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2019-07-19

きょうの逸材

鈴木雄介 Suzuki Yuusuke

@suzukiyuusuke3

今日までアニメはある種の人々(一般オタクと呼ばれる)の信仰対象になっていた。それは新興宗教だった。以前、あるアニメをみろとそういう人達に奨められ、なんとか苦労して全話みてみた上で、おもに美術批評言語を使って率直に批評したところ、その種の狂信者から大変しつこく誹謗中傷された。

それで私は気づいた。アニメは或る一部の人々にとっての正真正銘宗教なのだと。信者の中に批評言語は持ち込まれない慣行になっている。だから私がちょっとしたきっかけ(アマゾンプライムビデオに入ってみた)で一時的にひきずりこまれたその業界中では、同調か全拒否どちらかしかできないのだった。

アニメ手塚治虫ディズニー辺りから流行しだした新たな映画形式といえるだろうが、その商業芸術が主な客にしているのは一般大衆の中でも子供や、特に幼稚な大人である宮崎駿でさえ子供向けを前提にしていたから、総じて知的障害に近い社会不適合者を大勢ひきつける結果になるのは必然だった。

私が何とか苦労してあるアニメを全編みてみたのは、そのアニメファンネット上で制作陣を執拗脅迫していたのを知っていたからだ。アニオタによる猟奇的事件引き起こしている作品とは何かを確かめてみたのだ。結果はひたすら幼稚な中身で、反社会的知的障害ボーダー層を煽っていたのだった。

京アニ作品は1度もみたことがないから中身については何もいえないのだが、昨今アニメとりまく状況は嘗てのものとは全然様変わりしている。それは上述のよう反社会的精神遅滞に近い人々が大勢新興宗教として崇める対象になっているという点で、過去アニメ界とはまるで質が違うのである

アップルCEOティムクック氏が京アニに同情の様なツイートをしていて私はこの事件について知ったのだが、彼はアイフォンの主要な顧客である日本人全体の中でも、京都に新たな店舗を設置したところなどから現代アニメ界をとりま社会病理をまったく無視して単なるテロとして扱っていると思う。

他の大衆娯楽、たとえば(これも京都本社がある任天堂に縁が深いが)テレビゲームとか、映画とか、漫画小説みたいなものアニメが「サブカルチャー」として近い位置づけにあるのは確かだが、現時点のアニメはほぼ深夜テレビなどで提供される無料の娯楽で、いってみれば下流の慰み物なのである

村上隆氏はアニメの無教養(Lowbrow)な性質を、知的文脈操作欧米美術史に皮肉位置づけで乗せることで有名になった。端的にいうとアメリカのポップアーティスト漫画に素材をとったのを日本ネタで流用したのだが、一時的に彼の援護的唱道者だった東浩紀氏らも、アニメ公民権を与えた原因だ。

なにがいいたいか日本政府が麻生大臣や、東氏に親しい猪瀬都知事が在籍していた時期に、クールブリタニアを表層的に猿真似した文化政策であるクールジャパンでアニメにお墨つきを与えたのは、間接的に東京圏スーパーフラッターが影響している。要はアニメの暗黒面は意図的無視されていたのだ。

アニメは「わかりやすく」「子供に愛されており」「みなが大好きな」「誰にとっても望ましい」「外国人にも大人気で」「日本文化象徴」といった凄まじい厚化粧で美化されてしまった。背後には労働集約的手描きの不合理な制作過酷長時間労働地獄があり、知的ボーダーの客層による退廃があった。

たとえば同人誌という分類がある。二次創作という名目アニメキャラに、変態性欲の性行為をさせる独自制作漫画アニメ作品販売するとんでもない退廃主義世界が、東京コミックマーケットを中心に勃興していた。石原都知事時代には一部は18禁化されたが、堂々と非実在児童の性を含んでいる。

美術史の中ではバルテュスを筆頭に、その種の児童性愛表現や、ギリシア美術とか江戸春画などに由来した変態性欲的なエロス表現は多かれ少なかれ容認されている。つまり同人誌サブカル派生物として、未来では昭和平成・令和期の主に東京での大衆芸術の姿と歴史化されてはいるだろう。

京都中世、「上方」と称し、大衆蔑視の高踏的な文化傾向を自認していた。が上述の任天堂や今回被害にあった京アニはそうではない。京都府民の一部は東京文化を自らとりこみ、多かれ少なかれ低俗大衆芸術販売しはじめた。これは質的変容でもあるし、アニオタによる炎上事件伏線にもなっている。

サブカルなるもの低俗で無教養一般大衆相手に客商売するところに発生した。しかアニメは単なる売り上げの為ますます大衆の中で最も愚かな者」を最大公約数の客層にしようと幼児退行じみた卑俗化を極めていった。その極点に起きたのが某アニメ制作陣への脅迫事件や今回のガチ炎上事件なのだ

今日アニオタと呼ばれる人々には、おそらく東京キー局によるテレビニュースコメンテーターが訳知り顔でいいそうな「犯罪者予備軍」といった客層が確かにまれている。それは例えば高IQ知識人とかハイカルチャーの客層(日本ではほぼ絶滅しているが)に比べてより多めに含まれているだろう。

なぜなら、上に述べたとおり、東京京都アニメなるものは金儲けを目的に、できるだけ量的に俗受けする為、どんどんと卑近表現に自らを変質させていったからだ。要は、下流相手に客商売しているので、当然ながら犯罪者反社会的知的ボーダーの部類もアニメファンには含まれしまうことになる。

なぜ彼ら下流的な知的ボーダー層に昨今のアニメ宗教とみなされているかだが、私のみたかぎり、彼らは知識社会全然ついていけていない。当然ながら幼稚極まりない娯楽作品しか理解できない。資本主義の手順に従い広告費やグッズ販売などを目的に次々流される深夜アニメが彼らのたまりなのだ

ニコニコ動画は、今では国際レベルビリビリ動画にお株を奪われたが、嘗ても今もこのアニオタ層と極めて親近していた。2chねらー誘引した西村博之氏らが匿名コメント機能をつけたので、名誉どころか恥も外聞もない反社会的犯罪者との境界例にとって極めて居心地のよい居場所になったからだった。

もう一つ、注目すべき事件があった。悠仁親王アニメエヴァンゲリオン』内で引用された、ロンギヌスの槍とほぼ同じピンク色に塗った二股刃物で、或る被疑者脅迫した事件だ。この槍は神学上、磔刑後のイエスを突いて聖性を否定した遺物とされており、王権神授説の否定意識した事件だったろう。

アニメオタクそもそもが、虚構現実と多かれ少なかれ混同し易い脳の性質の持ち主が大半であろう。さもなくば作り話にいつまでも夢中になるわけもない。いわゆる偶像崇拝禁忌という私徳が弱い人達といいかえてもいい。この点では、ポケモンGO等を禁止した一部のイスラム法学者正見を述べている。

そして虚構現実混同し易い脳は、一般子供の時点でそうなり易いのが経験的に明らかなかぎり、いわゆる精神年齢の低い人々により多くみられるはずだ。つまりアニオタは単に批評言語が拙いだけではなく、アニメ内で表現された思想宗教的に鵜呑みにしがちで、かつ知的ボーターも相当混じっている。

から、多かれ少なかれ類似の退廃がみられる他のサブカル(例えば小説とかも)含め、一切近づかないことにした。その内部にいる人々は特定宗教信者とほぼ類似エコーチェンバー残響室)内にいると自覚し、サブカル批判を進んで行うのが賢明だ。

https://twitter.com/suzukiyuusuke3/status/1151922241971478528

2019/07/19

アニオタ炎上

現実アニメ混同発狂偶像崇拝悪しきアニオタ

金儲け俗受けアニメ流布しつつオタク炎上悪しき京都

中華思想自文化中心差別していなか蔑視の悪しき京都

国内外うろつくアニメオタクらが偶像崇拝広め媚び売る

同調圧力加えアニオタの下衆な妄想流布し炎上

https://yuusukesuzuki.blogspot.com/

2019-05-19

anond:20190519154156

追記の「教養」が単なる「偏見」でしかない。

かつて黒人公民権を求められた白人が「我が国黒人問題に対する教養がない、もっと勉強しろ」と言ったのと対して変わりない。実際文化の摩擦や貧困による治安の悪化といった社会問題があったのは確かだが、それは差別を続けること是認する理由にはならない。

2019-04-21

anond:20190421203305

個人的には、公民権拡張運動で一番後回しにされた女性の権利についての運動に(勝手に)別名つけてわいわいやってるだけと認識してるが。

2019-02-14

俺たちは無能フォレストガンプだ、っつー増田を読んだ

anond:20180224163548

ある時、テレビ映画フォレストガンプ」が放映された翌日、学校でセンセイが俺に言い放ちやがった。「お前は無能フォレストガンプだな」って。その時は腹が立ったけども、よく考えたら当たってた。そうだよな、映画じゃ主人公フォレストガンプは知恵遅れだけど、底抜けの優しさと脚の速さで皆から愛された。少なくとも才能があった。卓球だってアメリカ代表になるくらい強かった。

あぁ、わかるよ。とにかく愛されないんだ「俺たち」は。

ちなみに、製作者はフォレスト・ガンプをどう思っていたんだろうな。結論から言うと、彼らはガンプを愛したが、知的障害者は愛していなかった。監督ロバート・ゼメキスDVD副音声でこう言ってる。

IQが低い男の映画なんて作る気はまったく起きなかった」

監督が求めたのは、自分意思がなく、状況をただただ受けいれるだけの純粋無垢キャラクターだった。90年代映画にしてはちょいと古くさい知的障害者像だ。

じゃあさ、「フォレスト・ガンプ時代現実知的障害者たちはどうだったの?」っつー疑問が浮かぶわな。そこで調べたんだが、1950年1990年アメリカ知的障害者にとっても激動の時代だったことがわかった。

1950年

劇中、フォレスト・ガンプ少年IQの低さから公立小学校への入学拒否されかけたのだが、ママ校長にファックを決めたおかげで難を逃れた。

愛する息子を守るため、裏技に手を出すのも当然だ。当時、知的障害者施設にぶち込むのが当たり前だった。そして、施設はひどいなんてもんじゃなかった。

1965年ウィローブロック州立学校という知的障害児の施設リークされた。

潜入リポーターが残した記録によると、4000人しか収容できないにもかかわらず、6000人にものぼる障害児が押し込められ、服を着ていない人や、ほとんど介助されず放置状態の人など、人間生活する環境とはとても思えない状況だった。

このニュースアメリカ全土に衝撃を与え

とにもかくにも、この時代知的障害であると判定をされたら終わり。その先に人間尊厳はない。

1950年代には知的障害者の親たちが施設への批判を始めたという動きもあったらしいので、ガンプのママが知っていても全然おかしくない。

ちなみに、映画では校長から特別支援学校への入学をすすめられ、ママが「そんなところでタイヤの修理方法勉強させません」なんて言い返している。

個人的には、史実に基づいたやり取りなのかという点でちょっと疑ってる。

というのも、当時の特別支援学校には簡単には入れなかったらしいからだ。教育を受けられる障害者は全体の5人に1人程度。軽度だからほいほいと入れるのだろうか。

それに、修理工の授業なんてあったのだろうか。卒業後、施設にぶち込まれるのであればそんなもの必要ないわけで。ここは有識者コメントを求む。

■1960~1979年

ガンプがベトナム戦争英雄になった1960年代

血の日曜日事件アラバマ州舞台でありながら公民権運動スルーしたことで、白人礼賛の保守映画認定されがちな本作であるが、1960年代黒人だけでなく障害者にとっても革命的な時代だった。

1963年には脱施設化の転機である精神病及び精神薄弱に関する大統領教書(ケネディ教書)」が発表され、

1972年には、Wyatt vs. Stickneyの訴訟で、軽度の知的障害のある人たちは入所施設収容されるべきではないという判決が出された。

公民権運動だって知的障害者に大きな影響を与えた。アメリカ障害当事者団体の中で一番強力な権利擁護運動団体といえば「ADAPT」だ。(まあ、身体障害者向けの権利団体なんだが)

設立者のウェイド・ブランクはガンプのお膝元アラバマ州公民権運動にかかわっており、その運動のノリでADAPTを設立したってわけだ。

個人的には、ガンプがキング牧師に会わなかったことより、ウェイド・ブランクスカウトされてないほうが疑問なわけだ。

■1980~1990年

アメリカ全体が脱施設化に向けて動きはじめたのはいいが、「じゃあどうやって地域で暮らすの」というのが目下の問題だった。

ガンプは走りたいから走っていたが、現実知的障害者たちはそういうわけにはいかない。

結局デモなりなんなりで、「地域暮らしていいよね!」、「俺たちにだって権利があるよね!」と市民了解を得るしかない。

というわけで長い年月がかかったわけだが、1990年に「ADA法(障害を持つアメリカ人法)」という決定的な法律が成立した。障害による差別禁止する公民権法だ。ダン中尉政府おっぱい限界です的な裏事情はあるものの、いよいよ連邦政府障害者の権利を認めたのだ。

実はこの法律ハリウッドにも大きな影響を与えている。

「マイレフト・フット」、「レナードの朝」、「ギルバート・グレイプ」、「フィラデルフィア」。

90年代ハリウッドでは障害肯定的に捉える映画がたくさん作られた。フォレスト・ガンプもこの延長線上にあることは間違いない。

革命なのは2000年代ファレリー兄弟だろうな。いよいよ障害者ご本人が登場しちゃうんだもん。

さて、冒頭のロバート・ゼメキスの話に戻る。彼は障害肯定的に捉える映画企画が通りやすい状況を苦々しく思っていたのかもな。

だって俺、興味ねーし」っていう。

結局ADA法に逆行するような、意思のない愛されキャラフォレスト・ガンプが作られたし、世間もそれに乗った。

まあ、素の「俺たち」は苦々しく思われているわけだ。

知的障害者だって苦々しく思われてる、それは同じだ。それでも権利を主張してきたし、いくつかは勝ち取ってきた。

今じゃグループホームなんかで暮らしながら、地域生活エンジョイしてる知的障害者もいる。

日本の話だけど、この前バリバラ地域子育てしてる知的障害者夫婦が出てたぜ。ハロー1950年代、これが2019年だ。

から、俺は無能な「フォレスト・ガンプ」をやめて、こいつらを参考にすることにした。権利があるんだって言いつづけてやるさ。

俺にだって自由希望を持つ権利があるし、

俺にだって、周りから尊重されていいはずだし、

俺にだって、平均的な経済水準を保証されていいし、

俺にだって普通地域普通の家に住んでいいんだ。

当然のように、俺たちにはその権利があるんだ。

2019-01-30

一緒に住んでるのに日曜日しか子どもに会えない

同級生が朝早くから夜遅くまで働いて、疲れ果てて土曜はずっと寝てて

子どもと顔を合わせるのは日曜日だけ、という話を聞くとき


今日日本で全人格労働を求められることが広く知られている中で

起業することもなく既存企業で働いていくことを、選んだのだから

自己責任だと考えていた。


共に深夜まで働いて、家族計画をたてられない夫婦をみるとき

その生活を選んだのは本人であるから自己責任であると思っていた。


Cortezの立場をとるなら、これは公民権問題であって、自己責任ではない。

子どもを持ちたいと願いながら、それが叶わない生活の中に制限されているのは

最低限文化的生活を営む権利毀損されていることであるから

これらは基本的人権問題だった。



コルテスのスピーチ和訳はここ

| 【全訳】米国史上最年少の女性下院議員キング牧師ばりの演説

| https://courrier.jp/news/archives/150572/



コルテスのスピーチyoutubeはここ

| Watch Alexandria Ocasio Cortez’s Inspiring Women’s March Speech | NowThis

| https://youtu.be/TNJZhuZCYow



スピーチ全文文字起こしが見つからなかったからやった

Hello! Thank you. New York City!

Thank you all.

Are you all ready to make a ruckus?

Are you all ready to fight for our rights?

Are you all ready to say that in the United States of America everyone is loved, everyone deserves justice, and everyone deserves equal protection and prosperity in our country.


It is such an honor to be here, and I don’t think it’s a coincidence that we’re gathering here today, the weekend before Martin Luther King Day.

Because I believe this moment and where we are right now is a resurgence from where the civil rights movement left off.

And we are here to carry the torch forward.

Because when we talked about racial and economic justice, racial and social justice, we started to really extend those issues to the issues of economic justice, environmental justice, and the intersectionality and interconnectedness of all our fights.


Justice is not a concept we read about in a book.

Justice is about the water we drink, justice is about the air we breathe.

Justice is about how easy it is to vote.

Justice is about how much ladies get paid.

Justice is about if we can stay with our children after we have them for a just amount of time – mothers, fathers, and all parents.

Justice is about making sure that being polite is not the same thing as being quiet.

In fact, oftentimes the most righteous thing you can do is shake the table.


Last year we took the power to the polls.

And this year, we’re taking power to the policy, because we have taken back the House of Representatives.

And that’s just step one.

This year we’re gonna organize.

This year we’re gonna fight for voting rights.

This year we’re gonna keep pushing, because 2020, we took – in 2018 we took the House of Representatives, and through 2020, we’re gonna take the White House and Senate, too.


That’s what we’re gonna do because we need to advance and fight for an America where all people are welcome and no people are left behind.

And I know that while this year has been historic, there’s a lot more congresswomen left here in this audience right now.

There’s a lot more city councilwomen.

There’s a lot more workers that will be building businesses.

There’s a lot more – and I know that there’s a future president out here, too.


Let us remember that a fight means no person left behind.

So when people want to stop talking about the issues

that Black women face,

when people want to stop talking about the issues

that trans women or immigrant women face,

we gotta ask them, why does that make you so uncomfortable?


Because now, this is the time that we’re gonna address poverty.

This is the time we’re gonna address Flint.

This is the time we’re gonna talk about Baltimore & the Bronx, and wildfires, and Puerto Rico.

Because this is not just about identity, this is about justice.

And this is about the America that we are going to bring into this world.

Thank you all very, very much.

2018-01-08

差別という思考停止ワード

差別”というレッテルさえ貼れば絶対悪に貶められると思ってる馬鹿が多すぎる。

まあ実際、はてな程度の民度の連中は、それで思考停止して受け入れちまうのが大半だから成功したと勘違いしちまうのも無理はない。

単に誰かを不快にする行為と、お作法の話と、特定属性の者の人生制限する事を、ちゃんと分けろ。

https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20180105-00080159/

http://blog.nari.life/entry/2018/01/08/114300

身分で住居や職業制限されたり、就学就職結婚云々の際に区別され不利な扱いを受けたり、という深刻な問題をなくさねばならないから「差別」ってのが絶対悪として扱われてきたわけで。

その過程で、あれはいかんこれはいかんとお作法も生まれて、黒人コスプレNGコードになったりするが、コード違反コード違反に過ぎないし、コードが生まれ過程と別の文化ではコード自体本来意味をなさない。

さらにはネタ対象特定属性だとまた差別とのたまう奴が出てくる。

他人不快にする事は褒められることではないのは当たり前だろうが。世の中の事はなんでも快か不快か感じることはできる。なんでその不快だけ特別扱いなんだよ。そんな一般的なことと公民権を与えられなかったり職を制限される事をないまぜにするな。

足を踏んだ人間は踏まれた痛みはわからん?痛いなら痛い奴が痛いと言えばいいだろ。差別なんて寝ぼけたレッテル貼りなんかせずに、ただ痛いと言え。踏まれた者を勝手代表するのもやめろ。ただお前個人が痛いと叫べ。会話のネタになって便利に使ってる奴だっているんだ。

こう書くと、またしたり顔の馬鹿が、結局すべて通底しているんだ勉強しろとかほざくだろうが、お前らがそんな寝言を偉そうに語ってるからトランプみたいのが生まれてんだよ。

どうだ、「こんな記事を書くような連中はまったく」みたいに俺を切断して貶めたいだろ。それだって属性によって誰かを不快にさせてんだろが。

2017-06-29

権利」を謳う人間はなぜあそこまで意地汚く見えてしまうのか

今回ここで、「権利概念が放ってしま暴力性の起源について一人考えてみる

人権」の普及 ーアメリカ独立宣言



1週間もすれば3億人近いトンチンカンたちがまた祝うことになる、近代社会の幕開け=アメリカ独立宣言に遡ってみよう。250年くらい前のことだ。後にアメリカ人と呼ばれる極西の田舎者黒人奴隷を足置きにしながらヨーロッパ政治哲学を読みふけっていた。そして、英国議会に「植民地のくせに生意気だぞ」と言われてしまったあの時、彼らのイギリスコンプは爆発し独立宣言してしまう。この独立戦争とその後の歴史で彼らは「国家」を生み出しその中で「所有権」というもの不可侵性を「人権」として僭称したのだった。それまでもこの考え方は常にヤバい匂いを発してきたが「独立宣言」こそが全人類脳みそ侵入し始めるウイルスになった。彼らはこう言う。「君たち、実はな、人間は生まれながらにして権利というものを持っていたのだよ」「君たち、これは自明の真理だよ」。誠に蒙が開かれるようである。実際に驚くほどたくさんの人が啓蒙されることになる。

ところで、ここで彼らが行なった欺瞞としてまずよく言われるのは足置きにしている「黒人奴隷」についてである。つまり黒人奴隷人間の方にではなく所有物propertyの方に組み込まれしまったことである。ところが、今回に限ってはそこは重要ではないと私は言いたいのだ。というよりも黒人奴隷境遇があまりに深刻な問題であるから真の問題が後景化し見えなくなってしまっている。この深刻な問題をみたとき、我々、権利至上主義者の常識的感覚からいって、100年後、200年後に黒人へ与えられたように、人間権利、あるいは公民権解決すべき(解決した)問題だと思わされてしまう。

でもこれは糞の上に城を立てただけなのだ私たちの暮らす城の中はクソの匂いが充満している。「権利」などという考え方が、奴隷制的な、暴力的支配への渇望に支えられている。私たちはクソがあるなと思ったら「あっクソだ」と言わねばならない。「あれ?この部屋なんか、うんこ匂いしない?」は常に言いづらいセリフではあるが。


 人権を「持つ」とは ー「所有」についての2つの感覚




まりどういうことか。権利を「持っている」、という発想自体にその欺瞞が現れている、と言いたいのだ。一般におそらくは「所有権を持つ」という表現すらあまり違和感をもたれないのである独立宣言の下敷きになったヴァージニアで行なわれた会議草案にもその矛盾を観れるかもしれない

That all men are by nature equally free and independent and have certain inherent rights, of which, when they enter into a state of society, they cannot, by any compact, deprive or divest their posterity; namely, the enjoyment of life and liberty, with the means of acquiring and possessing property, and pursuing and obtaining happiness and safety.

この2つ目の下線部は独立宣言では省かれるのだが「所有権を持つ」という循環した考え方を恐れたから、ではなく国家による税金徴収を困難にするという理由であった。

何が言いたいかといえば、奴隷武器砂糖三角貿易が成立して以降のヨーロッパ社会では、「権利」が「持つ」ものとして想定されねばならなかったのである。それは単純には、ある種の人々から「奪う」こと(あるいは「捨てる」こと)のできるものでなくてはならなかったからだ。つまり所有権」が守るベーシック価値は「権利概念誕生の後に、「どんな種類の権利を作ろうかなー」と考えられて作られたものではなく同時に発生しているのである。そしてそのことは隠れたのだ。独立宣言に「自明真実ではあるのだが我らは不可侵権利を持っているのだと信じる」としれっと書き込むことで。じゃあ所有の意味を含む「権利概念が発生した時に生まれていたものは何か。ここが今回の主張であるが、「支配欲求自体への承認」なのである社会の一員として我々は「ある種の激烈な支配の形」を基盤にすることで社会を成立させている。それは「所有権」だけでなく「権利全般の話である

propertyに対しては当然そうだろう。犬猫などは黒人同様に解放が進みつつあるが根本的に我々は自分の所有する物をどれだけ傷つけても良いのである対象物に対して欲求したことは特別禁止されない限り全てぶつけることを許されている。私は自分の持っている熊の人形の腹を切り裂いてもいいしそこにペニスを突っ込んでも良い。それが所有権意味するところである。ここで、人形はなんかかわいそうだし除外しようかというのもあまり意味がない。僕が言いたいのは、我々は所有権を「propertyに対して私が欲求することならなんでもしていい力」として想像していて、思考スタート地点にそれをおいていることだ。この認識はもう一つ重要感覚を孕んでいる。それは「私が支配するもの他者が介入することは許されない」ということだ。この二つの感覚両方が「権利全般に流れ込んだのだ。そして実は我々の想像する「自由」のコアイメージでもある。自由にはこの欲望支配感覚が流れている。


 奴隷(property)の反乱 ー「権利」と「自由」に関する妥協と「身体」ー



しかしながらこの「自由」の感覚は「自由」を求める奴隷たちの反乱により一つの現実的妥協を産んだ。支配者はかつての奴隷たちと約束したのだ。我々はもはや君たちを支配しない。その代わりに我々は自分の体を支配するのだと。そして君たちもそうするのだと。人間なら誰もが己の体を支配できることにしよう。我々は平等自由じゃないか。(現実として多くの旧黒人奴隷は扱いの悪い賃金労働者として己の体を「自由」に売買した。ほぼほぼ売るだけであったが。)


上記の経路は思考実験の一つでしかなく、実際は数百年前の「権利概念議論でも既に流れていただろう。しかし、ここで誕生したのは一風変わった、世界人間に対する理解である個人他者からの介入=他者との人間的繋がりを切断できる独立した存在だという信仰なのだ。なぜなら自分の体を自由支配他者はこれに関与できないのだから。(工場で死にかけながら働く黒人労働者だって自由」に辞められると考えることはできただろう。)「権利」や「自由」というもの概念自体にこれは染みついたのだ。


奴隷製の足置きで本を読む農園主の頭の中で作られた「近代国家権利自由」は、国家軍隊というとてつもない力に囲われながら、同じ発想の知的エリート再生産し、根本思想解体は迂回しながら様々なヴァリエーションを増やしてきた。その実践形は司法行政の場から常に吐き出され、我々パンピー脳みそにも影響を及ぼしてきた。


権利概念は、「権利」とは「持つ」ものだという支配欲求肯定に支えられている、というのが基本的な今回の主張である。これが己の身体観や対人間観に影響を及ぼしてきた。実際皆が全く違和感なく自分の持つ時間労働力社長さんに売り払っている。基盤にある発想はまさに「権利」は「持つ」ものから「捨てれる(売れる)」のである。あるいは私は他人権利を「買える」のである。なぜなら私はその「権利」を「持っている」のだから。(一応断っておくが、これによって生まれる成果を否定するものではない。「支配/排除欲望」を根幹にする原理が一度は平等性/対等性 になりながらも、次の段階で一人の人間があらゆる人の時間と行動の自由支配し皆がそれに納得していることに注目したいのだ。この一人の人間も様々な人の投資で買われていてもう少し複雑だろうけれど。)

 まとめ ー「意地汚い」理由



長々書いてるのに平板な話になってるだろうか。ここに資本の燃料をぶっ込めばいくらでも非人間的な方向に暴走できるのは想像にかたくないし、読んだことないけど共産主義とかポモとかもこういう認識の型への反発からスタートしてるのでしょ。現実非人道的支配を読み取った人たちの反発からまれ社会「権」などは対抗力として機能しただろう。ただそのことに対しても言えるのは「権利」「自由」の枠組みがそのまま利用されたということだ。近代国家という装置がこの世界にセットされた1776年の7月4日あの日から人類脳みそはハックされた。今もなお屋台骨として社会を支え続けている我らが人権万歳自由万歳国家万歳


いま苦しんでいるマイノリティも、「支配欲望」の匂い漂う「権利自由概念を使って「国家よ行動しろ」と闘争せねばならない。あるいは彼らがそうでない社会活動を試みていても(例えば、他者との網の目を強化したり、国家ではなくコミュニティや人々の意識を変えるために動いていたとしても)、そのように立ち上がる姿をメディアでみた我々は、そこにまた「権利自由闘争の型を読み取っていないだろうか。「障害者が、また支配欲望を前面に出してるのか。今度は何を要求するのか。」と。そして人間の、恥を知らない無意識は、何かを奪おうとしているマイノリティを見てこう訴えてくるのではないか。我々はこいつらを「支配」し「排除」しなければならない、我々の「権利」と「自由」のために。

2016-12-19

http://anond.hatelabo.jp/20161219072939

遅刻したら心臓発作で死ぬように人類品種改良できないだろうか?

こういうクズが淘汰されないか人類は次のステージに進めないままでいる。

まずは最低でも公民権資格停止、並びに遅刻された側が訴訟起こしたら無条件で敗訴、などがいいと思う。

2016-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20160318080750

海外では派手にとれるみたいやな

米国三菱自動車セクハラ事件

1996年、MMMA(米国三菱自動車製造)は米国政府機関雇用機会均等委員会 (EEOC) に公民権違反提訴され、「日本企業では、女子社員ゲイシャであることを求められている」との日本文化論、大規模なジャパンバッシング消費者から不買運動を経て、最終的には約48億円の支払いで和解

北米トヨタ自動車セクハラ訴訟

2006年北米トヨタ自動車の元社長秘書日本人女性)が、同社社長日本人男性)によるセクハラと同社の対応の不備に対して両者などに1億9000万ドル損害賠償請求訴訟を起こした事例。その後トヨタから巨額の和解金(一説には50億円)が支払われた。

有名日本料理店におけるセクハラ訴訟

コムスン事件問題となったグッドウィル・グループニューヨーク市経営するレストランMEGU」における事例。2006年9月、同店のアジア系女性従業員が、勤務中にセクハラを受けたとして2000万ドル損害賠償請求訴訟を起こした。AP通信によると、女性は長期に渡って同店の日本人料理長から調理道具や手で乳房女性器を触られたり、性的言葉をかけられたという。また、同店でのパーティーの際、別の調理師(事後に解雇)により店外に連れ出されレイプされたという(『USFL』2006年9月22日[6])。

2016-02-19

2016年2月17日参議院憲法審査会での丸山発言全文

もうだいぶ最後の方になりましたから、お疲れでしょうからあんまり硬くならないで、(参考人先生方に)豊かな発想でお答え頂きたいんですけども....

今、院生ということでして、参議院存在価値をどこに求めるのかという議論なんですけども、この議論というのはおそらく何十年、延々とやられてきてる議論なんですよね。ほとんど変化なく。

たとえば党員拘束の問題もやりましたけど、これはやっぱり先生方がおっしゃってましたようにね、なかなか難しいだろと。それで本当に党員拘束を止めるというのであれば、参議院議員政党所属を法的に禁止しなければいけないと思うんですね。そこまでやらないと政党に居てですね、参議院だけはなんとなく党員拘束から自由でいこうぜ!って、それはもう土台ですんで、ユートピア的に言ってるだけで、まったく意味がないと私は思っています。(仮に)それであれば憲法上の問題クリアできるんじゃないかと思いますけど、(そのためには)参議院議員基本的法律政党所属禁止するということが必要だと私は思います

それから新井先生はですね、とりわけ”行政監視”に参議院機能に集中すべきだと力説されたと思うんですけど、巨大な官僚機構を、このままだと国会まで官僚機構支配されてしまうのではという危惧さえ持っておられると。私も行政監視についての意見は(色々)あるけれども、行政監視を補充してしっかりしたものにする、理屈はそうなんです。ただ(参議院を)開けない、開いても大した成果をあげていないとなると意味がないんですね。

参議院とは、本当の意味では、なかなかこうあるべきだと言っても、基本的には機能を発揮できない状況にあると私は思ってるんですね。せいぜい政権暴走とか、多数与党を慎重にさせるとか、衆議院政策時間をかけて審議するとか、この程度なんですね。期待されてるのはその程度、それ以上のことは現実的参議院には誰も期待してないし、期待したってできないですしね。

(以下一般的な全文書き起こし)

そこでですね、これは憲法上の問題もありますし、ややユートピア的かもしれませんけど、たとえば日本アメリカ51番目の州になるということについて、憲法上どのような問題があるのか、ないのか。

そうすると集団的自衛権安保条約ってまったく問題ありませんよね。たとえば今拉致問題ってありますけど、おそらく起こっていないでしょう。それから、いわゆる国の借金問題についても、こういう国の行政監視が効かないようなズタズタの状態には絶対になっていないと思うんですね。

これは日本が無くなるということではなくて、アメリカ制度であれば人口比において、下院議員の数が決まるんですね。そうすると、おそらく日本州というのは、最大の下院議員の数を持つと思うんです。上院も州1個とすれば2人ですけれど、日本もいくつかの州に分けるとすると、十数人の上院議員を選出できる。これは世界の中の日本というけれども、ようするに日本州の出身者がアメリカ大統領になる可能性が出てくるということなんですよ。ということは、世界の中心で行動できる日本という、日本とはそのとき言わないですけれども、それもあり得るということなんですね。馬鹿みたいな話だと思われるかもしれないですけれど。

たとえば今アメリカ黒人大統領になっているんですよ。黒人の血を引く。これは奴隷ですよ、はっきり言って。それで、リンカーン奴隷解放をやったと。でも公民権もない、何もない、ルーサー・キングが出てきて、公民権運動のなかで公民権が与えられた。でもですね、まさかアメリカ建国あるいは当初の時代黒人奴隷アメリカ大統領になるようなことは考えもしない。これだけのですね、ダイナミックな変革をしていく国なんですよね。

そういう観点からですね、たとえば日本がそういうことについて憲法上の問題があるのか、ないのかということについてお聞きしたい。それから政党所属忌避するということについての憲法上の問題があるのかないのか。これについて、まず荒井議員からお聞きしたい。これはですね、十数年前から日米問題研究会ということがありまして、それで本まで発表されてるんですね。だからそういうことについてですね、日本憲法的な観点から、どのように思われますか。お聞きしたいと思います

2015-12-24

[] 2015年増田現代ローザ・パークスを見た

博識な増田諸氏には改めて説明するまでもないが、ローザ・パークスバス運転手の命令に背いて白人に席を譲るのを拒み

人種分離法違反の容疑で逮捕され、アフリカ系アメリカ人黒人)による公民権運動の導火線となった女性だ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B9

今年の12月ローザ・パークス逮捕から60年が過ぎ、増田のある人物を思い出した。

[京都ゴミ大学]でカテゴライズされている彼だ。

まれている者、妊婦に席を譲らないと宣言し、ホッテントリを叩き出す。

状況や周囲の人物関係は1:1に当て嵌まりはしないが、当たり前のように差別されていることに対して不満を表明し

人々の注目を浴びたという点に於いて両者は等しい。

ローザの言葉を借りれば、京都の彼もまた「屈服することに疲れていた」に違いない。

ローザの逮捕黒人によるバスボイコット運動から人種差別禁止する公民権法成立につながった。

京都の彼の宣言は何処につながっていくだろうか?

バス電車ボイコット

それとも恋愛市場ボイコット

いや、恋愛市場から排斥されているのは容姿の良くない者のほうだ。

どうすれば容姿差別禁止する法の成立に結びつくのか?

彼にそれを成し遂げてもらいたいところだが。

ローザが逮捕時に乗っていたバスは大切に保存され、ヘンリー・フォードミュージアムに展示されている。

何時か容姿差別を禁ずる世の中が実現した日には彼のエントリー

妊婦に優しくされない人間妊婦に優しくする筋合いなどない : http://anond.hatelabo.jp/20151018215156

web上に永久保存されるであろう。

2015-02-08

去年1万件以上の電話が盗聴された日本人

日本国は、いまや世界最大級の盗聴国家であり、恐怖政治国家だ。

なぜなら日本には盗聴法があり、年間1万件以上の盗聴捜査警察官によって実施されているからだ。

理屈の上では、組織犯罪幹部逮捕するために盗聴するという当初の立法者による「大義」があり、立法目的がある。

理屈の上では「大義」や「目的」は正しいかもしれない。

しかし、「結果」や「実績」はその正反対事実証明している。

 

内閣国会報告によれば、2014年1年間に実施された1万3778回の盗聴捜査逮捕された人数はわずか72人しかいない。

しかもそのほぼ全員が組織犯罪幹部ではない一般犯罪で、組織犯罪幹部逮捕は皆無だった。

しかも72人という数字あくまでも逮捕者数であって、起訴された数ではない。

有罪になった数でもないし、実刑になった数でもない。

盗聴されて逮捕されても、起訴されない人もいるし、有罪にならなかった人もいるし、実刑にならなかった人もいる。

盗聴の「大義」を裏付け逮捕実績は、ほぼ無い結果だった。

盗聴捜査組織犯罪壊滅につながらないという批判は、もはや警察捜査成果として現実のものとなったのである

麻薬の売人の運び屋や送金屋を何人逮捕したところで、犯罪組織にはなんの影響もないし、市民生活犯罪に脅かされる市民社会は少しも良くならない。

これは警察がなまけていたからではなく、そもそもそういう制度を作ったことが誤りだったのである

 

政府は、1年間で1万3778回の盗聴で対象となった事件数も公表した。

1000件? 100件? 

正解はたったの10件だ。

たったの10しか解決していない。

たったの10件の事件のために、無関係の無実の市民通話が、たった1年間で1万回以上警察官に聞かれていた。 

 

しかも、盗聴されていた事件のすべてが重大組織犯罪というわけではない。

たまたま手に入れた薬物をオバカチンピラが売ったような突発事犯で盗聴捜査成功しても、本物のヤクザ組織はびくともしない。

まり盗聴法による盗聴捜査は、捜査実態結果から見た場合

その捜査はわたしたち無実の市民通話(電子メールネット電話を含む!)に対して向けられている。

罪を犯している犯罪組織幹部は盗聴されない。

そもそも犯罪プロ幹部たちが電話などで犯罪計画を連絡しているはずがない。

盗聴法による盗聴捜査ターゲットは、わたしたち無実の市民携帯電話電子メールネット電話であって、

罪を犯している犯罪組織幹部電話ではない。

そういう批判法律制定前にもあったが、その批判はい安倍政権のもとで現実のものになった。

  

「盗聴事実当事者に知らせているから盗聴ではない」という批判が、盗聴法を作る側の警察官僚の側にはある。

しか盗聴法は、盗聴法によって盗聴された通話当事者に対して

盗聴記録が裁判に使われる場合にだけ、盗聴したという事実当局が告知することになっている。

しかし、盗聴が犯罪無関係で、盗聴記録を裁判証拠として使わない場合は、

盗聴された人には盗聴事実の通知はされない。

まり事件化されない大多数の盗聴捜査で盗聴された無実の一般市民は、

盗聴されたことを知らないまま警察官に盗み聞きされ、

会話内容警察官に使われている。

誰のためになんのためにどのようにに盗聴通話が使われているのかは、警察の闇の中だ。

 

盗聴法には、無関係通話を盗聴させないようにするためと称して「立会人」という制度がつくられ、

盗聴捜査の際には「立会人」を置くなどの運用がなされている。

「だから安心してください」と、盗聴法を作るために与党入りを決めた公明党指導者は訴えていた。

当時の政権批判野党だった公明党には、政府に盗聴されたくない犯罪陰謀事件などの弱みがあったと言われている。

過去には公明党は盗聴事件脅迫事件なども起こし確定判決存在判決は公開されている。

盗聴される側ではなく盗聴する側になれば安心だという公明党判断なのだろう。

 

しかし、「立会人」という制度は、意味が無い制度だった。

立会人」は盗聴法規定により盗聴会話を聞くことができない。

から警察官が盗聴したり録音したりしている電話の内容が犯罪の理立証に不可欠な証拠かどうかを判断することは100%不可能

しかも「立会人」は、消防士事務職警察OBなど、治安関係のお仲間が担当している。

から警察違法不当な盗聴をしていても問題になることはない。

そもそも「立会人」は、立ち会うだけの義務しかなく違法な盗聴捜査の中止を命令する「制止権」が無いから

立会人」はお金をもらって隣の部屋でお菓子などを食べながら意味の無い時間をすごすだけの人になっている。

まり盗聴法における「立会人制度は、

違法な盗聴捜査意味の無い危険な盗聴捜査の「歯止め」としてまったく機能していない。

 

おそろしいことに、日本では盗聴法による傍受礼状が無くても事実上の盗聴ができてしまうことがある。

その一例が「逆探知」と「通話特定」だ。

会話を録音して裁判証拠として使うためには盗聴法を使わなければならないが、

録音しない場合、会話を裁判証拠として使わない場合は、警察組織は傍受令状なしにいくらでも盗聴してもよいことになっている。

 

逆探知誘拐などのときに使うものだと一般市民には信じられているが、実際はそうではない。

官僚組織などに質問意見電話をかける市民団体参加者に対して、電話をかれられた側の官僚たちが、

電話をかけた者がどこの誰かを特定するために、当局に「行政執行暴力事件」として内偵を依頼し、

逆探知捜査実施されるということが起きていたのだ。

たとえば沖縄では基地問題をめぐってたくさんの沖縄県民が「暴力組織犯罪容疑者」とみなされ

一般の沖縄県民電話が「逆探知」された。

もちろんそれらの事件は、盗聴法によらない「通話特定」だから

盗聴法による報告はされないし、情報公開法による公開も除外規定により公開が制限されている。

から闇に葬られる沖縄県民たち。次は自分かもしれない。

 

このようにして、一般市民は「盗聴されているかもしれない」という事実によって管理され、

支配され、恐怖の統治を受けて公民権言論は萎縮していくのである

   

盗聴法による盗聴捜査による「効果」について言うならば、

その捜査組織犯罪幹部逮捕効果をあげるものではない。

しろその逆に、組織犯罪必要な人的・予算的・組織的リソースを縮小させ、

組織犯罪温存に効果を発揮している。

これは警察にいる警察官の大半がそういう認識だ。

成果をあげる捜査プロ刑事には、盗聴権限など不要というのが常識である

盗聴捜査対象は、罪の無い一般市民が大半であるという事実から

市民の通信活動に対する不要な萎縮が起り、基本的人権である通信の秘密破壊される。

したがって、盗聴法を制定した当初の立法意思立法目的は、完全に破綻した。

制定当時に言われていた「安心材料」は、結果的にすべて否定された。

   

問題は、このようになんの意味もなく成果もあげなかった盗聴制度永久に維持させるために、

安倍政権組織犯罪ではなく一般犯罪に対しても警察権力に「盗聴権」を付与させ、

警察権限だけを強めようとしていることだ。

 

まさにキチガイ刃物である

 

そしてなにより盗聴法には、公務員犯罪を取り締まるために使うことができないという制約がある。

警察官自衛官刑務官による密室暴行、それらの密告を監視するために盗聴法を用いることはできない。

なぜなら公務員犯罪だけは盗聴法適用対象外からだ。

宗教団体犯罪適用対象外となっている。

  

盗聴法は完全に破綻した。こうした恐怖政治のための危険な道具を日本は持つべきではない。

バカ刃物を渡すな」だ。

だが、いまはまさに「バカ刃物をふりまわす」状態になっている。

危険だ。日本国は、いまや世界最大級の盗聴国家であり、恐怖政治国家である

盗聴法実施絶対に許すな。盗聴法改悪絶対に許すな。

盗聴法改悪を許す安倍政権を許すな。バカ刃物を渡すな

   

それでも盗聴法を維持させなければならないのなら、政権交代を実現し、

自民党公明党関係者に対して盗聴捜査実施し、

盗聴法に賛成してきた自民党幹部公明党幹部有罪にする実績をつくればよい。

テレビで彼らの処刑を中継をやってもよいだろう。

そうすれば、「それはやりすぎだ。盗聴法には歯止めが必要だ、警察権力の強化は危険だ」という正論が出てくるに違いない。

そのとき「だったら盗聴法を廃止してしまいましょう」と議論してもよいだろう。

     

2月6日 13時06分 NHK定時ニュース

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150206/k10015260271000.html

上川法務大臣は6日の閣議で、捜査当局携帯電話などの傍受を認める「通信傍受法」に基づいて、去年1年間に違法薬物の密売など10の事件通信傍受実施し、これまでで2番目に多い72人を逮捕したことを報告しました。

平成12年に施行された「通信傍受法」は、違法薬物の密売など組織的犯罪捜査する際、ほかの手段では事件の解明が難しい場合に限り、捜査当局電話電子メールの傍受を認めるもので、捜査の行き過ぎを防ぐため、通信傍受実施した件数や逮捕者の数などを、毎年、国会に報告するよう政府に求めています

上川法務大臣国会への報告に先立って、6日の閣議で去年1年間の実施状況を報告しました。

それによりますと、去年は、違法薬物の密売拳銃の所持など10の事件で、携帯電話通話を合わせて1万3778回傍受するなどした結果、これまでで2番目に多い72人を逮捕しました。

この結果、法律施行後、通信傍受実施した事件での逮捕者は525人となりました。

通信傍受を巡って法務省は、新たに振り込め詐欺組織的窃盗、それに誘拐事件などの捜査でも行えるようにする通信傍受法の改正案を、今の通常国会に提出する方針です。

2013-04-30

児童ポルノ規制についてよく分からないこと

大人の身勝手な欲望に起因する虐待行為から実在の)児童を守る、という趣旨は大変よく分かる。分からないのは、児童に欲情するという性的嗜好自体が規制対象となるという部分。

我々は「想像」を罰することができるのか。人生の中で知ってか知らずにか、身に付けた性的嗜好の内容が犯罪的であれば、その人は自動的に犯罪者になるのか。その部分を、規制派が余りに安易に飛び越えている気がして、大変困っている。


何度かあちこちで言ったことであるが、もし「想像」を罰することができるなら、レイプもの痴漢ものアダルトビデオは真っ先に規制対象ではないか。嗜好すること自体が犯罪ならば、そういったビデオを好む人間が「犯罪者であることは明白である。従って、ホラーやスプラッタを見る人間など、もうどこかの孤島にでも閉じ込めるべきだろう。そのような身の毛もよだつ表現を愛好する人間は、ことごとく犯罪者といって構わない。ミリタリーマニアは、自衛隊に入隊するもの以外即時に公民権を停止して構わない。とにかく、あらゆる犯罪行為を扱ったフィクションの作者・読者のいずれも、塀の中でその嗜好を矯正される必要がある。

そうなると、もう公序良俗に反するあらゆる表現規制した方がいいように思えてくる。詐欺裏切り、盗み、不倫行為違法薬物が登場するようなあらゆる表現規制される。「単に人が死ぬ」だけの場面であっても、嗜虐的な性向をもつ人間を刺激する可能性があるので注意が必要だ。健全安全で正しく美しい天国のような世界表現したものけが許される。惜しむらくは、そういう社会を維持運営する行為現実想像すると、おそらく健全にも安全にも正しくも美しくも見えないだろうという点だ。そうなると、もう現実規制するよりほかない。たとえば着替える際に、自分の裸を見る行為すら犯罪であるかもしれないのだから

想像規制する」というのは、そういうことだと思うのだが、どうして人はそのステップを簡単に上がってよいと思ってしまうのか。そして、現実虐待されている多くの子どもを救う直接的な行為(たとえば子育てへの手厚い支援や児童相談所の権限強化等)に対して、延々と消極的であり続けられるのだろうか?

http://anond.hatelabo.jp/20130429211830

2012-09-29

「多様文化保存推進法が可決され、本日より施行される事となりました。」

「おや、いつの間にそんな法律が。」

「一昨年の秋です。」

「まあいい。で、それはどんな法律なのかね。」

「この国で失われつつある様々な文化保全、維持する事を目的とした法律です。」

「それはすばらしい事だ。」

ありがとうございます。つきましては、本法に則ってあなたにお知らせする事があります。」

「何だね。」

「当局で調査いたしましたところ、あなたの曾祖父様はこの国でも希有な生活様式を持つ地方のご出身ですね。」

「む、そうだったかな。祖父さんからそんな話を聞いたことがあったような、なかったような…。」

「そこで本法に則って、あなたにはこの文化未来の担い手となっていただくことになりました。」

「ほう、私が。」

はい。まずはあなたの曾祖父様がお住まいだった地域移住していただきます。」

「何だって。」

「そして、あなたとそのご家族には、あなたの曾祖父様と同じ生活様式を送っていただきます。」

ちょっと待て。曾祖父さんが送ってた生活なんて知らないぞ。」

「ご心配なく。こちらで既に可能な限り調査済みです。文化多様性保全委員会が住居や家財道具、食生活をはじめとする生活手段を網羅し支給いたします。あなた方はこれらを受領し、委員会が指定する生活様式を遵守するだけで結構です。」

「それは困る。私には今の仕事もあるし、曾祖父さんが住んでいた地域というのは、確か道路もないような山奥だったはずだ。」

「その通りです。近隣の市街地との接触も殆どなく、完全な自給自足を成立させていた希有な生活様式の方々でした。故にこの法律名誉ある適用第一号となりました。」

「そんな場所私たちに行けというのか。今の生活も何もかも捨て去って。」

「そういう法律ですので。」

「ふざけるな。断固拒否する。」

「残念ながら免除の制度はございません。本日の通知から六ヶ月以内に移住を完了しないと刑事罰が科されることになります。」

「そんな理不尽な事があってたまるか。」

しかし、本法は世論調査において八十四パーセントという高い支持を得ており、議会でも全会一致で可決、成立しております。」

「私や家族人権はどうなるんだ。文化的な最低限の生活を送る権利が保障されているはずだ。」

国民文化的な生活を送るためには、社会に多様な文化存在する事が不可欠なのです。これを拒む事は文化多様性精神に反する事になります。」

畜生、誰がこんな法律を作りやがったんだ。次の選挙ではそいつらには絶対に投票しないからな。」

「その心配無用です。あなた方は本日の告知をもって公民権は停止されました。あなたの曾祖父様の生活において、選挙制度は無縁でしたので。」

2012-09-12

http://anond.hatelabo.jp/20120912100632

■真面目に働く国民が納得でき、持続可能な生活保護制度のための五箇条

  1:国籍条項を作る。日本人以外は強制送還対応

  2:最低賃金基礎年金額以下の支給額に。支給も現金ではなく米などの現物支給メイン

  3:医療費原則無料を廃止。2割程度の自己負担

  4:不正受給には厳罰で対処パチンコ競馬等のギャンブル不正行為とする)

  5:受給者は公民権(選挙権など)停止。生活保護から脱出促進・既得権化防止

 
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