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はてなキーワード: 松竹とは

2019-08-30

歌舞伎チケットの買い方をおしえてください!(ナウシカ

ナウシカ歌舞伎を観たくて、松竹歌舞伎会に入りました

会報の「ほうおう」が届き、12月公演の案内にナウシカチケットの発売日等が載っていました!

購入方法が今ひとつからないのですが、発売日になったらチケットホンかチケットウェブ松竹で購入できるのでしょうか?

から待機して時間になった瞬間にコールアクセスした方がいいですか?

非常識質問だったらすみません!)

普通コンサートも行った事ないし、歌舞伎もはじめてで勝手がわかりません

どなたか詳しい方、教えて下さい…!!

2019-07-30

anond:20190730225013

松竹など配給会社は一緒に株価が下がったりしてるね

どこも株式会社だし、たいてい株主総会の季節は6月中だから

うそうすぐに大きな金は動かせないだろ

取締役会議でうごかせる額なら出してやってほしいけどね

2019-07-05

アメリカ映画を観た思い出について約10年前祖父に聞いてみた記録

※本人より聞いたまま書いたため何処まで正確な事柄なのか不明

祖父、当時83歳)

――初めてアメリカ映画を観たのは何才頃でしたか

映画昭和14年の10月ごろから観はじめた。当時14歳で静岡県浜松市の卸問屋丁稚として働き、主にそこの配達仕事をしていた。その仕事にある程度の余裕ができてきたので、暇なとき映画を観に行けるようになった。映画館で映画を観たのは海兵に志願する前の18歳頃までだった。行っていた映画館は何軒かあって、機場町か塩町にあった「浜松アズマ座」、連尺町の「松竹館」、「浜宝映画」に主によく行っていた。その中でもアメリカ映画などの洋画は、「浜松アズマ座」でのみ見ることができた。映画会社の協定か何かで決まっていたらしいね映画館には、フィルムの新しい、最新映画を見せる封切り館と、何ヶ月かまたは何年か前の映画を見せるところと二種類あったが、「アズマ座」は封切り館ではなかったので、たまにエノケン榎本健一)の、まげものコメディ映画らしいです)を最新作として上映していたほかは、何ヶ月か、または何年か前の古い映画の、特に洋画を流していたよ。当時映画は2本立てが普通で、それに加えて短いニュース映画がついていた。(ニュース映画は、戦時中だったためかなりプロパガンダ色のつよい内容だったようです。)邦画邦画邦画の2本だったけど、洋画を見るとき邦画洋画一本ずつがセットでの2本立てだった。洋画の方が邦画に比べて長かったからじゃないかな、だいたい洋画が1時間半くらいで、それに短めの邦画が一緒にやっていた。

――洋画を観に来ていた人達の年齢層は?

洋画を見に来ていたのは、若者が多かった。英語を習っている学生なんかも多かったよ、映画字幕だったから。自分も観ているうちに「カモーン」などといくらか覚えた。昭和12年頃はトーキー(声が入っている映画)と無声映画に弁師がいたのと半々だったけど、自分映画を見はじめた頃にはもう大体今みたいな映画だった。あと、洋画は、高校生以下は保護者同伴でないと観に入ってはいけないという決まりがあった。自分学校に行ってなかったか関係なく観ていたけども。

――どんな映画を観た?

初めて観たのは「ターザン」。20世紀フォックスだったかの、ハリウッドもの映画だったよ。主演のターザン役が何回も変わっていて、ターザンシリーズは4本くらい観たことがある。バスタークラブがやっていたのは覚えている。(バスタークラブが主演を演じたのは「蛮勇タルザン」(1933) Tarzan the Fearlessターザン役をやっていた奴は皆、オリンピックとかでメダルを取った選手だったみたいだよ。でも、「ターザン」を観た、と言ったら「そんなもの観るなんてガキだ」と奉公先の年上の人たちに馬鹿にされた。その次に覚えているのは、「ジェロニモ」。昭和15年に観た。タイロンパウアーが出ていた。(タイロン・パワーのことだと思いますしかタイロン・パワーは「ジェロニモ」に出ていないようなので人違いでしょう。)アメリカマフィアやなんかのギャング映画あんまり受けてなかったなぁ。よくわからなかった。見た中で一番印象に残っているのは「再会」(1944制作原題TOGETHER AGAIN日本公開は1947年。このため、祖父が実際にこの映画を観たのは戦後であるのかもしれない。) シャルル・ボアイと、女の方がアイリン・ダンがやっていた。記憶喪失した女性が何年かして再び記憶を取り戻す話だった。

――その後は観る機会はなかったのですか?

19歳から兵隊として海軍へ行っていたので観られなかった。横須賀の竹山海兵団に3か月、そこで試験の成績がよかったので、飛行機整備学校へいって飛行機の整備についての勉強をしたよ。戦争も終わりの方だったから、整備学校では4か月ですべての事を勉強させられた。そして海軍整備士として働いていたのだけど、そこで娯楽として洋画が観られた。教育間中や、新兵にはみせなかった。「進め竜騎兵」(1936年制作)「ドナウ川さざなみ」(詳細不明)「青きドナウ」(1963年公開のためこれも記憶いか?)などを観た。あまり色んな種類がなかったらしく、同じ映画を何度も観せられた。

――なんで軍隊の中で観ることができたの?

敵の情報を知るため、というのが名目だった。でも、軍でみているということは他言してはいけないといわれていた。アメリカ映画を娯楽として観ることができたのは海軍だけだったみたいだ。映画フィルムは、映画から取り上げたものを上映していたらしい。映画を見るときは夕食を30分早くやって6時以降に観た。右舷、左舷と二つのグループに分かれていて、交替で観ていた。その頃は就寝が8時、飛行機の整備のためにパイロットの連中よりも1時間早く朝2時に起こされ飛行機の整備をしていた。

――戦争が終わった後は観に行った?

戦争が終わった後は、映画なんて見ている余裕がなかった。戦後すぐは警察官になっていたので、仕事の見回りで映画館にも観に行ったことはあった。でも昔ほどは興味がなくなり、外でたばこを吸ったりしている時間が多かった。

2019-05-12

バーチャルジャニーズ関ジュに救われた話

自分もびっくりしているので、書きとめておく。誰にも理解は得られないと思う。

書きとめる場所がここしかいから、ここに書く。

もう何年も前ですが、私は関西ジャニーズJr.(以下、関ジュと言う)がすきでした。

関ジュの中に担当がいて、その子を心から応援していたし、彼(以下、自担と言う)の活躍をずっと見ていたいと心から思っていた。

自担のフォトセット売り切らすために、残何枚か聞いて、同担であつまってみんなで買ったりした。

わりと同担どうし仲良しな方やったと思う。自担があまりファンサをしないタイプだったからやろうけど。

松竹座いちばん通ったのは2009年夏のTough Weeds。衝撃的にかっこよかったBIG GAME。あのときの彼らのギラつき具合、最高やった。

それから私が最後に「通う」と言うほど松竹に行ったのは2012年の夏。

なんとなく自担にも飽きたのかもしれない。他のコンテンツを楽しんだりして、ゆるく関ジュ担をしているって感じやった。

自担にはデビューしてほしかったけど、できる位置にいないことを、頭では理解していた。

でも心は理解していなかったらしい。

というか、ちゃんと心でも理解しているつもりやったけど全然できてなかったことを、2014年ジャニーズWEST(以下、ウエストと言う)がデビューしたときに知った。

2014年ウエストデビュー、衝撃的やった。すっかりゆるい関ジュ担してたくせに、自担がそこにいないことが辛すぎて、毎日泣いて過ごした。

ウエストデビューも、最初は四人で、やっぱり七人で…っていろいろあったんやけど、しかも仲良くしていた友達ふたりのうちのひとりが流星担でもうひとりが小瀧担やったから大変やったけど、

そんなことクソどうでもいいくらいに自担が入っていないことがショックやった。

いや、分かってるねん、頭では。自担は、ぱっと見は同じ位置にいるように見えるけど、いつも必ずひとつ後ろのラインにいること。

頭ではずっと分かってたんやけど、それでもショックすぎて、あれ以上に悲しいことは後にも先にもない。

自担自身も、デビューできる位置にいないことは理解していたし、ウエストデビューする少し前くらいから、雑誌インタビューとかでも「デビューしたい」とは言わなくなってた。

「おれは関ジュ風間くんになる」って言ってるのを雑誌でみたとき言霊ってあるんやからマジでやめてって思ったもん。デビューしてほしかたからね、私は。

ウエストデビューしてから自担は本格的に所謂歌って踊るアイドル仕事ほとんどしなくなり、舞台に出まくった。

最初のうちこそ、松竹系の興味持てないような舞台ばっかりやったけど、だんだんおもしろそう」って思えるようなものにも出始めて、今は一年中何らかの舞台に出ている。

私は、歌って踊る自担がすきだったので、舞台あんまり……やったけど、初めのうちは「担当仕事を見なければ」という謎の義務感もあり、わりと見に行った。

おもしろいと思えないようなものも、ほーんのちょっとしか出番がないのも見た。しんどかった。歌って踊ってほしかった。

公演後に「来てよかった!」と思えるものばかりじゃなかった。コンサートじゃないから、団扇を使ったコミュニケーションもまったくしなくなる。

そうなると謎の義務感が薄れ、自担舞台から足が遠のいた。

今は義務感もなく、見たいと思う舞台を、見たいと思う頻度で行ってるだけなので、非常に楽しいです。

私は、自担ダンスと歌がだいすきだった。

でもダンスと歌と同じくらい、照史や濱田(自担めっちゃ仲良しなふたり)とステージ上で目を見合わせて楽しそうにしているのを見るのがすきだった。

彼らがデビューしたことでもう二度と同じステージには立てないんだってことが辛くて、ウエスト映像も長らく見られなかった。

デビューしてしまった七人のことも関ジュ時代はだいすきやったはずやし、例えば関ジュコンでバドふたりで歌ってるのとかも楽しく見れていたのに、

七人の映像を見ても楽しい気分になんかなれるわけなくて、デビューして3年くらいは事故的にワイドショーとかで見かける以外はウエストを全く見ずに過ごした。

それでも辛さはだんだん薄れて、ふと、ひたすらなつかしいだけの気持ちで七人の映像を見たときに、七人から関ジュ時代空気感を感じず……もっと具体的に言うと「照史や濱田から自担の気配」を全く感じず、

わたしバドボーイズも7ウェストもすきやったけど、そこから漂う「自担と同じ空気感」がすきだったのかもしれないなぁ、って気づいた。

関ジュみんなのことがだいすきやったけど、結局自担の気配がしなくなると、特に魅力を感じなくなった。

自担ダンスがすきすぎたので、他の誰が何を踊っていても、自担が頭の中で同じ振りをする。

「このダンス自担で見たいなぁ」「自担ならどう踊るかなぁ」「自担ダンスの方がすきだなぁ」ばっかり。

自分でも嫌になって、人が歌って踊るのを見るとしんどくて、最近までほとんど見ないですごした。

たったひとりだけ、Mステジャスティビーバーが出たときに彼のダンスを見て、自担と同じくらいかっこいい!って思ったので、自担ダンスジャスティビーバーダンスです。

私はずっとジャニオタやったのに、ウエストデビューして以来ジャニオタができなくなって。

二次元アイドルに手を出したりした。二次元アイドルにもいろいろと……運営がクソなこともあって、二次元アイドルからも離れてしまった。

ここ何年かは水泳選手応援しています世界いちばんクロールが早い彼を、心から応援する日々です。

自担デビューできなかったことが辛すぎて、あの絶望を二度と経験したくないので、もう二度とジャニーズJr.にはハマらないと心に決めて過ごし、

二次元に逃げて、水泳選手応援して、映画館に通ったり東京イベントに行ったりする日々だったけれど(それもめちゃくちゃ楽しいのは間違いない)、

ある日わたし出会ってしまった。

苺谷星空くんに。

最初は、ツイッターでTLにたまに現れる彼の動画を、可愛いなーと思いながらのんびり楽しんでいただけ。

でも、星空くんの話し方が、あまりにも中の人そのまんまっぽくて、中の人にも自然に興味を持った。

星空くん、話し方がめちゃくちゃ可愛いから。それってつまり中の人可愛いってことやん。

中の人は、大橋和也くん。

大橋くんは、関ジュの子

わたしが現役で関ジュ担をしていたときに入所し、当時からダンスが得意な子として目立っていたし、濃いオタクもついてた。

でも当時はまだまだ子供で、「かっこいい」ではなく「かわいい」ばかりだったのよね。

2019年、苺谷星空くんをきっかけに、大橋和也くんが歌って踊る様子を初めてちゃんと見た。

めちゃくちゃかっこよくて、めちゃくちゃかわいかった。

大橋くんを見ていても、自担脳内で同じ振りをしてくることもなく、自担のが歌もダンスうまいのに、なんてことも思わず、ただひたすらに魅力を感じた。

あん子供やったのに!こんなかっこよくなってる!という驚きがすごい。

シンメの丈に関しては、もーーーっとちっちゃいときから見ていたので、かっこいいと思ってしまってることにびっくりしてる。

ウエストデビューし、しょうれんが引き抜かれた後の関ジュ焼け野原やったやろうなぁと思う。

わたしはその焼け野原状態松竹座には一度も行かず、見る気にも応援する気にもなれずに過ごしたから、実際どうやったかは知らん。

でも容易に想像がつく。見てられないくらい辛いこともあったやろうこと。

大橋くんをきっかけに、他の関ジュもちょいちょいみるようになった。

焼け野原必死に支えた今の関ジュ、めちゃくちゃかっこよかった。

人が踊っているのを「もっと見たい」と思えること、2014年以来なかった。

やっと、自担デビューから漏れて、傷つき絶望した心が癒されたんだと思う。

癒してくれたのは、5年という月日と、今の関ジュです。

きっかけは苺谷星空くん。というか大橋くんやな。

救われたって、ほんまに思ってる。

2014年に一度死んだ心が、生き返った感じがすごいする。

大橋くんが歌って踊ってるの見てて、楽しいから

この楽しさ、5年ぶり。やっぱりわたしジャニーズがすき。

しかしたらまた絶望するかもしれへんとこに、ハマってしまった。

からデビューしてほしいと思っちゃうの、しんどいけど楽しいこと知ってる。

自担がでなくなって以来初めて、夏は松竹座に行きたいと思ってます

またフォトセいっぱい買って、一番に売り切れにしてあげたいな。

はー!長くなったー

2019-03-18

anond:20190318172847

恐らく今回の件で他社も追随する。松竹が真っ先にいくんじゃないかな。

人件費~とか言い訳しているが、結局は消費税増税関連なんだよ。

2019-02-09

関ジュメイン4人についての覚書のようなもの

流行りのはてブするまでの長さまで溜められなかったのでつらつらとついったーの下書きに残ってたやつを流す

もしどっかで纏まったらはてブにするかも知らんが



メイン4人時代ってなんだったんだろうな

西畑さんが何回か言ってるけど15年に4人がメインに選ばれてその後個人戦でってどういう事なんだろ

じゃあ17年の東西は?あれは選抜ってこと?ユニットではないと?どういう心持ちでストと向き合ってたんだろ(自分のあたった資料量が極端に足りないので分析ができてない部分もある)

衣装も揃いとかいっぱいあったけどあれはどう解釈したらいいんだろうか(春松竹からの揃い衣装2着だけ紫にわざわざカラチェンしたの永遠に恨むからな)

あいうて結構な期間まで3+1って感じだしメインを3人認識してるって人もいるので(最後まで龍太くんまいジャニレギュラー表記つかなかったの何なん)(話ちょっとそれるけどシネマスクエアの関西プロフィール内のまいジャニの扱いを見てほしい)

各々が個人戦という認識だったからか別になにわができてメインが死んだ時も何も遺言もなかったし メインという歴史自体が消えたし(だから極少数だけどこんなめんどくさい亡霊がついたのかもしれん)

ただ、それでも謎なのは歌割り立ち位置とか(特に梅芸のハチャメチャ)あれは何?

なぜメインだけ(衣装は違うにせよ)一段高く区切られたところにいた?(まああの1曲だけだったので改変前から決まっていた誤差という可能性も捨てきれない)

解釈するとしたらハチャメチャ音頭だけ夏松竹周辺に作られてレコもしてたのかなって思う

クリパポスターも夏松竹中に撮影したって言ってるし

なにわ結成は夏終わってすぐだったからその後レコーディングしてたらあんな歌割りにはならないよな

なにわ結成後の例としてあげるとMy dreamsの歌割りとかね

梅芸クリパあけおめあけおめはとりあえず置いといて)でメイン時代の曲が少なかったのは出番の兼ね合いの関係で4人揃わせるのが難しかたからってこと?

クリパとか関西オリ曲無さすぎてオリ曲担ワイはビビった

事務所ちゃんはメインを推していこうとは思ってなかったのか 彼らのことをどう認識していたのかよくわからないんだよな

3人(4人)で括るくせになにかそのメンツとして未来に繋がることを与えてくれたわけではないし

推して無いんだったらじゃあなんで他の子たちの出番が少なかったのか(じゃあリューンが確変の始まり?)

ユニット名さえついてればって思ってしまったりもした

だってメイン時代ってなんて呼べばいいのさ こんな検索に引っかかりづらいありきたりなワードじゃ何も資料が残らないよ

なにきんみたいな明確に彼らを表すワードが欲しかったな

彼らにこのメンツで括られていると言う認識が足りなかったからか?

人のせいにするのはよしとくわ

関西に残っていかい組担当だったからこんなに執着してるのかはわからん 多分そうだけど

ROTは梅芸後からからきっとメインちゃんについては無いだろな

メイン時代について彼らがどう思ってたのか永遠にからないまま新しいページを開くのがとても寂しい

2019-02-04

anond:20190126210030

映画見方を間違えている。

この「男はつらいよ」は、そんな真面目に、肩を張って見る映画ではない。

本質的にはあくま喜劇でありコメディ

映画の中では様々な笑いを呼ぶコントセリフ動作がちりばめられている。

そして、ストーリーの中で、「寅」はダメ男の一つの典型として描かれている。

ダメな男が結局ふられる喜劇山田監督もそんな馬鹿ストーリー喜劇は1回で終わりだろうと思って作ったと証言している。

ところが劇場で大ヒット。映画館で笑いの渦。思いがけない反響松竹が予定外に続編を作り続けて48作まで続いた。

ダメ男からそんな男が現実にいたらたまったものではない。

昭和サラリーマン日本のため、家族のために日々身を粉にして働いた。

一生懸命働いても会社(上司)から文句を言われ、家族から文句を言われる事もあるサラリーマンにとっては、ダメ男の寅を他人のように思えなかった。そして、最終的に家族や隣人の愛に包まれる寅を羨ましいと感じた。

時代背景もあるが、労働で忙しく働いたけれど報いが少ない苦労の日々を過ごした経験がなかったり、会社家族から冷遇された経験がなかったら、寅を身近に感じる事はできないだろうし、また、家族や隣人の愛が大切だとも思わないだろう。

自分は、40代まで男はつらいよに全く興味がなかった。今ではCATV放送があるたびに欠かさず見るようになった。

この投稿者も年齢を重ねたら見方が変わるかもしれない。

2018-12-17

忠臣蔵映画化テレビドラマ化年表

気付けば「忠臣蔵」の人気や知名度が無くなってた(らしい)理由の考察など - Togetter

忠臣蔵、そんなに減ってる?と思ったので並べてみた。

1908映画実演忠臣蔵横田商会
1913映画忠臣蔵日活
1914映画忠臣蔵天活
1915映画忠臣蔵小松商会
1920映画実録忠臣蔵国活
1921映画赤穂浪士帝国キネマ
映画実録忠臣蔵日活
1922映画実録忠臣蔵松竹キネマ
映画実録忠臣蔵牧野教育映画製作
1923映画実録忠臣蔵帝国キネマ
1925映画実録忠臣蔵朝日キネマ
1927映画実録忠臣蔵 天の巻・地の巻・人の巻日活
映画忠臣蔵 前篇・後篇帝国キネマ
1928映画忠魂義烈 実録忠臣蔵マキノ映画
1929映画赤穂浪士 第一堀田隼人の巻日活
1930映画元禄快挙 大忠臣蔵 天変の巻・地動の巻日活
1932映画忠臣蔵 赤穂京の巻・江戸の巻松竹
1933映画堀田隼人日活
1934映画忠臣蔵 刃傷篇 復讐日活京都
1937映画忠臣蔵大都
映画元禄快挙余譚 土屋主税 落花の巻 雪解篇松竹キネマ
1938映画忠臣蔵 天の巻・地の巻日活京都
1939映画忠臣蔵 前篇・後篇東宝
1940映画元禄忠臣蔵 前篇松竹
1941映画元禄忠臣蔵 後編松竹
1952映画赤穂城・続赤穂城東映
1954映画忠臣蔵 花の巻・雪の巻松竹
映画赤穂義士大映
1956映画赤穂浪士 天の巻 地の巻東映京都
テレビ忠臣蔵の人々KRテレビ
1957映画大忠臣蔵松竹
映画赤穂義士東映
1958映画忠臣蔵大映
映画忠臣蔵 暁の陣太鼓松竹
1959映画忠臣蔵 櫻花の巻・菊花の巻東映
テレビ赤穂浪士NET
1961映画赤穂浪士東映
1962映画忠臣蔵 花の巻・雪の巻東宝
1964テレビ赤穂浪士NHK
テレビ瓦版忠臣蔵毎日放送
1969テレビあゝ忠臣蔵関西テレビ
1971テレビ大忠臣蔵NET
1974テレビ編笠十兵衛フジテレビ
1975テレビ元禄太平記NHK
1978映画赤穂城断絶東映京都
1979テレビ赤穂浪士テレビ朝日
テレビ女たちの忠臣蔵TBS
1982テレビ峠の群像NHK
テレビつか版忠臣蔵テレビ東京
1985テレビ忠臣蔵日本テレビ
1987テレビ必殺忠臣蔵朝日放送
テレビ忠臣蔵・女たち・愛TBS
1988テレビ忠臣蔵いのちの刻TBS
1989テレビ大忠臣蔵テレビ東京
1990テレビ忠臣蔵TBS
テレビ忠臣蔵寛永テレビ東京
1991テレビ大石内蔵助 冬の決戦NHK
テレビ忠臣蔵 風の巻・雲の巻フジテレビ
1994映画四十七人の刺客東宝
映画忠臣蔵外伝 四谷怪談松竹
テレビ大忠臣蔵TBS
1996テレビ忠臣蔵フジテレビ
1997テレビ編笠十兵衛テレビ東京
1999テレビ赤穂浪士テレビ東京
テレビ元禄繚乱NHK
2000映画世にも奇妙な物語 映画特別編「携帯忠臣蔵東宝
2001テレビ忠臣蔵1/47フジテレビ
2003テレビ忠臣蔵決断の時テレビ東京
2004テレビ忠臣蔵テレビ朝日
テレビ最後の忠臣蔵NHK
テレビ徳川綱吉 イヌと呼ばれた男フジテレビ
2007テレビ忠臣蔵 瑤泉院陰謀テレビ東京
2008テレビ忠臣蔵 音無しの剣テレビ朝日
2010映画最後の忠臣蔵ワーナー・ブラザース
テレビ忠臣蔵その男大石内蔵助テレビ朝日
2012テレビ忠臣蔵〜その義その愛〜テレビ東京
2013映画47RONINユニバーサル・ピクチャーズ
2015映画ラストナイツライオンズゲート
2016テレビ忠臣蔵の恋〜四十八人目の忠臣〜NHK
テレビ古舘トーキングヒストリー忠臣蔵、吉良邸討ち入り完全実況~テレビ朝日

こうしてみると、なんだかんだ数年ごとに新作が出てきてペースは変わってないんじゃないのとか、一時期を境に映画テレビドラマスパッと切り替わってるんだなとか、そういうことを思った。

今回は、主にWikipedia情報を整理しただけだが、どうもパロディ要素の強い作品は入っていないようだ。

赤穂事件を題材とした作品 - Wikipedia

もちろん、再放送なども入っていないので、リストに無いからといって、全く何もやっていないわけではないということに注意してほしい。

舞台も含めて網羅されているこちらのページも参考にしてくれ。

くすおの忠臣蔵作品評 - Kusupedia

さらに「年末年始放送された単発ドラマ」という括りで見ると、

1979年12月 女たちの忠臣蔵

1982年12月 つか版忠臣蔵

1985年12月 忠臣蔵

1987年01月 必殺忠臣蔵

1987年12月 忠臣蔵・女たち・愛

1988年12月 忠臣蔵いのちの刻

1989年01月 大忠臣蔵

1990年12月 忠臣蔵

1990年12月 忠臣蔵寛永

1991年01月 大石内蔵助 冬の決戦

1991年12月 忠臣蔵 風の巻・雲の巻

1994年01月 大忠臣蔵

1999年01月 赤穂浪士

2001年12月 忠臣蔵1/47

2003年01月 忠臣蔵決断の時

2004年12月 徳川綱吉 イヌと呼ばれた男

2007年01月 忠臣蔵 瑤泉院陰謀

2008年12月 忠臣蔵 音無しの剣

2010年12月 忠臣蔵その男大石内蔵助

2012年01月 忠臣蔵〜その義その愛〜

2016年12月 忠臣蔵、吉良邸討ち入り完全実況

となり、特に1987年から1991年までは途切れずに放送されていたため、この頃に「忠臣蔵スペシャルドラマは毎年恒例」という記憶が醸成されたのではないか

ちなみに、来年には『決算忠臣蔵』という映画をやるらしいので、2019年枠は早くも確保されている。

忠臣蔵の将来を憂う勇士たちはこぞって映画館へ観にいこうな。

2018-12-09

なんでなにわ男子文句言われなあかんねんQ&A

「なにきんはどうなるの?」なにきん厨はいつまでもなにきんに拘るなよ箱庭時代は終わったんや現実見ろ。

Funky8は?」たかだか一回のコンサートで一緒になっただけでなにがFunky8や。一緒にやってたのなんか雑誌とツアバぐらいやろ。松竹で8人だけで曲貰えたことあるんか?現実見ろ。

トリオけがよかった」それはしゃーない。トリオだけで曲やることもあるやろし気長に待て。

スキルが違いすぎて」年齢も芸歴も違うねんから当たり前やろ。藤原大橋トリオが同じスキルやったら嫌ちゃうんか?藤原大橋がいままで経験して努力してきたことを否定することと同義やぞよく考えてくれ。

「ほかの関ジュはどうなるの?」ジュニアってそういうもんやから。ぬるいこと言ってんちゃうぞ。選抜されるようにオタク増やせば?

「康二たちがメインで頑張ってたのに」ジュニアは推されるか推されへんかで人気決まんねん露出が増えると人気も増えるねん。さっきも言ったけどたいていの場合はそうや。康二は入所からずっと推されてんねん。メインに康二がいたのは推されてたからや。実力も人気もさしてなかったけど、康二が今の位置にいるのは推されて人気も実力も兼ね備えたからや。ぐちぐち言わんと外部仕事もらえてることに感謝して次につながるようにお金落として要望だせ。

Funky8で一緒に踊ってほしいよ」藤原大橋が前で、他6人がバックでもいいんか?一緒に踊ってるけどそれでいいん?考えてから発言しろ

「丈橋じゃなくてるたこじがよかった」まず今その類の発言していいのは康二正門小島担だけや。康二は一人より誰かとべったりするタイプからユニット組ませたいのは分かる。藤原大橋のところは正門小島がたぶん一番「入ってたかもしれん」から分かる。選ばれる選ばれないの話やからそこはそうやな、友達に話聞いてもらいな。みんなそうしてるから

2018-08-29

TOHOシネマズの会員サービスはなんであんな殿様商売なの?

新規登録500円の更新料300円って。

しか10月からポイント有効期限が2年になるって……

近くにTOHOしかないならまだしも、そうじゃない人達にとってメリットあるんか。


松竹系のSMTメンバーズなんて登録100円で更新料なしだぞ。

しか

・有料観賞で次回観賞が1200円になるクーポンもらえる(60日期限)

ポイント半年以内に利用すれば繰り越し

・6回みたら1回タダ

誕生日前後に1000円観賞クーポンもらえる

売店飲食物買ったら、たまにタダ券がもらえる

といった具合に至れり尽くせりですげえ便利。

みたい映画松竹系のシネコンでやってたら、他を使うことはまずないね


と、こんなこと思ってたら、自分のみたい8、9月上映開始の映画が、

行動範囲ではことごとくTOHO単独松竹系以外でしかやらないことが判明してしまった。

4本もあるし会員になっとくか……

2018-08-23

anond:20180823140743

東宝松竹は他の配給のも平気で上映するけど、東映は意固地だな

そのへんをイオンユナイテッドカバーしている感じ

映画環境としては日本は恵まれていると思うよ。海外配給会社から重要と思われていない事と、割高な入場料を除いては

シネコン沿革

1993年外資系ワーナー・マイカル・シネマズ日本第一号・海老名店がオープンアメリカ式シネコン嚆矢

1995年外資系AMCシアターズの日本第一号・AMCキャナルシティ13がオープン

1996年外資系ユナイテッド・シネマ日本第一号・大津店がオープン

1997年国内系の松竹MOVIX第一号・六甲店がオープン

1998年国内系の東急109シネマズ第一号・港北店がオープン

1999年外資系ヴァージンシネマズ第一号・トリアス久山店がオープン

1999年国内系のシネプレックス第一号・平塚店がオープン

2000年大店法廃止。大型ショッピングセンターの駆け込み出店。併設のシネコンも急増。

アメリカ本国ではシネコン競争過熱して2000年前後映画興行チェーンの倒産が続出。

2001年外資系ロウズが日本出店を計画するも、本社倒産して撤回

2001年マイカル経営破綻2003年イオン傘下)。2004年までワーナー・マイカル・シネマズの出店が止まる。

この頃から国内ロードショー館の都市型シネコンへの置き換えが加速。

2003年ヴァージンシネマズ国内系の東宝が買収。TOHOシネマズに変更。

2004年ユナイテッド・シネマ親会社日本撤退株式住友商事に売却(2014年ローソン傘下)。

2005年AMCシアターズが日本撤退国内事業をユナイテッド・シネマに売却。

2006年まちづくり3法改正。大型ショッピングセンターの駆け込み出店。併設のシネコンも急増。

2013年ワーナー資本撤退ワーナー・マイカル・シネマズイオンシネマに変更。

2013年ユナイテッド・シネマシネプレックス吸収合併

90年代外資系シネコンが増加。

90年代から2000年代初頭にかけてシネコン建設ラッシュ

2005年までに外資系撤退国内シネコンが増加。

まりこういうことだろ?

anond:20180822142552

2018-03-16

デーモン小暮閣下が、そのご尊顔を無断で使用されたと怒っておられたが、

歌舞伎隈取りなんかも確か商標登録?されてて松竹などに許可必要だった記憶

なので閣下の怒りも当然である

2018-01-17

私が現場で見かけた怖いジャニヲタ

コンサート中、週刊少年ジャンプを2冊ほど積んだ上に立っているジャニヲタ

舞台中に席で酒を飲み始めるジャニヲタ

松竹3階5列で団扇も無しに「今私にファンサしてくれた!」と言うジャニヲタ

2017-05-19

ジャニーズJr.を楽しく応援したいだけなのに

もうどうしたらいいのか分からない。

人気的なものがもう頭打ちなのかもしれない。辞められるのは絶対嫌だけど、ずっとフリーターJr.も嫌だ。デビュー出来ないのかもしれないけど、それ以外の道も見えなくてしんどい。そう思ってしま自分がいるということが何より一番悲しいのだけれど。

自担事務所から特別推されたことも干されたこともない。ただ、メインになれない。冬のコンサートも夏の舞台も春の新喜劇も、メインとして名前があがることは殆ど無かったと思う。今日夏の報せが来たけど、今回も無かった。やっぱりなと思ってしまった。

Jr.祭りと銘打ったコンサートにもいなかった。Jr.じゃないのかもしれない。もしかして知らない間にデビューしてた?だったらよかったのに。

もちろん他にも出ていない人がいるのは知っているけれど、城ホールの公演で、今の立ち位置で、他の関西Jr.は出ているあの公演を見るのは正直キツかった。ああやっぱりかと思う自分が憎かった。いないことに慣れてんじゃねーよ。わらわらJr.としてもメインとしても出られない、そんな扱いづらいところになってしまたことが只々ショックだった。

ジャニーズWESTツアーバックとして同じように全国回っている他の人は出られて、どうして自担は出られないの?春松竹の焼き直しなのにどうして?同じ衣装なのにどうして?見学には来ているのにどうして?話が逸れるけどよく見学に来られたよね。見てどう思った?「次はふぁんきーさんとやりたいです!」ってステージの上から言われるのってどんな気持ち?ねぇどんな気持ち

そのFunky8公式にならないことがどういうことか考えた方がいいよ。松竹でさえ8人だけの曲を貰えていないことがどういうことなのか。

高校生以下担からすれば目の上のたんこぶだと思う。目の上のたんこぶにだと思われているなら数倍マシだ。目の上のたんこぶにさえなれてないよ。

ジャニーズWESTのバックにつけてもらってるから仕事がある気がするけど、ジャニーズWESTはもうJr.をつけなくても充分ドームが埋まるよ。アリーナにもスタンドにも立ち位置最前には何故か規定外の団扇が並んでいる、くらいじゃないと駄目だよ。危機感焦燥感を感じてはいないのだろうか。

から劇的に売れる未来想像できない。何度かあったそのチャンスはもう過ぎてしまったし、ヲタクもどんどん減っていく。いつまでバックなんだろう。メインにいてもバック臭が抜けないと言われるのはどうしてだろう。どうしたいい?どうしたら売れる?そもそもどうなりたいのか分からないけど、売れてくれないと私が見れなくなるので困ります。早急に打開案をください。

2017-04-05

ラブライブ映画28億も行けたのは配給の松竹映画館を持っていたことが大きい

ソードアートオンラインアニプレ配給で映画館を持っていないことが災いし春の大作ラッシュで上映回数を削られてしまった

自社で配給し映画館を持っているとこういう流れに左右されず上映回数を保てるので興行収入に関しては有利なのだ

2017-01-23

ミーハーという単語語源を調べた

ミーハーとは、1927年昭和2年)に公開された松竹映画稚児の剣法』でデビューした林長二郎(後の長谷川一夫)のファンのために作られた言葉である松竹は林のデビューに当たり、当時で二万円という巨費を投入してこの美貌の俳優を売り出した。林はたちまち若い女性の間で大人気となり、彼女らが好きな「みつまめ」と「はやし長二郎大好き人間」を揶揄してできたキャッチフレーズが「ミーハー」だった。

90年前から人間性質は変わらないし進化しないのだと知って落胆よりも逆に安堵感を覚える。

これだからミーハーはと怒るよりもこの人間性質を活かして商売した方がストレス寿命が縮まないのも分かる。

今だったらパンケーキと若手俳優だろうか。

一億総白痴化(いちおくそうはくちか)とは、社会評論家大宅壮一が生み出した流行語である。「テレビというメディアは非常に低俗ものであり、テレビばかり見ていると、人間想像力思考力を低下させてしまう」という意味合い言葉である

70年前の単語のこちらも合わせて。

2016-12-09

マーベル副社長発言日本コンテンツ海外進出について

https://oriver.style/cinema/tcc2016-cb/

日東コミコンが開催され、その中でマーベル副社長であるC.B.セブルスキーさんのトークショーがあったようだ。

該当の記事には多くのブックマークコメントもついており、皆様々な意見を言い合っている。


しかし、この記事で一つ大きな誤解が生まれており、いくつかのコメントはその誤解のために少し的外れな内容になってしまっているように思える。

というより少々作為的意図すら感じてしまう。

記事ではその点についての私見と他国日本コンテンツをどう広めるていくかについて書こうと思う。


マーベル副社長は「日本人よ、日本しか通用しないものばかりを創るな」などと言っていない。


まず、大きな誤解を招きかねない原因はこの記事タイトルに原因がある。

マーベル副社長日本人よ、日本しか通用しないものばかりを創るな」

と、でかでかと記事タイトルを掲げているが、記事の内容を見るとセブルスキーさんはそんなことを言っていないのがわかる。


日本コンテンツをどうグローバルなものにしていくか?

という部分は「世界を目指せ!日本映画産業は小さくまとまりすぎている」という段落の中でまとめられている。


日本映画産業は小さくまとまりすぎであるというところ。日本ファン日本の観客のことしか見ていなくて、海外の観客のことを全然考えていない。日本監督映画プロデューサー映画会社もっとグローバルにやっていくべきなんですよ。だって日本にはとても優れたストーリー・テリング伝統があり、日本文化もっと世界に受け入れられるものなのだから物事もっと大きく考えるべき(Think Bigger)でしょう。」


ここでセブルスキーさんが言っていることをよく見るとわかるが

日本文化もっと世界に受け入れられるものなのだから物事もっと大きく考えるべき(Think Bigger)でしょう。」

まり日本映画アニメ文化的ものが受けないとは決して言っていない。

これはセブルスキーさんも言っているが、過去の実績からも明らかだ。

マジンガーZやグレンタイザがヨーロッパの一部で受けたり、セイントセイヤがラテンアメリカで受けたり、マッハGOGOGOアメリカマニアに受けたのは明らかだが、これらの作品果たして海外を強く意識した作品だっただろうか。

巨大ロボットに乗りながらも、強く苦悩したデュークフリードヨーロッパでの受けを狙ったとはとても思えない。


また、アニメに限らず実写映画でも同じだ。

海外で高名な黒澤明や小津の作品アメリカ風ヨーロッパ風、あるいは中国風の映画だっただろうか。

事実はその全く逆だ。

黒澤が作った作品で恐らく最も有名な作品である七人の侍」は時代劇ではないか

侍が出てきて日本刀百姓と一緒に戦う映画のどこに西洋らしさがあるのか。

小津の映画は全編が静謐としており日本人らしさに満ち満ちている。


明らかに日本人らしさに溢れているにもかかわらずこれらの映画はそのどれもが海外で受けた。

モチーフ西洋のものを使っていたとしてもその作品の根幹は日本人らしさで溢れている。


セブルスキーさんは現状存在する日本映画ストーリー・テリング伝統をそのまま貫けば良いといっているだけだ。

ここで注目すべきなのはしろ、前半の部分で海外の観客を見ろと言っている部分だ。

まりもっと単純に考えればいい。

海外の観客にコンテンツを届けたり、今現在既に存在する海外の観客が何を思っているのか良く考えろと言っているのだ。


それは、コンテンツの内容をアメリカ向けに変えろとかそういう話ではないはずだ。

例えばクランチロールアメリカカナダヨーロッパで受けている作品は何かの一覧を発表していた。

アメリカの多くで受けていたのは「ドリフターズ」だった。

なるほど、バイオレンスが好きなアメリカ人らしいと思うが、であればアメリカで物を売りたいのであれば今後そのような作品積極的に送り出せばいい。

しかし、そこでアメリカ人におもねって、不自然アメリカ要素を入れたりするべきではない。

我々日本人の考えるバイオレンスさと、ドリフターズで受けいれられた要素を真剣に考えるべきだ。


アメリカのような作品を作りたいと、アメリカコンテンツ適当にナメタような態度で作ってもアメリカ人の作った作品に敵うわけがない。

まれときからアメリカで育ち、アメリカのものの考え方をしている人のようなことを日本で育ち、日本生活をしているだけの人ができるわけがないのだ。

骨をうずめる覚悟で何年も生活すればまた別かもしれないが、そんな人がなぜ日本映画アニメ産業で物を作らねばならないのか。最早意味不明だ。


日本人日本人しかありえず、それ以上でもそれ以下でもない。

ましてや西洋人中国人では決してない。

それはつまり我々の作る作品日本人的でしかありえずその枠から出ることは決して出来ない。

かならずどこかに日本人的な部分が混じる。


アメリカ世界的なコンテンツを作ることが出来るのはある社会的な前提条件が存在するからだ。

それは文化的多様性をそもそも内包した社会からだ。

インディアン/ネイティブアメリカン生活していた文化ヨーロッパからやってきた文化

南アメリカ黒人文化日系人華僑などのアジア系文化

そのどれもが並立して存在しており、また映画製作現場でも多数の民族文化が交じり合う。

なぜならスタッフもまた多民族構成されるからだ。

このような状況を無理やり日本に作り上げたいなら東宝松竹社長アメリカ人にして、フランス映画監督でも引っ張ってくるしかない。そしてスタッフには多数の外国人スタッフを入れるべきだ。

しかし、残念ながら日本社会でそのような会社を作り上げるのは難しいだろう。

少なくとも主流にはなりえない。

であるなら、我々は逆に日本人であることを貫き続けるしかないのだ。


これは日本人文化SUGEEEEEEEEEEEEEとか日本最高!であるとかそういうことでは決してない。

日本で生まれ日本で育った日本人が「自分ストーリーを語る」とは一体なんなのか?

それを突き詰めると結局日本生活した人間目線から見た作品しかありえないのだ。

そういう意味多様性を語るのであれば

例えば、近年東京で増えてきた外国人日本人交流・衝突を描いた映画であるなら語れるだろう。

あるいは「シン・ゴジラ」のような日本ポリティクスを突き詰めた作品もっと作ってもいい。

最初はなかなか理解されない可能性も強い。

細部については理解やすいようにローカライズするのも構わないだろう。

しかし、将来を見据えるならそういったカルチャーの積み重ねによって理解してくれる人を増やすしかない。

海外では日本被れをweeeabooooといって揶揄する言葉存在する。

では、ハリウッド映画を毎年のようにバンバン見ている私たち日本人はなんなのだ

それこそまるで日本版weeeabooooではないか

日本スターウォーズが年間興行収入2位になる国なのだ

そこらじゅうweeeabooooだらけではないか

もし本当に日本コンテンツ海外に広めたいのであれば、文化的衝突を恐れてはならない。

日本進出したハリウッドがそうであったように。


海外の人が日本的ものを作って欲しいという要望を出しているのにもかかわらず

なぜか海外的なものをつくらなければならないと勘違いしてしまう事が日本では多発する。

この記事でもセブルスキーさんの言っている

日本にはとても優れたストーリー・テリング伝統があり、日本文化もっと世界に受け入れられるものなのだから

という発言を聞いておきながら

日本人よ、日本しか通用しないものばかりを創るな」

というタイトルをつけるのは雑すぎるだろう。

もっと日本人の観客の言っていること、海外の観客の言っていることを良く聞くという地道な

コミュニケーションを取る方法以外に解決策はないのだ。

そのキャッチボールを行うためにもっと流通網を整備し、海外意見を拝聴できる体制を整えるべきなのだと俺はそう思う。

つーか進撃の巨人実写版日本の客のことも考えてないだろ。

2016-09-20

大学生男2人で「聲の形」を観にいった

映画聲の形」のネタバレ要素を含みます

*観に行った当日に書いたものです。極力他人感想等を見ない・聞かない努力をしています

*とはいもの記憶は薄れてしまっているので、読まれる方の混乱を防ぐためWikipediaなどのによりあらすじ・登場人物確認を行った上で投稿されたものです。

*自省的なものです。レビューは他のかたの記事をお当たりください。

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映画を見なくて久しい友達が、ハリーポッターくらいしかまともな(?)映画を見たことのない僕に「観に行かへんか」と誘われ数々の選択肢から導かれて「聲の形」を観に行くことになった。

コミック未読の身としては、予告編の限りでは「普通によさそう」だと思い前向きだったが、相方ヒューマンドラマ的すぎて醒めてしまうのではないか、と消極的。結局後々の話題性新学期の話のネタ)を考慮した結果がこれだったんですが。

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昼過ぎ集合、東宝の某劇場で別の映画を観るも機材のトラブルサイレントに。7割は観たけど全額返金で謎のオトク感をかみしめ、軽食をとり松竹うつる

スクリーンにつく。若い人が多い印象。ぼくらみたいに男だけで来てる集団もかなり多かったような・・・

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そろそろ作品自体の話に移りましょう。

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小学生時代経験する個々人のやりきれなさ。

主人公石田責任を負う形にはなるが、西宮に対するいやがらせ根本的には植野黒髪女子から始まったように描写されている。

それはいじめに発展しますが、

そもそもこの「いやがらせからいじめ」への変遷で最も大きなものは、攻撃人数の増加・攻撃者の集団化だと思う。

集団化とは、ときに思わぬ人を巻き込むこと。川井クリーム色の髪の女子)は集団化の被害者であり西宮への加害者である

また、極端な描写はいえ、教師配慮の無さも事態エスカレートさせている印象があった。

加害者追及(石田が全責任を負う)の場面は自分小学生時代記憶フラッシュバックした・・・加害者ではなかった分とても不愉快記憶

そして集団性は攻撃標的をも流動的に変えてしまう。

どれもこれも、人の未熟さゆえの出来事であり、高校生になった今、未だ未熟でありながらも、子どもたちはあの時の集団性を見返すのです。

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高校生時代感情の衝突。激しくむごたらしくも、清々しい。

なんといっても、主要人物全員が橋の上で集まるシーンがこの作品の中核をなしていると思う。

広義的ないじめ加害者観測者はすべてあの人物中にカテゴライズできる、と言っても過言ではないかもしれない。

そしてその一人ひとりに対し「主要な」いじめ加害者石田が吐き捨てる言葉は的確であり、「こんなやつおるよなあ」と感心したくらい。

植野も、口は悪いもの的を得発言が多く痛快。正直悔しい。

永束のキャラ性は決して浮きすぎず、むしろ重くなりがちな展開を緩和してくれてありがたい。

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途中に入れようとしたけど入れられない書きたかったところ。

西宮の「お人好し」に対する描写

すぐ「ごめんなさい」と伝える傾向にある西宮に対し、怒りを爆発させる植野の心情。

川井の清々しいまでの自己防衛

いじめ攻撃のある場にいるだけで参加しているようなものだ、と思う(陳腐ですが)。これを自覚できずただ流されるままの人間にはなりたくない。

たとえ偽善者と言われようと、嫌悪感を抱いたら行動は起こすほうがいい(身の上のためにも)。

島田広瀬の扱い

島田金髪男子遊園地バイト)はともかく、広瀬Wikipediaみるまで覚えてなかったんですが、なぜ彼らが石田の命を救ったのか。

・永束の扱い

記憶が正しければ劇場においてはいわゆる「正義の味方」役にとどまっていたはず(Wikipediaに載っているようなバックグラウンド描写されていない)。ただこの一面だけであっても、実に典型的現実的いじめ観測者になっている。

・美也子(将也の母)の人物

綺麗事を並べているわけでもないが、将也をはじめとした多くの人物一言で影響を与えるとてもいい役をしている。画面にいるだけで安心する(?)。

八重子(硝子の母)の人物

劇場では厳格で冷たい人物であるように事故前まで描かれていた。館内で配られたSpecialBookでバックグラウンドが補完されている(ことにあとで気づいた)。

・いと(硝子の祖母)の存在

・そして、結弦

思えば彼女高校生に混じって違和感なく接している(!)。

石田西宮が立ち寄った現代美術モニュメント群は一体・・・

はじめは金沢美術館あたりかなあと思ったんですが、舞台である岐阜大垣市結構名古屋寄り・・・今度調べなければ。

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全体的な感想としては、久々に映画を観るからか、とても楽しめましたし、精神的収穫もありました。

これが「日本映画典型的なお涙頂戴」とは違う感慨であってほしい・・・

とりあえず自分の思ってたことはかけたので、他の人のレビューを見ていって補完していきたい所存。

映像化されたらまたゆっくり観たいですね。

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以下オタク雑感。

早見沙織、やはりうまい

アニメをみてたのはほんの一時期だったので全話見て知ってるのは俺妹のあやせたんくらいなのですが(すでにうまい)、某動画サイト異能バトルなる作品での名演が残されています。5分間しゃべりっぱなし・・・

硝子のような役回り彼女くらいの技量がないとつつがなくいかないのでしょう。

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