自由制限するという反自由主義的で差別的立法に、生温い! もっと規制しろ! なんて声が飛び交ってるんだもの。世も末ですわ。

2018-01-26

anond:20180125183701

いや、全然違うでしょ。

ことばの由来から来たイメージか、あるいは、保守善、リベラル悪で、過激な変化をさせようとするリベラル悪だ。みたいなレッテルにしたいのかもしれんが。

保守日本の強い人がフルでパワーをつかえるようにする社会が良い社会だ。

リベラル外国含め様々な弱者配慮するのが良い社会だ。

というのが、あえて言うならできる定義でしょう。

保守リベラル言葉の原義はもう今では全く意味を為さない。日本本来風土によって、上記2つに吸収されたような状態

たちが悪いのは、外国との対立において、日本立場が良いというスタンスを、他のとくに経済論議憲法論議演繹すること。

で、保守から善、リベラルから悪のようなレッテルにしてしまって、強い人が好き放題するような社会が良い。というたちの悪い誘導みえる。

なので、これだけ複雑になった社会で、言葉定義ができなくなった右、左、保守リベラルなんて言う奴はまともに議論する気無いんだなとレッテル張ってもいいぐらい。

で、経済的観点から言えば保守ネオリベラリズム新自由主義)。リベラルニューリベラリズム社会自由主義)だ。

ネオリベラリズムは、規制税金をとにかくフラットにして金持ち日本の強い人がフルで自由活動できるようにするのが良い状態

ニューリベラリズムは、適度な規制や、累進課税を設け、再分配をして、弱者自由にのびのび活動できるようにするのが良い状態

から保守自由主義リベラリズムで、その一つのネオリベラリズムなのに、その棍棒リベラルをぶっ叩いてるという謎な状態だね。

更にいうと、30年以上前バブル前は日本ケインズ主義大きな政府だった。国が政策や強い累進課税借金による景気対策経済を強くコントロールしていた。

護送船団方式と言われるようなね。

これも、日本官僚みたいな強い人がフルでパワーを使えるようにするということで保守リベラル定義になれば保守となる。

その頃がどちらの定義になるかといえば、適度な規制累進課税を設けて、かつ、わざわざ借金してコントロールするということで、

ネオリベラリズムニューリベラリズム定義によればニューリベラリズムの方になるだろう。

なので、経済議論保守という事自体がもはや何を指すのかが意味不明瞭となる。

「今の政権がフルでパワーを使えるようにする」であれば今の定義で近いものとすればやっぱりネオリベラリズムなんだろうけどね。

外交においては、日本の強い人の言うことが正しい=保守外国の弱き人が正しい=リベラル

憲法においては、日本の偉い人が道徳国民教化するような憲法が正しい=保守国民一人一人の弱い権利保護するような権力者を律する憲法という立ち位置が正しい=リベラル

論旨によって全く意味合いが違う。とくに外交においては国民対立感情を煽れるから、その敵味方で保守リベラル善悪を作りたいというたちの悪い誘導が通る。

そういう意味で、右、左、保守リベラルなんていう言葉をすててしまって、各問題でどういうスタンスかを個人がそれぞれ持つのが当たり前になるようなのが良い。

日本議論においても同調圧力が強いから、保守スタンスだったらこの他の問題でも保守スタンスだろ?っていう同調圧力議論が歪められるのだから

2018-01-08

私が知っているリベラル

現状を認めながらよりよい社会をめざし多様性を追求する社会自由主義者だと思っていたのだけど

なぜ今のネットではリベラルと名乗る人が上から目線他人を見下しまくるのだろう

2017-11-12

anond:20171112152952

どっちも新自由主義草生えるよね

新自由主義社会自由主義で使い分けてる風味だけどそもそもリベラルしか目にしないしこの界隈ほんとクソの香りしかしない

2017-10-14

anond:20171014190613

違憲状態法律をなくしてとか言ってたよ。

戦争法(平和安全法制)と自衛隊のことだろうね。

中道左派だろうが社会自由主義だろうが、基本的なところで共産と同じってことだな。

2017-10-12

主義を主張しない日本の政治

例えば安倍晋三国家社会主義軍国主義の信奉者だが、自分保守政治家だと言う。

例えば枝野幸男社会自由主義を主張するのではなく、以下のように言う

「私はリベラルであり、保守であります。」

現在日本では政治家は誰もが自分こそが保守政治家であると主張している。自分こそが保守であって他の政治家は実は伝統破壊なのだと主張するやり方が一番一般的になっている。

驚くべきことは共産党ですらそうした傾向を見せはじめているということだ。ただこれに関してはどうも志位和夫という個人資質によるところが大きいらしい。故に民主集中制という最大の弱点を志位和夫は正すことができない。それをやると頑固な共産政党に戻ってしまうのだろう。

社民党は相変わらず社会民主主義を強く提示し続けているが、共産党比較した際の党勢の劣勢は否定できない。

しかに、過去日本の政治は実は大きな失敗をしてこなかったのかもしれない。少なくとも侵略されることはなかったし、ジブチのあれを数に入れなければ侵略することもなかった。経済はそれなりに成功し、格差が広がった今でも iPhone をみんなもっている。餓死する人もいない。水道電気、ガス、道路治水に失敗したということもない(比較対象としてはイタリア南部道路整備の酷さを見よ)。

はいえみんながみんな保守政治家であろうとするのが健康的なこととは思えない。結局それでは縮小均衡に向いつつある現状の追認にしかならないからだ。そして、結局のところ皆が「リベラリズム」「自由主義」を名乗ることによって自由空虚化していくからだ。

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