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はてなキーワード: SOSとは

2020-07-05

私を人間に戻した夢のような一年を思い出した

その一年というのは、高校3年生の時のことだ。

今思い出してもとてもきらきらしていて、本当にあったことなのだろうか、と思うほど素敵な時間だった。

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私は高2の時にいじめられていた。とはいえ、「いじめ」と聞いて想像しただろうものほど凄惨ものではない。

せいぜい"嘘告"(嘘の告白をすること)の標的になったりとか、単語帳を隠されたりとか、それくらいだ。

それでも当時の私にとっては死にたい毎日だった。

全ての声が自分馬鹿にしている気がして、休み時間には机に突っ伏しながら耳を塞いで流れる血の音を聞いていた。

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そんな私も、いわゆるいじめアンケート的なものSOSを発信したことで、状況は変わった。2年生のうちはなにも変わらなかったのだが、これがきっかけで私が救われたのは間違いないのだ。

あと、いじめてきたやつらに謝られた気もするが、よく覚えていないなぁ、ということを今思い出した。

前提として、私の学校では2、3年のクラスは変わらず持ち上がりだった。

しかし、恐らくは私の救難信号きっかけで、3年のクラスは変わることになった。

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新しい環境を与えてもらった私は、自分を変えることにした。いじめられた原因は自分にあると思ったからだ。 

ただ、いじめの原因はいじめてきた奴らにあるし、自分が"悪かった"とも思ってはいない。

しかし、当時の私が弱そうで、暗くて、ひとりぼっちで、抵抗しなさそうで、いじめてもリスクがなさそうなクソゴミ陰キャだったのは事実だったのだ。だから、変わることにした。

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手本にしたのは自由奔放な友だちだった。人の目を気にする私に「他人ことなんてみんなそこまで気にしてないよ」みたいなことを言ったやつだった。いじめられていたときは「はぁ?」と思ったものだが、これを信じてみることにした。

他人ことなんてみんな気にしてないから、自分卑下しすぎず、相手を信用して"対等に"いることを心がけた。

当時の日記を見たら、

私はもっと自信をまとってすごす!!(目標)

とも書いてあった。

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そんな感じで、ギャルとか、一軍女子とか、すごい明るい体育会系かにしかけられても、ビビっているのを隠して必死で会話した。

正直なところ、とても怖かったと思う。

変な人だと思われたらどうしよう、キモいって思われるかも、また人に笑われる、そういう気持ちとの戦いだった。

しかし、話してみると彼女たちは私を馬鹿にしないし、

キモいとも思っていないようだった。ちゃん付けで呼んでも不快な顔なんてしなかった。会話を重ねていくと話しかけられる頻度も上がっていった。

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本当に優しかった。

今でも涙が出そうなくらい、優しい人ばかりだった。

今までもそうだったのかもしれないが、高3で初めて気づいたのだった。

人は意外と優しい。

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そんな環境で私は、

"クソゴミ陰キャ"

から

"人間"

に戻っていった。

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自分人間に戻る中で、周りもまた人間だと気づいていったと、今思う。

"ギャル"は「掃除場所が一緒で破天荒なYちゃん」だったし、"一軍女子"は「体操ペアになるお洒落なTちゃん」、"体育会系"は、「席が近くの明るいMちゃん」だった。

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そこに優劣やカーストなんかなくて、みんな対等だった。そして、クラスメートで、友だちだった。

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特にMちゃんとの出会いは大きかった。

彼女は"クソゴミ陰キャ"の私にも明るく話しかけてくれて、初めから友達のように接してくれた。その明るさと、多少の強引さが私を引っ張ってくれた。

Mちゃんきっかけで、彼女友達のNちゃん(彼女運動部だった)ともぎこちない会話を積み重ねて仲良くなった。Nちゃんは今でも付き合いがある。

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部活引退して久しい11月には、私たちは"友達3人組"で、一緒に帰るようになっていった。

休み時間お菓子を交換して、テストしかったね、なんて笑い合った。

日常の中の小さいいろいろなことが、とても嬉しかった。

朝、教室に駆け込めば、「おはよう」と言ってくれる人がいる。

それも1人じゃない。

小学校ときに『挨拶義務』といい感じで半強制的挨拶させられていたが、このとき初めて挨拶価値に気付いた。

挨拶は友だちの確認であり、繋がりが切れないようにする小さなコミュニケーションだと感じた。

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12月には「1秒でも長く、このクラスでいたい。」と記している。

毎日が本当に幸せだった。死にたいなんて全く思わなくなっていた。本当に眩しい日々だった。

うまく会話できたことが嬉しくて、幸せ気持ちいっぱいで帰った青空の日を思い出す。

きっと他の人には普通のことばかりだったけど、私にとっては全ての出来事宝石のように輝いていた。

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大学に入り、私はさらに変わろうと思い、自分なりの大学デビューをした。お洒落を一から勉強して、自分なりに陰気を消そうと努力した。入学してすぐ声をかけ、友達を作った。

そのおかげで、毎日楽しい

優しい環境が私を人間にし、そしてそこで出会った人たちから様々なことを学んだからできたことだった。

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成人式があった。

それに伴って、高校同窓会もあった。

はいかなかった。

いじめてきたやつらに会いたくなかった。同じ空間にも居たくなかった。今の自分が、高校時代自分の顔や態度をするのも嫌だった。

Mちゃんには会いたかったが、辛さが増さった。  

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高校3年生のあの1年間は、私にとってかけがえのない宝物である

毎日キラキラ輝いていて、大切な思い出ばかりだ。

しかし、その日々はもう戻らない。

この先も同窓会には行かないだろう。

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私の中だけで、過ごした日々も出会った人たちも永遠になっていく。

思い出は美化され、輝きを増す。

そうしてできた"夢のような時間"を思い出して、今これを書いている。

夢のようだけど、当時の日記見ると本当にあったんだなぁってまた涙が出てしまう。

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就活、頑張るかぁ。

2020-07-03

Vチューバーオタクは死に損ないの老人と同じ

もはや能動的に消費することすらできないほどに退化して、暇さえあればテレビを眺めてる老人と同じようにVチューバーを視聴してお小遣いをあげて満足感を得ている

 

Vチューバーオタク頭が悪いというわけではなく、社会構造的に消耗して何かをするエネルギーすら残されていないという意味社会病気

 

昔はアニメ考察を考えて発表するオタクもいたが、今は視聴者数や登録者数など、目に見えるもの横流しする程度の雑談しかしてもない

何かを作ったと思ったら動画の切り抜きで、絵はなんの創造性もない模写

Vチューバーの隆盛すなわち社会SOS意味している

一部YouTuberでも同じように数字マウントをとるムーブメントがあるけどこれも同じ

日本という一つの社会が助けを求めている

2020-05-27

元部下に恩をABBAで返された

SOS

2020-05-15

anond:20200515005522

親しい友人や知人に直接SOSを伝えられる人ばかりじゃないだろう

ここで何度でもつぶやいて何度でもトラバで拾われて

それで救われるのであればそれでいいだろう

2020-04-30

anond:20200430132845

からだけど、決してマジョリティではないが珍しくない職場環境だと思う。

まさにそういうSOSを汲み上げる仕事(もうこの時点で数パターンに絞られるが)してるけど、このエントリー読んだときあるあるやな~。世の中変わらんもんやなあ」と思った。

2020-04-28

anond:20200428033747

ありがとうGYAOで見てるけど、ローカルの良さあっていいね増田ガチで怖がってるのに申し訳ない…。

無言のSOS回のあらすじすごいわ〜。

ローカルからできる感じもワクワクする。

2020-04-19

anond:20200419220414

案件としては

リナックスカーネルコントリビューターの1人に

しらなくて、日本人だけどできるかなってカーネル関係案件ふったら

日本人にもできるから大丈夫だろうと

ふつう日本メーカーにふったら炎上たかSOSがとんできておっかしーなー

日本人外注にもできるていどの案件のはずなのにって言われる感じ

2020-04-18

anond:20200418152849

IT業界はまぁ、いろんなやつがそだってる。ITは実は銀座界隈の店に聞けば

新宿関係なら西と東でレベルもわかるだろう。上と下もだいたい、交流が始まってる。

思ってる以上に、下請け体制ができてる。間違えてうけてもSOSちゃんと出る。昔とは違う。

2020-04-16

anond:20200416195224

SOSなら、話に乗るぞ。おれはAKB系のヲタから、例はAKBCD握手券はそっちでいいから、買ってくれればいいっていう古い契約でいい

2020-04-10

自ら転落を選ぶバカ

どこかで道を踏み間違えたのだろう

それからズルズル行ってしまったのだ

下山時でいうと、目印を失って、谷筋へ降りてしまって、そこから尾根筋へ上がれなくなったような感じ

そういう人生を選びたがるバカってどうしようもないよな

自分の心に忠実に生きないとさ

人生遭難しているのさ

SOS出して助けてもらえる場合もあるけど、基本的には助けてもらえないのさ・・・

から人生パーティーを組まないといけないのだ・・・

馬鹿野郎

2020-04-06

もう生活ができない

1月頭に仕事を辞めてから次の仕事が決まらないまま早3ヶ月。

タイミングが完全に悪すぎた。

コロナ流行りだして一気に仕事が見つからなくなった。

面接までこぎつけても採用の連絡が来ない。

貯金もなかった。毎月の給料は全額そのまま生活費に消えていた。

貯金できるほどの給料じゃなかった。

親も共働きだけど決して裕福な家庭ではないから貸せる金はないんだと。

頼れる友人もいない。恋人もいない。

このまま金が尽きて一人で孤独に死んでいくのかと思うと毎晩発狂しそうになる。

今月の携帯代を払う余裕はもうない。こうやってSOSを発信できるのも今月まで。

どうにもならない状態になる前に誰か救いの手を差し伸べてくれる人はいないだろうか…。

頼れる人はもう液晶の向こう側にいる誰かしかいない…。

死にたいぐらい追い詰められてるけど、まだ死にたくないんだよ…。

2020-02-14

いつまで続くエロ依存

エロ依存生活に支障をきたす。

20代に入って消費者金融を利用し風俗通いし借金は100万円超。

たまの給料日には風俗行ったり、アダルト動画課金ライブチャットをした。

寂しい心を潤すような逃げるような行為だ。

しかし、それが治せない。

どうやったらいいのかわからない。

このままじゃ破産一直線だ。

助けてくれ。

SOSを出したところで信じるもの自分のみ。

自分の力を鍛錬して治していくしかないのだ。

強くなれ。

2020-02-13

誰にも言いたくない言い訳

この時間まで研究室にいても、一向に発表資料作りが進まない。修論もどきは既に渡してある(期日までに改めて提出する必要はあるが)。発表中に首をかしげられても、いくら恥をかいたり叱られたりしても、約30分壇上で堪え忍べば取り敢えずは大きな山を越えることができる。一応発表練習はしてアドバイスもいただいたので、あとはそれに応じてスライド修正すればいい。ただそれだけだ。でも、そのあと一歩の作業が進まなくて、ひとり背中丸めスマホで文を打っている。かれこれ5時間作業が止まっている。こんな時間なのに眠気はない。なんか知らないけど涙と鼻水が止まらない。たぶん、ろくに寝てないから体がおかしくなったのだろう。

から人に頼るのが下手だった。言わずもがな友達を作るのも壊滅的に下手である

から自分問題解決しようとしすぎてしまう。ストレスを溜め込みがちなのも割と自覚している。自分の嫌いなところはその他にも色々あるけれど、特に自分に甘くて他人に厳しいところ」と、「やらなければいけないことを先延ばしにする癖」は大学に入ってから悪化した気がする。

対人関係ストレス勉強が手につかなくなり、センター試験はまあまあ悲惨な成績だった。センターの結果にあわせて出願した大学に後期試験でなんとか合格した。学費を出してもらっているし、入学を決めたのは他でもない自分なので、講義はしっかり出席した。選択科目はいくつか落としたものの、卒業必要単位はしっかり取った。1年生のときは将来なりたい職業もあまり考えていなかったので、取り敢えず何となく教職課程を取った。教職科目は思いのほか興味深くて、教員になることも一度は考えた。でも決めきれず、向いていないことは薄々気付いていたものの、大学院に進学することを決めた。そして迎えた教育実習だが、これが本当につらかった。この仕事自分に向いていないとはっきり分かった。加えて実習中には色々あって、精神的に追い詰められてしまった。正直、人生で初めて死を考えたほどである。2年半経ってもこのときのことを考えようとするだけで涙が出てくるので、極力思い出さないようにしている。暫くはベッドから起きれなかったし、泣きながら親や相談センター電話した。見かねた親がはるばる新幹線でやってきて、ごみ屋敷と化した部屋を片付けてくれたこともあった。幸い研究室活動は週1のゼミのみで負担は少なかったし、大学院進学も運良く推薦をいただけたので、進学のこともなんとかなった。でもこんな調子だったのと、先生が厳しく言わないのをいいことに卒研の開始は先延ばしになっていった。徐々に体力も回復してきた頃にはかなりギリギリの時期だったが、なんとか卒論発表には間に合った。ただこの頃から先延ばし癖はどんどんひどくなっていった。

大学院に進学してから生活を振り返っても、研究にきちんと取り組んだとはお世辞にもいえない。授業やTA仕事アルバイトには人並みに取り組めていたから、おそらく自分規則や締切を考えてタスクを片付けるという作業が嫌だったのだろうと思う。卒論発表を終えたときには「修論反省いかして頑張ろう」と思っていたのに、気がつけば立派なダメ院生になっていた。趣味は楽しめていたから、たぶんただの甘えだと思う。

そんな私だが、義務教育時代は大きな問題なく過ごすことが出来ていた。未だに「どこで間違えたんだろう」なんてことを考えてしまうのは、この頃の成功体験によるものだろう。そんなこと振り返っても仕方ないが、あの頃の全能感や将来への期待感みたいなものを思い出すと、現状にひどくがっかりする。ただ、今思えば部活でもちょっと浮いた存在ではあったと思うし、友達からお祭りに誘われなくて落ち込んだこともあった(自分から誘えばいいのに)。多分、人からの悪意にはめちゃくちゃ鈍感なところがあるので、それで自分の身を守っていたのかもしれない。今はちょっと人の目が気になるようになった。

ああ、どこで間違えたんだろう。

ああ、どこでなら取り返せたんだろう。

色々思い当たる節はあるけど、悩んだときにいい子ぶらないで親や先生相談していれば、事態は変わっていたと思う。「誰にも言いたくない」というわがままは、きっと自分を苦しめる。自分ではSOSを出していると思っても、相手がそれを受け取っているとは限らない。「言わなくても気付いてくれる」というのは、ある種の甘えかもしれない。

と、誰にするわけでもない言い訳を並べている。



2020-02-12

察して動け、と期待してストレス溜めんのと

動いてもらうためにはどうしたらいいのかなって工夫するのどっちが楽かなぁ。

察して動けとか言ってる時点でオーバーフローして脳が疲れまくってる状態なんだよね。

察して動け、っていうのはSOS

2020-01-26

3ヶ月ぐらいデスマって

100人月以上が消し飛ぶような地獄

大手が緊急手段SOS

時間解決

経過観察3ヶ月の3時間とかあるからなわれわれ。

2020-01-25

環境破壊に悩まされる地球SOSに出動!

はてして在来種を根絶やしにできるのか

新番組原発の棒ぜんぶ抜く」ご期待ください

私はもし叔父さんみたいな人がいたら助けたい

キチガイなんだけどやっぱり24時間SOSはいると思う、なんで死んでしまったんだろう。ありがとうっていいたい。

自殺のきつさがわかるんで俺は眠るまで今日は起きる

10感覚ちゃんと見てるからsosあるんなリロードしてるから教えてくれ。

2020-01-13

俺の名前は宇木出亜。うだつの上がらないサラリーマンだ。

ある日ひょんなことで過去タイムスリップしてしまった。

そこは魑魅魍魎跋扈する戦国時代

日本に帰る方法をググろうとするがネット回線が通ってないので当然つながらない。

…と思ったら!?なぜかwikipediaだけつながった。

仕方がないのでwikipediaSOSを書き込むが、「不適切編集です」とエラーが発生して更新できない。

誰が監視してるのか、百科事典的に正しい記述じゃないと更新できないようだ。

俺は戦国時代のあれこれを見聞しながら、更新できそうなページを見つけて情報修正していく。

頼む、誰か俺に気づいてくれ!

はたして宇木はwikipedia情報だけで現代に帰る方法を見つけられるのか、

そして常時wikipedia監視してる者の正体とは…!?

2019-12-30

ヨーロッパでの就活人種差別を受けた話

この文章では、人種差別に関する実体験を綴る。もしあなたがこのような話題トラウマがある場合、無理に読み進める必要はない。

私は20代日本人女性である。先日ヨーロッパとある国の大学院卒業し、就職活動を行った。

ヨーロッパには、日本のような新卒一括採用システム存在しない。企業が出している求人広告に応募→書類審査通過の場合のみ企業から直接連絡が来る→面接採用、というのが基本的な流れである大学キャリアセンターを通す場合特殊業界場合は異なるパターンもある)。

私は大手就職情報サイトである求人広告発見した。その求人は私の大学での専攻と非常に親和性が高い内容だった。具体的な仕事内容については言及を控えるが、小さなスタートアップが私の住む都市事業を展開することになり、プロジェクトサポートするスタッフ募集する、という感じ。検索すると普通に会社ホームページも出てきたし、活動記録やネット記事代表LinkedInなどもヒットした。私は迷わずに応募した。応募は、その就活サイトを通じて行った。

すると、しばらくしてそのスタートアップ代表本人から連絡があり、面接審査に進めることが決定した。大学卒業後なかなか仕事が決まらなかった私は、このチャンスに少なからず期待していた。

面接が行われたのは中心部にあるシェアオフィス一角だった。面接代表自らが行っており、オフィスにいたのは彼だけだった(同じ部屋にもう一軒別のオフィスが入っていて誰かが仕事をしていたが、ドアで仕切られた向こうにいたので話してはいない)。代表の話によれば、この街に越してきたのは先週で、まだスタッフも全く揃えていない状態だという。実際に部屋の中は殺風景で、最低限のデスクPCソファがあるのみだった。代表40代半ばくらいの白人男性で、ネルシャツカーディガン羽織っていた。話し方も落ち着いており、ふつうの人に見えた。

面接は至って普通に始まった。代表は今回のプロジェクトの内容を私に説明し、大学院での専攻内容やこれまでの職歴について質問してきた。しかし、話し始めて30分ほど経った頃、とても腹の立つ出来事があった。彼が、アジア人侮蔑するジェスチャーをしてきたのだ。少しでも海外経験がある人なら、どんなジェスチャーかピンと来るだろう。両手で目を細めて吊りあげる、あれだ。

アジアについて話し出したとき、彼は無意識のようにそのジェスチャーを行った。話の文脈からいうと私を個人攻撃するつもりではないように見えたが、少なくとも非常に不愉快だ。若い人などがギャグのようにこのジェスチャーを行うことはあるが、まともな常識を持った人ならこんな仕草はしない。このジェスチャーを行った時点で、それは教養ない差別主義者の証拠である。私はその場で危険雰囲気を察知し、「あとで連絡します」などと適当に話を濁して面接を切り上げてその場を立ち去った。悲しい気持ちでいっぱいだった。

面接終了から1時間後くらいに、代表から再びワッツアップ(ヨーロッパLINEみたいなテキストアプリ)で連絡があった。「あなたの専門分野に近い領域仕事をしている知人もいますのでよければ紹介します」といった内容だった。私は、当たり障りのない返事をした。すると彼は、続けざまに日本についての話を始めた。「最近新聞で見たんだけど、日本って・・・」というような感じだ。3、4通に渡って日本経済に対する持論を展開したあと、彼は突然こんなテキストを送ってきた。

「私は、若い世代日本人って好きじゃない」

ものすごく腹が立った。日本人の私を面接に呼んでおいてこのような態度とは、何だろう?バカにされていると感じ、すぐにこのような返事をした。「私はあなた想像するとおり、典型的日本若者です。残念ながら私があなたプロジェクトに参加することはありません」

すると、彼の態度は文字通り豹変した。続けざまに、彼からはこんなテキストが送られてきた。

あなた面接中とても大人しそうに見えたけど、本性を隠していたんですね」「僕の優しさを攻撃性の欠如だと勘違いしないでください」「私の知人は、日本人は〇〇人に対して最も差別的民族だと言っていました」「あなた差別主義者のようですね」「僕はあなたと話して、自分白人としての誇りが傷つけられたと感じました」

はっきり言って、この男が私に何を言っているのか全く理解できなかった。私は白人に対する差別発言はもちろん、如何なる人種に対しても何の言及も行っていない。ただ面接に行って仕事の話をしただけだ。しかし彼の逆上は止まらず、さらにこんなテキストが送られてきた。

あなたは最低です」「あなた差別主義者として警察に訴えます」「僕は差別犯罪通報するアプリを持っているから、今すぐあなた通報できる」「あなたをfuckする」

相手は話が通じる状態ではない。私は気が動転する中、彼にひとことだけ「why」と送信した。すると、それに対する相手からの返信は恐ろしい内容だった。

「僕は〇〇(とあるアジア企業)が大嫌いなんだ」「〇〇人(その企業本社を置くアジアとある国)は大嫌い」「〇〇人は、腐った魚ペースト臭いがする」

背筋が凍った。彼は気が狂っている。まともな人間ではない。明らかに私およびアジア人に対する激しい差別的感情があり、テキストを通じて私を脅迫攻撃している。このテキストを受け取ったのは彼のオフィスから程近いカフェだったのだが、私はすぐに窓の外を見渡し、奥の座席へ逃げた。まるであの男が窓の外に立ってこちらを見ているような気がしたのだ。

気が動転していた。何より恐ろしかったのは、この男が私のCVを手にしているという点だ。CVとは欧米就活時に使う履歴書のようなものなのだが、そこには私の名前メールアドレス電話番号、住所などさまざまな個人情報が書いてある。もしこの男が本当に私を犯すつもりだったらどうしよう?家までつけて来たら?待ち伏せされたら?

私が真っ先に思いついたのは、警察への通報だった。ヨーロッパでは、この手の脅迫暴力ヘイトクライムと呼ばれる。もちろん立派な犯罪だ。震える手で警察電話をしたら、男性警官が出た。詳しい会話は割愛するが、緊急性のない事件だと判断され、「明後日あなたの家に伺ってお話を聞きます」と約束した。

警察への通報後、私は卒業した大学の緊急サービスに連絡をした。健康相談メンタルケアについて、24時間通話可能な窓口である。とにかく帰り道が不安だったのと精神的に動揺していたので、その旨を早口で話しまくった。窓口の担当者警察への相談を勧めてくれ、最短で家に着くルート検索なども手伝ってくれた。幸い私には同居人がいたので、彼女に最寄りのバス停まで迎えに来てもらった。その日はまともな食事も喉を通らず、夜も全く眠れなかった。

警察が来たのは週末だった。男性2人、女性1人が私の部屋まで来てくれた。私はワッツアップの履歴を見せながらことの経緯を説明した。彼らは真剣に話を聞いてメモをとり、証拠としてテキストスクリーンショットを撮った。また、彼の名前会社名などを控え、レポート作成して記録を残した。警察の指示によって私は彼の電話番号メールアドレスSNSなどすべてを着信拒否した。また、警察は彼が求人広告掲載していたサイトに連絡し、広告を削除した。彼の脅迫はとても卑怯だが、これは単に若いアジア人女性を傷つけたいがための悪戯犯行であり、実際に家まで追ってあなたを襲う確率は非常に低い、というのが警察見解だった。身の安全を保持するため、私が彼の犯行警察通報したということは決して外部に漏らさないことを約束してくれた。彼からその後連絡が来ることはなかったが、私は1か月以内に全く別の場所引っ越した。

私は、まさか自分がこのようなヘイトクライム被害者になるとは想像もしていなかった。しか就職面接官、大手サイトで見つけた求人でこんなことが起きるなんて。まるで50年代のような差別的言動、30通を超える言いがかりメッセージレイプ連想させる脅迫精神的なダメージは計り知れず、しばらく携帯を見るのも怖かったし、SNSなどにこの事件について投稿することもなかった。

普段の私は、とても明るく元気な性格だ。友達もいるし家族との関係も良く、自己肯定感も高いと思う。私の周囲の人も口を揃えてこれに同意するだろう。しかしそんな私でさえ、この事件当時は性格が変わった。「こんな暴言を吐かれるなんて、私が悪いのかも・・・」そんな考えが頭をよぎったのだ。冷静になってみれば、私には何の落ち度もない。ただ求人に応募し、面接に行ったら、面接官の頭がおかしかったという話だ。しかし、アジア人であるという変えようのない事実理由差別されたことで、私の誇りはひどく傷つけられた。この男が狂ってるんだ、そう頭では理解していても、感情はしばらくグチャグチャだった。生まれて初めて、ベッドの上で「死のうかな」なんて想像した。本当に、人生の中で最も傷ついた出来事だった。

この話を増田に書くことで私が伝えたかったのは、ふたつ。

ひとつめは、「人種差別犯罪である」ということ。とくに日本人は、この辺の意識が薄い気がする。これは私たち他者差別してはいけないということだけではなく、「自分他者から差別されたときに怒っていい」ということである。私は迷わず警察通報した。「これぐらいのことで・・・」なんて迷う必要はない。警察はきちんと調書をとり、クリミナルレコードを作ってくれる。とくにヨーロッパでは、この手の犯罪に対し警察は動いてくれる。すぐに逮捕には至らないまでも、記録が残るだけで全く状況は変わる。何より、私は精神的な安心を得ることができた。

今回のケースの場合面接ジェスチャーをされた時点で彼にもっとはっきり否定的な態度を取るべきだったという見方もあるだろう。しかし、相手テリトリーであるオフィス内、しかも体格差のある男性相手だったため、感情的な反応はリスクが高すぎる。脅迫メッセージなども慌てて消してはいけない。あとから証拠として提出できるからだ。とにかく、自力解決しようとせず、警察を頼ってほしい。

警察通報するのが最もおすすめだが、どうしても勇気が出ない場合大学ホットラインなどでもいい。とにかくSOSを出し、怒り、差別主義者たちにNOを突きつけること。

ふたつめは、自分を責めないこと。差別犯罪に巻き込まれとき精神的な負担あなたが思うよりずっと大きい。自分国籍性別セクシュアリティ容姿など、自分で選ぶことのできない部分を攻撃することはとても卑怯だ。激しい悪意を向けられた時、人間の心は深く傷つき、自分を愛することができなくなる。私は警察と話している時、メッセージの内容を反芻して頭が混乱し、支離滅裂言葉説明をした。あまりに動転していたので、私は思わず警察官に「ごめんなさい、この国の言葉が上手くないから、私の言葉がわからないですよね」と謝った。すると警察官は、「何を言っているんだ。あなた語学力はとても素晴らしい。何の問題もなく聞けています私たちは、あなたがどんな被害にあったか理解できているんだからあなた大丈夫」と返してくれた。この言葉を聞いて、それまで一滴も流さなかった涙が堰を切ったように溢れた。

悪いのは差別主義者だ。そのことを決して忘れないでほしい。あなたは悪くない。あなたは美しい。他人に何を言われても、何をされても、あなたの心も身体あなただけのものだ。

私は現在、とても元気に暮らしている。新しい職場にも恵まれた。正直なところ、今も時々あの男の顔を思い出すことはある。しかし、新しい年の訪れとともに、前向きな気持ちで歩き出したい。

2019-12-24

[]12月23日

ご飯

朝食:なし。昼食:チキン母さん煮。夕食:カップヌードル

調子

むきゅーはややー。

クソ忙しくなって来た。

(今までも終電帰りで忙しかったのでは?)

なんか、今までは教える仕事は一人だけだったんだけど、増えて二人になった。

さすがにもう手が回らなくてあっぷあっぷし始めた。SOSはあげてるのだけど中々……

しんどくなって来て、帰りの電車で少し泣いてしまった。

辛い。半年ぐらい前からこんなのばっかりじゃないか

もう……

もうやだなあ……

何が嫌って、まずこの何で俺がプロパー教育係をやらないとならんのだって話ですよ。

もうさあ……

○本格スマホRPG

ガチャピン20連。じゃんけんグーで敗北。クリスマスウェルダーとクリスマスナルメアクリスマスナルメアは大当たりで嬉しい。

嬉しいけど、ゲーム部分は遊べてない。辛い。あとお姉ちゃんキャラよりお母さんキャラの方が今の心の持ちようには必要から、お母さんキャラ引きたい。

幼女キャラママと呼ぶのじゃなくて、本当のお母さんキャラをすこりたい。エキドナって実装されてたっけ? エキドナ引きたい。召喚石にないの? ないか

はあ……

2019-12-19

自己犠牲の話

昨夜彼氏に再三指摘されたことを頭の中で整理している。ので、散文するかもしれない。

私は身近な人に自分したことで楽しくなってほしいと常日頃思っている。そのためなら面白い話題だって提供するし、女でちょっといかもしれないけどピエロっぽい役にもなれる。人に変と思われても、笑ってもらえるならそれでいい。笑顔が見たい。

逆に私のせいで悲しくなったり、心配させたり、気を揉ませてしまうことは極力なくしたい。

私が相手マイナス感情になるのは別。相手が怒らせて来たり悲しませて来たりしてもそこは別に気にしない。ただ、自分がそうさせたくない。

でも、彼氏場合はありがたいことに色々心配してくれているようだ。帰りが遅くなったりすると心配する。なまっちょろい身体なので健康面も気にしている。電車ホームに立つと倒れて線路に落ちてしまいそうという。

冗談100%でなくまあまあ本気のにおいをはらませているので、私はそれが申し訳なくなって、もっとしっかりしないとなあと思う。

昨日、痴漢にあった。昨今冤罪で巷をにぎわせているが、お尻を触る短絡的なものでなく、なかなかにタチの悪いタイプ痴漢だった。言い逃れできる要素を男は十二分に用意して痴漢していたので、久しぶりに恐ろしかった。

彼氏は何か本当にヤバいことがあれば連絡しろと言っていたので、痴漢だと確信した時から彼氏に連絡をする選択肢は浮かんでいたが(というか誰かに連絡するとなると彼氏しか思い浮かばなかった)、

彼氏が非常に心配することは想像に難くなかったし、お互い直ぐに会える距離でなかったので彼が行動できないということに気を費やしてしまうのではないかと考えた。

それで彼氏SOS連絡するのは遅れたのだけど、いやまあ結局連絡しちゃったんですけど、想像以上に彼氏心配させてしまったようで、それが私には本当に申し訳なくなった。ただでさえいつも心配させているのに、これ以上心配させる要素を増やさないようにしようと思った。

その日の欠点は、私が申し訳なくなった気持ち彼氏に話してしまたことだ。

彼氏は「心配することがいけないことか」「心配するのが迷惑と思っているのか」(電車の中で話したのでちょっと文章が一部おかしいけどこんな感じ)とやはりいい顔をしなかった。

また、彼氏に言わせると、私は自己犠牲の気が強くて、相手迷惑をかけるのをことさらに嫌うのだろうけど、それとこれとは話が違うとのこと。心配するのは当たり前だと。

から他人を巻き込んで助けを求めたり、解決策を実行するべきと言ってくれたが、先にも書いた通り他人迷惑をかけることがストレスに感じてしまうので、彼氏提案がどうしても受け入れられなかった。

私に言わせれば彼氏に助けを求めたことは、最悪自分で抱えて消化できることを問題発生時に他人に伝えられた初めての出来事で、正直今回はそれでいっぱいいっぱいだった。

これらの意見彼氏に伝えられたけど、その時間の帰りの電車はずっと考え込まれしまった。

結局相手が私より大人で、最後笑顔で帰れるように尽力してくれた。

私の考えが極端すぎるのは自覚できている、筈。助け合い世界で、自分だけ迷惑をかけないなんてことはできない。だからこそ、自分ができる範囲心配迷惑の種は自分解決できるようにしたい。

彼氏はよく心配してくれるので尚更。100%冗談で行っている時ももしかしてあるのかもしれないけど、そこら辺の機微は私には判断つかない。

彼氏安心して私と過ごしてくれるにはどうしたらいいのか私には今のところ分からない。

あと、彼氏が帰りしなに言っていた「そんなこと言うなら別れる、なんて言うわけない」みたいなこと言ってたけど私普通の人なら別れるような失言してたんだろうか。

彼氏は考え込んだ末整理できたと言って話してくれるそうなので、それを少し不安に思いながら聞くのを待っている。

2019-12-04

anond:20191204131331

大きなお世話しか思えなかった。本人が何か思っていたらなにかしらSOSを送ってくるし、何か思っているのにSOSを送ってこないとしたらその程度の付き合いってこと。

現にあんたからはマウンティングゴリラのにおいがするし、うざがられてるかもよ

薬物乱用を相談できない

匿名からこそ教えてほしい。

趣味関連でつながったTwitterフォロワーさんが処方薬をODしてた。

最近ネット匿名情報提供できる仕組みも増えたと聞いていたので調べてみたが、違法薬物情報は所持・譲渡なんでも大歓迎だが処方薬濫用には興味がないらしく、どこにも窓口はなかった。

情報提供されても処方薬の所持自体違法ではないか警察の出番がないのは理解できなくもない。

警察ダメなら医者自助グループ?と思ったが、これらは依存者とリアルで顔合わせる人が連れて行く場所で、困っている(かもしれない)誰かを助けてくれる場所ではないようだ。

これも、復帰には継続と忍耐が必要だし、お金もかかるから気軽に受け入れられないのもわかる。

名前も顔も知らない赤の他人が、他の人に迷惑かけずに(そうであってくれ)滅びていくだけ、生半可に手を出すな放っとけと言われてしまえばその通りなのだが……それは本当に正しいのだろうか?

明らかに問題を抱えている人がいても「自己責任」「責任を取りきれないか放置が正解」そんな社会理想なんだろうか?

自分のことで精一杯だから他人のことまで考えられない、というのは正直だし簡単だが、こうして心配している自分だって、(薬物乱用はしないとしても)いつ事故や老化でSOSさえ発信できない状態に追い込まれ可能はいくらだってあるのに。

少し話がそれたが、これだけ芸能人から一般人まで薬物濫用の話が溢れていても、救いの手への道のりは限られている。

もし匿名で何かしてあげられることを知っている人がいたら教えてください。

2019-12-03

anond:20191203002843

たまには休みたいな~という身体からSOSだったのかもね、おやすみなさい。

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